説明

き裂試験用中空金属管及びその製造方法

【課題】き裂の部分の金属結晶が、き裂を導入する前の母相金属の金属結晶と実質的に同一であるき裂試験用中空金属管を、再現性良く製造することができる製造方法を提供すること。
【解決手段】中空金属管に少なくとも1回の圧延及び熱処理を行う工程と、中空金属管の面にき裂を与える工程を有するき裂試験用中空金属管の製造方法において、中空金属管の面にき裂を与える工程を、少なくとも最終回の圧延及び熱処理の工程前に行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発電プラント、化学プラント等に使用される配管の健全性評価や、原子炉燃料被覆管の健全性評価に使用するための、き裂試験用中空金属管及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、軽水炉燃料被覆管の場合、製造時にその材料強度、信頼性の点から有意な欠陥が生じない様に細心の注意を払い製造が実施されている。しかし被覆管を実炉環境下で長期間用いる場合、被覆管表面側の酸化腐食とそれに伴う被覆管材料中への水素吸収が生じ、母相中に水素化物が形成される。この様な水素化物の形成は本来母材金属相とは異なるいわゆる“欠陥”として作用し、被覆管の延性低下や材料硬化を引き起こすため内部に核燃料物質を封じ込める被覆管の機能を損なう要因になると考えられている。
【0003】
この様な被覆管の材料劣化の状況を正しく把握するためには実機で照射された燃料から短尺燃料を採取した追加照射試験や被覆管材料を採取した機械的特性試験などの実施が有効であるが、照射材を用いた試験は非常に費用がかかり、パラメトリックな試験を広範に実施することは現実的ではない。そのため、照射材の劣化状況を模擬した試験片を用いた各種試験によって、照射材の挙動を把握することが現実的な手段として実施されてきた。近年、この様な被覆管の状態を模擬する材料を用いた材料試験の要求は燃料の高燃焼度化、装荷時間の長期化に対してますます高まってきている。
【0004】
ところで、先に示した軽水炉に装荷された燃料被覆管に生じる水素化物の分布状況は一様な分布ではなく、外周部に水素化物の集積層、それよりも内側の層では周方向に配向する水素化物が存在する様な析出形態をとる場合がある。この様な析出物の集積層は母相である金属相と比較してほとんど延性がないため脆性的なき裂が始まる起点になると考えられる。この様な材料に対して各種の機械的特性試験を実施することにより、より詳細な被覆管劣化と機械的特性、破損の関係が得られる。しかし、この様な水素化物の不均一な分布の材料を得ることは非常に困難である。そのため、従来、被覆管の外周部に予め傷を導入した後、応力負荷もしくは疲労試験を行い、応力集中部でき裂を進展させる評価方法が行われている(例えば、特許文献1を参照)。このような評価方法は、一般の発電プラントや化学プラントの配管でも同様に行われている(例えば、特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3668146号公報
【特許文献2】特開2009−168608号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述の特許文献1に開示されているような方法の場合、き裂の先端部は鋭利なものとなるが、その深さ制御は難しく再現性が低い。さらに、軸方向のき裂の大きさ制御が難しいという問題がある。また、前述の特許文献2に開示されている方法のように放電加工などの機械加工によって被覆管にき裂を導入する方法では、導入したき裂先端部周囲に加工前の母相金属組織と異なる加工層が生じる。そのため、当該試料を用いた機械的特性試験の実施にあたっては、加工層の影響が試験結果に反映される可能性がある。この特許文献2の様に従来の放電加工等によるき裂導入では、肉厚方向を除く寸法の加工精度は高いものの、加工の影響と均質性、寸法再現性を両立させるのが難しかった。また、1mm以下の管材料の壁肉厚に対して0.1mm以下の深さの加工を精度よく製作することが困難であった。
【0007】
