説明

エンジンの制御装置

【課題】エンジンの制御装置に関し、エンジンのトルクショックを抑制しつつ燃費を向上させる。
【解決手段】車両に搭載されたエンジン10に対して要求された要求トルクを演算する要求トルク演算手段3と、要求トルクに遅れ処理を施した遅延トルクを演算する遅延トルク演算手段4とを設ける。また、要求トルク再増加時に遅延トルクに基づいてエンジン10の点火時期を制御する点火制御手段6を設ける。
遅延トルク演算手段4での遅延トルクの演算に際し、エンジン10の吸気応答遅れ以上に速い応答を与える時定数を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料カット状態やトルクダウン状態からの復帰時における点火時期を制御するエンジンの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の燃費向上や排気浄化を目的とした制御の一つとして、エンジンへの燃料供給を一時的に遮断する燃料カット制御が知られている。燃料カット制御とは、車両減速時の燃料噴射量をゼロにする(またはほぼゼロにする)制御であり、例えばアクセルペダルの踏み込みがなく、エンジンブレーキが作動しているとき(エンジンの回転抵抗によって駆動輪側が制動されているとき)に実施される。一方、燃料カット制御の実施中にアクセルペダルが踏み込まれた場合や、エンジン回転数が比較的低回転域まで低下した場合には、燃料カット制御が終了する。このとき、エンジンへの燃料供給が再開され、アイドル回転数やアクセル操作量に応じたエンジン出力が確保される。
【0003】
上記の燃料カット制御は、エンジンの作動中に自動的に実施されるとともに、燃料がカットされたエンジンの惰性回転中に終了して自動的に復帰させる制御である。そのため、制御が開始される前後や終了する前後でエンジン出力が大きく変化し、トルクショックが発生する場合がある。特に、アクセルペダルの踏み込み操作によって燃料カット制御が終了した直後には、そのアクセル操作量に応じた大きさのエンジン出力が要求されることになり、トルクショックが発生しやすい。
【0004】
このような課題に対し、エンジンの目標トルクを適切に制御することでトルクショックを抑制する技術が提案されている。例えば特許文献1には、目標トルクを実現するように吸入空気量,点火時期,燃料噴射量などを制御するいわゆるトルクベース制御において、燃料カット制御からの復帰時に二種類のトルク値を用いて目標トルクを設定する技術が記載されている。すなわち、要求トルクに対して一次遅れフィルタ処理を施したトルク値(第二トルク値)とゲイン処理を施したトルク値(第一トルク値)とを算出し、燃料カット制御からの復帰時刻を起点とした経過時間に応じて、二種類の目標トルクを設定するものである。このような制御構成により、一次遅れフィルタ処理及びゲイン処理の双方の利点を活かすことができ、加速感を損なうことなくトルクショックを抑制できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−112206号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、燃料カット制御からの復帰直後のトルクショックを緩和するためには、一次遅れフィルタ処理の時定数を大きくする必要がある。すなわち、目標トルクの値が緩やかなカーブを描いてゆっくりと要求トルクに漸近する特性を与えなければ、トルクショックの発生を防止することが難しい。一方、この時定数を大きくするほど目標トルクと要求トルクとが一致するまでにかかる時間が延びるため、走行のもたつき感が生じ、良好なドライブフィーリングを得ることができない。さらに、目標トルクに基づいてエンジンの点火時期が制御される車両では、目標トルクと要求トルクとが一致するまでにかかる時間が延びるほど点火遅角期間が長期化し、燃費が悪化するおそれある。
【0007】
また、特許文献1に記載の制御では、目標トルクの設定値が燃料カット制御からの復帰時刻を起点とした経過時間に応じて設定されるため、二種類の目標トルクを適切に使い分けることが難しいという課題もある。すなわち、燃料カット制御が終了してから所定期間が経過するまでの間は強制的に第二トルク値が目標トルク値として設定され、その後の所定時間の間は強制的に第一トルク値が目標トルク値として設定される。したがって、目標トルク値が第二トルク値から第一トルク値へと切り換えられる前後でトルクショックが発生する場合がある。また、このような切り換えのタイミングは車両の走行状態に応じて変化するため、予め制御期間を設定しておくという手法では適切にトルクショックを抑制することが難しい。
【0008】
このように、従来の技術では、トルクショックを抑制しつつトルク応答性を向上させるための演算ロジックに改良の余地があるという課題がある。なお、上記のトルクショックは、燃料カット制御からの復帰時以外にも生じうる。例えば、車両の加速時や変速時といったエンジン出力が急激に上昇するときにも、トルクショックを抑制しつつトルク応答性を向上させることが望まれる。
【0009】
本件の目的の一つは、上記のような課題に鑑み創案されたもので、エンジンのトルクショックを抑制しつつ燃費を向上させるエンジンの制御装置を提供することである。
なお、この目的に限らず、後述する発明を実施するための形態に示す各構成により導かれる作用効果であって、従来の技術によっては得られない作用効果を奏することも本件の他の目的として位置づけることができる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)ここで開示するエンジンの制御装置は、車両に搭載されたエンジンに対して要求された要求トルクを演算する要求トルク演算手段と、前記要求トルクに遅れ処理を施した遅延トルクを演算する遅延トルク演算手段とを備える。また、前記要求トルクが低下した後に前記要求トルクが増大する要求トルク再増加時に、前記遅延トルクに基づき前記エンジンの点火時期を制御する点火制御手段を備える。さらに、前記遅延トルク演算手段が、前記エンジンの吸気応答遅れ以上に速い応答を与える時定数を用いて前記遅延トルクを演算する。
【0011】
ここでいう「要求トルク再増加時」には、燃料カット制御からの復帰時や、変速操作に伴うトルクダウン状態からの復帰時等が含まれる。また、ここでいう「前記エンジンの吸気応答遅れ以上に速い応答を与える時定数」とは、スロットルバルブを通過した吸気がシリンダーに到達するまでの遅延を模擬した吸気モデルの時定数以上に速い応答を与える時定数である。吸気モデルの時定数には、例えば一次遅れモデルの時定数や二次遅れモデルの時定数等が含まれる。
【0012】
なお、本エンジンの制御装置は、前記エンジンの吸気量を制御する吸気制御手段をさらに備えたものである。前記吸気制御手段には、シリンダー内への導入空気量とスロットルバルブの通過空気量との換算時に適用される吸気応答遅れモデル(数式,マップ等)を予め記憶させる。この吸気応答モデルで吸気の遅れの大きさの指標となる定数のことを、吸気用時定数と呼ぶ。遅延トルクの演算に使用される時定数は、吸気用時定数よりも短い遅延を与える特性を持つ(素早く対象に近づく特性を持つ)ものとされる。
これにより、前記遅延トルクは、前記エンジンの吸気応答遅れによる遅延と比較して、素早く前記要求トルクに漸近する。
【0013】
(2)また、前記要求トルク再増加時における前記エンジンの出力トルクの上限値としての第二遅延トルクを設定する第二遅延トルク演算手段を備え、前記点火制御手段が、前記遅延トルク及び前記第二遅延トルクに基づき前記点火時期を制御することが好ましい。
(3)また、前記遅延トルク及び前記第二遅延トルクのうちの何れか大きい一方を制限トルクとして選択する選択手段を備え、前記点火制御手段が、前記エンジンの出力トルクが前記選択手段で選択された前記制限トルクに近づくように前記点火時期を制御することが好ましい。
【0014】
(4)また、前記第二遅延トルク演算手段が、前記遅延トルクの前回値と所定の増加量との加算値を前記第二遅延トルクとして演算することが好ましい。
(5)また、前記第二遅延トルク演算手段が、前記車両のアクセル開度に基づき前記所定の増加量を設定することが好ましい。
(6)また、前記第二遅延トルク演算手段が、前記エンジンの実回転数に基づき前記所定の増加量を設定することが好ましい。
【0015】
(7)また、前記エンジンの出力トルクの目標値である目標トルクを前記要求トルクに基づいて設定する目標トルク演算手段を備えることが好ましい。この場合、前記点火制御手段が、前記遅延トルク又は前記第二遅延トルクの少なくとも何れか一方が前記要求トルク以上のときに、前記エンジンの出力トルクを前記目標トルクに近づけるように前記点火時期を制御することが好ましい。
【0016】
