説明

アルツハイマー病の治療のためのホスホイノシチドモジュレーション

本発明は、アルツハイマー病を治療する方法であってニューロンのホスホチジルイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)を増加させる薬剤を利用する方法、ならびに分化した幹細胞に基づくアッセイ系であって、ホスホイノシチドレベルをモジュレートしそれによって種々の疾患を治療する薬剤を同定するために使用しうるアッセイ系に、関する。それは、少なくとも部分的に、PIP2分解を触媒する酵素を阻害することによってPIP2レベルを増加させる薬剤であるエデルフォシンが、特に家族性アルツハイマー病に関連している突然変異プレセニリン遺伝子を発現している細胞において、神経毒性Aβ42ペプチドのレベルを減少させるという発見に基づく。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
優先権主張
本出願は、2005年11月14日出願の米国仮出願第60/736,735号;2005年11月12日出願の米国仮出願第60/735,311号、および2005年5月2日出願の米国仮出願第60/677,133号の優先権を主張する。上記各文献の開示内容はその全体が本明細書中に組み入れられる。
【0002】
助成金情報
本出願の発明は、少なくとも部分的に、米国国立衛生研究所助成金(National Institutes of Health Grant)第NS4346H号を利用して開発された。したがって、米国政府は本願について一定の権利を所有する。
【0003】
1. 序論
本発明は、アルツハイマー病、MCIの治療、および記憶力の改善のための、ホスホチジルイノシトール4,5-二リン酸(phosphotidylinositol 4,5-biphosphate)(PIP2)を増加させる薬剤の使用、および、ホスホイノシチドレベルをモジュレートすることによって種々の疾患を治療する薬剤を同定するために使用しうる分化した幹細胞に基づくアッセイ系に関する。
【背景技術】
【0004】
2. 発明の背景
2.1 アルツハイマー病
アルツハイマー病(AD)は最も一般的な加齢に伴う消耗性の神経変性障害であり、約400万の米国人および世界中で約2000〜3000万の人々が罹患している。ADは認知および機能的能力の進行性の減退を特徴とし、常に死に至る。ADの従来の神経病理学的特徴としては、海馬、扁桃体、ならびに側頭葉、前頭葉および頭頂葉の連合皮質における老人班(β-アミロイドを含有する)および神経原線維変化の存在(4)が挙げられる。より微妙な変化には、反応性アストロサイトの変化、ならびに嗅内皮質および前脳基底核におけるニューロンおよびシナプスの喪失が含まれる。
【0005】
2.2 プレセニリンと家族性アルツハイマー病
AD症例の約5パーセントは家族性(FAD)であり、APPおよびプレセニリン(PS1およびPS2)中の常染色体優性突然変異によって遺伝する。いくつかのFAD症例は、アミロイド前駆体タンパク質(APP)自体の突然変異に起因して生じるが、半数以上のFAD症例および最も攻撃的な形態のFAD(典型的には40〜50歳で発症するが、まれに20または30代で発症する)はPS1遺伝子のミスセンス突然変異に起因し、これまでに140を超える突然変異が同定されている(1-3)。プレセニリンは、主に小胞体(ER)および他の細胞内区画に局在する複数回膜貫通タンパク質であり、原形質膜に小さいプールが存在する(5,6)。PSは、最初は42-43 kDaホロタンパク質として合成され、該タンパク質は推定上の膜貫通セグメント6および7を連結する細胞質ループ内でタンパク質分解による切断を受ける。このエンドプロテアーゼ分解(endoproteolytic)プロセシングによって、安定な27-28 kDaのN末端断片および16-17 kDaのC末端断片が生じ、それらは結合して酵素的に活性なヘテロ二量体を形成する(7-9)。プレセニリンは、PSの膜貫通ドメイン6および7内に、アスパルチルプロテアーゼの特徴である2個の保存されたアスパラギン酸残基を有し(10)、アスパルチルプロテアーゼ遷移状態アナログインヒビターはPS1およびPS2に直接結合する(11,12)。蓄積しつつある証拠によれば、プレセニリンは、ますます多くの1型膜タンパク質(例えばAPP)の切断を媒介する非通常型のアスパルチルプロテアーゼであるγ-セクレターゼ複合体の触媒成分として働くかもしれないことが示唆される。
【0006】
2.3 アミロイド形成性Aβ42ペプチドの生成
APPの場合、γ-セクレターゼは、アミロイド-β(Aβ)ドメインのC末端切断を媒介し、それによって、α-(ADAM10およびTACE)またはβ-セクレターゼ(BACE1)による外部ドメイン切断によって生じる膜結合型APP C末端断片からAβ/p3を遊離させる。γ-セクレターゼ切断によって、2種の主なAβアイソフォームであるAβ40およびAβ42が生じる。PS1およびPS2遺伝子中のすべての突然変異がγ-セクレターゼ活性のモジュレーションを生じさせ、それは、おそらくより良性のAβ40ペプチドを減少させ、高度にアミロイド形成性でかつ神経毒性のAβ42分子種の生成の増加をもたらすことが文献で十分に立証されている(14,15)。
【0007】
2.4 プレセニリンおよび細胞内カルシウム
さらに、同定され調べられているすべてのPS突然変異は細胞内Ca2+恒常性を崩壊させる(24)。カルシウムシグナル伝達の撹乱は非常に一貫していて、症状発症の数年前にFADを予測するために使用することができる(16)。カルシウムシグナル伝達に対するPS突然変異の影響についての最初の観察は、Ito et al.(17)によって10年以上前に報告されている。彼らは、イノシトール(1,4,5)-三リン酸(IP3)によって媒介されるカルシウム放出がAD患者由来の線維芽細胞において増強されることを示した。PS1 M146V突然変異体を過剰発現しているアフリカツメガエル(Xenopus)卵母細胞における基本的なカルシウム放出イベント(elementary calcium release events)の分析では、IP3に対する感受性の増加が示された。このことは、カルシウムERレベルの異常増加を示す(18)。さらに、PS1 L286V突然変異体を過剰発現しているPC12細胞における、異常な、アゴニストによって刺激されたERカルシウム放出が、Guo et al.(19)によって報告された。さらに、突然変異体PS1を過剰発現しているトランスジェニックマウス由来のニューロンにおいて、ブラジキニンおよびタプシガルジン誘発性カルシウム応答の増加が観察された(20)。興味深いことに、PSは容量性カルシウム流入(CCE)をモジュレートすることも報告されている。CCEはIP3媒介性ERカルシウム放出およびER貯蔵補充の共役プロセスを制御する(21)。PS1発現の喪失はCCSの増強をもたらし、一方、FAD PS1突然変異はCCEおよび貯蔵量誘発流(store-operated currents)を弱める(21-23)。
【0008】
2.5 ホスホイノシチドシグナル伝達およびアルツハイマー病
ホスホイノシチド(「PI」)は多様な一連の細胞経路のシグナル伝達分子として働き(25-27)、特定の細胞タイプにおけるPIの調節異常は種々のヒト疾患状態を促すことが示されている(47)。PIシグナル伝達は、多数の特化したPI結合ドメインを有するシグナル伝達タンパク質との相互作用によって媒介され、該ドメインには、プレクストリンホモロジー(PH)、エプシンN末端ホモロジー(ENTH)、Fabp/YOTB/Vac1p/EEA1(FYVE)、Phoxホモロジー(PX)、およびN-WASP多塩基性モチーフドメインが含まれる(49-54)。これらのPI結合ドメインとそれらの標的PI間の相互作用の結果、脂質-タンパク質複合体が細胞内膜内に動員される。
【0009】
PIシグナル伝達は、いくつかのキナーゼ、ホスファターゼ、およびホスホリパーゼによって厳重に制御される。生物学的に関連するPI間の変換を示す模式図を図1に挙げる。中枢神経系では、神経終末におけるPIのレベルが、特定のシナプスキナーゼ、例えばホスホイノシトールリン酸キナーゼ1γ型(PIPk1γ)、およびホスファターゼ、例えばシナプトジャニン1(synaptojanin 1)(SYNJ1)によって制御される。脳におけるPIP2加水分解は、以下の2つの主なシグナル伝達経路を介する多数の受容体の刺激に応答して生じる:a)PLCβによって媒介されるGタンパク質連結型神経伝達物質受容体(例えばグルタマートおよびアセチルコリン)の活性化、およびb)PLCγによって媒介される、成長因子およびニューロトロフィン(例えばNGF、BDNF)に対するチロシンキナーゼ連結型受容体の活性化。該反応によって、2種の細胞内メッセンジャーであるIP3およびジアシルグリセロール(DAG)が生産され、それが、それぞれ細胞内カルシウム放出およびプロテインキナーゼC(PKC)活性化を媒介する。さらに、PIP2自体の膜局在性の変化はおそらく重要なシグナルであろう。というのも、PIP2は種々のチャネルおよび輸送体の既知のモジュレーターであるからである(30)。
【0010】
コントロールと比較して、AD患者の側頭皮質におけるPI濃度が減少していることがStokes and Hawthorne(63)によって報告されている。コントロールおよびAD脳において特定のPLCアイソザイムのレベルを比較することを目的とする定量研究では、ADにおけるPLCδ1およびPLCγ1の異常な蓄積が報告されている(31, 32)。死後のヒトコントロール画分およびAD脳画分におけるアゴニストによって刺激されるPIP2加水分解の研究(33-35)では、コリン作動性およびセロトニン作動性PLC活性化に応答してPIP2加水分解が減少することが示されている。PI経路を通じて作用するいくつかの神経伝達物質は、APP-α放出を増加させ(64,65)、それによってAβ生合成をブロックすることが示されている。
【0011】
受容体媒介性のイノシトールリン脂質の代謝によって、細胞増殖、アポトーシス、イオンチャネル・ゲーティング等の制御に関与するいくつかの脂質二次メッセンジャーが生産されることが知られている。ゆえに、これらの二次メッセンジャーの破壊および対応するシグナル伝達経路の不活性化を担う酵素は、適正な細胞機能に必須である。PLCおよびPI-3キナーゼシグナル伝達経路は、ともに、そのような調節活性を含有し、それは種々のイノシトールリン脂質から5-リン酸を除去して下流の代謝産物を形成させることを担う。基質特異性に基づいて、イノシトール5-ホスファターゼはI型またはII型として特徴付けられる。I型活性は、Ins(1,4,5)P3およびIns(1,3,4,5)P4の可溶性頭部基に対して作用し、それは生物学的に不活性な代謝産物を生じさせ、ゆえにイノシトールポリリン酸蓄積の絶対的および一過性の限界を定める。対照的に、II型5-ホスファターゼは1種以上のホスホイノシチドに対する活性を有し、5-ホスファターゼ作用の(少なくともいくつかの)産物、例えばPtdIns(4)PおよびPtdIns(3,4)P2は潜在的な二次メッセンジャー機能を有する。公知のイノシトールホスファターゼのリストを以下の表1に挙げる。
【発明の開示】
【0012】
3. 発明の要旨
