説明

アパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体及びその製造方法

【課題】一方向に配向する気孔を有する多孔体の気孔径を制御することにより骨置換性及び組織侵入性を制御する方法、および骨置換性及び組織侵入性に優れた人工骨材、細胞の足場材等に用いる多孔体の提供。
【解決手段】アパタイト/コラーゲン複合体からなる原料粉末を水に分散させてなるスラリーを、一方向から冷却することにより凍結し、乾燥することにより、一方向に配向する気孔構造を有する多孔体を製造する方法であって、前記冷却するときの温度を変化させることにより気孔構造を制御する、多孔体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアパタイト/コラーゲン複合体からなる、人工骨材、細胞の足場材、歯科用インプラント材等に用いる多孔質の複合構造体に関し、特に圧縮強度が高く、骨置換性及び組織侵入性を備えた複合構造体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アパタイトのようなリン酸カルシウムを含む人工骨は自家骨に対して親和性を有し、自家骨に直接結合することができる。そのためその有用性が評価されており、整形外科、脳神経外科、形成外科、口腔外科等を中心に臨床応用されている。しかしアパタイトのようなセラミックス系の人工骨の機械的特性及び生理的性質は、自家骨と全く同じ訳ではない。例えばアパタイトのみからなるいわゆるセラミックス系人工骨は、自家骨より硬くて脆い。そのため移植部位に合わせた成形が困難であり、移植部位から脱落しやすいという問題がある。また自家骨は吸収と再生という代謝を繰り返すのに対し、アパタイトからなる人工骨は生体内でほとんど溶解しないため、生体内に半永久的に残存する。このため残存した人工骨が自家骨との界面で自家骨を破壊し、骨折の原因となるおそれもある。
【0003】
近年、アパタイト人工骨より自家骨の組成に近く、生体内で分解する人工骨が研究されている。例えば特許第3048289号(特許文献1)及び特表平11-513590号(特許文献2)は、ヒドロキシアパタイトにコラーゲン及び必要に応じてその他のバインダーが結合したネットワークを有する多孔体を開示している。この様な自家骨に近い性質を有するアパタイト多孔体を生体インプラント材として使用すると、骨欠損部に移植された人工骨内に骨形成に関与する細胞が誘引され、自家骨が成長するとともに、移植された人工骨は宿主により分解吸収され、成長した骨組織により置換され、宿主により拒絶される危険性が少なく、骨形成能が高いため治癒期間も短いと記載している。そのため脊椎固定、骨欠損の補填、骨折修復及び、顎骨欠損への移植等に利用できる。しかし、これらの多孔体は気孔構造が連通性を有していないため、組織の侵入性が低く、血液及び細胞の進入速度が異なるといった問題がある。
【0004】
特開2003-190271号(特許文献3)は、平均繊維長が60μm以上のハイドロキシアパタイトとコラーゲンを含む複合体で構成され、ハイドロキシアパタイトのC軸がコラーゲン繊維に沿うように配向した微小多孔質構造を有する有機無機複合生体材料を開示しており、人工骨材に適した機械的強度と生体内分解性が得られると記載している。しかし特開2003-190271(特許文献3)に記載の有機無機複合生体材料は機械的強度が低いという問題がある。
【0005】
特開2004-275202号(特許文献4)は、直径が10〜500μmで、一方向に配向する気孔を有する焼結体からなることを特徴とするリン酸カルシウムを含む多孔質セラミックスインプラント材料及びその製造方法を開示しており、高い生体親和性を有し、かつ機械的特性にも優れるインプラント材料が得られると記載している。また特開2005-1943号(特許文献5)は、一辺の長さが0.1〜100μmで、アスペクト比が2〜20の範囲にある六角柱状の結晶粒子を含有し、その気孔率が、20〜90%であることを特徴とする多孔質セラミックス材料及びその製造方法を開示しており、機械的特性に優れるインプラント材料が得られると記載している。しかし特開2004-275202号(特許文献4)及び特開2005-1943号(特許文献5)に記載のインプラント材料は骨置換性及び組織侵入性に劣るとともに、それらの速度を制御することができない。