例えば、前記遅延トルク又は前記第二遅延トルクの少なくとも何れか一方が前記要求トルク未満であるときには、前記点火制御手段が前記エンジンの出力トルクを前記制限トルクに近づけるように前記点火時期を制御することとする。一方、前記遅延トルク又は前記第二遅延トルクの少なくとも何れか一方が前記要求トルク以上であるときには、前記遅延トルク又は前記第二遅延トルクによるトルク制限を解除して、通常の制御(前記エンジンの出力トルクを前記目標トルクに近づけるように前記点火時期を制御すること)を実施する。なお、前記選択手段で選択された制限トルクを用いて表現すれば、前記制限トルクを用いた点火時期の制御は、前記制限トルクが前記要求トルク未満のときにのみ実施されることが好ましい。
【0017】
(8)また、前記点火制御手段が、前記要求トルク再増加時であり、かつ、前記車両のアクセル開度が所定値よりも小さい場合に、前記遅延トルクに基づき前記エンジンの点火時期を制御することが好ましい。
つまり、前記アクセル開度が前記所定値よりも大きい場合には、遅延トルクによらない通常の目標トルクが設定され、これに基づいて点火時期が制御されることが好ましい。
(9)なお、前記エンジンの運転中に燃料供給を遮断する燃料カット制御を実施する燃料カット制御手段を備えることが好ましい。この場合、前記要求トルク再増加時とは、前記燃料カット制御からの復帰時であることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
開示のエンジンの制御装置によれば、要求トルクに遅れ処理を施した遅延トルクを用いて要求トルク再増加時の点火時期を制御することで、出力トルクの急変を抑制することができ、トルクショックを緩和することができる。また、エンジンの吸気応答遅れ以上に速い応答を与える時定数を用いて遅延トルクが演算されるため、遅延トルクが要求トルクに追いつくまでの時間を短縮することができる。
さらに、この遅延トルクに基づいて要求トルク再増加時の点火時期が制御されるため、点火遅角期間を短縮することができ、燃費を向上させることができる。特に、要求トルクが比較的小さいときの遅延トルクの収束性を向上させることができ、効率的に点火遅角の長期化を防いで燃費を改善することができる。また、遅延トルクの収束性が高まることから、エンジン出力の応答性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】一実施形態に係るエンジンの制御装置のブロック構成及びこの制御装置が適用されたエンジンの構成を例示する図である。
【図2】本制御装置の要求トルク演算部での演算内容を例示するブロック構成図である。
【図3】本制御装置の制限トルク演算部での演算内容を例示するブロック構成図である。
【図4】本制御装置の目標トルク演算部での演算内容を例示するブロック構成図である。
【図5】本制御装置の点火時期演算部での演算内容を例示するブロック構成図である。
【図6】本制御装置に係る実充填効率Ec,点火時期及びトルクの対応関係を例示するグラフである。
【図7】本制御装置に係る点火指標Kpi及びリタード量Rの対応関係を例示するグラフである。
【図8】本制御装置による燃料カット制御からの復帰時の制御内容を説明するためのグラフであり、(a)はアクセル開度の変化、(b)は燃料カット制御の実施状態、(c)は目標トルクの変化を示す。なお、(d)は(c)の要部を拡大して示すグラフである。
【図9】図7の制御とは異なるアクセル操作が実施された場合の制御内容を説明するためのグラフであり、(a)はアクセル開度の変化、(b)は目標トルクの変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図面を参照してエンジンの制御装置について説明する。なお、以下に示す実施形態はあくまでも例示に過ぎず、以下の実施形態で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本実施形態の各構成は、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができるとともに、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせることが可能である。
【0021】
[1.装置構成]
[1−1.エンジン]
本実施形態のエンジンの制御装置は、図1に示す車載のガソリンエンジン10に適用される。ここでは、多気筒のエンジン10に設けられた複数のシリンダーのうちの一つを示す。ピストン16は、中空円筒状に形成されたシリンダー19の内周面に沿って往復摺動自在に内装される。ピストン16の上面とシリンダー19の内周面及び頂面に囲まれた空間は、エンジンの燃焼室26として機能する。
ピストン16の下部は、コネクティングロッドを介して、クランクシャフト17の軸心から偏心した中心軸を持つクランクアームに連結される。これにより、ピストン16の往復動作がクランクアームに伝達され、クランクシャフト17の回転運動に変換される。
【0022】
シリンダー19の頂面には、吸気を燃焼室26内に供給するための吸気ポート11と、燃焼室26内で燃焼した後の排気を排出するための排気ポート12とが穿孔形成される。また、吸気ポート11,排気ポート12の燃焼室26側の端部には、吸気弁14及び排気弁15が設けられる。これらの吸気弁14,排気弁15は、エンジン10の上部に設けられる図示しない動弁機構によって各々の動作を個別に制御される。また、シリンダー19の頂部には、点火プラグ13がその先端を燃焼室26側に突出させた状態で設けられる。点火プラグ13による点火時期は、後述するエンジン制御装置1で制御される。
【0023】
シリンダー19の周囲には、その内部をエンジン冷却水が流通するウォータージャケット27が設けられる。エンジン冷却水はエンジン10を冷却するための冷媒であり、ウォータージャケット27とラジエータとの間を環状に接続する冷却水循環路内を流通している。
【0024】
[1−2.吸気系]
吸気ポート11内には、燃料を噴射するインジェクター18が設けられる。インジェクター18から噴射される燃料量は、後述するエンジン制御装置1によって制御される。また、インジェクター18よりも吸気流の上流側には、インテークマニホールド20(以下、インマニと呼ぶ)が設けられる。このインマニ20には、吸気ポート11側へと流れる空気を一時的に溜めるためのサージタンク21が設けられる。サージタンク21よりも下流側のインマニ20は、各シリンダー19の吸気ポート11に向かって分岐するように形成され、サージタンク21はその分岐点に位置する。サージタンク21は、各々のシリンダーで発生しうる吸気脈動や吸気干渉を緩和するように機能する。
【0025】
インマニ20の上流側には、スロットルボディ22が接続される。スロットルボディ22の内部には電子制御式のスロットルバルブ23が内蔵され、インマニ20側へと流れる空気量がスロットルバルブ23の開度(スロットル開度)に応じて調節される。このスロットル開度は、エンジン制御装置1によって制御される。
スロットルボディ22のさらに上流側には、吸気通路24が接続され、吸気通路24のさらに上流側にはエアフィルタ25が介装される。これにより、エアフィルタ25で濾過された新気が吸気通路24及びインマニ20を介してエンジン10の各シリンダー19に供給される。
【0026】
[1−3.検出系]
車両の任意の位置には、アクセルペダルの踏み込み量(アクセル開度APS)を検出するアクセル開度センサー31が設けられる。アクセル開度APSは、運転者の加速要求や発進意思に対応するパラメーターであり、言い換えるとエンジン10の負荷(エンジン10に対する出力要求)に相関するパラメーターである。アクセル開度センサー31で検出されたアクセル開度APSの情報は、エンジン制御装置1に伝達される。
【0027】
吸気通路24内には、吸気流量QINを検出するエアフローセンサー32が設けられる。吸気流量QINは、スロットルバルブ23を通過する実際の空気の流量に対応するパラメーターである。スロットルバルブ23からシリンダー19への吸気流には、いわゆる吸気遅れ(流通抵抗や吸気慣性によって生じる遅れ)が生じるため、ある時刻にシリンダー19に導入される空気の流量は、その時点でスロットルバルブ23を通過する空気の流量とは必ずしも一致しない。一方、本実施形態のエンジン制御装置1では、このような吸気遅れを考慮した吸気量の制御が実施される。エアフローセンサー32で検出された吸気流量QINの情報は、エンジン制御装置1に伝達される。
【0028】
クランクシャフト17には、その回転角θCRを検出するエンジン回転速度センサー33が設けられる。回転角θCRの単位時間あたりの変化量(角速度ω)はエンジン10の実回転速度Ne(単位時間あたりの実回転数)に比例する。したがって、エンジン回転速度センサー33は、エンジン10の実回転速度Neを取得する機能を持つ。ここで取得された実回転速度Neの情報は、エンジン制御装置1に伝達される。なお、エンジン回転速度センサー33で検出された回転角θCRに基づき、エンジン制御装置1の内部で実回転速度Neを演算する構成としてもよい。