本発明は、アルツハイマー病もしくは軽度認知障害を治療し、および/または記憶力を改善する方法、およびそのための組成物であって、ニューロンのホスホチジルイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)を増加させる薬剤を利用する方法および組成物に関し、ならびに分化した幹細胞に基づくアッセイ系であって、ホスホイノシチドレベルをモジュレート(modulate)することによって種々の疾患を治療する薬剤を同定するために使用しうるアッセイ系に関する。それは、少なくとも部分的には、PIP2分解を触媒する酵素を阻害することによってPIP2レベルを増加させる薬剤であるエデルフォシン(edelfosine)が、特に家族性アルツハイマー病と関連している突然変異体プレセニリン遺伝子を発現している細胞において、神経毒性Aβ42ペプチドのレベルを減少させるという発見に基づく。さらに、ADモデル系で実施された実験の結果は、(i)in vitroでの海馬細胞中のPIP2の増加が、Aβ42の増加と関連しているシナプス機能障害を阻害すること;および(ii)ADモデル(PSAPP)マウスにおけるPIP2の増加が、水迷路試験において実証されるように、マウスの空間的記憶力を改善することを示した。
【0013】
本発明は、アルツハイマー病もしくは軽度認知障害を治療し、および/または記憶力を改善する方法であって、PLCβ3および/またはPLCγ1のアクチベーターである薬剤を利用する方法にさらに関する。特定の非限定的な実施形態では、そのような薬剤をジンセノサイドと共に、例えば、限定するものではないが、Rk1および/または(20S)Rg3と共に、投与してよい。この態様は、少なくとも部分的には、PLCβ3またはPLCγ1の選択的阻害が、Aβ42を減少させる(20S)Rg3の効果を中和するという発見に基づく。
【0014】
さらに別の実施形態では、本発明はアルツハイマー病を治療し、および/または記憶力を改善する方法であって、PIP2によってモジュレートされる分子、例えばβ-セクレターゼを標的にする方法に関する。そのような方法には、β-セクレターゼを阻害する化合物を投与することによってアルツハイマー病を治療することが含まれる。
【0015】
4. 図面の簡単な説明
(図面の簡単な説明については後述)
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
5. 発明の詳細な説明
限定目的ではなく、明確にするために、本発明の詳細な説明を以下のサブセクションに分ける:
(i)PIP2レベルを増加させる方法;
(ii)治療標的としての、PIP2によってモジュレートされるセクレターゼ;
(iii)PIP2モジュレーターを同定するためのアッセイ系;および
(iv)アルツハイマー病、MCIを治療し、および/または記憶力を改善する方法。
【0017】
5.1 PIP2レベルを増加させる方法
本発明は、下記のように、下記治療を必要としている細胞においてPIP2レベルを増加させる方法であって、該細胞に、PI代謝に関与する分子(例えば図1A-Cを参照のこと)をモジュレートし、ならびに、好ましくは、限定するものではないが、少なくとも約5パーセント、少なくとも約10パーセント、および/またはPIセンサーを含むアッセイ系によって検出可能なだけPIP2レベルを増加させるのに有効な、ある量の薬剤を投与するステップを含む方法を提供する。そのような薬剤は、例えば、非限定的に、PIPK1γの活性を増加させるか、PLCの活性を阻害するか、SYNJ1の活性を阻害するか、PI3-Kの活性を阻害するか、またはPTENの活性を増加させるものでもよい。「そのような治療を必要としている細胞」は、ホスホイノシチドシグナル伝達における欠陥と関連している状態の発症機序に関与する細胞であってよく、例えば膵臓β細胞、癌細胞(例えば急性骨髄球性白血病細胞)、または、好ましくは、1種以上のADの特徴(例えばAβ42生産および/または濃度の増加、老人斑、神経原線維変化、および/またはシナプス機能障害)を示すニューロン(例えば海馬ニューロン、図5を参照のこと)である。非限定的に、治療した細胞に対する本発明の所望の効果としては、PIP2の増加に加えて、Aβ42の減少、および/または長期増強の増加が含まれる。
【0018】
第1の例として、本発明は、PLCを阻害する濃度で、かつ、好ましくは、非限定的に、少なくとも約5パーセントまたは少なくとも約10パーセントおよび/または、PIセンサーを含むアッセイ系において検出可能な量だけ細胞内PIP2を増加させる濃度での、エデルフォシン、またはその誘導体の使用を提供する。特定の非限定的な実施形態では、エデルフォシンまたはその誘導体を投与して、治療対象の細胞の領域において約1〜50μMの範囲、および好ましくは約5〜20μMの範囲の局所濃度を達成すればよい。別の特定の非限定的な実施形態では、治療対象の細胞を含有するヒト被験体にエデルフォシンまたはその誘導体を、静脈内、皮下、くも膜下腔内で、あるいは当技術分野において公知の他の方法によって、約15〜20 mg/kg/日の用量で投与してもよい(61)。
【0019】
第2の例として、本発明は、PLCを阻害する濃度で、かつ、好ましくは、非限定的に、少なくとも約10パーセントおよび/または、PIセンサーを含むアッセイ系において検出可能な量だけ細胞内PIP2を増加させる濃度での、ミルテフォシン、またはその誘導体の使用を提供する。ミルテフォシンはZentaris, GmbHから入手することができる。特定の非限定的な実施形態では、ミルテフォシンまたはその誘導体を投与して、治療対象の細胞の領域において約3〜25μMの範囲の局所濃度を達成してよい。別の特定の非限定的な実施形態では、治療対象の細胞を含有するヒト被験体に、ミルテフォシンまたはその誘導体を、経口で、あるいは静脈内、皮下、くも膜下腔内で、あるいは当技術分野において公知の他の方法によって、約2.5 mg/kg/日の用量で、ならびに/あるいは10 mgまたは50 mgの経口投与用の錠剤を1日1または2回で投与してよい。
【0020】
第3の例として、本発明は、PLCを阻害する濃度で、かつ、好ましくは、非限定的に、少なくとも約10パーセントおよび/または、PIセンサーを含むアッセイ系において検出可能な量だけ細胞内PIP2を増加させる濃度での、ドイツ特許DE 4222910に記載のリン脂質(phopholipid)誘導体、例えば、非限定的に、ペリフォシン(perifosine)の使用を提供する。
【0021】
第4の例として、本発明は、好ましくは、非限定的に、少なくとも約10パーセントおよび/または、PIセンサーを含むアッセイ系において検出可能な量だけ細胞内PIP2を増加させる濃度での、欧州特許第507337号に記載のエルシル含有ホスホコリン、ブラシジル含有ホスホコリンもしくはネルボニル含有ホスホコリン、例えば、非限定的に、エルシルホスホコリン(erucylphosphocholine)、またはそれらの誘導体の使用を提供する。特定の非限定的な例では、欧州特許出願第507337号に記載のエルシルホスホコリン、または関連化合物を、治療対象の細胞を含有するヒト被験体に、経口で、あるいは静脈内、皮下、くも膜下腔内で、あるいは当技術分野において公知の他の方法によって、約0.5〜10ミリモルの一日量で投与してよい。
【0022】
第5の例として、本発明は、好ましくは、非限定的に、少なくとも約10パーセントおよび/または、PIセンサーを含むアッセイ系において検出可能な量だけ細胞内PIP2を増加させる濃度での、アルキルホスホコリン、例えば、非限定的に、米国特許第4,837,023号で開示されるアルキルホスホコリン、例えばヘキサデシルホスホコリン、またはその誘導体の使用を提供する。例えば、該アルキルホスホコリンを、治療対象の細胞を含有するヒト被験体に、経口、静脈内、皮下、くも膜下腔内で、あるいは当技術分野において公知の他の方法によって、1日あたり約5〜2000mg、好ましくは約5〜100 mgの範囲の用量で投与してよい。
【0023】
第6の例として、本発明は、PLCを阻害する濃度で、かつ、好ましくは、非限定的に、少なくとも約10パーセントおよび/または、PIセンサーを含むアッセイ系において検出可能な量だけ細胞内PIP2を増加させる濃度での、イルモフォシン(ilmofosine)、またはその誘導体の使用を提供する。別の特定の非限定的な実施形態では、治療対象の細胞を含有するヒト被験体に、イルモフォシンまたはその誘導体を、好ましくは静脈内で、あるいは当技術分野において公知の他の方法によって、週に1回約12〜650 mg/m2の用量で(55)、あるいは好ましくは経口または皮下で(あるいは当技術分野において公知の他の方法によって)約10 mg/kgの用量で(56)投与してよい。
【0024】
第7の例として、本発明は、PLCを阻害する濃度で、かつ、好ましくは、非限定的に、少なくとも約10パーセントおよび/または、PIセンサーを含むアッセイ系において検出可能な量だけ細胞内PIP2を増加させる濃度での、BN 52205(57)、またはその誘導体の使用を提供する。
【0025】
第8の例として、本発明は、PLCを阻害する濃度で、かつ、好ましくは、非限定的に、少なくとも約10パーセントおよび/または、PIセンサーを含むアッセイ系において検出可能な量だけ細胞内PIP2を増加させる濃度での、BN 5221.1(57)、またはその誘導体の使用を提供する。
【0026】
第9の例として、本発明は、PLCを阻害する濃度で、かつ、好ましくは、非限定的に、少なくとも約10パーセントおよび/または、PIセンサーを含むアッセイ系において検出可能な量だけ細胞内PIP2を増加させる濃度での、2-フルオロ-3-ヘキサデシルオキシ-2-メチルプロパ-1-イル2'-(トリメチルアンモニオ)エチルホスファート(58)またはその誘導体の使用を提供する。
【0027】
第10の例として、本発明は、PI3Kを阻害する濃度で、かつ、好ましくは、非限定的に、少なくとも約10パーセントおよび/または、PIセンサーを含むアッセイ系において検出可能な量だけ細胞内PIP2を増加させる濃度での、PI3-KインヒビターであるLY294002(59,60)の使用を提供する。特定の非限定的な実施形態では、LY294002またはその誘導体を投与して、治療対象の細胞の領域において約2〜40μMの範囲、および好ましくは約2〜20μMの範囲の局所濃度を達成してよい。
【0028】
第11の例として、本発明は、5-ホスホイノシチドホスファターゼを阻害する化合物、例えば、非限定的に、SYNJ1インヒビター、例えば、非限定的に、Ro-31-8220またはGo-7874 Calbiochem/Novabiochem(Alexandria, Australia)、またはイノシトール6リン酸(Inositol hexakisphosphate)(InsP6)の、例えば非限定的に50マイクロモル濃度の濃度での使用を提供する。
【0029】
第12の例として、本発明は、PIPキナーゼのアゴニストである化合物(図4DおよびEを参照のこと)の使用を提供する。
【0030】
5.2 治療標的としての、PIP2によってモジュレートされるセクレターゼ
さらに別の実施形態では、本発明は、アルツハイマー病、MCIを治療し、ならびに/あるいは記憶力を改善する方法であって、PIP2によってモジュレートされる分子、例えばβ-セクレターゼを標的にする方法に関する。そのような方法には、β-セクレターゼを阻害する化合物、例えば、非限定的に、ザクロから単離された化合物(Kwak, H.M., et al., 2005. beta-Secretase (BACE1) inhibitors from pomegranate (Punica granatum) husk. Arch Pharm Res. 28(12):1328-32に記載)を投与することによって、アルツハイマー病もしくはMCIを治療し、および/または記憶力を改善することが含まれる。
