説明

インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルおよびその調製方法および用途

インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルおよびその調製方法および用途である。該方法は、側鎖中に2個を上回るスルフヒドリル基を有する高分子である少なくとも1つの生体適合性高分子の架橋性活性溶液を注射用容器中に充填し、溶解した酸素の作用の助けを借りてインシトゥでジスルフィド架橋したヒドロゲルを形成するステップを含む。酸素の差圧、温度、時間などのパラメータを調節することによって、溶解した酸素の濃度を調整し、ゲル化プロセスおよびそのゲルの特性を最適化できる。そのインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルの医薬または外科手術における用途も開示されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒドロゲルに関し、特に、インシトゥ(in situ)のジスルフィド結合で架橋した注射用ヒドロゲルに関する。さらに、本発明は、その調製方法および医薬または外科手術における使用に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒドロゲルは、高い水分含有量を有するが水に溶解しない最も一般的で重要な物質である。それらは、それ自体の重量を超えて数百倍に至る量の水を、それらの形状を保ちながら吸収することができる。殆どの生物および植物の内部に存在する天然のゲルおよび多くの化学的に合成されたゲルは、ヒドロゲルに属している。高分子ゲルは、一種の通常のヒドロゲルである。それらは、高分子の主鎖と、それから、親水性(極性)基、疎水性基および/または分子ネットワーク中に捕捉された溶媒により解離できる基を含有するそれらの側鎖とを含んでなる三次元の架橋されたネットワーク構造を有する。その高分子ゲルネットワークの架橋された部位は、共有結合による化学架橋によって形成されるか、または、静電気相互作用、水素結合相互作用、疎水性相互作用などによる物理的架橋によって形成されるかのいずれかであり得る。
【0003】
ヒドロゲル、特に、細胞外マトリックス物質により調製された高分子ヒドロゲルは、生体臨床医学(biomedicine)分野で幅広く使用される。合成物質により調製されたヒドロゲルと比較して、細胞外マトリックスにより調製されたヒドロゲルは、多くの利点、例えば、生物の内部としての自然環境をシミュレートすること、非常に高い水分含有量、良好な透過性、より良い生体適合性、および調節可能な酵素分解性などを有する(シルバ(Silva)ら、Curr Top Dev Biol, 64, 181, 2004;ドゥルーリー(Drury)ら、Biomaterials, 24, 4337, 2003)。さらに重要なことには、細胞外マトリックスは、生物的誘導(bioinduction)機能を保有することができ、組織の特異的な再生を導き、誘発できる。例えば、ヒアルロン酸ナトリウムは、細胞接着および遊走を管理する、細胞分裂および分化を制御するなどの生物学的機能を保有する天然の細胞外マトリックス高分子である。その高分子量のヒアルロン酸ナトリウムは、ニワトリの胚の肢骨髄幹細胞が軟骨細胞に分化されることを誘発し得る(クジャワ(Kujawa)ら、Develop Biol, 114, 519, 1986)。それ故、生体臨床医学(特に組織工学(tissue engineering))分野においては、ますます、細胞外マトリックスにより調製されるヒドロゲルに注目が集中している。
【0004】
ヒドロゲルは多数の利点を有するが、その投与の方法は生体臨床医学分野におけるその広い用途を著しく限定している。現在のところ、ヒドロゲルの多くの医療品は、フィルムおよびスポンジなど、例えばゼラチンスポンジおよびコラーゲンスポンジに組み立てられる。通常これらの製品は、局所または開腹手術において使用できるのみである。しかし、医療技術の発達とともに、医者および患者は、ますます医療品も同様に内視鏡の下で使用できることを要請する低侵襲手術(minimally invasive surgery)をしたいと思う傾向があり、そのことが医療品を発達させるための新たな挑戦を提起している。
【0005】
該注射用ヒドロゲル医療品は、内視鏡下かまたは低侵襲手術と組み合わせてかのいずれかを使用できる。それらはまた任意の複雑な形の三次元の傷に対して適しており、その傷に非常によく接着することができ、生体臨床医学分野での広い応用の見通しを有する。例えば、現在、新世代の抗しわフィラー(anti-wrinkle filler)として、コラーゲン抗しわフィラーの免疫原性の危険を克服するヒアルロン酸ナトリウムでできている様々な注射用の架橋したヒドロゲルが美容術において幅広く使用されている。そのような新世代の抗しわフィラーの代表的な製品として、レスチレン(Restylane)(Q−Med社、スウェーデン)、ハイラフォーム(Hylaform)(Inamed Corporation、米国)、ジュビダーム(Juvederm)(Leaderm社、フランス)、ベロテロ(Belotero)(Anteis社、スイス)、およびピュラジェン(Puragen)(Mentor Corporation、米国)が、欧州で市販されている(それらのうち、RestylaneとHylaformsは、米国のFDAにより認可されている)。
【0006】
現在、ヒドロゲルの殆どの医療品は、化学架橋に続いて残留架橋剤および副生成物を除去する精製によって調製される。しかし、その化学架橋剤は、通常、大きな毒性および副作用を有しており、複雑なプロセスでさえもそれらを完全に除去することを殆ど保証することはできない。より深刻なのは、架橋した官能基の一部を有するその残留架橋剤は、共有結合によりヒドロゲル中に固定されており、除去することができないことである。これらの残留架橋剤は、臨床における炎症などの毒性および副症状を引き起こし得る。例えば、ゼラチンスポンジ中の痕跡量の残留架橋剤は、生命体における深刻な炎症応答を引き起こし得る。前述のヒアルロン酸ナトリウムでできている注射用の架橋したヒドロゲルは、同様に、最初に架橋され、次に不純物を取り除くプロセスによって調製される。例えば、RestylaneおよびHylaformsは、ヒアルロン酸ナトリウムのヒドロキシル基と1,4−テトラメチレングリコールジグリシジルエーテルまたはジビニルスルホキシドとの間の化学反応によって調製される(マルソン(Malson)ら、欧州特許第0185070号、1985年;バラージュら、米国特許第4,582,865号、1986年;バラージュ(Balazs)ら、米国特許第4,713,448号、1987年)。しかし、残余の1,4−テトラメチレングリコールジグリシジルエーテルまたはジビニルスルホキシドは、そのヒドロゲルから完全に除去するのは非常に困難であり、そのヒドロゲル中で共有結合により反応して固定されている1つの官能基を有するものは除去することができない。この制限は、複雑な精製プロセスを要するばかりでなく、臨床的な危険も引き起こす。
【0007】
最近、ジスルフィド結合で架橋されたヒドロゲルが研究された。このジスルフィド結合は、可逆性の化学結合であり、遊離チオール基を、酸化してジスルフィドにすることができ、それを還元して遊離チオール基に戻すことができる。例えば、現在、ジスルフィド結合で架橋されたヒドロゲルは、細胞培養マトリックスとして使用されており、その細胞は、細胞適合性のジスルフィド結合の還元剤を添加することによって非常に都合よく回収できる。
【0008】
酸化剤(即ち、過酸化水素、ヨウ素、アルキル過酸化物、酸過酸化物、ジメチルスルホキシド、Fe3+、Co3+、Ce4+、など)は、チオール基を酸化してジスルフィド結合にすることができる(カポジ(Capozzi) G、モデナ(Modena) G、In The Chemistry of the Thiol Group Part II; パタイ(Patai) S編;Wiley: New York, 1974; pp 785-839)。しかし、これらの酸化剤は、通常、一定の毒性および副作用を有しており、その医療品中に残される場合は極めて有害であり、さらに、それらの酸化能力は強過ぎてその反応は非常に激しく、その結果、そのジスルフィド結合はさらに酸化されてスルホン酸塩などの副生成物となる(シュー(Shu)ら、Biomacromolecules, 3, 1304, 2002;カポジら、The Chemistry of the Thiol Group Part II, 785, 1974)。
【0009】
酸素は、また、遊離チオール基を酸化してジスルフィド結合にすることもできる。1つの酸素の気体分子は、4つのチオール基を酸化して2つのジスルフィド結合とし、その上、何らのその他の副生成物無しで、2つの水分子を生成する。酸化剤としての酸素ガスによるジスルフィド結合で架橋されたヒドロゲルの調製は、単純で穏やかな反応条件および架橋剤を必要としないなどの多くの利点を有する。ジスルフィド結合で架橋したヒドロゲルを調製するために酸素ガスを架橋剤として使用することによって、上で述べたようなヒドロゲル調製プロセスにおける残留架橋剤の制限を破ることが見込まれる。
【0010】
