説明

インクジェットヘッド

【課題】製造工程を簡略化できるインクジェットヘッドを提供する。
【解決手段】インクジェットヘッド1は、ヘッド基材2、第1圧電部材3及び第2圧電部材4を有するヘッド本体部と、ヘッド本体部の吐出面に取り付けられ、バクテリアセルロースを含むプレート基材41を有するノズルプレート8とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクを吐出するためのノズルが形成されたインクジェットヘッドに関する。
【背景技術】
【0002】
吐出面に設けられたノズルプレートを有し、印刷装置に設けられるインクジェットヘッドが知られている。
【0003】
特許文献1には、金属板と、金属板の吐出側の面に設けられた樹脂層とを備えたノズルプレートが開示されている。金属板は、機械的強度を向上させるために樹脂層よりも厚く形成されている。ノズルが、金属板と樹脂層とを貫通するように形成されている。インクは、このノズルから吐出される。
【0004】
特許文献1のノズルプレートの製造方法では、金属板の一面に樹脂層を形成する。次に、所望のパターンのフォトレジスト膜を形成した後、金属板をエッチングする。この後、別のパターンのフォトレジスト膜を形成した後、樹脂層をエッチングする。これにより、金属板と樹脂層とを貫通するノズルが形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3092134号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1のノズルプレートでは、金属板に機械的強度が必要なため、金属板を樹脂層よりも厚く構成している。このため、特許文献1の製造方法は、ノズルを形成するために2度のエッチング必要となる。この結果、製造工程が複雑になるといった課題がある。
【0007】
本発明は、上述した課題を解決するために創案されたものであり、製造工程を簡略化できるインクジェットヘッドを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係るインクジェットヘッドの第1の特徴は、ヘッド本体部と、前記ヘッド本体部の吐出面に取り付けられ、バクテリアセルロースを含むプレート基材を有するノズルプレートとを備えている。
【0009】
また、本発明に係るインクジェットヘッドの第2の特徴は、前記ノズルプレートは、前記プレート基材の吐出側の面に設けられた金属層と、前記金属層の吐出面に設けられた硫黄を含む有機材料を有する保護層とを更に備えている。
【0010】
また、本発明に係るインクジェットヘッドの第3の特徴は、前記保護層の有機材料は、チオール化合物である。
【0011】
また、本発明に係るインクジェットヘッドの第4の特徴は、前記保護層の有機材料は、疎油基を含むチオール化合物である。
【0012】
また、本発明に係るインクジェットヘッドの第5の特徴は、前記保護層の有機材料は、直鎖状のアルキル基を含むチオール化合物である。
【0013】
また、本発明に係るインクジェットヘッドの第6の特徴は、前記保護層の有機材料は、Xを疎油基とすると、SH−C2m−X−C2n−SH(m、n:偶数)の化学式で示すチオール化合物である。
【0014】
また、本発明に係るインクジェットヘッドの第7の特徴は、前記m及びnは、
m=n
である。
【0015】
また、本発明に係るインクジェットヘッドの第8の特徴は、前記nは、
8≦n≦18
である。
【発明の効果】
【0016】
第1の特徴によれば、高強度のバクテリアセルロースからなるプレート基材を有するノズルプレートを備えているので、機械的強度を維持するために必要な、比較的厚い金属板等を省略することができる。このように加工がし難い厚い金属板等を省略することにより、第1の特徴は、製造工程を簡略化して、容易にノズルを形成することができる。
【0017】
第2の特徴によれば、バクテリアセルロースを含むプレート基材を有するので、加工が容易であると共に、機能を発揮可能な必要最小限の厚さまで金属層を薄くすることができる。これにより、第2の特徴は、導電性を有するノズルを容易に形成することができる。また、金属層により、硫黄を含む保護層と金属層とを共有結合させて、保護層とプレート基材との剥離を抑制できる。
【0018】
第3の特徴によれば、保護層がチオール化合物からなるので、保護層を自己組織化された緻密な単分子膜によって構成することができる。
【0019】
第4の特徴によれば、保護層を構成するチオール化合物が疎油基を含むので、保護層が油性のインクをはじくことができる。これにより、保護層がインク溶剤で汚染されることを抑止できる。
【0020】
第5の特徴によれば、保護層を構成するチオール化合物が直鎖状のアルキル基を含むので、分枝状のアルキル基を含むチオール化合物に比べて、保護層を自己組織化により緻密にすることができる。