【0031】
5.3 PIP2モジュレーターを同定するためのアッセイ系
本発明は、ホスホイノシチドのモジュレーターを活性化または阻害する化合物、例えば非限定的に、PIP2を同定するために使用することができるアッセイ系および方法を提供する。
【0032】
1セットの実施形態では、本発明は、分化したクラスの細胞におけるホスホイノシチドレベルをモジュレートする薬剤を同定するためのアッセイ系であって、検出可能なホスホイノシチドセンサーを発現する幹細胞を含み、ここで該幹細胞は、該分化したクラスの細胞の1種以上の識別特徴を再現するように分化が誘導される、アッセイ系を提供する。
【0033】
別のセットの実施形態では、本発明は、目的のホスホイノシチドのレベルをモジュレートする薬剤を同定する方法であって、以下のステップ:
(i)目的のホスホイノシチドに結合する検出可能なホスホイノシチドセンサー(「PIセンサー」)を発現する幹細胞を提供するステップであって、該幹細胞は、分化したクラスの細胞の1種以上の識別特徴を再現するように分化が誘発される、ステップ;
(ii)分化した幹細胞を試験薬剤に曝露するステップ;および
(iii)試験薬剤への曝露によってホスホイノシチドセンサーにおいて検出可能な変化が生じるかどうかを決定するステップ;
を含み、
ここでホスホイノシチドセンサーにおける変化は、該試験薬剤がホスホイノシチドのレベルをモジュレートすることを示す、
方法を提供する。
【0034】
他の特定の実施形態では、下記のように、本発明は、アルツハイマー病を治療するための薬剤を同定するためのアッセイ系であって、錐体ニューロンの1種以上の識別特徴を再現するように分化が誘導された幹細胞を含み、該幹細胞は場合によりPIセンサーを含有し、該分化した幹細胞はアルツハイマー病の発症と関連する遺伝子をさらに含有するように遺伝子操作されている、アッセイ系を提供する。
【0035】
上記実施形態では、幹細胞は、好ましくは、目的の細胞タイプに分化するように誘導される。例えば、神経変性疾患を治療するために使用しうる薬剤を同定するためのアッセイ系では、幹細胞は、ニューロン表現型を再現するように分化を誘導すればよい(本明細書中で使用される「再現する(recapitulate)」とは、分化した細胞が、目的の細胞についての、必ずしもすべての表現型特性ではないが、1種以上の識別特徴を共有することを意味する)。
【0036】
アルツハイマー病を治療するための薬剤を同定するために本アッセイ系を使用する場合、幹細胞は、好ましくは、錐体ニューロンの表現型を再現するように分化が誘導される。同様に、パーキンソン病を治療するために使用しうる薬剤を同定するためには、幹細胞は、好ましくは、黒質細胞の表現型を再現するように分化を誘導すればよく;筋萎縮性側索硬化症を治療するために使用しうる薬剤を同定するためには、幹細胞は、好ましくは、運動ニューロンの表現型を再現するように分化を誘導すればよい、等である。
【0037】
しかし、本発明のアッセイ系は神経系に限定されない。ホスホイノシチドは多様な疾患と関連しているため、本発明は、目的の疾患に関連する細胞の表現型を再現するように分化が誘導された幹細胞を含むアッセイ系を包含する。そのような細胞としては、例えば、限定するものではないが、糖尿病を治療する薬剤を同定するために使用しうるアッセイ系を提供するための膵島細胞;癌を治療する薬剤を同定するために使用しうるアッセイ系を提供するための癌細胞;心不全を治療する薬剤を同定するために使用しうるアッセイ系を提供するための心臓細胞;悪性形質転換したかまたは他の異常を伴った造血細胞、例えば骨髄異形成症候群(MDS)または急性骨髄球性白血病(AML)を治療するための薬剤を同定するための造血幹細胞;頭蓋内動脈瘤の形成および治療のメカニズムを特定するためのニューロンまたはアストロサイト幹細胞;喘息またはCOPD(慢性閉塞性肺疾患)を治療するための薬剤を同定するための肺幹細胞またはX連鎖筋細管ミオパチー(XLMTM)等の疾患を治療するための薬剤を同定するための筋幹細胞等がある。
【0038】
本発明にしたがって使用しうる幹細胞の供給源には、マウス(Evans and Kaufman, Nature. 1981, 292(5819):154-156; Martin, Proc Natl Acad Sci U S A. 1981, 78(12):7634-8.)、ヒト(Thomson et al., Science. 1998, 282(5391): 1145-1147; Shamblott et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 1998 95:13726-13731)、他の哺乳類の非ヒト動物、例えば、非限定的に、サル、ウシ、ネコ、イヌ、ウマ、ヒツジ、ヤギまたはブタの種およびニワトリのメンバー(Pain et al., 1996, Development 122, 2339-2348)が含まれる。本発明にしたがって使用される幹細胞は種々の供給源または発生段階(胚細胞、胎児細胞または成体幹細胞を包含する)に由来してよい。本発明には、非限定的に、臍帯血に由来する幹細胞;胚性、胎児性または成体神経幹細胞;胚性、胎児性または成体造血幹細胞;胎児または成体骨髄幹細胞;および膵管、腸または肝細胞に由来する幹細胞が含まれる。非限定的実施形態では、本発明には、また、骨髄または他の組織に由来する胎児性または成体間葉系幹細胞;内皮前駆細胞;脂肪組織に由来する幹細胞;毛包に由来する幹細胞等が含まれる。本発明で使用される幹細胞は初代細胞または不死化セルラインであってよい。特定の実施形態では、本発明のES細胞は、非限定的に、ヒトPS1のΔE9およびL286V突然変異体を安定に過剰発現するマウスESセルラインを包含する。別の非限定的な例には、種々のニューロンマーカー、例えばTUJ-1、CamKIIα、p75およびTrkBを発現するES由来錐体様細胞が包含される。ヒトAPPのスウェーデン変異体(hAPPsw)を発現するESセルラインを利用して、Aβ42産生表現型を再現させることもできる。
【0039】
幹細胞は、当技術分野において公知の方法を使用して分化を誘導してよい。セルラインを維持するか、あるいは分化に使用するために、幹細胞を培養する非限定的な例を以下に挙げる。ヒト幹細胞(hSC)を、ゼラチン化組織培養皿(0.1% ゼラチンコーティング)上のマウス胚性線維芽細胞(CF1株)の層上で増殖させ、MEF培地中で培養し、10μg/mlマイトマイシンCでの処理によって分裂を不活性化するかまたは8000ラドのγ照射への曝露によって不活性化し、ゼラチンコーティングされた6ウェル皿のウェルあたり2.5 ml中に0.75 x 105細胞/mlの密度でプレーティングする。そのhSCを継代するために、細胞をPBSで1回または2回洗浄し、DMEM/F12中のフィルター滅菌済み1 mg/mlコラゲナーゼIVと共に10〜30分間、インキュベートすればよい。コロニーが脱離し始めるまで10分毎にプレートを攪拌する。プレートを軽くたたいてコロニーを取り外して、それらを回収し、ウェルをhSC培地で洗浄して、プレートまたはウェル中のすべての残りのhSCを回収する。必要な種類の系統に応じて、hSCのターゲティングされた分化を実施すればよい。所望の系統のために、特定の系統に分化するその既知の能力に応じて、適切なhSCの選択が必要とされるかもしれない。
【0040】
未分化の神経前駆体幹細胞を分化させる非限定的な方法は以下の通りである。神経前駆細胞を、レチノイン酸(RA)(0.5μM)とインキュベートすることによってドーパミン作動性ニューロンに変換することができる。ニューロンマーカーである微小管関連タンパク質(MAP)-2abに対する陽性免疫反応性、チロシンヒドロキシラーゼ(TH)に対する陽性免疫反応性、およびドーパミン(DA)およびその代謝産物である3,4-ジヒドロキシフェニル酢酸(DOPAC)のレベルの上昇(ドーパミン作動性ニューロン表現型の存在を示す)を示す培養細胞の数を測定することによって、分化の程度を求める。脳由来の神経栄養因子(BDNF)(50 ng/ml)、グリア由来の神経栄養因子(GDNF)(10 ng/ml)およびインターロイキン-1ベータ(IL-1ベータ)(10 ng/ml)を培養培地中で使用して、ドーパミン(10μM)およびフォルスコリン(Fsk)(10μM)の存在下で神経前駆細胞のドーパミン作動性表現型への分化を促進することができる。さらに、前駆細胞から他の神経伝達物質表現型系統へのトランス分化能を、幹細胞の能力に応じて達成してよい。薬剤の好適なカクテル、例えばセロトニン(Ser)(75μM)、酸性線維芽細胞成長因子(aFGF)(10 ng/ml)、BDNF(50 ng/ml)およびフォルスコリン(10μM)は、トリプトファンヒドロキシラーゼ(TPH)陽性免疫反応性、および培養培地中に分泌される5-HTの合成およびその代謝産物について試験することによって決定されるセロトニン作動性細胞系統経路に沿って特定のヒト幹細胞を方向付けることができる。下記の実施例7では、錐体ニューロンの表現型を再現するためのマウスES細胞のターゲティングされた分化を記載する。
【0041】
上記方法の適切なバリエーションによって再現される細胞タイプの例には、非限定的に、ニューロン、グリア、ケラチノサイト、樹状細胞、心筋細胞、造血細胞、軟骨細胞、膵臓β細胞、脂肪細胞、骨芽細胞、赤血球、血管細胞、骨格筋細胞、肝細胞、肺細胞、および生殖細胞が含まれる。
【0042】
本発明に記載のPIセンサーを使用して、該センサーを含有する分化細胞を試験薬剤に曝露することから生じるPIレベルの変化を検出する。検出は、好ましくは、センサーの細胞内位置の変化に基づく(下記参照のこと)が、他のタイプのシグナル、例えば蛍光シグナルの強度または頻度、反応産物の生成、エピトープ特異的抗体への結合能、等の変化に基づいてもよい。ゆえに、非限定的な実施形態では、検出および定量は、PIセンサーを含有する生存または固定化幹細胞における直接検査によって達成してよい。当技術分野において公知の画像化技術、例えばフィルムへの曝露、蛍光顕微鏡観察、共焦点顕微鏡観察またはホスホルイメージャー(PhosphorImager)法を使用して、PIセンサーを検出および測定してよい。あるいは、幹細胞の抽出物の調製を含む間接的手段を利用して、PIセンサーの量を測定してよい。代替の実施形態では、幹細胞からの抽出後に、特異的検出試薬または系を使用してPIセンサーを検出および定量してよい。PIセンサーは、タグ付きであるか、あるいは適切に標識されていれば、抽出後に直接測定できる。あるいは、較正済み標識競合物質に対する競合によってPIセンサーを間接的に測定してもよい。非限定的な実施形態では、PIセンサーの直接測定のため、あるいは標識競合物質のために関わらず、検出系は、蛍光タグ、放射性同位体、特異的エピトープまたは結合タンパク質、例えば、非限定的に、ビオチン、西洋ワサビペルオキシダーゼ、ペプチド(例えばHA-、Myc-またはFLAG-タグ等)であってよい。特定の非限定的な実施形態では、タンパク質-膜蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用する平衡結合測定によってPIセンサーを検出および定量してよい。この系では、原形質膜内部小葉(inner leaflet)の組成に類似する生理学的脂質混合物を用いて膜結合PIP脂質にドッキングするドメインを検出する(Corbin et al. Biochemistry. 2004, 43(51):16161-16173)。
【0043】
ゆえに、本発明のPIセンサーは、典型的には、(i)ホスホイノシチドを結合し、かつ(ii)シグナルを発生させることができる。