ジスルフィド結合で架橋したヒドロゲルは、生体臨床医学分野において多くの潜在用途を有し、近年多くの注意が払われてきた。しかし、今までのところ、それらの実際の臨床的応用についての報告はなく、2つの主な理由がそれに関与している。第1は、現在のジスルフィド結合で架橋したヒドロゲルの調製プロセスが、工業化生産に対して適切でないことである。生理学的条件下でチオール基を酸化してジスルフィド結合で架橋したヒドロゲルにする酸素ガスの使用は、遅いプロセスであり、それは多量の酸素ガスを連続して消費することを必要とする。空気にさらされている溶液をつくることがジスルフィド結合で架橋されたゲルを形成するための前提条件であることが当業者には一般に広く認められている。最新の開示された報告においては、チオール基を含有する生体適合性のある高分子溶液は、全て、ジスルフィド結合で架橋されたゲルを形成するために空気にさらされていることを必要とする。例えば、チオール基が導入されているヒアルロン酸ナトリウム誘導体溶液は、空気にさらされているとき、ジスルフィド結合で架橋されたゲルを形成し、乾燥後にジスルフィド結合で架橋されたフィルムを生成することができ(シューら、Biomacromolecules, 3, 1304, 2002)、チオール基が導入されているヒアルロン酸ナトリウム誘導体とチオール基が導入されているコラーゲン誘導体との混合溶液は、空気にさらされているとき、ジスルフィド結合で架橋されたゲルを形成し、常温または凍結温度で乾燥した後、ジスルフィド結合で架橋されたフィルムまたは多孔性のスポンジを生じることができる(シューら、Biomaterials, 24, 3825, 2003;リューら、Journal of Biomedical Materials Research, 68, 142, 2004)。ジスルフィド結合で架橋されたヒドロゲルが診療で使用されることを妨げている2番目は、製品形態である。現在報告されている殆どのジスルフィド結合で架橋されたゲルは、フィルムまたはスポンジの形態で調製されており、局所にかまたは開腹手術において使用できるのみであり、多くの臨床治療(特に低侵襲手術)の要求を満たさない。
【0011】
これまでのところ、当業者の間には、チオール基を含有する生体適合性高分子溶液は、ジスルフィド結合で架橋されたヒドロゲルを形成するために空気にさらされていることが必要であるという広く行き渡った技術的偏見が存在している(シューら、Biomaterials, 24, 3825, 2003;リュー(Liu)ら、Journal of Biomedical Materials Research, 68, 142, 2004;ジョージ(George)ら、PCT国際出願WO2008/098019;ウォリス(Wallace)ら、米国特許第6,624,245号)。この偏見は、ジスルフィド結合で架橋されたヒドロゲルの大規模な工業化生産プロセスを大いに制限している。ジスルフィド結合で架橋されたヒドロゲルをシールした注射用の容器中に調製することに関しては、この注射用のジスルフィド結合で架橋されたヒドロゲルが生体臨床医学分野において非常に広い用途を有するにもかかわらず、今までのところ報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】欧州特許第0185070号明細書
【特許文献2】米国特許第4,582,865号明細書
【特許文献3】米国特許第4,713,448号明細書
【特許文献4】国際公開第2008/098019号パンフレット
【特許文献5】米国特許第6,624,245号明細書
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】シルバ(Silva)ら、Curr Top Dev Biol, 64, 181, 2004
【非特許文献2】ドゥルーリー(Drury)ら、Biomaterials, 24, 4337, 2003
【非特許文献3】クジャワ(Kujawa)ら、Develop Biol, 114, 519, 1986
【非特許文献4】カポジ(Capozzi) G、モデナ(Modena) G、In The Chemistry of the Thiol Group Part II; パタイ(Patai) S編;Wiley: New York, 1974; pp 785-839
【非特許文献5】シュー(Shu)ら、Biomacromolecules, 3, 1304, 2002
【非特許文献6】シューら、Biomaterials, 24, 3825, 2003
【非特許文献7】リューら、Journal of Biomedical Materials Research, 68, 142, 2004
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の第1の目的は、そのゲル化プロセスがシリンジ中で完了するインシトゥのジスルフィド結合で架橋した注射用ヒドロゲルを提供することである。このインシトゥのジスルフィド結合で架橋した注射用ヒドロゲルは、注射可能で使用に便利であり、不純物が無く、良好な生体適合性のものであり、毒性および副作用を有さず、生体臨床医学分野において非常に広範な応用の可能性を有する。
【0015】
本発明の第2の目的は、インシトゥのジスルフィド結合で架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法を提供することである。この方法は、ジスルフィド結合で架橋したヒドロゲルを調製するためには空気にさらされていることが必要であるという技術上の偏見を排除し、大規模工業生産に伴う技術的問題を解消し、調製プロセスを単純化する。
【0016】
本発明の第3の目的は、該インシトゥのジスルフィド結合で架橋した注射用ヒドロゲルを薬剤学または外科学において応用することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
一方で、本発明は、そのインシトゥのジスルフィド結合で架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法を提供し、それは、
(1)側鎖に2個を上回るチオール基を有する少なくとも1種類の生体適合性高分子を含有する架橋性活性溶液を注射用容器に充填するステップ、
(2)前記架橋性活性溶液を含有する前記注射用容器をシールするステップ、および
(3)前記シールした注射用容器中の前記架橋性活性溶液中に溶解している酸素によって前記チオール基を酸化してジスルフィド結合にして前記架橋したヒドロゲルを形成するステップ
を含む。
【0018】
この方法は、該チオール基を、シールした注射用容器中で、該架橋性活性溶液中に溶解した酸素によって酸化して、該インシトゥのジスルフィド結合で架橋したヒドロゲルに変化させることを特徴とする。その上、この方法は、該架橋性活性溶液中に溶解している酸素の濃度を、温度、酸素ガスの分圧、または接触時間などのパラメータをタイミングよく調節することによって柔軟に制御し、かくして該ジスルフィド結合の架橋プロセスおよび該ジスルフィド結合で架橋したヒドロゲルの特性を制御できる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明中で使用されるいくつかの用語を、以下のように定義する。
【0020】
「ヒドロゲル」とは、液体と固体の間の流動性のない状態である、多量の水を含有する三次元架橋したネットワーク構造を有する物質を指す。「ゲル化」とは、流動性を有する液体が、流動性のないゲルに変化するプロセスを指し、「ゲル化時間」とは、流動性を有する液体が流動性を有さないゲルに変化する間の時間を指す。
【0021】
本発明において、「架橋性活性溶液」とは、その側鎖に2個を上回るチオール基を有する少なくとも1種類の生体適合性高分子を含有する溶液を指す。その架橋性活性溶液は、主な溶媒として水を使用し、その溶液の浸透圧を制御するためおよびpH値を安定させるなどのためにいくらかの塩成分(例えば、塩化ナトリウムおよびpH緩衝塩)も含有することができ、その上、該架橋性活性溶液は、いくらかのその他の極性の水溶性成分、例えばエタノールなども含有できる。
【0022】
本発明において、「側鎖に2個を上回るチオール基を有する生体適合性高分子」とは、主として、多糖、タンパク質または合成高分子の少なくとも1つの化学修飾(chemical modification)がチオール修飾である1つ以上の化学修飾によって生成する誘導体を指す。
【0023】
多糖としては、コンドロイチン硫酸、ヘパリン、ヘパラン、アルギン酸、ヒアルロン酸、デルマタン、デルマタン硫酸、ペクチン、カルボキシメチルセルロース、キトサンなど、ならびにそれらの塩の形(例えば、ナトリウム塩およびカリウム塩など)が挙げられる。該タンパク質としては、コラーゲン、アルカリ性ゼラチン、酸性ゼラチン、および遺伝子組換えゼラチンなどが挙げられる。該合成高分子としては、ポリアクリル酸、ポリアスパラギン酸、ポリ酒石酸、ポリグルタミン酸、およびポリフマル酸など、ならびにそれらの塩の形(例えば、ナトリウム塩およびカリウム塩など)が挙げられる。上記のコンドロイチン硫酸としては、タイプA、タイプB、およびタイプCのような様々なタイプが挙げられる。該多糖、該タンパク質および該合成高分子の分子量は、通常は1,000〜10,000,000の範囲内である。上記の合成高分子は、ポリエチレングリコールを含まない。
【0024】
該化学修飾方法としては、疎水性化修飾(例えば、アルキル化修飾)、カルボキシル化修飾(例えば、カルボキシメチル化修飾)、チオール修飾などが挙げられる。
【0025】
