説明

アミノ酸誘導体含有アクリル繊維及びその製造方法並びに該繊維を含有する繊維構造物

【課題】本発明は、アミノ酸誘導体を含有し、該アミノ酸誘導体の徐放性及び洗濯耐久性の両方をバランス良く有するスキンケア効果の持続に優れた繊維及び繊維構造物を提供することにある。
【解決手段】アクリロニトリル系重合体と酸性基を含有する水膨潤性樹脂からなり、該水膨潤性樹脂の酸性基が、繊維重量に対して0.01mmol/g以上であるアクリル繊維に、塩基性アミノ酸誘導体が付与されてなるアミノ酸誘導体含有アクリル繊維及び、該アミノ酸誘導体含有アクリル繊維を用いた繊維構造物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミノ酸誘導体を含有し、該アミノ酸誘導体を徐々に放出することによって、皮膚にアミノ酸誘導体を供給し、角質層の水分保持機能を補い正常な皮膚を保つ効果(以下、スキンケア効果とも言う)を有し、さらにアミノ酸誘導体の徐放性をもたせることで低下する洗濯耐久性とのバランスにも優れた繊維に関する。また、本発明は、かかる繊維を含有する繊維構造物並びにそれらの製造方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
アミノ酸や蛋白質などのアミノ酸誘導体は、本来人間の体に備わっている天然保湿因子であり、スキンケア特性を有するものとして知られており、近年、この特性に注目してアミノ酸や蛋白質を付与した肌に優しい繊維製品の開発が進められている。
【0003】
例えば、特許文献1には、繊維製品に蛋白質であるセリシンを付与したスキンケア性製品が開示されている。該製品はセリシン水溶液に繊維製品を浸漬して乾燥することによって得られるが、セリシンを繊維製品に積極的に固着させる因子がないため、付与されるセリシンの量は少なく、また、付与されたセリシンも脱落しやすいので、スキンケア効果は小さく、満足いくものではないものとなってしまう。
【0004】
一方、特許文献2には、アミノ酸であるアルギニンをバインダーを介して付与した繊維製品が開示されている。該文献の実施例1では、洗濯10回後のアルギニンの保持率が90%を越えることが示されており、バインダーを使用することにより、優れた洗濯耐久性が得られることが示されている。しかし、このことを裏返せば、付与されたアルギニンがなかなか放出されないということである。すなわち、バインダーを使用した場合には、皮膚へのアミノ酸誘導体の移行が必然的に乏しくなり、スキンケア効果も小さなものとならざるを得ない。
この不利を解消するために、繊維に対してより多くのアミノ酸誘導体を付与することが考えられる。しかし、そのためには、それに見合ったより多くのバインダーを使用せざるを得ず、バインダーの使用量が多くなるほど、風合いは硬くなってしまう。皮膚に接触するような用途に使用される場合には、風合いの低下は大きな問題となる。加えて、実際には放出されずにスキンケア効果に関与することのないアミノ酸誘導体を多量に付与しなければならず、経済的にも望ましくない。
【0005】
また、特許文献3には、繊維構造物にアミノ酸水溶液を含浸した後、プラズマ処理でアミノ酸を架橋重合させることで固着させる方法が開示されている。該方法においてはバインダーを使用しないが、架橋重合によってアミノ酸が水不溶性の高分子となり、繊維表面に強く固着されるため、該方法で製造された繊維構造物を皮膚に接触させたとしても、上記と同様に皮膚へのアミノ酸の移行はほとんどなく、スキンケア効果はあまり期待できなかった。
【0006】
この点に対し、特許文献4において、繊維が電解質塩類含有水分と接触したときにアミノ酸誘導体が徐々に放出されるようにするため、アミノ酸誘導体を繊維上に保持させる手段として酸性基含有重合体とのイオン結合を採用することを提案している。
【0007】