【0044】
本発明の好ましい特定の一実施形態では、PIセンサーはPH-GFPである。例えば(62)を参照のこと。PHドメインは、PIP2に関する高親和性を有し、原形質膜に局在化する。このことは哺乳類細胞におけるPIP2について知られている分布と一致する。PH-GFP融合タンパク質はPIP2の動的測定を提供する。というのも、PLCの活性化およびPIP2の加水分解によって原形質膜からサイトゾルへのPH-GFPの再分布が生じるからである。逆に、PIP2の増加によって、PH-GFP PIセンサーの存在下で、細胞膜でのPH-GFPの移動および蓄積が生じる。それは、例えば蛍光顕微鏡観察を使用して、可視化することができる。ゆえに、PH-GFP PIセンサーを含む本発明のアッセイ系では、細胞膜に蛍光(PH-GFP)が局在化し、それにより細胞の輪郭が明るく見えることによってPIP2の増加が示されうる。
【0045】
本発明の非限定的な実施形態では、PH-GFP分子は、ヒトまたは非ヒト動物供給源に由来するPIレベルに応答する任意の好適なPHドメイン配列を含んでよい。PHドメインの非限定的な例には、N末端またはC末端で適切なGFPオープンリーディングフレームに融合されている、ヒトDAPP1(アミノ酸167-257)、ヒトGRP1(アミノ酸267-399)、マウスBtk PHドメイン(アミノ酸6-217)、Shc-PTBドメイン(アミノ酸17-207)等が含まれる。追加の実施形態では、本発明は、代替のPI結合性分子と融合されたGFP蛍光タグを包含するPIセンサータンパク質融合物を含み、該代替のPI結合性分子には、非限定的に、適切なFYVE(Fab1-YOYP-Vac1-EEAI)ドメイン、ENTH(エプシンアミノ末端ホモロジー)ドメイン、PX(PLD2-Phoxホモロジー)ドメイン、神経Wiskott Aldrich症候群タンパク質(N-WASP)ドメインまたは、当技術分野において公知の他の好適なPI結合性ドメインが含まれる。別の実施形態では、上記PI結合性分子のいずれか1種に基づくPIセンサーをGFP関連蛍光タンパク質に融合させてもよく、該タンパク質としては、非限定的に、コドン最適化変異体、機能強化変異体および、異なる範囲の蛍光発光スペクトルを有する変異体、例えば赤色蛍光、青色蛍光または黄色蛍光タンパク質およびその変異体が含まれる。PIセンサーに基づいており、かつ、該センサーを含有する分化細胞を試験薬剤に曝露することから得られるPIレベルの変化の検出に使用される本発明のアッセイ方法は、PIの具体的内容(specific identity)またはPIとの相互作用の性質に依存しない。ゆえに、特定の実施形態では、幹細胞は、上記のように、蛍光タンパク質に融合されているか、あるいは適切にタグが付けられている、PH、FYVE、ENTH、PXまたはN-WASPドメインに基づくPIセンサーから構成されていてもよい。
【0046】
PIセンサーの検出および定量は任意の1種以上の上記検出またはアッセイ系に基づく。さらに、PIセンサーは、PIとの相互作用のすべての公知のメカニズムを包含し、それには、PIとのPIセンサーの相互作用の具体的性質に依存するコンフォメーション変化、細胞内局在化の変化、または他の応答が含まれる。
【0047】
本発明のPIセンサーは、ターゲティングされた分化の前または後に、幹細胞中に組み込んでよい。PIセンサーをコードする核酸は、標準的技術を使用して調製することができ、また場合により、細胞におけるPIセンサーの発現に必要とされるかあるいは望ましい1種以上のエレメントとともにベクター(下記参照のこと)中に含ませてもよい。該エレメントには、非限定的に、プロモーター/エンハンサーエレメント、転写および翻訳の開始エレメントおよび終結エレメント、他の安定化エレメント、例えば複製開始点、イントロン配列、ミニ遺伝子配列および/または選択マーカーが含まれる。特定の実施形態では、本発明において使用されるプロモーター/エンハンサーエレメントには、組織特異的、細胞種特異的または発生段階特異的プロモーターを含ませて、分化特異的アッセイ系をさらに提供してもよい。選択マーカーが存在する場合、非限定的な実施形態では、その例としては、ネオマイシン、ピューロマイシン、ブラスチシジン、ハイグロマイシンまたはゼオシン耐性遺伝子が含まれるであろう。選択マーカーは、特定の実施形態では、PIセンサーと同一の転写エレメントを利用して発現させてもよく(二重シストロンコンフォメーション(bicistronic conformation))、独立したセットの発現エレメントによって発現させてもよい。
【0048】
本発明のPIセンサーをコードする核酸は、上述の発現エレメントを含むプラスミドベクター、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターまたはレンチウイルスベクターに含有させてもよい。特定の実施形態では、最終分化ニューロン(培養7日)を、レンチウイルスベクターを使用して一過性に形質導入して、本発明のPIセンサーを発現させてもよい。
【0049】
本発明は、さらに、PIセンサーを幹細胞に送達するための方法を含む。送達方法の非限定的な例には、物理的手段または生物学的方法が含まれる。ゆえに、場合によりベクターに含有されている、PIセンサーをコードする核酸は、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション、トランスフェクション(トランスフェクションについての当技術分野において公知のすべてのバリエーションを含む)による導入またはウイルスベクターを利用するウイルス形質導入による導入を行ってもよい。本発明のベクターは組込みベクターまたはエピソーム性のベクターであってよい。本発明のベクターは、さらに、複製性または非複製性のプラスミドまたはウイルスベクターであってよい。あるいは、例えばリポソーム技術または、タンパク質の細胞中への取り込みを促進する他の公知の手段を使用して、PIセンサータンパク質を導入してよい。
【0050】
PIセンサーを発現する幹細胞を動物内にin vivo移植して、試験薬剤の投与の結果生じる、動物におけるホスホイノシチドレベルの変化をモニターしてもよい。特定の実施形態では、トランスジェニックPIセンサーを発現する幹細胞を偽妊娠の雌マウス内に移植して、そのすべての細胞中にPIセンサーを含有するトランスジェニック動物を作製できる。そして、そのような動物を利用して、さらなる分析のために推定上の幹細胞集団の新鮮な集団を単離してよい。追加の実施形態では、適切なプロモーターを使用して、特異的組織、細胞系統または発生段階においてPIセンサーを発現させてよい。さらに、PIセンサーを発現する異種幹細胞を、異なる種の免疫抑制動物系内に注入してもよい。本発明は、非限定的に、任意の上記動物系を使用して該センサーを含有する動物を試験薬剤に曝露することにより生じるPIレベルの変化を検出することを包含する。1個または多数のその細胞または組織中に、あるいは異種移植片として、組み込みGFP含有PIセンサーを含有するトランスジェニック動物を、試験薬剤の投与後に、適切な手段によって、例えば生存動物中のGFP蛍光をモニターすることによって、in vivoで試験してよく(Hansen et al In Vivo. 2002 16(3):167-174)、あるいはそのような動物由来の組織を死後に分析してもよい。特定の実施形態では、PIセンサートランスジェニックマウスをアルツハイマー病のマウスモデル、例えば3xTg-ADマウス(Billings et al 2005 Neuron. 45(5):675-88)またはヒト神経変性疾患の他のマウスモデル(Bloom et al, 2005 Arch Neurol. 62(2):185-187)と交配してもよい。
【0051】
本発明のアッセイ系を使用し、汎用ホスホイノシチドスクリーニングプラットフォームを使用して、各標的疾患と直接関連しているホスホイノシチドエフェクターの小分子モジュレーターを同定することができる。そのような技術は薬物探索のための高度に生理学的な細胞系を提供する。
【0052】
本発明の追加の実施形態では、上記の分化した幹細胞を遺伝子操作して、PIセンサーの有無にかかわらず、突然変異型のプレセニリン1、プレセニリン2、またはβ-アミロイド前駆体タンパク質(APP)を保持するようにし、ADに関するモデル系として、ならびにADに対する治療効力について試験薬剤をスクリーニングするためのアッセイ系での用途に使用してよい。突然変異型のプレセニリン、APP、または、ADの病因と関連している他の分子の遺伝子をコードする核酸は、例えばエレクトロポレーションまたはウイルスベクター(例えばレンチウイルスまたはアデノ随伴ウイルス)によるトランスフェクションによって、ターゲティングされた分化の前、それと同時、またはその後に、そのような細胞中に導入してもよい。関連の実施形態では、生殖細胞系M146Vまたは他のプレセニリン「ノックイン」突然変異を保持する幹細胞、例えばマウスES細胞を調製してよい。下記の実施例7では、APPのスウェーデン突然変異ならびにプレセニリン突然変異体PS1-ΔE9を含むレンチウイルスベクターでトランスフェクトされたマウスES細胞から調製される最終分化ニューロンの調製を記載する。さらに、本発明は、そのようなベクター、および当技術分野において公知の他の非レンチウイルスのベクターを使用しそれにより調製されたモデル細胞を提供する。
【0053】
さらに別の実施形態では、ニューロンの表現型、特に錐体細胞ニューロンの表現型を再現する分化した幹細胞を、ADのモデル系において使用すればよく、それにより、Aβ42またはAβ可溶性オリゴマーは該細胞に投与され、そしてそれを使用して、(i)例えばFM色素、カルシウムイメージングもしくは電気生理学によって測定される神経機能障害を評価し、および/または(ii)ADについての潜在的薬物療法剤として試験薬剤をスクリーニングしてもよい。そのようなAβ42に曝露された分化した幹細胞を場合により遺伝子操作して、上記のようにPIセンサーをさらに含むようにしてもよい。
【0054】
5.3 アルツハイマー病を治療し、および/または記憶力を改善する方法
本発明は、(例えばそのような治療を必要としているヒト被験体において)神経細胞におけるAβ42生産を減少させる方法であって、該神経細胞に、該神経細胞において(i)ホスホイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)の量を増加させ、および/または(ii)β-セクレターゼを阻害する薬剤を投与するステップを含む方法を提供する。PIP2レベルを増加させるために使用しうる特定の薬剤の例は上記セクション5.1に記載され、そのように使用しうる追加の薬剤を同定するためのアッセイ系は上記セクション5.3に記載されている。
【0055】
本発明は、ADもしくは軽度認知障害である「MCI」(および長期増強の障害および/またはアミロイドベータ42蓄積と関連している他の神経変性疾患)を治療するか、予防するか、あるいはその発症を遅延させる方法、および/または記憶力を改善する方法であって、該障害を患っているか、あるいはその発症リスクがあり、および/または記憶障害を有する被験体に、PIP2の神経内レベルを増加させる薬剤を投与するステップを含む方法を提供する。ADを発症するリスクがある者としては、FADの家族歴がある者、軽度認知障害を患っている者、または加齢に伴う認知障害の他の早期徴候を示し始めている者が含まれる。
【0056】
