説明

オイルシール部材及びその製造方法

【課題】可変バルブタイミング機構の応答性を高め、オイルシール部材の耐摩耗性を高め、圧粉体の損傷を防止し、オイルシール部材の寸法精度を高める。
【解決手段】
圧粉成形工程において圧粉体30の底面31を平坦に成形し、この圧粉体を焼結して得られた焼結体40の平坦な底面41を、サイジング工程において曲面状に成形することにより、オイルシール部材20を形成する。すなわち、オイルシール部材20の底面21は、サイジングにより曲面状に成形された面となっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可変バルブタイミング機構のロータとハウジングとで形成された複数の油圧室の間に設けられ、各油圧室を液密的に区画するオイルシール部材に関し、特に、焼結金属で形成されたオイルシール部材に関する。
【背景技術】
【0002】
可変バルブタイミング機構とは、エンジンのカムシャフトに取り付けられて、吸排気バルブの開閉タイミングを可変とするものである(例えば、特許文献1参照)。例えば図11に示す可変バルブタイミング機構100は、カムシャフトSと一体に回転するロータ103と、エンジンのクランクシャフト(図示省略)と同期して回転し、ロータ103を相対回転自在に収容するハウジング104とを備える。
【0003】
ロータ103は、図11(a)に示すように、外周側に突出する複数(図示例では4つ)のベーン105を有する。ハウジング104は、複数のベーン105の周方向間に突出する複数(図示例では4つ)のティース106を有する。ベーン105とティース106との間には油圧室107,108が形成される。ベーン105の周方向一方側の油圧室107は、ロータ103を進角側に駆動する際に油圧が供給される進角室を成す。ベーン105の周方向他方側の油圧室108は、ロータ103を遅角側に駆動する際に油圧が供給される遅角室を成す。
【0004】
油圧室107及び108は、オイルシール部材120,130により液密的に区画される。ベーン105に設けられるオイルシール部材120は、図11(a)に示すように、ベーン105の先端面に形成された溝部105aに嵌合し、ハウジング104の内周面と摺動する。図11(b)に示すように、オイルシール部材120と溝部105aの溝底面との間には板バネ109が設けられ、この板バネ109によりオイルシール部材120の底面121がハウジング104の内周面に押し付けられる。オイルシール部材120の底面121は、ハウジング104の内周面に沿った形状をなし、具体的には、図12(c)に示すように短辺方向中央部を頂点とした凸曲面状(円筒面状)に形成される。オイルシール部材120の天面122は、図12(b)に示すように長辺方向両端部に一対の凸部122a,122aを有し、この凸部122a,122aの間に板バネ109が湾曲した状態で配される(図11(b)参照)。尚、図12(c)では、理解の容易化のため、底面121の曲率を誇張して示している(実際の曲率半径より小さく示している)。
【0005】
ティース106に設けられるオイルシール部材130は、図11(a)に示すように、ティース106の先端面に形成された溝部106aに嵌合し、ロータ103の外周面に摺動する。図11(c)に示すように、オイルシール部材130と溝部106aの溝底面との間には板バネ110が配され、この板バネ110によりオイルシール部材130の底面131がロータ103の外周面に押し付けられる。尚、オイルシール部材130の形状は、図12に示すオイルシール部材120と同様であるため、重複説明を省略する。
【0006】
上記のようなオイルシール部材120,130を成形性に優れた焼結金属で形成すれば、例えば樹脂で形成する場合と比べて寸法精度(特に底面の寸法精度)を高めることができる。これにより、ハウジング104あるいはロータ103との接触状態が良好となり、油圧室107,108の密閉性が高められるため、油圧室107あるいは108に油圧を供給してからロータ103が回転するまでの時間が短くなり、可変バルブタイミング機構の応答性を高めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−297812号公報
【特許文献2】特開2007−262451号公報
【特許文献3】特開2007−246939号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、オイルシール部材を焼結金属で形成すると、オイルシール部材に無数の表面開孔が形成される。この表面開孔を介して油圧室のオイルがオイルシール部材の内部に抜けると、油圧室の油圧が高まりにくくなり、可変バルブタイミング機構の応答性が低下する恐れがある。また、互いに摺動するハウジングの内周面(あるいはロータの外周面)とオイルシール部材の底面との間のオイルがオイルシール部材の内部に抜けると、摺動部に油膜が形成されにくくなるため、摺動部の潤滑性が低下し、各部材の耐摩耗性が低下する恐れがある。