しかしながら、特許文献4の方法で製造された繊維は、アミノ酸誘導体の徐放性にはすぐれるものの、洗濯耐久性に劣り、10回程度の選択でほぼ全てのアミノ酸誘導体が繊維から脱落してスキンケア効果を発現しなくなるため、特許文献4では、アミノ酸誘導体が脱落した後の繊維をアミノ酸誘導体溶液で再処理することにより、再びアミノ酸誘導体をイオン結合させ、スキンケア特性を再生させることを提案している。確かにこの再生処理により、スキンケア効果も再生されるものの、スキンケア効果を維持するには、再生処理を繰り返さなければならないという問題があった。
【特許文献1】特開平8−60547号公報
【特許文献2】特開2002−13071号公報
【特許文献3】特開平5−295657号公報
【特許文献4】WO 2005/007714号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑み創案されたものであり、その目的は、アミノ酸誘導体を含有し、該アミノ酸誘導体の徐放性及び洗濯耐久性の両方をバランス良く有するスキンケア効果の持続に優れた繊維及び繊維製品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上述の目的を達成するために、繊維に付与されたアミノ酸誘導体が汗などの水分に対して徐放する方法について鋭意検討した結果、一定量以上の酸性基を含有する水膨潤性樹脂を導入したアクリル繊維にアミノ酸誘導体を結合させることにより、アミノ酸誘導体の徐放性と洗濯による脱落に対する耐久性の両方をバランスよく有することを見出し、本発明の完成に至った。
【0010】
即ち、本発明は以下の(1)〜(7)の手段により達成される。
(1)アクリロニトリル系重合体と酸性基を含有する水膨潤性樹脂からなり、該水膨潤性樹脂の酸性基が、繊維重量に対して0.01mmol/g以上であるアクリル繊維に、塩基性アミノ酸誘導体が付与されてなるアミノ酸誘導体含有アクリル繊維。
(2)アクリロニトリル系重合体と酸性基を含有する水膨潤性樹脂からなり、該水膨潤性樹脂がスルホン酸基を繊維重量に対して少なくとも0.01mmol/gを有するアクリル繊維に、塩基性アミノ酸誘導体が付与されてなるアミノ酸誘導体含有アクリル繊維。
(3)アクリロニトリル系重合体と酸性基を含有する水膨潤性樹脂を含有せしめた紡糸原液を紡出し、水洗、延伸、乾燥後、塩基性アミノ酸誘導体を付与することを特徴とするアミノ酸誘導体含有アクリル繊維の製造方法。
(4)アクリロニトリル系重合体と酸性基を含有する水膨潤性樹脂を含有せしめた紡糸原液を紡出し、水洗、延伸、緻密化乾燥後、塩基性アミノ酸誘導体を付与し、湿熱処理を行うことを特徴とするアミノ酸誘導体含有アクリル繊維の製造方法。
(5)アクリロニトリル系重合体と酸性基を含有する水膨潤性樹脂を含有せしめた紡糸原液を紡出し、水洗、延伸後の緻密化されていない状態で塩基性アミノ酸誘導体を付与することを特徴とするアミノ酸誘導体含有アクリル繊維の製造方法。
(6)アクリロニトリル系重合体と酸性基を含有する水膨潤性樹脂を含有せしめた紡糸原液を紡出し、水洗、延伸後の緻密化されていない状態で塩基性アミノ酸誘導体を付与し、湿熱処理を行い、該湿熱処理温度以下の温度で乾燥することを特徴とするアミノ酸誘導体含有アクリル繊維の製造方法。
(7)(1)又は(2)に記載のアミノ酸誘導体含有アクリル繊維を用いた繊維構造物。
【発明の効果】
【0011】
本発明のアミノ酸誘導体含有アクリル繊維は、酸性基を含有する水膨潤性樹脂をアクリル繊維中に含有しているため、繊維中のアミノ酸誘導体は汗に溶出して徐々に皮膚へ移行することができ、さらに洗濯しても繊維中のアミノ酸誘導体が脱落しにくい、徐放性と洗濯耐久性のバランスに優れた繊維である。従って、本発明のアミノ酸誘導体含有アクリル繊維は、スキンケア特性の持続に優れたものであり、肌着や靴下などの繰り返し洗濯される製品やその材料などの幅広い用途に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を詳述する。本発明に言うアクリロニトリル系重合体は従来公知のアクリル繊維の製造に用いられるものであればよいが、アクリロニトリルを80重量%以上結合含有することが好ましく、より好ましくは88重量%以上である。
