説明

イオン注入装置およびイオン注入方法

【課題】ガラス基板上への半導体素子の製造に関する生産性を低下させずに、大型のガラス基板全面へのイオン注入を実現する。
【解決手段】
イオン注入処理がなされる処理室(21)内で、ガラス基板(25)の搬送方向と略直交する方向にて、ガラス基板(25)よりも大きな寸法を有するリボン状のイオンビーム(3、13)を発生させる複数のイオンビーム供給装置(1、11)と、ガラス基板(25)へのイオン注入量に応じて、複数のイオンビーム供給装置(1、11)の運転状態を切り替える制御装置(32)と、を備えたイオン注入装置(IM1)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、複数本のリボン状のイオンビームを用いて、ガラス基板上での各イオンビームによる照射領域を重ね合わせ、ガラス基板全面に対して所望のイオン注入を行うイオン注入装置およびその方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、液晶テレビに代表される液晶製品の大型化が著しい。半導体製造工程においては、1つの処理工程でより多くの液晶パネルを処理する為に、ガラス基板の寸法を大きくし、大型のガラス基板から液晶パネルを多面取りしようという試みがなされている。半導体製造装置のイオン注入装置についても、このような大型のガラス基板への対応が求められている。
【0003】
このような要望に対応すべく、これまでに特許文献1に記載のイオン注入装置が開発されてきた。
【0004】
特許文献1には、イオン源から一平面で発散するイオンビームを引出して、引出されたイオンビームを4重極デバイスを用いて、当該平面内でガラス基板の一辺よりも大きな寸法を有する略平行なリボン状のイオンビームとなるように平行調整し、平行調整されたイオンビームの長辺方向と略直交する方向にガラス基板を搬送させることで、ガラス基板の全面に対してのイオン注入を実現するイオン注入装置が開示されている。
【0005】
このイオン注入装置では、ガラス基板の大型化に対応すべく、イオンビームを略平行にする為の4重極デバイスがイオンビームの進行方向に沿って、移動可能となるように構成されている。
【0006】
具体的には、ガラス基板の寸法が大きくなった場合、特許文献1に記載のイオン注入装置では、4重極デバイスをガラス基板側に移動させ、ガラス基板に照射されるイオンビームの寸法を大きくすることが出来る。
【0007】
一方で、特許文献1の技術から発展して、4重極デバイスは移動可能な構成でなくても良いことが考えられる。つまり、4重極デバイスは固定されていても良い。イオン源から引き出されたイオンビームを、イオン源からガラス基板までの間のどの位置で平行化するのかで、最終的にガラス基板へ照射されるイオンビームの寸法が決定されるので、ガラス基板の寸法に応じて、適宜、4重極デバイスの固定位置を調整することで、ガラス基板の寸法が大きくなったとしてもその全面にイオンビームを照射することが可能となる。
【0008】
しかしながら、これらの従来技術を用いて大型のガラス基板へのイオン注入が実現出来たとしても、ガラス基板上への半導体素子の製造に関する生産性を考えた場合、このようなイオン注入装置ではガラス基板の大型化に十分に対応出来ているとは言えない。
【0009】
ガラス基板に注入されるドーズ量(イオンの注入量)はガラス基板上に製造される半導体素子の特性に依存している。つまり、ある素子を製造する場合は低いドーズ量が要求されるが、別の素子を製造する場合には高いドーズ量が要求される場合がある。その為、低いドーズ量から高いドーズ量に至るまでのイオン注入が1台のイオン注入装置で実現されなければならない。
【0010】
特許文献1に記載の従来用いられてきたイオン注入装置では、ガラス基板が大型になった場合、それに応じてイオンビームの寸法が大きくなる。イオンビームの電流密度を考えた場合、イオンビームの寸法が大きくなった分、ガラス基板に照射されるイオンビームの電流密度は低くなってしまう。
【0011】
ガラス基板に注入されるドーズ量に着目した場合、ガラス基板の全面に対して所定のドーズ量を達成させるには、イオンビームの電流密度が低くなってしまった分、イオンビームをガラス基板が横切る回数を増やさなければならない。その分、イオン注入に係る処理時間が余計にかかってしまうことになる。
【0012】
