説明

エアロゾルデポジション法の最適実施条件の選定方法、及び成膜方法

【課題】アニール処理後の膜が優れた性能を保持できるようにエアロゾルデポジション法の最適な実施条件を選定する方法を提供する。
【解決手段】基材及び材料粒子を準備し;前記基材及び前記材料粒子を用いて、ある実施条件下でエアロゾルデポジション法を行うことにより、前記材料粒子の膜を前記基材の表面に形成し;形成された膜の膜厚及び弾性率を測定し;前記膜が形成された前記基材を加熱することによって前記膜のアニールを行い;アニールされた膜の性能を評価し;実施条件を変更しながら以上の工程を繰り返して相当数のデータを収集し;前記相当数のデータにおいて、評価済みの膜の性能の優劣に基づき、膜厚及び弾性率の最適範囲を選定し、次いで、当該最適範囲の膜厚及び弾性率を与えた実施条件を、最適な実施条件として決定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エアロゾルを高速で基板に吹き付けることによって成膜を行うエアロゾルデポジション法の最適な実施条件を選定するための方法、及び当該方法により得られた最適実施条件においてエアロゾルデポジション法による成膜を行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェットプリンタ等に用いられる圧電アクチュエータにおける圧電膜を形成する方法として、近年、エアロゾルデポジション法が注目されている。エアロゾルデポジション法は、気体中にセラミックス微粒子を分散してなるエアロゾルをノズルから噴射し、高速で基板表面に吹き付けることによって、当該基板上で微粒子を粉砕し堆積させてセラミックス薄膜を形成するものである。当該方法は、基板表面へのセラミックス微粒子の衝突で発生する局所的な衝撃エネルギーが開放することに起因したメカノケミカル反応の誘起によって起こる常温衝撃固化現象を利用しており、粒子衝突時の衝撃力を膜形成時の反応エネルギーとして作用させる成膜技術である。この成膜方法は常温で実施されるものであり、従来のセラミックス形成法において実施されていた900℃以上での焼結プロセスを不要とする。そのため、寸法精度を考慮した薄膜設計を行う必要がなくなり、また、微粒子の破砕によって緻密なナノ結晶組織を形成することができる。
【0003】
エアロゾルデポジション法により成膜を行った場合には、成膜後に、加熱によるアニール処理が行われる(例えば特許文献1を参照)。アニール処理とは、エアロゾルデポジション法により形成された薄膜を加熱して薄膜表面の結晶粒を成長させて、薄膜の圧電特性等を安定化させることを目的としたものである。従来のセラミックスの焼結工程では900℃以上の高温が必要になるが、これと比較すると、アニール処理は比較的低温で実施することができる。
【特許文献1】特開2007−88449号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながらアニール処理を行うことによって、形成された膜が剥離したり、膜が導通して短絡する場合があり、製品の歩留りを低下させる要因になっていた。しかし、これらの欠陥が生じる原因は、正確には把握されていなかった。
【0005】
このため、アニール処理によって膜剥離や、短絡等の欠陥が生じないように、基板や材料の種類毎にエアロゾルデポジション法の実施条件を最適化することが望まれるが、アニール処理を行う前の段階である成膜時において、膜剥離や短絡などを含むアニール処理後の膜性能を予測することは不可能であった。
【0006】