【0013】
また、上記アクリロニトリル系重合体において、アクリロニトリルと共重合し得る単量体としては、ビニル化合物であればよく、複数種を共重合しても構わない。代表的な例としては、アクリル酸、メタクリル酸、又はこれらのエステル類;アクリルアミド、メタクリルアミド又はこれらのN−アルキル置換体;酢酸ビニル等のビニルエステル類;塩化ビニル、臭化ビニル、塩化ビニリデン等のハロゲン化ビニル又はビニリデン類;ビニルスルホン酸、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、p−スチレンスルホン酸等の不飽和スルホン酸又はこれらの塩類等アクリロニトリルと共重合可能な周知の単量体を挙げることができる。なお、上記アクリロニトリル系重合体として、上述の組成を満たす重合体を複数種用いても構わない。
【0014】
本発明の繊維の構成成分である酸性基を含有する水膨潤性樹脂について説明する。本発明において、酸性基を含有する水膨潤性樹脂は、アミノ酸誘導体を受容しうる基体としての役割を有する。酸性基を含有する水膨潤性樹脂としては、酸性基を含有していることが必要であり、ポリエステル系重合体、ポリアミド系重合体、ポリエーテル系重合体、ビニル系重合体あるいはセルロース系重合体などや複数種の重合体を複合させた重合体を使用することができる。
【0015】
また、酸性基を含有する水膨潤性樹脂はアクリロニトリルやメタクリルニトリル等のニトリル基を有する単量体を結合含有していることが好ましい。酸性基を含有する水膨潤性樹脂とアクリロニトリル系重合体との相溶性が低いと、層分離により大きなボイドが形成されるため、繊維の機械的物性の低下や染色特性の問題を引き起こす原因となる場合がある。
【0016】
酸性基を含有する水膨潤性樹脂の酸性基としては、アミノ酸誘導体とイオン結合を形成できるものであれば特に制限はなく、例えばカルボキシル基、スルホン酸基、リン酸基などが挙げられる。なかでもスルホン酸基の場合は、アミノ酸誘導体の徐放性、洗濯耐久性に優れた繊維が得られやすい。
【0017】
上記のような酸性基は、例えば、酸性基を含有する水膨潤性樹脂がビニル系重合体の場合であれば、酸性基を含有するビニル単量体を共重合することで導入することができる。スルホン酸基を含有するビニル単量体としては、ビニルスルホン酸、(メタ)アリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、4−スルホブチル(メタ)アクリレート、メタリルオキシベンゼンスルホン酸、アリルオキシベンゼンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、2−スルホエチル(メタ)アクリレートやこれらの単量体の金属塩、またカルボキシル基を含有するビニル単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸、ビニルプロピオン酸やこれらの単量体の金属塩などを挙げることができる。
【0018】
また、グラフト重合可能な重合体に対しては、上記のような酸性基を含有するビニル単量体をグラフト重合することによって酸性基を導入することができる。
【0019】
