説明

ウイルス阻害性因子の発現を沈黙させることが可能な増殖性ウイルス

標的細胞内で複製可能であり且つ細胞溶解能を示す増殖性ウイルスであって、該ウイルスは、標的細胞内の標的遺伝子の発現を抑制するサイレンシング因子をコードする少なくとも1種のDNA配列をそのゲノム内に包含し、該DNA配列は、該標的細胞内で機能する少なくとも1種の発現制御配列に発現可能な状態で連結していることを特徴とする増殖性ウイルスを開示し、更に該ウイルスを用いて製造した医薬、及び該ウイルスを用いた、ウイルス阻害因子を発現する標的細胞を溶解する方法を開示する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子修飾、生化学及び医薬の分野に関する。更に詳細には、本発明は、組み換えウイルス(特にアデノウイルス)であって、自らが複製している細胞を溶解する能力と、自らが複製している該細胞内の1種以上の標的遺伝子の発現を抑制する能力とを有するウイルスを提供する。更に本発明は、一定の細胞において一定の遺伝子の発現を沈黙(silence)させることによって、より効果的に細胞内で複製し、細胞を溶解する組み換えウイルスを提供する。従って本発明は、一定の細胞集団を駆除するためのより効率的な手段を提供する。更に本発明は、標的遺伝子を同定するための方法及び手段であって、該標的遺伝子は、それをサイレンシングする(沈黙させる)ことによって、より効率的にウイルスが細胞内で複製し、またウイルス自らが複製している該細胞をより効率的に溶解することが可能となる遺伝子であることを特徴とする、標的遺伝子を同定するための方法及び手段を提供する。更に本発明は、上記方法で同定した細胞内標的遺伝子の発現を沈黙させる組み換えウイルスを提供し、このような沈黙化(サイレンシング)によって、ウイルスがより効果的に細胞内で複製し、細胞を溶解することが可能となる。又、本発明は、ウイルスベクターの製造、治療用標的の同定、及びタンパク質発現阻害と生体からの一定の細胞(例えば、癌細胞)の除去に基づく治療法の分野において、有用な用途が考えられる。
【背景技術】
【0002】
組み換えウイルスは、遺伝子工学によってウイルスゲノムから作製する。多くの場合、このような遺伝子工学には、アデノウイルスゲノムへの異種DNAの挿入が含まれ、異種DNAとしては、治療用産物をコードするDNAが挙げられるが、これに限定されるものではない。しかし、「組み換えウイルス」という用語には、異種DNAの挿入はないが、ウイルスゲノムの一部が欠失したウイルスも含まれることを理解されたい。組み換えウイルスの他の例としては、異なるウイルスのゲノムや、同種であるが型の違うウイルス(例えば、セロタイプの異なるウイルスや宿主動物種に関する特異性の異なるウイルス)のゲノムの一部を含有するキメラウイルスが挙げられる。本発明の目的のために、2種類の組み換えウイルス、即ち、非増殖性ウイルス(replication deficient virus)と増殖性ウイルス(replication competent virus)を区別する。本発明は、増殖性ウイルスのみに関するものである。
【0003】
本願明細書では、組み換えウイルスの一例としてアデノウイルスを用いる。従って、「アデノウイルス」という用語は、標的細胞に感染して細胞溶解が可能な、公知の適当なウイルスで置き換えることもできる。アデノウイルス以外の適切なウイルスとしては、単純ヘルペスウイルスやワクシニアウイルスが挙げられるが、これらに限定されるものではない。更に、「アデノウイルス」という用語を含む本願明細書で定義した用語、例えば「アデノウイルス阻害因子」においても、「アデノウイルス」という用語を、標的細胞に感染して細胞を溶解することが可能な、公知の適当なウイルスで置き換えることができることを理解されたい。
【0004】
本願明細書において増殖性アデノウイルス(replication competent adenovirus)とは、標的細胞内で複製するための機能をそのゲノムの一部として有し、ウイルスの複製が、ウイルスの提供する複製能と標的細胞の内因性細胞機構との組み合わせにのみ依存するウイルスである。従って標的細胞のゲノムは、ウイルス複製に必要な、外因性配列のコードするいかなる因子をも必要としない。このような因子は増殖性ウイルスのゲノムによって提供される。
【0005】
ここでは「外因性」という用語は、ウイルス複製に必要な細胞機構(とそのコード配列)が天然に存在する機構であり、人為的に細胞に導入した機構でないことを意味する。人為的に細胞に導入した機構は「外因性」であると定義する。「複製する機能」という用語には、ウイルスのコードするタンパク質などの、ウイルスが標的細胞内で複製する際に必要な因子(本願では「ウイルス複製因子」と称する)も含まれる。このような因子は、ウイルスにとって内因性であってもよいが、それのみならず、例えば、内因性ウイルス因子をコードする遺伝子がウイルスゲノムから欠失している場合には、ウイルスゲノムのコードする、該因子の機能的類似体であってもよい。このような因子はウイルスゲノムにコードされており、標的細胞においてコードされる外因性因子によって補完されるものではないことが重要であることに注目されたい。従って、ウイルスの複製が、ウイルスから欠失しているが、標的細胞に導入された1つ以上の複製機能に依存する場合、このようなウイルスは「複製能を喪失している」と定義されるので、本発明の一部ではない。請求の範囲に記載したように、本発明は、増殖性ウイルス、即ち、標的細胞内でのウイルス複製の調節に必須のウイルス複製因子をコードするウイルス遺伝子がウイルスゲノム上に存在するウイルスに関する。
【0006】
1種類目の増殖性アデノウイルスにおいては、アデノウイルスゲノムから欠失した部位はないか、又はアデノウイルスゲノムから欠失した部位にはアデノウイルス感染ライフサイクルの1つの工程にすら必須な部位が含まれない。従ってこのような組み換えアデノウイルスは、真性増殖性アデノウイルスとも定義され、親株である未修飾アデノウイルスと同様に細胞内で複製する能力を有する。一般的にアデノウイルスの複製は、特定の動物種や一群の動物種由来の細胞に限定されている。例えば、ヒトアデノウイルス由来の組み換えアデノウイルスは、ヒト細胞においてのみ完全なライフサイクルを遂行することが可能であり、いくつかの他種の細胞においては、非常に非効率的な複製が大量に発生する。
【0007】
2種類目の増殖性アデノウイルスは、増殖制御可能なアデノウイルス(conditionally replicating adenovirus)(CRAd)と呼ばれるウイルスである。CRAdにおいては、アデノウイルスゲノムの1つ以上の部位が欠失しており、欠失部位には、一定の生理的条件(屡々、「第1条件」と称す)の下ではアデノウイルス感染ライフサイクルの少なくとも1つの工程に必須であるが、他の一定の生理的条件(屡々、「第2条件」と称す)の下では必須ではない部位が含まれる。第1及び第2の条件は、例えば、特定の種類の細胞(屡々、「第1細胞」と称す)には存在するが、他の種類の細胞(屡々、「第2細胞」と称す)には存在しない生理的条件によって支配されることもある。このような第1細胞は、例えば、特定の組織から誘導した細胞であって、他の組織(第2細胞)には存在しないか存在量が非常に低いタンパク質を含有する。第2細胞の例としては、正常な細胞増殖制御能を失った細胞(癌細胞など)であって、正常な細胞増殖制御能を失っていない細胞には存在するタンパク質を欠失している細胞、あるいは正常な細胞増殖制御能を失っていない細胞には存在しないか存在量が非常に低いタンパク質の発現を得た(又は過剰発現している)細胞が挙げられる。第2条件の別の例としては、一定のタンパク質が特異的に発現されている、細胞周期の特定の段階又は細胞の特定の発生段階に存在する状態が挙げられる。従って、CRAdが癌細胞や特定の種類の癌細胞などの特定細胞では複製することができるが、正常な細胞では複製できないようにCRAdを設計することができる。このような方法は公知であり、例えば、以下の文献で検証されている: Heise and Kirn, J. Clin. Invest. 105 (2000): 847-851; Alemany et al., Nat. Biotech. 18 (2000): 723-727; Gomez-Navarro and Curiel, Lancet Oncol. 1 (2000): 148-158。
【0008】
3種類目の増殖性アデノウイルスにおいては、標的細胞内で複製するための機能がゲノム内の欠失部位に含まれているが、該機能は、組み換えアデノウイルスゲノムに該機能を提供する異種タンパク質をコードする1つ以上の機能的発現カセットを挿入することで補完されている。このような組み換えアデノウイルスを、本願明細書では異種トランス因子補完アデノウイルス(heterologously transcomplemented adenovirus)と称し、このようなウイルスも本願の定義によれば増殖性であるとみなす。
【0009】
アデノウイルス複製機構は以下の工程からなるものである:(1)アデノウイルス粒子が細胞表面に結合することによる宿主細胞への感染と侵入、細胞核への移動、そして細胞核へのアデノウイルスDNAゲノムの注入、(2)アデノウイルスゲノムの初期領域(early regions)のコードするアデノウイルスタンパク質の発現、(3)初期複製を後期複製へとつなぐ、アデノウイルスゲノムの複製、(4)アデノウイルスゲノムの後期領域(late regions)のコードするアデノウイルスタンパク質の発現、(5)娘アデノウイルス(progeny adenovirus)粒子の粒子形成とこれら粒子による娘アデノウイルスゲノムの内包、そして(6)細胞死の誘導と、それに続く細胞からの娘アデノウイルスの放出。そのライフサイクルにおいて、アデノウイルスは細胞死経路を調節する。種々の細胞系において、アデノウイルス感染後のp53非依存性アポトーシスのみならず、p53依存性アポトーシスについて報告されている(Teodoro and Branton, J. Virol. 71 (1997): 1739-1746;とそこに記載された参考文献)。複製初期においては、早期細胞死を防ぐために細胞死を抑制して、アデノウイルスがそのライフサイクルを細胞内で完了できるようにする。一方、感染後期においては、娘ウイルスを細胞から放出するために細胞死と溶解を促進する。
【0010】
組み換えアデノウイルスの製造は、通常、公知の標準的な分子生物学的技法を用いた、アデノウイルスゲノムの少なくとも一部に対する遺伝子操作から初める。次に、1つの構築物又は複数の構築物(この場合は重なりのある構築物)に包含されるアデノウイルスゲノムを、組み換えアデノウイルスが複製可能な細胞に公知のDNA導入法で導入する。組み換えアデノウイルスゲノムを導入した細胞内で組み換えアデノウイルスが複製を始めたら、組み換えアデノウイルスは培地内の他の細胞にも伝播することができる。組み換えアデノウイルスは培養液又は組み換えアデノウイルスが複製している細胞の溶解物から単離することができる。単離した組み換えアデノウイルスは、新しい細胞に再感染させるために用い、組み換えアデノウイルスを更に増殖させて感染を拡大することができる。更に組み換えアデノウイルスは、in vivoで細胞を感染させるために動物又はヒトの体に投与することもできる。このような投与はいくつかの経路で実施することが可能であり、組織への直接注射、経口投与、循環血への注射、吸入、体腔への注射、一定の生体部位表面への塗布が挙げられるが、これらに限定されるものではない。感染した細胞が組み換えアデノウイルスの複製を支持している場合、in vivoでの細胞感染の後には、組み換えアデノウイルスは複製してin vivoの他の細胞に伝播することができる。
【0011】
増殖性アデノウイルスが正しい細胞種指向性を有するアデノウイルスから誘導されたものであり、且つ感染される細胞が該アデノウイルスに対する細胞表面受容体を発現する限り、増殖性アデノウイルスは、生体内の色々な種類の細胞で複製する。増殖性アデノウイルスを含む組み換えアデノウイルスによる特異的細胞表面認識は、シュードタイピング(pseudotyping)又はターゲティングによって変更することができる(Krasnykh et al., Mol. Ther. 1 (2000): 391-405; Havenga et al., J. Virol. 76 (2002): 4612-4620; Van Beusechem et al., Gene Ther. 10 (2003): 1982-1991)。CRAdは、自らの複製に必要な特定の条件が存在する細胞でのみ複製する。選択した(第1の)種類の細胞では複製するが、その他の(第2の)種類の細胞では複製しないというように、複製のための特異的な要件を満足するようにCRAdを設計する。このような特徴ゆえにCRAdは、本発明の組み換えアデノウイルスの特異的な溶解性複製を動物又はヒトの生体内の病変細胞で行い、その結果、病変細胞を体内から特異的に排除して疾患を治療することを目的とした、本発明のいくつかの態様において特に有用である。
【0012】
増殖性ウイルス、特にアデノウイルスは、不適切な細胞寿命の関与する癌やその他疾患の治療において、その有用性が増加している。特にCRAdは、癌細胞で選択的に複製して殺傷するように開発されている。このような癌特異的CRAdは、新規且つ非常に有望な抗癌剤のクラスを代表するものである(上述のHeise and Kirn; 上述のAlemany et al.; 上述のGomez-Navarro and Curielの論文に概説あり)。このようなCRAdによる腫瘍選択的な複製は、2つの戦略のいずれかによって達成される。第1の戦略では、必須な初期アデノウイルス遺伝子の発現を腫瘍特異的プロモーターによって制御する(例えば、Rodriguez et al., Cancer Res. 57 (1997): 2559-2563; Hallenbeck et al., Hum. Gene Ther. 10 (1999): 1721-1733; Tsukuda et al., Cancer Res. 62 (2002): 3438-3447; Huang et al., Gene Ther. 10 (2003): 1241-1247; Cuevas et al., Cancer Res. 63 (2003): 6877-6884)。第2の戦略では、ウイルス遺伝子にコードされたRNA産物かタンパク質産物と細胞タンパク質との相互作用であり、且つ正常細胞ではウイルスのライフサイクル完了のために必要であるが腫瘍細胞ではウイルスのライフサイクル完了のために必要のない相互作用を選び、この相互作用を排除することのできる変異をウイルス遺伝子に導入する(例えば、Bischoff et al., Science 274 (1996): 373-376; Fueyo et al., Oncogene 19 (2000): 2-12; Heise et al., Clin. Cancer Res. 6 (2000): 4908-4914; Shen et al., J. Virol. 75 (2001: 4297-4307; Cascallo et al., Cancer Res. 63 (2003): 5544-5550)。CRAdは腫瘍細胞内で複製する際に、細胞溶解を誘導して癌細胞を破壊する(以下、この細胞溶解を「腫瘍退縮(oncolysis)」と称する)。溶解した癌細胞からの娘ウイルスの放出が起きるので、in situにおけるCRAdの増幅と固形腫瘍における隣接細胞への水平伝播を達成して、腫瘍退縮効果を拡大できる可能性がある。CRAdの複製を癌又は過剰増殖性細胞(hyperproliferative cells)に限定することにより、正常組織の細胞溶解を防止できるので、薬剤の安全性が確保できる。現在では、CRAdに基づく癌治療の評価が、既に臨床試験で行なわれている(例えば、Nemunaitis et al., Cancer Res. 60 (2000): 6359-6366; Khuri et al., Nature Med. 6 (2000): 879-885; Habib et al., Hum. Gene Ther. 12 (2001): 219-226)。
【0013】
In vitroの実験と動物実験において有望な結果が得られているものの、ヒトにおけるCRAd単独の抗癌効果には限界がある(Kirn et al., Nature Med. 4 (1998): 1341-1342; Ganly et al., Clin. Cancer Res. 6 (2000): 798-806; Nemunaitis et al., Cancer Res. 60 (2000): 6359-6366; Mulvihill et al., Gene Therapy 8 (2001): 308-315)。従って、癌治療の分野においては、腫瘍退縮剤としての増殖性アデノウイルスの効力を向上させる必要性が明らかに存在する。このような効力の向上は、増殖性アデノウイルスの複製能と溶解能を高めることによって達成される。
【0014】
増殖性アデノウイルスの複製能と溶解能を向上させるための試みと、野生型アデノウイルスが上記能力を失わないようにするための試みが行なわれている。このような試みから、増殖性アデノウイルスがアデノウイルスのE3領域を保存している方が好ましく(Yu et al., Cancer Res. 60 (2000): 4200-4203)、E3領域の大部分を欠失させる場合には、少なくともE3−11.6kDaタンパク質をコードする遺伝子を保存する方が好ましいことが示された(Tollefson et al., J. Virol. 70 (1996): 2296-2306; Doronin et al., J. Virol. 74 (2000): 6147-6155)。更に、増殖性アデノウイルスの複製能と溶解能は、細胞毒性遺伝子の導入によって向上することが示されている(Zhang et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93 (1996): 4513-4518; Freytag et al., Hum. Gene Ther. 9 (1998): 1323-1333; Wildner et al., Gene Ther. 6 (1999): 57-62)。又、増殖性アデノウイルスは、抗アポトーシス性ElB−19kDaタンパク質をコードする遺伝子を欠失している方が癌細胞を殺傷する能力が高いことも報告されている(Martin Duque et al., Cancer Gene Ther. 6 (1999): 554-563; Sauthoff et al., Hum. Gene Ther. 11 (2000): 379-388)。近年、我々は、p53の機能を癌細胞で復帰すると、腫瘍退縮と感染癌細胞からの娘アデノウイルスの放出が加速されることを見出した(van Beusechem et al., Cancer Res. 62 (2002): 6165-6171; WO 03/057892、これら言及によって本願明細書に組み込まれたものとする)。p53の機能の復帰は、復帰因子(restoring factor)を癌細胞で発現させることによって行うが、復帰因子は、p53依存性アポトーシス経路の機能性因子であって、その機能が癌細胞においては全く又は不十分にしか発現されていないものであり、また復帰因子はタンパク質を含むものが好ましい(WO 03/057892)。従って、復帰因子は、p53依存性アポトーシス経路に必要な正(positive)の成分である。