【0009】
また、オイルシール部材を焼結金属で形成すると、さらに以下のような不具合が生じる恐れがある。尚、以下の説明では、凸曲面状の底面を有するオイルシール部材(図12参照)について説明するが、凹曲面状の底面を有するオイルシール部材(図9参照)も同様であるため、重複説明は省略する。
【0010】
焼結金属製のオイルシール部材は、金属粉末を圧縮成形して圧粉体を形成した後、この圧粉体を所定の温度で焼結することにより形成される。圧縮成形工程では、図13(a)に示すように、ダイ141と下パンチ142とで形成されたキャビティに金属粉末M’を充填した後、図13(b)に示すように上パンチ143を降下させて金属粉末M’圧縮することにより、圧粉体Mが成形される。この金型では、図14に示すように、下パンチ142で圧粉体Mに凸曲面状の底面M1を成形している。その後、図13(c)に示すように、下パンチ142を上昇させて圧粉体Mをダイ141の成形孔から排出し、この圧粉体Mを水平方向に払い出すことにより、圧粉体Mが金型から取り出される。
【0011】
ところで、圧縮成形工程において、例えば図15に示すように圧粉体Mの凸曲面状の底面M1をダイ141で成形すると、ダイ141の成形面に凹部141aを設ける必要が生じる。このため、圧粉体Mをダイ141の成形孔から排出する際に、ダイ141の凹部141aと圧粉体Mの凸曲面状の底面M1とが型抜き方向(図中上下方向)で係合するため、圧粉体Mをダイ141から排出することができない。
【0012】
また、図16に示すように、圧粉体Mの曲面状の底面M1を上パンチ143で成形すると、図17(a)に示すように、長辺方向両端部に凸部M21を有する天面M2を下パンチ142で成形することとなる。この場合、圧粉体Mを金型から取り出す際、図17(b)に示すように下パンチ142と圧粉体Mの天面M2の凸部M21とが水平方向で係合するため、圧粉体Mを上方に持ち上げて下パンチ142と分離する必要がある。このように、圧粉体Mの離型に手間がかかることにより、オイルシール部材の生産性が低下する。
【0013】
以上の理由から、従来の圧縮成形工程では、図13及び図14に示すように、圧粉体Mの曲面状の底面M1を下パンチ142で成形していた。しかし、この場合、図13(b)に示すように、圧粉体Mの天面M2の凸部M21が図中上方に突出するため、圧粉体Mの長辺方向両端部(凸部M21形成部分)と中央部(平坦部M22形成部分)とで圧縮方向(図中上下方向)の肉厚が異なる。肉厚が相対的に大きい厚肉部x’(図13(b)参照)では、圧縮率が小さくなるため焼結金属の密度が低くなり、肉厚が相対的に小さい薄肉部y’では、圧縮率が大きくなるため焼結金属の密度が高くなる。この場合、長辺方向両端部の厚肉部(低密度部)は強度が相対的に弱くなるため、例えば圧粉体Mを焼結工程に移送する際に低密度部に欠けや割れが生じる恐れがある。また、圧粉体の密度によって焼結時の変形量は異なるため、圧粉体の密度が場所によって異なると、焼結時の変形量にバラツキが生じ、オイルシール部材の寸法精度が低下する恐れがある。
【0014】
従来は、オイルシール部材120の厚肉部X’の肉厚H1’と薄肉部Y’の肉厚H2’との差をできるだけ小さくすることで、厚肉部X’と薄肉部Y’の密度差を小さくしていた(図12(b)参照)。しかし、この場合、オイルシール部材120の天面122の凸部122aと平坦部122bとの段差H3’が小さくなるため、板バネ109(図11(b)参照)の両端を係止しにくくなる。
【0015】
例えば、特許文献2に示されているように圧粉体を一方向に整列させた状態で焼結する方法や、特許文献3に示されているように焼結工程を2段階に分けて行なう方法を採用すれば、圧粉体の損傷や焼結時の寸法精度の低下を抑えることができる。しかし、これらの方法を採用すると工数が増えるため、生産性が低下する。
【0016】
本発明が解決すべき課題は、焼結金属製のオイルシール部材の表面開孔からのオイルの侵入を抑えて、可変バルブタイミング機構の応答性を高めると共に、オイルシール部材及びこれと摺動する部材の耐摩耗性を高めることにある。
【0017】
また、本発明が解決すべき課題は、圧粉体の密度を均一にすることにより、圧粉体の損傷を防止すると共に、焼結時の変形量のバラツキを抑えてオイルシール部材の寸法精度を高めることにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