そこで本発明は、アニール処理後の膜が優れた性能を保持できるようにエアロゾルデポジション法の最適な実施条件を選定する方法、及び、選定された最適実施条件下においてエアロゾルデポジション法による成膜を行う方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上述した課題を解決するために鋭意検討した結果、アニール処理前の膜の弾性率及び膜厚と、アニール処理後の膜性能(特に、膜剥離の有無や導通の有無)とのあいだに関連性があること、及び、アニール処理前の弾性率は、エアロゾルデポジション法の実施条件(特にエアロゾル流の流速や、基板表面に対するエアロゾル流の入射角度、基板と噴射ノズルとの距離)を調整することによって制御可能であることを見出し、これらの知見に基づき本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち第一の本発明は、材料粒子をキャリアガスに分散させて発生させたエアロゾルを、エアロゾル流として基材に吹き付けることにより成膜を行うエアロゾルデポジション法の最適な実施条件を選定する方法であって、最適な実施条件の選定が望まれる基材及び材料粒子を準備する第一工程と、前記基材及び前記材料粒子を用いて、ある実施条件下でエアロゾルデポジション法を行うことにより、前記材料粒子の膜を前記基材の表面に形成する第二工程と、前記第二工程で形成された膜の膜厚及び弾性率を測定する第三工程と、前記第三工程の後に、前記膜が形成された前記基材を加熱することによって前記膜のアニールを行う第四工程と、前記第四工程でアニールされた膜の性能を評価する第五工程と、前記実施条件を変更しながら第二工程〜第五工程を繰り返して相当数のデータを収集する第六工程と、前記相当数のデータにおいて、前記第五工程で評価された膜の性能の優劣に基づき、膜厚及び弾性率の最適範囲を選定し、次いで、当該最適範囲の膜厚及び弾性率を与えた実施条件を、最適な実施条件として決定する第七工程と、を含む、選定方法に関する。
【0009】
上述のようにアニール処理前の膜の弾性率及び膜厚と、アニール処理後の膜性能とのあいだには関連性があるので、膜形成時の条件を変更しながら、これらについて相当数のデータを取得することによって、優秀な膜性能を達成できる場合の弾性率及び膜厚を選定することができる。そしてその弾性率及び膜厚を達成した時の膜形成条件が、エアロゾルデポジション法の最適な実施条件として決定される。以上によって、エアロゾルデポジション法において、アニール処理後の膜が優れた性能を保持できる最適な実施条件を選定することが可能となる。
【0010】
第一の本発明では、第六工程で変更する実施条件は、前記基材に吹き付けられる際の前記エアロゾル流の流速、前記基材の表面と前記エアロゾル流を噴射する噴射ノズルとの距離、前記基材の表面に対する前記エアロゾル流の傾斜角度、の少なくとも1つであることが好ましい。
【0011】
これらの実施条件の相違によってアニール処理前の膜の弾性率が大きく異なってくるので、これらの実施条件を変更することによって、優秀な膜性能を達成できる場合の弾性率を効率よく選定することができる。
【0012】
第三の本発明では、第五工程における膜性能の評価を、少なくとも膜剥離の有無に基づいて行うことが好ましい。
【0013】
これによって、エアロゾルデポジション法で形成された薄膜が、アニール処理により基材から剥離しないエアロゾルデポジション法の最適実施条件を選定することができる。
【0014】
第一の本発明では、第五工程における膜性能の評価を、膜剥離の有無と導通の有無に基づいて行うことが好ましい。
【0015】
これによって、エアロゾルデポジション法で形成された薄膜が、アニール処理により、基材から剥離せず、かつ短絡が生じないエアロゾルデポジション法の最適実施条件を選定することができる。すなわち、圧電膜として好適に使用できる薄膜を製造するためのエアロゾルデポジション法の最適実施条件を選定することができる。
【0016】
第二の本発明は、第一の本発明に係る方法で選定された最適な実施条件においてエアロゾルデポジション法を行うことにより成膜を行う、成膜方法である。
【0017】
第二の本発明によると、選定された最適な実施条件においてエアロゾルデポジション法を実施して成膜を行うので、成膜された膜は、アニール処理後において非常に優れた膜性能を有しており、膜剥離や短絡等の問題の発生を回避できる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、アニール処理後の膜が優れた性能を保持できるという点で、エアロゾルデポジション法の最適な実施条件を選定することができる。また、その選定された最適実施条件下でエアロゾルデポジション法を実施して、アニール処理後においても優れた性能を保持した薄膜を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明は、材料粒子をキャリアガスに分散させて発生させたエアロゾルを、エアロゾル流として基材に吹き付けることにより成膜を行うエアロゾルデポジション法の最適な実施条件を選定するためのものである。まずエアロゾルデポジション法について説明する。