【0029】
ウォータージャケット27、または冷却水循環路上の任意の位置には、エンジン冷却水の温度(冷却水温WT)を検出する冷却水温センサー34が設けられる。冷却水温WTは、エンジン10自体の機械的な損失分のトルクを推定する際に用いられる。ここで検出された冷却水温WTの情報は、エンジン制御装置1に伝達される。
【0030】
[1−4.制御系]
この車両には電子制御装置として、エンジン制御装置1(Engine Electronic Control Unit,制御装置)が設けられる。このエンジン制御装置1は、例えばマイクロプロセッサやROM,RAM等を集積したLSIデバイスや組み込み電子デバイスとして構成され、車両に設けられた車載ネットワーク網の通信ラインに接続される。なお、車載ネットワーク上には、例えばブレーキ制御装置,変速機制御装置,車両安定制御装置,空調制御装置,電装品制御装置といったさまざまな公知の電子制御装置が、互いに通信可能に接続される。以下、エンジン制御装置1以外の電子制御装置のことを外部制御システムと呼び、外部制御システムによって制御される装置のことを外部負荷装置と呼ぶ。
【0031】
エンジン制御装置1は、エンジン10に関する点火系,燃料系,吸排気系及び動弁系といった広汎なシステムを総合的に制御する電子制御装置であり、エンジン10の各シリンダー19に対して供給される空気量や燃料噴射量、各シリンダー19の点火時期を制御するものである。ここでは、エンジン10に要求されるトルクの大きさを基準としたトルクベース制御が実施される。エンジン制御装置1の具体的な制御対象としては、インジェクター18から噴射される燃料量や噴射時期,点火プラグ13での点火時期,スロットルバルブ23の開度などが挙げられる。
【0032】
エンジン制御装置1で実施されるトルクベース制御では、制御操作に対する応答性が異なる二種類の制御、すなわち、低応答トルク制御と高応答トルク制御とがともに実施される。前者の低応答トルク制御は、例えばスロットルバルブ23の開度操作に代表される吸入空気量操作によってトルクを制御するものである。また、後者の高応答トルク制御は、例えば点火時期操作によってトルクを制御するものである。これらの各制御は応答性だけでなくトルクの調整幅も相違するため、車両の走行状態やエンジン10の運転状態に応じて適宜実施され、あるいは各制御による操作量が協調的に調整される。
【0033】
また、本実施形態のトルクベース制御では、エンジン10に要求されるトルクとして、三種類の要求トルクを想定する。第一の要求トルクは運転者の加速要求に対応するものであり、第二の要求トルクは外部負荷装置からの要求に対応するものである。これらの要求トルクはともに、エンジン10に作用する負荷に基づいて算出されるトルクといえる。一方、第三の要求トルクは、エンジン10の実回転速度Neを目標アイドル回転速度に維持するアイドルフィードバック制御(アイドル制御)のためのものであり、エンジン10に負荷が作用していない無負荷状態であっても考慮される要求トルクである。
【0034】
エンジン制御装置1は、低応答トルク制御と高応答トルク制御とのそれぞれについて、上記の三種類の要求トルクをエンジン10の運転条件に応じて自動的に切り換えながら、エンジン10が出力すべきトルクの目標値である目標トルクを演算し、その目標トルクが得られるように、燃料量や噴射時期,吸気量,点火時期等を制御する。
さらに、エンジン制御装置1は、車両の走行状態に応じて自動的に各シリンダー19への燃料供給を一時的にカットする燃料カット制御を実施する。ここでいう燃料カット制御とは、エンジン10の作動中に所定の燃料カット条件が成立したときに、インジェクター18から噴射される燃料の噴射量をゼロにし、所定の復帰条件が成立したときに燃料供給を再開する制御である。燃料カット制御の実施中には燃料噴射が停止するため、エンジン出力はゼロとなる。
【0035】
以下、エンジン制御装置1で実施されるトルクベース制御のうち、燃料カット制御からの復帰時に実施される高応答トルク制御の目標トルク(点火時期の演算に用いられる目標トルク)の算出手法について詳述する。また、本実施形態では、図示平均有効圧Pi(エンジン10の指圧線図に基づいて算出される仕事を行程容積で割った圧力値)を用いてトルクの大きさを表現する。つまり、本実施形態では、エンジン10で生じる力のモーメントのことだけでなく、エンジン10のピストン16の頂面に作用する平均有効圧(例えば、図示平均有効圧Piや正味平均有効圧Pe)で表現されたトルク相当量(トルクに対応する圧力)のことも便宜的に「トルク」と呼ぶ。
【0036】
[2.制御構成]
図1に示すように、エンジン制御装置1の入力側には、アクセル開度センサー31,エアフローセンサー32,エンジン回転速度センサー33,冷却水温センサー34が接続される。また、エンジン制御装置1の出力側には、トルクベース制御の制御対象である点火プラグ13,インジェクター18,スロットルバルブ23等が接続される。
【0037】
このエンジン制御装置1には、燃料カット制御部2,要求トルク演算部3,制限トルク演算部4,目標トルク演算部5及び点火時期制御部6が設けられる。これらの燃料カット制御部2,要求トルク演算部3,制限トルク演算部4,目標トルク演算部5及び点火時期制御部6の各機能は、電子回路(ハードウェア)によって実現してもよく、ソフトウェアとしてプログラミングされたものとしてもよいし、あるいはこれらの機能のうちの一部をハードウェアとして設け、他部をソフトウェアとしたものであってもよい。
【0038】
[2−1.燃料カット制御部]
燃料カット制御部2(燃料カット制御手段)は、燃料カット制御を実施するものである。ここでは、燃料カット条件及び復帰条件が判定され、これらの各条件の成否に応じてインジェクター18から噴射される燃料量が制御される。具体的な条件の設定については任意であるが、例えば以下の条件1,条件2がともに成立した時に燃料カット制御が開始される。
条件1:エンジン実回転速度Neが所定の第一速度Ne1以上である
条件2:アクセル開度APSがゼロである
【0039】
燃料カット制御からの復帰条件は、例えば以下の条件3または条件4が成立することであり、これらの何れかの条件が成立したときに燃料カット制御が終了する。
条件3:エンジン実回転速度Neが所定の第二速度Ne2(Ne2<Ne1)未満である
条件4:アクセル開度APSがゼロでない
【0040】
また、燃料カット制御部2は、燃料カット制御の実施状態を把握するために各シリンダー19の点火数を計測する。ここでは、燃料カット制御の実施中の点火数と復帰後の点火数との二種類の点火数が計測される。前者の点火数は、例えば燃料カット制御が実施されなければ点火するはずだった点火回数に相当し、後者の点火数は、実際に点火した回数に相当する。燃料カット制御が実施されているか否かの情報と、燃料カット制御の実施期間に相当する点火数の情報は、制限トルク演算部4及び目標トルク演算部5に伝達される。
【0041】
上記の条件3,4に示すように、燃料カット制御からの復帰時には、アクセルペダルが踏み込まれている場合と、踏み込まれていない場合とがある。前者の場合、エンジン10のアイドリング回転が維持される程度のエンジン出力を得るための目標トルクが、後述する目標トルク演算部5で設定される。一方、後者の場合には、アクセル開度APSに応じた大きさのエンジン出力を得るため目標トルクが目標トルク演算部5で設定される。しかし、燃料カット制御の実施中にはエンジン出力がゼロであることから、アクセル開度APSに応じた目標トルクをそのまま設定すると、トルクショックが生じるおそれがある。
【0042】
そこで本実施形態では、燃料カット制御からの復帰時に限り、高応答トルク制御の目標トルク(点火時期の演算に用いられる目標トルク)の初期値とその増加勾配に制限をかけて目標トルクを設定する演算構成とする。なお、ここでいう「燃料カット制御からの復帰時」は、一旦低下した要求トルクが再び増加するいわゆる「要求トルク再増加時」に含まれる。
【0043】
[2−2.要求トルク演算部]
要求トルク演算部3(要求トルク演算手段)は、運転者から要求されるトルクと外部制御システムから要求されるトルクとを集約して、エンジン10への要求トルクを設定するものである。ここでは、四種類の要求トルク、すなわち、アクセル要求トルクPi_APS,アイドル要求トルクPi_NeFB,応答性が異なる二種類の要求トルク(点火制御用要求トルクPi_EXT_SA,吸気制御用要求トルクPi_EXT)が演算される。
【0044】