前記課題を解決するために、本発明は、可変バルブタイミング機構のロータとハウジングとの間に設けられた複数の油圧室を液密的に区画し、焼結金属で細長形状に形成されたオイルシール部材であって、長辺方向両端部に凸部を有する天面と、天面の反対側に設けられ、短辺方向で湾曲した曲面状を成した底面とを備え、底面が、焼結後のサイジングにより曲面状に成形された面であることを特徴とする。
【0019】
また、前記課題を解決するために、本発明は、可変バルブタイミング機構のロータとハウジングとの間に設けられた複数の油圧室を液密的に区画し、焼結金属で細長形状に形成されたオイルシール部材を製造するための方法であって、金属粉末を圧縮成形することにより、長辺方向両端部に凸部を有する天面、及び、該天面の反対側に設けられた平坦な底面を備えた圧粉体を成形する圧縮成形工程と、圧粉体を焼結して焼結体を得る焼結工程と、焼結体の平坦な底面を、短辺方向で湾曲した曲面状に成形するサイジング工程とを経て行なわれるものである。
【0020】
圧縮成形工程では、金属粉末同士が結合されていない状態で金型のキャビティに充填されているため、金属粉末の流動性が比較的高い。このため、圧縮成形工程では、圧縮により金属粉末が流動し、圧粉体の密度が全体的に高まる。これに対し、サイジング工程では、焼結工程を経て金属粉末同士が結合されているため、金属粉末の流動性は非常に低い。このため、サイジング工程で焼結体を成形すると、金型の圧迫力が焼結体の内部まで伝わりにくく、焼結体の表層部分のみが押し潰された状態となる。
【0021】
従って、上記のように、オイルシール部材の底面を、圧縮成形工程ではなく、焼結後のサイジングにより曲面状に成形することで、底面の表層部分が押し潰されて目潰しされた状態となり、底面の表面開孔率を小さくすることができる。これにより、底面からのオイルの侵入を抑えることができるため、油圧室の油圧が高まりやすくなってロータの回転の応答性が高められる。また、オイルシール部材とハウジングあるいはロータとの間に油膜が形成されやすくなるため、摺動部の潤滑性が高められ、各部材の耐摩耗性が高められる。
【0022】
上記のオイルシール部材の底面が短辺方向中央部を頂点とした凸曲面状を成している場合、サイジング時の圧縮率の差により、短辺方向両端部における表面開孔率が短辺方向中央部における表面開孔率よりも小さくなる。一方、オイルシール部材の底面が短辺方向中央部を頂点とした凹曲面状を成している場合、サイジング時の圧縮率の差により、短辺方向中央部における表面開孔率が短辺方向両端部における表面開孔率よりも小さくなる。
【0023】
また、圧縮成形工程での圧粉体の圧縮方向と、サイジング工程での焼結体の圧縮方向を異ならせることで、圧粉体の密度を均一化することができる。具体的には、圧縮成形工程において、圧粉体の底面の短辺方向両側に設けられた一対の平坦な側面を上下パンチで圧縮することにより、圧粉体の圧縮方向の肉厚が一定となるため、圧粉体の圧縮率を均一にして密度を均一化することができる。この場合、圧粉体の底面を平坦に成形することにより、図15で示すような圧縮成形工程におけるダイと圧粉体との干渉の問題を回避できる。そして、その後のサイジング工程において、焼結体の天面及び底面を上下パンチで圧縮することにより、焼結体の平坦な底面を曲面状に成形することができる。
【0024】
ところで、従来のオイルシール部材の製造方法(図13及び図14参照)によると、オイルシール部材の厚肉部の肉厚H1と薄肉部の肉厚H2の肉厚差が大きいと(すなわち、厚肉部と薄肉部の肉厚比H2/H1が小さいと)、圧粉体の厚肉部と薄肉部とで圧縮率の差が大きくなる。このため、表1に示すように、厚肉部と薄肉部の肉厚比H2/H1が0.7未満であると、圧粉体の厚肉部(凸部)を十分な圧縮率で成形することができず、厚肉部が低密度となって強度不足を招くため、成形が困難であった。肉厚比H2/H1を0.7以上0.75未満とすれば、従来の方法でも成形することはできるものの、圧粉体の厚肉部の強度が十分でなく、割れや欠けが生じる恐れがあった。
【0025】
【表1】

【0026】
そこで、本発明に係る方法によれば、オイルシール部材の密度を均一化できるため、表1に示すように、肉厚比H2/H1を0.7未満、さらには0.6未満とした場合でも十分な強度を得ることができる。ただし、肉厚比H2/H1が0.4未満では、薄肉部の肉厚が薄すぎて、圧縮成形工程において圧粉体の薄肉部を成形する金型の製作が極めて困難になるため、実際には成形することができない。また、肉厚比H2/H1を0.5未満とした場合には、使用することはできるが、圧粉体の凸部の突出量(厚肉部と薄肉部の肉厚差)が大きくなるため、凸部に割れや欠けが生じやすくなる。従って、H2/H1は0.4以上、好ましくは0.5以上とするとよい。