【0020】
図1は、本発明の実施形態におけるエアロゾルデポジション法に基づいた成膜装置を概略的に示した図である。この成膜装置は、キャリアガスに材料粒子を分散させてエアロゾルを発生させるためのエアロゾル生成器1と、内部で成膜を実施するためのチャンバ2とを備えている。
【0021】
エアロゾル生成器1には所定量の材料粒子が収納されており、キャリアガスが導入される。エアロゾル生成器1では、キャリアガス導入の際に巻き上げガスを発生させ、さらに下部から超音波加振装置を用いた振動を加えることによって、キャリアガスに材料粒子を分散させて、エアロゾルを発生させる。前記キャリアガスとしては、例えば、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガスや、窒素、空気、酸素等を使用することができる。
【0022】
エアロゾル生成器1の上部にはエアロゾル供給管3の一端が挿入されている。エアロゾル供給管3の他端はチャンバ2の内部に配置され、噴射ノズル4が接続されている。
【0023】
チャンバ2には、メカニカルブースターポンプとロータリーポンプ等が接続されており、チャンバ2の内部を減圧できるように構成されている。これによって、チャンバ2の内圧がエアロゾル生成器1の内圧と比較して低圧になるので、その差圧によって、エアロゾル生成器1内で発生したエアロゾルがエアロゾル供給管3に吸い込まれ、これを通過して噴射ノズル4に供給される。
【0024】
噴射ノズル4の内部の空洞は、内部を進行するに従い横断面積が減少していくような形状を有しているので、噴射ノズル4の導入開口から噴射ノズル4の内部に進入したエアロゾルは、加速がされたうえで、噴射ノズル4の射出開口から、エアロゾル流5として高速で基材7に吹き付けられる。基材7の表面に衝突した材料粒子は破砕し、堆積することによって、薄膜が形成される。
【0025】
チャンバ2の内部には、噴射ノズル4の射出開口の上方に、基板7を下面に取り付けるための保持手段たる基板ホルダー6が配置されている。基板ホルダー6は矩形板状のものであり、駆動手段たる駆動装置8によって水平姿勢でチャンバ2の天井からつり下げられている。駆動装置8は、基板ホルダー6を、図1での左右方向に駆動するように構成されている。この左右方向での往復運動によって、基板7に対する走査成膜が行われる。この走査成膜によって、基材7の所定の広範な範囲に薄膜が形成される。
【0026】
成膜対象物である基材としては、代表的にはステンレス製の基板が挙げられるが、これに限定されず、例えば、他の金属、シリコン、半導体、樹脂等からなる基板でもあってよい。また、これらの材料からなるシートのうえに、アルミナやジルコニア等のセラミックスからなる薄膜を形成したものを、基材として使用することもできる。本発明の一実施形態に係るエアロゾルデポジション法においては、成膜対象物である基材は、振動板上に、拡散防止層と下部電極とが積層されたもののことを指す。好適な態様によると、振動板はステンレス製の基板であり、拡散防止層は別途エアロゾルデポジション法により成膜されたアルミナ又はジルコニアの薄膜であり、下部電極はスパッタ法により形成されたTi/Ptからなる電極層である。
【0027】
前記材料粒子を構成する材料、すなわちエアロゾルデポジション法により形成される薄膜の材料としては、代表的にはチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が挙げられる。チタン酸ジルコン酸鉛は通常数μm程度の膜厚で所望の圧電効果を達成する材料として知られている。本発明者らの検討によると、PZTはエアロゾルデポジション法の最適実施条件の幅が極めて狭い材料であるので、本発明を適用する意義は特に大きい。
【0028】