【0021】
第6の特徴によれば、保護層を構成するチオール化合物のアルキル基の炭素数を示す2つの整数(m、n)が偶数なので、単分子膜中の分子がノズル面上に規則正しく配列されやすい。これにより、保護層をより緻密にすることができる。
【0022】
第7の特徴によれば、保護層を構成するチオール化合物のアルキル基の炭素数を示す2つの整数(m、n)が等しいので、保護層を構成する単分子膜中の分子の配列の規則性をより向上させ、同時に疎油基を保護層の最表面に配置することができる。
【0023】
第8の特徴によれば、保護層を構成するチオール化合物のアルキル基の炭素数を示す「n」を8以上にすることによって、チオール化合物分子が略円柱体形状になる。これにより、保護層がより緻密になる。また、「n」を18以下にすることによって、保護層のマクロ的な立体規則性を整えることができる。ここでいう立体規則性とは、保護層の表面平滑性を意味し、保護層の立体規則性が整うことで保護層の表面の平滑性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】第1実施形態によるインクジェットヘッドの全体斜視図である。
【図2】図1のII−II線に沿った縦断面図である。
【図3】図1のIII−III線に沿った縦断面図である。
【図4】図3のIV−IV線に沿った断面図である。
【図5】ノズル近傍のノズルプレートの縦断面図である。
【図6】インクジェットヘッドの製造工程を説明する図である。
【図7】インクジェットヘッドの製造工程を説明する図である。
【図8】第2実施形態によるノズルプレートのノズル近傍の縦断面図である。
【図9】ノズルプレートの層構造を説明する図である。
【図10】第3実施形態によるノズルプレートの図9相当図である。
【図11】第4実施形態によるノズルプレートの図9相当図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
<第1実施形態>
以下、図面を参照して、本発明による第1実施形態のインクジェットヘッドについて説明する。図1は、第1実施形態によるインクジェットヘッドの全体斜視図である。図2は、図1のII−II線に沿った縦断面図である。図3は、図1のIII−III線に沿った縦断面図である。図4は、図3のIV−IV線に沿った断面図である。図5は、ノズル近傍のノズルプレートの縦断面図である。尚、以下の説明において、図1の矢印で示す上下左右前後を上下左右前後方向とする。
【0026】
図1〜図5に示すように、第1実施形態によるインクジェットヘッド1は、ヘッド基材2と、第1圧電部材3と、第2圧電部材4と、固定具5と、一対の電極6、7と、ノズルプレート8とを備えている。尚、ヘッド基材2と、第1圧電部材3と、第2圧電部材4とが、請求項のヘッド本体部に相当する。
【0027】
ヘッド基材2は、樹脂からなる。ヘッド基材2は、立設部材15と、中空部材16と、側壁部材17とを備えている。尚、立設部材15、中空部材16及び側壁部材17は、一体的に形成されている。
【0028】
立設部材15は、直方体形状に形成されている。立設部材15は、インクジェットヘッド1の横方向の中央部の上部に設けられている。立設部材15は、中空部材16の上面から上方へ伸びるように構成されている。
【0029】
中空部材16は、中空の直方体形状に形成されている。中空部材16は、第2圧電部材4の上部を覆うように構成されている。中空部材16の下面は、第2圧電部材4の上面と密着している。図3及び図4に示すように、中空部材16の内側には、印刷装置のメインタンク(図示略)からインク31が供給されるインク供給室32が形成されている。インク供給室32の下面及び左側面は、開口されている。
【0030】
側壁部材17は、直方体形状に形成されている。側壁部材17は、インクジェットヘッド1の右側面を覆うように構成されている。側壁部材17の前後方向の中央部には、インク供給孔17aが形成されている。インク供給孔17aは、外部とインク供給室32とを繋げている。インク供給孔17aには、供給配管35が接続されている。供給配管35は、インク31を供給するものである。
【0031】
第1圧電部材3は、変形によってインク31に圧力を作用させるものである。第1圧電部材3は、直方体形状のPZTからなる。第1圧電部材3は、ヘッド基材2及び第2圧電部材4の左側に設けられている。第1圧電部材3の右側面の上部は、ヘッド基材2の中空部材16の左側面と密着された状態で固定される。これにより、第1圧電部材3の上部の右側面によって、インク供給室32の左側面が塞がれる。第1圧電部材3の右側面の下部は、第2圧電部材4の左側面と密着された状態で固定される。
【0032】
