説明

アンモニアボランを用いての水素の製造

アンモニアボランが次式:LnM−X
(式中Mは鉄の如き卑金属であり、Xは陰イオン性の窒素−又はリン−基質の配位子又は水素化物であり、Lは中性の単座又は多座配位子である中性の補助配位子である)の触媒錯体と反応する時に水素(H2)を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、参考のためこゝに挙げた2000年4月4日付けの標題「アンモニアボランを用いての水素の製造」の米国仮特許出願No.61/072,965号の権益を要求する。
【0002】
本発明は米国エネルギー局によって授与された契約番号DEAC52−06NA25396の下に政府の支援で成された。政府は本発明の或る権利を有する。
【背景技術】
【0003】
本発明は一般にアンモニアボランを用いての水素の製造に関し且つアンモニアボランを用いての水素の製造に有用である触媒錯体に関する。
【0004】
水素貯蔵用の化学的な水素化物(hydrides)は、高圧水素タンク、吸収剤、吸着水素及び金属水素化物燃料に対する代用品として利用されつつある。化学的な水素化物は、自動車用途用の非発火性の、危険でない固体、スラリー化又は液体燃料として包装できる。次いで水素は調節した条件下で車内で且つ要求に応じてかゝる化学的な水素化物から発生できる。消費した燃料は次いで車内で又は車外で(on-board or off-board)再生できる。
【0005】
水素の貯蔵材料は理想的には高い水素含量と低い分子量とを有する。19.6質量%の水素貯蔵能力を有するアンモニア−ボラン(H3NBH3)はかゝる用途に魅力的な材料である。アンモニアボラン分子は水素化(hydridic)原子とプロトン性水素原子との両方を含有する故に、80℃以上の温度では自発的にH2を失なう。H3NBH3は完全に脱水素でき、セラミックのBNを形成するが、500℃を超える温度が典型的には必要とされる。溶液中でのアンモニア−ボランの熱分解は当初環状オリゴマーのシクロトリボラザン(B3N3H12)及びボラジン(B3N3H6)を与える。B3N3H6は、アンモニアボランのテトラグリム溶液を単に加熱することにより3時間以上高収率で大規模にアンモニアボランから製造できる。ボラジンは同時にH2を発生しながら70℃程の低い温度で熱架橋できることも示された。
【0006】
H3NBH3から多量の水素を得ることができるが、この燃料を利用する低エネルギー(即ち最低限の熱投入)法は丁度開発されつゝあるに過ぎない。例えば貴金属触媒を添加することによりH3NBH3と関連ある種類のジメチルアミン−ボラン(HMe2NBH3)とからH2が室温で放出された。例えば、Rh(I)種を選択するとHMe2NBH3を脱水素カップル(dehydrocouple) して、環状ダイマー〔Me2NBH22及び非環式アミノボランポリマーと共にH2を形成する。一般式H2RPBH3(R=H,Ph)を有するホスフィン−ボランは金属触媒を用いて脱水素結合して非環式ポリマーを生成できる。
【0007】
低温でアミンボランを脱水素する現在の方法はロジウムの如き高価な貴金属触媒を必要とする。低温で貴金属触媒を用いることなくアミンボランを用いての水素の製造が望ましく、アンモニアボランから水素を製造するのに有用な、余り高価でない卑金属(base metal)含有触媒が望ましい。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によると、こゝに具体化し且つ広範に記載した通り、本発明は、アンモニアボランを次式、LnFe−X
(式中nは1又はそれ以上であり、Xは窒素含有リガンド(ligand:配位子)、リン含有リガンド及び水素化物から選んだ陰イオン性リガンドよりなり、Lはリン含有リガンド及び窒素含有リガンドから選んだ中性の補助リガンドよりなる)の触媒錯体の化学量論以下の量と反応させることからなる水素(H2)の製造方法を提供する。
【0009】