アイドル要求トルクPi_NeFBは、エンジン実回転速度Neを目標アイドル回転速度に維持するのに要求されるトルクである。また、アクセル要求トルクPi_APSは、運転者から要求されているトルク(アクセルペダルの踏み込み操作に応じたトルク)である。ここでは、アクセル要求トルクPi_APSに基づいて、点火制御用要求トルクPi_EXT_SAと吸気制御用要求トルクPi_EXTとが演算される。
【0045】
点火制御用要求トルクPi_EXT_SAは、点火プラグ13の点火時期制御で用いられるトルクである。点火時期制御は、実際に制御を実施してからエンジン10でトルクが発生するまでのタイムラグが短く、応答性の高い制御である。ただし、点火時期制御によって調整可能なトルクの幅は比較的小さい。
一方、吸気制御用要求トルクPi_EXTは、スロットルバルブ23の吸気量制御で用いられるトルクである。吸気量制御は、実際に制御を実施してからエンジン10でトルクが発生するまでのタイムラグが長く、点火時期制御と比較して応答性にやや劣る制御である。ただし、吸気量制御によって調整可能なトルクの幅は、点火時期制御によるものよりも大きい。
【0046】
要求トルク演算部3での演算プロセスを図2に例示する。この要求トルク演算部3には、アクセル要求トルク演算部3a,目標アイドル回転速度設定部3b,アイドル要求トルク演算部3c及び外部要求トルク演算部3dが設けられる。
アクセル要求トルク演算部3aは、運転者の運転操作によってエンジン10に要求されているトルクをアクセル要求トルクPi_APSとして演算するものである。ここではまず、実回転速度Neとアクセル開度APSとに基づいて、アクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0が演算される。このアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0は、アクセルペダルの踏み込み操作に対して即時的に対応する大きさを持つトルクである。
【0047】
アクセル要求トルク演算部3aは、予め設定された実回転速度Ne及びアクセル開度APSとアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0との対応マップ,数式,関係式等に基づき、アクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0を演算する。
また、アクセル要求トルクPi_APSにフィルタ処理を施したものがアクセル要求トルクPi_APSとして演算される。このフィルタ処理は、例えば一次遅れ処理や二次遅れ処理である。なお、外部負荷装置の作動状態に応じて、アクセル要求トルクPi_APSの大きさを変更する構成としてもよい。ここで演算されたアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0及びアクセル要求トルクPi_APSの情報は、外部要求トルク演算部3d,制限トルク演算部4及び目標トルク演算部5に伝達される。
【0048】
目標アイドル回転速度設定部3bは、エンジン10がアイドル運転状態のときの目標となる回転速度を目標アイドル回転速度NeOBJ(いわゆる目標アイドル回転数)として設定するものである。アイドル運転状態は、例えば車両の走行速度やアクセル開度APS,冷却水温WT等に応じて判定され、目標アイドル回転速度NeOBJの値は冷却水温WTや他の運転条件等に応じて設定される。なお、外部負荷装置の作動状態に応じて目標アイドル回転速度NeOBJの大きさを変更する構成としてもよい。ここで演算された目標アイドル回転速度NeOBJの情報は、アイドル要求トルク演算部3cに伝達される。
【0049】
アイドル要求トルク演算部3cは、目標アイドル回転速度設定部3bで設定された目標アイドル回転速度NeOBJに対応するトルク(実回転速度Neを目標アイドル回転速度NeOBJに維持するために要するトルク)をアイドル要求トルクPi_NeFBとして演算するものである。ここで演算されたアイドル要求トルクPi_NeFBは、目標トルク演算部5に伝達される。
【0050】
外部要求トルク演算部3dは、アクセル要求トルク演算部3aで演算されたアクセル要求トルクPi_APSをベースとして、外部制御システムから伝達される外部負荷装置からのトルク要求を加味した二種類の要求トルクを演算するものである。第一の要求トルクは点火制御用要求トルクPi_EXT_SAであり、第二の要求トルクは吸気制御用要求トルクPi_EXTである。これらの点火制御用要求トルクPi_EXT_SA及び吸気制御用要求トルクPi_EXTは、互いに独立して外部要求トルク演算部3d内で演算される。前者の要求トルクは高応答トルク制御用の要求トルクであり、後者の要求トルクは低応答トルク制御用の要求トルクである。ここで演算された各要求トルクは、ともに目標トルク演算部5に伝達される。
【0051】
[2−3.制限トルク演算部]
制限トルク演算部4は、燃料カット制御からの復帰時の制限トルクPi_FCRを演算するものである。制限トルクPi_FCRは、点火時期制御(高応答トルク制御)の目標トルクの初期値とその増加勾配に制限をかけるためのトルクである。ただし、目標トルクに対して過度に制限を加えると良好な応答性が得られなくなるおそれが生じる。そこで制限トルク演算部4は、トルクショックを抑制しつつ良好な応答性を得るために、二種類の遅延トルクを演算した上で、それらの遅延トルクに基づいて制限トルクPi_FCRを演算する。
【0052】
制限トルク演算部4での演算プロセスを図3に例示する。この制限トルク演算部4には、第一遅延トルク演算部4a,第二遅延トルク演算部4b,選択部4c及び制限トルク設定部4dが設けられる。
第一遅延トルク演算部4a(遅延トルク演算手段)は、要求トルク演算部3で演算されたアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0に対して遅れ処理を施した第一遅延トルクPi_D1を演算するものである。ここでは、エンジン10の吸気応答遅れ以上に速い応答を与える時定数を用いて第一遅延トルクPi_D1が演算される。この「時定数」は、スロットルバルブ23を通過した吸気がシリンダー19に到達するまでの遅延(いわゆる吸気遅れ)を模擬した吸気モデルの時定数以上に速い応答を与える時定数である。吸気モデルの時定数には、例えば一次遅れモデルの時定数や二次遅れモデルの時定数等が含まれる。
【0053】
図3中には、第一遅延トルクPi_D1を以下の式1に従って演算するものを例示する。式1中の記号aは後述する制限トルク選択値Pi_FCR0の前回値(選択部4cにおいて前回の演算周期で選択されたトルク値)であり、記号bは要求トルク演算部3から伝達された今回の演算周期でのアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0である。また、記号k1は所定の範囲(例えば0<k1<1)内で設定されるフィルタ係数であり、エンジン10の吸気応答遅れ以上に速い応答を与える大きさの定数として設定される。なお、このフィルタ係数k1は、吸気遅れの演算に用いられるフィルタ係数k2以下の大きさ(すなわち、k1≦k2)であり、これにより点火時期制御に適した応答性が確保される。ここで演算された第一遅延トルクPi_D1の値は、選択部4cに伝達される。
【数1】

【0054】
第二遅延トルク演算部4b(第二遅延トルク演算手段)は、燃料カット制御からの復帰時におけるエンジン10の出力トルクの上限値である第二遅延トルクPi_D2を演算するものである。この第二遅延トルクPi_D2は、第一遅延トルク演算部4aで演算された第一遅延トルクPi_D1の増加勾配の下限値を与えるトルクである。図3中には、以下の式2に示すように、制限トルク選択値Pi_FCR0の前回値(選択部4cにおいて前回の演算周期で選択されたトルク値)に対して増加量Xを加算したものを第二遅延トルクPi_D2として演算するものを例示する。ここでは、増加量Xが第一遅延トルクPi_D1の増加勾配の下限値に相当することになる。
【数2】

【0055】
増加量Xは、実回転速度Neとアクセル開度APSとに基づいて設定される。第二遅延トルク演算部4bは、予め設定された実回転速度Ne及びアクセル開度APSと増加量Xとの対応マップや数式,関係式等に基づいて増加量Xを設定し、第二遅延トルクPi_D2を演算する。例えば、アクセル開度APSが大きいほど増加量Xの値を増大させてもよく、あるいは、実回転速度Neが高速であるほど増加量Xの値を増大させてもよい。ここで演算された第二遅延トルクPi_D2の値は、選択部4cに伝達される。
【0056】