従って、本発明の目的は、き裂加工によって生じる、加工部分の金属結晶の乱れを低減させたき裂試験用中空金属管と、その製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るき裂試験用中空金属管の製造方法では、製品となる中空金属管を製造した後にき裂を導入する従来方法と異なり、中空金属管面へのき裂の導入を中空金属管製造時の少なくとも最終圧延工程前に人工的な欠陥を導入し、その後の圧延工程で最終的なき裂形状へと加工する。この場合、機械加工等によるき裂の導入深さが、最終的な製品のき裂深さよりも大幅に深くなったとしても、その後の圧延工程によってき裂深さを浅くすることができるため、所望のき裂深さを経験的に得ることができる。本発明では、き裂の導入を圧延工程の前に行っているので、従来、放電加工などによるき裂導入に見られた母相金属の金属結晶の乱れを、その後の圧延(冷間圧延)及び熱処理工程によって補正できる。また、放電加工などによるき裂導入では、0.1mm以下の肉厚方向深さのき裂導入が不可能であったが、本発明では、き裂深さを、き裂導入後の圧延工程によって経験的に制御できるため、容易にき裂深さを制御できる。
【0009】
前述の製造方法によって製造されたき裂試験用中空金属管は、少なくとも1回の圧延及び熱処理工程にかけられるため、き裂の部分の金属結晶が、き裂を導入する前の母相金属の金属結晶に近いものとなる。
【0010】
中間加工時に導入する人工欠陥の形状は断面が矩形、V字、U字、いずれの形状であっても良い。この形状については、その後の圧延工程によって、I字状に容易に変形できる形状であれば良い。また、人工欠陥の加工方法は被覆管表面から先に示した形状の人工欠陥導入可能な加工方法であれば、物理的な切削、放電加工による切削、化学的な腐食処理いずれの方法であってもかまわない。さらに、加工工程内の欠陥導入の時期は、本願明細書の説明においては、2次圧延後となっているが、1次圧延後であっても良く、最終的な製品形態に圧延加工される前であればいつの時点で導入しても良い。
【発明の効果】
【0011】
本発明によって、き裂の部分の金属結晶が、き裂を導入する前の母相金属の金属結晶に近いき裂試験用中空金属管を、再現性良く製造することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】従来技術によるき裂試験用中空金属管の製造方法と本発明によるき裂試験用中空金属管の製造方法を対比して示す図である。
【図2】従来技術によるき裂導入例であって、機械加工による例を示す図である。
【図3】従来技術によるき裂導入例であって、機械加工による他の例を示す図である。
【図4】従来技術によるき裂導入例であって、傷導入後の薬品による腐食もしくは内圧負荷によるき裂拡大法による例を示す図である。
【図5】本発明によるき裂導入例を示す図である。
【図6】従来の製造方法と本発明の製造方法による導入き裂深さと破断時外径変化量の関係を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
最初に、本発明の一実施形態に係るき裂試験用中空金属管の製造方法について図1を用いて説明する。図1は、き裂試験用軽水炉核燃料被覆管の製造を例にとり、従来技術によるき裂試験用中空金属管の製造方法と本発明によるき裂試験用中空金属管の製造方法を対比して示している。両者の製造工程の基本的な相違は、図1のフローチャートから明白なように、き裂を導入する時期の相違にある。
【0014】
図1において、軽水炉被覆管は軸方向に継ぎ目の無い管を製造するため、材料溶解後、鍛造・加工を行い、素管である太径の中空管へ加工後、冷間圧延と圧延後の焼きなまし(熱処理)を繰り返し細径長尺管化し、最終製品とする。従来のき裂試験用中空金属管の製造方法では、全ての圧延・熱処理の工程が終了し、製品被覆管が完成した後に、物理的切削、放電加工、化学的処理または応力付加によってき裂を導入している。本発明によるき裂入り被覆管の製作方法は太径管から細径長尺化の被覆管製管加工工程で欠陥を導入するもので、従来の最終製品の状態において欠陥加工する方法とは異なる。製管加工の中間工程で予備的なき裂を導入することよって、き裂加工時に生じた、き裂周囲の金属学的に周囲とは異なる加工組織、たとえば金属結晶の粗大化、微細化等の影響は、その後の冷間加工と焼き鈍し等により、き裂から十分離れた母相金属とほぼ同質となり、それにより、金属学的には均質だが、欠陥(き裂)が導入されている製品被覆管を得ることができる。
