説明

インクジェットヘッド

【課題】管状基材上に圧電素子を短時間で、低温かつ任意の厚さで接着工程もなく直接形成してなるインクジェットヘッドを提供する。
【解決手段】インクジェットヘッドは、円管状基材15の外面に下電極16、圧電素子17、上電極18をこの順に積層してなる。駆動素子として用いられる圧電素子17は、下電極16が形成された円管状基材15に圧電材料からなる微粒子をガスとともに吹き付けることにより直接形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット記録装置、半導体デバイス形成装置や薬剤噴霧装置などに搭載されるインクジェットヘッドに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、インクジェット技術の産業用途への提案が活発になってきている。インクジェット技術は、所望のパターンを直接描画できる技術であるため、材料利用効率や環境への負荷において、他のデバイス形成手段と比較し非常に有利な技術である。
【0003】
こうしたインクジェット技術には、機械的圧力や熱的圧力をインクに付与してインク滴を吐出させる方式のインクジェットヘッドが知られている。機械式のヘッドは、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)等の圧力発生部材と金属板とを積層して構成される圧力発生器と、インク吐出穴を備えたノズルプレートと、を有し、圧力発生器に電圧を印加して圧力を発生させることでインク滴を吐出する。また、熱式のヘッドは、液体インクに熱エネルギーを加えることで液体を発泡させ圧力を得る発熱素子などからなる圧力発生器と、インク吐出穴を備えたノズルプレートとを有し、圧力発生器に電圧を印加して圧力を発生させることでインク滴を吐出する。
【0004】
前者の機械式では、インクタンクからインク吐出穴までの間に直径0.1〜1mm程度の細長い円筒形の圧電素子を設け、この部分を加圧ポンプとして機能させることでインク吐出穴からインク滴を吐出させる方式が知られている。
【0005】
これは、グールド型インクジェットヘッドと呼ばれるものであり、円筒形状の圧電素子の内面と外面に電極が形成され、駆動電圧を印加するリード線が各電極に接続されている。円筒形状の圧電素子の内面電極は、この圧電素子を貫通する中空パイプと接着剤により固着されている。中空パイプは、円筒形状の圧電素子との電気的接触を避けるため、ガラス等の絶縁材料で構成されている。中空パイプの一端にはインクタンク等からインクを供給するためのインクチューブが接続され、他端にはインク滴を吐出するためのインクジェットノズルが形成されている(特許文献1,2参照)。
【特許文献1】特開平7−317660号公報
【特許文献2】特開平8−336967号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したグールド型インクジェットヘッドの構成部位である円筒形状の圧電素子は、バルクから機械的に円管状に加工して出来ており、円筒状基材と接着剤を介して固定されている。このように作られたものは、圧電による歪みを接着剤が吸収してしまうという問題があり、特に高周波数帯域でその影響が大きくなる。
【0007】
また、円筒形状のピエゾ素子は、円筒状基材が小さくなるほど円筒状のピエゾ素子自体が小さくなるため、ピエゾ素子の外形加工、さらに内径加工が困難になるという問題がある。さらに、PZTに代表される酸化物系の圧電素子は脆性材料のため、薄め加工に限度があり、0.1mm厚ぐらいまでにしか薄くできないという問題もある。
【0008】
また、所定の形状に加工されたピエゾ素子の分極工程では、一般に100℃〜150℃の高温下で、1〜5kV/mmの高電界を30分から1時間の間印加し、双極子をドメインごと一定方向に変形させるため、歪みが生じ寸法精度が落ちるなどの問題がある。
【0009】
接着工程がない圧電素子の形成方法として、水熱合成法、ゾル・ゲル法など、種々の成膜方法が考案され試作されているが、これらはいずれも成膜レートが低い。また、数μm以上の膜厚を得るのは困難であり、さらに、溶媒が残留することなどの問題もある。
【0010】
さらに、スパッタ法では、成膜レートが低い問題のほかに、成膜中にPbが抜け膜厚方向で組成が変わってしまうといった組成ずれの問題がある。加えて、PZTであればPb,Zr,Ti各金属の成膜レートを正確に管理することが困難であるといった問題や、成膜中に数百度の高温を維持しなければいけないといった問題もある。
【0011】
さらに、最近ではレーザーアブレーションでPZT膜を形成する報告が多くなされているが、クラスターで基板に付着するため組成は維持できるが、膜としては制御性、粗さ、密着などの面で、いまだ研究の域を出ていない状態である。
【0012】