選択部4c(選択手段)は、第一遅延トルクPi_D1と第二遅延トルクPi_D2とのうち、何れか大きい一方を選択し、その値を制限トルク選択値Pi_FCR0として制限トルク設定部4dに伝達するものである。つまりここでは、第一遅延トルクPi_D1の前回値から今回値までの増加勾配が下限値以上であるときには、第一遅延トルクPi_D1の今回値がそのまま制限トルク選択値Pi_FCR0となる。一方、第一遅延トルクPi_D1の前回値から今回値までの増加勾配が下限値未満であるときには、前回値を始点として下限値の増加勾配で第一遅延トルクPi_D1を増加させたときの値が制限トルク選択値Pi_FCR0となる。したがって、第一遅延トルクPi_D1がどのように変化したとしても、制限トルク選択値Pi_FCR0は少なくとも下限値の増加勾配よりも急勾配で増加する。
【0057】
制限トルク設定部4dは、燃料カット制御部2から伝達された燃料カット制御の実施状態に関する情報に基づき、最終的な制限トルクPi_FCRを選択し設定するものである。また、ここで設定された制限トルクPi_FCRは、点火時期演算部6に伝達される。
制限トルクPi_FCRの選択手法は、燃料カット制御の実施期間中の点火数と復帰時からの点火数とに応じて異なる手法とされる。まず、燃料カット制御の復帰時からの点火数がゼロのときには、燃料カット制御の実施期間中の点火数が予め設定された所定点火数以上である場合に、初期値Pi_1が制限トルクPi_FCRとして選択される。一方、燃料カット制御の復帰時からの点火数がゼロであり、かつ、燃料カット制御の実施期間中の点火数が予め設定された所定点火数未満の場合には、最大値Pi_MAXが制限トルクPi_FCRとして選択される。
【0058】
ここでいう初期値Pi_1は、要求トルク演算部3で演算されるアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0の最小値よりも小さい値であって、ゼロに近い微小な値である。逆に最大値Pi_MAXは、要求トルク演算部3で演算されるアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0の最大値以上の値であって、実質的にエンジン出力に制限を与えない程度の極めて大きい値である。また、ここでいう所定点火数は、少なくともエンジン10の気筒数以下の値に設定され、同時に複数気筒に点火するサイクルでエンジン10を駆動する場合にはさらに小さい値に設定される。これにより、燃料カット制御から復帰した直後にまだ未燃燃料が残存しているシリンダー19がある場合には、初期値Pi_1が選択されないようにしている。
【0059】
例えば、多気筒エンジンでの燃料カット制御が極めて短時間で終了し、実施期間中の点火数が1であるような場合には、燃料カット制御が開始されるよりも前に噴射された未燃燃料が、点火されていないシリンダー19内に残留している。このような場合にはトルクショックが発生しにくいため、トルク制限が解除される。
【0060】
また、燃料カット制御の復帰時からの点火数が1以上のときは、以下の全ての条件5〜条件8が成立した場合に、選択部4cで選択された制限トルク選択値Pi_FCR0が制限トルクPi_FCRとして選択される。一方、燃料カット制御の復帰時からの点火数が1以上であって、以下の条件の何れかが不成立となった場合には、最大値Pi_MAXが制限トルクPi_FCRとして選択される。
条件5:冷却水温WTが所定の下限値温度以上である(WT≧WT0
条件6:エンジン実回転速度Neが所定範囲内にある(Ne3≦Ne<Ne4
条件7:アクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0が所定値未満である
条件8:アクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0が制限トルク選択値Pi_FCR0以上である
【0061】
条件7は、アクセルペダルの踏み込み操作が比較的緩い場合にのみ、トルク制限を加えることを定めた条件である。つまり、運転者による加速要求が大きい場合には制限トルクPi_FCRが最大値Pi_MAXとなり、トルク制限が解除される。また、条件8は、選択部4cで選択された制限トルク選択値Pi_FCR0がアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0以上となった時点でトルク制限を解除することを定めた条件である。したがって、アクセルペダルが弱く踏み続けられていたとしても、最小勾配の設定されている制限トルク選択値Pi_FCR0がアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0に追いついたときには、トルク制限が解除される。
【0062】
[2−4.目標トルク演算部]
目標トルク演算部5(目標トルク演算手段)は、要求トルク演算部3で演算された各種要求トルクに基づき、二種類の制御目標としての目標トルクを演算するものである。ここでは、点火制御用目標トルクPi_TGTと、吸気制御用目標トルクPi_ETV_STDとが演算される。スロットルバルブ23のスロットル開度や燃料噴射量は、ここで演算された吸気制御用目標トルクPi_ETV_STDに基づいて制御される。また、点火制御用目標トルクPi_TGTは、制限トルク演算部4で演算された制限トルクPi_FCRとともに、点火時期制御に用いられる。
【0063】
目標トルク演算部5での演算プロセスを図4に例示する。目標トルク演算部5には、要求トルク演算部3で演算されたアイドル要求トルクPi_NeFB,アクセル要求トルクPi_APS,点火制御用要求トルクPi_EXT_SA及び吸気制御用要求トルクPi_EXTが入力される。この目標トルク演算部5には、第一選択部5a,第二選択部5b,燃料カット部5c及び吸気遅れ補正部5dが設けられる。
【0064】
第一選択部5aは、点火制御用要求トルクPi_EXT_SA,アクセル要求トルクPi_APS及びアイドル要求トルクPi_NeFBのうちの何れか一つを点火制御用のトルクの目標値として選択するものである。また、第二選択部5bは、吸気制御用要求トルクPi_EXT,アクセル要求トルクPi_APS及びアイドル要求トルクPi_NeFBのうちの何れか一つを吸気制御用のトルクの目標値として選択するものである。これらの第一選択部5a,第二選択部5bは、例えば外部制御システムからのトルク要求の有無やエンジン10のアイドル運転の要否等といった情報に基づいて、点火時期制御,吸気量制御のそれぞれで目標とすべきトルク値を選択する。第一選択部5aで選択されたトルク値は燃料カット部5cに伝達され、第二選択部5bで選択されたトルク値は吸気遅れ補正部5dに伝達される。
【0065】
燃料カット部5cは、燃料カット制御の実施中に点火制御用目標トルクPi_TGTをゼロに設定するものである。燃料カット制御の実施状態は、前述の燃料カット制御部2から伝達された情報に基づいて判定される。また、燃料カット部5cは、燃料カット制御の非実施時には、第一選択部5aで選択されたトルク値をそのまま点火制御用目標トルクPi_TGTとして設定する。ここで設定された点火制御用目標トルクPi_TGTは点火時期制御部6に伝達される。
【0066】
吸気遅れ補正部5dは、吸気量制御で用いられる目標トルクの算出に際し、スロットルバルブ23からシリンダー19までの吸気遅れに応じた補正演算を行うものである。ここでは、第二選択部5bで選択されたトルク値に対して遅れ処理を施したものが、吸気制御用目標トルクPi_EXT_STDとして演算される。図4中には、吸気制御用目標トルクPi_EXT_STDを以下の式3に従って演算するものを例示する。式3中の記号cは吸気制御用目標トルクPi_EXT_STDの前回値(前回の演算周期で吸気遅れ補正部5dから出力されたトルク値)であり、記号dは第二選択部5bで選択されたトルク値である。
【0067】
また、記号k2は所定の範囲(例えば0<k2<1)内で設定されるフィルタ係数であり、エンジン10の吸気応答遅れ相当の応答を与える大きさの定数である。前述の通り、フィルタ係数k2は、制限トルクPi_FCRの演算に用いられるフィルタ係数k1以上の値(k1≦k2)である。なお、フィルタ係数k1,k2の値の大小関係は、式1や式3の表現方法に応じて変化しうる。
【数3】

【0068】
ここで演算された吸気制御用目標トルクPi_EXT_STDの値は図示しない吸気量制御部に伝達され、これに基づいて吸気量制御が実施される。なお、吸気量制御部では、吸気制御用目標トルクPi_EXT_STDを得るために要求されるシリンダー19内の空気量を演算し、その空気量が制御対象のシリンダー19内に導入されるようにスロットルバルブ23の開度を制御する。
【0069】
[2−5.点火時期演算部]
点火時期演算部6(点火制御手段)は、目標トルク演算部5で演算された点火制御用目標トルクPi_TGTと、制限トルク演算部4で演算された制限トルクPi_FCRとに基づいて、点火プラグ13の点火時期を制御するものである。点火時期演算部6での演算プロセスを図5に例示する。点火時期演算部6には、実充填効率演算部6a,MBT演算部6b,実トルク演算部6c,最小値選択部6d,点火指標演算部6e,リタード量演算部6f及び減算部6gが設けられる。