該チオール修飾とは、遊離チオール基を導入する化学修飾プロセスを指す。通常、その遊離チオール基は、多糖、タンパク質および合成高分子の側鎖上の官能基(例えば、カルボキシル基、アミノ基、およびヒドロキシル基など)を通して適切な化学反応により導入できる。通常のチオール修飾は、主として次の化学反応プロセス、即ち、多糖、タンパク質および合成高分子の側鎖のカルボキシル基をカルボジイミドの活性化下でジスルフィド結合を含有するジアミンまたはジヒドラジドと反応させて中間生成物を生成させ、次いで、そのジスルフィド結合を還元して遊離チオール基にするプロセスを含む(シューら、Biomacromolecules, 3, 1304, 2002;エッシュリマン(Aeschlimann)ら、米国特許第7,196,180号;プレストウィッチ(Prestwich)ら、PCT国際出願WO2004/037164)。保護されたチオール基を有する第一級アミンも該ジスルフィド結合を含有するジアミンまたはジヒドラジドの代わりに使用できる(ジアノリオ(Gianolio)ら、Bioconjugate Chemical, 16, 1512, 2005)。側鎖にカルボキシル基を含有する多くの多糖、タンパク質、および合成高分子を、この方法で処理して側鎖に2個を上回るチオール基を有する誘導体、例えば、チオール化ヒアルロン酸ナトリウム誘導体、チオール化コンドロイチン硫酸誘導体、チオール化ゼラチン誘導体を製造できる(シューら、Biomacromolecules, 3, 1304, 2002;エッシュリマンら、米国特許第7,196,180号)。側鎖に2個を上回るチオール基を含有する誘導体は、また、カルボキシル基をジスルフィド結合を含有するカルボジイミド(例えば、2,2'−ジチオビス−(N−エチル(N'−エチルカルボジイミド)))と直接反応させ、続いてそのジスルフィド結合を還元することにより製造することもできる(ブルピット(Bulpitt)ら、米国特許第6,884,788号)。
【0026】
別の一般的なチオール修飾は、多糖、タンパク質および合成高分子の側鎖のアミノ基の直接または間接的化学修飾である。例えば、そのチオール修飾は、コラーゲンのようなタンパク質の側鎖のアミノ基の、ジスルフィド結合を含有する活性化物質(例えば、活性化されたジコハク酸ビスアシルシスタミンジカルボニルジイミダゾールエステル)との反応、およびそのジスルフィド結合を遊離チオール基にする還元によって実現できる(ベネシュ(Benesch)ら、Proc Natl Acad Sci USA, 44, 848, 1958;ヤマウチ(Yamauchi)ら、Biomaterials, 22, 855, 2001;ニコラス(Nicolas)ら、Biomaterials, 18, 807, 1997;カフェドジイスキー(Kafedjiiski)ら、Biomaterials, 26, 819, 2005)。多糖、タンパク質および合成高分子の側鎖のアミノ基のチオール修飾は、また間接的に実現することもでき、例えば、最初にそのアミノ基をカルボキシル化し、次にそのカルボキシル基を修飾することによってチオール修飾を実現する(ソン(Song)ら、CN101200504)。
【0027】
多糖、タンパク質および合成高分子の側鎖のヒドロキシル基のチオール修飾も一般的に使用される。例えば、セルロース、ヒアルロン酸、キチンおよびキトサンなどの多糖の側鎖のヒドロキシル基を、強アルカリ性条件下でカルボキシル化し、次にそのカルボキシル基を上記の方法によってチオール化できる。Carbylan−Sは、このようにして調製された丁度そのようなチオール化したヒアルロン酸ナトリウムの誘導体である(プレストウィッチ(Prestwich)ら、PCT国際出願WO2005/056608)。その側鎖のヒドロキシル基は、ポリビニルアルコールチオール化誘導体のように、直接の化学反応によりチオール化することもできる(オシポフ(Ossipov)ら、Maxromolecules, 41, 3971, 2008)。
【0028】
本発明において、該側鎖に2個を上回るチオール基を含有する生体適合性高分子は、また、遺伝子工学の発酵のような方法によっても調製できる。遺伝子工学において、側鎖に2個を上回るチオール基を含有する生体適合性高分子は、理論的に確定された分子構造に従う遺伝子断片の発現を調節することにより発酵工学を通じて製造できる(ルトルフ(Lutolf)ら、Nature Biotechnology, 23, 47, 2005)。
【0029】
本発明において、側鎖に2個を上回るチオール基を含有する誘導体、例えば、チオール化ヒアルロン酸ナトリウム誘導体、チオール化コンドロイチン硫酸誘導体、チオール化ヘパリン誘導体、チオール化キトサン誘導体、チオール化ゼラチン誘導体、およびチオール化コラーゲン誘導体などは、本発明によって注射用ゲルに都合よく調製できる。
【0030】
本発明において、該架橋性活性溶液は、側鎖に2個を上回るチオール基を含有する1種類かまたは2種類以上の生体適合性高分子を含有できる。例えば、様々な用途による要求に応じて、その架橋性活性溶液は、以下の物質:チオール化ヒアルロン酸ナトリウム誘導体、チオール化コンドロイチン硫酸誘導体、チオール化ヘパリン誘導体、チオール化ゼラチン誘導体、チオール化コラーゲン誘導体、およびチオール化キトサン誘導体、の1種類または複数の種類を含有できる。
【0031】
本発明において、該架橋性活性溶液は、側鎖に2個を上回るチオール基を有する少なくとも1種類の生体適合性高分子以外に、1種類または複数種類のその他の物質をさらに含有できる。これらの物質は、多糖、タンパク質または高分子化合物、例えば、ヒアルロン酸ナトリウム、コンドロイチン硫酸、ヘパリンナトリウム、酸性ゼラチン、アルカリ性ゼラチン、遺伝子組換えゼラチン、ポリアクリル酸、ポリアスパラギン酸、ポリ酒石酸、ポリグルタミン酸、ポリフマル酸、などであり得、これらの物質は、また、様々なタンパク質薬物、例えば、様々な増殖因子(塩基性増殖因子、酸性増殖因子、血管増殖因子、骨形成増殖因子など)、および核酸(例えば、RNA)などのステロイド、抗生物質、および抗癌剤を含めた活性な医療成分でもあり得、さらに、これらの物質は、様々な小分子の薬物(例えば、抗生物質および副腎皮質ステロイド)などであり得る。この活性な医療成分は、該架橋性活性溶液中に固体粒子の形で分散しているかまたは該架橋性活性溶液中に溶解しているかのいずれかであり得る。
【0032】
生物中に天然に存在し良好な生体適合性を保有する官能基としての該チオール基は、非常に良好な反応性を有する。該ジスルフィド結合は、可逆的な化学結合である。該遊離チオール基は、酸化してジスルフィド結合にすることができ、それは還元して遊離チオール基に戻すことができる。これは、生物学にとって重要である。そのジスルフィド結合で架橋したヒドロゲルは、生体臨床医学分野において重要な応用の可能性を有しており、例えばそれは、創傷治癒のために細胞培養担体として、ならびに組織修復および再生のために使用できる。
【0033】
適度な生体適合性を有する天然の酸化剤としての酸素ガスは、人体中の様々な生理的プロセスにおいて広く存在する。酸素ガスは、また、該遊離チオール基を酸化してジスルフィド結合にすることもできる。1つの酸素ガス分子は4つのチオール基を酸化して2つのジスルフィド基にして、その上、2つの水分子を生成し、その他の副生成物はない。酸化剤として酸素ガスを用いる本発明は、単純で穏やかな反応条件、および架橋剤の必要性がないなど、多くの態様において有利である。
【0034】
酸化剤として酸素ガスを用いるこのジスルフィド結合で架橋されるヒドロゲルについては、当業者の間に、チオール基を含有する生体適合性高分子溶液は、ジスルフィド結合で架橋されたヒドロゲルを形成するために空気にさらされていることが必要であるという広く行き渡った技術的偏見が存在する(シューら、Biomaterials, 24, 3825, 2003;リューら、Journal of Biomedical Materials Research, 68, 142, 2004;ジョージら、PCT国際出願WO2008/098019;ウォリスら、米国特許第6,624,245号)。本発明者らは、このジスルフィド結合で架橋するゲル化プロセスについて深い研究を行った。その結果は、チオール基を酸化して架橋したジスルフィド結合にするのが、空気中の酸素ガスではなく主として溶液中に溶解している酸素であることを示している。この発見は、ジスルフィド結合で架橋されるヒドロゲルを調製するための新たなアプローチを提供し、大規模な工業生産プロセスの可能性を示唆する。
【0035】
これまでのところ、ジスルフィド結合で架橋したヒドロゲルをシール条件下で溶液中に溶解している酸素によって調製することについての研究報告は存在しない。上で説明した研究結果は、本発明者らに対する新たなアプローチ、即ち、該架橋性活性溶液は、空気からの分離条件下で、ジスルフィドで架橋されるヒドロゲルを形成することもでき、その要点は、その架橋性活性溶液中に溶解している酸素の含有量であること、を示している。例えば、1.0%(重量/体積)のチオール化したヒアルロン酸ナトリウム誘導体(チオール基に修飾された45%のカルボキシル基を含む)の中性溶液(シューら、Biomacromolecules, 3, 1304, 2002)は、シリンジ中に充填された後、空気から分離されると、通常は2〜7日中に流動性を徐々に失い、ジスルフィド結合で架橋したヒドロケルを形成することが本発明者らの研究によって示されている。
【0036】