さらに、ニトリル、アミド、エステルなどの加水分解によってカルボキシル基に変性可能な官能基を有する重合体に対しては、加水分解することによってカルボキシル基を導入することができる。加水分解によってカルボキシル基に変性可能な官能基を有する重合体としては、アクリロニトリル、メタクリロニトリル等のニトリル基を有する単量体、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル等のエステル誘導体、(メタ)アクリルアミド、ジメチル(メタ)アクリルアミド等のアミド誘導体、(メタ)アクリル酸、マレイン酸、イタコン酸等のカルボキシル基を有する単量体の無水物等を単独重合または共重合して得られるビニル系重合体などを例示することができる。
【0020】
かかる酸性基を含有する水膨潤性樹脂の酸性基量については、繊維重量に対して0.01mmol/g以上有することが必要である。0.01mmol/g未満の場合は、十分な量のアミノ酸誘導体を含有できない、あるいは満足な徐放性や洗濯耐久性が得られない。また、かかる酸性基量は、その量が多いほど、アミノ酸誘導体の結合可能な量が高くなるので、スキンケア効果の向上に寄与する。その一方で繊維に含まれる酸性基の量が多くなると、繊維の親水性が高まり、繊維の強度が低下し糸切れが起こるなど製造上の問題が発生するようになり、また酸性基の量が多いと染色速度が速くなるため染色斑が起こるなど染色・加工上の問題も発生するようになる。従って、水膨潤性樹脂の酸性基の上限は、本発明のアミノ酸誘導体含有アクリル繊維として繊維化及び染色・加工が可能な最大量であり、チオシアン酸ソーダ等の無機塩の水溶液を溶剤に用いた場合では、好ましくは0.3mmol/g以下、より好ましくは0.15mmol/gである。
【0021】
アクリロニトリル系重合体及び酸性基を含有する水膨潤性樹脂の本発明のアミノ酸誘導体含有アクリル繊維に占める割合については、アクリロニトリル系重合体を90〜99重量%、酸性基を含有する水膨潤性樹脂を1〜10重量%とすることが望ましい。この範囲を外れる場合には、紡糸時におけるノズル詰まり、糸切れ等の製造上の問題が発生する場合がある。
【0022】
次に、本発明の塩基性アミノ酸誘導体について説明する。本発明において塩基性アミノ酸誘導体は、繊維にスキンケア特性を与える役割を有する。なお、本発明において塩基性アミノ酸誘導体とは、アミノ酸やアミノ酸分子中の官能基の一部が修飾されたもののみならず、ポリペプチドや蛋白質、さらには蛋白質加水分解物などのアミノ酸を構造単位とする化合物をも包含する用語として使用する。
【0023】
本発明の塩基性アミノ酸誘導体としては、酸性基を含有する水膨潤性樹脂中の酸性基とイオン結合するものならば天然物由来であっても、化学合成されたものであっても使用できるが、人体への安全性、経済性の面から、天然物由来のものが好ましい。
【0024】
ここで塩基性アミノ酸誘導体がもつ塩基性官能基としては、アミノ基、グアニジル基、ヒスチジル基などが挙げられる。また、塩基性官能基は遊離状態であってもよく、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩等の無機酸塩、クエン酸塩、コハク酸塩、パラトルエンスルホン酸塩、メタンスルホン酸塩などの有機酸塩の形であってもよい。このような塩基性アミノ酸誘導体としては、例えば、カゼイン、ケラチン、コラーゲン、ゼラチン等の蛋白質やリジン、アルギニン、ヒスチジン等の塩基性アミノ酸及びそれらの塩類を挙げることができる。
【0025】
この中でもリジン、アルギニン、ヒスチジン等の塩基性アミノ酸及びそれらの塩類は蛋白質などに比べて分子量が小さく、溶液とするのが容易であるため、本発明のアミノ酸誘導体含有アクリル繊維を製造しやすく、工業的にも好ましい。さらに塩基性アミノ酸であるアルギニン、リジン、ヒスチジンは人体に存在し、天然保湿因子中に含まれるアミノ酸であり、スキンケア効果という面から見ても好適に使用できるものである。
【0026】