本発明はまた鉄ビス(ヘキサメチルジシラザン)とN,N′−ビス(p−メトキシフェニル)エチレンジアミンとを溶剤中で組合せて溶液を形成し、その後ビス(ジアルキルホスフィノ)アルカンを該溶液に添加し、その後アンモニアボランを該溶液に添加することからなる、水素(H2)の製造方法に関する。ビス(ジアルキルホスフィノ)アルカンの限定されない例には1,2−ビス(ジシクロホスフィノエタン)及び1,3−ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパンがある。
【0010】
本発明はまたアンモニアボランと反応してH2を製造する触媒錯体(complex)に関する。この錯体は鉄ビス(ヘキサメチルジシラザン)を先ずN,N′−ビス(p−メトキシフェニル)エチレンジアミンと反応させ、次いで中性の補助リガンドと反応させることにより形成される。中性補助リガンドの限定されない例にはビス(ジアルキルホスフィノ)アルカンがあり、これには1,2−ビス(ジシクロヘキシルホスフィノ)エタン及び1,3−ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパンがある。
【0011】
本発明はアンモニアボラン(“AB”)の脱水素に関する。本発明の1つの観点はアンモニアボランと反応して水素(H2)を生成する錯体に関する。これらの錯体は卑金属(Mn、Fe、Co、Ni及びCuが卑金属の例である)と該卑金属に結合した陰イオン性のリガンドとを有し且つまた中性の補助リガンドをも含有する。陰イオン性のリガンドには含窒陰イオン性リガンド及び含リン陰イオン性リガンド及び水素化物(hydride) がある。補助リガンドには中性の含窒リガンド及び中性の含リンリガンドがある。
【0012】
本発明の別の観点は、アンモニアボランを脱水素してH2を生成する触媒方法に関する。この方法の可能なメカニズムを以下の反応図式1に図示する。
【0013】

反応図式1の提案したメカニズムには次式LnM−X
〔式中Mは卑金属であり、Xは陰イオン性の酸素−(O−)、窒素−、硫黄−又はリン−基質のリガンド又は水素化物であり、Lは、中性の単座リガンド(例えばトリフェニルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン)又はC−,N−,O−又はP−を含有し得る多座(polydentate)リガンド(例えば二座アミンリガンド又は二座ホスフィンリガンド)である補助リガンドである〕の触媒錯体のM−X結合(即ち金属−X結合)を渡っての〔4+2〕シクロ付加(cycloaddition)がある。このシクロ付加によって卑金属中心と、卑金属中心に結合した水素化物とプロトン化X(即ちXに化学的に結合した水素)とを有する化学種が得られる。例えばXがアミドリガンドである時は、金属アミドを金属アミンに転化する。即ちLnM−Xと略称した化学種は卑金属中心(即ち“M”)で水素化物アクセプターとして反応し且つ卑金属中心に結合したXリガンドではプロトンアクセプターとして反応する。次に連続して水素分子(H2)が放出され且つLnM−Xと記載される化学種が再生される。最後にLnM−X種はアンモニアボラン(H3NBH3)と反応して触媒サイクルを完了させる。
【0014】
次の実施例はアンモニアボランを用いて水素を製造する具体例を包含するが、これに限定されるものではない。実施例1及び2は如何にアミンボランを製造し且つ熱的に脱水素するかを記載している。実施例3〜6は、触媒錯体を製造し且つ化学量論以下の量の触媒錯体をアンモニアボラン(AB)と組合せて水素を製造する本発明の限定されない具体例を記載する。
【0015】
実施例1 アミン−ボランの製造
アミン−ボランを次の通り調製する:無水のアンモニアガスを20℃で1時間THF中のBH3・THFの1モル溶液中に泡出する。別法として、THF中のBH3・THFの1M溶液及びジオキサン中のNH3の0.5モル溶液の当モル量を20℃で合する。アンモニア−ボランは、ヘキサンを用いて反応混合物からの沈殿及び続いてのTHF/Et2Oからの再結晶により精製した。
【0016】
実施例2 アミン−ボランの熱的脱水素
触媒なしでのアンモニア−ボランの熱的脱水素は次の通り行なう:0.5mlの1,2−ジメトキシエタン及び1mlのC6D6に入れた14mgのアンモニア−ボラン(0.46ミリモル)の溶液を60℃で19時間加熱した。転化は〔H2NBH2nと〔HNBH〕3との3:1混合物について大体60%である。