本明細書中で定義される「治療(Treating)」とは、臨床上の利益を付与することを意味し、必ずしも認知能力の改善を含むものではない。例えば、「治療」には、認知力低下速度を緩やかにすることまたは横ばい状態にすることが含まれる。
【0057】
本明細書中で定義される「記憶力を改善する」には、記憶力の主観的改善および/または標準的記憶力試験での客観的成績の改善が含まれる(例えばDouble Memory Test(Buschke et al., 1997, Neurology 48:4989-4997)、Memory Impairment Screen(Buschke et al., 1999, Neurology 52:231)、等)。
【0058】
本発明にしたがって、AD、MCIを治療し、および/または記憶力を改善するために使用しうる薬剤には、非限定的に、(i)例えば約1〜25 mg/kg/日の範囲および好ましくは約5〜20 mg/kg/日の範囲の一日量の、または1〜50μMの範囲および好ましくは5〜20μMの範囲の脳中の局所濃度を生じさせる量のエデルフォシン、またはその誘導体;(ii)例えば約2.5 mg/kg/日の用量、および/または1日1または2回経口投与する10 mgまたは50 mgの錠剤のミルテフォシン、またはその誘導体;(iii)ドイツ特許DE 4222910に記載のようなリン脂質誘導体、例えば非限定的にペリフォシン;(iv)例えば約0.5〜10ミリモルの一日量の、欧州特許第507337号に記載のようなエルシル含有ホスホコリン、ブラシジル含有ホスホコリンまたはネルボニル含有ホスホコリン、例えば非限定的にエルシルホスホコリン、またはその誘導体;(v)例えば1日あたり約5〜2000mg、および好ましくは約5〜100 mgの範囲の用量の、米国特許第4,837,023号で開示されるアルキルホスホコリン、例えばヘキサデシルホスホコリンを始めとするアルキルホスホコリン;(vi)例えば1日あたり12〜650 mg/m2/週または10/mg/kgの用量のイルモフォシン、またはその誘導体;(vii)BN 52205またはその誘導体;(viii)BN 5221.1またはその誘導体;(ix)2-フルオロ-3-ヘキサデシルオキシ-2-メチルプロパ-1-イル2'-(トリメチルアンモニオ)エチルホスファートまたはその誘導体;および(x)例えば2〜40μMの局所濃度をもたらす用量のLY294002またはその誘導体が含まれる。前記用量は例示として提供されるものであり、列挙される化合物の有効量に関して本発明を限定するものではない。
【0059】
他の特定の非限定的な実施形態では、本発明は、ADまたはMCIを治療もしくは予防し、および/または記憶力を改善する方法であって、そのような治療を必要としている被験体に、PLCγ1のアクチベーターを有効量で含む組成物を投与するステップを含む方法を提供する。非限定的な実施形態では、PLCγ1のアクチベーターは、有効量の、Rk1、(20S)Rg3およびRg5またはそれらの組み合わせからなる群から選択される薬剤、好ましくは(20S)Rg3とともに、一緒に(逐次または同時に)投与してよい。この後者の内容で各成分の「有効量」は、種々の成分に関して、一緒に作用して客観的または主観的な治療上の利益をもたらす量とする。PLCγ1を活性化する薬剤の非限定的な例には、その発現レベルを増加させるか、あるいは単一分子の活性を増加させる薬剤が含まれる。
【0060】
特定の非限定的な実施形態では、本発明は、ADまたはMCIを治療もしくは予防し、および/または記憶力を改善する方法であって、そのような治療を必要としている被験体に、PLCβ3のアクチベーターを有効量で含む組成物を投与するステップを含む方法を提供する。非限定的な実施形態では、PLCβ3のアクチベーターは、有効量の、Rk1、(20S)Rg3およびRg5またはそれらの組み合わせからなる群から選択される薬剤、好ましくは(20S)Rg3とともに、一緒に(逐次または同時に)投与してよい。この後者の内容で各成分の「有効量」は、種々の成分に関して、一緒に作用して客観的または主観的な治療上の利益をもたらす量とする。PLCβ3を活性化する薬剤の非限定的な例には、その発現レベルを増加させるか、あるいは単一分子の活性を増加させる薬剤が含まれる。
【0061】
本発明は、AD(または軽度認知障害である「MCI」)を治療するか、予防するか、もしくはその発症を遅延させ、および/または記憶力を改善する方法であって、記憶機能障害および/またはADもしくはMCIを患っているか、あるいはADまたはMCIの発症リスクがある被験体に、β-セクレターゼ活性のレベルをモジュレートする薬剤を投与するステップを含む方法をさらに提供する。非限定的な実施形態では、β-セクレターゼの活性をモジュレートする薬剤は、β-セクレターゼによって生産される可溶性APP外部ドメイン(sAPPβ)のレベルを増加または減少させるそれらの能力によって同定することができる。
【0062】
他の同定の非限定的な実施形態では、本発明は、ADまたはMCIを治療もしくは予防する方法であって、そのような治療を必要としている被験体に、Aβ42オリゴマーによって誘発されるシナプス機能障害を予防するか、治療するか、もしくはその発症を遅延させ、および/または長期増強を促進する有効量の薬剤を含む組成物を投与するステップを含む方法を提供する。Aβオリゴマーは長期増強を阻害し、神経毒性を示し、そしてADと関連している病理であるシナプス機能障害をもたらしうる。Aβ42オリゴマーによって誘発されるシナプス機能障害を予防するか、治療するか、またはその発症を遅延させる薬剤は、神経細胞の長期増強(LTP)の増加を達成することができ、したがってADまたはMCIと関連しているシナプス機能障害の予防および治療に有用でありうる(図5)。長期増強(long-term potentiation)とは、同一供給源に由来する反復刺激に曝露され、長期記憶の形成において重要な役割を果たす海馬ニューロンの活動電位の増加を言う。ADは、海馬ニューロンにおけるLTPの機能障害と関連していることが多く、いくつかの場合には、Aβ42オリゴマーはLTPの機能を障害することによってシナプス機能障害を誘発し、その結果、長期記憶を形成する能力の障害を生じさせる。Aβ42オリゴマーによって誘発されるシナプス機能障害を予防するか、治療するか、あるいはその発症を遅延させる薬剤は、例えばfEPSP勾配の変化によって測定される、長期増強(LTP)を増加させるそれらの能力によって同定することができる。非限定的な実施形態では、薬剤候補は、薬剤またはAβ42で処理されないコントロールの神経細胞と比較して、Aβ42の存在下で神経細胞におけるLTPを維持または増加させる。Aβ42オリゴマーによって誘発されるシナプス機能障害を予防するか、治療するか、あるいはその発症を遅延させる薬剤の非限定的な例には、20(S)Rg3が含まれる。
【0063】
他の同定の非限定的な実施形態では、本発明は、ADまたはMCIを治療もしくは予防し、および/または記憶力を改善する方法であって、そのような治療を必要としている被験体に、5-ホスホイノシチドホスファターゼのインヒビターを有効量で含む組成物を投与するステップを含む方法を提供する。5-ホスホイノシチドホスファターゼの阻害はAβ42形成の減少をもたらし、したがってADまたはMCIの予防または治療に有用でありうることが見出されている。5-ホスホイノシチドホスファターゼの非限定的な例には、非限定的に:SynJ1、SynJ2、INPP5P、OCRL、SHIP1、SHIP2、SKIP、PIPP、Pharbin/INPP5E、PTEN、MINPP1、INPP1、SAC1、Sac2、およびSac3が含まれる。
【0064】
本発明は、さらに、ADおよび/またはMCIの治療および/またはにおいて治療上の利益を有する可能性がある薬剤を同定する方法であって、ホスホリパーゼCのアイソフォームPLCβ3および/またはPLCγ1を(上記規定のように)選択的に活性化する薬剤を同定するステップを含む方法を提供し、該薬剤はジンセノサイド、例えば、非限定的に、20(S)Rg3、Rk1、またはRg5と併用投与してもよい。
【0065】
本発明は、有効量の前記化合物を、好適な医薬用担体中で、個別に、あるいは組み合わせて含む医薬組成物を提供する。前記薬剤/化合物は、該化合物の化学的性質にとって適切であれば、経口、静脈内、皮下、筋肉内、鼻腔内、くも膜下腔内に、あるいは当技術分野において公知の任意の他の方法によって、投与すればよい。
【実施例1】
【0066】
6. 実施例:アミロイドベータ42生産に対する、PIP2レベルのモジュレーションの効果
PIP2レベルのモジュレーションはAβ42生合成と相関する
ヒトAPPのスウェーデン変異体を安定に過剰発現しているHeLa細胞を、コントロール(DMSO)、PLCインヒビターであるエデルフォシン(EDEL)またはその活性なアナログであるミルテフォシン(MILT)で処理した。HPLCによって定常状態PIP2レベルを決定した。図2Aに示されるように、エデルフォシンでの処理は、PIP2の定常状態レベルを約10%増加させ、併せて、Aβ42のレベルをそれに対応して37.3%減少させた(図2D)。PLCアクチベーターであるm-3m3FBS(M3M)での処理は、PIP2の定常状態レベルを約11%減少させ(図2B)、併せて、Aβ42をそれに対応して37.2%増加させた(図2E)。ウエスタンブロット解析によって測定したところ、いずれの処理でも、全長APP(FL-APP)の定常状態レベルに対する顕著な効果は観察されなかった(図2C)。
【0067】
PIP2レベルは2つの別個のメカニズムによってAβ生合成をモジュレートする
PIP2の代謝産物、例えばIP3およびDAGは、APPプロセシング経路に関与している(69, 70, 71)。正常条件下で、PIP2加水分解(IP3およびDAGを生じる)は、α-セクレターゼによって生じる分泌APP外部ドメイン(sAPPα)の生産を助ける。以前の研究から予測されるように、エデルフォシン(EDEL)またはミルテフォシン(MILT)での処理によって、sAPPα生産の増加が生じ(図3A)、併せて、それに対応した、sAPPβ分泌の減少が生じた(図3B)。興味深いことに、m-3m3FBS(M3M)での処理は、β-セクレターゼが媒介する可溶性APP(sAPPβ)放出の劇的な増加につながり、併せて、それと相関したsAPPαの減少が起こった。γ-セクレターゼ活性(例えばAβ42)のモジュレーションにおけるPIP2の役割をさらに明確に規定するために、本発明者らは、次いで、異種細胞においてβ-セクレターゼによって生じる膜結合APP断片に類似する異所性γ-セクレターゼ基質であるAPP-C99構築物を発現させた。C99でトランスフェクトされた細胞では、エデルフォシンのAβ42を減少させる活性およびm-3m3FBSのAβ42を促進する活性が依然として観察された(図3C-F)。このことは、PI(4,5)P2によって媒介されるAβ42のモジュレーションがプレセニリン/γ-セクレターゼモジュレーションのレベルで生じることを示す。
【0068】
Aβ42生産に対する、PIP2の他のモジュレーターの効果