【0070】
実充填効率演算部6aは、入力された吸気流量QINに基づき、制御対象の気筒の実際の充填効率を実充填効率Ecとして演算するものである。ここでは、制御対象の気筒について、直前の一回の吸気行程(ピストンが上死点から下死点に移動するまでの一行程)の間にエアフローセンサー32で検出された吸気流量QINの合計から、制御対象の気筒に実際に吸入された空気量が演算され、実充填効率Ecが演算される。ここで演算された実充填効率Ecは、MBT演算部6b及び実トルク演算部6cに伝達される。
【0071】
MBT演算部6bは、実充填効率演算部6aで演算された実充填効率Ec及びエンジン実回転速度Neに基づき、最大のトルクを発生させる最少進角点火時期(いわゆるMBT)を演算するものである。以下、点火時期を表す記号としてSAを用いる。また、点火時期SAのうちの最少進角点火時期を意味するときには、SA_MBTと表記する。MBT演算部6bは、例えば図6に示すように、実充填効率Ec,点火時期SA及び理論空燃比で発生するトルクの対応関係をエンジン実回転速度Ne毎のマップや数式として記憶しており、これを用いて点火時期SA_MBTを演算する。ここで演算された点火時期SA_MBTは減算部6gに伝達される。なお、図6のマップでは、実充填効率Ecが所定値Ec1であるときの点火時期SA_MBTがSA1であり、実充填効率Ecが所定値Ec2であるときの点火時期SA_MBTがSA2である。
【0072】
実トルク演算部6cは、実充填効率演算部6aで演算された実充填効率Ecにて、制御対象の気筒で生じうる最大のトルク(すなわち、実充填効率Ecで点火時期をMBTに設定した場合に発生するトルク)を最大実トルクPi_ACT_MBTとして演算するものである。ここでいう最大実トルクPi_ACT_MBTは、図6中に示された各実充填効率Ecでのトルク変動グラフの最大値に対応する。実トルク演算部6cは、例えばMBT演算部6bに記憶されたこのようなマップや数式を用いて最大実トルクPi_ACT_MBTを演算する。図6のグラフでは、実充填効率Ecが所定値Ec1であるときの最大実トルクPi_ACT_MBTがTq1であり、実充填効率Ecが所定値Ec2であるときの最大実トルクPi_ACT_MBTがTq2である。ここで演算された最大実トルクPi_ACT_MBTは、点火指標演算部6dに伝達される。
【0073】
なお、図6のマップは、同一の燃焼条件(例えば、エンジン回転速度及び空燃比が一定の条件)において一定の実充填効率Ecで点火時期SAのみを変化させた場合に生成されるトルクの大きさをグラフ化するとともに、異なる実充填効率Ecでのグラフを重ねて表示したものである。一定の実充填効率Ecでは、横軸の点火時期SAの変化に対して縦軸のトルクが上に凸の曲線となる。このグラフの頂点の座標に対応する点火時期がMBTであり、頂点の座標に対応するトルクが実トルクPi_ACT_MBTである。
【0074】
また、実充填効率Ecが増加すると、気筒内に導入される空気量の増大によりトルクが増大するとともに燃焼速度(気筒内での火炎伝播速度)が上昇し、MBTは遅角方向へと移動する。実充填効率Ecが所定値Ec1である場合にMBTから所定値αだけ点火時期SAをリタードさせた際に得られるトルクをTq3とおき、実充填効率Ecが所定値Ec2である場合にMBTから所定値αだけ点火時期をリタードさせた際に得られるトルクをTq4とおくと、これらのトルク間には、(Tq3)/(Tq1) = (Tq4)/(Tq2) の関係が成立する。
【0075】
最小値選択部6dは、点火制御用目標トルクPi_TGTと制限トルクPi_FCRとのうち、何れか小さい一方を点火時期制御の目標トルクとして選択するものである。ここで選択された一方のトルク値は、点火指標演算部6eに伝達される。したがって、制限トルク演算部4で演算された制限トルクPi_FCRが目標トルク演算部5で演算された点火制御用目標トルクPi_TGTよりも大きくならない限り、制限トルクPi_FCRが点火指標演算部6eに伝達される。
【0076】
点火指標演算部6eは、最小値選択部6dで選択されたトルク値と実トルク演算部6cで演算された最大実トルクPi_ACT_MBTとの比Kpi(点火指標)を演算するものである。ここでは、実際にエアフローセンサー32で検出された吸気流量QINに基づいて生成されうるトルクの大きさに対してどの程度の割合で点火制御用のトルクが必要なのかが演算される。なお、本実施形態の点火指標演算部6eでは、点火時期制御によって最大実トルクPi_ACT_MBTを超えるような過剰なトルクが生じないようにすべく、比Kpiの値が1以下の範囲でクリップされる。ここで演算された比Kpiはリタード量演算部6fに伝達される。
【0077】
リタード量演算部6fは、MBTを基準として、比Kpiに応じた大きさのリタード量R(点火時期の遅角量)を演算するものである。リタード量演算部6fは、例えば図7に示すように、比Kpiとリタード量Rとの対応関係をエンジン実回転速度Ne毎のマップや数式として記憶しており、このマップや数式を用いてリタード量Rを演算する。なお、ここでいうリタード量RはMBTを基準としたものであり、比Kpi(0≦Kpi≦1)が1に近づくほどリタード量Rがゼロに近づく特性を持つ。また、リタード量Rは、例えば図7中に破線で示すように、エンジン実回転速度Neが大きいほど増大する特性を持つ。ここで演算されたリタード量Rは、減算部6gに伝達される。
【0078】
なお、リタード量RはMBTを基準とした点火時期のずれ(時刻の相違量、ずれ時間、あるいは、これに対応する角度であってクランクシャフト回転角に対する位相のシフト量)の大きさを表す値である。また、図7に示すように、リタード量Rは比Kpiの値に対応して一意に定められる。したがって、比KpiもMBTを基準とした点火時期の「ずれ量(進角量又は遅角量)」に対応する値である。
【0079】
減算部6gは、リタード量演算部6fで演算されたリタード量Rに基づいて実行点火時期SA_ACTを演算するものである。ここでは、例えばMBT演算部6cで演算された点火時期SA_MBTからリタード量Rが減算され、実行点火時期SA_ACTが演算される。ここで演算された実行点火時期SA_ACTは、最小値選択部6dで選択されたトルク値に対応するトルクを生じさせる点火時期である。点火時期演算部6は、制御対象の気筒に設けられた点火プラグ13がこの実行点火時期SA_ACTに点火するように制御信号を出力し、点火時期制御を実行する。
【0080】
[3.作用]
[3−1.第一制御例]
上記のエンジン制御装置1による燃料カット制御からの復帰時の点火時期制御について、図8(a)〜(d)を用いて説明する。車両走行中のアクセルペダルの踏み込みが緩められ、時刻t0に燃料カット条件(条件1及び2)が成立すると、図8(b)に示すように燃料カット制御が開始される。このとき、図8(a)に示すようにアクセル開度APSはゼロである。また、燃料カット制御の実施中は、図8(c)中に二点鎖線で示すようにアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0が所定の最小値(ここでは、初期値Pi_1)となる。
【0081】
時刻t1にアクセルペダルが弱めに踏み込まれると燃料カット制御からの復帰条件(条件4)が成立し、燃料カット制御が終了する。このとき、アクセル開度APSが僅かに増加した状態が維持されると、エンジン10の実回転速度Neが徐々に上昇し、これに対応してアクセル要求トルク演算部3aで演算されるアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0が徐々に増加する。また、制限トルク演算部4は、このアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0に基づいて、第一遅延トルクPi_D1及び第二遅延トルクPi_D2を演算する。
【0082】
第一遅延トルクPi_D1は、アクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0に対して遅れ処理を施したものであるため、図8(c)中に破線で示すように、時刻t1を始点として二点鎖線のグラフを追いかけるようにやや遅れて増加する。一方、第二遅延トルクPi_D2は、図8(d)に示すように、制限トルク選択値Pi_FCR0の前回値(第一遅延トルクPi_D1が選択されたときにはその第一遅延トルクPi_D1)に対して増加量Xを加算したものとして算出される。したがって、第一遅延トルクPi_D1と第二遅延トルクPi_D2とが一致した時刻t2に、第一遅延トルクPi_D1の変化勾配が増加量X及び演算周期によって定められる変化勾配とほぼ一致する。