繊維に含有させるアミノ酸誘導体の量としては、要求性能や用途などに応じて広い範囲から適宜選択できるが、通常、得られるアミノ酸誘導体含有アクリル繊維に対して0.01mmol/g以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.02mmol/g以上である。含有されるアミノ酸誘導体が0.01mmol/gに満たない場合にはスキンケア効果を発現できなくなる場合がある。
【0027】
次に、本発明に係るアミノ酸誘導体含有アクリル繊維の製造方法について述べる。チオシアン酸ソーダ等の無機塩の水溶液を溶剤に用いた場合で説明すると以下のようになる。まず上述のアクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解した後に、上述の酸性基を含有する水膨潤性樹脂を直接または水分散体として添加混合した紡糸原液を作製し、ノズルから紡出後、凝固、水洗、延伸の工程を経て、緻密化乾燥を行う。次いで緻密化された繊維を上述のアミノ酸誘導体の水溶液中に通過させることにより、アミノ酸誘導体を繊維に付与する。次いで湿熱処理をおこなった後、通常の紡績油剤を付与し、乾熱乾燥工程を通して最終的にアミノ酸誘導体含有アクリル繊維が得られる。
【0028】
かくして得られたアミノ酸誘導体含有アクリル繊維は、その繊維表面だけなく繊維内部に存在する酸性基を含有する水膨潤性樹脂中の酸性基とアミノ酸誘導体がイオン結合を形成し、汗などの電解質をもつ水分を通してイオン交換することで徐々に溶出すると考えられる。このアミノ酸誘導体含有アクリル繊維は、例えば、JIS‐L‐0217‐103法にて洗濯を繰り返し実施した時に、アミノ酸誘導体は含有量が徐々に減少することが望ましい。繰り返し洗濯してもアミノ酸誘導体が減少しない場合は、すなわち繊維からアミノ酸誘導体が溶出しにくく、十分なスキンケア効果が得られなくなる。
【0029】
なお、繊維の湿熱処理工程以降でアミノ酸誘導体を付与しても、アミノ酸誘導体含有アクリル繊維を作成できるが、繊維内部に存在する酸性基を含有する水膨潤性樹脂にまでアミノ酸誘導体を付与することが難しく、アミノ酸誘導体含有量が少なくなる。
【0030】
さらにアミノ酸誘導体含有量を多くするためには、さらに繊維内部に存在する酸性基を含有する水膨潤性樹脂にまでアミノ酸誘導体を付与する方がよい。すなわち紡糸原液をノズルから紡出後、凝固、水洗、延伸の工程を経た後の緻密化されていない状態の繊維にアミノ酸誘導体を付与するほうが好ましい。
【0031】
また、本発明のアミノ酸誘導体含有アクリル繊維のアミノ酸誘導体徐放性を高めるためには、繊維が親水性のミクロボイドを有し、且つ、各ミクロボイドが繊維内部で連通し、表面に連通している構造とすることが望ましい。かかる構造の繊維とするための方法としては、例えば下記の手段が挙げられる。
【0032】
即ち、チオシアン酸ソーダ等の無機塩の水溶液を溶剤に用いた場合で説明すると以下のようになる。まず上述のアクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解した後に、上述の酸性基を含有する水膨潤性樹脂を直接または水分散体として添加混合した紡糸原液を作製し、ノズルから紡出後、凝固、水洗、延伸の工程を経た後の緻密化されていない状態の繊維を上述のアミノ酸誘導体の水溶液中に通過させることにより、アミノ酸誘導体を繊維に付与する。続いて湿熱処理を105〜130℃で行い、その後湿熱処理温度以下で乾燥することにより、ミクロボイド構造を有するアミノ酸誘導体含有アクリル繊維が得られる。湿熱処理については105℃に満たない場合は熱的に安定な繊維を得ることができず、130℃を超えるとミクロボイドが閉塞しやすいため、アミノ酸誘導体の徐放性が低下する恐れがある。なおここでいう湿熱処理とは、飽和水蒸気や過熱水蒸気の雰囲気下で加熱を行う処理を意味する。また乾燥条件において、湿熱処理時の温度を超えてしまうとミクロボイドが閉塞しやすくなるためアミノ酸誘導体の徐放性に乏しくなる。
