説明

エミッタアレイを用いた電子プローブ装置

【課題】本発明はエミッタアレイを用いた電子プローブ装置に関し、プローブの径を保持したままでプローブ電流を増加させる電子プローブ装置を提供することを目的としている。
【解決手段】リング状に並べられたFEエミッタアレイ1と、該FEエミッタアレイ1のビームを回折面に集束させるためのレンズ2と、回折面に配置された絞り3と、該絞り3の絞り面の縮小像を試料6に照射させるための光学系5とからなり、装置のプローブ径を保ったままでプローブ電流値を増大させるように構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はエミッタアレイを用いた電子プローブ装置に関し、更に詳しくはプローブ電流を増やすことができ、また球面収差を補正することができるようにした電子プローブ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
微小な円錐状のエミッタと、エミッタのすぐ近くに形成され、エミッタからの電流を引き出す機能並びに電流制御機能を持つ制御電極(ゲート電極)で構成された微小冷陰極をアレイ状に並べた電界放射冷陰極が知られている。図5はこの種の電界放射冷陰極の構造を示す図である。
【0003】
図において、101はシリコンの基板、102はシリコン酸化物の絶縁層で、絶縁層102の上に制御電極103が積層されている。絶縁層102と制御電極103の一部は除去されて空洞109が形成され、空洞109中の基板101の上に先端が尖ったエミッタ104が形成されている。エミッタ104,制御電極103及び制御電極103と絶縁層102に形成された空洞109で微小冷陰極107が形成され、この微小冷陰極107をアレイ状に並べて平面状の電子放出領域を持つ冷陰極108が形成される。
【0004】
基板101とエミッタ104とは電気的に接続されており、エミッタ104とゲート電極103の間には所定の値の電圧が印加される。絶縁層102の厚さは約1μm、ゲート電極103の開口径も約1μmと狭く、エミッタ104の先端は10nm程度と極めて尖鋭に作られているので、エミッタ104の先端には強い電界が加わる。この電界が2〜5×107V/cm以上になると、エミッタ104の先端から電子が放出される。
【0005】
このような構造の微小冷陰極を基板101の上にアレイ状に並べることにより大きな電流を放出する平面状の陰極が構成される。
【0006】
電子プローブを形成する従来の装置では、電子銃が作る光源(電子源)を電子レンズ系で縮小して、最終的な縮小像を試料面に作る。形成されるプローブの径は装置の空間分解能を決定するものであり、できるだけ小さい方がよい。これに対し、プローブの電流値によって信号量が決まり、これは大きいほどよい。
【0007】
また、電子プローブを形成する最近の装置においては、電子レンズ系の収差を補正することによって空間分解能を向上させる(或いはプローブ電流値を増加させる)ものが存在する。そのような装置では、収差を補正するために複雑な多段多極子レンズ系が用いられている。
【0008】
従来のこの種装置としては、従来のフィールドエミッタと新たな微小フィールドエミッタアレイについて記述した技術が知られている(例えば非特許文献1参照)。また、集束電極と制御電極とからなる2段ゲート構造の電界放射エミッタアレイ冷陰極のカソード電極を同心のリング状に分割して、デジタル回路で制御されたオン/オフ可能な定電流源で駆動する装置が知られている(例えば特許文献1参照)。
【0009】
また、基板と該基板上に電子引き出し電極を有する複数個の尖鋭なエミッタの集合体が形成され、このエミッタの集合体から放出される電子を、電磁界レンズにより集束するに際し、エミッタ集合体の周囲の電子引き出し電極と概略同一平面上に形成された集束電極により、放出される電子のエミッタンス特性を電子レンズの収差を補償させるように制御する電子ビーム装置が知られている(例えば特許文献2参照)。
【0010】
また、電子を放出する陰極と、放出された電子を集束して電子ビームを生成するとともに当該電子ビームを加速する電極と、近軸軌道近似計算法によって求めた、電子ビームを形成する全電流の中の所定割合の電流を占める電子ビームのビーム半径の最大値が最小となるような陰極磁束密度を用いて、前記陰極と前記電極の中心軸に平行な磁場を形成する磁石を設けた電界放射陰極電子銃が知られている(例えば特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平9−219155号公報(段落0025〜0031、図1〜図3)
【特許文献2】特開平9−306338号公報(段落0032〜0037、図2)
【特許文献3】特開2000−200555号公報(段落0016〜0026、図1〜図3)
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】石川順三、「フィールドエミッションの最近の進展と電子源としての期待」,表面科学,2002年,第23巻第1号,pp2−8