【0015】
ここで、図1に示された従来のき裂試験用中空金属管の製造方法と、本発明によるき裂試験用中空金属管の製造方法の相違をより一層明確にするため、従来技術によるき裂導入方法と本発明によるき裂導入方法により得られる、被覆管のき裂の状態について、図2から図5を参照して説明する。
【0016】
図2は、従来技術によるき裂の導入方法により得られるき裂の形状について示したもので、通常の製品被覆管に対して機械加工により、き裂を導入する方法である。加工方法は放電加工等によるが、当方法により導入されたき裂は加工歯先端が有限の幅を有するため、き裂先端部は応力集中が特異的に生じる鋭角的なものにならない。また、被覆管の肉厚方向に0.1mm以下の深さのき裂加工を再現性良く導入することは難しい。
【0017】
図3は、従来技術によるき裂導入方法により得られるき裂の形状について示したもので、通常の製品被覆管に対して、き裂を導入する方法である。加工方法はフライス加工等によるが、当方法により導入されたき裂は加工歯先端が有限の幅を有するため、き裂先端部は応力集中が特異的に生じる鋭角的なものにならない。また、被覆管の肉厚方向に0.1mm以下の深さのき裂加工を再現性良く導入することは難しい。さらに、当方法によって導入されたき裂の周囲には機械加工による金属学的な加工組織が生成するため、母相本来の材料特性とは異なる状態になり、実際の材料試験を実施する際には材料それ自身の本来の機械的特性よりも、非保守側のデータを採取してしまう可能性がある。
【0018】
図4は、従来技術による表面傷加工後に薬品による腐食、もしくは繰り返し内圧応力負荷等を行い、傷による予備き裂を成長させる方法による導入例を示す。本方法によればき裂周囲の組織は機械加工による金属学的な影響を受けずにき裂周囲でも母材の機械的特性と同等な均質な材料組織を得ることができる。一方、き裂深さの制御が難しい。
【0019】
図5は、本発明による製管加工時の中間工程によるき裂導入後のき裂形状について示したもので、中間加工時のき裂導入方法は機械加工、化学的な腐食方法等方法については問わないが、材料に金属学的な加工組織を導入しにくい放電加工法が望ましい。本発明による方法によって材料中に導入されるき裂は加工時には有意な幅を持つが、その後の製管加工工程の管圧延によって幅は無視できる程度に加工され、また加工で導入された加工組織は圧延加工とその後の熱処理によって、周囲の組織と材料特性に差異のない組織と見なすことができるようになる。また、き裂深さは、き裂加工時の深さと圧延回数の制御により、高い再現性で加工が可能である。き裂深さについては、例えば、放電加工によって作製したき裂加工時の長さ、幅、深さ等のデータと使用する圧延機との関係を、経験的に積み上げて行くことによって、制御できる。これまでの試験によれば、肉厚1mmで0.1mmの深さのき裂を作製する場合、圧延前に最初に与えるき裂の肉厚方向の深さが0.4mm以上の深さがないと、圧延によって有意なき裂が消失してしまうことがわかった。
【実施例】
【0020】
図1に示された従来の製造方法と本発明の製造方法を用いて、ジルコニウム基合金中空管の機械加工によるき裂導入を行った被覆管に対し、周方向の機械的特性試験を行った結果を図6に示す。図6は、き裂を導入した被覆管内部に円筒形の弾性変形樹脂を挿入し、上下方向から圧縮し被覆管内径を押し広げる応力へ転換させ、被覆管の周方向歪み、破損挙動を評価した試験結果を示している。図6の横軸、クラック深さは被覆管の肉厚に対して導入された切り込みの深さを示している。図6の縦軸は切り込みを入れた被覆管に膨らみの応力を負荷して、周方向にどの程度まで塑性変形して伸びるか、どの程度の変形で破損(き裂が拡大して貫通するか)を示したものである。