【0006】
【特許文献1】特許第3048289号公報
【特許文献2】特表平11-513590号公報
【特許文献3】特開2003-190271号公報
【特許文献4】特開2004-275202号公報
【特許文献5】特開2005-1943号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って本発明の目的は、一方向に配向する気孔を有する多孔体の気孔径を制御することにより骨置換性及び組織侵入性を制御する方法を提供することである。本発明のもう一つの目的は、骨置換性及び組織侵入性に優れた人工骨材、細胞の足場材等に用いる多孔体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、アパタイト/コラーゲン複合体のゲルを凍結乾燥する際に、一方向から冷却し凍結させることにより一方向に配向する気孔構造を得ることができ、かつ冷却温度を変化させることにより気孔構造を制御できることを見いだし本発明に想到した。
【0009】
アパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体を製造する本発明の方法は、アパタイト/コラーゲン複合体からなる原料粉末を水に分散させてなるスラリーを、一方向から冷却することにより凍結し、乾燥することにより、一方向に配向する気孔構造を有する多孔体を製造する方法であって、前記冷却するときの温度を変化させることにより気孔構造を制御することを特徴とする。
【0010】
前記アパタイト/コラーゲン複合体が長さ1mm以下の繊維状であるのが好ましい。前記アパタイト/コラーゲン複合体中のアパタイトがヒドロキシアパタイトであるのが好ましい。
【0011】
本発明のアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体は、前記の方法によって製造されたものである。
【発明の効果】
【0012】
アパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体を製造する本発明の方法は、一方向に配向する気孔構造を有するアパタイト/コラーゲン複合体の気孔径を制御することができるため、組織侵入性の調節が可能である。本発明の方法により得られるアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体は骨置換性及び骨形成能が高く優れた生体親和性を有するため、人工骨、人工関節等の生体材料として好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
[1] アパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体
(1) 構造
本発明の多孔体はアパタイト/コラーゲン複合体からなる材料からなり、一方向に配向する気孔構造(以下、一軸構造とも言う)を有する。一方向に配向する気孔構造とは、図1に示すように、配向方向と垂直な面で切断したときの断面が網目状であり、配向方向と平行な面で切断したときの断面がストライプ状である構造である。
【0014】
一軸構造としては図2に示すように気孔の貫通性により、Type1〜3に分類される。Type1は一方向に配向する気孔の片側が完全に閉塞しているもの、Type2は片側が細くなっているもの、Type3はほぼ平行になっているものを示す。
【0015】
(2) 組成
本発明の一軸構造を有する多孔体はアパタイト/コラーゲン複合体材料からなる。
【0016】
アパタイト/コラーゲン複合体におけるアパタイトとしては、リン酸水素カルシウム、リン酸八カルシウム、リン酸三カルシウム、アパタイト(ヒドロキシアパタイト、炭酸アパタイト、フッ素アパタイト等)、リン酸四カルシウム等が挙げられる。生体適合性の観点から、アパタイトが好ましく、特にヒドロキシアパタイトが好ましい。
【0017】
アパタイト/コラーゲン複合体におけるコラーゲンとしては動物等から抽出したものを使用できるが、由来する動物の種、組織部位、年齢等は特に限定されない。一般に哺乳動物(例えばウシ、ブタ、ウマ、ウサギ、ネズミ等)や鳥類(例えばニワトリ等)の皮膚、骨、軟骨、腱、臓器等から得られるコラーゲンを使用できる。また魚類(例えばタラ、ヒラメ、カレイ、サケ、マス、マグロ、サバ、タイ、イワシ、サメ等)の皮、骨、軟骨、ひれ、うろこ、臓器等から得られるコラーゲン様蛋白を使用してもよい。コラーゲンの抽出方法は特に限定されず、一般的な抽出方法を使用することができる。また動物組織からの抽出ではなく、遺伝子組み替え技術により得られたコラーゲンを使用してもよい。特に好ましいコラーゲンは、免疫原性を有する分子末端のテロペプタイドを酵素処理により除去したアテロコラーゲンである。