【0015】
癌細胞及び癌細胞系は、悪性形質転換(neoplastic transformation)の結果である。悪性形質転換の基礎を成す遺伝子レベルの事象には、癌原遺伝子の活性化と腫瘍抑制遺伝子の不活化が含まれる。この事象に関与する主要なメンバーの1つは、腫瘍抑制タンパク質p53をコードする遺伝子である。p53タンパク質は、障害誘導性細胞周期チェックポイント制御(damage-induced cell-cycle checkpoint control)の中心的な調整者である。異常をきたした細胞(perturbed cell)においてp53は増殖阻害と細胞死を誘導することができる。p53は、増殖制御、DNA修復、細胞周期阻害、アポトーシス促進、酸化還元調節、窒素酸化物の生成及びタンパク質分解に関与する広範にわたる(large panel)遺伝子群の発現を制御する特異的な転写調節因子として機能することによって、上述の効果を発揮する(Polyak et al., Nature 389 (1997): 237-238; El-Deiry, Sem. Cancer. Biol. 8 (1998): 345-357; Yu et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 96 (1999): 14517-14522; Hupp et al., Biochem. J. 352 (2000): 1-17; 及びこれらに記載された参考文献)。p53による細胞死の誘導は、baxbakbadbidbikbimbokblkhrkpumanoxa及びbcl-xsなどのbcl-2ファミリーに属するアポトーシス促進性の細胞死遺伝子の活性化によって少なくとも部分的に仲介されている(Miyashita and Reed, Cell 80 (1995): 293-299; Han et al., Genes Dev. 10 (1996): 461-477; Zoernig et al., Biochim. Biophys. Acta 1551 (2001): F1-F37)。一方、bcl-2自身と、bcl-xLbcl-wbfl-1brag-1及びmcl-1といったbcl-2ファミリーの抗アポトーシス性のメンバーは、p53依存性細胞死を阻害する(上述のZoernig et al.)。抗アポトーシス性タンパク質Bax阻害因子−1(anti-apoptotic protein Bax Inhibitor-1)(BI-1)は、bcl-2及びbcl-xLとの相互作用を通じてアポトーシスを抑制する(Xu and Reed, Mol. Cell 1 (1998): 337-346)。p53のみならず、p53の中間エフェクタータンパク質がミトコンドリアを標的とし、その結果、シトクロムcを細胞質に放出して、イニシエーターカスパーゼ−9/Apaf−1複合体(initiator caspase-9/Apaf-l complex)を介したカスパーゼカスケードの活性化をもたらす(Juergensmeier et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95 (1998): 4997-5002; Fearnhead et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95 (1998): 13664-13669; Soengas et al., Science 284 (1999): 156-159; Marchenko et al., J. Biol. Chem. 275 (2000): 16202-16212)。カスパーゼカスケードの負の調節因子としては、cIAPl、cIAP2、cIAP3、XIAP及びスルビビン(survivin)等のアポトーシスタンパク質阻害因子(Inhibitor of Apoptosis Protein)(IAP)ファミリーに属するタンパク質(上述のZoernig et al.)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0016】
p53の正常な機能の喪失は、プログラムされた細胞死に対する耐性、in vitroにおける形質転換及びin vivoにおける腫瘍形成と関連する。ヒト癌の約50%においては、p53をコードする遺伝子が欠失又は変異によってその機能を失っている(Levine et al., Nature 351 (1991): 453-456; Hollstein et al., Science 253 (1991): 49-53; Chang et al., J. Clin. Oncol. 13 (1995): 1009-1022)。その他の50%の癌細胞の多くは野生型p53タンパク質を発現するものの、p53の機能は「p53アンタゴニスト」の働きによって未だ妨害されている。ここでは「p53アンタゴニスト」を、p53の機能を阻害しうる分子と定義する。例えば、腫瘍抑制タンパク質pl4ARFの欠損やMDM2タンパク質の過剰発現は、p53がMDM2タンパク質と結合し、次に分解されることによって、p53機能の不活化をもたらす(Landers et al., Oncogene 9 (1994): 2745-2750; Florenes et al., J. Natl. Cancer Inst. 86 (1994): 1297-1302; Blaydes et al., Oncogene 14 (1997): 1859-1868; Stott et al., EMBO J. 17 (1998): 5001-5014; Schmitt et al., Genes Dev. 19 (1999): 2670-2677)。p53の分解を促進するその他の分子としては、Pirh2(Leng et al., Cell 112 (2003): 779-791)、COP1(Dornan et al., Nature 429 (2004): 86-92)及びBruce(Ren et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102 (2005): 565-570)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。別の例としては、子宮頸癌におけるヒトパピロマウイルス(HPV)のE6タンパク質による拮抗結合(Scheffner et al., Cell 63 (1990): 1129-1136)や、カポジ肉腫における単純ヘルペスウイルス−8の潜伏期関連核抗原(herpesvirus-8 latency-associated nuclear antigen)(LANA)(Friborg et al., Nature 402 (1999): 889-894)の結果として生じるp53機能の不活化が挙げられる。p53機能の不活化の更に別の例としては、p53のParc(Nikolaev et al., Cell 112 (2003): 29-40)や、mot-2/mthsp70/GRP75/モルタリン(Wadhwa et al., Exp. Cell Res. 274 (2002): 246-253)への結合による細胞質への保持が挙げられる。更に、いくつかの分子は細胞内の機能性p53の量を間接的に低下させることが可能であり、このような分子はp53経路のメンバーではないと考えられるが、ここではp53のアンタゴニストとする。例えば、polo様キナーゼ−1(polo-like kinase-1)(plk-1)の発現の上昇はp53の安定性を低下させる(Liu and Erikson, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100 (2003): 5789-5794)。更に、p53の機能自体がそのままであっても、p53経路においてp53の下流で作用する、抗アポトーシス性bcl-2、IAPファミリーのメンバー、及びBI-1等の抗アポトーシス性タンパク質の過剰発現によっても、p53依存性の細胞死は妨げられる。その他の例としては、p53と競合してp53応答性プロモーターに結合し、その結果p53依存性の細胞死を拮抗するp73DeltaNが挙げられる(Kartasheva et al., Oncogene 21 (2002): 4715-4727)。本発明を定義するに当たって、p53経路において、p53の下流で作用するこのような抗アポトーシス性タンパク質を「p53経路阻害因子」と称する。従って、全てでなくとも多くのin vivoの癌やin vitroの癌誘導性細胞系又は不死化細胞系においては、p53経路における1つ又は複数の障害の結果として、p53依存性細胞死が妨げられている。
【0017】
p53機能の喪失は、不適切な細胞寿命の係る他の疾患、例えば、慢性関節リウマチ(Firestein et al., J. Clin. Invest. 96 (1995): 1631-1638; Firestein et al., Am. J. Pathol. 149 (1996): 2143-2151; Firestein et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94 (1997): 10895-10900)や血管平滑筋細胞増殖症(Speir et al., Science 265 (1994): 391-394; Kovacs et al., Am J. Pathol. 149 (1996): 1531-1539)についても報告されている。
【0018】
プログラムされた細胞死の調節に関与する他の分子としては、デスエフェクタードメイン(death effector domain)タンパク質ファミリーのメンバー(Tibbetts et al., Nat. Immunol. 4 (2003): 404-409に概説が有り)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。プログラムされた細胞死の調節や癌細胞の維持において重要であることが知られる抗アポトーシス性タンパク質の多くは、p53経路に作用しないことを理解されたい。従って、このようなタンパク質はp53経路のメンバーではない。例えば、サイクリンE、DNA複製開始タンパク質、脂肪酸合成酵素やPAX2の阻害は、癌細胞のアポトーシスをもたらす(Li et al., Cancer Res. 63 (2003): 3593-3597; Feng et al., Cancer Res. 63 (2003): 7356-7364; De Schrijver et al., Cancer Res. 63 (2003): 3799-3804; Muratovska et al., Oncogene 22 (2003): 6045-6053)。従って、本発明の目的のためには、p53経路のメンバーではないが、上記の標的のようにその阻害がアポトーシスに繋がるものは、全て抗アポトーシス性タンパク質とみなす。プログラムされた細胞死の調節や癌細胞の維持において重要であることが知られる多くの遺伝子が、抗癌治療の標的となることが知られている(Jansen and Zangemeister-Wittke, Lancet Oncol. 3 (2002): 672-683に概説有り)。いくつかの方法が上記標的の選択的抑制に有効に用いられており、このような方法として、ドミナントネガティブタンパク質の発現、低分子阻害剤の導入、アンチセンスRNAの発現及びRNA干渉が挙げられる。本発明では、RNA干渉を使用する。
【0019】
RNA干渉(RNAi)は、2本鎖RNA(dsRNA)を認識し、dsRNAに相同的なRNA種の配列特異的な分解を行う、保存された細胞内監視機構である(Hannon, Nature 418 (2002): 244-251)。更に、RNAiは、RNA特異的プロモーターDNAのメチル化及び/又はヒストンのメチル化によって、転写遺伝子のサイレンシングを行うことができる(Kawasaki and Taira, Nature 431 (2004): 211-217; Morris et al., Science 305 (2004): 1289-1292)。又、いくつかの生物種においては、RNAiはプログラムされたDNA排除及び減数分裂時のサイレンシング(meiotic silencing)との関係が報告されている(Matzke and Birchler; Nature Rev. Genet. 6 (2005): 24-35に概説有り)。dsRNAが強力且つ特異的な遺伝子サイレンシング効果を誘引することができるという知見は、アンチセンスRNA生成時の副産物であるdsRNAが、アンチセンスRNAそのものよりも効果的であることが証明された、Caenorhabditis elegansを用いた実験によって初めて得られた(Fire et al., Nature 391 (1998): 806-811)。後ろ向きに考えると、この知見は、トランスジェニック植物で頻繁に観察される、転写後遺伝子サイレンシングという現象に対する説明を提供している(Baulcombe, Plant Mol. Biol. 32 (1996): 79-88)。これらの初期の報告の後には、原生動物、ハエ、線虫、昆虫、寄生虫、及びマウスやヒトの細胞系を含む大部分の真核生物について、RNAi関連プロセスが報告されている(Zamore, Nat. Struct. Biol. 8 (2001): 746-750; Hannon, Nature 418 (2002): 244-251; Agrawal et al., Microbiol. Mol. Biol. Rev. 67 (2003): 657-685に概説有り)。今では、RNA干渉は、機能的研究のために遺伝子を特異的にダウンレギュレートするために、最も広く用いられる方法である。
【0020】
RNAiの分子機構は、RNAse III酵素であるDicerとDroshaによるdsRNAの認識と小さな干渉性RNA(siRNA)への開裂(Carmell and Hannon, Nat. Struct. Biol. 11 (2004): 214-218)、RISCと呼ばれるマルチタンパク質複合体(RNA誘導性サイレンシング複合体)へのsiRNAの組み込み及び相同RNAの分解(Caudy et al., Nature 425 (2003): 411-414)を含む。siRNAは、RISCを標的mRNAに誘導するために必要な役割を担っている。siRNAは、2本鎖の21〜23ヌクレオチドRNAの2量体で、遺伝子サイレンシングの効化を部分的に決定する、3’−OH側の2ヌクレオチドの突出部分を有する(Elbashir et al., Genes Dev. 15 (2001): 188-200)。RISC複合体へsiRNAを組み込む際には、siRNAは解離して、1本鎖のみが活性RISC複合体に組み込まれる。この工程は、実際は非対称であり、RISCはより不安定な5’末端の配列を有するsiRNA鎖の方を優先的に受け入れる(Khvorova et al., Cell 115 (2003): 209-216; Schwarz et al., Cell 115 (2003): 199-208)。siRNAから(標的mRNAに対する)アンチセンス鎖が組み込まれたRISCのみが効果的であるため、これはsiRNA配列の選択において重要な影響をもつ。siRNA配列の自由エネルギープロファイルに基づく、非常に効果的なsiRNA配列を選択するためのガイドラインが提案されている(Khvorova et al., Cell 115 (2003): 209-216; Schwarz et al., Cell 115 (2003): 199-208; Reynolds et al., Nat. Biotechnol. 22 (2004): 326-330; Ui-Tei et al., Nucleic Acids Res. 32 (2004): 936-948)。
【0021】
哺乳動物細胞の遺伝子発現を沈黙させるためのdsRNAの利用は、30ベースペアを超える大きさのdsRNA分子によって引き起こされる一般的な応答の存在によって、停滞してしまった。この応答は、dsRNA活性化タンパク質キナーゼ(PKR)と2’,5’オリゴAシンテターゼ/RNAse Lによって仲介され、翻訳の中断とそれに続くアポトーシスをもたらす(Kumar and Carmichael, Microbiol. Mol. Biol. Rev. 62 (1998): 1415-1434; Gil and Esteban, Apoptosis 5 (2000): 107-114)。従って、初めは、長いdsRNAによるRNAiは、PKR応答を示さない哺乳類細胞、即ち、胚細胞に限られていた(Billy et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 98 (2001): 14428-14433; Svoboda et al., Development 127 (2000): 4147-4156)。しかしエルバシール(Elbashir)とその共同研究者らによって状況は打開され、彼らの実験では、DicerとDroshaによって製造したsiRNAを模倣するように化学合成したsiRNAは、培養哺乳動物細胞においてPKR応答を誘引することなく、遺伝子特異的なサイレンシングを誘導することを示した(Elbashir et al., Nature 411 (2001): 188-200)。今では合成siRNAは、個々の遺伝子の機能を研究するための道具として使用されており、遺伝子を沈黙させるための簡便且つ迅速な方法を提供する(McManus and Sharp, Nat. Rev. Genet. 3 (2002): 737-747)。しかし、サイレンシング効果が一時的であることと、in vivoで合成siRNAを送達するのが難しいため、この手法の用途にも限界がある。
【0022】
siRNAを得るための更なる手法としては、次のいずれかの方法で小さなRNA分子を細胞内で発現させる手法が挙げられる:センスRNAとアンチセンスRNAを共発現させる方法(Zheng et al., Proc. Natl. Acad. Sci. 101 (2004): 135-140; Miyagishi et al., Nat. Biotechnol. 20 (2002): 497-500; Lee et al., Nat. Biotechnol. 20 (2002): 500-505)、又は小さなRNA分子をステム−ループ構造を形成する単一転写産物として発現させる方法。後者のRNA分子は、一般的に短いヘアピンRNA(shRNA)と呼ばれ、典型的なものは、相補的なセンス鎖とアンチセンス鎖を含む19〜29ヌクレオチドのステムと、様々な大きさのループからなる。細胞内で生成されたshRNAはDicerによってプロセッシングされてsiRNAを形成し、RNAiを誘導することができる。shRNAの発現を駆動するために様々なプロモーターが使用されてきた。詳細に研究された開始部位と少なくとも4つの連続したチミジンヌクレオチドの領域からなる終止部位を有するRNAポリメラーゼIIIプロモーターが特に適している。RNAポリメラーゼIII(polIII)プロモーターであるH1プロモーター、U6プロモーター及びtRNA(Val)プロモーターは、shRNAの発現に効果的に使用することができた(Brummelkamp et al., Science 296 (2002): 550-553; Paddison et al., Genes Dev. 16 (2002): 948-958; Kawasaki and Taira, Nucleic Acids Res. 31 (2003): 700-707)。近年、polIIIに基づく薬剤によって誘導可能なshRNA発現カセットが開発され、これは哺乳動物細胞における遺伝子の条件付抑制を可能にする(Wiznerowicz and Trono, J. Virol. 77 (2003): 8957-8961; Gupta et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101 (2004): 1927-1932)。RNAポリメラーゼIIプロモーター(polII)は機能的shRNAの発現に対する適正は低く、初めはサイレンシングを誘導する試みも失敗していた(Paddison et al., Genes Dev. 16 (2002) 948-958)。しかし、polII CMVプロモーターの使用による成功が、最少CMVプロモーターと修飾polyAシグナルの使用(Xia et al., Nat. Biotechnol. 20 (2002): 1006-1010)又は転写産物のリボザイム仲介開裂の使用(Kato and Taira, Oligonucleotides 13 (2003): 335-343; Shinagawa and Ishii, Genes Dev. 17 (2003): 1340-1345)について報告された。