特に、注入されるべきドーズ量が高い場合、ガラス基板の全面に所定のドーズ量が達成されるまでにかなりの時間を要することになる。
【0013】
このような理由から、特許文献1に記載のイオン注入装置では、大型のガラス基板に対するイオン注入処理が実現出来るものの、イオン注入処理に時間を要することになるので、ガラス基板上への半導体素子の製造に関する生産性の低下を招いてしまうといった問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2006−139996号公報(段落0022−0023、段落0033、図1、図6)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
そこで本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであり、ガラス基板上への半導体素子の製造に関する生産性を低下させずに、大型のガラス基板全面へのイオン注入処理を実現することを主たる所期課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
すなわち本発明に係るイオン注入装置は、イオン注入処理がなされる処理室内で、ガラス基板の搬送方向と略直交する方向にて、前記ガラス基板よりも大きな寸法を有するリボン状のイオンビームを発生させる複数のイオンビーム供給装置と、前記ガラス基板へのイオン注入量に応じて、前記複数のイオンビーム供給装置の運転状態を切り替える制御装置と、を備えていることを特徴としている。
【0017】
このようなものであれば、ガラス基板上への半導体素子の製造に関する生産性を低下させずに、大型のガラス基板全面へのイオン注入処理を実現することが可能となる。
【0018】
また、前記処理室内には、各イオンビーム供給装置によるイオンビーム照射領域を仕切る為の仕切り部材が設けられていることが望ましい。
【0019】
このような構成にすれば、イオンビームが照射されることによってガラス基板から放出されるガスに対して、イオンビーム供給装置毎に対策することが出来るので、複数のイオンビーム供給装置を有するイオン注入装置の設計自由度が向上する。
【0020】
さらに、前記イオンビーム供給装置は2台であって、各装置に設けられたイオンビームの輸送経路は各装置の境界面に関して、面対称となるような関係であることが望ましい。
【0021】
このような構成にすれば、各イオンビーム供給装置から射出されるイオンビーム間の距離を短くすることが出来る。イオンビーム間の距離を短くすることが出来れば、イオン注入処理に係るガラス基板の搬送距離が短くて済む。その為、ガラス基板全面にイオン注入されるまでの注入時間が短くて済む。
【0022】
そのうえ、本発明に係るイオン注入方法は、イオン注入処理がなされる処理室内で、ガラス基板の搬送方向と略直交する方向にて、前記ガラス基板よりも大きな寸法を有するリボン状のイオンビームを発生させる複数のイオンビーム供給装置を用いて、前記ガラス基板全面へのイオン注入を実施するイオン注入方法において、前記ガラス基板へのイオン注入量に応じて、前記複数のイオンビーム供給装置の運転状態を切り替えることを特徴としている。
【発明の効果】
【0023】
このように構成した本発明によれば、ガラス基板上への半導体素子の製造に関する生産性を低下させずに、大型のガラス基板全面へのイオン注入処理を実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施例に係るイオン注入装置を示す平面図である。
【図2】図1をZ方向から見た場合の平面図である。
【図3】図1に記載のイオン注入装置に設けられた処理室内部の様態を示す斜視図である。
【図4】本発明の他の実施例に係るイオン注入装置を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図1には本発明で用いられるイオン注入装置の一実施例が、図2には図1をZ方向から見た場合の平面図が示されている。これらの図を元に、本発明で用いられるイオン注入装置の一実施例を説明する。
【0026】
なお、本発明を通して各図面に示されるX、Y、Zの方向は共通しており、X方向はガラス基板に照射されるリボン状のイオンビームの進行方向を、Y方向はリボン状のイオンビームの長辺方向を、Z方向はX方向とY方向とに直交する方向を、それぞれ示している。また、本発明にいうリボン状のイオンビームとは、イオンビームの進行方向に直交する平面内において、その断面が略長方形状を成すイオンビームのことを言う。