【0083】
また、制限トルク演算部4の選択部4cでは、第一遅延トルクPi_D1と第二遅延トルクPi_D2とのうち、何れか大きい一方が制限トルク選択値Pi_FCR0として選択される。制限トルク選択値Pi_FCR0の変化勾配は、少なくとも第二遅延トルクPi_Dの変化勾配以上の大きさとなる。したがって、図8(c)中に太実線で示すように、制限トルクPi_FCRのグラフは、制限トルク設定部4dで制限トルク選択値Pi_FCR0がそのまま制限トルクPi_FCRとして選択されている限り、所定の最少勾配以上の増加勾配を持つ。
【0084】
その後、時刻t3に制限トルク選択値Pi_FCR0がアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0を超えると、制限トルク設定部4dで選択される制限トルクPi_FCRが最大値Pi_MAXとなる。これにより、点火時期演算部6の最小値選択部6dで選択されるトルクの目標値が、制限トルクPi_FCRからアクセル要求トルクPi_APSへと変更され、トルク制限が解除される。したがって、時刻t3以降は、アクセル要求トルク演算部3aで演算されたアクセル要求トルクPi_APSに基づいて点火プラグ13の点火時期が制御される。
上記の通り、図8(c)中でトルク制限が実施される期間は、時刻t1から時刻t3までの期間である。この期間のうち、時刻t1〜t2間のトルク制限値は第一遅延トルクPi_D1によって規定され、時刻t2〜t3間のトルク制限値は第二遅延トルクPi_D2によって規定される。
【0085】
なお、第二遅延トルクPi_D2によるトルク制限が実施されなかった場合には、時刻t2以降も制限トルクPi_FCRが破線で示す第一遅延トルクPi_D1に沿って変化する。したがって、制限トルクPi_FCRがアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0に追いつくまでにかかる時間が長くなり、走行のもたつき感が発生する。また、このようなもたつき感を解消しようとした運転者が、時刻t4にアクセルペダルをやや踏み増したとしても、この時点ではまだトルク制限が完了していない。そのため、アクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0よりも小さい制限トルクPi_FCRが与えられ続けることになり、十分な加速感が得られない。
これに対し、上記のエンジン制御装置1では、時刻t3にトルク制限が完了するため、もたつき感が大幅に削減される。また、その後のアクセル操作に応じたアクセル要求トルクPi_APSに基づいて点火時期が制御されるため、車両を加速させるのに十分なトルクが確保され、ドライブフィーリングが向上する。
【0086】
[3−2.第二制御例]
次に、上記のような燃料カット制御からの復帰時の点火時期制御において、制限トルク選択値Pi_FCR0がアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0を超える前にアクセルペダルが踏み増しされた場合について、図9(a),(b)を用いて説明する、時刻t2までの制御内容は、図8に示すものと同一である。
【0087】
時刻t5にアクセルペダルが踏み増しされると、図9(a)に示すように、アクセル開度APSが僅かに増加する。これにより、図9(b)中に二点鎖線で示すように、アクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0が増大する。このとき、制限トルク演算部4の選択部4cで選択されている制限トルク選択値Pi_FCR0は第二遅延トルクPi_D2であるから、第二遅延トルク演算部4bで演算される第二遅延トルクPi_D2は一定の変化勾配で増加し続ける。一方、第一遅延トルク演算部4aで演算される第一遅延トルクPi_D1は、図9(b)中に破線で示すように、増加したアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0に追従するように増大する。
【0088】
時刻t6に第一遅延トルクPi_D1が第二遅延トルクPi_D2を超えると、選択部4cでは第一遅延トルクPi_D1が制限トルク選択値Pi_FCR0として選択される。これにより、時刻t6以降は制限トルクPi_FCRが再び破線で示す第一遅延トルクPi_D1に沿って変化することになる。また、時刻t7に第二遅延トルクPi_D2が第一遅延トルクPi_D1を上回るようになると、第二遅延トルクPi_D2が制限トルク選択値Pi_FCR0として選択され、時刻t8に制限トルク選択値Pi_FCR0がアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0を超えた時点でトルク制限が終了する。
【0089】
図9(b)中でトルク制限が実施される期間は、時刻t1から時刻t8までの期間である。この期間のうち、時刻t1〜t2間,t6〜t7間のトルク制限値は第一遅延トルクPi_D1によって規定され、時刻t2〜t6間,t7〜t8間のトルク制限値は第二遅延トルクPi_D2によって規定される。トルク制限がかけられる時刻t1から時刻t8までの全期間にわたって、制限トルクPi_FCRの最少増加勾配が与えられるため、走行のもたつき感は生じない。
【0090】
なお、第二遅延トルクPi_D2によるトルク制限が実施されなかった場合には、図9(b)中に破線で示す第一遅延トルクPi_D1の値が、時刻t5前後で急激に増加し、勾配差が大きくなる。一方、上記のエンジン制御装置1では、制限トルクPi_FCRの最少増加勾配が与えられることで、このような勾配差が小さくなる。すなわち、時刻t6前後での勾配差(すなわち、第二遅延トルクPi_D2から第一遅延トルクPi_D1への切り換え時のトルク変化量)が小さくなるため、トルクショックが抑制される。
【0091】
[4.効果]
このように、本実施形態のエンジン制御装置1によれば、以下のような効果が得られる。
【0092】
(1)上記のエンジン制御装置1では、アクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0に一次遅れ処理を施した第一遅延トルクPi_D1を用いて燃料カット復帰時の点火時期が制御される。これにより、点火リタードによるエンジン出力トルクの急変を抑制することができ、トルクショックを緩和することができる。
また、この一次遅れ処理に用いられるフィルタ係数k1は、吸気遅れの演算に用いられるフィルタ係数k2以下の値に設定され、すなわちエンジン10の吸気応答遅れ以上に速い応答性が与えられる。これにより、制限トルクPi_FCRがアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0に追いつくまでの時間を短縮することができる。つまり、点火リタードが実施される期間(すなわち、点火遅角期間)を短縮することができ、燃費を向上させることができる。さらに、吸気応答遅れ以上に速い応答性を持つフィルタ係数k1を用いることで、エンジン出力トルクの応答性を改善することができ、ドライブフィーリングを向上させることができる。
【0093】
(2)また、上記のエンジン制御装置1では、アクセル開度APSに依存する第一遅延トルクPi_D1だけでなく、エンジン10の出力トルクの上限値としての第二遅延トルクPi_D2が演算され、これらの二種類の遅延トルクを併用して点火時期が制御される。これにより、エンジン出力トルクの変動性を適切に制御することができ、トルクショックが発生しない範囲で点火時期の遅角制御期間を短縮することができる。
【0094】
(3)また、上記のエンジン制御装置1では、制限トルク演算部4の選択部4cにおいて、第一遅延トルクPi_D1と第二遅延トルクPi_D2とのMAX取り(最大値を選択すること)が実施される。これにより、制限トルクPi_FCRの最小増加勾配を保証することが可能となり、点火遅角期間を確実に短縮することができる。したがって、燃費やトルク応答性をさらに向上させることができる。
【0095】
(4)また、上記のエンジン制御装置1では、第二遅延トルクPi_D2によって第一遅延トルクPi_D1の増加勾配の下限値が与えられる。これにより、例えば図9(b)に示すように、第一遅延トルクPi_D1の変化を許容しながら、点火遅角期間を延長させるような変化をする場合にのみ第二遅延トルクPi_D2を用いることができ、すなわち第一遅延トルクPi_D1の変動に見合ったトルク制限を与えることができる。したがって、トルクショックを抑制しつつ点火遅角期間を短縮することができ、燃費やトルク応答性を向上させることができる。
【0096】