上の例における1.0%(重量/体積)のチオール化したヒアルロン酸ナトリウム誘導体の中性溶液中のチオール基の含有量は、約10mmol/L(即ち、330mg/L)であり、それは、そのチオール基全てを酸化してジスルフィド結合にするためには、相応じて2.5mmol/L(即ち、80mg/L)の溶存酸素ガスを必要とすることがさらなる分析によって明らかにされている。水中の酸素ガスの飽和溶解度は、25℃の常温で8.4mg/L(25℃)のみであり、それは理論的には上記のチオール化したヒアルロン酸ナトリウム誘導体溶液中の10%の遊離チオール基を酸化してジスルフィド結合にすることができるのみである。溶存酸素の濃度は、実際のプロセスにおいては飽和溶解度より通常は低いけれども、その溶存酸素は、シールした条件下では、ジスルフィド結合で架橋したヒドロゲルを形成するには同様に十分であり、ただし、そのヒドロゲルは強度がより低く、ゲル化時間がより長い。
【0037】
該ゲル化プロセスおよび該ゲル特性(例えば強度)をさらに調節するために、本発明の重要手段の1つとして該架橋性活性溶液中に溶解される酸素の濃度が調節される。一般に、酸素ガスの水中の飽和溶解度は、ヘンリーの法則(CO2=KO2O2、ただし、CO2は酸素ガスの水中の飽和溶解度であり、KO2はヘンリーの定数であり、PO2は酸素ガスの分圧である)に従って計算できる。
【0038】
例えば1気圧において、空気により飽和している水中の酸素ガスの溶解度は、ヘンリーの法則に従って計算できる。25℃における水蒸気の分圧が、0.0313気圧であり、乾燥空気中に20.95%の酸素ガスが存在するとして、ドルトンの分圧の法則に従う酸素ガスの分圧は、PO2=(1.0000気圧−0.0313気圧)×0.2095=0.2029気圧であり、25℃の水中の酸素ガスのヘンリーの定数は、KO2=1.28×10−8mol/(L・Pa)である。それ故、ヘンリーの法則に従う水中の酸素ガスの溶解度は、CO2=KO2・PO2=1.28×10−8×0.2029×1.013×10=2.63×10−4mol/Lであり、酸素ガスの分子量が32であるとして、その酸素ガスの飽和溶解度は、8.4mg/Lである。
【0039】
温度は、水中の酸素ガスの溶解度に影響を及ぼす重要な因子であり、それは、クラウジウス−クラペイロンの式
【数1】


[式中、CおよびCは、それぞれ絶対温度TおよびTにおけるその水中のガスの飽和溶解度(mg/L)であり、ΔHは、溶解熱(J/mol)であり、Rは、ガス定数(8.314J/K.mol)である]によって表すことができる。その水中の酸素ガスの飽和溶解度は、温度が上昇するとともに徐々に減少することを上の式から理解できる。例えば、温度が4℃から25℃に上がると、純水中に飽和溶解する酸素の濃度は13.1mg/Lから8.4mg/Lに減少する。
【0040】
圧力は、水中の酸素ガスの溶解度に影響を及ぼす主要な要因である。ヘンリーの法則CO2=KO2・PO2によれば、水中の酸素ガスの飽和溶解度は、特定温度における酸素ガスの分圧に正比例する。例えば、25℃においては、空気(1気圧)により飽和した水中の酸素ガスの溶解度は、8.4mg/Lであり、一方、酸素ガス(1気圧)により飽和した水中の溶解度は約5倍(約40mg/L)に増加する。
【0041】
水中の塩の含有量もまた、それほど顕著ではないものの、水中の酸素ガスの飽和溶解度に影響を及ぼす。水中の酸素の溶解度は、塩の含有量が増加するとともに減少する。例えば、海水中に飽和溶解する酸素の濃度は、一般に淡水中の濃度の約80%ほどである。
【0042】
本発明においては、該架橋性活性溶液中に溶解する酸素の濃度は、通常は酸素ガスの分圧および温度を調節することによって制御する。飽和溶解する酸素の濃度は、一般的には0〜50℃、最も一般的には4〜40℃の範囲の温度で、温度を低下することによって増加させることができる。酸素ガスの分圧は、該架橋性溶液中に溶解される酸素の濃度を制御するための最も重要な因子である。ヘンリーの法則によれば、水中の酸素ガスの飽和溶解度は、同一条件下においては酸素ガスの分圧に正比例する。酸素ガスの分圧を制御することによって、該架橋性活性溶液中に溶解する酸素の濃度をそのときタイミングよく制御することができ、かくして、該遊離チオール基が酸化されてジスルフィド結合になるそのゲル化プロセスが制御される。例えば、25℃において、水中に溶解される酸素の飽和濃度は、1気圧の空気の下では8.4mg/Lであり、1気圧の酸素ガスの下では、約5倍(40mg/L)に増加され、5気圧の空気の下で飽和溶解される酸素の濃度と同等であり、15分間の真空ポンプの運転により、水中に溶解した殆ど全ての酸素を次に除去できる。本発明においては、該架橋性活性溶液中に溶存酸素の濃度を増すことによってゲル化プロセスを著しく促進させてゲルの強度を増すことができ、さもなければ、ゲル化プロセスを遅らせてゲルの強度を低下させる。
【0043】
本発明の調製方法は、以下の:
(1)該架橋性活性溶液を注射用容器に充填するステップ、
(2)該架橋性活性溶液を含有する前記注射用容器をシールするステップ、および
(3)該架橋性活性溶液中に溶解している酸素によって該チオール基を酸化してジスルフィド結合にして該架橋したヒドロゲルを形成するステップ
を通常は含む。
【0044】
本発明は、様々な医学的要求を満たすために、無菌のプロセスまたは最終滅菌プロセスにより実現できる。通常、該架橋性活性溶液は、注射用容器中に手作業または医療産業における充填装置によって充填することができ、次いでその注射用容器中のインシトゥのジスルフィド結合は、架橋されてゲルを形成する。
【0045】
本発明は、空気にさらされていることがジスルフィド結合で架橋されたヒドロゲルを調製するために必須であるという技術的偏見を排除し、注射用のジスルフィド結合で架橋されたゲルの大規模な工業生産に伴う技術的問題を解決する。本発明の調製方法により、大規模な工業生産は、そこで、時間当たりの生産高が最大3000ピースを楽に超える医療産業で通常使用される充填生産ラインにより実現できる。その充填製造ラインは、グロニンガー(Groninger)社製の一直線に配列された全自動のシリンジプレフィリング生産ラインまたは蜂の巣型(beehive)シリンジ全自動プレフィリングおよびシーリング装置、およびドイツのボッシュ(Bosch)社製のプレ殺菌シリンジ液体プレフィリングおよびシーリングマシンなどから選択できる。該注射用容器は、BD社製のHypac SCFプレ殺菌シリンジのようなガラス製またはプラスチック製であり得る。該シリンジは、軟質プラスチック袋のような押出すことができる容器に置き換えることもできる。
【0046】
上記のステップ(1)および(2)は、医療産業における充填装置により都合よく実現できる。該架橋性活性溶液をシリンジ中に充填するプロセスにおいて、そのシリンジの針に連結する側は、通常はシールされており、該架橋性活性溶液は開放された末端(そのシリンジの押し棒側)から充填され、それは次にゴム栓によりシールされ、最後に押し棒が組み込まれる。上記のステップ(3)において、シリンジ中に充填された該架橋性活性溶液は、ジスルフィド結合で架橋されたヒドロゲルを形成する。該架橋性活性溶液が、該注射用容器中で、ジスルフィド結合で架橋されたヒドロゲルを徐々に形成するためにかかる時間は、一般に、30分より長い。通常は数時間から数日のそのゲル化時間に対して、温度を上昇することによってゲル化を促進できる。そのゲル化プロセスは、照明または電子線照射によって促進することもできる。そのゲル化プロセスは、また、例えば、該架橋性活性溶液のpH値および該生体適合性高分子のチオール基含有量などの要因によっても著しく影響され得る。該架橋性活性溶液のpH値が高ければ高いほどそのゲル化プロセスはより速いであろう。弱酸性、中性または弱塩基性のpH値が本発明においては通常採用される。該生体適合性高分子のチオール基含有量の増加もまた該ゲル化プロセスを著しく促進するであろう。
【0047】
本発明において、該架橋性活性溶液中に溶解している酸素の濃度は、該ゲル化プロセスおよび該ゲル特性を制御するために、ステップ(1)の前後に必要に応じて調節することもできる。該架橋性活性溶液中に溶解している酸素の濃度は、酸素ガスの分圧、温度および時間などのパラメータを調整することによって増加または減少させることができる。該架橋性活性溶液中に溶解している酸素の濃度は、真空ポンプによるかまたは該架橋性活性溶液と酸素の分圧が大気の空気中の酸素の分圧より小さいガスとの間の相互作用によって減少させることができる。真空ポンプは、溶存酸素を除去するために最も普通に使用される方法である。該架橋性活性溶液を一定時間真空下に保つことにより、そのとき溶存酸素の殆どを除去し、次いで、その架橋性活性溶液をその注射用容器中に充填し、それを不活性ガスの保護下でシールできる。ここではそのジスルフィド結合で架橋したヒドロゲルは、より長いゲル化時間とより低い強度とを有する。該架橋性活性溶液中に溶解される酸素の濃度は、該架橋性活性溶液と酸素の分圧が大気の空気中の酸素の分圧より高いガスとの間の相互作用によって増加させることができる。酸素を含有するガスと接触させることは、その架橋性活性溶液に溶解される酸素の濃度を増加させるために一般に使用される方法である。その酸素ガスを含有するガスは、圧搾空気、純粋な酸素ガスまたは酸素ガスの分圧が大気の空気中の酸素ガスのそれより高い酸素ガスを含有するその他のガスから選択することができ、酸素ガスの分圧を増加させることによって該架橋性活性溶液中に溶解される酸素濃度をそこで著しく増加させることができる。作業プロセス中、酸素ガスを含有するそのガスは、該架橋性活性溶液中またはその溶液の上部に導入し、酸素ガスの溶解速度を撹拌することによって増すことができる。酸素ガスを含有するそのガスと接触する間に、その架橋性活性溶液は、シリンジ中にタイミングよく充填し、それを溶存酸素が空気圧の変化によって逃げることを防ぐために、ゴム栓によって素早くシールできる。