【0027】
図1に示されるイオン注入装置IM1は破線で描かれた2つのイオンビーム供給装置1、11を含んでいる。これらのイオンビーム供給装置1、11を構成するイオン源等の部材は同一のものを用いてもいいし、異ならせてもよい。なお、この実施例では、説明を簡略化させる為、両イオンビーム供給装置1、11を構成する部材は同一のものとしている。
【0028】
イオンビーム供給装置1では、イオン源2より図示されない引出し電極を介してイオンビーム3が引出される。このイオンビーム3は図2から理解できるようにXY平面において発散している。引出されたリボン状のイオンビーム3は質量分析マグネット4に入射する。
【0029】
質量分析マグネット4はイオン源2から引出されたリボン状のイオンビーム3に含まれる様々なイオンのうち、所定のイオンのみをガラス基板25に照射させる為に用いられている。具体的には、イオン毎の質量数の違いを利用して、質量分析マグネット4によって偏向されるイオンの偏向角度に違いをもたせている。
【0030】
そして、所定のイオンのみが質量分析マグネット4の下流に設けられた分析スリット5を通過できるように、質量分析マグネット4で発生する磁場の調整が行われている。
【0031】
分析スリット5を通過したリボン状のイオンビーム3はビーム平行化器6に入射する。このビーム平行化器6は少なくとも一平面で発散するリボン状のイオンビーム3をその平面内で平行に整形する機能を有している。図2を参酌するとその様子が見て取れる。つまり、ビーム平行化器によって、XY平面内で発散しているリボン状のイオンビーム3がX方向に対して略平行となるように整形される。ここで言う略平行とは、完全にX方向に平行とするのではない。ガラス基板上に製造される半導体素子の特性にもよるが、3〜5°程度、X方向からずれていても構わないという意味である。なお、このビーム平行化器6の例としては、従来から用いられているような磁場や電場を利用したものを用いれば良い。あるいは、イオンビームを平行に整形するだけでなく、イオンビームの長辺方向におけるビーム電流密度分布を均一に調整できるような機能を有するようなものを用いても良い。
【0032】
ビーム平行化器6を通過したイオンビーム3は、処理室21内へ導入される。この際、図2を参酌すると理解できるように、処理室21内へ導入されたイオンビーム3の長辺方向(Y方向)における寸法は、ガラス基板25の寸法よりも大きな寸法を有している。なお、処理室21は真空雰囲気に保たれている。この図1では、処理室21のイオンビーム供給装置側の壁は、イオンビーム供給装置1、11の壁面との関係で、見え易くする為に省略されているが、処理室21のイオンビーム供給装置側の壁は、実際には設けられている。さらに、当然ながらこれらの壁面には、リボン状のイオンビーム3や後述するリボン状のイオンビーム13が通過出来るように開口が設けられている。
【0033】
一方、イオンビーム供給装置11でもイオンビーム供給装置1と同様に、イオン源12から引出されたリボン状のイオンビーム13は、質量分析マグネット14と分析スリット15により所定イオンの抽出がなされ、ビーム平行化器16によりリボン状のイオンビームが発散する一平面内で平行調整されて、処理室21に導入される。
【0034】
ガラス基板25は大気側から入口側真空予備室22に搬入される。この搬入に関しては、従来用いられてきたような搬送ロボットを用いても構わないし、人手により搬入するようにしても良い。より詳述すると、まず、入口側真空予備室22の大気側に設けられたゲートバルブ24を開いておく。この時、入口側真空予備室22の処理室21側に設けられたゲートバルブ24は閉まっている。このタイミングで大気側から入口側真空予備室22内にガラス基板25の搬入が行われる。
【0035】
ガラス基板25の入口側真空予備室22内への搬入が終了すると、入口側真空予備室22の大気側に設けられたゲートバルブ24が閉められる。この搬入と同時にあるいは搬入後に、ガラス基板25はそれを保持するホルダー26上に支持される。その後、入口側真空予備室22内部を密閉状態にした上で、図示されないポンプにより室内を真空状態とする為に真空引きが行われる。
【0036】