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従来の装置において、プローブ径を小さくしたいという要求は、プローブ電流値を大きくしたいという要求とは両立しない関係(トレードオフ)にある。当然ながら、プローブ径が大きくてもよければ電流値を増やすのは容易である。しかしながら、要求されるプローブ径が予め指定されている場合を考えれば、プローブ電流を大きくするためには、試料面におけるビームの開き角を大きくするしかない。
【0014】
その理由は以下の通りである。
【0015】
電子銃のエミッタ面における単位面積、単位立体角あたりの電流値、すなわち電子銃の輝度はエミッタから試料面までのレンズの系の構成とは無関係に、試料面でも同じ値に保たれることが知られている。これは輝度不変則と呼ばれるものである。輝度不変則とは、試料面における単位面積、単位立体角あたりの電流値はエミッタの性質だけで決まることを言う。ここで、フィールドエミッションのエミッタを用いた電子銃が最も高輝度である。
【0016】
そこで、指定されたプローブ径に対して電流を増やすためには、用いるエミッタの種類が決まっていれば、ビームの開き角を広げるしか方法がないことになる。
【0017】
ところが、試料面におけるビームの開き角は、プローブ電流値を決めるだけではなく、レンズ系が発生する収差量を同時に決める。電子プローブ装置においては、対物レンズ(試料に一番近いレンズ)の球面収差の影響が一番大きいが、球面収差によるビームのぼけは開き角の3乗に比例して増大する。そこで、要求されたプローブ径を実現するためには、開く角を好きなだけ大きくすることは許されず、開き角の上限値が決まってしまう。
【0018】
結果として、プローブ径に応じてプローブ電流値が制限されることになる。あまり開き角を小さくしすぎると、電子の波動性に起因する回折収差が増大するために、かえってビームがボケてしまう。そこで、一般にビームの開き角には最適値が存在することになる。
【0019】
また、現在の装置で用いられている収差補正ユニットは、球面収差と色収差を同時に補正できるものであるが、製作や電源操作が複雑なものとなり、また光学調整のために要する時間は多大なものとなる。低エネルギーの電子ビームが対象である場合を除き、空間分解能を決める一番の要因は球面収差であって、色収差は重要ではない。従って、球面収差のみの補正で十分な効果が得られる。
【0020】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであって、第1に従来装置のプローブ径を保ったままで、プローブ電流値を増大させることを目的とし、第2に球面収差を適正に補正することができる電子プローブ装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記の問題を解決するために、本発明は以下に示すような構成をとっている。
【0022】
(1)請求項1記載の発明は、リング状に並べられたFEエミッタアレイと、該FEエミッタアレイのビームを回折面に集束させるためのレンズと、回折面に配置された絞りと、該絞りの絞り面の縮小像を試料に照射させるための光学系とから構成されることを特徴とする。
【0023】
(2)請求項2記載の発明は、リング状に並べられたFEエミッタアレイと、該FEエミッタアレイをアレイ毎にその印加電圧を制御するマルチエミッタ制御電源と、前記FEエミッタアレイのビームを回折面に集束させるためのレンズと、回折面に配置された絞りと、該絞りの絞り面の縮小像を試料に照射させるための光学系とから構成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
(1)請求項1記載の発明によれば、FEのエミッタアレイを持ち、各エミッタアレイからのビームを回折面に集中させることで、プローブ径は変わらずにプローブ電流値を増大させることができる。
【0025】
(2)請求項2記載の発明によれば、従来の収差補正のための光学系よりも構造や電源制御系が簡単で、しかも容易な操作で球面収差を補正することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の一実施例を示す構成図である。
【図2】試料に照射される電子ビームの開き角の説明図である。
【図3】レンズの球面収差の説明図である。
【図4】本発明の他の実施例を示す構成図である。
【図5】電界放射冷陰極の構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施例について、図面を参照して詳細に説明する。
【0028】
図1は本発明の一実施例を示す構成図である。通常の電子銃では、電子を放出するエミッタは1個であり、それを光軸上に置くが、本発明ではFEエミッタアレイを用いる。図において1がFEエミッタアレイである。これは、数ミクロン程度のFEエミッタを集積回路の技術を用いて平面上に並べたものである。