【0027】
以上より、オイルシール部材の厚肉部と薄肉部の肉厚比H2/H1、すなわち、天面の凸部と底面との間の距離H1と、天面の凸部の長辺方向間領域と底面との間の距離H2との比H2/H1は、0.4以上0.7未満とすることが好ましい。このように、厚肉部と薄肉部の肉厚比H2/H1を小さくすることにより、天面の凸部の突出量を大きくすることができ、板バネを係止しやすくなる。また、厚肉部と薄肉部の肉厚比H2/H1を小さくするためには、厚肉部の肉厚H1を大きくするか、あるいは、薄肉部の肉厚H2を小さくすることが考えられる。しかし、厚肉部の肉厚H1は、ベーン103やハウジング104に設けられる溝部105a,106a(図11参照)の溝深さにより制限されるため、大きくすることは困難である。従って、薄肉部の肉厚H2を小さくすればよく、これにより、オイルシール部材の小型化及び軽量化が図られる。
【0028】
ところで、オイルシール部材は細長形状を成しているため、サイジング工程の後、サイジング金型からオイルシール部材を取り出すと、スプリングバックによりオイルシール部材20’に図18に示すような反りが生じることがある。この場合、サイジング金型どおりの形状にオイルシール部材20’を仕上げることができないため、オイルシール部材20’の寸法精度が低下する恐れがある。特に、オイルシール部材20’の底面21’に反りが生じると、ハウジングとの接触状態が悪化し、シール性能の低下を招く恐れがある。従って、焼結体の底面を、短辺方向に湾曲し、且つ、長辺方向に直線状である曲面状に成形するサイジング金型の成形面を、長辺方向で湾曲させることにより、サイジングによりオイルシール部材に生じる反りを相殺することが好ましい。
【発明の効果】
【0029】
以上のように、本発明によれば、焼結金属製のオイルシール部材の底面の表面開孔率を小さくすることで、底面からのオイルの侵入が抑えられるため、ロータの回転の応答性が高められると共に、オイルシール部材及びこれと摺動する部材の耐摩耗性が高められる。
【0030】
また、本発明によれば、圧粉体の密度を均一にすることができるため、圧粉体に局部的な脆弱部が形成されないため圧粉体の損傷を防止できると共に、焼結時の変形量のバラツキを抑えてオイルシール部材の寸法精度が高められる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の一実施形態に係るオイルシール部材の(a)平面図、(b)側面図、及び(c)正面図である。
【図2】オイルシール部材とハウジングとの摺動部を示す断面図である。
【図3】オイルシール部材の製造工程を示す図である。
【図4】圧粉体の(a)平面図、(b)側面図、(c)正面図である。
【図5】(a)は圧縮成形金型の長辺方向断面図、(b)は(a)図のB−B線における断面図、(c)は(b)図のC−C線における断面図、(d)は(b)図のD−D線における断面図である。
【図6】圧縮成形金型から圧粉体を離型する様子を示す長辺方向断面図である。
【図7】サイジング金型の短辺方向断面図である。
【図8】サイジング金型の長辺方向断面図である。
【図9】他の実施形態に係るオイルシール部材の(a)平面図、(b)側面図、及び(c)正面図である。
【図10】他の実施形態に係るサイジング金型の短辺方向断面図である。
【図11】(a)は可変バルブタイミング機構のカムシャフト軸方向と直交する方向の断面図であり、(b)は(a)図のX−X線における断面図、(c)は(a)図のY−Y線における断面図である。
【図12】図11(a)のオイルシール部材の(a)平面図、(b)側面図、及び(c)正面図である。
【図13】(a)〜(c)は従来のオイルシール部材の製造方法における圧縮成形金型の長辺方向断面図である。
【図14】図13(b)の圧縮成形金型の短辺方向断面図である。
【図15】他の圧縮成形金型の短辺方向断面図である。
【図16】他の圧縮成形金型の短辺方向断面図である。
【図17】(a)及び(b)は図16の圧縮成形金型の短辺方向断面図である。
【図18】反りが生じたオイルシール部材の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0033】