入口側真空予備室21内が真空引きされて処理室21と同程度の真空度となった後、入口側真空予備室21の処理室21側に設けられたゲートバルブ24が開けられる。そして、ガラス基板25はホルダー26により支持された状態で、図示されない搬送機構によりZ方向沿って処理室21内に搬送される。
【0037】
処理室21内に搬送されたガラス基板25は、処理室21内をZ方向に沿って、イオンビーム供給装置1、11からのリボン状のイオンビーム3、13を横切るように搬送される。
【0038】
その後、出口側真空予備室23の処理室21側に設けられたゲートバルブ24を介して、出口側真空予備室23内へ搬入される。この際、出口側真空予備室23での真空度は予め処理室21と同程度の真空度となるように図示されないポンプによって真空引きされている。この場合、出口側真空予備室23の処理室21側に設けられたゲートバルブ24はガラス基板25の搬入に備え、予め開けられている。
【0039】
出口側真空予備室23内へのガラス基板25の搬入が終了した後、出口側真空予備室23の処理室21側に設けられたゲートバルブ24が閉じられて、出口側真空予備室23の室内が図示しないポンプによって大気中の雰囲気となるように排気される。
【0040】
排気が終了した後、出口側真空予備室23の大気側に設けられたゲートバルブ24が開けられて、そこを介してガラス基板25が大気側に搬送される。このようにして、ガラス基板25へのイオン注入処理が施される。
【0041】
なお、上記したイオン注入処理において、入口側真空予備室22と出口側真空予備室23との間で、複数回、Z方向に沿って往復搬送させた後に、出口側真空予備室23側へ搬送させるような構成にしても良い。
【0042】
次に、複数のイオンビーム供給装置1、11の具体的な使用方法についての例を説明する。
【0043】
まず、図1に示されるユーザーインターフェース33を介して、イオン注入装置に注入条件が設定される。この注入条件には、ドーズ量が含まれている。設定された注入条件は図示されない電気通信回線等を通して制御装置32へ送信される。
【0044】
その後、制御装置32は、イオンビーム供給装置1の運転を制御する制御装置30とイオンビーム供給装置11の運転を制御する制御装置31とに、注入条件で設定されたドーズ量に応じて指令信号を送信する。
【0045】
例えば、イオンビーム供給装置1、11で注入可能なドーズ量の上限値が2×1015ions/cmであったとする。そして、注入条件としてユーザーインターフェース33に入力されたドーズ量が3×1015ions/cmである場合には、各イオンビーム供給装置に対して1.5×1015ions/cmでの注入を行うように制御装置32から制御装置30、31へ指令信号が送られる。
【0046】
一方、ユーザーインターフェース33に入力されたドーズ量が1×1015ions/cmである場合には、1台のイオンビーム供給装置で処理できる注入量である為、いずれかのイオンビーム供給装置にてイオン注入を実施するように制御装置32が制御装置30あるいは制御装置31に対して指令を出す。
【0047】
いずれのイオンビーム供給装置を選択するかは、次のような基準を用いて選択するようにしても良い。例えば、イオン注入装置を構成するイオンビーム供給装置を、交互にあるいは順番に、使用する。また、各ビーム供給装置のメンテナンスサイクルを考慮し、前回のメンテナンス時から時間の経過が最も少ない供給装置を優先的に使用するようにする。
【0048】
このような使い分けをすることで、複数のイオンビーム供給装置の内、一部装置が偏って使用されてしまうことを避けることが出来る。換言すれば、各供給装置の使用頻度を平均化させることが出来るので、各供給装置のメンテナンスサイクルをおおよそ同じタイミングに揃えることが出来うる。メンテナンスサイクルがおおよそ統一されると、複数台の供給装置を用いたイオン注入処理中に、その内の一部の供給装置がメンテナンスに入ってしまうことでイオン注入装置としての注入処理が出来なくなるといった問題が発生しにくくなる。
【0049】
また、設定ドーズ量が1台のイオンビーム供給装置で対応できる装置スペック内であったとしても、複数台のイオンビーム供給装置を用いてガラス基板へのイオン注入を行うようにしても良い。
【0050】