(5)また、上記のエンジン制御装置1では、選択部4cで選択された制限トルク選択値Pi_FCR0の前回値と増加量Xとの加算値が第二遅延トルクPi_D2として演算される。これにより、例えば図8(c)中の時刻t2や図9(b)中の時刻t2,t7のように、少なくとも第一遅延トルクPi_D1から第二遅延トルクPi_D2への切り換え時にトルクを滑らかに接続することができる。これにより、トルクショックの抑制効果を高めることができる。また、演算構成が簡素であり、容易に第二遅延トルクPi_D2を演算することができる。
【0097】
(6)なお、上記のエンジン制御装置1の第二遅延トルク演算部4bでは、制限トルクPi_FCRの増加勾配を決める増加量Xがアクセル開度APSに基づいて設定される。これにより、制限トルクPi_FCRがアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0に追いつくまでにかかる時間〔例えば、図8(c)中の時刻t2から時刻t3までの時間〕を、運転者の加速要求に応じて調節することができる。これにより、トルク安定性やトルク応答性のバランスを容易に変更することができる。
【0098】
(7)同様に、第二遅延トルク演算部4bでは、制限トルクPi_FCRの増加勾配を決める増加量Xがエンジン実回転速度Neに基づいて設定される。アクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0は、エンジン実回転速度Neに応じて変化するため、実回転速度Neに基づいて増加勾配を設定することで、制限トルクPi_FCRがアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0に追いつくまでにかかる時間をエンジン10の作動状態に応じて調節することができる。これにより、トルク安定性やトルク応答性のバランスを容易に変更することができる。
【0099】
(8)また、上記の点火時期制御では、点火時期演算部6の最小値選択部6dにおいて、点火制御用目標トルクPi_TGTと制限トルクPi_FCRとのうち、何れか小さい一方が目標トルクとして選択される。つまり、制限トルクPi_FCRが点火制御用目標トルクPi_TGT未満のときにのみ制限トルクPi_FCRを用いたトルク制限が実施される。この点火制御用目標トルクPi_TGTはアクセル要求トルクPi_APSに対応するものであるから、言い換えれば、制限トルクPi_FCRがアクセル要求トルクPi_APSに追いついた時点でトルク制限が終了するため、その後は加速要求に見合った大きさのエンジン出力トルクを確保することができ、トルク応答性を向上させることができる。
【0100】
(9)なお、アクセル開度APSが小さいほど第一遅延トルクPi_D1がアクセル要求トルク瞬時値Pi_APS0に収束しにくくなり、トルク制限の実施期間が長引く傾向がある。これに対し、上記の点火時期制御のトルク制限は、条件7に記載された通り、アクセルペダルの踏み込み操作が比較的緩い状態でのみ実施される。これにより、トルク制限の実施期間の短縮効果を高めることができ、効率的に燃費を改善することができる。また、アクセルペダルが強く踏み込まれた場合にはトルク制限が直ちに解除されるため、強い加速要求に対する応答性を高めることができる。
【0101】
(10)また、点火時期制御では、燃料カット制御からの復帰時のように、目標トルクがゼロの状態から急増する運転状態での目標トルクの急増が抑制されるため、エンジン出力トルクの急変を効果的に抑制することができ、トルクショックの緩和効果を高めることができる。
【0102】
[5.変形例]
上記のエンジン制御装置10で実施される制御の変形例は、多種多様に考えられる。例えば、上述の実施形態に記載された燃料カット条件や復帰条件,トルク制限に係る諸条件は、実施の形態に応じて適宜変更してもよい。
【0103】
また、上述の実施形態では、燃料カット制御からの復帰時における点火リタード量に関する目標トルクの設定手法を例示したが、この制御を燃料カット制御からの復帰時以外の要求トルク再増加時に適用することも可能である。例えば、車両の加速時や変速操作によるトルクダウン時など、エンジン出力トルクが低下した後に急激に上昇するような運転状況で上記の制御を実施することで、効果的にトルクショックを緩和することができ、燃費やトルク応答性を改善することができる。
なお、低下した要求トルクが増大するときに差が大きいほど、あるいは、要求トルクの低下量が大きいほど(燃料カット時のように、要求トルクが一時的にゼロに設定された場合を含み、要求トルクの絶対量が大きく低減された状態からのあらゆる復帰時を含む)トルクショックの緩和効果をより高めることができる。
【0104】
また、上述の実施形態では、ガソリンエンジン10の挙動を制御するエンジン制御装置1を例示したが、エンジン制御装置1の制御対象はこれに限定されない。少なくとも燃焼室26内に点火プラグ13を備えた内燃機関であれば、どのような内燃機関であっても本エンジン制御装置1の制御対象となりうる。
【符号の説明】
【0105】
1 エンジン制御装置
2 燃料カット制御部(燃料カット制御手段)
3 要求トルク演算部(要求トルク演算手段)
4 制限トルク演算部
4a 第一遅延トルク演算部(遅延トルク演算手段)
4b 第二遅延トルク演算部(第二遅延トルク演算手段)
4c 選択部(選択手段)
4d 制限トルク設定部
5 目標トルク演算部(目標トルク演算手段)
6 点火時期制御部(点火制御手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載されたエンジンに対して要求された要求トルクを演算する要求トルク演算手段と、
前記要求トルクに遅れ処理を施した遅延トルクを演算する遅延トルク演算手段と、
前記要求トルクが低下した後に前記要求トルクが増大する要求トルク再増加時に、前記遅延トルクに基づき前記エンジンの点火時期を制御する点火制御手段とを備え、
前記遅延トルク演算手段が、前記エンジンの吸気応答遅れ以上に速い応答を与える時定数を用いて前記遅延トルクを演算する
ことを特徴とする、エンジンの制御装置。
【請求項2】
前記要求トルク再増加時における前記エンジンの出力トルクの上限値としての第二遅延トルクを設定する第二遅延トルク演算手段を備え、
前記点火制御手段が、前記遅延トルク及び前記第二遅延トルクに基づき前記点火時期を制御する
ことを特徴とする、請求項1記載のエンジンの制御装置。
【請求項3】
前記遅延トルク及び前記第二遅延トルクのうちの何れか大きい一方を制限トルクとして選択する選択手段を備え、
前記点火制御手段が、前記エンジンの出力トルクが前記選択手段で選択された前記制限トルクに近づくように前記点火時期を制御する
ことを特徴とする、請求項2記載のエンジン制御装置。
【請求項4】
前記第二遅延トルク演算手段が、前記遅延トルクの前回値と所定の増加量との加算値を前記第二遅延トルクとして演算する
ことを特徴とする、請求項2又は3記載のエンジンの制御装置。
【請求項5】
前記第二遅延トルク演算手段が、前記車両のアクセル開度に基づき前記所定の増加量を設定する
ことを特徴とする、請求項4記載のエンジン制御装置。
【請求項6】
前記第二遅延トルク演算手段が、前記エンジンの実回転数に基づき前記所定の増加量を設定する
ことを特徴とする、請求項4又は5記載のエンジン制御装置。
【請求項7】
前記エンジンの出力トルクの目標値である目標トルクを前記要求トルクに基づいて設定する目標トルク演算手段を備え、
前記点火制御手段が、前記遅延トルク又は前記第二遅延トルクの少なくとも何れか一方が前記要求トルク以上のときに、前記エンジンの出力トルクを前記目標トルクに近づけるように前記点火時期を制御する
ことを特徴とする、請求項2〜6の何れか1項に記載のエンジン制御装置。
【請求項8】
前記点火制御手段が、前記要求トルク再増加時であり、かつ、前記車両のアクセル開度が所定値よりも小さい場合に、前記遅延トルクに基づき前記エンジンの点火時期を制御する
ことを特徴とする、請求項1〜7の何れか1項に記載のエンジン制御装置。
【請求項9】
前記エンジンの運転中に燃料供給を遮断する燃料カット制御を実施する燃料カット制御手段を備え、
前記要求トルク再増加時とは、前記燃料カット制御からの復帰時である
ことを特徴とする、請求項1〜8の何れか1項に記載のエンジン制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−87625(P2013−87625A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−225668(P2011−225668)
【出願日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【出願人】(000006286)三菱自動車工業株式会社 (2,892)
【Fターム(参考)】