【0048】
該架橋性活性溶液をシリンジ中に充填した後で、充填およびシーリング装置を使用して栓をするとき、そのゴム栓は、通常その溶液表面に空間を残さずに直接届く。しかし、そのゴム栓のシリンジ中の深さは、必要に応じて柔軟に調節し、一定体積の空間を残すこともできる。例えば、5mLの架橋性活性溶液を10mLのシリンジに充填するとき、栓は、要求に応じてシールされたシリンジを得るために、6mLまたはその他の目盛のところに位置づけることができる。現在利用できるシリンジプレフィリングおよびシーリングの生産設備により、シリンジ中の空間は、好都合なことに、該架橋性活性溶液に溶解される酸素の濃度をさらに調節するガス(例えば空気、および純粋な酸素ガスなど)を充填できる。さらに、該架橋性活性溶液は、ゴム栓でシールする前に該架橋性活性溶液に溶解する酸素の濃度をさらに調節する酸素ガスを含有するガスと接触させておくこともできる。例えば、酸素ガスの一定の分圧を有するガスを注射用容器中に導入し、それを一定時間後にゴム栓でシールする。しかし、この作業は該プロセスを複雑にし、通常は採用されない。
【0049】
他方で、本発明は、上記の方法によって調製されたインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを提供する。
【0050】
本発明において、架橋性活性溶液中の、側鎖に2個を上回るチオール基を含有する該生体適合性高分子は、溶液状態で不純物を取り除くことができ、現在利用できる精製プロセス(例えば限外濾過法)により不純物を完全に除去することができ、その上、ゲル化プロセスにおいて、架橋剤を添加することなく、その溶液中に溶解している酸素ガスは、該チオール基を酸化して、副生成物としての水と共に、架橋したジスルフィド結合にすることができる。それ故、他の注射用の架橋ゲルと比較して、本発明によって調製されたインシトゥで架橋した注射用ゲルは、著しく有利である。
【0051】
他方で、本発明は、上記のようなインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを医薬および外科手術においてさらに利用する。
【0052】
本発明によって調製されたインシトゥで架橋したヒドロゲルの医療用途としては、皮膚またはその他の創傷に対する創傷治癒を早めるため、外科手術(例えば、洞手術(sinus surgery))後の組織または臓器の間の線維性癒着を含めた癒着を防ぐため、組織修復と皮膚再生および軟骨再生などの再生のための創傷被覆剤として、ならびに関節炎治療のための関節潤滑剤としてなどが挙げられる。
【0053】
本発明によって調製されたインシトゥで架橋したヒドロゲルの薬学的用途としては、様々な活性な治療剤が持続放出を実現するための担体として使用することが挙げられる。その活性な治療剤は、化学薬品または生物学における活性因子、例えば、消炎剤、抗生剤、鎮痛剤、麻酔剤、創傷治癒エンハンサ、細胞増殖プロモータまたはインヒビタ、免疫刺激剤、および抗ウイルス薬など、であり得る。
【実施例】
【0054】
以下の実施例は、当業者が本発明をより完全に理解するようにできるもので、本発明を多少なりとも限定するものではない。
【0055】
<実施例1:チオール化ヒアルロン酸ナトリウムの調製>
チオール化ヒアルロン酸ナトリウムを、シューら、Biomacromolecules, 3, 1304, 2002、によって開示されている方法によって調製した。20gのヒアルロン酸を、2Lの蒸留水に溶解した。23.8gのジチオジプロピルジヒドラジドを加えて、撹拌して溶解した。次にその溶液のpH値を、0.1mol/Lの塩酸溶液により4.75に調整した。19.2gの1−エチル−3−(3−ジメチルアミンプロピル)カルボジイミド塩酸塩(Aldrich、米国)を加え、電磁撹拌した。適量の0.1mol/Lの塩酸溶液を上記の溶液中に連続的に加えてその溶液のpH値を4.75に保った。その反応を打ち切るために、1.0mol/Lの水酸化ナトリウムを加えてpH値を7.0に調整した。100gのジチオエリスリトール(Diagnostic Chemical Limited、米国)および適量の1.0mol/Lの水酸化ナトリウムを撹拌下で加えた。その溶液のpH値を8.5に調整し、反応を、電磁撹拌下の室温で24時間実施した。次に、1mol/Lの塩酸を上記の溶液にpH約3.5まで加えた。上記の溶液を、透析管(分画分子量(cut-off molecular weight)3500、Sigma社、米国)に充填し、大量の0.0003mol/Lの塩酸および0.1mol/Lの塩化ナトリウム溶液に対して5日間、透析液を8時間毎に変えて透析し、次に、大量の0.0003mol/Lの塩酸に対して3日間、透析液を8時間毎に変えてさらに透析した。最後に、透析管中のその溶液を集め、凍結乾燥して白色の綿状の固体を生じた。
【0056】
上記の白色の綿状の固体を蒸留水中に溶解して1.0〜2.5重量/体積%の溶液を生じ、その溶液のpH値を4.0〜8.0に調整した。濾過によって滅菌した後、その溶液を直ちに使用するかまたは後で使用するために凍結下で保存した。あるいは、上記の調製プロセスの間に、その透析によって精製した溶液を、透析カラムを通して適切な濃度(通常は1.0〜2.5重量/体積%)に濃縮し、その溶液のpH値を調整(通常は4.0〜8.5)した。濾過によって滅菌した後、その溶液を直ちに使用するかまたは後で使用するために凍結下で保存した。
【0057】
チオール化したヒアルロン酸ナトリウム中の側鎖のチオール基の置換度は、水素の核磁気共鳴スペクトル分析(H−NMR)(溶媒としてDOを用いる)によって42/100の二糖の繰り返し単位であることが検出され、分子量およびその多分散性(GPCにより測定)は、以下の通りである:重量平均分子量136,000、および数平均分子量61,000。
【0058】
<実施例2:チオール化コンドロイチン硫酸の合成および特性決定>
1gのコンドロイチン硫酸(タイプc、サメ軟骨から、Sigma社、米国)を、100mLの蒸留水に溶解して明るい透明な溶液を生じた。0.704gのジコハク酸ビスアシルシスタミンジヒドラジドを、上記の溶液(シューら、中国発明特許第CN101190891号)に加え、撹拌して溶解した。その溶液のpH値を0.1mol/Lの塩酸溶液により4.75に調整した。次に、0.192gの1−エチル−3−(3−ジメチルアミンプロピル)カルボジイミド塩酸塩(Aldrich、米国)を電磁撹拌下で加えた。0.1mol/Lの塩酸溶液の適量を上記の溶液に連続的に加えてその溶液のpH値を4.75に保ち、その溶液を室温で2時間電磁撹拌した。次に、10gのジチオエリスリトール(Diagnostic Chemical Limited、米国)および少量の0.1mol/Lの水酸化ナトリウムを電磁撹拌下で加えた。そのゲルを少しずつ溶解し、その溶液のpH値を8.5に保つために0.1mol/Lの水酸化ナトリウム溶液を同時に連続して加えた。そのゲルが全て溶解した後、その溶液を室温で24時間にわたって電磁撹拌した。次に6mol/Lの塩酸溶液をpHが約3.0になるまで上記の溶液中に加えた。上記の溶液を、透析管(分画分子量2000、Sigma社、米国)に充填し、10Lの0.001mol/Lの塩酸および0.3mol/Lの塩化ナトリウム溶液に対して5日間、透析液を8時間毎に変えて透析し、次に、10Lの0.001mol/Lの塩酸に対して3日間、透析液を8時間毎に変えてさらに透析した。最後に、透析管内のその溶液を、透析カラムを通して凍結乾燥または脱水して適切な濃度(3.0〜6.0重量/体積%)とし、その溶液のpH値を調整(通常は4.0〜8.5)した。その溶液を濾過によって滅菌し、後で使用するために保存した。
【0059】
コンドロイチン硫酸のアセチル基の特徴のあるメチルの吸収ピークを内部標準として使用した。チオール化したコンドロイチン硫酸の側鎖の置換度を吸収ピークの面積により割り出し、47%の結果を得た。
【0060】
分子量およびその多分散度をGPCにより検出し、その重量平均分子量は、38,000であり、その数平均分子量は、17,000であり、その分子量の多分散度は、2.23であった。
【0061】
シューらによりBiomacromolecules, 3, 1304, 2002において報告されている修正されたエルマン(Ellman)法によって、チオール化したコンドロイチンシュウ酸の活性チオール基の含有量は、44.2のチオール基/100のコンドロイチン硫酸二糖繰り返し単位、であることが検出された。
【0062】
<実施例3:チオール化ゼラチンの調製>