例えば、1台の供給装置から供給されるイオンビームで注入可能な設定ドーズ量であっても、供給装置の装置スペックの上限値に対して設定ドーズ量が8割〜9割に相当する場合には複数台に分けた方が良い。イオンビーム供給装置が何らかの原因で装置スペックを下回ると、1台の供給装置での注入が不可能となるからである。その為、安全を考慮し、設定ドーズ量が装置スペックの8割〜9割に相当する場合には、複数台の供給装置でイオン注入を行うようにしておく。このような構成にすれば、注入不良を未然に防止することが出来る。
【0051】
なお、図1には制御装置30〜32として個別の制御装置が挙げられているが、これらの制御装置を1台の制御装置としてまとめておいても良い。
【0052】
ここではイオンビーム供給装置1、11で注入可能なドーズ量の上限値を同じにして説明したが、これらの値は異なる値であっても構わない。上限値に差がある場合には、複数のイオンビーム供給装置の中でもっとも低い上限値とユーザーインターフェース33で設定された設定ドーズ量とを比較すれば良い。そして、比較以降の処理は、先の例(注入可能なドーズ量の上限値が同じ供給装置を複数設けた場合)と同様の処理を行えば良い。
【0053】
また、ユーザーフェース35と制御装置32との間、各制御装置間ならびに制御装置とイオンビーム供給装置を構成する部材との間での通信は、有線でも無線でもいずれを用いても構わない。
【0054】
さらに、図1の例ではイオンビーム供給装置の台数は2台であるが、これよりも多い場合であっても、装置台数が増えるだけで設定ドーズ量に対する各装置の使用方法には何ら変わりはないので、本発明を適用するにあたり何ら問題は発生しないことは言うまでもない。
【0055】
一方、処理室21内には、図1に記載されるような仕切り部材34を設けておいても良い。この仕切り部材34は、処理室21内での各イオンビーム供給装置1、11から供給されるイオンビーム3、13の照射領域を隔てる役割を果たす。この仕切り部材34は必須ではないが、これを設けておくと、処理室21内部をおおよそ2つに分けることが出来るので、イオン注入処理に係る各部の設計上の制約事項を緩和することが期待出来る。
【0056】
例えば、図1に示されるようにイオンビーム供給装置1からのイオンビーム3によるガラス基板25への照射スペースと、イオンビーム供給装置11からのイオンビーム13によるガラス基板25への照射スペースとを、この仕切り部材34を用いて仕切っておく。
【0057】
一般に、イオンビームがガラス基板に照射されると、ガラス基板からガスが放出される。大型のガラス基板の一辺よりも大きなイオンビームを取り扱う場合、イオンビーム供給装置内部に設けられたイオンビームの輸送経路(ビームライン)も大型となる。ガラス基板からのガスはこのような大型のビームラインを通じて、イオンビーム供給装置側に流入する危険性がある。
【0058】
流入したガスがイオンビームと衝突すると、イオンビームが電離して中性粒子となってしまう。中性粒子となった場合、中性粒子には磁場や電場による作用が働かないので、これを偏向させることは出来ない。
【0059】
図1に開示のイオン注入装置の場合、まずイオンビーム供給装置1によりガラス基板25にイオンビーム3が照射される。この際、ガラス基板25からガスが放出されることになるが、放出されたガスがビーム平行化器6へ到達するよりも早く、ガラス基板25がイオンビーム3を横切ようにしておけば、イオンビーム供給装置1によるガラス基板25へのイオンビーム照射は問題なく出来るかもしれない。
【0060】
しかしながら、単にガラス基板の搬送速度を増加させれば問題を解決できるのかというと、そうではない。例えば、次に示す(A)〜(E)に示す様々な問題を考慮し、ガラス基板の搬送速度やビーム平行化器の設置場所、真空ポンプの排気能力およびその設置場所を適切に設計しなければならない。
【0061】
(A)ガラス基板25がホルダー26から脱落する。ガラス基板25の搬送速度を増加させると、ガラス基板25の保持が不安定となり、ホルダー26から脱落する危険性が生じる。
【0062】
(B)ガラス基板全面に所定のドーズ量のイオン注入を行うまでに時間を要する。ガラス基板25の搬送速度を増加させると、イオンビーム供給装置によるガラス基板への注入量が減少してしまう。こうなると、イオンビーム供給装置からのイオンビームをガラス基板が何度も横切るように、入口側真空予備室と出口側搬送予備室との間を何往復もさせなければならない。その結果、所定のドーズ量に達するまでに時間を要してしまい、イオン注入装置処理能力の低下を招いてしまう。さらに、ガラス基板25を何度も往復搬送している間に、ガラス基板25から放出されたガスがビーム平行化器6、16に到達してしまう。