図2及び図4に示すように、複数の第1溝21が、第1圧電部材3の右側面の下部に形成されている。複数の第1溝21は、供給されるインク31を貯留するインク室33の一部を構成する。複数の第1溝21は、前後方向に等間隔で形成されている。第1溝21は、直方体状に形成されている。第1溝21の右側面及び下面は、開口されている。一方、第1溝21の前後面、左側面及び上面は、閉口されている。
【0033】
第2圧電部材4は、第1圧電部材3とともに変形することによってインク31に圧力を作用させるものである。第2圧電部材4は、直方体形状のPZTからなる。第2圧電部材4は、ヘッド基材2の中空部材16の下面であって、側壁部材17と第1圧電部材4との間に設けられている。第2圧電部材4の左側面は、第1圧電部材3の下部の右側面と密着された状態で固定される。
【0034】
図3及び図4に示すように、複数の第2溝22が、第2圧電部材4の左側面に形成されている。複数の第2溝22は、供給されるインク31を貯留するインク室33の一部を構成する。複数の第2溝22は、前後方向に等間隔で形成されている。複数の第2溝22は、直方体状に形成されている。第2溝22の左側面は、開口されている。また、第2溝22は、第1溝21と対向する位置に形成されている。これにより、第1圧電部材3と第2圧電部材4とが組み合わされると、第1溝21と第2溝22とによって、インク室33が構成される。換言すると、インク室33が、第1圧電部材3と第2圧電部材4とによって形成される。第2溝22の下面は、第1溝21の下面と同様に、開口されている。これにより、インク室33の下面(吐出面)は、インク31を吐出可能に開口される。第2溝22の上面は、開口されている。これにより、ヘッド基材2の中空部材16に形成されているインク供給室32とインク室33とが連結される。一方、第2溝22の前後面及び右側面は、閉口されている。
【0035】
固定具5は、ヘッド基材2と圧電部材3、4とを固定するものである。固定具5は、樹脂からなる。固定具5は、左右方向において、ヘッド基材2の右側面と第1圧電部材3の左側面とを押圧する。固定具5は、前後方向において、ヘッド基材2及び圧電部材3、4の前面と後面とを押圧する。これにより、ヘッド基材2、圧電部材3、4が互いに密着する。固定具5の底面には、インク31を吐出するための開口部5aが形成されている。
【0036】
電極6、7は、圧電部材3、4に電圧を印加するものである。図2〜図4に示すように、電極6、7は、インク室33を構成する第1溝21及び第2溝22の内面に形成されている。換言すれば、電極6、7は、インク室33を構成する圧電部材3、4の内面に形成されている。電極6と電極7は、前後方向において、交互に設けられている。電極6、7は、印刷装置(図示略)に搭載された制御部(図示略)に接続されている。電極6と電極7との間には、制御部によって、圧電部材3、4を変形させるための所定の電圧が印加される。これにより、電極6と電極7とによって挟まれた領域の圧電部材3、4が変形して、インク31に圧力を作用させることができる。
【0037】
ノズルプレート8は、第1圧電部材3の下面(吐出面)と第2圧電部材4の下面(吐出面)とにわたって設けられている。ノズルプレート8は、略長方形の平面状に形成されている。複数のノズル8aが、ノズルプレート8には形成されている。ノズル8aは、ノズルプレート8を上下方向に貫通するように形成されている。複数のノズル8aは、前後方向において、インク室33に対応した位置に等間隔で形成されている。これにより、各インク室33の下面は、各ノズル8aにより、外部と貫通される。図1に示すように、複数のノズル8aは、左右方向において、1個ずつ交互に左右にずれて形成されている。即ち、ノズル8aは、第1溝21または第2溝22のいずれかに対応した位置に形成されている。ノズルプレート8は、プレート基材41により構成されている。
【0038】
プレート基材41は、バクテリアセルロースからなる。バクテリアセルロースとは、酢酸菌によって生成される結晶性のセルロース繊維のことである。バクテリアセルロースは、一軸配向型である。これにより、バクテリアセルロースは、鋼鉄の約1.5倍の強度を有する高強度材料となる。バクテリアセルロースは、高いヤング率を有する。バクテリアセルロースの基本骨格は、約4nmのセルロースミクロフィブリル(ナノファイバー)である。バクテリアセルロースのミクロフィブリルは、伸びきったセルロース分子鎖が水素結合された微結晶構造を有する。バクテリアセルロースのミクロフィブリルは、耐水性が高い。バクテリアセルロースのミクロフィブリルは、植物由来のセルロースに比べて、100分の1〜1000分の1の直径の繊維からなる。数本〜数十本のバクテリアセルロースのミクロフィブリルが束となっている。更に、この束が規則性の高い網目構造(高次構造)を有する。バクテリアセルロースは、接着剤等によることなく成型される。