しかし材料粒子を構成する材料としてはこれに限定されず、例えば、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、チタン酸バリウム、チタン酸鉛、マグネシウムニオブ酸鉛(PMN)、ニッケルニオブ酸鉛(PNN)、亜鉛ニオブ酸鉛等のセラミックスや、有機樹脂等であってもよい。
【0029】
材料粒子の粒径は、エアロゾルデポジション法に使用可能な粒径であればよく、例えば、0.5μm〜5.0μm程度のものでよい。
【0030】
エアロゾルデポジション法により形成される薄膜の膜厚は通常、数μm〜数十μm程度である。
【0031】
次に本発明の最適実施条件選定方法における各工程を具体的に説明する。
【0032】
(1)第一工程では、最適な実施条件の選定が望まれる基材及び材料粒子を準備する。
【0033】
エアロゾルデポジション法では同一の実施条件で行ったとしても、基材の種類や、材料粒子の種類が異なれば、得られる薄膜の弾性率も異なってくる。
【0034】
図2は、成膜対象物である基材の種類によって、その上に形成された薄膜の弾性率が異なることを示すグラフである。図2では、2種類の基材に関して、エアロゾルデポジション法により成膜されたPZT膜の膜厚と、当該PZT膜の弾性率(アニール処理前)との関係を示している。なお、実験手法は後述する実施例1に準ずる。
【0035】
図2中の菱形で示したデータは、エアロゾルデポジション法によりアルミナ膜を成膜し、さらに下部電極としてTi(0.05μm)/Pt(0.5μm)層を積層したステンレス板を基材として使用した場合に関するものであり、正方形で示したデータは、基材として焼結したアルミナ板を使用した場合のデータを示している。このグラフから、いずれの基材も、約10μm未満の膜厚では膜厚の増加とともに薄膜の弾性率が減少し、膜厚が約10μmを超えると弾性率はほぼ一定になる傾向を示しているが、基材の種類によって薄膜の弾性率は大きく相違することが分かる。
【0036】
また、材料粒子の種類が異なれば薄膜を構成する材料の種類が異なるので、材料粒子の種類によって薄膜の弾性率が異なるのは当然である。
【0037】
したがって、エアロゾルデポジション法の最適実施条件は、基材の種類や、材料粒子の種類毎に決定することが好ましい。本工程では、最適実施条件に関する情報が必要な基材及び材料粒子を準備する。
【0038】
(2)第二工程では、第一工程で準備した基材及び材料粒子を用いて、ある実施条件下でエアロゾルデポジション法を行うことにより、前記材料粒子の膜を前記基材の表面に形成する。
【0039】
前記の「ある実施条件」とは、通常エアロゾルデポジション法による成膜が可能な条件であれば特に限定されないが、本工程は最適実施条件に関するデータを収集するための工程であるから、この工程で適用した実施条件は正確に記録しておく必要がある。
【0040】
(3)第三工程では、第二工程で形成された薄膜の膜厚及び弾性率を測定する。
【0041】
この工程では、アニール処理前に薄膜の膜厚と弾性率を測定する。これは、膜厚及び弾性率と、アニール処理後の膜性能である膜剥離の有無や導通の有無とのあいだに関連性があることが本発明者らの検討により判明したからである。この関係を図3で示す。
【0042】
図3は、アニール処理後の膜性能の評価と、膜厚及び弾性率との関係を示すグラフであり、横軸は薄膜の膜厚を示し、縦軸はアニール前の薄膜の弾性率を示す。詳細は後述の実施例1で説明するが、これらのデータは、表面にアルミナ膜を形成し、さらに下部電極としてTi(0.05μm)/Pt(0.5μm)層を積層したステンレス板を基材として、この基材にPZT膜をエアロゾルデポジション法により成膜した場合に関する。多数のデータはエアロゾルデポジション法の成膜条件を種々変更して取得した。丸印で示したデータは、アニール処理後の膜剥離がなく、かつ電気評価も良好であったものである。三角印で示したデータはアニール処理後の膜剥離はなかったが、電気評価が不良であったものである。バツ印で示したデータはアニール処理後に膜剥離が確認されたものである。なお、膜剥離の有無は薄膜形成後に目視で判断し、電気評価は導通の有無に基づいたものであり、形成後の薄膜表面に上部電極を設けて、下部電極とのあいだで導通テスタを用いて評価した。