【0029】
本発明では、エミッタを光軸を中心とした円周に沿って、リング状に並べたものを用いる。現状では、個々のエミッタの性能は従来のものより劣るが、それでも数10個かそれ以上の数を並べれば十分な電流が得られる。ここでは、レンズ2(LG)を用いて光源の回折面(光源面の各点から同じ角度で出た軌道が同じ点に集まるような面)を作り、その位置に絞り3を置いてデータ絞りの縮小像を試料6に形成する。4はエミッタの像、7は絞りの縮小像である。
【0030】
即ち、絞り3の開口を光源として扱うことになる。絞り3以降は、通常の縮小レンズ系を置けばよい。図では、縮小レンズ系を1個の対物レンズで代表させて示している。なお、絞り3の径は、各エミッタからのビームの取り込み角を制御する働きを同時に行なうようになっている。
【0031】
この光学系と従来の光学系との違いは、各エミッタからのビームを回折面において集中させることで、単一のエミッタでは不可能な電流密度を実現できることである。この事情は絞り面と共役な試料面で考えた方が分かりやすい。
【0032】
図2は試料に照射される電子ビームの開き角の説明図であり、(a)が従来の場合を、(b)が本発明の場合をそれぞれ示す。図では、試料面の軸上の一点に注目して、そこに集束されるビームを描いている。(a)において、対物レンズ5の球面収差を決めるのが、ビームの開き角Δαである。このビームの開き角Δαの3乗に比例してビームがぼけるとされている。
【0033】
一方、(b)の本発明の場合では、収差を決める開き角Δαは同一であるが、試料面の一点から見たビームの立体角が増大し、その比率の分だけプローブ電流が増大する。前述したように、試料面の輝度は一定値であり、変化はない。しかしながら、試料面での照射領域、すなわちプローブ径が同一であれば、立体角が増えた分だけプローブ電流値が増えることになる。
【0034】
従来の電子プローブを形成する装置においては、特に電流値が優先される場合(SEMの分析モード、オージェ電子分光、EMPAなど)には空間分解能を犠牲にせざるを得なかった。本発明によれば、プローブ径に影響を与えずに、エミッタの数の分だけプローブ電流を増加させることができる。
【0035】
このように、本発明によれば、電子プローブを形成する装置において、本発明の光学系を用いることで、従来のプローブ径を保ったままで電流値を増加させることが可能となる。
【0036】
次に、球面収差の補正について説明する。図3はレンズの球面収差の説明図である。光学系の凸レンズで点光源を結像する場合、光源から出た光線が全て一点が集まるのが理想である。しかしながら、レンズが球面収差を持つ場合には、図3に示すようにボケが生じる。図では、大きな角度でレンズ10に入射した光線ほど、像側で手前に結像してしまっている。この時に、球面収差の大きさを示す係数Csは正とされる。一般に、角度の小さい光線が集束する位置がガウス像面と呼ばれる。図の11がガウス像面である。
【0037】
光学レンズでは、凸レンズのCsは正にも負にもなるが、通常の軸対称な電子レンズでは必ず正となり、0にすることはできない。即ち、電子レンズの場合は、図3に示すような状況となる。これは、電子レンズを形成する電磁場の自由度からくる事情である。球面収差は電子顕微鏡の空間分解能を支配する要素であるため、この収差の補正は非常に重要な技術となる。
【0038】
図3より分かるように、Csが正になるのは、レンズの外側(光軸から離れた場所)ほど理想的な場合より集束力が強い場合である。若しレンズ10に入射する電子が、角度
の大きなものほど大きなエネルギー(速度)を持てば、その効果が相殺されて球面収差が補正されることになる。つまり、角度の大きな電子ビームもガウス像面11に結像するようになる。通常の装置では、電子銃が発生する単色(即ち同一のエネルギー)の電子ビームを用いるため、Csは正となるが、若し角度毎にエネルギーを調節できれば、レンズ10により集束された電子ビームは一点に結像し、係数Csは0にできることになる。
【0039】
例えば光軸方向の一様な磁場分布があればそれはレンズとして働き、その係数Csはやはり正であるが、若し入射する電子ビームが単色((b))ではなく、光軸方向の速度成分が同一((c))であれば、係数Csは厳密に0となる。一般の電子レンズの場合は、これと同一の方法で係数Csが厳密に0になるとは限らないが、定性的には同じ傾向であるので、入射角とエネルギーの関係をうまく設定すれば、係数Csは必ず0にできる。
【0040】
そのような角度ごとのエネルギー値の設定を行なうための光学系が図4である。図4は本発明の他の実施例を示す構成図である。図1と同一のものは、同一の符号を付して示す。FE(フィールドエミッション)のエミッタ1Aを平面状に並べたアレイパターンが作成可能であり、これを用いれば、電子ビームの角度毎にエネルギーを好きなように設定することができる。
【0041】