【0063】
(C)イオンビームの寸法が小さくなる。ガラス基板の搬送速度を増加させる代わりに、ビーム平行化器6へのガスの到達時間を遅らせる為に、ビーム平行化器6を出来るだけ処理室21から遠ざけて配置することが考えられるが、イオンビームを平行化する位置が処理室21よりも離れた位置にすると、ガラス基板25に照射されるリボン状のイオンビームの長辺方向における寸法が小さくなり、大型のガラス基板への対応が出来なくなるといった不具合が生じる。
【0064】
(D)装置の大型化を招く。(C)の問題を解決する為に、大きなイオンビームの寸法を確保し、かつ、ビーム平行化器6を処理室21から遠ざけることが考えられる。具体的には、イオンビーム供給装置1全体を処理室21から遠ざけること考えられるが、このような構成にすると、イオン注入装置全体の大型化を招いてしまう。クリーンルーム内での装置設置面積には限りがある。イオン注入装置以外の半導体製造装置も配置されているので、イオン注入装置が大型になると、他の装置との兼ね合いからクリーンルーム内への設置が出来ないといった問題が発生してしまう。更に、装置が大型化になると、装置の搬入、搬出に手間がかかることや大型になった分だけ装置価格が高騰する可能性もある。
【0065】
(E)真空ポンプの排気能力およびその設置場所に係る制約。ガラス基板25から放出された処理室21内のガスを排出する為に、真空ポンプを設けることが考えられる。この際、イオンビーム供給装置1、11内へのガスの流入を防止する為には、ガスの発生源であるガラス基板25のイオンビームが照射される面側で、かつ、イオンビーム供給装置1、11から処理室21内へ供給されるイオンビームの供給口近傍に真空ポンプを設けておくことが考えられる。しかしながら、イオンビーム供給装置1、11の装置構成によっては、真空ポンプを配置出来るスペースが限られる。一方、真空ポンプの能力にしてもガラス基板へのイオン注入中に各イオンビーム供給装置へのガスの流入を防止させるだけの排気能力が必要となる。
【0066】
上記した様々な問題を考慮した上で、イオンビーム供給装置1によるガラス基板25へのイオンビーム照射時に、イオンビーム供給装置1に設けられたビーム平行化器6にガラス基板25からのガスが到達しないように、設計上、適切なガラス基板の搬送速度やビーム平行化器の設置場所等が決定されている。
【0067】
仮に、仕切り部材34がない場合、前述した(A)〜(E)までの問題を複数のイオンビーム供給装置の構成を考慮して総合的に解決しなければならない為、設計上の制約事項が厳しいものとなる。端的に言えば、装置設計が難しい。しかしながら、仕切り部材34を設けることによって、イオンビーム供給装置毎にガラス基板から放出されるガスの問題を取り扱うことができるので、複数のイオンビーム供給装置を有するイオン注入装置を設計する上での設計自由度が向上する。
【0068】
仕切り部材34にはイオン注入処理中にガラス基板25を通過させる為の開口35が設けられている。図3にはこの仕切り部材34と、ガラス基板25を搬送する為の搬送機構の一例が示されている。なお、図3は、図1のイオン注入装置IM1を構成するイオンビーム供給装置1に対応する処理室21内の領域にガラス基板25を配置した時の様子を描いた斜視図であって、図面の簡略化の為、処理室21の天井壁(Y方向反対側に位置する壁)と処理室21と入口側真空予備室22との間に配置されるゲートバルブ24を省略している。
【0069】
なお、図3では仕切り部材34は処理室21やイオンビーム供給装置1、11から独立した部材として設けられているが、例えば、処理室21の一部をその内側領域に延設させるように加工することで、処理室21内の一部が仕切り部材34を兼ねるように構成しても良い。
【0070】
ガラス基板25を保持するホルダー26の下面には、図示されない車輪が取り付けられている。一方、レール29はガラス基板25の搬送方向であるZ方向沿って処理室21および各真空予備室内に延設されている。そして、このレール29上に図示されない車輪が位置している。
【0071】