シナプトジャニン1(SYNJ1)およびPIPキナーゼ1-γ型(PIPK1γ)は、脳においてPI(4,5)P2を代謝する主要酵素である(図1AおよびB)。SYNJ1発現は、細胞性PIP2のレベルを減少させることが以前に示された(72)。対照的に、細胞におけるPIPK1γの過剰発現は、細胞性PIP2レベルの上昇を引き起こすことが知られている(73)。したがって、発明者らは、Aβ42生合成に対するSYNJ1またはPIPK1γの効果を確認した(図4A-E)。SYNJ1構築物(膜ターゲティングシグナルを含有する)の発現は、Aβ42の生産の増加を引き起こした(図4B)。一方、野生型PIPK1γ発現(γ90およびγ87の両形態)はAβ42生産の実質的減少をもたらす(図4D)。対照的に、キナーゼが機能しない突然変異体型(kinase-dead mutant version)のPIPK1γは、Aβ42減少活性をまったく付与しなかった。このことは、PIPK1γによって媒介されるAβ42の減少が、無傷の脂質キナーゼ活性を必要とすることを示す。ゆえに、PIP2の増加(および対応するAβ42の減少)を助けるPIPK1γまたはSYNJ1によるPIP2およびAβ42のモジュレーションは、AD罹患脳を治療するための新規の治療機会を提供しうる。これらの結果は、また、PIP2レベルがAβ42生合成の重要な決定要因であることを示す。というのも、発明者らの考察では、PI(4,5)P2合成を助ける任意の酵素反応がAβ42の減少をもたらすからである。同様に、PI(4,5)P2分解を助ける任意の酵素反応がAβ42の増加をもたらす。
【0069】
PIP2モジュレーションは、Aβオリゴマーによって誘発されるシナプス機能障害をレスキューする
可溶性Aβオリゴマーは、最近、老人斑の形成前の認知機能障害に関連付けられている。これは、脳中の可溶性Aβ濃度は認知機能障害(74)およびシナプス喪失(75)と強い相関を示すからである。さらに、Aβオリゴマーは長期増強を阻害し、神経毒性を示しうる(76)。図5は、PIP2レベルをモジュレートしてAβ42生合成を減少させることが示されている(20S)Rg3(SMT-3)での処理が、Aβオリゴマーによって誘発される、長期増強(potentitation)の阻害をブロックすることを示す。図5では、fEPSP勾配の減少によって示されるように、Aβ42による海馬切片の処理が、無処理の海馬切片と比較してLTP発現を減少させることを示す。Aβ42の存在下で20(S)Rg3を加えると、無処理の海馬切片と比較してLTP発現が増加する。
【0070】
PIP2モジュレーションは空間的作業記憶の機能障害を改善する
アミロイド前駆体タンパク質のスウェーデン変異体およびPS1 FAD突然変異を過剰発現する二重トランスジェニックマウス(PSAPP)および野生型同腹子を、3月齢の時点で、放射状アーム水迷路試験に付した(群あたりn=3)。図6に示されるように、3月齢の野生型マウスは、課題の習得(A1-A4)および記憶保持(R)の際に優れた成績を示した。対照的に、PSAPPマウスは作業記憶の機能障害を示した。エデルフォシン(SMT-1)での処理は、PSAPPマウスの記憶保持を改善した(矢印)。
【0071】
プレセニリン欠損は脳中のPIP2のレベルをモジュレートする
さらに、野生型および二重ノックアウトPS1/PS2マウスの脳中の種々のリン脂質(phopholipids)のレベルをHPLCによって測定して、PIP2レベルに対するプレセニリン欠損の影響をin vivoで確認した。図7A-Bに示されるように、コントロールと比較して、ノックアウト脳組織では、PIP2のレベルが20パーセント(統計学的に有意)増加した(p<0.04)。ゆえに、プレセニリン欠損(主にニューロン中)は脳中のPIP2の有意な増加をもたらす。
【0072】
FAD突然変異体であるPS1およびPS2アイソフォームの発現は異常な(abberant)PIP2代謝を生じる
さらに、放射標識した脂質キナーゼ/TLCアッセイによって測定されるPIP2代謝回転が、コントロール(WT PS1/PS2)発現細胞と比較して、PS1(ΔE9、L286V)およびPS2(N141I)FAD発現細胞において減少することの観察によって、PIP2代謝におけるプレセニリンの役割を確認した。3回の独立した実験でのホスホイメージ定量化では、放射標識したホスホイノシチドからPI(4,5)P2への変換が、野生型細胞と比較して、FAD細胞において選択的に減少(26〜40%減少)することが示される(図8A-B)。これらの結果は、プレセニリンFAD突然変異がPI(4,5)P2の合成の減少または分解の増加につながることを示す。γ-セクレターゼではなくPLCの阻害は、PIP2代謝回転の、FADに関連する減少を好転させた。
【0073】
考察
ホスホイノシチドは多様な一連の細胞経路においてシグナル伝達分子として働くので、特定の細胞タイプにおけるホスホイノシチドの調節異常は種々のヒト疾患状態を生じさせうる(47)。PI経路におけるいくつかの創薬可能な(druggable)分子標的が提案されていて、それには、脂質ホスファターゼインヒビター(糖尿病に対して)、脂質キナーゼインヒビター、リゾホスホリパーゼDインヒビター、脂質認識ドメインアンタゴニスト(癌)およびLPA受容体アンタゴニスト(転移に対して)が含まれる。この結果は、ホスホイノシチドの調節がアルツハイマー病の発症機序と決定的に関連していることを実証する。
【0074】
エデルフォシン(ET-18-OCH3)は、細胞内シグナル伝達をモジュレートすることが知られており、癌および感染症を治療するために研究および/または使用(66)されてきているリゾホスファチジルコリン(lysophophatidylcholine)(エーテルリン脂質)の合成アナログである。本明細書中に記載の実験では、種々のセルラインをエデルフォシンで処理すると、FAD細胞で観察されるAβ42の減少が生じることが見出された。ミルテフォシンは同様の効果を有することが示された。ゆえに、エデルフォシン、他のエーテルリン脂質アナログおよびそれらの化学的誘導体を使用して、アルツハイマー病および他の神経変性疾患を治療することができる。
【実施例2】
【0075】
7. 実施例:PIP2モジュレーターを同定するためのアッセイ系で使用するための細胞の調製
以下の改変を施したBibelの方法(42)によって野生型マウス胚幹細胞のターゲティングされた分化を実施した:FCSではなく15% FBSを、添加ヌクレオシドとともに(Specialty Mediaから購入した、あらかじめ混合済みの100x溶液(カタログ番号ES-008-D)を使用)、ES培地中で使用した。さらに、ペニシリン/ストレプトマイシン、L-グルタミン、およびB27補充物質を含むNeurobasal培地(Invitrogen)を最終分化培地として使用した。一方、BibelらはBrewer et al.(48)に記載の改変型の「B18培地」を使用する。この方法によって錐体細胞特性を有するニューロンを生成した(図10A-D)。
【0076】
図10Aは分化5日目のES由来ニューロンを示す。細胞形態のばらつきは限定的であり、そのことから、使用された分化プロトコルによって非常に均質な細胞集団が生成されたことが示唆される。免疫蛍光研究(図10B)および細胞溶解物の分析(図10C)では、これらの細胞が種々のニューロンマーカー(例えばTUJ-1およびシナプトフィジン)、ならびに錐体ニューロン特異的マーカー、例えばTrkBおよびCamKIIを提示することが示される。ES由来ニューロンは、FM 1-43再取り込みアッセイ(図10D-F)によって示されるように、機能的シナプスを形成し、また若い海馬ニューロンに特徴的な電気生理学的特性を示す(図10G)。
【0077】
FADと関連している突然変異ヒトプレセニリン遺伝子を、エレクトロポレーション(AMAXA Nucleofector system(Amaxa Gmbh, Cologne, Germany)による)によってES細胞中に導入した(図11A)。PS1-ΔE9のより高い発現を示す種々のプレセニリン突然変異体の発現を達成した(図11B-E)。PS1-ΔE9プレセニリンの発現は、分化したES細胞形態または神経/錐体細胞特異的タンパク質の発現に対して影響を及ぼさないようであった。
【0078】
さらに、Aβ42生産表現型を再現するために、TUJ-1、CamKIIα、p75およびTrkBを発現する最終分化したES由来錐体様細胞(培養7日目)において、レンチウイルスベクターを使用して、ヒトAPPのスウェーデン変異体(hAPPsw)を一過性に発現させた(図12A)。ヒト特異的抗APP抗体(6E10, Sygnet)を使用して、これらの細胞におけるhAPPswの発現およびタンパク質分解プロセシングをウエスタンブロッティングによって確認した(図12Bを参照のこと)。トランスフェクトされていないES由来ニューロンをコントロールとして利用した。
【0079】
レンチ-APPswベクターでトランスフェクトされた分化したES由来ニューロン中のAβ42レベルを、PS1-ΔE9の存在下または不存在下で比較した(図13)。Aβ42レベルは、PS1-ΔE9を同時発現している分化したES由来ニューロンにおいて増加することが見出された。このデータは、突然変異プレセニリンおよびヒトAPPを同時発現している分化したES細胞がFAD関連表現型、特にAβ42生産を再現することを示す。さらにこれらの細胞は生存性の低下を示すことが見出された。
【実施例3】
【0080】
8. 実施例:加熱処理した朝鮮人参に由来する天然化合物は、FAD関連プレセニリン突然変異と関連している分子表現型を好転させる
加熱処理した朝鮮人参に由来するいくつかの天然化合物(ダマラン(dammarane)トリテルペノイド)、例えばRk1および(20S)Rg3は、セルラインおよび初代ニューロン中のAβ42の生産を選択的に低下させ(図14A-CおよびKim and Chungによる米国特許出願公開第20050245465号、出願番号第10/ 834773号(2005年11月3日公開)を参照されたい)、併せてAβ42生産のγ-セクレターゼによる切断ステップに影響を及ぼすことによって、Aβ37およびAβ38の同時増加をもたらすことが示されている。Aβ42を低下させるジンセノサイドRg3の投与は、培養ニューロンおよびADモデルのTg2576トランスジェニックマウスの脳中でAβ42/Aβ40比率を減少させる(図15A-B)。無細胞アッセイにおいて、これらの化合物は、γ-セクレターゼによって媒介されるAPP、Notchおよびp75ニューロトロフィン受容体の細胞内ドメインの生成を維持しつつ、Aβ生産を阻害した。さらに、Aβ42を低下させるこれらの天然化合物は、プレセニリンFAD突然変異体PS1ΔE9と関連している細胞のカチオン侵入(CCE)欠損を好転ることができた(図16A-B)。このことは、これらの化合物が、FAD突然変異体プレセニリンと関連している機能獲得に対して直接アンタゴナイズ(拮抗)することを示唆する。注目すべきは、γ-セクレターゼ・インヒビターおよび非ステロイド性抗炎症剤によるこれらのCCE欠損の好転は見出されなかったことである(図17A-B)。したがって、(20S)Rg3等のジンセノサイドは、他のAβ42を低下させる薬剤とは異なり、ADと関連しているCCEの欠損を改善する可能性もある。以下のデータは、CCEならびにAβ42レベルをモジュレートする共通の上流標的としてのPLCγ1の役割を裏付ける。
【0081】
スウェーデンFAD突然変異体APPを安定に発現しているHela細胞(Hela-APPsw細胞)を、種々のPLCβ(β1-4)およびPLCγ(γ1, 2)アイソフォームに対して選択的な小分子干渉RNA(siRNA)で処理した。Hela-APPsw細胞では、RT-PCR解析によって、PLCβ3、PLCγ1、およびPLCγ2が主要なPLC種であり、一方、他のアイソフォームは検出可能ではあるがずっと低いレベルであることが示された。アイソフォーム特異的siRNA剤で細胞を処理すると、ウエスタンブロット解析(図18A)によって実証されるように、それぞれのPLCアイソフォーム、例えばPLCβ3、PLCγ1、およびPLCγ2が効果的に抑制された。細胞をRg3で処理した場合には、PLCβ3およびPLCγ1発現の阻害は、Rg3に媒介されるAβ42低下効果はほとんど失われた(図18B)。追加の用量応答実験では、PLCγ1レベルを抑制した場合には、Aβ42生産を減少させるRg3の効果は非常に低くなることが示された。それは、ジンセノサイドのAβ42低下作用にPLCγ1が必要とされることと一致している。