本発明の一実施形態にかかるオイルシール部材20は、図11に示すオイルシール部材120と同様の箇所、すなわち、可変バルブタイミング機構100のハウジング104とベーン105との間に設けられる。オイルシール部材20は、焼結金属で形成され、例えば銅や鉄、あるいは銅−鉄合金を主成分とした焼結金属で形成される。オイルシール部材20は、図12に示すオイルシール部材120と同様の形状を成し、具体的には図1に示すように、底面21と、底面21の反対側に設けられた天面22と、底面21の短辺方向両側に設けられた一対の平坦な側面23,23と、底面21の長辺方向両側に設けられた一対の平坦な端面24,24とを備える。底面21はハウジング104の内周面と摺動し、端面24はハウジング104の内部側端面と摺動する(図11(b)のオイルシール部材120を参照)。
【0034】
天面22は、長辺方向両端部に設けられた一対の凸部22aと、その長辺方向間領域に設けられた平坦部22bとを有する。これにより、凸部22aの形成領域に、天面22と底面21とが対向する方向(図1(b)の上下方向)の肉厚が相対的に厚い厚肉部Xが設けられ、平坦部22bの形成領域に、同方向の肉厚が相対的に薄い薄肉部Yが設けられる。厚肉部Xの肉厚H1と薄肉部Yの肉厚H2との比H2/H1は、0.4以上0.7未満の範囲内、好ましくは0.5以上0.6未満の範囲内に設定される。オイルシール部材20の軸方向全長寸法Lは15〜30mm程度であり、この軸方向全長寸法Lと厚肉部Xの肉厚H1との比L/H1は、5〜10の範囲内、好ましくは6〜8の範囲内とされる。一対の凸部22aの長辺方向間には板バネ109(図11(b)参照)が装着され、板バネ109の両端が一対の凸部22aで係止される。凸部22aの長辺方向外側には、面取り部25が設けられる。尚、面取り部25は、省略したり図示よりも小さくしたりすることもできる。
【0035】
底面21は、図1(c)に示すように、短辺方向で円弧状に湾曲した凸曲面状に形成され、本実施形態では、短辺方向中央部を頂点とした凸円筒面状に形成される。オイルシール部材20の底面21は、図2に示すように、ハウジング104の内周面104aと接触する。このため、オイルシール部材20による密閉性を高めるためには、オイルシール部材20の底面21の曲率とハウジング104の内周面104aの曲率とを完全に一致させ、これらの面を面接触させることが理想的である。しかし、これらの面の曲率を完全に一致させることは現実的には不可能であるため、オイルシール部材20の底面21の曲率を、ハウジング104の内周面104aの曲率よりも僅かに大きくし(曲率半径を僅かに小さくし)、これらの面を面接触に近い線接触状態としている。これにより、底面21の短辺方向中央部21aがハウジング104の内周面104aと線接触し(接触部をPで示す)、底面21の短辺方向両端部21bがハウジング104の内周面と隙間を介して対向している。これにより、底面21とハウジング104の内周面104aとの間には、接触部Pへ向けて先細り形状を成した隙間Qが形成され、この隙間Q及び接触部Pに油膜が形成される。
【0036】
オイルシール部材20の底面21は、サイジングにより凸曲面状に成形された面である。このため、底面21の表面は目潰しされた状態となっており、表面開孔率が、例えば天面22の表面開孔率よりも小さくなっている。中でも底面21の短辺方向両端部21bは、サイジングによる圧縮率が高いため表面開孔率が特に小さく、底面21の短辺方向中央部21aよりも表面開孔率が小さい。
【0037】
このように、底面21の表面開孔率が小さいことにより、各油圧室のオイルが底面21からオイルシール部材20の内部に侵入しにくくなるため、各油圧室に油圧を供給したときのロータ103(図10参照)の回転の応答性が高められる。また、底面21の表面開孔率が小さいことにより、オイルシール部材20とハウジング104との摺動部(接触部P及び隙間Q)のオイルがオイルシール部材20の内部に抜けにくい。このため、摺動部に油膜が形成された状態を維持して潤滑性を高めることができるため、オイルシール部材20及びハウジング104の耐摩耗性が高められる。
【0038】
以下、上記構成のオイルシール部材20の製造方法を説明する。オイルシール部材20は、図3に示すように、金属粉末を圧縮成形して圧粉体30を成形する圧縮成形工程、圧粉体30を焼結して焼結体40を得る焼結工程、及び、焼結体40を所定寸法にサイジングするサイジング工程を経て製造される。
【0039】
圧縮成形工程で成形される圧粉体30は、図4に示すように、底面31が平坦面となっている。この他、圧粉体30は、凸部32a及び平坦部32bを有する天面32と、側面33と、端面34と、面取り部35とを有するが、これらの面の形状は、焼結工程やサイジング工程による若干の寸法変化を除き、図1に示すオイルシール部材20と同様であるため、詳細な説明は省略する。
【0040】