本発明は、上述した背景技術の実情に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明は、上述したグールド型インクジェットヘッドの製法において、円管基材上に圧電素子を短時間で、低温かつ任意の厚さで接着工程もなく直接形成することを目的とする。また本発明は、こうした製法で作られたインクジェットヘッドを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために本発明は、管状基材の外面に下電極、圧電素子、上電極をこの順に積層してなるインクジェットヘッドの製造方法において、管状基材に圧電材料からなる微粒子をガスとともに吹き付けることにより、下電極が形成された管状基材の外面に圧電素子を直接形成することを特徴とする。
【0014】
また本発明は、管状基材の外面に下電極、圧電素子、上電極をこの順に積層してなるインクジェットヘッドにおいて、下電極が形成された管状基材の外面に圧電素子が接着剤を介さずに直接固定されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、管状基材の外面に下電極、圧電体、上電極をこの順に積層して構成されるインクジェットヘッドにおいて、管状基材上に圧電素子を短時間で、低温かつ任意の厚さで接着工程もなく直接形成したものを提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
【0017】
本発明は、管状基材の外面に下電極と圧電体と上電極をこの順番に積層してなるインクジェットヘッドに係るものである。このようなヘッドにおいて、電極が形成された管状基材に圧電材料からなる微粒子をガスとともに吹き付けることにより、当該管状基材の外面に、液体を吐出するための駆動手段としての圧電素子が形成されている。
【0018】
圧電材料からなる微粒子は、ガスデポジション法を用いて、円管状基材に成膜される。
【0019】
ガスデポジション法は、粒径数nm〜数十nmの超微粒子、または数十nm〜数μmの微粒子をノズルを通して基材上に吹き付け成膜する技術である。(特許第2524622号公報、特許第1595398号公報、特許第2632409号公報、特許第2596434号公報、特開昭59−80361号公報、特開昭59−87077号公報、特開平4−188503号公報など参照)
ガスデポジション法を実施する装置は、図1および図2に示されるように、超微粒子を生成する超微粒子生成室1または既存の微粒子を供給するエアロゾル化室、さらに膜形成室2、搬送管3、真空ポンプ11等で構成される。
【0020】
成膜工程は、はじめに、図1に示される超微粒子生成室1において不活性ガス雰囲気中でアーク電極4によるアーク、抵抗加熱、高周波誘導加熱、またはレーザー等で蒸発材料5を加熱し、溶融、蒸発させ不活性ガスと衝突し生成された金属超微粒子を生成する。あるいは、図2に示されるエアロゾル化室12にマスフローコントローラ7を使って不活性ガスや空気などの各種ガスを導入し、振動や攪拌により微粒子をエアロゾル化する。
【0021】
続いて、超微粒子生成室1またはエアロゾル化室12と膜形成室2との圧力差により搬送管3を通じて微粒子を膜形成室2に導き、搬送管3の端部に接続されたノズル8から高速噴射させることにより、円管形状の基材9上に直接パターンを形成する。このとき、円管形状の基材9を取り付けた治具10により基材9の中心軸回りに回転させることができ、また、回転させる治具10は基材9の中心軸方向に移動することも可能である。
【0022】
特に、エアロゾルを用いたガスデポジション法は、エアロゾルデポジションと呼ばれたりもしている。
【0023】
[実施例1]
次に、本発明の実施例1について説明する。
【0024】
まず、図3に示すような先端が細くなった円筒状基材の外面に下電極、圧電素子、上電極をこの順番に積層して形成した。円筒状基材はパイレックス製であり、内径600μm、外径700μm、先端部内径40μm、先端部外径100μmの寸法からなる。
【0025】
下電極はアーク加熱式のガスデポジション法で形成した。下電極の構成は、最下層にTi:50nm、その上にPt:200nmを形成した。
【0026】
このとき、図4に示すように、ノズル8の下部に円筒状基材15を設置する。そして、回転させる治具(不図示)により基材15をその中心軸回りに回転させながら、超微粒子または微粒子のビームをノズル8より噴射し、基材15の外面に下電極となる膜14を成膜した。
【0027】
ノズル8は、300μm×15mmの開口部を持つスリット型のノズルを用いた。また、成膜時は基材15を加熱していない。
【0028】
上記の成膜時の条件は以下のとおりである。
【0029】
超微粒子生成室内の圧力:70KPa
膜形成室内の圧力:1KPa
使用ガス:He
ガス流量:20〜30KPa