【0082】
9. 参考文献








種々の刊行物が本明細書で引用されるが、その内容は参照によりその全体が本明細書中に組み入れられる。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】図1A-C。ホスホイノシチドの相互変換。(A)ホスホイノシトール4-リン酸(PI(4)P、または「PIP」)は、ホスホイノシトールリン酸キナーゼ1γ型(PIPK1γ)によってホスホチジルイノシトール4,5-二リン酸(PI(4,5)P2、または「PIP2」)に変換される。PIP2はホスホリパーゼC(PI-PLC、または「PLC」)によって加水分解されて、イノシトール三リン酸(IP3)およびジアシルグリセロール(DAG)を形成するか、あるいはホスホイノシチドキナーゼ3(PI3-K)によってホスホイノシトール(3,4,5)三リン酸(PI(3,4,5)P3、または「PIP3」)に変換される。PIP3は、ホスファターゼ「第10染色体上で欠失したホスファターゼおよびテンシンホモログ」(PTEN)によってPIP2に変換されうるし、またPIP2は、ホスファターゼシナプトジャニン1(SYNJ1)によってPIPに変換されうる。(B)PIPK1γおよびSYJN1は脳内のPtdIns(4,5)P2を代謝する主要酵素である。[γ32P] ATPおよび示した野生型(WT)およびノックアウト(KO)動物由来の脳サイトゾルの存在下でインキュベートされたリポソーム(Folch画分)のTLC解析。(C)(B)で示されたデータのホスホイメージング定量化。
【図2】図2A-E。PIP2レベルの変化はAβ42生合成と相関する。PLCインヒビターであるエデルフォシン(EDEL)またはその活性なアナログであるミルテフォシン(miltefosine)(MILT)で処理された、ヒトAPPswを過剰発現しているHeLa細胞中のPIP2レベル(A)およびAβ42生合成(D)。PLCアクチベーターm-3m3FBS(M3M)で処理された、ヒトAPPswを過剰発現しているHeLa細胞中のPIP2レベル(B)およびAβ42生合成(E)。(C)処理した細胞においては全長APPおよび総Aβ生合成は影響を受けない。
【図3】図3A-F。PIP2レベルは2つのメカニズムによってAβ生合成をモジュレートする。PIP2レベルは可溶性APP外部ドメインの培地中への放出をモジュレートする。APPswを安定に発現しているHeLa細胞をPLCインヒビター(EDEL、MILT)またはPLCアクチベーター(M3M)で処理した。α-セクレターゼ(sAPPα)(A)およびβ-セクレターゼ(sAPPβ)(B)による切断によって生じた分泌APP外部ドメインについて馴化細胞培地を分析した。PIP2レベルモジュレーターであるEDELの存在下で、γ-セクレターゼの直接の基質として働くAPPのC末端断片(stub)であるC99で一過性にトランスフェクトされたHEK293細胞中のAβ42(D)および総Aβ生合成(C)。PIP2レベルモジュレーターであるM3Mの存在下で、γ-セクレターゼの直接の基質として働くAPPのC末端断片であるC99で一過性にトランスフェクトされたHEK293細胞中のAβ42(F)および総Aβ生合成(E)。
【図4】図4。SYNJ1およびPIPK1γによるAβ42生合成のモジュレーション。(A)SYNJ1の過剰発現は分泌されたAβ42を増加させる。安定なCHO-APP細胞を、ベクター(pcDNA3)またはヒトシナプトジャニン1のHAタグ付き5ホスホイノシトールホスファターゼドメイン(hSJ1-IPP)で一過性にトランスフェクトした。上図:ウエスタンブロッティング(HA)によってhSJ1-IPPの発現を評価した。(B)Aβ42レベル(APPに対して標準化)。(C)総分泌Aβ。(D, E)PIPK1γ-90およびPIPK1γ-87アイソフォームは分泌Aβ42および分泌総Aβの両レベルを減少させる。ヒト野生型(PIPKIγ-90WTおよびPIPKIγ-87WT)および突然変異体(PIPKIγ-90KD)PIPKIγで一過性にトランスフェクトされた安定なCHO-APP細胞。Aβ42値(D)および対応する総Aβブロット(E)を示す。
【図5】図5。PIP2モジュレーターであるSMT-3は、Aβ42オリゴマーによって誘発されるシナプス機能障害をブロックする。無処理あるいは、Aβ42(Aβ)、またはAβ42および20(S)Rg3で処理された海馬切片における興奮性シナプス後電場電位勾配(field excitatory post synaptic potential slope)(fEPSP勾配)を経時的にモニターした。fEPSP勾配の変化は、コントロールの海馬切片または、Aβ42またはAβ42および20(S)Rg3の組み合わせで処理された海馬切片における長期増強(LTP)発現の差異を示す。
【図6】図6。PIP2モジュレーションは空間的作業記憶機能障害を改善する。3月齢のPSAPPマウスを放射状アームの水迷路に付した(群あたりn=3)。3月齢の野生型マウスは、課題の獲得(A1-A4)および記憶保持(R)の際に優れた成績を示した。対照的に、PSAPPマウスは作業記憶機能障害を示した。エデルフォシンでの処理(EDEL;経口1mg/kg)によってPSAPPマウスの記憶保持が改善する。
【図7】図7A-B。HPLCによって測定される、野生型(WT)および二重ノックアウト(KO)PS1/2マウスの脳における種々のリン脂質のレベル。(A)PI、DPG、PSおよびPA;(B)PIPおよびPIP2。DPG = ジホスホグリセラート、PS = ホスファチジルセリン、PA = ホスファチジン酸。
【図8】図8A-B。PIP2代謝回転は、(A)PS1および(B)PS2 FAD関連突然変異の存在下で減少する。野生型(WT)またはFAD突然変異体(ΔE9、L286V)PS1(左図)および野生型(WT)またはFAD突然変異体(N141I)PS2で安定に形質導入されたHEK293細胞から調製された膜の脂質キナーゼのホスホイメージ定量化およびTLC解析。FAD発現細胞 対 WT発現細胞の比較において、PI(4,5)P2は26〜40%減少する。
【図9】図9。γ-セクレターゼではなくPLCの阻害は、PIP2代謝回転におけるFADに関連する減少を好転させる。野生型(WT)またはFAD突然変異体(ΔE9、L286V)PS1を安定に発現しているHEK293細胞を、DMSO、エデルフォシン(EDEL)またはγ-セクレターゼインヒビター(CpdE)で6時間前処理した後に、脂質キナーゼ/TLC解析を行った。
【図10】図10A-G。マウス胚幹(ES)細胞の錐体ニューロンへの指向性分化(Directed differentiation)。(A)分化5日目のES由来ニューロンの位相差画像。細胞形態のばらつきは限定的であり、これは非常に均質な細胞集団であることを示す。(B)分化8日目のES由来ニューロンの免疫細胞化学分析(左図)。留意すべきは90%の細胞がDAPIおよびニューロン性β-チューブリン(TUJ-1)で共染色されることである。(C)異なる分化段階での細胞溶解物のウエスタンブロット解析。分化が開始されると、細胞は種々のニューロンマーカー、例えばTUJ-1およびシナプトフィジン、ならびに錐体ニューロン特異的マーカー、例えばTrkBおよびCamKIIにおける漸増を示す。(D)ES由来ニューロンは機能的シナプスを形成し、それは20日目のFM 1-43再取り込みアッセイによって示される。(E)(D)の細胞、90 mM KClをローディング。(F)(D)の細胞、90 mM KClをローディングせず。(G)ES由来ニューロンは、若い海馬ニューロンに特徴的な、脱分極によって誘発される活性を示す。それは全細胞電圧固定記録によって測定される。
【図11】図11A-E。PS1のヒトFAD変異体を発現しているマウスES細胞の作成。(A)エレクトロポレーションおよびその後の抗生物質選択によって、マウスES細胞を、空のプラスミド(ベクター)またはFAD-PS1(PS1ΔE9、PS1L286V、PS1M146V)を含有するプラスミドで、安定にトランスフェクトした。(B-E)抗ヒトおよび抗マウスPS1抗体を使用して、クローンをヒトPS1 FAD発現について解析した。
【図12】図12。ヒトAPPのスウェーデン変異体(hAPPsw)を保持するレンチウイルスでトランスフェクトされたES由来ニューロン中でのAPPの発現。(A)hAPPsw保持レンチウイルスベクターの模式図。(B)全長APP(APP FL)、ならびに可溶性断片(sAPP)および総Aβは、それぞれ細胞溶解物および馴化培地中で容易に検出される。コントロールはトランスフェクトされていない。
【図13】図13。PS1-FAD発現ES由来ニューロンはAβ42 FAD関連表現型を再現する。コントロール(ベクター)またはPS1 ΔE9発現ES由来ニューロンを、hAPPswを保持するレンチウイルスでトランスフェクトした。感染48時間後、サンドイッチELISAを使用して、馴化培地をAβ42について分析した。PS1 ΔE9発現ES由来ニューロンは、コントロールのニューロンと比較して、分泌Aβ42のレベルの約10倍増加を示す。
【図14】図14A-C。(A)ジンセノサイドRk1はAβ40と比較してAβ42を選択的に減少させる。(B)ジンセノサイド(20S)Rg3も同様にAβ40と比較してAβ42を選択的に減少させる。(C)より低い程度に、ジンセノサイドRg5はAβ40と比較してAβ42を選択的に減少させる。
【図15】図15A-B。(A)Rk1および(20S)Rg3は、AdモデルTg2576マウス由来の培養された海馬の初代ニューロンにおいてAβ42を減少させる。(B)(20S)Rg3はTg2576マウスの脳において、Aβ40に対するAβ42の比率を減少させる。
【図16】図16A-B。タプシガルジンを含有するCa2+不含培地中の突然変異体セニリン(senilin)、PS1ΔE9を安定に発現している293細胞においてCCEを誘発した。(A)F340/F380比率に対するRk1の濃度増加の効果。(B)F340/F380比率に対する(20S)Rg3、(R)Rg3、Rk1、Rg5、ReおよびRb2の効果。
【図17】図17A-B。(A)γ-セクレターゼ・インヒビターはF340/F380比率に対する実質的影響を及ぼさない。(B)試験されたAβ42を低下させるNSAIDはF340/F380比率に対する実質的影響を及ぼさない。
【図18】図18A-E。ジンセノサイドのAβ42低下活性におけるPLCγ1の役割。(A)PLCβ3、PLCγ1およびPLCγ2に対する特異的siRNAでトランスフェクトされたHela-APPsw細胞をDMSOまたは15μM Rg3で6時間処理した。アイソフォーム特異的抗体を使用するウエスタンブロットによって、PLCβ3、PLCγ1およびPLCγ2の下方制御が確認された。(B)Rg3処理の存在下でのPLCアイソフォームのRNAi媒介性下方制御の効果。ELISAによって馴化培地中でAβ42レベルを測定した。Aβ値はコントロールsiRNAのパーセンテージとして示され、3回の独立した実験から得られる平均値±s.d.である(*P<0.001、**P<0.01 ANOVAに続いてダネット検定を使用)。(77, 78)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経細胞におけるAβ42生産を減少させる方法であって、該神経細胞に、神経細胞中のホスホイノシトール4,5-二リン酸の量を増加させる薬剤を投与するステップを含む方法。