【0039】
(インクジェットヘッドの動作)
次に、インクジェットヘッド1の動作について説明する。まず、印刷装置の制御部が、インクポンプ(図示略)をオンに切り替える。これにより、インク31が、メインタンクからインクジェットヘッド1のインク供給室32及びインク室33に供給される。次に、制御部は、印刷用紙を搬送しつつ、入力された画像データに応じて、電極6、7に電圧を印加する。これにより、圧電部材3、4が変形する。圧電部材3、4の変形によって圧縮されたインク室33では、インク31に圧力が作用するので、そのインク室33のインク31は、液滴となってノズルプレート8のノズル8aから吐出される。液滴状のインク31は印刷用紙に塗布されて、画像が印刷用紙に印刷される。
【0040】
(インクジェットヘッドの製造工程)
次に、インクジェットヘッド1の製造工程について説明する。図6及び図7は、インクジェットヘッドの製造工程を説明する図である。
【0041】
最初に、ノズルプレート8の製造について説明する。まず、液体培養によってバクテリアセルロースを培養する。具体的には、果糖フルクトースを主成分とする培地と酢酸菌とを30個のフラスコに入れて、10日間培養する。ここでいう培養は、前々培養〜本培養を含む。これにより、各フラスコから約600mgのバクテリアセルロースが生成される。従って、30個のフラスコから約18gのバクテリアセルロースが生成される。
【0042】
ここで、酢酸菌は、結晶性セルロース繊維であるバクテリアセルロースを生産する。そして、酢酸菌は、菌体外へセルロース繊維を分泌する。これにより、酢酸菌は、分泌方向とは逆方向の噴出エネルギー機動力によって移動する。この機動力によって、それぞれの酢酸菌は、任意の方向に移動する。これにより、酢酸菌から分泌されたナノ繊維が網目状になる。この結果、バクテリアセルロースを含むゲル状の膜であるペリクルが形成される。ここで、本実施形態の方法によって製造されるバクテリアセルロースは、本物質中に含まれる菌体を含むセルロース性物質以外の不純物を取り除く処理を施すことができる。不純物を取り除く方法として、水洗、加圧脱水、希酸洗浄、アルカリ洗浄、次亜塩素酸ソード及び過酸化水素等の漂白剤による処理、菌体溶解酵素による処理、ラウリル硫酸ソーダ等の界面活性剤による処理、200℃までの範囲の加熱洗浄等を単独及び併用して行う方法がある。これらの方法により、セルロース性物質から不純物を略完全に除去することができる。
【0043】
次に、KOH(水酸化カリウム)水溶液中に上述のバクテリアセルロースを注入した後、高速ホモジナイザーによって分散処理を行う。これにより、セルロースミクロフィブリルが均質に分散する。この後、セルロースミクロフィブリルが分散した分散液を、プレート基材41の形態の成型型に流し込む。次に、成型型の分散液をプレスすることにより、ノズル8aが形成されていないプレート基材41が完成する。
【0044】
次に、ヘッド基材2と、電極6、7が形成された第1圧電部材3及び第2圧電部材4とを組み立てる。この後、ヘッド基材2と圧電部材3、4とを固定具5によって固定する。
【0045】
次に、図6に示すように、圧電部材3、4の吐出側の面(下面)にプレート基材41を接着する。この状態で、図7に示すように、レーザ光55aをレーザ装置55からノズルプレート8の所望の位置に照射して、ノズル8aを形成する。この結果、インクジェットヘッド1が完成する。
【0046】
(第1実施形態による効果)
次に、上述した第1実施形態によるインクジェットヘッド1の効果について説明する。
【0047】
上述したように第1実施形態によるインクジェットヘッド1のノズルプレート8は、バクテリアセルロースによって構成されたプレート基材41からなる。これにより、ノズルプレート8は、ノズル8aを形成し難い金属板等を省略できるので、レーザ照射等により容易にノズル8aを形成することができる。この結果、ノズルプレート8は、製造工程を簡略化できる。
【0048】
ノズルプレート8のプレート基材41を構成するバクテリアセルロースは、セルロース分子鎖が水素結合した微結晶構造を有するミクロフィブリルを基本骨格とする。これにより、ノズルプレート8は、耐水性を向上させることができるので、インク31に含まれる水分によって劣化することを抑制できる。
【0049】
ノズルプレート8のプレート基材41を構成するバクテリアセルロースは、鋼鉄の約1.5倍の強度を有する一軸配向型の高強度材料である。これにより、ノズルプレート8は、強度を向上させることができる。
【0050】
<第2実施形態>
次に、上述した実施形態のノズルプレートを変更した第2実施形態について説明する。図8は、第2実施形態によるノズルプレートのノズル近傍の縦断面図である。図9は、ノズルプレートの層構造を説明する図である。尚、上述した実施形態と同様の構成には、同じ符号を付けて説明を省略する。