【0018】
[2] アパタイト/コラーゲン複合体からなる一軸構造多孔体の製造方法
アパタイト/コラーゲン複合体からなる一軸構造多孔体は、複合体を水に分散させてなるスラリーを成形型に入れ、凍結及び乾燥した後に、架橋することにより形成する。形成した後に所望の形状に切断して使用することができる。
【0019】
これらのアパタイト/コラーゲン複合体は、アパタイト/コラーゲン複合体原料の分散物を凍結するときに、一方向から冷却することによって、一方向に配向する気孔構造を形成することができる。その気孔径も冷却条件により制御することができる。
【0020】
(1) アパタイト/コラーゲン複合体を用いたセラミック材料の製造
以下にアパタイト/コラーゲン複合体の製造方法及び、それを用いた多孔体材料の製造方法を詳細に説明する。
【0021】
(a) アパタイト/コラーゲン複合体の製造
アパタイトとコラーゲンは単に混合してもよいが、生体適合性及び骨形成性を向上させるために、アパタイトとコラーゲンが化学的に結合したアパタイト/コラーゲン複合体として用いるのが好ましい。この複合体の好ましい例は、アパタイトのC軸がコラーゲン繊維に沿って配向した自己組織化した構造(生体骨と類似の構造)を有するアパタイト/コラーゲン複合体である。アパタイトとしては、ヒドロキシアパタイトが特に好ましい。
【0022】
(i) アパタイト/コラーゲン複合体の原料の調製
アパタイト/コラーゲン複合体は、例えばコラーゲンを含む溶液中にリン酸又はその塩[以下単に「リン酸(塩)」という]の水溶液及びカルシウム塩の水溶液又は懸濁液を加えることにより製造する。リン酸(塩)としては、リン酸、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム等が挙げられる。カルシウム塩としては、例えば炭酸カルシウム、酢酸カルシウム、水酸化カルシウム等が挙げられる。
【0023】
アパタイト原料[リン酸(塩)及びカルシウム塩]とコラーゲンとの混合比によりアパタイト/コラーゲン複合体の繊維長を制御できるので、アパタイト原料とコラーゲンとの混合比は、アパタイト/コラーゲン複合体の目標繊維長に応じて適宜決定する。本発明に使用するアパタイト/コラーゲン複合体中のアパタイト/コラーゲンの混合比は9/1〜6/4(質量比)が好ましく、8.5/1.5〜7/3(質量比)がより好ましく、約8/2(質量比)が最も好ましい。
【0024】
(ii) 溶液(懸濁液)の調製
コラーゲン/リン酸(塩)水溶液、及びカルシウム塩水溶液(又は懸濁液)を調製する。コラーゲン/リン酸(塩)水溶液はコラーゲンとリン酸(塩)を溶解した水溶液で、コラーゲンの濃度は0.1〜1.5質量%が好ましく、約0.85質量%が特に好ましい。またリン酸(塩)の濃度は15〜240 mMが好ましく、約120 mMが特に好ましい。カルシウム塩水溶液(又は懸濁液)の濃度は50〜800 mMが好ましく、約400 mMが特に好ましい。
【0025】
(iii) アパタイト/コラーゲン複合体の製造
添加するカルシウム塩水溶液又は懸濁液の量とほぼ同量の水に、約40℃でコラーゲンを含有するリン酸(塩)水溶液、及びカルシウム塩水溶液又は懸濁液を同時に滴下することにより、アパタイト/コラーゲン複合体が生成する。滴下条件を制御することにより、アパタイト/コラーゲン複合体の繊維長を制御できる。滴下速度は1〜60 mL/分が好ましく、約30 mL/分がより好ましい。攪拌速度は1〜400 rpmが好ましく、約200 rpmがより好ましい。リン酸(塩)及びカルシウム塩の混合比率は、1:1〜2:5が好ましく、3:5がより好ましい。またコラーゲンとアパタイト(リン酸塩とカルシウム塩の総量)の混合比率は、1:9〜4:6が好ましく、1.5:8.5〜3:7がより好ましい。
【0026】