【0017】
実施例3
不活性雰囲気下での乾燥箱中で、鉄ビス(ヘキサメチルジシラザン)(Fe(HMDS)2)(0.012g,0.027ミリモル)及びN,N′−ビス(p−メトキシフェニル)エチレンジアミン(0.007mg,0.03ミリモル)を、テフロン(登録商標)被覆した磁気攪拌棒を備えた小ビンに添加した。テトラヒドロフラン(THF)をNa/ベンゾフェノンケチル上で乾燥させ且つ3回の凍結−ポンプ−融解周期にかけることによりガス抜きした。約1mlの乾燥、ガス抜きしたテトラヒドロフランを前記小ビンに真空輸送して溶液を生成し、これを20分間攪拌させた。青色の溶液が生成し、その後1,2−ビス(ジシクロヘキシルホスフィノ)エタン(0.013g,0.028ミリモル)を添加し、得られる溶液を2時間攪拌した。紫色が溶液中に徐々に発色した。何れか特定の反応メカニズムに束縛されるのを望むことなく、これまでは該反応は以下の式(1)により要約できる。
【0018】

1,2−ビス(ジシクロヘキシルホスフィノ)エタンの添加後に生成する錯体は式LnFe−X(式中2個の補助リガンド“L”がある)の本発明の限定されない具体例の錯体である。
【0019】
次いでアンモニア−ボラン(0.017g,0.551ミリモル、5%の触媒装填量)を添加し、該溶液は激しく起泡した。泡立ちは5分後には大幅に低減し、15分後には完全に停止した。反応は11B溶液のNMRにより完了と判定した。主要(>95%)生成物は赤外分光分析法により(−NH2BH2−)5であると同定した。固体状態の11B NMRが示した処によればアンモニアボランの1当量当り1当量の水素(H2)が放出される。
【0020】
実施例4a,4b及び4c
実施例4a,4b及び4cは実施例3と同様である。次の具体例の触媒錯体及び反応条件を用いて、アンモニアボラン当り1当量のH2がアンモニアボランから見出される:
(実施例4a):20℃で2時間1モル%のFe(HMDS)2/dppp/dpen(HMDSはヘキサメチルジシラザンであり;dpppは1,3−ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパンであり;dpenはN,N′−ジフェニルエチレンジアミンである)。
【0021】
(実施例4b):45℃で14時間後に5モル%の(C5Me5)Fe(HMDS)(Meはメチルである)。
【0022】
(実施例4c):45℃で14時間後に5モル%の(C5Me5)Fe(HMDS)PCy3)(Cyはシクロヘキシルである)。
【0023】
実施例5
不活性雰囲気下で乾燥箱中で、ビス(トリシクロヘキシルホスフィン)鉄(II)クロライド(0.100g,0.145ミリモル)及びカリウム ヘキサメチルジシラザン(0.058g,0.291ミリモル)を、テフロン(登録商標)被覆した磁気攪拌棒付きの小ビンに添加した。THL(4ml)を添加し、該溶液を2日間攪拌させた。溶剤を真空中で除去すると黄褐色の粉末が残り、これをヘキサン(20ml)で抽出した。得られる懸濁物を濾過して塩化カリウム同時生成物を除去し、溶剤を真空中で除去して無色の粉末(1と称する、0.070g,0.75ミリモル、52%)を得た。アンモニアボラン(0.0142g,0.461ミリモル)を磁気攪拌棒付きのシュレンクフラスコに添加した。ビス(2−メトキシエチル)エーテル(0.5ml)をシュレンクフラスコに添加した。具体例の触媒錯体である固体1(0.0128g,0.0136ミリモル、3%の触媒装填量)をセライト粉末と混合し、該混合物を固体の添加漏斗に添加し、該添加漏斗をシュレンクフラスコに取付けた。全体の装置をアルゴンで10分間パージし、バブラー(bubbler)に取付け続いてガスビュレットに取付けた。シュレンクフラスコを85℃に加熱し、5分間平衡させ次いで前記の1を固体添加漏斗経由で添加した。起泡が5分後には認められる。反応は3.8時間後に完了と判断され、水素ガスを得た(22.9ml、アンモニアボラン当量当り1.7当量)。
【0024】
実施例6
実施例5の反応と同様な反応により、2モル%の具体例の触媒錯体Fe(HMDS)2/dcpe/NH2Tsを用いると、60℃で15時間後にTHF中のアンモニアボランからアンモニアボラン当り1.3当量のH2が得られた(dcpeは1,2−ビス(ジシクロヘキシルホスフィン)エタンであり;Tsはパラトルエンスルホニルである)。