圧縮成形工程では、図5(a)に示すように、ダイ51の成形孔51a及び下パンチ52の成形面52aで形成されたキャビティに金属粉末を充填し、上パンチ53を降下させて金属粉末を圧縮することにより、圧粉体30が成形される。この金型では、上パンチ53及び下パンチ52で圧粉体30の一対の平坦な側面33,33が圧縮成形され、これと同時に、ダイ51の成形孔51aで圧粉体30の底面31、天面32、端面34、及び面取り部35が成形される(図5(b)参照)。ダイ51の成形孔51aの内面(成形面)は全て圧縮方向と平行な平坦面であり、このため圧粉体30の底面31、天面32、端面34、及び面取り部35は平坦に成形される(図4参照)。
【0041】
このように、圧粉体30の一対の平坦な側面33,33を上パンチ53及び下パンチ52で圧縮して成形することで、圧粉体30の圧縮方向の肉厚を一定にすることができる。具体的には、図5(a),(c),及び(d)の何れの圧縮方向断面においても、圧粉体30の肉厚が一定となっている。このため、圧粉体30の圧縮率が全域で一定となり、密度を均一にすることができる。これにより、圧粉体30の密度が均一となり、圧粉体30に局部的な低密度部(すなわち脆弱部)が形成されることがないため、焼結工程への移送時等に圧粉体30が損傷する事態を防止できる。
【0042】
また、圧粉体30の密度が一定となることで、圧粉体30の厚肉部xの肉厚h1に対して薄肉部yの肉厚h2を小さくすることで、凸部32aと平坦部32bとの間の段差h3を大きくすることができる(図4(b)参照)。従って、オイルシール部材20の厚肉部Xの肉厚H1に対して薄肉部Yの肉厚H2を小さくして、凸部22aと平坦部22bとの間の段差H3を大きくすることができ(図1(b)参照)、これにより板バネ109(図11(b)参照)を係止しやすくなる。また、薄肉部Yの肉厚H2を小さくすることで、オイルシール部材20の小型化及び軽量化が図られる。
【0043】
その後、図6に示すように、上パンチ53及び下パンチ52を圧粉体30と共に上昇させ、ダイ51の成形孔51aから圧粉体30を排出する。このとき、ダイ51の成形孔51a、及び成形孔51aで成形された圧粉体30の底面31等が、何れも圧縮方向(すなわち型抜き方向)と平行な平坦面であるため、ダイ51と圧粉体30とが型抜き方向で係合することはない。その後、下パンチ52の上に載置された圧粉体30を水平方向に払い出すことにより、圧粉体30を簡単に離型することができる。このとき、下パンチ52の平坦な成形面52aで圧粉体30の平坦な側面33が成形されているため、これらの面が水平方向で係合することはない。
【0044】
焼結工程では、圧粉成形工程から移送された圧粉体30を所定の温度で焼結することにより、圧粉体30の金属粉末同士を結合し、焼結体40が得られる。焼結体40は、圧粉体30とほぼ同一形状であるため、詳細な説明は省略する。この焼結工程における加熱により圧粉体30に寸法変化が生じるが、上記のように圧粉体30の密度が均一であるため、焼結時の変形量が均一となり、圧粉体30を焼結して焼結体40を形成する際の寸法精度の低下(特に形状変化)を抑えることができる。
【0045】
サイジング工程では、圧縮成形工程における圧粉体30の圧縮方向とは異なる方向で、焼結体40を圧縮する。具体的には、図7に示すように、ダイ61の成形孔61aの内周に配した焼結体40(点線で示す)の底面41及び天面42を、上パンチ62及び下パンチ63で上下から圧縮する。下パンチ63の成形面63aの形状は、短辺方向中央部をへこませた凹曲面状を成しており、この成形面63aを焼結体40に押し付けることで、オイルシール部材20の凸曲面状の底面21が成形される。尚、サイジング工程は、焼結体40を図7に示す方向と上下反転させた状態、すなわち、焼結体40の天面42を下向きにした状態で行うこともできる。この場合、サイジング工程の後、焼結体40の天面42の凸部と下パンチとが水平方向で係合するが、サイジングが施された後の焼結体40は強度及び硬度が非常に高いため、例えばエアを吹き付けて飛ばすことにより簡単に離型することができる。
【0046】
このサイジング工程により、焼結体40の表層部分が押し潰され、オイルシール部材20の表面開孔率が小さくなる。特に、平坦面(焼結体40の底面41)から曲面状に成形されるオイルシール部材20の底面21は、サイジング工程による変形量(圧縮率)が大きいため、表面開孔率が小さくなる。中でも、底面21の短辺方向両端部は、変形量が特に大きいため、短辺方向中央部と比べて表面開孔率が小さくなる。一般に、焼結金属の表面において、表面開孔率が小さい部分は、表面開孔率が大きい部分と比べて光沢がある。従って、本実施形態のオイルシール部材20の底面21は、短辺方向両端部が中央部よりも光沢がある。換言すれば、底面21の短辺方向両端部と中央部とで光沢差が生じている場合は、この面がサイジングにより曲面状に成形されたものと推定することができる。