【0051】
図8及び図9に示すように、第2実施形態によるノズルプレート8Aは、プレート基材41と、金属層42と、發インク層(請求項の保護層に相当)43とを備えている。
【0052】
金属層42は、發インク層43がプレート基材41から剥離することを抑制する機能を有する。金属層42は、導電性を有するとともに、後周期遷移金属である銀からなる。尚、銀は、ルイス酸として機能する。金属層42は、プレート基材41の吐出面(下面)の全面に形成されている。金属層42は接地されている。これにより、金属層42は、インクの帯電を除去する。金属層42は、多層に構成してもよい。多層にする場合は、標準電極電位の低い金属の層をバクテリアセルロースにより構成されるプレート基材41と接する側に形成すると金属層42は錆び難いため、好ましい。
【0053】
發インク層43は、インク31を弾くものである。發インク層43は、金属層42の吐出面(下面)の全面に形成されている。發インク層43は、有機材料のチオール化合物の一種であるビス(メルカプトオクチル)エーテルからなる。尚、ビス(メルカプトオクチル)エーテルの化学式は、SH−C16−O−C16−SHである。ビス(メルカプトオクチル)エーテルは、アルキル基とアルキル基とを接続し、極性成分及び疎油性(親水性)を有するエーテル基を持つ。即ち、發インク層43を構成するビス(メルカプトオクチル)エーテルは、油性インクを弾く性質(疎油性)を有する。また、ビス(メルカプトオクチル)エーテルの両端は、一対のメルカプト基(SH−)を有する。ここで、メルカプト基の硫黄(S)は、共有結合性の高さからルイス塩基として機能する。これにより、図9に示すように、ビス(メルカプトオクチル)エーテルの両端のメルカプト基(−SH)は、銀を含有する金属層42と共有結合を形成する。この結果、疎油性を示すエーテル基は、外側(吐出側)へと配向する。ビス(メルカプトオクチル)エーテルは、一対の同じ直鎖状のアルキル基(−C16−:オクチル基)がエーテル基の両側に結合された構造を有する。チオール化合物からなる發インク層43は、自己組織化された単分子膜に構成される。發インク層43は、約2nm〜約200nmの厚みを有する。
【0054】
(インクジェットヘッドの動作)
第2実施形態のインクジェットヘッド1Aでは、第1実施形態のインクジェットヘッド1と同様に、電極6と電極7との間に電圧が印加されると、インク31が液滴としてノズルプレート8Aのノズル8aから吐出される。そして、液滴状のインク31によって画像が印刷用紙に印刷される。ここで、吐出された液滴状のインク31は、電極6、7間に印加される電圧によって帯電している。そして、帯電した状態のインク31が、表面張力を超えるエネルギー状態になると、液滴状態を保持できず分裂(レイリー分裂)を引き起こす。このレイリー分裂は一度発生すると、連続して発生する。これにより、インク31の液滴が霧状になる静電霧化現象が生じる。そして、この霧状のインク31が、ノズルプレート8Aの下面に達する。しかし、導電性を有する發インク層43は、ノズルプレート8Aの下面にあって、帯電したインク滴を除電する。また、インク滴のレイリー分裂が仮に生じても、疎油性のビス(メルカプトオクチル)エーテルからなる發インク層43が形成されているので、インク31は、發インク層43によって弾かれる。この結果、ノズルプレート8Aの下面にインク31が付着することを抑制できる。
【0055】
(ノズルプレートの製造方法)
次に、ノズルプレート8の製造方法について説明する。まず、第1実施形態と同様の製造方法によって、プレート基材41を作成する。次に、無電解メッキ法により、プレート基材41の吐出側の面に銀からなる金属層42を形成する。
【0056】
次に、ビス(メルカプトオクチル)エーテルをエタノール等のアルコールに溶解させて、ビス(メルカプトオクチル)エーテルの体積モル濃度が1mol/lの發インク層溶液を調製する。この後、金属層42の吐出面に發インク層溶液を塗布(ディップコーティング)する。この状態で、プレート基材41を室温中で放置する。これにより、發インク層溶液内のアルコールが蒸発して、ビス(メルカプトオクチル)エーテルからなる發インク層43が、金属層42の吐出面に形成される。ここで、チオール化合物であるビス(メルカプトオクチル)エーテルは、自己組織化して単分子膜となる。これにより、ノズルプレート8Aが完成する。尚、ノズル8aは、第1実施形態と同様に、インクジェットヘッド1Aに取り付けられた後、レーザ光55aによって開けられる。
【0057】
(第2実施形態の効果)
次に、上述した第2実施形態のノズルプレート8Aの効果について説明する。
【0058】