【0043】
図3から分かるように、丸印で示されたアニール処理後の膜性能の評価が良好であったデータは、楕円で囲まれた範囲(弾性率はおよそ80〜180GPa、膜厚はおよそ4〜10μm)内に集中している。したがって、アニール処理後の膜性能を優れたものとするには、アニール処理前の薄膜の膜厚と弾性率が前記の楕円で囲まれた範囲内に収まるような条件にて、エアロゾルデポジション法を実施すればよい。このため本工程では、アニール処理を行う以前に、薄膜の膜厚と弾性率を測定する。
【0044】
(4)第四工程:第三工程の後に、第二工程で表面に薄膜が形成された基材を加熱することによってアニールを行う。
【0045】
エアロゾルデポジション法は、吹き付けられた微粒子が基材に衝突して粉砕しつつ付着するものであるため、衝突による粒子の微細化、格子欠陥の発生等のために、形成される薄膜そのままでは、圧電特性が十分なレベルに達しない。このため、必要な圧電特性を達成するために、成膜後にアニール処理を施す必要がある。
【0046】
アニール処理とは、エアロゾルデポジション法により形成された薄膜を加熱することであり、これによって薄膜表面の結晶粒の成長や、格子欠陥の修正を達成し、薄膜の圧電特性等を向上させることができる。
【0047】
アニールは、例えば500〜1000℃程度で数分〜数時間程度加熱を行うことで実施することができる。
【0048】
(5)第五工程:第四工程でアニールされた薄膜の性能を評価する。
【0049】
膜性能の評価にあたっては、薄膜が基材と密着しているか否かや、形成された薄膜が圧電素子等の所期の目的に合致した性能を発揮し得るか否かを評価する。具体的には、上述のように、膜剥離の有無を目視で評価したり、薄膜の上下に配置した電極間の導通の有無に基づいた電気評価を行えばよい。前者の膜剥離はエアロゾルデポジション法で基板上に薄膜を形成した場合つねに要求される評価項目であり、後者の電気評価は、形成された薄膜を圧電膜として使用する場合に特に有用な評価項目である。
【0050】
(6)第六工程:第二工程におけるエアロゾルデポジション法の実施条件を変更しながら第二工程〜第五工程を繰り返して相当数のデータを収集する。
【0051】
本工程において変更すべき実施条件は、形成される薄膜の膜厚または弾性率に影響を与えるものであればどのような条件であってもよい。
【0052】
薄膜の膜厚に影響を与える実施条件としては、基材に対するエアロゾル流の吹き付け時間、材料粒子の平均粒径、基板の走査速度や走査回数など種々のものが挙げられる。
【0053】
弾性率に影響を与える実施条件としては、基材に吹き付けられる際のエアロゾル流の流速や、基材の表面に対するエアロゾル流の傾斜角度、噴射ノズルと基材間の距離が挙げられる。これらは、形成される薄膜の弾性率を大きく左右する。
【0054】
これらの実施条件を種々変更しながら、第一工程で使用したものと同じ基材及び材料粒子を使用してエアロゾルデポジション法を繰り返し、相当数のデータを収集する。収集する相当数のデータとは、アニール処理前の膜の膜厚と弾性率と、アニール処理後の膜性能(特に、膜剥離の有無やピンホールの有無)とのあいだに存在する関連性が判明するのに必要な数のデータのことをいう。統計的に有意の数を収集すれば好ましいが、有意でなくとも前記の関連性をおおよそ判断できる数が収集すればよい。
【0055】
なお、前述した基材に吹き付けられる際のエアロゾル流の流速に関しては、キャリアガスの種類、及びキャリアガスの流量によって調整することができる。
【0056】
図4は、キャリアガスとしてヘリウムガス又は酸素ガスを使用した場合について、キャリアガスの設定流量と、エアロゾル流の推定流速との関係を示したグラフである。ここでは、キャリアガスとしてヘリウムガス又は酸素ガスを種々の流量で使用し、3μm粒径のPZT粒子を噴射した場合の平均流速の推定値を噴流シミュレーションにより求めた。このグラフより、キャリアガスの設定流量とエアロゾル流の流速との関係は、キャリアガスの種類によって大きく異なっており、分子量の小さいヘリウムガスでは、酸素ガスと比較してエアロゾル流の流速が加速度的に増大することが分かる。