【0047】
尚、オイルシール部材20の側面23及び端面24は、サイジング工程においてダイ61の成形孔61aに押し付けられた状態で摺動するため、表面開孔率がオイルシール部材20の表面のうちで最も小さくなっている。従って、オイルシール部材20の表面開孔率は、(1)側面23及び端面24、(2)底面21の幅方向両端部、(3)底面21の幅方向中央部、天面22、及び、面取り部25の順で大きくなっている。
【0048】
サイジング金型の下パンチ63の成形面63aは、図8に誇張して示すように、長辺方向中央部を上方に膨らませた湾曲形状となっている。これは、サイジング金型から取り出したときのスプリングバックによりオイルシール部材20に生じる反り(図18参照)を相殺するために設けられるものである。これにより、金型から取り出されたオイルシール部材20の底面21は、長辺方向で直線状とすることができる。尚、オイルシール部材20の天面22に反りが生じることもあるが、天面22はハウジングと摺動する底面21と比べると要求される面精度が低いため、僅かな反りは許容される。従って、図8に示すように、オイルシール部材20の反りを相殺するための湾曲形状は、少なくとも下パンチ63の成形面63aに設けておけばよい。もちろん、上パンチ62の成形面62aも、天面22の反りを相殺するような湾曲形状としてもよい。
【0049】
本発明は上記の実施形態に限られない。以下、本発明の他の実施形態を説明するが、上記の実施形態と同様の機能の箇所には、同一の符号を付して重複説明を省略する。
【0050】
上記の実施形態では、ロータ103のベーン105の溝部105aに嵌合し、ハウジング104の内周面と摺動するオイルシール部材20(図11(a)のオイルシール部材120に相当)を示したが、これに限らず、ハウジング104のティース106の溝部106aに設けられ、ロータ103の外周面と摺動するオイルシール部材(図11(a)のオイルシール部材130に相当)に本発明を適用することもできる。この場合、オイルシール部材20の底面21は、上記の実施形態と同様に凸曲面状に成形してもよいし、あるいは図9に示すように、短辺方向中央部をへこませた凹曲面状に成形してもよい。
【0051】
図9に示すオイルシール部材20の凹曲面状の底面21を成形するサイジング金型は、図10に示すように、下パンチ63の成形面63aが短辺方向中央部を上方に膨らませた凸曲面状とされる。この場合、焼結体40(点線で示す)の平坦な底面41が下パンチ63の成形面63aで圧迫され、凹曲面状の底面21が成形される。このとき、底面21の短辺方向中央部は圧縮量が大きいため、短辺方向両端部と比べて相対的に表面開孔率が小さくなる。従って、底面21の短辺方向中央部とロータ103(図11参照)との間にオイルを留めておくことができ、潤滑性が高められる。また、底面21の短辺方向中央部は圧縮量が大きいため、短辺方向両端部と比べて相対的に密度が高くなっており、これにより強度が高められる。以上のように、オイルシール部材130では、ロータ103の外周面と主に接触摺動する底面21の短辺方向中央部において、潤滑性及び強度が高められるため、耐摩耗性を特に高めることができる。
【0052】
また、上記の実施形態では、オイルシール部材20が、ロータ103の各ベーン105の先端面の円周方向中央部(図11(a)のオイルシール部材120の位置)、あるいは、ハウジング104の各ティース106の先端面の円周方向中央部(図11(a)のオイルシール部材130の位置)に設けられているが、これに限らず、ベーン105あるいはティース106の先端面のうち、円周方向中央部からオフセットした位置にオイルシール部材20を設けても良い。
【0053】
また、上記の実施形態では、図11(a)に示すように、ロータ103のベーン105の溝部105aに嵌合させたオイルシール部材20(図11(a)ではオイルシール部材120)を、ハウジング104の内周面に接触摺動させているが、これとは逆に、ハウジング104の内周面に溝部を設け、この溝部に嵌合させたオイルシール部材20の底面21をベーン105の外径面に接触摺動させてもよい。この場合、オイルシール部材20の底面21は凸曲面状あるいは凹曲面状に形成される。同様に、上記の実施形態では、ハウジング104のティース106の溝部106aに嵌合させたオイルシール部材20(図11(a)ではオイルシール部材130)をロータ103の外周面に接触摺動させているが、これとは逆に、ロータ103の外周面に溝部を設け、この溝部に嵌合させたオイルシール部材20をティース106の内径面に接触摺動させてもよい。