第2実施形態によるノズルプレート8Aは、バクテリアセルロースからなるプレート基材41を有するので、第1実施形態と同様の効果を奏する。
【0059】
また、上述したようにノズルプレート8Aは、バクテリアセルロースからなるプレート基材41を有する。このため、金属を含有する金属層42を薄くすることができる。これにより、レーザ光55aによって容易にノズル8aを形成することができる。
【0060】
また、ノズルプレート8Aは、後周期遷移金属を含む導電性の金属層42と、吐出面に形成された疎油性のエーテル基を有するビス(メルカプトオクチル)エーテルからなる發インク層43を備えている。これにより、印刷時に、帯電したインク滴を除電することができる。また、吐出されて霧状になったインク31が仮に生じたとしても、發インク層43で弾かれて、インク31が發インク層43に堆積することはない。この結果、ノズルプレート8Aの吐出面が汚れることを抑制できるので、ワイパー等によるクリーニング作業を低減できる。更に、ワイパーによるクリーニング作業を低減することによって、インク付着の原因のひとつである傷が、發インク層43に生じることを抑制できる。この結果、ノズルプレート8Aは、インク31が發インク層43に付着することをより効果的に抑制できる。
【0061】
また、ノズルプレート8Aは、發インク層43によりインク31の付着を抑制することによって、ノズル8aが、凝集したインク31の色材によって塞がれることを抑制できる。これにより、ノズルプレート8Aは、インク31が所望の方向(真下方向)とは異なる方向に吐出されることを低減できるので、印刷される画像品質の劣化を抑制できる。
【0062】
また、ノズルプレート8Aの發インク層43は、メルカプト基を有するビス(メルカプトオクチル)エーテルにより構成されている。これにより、ノズルプレート8Aは、發インク層43を自己組織化した緻密な単分子膜によって構成することができる。
【0063】
また、ノズルプレート8Aの發インク層43は、一対のメルカプト基を有するビス(メルカプトオクチル)エーテルにより構成されている。これにより、ビス(メルカプトオクチル)エーテル分子の両端のメルカプト基が、銀を含有する金属層42と共有結合する。この結果、ノズルプレート8Aは、發インク層43と金属層42との結合をより強固にできるので、發インク層43の剥離を抑制できる。
【0064】
また、ノズルプレート8Aの發インク層43は、エーテル基の両側に同じ直鎖状のオクチル基を有するビス(メルカプトオクチル)エーテルによって構成されている。これにより、ノズルプレート8Aは、分枝状のオクチル基を有するチオール化合物によって構成するよりも、發インク層43をより緻密にすることができる。
【0065】
<第3実施形態>
次に、上述した実施形態のノズルプレートの發インク層を変更した第3実施形態について説明する。図10は、第3実施形態によるノズルプレートの図9相当図である。尚、上述した実施形態と同様の構成には、同じ符号を付けて説明を省略する。
【0066】
図10に示すように、第3実施形態によるノズルプレート8Bは、メルカプト基(−SH)を1つ含むメルカプトオクチルエーテルによって構成された發インク層43Bを備えている。尚、メルカプトオクチルエーテルの化学式は、OH−C16−SHである。このように構成した場合も、メルカプトオクチルエーテルのメルカプト基(−SH)は、金属層42の銀と共有結合する。一方、エーテル基は、吐出側に配置されるので、油性のインク31を弾く。
【0067】
これにより、第3実施形態によるノズルプレート8Bにおいても、第2実施形態と同様の効果を奏することができる。
【0068】
<第4実施形態>
次に、上述した実施形態のノズルプレートの發インク層を変更した第4実施形態について説明する。図11は、第4実施形態によるノズルプレートの図9相当図である。尚、第4実施形態は、水性インク用のノズルプレートに本発明を適用したものである。上述した実施形態と同様の構成には、同じ符号を付けて説明を省略する。
【0069】
図11に示すように、第4実施形態によるノズルプレート8Cは、n−オクタンチオールによって構成された發インク層43Cを備えている。尚、n−オクタンチオールの化学式は、C17−SHである。このように構成した場合でも、n−オクタンチオールのメルカプト基(−SH)は、金属層42の銀と共有結合する。一方、疎水性のアルキル基(−C17)は、吐出側に配置されるので、發インク層43Cは水性のインク31を弾く。
【0070】
これにより、第4実施形態によるノズルプレート8Cは、水性のインク31に対して、第1実施形態と同様の効果を奏することができる。
【0071】