【0057】
図5は、エアロゾル流の流速が、形成される薄膜の弾性率に影響することを示すグラフである。図5では、キャリアガスの種類やキャリアガスの流量を変更することによって調整したエアロゾル流の流速と、成膜されたPZT薄膜の弾性率との関係を示している。ここでは、基材として、表面に約2μm厚のアルミナ膜を形成したステンレス板を使用し、キャリアガスの種類やキャリアガスの流速を変更しながら約5μm厚のPZT薄膜を成膜した。具体的な実験手法としては実施例1に準じた。図5中の推定流速は図4のグラフから換算した値である。このグラフより、エアロゾル流の流速が増加するにしたがい、形成されるPZT薄膜の弾性率が直線的に増大することが分かる。
【0058】
基材表面に対するエアロゾル流の傾斜角度については、基材に対してエアロゾル流が垂直である場合と比較すると、ある程度傾斜している場合のほうが、膜の弾性率は向上することが判明している。これは、基材に対してエアロゾル流が垂直であると、衝突力が不十分で基材に対して付着しなかった粗大な粒子が膜に混入してしまい、膜内に空隙ができてしまう場合があるが、基材に対してエアロゾル流がある程度傾斜していると、基材に付着しなかった粒子がエアロゾル流の噴きつけられる側と反対側に逃げやすくなるため、空隙が生じにくくなり、その結果、膜の弾性率は向上すると考えられる。
【0059】
噴射ノズルと基材間の距離については、基材に対して噴射ノズルが離れている場合と比較してある程度近づけている場合のほうが、粒子の衝突力が増加して緻密な膜になるため、膜の弾性率は向上することが判明している。
【0060】
以上のような知見を利用して、膜厚と弾性率が異なった薄膜が相当数得られるようにエアロゾルデポジション法の実施条件を変更しつつ第二工程を繰り返す。こうして得られた相当数の薄膜について、膜厚と弾性率を測定し(第三工程)、次いで同一の条件下でアニール処理(第四工程)を行った後、膜性能を同一基準で評価する(第五工程)。このようにして、エアロゾルデポジション法の実施条件と、薄膜の膜厚及び弾性率と、アニール処理後の膜性能に関して相当数のデータを収集する。
【0061】
(7)第七工程:第六工程で得た相当数のデータにおいて、アニール処理後の膜の性能の優劣に基づき、膜厚及び弾性率の最適範囲を選定し、次いで、当該最適範囲の膜厚及び弾性率を与えた実施条件を、最適な実施条件として決定する。
【0062】
この工程では、まず、第六工程で得た相当数のデータにおいて、アニール処理後の膜の性能の優劣に基づき、アニール処理前の膜厚及び弾性率の最適範囲を選定する。このために、薄膜の膜厚の数値及び弾性率の数値と、膜性能の優劣とのあいだの関連性が分かるように、前記相当数のデータを整理する。このためには、例えば図3や図6で示しているように、横軸を膜厚とし、縦軸を弾性率としたグラフを作成し、そこに、膜性能の優劣が分かるように前記相当数のデータをプロットしていけばよい。そうすると、アニール処理後の膜性能が良好であったデータが集中している範囲(図3では楕円で囲まれた範囲)を一見して割り出すことができる。このように膜性能が良好であったデータが集中している範囲を、膜厚及び弾性率の最適範囲として選定すればよい。
【0063】
次に、こうして得られた最適範囲の膜厚及び弾性率を与えた場合の、エアロゾルデポジション法の実施条件を、最適な実施条件として決定する。このような最適実施条件は、基板の種類、材料粒子の種類毎に決定することが好ましい。
【0064】
このようにして決定された最適実施条件において、エアロゾルデポジション法による実際の成膜を行うことによって、優れた膜性能を有する薄膜を確実に製造することが可能になる。この場合の実際の成膜では、上述した最適実施条件の選定方法において使用したものと同じ種類の基板や、材料粒子を使用することが好適である。また、アニール処理の条件について同一にすることが好ましい。
【実施例】
【0065】
以下に実施例を掲げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0066】
(実施例1)
1.第一工程