基材の回転速度:6rpm
アークパワー:50A、18〜28V
使用ノズルの開口径:300μm×15mm
次に、エアロゾルを用いたガスデポジション法でPZT膜を形成した。PZT膜についても、図4に示した方法で成膜した。
【0030】
原料粉末には、平均一次粒径が0.1〜0.5μmの堺化学製PZT−LQを用い、加熱したエアロゾル化容器に原材料を投入する。そして、その容器内の粉末を攪拌しエアロゾル化し上部に浮いてきた粒子を差圧により膜形成室2に導きノズル8を通して噴射した。
【0031】
下電極の作製と同様に、電極が形成された基材15をその中心軸回りに回転させ、電極上にPZT膜を長さ10mm、厚さおおよそ50μm形成した。
【0032】
上記の成膜時の条件は以下のとおりである。
【0033】
エアロゾル化室内の圧力:40KPa
膜形成室内の圧力:1KPa
使用ガス:乾燥エアー
基板の回転速度:6rpm
使用ノズルの開口径:300μm×10mm
なお、本実施例では、図4に示すように、円筒状基材15の長手方向とスリットノズルの開口部の長手方向とを平行にし成膜を行った。しかし、ノズル自体の噴射分布を平均化するため、図5に示すように成膜しても構わない。すなわち、円筒状基材15の長手方向とスリットノズルの開口部の長手方向とを垂直にし又は角度をつけて、円筒状基材15の回転軸方向にスキャンさせる方法で成膜しても構わない。
【0034】
次に、上電極を下電極と同様にアーク加熱式のガスデポジション法で形成した。上電極となる膜についても、図4又は図5に示した方法で成膜した。
【0035】
上電極の形成に用いられたノズルは300μm×8mmで、成膜した部分の長さは、8mm、膜厚は200nmである。その他の成膜条件は下電極を形成したときと大体同様であるが、ノズル径が異なるため、膜形成室の圧力が若干異なっている。
【0036】
以上の工程を経て、円筒状基材15の外面に下電極16、PZT膜17、上電極18を順次形成した(図6)。
【0037】
次に、パイレックス円筒状基板15に形成されたPZT膜17からなる圧電素子に対して、大気雰囲気で600℃、1時間の焼成を行った。その後、下電極16、上電極18それぞれにリード線を取り付け、120℃の大気雰囲気で100V、2時間電圧を印加し、PZT膜17に分極処理を行った。
【0038】
こうして得られた電極と圧電素子を備えたインクジェットヘッドの電気特性を調べるために、インピーダンス測定により共振を測定したところ、240kHz、1MHzにピークが現れた。
【0039】
このように、ピークが現れたことから、今回作製したPZT膜は分極された状態であると考えられる。
【0040】
[実施例2]
次に、本発明の実施例2について説明する。
【0041】
まず、図3に示すような先端が細くなった円筒状基材の外面に下電極、圧電素子、上電極をこの順番に積層して形成した。円筒状基材はパイレックス製であり、内径600μm、外径700μm、先端部内径40μm、先端部外径100μmの寸法からなる。
【0042】
下電極はDCスパッタで形成した。下電極の構成は、最下層にTi:50nm、その上にPt:200nmを形成した。
【0043】
成膜範囲は、ノズル先端のテーパーがついている位置からインク供給側に15mmとした。そして、円筒状基材15を回転させる治具に取り付けた、15mmの開口部を有するメタルマスクを用い、基材15をその中心軸回りに回転させながら成膜を行った。この成膜は、図4又は図5に示した方法で行った。
【0044】
次に、実施例1と同様にエアロゾルを用いたガスデポジション法でPZT膜を形成した。PZT膜の成膜についても、図4又は図5に示した方法で行った。
【0045】
原料粉末には、平均一次粒径が0.1〜0.5μmの堺化学製PZT−LQを用い、加熱したエアロゾル化容器に原材料を投入する。そして、その容器内の粉末を攪拌しエアロゾル化し上部に浮いてきた粒子を差圧により膜形成室2に導きノズル8を通して噴射した。
【0046】
下電極の作製と同様に、電極が形成された基材15をその中心軸回りに回転させ、電極上にPZT膜を長さ10mm、厚さおおよそ50μm形成した。
【0047】
上記の成膜時の条件は以下のとおりである。
【0048】
エアロゾル化室内の圧力:60KPa
膜形成室内の圧力:100Pa
使用ガス:乾燥エアー
基板の回転速度:6rpm
使用ノズルの開口径:300μm×10mm
次に、上電極を下電極と同様にスパッタで形成した。成膜方法は、下電極と概ね同様であるが、開口部は円筒状基材15の長さ方向に8mmとしている。
【0049】
以上の工程を経て、円筒状基材15の外面に下電極16、PZT膜17、上電極18を順次形成した(図6)。
【0050】