【0033】
また、複数の紡糸原液を使用して、シースコア型、サイドーバイーサイド型、サンドイッチ型、ランダム複合型、海−島型等の形態に複合紡糸し、上記製造方法と同様の処理を施して繊維形成することも可能である。例えば、上記のアクリロニトリル系重合体及び酸性基を含有する水膨潤性樹脂を含有する紡糸原液に、それとは別のアクリロニトリル系重合体及び酸性基を含有する水膨潤性樹脂を含有する紡糸原液やアクリロニトリル系重合体のみを含有する紡糸原液を組み合わせることができる。もちろん、紡糸原液の種類が2種類より多くても構わないことは言うまでもない。
【0034】
以上のような方法で製造されたアミノ酸誘導体含有アクリル繊維は、アミノ酸誘導体を含有し、且つ汗などを介した徐放性を有する性能を発揮するものである。このような本発明のアミノ酸誘導体含有アクリル繊維は、バインダーを使用しないため風合いに優れ、また紡績等の後加工も容易であることから、スキンケア効果に優れた様々な繊維構造物の製造を可能とするものでもある。
【0035】
本発明のアミノ酸誘導体含有アクリル繊維を含有する繊維構造物としては、糸、ヤーン(ラップヤーンも含む)、フィラメント、織物、編物、不織布、紙状物、シート状物、積層体、綿状物(球状や塊状のものを含む)等が挙げられるが、皮膚に接触する衣料品などに利用されるという点から織物や編物が一般的である。具体的な形態としては、肌着、腹巻き、サポーター、手袋、靴下、ストッキング、パジャマ、バスローブ、タオル、マット、寝具などを挙げることができる。また、該繊維構造物形成にあたっては、本発明にかかるアミノ酸誘導体含有アクリル繊維を単独で使用してもよいし、公用されている天然繊維、有機繊維、半合成繊維、合成繊維や、さらには無機繊維、ガラス繊維などを併用することもできる。なお、繊維構造物中に本発明にかかるアミノ酸誘導体含有アクリル繊維が占める割合については、該繊維構造物の用途において求められるアミノ酸誘導体含有量と徐放性、機械的特性などを満足するよう適宜選択すればよい。
【0036】
また、必要に応じて後加工処理でスキンケア効果のある成分を添加してもよい。スキンケア効果のある成分としては、例えば、スクワレン、スクワラン、鉱物油などの炭化水素類、植物油脂、動物油脂、脂肪酸エステル類、セラミド類、リン脂質などのエモリエント成分、ピロリドンカルボン酸塩、アミノ酸、アミノ酸誘導体、尿素、乳酸塩などの天然保湿因子、カゼイン、ケラチン、コラーゲン、ゼラチン、セリシン等の蛋白質、グリセリン、キシリトール等のポリオールおよびその誘導体、キチン、キトサン、ヒアルロン酸などの多糖類およびその誘導体、その他ビタミンC、ビタミンC誘導体、ビタミンE、大豆胚芽成分であるイソフラボンやグリチルリチン酸塩等が挙げられる。
【実施例】
【0037】
以下に本発明の理解を容易にするために実施例を示すが、これはあくまで例示的なものであり、本発明の要旨はこれらにより限定されるものではない。なお、実施例中、部および百分率は特に断りのない限り重量基準で示す。また、実施例において記述する繊維のアミノ酸誘導体含有量の分析は下記の方法を測定したものである。
【0038】
(1)アルギニン含有量の測定方法
編地試料を20重量%塩酸水溶液中で110℃、24時間処理し、得られたアルギニン抽出液を液体クロマトグラフィー−ニンヒドリン可視光吸収測定することにより、含有量を求めた。
【0039】
(2)洗濯方法
洗濯試験JIS‐L‐0217‐103法に準拠して、編地試料30gを洗剤として花王株式会社製アタック(登録商標):0.67g/L(標準使用量)を用い、浴比1:30、40℃の水で5分間洗濯し、次いですすぎを行った。
【0040】