拡散接合SUS板(ヘッド)および評価用SUS板:15×35×0.4tに対して、上述した実施形態に基づくエアロゾルデポジション法に基づいた成膜装置にて、拡散防止層としてAl23膜を約2μm厚で形成した。
【0067】
以下本工程を具体的に説明する。エアロゾル生成器にAl23粉末:140gを投入した。基板ホルダーに各SUS板をセットし、成膜範囲以外をテープで貼付した。基板ホルダーを成膜室内のXYステージにセットし、往復スキャンを開始した。なお、ステージ移動は「コの字移動」を繰返しており、2列(2枚)成膜を同一バッチにて行った。成膜室たるチャンバを真空引きして、到達真空圧:10〜20Paとした。キャリアガスを3系統(流動、破砕、加速)から導入し、原料粉体を流動攪拌した。所定の総流量(3系統の合計)に合わせ、流動状態を見ながら流動ガス流量を一定に定めた後、破砕ガスと加速ガスの比率を変更することで所望のエアロゾル濃度に調整した。成膜範囲外で空噴射:5minを行った後、所定の成膜時間で各SUS板上にエアロゾル噴射した。所定の成膜時間が終了した後、成膜ガスを止め、成膜室を真空開放した。基板ホルダをXYステージから取り外し、所望の成膜条件のAD膜形成済みの各SUS板を得た。
【0068】
Al23膜が形成された各SUS板に対して1分間の超音波洗浄を行い、付着した粉体を除去した。150℃×30minにて水分除去し、乾燥した。段差計を用いて、各SUS板のAl23厚を測定した。スパッタ装置を用いて、Al23膜の表面に、下部電極としてTi(0.05μm)/Pt(0.5μm)層を形成した。マッフル炉を用いて、500℃×30minでアニールを行い、Pt残留応力を開放した。このようにして得られたSUS板/アルミナ膜/下部電極を、基板として使用した。
【0069】
2.第二工程
前記基板の上面に対して、上述と同様のエアロゾルデポジション法(ただしAl23粉末:140gの代わりにPZT粉末:200gを使用)にてPZT膜を形成した。その後、表面をエアブローし、付着した粉体を除去した。
【0070】
3.第三工程
得られたPZT膜について、段差計を用いて膜厚を測定した。
【0071】
次にナノインデンターを用い、荷重:5mNにて、評価用SUS板上のPZT膜の弾性率(熱処理前)を測定した。なお、拡散接合SUS板は、振動板等の柔軟な構造が多いため荷重制御が困難であり、弾性率の正確な測定ができないため、評価基板として使用しない。
【0072】
4.第四工程
マッフル炉を用いて、850℃×30minでアニール処理を行い、各SUS板上のPZT膜の結晶粒を成長させた。
【0073】
5.第五工程
アニール後のPZT膜の外観形状を観察し、全面剥離があった場合は、膜剥離ありと判定した。
【0074】
一方、拡散接合SUS基板上のPZT膜の表面に、メタルマスクを介して上部電極となるAu(0.2μm)を形成した。導通テスタを用いて、下部電極:Ptおよび上部電極:Au層間でのショート確認を行い、全ショートの場合は電気評価を不良、測定可能な場合は電気評価を良好と判断した。
【0075】
6.第六工程
キャリアガスの流量(すなわちエアロゾル流の流速)と、成膜時間を種々変更しながら、第二工程〜第五工程を繰返し、薄膜の膜厚及び弾性率と、膜性能についてデータを収集した。
【0076】
7.第七工程
第六工程で得たデータを、横軸を膜厚とし、縦軸を弾性率としたグラフに記入した。この際、アニール処理後の膜剥離がなく、かつ電気評価も良好であった場合を丸印で示し、アニール処理後の膜剥離はなかったが、電気評価が不良であった場合を三角印で示し、アニール処理後に膜剥離が確認されたものを、バツ印で示した。この結果を図3に示した。丸印で示したデータは、楕円で囲まれた範囲(弾性率はおよそ80〜180GPa、膜厚はおよそ4〜10μm)内に集中している。この範囲が最適実施条件を示すものであり、この範囲内にある膜厚及び弾性率を与える実施条件にしたがうと、アニール処理後の膜性能(特に圧電膜としての膜性能)が優れたPZT膜を、SUS板/アルミナ膜/下部電極上に形成することができる。
【0077】
(実施例2)
第一工程でAl23粉末:140gの代わりに、ZrO2粉末:160gを使用し、基板をSUS板/ジルコニア膜/下部電極としたこと以外は同様にして実施例1を繰り返した。これによって得られたグラフを図6に示す。