次に、パイレックス円筒状基板15に形成されたPZT膜17からなる圧電素子に対して、大気雰囲気で600℃、1時間の焼成を行った。その後、下電極16、上電極18それぞれにリード線を取り付け、120℃の大気雰囲気で100V、2時間電圧を印加し、PZT膜17に分極処理を行った。
【0051】
こうして得られた電極と圧電素子を備えたインクジェットヘッドの電気特性を調べるために、インピーダンス測定により共振を測定したところ、240kHz、1MHzにピークが現れた。
【0052】
このように、ピークが現れたことから、今回作製したPZT膜は分極された状態であると考えられる。
【0053】
以上説明したように本発明は、圧電材料からなる微粒子を、ガスデポジション法を用い、円筒状の基材を回転させながら基材上に成膜することで、基材上に数百μm以下の所望の膜厚を短時間で、かつ組成ずれもなく、接着剤もなく直接形成できる。
【0054】
また、圧電材料の上電極や下電極の形成には、スパッタ、真空蒸着法、めっき等の他に金属をアーク加熱などで溶融して超微粒子化するガスデポジション法を用いてもよい。また、円筒状基材はガラスの他、金属や樹脂から構成されていてもよい。成膜される基材は円筒状基材に限らず、基材上の圧電素子の駆動によって液体を吐出できる形状をもつ基材であればよい。
【0055】
このように製造されたインクジェットヘッドは、インクジェット記録装置の記録ヘッドの他、回路基板などのパターニング装置や薬剤などの噴霧装置に用いられるヘッドとして適用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明のインクジェットヘッドの作製に使用できるアーク式のガスデポジション装置の模式図。
【図2】本発明のインクジェットヘッドの作製に使用できるエアロゾル式のガスデポジション装置の模式図。
【図3】本発明の実施例で用いた円筒状基材としてのガラス製ノズルを示す図。
【図4】本発明の実施例で用いたガスデポジション法による成膜の様子のイメージ図。
【図5】本発明の実施例で用いたガスデポジション法による成膜の様子のイメージ図。
【図6】本発明の実施例で用いた円筒状基材上に形成された下電極、PZT膜、上電極を示す模式図。
【符号の説明】
【0057】
15 円筒状基材
16 下電極
17 PZT膜
18 上電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
管状基材の外面に下電極、圧電素子、上電極をこの順に積層してなるインクジェットヘッドの製造方法において、
前記管状基材に圧電材料からなる微粒子をガスとともに吹き付けることにより、前記下電極が形成された前記管状基材の外面に前記圧電素子を直接形成することを特徴とするインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項2】
前記管状基材をその中心軸回りに回転させながら前記圧電素子をガスデポジション法により形成することを特徴とする請求項1に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項3】
前記管状基材がガラスからなることを特徴とする請求項1または2に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項4】
前記管状基材が金属からなることを特徴とする請求項1または2に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項5】
前記管状基材が樹脂からなることを特徴とする請求項1または2に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項6】
管状基材の外面に下電極、圧電素子、上電極をこの順に積層してなるインクジェットヘッドにおいて、
前記下電極が形成された前記管状基材の外面に前記圧電素子が接着剤を介さずに直接固定されていることを特徴とするインクジェットヘッド。
【請求項7】
前記管状基材がガラスからなることを特徴とする請求項6に記載のインクジェットヘッド。
【請求項8】
前記管状基材が金属からなることを特徴とする請求項6に記載のインクジェットヘッド。
【請求項9】
前記管状基材が樹脂からなることを特徴とする請求項6に記載のインクジェットヘッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−143002(P2010−143002A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−320850(P2008−320850)
【出願日】平成20年12月17日(2008.12.17)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.パイレックス
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】