反応液中のカルシウムイオン濃度を3.75 mM以下、リン酸イオン濃度を2.25 mM以下に維持することにより、反応液のpHは8.9〜9.1に保つのが好ましい。カルシウムイオン及び/又はリン酸イオンの濃度が上記範囲を超えると、複合体の自己組織化が妨げられる。上記の滴下条件により、自己組織化したアパタイト/コラーゲン複合体の繊維長は、アパタイト/コラーゲン架橋多孔体の原料として好適な2 mm以下となる。
【0027】
得られたアパタイト/コラーゲン複合体と水とのスラリー状混合物は乾燥するのが好ましい。乾燥は、凍結乾燥、水をエタノール等の溶媒に置換して風乾等の方法で行うことができるが、凍結乾燥が好ましい。凍結乾燥は、−10℃以下に凍結した状態で真空引きして行う。
【0028】
(b) アパタイト/コラーゲン複合体を含有する分散物の製造
アパタイト/コラーゲン複合体の粉末に水、リン酸水溶液等を加えて撹拌し、ペースト状の分散物(スラリー)を調製する。水溶液等の添加量は、アパタイト/コラーゲン複合体の80〜99体積%であるのが好ましく、90〜97体積%であるのがより好ましい。多孔体の気孔率P(%)は分散物中のアパタイト/コラーゲン複合体と水溶液等との体積比に依存し、下記式(1):
P = B/(A+B)×100・・・(1)
(ただし、Aは分散物中のアパタイト/コラーゲン複合体の体積を示し、Bは分散物中の液体の体積を示す。)により表される。このため加える液体の量を制御することにより多孔体の気孔率Pを制御することができる。液体を加えた後で分散物を撹拌すると、アパタイト/コラーゲン複合体の繊維の一部が切断され繊維の長さの分布が大きくなる。撹拌条件を調節することにより、得られる多孔体の強度を向上させることができる。
【0029】
安定した形状の多孔体を得るため、分散物にさらにバインダーを添加するのが好ましい。バインダーとしては、可溶性コラーゲンが挙げられる。バインダーの添加量は、アパタイト/コラーゲン複合体100質量%に対して、1〜10質量%が好ましく、3〜6質量%がより好ましい。
【0030】
アパタイト/コラーゲン複合体を製造する場合と同様に、バインダーはリン酸水溶液の状態で加えるのが好ましい。添加するバインダー溶液の濃度等は特に限定されないが、実用的にはバインダーの濃度が約0.85質量%、リン酸の濃度が20 mM程度が好ましい。
【0031】
バインダーのリン酸(塩)水溶液の添加後、水酸化ナトリウム水溶液で分散物のpHを7程度に調製する。分散物のpHは後述するゲル化処理時にコラーゲンがゼラチンに変性するのを防止するため6.8〜7.6が好ましく、7.0〜7.4がより好ましい。
【0032】
バインダーとして加えたコラーゲンの繊維化を促進させるため、分散物にリン酸バッファー生理食塩水(PBS)の濃縮液(10倍程度)を添加し、イオン強度を0.2〜1に調整する。より好ましいイオン強度は、PBSと同程度の約0.8である。
【0033】
本発明の目的を損なわない範囲内で、分散物にさら抗生物質(テトラサイクリン等)、抗癌剤(シスプラチン等)、骨髄細胞、細胞増殖因子(BMP、FGF、TGF-β、IGF、PDGF、VEGF等)、生理活性因子(ホルモン、サイトカイン等)等の添加剤を添加することができる。
【0034】
(c) ゲル化
分散物を成形型に入れた後、分散物の温度を35〜45℃に保持することにより、バインダーとして加えたコラーゲンが繊維化し、分散物がゲル状となる。ゲル化により、アパタイト/コラーゲン複合体が分散物中で沈降するのを防ぎ、均一な多孔体が得られる。より好ましい保持温度は35〜40℃である。保持時間は0.5〜3.5時間が好ましく、1〜3時間がより好ましい。
【0035】
(d) 凍結乾燥
ゲル化した分散物は凍結工程と乾燥工程からなる凍結乾燥を行う。ゲル化した分散物を一方向から冷却し凍結することにより、一軸構造の多孔体を形成することがでる。
【0036】
(i) 凍結
ゲル化した分散物を一方向から冷却し凍結するには、例えば図3(a)に示すような治具を備えた凍結装置1を用いて行うことができる。凍結装置1は、保温容器2中に、冷却加熱板3と、冷却加熱板3の上に設置された金属板4を具備する[図3(b)に斜視図を示す。]。冷却加熱板3は保温容器2の外部の冷却加熱装置5に熱的に接続されており、冷却加熱装置5により精度良く冷却又は加熱を行うことができる。上記のように一方向から冷却するには、例えば市販の棚式の凍結装置を用いて行うことができる。
【0037】