【0023】
プラスミドから発現されたshRNAがRNAiを誘引することができるという報告は、ウイルスベクターの使用を可能にした。レトロウイルス又はレンチウイルスによる哺乳動物細胞への送達は、shRNA発現カセットのゲノムへの安定な組み込みと、長期に渡る持続性の遺伝子抑制に繋がるため、頻繁に使用されている(例えば、Brummelkamp et al., Science 296 (2002): 550-553; An et al., Hum. Gene Ther. 14 (2003): 1207-1212)。アデノウイルスベクターは分裂性及び非分裂性の細胞に感染するが、エピソームの形態を維持する。shRNAを発現する非複製性のアデノウイルスベクターは、in vitro及びin vivoで標的遺伝子のサイレンシングを誘導することが明らかとなっている(Xia et al., Nat. Biotechnol. 20 (2002): 1006-1010; Arts et al., Genome Res. 13 (2003): 2325-2332; Shen et al., FEBS Lett. 539 (2003): 111-114; Zhao et al., Gene 316 (2003): 137-141; WO 2004/013355)。今のところ、ウイルスベクターによるRNAiは、非増殖性(replication deficient)のウイルスベクターのみで行なわれている。明確にしておくために再度述べるが、本発明は増殖性ウイルスのみに関する。今までRNAiを増殖性ウイルスと関連して使用することが提案されていない理由は、それが自明ではないからである。RNAiはウイルス感染に対する細胞防御機構として認識されており、このために種々のウイルスがRNAiを阻害する分子を生成することになった(Cullen, Nature Immunol. 3 (200): 597-599; Roth et al., Virus Res. 102 (2004): 97-108)。従って、本発明以前には、ウイルスが複製している細胞においては、RNAiの機構が妨げられると考える理由があった。本願で開示する結果は、先行文献から予測することのできないものであり、RNAiは増殖性ウイルスと関連して首尾よく用いることができることを示す。
【0024】
哺乳動物細胞におけるRNA干渉は、今では個々の遺伝子の機能を分析するために広く使用されている。哺乳動物細胞においては、化学合成したsiRNAのトランスフェクション又はshRNAの発現によって、いくつもの遺伝子のサイレンシングに成功している。標的とした遺伝子のクラスとしては、シグナル伝達、細胞周期調節、発生、細胞死などに関与する遺伝子が挙げられる(Milhavet et al., Pharmacol. Rev. 55 (2003): 629-648)。ゲノムスケールでの遺伝子機能を解明するための系統的な研究には、ヒト遺伝子を標的とする大きなライブラリーが利用できると便利である。化学合成したsiRNAの大きなライブラリーは(DharmaconとQiagenから)市販されており、これらは遺伝子発現の強力であるが一時的な阻害もたらす。一方、ベクターで発現させたshRNAは、長期に渡って遺伝子発現を抑制することができる。2つの研究グループ(Berns et al., Nature 428 (2004): 431-437; Paddison et al., Nature 428 (2004): 427-431)が個別に、それぞれ7,914個と9,610個のヒト遺伝子を網羅する、shRNAに基づくライブラリーを作製し、それについて報告している。両方のライブラリーが、polIIIプロモーターと、自己不活型マウス幹細胞ウイルス(self-inactivating murine-stem-cell-virus)に基づくレトロウイルスベクターを使用した。これらのライブラリーは、ハイスループット遺伝子スクリーニング法(high-throughput genetic screens)を用いた、哺乳動物細胞における遺伝子機能の同定の助けとなる。Berns et al.(上記参照)は既に、彼らのライブラリーを使用して細胞老化阻害のスクリーニングでp53経路の新規な成分を同定した。組み換え癌幹細胞を殺傷するがそれに対応する正常な同系細胞は殺傷しないという、shRNAの能力を評価するために、合成致死性ハイスループットスクリーニング(synthetic lethal high-throughput screenings)を実施することが期待される(Brummelkamp and Bernards, Nat. Rev. Cancer 3 (2003): 781-789)。従って、選択的な抗癌shRNAは将来同定されるであろう。
【0025】
発明の簡単な説明
多くの場合、宿主細胞における増殖性アデノウイルスのライフサイクルは短いことが好ましい。増殖性アデノウイルスを製造する時、又は増殖性アデノウイルスをベクターとして用いてタンパク質を細胞で製造する時には、アデノウイルスのライフサイクルが短いと、製造工程の速度が上がる。増殖性アデノウイルスを細胞集団の殺傷に用いる時も、短いライフサイクルはこの工程の効率を高める。短いライフサイクルは、in vivoで増殖性アデノウイルスを使用する際には特に重要である。アデノウイルスは、自らを不活化する強力な免疫応答を動物生体内で誘導する。この現象が、投与した増殖性アデノウイルスのin vivoにおける複製の継続期間を限定する。ライフサイクルが短ければ、増殖性アデノウイルスの投与から不活化までの期間内で娘ウイルスの産生をより多くの回数実施することができる。In vivoにおいて増殖性アデノウイルスの短いライフサイクルが特に重要になる状況は、不適切な細胞寿命が関与する疾患の治療に関連した場合である。このような疾患の典型例は癌である。In vivoの腫瘍に投与した増殖性アデノウイルスの抗癌効果は、(1)ウイルスが、近傍の腫瘍細胞に感染することができる娘ウイルスを産生しながら腫瘍の中を拡散する効率、及び(2)ウイルスが複製と細胞溶解によって腫瘍細胞を殺傷する効率に依存する。従って、短いライフサイクルは、より速い腫瘍退縮、時間当たりの新ウイルス産生周期の増加、一定時間内にウイルスに感染する腫瘍細胞の増加をもたらし、その結果、腫瘍の根絶がより効果的となる。
【0026】
従って、本発明の第1の目的は、宿主細胞内での複製時間が短い増殖性アデノウイルスを提供することである。複製時間とは、増殖性アデノウイルスが細胞内に侵入してから、該増殖性アデノウイルスの娘ウイルスを細胞から放出するまでの時間と理解されたい。
【0027】
本発明の第2の目的は、溶解能の高い(fast lytic capacity)増殖性アデノウイルスを提供することである。高い溶解能とは、増殖性アデノウイルスが宿主細胞に侵入した後に宿主細胞を溶解するのに必要な時間が短いことと理解されたい。
【0028】
本発明によると、増殖性アデノウイルスの短い複製時間及び/又は高い溶解能は、RNA干渉による宿主細胞内の1つ以上の標的遺伝子発現のサイレンシングによってもたらされる。本発明は、RNA干渉を利用して、短い複製時間及び/又は高い溶解能を示す増殖性アデノウイルスを提供することであると明確に理解されたい。
【0029】
本発明の好ましい態様においては、上記RNA干渉は増殖性アデノウイルスのゲノムから発現される1つ以上のサイレンシング因子によって誘導され、サイレンシング因子はshRNA分子であることがより好ましい。これほどには好ましくない本発明の態様においては、サイレンシング因子は、増殖性アデノウイルスのゲノムから発現された2つのRNA分子から細胞内で作られた、2本鎖RNA分子からなる。
【0030】
本発明のより好ましい態様においては、増殖性アデノウイルスが短い複製時間及び/又は高い溶解能を示す宿主細胞は、1つ以上のアデノウイルス阻害因子を発現する細胞である。本発明の好ましい態様の1つにおいては、該宿主細胞は、細胞死経路に欠陥のある細胞である。本発明の別の好ましい態様においては、該宿主宿細胞は、p53依存性細胞死経路が妨害されている細胞である。宿主細胞は好ましくはヒト細胞である。本発明で使用する宿主細胞の例としては、癌細胞や腫瘍細胞、関節炎細胞及び過剰増殖性血管平滑筋細胞が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0031】
「細胞死経路の欠陥」には、細胞周期チェックポイント制御の喪失、DNA損傷及び/又は癌遺伝子の発現に対して、プログラムされた細胞死の実行によって応答することができない状態が含まれることを理解されたい。細胞死経路における該欠陥が「不適切な細胞寿命」の原因となる。
【0032】
上記発明のバリエーションにおいては、宿主細胞は、in vitroで培養した細胞である。上記発明の別のバリエーションにおいては、該宿主細胞は動物生体内の細胞であり、動物生体は好ましくはヒト生体である。
【0033】
本発明の好ましい態様においては、高い溶解能は、細胞死経路の欠陥を復帰させた結果である。本発明のより好ましい態様においては、該復帰は、p53依存性細胞死経路内の欠陥の復帰である。
【0034】
上記発明のバリエーションにおいては、1つ以上のサイレンシング因子をゲノムから発現する本発明の増殖性アデノウイルスは、そのゲノムから、WO 03/057892に開示された発明に基づく、p53依存性アポトーシス経路の機能性因子を更に発現する。WO 03/057892に開示された発明は、上記言及によって本願に組み込まれたものとする。従って、本発明のこのようなバリエーションは、該機能性因子の発現によるp53依存性アポトーシス経路の復帰と、1つ以上のサイレンシング因子による1つ以上のアデノウイルス阻害因子のサイレンシングとの2つを組み合わせた効果を提供する。
【0035】
従って、本発明の増殖性アデノウイルスは、宿主細胞で複製し、1つ以上のサイレンシング因子を発現することができる。サイレンシング因子は、宿主細胞内の増殖性アデノウイルスの短い複製時間及び/又は高い溶解能を阻害することのできる宿主細胞因子の発現を沈黙させるものである。宿主細胞内の増殖性アデノウイルスの短い複製時間及び/又は高い溶解能を阻害することのできる宿主細胞因子を、以下、「アデノウイルス阻害因子」とも称する。アデノウイルス阻害因子の性質は、宿主細胞で発現され、アデノウイルスの複製又はアデノウイルス誘導性宿主細胞溶解を阻害しうるという点を除けば、他のいかなる制限も受けることはない。このようなアデノウイルス阻害因子の例としては、p53アンタゴニストとp53経路阻害因子が挙げられるが、これらに限定されるものではない。更なるアデノウイルス阻害因子としては、p53経路のメンバーではない抗アポトーシス性タンパク質が挙げられるが、これらに限定されるものではない。アデノウイルス阻害因子の他の例としては、後述する本発明のアデノウイルス阻害因子を同定する方法で同定した分子が挙げられるが、これらに限定されるものではない。1つ以上のサイレンシング因子によってもたらされるサイレンシングは、本発明の増殖性アデノウイルスが細胞内で短い複製時間及び/又は高い溶解能を示すレベルまでアデノウイルス阻害因子の濃度を減少させるのに充分な量でなければならない。
【0036】
上記発明のバリエーションにおいては、ゲノムから1つ以上のサイレンシング因子を発現する本発明の増殖性アデノウイルスは、ウイルスの指向性(即ち、標的細胞認識特異性)を変化させることが知られる1つ以上の修飾を更にそのゲノムに有する。
【0037】
上記発明の別のバリエーションにおいては、ゲノムから1つ以上のサイレンシング因子を発現する本発明の増殖性アデノウイルスは、ウイルスの免疫原生を低下させることが知られる1つ以上の修飾を更にそのゲノムに有する。
【0038】
上記発明の更に別のバリエーションにおいては、ゲノムから1つ以上のサイレンシング因子を発現する本発明の増殖性アデノウイルスは、第1の細胞ではウイルスの複製が制限されるが、第2の細胞ではウイルスの複製が制限されないようにすることが知られる1つ以上の修飾を更にそのゲノムに有する。
【0039】
上記発明の更に別のバリエーションにおいては、ゲノムから1つ以上のサイレンシング因子を発現する本発明の増殖性アデノウイルスは、ウイルスの複製能及び/又は溶解能を増加させることが知られる1つ以上の修飾を更にそのゲノムに有する。
【0040】
上で概説したように、「増殖性(replication competent)」と「宿主細胞で複製可能な」という表現は、組み換えアデノウイルスが単独で、宿主細胞の内因性機構の補助を受けながらその感染性ライフサイクルを完結させることができ、組み換えアデノウイルスゲノムから欠失した領域によってコードされていた機能を他の手段(例えば宿主細胞ゲノムからの供給)によって提供する必要がないことを明確に理解されたい。該組み換えアデノウイルスは、増殖性アデノウイルス、好ましくは増殖制御可能なアデノウイルス又は異種トランス因子補完アデノウイルス(heterologously transcomplemented adenovirus)である。本発明の組み換えアデノウイルスは、非増殖性アデノウイルスではない。
【0041】
「サイレンシング因子」という用語は、RNA干渉の機構を通じて標的遺伝子の発現を低下させることのできるRNA分子を意味する。このようなRNA分子は、好ましくは2本鎖の領域、より好ましくは(各RNA鎖が)少なくとも19ヌクレオチドの長さの2本鎖領域を有する。2本鎖領域は、好ましくは30ヌクレオチド未満の長さであり、RNA分子が、上記で概説した短いヘアピンRNA(shRNA)、又は(好ましくは上記した長さの)相補的領域を有する2つの異なるRNA分子からなる2本鎖構造を有することが好ましい。後者の場合には、該RNA分子は、種々のプロモーターから転写することができる。このようなRNA分子は、上述したRNAse III酵素の活性(即ち、dsRNAの認識と開裂)に感受性であることが好ましく、その結果、上記で説明したsiRNAが得られる。「標的遺伝子」という用語は、この遺伝子の発現を低下させる機構が特異性をもって生じることを意味する。
【0042】
本発明は、増殖性アデノウイルスの保存と増殖性アデノウイルスの細胞への投与に用いることができる、本発明の増殖性アデノウイルスを包含する製剤も提供する。1つのバリエーションにおいては、増殖性アデノウイルスをin vitroの細胞に投与するために、このような製剤を使用し、別のバリエーションにおいては、増殖性アデノウイルスをin vivoの細胞に投与するために、このような製剤を使用する。
【0043】
更に本発明は、細胞が本発明の増殖性アデノウイルスに感染するように、本発明の製剤を細胞に投与するための方法を提供する。1つのバリエーションにおいては、製剤をin vitroの細胞に投与するために、このような方法を使用し、別のバリエーションにおいては、製剤をin vivoの細胞に投与するために、このような方法を使用する。
【0044】
本発明はまた、本発明の増殖性アデノウイルスと、本発明で定義した1つ以上のサイレンシング因子を発現しない増殖性アデノウイルスと比べて、本発明の増殖性アデノウイルスが加速した細胞溶解及び/又は娘ウイルスの早期放出を誘導することのできる細胞とを含む組成物を提供する。上記発明の好ましいバリエーションにおいては、該細胞は癌細胞であり、該細胞溶解は腫瘍退縮である。より好ましいバリエーションにおいては、該細胞はヒト細胞である。
【0045】
別の態様において本発明は、本発明の増殖性アデノウイルスと、本発明で定義した1つ以上のサイレンシング因子を発現しない増殖性アデノウイルスと比べて、本発明の増殖性アデノウイルスが加速した細胞溶解及び/又は娘ウイルスの早期放出を誘導することのできる腫瘍とを含む組成物を提供する。本発明のこのような態様においては、本発明の増殖性アデノウイルスが本発明で定義した1つ以上のサイレンシング因子を発現しない増殖性アデノウイルスと比べて、加速した細胞溶解及び/又は娘ウイルスの早期放出を達成することで、腫瘍内の感染細胞からの隣接細胞への水平伝播の加速化も生じることとなる。ここでは、細胞溶解の加速化、娘ウイルスの早期放出及び/又は隣接細胞への水平伝播の加速化は、腫瘍のより効化的な破壊又は成長阻害に繋がる。上記発明の好ましいバリエーションにおいては、該腫瘍は動物生体で増加している。別のバリエーションにおいては、該動物生体はヒト生体である。
【0046】
本発明は、本発明の増殖性アデノウイルスを構築する方法と、本発明の製剤や組成物を製造する方法を提供する。
【0047】
更に本発明は、本発明の増殖性アデノウイルス、方法及び製剤の、不適切な細胞寿命が関与する疾患、好ましくはヒトの疾患、を治療するための用途を提案する。本発明の特定の用途においては、該疾患は癌である。
【0048】
更に本発明は、細胞が発現するアデノウイルス阻害因子を同定するための方法を提供する。好ましい態様においては、該細胞は細胞死経路に欠陥を有する細胞であり、より好ましくは、ヒト細胞である。
【0049】
本発明は更に、本発明の増殖性アデノウイルスのゲノムが発現する、有用なサイレンシング因子を同定及び選択するための方法を提供する。
【0050】
以下、本発明のいくつかの態様において、上述した増殖性アデノウイルス、サイレンシング因子、製剤、方法、組成物及び用途を提供するためのいくつかの方法を説明する。上記で一般論として説明したように、本願明細書の記載は、本発明の範囲をいかなる点からも限定するものではないことを明確に理解されたい。当業者は、本発明から逸脱することなく、本発明の教示を、本願明細書では具体的に記載していない他の増殖性アデノウイルス、サイレンシング因子、製剤、方法、組成物や用途に適用することができる。
【0051】
本発明には、本発明の増殖性アデノウイルス、サイレンシング因子、製剤、方法及び組成物を、細胞集団を殺傷するための他の方法や手段と組み合わせたいかなる用途も含まれることも理解されたい。細胞集団を殺傷するための他の方法や手段としては、放射線の照射、アポトーシス促進タンパク質や毒性タンパク質(毒素やプロドラッグ変換酵素など)をコードする遺伝子の導入、化合物、抗体、受容体アンタゴニストの投与などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0052】