1gのゼラチン(タイプB、ブタ皮膚から、Sigma社、米国)を、100mLの蒸留水に溶解して明るい透明な溶液を生じた。0.75gのジコハク酸ビスアシルシスタミンジヒドラジドを、上記の溶液(シューら、中国発明特許第CN101190891号)に加え、撹拌して溶解した。その溶液のpH値を0.1mol/Lの塩酸溶液により4.75に調整した。1gの1−エチル−3−(3−ジメチルアミンプロピル)カルボジイミド塩酸塩(Aldrich、米国)を電磁撹拌下で加えた。0.1mol/Lの塩酸溶液の適量を上記の溶液に連続的に加えてその溶液のpH値を4.75に保った。その溶液は粘度が連続的に上昇し、約10分でゲルを形成した。そのゲルが形成された後、その溶液を室温で2時間静止状態を保った。次に、10gのジチオエリスリトール(Diagnostic Chemical Limited、米国)および少量の0.1mol/Lの水酸化ナトリウムを撹拌下で加えた。そのゲルを少しずつ溶解し、0.1mol/Lの水酸化ナトリウム溶液をその溶液のpH値を8.5に保つために同時に連続して加えた。そのゲルが全て溶解した後、該反応を電磁撹拌下の室温で24時間実施した。次に6mol/Lの塩酸溶液をpHが約3.0になるまで上記の溶液中に加えた。上記の溶液を、透析管(分画分子量2000、Sigma社、米国)に充填し、10Lの0.001mol/Lの塩酸および0.3mol/Lの塩化ナトリウム溶液に対して5日間、透析液を8時間毎に変えて透析し、次に、10Lの0.001mol/Lの塩酸に対して3日間、透析液を8時間毎に変えてさらに透析した。最後に、透析管内のその溶液を集め、凍結乾燥して約0.6gの白色の綿状の固体を生じた。
【0063】
上記の白色の綿状の固体を蒸留水中に溶解して3.0〜6.0重量/体積%の溶液を生じさせた。その溶液のpH値は4.0〜8.0であった。濾過によって滅菌した後、その溶液を直ちに使用するかまたは後で使用するために凍結下で保存した。
【0064】
小分子不純物のピークはGPC(移動相として純水を使用し、210nmのUVで検出)によって検出されず、そのチオール化合成ゼラチンが高純度化されており不純物が装置の最小検出限度を下回ったことを示した。
【0065】
チオール化ゼラチンの活性チオール基の含有量は、シューらによりBiomacromolecules, 3, 1304, 2002において報告されている修正されたエルマン法によって、0.57mmol/gと検出された。
【0066】
<実施例4:インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルの調製>
ヒアルロン酸ナトリウムゲル: 実施例1で調製したチオール化したヒアルロン酸ナトリウム溶液(pH7.0、1.0重量/体積%)を、濾過によって滅菌した直後に1mLのシリンジに充填し、シールして室温で保った。1週間後、シリンジ中にシールした該溶液は流動性を失い、ゲルを形成したことが観察された。そのゲルは、水に不溶性であるがジチオエリスリトール溶液には可溶性であり、架橋したジスルフィド結合の形成を裏付けた。
【0067】
コンドロイチン硫酸ゲル: 実施例2で調製したチオール化したコンドロイチン硫酸溶液(pH7.0、5.0重量/体積%)を、濾過によって滅菌した直後に1mLのシリンジに充填した。そのシリンジをシールして室温で保った。1週間後、シリンジ中にシールした該溶液は流動性を失い、ゲルを形成したことが観察された。そのゲルは、水に不溶性であるがジチオエリスリトール溶液には可溶性であり、架橋したジスルフィド結合の形成を裏付けた。
【0068】
ゼラチンゲル: 実施例3で調製したチオール化したゼラチン溶液(pH7.0、5.0重量/体積%)を、無菌濾過直後に1mLのシリンジに充填し、シールして室温で保った。1週間後、シリンジ中にシールした該溶液は流動性を失い、ゲルを形成したことが見出された。そのゲルは、水に不溶性であるがジチオエリスリトール溶液には可溶性であり、架橋したジスルフィド結合の形成を裏付けた。
【0069】
<実施例5:インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルの調製>
ヒアルロン酸ナトリウム/ゼラチンゲル: 実施例1で調製したチオール化したヒアルロン酸ナトリウム溶液(pH7.0、1.0重量/体積%)および実施例3で調製したチオール化したゼラチン溶液(pH7.0、5.0重量/体積%)を、適切な体積比(例えば、10:1、1:1および1:10)に合わせて均一に混合し、その混合溶液を1mLのシリンジに充填し、それを次にシールして室温で保った。1週間後、そのシリンジ中にシールした溶液は流動性を失ってゲルを形成したことが観察された。そのゲルは、水に不溶性であるがジチオエリスリトール溶液には可溶性であり、架橋したジスルフィド結合の形成を裏付けた。
【0070】
コンドロイチン硫酸/ゼラチンゲル: 実施例2で調製したチオール化したコンドロイチン硫酸溶液(pH7.0、5.0重量/体積%)および実施例3で調製したチオール化したゼラチン溶液(pH7.0、5.0重量/体積%)を、適切な体積比(例えば、10:1、1:1および1:10)に合わせて均一に混合し、その混合溶液を直ちに1mLのシリンジに充填し、それを次にシールして室温で保った。1週間後、そのシリンジ中にシールした溶液は流動性を失ってゲルを形成したことが観察された。そのゲルは、水に不溶性であるがジチオエリスリトール溶液には可溶性であり、架橋したジスルフィド結合の形成を裏付けた。
【0071】
ヒアルロン酸ナトリウム/コンドロイチン硫酸/ゼラチンゲル: 実施例1で調製したチオール化したヒアルロン酸ナトリウム溶液(pH7.0、1.0重量/体積%)、実施例2で調製したチオール化したコンドロイチン硫酸溶液(pH7.0、5.0重量/体積%)、および実施例3で調製したチオール化したゼラチン溶液(pH7.0、5.0重量/体積%)を、適切な体積比(例えば、1:1:1)に合わせて均一に混合し、その混合溶液を直ちに1mLのシリンジに充填し、それを次にシールして室温で保った。1週間後、そのシリンジ中にシールした溶液は流動性を失ってゲルを形成したことが観察された。そのゲルは、水に不溶性であるがジチオエリスリトール溶液には可溶性であり、架橋したジスルフィド結合の形成を裏付けた。
【0072】
<実施例6:インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルの調製>
コンドロイチン硫酸を含有するヒアルロン酸ナトリウムのゲル: コンドロイチン硫酸(タイプc、サメ軟骨から、Sigma社、米国)を、水に溶解して1.0重量/体積%の溶液を生じさせた。それを実施例1で調製したチオール化したヒアルロン酸ナトリウムの溶液(pH7.0、1.5重量/体積%)と2:1の体積比に合わせて混合し、次いで、その混合溶液を直ちに1mLのシリンジ中に充填し、それを次にシールして室温で保った。1週間後、そのシリンジ中にシールした溶液は流動性を失ってゲルを形成したことが観察された。そのゲルは、水に不溶性であるがジチオエリスリトール溶液には可溶性であり、架橋したジスルフィド結合の形成を裏付けた。
【0073】
ヒアルロン酸ナトリウムを含有するコンドロイチン硫酸のゲル: ヒアルロン酸ナトリウム(分子量約1,000,000、Shandong Freda Biochem Co.,Ltd.製)を、水に溶解して1.0重量/体積%の溶液を生じさせた。それを実施例2で調製したチオール化したコンドロイチン硫酸の溶液(pH7.0、6.0重量/体積%)と均一に混合し、次いで、その混合溶液を直ちに1mLのシリンジ中に充填し、それを次にシールして室温で保った。1週間後、そのシリンジ中にシールした溶液は流動性を失ってゲルを形成したことが観察された。そのゲルは、水に不溶性であるがジチオエリスリトール溶液には可溶性であり、架橋したジスルフィド結合の形成を裏付けた。
【0074】
ヒアルロン酸ナトリウムを含有するゼラチンのゲル: ヒアルロン酸ナトリウム(分子量約1,000,000、Shandong Freda Biochem Co.,Ltd.製)を、0.9%の生理食塩水に溶解して1.0重量/体積%の溶液を生じさせた。それを実施例3で調製したチオール化したゼラチン溶液(pH7.0、8.0重量/体積%)と均一に混合した。その混合溶液を直ちに1mLのシリンジに充填し、それを次にシールして室温で保った。1週間後、その注射器中にシールした溶液は流動性を失ってゲルを形成したことが観察された。そのゲルは、水に不溶性であるが塩化ナトリウムを含有するジチオエリスリトール溶液には可溶性であり、架橋したジスルフィド結合の形成を裏付けている。
【0075】
<実施例7:活性架橋性溶液中に溶解する酸素の濃度の調節>
実施例1で調製したチオール化したヒアルロン酸ナトリウム溶液(pH8.0、1.0重量/体積%)を、10分間真空排気し、次いで電磁撹拌下室温で空気にさらした。その溶液中の溶存酸素の濃度を、溶存酸素計(HI9143、HANNA社製)により一定時間間隔で記録し、以下の測定結果を得た。
【0076】
【表1】

【0077】
<実施例8:インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルの調製および特性決定>
実施例7において、室温で5分間撹拌した溶液(溶液A)および室温で20分間撹拌した他の溶液(溶液B)を、それぞれ1mLのシリンジに充填し、それらのシリンジをシールして室温で保った。48時間後、その溶液Aは、非常に粘稠になったけれども依然として一定の流動性を有しており、一方、その溶液Bは、流動性を完全に失い、ゲルを形成したことが観察された。シューらによりBiomacromolecules, 3, 1304, 2002において報告されている方法により溶液AおよびB中のジスルフィド結合の含有量を測定することによって、溶液B中のジスルフィド結合の含有量が、溶液A中のそれより約15%高いことが見出された。
【0078】
<実施例9:活性架橋性溶液中に溶解する酸素の濃度の調節>