以上、実施形態を用いて本発明を詳細に説明したが、本発明は本明細書中に説明した実施形態に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲の記載及び特許請求の範囲の記載と均等の範囲により決定されるものである。以下、上記実施形態を一部変更した変更形態について説明する。
【0072】
上述した各実施形態の構成の材料、形状、数値、配置等は適宜変更可能である。
【0073】
また、上述したノズルプレートの製造方法は、適宜変更可能である。例えば、バクテリアセルロースの培養としては、液体培養の代わりに、固体培養、嫌気培養、透析培養、回分培養、連続培養等によって培養してもよい。培養は、生物触媒を用いて常温下で搬送させるためのバイオリアクター(生物反応器)内で行われる。
【0074】
また、發インク層(保護層)をジスルフィド基(−S−S−)、モノスルフィド基(−S−)、チオフェン等の硫黄を含む有機材料により構成してもよい。
【0075】
また、油性インク用のノズルプレートの場合、發インク層の疎油基(親水基)をエーテル基以外のカルボニル基、エステル基、イミノ基等の極性成分を有するものを適用してもよい。更に、發インク層を複数の疎油基(親水基)を有する材料によって構成してもよい。一方、水性インク用のノズルプレートの場合、疎水基としてアルキル基以外の疎水基を適用してもよい。
【0076】
また、油性インク用のノズルプレートの場合、發インク層をビス(メルカプトオクチル)エーテル、メルカプトオクチルエーテル以外の疎油基(親水基)を有するチオール化合物等の有機材料によって構成してもよい。一方、水性インク用のノズルプレートの場合、n−オクタンチオール以外の疎水基を有するチオール化合物等の有機材料によって發インク層を構成してもよい。
【0077】
ここで、發インク層をチオール化合物により構成する場合、アルキル基(−C2n−)が直鎖状のものが好ましい。これにより、自己組織化される發インク層をより緻密にすることができる。
【0078】
また、發インク層を化学式SH−C2m−X−C2n−SHで表されるチオール化合物により構成してもよい。更に、炭素数を示すm、nの関係が、「m=n」であることが好ましい。ここで、Xは疎油基である。より具体的にはエーテル基が好ましいが、カルボニル基、エステル基またはイミノ基であってもよい。
【0079】
また、發インク層を化学式OH−C2n−SH、化学式SH−C2n−O−C2n−SH、または、化学式C2n+1−SHで表されるチオール化合物により構成する場合、「8≦n≦18」であることが好ましい。
【0080】
「8≦n」であるOH−C2n−SH、SH−C2n−O−C2n−SH、または、C2n+1−SHの場合、半経験的分子軌道計算ソフトであるMOPAC(ハミルトニアンとしてNMDO)により計算したチオール化合物の生成熱が「−43.48kcal/mol」以下と、相対的に小さくなるので、チオール化合物の変質や分解をより抑制できることがわかる。
【0081】
また、「8≦n」であるOH−C2n−SH、または、SH−C2n−O−C2n−SH、または、C2n+1−SHの場合、
CPP≒1
(CPP:臨界充填パラメーター、Critical Packing Parameter)
となることから分子が略円柱体形状になる。これにより、チオール化合物の自己組織化を向上させて、發インク層の緻密性を向上させることができる。尚、CPPは、
CPP=V/(A・L)
V:アルカンチオールの疎水部(アルキル基)の占有体積
A:アルカンチオールのメルカプト基(−SH)の占有面積
L:アルカンチオールの疎水部(アルキル基)の長さ
で表せられる。
【0082】
一方、「n≦18」であるOH−C2n−SH、SH−C2n−O−C2n−SH、または、C2n+1−SHの場合、多価アルコール等の溶媒に溶け易く、發インク層を形成する工程において、容易に扱うことできる。尚、「n≧19」のチオール化合物は、粘度が高く、総じて溶媒に溶け難い性質を示す。
【0083】
また、發インク層を化学式OH−C2n−SH、SH−C2n−O−C2n−SH、または、C2n+1−SHで表されるチオール化合物により構成する場合、「m」及び「n」が偶数であることが好ましい。これにより、チオール化合物のアルキル鎖はいくぶん金属層の下面に対して水平に規則的に並び、發インク層の緻密性を向上させることができる。この結果、發インク層の安定性及び耐久性を向上させることができる。
【0084】
上述した發インク層を形成する工程は、適宜変更可能である。
【0085】
また、發インク層を形成した後、ポリエチレングリコールまたはプロピレングリコールによって發インク層を処理してもよい。これにより、發インク層をより緻密にすることができる。
【0086】