(4)酸性基を含有する水膨潤性樹脂の作製
アクリロニトリル48重量%、アクリル酸メチルエステル22重量%、スルホン酸基含有モノマーとしてパラスチレンスルホン酸ソーダ30重量%をアンモニュームパーサルファイト/ピロ亜硫酸ソーダのレドックス系触媒で連続重合してスルホン酸基を1.45mmol/g含有し、乾燥固形分が19重量%である水膨潤性樹脂の水分散体を準備した。
【0041】
実施例1〜3、比較例1、2
アクリロニトリル88重量%、アクリル酸メチルエステル11.7重量%、メタアリルスルホン酸ソーダ0.3重量%(スルホン酸基量として0.035mmol/g)を含有するアクリロニトリル系重合体をチオシアン酸ソーダ48%水溶液に溶解し、共重合体濃度が11重量%になるよう紡糸原液を準備した。該紡糸原液に、スルホン酸基の量が表1に示す量になるように酸性基を含有する水膨潤性樹脂を添加、混合、溶解して混合原液を連続的に作成し、紡糸装置に導いた。
【0042】
次いで紡糸装置に導いた混合原液は、−3℃、10%チオシアン酸ソーダ水溶液中に紡出し、得られた湿潤フィラメントは沸水中で12倍延伸後、115℃の熱風中で15分間乾燥した。得られた繊維は80℃に調整した硝酸アルギニン2%水溶液に浸漬して絞り率50%に絞り、更に120℃の過熱水蒸気中で10分間の熱処理を行い、通常の紡績油剤に浸漬処理した後、100℃で10分間乾燥し、1.0dtexの繊維を作成した。
【0043】
【表1】

【0044】
かくして得られた繊維をこの後常法に従って紡績し、メートル番手64番手単糸の紡績糸を作成した。該紡績糸を用い18ゲージ2プライで天竺の編地に形成した。かかる編地試料の評価結果は表2にまとめた。
【0045】
【表2】

【0046】
表2から、酸性基を含有する水膨潤性樹脂に由来する酸性基が繊維重量に対し0.01mmol/g以上含有された実施例1〜3の繊維は、比較例1、2の繊維に比べ、多くのアルギニンが含有され、しかも洗濯により徐々にアルギニンを放出するという徐放性を有しながら、30回洗濯後でもアルギニンを含有していることがわかる。一方酸性基を含有する水膨潤性樹脂に由来する酸性基が繊維重量に対し0.01mmol/g未満である比較例1、2は、アクリロニトリル系重合体に由来する繊維自体の酸性基として0.035mmol/g有しているが、含有されるアルギニンの量も少なく、洗濯後でもごくわずかにアルギニンが検出されるものの、徐放性はないことがわかる。
【0047】
実施例4
実施例3と同じ混合原液を、−3℃、10%チオシアン酸ソーダ水溶液中に紡出し、得られた湿潤フィラメントは沸水中で12倍延伸後、80℃に調整した硝酸アルギニン2%水溶液に浸漬して絞り率50%に絞り、次いで115℃の熱風中で15分間乾燥し、更に120℃の過熱水蒸気中で10分間の熱処理を行い、次いで通常の紡績油剤に浸漬処理した後、100℃で10分間乾燥させて1.0dtexの繊維を作成した。試料作成条件の詳細を表3に示す。
【0048】
【表3】

【0049】
実施例5
実施例3と同じ混合原液を、−3℃、10%チオシアン酸ソーダ水溶液中に紡出し、得られた湿潤フィラメントは沸水中で12倍延伸後、115℃の熱風中で15分間乾燥した。得られた繊維は120℃の過熱水蒸気中で10分間の熱処理を行い、通常の紡績油剤に浸漬処理した後、100℃で10分間乾燥させた。次いで80℃に調整した硝酸アルギニン2%水溶液に浸漬して絞り率50%に絞り、100℃で10分間乾燥させて1.0dtexの繊維を作成した。試料作成条件の詳細を表3示す。
【0050】
実施例4及び5の繊維を、実施例1と同様にして編地を作成した。かかる編地試料の評価結果を表4にまとめた。
【0051】
【表4】

【0052】