【0021】
従来手法(機械加工)による破損(中実の菱形)は、導入クラック(き裂)深さが0.2mm以上で、1%以下の低い外径変化の一定値で破損する傾向にあることがわかる。一方0.2mmを下回るき裂深さでは深さの減少に伴い破損に至るまでの外径変化が1-4%程度と大きくなり、材料の延性の影響がき裂深さの減少にともない顕在化し、0.1mmの深さでは破損せず、試料全体が膨らみ、0.1mm深さのき裂では破損せず、もはや欠陥として作用しなくなることを示している(図6中の白抜き菱形が示す点)。一方、本出願手法によるき裂加工方法では0.1mmを下回るき裂深さであっても依然として、き裂の起点としてふるまい、き裂が進展しなくなる限界深さは0.05mm以下となっている(図6中*印および×印を参照)。この様なき裂進展臨界深さの違いは、従来方法と本発明の方法によるき裂先端部の形状および加工履歴の相違に依存する。すなわち、従来方法による機械加工等のき裂導入では、き裂先端部が微視的に見て曲面状になり、応力が分散することや、加工によるき裂周囲の金属学的な組織の変化などによりき裂が進展しにくくなり、材料本来の伸びる性質が顕在化する。一方、本発明によるき裂導入では製造時の最終圧延によって、き裂先端がつぶれ、切り欠きとしてふるまうため、応力が集中しやすくなり、周方向応力負荷の際、当該箇所を起点とした、き裂進展が生じる。そのため、材料本来の欠陥に対する感受性のより保守的な評価が可能となる。
【0022】
本発明は以上の実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲を逸脱しない限り、本願の請求項に含まれる。なお、ここでいう「き裂の部分の金属結晶が、き裂を導入する前の母相金属の金属結晶と実質的に同一である」とは、金属結晶の乱れが、評価試験において無視し得る程度に低減していることを意味する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属表面に意識的に導入されたき裂を有する中空金属管であって、前記き裂の部分の金属結晶が、き裂を導入する前の母相金属の金属結晶と実質的に同一であると同時に、前記き裂の肉厚方向深さが、0.1mm以下であることを特徴とするき裂試験用中空金属管。
【請求項2】
中空金属管に少なくとも1回の圧延及び熱処理を行う工程と、前記中空金属管の面にき裂を与える工程を有するき裂試験用中空金属管の製造方法において、前記中空金属管の面にき裂を与える工程を、少なくとも最終回の圧延及び熱処理の工程前に行うことを特徴とするき裂試験用中空金属管の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の製造方法において、前記き裂の横断面形状が、矩形、V字型、U字型のいずれかであることを特徴とするき裂試験用中空金属管の製造方法。
【請求項4】
請求項2に記載の製造方法において、前記き裂の肉厚方向深さが、0.1mm以下であることを特徴とするき裂試験用中空金属管の製造方法。
【請求項5】
請求項2に記載の製造方法において、前記中空金属管の面にき裂を与える工程において与えられるき裂の肉厚方向深さが、0.4mmより深いことを特徴とするき裂試験用中空金属管の製造方法。
【請求項6】
金属表面に物理的方法によって意識的に導入されたき裂を有する中空金属管であって、前記き裂の部分の金属結晶が、き裂を導入する前の母相金属の金属結晶と実質的に同一であるであることを特徴とするき裂試験用中空金属管。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−64629(P2011−64629A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−217127(P2009−217127)
【出願日】平成21年9月18日(2009.9.18)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【出願人】(000130259)株式会社コベルコ科研 (174)
【Fターム(参考)】