【請求項2】
前記薬剤がエデルフォシンである、請求項1の方法。
【請求項3】
前記薬剤がミルテフォシンである、請求項1の方法。
【請求項4】
前記薬剤がペリフォシンである、請求項1の方法。
【請求項5】
前記薬剤がエルシル含有ホスホコリンである、請求項1の方法。
【請求項6】
前記薬剤がブラシジル含有ホスホコリンである、請求項1の方法。
【請求項7】
前記薬剤がネルボニル含有ホスホコリンである、請求項1の方法。
【請求項8】
前記薬剤がエルシルホスホコリンである、請求項1の方法。
【請求項9】
前記薬剤がイルモフォシンである、請求項1の方法。
【請求項10】
前記薬剤がBN 52205である、請求項1の方法。
【請求項11】
前記薬剤がBN 5221.1である、請求項1の方法。
【請求項12】
前記薬剤が2-フルオロ-3-ヘキサデシルオキシ-2-メチルプロパ-1-イル2'-(トリメチルアンモニオ)エチルホスファートである、請求項1の方法。
【請求項13】
前記薬剤がLY294002である、請求項1の方法。
【請求項14】
分化したクラスの細胞においてホスホイノシチドレベルをモジュレートする薬剤を同定するためのアッセイ系であって、検出可能なホスホイノシチドセンサーを発現する幹細胞を含み、ここで該幹細胞は、該分化したクラスの細胞の1種以上の識別特徴を再現するように分化が誘導される、アッセイ系。
【請求項15】
ホスホイノシチドがホスホチジルイノシトール4,5-二リン酸である、請求項14のアッセイ系。
【請求項16】
分化したクラスの細胞が錐体ニューロンである、請求項14のアッセイ系。
【請求項17】
識別特徴が、老人斑、神経原線維変化、およびAβ42増加からなる群から選択される、請求項16のアッセイ系。
【請求項18】
ホスホイノシチドセンサーがPH-GFPである、請求項14、15、16または17のアッセイ系。
【請求項19】
目的のホスホイノシチドのレベルをモジュレートする薬剤を同定する方法であって、以下のステップ:
(i)目的のホスホイノシチドに結合する検出可能なホスホイノシチドセンサーを発現する幹細胞を提供するステップであって、該幹細胞は、分化したクラスの細胞の1種以上の識別特徴を再現するように分化が誘導される、ステップ;
(ii)分化した幹細胞を試験薬剤に曝露するステップ;および
(iii)試験薬剤への曝露によってホスホイノシチドセンサーにおいて検出可能な変化が生じるかどうかを決定するステップ;
を含み、
ここでホスホイノシチドセンサーにおける変化は、該試験薬剤がホスホイノシチドのレベルをモジュレートすることを示す、
方法。
【請求項20】
ホスホイノシチドがホスホチジルイノシトール4,5-二リン酸である、請求項19の方法。
【請求項21】
分化したクラスの細胞が錐体ニューロンである、請求項19の方法。
【請求項22】
識別特徴が、老人斑、神経原線維変化、およびAβ42増加からなる群から選択される、請求項21の方法。
【請求項23】
ホスホイノシチドセンサーがPH-GFPである、請求項19、20、21または22の方法。
【請求項24】
アルツハイマー病を治療するための薬剤を同定するためのアッセイ系であって、錐体ニューロンの1種以上の識別特徴を再現するように分化が誘導された幹細胞を含み、該分化した幹細胞はアルツハイマー病の発症と関連する遺伝子をさらに含有するように遺伝子操作されている、アッセイ系。
【請求項25】
アルツハイマー病の発症と関連する遺伝子が、突然変異型プレセニリン1遺伝子、突然変異型プレセニリン2遺伝子、および突然変異型アミロイド前駆体タンパク質遺伝子からなる群から選択される、請求項24のアッセイ系。
【請求項26】
突然変異型ヒトプレセニリン1遺伝子およびヒトアミロイド前駆体タンパク質遺伝子を含む、請求項24のアッセイ系。
【請求項27】
突然変異型ヒトプレセニリン2遺伝子およびヒトアミロイド前駆体タンパク質遺伝子を含む、請求項24のアッセイ系。
【請求項28】
ヒトアミロイド前駆体タンパク質遺伝子が突然変異型遺伝子である、請求項26または27のアッセイ系。
【請求項29】
アルツハイマー病を治療する方法であって、それを必要としている者に、ホスホイノシトール4,5-二リン酸の神経内レベルを増加させる有効量の薬剤を投与するステップを含む方法。
【請求項30】
前記薬剤が、エデルフォシン、ミルテフォシン、ペリフォシン、エルシルホスホコリン、ヘキサデシルホスホコリン、イルモフォシン、BN 52205、BN 5221.1、2-フルオロ-3-ヘキサデシルオキシ-2-2メチルプロパ-1-イル2'-(トリメチルアンモニオ)エチルホスファート、LY294002、またはそれらの誘導体からなる群から選択される、請求項29の方法。
【請求項31】
アルツハイマー病を治療する方法であって、それを必要としている者に、β-セクレターゼ活性をモジュレートする有効量の薬剤を投与するステップを含む方法。
【請求項32】
アルツハイマー病を治療する方法であって、それを必要としている者に、γ-セクレターゼ活性をモジュレートする有効量の薬剤を投与するステップを含む方法。
【請求項33】
アルツハイマー病を治療する方法であって、それを必要としている者に、ホスホイノシトール4,5-二リン酸をモジュレートする有効量の薬剤を投与するステップを含み、その際、長期増強を確立する能力が維持され、かつ、Aβ42オリゴマーによって誘発されるシナプス機能障害が減少する、方法。
【請求項34】
前記薬剤がSMT-3である、請求項33の方法。
【請求項35】
アルツハイマー病を治療する方法であって、それを必要としている者に、5-ホスホイノシチドホスファターゼを阻害する有効量の薬剤を投与するステップを含む方法。
【請求項36】
5-ホスホイノシチドホスファターゼが、SynJ1、SynJ2、INPP5P、OCRL、SHIP1、SHIP2、SKIP、PIPP、Pharbin/INPP5E、PTEN、MINPP1、INPP1、SAC1、Sac2、およびSac3からなる群から選択される、請求項35の方法。
【請求項37】
アルツハイマー病を治療する方法であって、それを必要としている者に、有効量のPLCγ1のアクチベーターおよびジンセノサイドを含む有効量の組成物を投与するステップを含む方法。
【請求項38】
アルツハイマー病を治療する方法であって、それを必要としている者に、有効量のPLCβ3のアクチベーターおよびジンセノサイドを含む有効量の組成物を投与するステップを含む方法。
【請求項39】
長期増強を促進する方法であって、神経細胞に、該神経細胞中のホスホイノシトール4,5-二リン酸の量を増加させる薬剤を投与するステップを含む方法。
【請求項40】
前記薬剤がエデルフォシンである、請求項39の方法。
【請求項41】
前記薬剤がミルテフォシンである、請求項39の方法。
【請求項42】
前記薬剤がペリフォシンである、請求項39の方法。
【請求項43】
前記薬剤がエルシル含有ホスホコリンである、請求項39の方法。
【請求項44】
前記薬剤がブラシジル含有ホスホコリンである、請求項39の方法。
【請求項45】
前記薬剤がネルボニル含有ホスホコリンである、請求項39の方法。
【請求項46】
前記薬剤がエルシルホスホコリンである、請求項39の方法。
【請求項47】
前記薬剤がイルモフォシンである、請求項39の方法。
【請求項48】
前記薬剤がBN 52205である、請求項39の方法。
【請求項49】
前記薬剤がBN 5221.1である、請求項39の方法。
【請求項50】
前記薬剤が2-フルオロ-3-ヘキサデシルオキシ-2-メチルプロパ-1-イル2'-(トリメチルアンモニオ)エチルホスファートである、請求項39の方法。
【請求項51】
前記薬剤がLY294002である、請求項39の方法。
【請求項52】
記憶力を改善する方法であって、そのような治療を必要としている被験体に、ベータ-セクレターゼを阻害する薬剤を投与するステップを含む方法。
【請求項53】
記憶力を改善する方法であって、そのような治療を必要としている被験体に、5-ホスホイノシチドホスファターゼを阻害する薬剤を投与するステップを含む方法。
【請求項54】
5-ホスホイノシチドホスファターゼがシナプトジャニン-1である、請求項53の方法。
【請求項55】
記憶力を改善する方法であって、それを必要としている者に、ホスホイノシトール4,5-二リン酸の神経内レベルを増加させる有効量の薬剤を投与するステップを含む方法。
【請求項56】
前記薬剤が、エデルフォシン、ミルテフォシン、ペリフォシン、エルシルホスホコリン、ヘキサデシルホスホコリン、イルモフォシン、BN 52205、BN 5221.1、2-フルオロ-3-ヘキサデシルオキシ-2-2メチルプロパ-1-イル2'-(トリメチルアンモニオ)エチルホスファート、LY294002、またはそれらの誘導体からなる群から選択される、請求項55の方法。
【請求項57】
神経細胞中のホスホイノシトール4,5-二リン酸の量を増加させる薬剤であって、記憶力を改善し、および/またはアルツハイマー病もしくは軽度認知障害を治療するための医薬組成物の製造において使用するための薬剤。
【請求項58】
エデルフォシン、ミルテフォシン、ペリフォシン、エルシルホスホコリン、ヘキサデシルホスホコリン、イルモフォシン、BN 52205、BN 5221.1、2-フルオロ-3-ヘキサデシルオキシ-2-2メチルプロパ-1-イル2'-(トリメチルアンモニオ)エチルホスファート、LY294002、またはそれらの誘導体からなる群から選択される、請求項57の薬剤。
【請求項59】
神経細胞中のホスホイノシトール4,5-二リン酸の量を増加させる薬剤を、被験体に投与した場合に、記憶力の改善および/またはアルツハイマー病もしくは軽度認知障害の治療に有効な量で含む医薬組成物。
【請求項60】
前記薬剤が、エデルフォシン、ミルテフォシン、ペリフォシン、エルシルホスホコリン、ヘキサデシルホスホコリン、イルモフォシン、BN 52205、BN 5221.1、2-フルオロ-3-ヘキサデシルオキシ-2-2メチルプロパ-1-イル2'-(トリメチルアンモニオ)エチルホスファート、LY294002、またはそれらの誘導体からなる群から選択される、請求項59の医薬組成物。
【請求項61】
PLCγ1のアクチベーターおよびジンセノサイドを、いずれも、アルツハイマー病もしくは軽度認知障害を治療し、および/または記憶力を改善するために有効な量で含む医薬組成物。
【請求項62】
PLCβ3のアクチベーターおよびジンセノサイドを、いずれも、アルツハイマー病もしくは軽度認知障害を治療し、および/または記憶力を改善するために有効な量で含む医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公表番号】特表2008−539721(P2008−539721A)
【公表日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−509992(P2008−509992)
【出願日】平成18年2月17日(2006.2.17)
【国際出願番号】PCT/US2006/005745
【国際公開番号】WO2006/118630
【国際公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【出願人】(501306715)ザ トラスティース オブ コロンビア ユニバーシティ イン ザ シティ オブ ニューヨーク (11)
【Fターム(参考)】