表4から、緻密化されていない状態の繊維を硝酸アルギニンで処理した実施例4は、繊維を緻密化乾燥した後に硝酸アルギニンを処理した実施例3に比べ、多くのアルギニンを含有していることがわかる。繊維を緻密化乾燥、更に湿熱処理、乾燥処理を行った後に硝酸アルギニンを処理した実施例5は、実施例3に比べアルギニンの含有量は少ないものの、徐放性、洗濯耐久性共に有していることがわかる。
【0053】
実施例6〜8
実施例3と同じ混合原液を、−3℃、10%チオシアン酸ソーダ水溶液中に湿式紡糸し、得られた湿潤フィラメントは沸水中で12倍延伸後、80℃に調整した硝酸アルギニン2%水溶液に浸漬して絞り率50%に絞る。次いで110〜130℃の加圧水蒸気中で10分間の熱処理を行い、次いで通常の紡績油剤に浸漬処理した後、100℃で10分間分間乾燥させて1.0dtexの繊維を作成した。試料作成条件の詳細を表5に示す。
【0054】
【表5】

【0055】
かくして得られた繊維を、実施例1と同様にして編地を作成した。かかる編地試料の評価結果は表6にまとめた。
【0056】
【表6】

【0057】
表6から、緻密化されていない状態の繊維を硝酸アルギニンで処理した後に、110〜130℃の湿熱処理を行った実施例6〜8は、多くのアルギニンを含有することができ、洗濯耐久性を有しながら、より多くのアルギニンが徐々に溶出する優れた徐放性を有することがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明のアミノ酸誘導体含有アクリル繊維は、アミノ酸誘導体の徐放性と洗濯耐久性を有するため、肌着や靴下などの繰り返し洗濯される製品やその材料などのスキンケア特性の持続が要求される幅広い用途に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリル系重合体と酸性基を含有する水膨潤性樹脂からなり、該水膨潤性樹脂の酸性基が、繊維重量に対して0.01mmol/g以上であるアクリル繊維に、塩基性アミノ酸誘導体が付与されてなるアミノ酸誘導体含有アクリル繊維。
【請求項2】
アクリロニトリル系重合体と酸性基を含有する水膨潤性樹脂からなり、該水膨潤性樹脂がスルホン酸基を繊維重量に対して少なくとも0.01mmol/gを有するアクリル繊維に、塩基性アミノ酸誘導体が付与されてなるアミノ酸誘導体含有アクリル繊維。
【請求項3】
アクリロニトリル系重合体と酸性基を含有する水膨潤性樹脂を含有せしめた紡糸原液を紡出し、水洗、延伸、乾燥後、塩基性アミノ酸誘導体を付与することを特徴とするアミノ酸誘導体含有アクリル繊維の製造方法。
【請求項4】
アクリロニトリル系重合体と酸性基を含有する水膨潤性樹脂を含有せしめた紡糸原液を紡出し、水洗、延伸、緻密化乾燥後、塩基性アミノ酸誘導体を付与し、湿熱処理を行うことを特徴とするアミノ酸誘導体含有アクリル繊維の製造方法。
【請求項5】
アクリロニトリル系重合体と酸性基を含有する水膨潤性樹脂を含有せしめた紡糸原液を紡出し、水洗、延伸後の緻密化されていない状態で塩基性アミノ酸誘導体を付与することを特徴とするアミノ酸誘導体含有アクリル繊維の製造方法。
【請求項6】
アクリロニトリル系重合体と酸性基を含有する水膨潤性樹脂を含有せしめた紡糸原液を紡出し、水洗、延伸後の緻密化されていない状態で塩基性アミノ酸誘導体を付与し、湿熱処理を行い、該湿熱処理温度以下の温度で乾燥することを特徴とするアミノ酸誘導体含有アクリル繊維の製造方法。
【請求項7】
請求項1又は2に記載のアミノ酸誘導体含有アクリル繊維を用いた繊維構造物。


【公開番号】特開2008−75192(P2008−75192A)
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−253788(P2006−253788)
【出願日】平成18年9月20日(2006.9.20)
【出願人】(000004053)日本エクスラン工業株式会社 (58)
【Fターム(参考)】