成形型11に充填したゲル化した分散物10は、予め4℃程度に冷蔵した後、所定の温度に冷却した金属板4上に載置することにより、金属板4との接触面からのみ冷却される。保温容器2内の温度は、ゲル化した分散物10が成形型又は上端から凍結しない程度の温度(4℃程度)に保たれている。この様な方法で冷却することにより、金属板4との接触面から凍結が始まり、金属板4に垂直な方向[図3(a)で上方向]に水の結晶が成長することにより、図3(a)で上下方向に配向する気孔構造が形成される。金属板4からのみの冷却を効率よく行うため、成形型11は熱伝導率の低い素材を用いるのが好ましい。
【0038】
冷却中に温度を変化させることにより、一軸構造の気孔構造を制御することができる。この方法は金属板4との接触面からのみ冷却するため、例えば一定温度で冷却した場合、凍結が上方に進むにつれて冷気が逃げて温度が上昇し、図2のType2に近い気孔構造となる。このためType3の気孔構造に近づけるためには金属板4の温度を徐々に下げて、凍結が起こっている部分の温度を一定に保つことが望ましい。このとき凍結速度の変化は少ないのが好ましく、一定速度がより好ましい。具体的には、凍結時の凍結が起こっている部分の温度変化は、-20〜20℃/hrの範囲が好ましく、-10〜10℃/hrの範囲がより好ましい。また、冷却中に温度を徐々に上げるとType1の気孔構造に近づく。冷却温度は、-80〜-10℃の範囲で変化させるのが好ましく、−80〜−20℃がより好ましい。
【0039】
(iii) 乾燥
凍結乾燥機を用いて、分散物を−10℃以下に凍結した状態で真空引きして乾燥する。分散物が十分に乾燥する限り、凍結乾燥時間は特に制限されないが、一般的には1〜3日程度とするのが好ましい。以上に述べた凍結乾燥により一軸構造を有するアパタイト/コラーゲン多孔体が得られる。
【0040】
(e) 架橋
機械的強度を高めるとともに、体内に挿入された人工骨等の形状を所望の期間保持し得るようにするため、凍結乾燥したアパタイト/コラーゲン複合体はコラーゲンを架橋するのが好ましい。コラーゲンの架橋は、γ線、紫外線、電子線、熱脱水等を用いた物理的架橋、架橋剤や縮合剤を用いた化学的架橋等の方法を用いて行うことができる。化学的架橋は、例えば凍結乾燥後の多孔体を架橋剤の溶液に浸漬する方法、凍結乾燥後の多孔体に架橋剤を含有する蒸気を作用させる方法、又はアパタイト/コラーゲン複合体を製造する際に水溶液又は懸濁液中に架橋剤を添加する方法により行うことができる。
【0041】
架橋剤としては、グルタールアルデヒド、ホルムアルデヒド等のアルデヒド、ヘキサメチレンジイソシアネート等のイソシアネート、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩等のカルボジイミド、エチレングリコールジエチルエーテル等のエポキシ化合物、トランスグルタミナーゼ等が挙げられる。これらの架橋剤のうち、架橋度の制御の容易さや、得られるアパタイト/コラーゲン架橋多孔体の生体適合性の観点から、グルタールアルデヒドが特に好ましい。
【0042】
多孔体をグルタールアルデヒド溶液に浸漬して架橋する場合、グルタールアルデヒド溶液の濃度は0.005〜0.015質量%が好ましく、0.005〜0.01質量%がより好ましい。グルタールアルデヒドの溶媒としてエタノール等のアルコールを使用すると、架橋と同時に脱水もされるため、アパタイト/コラーゲン複合体が収縮した状態で架橋が起こり、生成するアパタイト/コラーゲン架橋多孔体の弾性が向上する。
【0043】
架橋処理後、未反応のグルタールアルデヒドを除去するため2質量%程度のグリシン水溶液にアパタイト/コラーゲン架橋多孔体を浸漬し水洗する。さらにエタノールに浸漬し脱水した後、室温で乾燥させる。
【0044】
(f) 加工
得られたアパタイト/コラーゲン架橋多孔体は、旋盤等で切削することにより成形する。得られた多孔体は紫外線、γ線、電子線、乾燥加熱等により滅菌処理してもよい。
【0045】
本発明を以下の実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0046】
実施例1
一方向に配向した気孔構造を有するアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体の製造を行った。
【0047】
(A) アパタイト/コラーゲン複合体の合成