【符号の説明】
【0054】
20 オイルシール部材
21 底面
22 天面
23 側面
24 端面
30 圧粉体
31 底面
32 天面
33 側面
34 端面
40 焼結体
41 底面
42 天面
51 ダイ
52 下パンチ
53 上パンチ
61 ダイ
62 上パンチ
63 下パンチ
100 可変バルブタイミング機構
103 ロータ
104 ハウジング
105 ベーン
106 ティース
107,108 油圧室
109,110 板バネ
S カムシャフト
X 厚肉部
Y 薄肉部
1 厚肉部の肉厚
2 薄肉部の肉厚
L オイルシール部材の軸方向全長寸法

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可変バルブタイミング機構のロータとハウジングとの間に設けられた複数の油圧室を液密的に区画し、焼結金属で細長形状に形成されたオイルシール部材であって、
長辺方向両端部に凸部を有する天面と、天面の反対側に設けられ、短辺方向で湾曲した曲面状を成した底面とを備え、
前記底面が、焼結後のサイジングにより曲面状に成形された面であることを特徴とするオイルシール部材。
【請求項2】
前記底面が、短辺方向中央部を頂点とした凸曲面状を成した請求項1記載のオイルシール部材。
【請求項3】
前記底面の短辺方向両端部おける表面開孔率が、前記底面の短辺方向中央部における表面開孔率よりも小さい請求項2記載のオイルシール部材。
【請求項4】
前記底面が、短辺方向中央部を頂点とした凹曲面状を成した請求項1記載のオイルシール部材。
【請求項5】
前記底面の短辺方向中央部における表面開孔率が、前記底面の短辺方向両端部における表面開孔率よりも小さい請求項4記載のオイルシール部材。
【請求項6】
前記天面の凸部と前記底面との距離H1と、前記天面の凸部の長辺方向間領域と前記底面の距離H2との比H2/H1が0.4以上0.7未満である請求項1〜5の何れかに記載のオイルシール部材。
【請求項7】
前記凸部と前記底面との距離H1と長辺方向全長寸法Lとの比L/H1が5〜10の範囲内である請求項1〜6の何れかに記載のオイルシール部材。
【請求項8】
前記底面が円筒面である請求項1〜7の何れかに記載のオイルシール部材。
【請求項9】
前記底面が前記ハウジングの内周面と摺動する請求項1〜8の何れかに記載のオイルシール部材。
【請求項10】
前記底面が前記ロータの外周面と摺動する請求項1〜8の何れかに記載のオイルシール部材。
【請求項11】
請求項1〜10の何れかに記載のオイルシール部材と、カムシャフトに取り付けられるロータと、ロータを回転可能に収容したハウジングとを備えた可変バルブタイミング機構。
【請求項12】
可変バルブタイミング機構のロータとハウジングとの間に設けられた複数の油圧室を液密的に区画し、焼結金属で細長形状に形成されたオイルシール部材を製造するための方法であって、
金属粉末を圧縮成形することにより、長辺方向両端部に凸部を有する天面、及び、該天面の反対側に設けられた平坦な底面を備えた圧粉体を成形する圧縮成形工程と、前記圧粉体を焼結して焼結体を得る焼結工程と、前記焼結体の平坦な底面を、短辺方向で湾曲した曲面状に成形するサイジング工程とを経て行なわれるオイルシール部材の製造方法。
【請求項13】
圧縮成形工程における圧粉体の圧縮方向と、サイジング工程における焼結体の圧縮方向が異なる請求項12記載のオイルシール部材の製造方法。
【請求項14】
圧縮成形工程において、圧粉体の底面の短辺方向両側に設けられた一対の平坦な側面を上下パンチで圧縮し、サイジング工程において、焼結体の天面及び底面を上下パンチで圧縮する請求項13記載のオイルシール部材の製造方法。
【請求項15】
サイジング工程において、前記焼結体の平坦な底面を下パンチまたは上パンチで圧縮することにより曲面状に成形する請求項14記載のオイルシール部材の製造方法。
【請求項16】
前記焼結体の底面を、短辺方向で湾曲し、且つ、長辺方向で直線状である曲面状に成形するサイジング金型の成形面を、長辺方向で湾曲させた請求項12〜15の何れかに記載のオイルシール部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2011−226470(P2011−226470A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−67984(P2011−67984)
【出願日】平成23年3月25日(2011.3.25)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】