本願の明細書及び請求の範囲で使用した用語の定義は、本願において充分に定義されているか、又は当業者にとって明らかなものであると考える。更に、本願に記載した因子/タンパク質の核酸配列やアミノ酸配列は公知の配列なので、このような配列は、一般的に利用可能なデータバンク(例えば、ドイツ国、ハイデルベルグ、EMBLのデータバンクやGENBANKなど)から入手可能である。これらデータバンクについては、この言及をもって本願に組み込まれたものとする。
【0053】
発明の詳細な説明
本発明とその好ましい態様は、添付の請求の範囲から明らかとなる。
【0054】
本発明の第1の態様においては、宿主細胞で複製可能な増殖性アデノウイルスであって、該ウイルスは、宿主細胞内の標的遺伝子の発現を抑制するサイレンシング因子、特に短いヘアピンRNA、をコードする少なくとも1種のDNA配列を包含し、該DNA配列は、増殖性アデノウイルスを導入した宿主細胞内でサイレンシング因子が発現されるように、調節DNA配列に機能的に連結していることを特徴とする、増殖性ウイルスを提供する。
【0055】
本発明の第2の態様においては、宿主細胞で複製可能な増殖性アデノウイルスであって、該ウイルスは、宿主細胞内のアデノウイルス阻害因子の発現を抑制するサイレンシング因子、特に短いヘアピンRNA、をコードする少なくとも1種のDNA配列を包含し、該DNA配列は、増殖性アデノウイルスを導入した宿主細胞内でサイレンシング因子が発現されるように、調節DNA配列に機能的に連結していることを特徴とする、増殖性ウイルスを提供する。
【0056】
本発明のバリエーションとして、宿主細胞内の標的遺伝子の発現を抑制するサイレンシング因子をコードする1種を超えるDNA配列を包含し、該DNA配列は、増殖性アデノウイルスを導入した細胞内でサイレンシング因子が発現されるように調節DNA配列に機能的に連結していることを特徴とする増殖性ウイルスを提供する。1つのバリエーションでは、1種を超えるDNA配列の内の少なくとも2種のDNA配列が、それぞれ異なる標的遺伝子の発現を抑制する異なるサイレンシング因子をコードする。このようなバリエーションは、宿主細胞内の1種を超える標的遺伝子の発現を沈黙させるために使用する。別のバリエーションでは、1種を超えるDNA配列の内の少なくとも2種のDNA配列が、同じ標的遺伝子の発現を抑制するそれぞれ異なるサイレンシング因子をコードする。このようなバリエーションは、宿主細胞内の1つの標的遺伝子をより効化的に沈黙させるために使用する。
【0057】
本発明の別の態様においては、宿主細胞で複製可能な増殖性アデノウイルスであって、該ウイルスは、宿主細胞内の標的遺伝子の発現を抑制するサイレンシング因子をコードする少なくとも1種のDNA配列を包含し、該DNA配列は、増殖性アデノウイルスを導入した宿主細胞内でサイレンシング因子が発現されるように、調節DNA配列に機能的に連結しており、更に該ウイルスは、該宿主細胞内のp53依存性アポトーシス経路を復帰させる復帰因子をコードする、WO 03/057892に記載の少なくとも1つのオープンリーディングフレームを包含し、該オープンリーディングフレームは、増殖性アデノウイルスを導入した宿主細胞内で復帰因子が発現されるように、調節DNA配列に機能的に連結していることを特徴とする、増殖性アデノウイルスを提供する。
【0058】
本発明の増殖性アデノウイルスが複製している宿主細胞内で、増殖性アデノウイルスのゲノムから発現させるのに有用なサイレンシング因子は、宿主細胞内でRNAiを誘導することができるsiRNAを、宿主細胞内のDicerによるプロセッシングによって形成する、2本鎖RNA分子を形成するものである。
【0059】
上述したように、ウイルスはいくつかの方法によって宿主細胞内で複製することができ、当業者は、本発明を実施する上で適した複製方法を知見しているであろう。
【0060】
本発明の組み換えアデノウイルスは、例えば、次のいずれかの増殖性アデノウイルスである:(1)真性増殖性アデノウイルス、(2)増殖制御可能なアデノウイルス、(3)異種補完アデノウイルス、又は(4)増殖性異種補完アデノウイルス又は増殖制御可能なアデノウイルスを含む、2成分からなるアデノウイルス。(4)は、以下の第1成分と第2成分を包含する。第1成分:宿主細胞内の標的遺伝子の発現を抑制するサイレンシング因子をコードする少なくとも1種のDNA配列をそのゲノム内に包含する組み換えアデノウイルスであって、該DNA配列は、組み換えアデノウイルスを導入した宿主細胞内でサイレンシング因子が発現されるように、調節DNA配列に機能的に連結していることを特徴とする組み換えウイルス。第2成分:増殖性異種補完アデノウイルス又は増殖制御可能なアデノウイルス。上述の(1)、(2)又は(3)に記載の1成分からなる増殖性アデノウイルスが好ましい。
【0061】
本発明における増殖制御可能なアデノウイルスとしては、例えば、腫瘍特異的プロモーターによって少なくとも1種の必須な初期アデノウイルス遺伝子の発現が制御されているアデノウイルスから誘導したウイルスが挙げられる。具体例としては、Rodriguez et al.(Cancer Res. 57 (1997): 2559-2563)、Hallenbeck et al.(Hum. Gene Ther. 10 (1999): 1721-1733)、Tsukuda et al.(Cancer Res. 62 (2002): 3438-3447)、Huang et al.(Gene Ther. 10 (2003): 1241-1247)及びCuevas et al.(Cancer Res. 63 (2003): 6877-6884)などに記載のウイルスが挙げられる。別の増殖制御可能なアデノウイルスとしては、ウイルスのコードするタンパク質と細胞タンパク質との相互作用であり、且つ正常細胞ではウイルスのライフサイクル完了のために必要であるが腫瘍細胞ではウイルスのライフサイクル完了のために必要のない相互作用を喪失させるために、ウイルス遺伝子に変異を有するアデノウイルスが挙げられる。具体例としては、Heise et al.(Nature Med. 6 (2000): 1134-1139)、Balague et al.(J. Virol. 75 (2001): 7602-7611)、Howe et al.(Mol. Ther. 2 (2000): 485-494)、Fueyo et al.(Oncogene 19 (2000): 2-12)、Shen et al.(J. Virol. 75 (2001): 4297-4307)及びCascallo et al.(Cancer Res. 63 (2003): 5544-5550)などに記載のウイルスが挙げられる。更に別の増殖制御可能なアデノウイルスとしては、上述した2種類の修飾の両方を有するウイルスが挙げられる。尚、増殖制御可能なアデノウイルスは、上述の例によって制限されるものではない。本発明における異種補完アデノウイルスとしては、E1領域を機能的に欠失しているが、HPVのE6タンパク質とE7タンパク質を発現する組み換えアデノウイルス(Steinwaerder et al., Mol. Ther. 4 (2001): 211-216)が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0062】
1つの態様において、本発明の増殖性アデノウイルスのコードするサイレンシング因子は、p53のアンタゴニストの発現を抑制するものである。p53のアンタゴニストとしては、MDM2、Pirh2、COPl、Bruce、HPV-E6、Parc、モルタリン及びplk-1が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0063】
別の態様において、本発明の増殖性アデノウイルスのコードするサイレンシング因子は、p53経路阻害因子の発現を抑制するものである。p53経路阻害因子としては、BI-1、p73DeltaN、並びに抗アポトーシス性のbcl-2及びIAPファミリーのメンバー(上記参照)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0064】
更に別の態様において、本発明の増殖性アデノウイルスのコードするサイレンシング因子は、アデノウイルス阻害因子の発現を減少させるものであり、アデノウイルス阻害因子は、サイレンシング因子を欠失した増殖性アデノウイルスの宿主細胞における複製を遅延させるか、又はサイレンシング因子を欠失した増殖性アデノウイルスが複製している宿主細胞の溶解を遅延させる因子である。本発明のこのような態様においては、アデノウイルス阻害因子の性質は、宿主細胞で発現され、アデノウイルスの複製又はアデノウイルス誘導性宿主細胞溶解を阻害しうる点を除けば、他のいかなる制限も受けないことを明確に理解されたい。「アデノウイルスの複製又はアデノウイルス誘導性宿主細胞溶解を阻害しうる」とは、宿主細胞内に充分な量のアデノウイルス阻害因子が存在する場合には、完全なアデノウイルス複製機構の10%が終了するまでの時間又は完全なアデノウイルス誘導性宿主細胞溶解機構の50%が終了するまでの時間が、アデノウイルス阻害因子の存在しないこと以外は同じ条件と比較して、少なくとも10%、好ましくは少なくとも20%、より好ましくは少なくとも50%遅れていることを意味する。上記発明のバリエーションにおいては、アデノウイルス阻害因子を後述する本発明の方法で同定する。
【0065】
サイレンシング因子をコードする配列に発現可能な状態で連結している制御配列としては、プロモーター/エンハンサー及びその他の発現調節シグナルが挙げられる。このような制御配列は、発現ベクターを設計する際に想定した宿主細胞と互換性を示すように選択することができる。「プロモーター」という用語は、当業界でよく知られており、最小プロモーターから、上流エレメントとエンハンサーを含むプロモーターまでを含む、種々の大きさと複雑さを有する核酸領域を網羅する。一般的にプロモーターは、哺乳動物細胞で機能するプロモーターから選択するが、他の真核細胞で機能するプロモーターを使用することもできる。プロモーターの種類は、増殖性アデノウイルスと関連して、サイレンシング因子が有用な発現プロファイルを達成するように選択する。上述したように、U6プロモーター、Hlプロモーター及びtRNA(Val)プロモーターなどのRNAポリメラーゼIIIプロモーターが特に本発明には適しているが、他のプロモーターの使用が制限されるわけではない。
【0066】
本発明のバリエーションの1つにおいては、サイレンシング因子をコードするDNA配列は、増殖性アデノウイルスを導入した細胞において、サイレンシング因子が遍在的に発現される(expressed ubiquitously)ように、1つ以上の制御配列(即ち、調節DNA配列)に機能的に連結している。本発明の別のバリエーションにおいては、サイレンシング因子をコードするDNA配列は、サイレンシング因子の発現が、外部シグナルによって調整することができる一定の条件下で細胞に増殖性アデノウイルスを導入した時のみ生じる、又はこの時に高いレベルで生じるように、1つ以上の制御配列(即ち、調節DNA配列)に機能的に連結している。ここで「外部」という用語は、サイレンシング因子をコードするDNA配列と調節DNA配列とを包含するDNA断片の外に起源が存在することを意味する。本発明のこのような態様においては、サイレンシング因子の発現は、調節性又は誘導性プロモーターと呼ばれるプロモーターによって駆動する。本発明の更に別のバリエーションにおいては、サイレンシング因子をコードするDNA配列は、増殖性アデノウイルスを導入した細胞において、アデノウイルスの複製後期にのみサイレンシング因子の発現が生じるように、調節DNA配列に機能的に連結している。本発明のこのような態様においては、サイレンシング因子の発現は、アデノウイルス主要後期プロモーター(major late promoter)(MLP)によって駆動することが好ましく、内因性MLPによって駆動することがより好ましい。
【0067】
本発明では、調節DNA配列に機能的に連結したサイレンシング因子をコードするDNA配列を増殖性アデノウイルスのゲノムに挿入する部位について何ら制限はない。挿入は、増殖性アデノウイルスを導入した細胞における増殖性アデノウイルスの複製を阻害することのない位置であり、ゲノム内の内因性発現カセットがサイレンシング因子の適正な発現に干渉しない位置である限り、ゲノムのどこでもかまわない。例えば、上記の挿入は、アデノウイルスE3領域の置換、又はE4プロモーターと右方向ITR(right-hand ITR)との間への挿入であるが、これらに限定されない。E3領域に挿入を有する組み換えアデノウイルスを生じるDNA構築物は公知であり、pBHG10とpBHG11(Bett et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 91 (1994): 8802-8806)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。E4プロモーターと右方向ITRとの間に挿入を有する組み換えアデノウイルスを生じるDNA構築物を実施例1に記載したが、アデノウイルスゲノム内の他の部位に挿入を有するものも、公知の標準的な分子生物学的方法で作製することができる。特定の状況において、上記オープンリーディングフレームを正しく発現させるためには、調節DNA配列に機能的に連結したサイレンシング因子をコードするDNA配列を、アデノウイルスゲノム内に存在する他の調節DNA配列から保護するために、調節DNA配列に機能的に連結したサイレンシング因子をコードする上記DNA配列を、インスレーターエレメントと呼ばれる配列(Steinwaerder and Lieber, Gene Therapy 7 (2000): 556-567)と隣接させることが好ましい。本発明の別のバリエーションにおいては、アデノウイルス遺伝子の代わりにサイレンシング因子をコードするDNA配列を挿入する。この場合、該アデノウイルス遺伝子は、アデノウイルスの複製後期で発現される遺伝子が好ましく、アデノウイルス遺伝子が内因性MLPに機能的に連結していることがより好ましい。
【0068】
本発明には、性質を変化させるための、1つ以上の更なる修飾を有する本発明の増殖性アデノウイルスも含まれることを理解されたい。このような変化としては、例えばKrasnykh et al.(Mol. Ther. 1 (2000): 391-405)、Suzuki et al.(Clin. Cancer Res. 7 (2001): 120-126)、Van Beusechem et al.(Gene Ther. 10 (2003): 1982-1991)及びHavenga et al.(J. Virol. 76 (2002): 4612-4620)に記載の、シュードタイピングやターゲティングを介した指向性の変化;サイトカイン、アポトーシス促進タンパク質、抗血管新生タンパク質、膜融合性膜タンパク質やプロドラッグ変換酵素をコードする遺伝子などの、1つ以上の導入遺伝子の発現;及び複製能力を増加する変異(例えば、E3領域の保持(Suzuki et al., Clin. Cancer Res. 8 (2002): 3348-3359)やE1B−19K遺伝子の欠失(Sauthoff et al. Hum. Gene Ther. 11 (2000): 379-388))、一定の種類の細胞に対する複製選択性を増加する変異(上述した、CRAdを構築するための修飾など)、免疫原生(即ち、動物生体内に導入された際に免疫応答を誘導する能力)を低下させる変異(例えば、E3B領域の保持(Wang et al., Nature Biotechnol. 21 (2003): 1328-1335))が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0069】
本発明の増殖性アデノウイルスは、当業界で知られる分子生物学、ウイルス学及び細胞生物学の方法を用いて製造する。本発明の増殖性アデノウイルスを製造するための1つの方法を、実施例の項で詳細に説明する。しかしながら、その記載は、いかなる点からも本発明の範囲を限定するものではないことを理解されたい。当業者は、他の方法やここに記載する方法の変法を用いても、本発明の増殖性アデノウイルスを得ることができる。
【0070】
別の態様において本発明は、本発明の増殖性アデノウイルスにとって有用なサイレンシングターゲット(silencing target)となるアデノウイルス阻害因子を同定する方法であって、アデノウイルス阻害因子がサイレンシング因子によって沈黙させられている第1の宿主細胞における、本発明の増殖性アデノウイルスの複製時間又は溶解能と、アデノウイルス阻害因子がサイレンシング因子によって沈黙させられていない点を除けば第1の宿主細胞と同一である第2の宿主細胞における、本発明の増殖性アデノウイルスの複製時間又は溶解能とを比較し、第1の宿主細胞におけるウイルス複製時間の方が速いか、第1の宿主細胞における細胞溶解能の方が高いかを観察することによって、アデノウイルス阻害因子を同定する方法を提供する。2種類の宿主細胞における増殖性アデノウイルスの増殖時間の違いは、例えば、ホタルルシフェラーゼ遺伝子などのマーカー遺伝子をMLPの制限下で発現する増殖性アデノウイルスを使用することによって、測定することができる。この場合、宿主細胞におけるルシフェラーゼの発現は、増殖性アデノウイルスの複製に依存する。典型的な場合には、宿主細胞内で複製しているこのようなウイルスによるルシフェラーゼの発現は、複製が完了するまでに100倍以上から1000倍以上にまで増加する。上記方法におけるアデノウイルス複製速度の簡便な基準は、最大ルシフェラーゼ活性の10%に到達するのに必要な時間である。経時的にルシフェラーゼ活性を公知の方法(例えば、ルシフェラーゼ化学発光アッセイシステム(Luciferase Chemiluminescent Assay System)(Promega製)やリポータライトプラスキット(ReportaLight Plus Kit)(Cambrex製)が挙げられるが、これらに限定されるものではない)を用いて計測し、ルシフェラーゼ活性の増加が第2宿主細胞よりも速い第1宿主細胞を同定する。ここで「速い」というのは、増加に係る時間が少なくとも10%、好ましくは少なくとも20%、より好ましくは少なくとも50%短縮されることを意味する。第1宿主細胞では沈黙させられているが、第2宿主細胞では沈黙させられていない因子を、次にアデノウイルス阻害因子として同定する。例えば、たくさんの公知の方法の1つ(例えば、トキシライトバイオアッセイ(ToxiLight BioAssay)(Cambrex製)が挙げられるが、これに限定されるものではない)を用いて、増殖性アデノウイルスに感染した宿主細胞の溶解を経時的に計測することで、溶解能の違いを測定し、第2宿主細胞よりも速く溶解する第1宿主細胞を同定する。上記方法における溶解能の簡便な基準は、感染細胞の50%を溶解するのに必要な時間、即ち、使用する細胞毒性試験において測定するマーカー化合物の最大値の50%に達するのに必要な時間である。また、ここで「速い」というのは、溶解に係る時間が少なくとも10%、好ましくは少なくとも20%、より好ましくは少なくとも50%短縮されることを意味する。第1宿主細胞では沈黙させられているが、第2宿主細胞では沈黙させられていない因子を、次にアデノウイルス阻害因子として同定する。本発明のこの態様のバリエーションにおいては、第1の宿主細胞は1種を超えるサイレンシング因子を含有し、サイレンシング因子の標的となる配列は、同じ標的遺伝子上のそれぞれ異なる配列である。