実施例1で調製したチオール化したヒアルロン酸ナトリウム溶液(pH8.0、1.0重量/体積%)を、電磁撹拌下シールした容器中で1気圧の酸素ガスにさらした。その溶液中の溶存酸素の濃度を、溶存酸素計(HI9143、HANNA社製)により一定時間間隔で記録し、以下の測定結果を得た。
【0079】
【表2】

【0080】
<実施例10:インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルの調製および特性決定>
実施例9において、1気圧の酸素ガスにさらすとき0分間撹拌した溶液(溶液A)および10分間撹拌した溶液(溶液B)を、それぞれ、1mLのシリンジに充填した。それらのシリンジをシールして室温で保った。その溶液Bにおいては、ゲルは24時間以内に形成され、一方溶液Aのゲル化は、約48時間かかった。48時間後、その溶液AおよびB中のジスルフィド結合の含有量を、シューらによりBiomacromolecules, 3, 1304, 2002において報告されている方法により測定することによって、該溶液B中のジスルフィド結合の含有量は該溶液A中のそれより約30%高いことが見出された。
【0081】
<実施例11:インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを含有する薬剤の調製>
10mLの実施例1で調製したチオール化したヒアルロン酸ナトリウム溶液(pH7.0、1.0重量/体積%)中に、50mgの抗生物質(ゲンタマイシン)、100mgの抗癌剤(タクソール)または代わりに50μgの基礎増殖因子を加えた。その溶液を均一に混合し、次いで直ちに1mLのシリンジ中に充填した。そのシリンジをシールして室温で保った。1週間後、そのシリンジ中にシールされた溶液は、流動性を失い、ゲルを形成したことが観察された。
【0082】
<実施例12:インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを含有するコルチコステロイドの調製および特性決定>
10mLの実施例1で調製したチオール化したヒアルロン酸ナトリウム溶液(pH7.0、1.0重量/体積%)中に、0.1〜10mgの1つのタイプのコルチコステロイド(例えば、ベクロメタゾン、ベクロメタゾンジプロピオネート、ブデソニド、デキサメタゾン、プレドニゾロンまたはプレドニゾン)を加えた。その溶液を均一に混合し、次いで直ちに1mLのシリンジ中に充填し、それを次にシールして室温で保った。1週間後、そのシリンジ中にシールした溶液は、流動性を失い、ゲルを形成したことが観察された。
【0083】
上記の薬剤を含有する0.2mLのゲルを15mLのプラスチックの遠心管に注入し、10mLのリン酸緩衝液をその遠心管に加え、それを次にインキュベータ(37℃、100rpm)の中に入れ、上澄み中の薬剤の紫外線吸収を一定の時間間隔で記録した。測定された波長の結果は以下のように表示される:ベクロメタゾン246nm、ベクロメタゾンジプロピオネート240nm、ブデゾニド248nm、デキサメタゾン242nm、プレドニゾロン248nm、およびプレドニゾン244nm。
【0084】
様々な時間における該薬剤の累積放出パーセンテージは、以下の通りである。
【0085】
【表3】

【0086】
上記の結果から、多くの薬剤のための持続放出性担体としての該インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルは、6種類のコルチコステロイドに対して良好な持続放出効果を有することを見ることができる。疎水性の違いにより、該薬剤は、該ゲルから放出されるそれらの挙動が非常に異なる。薬剤の疎水性が強ければ強いほどその放出はより持続性である。より大きく親水性のプレドニゾロンを例として取り上げると、それは7日間で実質的に完全に放出され、一方、非常に疎水性のベクロメタゾンジプロピオネートについては放出は殆ど検出されなかった。
【0087】
<実施例13:鼻副鼻腔炎(nasosinusitis)手術後の副鼻腔口(nasal sinus ostium)の再狭窄を防ぐためのインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルの適用>
パスツール滅菌後の8匹のそれぞれが3.5〜4.0kgの重さのニュージーランドのオスの白ウサギを使用し、それらを、ケタミン(35mg/kg)およびトルオルゾシン(toluolzosin)(5mg/kg)をそれらの筋肉に注射することによって麻酔した。それらの鼻の外部裏側を取り除いた後、そのウサギをヨウ素で消毒し、3mLの1%リドカインと1:100000のアドレナリンとの混合溶液により麻酔した。無菌状態下で、正中線(midline)に沿って2.5mmの垂直の切込みを入れた。その洞を覆っている軟組織および骨膜を持ち上げて分離した。その洞の前壁を手術用電気ドリルで開き、4mmの球状の切削ドリルによりその洞の中央の壁と鼻腔との間を突破し、かくして、境目に粘膜のない直径4mmの円筒状孔管を形成した。4匹のウサギのその孔管の両側に実施例4で調製したヒアルロン酸ナトリウムのゲルを塗り込み(治療群)、残りの4匹のウサギの孔管の両側には何も塗らなかった(対照群)。次にその骨膜を吸収性の結紮糸(ligature)により縫い合わせ、その洞を、吸収性の結紮糸により皮膚と縫い合わせてシールした。何らかの他の包帯の必要性はなかった。所定の食べ物と水を手術後その動物に提供した。
【0088】
それらのウサギを2週間後に屠殺した。治癒した創傷を、屠殺後切開して洞腔をさらした。水を流し、それと同時に抽出器によりその洞腔から残留物を穏やかに抽出し、副鼻腔の内壁を30°の鼻の内視鏡により検査し、それを撮影した。それぞれのその小孔をミリメートル規模の定規によって測定した。その小孔を二重盲検法(double-blind technique)によって観察して計測した。治療群と対照群の小孔計測結果は、以下の通りである。
【0089】
【表4】

【0090】
鼻副鼻腔炎臨床手術に伴う重大問題としての副鼻腔口の再狭窄は、手術効果に影響を及ぼし、鼻副鼻腔炎再発さえも引き起こす可能性がある。上記の結果は、インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルが、副鼻腔口の狭窄を大いに防ぐことができることを示しており、従って、臨床診療において幅広く使用されることが期待される。
【0091】
<実施例14:インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルによる創傷治癒の促進>
カーカー(Kirker)らによりBiomaterials, 23, 3661, 2002において報告されている採用動物モデルについて、以下のように簡潔に説明する。それぞれ25gの重さのある10匹のマウスを麻酔した後、そのマウスの背中の表皮および真皮を外科用メスにより切除し、直径1cmの創傷を得た。治療群の創傷には実施例4で調製した0.3mLのヒアルロン酸ナトリウムゲルを塗り込み、次いでTegaderm(商標)賦形済およびガーゼにより包帯をし、対照群の創傷は、Tegaderm(商標)賦形済およびガーゼにより直接包帯をした。それらのマウスを手術後5日および10日に屠殺し、創傷治癒状況を表皮再生率(最初の創傷に対する新たな表皮のパーセンテージ)により特性を決定した。その表皮再生率(%)の結果は、以下の通りである。
【0092】
【表5】

【0093】
該インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルは、創傷の表皮の再生を著しく促進し、それ故、臨床診療における創傷被覆材として使用できる。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明は、架橋性活性溶液中に溶解している酸素によってチオール基を酸化してジスルフィド結合にするゲル化プロセスを実現する。この方法は、空気にさらされていることがジスルフィド結合で架橋したゲルを調製するためには必要であるという技術的偏見を排除して、大規模の工業化生産に伴う技術的問題を解決する。その上、この方法は、架橋性活性溶液中に溶解する酸素の濃度を、温度および酸素ガスの分圧などのパラメータをタイミングよく調節することによって柔軟に制御し、かくして、ジスルフィド結合架橋プロセスおよびジスルフィド結合で架橋したヒドロゲルの特性を制御できる。その間に、該ゲル化プロセスは、注射用容器中で完了し、生成したヒドロゲルは注射できる。本発明の方法は、多くの利点、例えば、架橋剤を必要としないこと、簡単な調製プロセス、使いやすい用途、不純物を含有しないこと、良好な生体適合性、毒性および副作用がないこと、および医学における幅広い用途など、を有する。
【0095】
注射用容器中で完了するゲル化プロセスを含む本発明は、二次汚染を回避すること、臨床的応用に対して極めて便利なこと、使用中に交差感染がないこと、病室において汚れた空気がその製品と接触することを未然に防ぐこと、薬剤を抽出する必要がないこと、およびディスポーザブルであることなどの利点をさらに有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、
(1)側鎖に2個を上回るチオール基を有する少なくとも1種類の生体適合性高分子を含有する架橋性活性溶液を注射用容器に充填するステップと、
(2)前記架橋性活性溶液を含有する前記注射用容器をシールするステップと、および
(3)前記シールした注射用容器中の前記架橋性活性溶液中に溶解している酸素によって前記チオール基を酸化してジスルフィド結合にして前記架橋したヒドロゲルを形成するステップと、