また、發インク層(保護層)の末端が水酸基のチオール化合物の場合、發インク層の表面をシランカップリング剤(ポリシロキサン)によって処理しもてよい。これにより、發インク層にポリシロキサンを主鎖とする分子が導入される。この結果、發インク層をワイピングする際の、耐摩耗性を向上させることができる。
【0087】
また、金属層に含まれる金属は適宜変更可能である。金属層は、多層に構成してもよい。多層にする場合は、標準電極電位の低い金属の層をバクテリアセルロースにより構成されるプレート基材と接する側に形成すると金属層は錆び難いため、好ましい。尚、金属層の銀(Ag)の代わりに適用する材料は、後周期遷移金属(Late transition metal)の中から任意に選択することができる。これは、スルフィド(メルカプト基(S-H))が、その共有結合性の高さからソフトなルイス塩基として作用し、後周期遷移金属と強い結合を作りやすいためである。後周期遷移金属の中でも特に、金(Au)と銀(Ag)は強いルイス酸(エレクトロンアクセプター)として作用するため好適である(出典:タイトル:Novel Sterically Hindered Substituted Ferrocenes and Their Transition Metal Complexes.、著者;GREGSON C. K. A.他、資料名:Organometallics、巻号ページ:Vol.23, No.15, Page.3674-3682(2004.07.19))。その他に好適に利用可能な後周期遷移金属としては、白金族元素(ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、白金(Pt))、または、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)等を上げることができる。
【0088】
また、金属層は、CVD(化学気相成長法)等によって成膜された金属薄膜により構成してもよい。ここで金属層を構成する金属薄膜の材料としては、上述した銀、金等を適用することができる。尚、金属層は、接地させてもよい。
【0089】
また、ノズルプレートの製造方法は適宜変更可能である。上述した実施形態では、液相から形成した發インク層を気相から形成してもよい。
【符号の説明】
【0090】
1、1A インクジェットヘッド
2 ヘッド基材
3 圧電部材
4 圧電部材
5 固定具
5a 開口部
6、7 電極
8、8A、8B、8C ノズルプレート
8a ノズル
15 立設部材
16 中空部材
17 側壁部材
17a インク供給孔
21 第1溝
22 第2溝
31 インク
32 インク供給室
33 インク室
35 供給配管
41 プレート基材
42 金属層
43、43B、43C 發インク層
55 レーザ装置
55a レーザ光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘッド本体部と、
前記ヘッド本体部の吐出面に取り付けられ、バクテリアセルロースを含むプレート基材を有するノズルプレートとを備えていることを特徴とするインクジェットヘッド。
【請求項2】
前記ノズルプレートは、
前記プレート基材の吐出側の面に設けられた金属層と、
前記金属層の吐出面に設けられた硫黄を含む有機材料を有する保護層とを更に備えていることを特徴とする請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項3】
前記保護層の有機材料は、チオール化合物であることを特徴とする請求項2に記載のインクジェットヘッド。
【請求項4】
前記保護層の有機材料は、疎油基を含むチオール化合物であることを特徴とする請求項2または請求項3に記載のインクジェットヘッド。
【請求項5】
前記保護層の有機材料は、直鎖状のアルキル基を含むチオール化合物であることを特徴とする請求項2〜請求項4のいずれか1項に記載のインクジェットヘッド。
【請求項6】
前記保護層の有機材料は、Xを疎油基とすると、SH−C2m−X−C2n−SH(m、n:偶数)の化学式で示すチオール化合物であることを特徴とする請求項2〜請求項5のいずれか1項に記載のインクジェットヘッド。
【請求項7】
前記m及びnは、
m=n
であることを特徴とする請求項6に記載のインクジェットヘッド。
【請求項8】
前記nは、
8≦n≦18
であることを特徴とする請求項7に記載のインクジェットヘッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−131396(P2011−131396A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−290269(P2009−290269)
【出願日】平成21年12月22日(2009.12.22)
【出願人】(000250502)理想科学工業株式会社 (1,191)
【Fターム(参考)】