【0025】
本発明の前記の記載は説明及び解説の目的のため呈示されており、完全なものであると意図するものでなくまたは本発明を開示した精確な形式に限定することを意図するものでなく、多数の改質及び変更が前記の教示から見て可能であることは明らかである。
【0026】
本発明の原理及びその実際の応用を最良に説明するために具体例が選択され且つ記載されて、これによって想定される特定の用途に適するように、当業者が種々の具体例で且つ種々の変更例で本発明を最良に利用することができる。本発明の範囲は特許請求の範囲に定義されると意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンモニアボランを次式LnFe−X
(式中nは1又はそれ以上であり、Xは窒素含有リガンド、リン含有リガンド及び水素化物から選んだ陰イオン性リガンドよりなり、Lはリン含有リガンド及び窒素含有リガンドから選んだ中性の補助リガンドよりなる)の触媒錯体の化学量論以下の量と反応させることからなる水素(H2)の製造方法。
【請求項2】
中性の補助リガンドは単座リガンドである請求項1記載の方法。
【請求項3】
中性の補助リガンドは多座リガンドである請求項1記載の方法。
【請求項4】
多座リガンドは窒素含有二座リガンド及びリン含有二座リガンドの少なくとも1つよりなる請求項3記載の方法。
【請求項5】
二座ホスフィンリガンドはビス(ジアルキルホスフィノ)アルカンである請求項4記載の方法。
【請求項6】
ビス(ジアルキルホスフィノ)アルカンは1,2−ビス(ジシクロヘキシルホスフィノ)エタン及び1,3−ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパンから選ばれる請求項5記載の方法。
【請求項7】
二座アミンリガンドはN,N′−ビス(p−メトキシフェニル)エチレンジアミンである請求項4記載の方法。
【請求項8】
鉄ビス(ヘキサメチルジシラザン)とN,N′−ビス(p−メトキシフェニル)エチレンジアミンとを溶剤中で組合せて溶液を形成し、しかる後にビス(ジアルキルホスフィノ)アルカンを該溶液に添加し、しかる後にアンモニアボランを該溶液に添加し、これによって水素を製造することからなる、水素(H2)の製造方法。
【請求項9】
ビス(ジアルキルホスフィノ)アルカンは1,2−ビス(ジシクロヘキシルホスフィノエタン)又は1,3−ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパンである請求項8記載の方法。
【請求項10】
アンモニアボランと反応してH2を製造する触媒錯体であって、該錯体は鉄ビス(ヘキサメチルジシラザン)を先ずN,N′−ビス(p−メトキシフェニル)エチレンジアミンと反応させ、次いで中性の補助リガンドと反応させることにより形成されるものとする触媒錯体。
【請求項11】
中性の補助リガンドはビス(ジアルキルホスフィノ)アルカンよりなる請求項10記載の触媒錯体。
【請求項12】
ビス(ジアルキルホスフィノ)アルカンは1,2−ビス(ジシクロヘキシルホスフィノ)エタン及び1,3−ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパンから選ばれる請求項11記載の触媒錯体。

【公表番号】特表2011−516251(P2011−516251A)
【公表日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−503161(P2011−503161)
【出願日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際出願番号】PCT/US2009/039257
【国際公開番号】WO2009/124169
【国際公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【出願人】(507128229)ロス アラモス ナショナル セキュリティ,リミテッド ライアビリテイ カンパニー (9)
【Fターム(参考)】