【0071】
本発明のバリエーションにおいては、アデノウイルス阻害因子を同定するための方法において実施する、サイレンシング因子によるRNA干渉は、siRNAを第1宿主細胞にトランスフェクトすることで行う。本発明の別のバリエーションにおいては、アデノウイルス阻害因子を同定するための方法において実施する、サイレンシング因子によるRNA干渉は、shRNAを発現するプラスミドベクターを第1宿主細胞にトランスフェクトすることで行う。本発明の更に別のバリエーションにおいては、アデノウイルス阻害因子を同定するための方法において実施する、サイレンシング因子によるRNA干渉は、shRNAを発現するウイルスベクターを第1宿主細胞に形質導入することで行う。上記のバリエーションにおいて有用なウイルスベクターとしては、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、単純ヘルペスウイルス、シミアンウイルス40、エプスタインバールウイルス、ワクシニアウイルス及びアデノ随伴ウイルスから誘導したベクターが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0072】
本発明のバリエーションにおいては、上記のアデノウイルス阻害因子を同定するための方法は、異なる標的特異性を有するサイレンシング因子のアレイを含むサイレンシング因子ライブラリーの一部であるサイレンシング因子を用いた、ハイスループット機能ゲノミクスの方式(functional genomics high-throughput format)で行う。好ましいバリエーションにおいては、上記アレイの各構成成分が1種を超えるサイレンシング因子を含み、上記アレイの1つの成分に含まれる各サイレンシング因子の標的となる配列は、同じ標的遺伝子上のそれぞれ異なる配列である。
【0073】
別の態様において本発明は、本発明の増殖性アデノウイルスに導入することが有用なサイレンシング因子を選択するための方法であって、アデノウイルス阻害因子を同定するための本発明の方法を実施し、そして宿主細胞に導入した後に、増殖性アデノウイルスの複製時間を短縮するか溶解能を高めるサイレンシング因子を選択することを包含する方法を提供する。
【0074】
本発明のバリエーションにおいては、本発明の増殖性アデノウイルスに導入することが有用なサイレンシング因子を選択するための上記の方法は、異なる標的特異性を有するサイレンシング因子のアレイを含むサイレンシング因子ライブラリーの一部であるサイレンシング因子を用いた、ハイスループット機能ゲノミクスの方式で行う。好ましいバリエーションにおいては、上記アレイの各構成成分が1種を超えるサイレンシング因子を含み、上記アレイの1つの成分に含まれる各サイレンシング因子の標的となる配列は、同じ標的遺伝子上のそれぞれ異なる配列である。このバリエーションにおいては、上記の方法は、本発明に有用な1つ以上のサイレンシング因子を含む成分をアレイから選択する第1工程と、本発明に有用なサイレンシング因子を、アレイから選択した上記成分に存在する1種を超えるサイレンシング因子から選択する第2工程とを包含する。
【0075】
アデノウイルス阻害因子を同定するための方法や、本発明の増殖性アデノウイルスに導入することが有用なサイレンシング因子を選択するための方法には、アデノウイルス阻害因子又はサイレンシング因子の性質や、アデノウイルス阻害因子がアデノウイルスの複製やアデノウイルス誘導性宿主細胞溶解を阻害する生物学的機構に関する予備知識は必要ないことを理解されたい。アデノウイルス阻害因子がアデノウイルスの複製やアデノウイルス誘導性宿主細胞溶解を遅らせる、又はサイレンシング因子がアデノウイルスの複製やアデノウイルス誘導性宿主細胞溶解を加速させるという単純な事実によって、これら因子は、本発明の増殖性アデノウイルスに導入することが有用な、それぞれアデノウイルス阻害因子又はサイレンシング因子となる。
【0076】
本発明は、増殖性アデノウイルスを保存し、増殖性アデノウイルスを細胞に投与するために使用することのできる、本発明の増殖性アデノウイルスを包含する製剤も提供する。このような製剤は、増殖性アデノウイルスと希釈剤からなることが好ましい。希釈剤は増殖性アデノウイルスの長期保存及び/又は培養中あるいは動物生体内(好ましくはヒト生体内)の細胞への増殖性アデノウイルスの投与を可能とする。希釈剤が、凍結乾燥状態での保存を可能にするものであることが好ましい。また、希釈剤が、増殖性アデノウイルスの長期保存と、培養中あるいは動物生体内の細胞への増殖性アデノウイルスの投与との両方を可能にするものであることが好ましい。「保存を可能にする」とは、増殖性アデノウイルスの有する細胞に対する感染力が、製剤の保存中でも1週間を超える半減期をもって維持されることを意味する。半減期は、好ましくは1ヶ月超、最も好ましくは6ヶ月超である。上記保存は、40℃未満であればいかなる温度でもよいが、1℃〜10℃の範囲内又は−60℃よりも低いことが好ましい。「培養中及び/又は動物生体内の細胞への投与」とは、製剤と細胞とを接触させることによって、増殖性アデノウイルスを細胞に導入することを意味する。希釈剤が上記細胞や動物生体にとって無毒であることが好ましい。本発明は希釈剤の正確な組成まで限定しないが、本発明の目的にとって有用ないくつかの希釈剤が公知である。本発明で有用な希釈剤の、本発明を限定することのない具体例がWO 03/057892に開示されており、この言及をもって本願に組み込まれたものとする。所望により、希釈剤には、保存中の増殖性アデノウイルスの生理的安定性を高めるため、細胞へのウイルスの導入を増やすため、又は動物体内の細胞への組み換えアデノウイルスの投与を向上させるための、付加的成分が補充されていてもかまわない。このような成分は、製剤の特定の用途に応じて異なってもかまわない。付加的成分の、本発明を限定することのない具体例はWO 03/057892に開示されており、この言及をもって本願に組み込まれたものとする。当業者は、本発明のそれぞれの特定用途と本発明のそれぞれの特定の投与方法において、増殖性アデノウイルスを細胞に導入することのできる本発明の製剤を製造するために有用な希釈剤と補充成分を、相応の調査によって定めることができる。
【0077】
本発明は更に、本発明の増殖性アデノウイルスの細胞への導入をもたらす、本発明の製剤を細胞に投与するための方法を提供する。1つのバリエーションにおいては、製剤をin vitroの細胞に投与するためにこのような方法を使用し、別のバリエーションにおいては、製剤をin vivoの細胞に投与するためにこのような方法を使用する。本発明の方法は、他の組み換えアデノウイルスを細胞に投与するための、公知の方法と何ら変わるものではない。一般的に、本発明の増殖性アデノウイルスを有用な濃度となるように、本発明で定義した希釈剤で希釈する。一般的に、このような希釈剤は、動物の体内環境で等張液となるが、希釈剤を非等張性の濃度で使用することが望ましい場合もある。増殖性アデノウイルスの有用な濃度は、本発明の種々の用途によって異なる。当業者は、実験によって有用な濃度を求めることができる。上記製剤と細胞との接触は、静的条件(例えば、培養中の細胞への投与や、動物組織への注射)又は動的条件(例えば、動物体内の循環血への注射)で行うことができる。上記製剤と細胞との接触は0℃〜40℃の温度で行うが、30℃〜40℃の温度が好ましい。製剤を動物体内に投与する場合、製剤と細胞は動物体内における温度で接触させることが好ましい。上記発明のバリエーションの1つにおいては、投与は、周辺環境の大気圧下(ambient atmospheric pressure)で行う。本発明の別のバリエーションにおいては、投与は、大気圧を超える圧力下で行う。本発明の別のバリエーションにおいては、投与は、運搬促進薬剤投与(Convection-Enhanced Delivery)とも呼ばれる、非常にゆっくりとした点滴で行う(Voges et al., Ann. Neurol. 54 (2003): 479-487; Bankiewicz et al., Exp. Neurol. 164 (2000): 2-14)。接触は、増殖性アデノウイルスを細胞に導入するのに充分な時間維持する。
【0078】
本発明は、サイレンシング因子の少なくとも1種のオープンリーディングフレームを有する本発明の増殖性アデノウイルスと、増殖性アデノウイルスが複製するための細胞とを含む組成物を提供する。該増殖性アデノウイルスは、該細胞内で複製できるような宿主範囲を有する。本発明の好ましいバリエーションにおいては、細胞は、細胞周期チェックポイント制御の欠失に対してプログラムされた細胞死によって応答する能力を失った細胞である。本発明のこのバリエーションの具体例においては、細胞は慢性関節リウマチ細胞や癌細胞である。本発明の目的においては、「癌細胞」と「腫瘍細胞」は、正常な成長制御を失ったために、例えば哺乳動物など生体内で細胞の成長及び/又は細胞複製が制御不能になっているか、成長/複製が加速されているか、あるいはin vitroで不死化されている細胞を意味する。従って、この用語には、悪性、前悪性及び良性の癌細胞が含まれる。互いを排除することのない本発明の好ましいバリエーションにおいては、上記細胞はヒト細胞である。互いを排除することのない本発明の好ましい別のバリエーションにおいては、上記細胞は動物生体内(好ましくはヒト生体内)の細胞である。本発明の組成物は、本発明の増殖性アデノウイルスを含有する製剤を、本発明の方法で細胞に投与することで得られる。
【0079】
本発明の1つの態様においては、本発明の組成物の一部である細胞は、固形腫瘍内の細胞である。この態様のバリエーションの1つでは、上記腫瘍はin vitroの培養物として維持されている。本発明のこのようなバリエーションにおいては、腫瘍は細胞系から誘導した球状体などの、癌細胞から人工的に誘導したものや、動物生体内の腫瘍の外移植片から誘導した腫瘍でもよい。上記態様の別のバリエーションにおいては、腫瘍は動物生体内に存在する。本発明のこのようなバリエーションにおいては、腫瘍は動物生体に外科的に移植したものでもよいし、動物生体から発生した腫瘍でもよい。後者の場合、動物生体がヒト生体であることが好ましい。本発明のこのような態様においては、本発明で定義したサイレンシング因子を欠失した増殖性アデノウイルスと比べて、本発明の増殖性アデノウイルスがその短い複製時間及び/又は高い溶解能によって腫瘍内の感染細胞から隣接細胞への水平伝播の加速化をもたらすことが好ましい。本発明のこのような態様においては、上記の短い複製時間、高い溶解能及び/又は隣接細胞への水平伝播の加速化は、腫瘍のより効果的な破壊又は成長阻害に繋がることがより好ましい。
【0080】
本発明の別の態様においては、本発明の組成物の一部である細胞は、リウマチ滑膜細胞である。このような態様のバリエーションの1つにおいては、リウマチ滑膜細胞をin vitroの培養物中で維持する。このような態様の別のバリエーションにおいては、リウマチ滑膜細胞は動物生体内、好ましくは慢性炎症性関節に存在し、動物生体がヒト生体であることがより好ましい。本発明のこのような態様においては、本発明で定義したサイレンシング因子を欠失した増殖性アデノウイルスと比べて、本発明の増殖性アデノウイルスがその短い複製時間及び/又は高い溶解能によって、炎症性関節内の感染細胞から隣接細胞への水平伝播の加速化をもたらすことが好ましい。本発明のこのような態様においては、上記の短い複製時間、高い溶解能及び/又は隣接細胞への水平伝播の加速化は、リウマチ滑膜細胞のより効果的な破壊又は成長阻害に繋がることがより好ましい。
【0081】
本発明の更に別の態様においては、本発明の組成物の一部である細胞は、血管平滑筋細胞である。このような態様のバリエーションの1つにおいては、血管平滑筋細胞をin vitroの培養物中で維持する。このような態様の別のバリエーションにおいては、血管平滑筋細胞は動物生体内、好ましくはアテローム性動脈硬化症、再狭窄や移植血管閉塞(vascular graft occlusion)などの内膜肥厚部位に存在し、動物生体がヒト生体であることがより好ましい。本発明のこのような態様においては、本発明で定義したサイレンシング因子を欠失した増殖性アデノウイルスと比べて、本発明の増殖性アデノウイルスがその短い複製時間及び/又は高い溶解能によって、内膜肥厚部位内の感染細胞からの隣接細胞への水平伝播の加速化をもたらすことが好ましい。本発明のこのような態様においては、上記の短い複製時間、高い溶解能及び/又は隣接細胞への水平伝播の加速化は、血管平滑筋細胞のより効果的な破壊又は成長阻害に繋がることがより好ましい。
【0082】
本発明は、更に不適切な細胞寿命の関与する疾患、好ましくはヒトの疾患を治療するための、本発明の方法及び製剤における増殖性アデノウイルスの使用について提案する。本発明に基づく治療方法は、本発明の増殖性アデノウイルスを、本発明の製剤を用いて本発明の方法により動物生体内の病変細胞へ投与することを含む。本発明の特定の態様においては、疾患は癌であり、病変細胞は癌細胞、好ましくは固形腫瘍又は転移性腫瘍の一部である。疾患の種類及び病変細胞の性質に応じて、有用な増殖性アデノウイルス、有用な製剤及び有用な投与方法を選択する。増殖性アデノウイルスについては、有用なサイレンシング因子を、過去の調査結果に基づいて選択することができるが、疾患全般にかかわる遺伝的背景知識も考慮することが好ましく、特定の病変細胞にかかわる遺伝的背景知識も考慮することがより好ましい。有用な製剤とその投与方法は、動物生体内における病変細胞の局在化、病変細胞の性質、及び動物生体内における製剤投与部位に存在する他の細胞の性質に関する知識を基に選択する。投与方法としては、病変細胞を含有する組織への直接注射(例えば、運搬促進薬剤投与)、経口投与、循環血への注射、吸入、体腔(例えば肋膜腔や腹膜腔、関節又は脳室)への注射、消化管又は尿管の一部の管腔への注射、一定の生体部位表面(皮膚や耳咽頭部粘膜など)への、例えば洗口液による塗付が挙げられるが、これらに限定されるものではない。上記の投与方法が循環血への注射の場合、病変細胞を含有する動物生体内の部位に至る動脈に注射することが好ましい。
【0083】
本発明は、更に、疾患を治療するための本発明で定義した方法を、細胞集団を殺傷するための他の公知の方法や手段と組み合わせた用途も提案する。細胞集団を殺傷するための公知の方法や手段としては、放射線の照射;毒性タンパク質(例えば、ジフテリアやシュードモナスの毒素)、アポトーシス促進タンパク質(アポプチンやTNF関連アポトーシス誘導性リガンドなど)、プロドラッグ変換酵素(チミジンキナーゼ、シトシンデアミナーゼ又はカルボキシエステラーゼなど)、サイトカイン(インターロイキン2、インターロイキン12やGM−CSFなど)、抗血管新生薬(エンドスタチンやアンジオスタチン)、又は融合性膜タンパク質(例えば、ヒト免疫不全ウイルス、コロナウイルス又はテナガザル白血病ウイルスから誘導したタンパク質)などをコードする遺伝子の導入;化合物、抗体、受容体アンタゴニスト、シグナル伝達阻害剤、タンパク質−タンパク質相互作用(p53とp53アンタゴニストの相互作用、又はp53経路の成分とp53経路阻害因子との相互作用)を阻害する分子の投与が挙げられるが、これらに限定されるものではない。このような治療法の組み合わせは、どちらか一方の治療法よりも病変細胞の殺傷においてより効果的であることが予想される。更に、1つの治療法はもう一方の治療法の効果を増強する可能性もある。例えば、放射線と一定の化合物は、プログラムされた細胞死を誘導することが知られている。従って、このような治療法は、プログラムされた細胞死に対する阻害因子のサイレンシングを行うことによって、プログラムされた細胞死を復帰させる本発明の増殖性アデノウイルスによる効率的な細胞溶解と娘ウイルスの放出を、更に強化することも考えられる。
【0084】
以下の実施例及び図面に参照しながら本発明を更に具体的に説明する。いくつかの実施例によって、上述した本発明の増殖性アデノウイルス、製剤、方法、組成物及び用途を提供するための手段が明らかとなる。上記で一般論として説明したように、以下の実施例の記載は、本発明の範囲をいかなる点からも限定するものではないことを明確に理解されたい。当業者は、本発明から逸脱することなく、本発明の教示を、本願明細書では具体的に記載していない他の増殖性アデノウイルス、サイレンシング因子、製剤、方法、組成物や用途に適用することができる。
【0085】
実施例
【実施例1】
【0086】
ゲートウェイ組み換えデスティネーションカセットを含有するアデノウイルスシャトルベクターの構築
ゲートウェイ組み換えデスティネーションカセット(Gateway recombination destination cassette)をアデノウイルスのE4領域と右方向ITRの間に含有するアデノウイルスシャトルベクターを構築するために、pEndK/SpeI構築物(スペイン国、バルセロナ、カタロニア癌研究所(Institut Catala d'Oncologia)のR. Alemany博士による寄贈)を使用した。pEndK/SpeIの作製には、初めにpTG3602(Chartier et al., J. Virol, 70 (1996): 4805-4810)をKpnIで消化し、次にAd5の地図上の0〜7単位と93〜100単位を包含するベクターの断片を再度連結してpEndKを作製した。続いて、部位特異的突然変異でAd5の第35,813番ヌクレオチドをAからにTに変更して、ここにしかないSpeI部位をpEndKに導入し、pEndK/SpeIを作製した。PEndK/SpeIは、Ad5の2つのITRのそれぞれに隣接したPacI制限部位を有する。pEndK/SpeIにゲートウェイシステムとの互換性を与えるために、平滑断片にしたゲートウェイデスティネーションカセットrfa(ゲートウェイベクター変換システム(Gateway Vector Conversion System);カリフォルニア州、カールスバッド、Invitrogen製)を(Klenowポリメラーゼで埋めた)SpeI部位に連結した。アデノウイルスのR鎖又はL鎖上のccdB遺伝子コード配列を有するゲートウェイデスティネーションカセットを含有するプラスミドを選択し、それぞれpEndK/DEST-RとpEndK/DEST-Lと命名した。
【0087】
アデノウイルスE3領域の代わりにゲートウェイ組み換えデスティネーションカセットを含有するシャトルベクターを構築するために、初めに(ゲートウェイベクター変換システムの)ゲートウェイデスティネーションカセットrfaを、EcoRVで消化したpBluescript SK(-)(Stratagene製)にクローニングして、pBSK-DESTを得た。これをテンプレートとして、突出したPvuI部位を有するプライマーである5'-GAGGTCGACGCGATCGATAAGCTTGATATC-3'と5'-TAGAACTAGTCGATCGCCCGGGCTGCAG-3'を用いてDESTカセットをPCRで増幅し、PvuIで消化した。得られた断片をPacIで消化したpBHG11(Microbix製)に連結し、pBHG11-DEST_Rを得た。
【0088】