50 mlの水と410 g のコラーゲン/リン酸水溶液(コラーゲン:0.6質量%、リン酸:120 mM)を混合し溶液Aを調製した。230 mlの水に6 gの水酸化カルシウムを加え撹拌分散し分散液Bを調製した。200 mlの水を入れた容器に、pHコントローラでpHを9になるように速度を調整しながら溶液A及び溶液Bを同時に滴下し、ヒドロキシアパタイトとコラーゲンの複合体繊維の分散液を調製した。この分散液を凍結し減圧下で7日かけて凍結乾燥し、約1〜2mmの平均長を有する繊維状ヒドロキシアパタイト/コラーゲン複合体を得た。
【0048】
(B) アパタイト/コラーゲン複合体を含む多孔体の作製
得られた1gの繊維状ヒドロキシアパタイト/コラーゲン複合体に5.5 mLの水を加えて撹拌し、ペースト状の分散物を得た。さらに2 gのコラーゲン/リン酸水溶液(コラーゲン:0.6質量%、リン酸:20 mM)を加えて撹拌した後、1NのNaOHでpHを7に調節した。
【0049】
得られた分散物を成形型に入れ、37℃で2時間保持して分散物をゲル化させた。4℃に冷却したゲル状の成形体を、図3(a)(b)に示す凍結装置1の金属板4の上に密着させて載置し一方向から凍結した。金属板4は-20℃で10分間保持した後、1時間かけて-20℃から-40℃まで直線的に温度を変化(-20℃/hr)させ、-40℃で保持した。この時の冷却パターンを図4(a)に示す。-20℃から-40℃まで温度を変化させている間に、ゲル化した分散物は完全に凍結した。保温容器2内は1気圧で4℃に保持した。成形体全体が凍結した後、真空に引いて乾燥させた。凍結乾燥後の成形体は、エタノール(濃度99.5%)を溶媒として調製した0.01%のグルタールアルデヒド溶液に浸して架橋処理した。多孔体は水洗後、2%のグリシン水溶液に浸して未反応のグルタールアルデヒドを除去し、再度水洗した。さらにエタノール(濃度99.5%)に浸して脱水した後、室温で乾燥し、一方向に配向した気孔構造を有するアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体を得た。
【0050】
実施例2及び比較例1
一方向から凍結する際の金属板4の温度パターンをそれぞれ図4(b)及び(c)に示す様に変更した以外は実施例1と同様にして、実施例2及び比較例1の一方向に配向した気孔を有する多孔体を得た。
【0051】
得られた実施例1、2及び比較例1の多孔体の平均気孔径を、冷却した側(下側)及びその反対側(上側)の2カ所で以下の方法で測定した。また多孔体全体の平均気孔率を以下の方法で測定した。結果を表1に示す。また図5に実施例1、2及び比較例1の多孔体の気孔構造の走査電子顕微鏡(SEM)写真を示す。図6は、図5に示す多孔体の冷却した側(下側)及びその反対側(上側)の気孔構造を示す拡大図である。
【0052】
平均気孔径の測定
一軸構造を有する多孔体の平均気孔径は、配向する気孔の配向方向と平行な断面の走査電子顕微鏡(SEM)写真から画像分析法により求めた。図7に示すように、SEM断面図において、気孔の配向方向と垂直な補助線Lを引き、補助線と交わる各気孔のサイズ(図7中でAμm〜Eμmと記載されている部分)を測定した。実際には20カ所以上の気孔部分を測定し平均値を求めた。
【0053】
気孔率の測定
多孔体の気孔率は下記式(2):
気孔率(%)={(見かけの体積)−(真の体積)}×100/(見かけの体積)・・・(2)
により求めた。ここで(真の体積)=(質量)/(密度)である。
例えばヒドロキシアパタイト及びコラーゲンからなる多孔体の場合、(真の体積)は下記式(3):
(真の体積)=VA+VC=mAA+mCC・・・(3)
(ρA,mA及びVAはそれぞれヒドロキシアパタイトの密度、質量及び体積を表し、ρC,mC及びVCはコラーゲンの密度、質量及び体積を表す。)により表される。
【0054】
【表1】

【0055】
温度一定で凍結[図4(c)のパターン]を行うと、冷却した側(下側)の気孔径が小さくなり、その反対側(上側)の気孔径は大きくなることが分かる(比較例1)。これに対して、冷却温度を徐々に低下させながら凍結[図4(a)のパターン]を行うと、冷却した側(下側)とその反対側(上側)の気孔径の差が小さくなった(実施例1)。また、逆に冷却温度を徐々に上昇させながら凍結[図4(b)のパターン]を行うと、冷却した側(下側)の気孔径は非常に小さくなり、その反対側(上側)の気孔径との差が大きくなった(実施例2)。凍結時の冷却温度パターンを調節することにより、気孔構造を制御できることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】一方向に配向する気孔構造を有する多孔体を示す模式図とSEM写真である。