を含むことを特徴とするインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法。
【請求項2】
請求項1に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記架橋性活性溶液中に溶解している酸素の濃度が、前記ステップ(1)の前後に調節されることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項2に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記架橋性活性溶液中に溶解している酸素の濃度を、前記溶解している酸素の濃度を増加または減少させることによって調節できることを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項2または3に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記架橋性活性溶液中に溶解している酸素の濃度が、温度、前記架橋性活性溶液と接触している気体の酸素分圧、または接触時間を調節することによって制御できることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項3に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記溶解している酸素の濃度を増加させる方法が、酸素分圧が大気中の空気の酸素分圧より高い気体と前記架橋性活性溶液を相互作用させるステップを含むことを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項3に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記溶解している酸素の濃度を減少させる方法が、酸素分圧が大気中の空気の酸素分圧より低い気体に前記架橋性活性溶液を排出してさらすステップを含むことを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記注射用容器が、シリンジまたは押出し容器であることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記側鎖に2個を上回るチオール基を有する生体適合性高分子が、その少なくとも1つがチオール修飾である1つ以上の化学修飾によって生成される多糖、タンパク質または合成高分子の誘導体であることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項8に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記多糖が、コンドロイチン硫酸、ヘパリン、ヘパラン、アルギン酸、ヒアルロン酸、デルマタン、デルマタン硫酸、ペクチン、カルボキシメチルセルロース、およびキトサン、ならびにそれらの塩の形から選択され、前記タンパク質が、コラーゲン、酸性ゼラチン、アルカリ性ゼラチン、および遺伝子組換えゼラチンから選択され、前記合成高分子が、ポリアクリル酸、ポリアスパラギン酸、ポリ酒石酸、ポリグルタミン酸、およびポリフマル酸、ならびにそれらの塩の形から選択されることを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項8に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記チオール修飾が、カルボジイミドの活性化下でカルボキシル基を、前記ジスルフィド結合を含有するジアミンまたはジヒドラジドと反応させて中間生成物を生成し、次に前記ジスルフィド結合を還元して前記チオール基とし、前記チオール化誘導体を精製する化学反応プロセスを含むことを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項8に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記側鎖に2個を上回るチオール基を含有する生体適合性高分子が、以下の群:側鎖に2個を上回るチオール基を含有するチオール化ヒアルロン酸ナトリウム誘導体、側鎖に2個を上回るチオール基を含有するチオール化コンドロイチン硫酸誘導体、側鎖に2個を上回るチオール基を含有するチオール化ゼラチン誘導体、側鎖に2個を上回るチオール基を含有するチオール化コラーゲン誘導体、側鎖に2個を上回るチオール基を含有するチオール化キトサン誘導体、または側鎖に2個を上回るチオール基を含有するチオール化ヘパリン誘導体から選択されることを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項1に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記架橋性活性溶液が、側鎖に2個を上回るチオール基を含有する2種類以上の生体適合性高分子を含有することを特徴とする方法。
【請求項13】
請求項12に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記架橋性活性溶液が、以下の群:チオール化ヒアルロン酸ナトリウム誘導体、チオール化コンドロイチン硫酸誘導体、チオール化ヘパリン誘導体、チオール化ゼラチン誘導体、チオール化コラーゲン誘導体、チオール化キトサン誘導体から選択される、2種類以上のチオール化誘導体を含有することを特徴とする方法。
【請求項14】
請求項1、12または13に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記架橋性活性溶液が、多糖、タンパク質および合成高分子の1種類以上をさらに含有することを特徴とする方法。
【請求項15】
請求項14に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記多糖が、コンドロイチン硫酸、ヘパリン、ヘパラン、アルギン酸、ヒアルロン酸、デルマタン、デルマタン硫酸、ペクチン、カルボキシメチルセルロース、およびキトサン、ならびにそれらの塩の形から選択され、前記タンパク質が、コラーゲン、酸性ゼラチン、アルカリ性ゼラチン、および遺伝子組換えゼラチンから選択され、前記合成高分子が、ポリアクリル酸、ポリアスパラギン酸、ポリ酒石酸、ポリグルタミン酸、およびポリフマル酸、ならびにそれらの塩の形から選択されることを特徴とする方法。
【請求項16】
請求項1に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記架橋性活性溶液が、前記注射用容器中で、前記ジスルフィド結合で架橋したヒドロゲルを徐々に形成するためにかけられる時間が、30分より長いことを特徴とする方法。
【請求項17】
請求項1、12または13に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記架橋性活性溶液が、活性薬剤成分を含有することを特徴とする方法。
【請求項18】
請求項14に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記架橋性活性溶液が、活性薬剤成分を含有することを特徴とする方法。
【請求項19】
請求項17に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記活性薬剤成分が、前記架橋性活性溶液中に固体粒子の形態で分配されるかまたは前記架橋性活性溶液中に溶解されるかのいずれかであり得ることを特徴とする方法。
【請求項20】
請求項18に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記活性薬剤成分が、前記架橋性活性溶液中に固体粒子の形態で分配されるかまたは前記架橋性活性溶液中に溶解されるかのいずれかであり得ることを特徴とする方法。
【請求項21】
請求項18から20のいずれかに記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記活性薬剤成分は、ステロイド、抗生物質および抗癌剤を含むことを特徴とする方法。
【請求項22】
請求項17に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルを調製する方法であって、前記活性薬剤成分は、ステロイド、抗生物質および抗癌剤を含むことを特徴とする方法。
【請求項23】
請求項1から22のいずれかに記載の方法によって調製されたことを特徴とする、インシトゥで架橋した注射用ヒドロゲル。
【請求項24】
医薬または外科手術における用途であることを特徴とする、請求項23に記載のインシトゥで架橋した注射用ヒドロゲルの用途。

【公表番号】特表2012−505840(P2012−505840A)
【公表日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−531327(P2011−531327)
【出願日】平成21年9月8日(2009.9.8)
【国際出願番号】PCT/CN2009/001013
【国際公開番号】WO2010/043106
【国際公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【出願人】(511095610)バイオレゲン バイオメディカル (チャンヂョウ) カンパニー リミテッド (1)
【Fターム(参考)】