ホルダー26は、大気側に設けられた複数のモーター28からの動力を利用して、レール29上でガラス基板25の搬送を行っている。具体的には、処理室21の床面(Y方向に位置する壁面)を通して、モーター30に連結されたシャフトが処理室21内へ挿通されている。そして、シャフトの先端(モーター28と連結している側と反対側)にはローラー27が取り付けられており、このローラー27が回転することにより、ホルダー26のレール29上での移動が実現される。
【0072】
処理室21や各真空予備室での基板搬送については図示しないが、ここで述べた搬送機構と同様のものを各部屋に延設されたレール29に沿って設けておけば良い。なお、シャフトと処理室21との床面との間には、図示されてない真空シールがあり、真空と大気とを隔てるとともに、シャフトを回転自在に位置させる役割を果たしている。
【0073】
図4には本発明のイオン注入装置に係る他の実施形態が示されている。このイオン注入装置IM2と図1に示されたイオン注入装置IM1とでは、各イオンビーム供給装置を構成するイオン源等の光学部材の向きが異なる。
【0074】
具体的には、図4に示されるイオン注入装置IM2では、各イオンビーム供給装置ビームラインが、各装置の境界に位置するXY平面に関して面対称となるような関係になっている。
【0075】
このような配置を採用した場合、ガラス基板25へのイオン注入処理を行うにあたって矢印Aの方向へガラス基板25を搬送した場合、ガラス基板25が両供給装置からのビームを横切るのに基板を搬送させる距離(L)を短くすることが出来る。搬送距離が短くなると、イオン注入処理にかかる時間の短縮ができるので、単位時間当たりに注入処理されるガラス基板の枚数を増やすことが出来る。
【0076】
なお、これまでに説明してきた図1〜4に示す実施例ではガラス基板25の搬送方向をZ方向としているが、この搬送方向はZ方向と寸分たがわず同じである必要はない。例えば、装置構成にもよるが、Z方向から3〜5°程度ずれていても構わない。さらに、ガラス基板25の姿勢について、イオンビームの進行方向と直交するようにガラス基板25の面がホルダー26上に支持されているが、ガラス基板25はZ軸周りにある角度をもってホルダー26に支持されていても構わない。
【0077】
以上、本発明のイオン注入装置に係る実施例を述べてきたが、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、各種の改良および変更を行っても良いのはもちろんである。
【符号の説明】
【0078】
1.第1のイオンビーム供給装置
11.第2のイオンビーム供給装置
21.処理室
25.ガラス基板
34.仕切り部材
35.開口
IM1.イオン注入装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン注入処理がなされる処理室内で、ガラス基板の搬送方向と略直交する方向にて、前記ガラス基板よりも大きな寸法を有するリボン状のイオンビームを発生させる複数のイオンビーム供給装置と、
前記ガラス基板へのイオン注入量に応じて、前記複数のイオンビーム供給装置の運転状態を切り替える制御装置と、を備えていることを特徴とするイオン注入装置。
【請求項2】
前記処理室内には、各イオンビーム供給装置によるイオンビーム照射領域を仕切る為の仕切り部材が設けられていることを特徴とする請求項1記載のイオン注入装置。
【請求項3】
前記イオンビーム供給装置は2台であって、各装置に設けられたイオンビームの輸送経路は各装置の境界面に関して、面対称となるような関係であることを特徴とする請求項1又は2記載のイオン注入装置。
【請求項4】
イオン注入処理がなされる処理室内で、ガラス基板の搬送方向と略直交する方向にて、前記ガラス基板よりも大きな寸法を有するリボン状のイオンビームを発生させる複数のイオンビーム供給装置を用いて、前記ガラス基板全面へのイオン注入を実施するイオン注入方法において、
前記ガラス基板へのイオン注入量に応じて、前記複数のイオンビーム供給装置の運転状態を切り替えることを特徴とするイオン注入方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−198667(P2011−198667A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−65571(P2010−65571)
【出願日】平成22年3月23日(2010.3.23)
【出願人】(302054866)日新イオン機器株式会社 (161)
【Fターム(参考)】