【図2】本発明の一方向に配向する気孔構造を説明する模式図である。
【図3】ゲル化した分散物を一方向から冷却し凍結するための治具を備えた凍結装置を示す模式図である。
【図4】ゲル化した分散物を一方向から冷却し凍結する時の、(a)実施例1、(b)実施例2及び(c)比較例1の温度パターンを示すグラフである。
【図5】(a)実施例1、(b)実施例2及び(c)比較例1の多孔体の気孔構造を示すSEM写真である。
【図6】(a)実施例1、(b)実施例2及び(c)比較例1の多孔体の冷却した側(下端)及びその反対側(上端)の気孔構造を示すSEM写真である。
【図7】本発明の一方向に配向した気孔構造を有する多孔体の平均気孔径を求める方法を示した模式図である。
【符号の説明】
【0057】
1・・・凍結装置
2・・・保温容器
3・・・冷却加熱板
4・・・金属板
5・・・冷却加熱装置
10・・・分散物
11・・・成形型

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アパタイト/コラーゲン複合体からなる原料粉末を水に分散させてなるスラリーを、一方向から冷却することにより凍結し、乾燥することにより、一方向に配向する気孔構造を有する多孔体を製造する方法であって、前記冷却するときの温度を変化させることにより気孔構造を制御することを特徴とするアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体の製造方法において、前記一方向に配向する気孔は同一径であることを特徴とするアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載のアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体の製造方法において、前記一方向に配向する気孔は部分的に径が異なることを特徴とするアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体の製造方法において、前記一方向に配向する気孔構造を有する多孔体は、配向方向に気孔が貫通していることを特徴とするアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体の製造方法において、アパタイト/コラーゲン複合体が長さ1mm以下の繊維状であることを特徴とするアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体の製造方法において、前記アパタイト/コラーゲン複合体中のアパタイトがヒドロキシアパタイトであることを特徴とするアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載のアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体の製造方法によって製造されたアパタイト/コラーゲン複合体からなる多孔体。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【図1】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−295795(P2008−295795A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−145914(P2007−145914)
【出願日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第10回生体関連セラミックス討論会発表予稿集 平成18年12月1日 日本セラミックス協会発行
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、文部科学省、ナノテクノロジーを活用した人工臓器の開発委託研究、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】