アデノウイルスE3領域の代わりにCRAd全長ゲノムとゲートウェイ組み換えデスティネーションカセットとを含有するシャトルベクターを構築するために、初めにpEndK/SpeI(上記参照)をEcoRVで消化し、pBHG11由来のfiber遺伝子を含むEcoRV断片を挿入することで、pEndK-Fiberを作製した。次に、pBHG11-DEST_RのDEST_Rを含むHpaI断片を、HpaIで消化したpEndK-Fiberに挿入し、pEndK-Fiber_DEST_Rを作製した。最後に、pEndK-Fiber_DEST_RのFiber_DEST_Rを含むSpeI断片を、SpeIで消化したpAdΔ24E3(実施例7参照)に挿入し、E3領域とfiber遺伝子をpEndK-Fiber_DEST_R由来のDEST_R_Fiber断片と置換した。得られたプラスミドがpAdΔ24-DEST_Rである。
【実施例2】
【0089】
実施例1のアデノウイルスシャトルベクターにゲートウェイ組み換えシステムで移送することが可能な、shRNA発現カセットを有するプラスミドを構築するための一般的な方法
プラスミドpSHAG-1(Paddison et al., Genes Dev. 16 (2002) 948-958;ニューヨーク州、コールドスプリングハーバー研究所のG.J. Hannon博士による寄贈)を、ゲートウェイシステム(カリフォルニア州、カールスバッド、Invitrogen製)への導入クローンとして用いる。pSHAG-1は、attL1組み換え部位とattL2組み換え部位に挟まれた、U6プロモーター駆動性の発現カセットを含有し、この発現カセットは、ゲートウェイシステムを用いて、実施例1で使用したpEndK/DEST-R、pEndK/DEST-L、pBHG11-DEST_R及びpAdΔ24-DEST_Rを含む目的プラスミドベクターに導入することができる。shRNAコード配列は、BseRIとBamHIで消化したpSHAG-1を、互換性のある突出したDNA配列を有する2本のアニーリングした合成オリゴヌクレオチドと連結することによって、導入することができる。2本のオリゴヌクレオチドの内の1本は、その5’から3’の方向に以下に記載の配列を有するように設計する: 標的mRNA(即ち、アンチセンス)に相補的な、少なくとも19ヌクレオチドで好ましくは29ヌクレオチド以下の第1伸長鎖、ループ配列、第1伸長鎖と同じ長さで逆相補的な配列である第2伸長鎖、及び少なくとも4つのチミジンからなる伸長鎖。2本目のオリゴヌクレオチドは、1本目のオリゴヌクレオチドに対して逆相補的な配列でなければならない。更に、アニーリングの結果として得られる2本鎖オリゴヌクレオチドは、BseRI制限部位とBamHI制限部位とに互換性のある突出部位を形成しなければならない。19〜29ヌクレオチド長の配列の選択によって、所望の標的に対して有用な、本発明のshRNAを作成することができる。例えば、ホタルルシフェラーゼのターゲティングに有用なオリゴヌクレオチドとしては: オリゴヌクレオチド1: 5'-GATTCCAATTCAGCGGGAGCCACCTGATgaagcttgATCGGGTGGCTCTCGCTGAGTTGGAATCCATTTTTT-3' 及び オリゴヌクレオチド2: 5'-GATCAAAAAATGGATTCCAACTCAGCGAGAGCCACCCGATcaagcttcATCAGGTGGCTCCCGCTGAATTGGAATCCG-3' が挙げられ、上記配列において小文字で示したのはループ配列である。オリゴヌクレオチド1と2のアニーリングに続く、BseRIとBamHIで消化したpSHAG-1への連結によって、pSHAG-shRNAが得られる。ルシフェラーゼ特異的shRNAを例とした場合には、ホタルルシフェラーゼ遺伝子のコード配列の第1,340番〜第1,368番ヌクレオチドに対して相同的なshRNAをコードするpSHAG-Ff1が上記実験によってもたらされる。
【実施例3】
【0090】
実施例1と2のプラスミドを用いて、shRNA発現カセットを含有するアデノウイルスシャトルベクターを構築する一般的な方法
E4領域と右方向ITRの間に挿入したshRNA発現カセットを含有するアデノウイルスシャトルベクターを構築するために、ゲートウェイLRクロナーゼエンザイムミックス(GATEWAY LR Clonase enzyme mix)(Invitrogen製)を製造者のプロトコルに従って使用して、in vitroゲートウェイLR組み換え反応(GATEWAY LR recombination reaction)で、shRNA発現カセットを、実施例2のpSHAG-shRNA構築物から実施例1のpEndK/DEST-Rプラスミド又はpEndK/DEST-Lプラスミドに移す。その結果として、pEndK/shRNA-R又はpEndK/shRNA-Lが得られた。例えば、pSHAG-Ff1をpEndK/DEST-R又はpEndK/DEST-Lと組み換えて、それぞれpEndK-Ff1-R又はpEndK-Ff1-Lを得る。
【0091】
E3領域の代わりに挿入したshRNA発現カセットを含有するアデノウイルスシャトルベクターを構築するためには、上記と同じin vitroゲートウェイLR組み換え反応で、shRNA発現カセットを、実施例2のpSHAG-shRNA構築物から実施例1のpBHG11-DEST_Rプラスミドに移し、pBHG11-shRNAを作製する。AdΔ24型CRAd(Fueyo et al., Oncogene 19 (2000): 2-12)の全長ゲノムと、アデノウイルスE3領域の代わりに挿入したshRNA発現カセットとを共に含有するアデノウイルスシャトルベクターを構築するためには、上記と同じin vitroゲートウェイLR組み換え反応で、shRNA発現カセットを、実施例2のpSHAG-shRNA構築物から実施例1のpAdΔ24-DEST_Rプラスミドに移し、pAdΔ24-shRNAを作製する。
【実施例4】
【0092】
実施例3のプラスミドを用いてshRNA分子を発現する増殖性アデノウイルスを構築するための一般的な方法
プラスミドpEndK/shRNA-R及びプラスミドpEndK/shRNA-Lは、KpnI及び/又はEcoRVで直鎖化することができる。この結果、Ad5の地図上の0〜7単位と、挿入したshRNA発現カセットを有するAd5の地図上の93〜100単位とが分離される。このような直鎖化した分子は、細菌、例えば大腸菌BJ5183株において、増殖性アデノウイルス全長DNAと組み換えることができる。このような増殖性アデノウイルス全長DNAは、アデノウイルス粒子から単離するか、あるいは、増殖性アデノウイルス全長DNA挿入物を含有するプラスミドの消化によって取り出すこともできる。二重相同組み換え(Double homologous recombination)によって増殖性アデノウイルスゲノム挿入物を含有するプラスミドを作成するが、この時、shRNA発現カセットは、E4領域と右方向ITRの間に挿入する。この方法においては、更に修飾(例えば、腫瘍選択性や腫瘍退縮の増強、指向性の変化、導入遺伝子の挿入)を有する組み換えアデノウイルスを含む、いかなる全長増殖性アデノウイルスもshRNA発現カセットの挿入に用いることが可能であることに注目されたい。しかし、上記全長増殖性アデノウイルスが、PacI制限部位をそのゲノムに有していないことが好ましい。挿入したshRNA発現カセットを有する完全な増殖性アデノウイルスゲノムは、プラスミドのPacI消化に続いて放出される。このDNAを、例えば、リポフェクタミン試薬を用いてヒト細胞にトランスフェクトする。結果として得られる本発明の組み換え増殖性アデノウイルスを単離し、公知の、標準的な細胞培養法とウイルス学的方法とを用いてウイルスを増殖し精製する。
【0093】
pBHG11-shRNAプラスミドを、pXC1(Microbix Biosystems製)又は所望の修飾(例えば、CRAdを作製するためにE1領域に導入した変異が挙げられるが、Δ24変異(上記参照)に限定されるものではない)を有する、pXC1誘導プラスミドと共にヒト細胞にトランスフェクトし、E3領域の代わりにshRNA発現カセットが挿入された、完全な増殖性アデノウイルスゲノムを再構築するための相同組み換えを行う。このウイルスは次に単離、増殖及び精製して、公知の方法で使用することができる。又、E3領域の代わりにshRNA発現カセットが挿入されたΔ24型CRAdを単離するために、pAdΔ24-shRNAプラスミドをPacIで消化し、ヒト細胞にトランスフェクトすることができる。こうして得られたウイルスは、次に単離、増殖及び精製して、公知の方法で使用することができる。
【実施例5】
【0094】
ホタルルシフェラーゼのサイレンシングを行う、増殖制御可能なアデノウイルスAd5-Δ24E3-Ff1-R及びAd5-Δ24E3-Ff1-Lの構築
ホタルルシフェラーゼに対するshRNA分子を発現する増殖制御可能なアデノウイルス(CRAd)を構築するために、E1AのpRb結合性CR2ドメインに24bpの欠失(Suzuki et al., Clin. Cancer Res. 8 (2002): 3348-3359)を有するAd5誘導CRAdであるAd5-Δ24E3を骨格として用いた。実施例4に記載した一般的な方法によると、大腸菌BJ5183株の中で、全長Ad5-Δ24E3ウイルスDNAとKpnI消化pEndK-Ff1-R又はKpnI消化pEndK-Ff1-L(実施例3参照)との相同組み換えを行って、それぞれプラスミドpAdΔ24E3-Ff1-R及びプラスミドpAdΔ24E3-Ff1-Lを得た。これらプラスミドをPacIで消化して、Ff1 shRNA発現カセット挿入物を有する全長アデノウイルスDNAをプラスミド骨格から取り出し、ヒト293細胞にトランスフェクトした(Graham et al., J. Gen. Virol. 36 (1977): 59-74)。Ad5-Δ24E3.Ff1-R CRAd及びAd5-Δ24E3.Ff1-L CRAdを回収し、A549細胞(ATCCより入手)で更に増幅した。最終産物について、E1Δ24欠失、U6-Ff1挿入及びその方向をPCRで確認し、標準的な方法に従って、293細胞を用いた限界希釈プラーク滴定で機能的なPFU力価を求めた。
【実施例6】
【0095】
増殖制御可能なアデノウイルスAd5-Δ24E3-Ff1-R及びAd5-Δ24E3-Ff1-Lによる、ヒト癌細胞におけるホタルルシフェラーゼの特異的サイレンシング
サイレンシング効率を正確に定量し、実験間の差異を的確に補正するために、我々は二方向hARプロモーター(Barski et al., Biotechniques 36 (2004): 382-4, 386, 388)によってホタルルシフェラーゼ遺伝子とRenillaルシフェラーゼ遺伝子を発現し、そのために、ホタルルシフェラーゼのサイレンシグをRenillaルシフェラーゼの発現に対して正規化することが可能な、レポータープラスミドphAR-FF-RLを使用した。phAR-FF-RLを構築するために、サブクローンしたゲノムDNAをテンプレートとし、両端にSacI部位(下線で示した部位)を作製する以下のプライマーを用いたPCRでhARプロモーター(転写開始部位に対して−124〜+29ヌクレオチド;Genbankアクセッション番号:AF112482)を得た: 5'-CCAGAAGAGCTCGCAACGTGGCATCTGCTA-3'と5'-GTTTGGAGAGCTCCTGGGCACAATGAGGC-3'。PCR産物を、プロモーターの3’末端がホタルルシフェラーゼ遺伝子に向くようにpGL3-basic(ウイスコンシン州、マディソン、Promega製)のSacI部位に挿入し、phAR-FFを作製した。次に、pRL-TK(Promega製)をテンプレートとし、両端にKpnI部位(下線で示した部位)を作製する以下のプライマーを用いたPCRでRenillaルシフェラーゼcDNAを得た:5'-ACAACGGTACCGAACTTAAGCTGCAG-3'と5'-CCGAAAGGTACCACCTGGATCCTTATC-3'。得られたcDNAは、ホタルルシフェラーゼ遺伝子とは逆向き、即ちhARプロモーターの5’末端がRenillaルシフェラーゼ遺伝子の5’末端側を向くように、phAR-FFのKpnI部位に挿入した。
【0096】
ヒト非小肺癌細胞であるA549細胞、乳癌細胞であるMCF−7細胞及び子宮頸癌細胞であるHeLa細胞をアメリカンタイプカルチャーコレクション(バージニア州、マナッサス)から入手した。骨肉腫細胞であるSaOs−2細胞は、ドイツ国、ミュンスター大学(Westfalische Wilhelms-Universitat, Munster)のF. van Valen博士から寄贈されたものである。細胞は、10%ウシ胎児血清、50IU/mlペニシリン及び50μg/mlストレプトマイシン(英国、ペイズリー、Life Technologies, Inc.製)を添加した、F12添加DMEM培地で維持した。ヒト癌細胞系は24穴プレート上に50〜70%コンフルエントとなるように植え、リポフェクタミン プラス(Invitrogen製)を製造者のプロトコルに従って使用して、50ngのphAR-FF-RLと250ngの空のプラスミドであるpBluescript SK(-)キャリアーDNA(カリフォルニア州、ラホーヤ、Stratagene製)をトランスフェクトした。対照CRAdであるAd5-Δ24E3による感染、あるいはサイレンシング用CRAdであるAd5-Δ24E3.Ff1-R又はAd5-Δ24E3.Ff1-L(上記参照)による感染は、重複感染度が500PFU/細胞の条件下、37℃で2時間行い、その直後にトランスフェクションを行った。ホタルルシフェラーゼとRenillaルシフェラーゼの活性は、デュアルルシフェラーゼレポーターアッセイシステム(Dual-Luciferase Reporter Assay System)(Promega製)を製造者のプロトコルに従って使用し、感染から30時間後に測定した。
【0097】
種々の細胞系において、Ad5-Δ24E3.Ff1-RとAd5-Δ24E3.Ff1-Lはそれぞれ、正規化したホタルルシフェラーゼ発現を、親ウイルスである対象CRAd Ad5-Δ24E3を感染した後に見られる発現レベルの約60%〜30%まで抑制した(図1A)。この結果は、CRAdに感染した宿主細胞において、CRAdが発現したshRNAは標的遺伝子の発現を抑制することができることを示した。
【0098】
shRNAは複製しているアデノウイルスにコードされているので、ウイルスゲノムの複製の結果として、shRNAの発現はおそらく経時的に増加するはずであると考えられた。Ad5Δ24-CMV-lucを用いた試験実験(実施例10)は、A549細胞においては、導入遺伝子発現の対数的な増加は感染後20時間から始まり、32時間には定常期に達した。U6プロモーターによって駆動されるshRNAの発現が同様の発現プロファイルを示すと仮定して、我々は、shRNAの誘導するサイレンシング効果は複製周期の間に増加すると予想した。これを試験するために、A549細胞内のAd5-Δ24E3.Ff1-Rによるサイレンシングを、感染から12、24、36と48時間後に測定する経時的な実験を実施した。この実験は、感染から初めの二日の間に、Ad5-Δ24E3.Ff1-RはA549細胞によるホタルルシフェラーゼの発現を進行的に阻害することを明らかにした(図1B)。CPEが顕在化する感染から48時間後には、Ad5-Δ24E3.U6-Ff1-Rは、ホタルルシフェラーゼ活性をAd5-Δ24E3を用いた対象の約30%にまで沈黙させた。
【0099】
ホタルルシフェラーゼ発現値は内部標準としたRenillaルシフェラーゼ発現を用いて正規化し、shRNAを発現するCRAdの効果は、Ad5-Δ24E3親ウイルスを感染した後の発現と比較したので、観察されたホタルルシフェラーゼ発現の抑制がウイルスの複製によって生じた非特異的効果であるとは考えられない。しかし、この可能性を正式に排除するために、変異ホタルルシフェラーゼのサイレンシングについて検討した。このために我々は、phAR-FF-RLのコードするホタルルシフェラーゼ遺伝子のshRNA標的配列に6つのサイレント点変異を導入した。我々は、phAR-FF-RLの標的認識部位を以下の配列に変更することで、phAR-FF-RLに似ているが、ホタルルシフェラーゼの標的認識部位にサイレント変異を有する対照レポータープラスミドphAR-FF*-RLを作製した:5'-ACCAGGTTGCCCCTGCTGAGTTGGAATCG-3'(変異は下線で示した)。変異は、初めにpGL2(Promega製)に導入したが、偶然にも、標的認識部位はEcoRV制限部位とClaI制限部位に挟まれており、変異の導入に小さなリンカー配列を使うことを可能にした。この目的のために、オリゴヌクレオチドである5'-ACCAGGTTGCCCCTGCTGAGTTGGAAT-3'と5'-CGATTCCAACTCAGCAGGGGCAACCTGGT-3'をアニーリングし、キナーゼで処理した。このリンカーをEcoRVとClaIで消化したpGL2に連結することで、未修飾の標的配列を置換した。得られたベクターから、変異した標的部位を有するホタルルシフェラーゼ配列を含有する765bpのSphI-SgrAI断片を得て、phAR-FF-RLに連結することで、対応するSphI-SgrAI領域を置換した。予想通り、phAR-FF*-RLに導入した変異はホタルルシフェラーゼタンパク質の活性に影響を与えないが、変異レポータープラスミド(phAR-FF*-RL)とpSHAG-Ff1のコトランスフェクションによって確認されたように、Ff1 shRNAの仲介するサイレンシングを無効にした。A549細胞をAd5-Δ24E3、Ad5-Δ24E3.U6-Ff1-R又はAd5-Δ24E3.U6-Ff1-Lに感染させ、レポータープラスミドphAR-FF-RL又は変異レポータープラスミドphAR-FF*-RLでトランスフェクトした。図1Cは、どちらのサイレンシングCRAdも感染から30時間後に、以前の実験と同様に、ホタルルシフェラーゼの発現を約50%にまで抑制したが、変異ホタルルシフェラーゼの発現を変えることはなかった。この結果は、観測したホタルルシフェラーゼ発現のサイレンシングはshRNA標的配列に依存し、哺乳類RNAi経路によってもたらされることを証明した。
【実施例7】
【0100】
p53アンタゴニストを沈黙させる増殖制御可能なアデノウイルスの構築