【0078】
ここでは、丸印で示した膜性能の評価が良好なデータは、弾性率がおよそ100〜150GPa、膜厚はおよそ3〜7μmの範囲に主張している。この範囲が最適実施条件に該当し、この範囲内にある膜厚及び弾性率を与える実施条件にしたがうと、アニール処理後の膜性能が優れたPZT膜を、SUS板/ジルコニア膜/下部電極上に形成することができる。
【0079】
また、図3と図6との対比から、基材の種類(この場合は拡散防止層たる中間膜の種類)によって最適実施条件が異なることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】本発明の実施形態におけるエアロゾルデポジション法に基づいた成膜装置の概略図
【図2】基板の種類に応じた、アニール前の弾性率と膜厚との関係を示すグラフ
【図3】表面にアルミナ膜を形成したステンレス板を基材とした場合について、アニール後の膜性能の評価と、アニール前の弾性率及び膜厚との関係を示すグラフ
【図4】キャリアガスとしてヘリウムガス又は酸素ガスを使用した場合について、キャリアガスの流量と、エアロゾル流の流速との関係を示したグラフ
【図5】エアロゾル流の流速と、成膜されたPZT薄膜の弾性率との関係を示すグラフ
【図6】表面にジルコニア膜を形成したステンレス板を基材とした場合について、アニール後の膜性能の評価と、アニール前の弾性率及び膜厚との関係を示すグラフ
【符号の説明】
【0081】
1 エアロゾル生成器
2 チャンバ
3 エアロゾル供給管
4 噴射ノズル
5 エアロゾル流
6 基板ホルダー
7 基板
8 駆動装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
材料粒子をキャリアガスに分散させて発生させたエアロゾルを、エアロゾル流として基材に吹き付けることにより成膜を行うエアロゾルデポジション法の最適な実施条件を選定する方法であって、
最適な実施条件の選定が望まれる基材及び材料粒子を準備する第一工程と、
前記基材及び前記材料粒子を用いて、ある実施条件下でエアロゾルデポジション法を行うことにより、前記材料粒子の膜を前記基材の表面に形成する第二工程と、
前記第二工程で形成された膜の膜厚及び弾性率を測定する第三工程と、
前記第三工程の後に、前記膜が形成された前記基材を加熱することによって前記膜のアニールを行う第四工程と、
前記第四工程でアニールされた膜の性能を評価する第五工程と、
前記実施条件を変更しながら第二工程〜第五工程を繰り返して相当数のデータを収集する第六工程と、
前記相当数のデータにおいて、前記第五工程で評価された膜の性能の優劣に基づき、膜厚及び弾性率の最適範囲を選定し、次いで、当該最適範囲の膜厚及び弾性率を与えた実施条件を、最適な実施条件として決定する第七工程と、を含む、選定方法。
【請求項2】
第六工程で変更する実施条件は、前記基材に吹き付けられる際の前記エアロゾル流の流速、前記基材の表面と前記エアロゾル流を噴射する噴射ノズルとの距離、前記基材の表面に対する前記エアロゾル流の傾斜角度、の少なくとも1つである、請求項1記載の選定方法。
【請求項3】
第五工程における膜性能の評価を、少なくとも膜剥離の有無に基づいて行う、請求項1又は2に記載の選定方法。
【請求項4】
前記第五工程における膜性能の評価を、膜剥離の有無と導通の有無に基づいて行う、請求項3記載の選定方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法で選定された最適な実施条件においてエアロゾルデポジション法を行うことにより成膜を行う、成膜方法。

【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−209413(P2009−209413A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−54086(P2008−54086)
【出願日】平成20年3月4日(2008.3.4)
【出願人】(000005267)ブラザー工業株式会社 (13,856)
【Fターム(参考)】