この場合において、レンズ2に入射する電子ビームの入射角度とエネルギーの関係は、補正対象となるレンズ系に依存するので、エミッタの電源系によって調整する。図の15はマルチエミッタ制御電源である。ここで、エミッタアレイ1Aは集束レンズ付きのものを用い、数十〜数百個配置される。
【0042】
ここで、エミッタアレイ1Aは、同心円状に並べて、中心からの半径毎にカソード電圧(エミッションされる電子のエネルギーを決める)を可変するのが理想である。しかしながら、一個一個のエミッタは数ミクロン程度で非常に小さいので、パターン自体は例えば直線的に正方形状に並べても構わない。正方形状に並べたエミッタから放出される電子も、同心円状のエミッタから放出される電子もそれほどその形状が変わらないからである。また、現状ではエミッタアレイ1Aは動作が安定せず、エミッタによって点火するものとしないものができる場合が多いが、そのようなばらつきがあっても本発明では支障がない。点火しないエミッタがあっても、全体のビーム形状には影響を与えないからである。
【0043】
エミッタアレイ1Aからの電子ビームをレンズ2で集束させて、集束する点に絞り3をおいて、絞り3の像が試料6に結像されるようにする。ここで、エミッタアレイ1Aから絞り3までが、本発明の収差補正のための電子銃ユニットとなる。各エミッタから放出される電子は広がっていても構わないが、各エミッタ内部に集束レンズ機構を有するタイプのエミッタアレイが開発されているので、そのタイプを採用すれば、試料位置での電流を更に増加させることができる。
【0044】
図4のように、補正対象となるレンズ系(図では1個の対物レンズ5で代表させている)5の手前にアレイ面の像がくるようにする。ここで、絞り径を小さくし、かつレンズ系5の縮小率を高めることで、試料6の面でのプローブ径を小さくすることができる。しかしながら、プローブ径を小さくするほど電流値が下がるので、具体的な光学系の配置や寸法は目的次第である。エミッタの位置とエネルギーの関係は、全レンズ(図ではLG2とOL5を合わせたもの)の球面収差が0になるようにマルチエミッタ制御電源15で15で設定する。具体的には試料6に結像する電子ビームが一点に結像するようにマルチエミッタ制御電源15を調整すればよい。具体的には、図示しない表示装置に表示される試料6の試料像がくっきりと表示されるように、マルチエミッタ制御電源15を調整する。
【0045】
この実施例によれば、従来の収差補正のための光学系よりも構造や電源制御系が簡単で、しかも容易な操作で球面収差を補正することができる。
【0046】
現在用いられている収差補正ユニットでは、球面収差は3次のものしか補正できず、比較的ビームの開き角が小さい場合しか補正効果が得られない。そのような場合は、5次の球面収差の寄与によって装置の性能が決められる。しかしながら、本発明ではそのような次数は関係なく、どんなに大きな開き角でも補正が可能である。従って、特に角度を広げて大電流の電子プローブを得るための目的に威力を発揮する。
【0047】
以上、詳細に説明したように、本発明によれば、電子プローブを形成する装置において、本発明の光学系を用いることで、従来のプローブ径を保ったままで電流値を増加させることができる。また、従来の収差補正のための光学系よりも構造や電源制御系が簡単で、しかも容易な操作で球面収差を補正することができる。従来は3次の球面収差だけが補正対象であったが、本発明では全ての次数の球面収差が補正される。これによって、より高い分解能、或いはより大きいプローブ電流値を可能とする装置を実現することができる。
【符号の説明】
【0048】
1 FEエミッタアレイ
2 レンズ
3 絞り
4 エミッタの像
5 多段縮小レンズ系
6 試料
7 絞りの縮小像

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リング状に並べられたFEエミッタアレイと、
該FEエミッタアレイのビームを回折面に集束させるためのレンズと、
回折面に配置された絞りと、
該絞りの絞り面の縮小像を試料に照射させるための光学系と、
から構成されることを特徴とするエミッタアレイを用いた電子プローブ装置。
【請求項2】
リング状に並べられたFEエミッタアレイと、
該FEエミッタアレイをアレイ毎にその印加電圧を制御するマルチエミッタ制御電源と、
前記FEエミッタアレイのビームを回折面に集束させるためのレンズと、
回折面に配置された絞りと、
該絞りの絞り面の縮小像を試料に照射させるための光学系と、
から構成されることを特徴とするエミッタアレイを用いた電子プローブ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−238387(P2011−238387A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−106902(P2010−106902)
【出願日】平成22年5月7日(2010.5.7)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】