HPV-18 E6に対する、PolIII H1プロモーター駆動性のshRNAを発現する、Ad5-Δ24E3(Suzuki et al., Clin. Cancer Res. 8 (2002): 3348-3359)の誘導体を以下の方法で作製した。初めに、Ad5-Δ24E3直鎖状dsDNAをウイルス粒子から単離し、BJ5183株の中で直鎖状pEndK/Spe(上記参照)と組み換えて、プラスミドクローンpAdΔ24E3を得、これをPacIで消化することで全長AdΔ24E3 DNAを取り出した。次に、HPV-18 E6の19ヌクレオチド(第385番〜第403番ヌクレオチド、番号付けはCole and Danos, J. Mol. Biol. 193 (1987): 599-608に基づく)、それに続く9ヌクレオチドのループリンカー(小文字で示した)及びHPV-18 E6の上記19ヌクレオチド配列の逆相補鎖からなる合成2本鎖オリゴヌクレオチドを、プラスミドpSUPER(Brummelkamp et al., Science 296 (2002): 550-553)に挿入し、pSUPER-18E6を作製した。このために、オリゴヌクレオチドFP_super18E6(5'-gatccccCTAACACTGGGTTATACAAttcaagagaTTGTATAACCCAGTGTTAGtttttggaaa-3')とオリゴヌクレオチドRP_super18E6(5'-agcttttccaaaaaCTAACACTGGGTTATACAAtctcttgaaTTGTATAACCCAGTGTTAGggg-3')のアニーリングを行って、BglII/HindIIIで消化したpSUPERに連結した。pSUPER-18E6をHindIIIで消化し、突出末端をKlenowポリメラーゼで埋めて、NheI部位を作製するために再度連結した。続いて、SpeIとNheIで消化することでH1_18E6断片を取り出し、SpeIで消化したpEndK/SpeIに挿入することでプラスミドpEndK.H1_18E6を作製した。HPV−18で形質転換したヒト癌細胞において、p53活性阻害の低下をもたらすHPV-18 E6の機能的なサイレンシングは、HeLa子宮頸癌細胞にpEndK.H1_18E6をp53特異的レポータープラスミドPG13-Luc(el-Deiry et al., Cell 75 (1993): 817-825)と共にトランスフェクトし、ルシフェラーゼの発現を測定することで確認した。この実験は、pEndK/SpeIをPG13-lucと共に用いた対照トランスフェクションやPG13-Lucのみのトランスフェクションに続いて測定した値よりも顕著に高い値を示した。従って、pEndK.H1_18E6の発現したshRNAは、p53アンタゴニストを沈黙させた。次に、pEndK.H1_18E6をKpnIとEcoRVで消化することで直鎖状にし、大腸菌BJ5183細胞内で、PacIで直鎖状にしたAd5-Δ24E3 DNAと組み換えた。こうすることによってpAdΔ24.H1_18E6が得られた。PacIで直鎖状にしたpAdΔ24.H1_18E6で911細胞(Fallaux et al., Hum. Gene Ther. 7 (1996): 215-222)をトランスフェクトし、AdΔ24.H1_18E6ウイルスを単離して、A549細胞で更に増殖した。
【0101】
Δ24変異をE1領域(Fueyo et al., Oncogene 19 (2000): 2-12)に有し、p53アンタゴニストであるpolo様キナーゼ1(plk-1)及びparcに対して特異的なそれぞれ異なるshRNAを発現するいくつかのCRAdを以下の方法で作製した。両方の標的遺伝子に対して、標的mRNAの異なる配列を標的とする3種の異なるサイレンシング構築物を設計した。各サイレンシング構築物について、2つのオリゴヌクレオチドからなるセットを合成した。オリゴヌクレオチドの配列は下記に示した。実施例2の記載に従って、2つのオリゴヌクレオチドをアニーリングし、BseRIとBamHIで消化したpSHAG-1に挿入した。得られたpSHAG-shRNA構築物内のshRNA発現カセットを、実施例3に従って、ゲートウェイLRin vitro組み換え反応でpAdΔ24-DEST_R(実施例1)に移した。全長クローンをPacIで消化し、911細胞にトランスフェクトして、shRNAを発現する増殖性アデノウイルスを得、A549細胞で更に増殖した。
【0102】
使用したオリゴヌクレオチドのセットは以下の通りである。
plk-1用のセット:
セットA: 5'-GGCGGCTTTGCCAAGTGCTTCTCGAGAAGCACTTGGCAAAGCCGCCCTTTTT-3'と
5'-GATCAAAAAGGGCGGCTTTGCCAAGTGCTTCTCGAGAAGCACTTGGCAAAGCCGCCCG-3';
セットB: 5'-GCCGCCTCCCTCATCCAGAACTCGAGTTCTGGATGAGGGAGGCGGCCTTTTT-3'と
5'-GATCAAAAAGGCCGCCTCCCTCATCCAGAACTCGAGTTCTGGATGAGGGAGGCGGCCG-3';及び
セットC: 5'-ATGAAGAAGATCACCCTCCTTACTCGAGTAAGGAGGGTGATCTTCTTCATCTTTTT-3'と
5'-GATCAAAAAGATGAAGAAGATCACCCTCCTTACTCGAGTAAGGAGGGTGATCTTCTTCATCG-3'。
parc用のセット:
セットA: 5'-GAAGCTTTCCTCGAGATCCACTTCCTGTCATGGATCTCGAGGAAAGCTTCCTTTTT-3'と
5'-GATCAAAAAGGAAGCTTTCCTCGAGATCCATGACAGGAAGTGGATCTCGAGGAAAGCTTCCG-3';
セットB: 5'-GCATCGAGCAGCACATGGATCTTCCTGTCAATCCATGTGCTGCTCGATGCCTTTTT-3'と
5'-GATCAAAAAGGCATCGAGCAGCACATGGATTGACAGGAAGATCCATGTGCTGCTCGATGCCG-3';及び
セットC: 5'-CTCGCCAGGAGAAGCGGTTTCTTCCTGTCAAAACCGCTTCTCCTGGCGAGCTTTTT-3'と
5'-GATCAAAAAGCTCGCCAGGAGAAGCGGTTTTGACAGGAAGAAACCGCTTCTCCTGGCGAGCG-3'。
【実施例8】
【0103】
p53アンタゴニストを沈黙させ、更にp53依存性アポトーシス経路の機能的因子を発現する、増殖制御可能なアデノウイルスの構築
HPV-18 E6に対する、PolIII H1プロモーター駆動性のshRNAを発現し、更にヒトp53を発現する、Ad5-Δ24E3(Suzuki et al., Clin. Cancer Res. 8 (2002): 3348-3359)の誘導体を以下の方法で作製した。初めにプラスミドpEndK/p53を作製した。このために、pBluescript SK(-)をSmaIとEcoRVで消化し、自己連結することで、EcoRV部位を欠失したpBluescript SK(-)(カリフォルニア州、ラホーヤ、Stratagene製)の誘導体を作製した。得られたベクターをKpnIとSalIで消化し、pABS.4-p53(Van Beusechem et al., Cancer Res. 62 (2002): 6165-6171)のSV40プロモーター駆動性ヒトp53発現カセットを含むKpnI/SalI断片を挿入して、pBSK-p53を得た。続いて、pBSK-p53のKpnI部位をSpeI部位に変更した。これは、pBSK-p53をKpnIで消化し、オリゴ5'-TCAGGACTAGTGGAATGTAC-3'とオリゴ5'-ATTCCACTAGTCCTGAGTAC-3'をアニーリングすることで作製した合成2本鎖オリゴヌクレオチドを挿入することで行った。2.6kbのSV40-p53断片をSpeI消化によって取り出し、SpeIで消化したpEndK/Spe(上記参照)に挿入した。SV40-p53カセットがアデノウイルスのL鎖に配置されるような向きに挿入物を有するクローンを単離し、pEndK/p53と命名した。pEndK/p53からの機能的なp53の発現は、p53欠失SaOs−2骨肉種細胞にpEndK/p53をトランスフェクトするか、あるいは対照構築物であるpEndK/SpeIをp53特異的レポータープラスミドPG13-Luc又は負の対照であるプラスミドMG15-Luc(el-Deiry et al., Cell 75 (1993): 817-825)と共にトランスフェクトし、次の日にルシフェラーゼの発現を測定することで確認した。pEndK/p53のトランスフェクションの結果、p53特異的PG−13/MG−15比は63となったが、空のpEndK/SpeIベクターをトランスフェクトした際のPG−13/MG−15比はたった0.7だった。次に、pEndK/p53をClaIで消化し、Klenowポリメラーゼで埋め、pSUPER-18E6(上記参照)のH1-18E6断片を含むHincII/SmaI断片を挿入して、pEndK/p53.H1_18E6を得た。最後に、KpnIとEcoRVによる消化によってpEndK/p53.H1_18E6を直鎖状にし、大腸菌BJ5183細胞内で、PacIで直鎖状にしたAd5-Δ24E3 DNA(上記参照)と組み換え、pAdΔ24.p53(L).H1_18E6を作製した。このベクターをPacIで直鎖状にし、パッケージング用の911細胞にトランスフェクトした。AdΔ24.p53(L).H1_18E6ウイルスを単離し、A549細胞で更に増殖した。
【実施例9】
【0104】
p53経路阻害因子を沈黙させる増殖制御可能なアデノウイルスの構築
Δ24変異をE1領域(Fueyo et al., Oncogene 19 (2000): 2-12)に有し、bcl-2に対して特異的なそれぞれ異なるshRNAを発現するいくつかのCRAdを、実施例7でplk-1やparcに対して特異的なshRNAを発現するCRAdを作製するために用いた方法で作製した。bcl-2 mRNA上の標的配列に特異的な、下記のオリゴヌクレオチドのセットを使用したことだけが異なる点である。
セットA: 5'-CTGCACCTGACGCCCTTCACCTTCCTGTCAGTGAAGGGCGTCAGGTGCAGCTTTTT-3'と
5'-GATCAAAAAGCTGCACCTGACGCCCTTCACTGACAGGAAGGTGAAGGGCGTCAGGTGCAGCG-3';
セットB: 5'-GGAGGATTGTGGCCTTCTTTCTTCCTGTCAAAAGAAGGCCACAATCCTCCCTTTTT-3'と
5'-GATCAAAAAGGGAGGATTGTGGCCTTCTTTTGACAGGAAGAAAGAAGGCCACAATCCTCCCG-3';及び
セットC: 5'-GATCCAGGATAACGGAGGCTCTTCCTGTCAAGCCTCCGTTATCCTGGATCCTTTTT-3'と
5'-GATCAAAAAGGATCCAGGATAACGGAGGCTTGACAGGAAGAGCCTCCGTTATCCTGGATCCG-3'。
【実施例10】
【0105】
p53アンタゴニストを沈黙させ、指向性が変化している増殖制御可能なアデノウイルスの構築
HPV-18 E6に対する、PolIII H1プロモーター駆動性のshRNAを発現し、更にアデノウイルスの指向性を拡大して、感染力の増強と種々のヒト癌細胞に対する腫瘍退縮力の向上をもたらす修飾fiber遺伝子を発現する、Ad5-Δ24RGD(Suzuki et al., Clin. Cancer Res. 7 (2001): 120-126)の誘導体を以下の方法で作製した。公知の方法で直鎖状の全長2本鎖Ad5-Δ24RGD DNAをAd5-Δ24RGDウイルスから単離し、大腸菌BJ5183細胞内で、 KpnI/EcoRVで消化したpEndK.H1_18E6(上記参照)と組み換え、pAdΔ24RGD.H1_18E6を作製した。続いて、PacIで直鎖状にしたpAdΔ24RGD.H1_18E6をパッケージング用の911細胞にトランスフェクトし、pAdΔ24RGD.H1_18E6ウイルスを単離し、A549細胞で更に増殖した。
【実施例11】
【0106】
MLP駆動性のホタルルシフェラーゼを発現し、アデノウイルス阻害因子の同定及びアデノウイルス阻害因子を沈黙させることのできるshRNA分子の選択に有用な、増殖性アデノウイルスAd5Δ24-SA-Lucの構築
内因性アデノウイルスMLPによって発現される導入遺伝子を有する増殖性アデノウイルスを構築するために、部分的なAd5ゲノムを含有するプラスミドのE3領域の代わりに、スプライス受容配列とそれに続く複数のクローニング部位及びポリアデニル化部位を挿入した。このために、合成オリゴヌクレオチドである5'-GGCAGGCGCAATCTTCGCATTTCTTTTTTCCAGGAATCTAGAGATATCGAGCTCAATAAAG-3'と5'-AATTCTTTATTGAGCTCGATATCTCTAGATTCCTGGAAAAAAGAAATGCGAAGATTGCGCCTGCCTGCA-3'をアニーリングせしめ、EcoRIとPstIで消化したpABS.4(カナダ国、トロント、Microbix Biosystems製)にクローニングした。得られたプラスミドpABS.4-SA-MCSは、Fiber遺伝子の長いスプライス受容部位、XbaI、EcoRVとSacIの制限部位を含む小さなクローニング部位およびポリアデニル化部位を包含する、長さが32ヌクレオチドのアデノウイルス セロタイプ40の配列を含有し、所望の導入遺伝子を挿入できるような柔軟性を持たせて設計してある。簡単且つ定量的な方法で測定することが可能な、内因性アデノウイルスMLPによって発現される導入遺伝子を有する増殖性アデノウイルスを構築するために、ホタルルシフェラーゼ遺伝子をpABS.4-SA-MCSのMCSに挿入した。このために、pSP-Luc+ベクター(Promega製)をテンプレートDNAとして用い、突出したXbaI部位とSacI部位を有するオリゴヌクレオチドである5'-GGGTCTAGAGCCACCATGGAAGACGCCAAAAAC-3'と5'-CCCGAGCTCCTTACACGGCGATCTTTCCGC-3'をプライマーとして用いたPCRによって、ホタルルシフェラーゼのcDNAを得た。PCR産物をXbaIとSacIで消化し、同じ酵素で消化したpABS.4-SA-MCSに連結して、pABS.4-SA-Lucを得た。このプラスミドをPacIで消化し、SA-Lucとカナマイシン耐性遺伝子を含む断片をPacIで消化したpBHG11(Microbix biosystems製)に挿入した。アデノウイルスのR鎖にSA-Lucが配置されるような向きに挿入物を有するクローンを単離し、次にカナマイシン耐性遺伝子を取り除くために、SwaIで消化し、自己連結させて、pBHG11-SA-Lucを得た。
【0107】
SAの代わりにCMVプロモーターを有する対照アデノウイルスを構築するために、NheIとBglIIを用いてpAdTrack((He et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95 (1998): 2509-2514)からヒトCMVプロモーターを取り出し、SpeIとBamHIで消化したpBluescript SK(-)(-)(Stratagene製)にサブクローニングした。続いて、このプラスミドをXbaIとPstIで消化し、CMVプロモーターを含む断片を、XbaIとPstIで消化したpABS.4.SA.MCSに連結することで、スプライス受容部位をCMVプロモーターで置換した。このプラスミド(pABS.4-CMV-MCS)を、pBHG11-SA-Luc(上記参照)を得るために用いた方法と同様の方法で、pBHG11-CMV-Lucを構築するために使用した。
【0108】
MLP又はCMV制御下でルシフェラーゼを発現する増殖制御可能なアデノウイルスは、RBタンパク質(Fueyo et al., Oncogene 19 (2000): 2-12)への結合に必要な、E1AのCR2ドメインの第122番〜第129番アミノ酸に対応する24塩基の欠失を有する、pXC1(Microbix Biosystems製)の誘導体であるpXC1-Δ24と、pBHG11-SA-Luc又はpBHG11-CMV-Lucとの、293細胞内での相同組み換えによって作製した。こうすることで、CRAdであるAd5Δ24-SA-LucとAd5Δ24-CMV-Lucが得られた。
【実施例12】
【0109】
宿主細胞内での増殖性アデノウイルスAd5Δ24-SA-Lucによるルシフェラーゼの発現は、アデノウイルスの複製に依存する
アデノウイルスの複製に関連した導入遺伝子の発現を研究するために、96穴プレートに植えたA549細胞を、細胞あたり20PFUの、ルシフェラーゼを発現する組み換えアデノウイルスに37℃で2時間感染させ、続いて感染培地を、細胞周期阻害剤であるアピゲニン(apigenin)を含有するか含有しない新鮮培地と交換した。アデノウイルスの複製には細胞周期の進行がS期を経ることが必要なため、アピゲニン処理はアデノウイルスの複製を阻害する。これは、Ad5-Δ24E3(上記参考)による感染から32時間後に、75μMのアペニゲンの存在下で培養した細胞の含有するAd5-Δ24E3ウイルスゲノムを定量的PCRで測定したところ、その量が1,000分の1〜10,000分の1にまで減っていたことによって確認された。ルシフェラーゼ活性は、種々の濃度のアペゲニンの存在下又は非存在下で培養したアデノウイルス感染細胞について、感染から32時間後にルシフェラーゼ化学発光アッセイシステム(luciferase chemiluminescence assay system)(Promega製)を用いて行った。図2は、Ad5Δ24-SA-LucとAd5Δ24-CMV-Luc(上記参照)を用いて得られた結果と、非増殖性の対照ウイルスであるAd5-ΔE1-CMV-Lucを用いて得られた結果を示す。Ad5-ΔE1-CMV-Lucは、E1領域とE3領域に欠失を有し、pCEP4(Invitrogen製)由来のCMVプロモーターとpGL3-Basic(Promega製)由来のルシフェラーゼ遺伝子(Yamamoto et al., Mol. Ther. 3 (2001): 385-394;アラバマ州、バーミンガム、アラバマ大学のM. Yamamoto博士による寄贈)からなる発現カセットをE1領域に有する。非増殖性アデノウイルスベクターAd5-ΔEl-CMV-Lucによるルシフェラーゼの発現は、アピゲニン処理による影響を受けず、予想したとおり、導入遺伝子の発現はアデノウイルスの複製に依存していなかった。増殖性アデノウイルスベクターAd5Δ24-CMV-Lucによるルシフェラーゼの発現は、アピゲニン処理によって約35分の1に減少し、導入遺伝子の発現は、アデノウイルスの複製に部分的に依存することを示した。増殖性アデノウイルスベクターAd5Δ24-SA-Lucによるルシフェラーゼの発現は、アピゲニン処理によって約4,600分の1に減少し、このウイルスにおけるMLP駆動性の導入遺伝子発現は、アデノウイルスの複製に強く依存していることを示した。従って、Ad5Δ24-SA-Lucは、第1の種類の細胞におけるアデノウイルスの複製を第2の種類の細胞におけるアデノウイルスの複製と比較する工程を含む本発明の方法に有用である。Ad5Δ24-SA-Lucに感染した細胞におけるルシフェラーゼ活性は、この細胞におけるAd5Δ24-SA-Lucの複製と直接関連し、簡単なアッセイ(下記参照)によって測定することができる。
【実施例13】
【0110】
アデノウイルス阻害因子を同定し、そのアデノウイルス阻害因子のサイレンシングが可能なshRNA分子を選択する方法
RNAiを用いて標的細胞の細胞遺伝子を沈黙させ、これら細胞を増殖性ウイルスに感染させ、そして複製及び/又は細胞溶解に対するサイレンシングの効果を測定することで、アデノウイルスの複製又は細胞溶解に対する阻害因子のみならず、このような阻害因子の発現を低下させうるサイレンシング因子を同定することができる。従来技術の項で説明したように、合成siRNA又はshRNAをコードするプラスミドの形態で、大規模なサイレンシング因子ライブラリーが既に入手可能である。ライブラリーの個々のメンバーについて大規模のトランスフェクションを行うための方法も既に存在し(Berns et al., Nature 428 (2004): 431-437; Paddison et al., Nature 428 (2004): 427-431)、このような方法は、公知の方法に基づいた増殖性ウイルスによる感染と組み合わせることも容易である。このようなライブラリーを用いた阻害因子とサイレンシング因子の同定を成功させるためには、ウイルスの複製及び/又は細胞溶解の測定に簡便且つ定量的なアッセイを用いることが好ましく、スクリーニングの工程を自動化できるような機械化プラットフォーム(robotic platform)と互換であることが好ましい。アデノウイルスの複製を測定するために、我々は、マーカー遺伝子であるルシフェラーゼを主要後期プロモーターの制御下で発現する、増殖可能なAd5Δ24-SA-Lucウイルスを開発した(実施例12を参照)。このウイルスのゲノムからのルシフェラーゼ発現はウイルスの複製に依存するので、このウイルスに感染した細胞によるルシフェラーゼの発現は、ウイルスの複製に対して感受性の高いマーカーとして用いることができる。ウイルスに感染した細胞の溶解を測定するための方法としては、損傷した細胞の細胞質から培養上清に放出された乳酸デヒドロゲナーゼの活性の測定に基づく、細胞死と細胞溶解を定量するための比色定量的、蛍光定量的又は化学発光的なアッセイが既に市販されている(Roche Applied Science; Cambrex; Promega)。
【実施例14】
【0111】
実施例8の増殖制御可能なアデノウイルスは、p53アンタゴニストであるアデノウイルス阻害因子を発現する細胞においてp53機能を復帰し、宿主細胞における上記アデノウイルス阻害因子の発現によって遅延したアデノウイルス複製及び/又は細胞溶解を克服する
CRAdであるAdΔ24とAdΔ24-p53(Van Beusechem et al, Cancer Res. 62 (2002): 6165-6171)及びAdΔ24.p53(L).H1_18E6(実施例8を参照)を、HPV−18陽性のHeLa子宮頸癌細胞(ATCCより入手)を感染させるのに用いた。感染は、リポフェクタミンプラス(LipofectAMINE Plus)(Invitrogen製)を製造者のプロトコルに従って使用して、200ngのPG13-Lucプラスミド(el-Deiry et al, Cell 75 (1993): 817-825)をHeLa細胞にトランスフェクトした24時間後に、10PFU/細胞のCRAdを用いて行った。PG13-Lucはp53依存性プロモーターによって駆動されるホタルルシフェラーゼ遺伝子を発現する。感染から72時間後には細胞をレポーター溶解バッファー(Reporter Lysis Buffer)(Promega製)の中で溶解し、ルシフェラーゼ化学発光アッセイシステム(Promega製)及びLumat LB 9507発光計測器(Lumat LB 9507 luminometer)を用いて化学発光を測定した。測定した相対光学単位は擬似感染対照に基づいて正規化した。図3に示したように、機能的なp53の発現は、AdΔ24感染細胞と比べてAdΔ24-p53感染細胞でほんのわずかばかり上昇したにすぎず、これはHeLa細胞において、p53はHPV-18 E6タンパク質によって効果的に阻害されていることを示した。AdΔ24.p53(L).H1_18E6感染細胞においては、相当に高いレベルのp53活性が測定され、AdΔ24.p53(L).H1_18E6内のHPV-18 E6特異的shRNAは、HeLa細胞におけるp53阻害を抑制したことを示した。
【0112】
AdΔ24.p53(L).H1_18E6によるHPV-18 E6のサイレンシングが、HPV−18陽性癌細胞におけるアデノウイルスの複製及び/又は細胞溶解の特異的な増大に繋がるのかどうかを研究するために、AdΔ24、AdΔ24-p53及びAdΔ24.p53(L).H1_18E6を用いてHeLa細胞又はHPV−16陽性SiHa子宮頸癌細胞(ATCCより入手)を感染させた。H1_18E6 shRNAはHPV-18 E6特異的であり、従ってHPV-16 E6を抑制しないので、SiHa細胞は負の対照となった。既に、いくつかの癌細胞系におけるp53発現による効果の向上が100倍を超えることを見出した(Van Beusechem et al, Cancer Res. 62 (2002): 6165-6171)。このような細胞系の1つである乳癌細胞系であるMDA−MB−231を、正の対照として加えた。細胞は、ウエルあたり5×104個を24穴プレートに植え付け、次の日に、ウエルあたり5個〜5×105個の感染性ウイルスを用いて感染させた。1時間後には培地を交換し、3〜4日に1回培地の50%を交換しながら引き続き細胞を20日間培養した。培養中は、増殖性アデノウイルスはその宿主細胞を溶解して、新たな宿主細胞に感染することのできる娘ウイルスを放出することができた。ウイルスのライフサイクル(複製、細胞溶解、そして再感染)の進行が効果的であるほど、培養中の細胞を全滅させるのに必要な初期接種ウイルスの量は少ない。20日後には培地を除去し、残存する付着細胞を4%(v/v)ホルムアルデヒドのPBS溶液を用いて室温で20分固定し、70%(v/v)エタノール溶液で調製した10g/リットルのクリスタルバイオレット溶液を用いて室温で20分染色した。何回か水で洗浄した後に、培養プレートを風乾し、バイオラドGS-690イメージングデンシトメーター(Bio-Rad GS-690 imaging densitometer)でスキャンした。図4は、AdΔ24-p53のMDA−MB−231細胞、SiHa細胞及びHeLa細胞のそれぞれに対する効果は、AdΔ24と比べて、1000倍、10倍、そして10倍未満であることを示した。従って、p53の発現は、HPV陽性の子宮頸癌細胞におけるアデノウイルスの溶解性複製を増大させたが、その効果は、HPV陰性癌細胞で見られるほど甚大ではなかった。重要なことに、AdΔ24.p53(L).H1_18E6はAdΔ24-p53と比べて、HPV−18陽性HeLa細胞に対しては約10倍以上効果的だったが、HPV陰性MDA−MB−231細胞やHPV−18陰性のSiHa細胞に対しては、AdΔ24-p53と同程度に効果的だった。この結果は、アデノウイルス阻害因子(HPV-18 E6)に対する短いヘアピンRNAサイレンシング因子の発現により、アデノウイルス阻害因子を発現する宿主細胞における遅延したアデノウイルスの複製及び/又は細胞溶解が特異的に解消されることを示す。
【図面の簡単な説明】
【0113】
【図1A】標的遺伝子の発現を沈黙させるshRNAをコードする増殖制御可能なアデノウイルス。4種のヒト細胞系における、ホタルルシフェラーゼのCRAd−shRNA誘導性サイレンシング。細胞を図示したCRAdに感染させ、直ちにレポータープラスミドphAR-FF-RLでトランスフェクトし、感染から30時間後にサイレンシングを解析した。Renillaルシフェラーゼ活性に対するホタルルシフェラーゼ活性の比を、Ad5-Δ24E3対照ウイルスの感染後に得られた比に対して正規化した。データは、3回行った代表的実験の結果の平均値+SDで示した。
【図1B】A549細胞におけるホタルルシフェラーゼのCRAd−shRNA誘導性サイレンシングの経時変化。細胞は、Ad5-Δ24E3又はAd5-Δ24E3.Ff1-Rに感染させ、感染後の色々な時間に計測した。各計測時点において、Ad5-Δ24E3.Ff1-Rウイルスに関連して得られた、Renillaルシフェラーゼ活性に対するホタルルシフェラーゼ活性の比を、Ad5-Δ24E3ウイルスに対して得られたデータに基づいて正規化した。データは、3回行った代表的実験の結果の平均値±SDで示した。
【図1C】ホタルルシフェラーゼのCRAd−shRNA誘導性サイレンシングは配列特異的である。A549細胞を図示したCRAdに感染させ、直ちにレポータープラスミドphAR-FF-RL又は変異プラスミドphAR-FF*-RLでトランスフェクトし、図1Aと同様に解析した。データは、3回行った代表的実験の結果の平均値±SDで示した。
【図2】細胞周期阻害剤であるアピゲニンの、組み換えアデノウイルスによるルシフェラーゼ発現に対する影響。A549細胞を、MOIが20PFU/細胞のAd5Δ24-SA-Luc、Ad5Δ24-CMV-Luc又はAd5ΔEl-CMV-Lucに感染させ、上昇する濃度のアピゲニンの存在下で培養した。感染後32時間に細胞を溶解し、ルシフェラーゼ活性を決定した。データは、3回行った代表的実験の結果の平均値±SDで示した。
【図3】p53アンタゴニストであるHPV-18 E6を発現する細胞における、p53及びHPV-18 E6に対するshRNAを発現する増殖性アデノウイルスによるp53機能の復帰。HPV−l8陽性のHeLa子宮頸癌細胞をp53レポーター構築物であるPG13-Lucでトランスフェクトし、24時間後にAdΔ24、AdΔ24-p53又はAdΔ24.p53(L).H1_18E6に感染させた。感染から72時間後には細胞を溶解し、ルシフェラーゼ活性を決定した。得られた値を、擬似感染対照に基づいて正規化した。データは、3回行った代表的実験の結果の平均値で示した。
【図4】p53アンタゴニストであるHPV-18 E6を発現する細胞におけるアデノウイルスの溶解性複製の、p53及びHPV-18 E6に対するshRNAを発現する増殖性アデノウイルスによる特異的増加。HPV陰性であるMDA−MB−231細胞(A)、HPV−16陽性であるSiHa細胞(B)及びHPV−18陽性であるHeLa細胞(C)を、図示したウイルス濃度でAdΔ24、AdΔ24-p53又はAdΔ24.p53(L).H1_18E6に感染させた。20日間培養した後に、アデノウイルスの溶解性複製を生き延びた細胞を染色した。MOI:重複感染度、即ち、接種物中の細胞あたりの感染性ウイルスの数。
【配列表フリーテキスト】
【0114】
配列番号1: プライマー
配列番号2: プライマー
配列番号3: オリゴヌクレオチド−1
配列番号4: オリゴヌクレオチド−2
配列番号5: プライマー
配列番号6: プライマー
配列番号7: プライマー
配列番号8: プライマー
配列番号9: 認識配列
配列番号10: オリゴヌクレオチド
配列番号11: オリゴヌクレオチド
配列番号12: オリゴヌクレオチド FP_super18E6
配列番号13: オリゴヌクレオチド RP_super18E6
配列番号14: オリゴヌクレオチド plk-1用のセットA−1
配列番号15: オリゴヌクレオチド plk-1用のセットA−2
配列番号16: オリゴヌクレオチド plk-1用のセットB−1
配列番号17: オリゴヌクレオチド plk-1用のセットB−2
配列番号18: オリゴヌクレオチド plk-1用のセットC−1
配列番号19: オリゴヌクレオチド plk-1用のセットC−2
配列番号20: オリゴヌクレオチド parc用のセットA−1
配列番号21: オリゴヌクレオチド parc用のセットA−2
配列番号22: オリゴヌクレオチド parc用のセットB−1
配列番号23: オリゴヌクレオチド parc用のセットB−2
配列番号24: オリゴヌクレオチド parc用のセットC−1
配列番号25: オリゴヌクレオチド parc用のセットC−2
配列番号26: オリゴ配列
配列番号27: オリゴ配列
配列番号28: オリゴヌクレオチド bcl-2用のセットA−1
配列番号29: オリゴヌクレオチド bcl-2用のセットA−2
配列番号30: オリゴヌクレオチド bcl-2用のセットB−1
配列番号31: オリゴヌクレオチド bcl-2用のセットB−2
配列番号32: オリゴヌクレオチド bcl-2用のセットC−1
配列番号33: オリゴヌクレオチド bcl-2用のセットC−2
配列番号34: オリゴヌクレオチド
配列番号35: オリゴヌクレオチド
配列番号36: プライマー
配列番号37: プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的細胞内で複製可能であり且つ細胞溶解能を示す増殖性ウイルスであって、該ウイルスは、標的細胞内の標的遺伝子の発現を抑制するサイレンシング因子をコードする少なくとも1種のDNA配列をそのゲノム内に包含し、該DNA配列は、該標的細胞内で機能する少なくとも1種の発現制御配列に発現可能な状態で連結していることを特徴とする増殖性ウイルス。
【請求項2】
サイレンシング因子が2本鎖RNA分子を含むことを特徴とする、請求項1に記載の増殖性ウイルス。
【請求項3】
2本鎖RNA分子の各RNA鎖の長さが、19ヌクレオチド以上で30ヌクレオチド未満であることを特徴とする、請求項2に記載の増殖性ウイルス。
【請求項4】
該RNA分子がヘアピンRNAを含むことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の増殖性ウイルス。
【請求項5】
ヒトアデノウイルス、好ましくはセロタイプ5のヒトアデノウイルスであることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の増殖性ウイルス。
【請求項6】
増殖制御可能なアデノウイルスであることを特徴とする、請求項5に記載の増殖性ウイルス。
【請求項7】
E1A遺伝子のCR2ドメインの少なくとも一部を含むE1A領域の変異、好ましくは第122番〜第129番アミノ酸残基(LTCHEAGF)の欠失を含む変異を有するアデノウイルスであることを特徴とする、請求項6に記載の増殖性ウイルス。
【請求項8】
標的遺伝子がウイルス阻害因子、好ましくはアデノウイルス阻害因子をコードすることを特徴とする、請求項1〜7のいずれかに記載の増殖性ウイルス。
【請求項9】
ウイルス阻害因子が、抗アポトーシスタンパク質であることを特徴とする、請求項8に記載の増殖性ウイルス。
【請求項10】
抗アポトーシスタンパク質がp53のアンタゴニスト又はp53経路の阻害因子であることを特徴とする、請求項9に記載の増殖性ウイルス。
【請求項11】
該ウイルスは、該標的細胞内のp53依存性アポトーシス経路を復帰させる少なくとも1種の復帰因子をコードするDNA配列をそのゲノム内に更に包含し、該DNA配列は、該標的細胞内で機能する少なくとも1種の発現制御配列に発現可能な状態で連結していることを特徴とする、請求項1〜10のいずれかに記載の増殖性ウイルス。
【請求項12】
ウイルス阻害因子が、MDM2、Pirh2、COPl、Bruce、HPV-E6、ヘルペスウイルス−8 LANA、Parc、モルタリン、Plk-1、BI-1、p73DeltaN、bcl-2、bcl-xL、bcl-w、bfl-1、brag-1、mcl-1、cIAP1、cIAP2、CIAP3、XIAP及びスルビビンからなる群より選ばれる因子であることを特徴とする、請求項10又は11に記載の増殖性ウイルス。
【請求項13】
標的細胞がヒト細胞、好ましくは癌細胞、関節炎細胞及び血管平滑筋細胞からなる群より選ばれるヒト細胞であることを特徴とする、請求項1〜12のいずれかに記載の増殖性ウイルス。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれかの増殖性ウイルスを用いた医薬。
【請求項15】
制御不能な細胞増殖、特に悪性細胞増殖の抑制用である、請求項14に記載の医薬。
【請求項16】
標的細胞を、該標的細胞に対して溶解能を示すウイルスに感染させ、そして
該標的細胞内で増殖性ウイルスを複製する
ことを包含する、ウイルス阻害因子を発現する標的細胞を溶解する方法であって、
該ウイルスは、標的細胞内でウイルス阻害因子の発現を抑制するサイレンシング因子をコードする少なくとも1種のDNA配列をウイルスゲノムに導入して得たものであり、標的細胞が該ウイルスに感染すると、該少なくとも1種のDNA配列が標的細胞内で発現することを特徴とする方法。
【請求項17】
該標的細胞に感染させるウイルスが、請求項1〜13のいずれかの増殖性ウイルスであることを特徴とする、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
該標的細胞を、放射能、毒性化学物質、タンパク質−タンパク質相互作用又はシグナル伝達経路を阻害する分子、又は抗体、アポトーシス促進タンパク質、抗血管新生タンパク質、膜融合性膜タンパク質などのタンパク質に暴露する工程、あるいは
該標的細胞に、該標的細胞内で機能する少なくとも1種の発現制御配列に発現可能な状態で連結している、上記タンパク質をコードする遺伝子を導入する工程
を更に包含することを特徴とする、請求項16又は17に記載の方法。
【請求項19】
該標的細胞が動物の体内、好ましくはヒトの体内に存在することを特徴とする、請求項16〜18のいずれかに記載の方法。
【請求項20】
不適切な細胞寿命を示す体細胞の関与する病態を患う生体、好ましくはヒト生体を治療するための方法であって、請求項1〜13のいずれかの増殖性ウイルスの有効量を生体に投与することを特徴とする方法。
【請求項21】
該病態が、癌、関節炎、特に慢性関節リウマチ、及び血管平滑筋細胞増殖症からなる群より選ばれる病態であることを特徴とする、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
標的細胞の発現するウイルス阻害因子に対して発現抑制能を示すサイレンシング因子を同定する方法であって、
− サイレンシング因子を発現する第1の標的細胞と、サイレンシング因子を発現しない第2の標的細胞の2種類を調製し、
− 2種類の標的細胞を、標的細胞内で細胞溶解能を示すウイルスに感染させ、
− 2種類の標的細胞の中でウイルスを増殖し、
− 2種類の標的細胞内のウイルスの複製時間を比較するか、又は2種類の標的細胞の細胞溶解速度を比較し、第1標的細胞におけるウイルス複製時間が第2標的細胞におけるウイルス複製時間よりも速い場合、又は第1標的細胞の細胞溶解速度が第2標的細胞の細胞溶解速度よりも速い場合には、該サイレンシング因子を、標的細胞の発現するウイルス阻害因子に対して発現抑制能を示す因子と同定する
ことを包含する方法。
【請求項23】
標的細胞が発現するウイルス阻害因子を同定する方法であって、
− 請求項22の方法を実施してサイレンシング因子を同定し、
− 同定したサイレンシング因子を用いてウイルス阻害因子を特徴付ける
ことを包含する方法。
【請求項24】
第1の標的細胞が、サイレンシング因子を発現する複数の標的細胞からなる細胞アレイ内の細胞であり、更に該細胞アレイを構成する細胞はそれぞれ異なるサイレンシング因子を発現することを特徴とする、請求項22又は23に記載の方法。
【請求項25】
該標的細胞がヒト細胞、好ましくは癌細胞、関節炎細胞及び血管平滑筋細胞からなる群より選ばれるヒト細胞であることを特徴とする、請求項22〜24のいずれかに記載の方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図1C】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2007−532122(P2007−532122A)
【公表日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−507779(P2007−507779)
【出願日】平成17年4月15日(2005.4.15)
【国際出願番号】PCT/EP2005/004152
【国際公開番号】WO2005/100576
【国際公開日】平成17年10月27日(2005.10.27)
【出願人】(506345797)
【氏名又は名称原語表記】VERENIGING VOOR CHRISTELIJK HOGER ONDERWIJS, WETENSCHAPPELIJK ONDERZOEK EN PATIENTENZORG
【Fターム(参考)】