説明

カップリング

【課題】ヒステリシスを軽微にし、トルク伝達特性を精密に制御する。
【解決手段】トルク伝達部材11,9の間でトルクを伝達するメインクラッチ13と、操作手段19によって断続操作されるパイロットクラッチ15と、パイロットクラッチ15が連結されると伝達トルクを受けて作動し、そのカムスラスト力により押圧系21を介してメインクラッチ13を押圧し連結させる連結機構17とを備え、メインクラッチ13をパイロットクラッチ15の径方向外側に配置すると共に、押圧系21の各部材を互いに位置決めして押圧方向に一体となって移動するようにしたことにより、メインクラッチ13を断続操作する際に発生する摺動部をメインクラッチ13側に限定した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の動力伝達系などに用いられるカップリングに関する。
【背景技術】
【0002】
「ガイア新型車解説書 0ー22頁、トヨタ自動車株式会社 編集、同サービス部 発行、1998年 5月 29日」に図4のような電磁式のカップリング301が記載されている。
【0003】
カップリング301は4輪駆動車の後輪側動力伝達系に配置されており、回転ケース303、ハブ305、多板式のメインクラッチ307及びパイロットクラッチ309、アーマチャ311、電磁石313、カムリング315、ボールカム317、押圧部材319、コントローラなどから構成されている。
【0004】
回転ケース303はプロペラシャフトを介してトランスファからトランスミッション側に連結されている。また、ハブ305にはドライブピニオンシャフト321がスプライン連結されており、ドライブピニオンシャフト321に一体形成されたドライブピニオンギヤ323はリヤデフ(エンジンの駆動力を左右の後輪に配分するデファレンシャル装置)側のリングギヤと噛み合っている。
【0005】
メインクラッチ307は回転ケース303とハブ305との間に配置されており、パイロットクラッチ309は回転ケース303とカムリング315との間に配置されている。
【0006】
ボールカム317はカムリング315と押圧部材319との間に設けられており、押圧部材319はスプライン部325によってハブ305に連結されている。
【0007】
回転ケース303にはオイルが充填されており、メインクラッチ307とパイロットクラッチ309はこのオイルに浸されて湿式クラッチになっている。
【0008】
コントローラは、電磁石313の励磁、励磁電流の制御、励磁停止などを行う。
【0009】
電磁石313が励磁されると、アーマチャ311が吸引されてパイロットクラッチ309が押圧され、パイロットクラッチ309が締結されると、回転ケース303とハブ305の間の伝達トルクがボールカム317に掛かり、生じたカムスラスト力により押圧部材319を介してメインクラッチ307が押圧され締結される。
【0010】
カップリング301が連結されると、エンジンの駆動力が後輪に送られて車両は4輪駆動状態になり、悪路走破性、発進性、加速性、車体の安定性などが向上する。
【0011】
電磁石313の励磁電流を制御すると、パイロットクラッチ309の滑りによってボールカム317のカムスラスト力が変わり、メインクラッチ307の連結力が変化して後輪に送られる駆動力が調整される。
【0012】
このように、電磁石313の電流値制御によって伝達トルクを調整することが可能であり、上記の悪路走破性、発進性、加速性、車体の安定性などをさらに向上させることができる。
【0013】
また、電磁石313の励磁を停止すると、パイロットクラッチ309が開放されてボールカム317のカムスラスト力が消失し、メインクラッチ307が開放されてカップリング301の連結が解除され、車両は2輪駆動状態になる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかし、カップリング301では、多板式のパイロットクラッチ309が湿式であるから、連結を解除するときに電磁石313の励磁を停止しても、オイルの粘性によってドラグトルク(引き摺りトルク)が生じてしまう。
【0015】
このようにドラグトルクが生じると、このドラグトルクによりボールカム317に伝達トルクが入力してカムスラスト力が発生してしまうから、メインクラッチ307(カップリング301)に連結力が残留してしまい、連結を完全には解除できないという問題があった。
【0016】
カップリング301の連結を解除できないと、後輪を切り離して車両を2輪駆動状態にしようとしていても、完全に後輪側を切り離すことができておらず、走行抵抗となってエンジンの燃費が低下すると共に、車両の旋回性、回頭性などで意図した性能が得られないことがある。
【0017】
また、カップリング301をエンジンと変速機構との間に配置して発進クラッチにする場合は、連結解除操作しても発進クラッチの連結が完全には解除されないから、信号などで停車したときに車体が前方に這い出すクリープ現象が発生する。
【0018】
また、発進クラッチでトルクが完全に遮断されないと、変速機構では円滑な変速が難しくなると共に、シンクロ機構の容量をそれだけ大きくしなければならなくなる。
【0019】
そこで、従来はこのようなドラグトルクに起因するメインクラッチの連結を解除するために、押圧部材をメインクラッチの連結解除方向に付勢するリターンスプリングが用いられているものが知られていた。
【0020】
しかし、このようにリターンスプリングを用いると、メインクラッチを連結しようとした際、後述する図3に示すように、メインクラッチの押圧力はリターンスプリングの付勢力をキャンセルする必要があり、それだけ強化しなければならなかった。
【0021】
図3はカップリング301のような構成の装置で電磁石の励磁電流値(I)を変えたときに生じる伝達トルク(T)の変化を示し、破線のグラフ201はリターンスプリングを用いない場合の特性であり、実線のグラフ203はリターンスプリングを用いたときの特性である。
【0022】
このように、所望の伝達トルク(T)を得るためには、リターンスプリングによる押圧力の低下分だけボールカム317のカムスラスト力を大きくする必要があり、そのためには励磁電流値(I)を増やさなければならない。
【0023】
また、オイルの粘度によって発生するドラグトルクはオイルの温度が下がる程大きくなるから、リターンスプリングの強さは、ドラグトルクの最も大きいときに合わせて設定する必要がある。
【0024】
しかし、リターンスプリングを強力にすると、それに対抗するためにボールカム317と電磁石313の容量を大きくする必要が生じるから、カップリング301が全体的に大型化、重量化して車載性が低下し、コストが上昇すると共に、電磁石313の大型化によりバッテリの負担が大きくなってエンジンの燃費が低下するという問題があった。
【0025】
その上、ボールカム317を大型にすると、ドラグトルクによるメインクラッチ307の押圧力が大きくなるから、リターンスプリングをさらに強くしなければならない。
【0026】
そこで、本発明は、パイロットクラッチを介して入力する伝達トルクを変換手段によって押圧力に変換しメインクラッチを押圧するように構成された構造において、パイロットクラッチのドラグトルクに起因するメインクラッチの押圧力をキャンセルすることのできるカップリングの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0027】
請求項1に記載のカップリングは、入力側と出力側の各トルク伝達部材と、これら両トルク伝達部材の間でトルクを伝達するメインクラッチと、操作手段によって断続操作されるパイロットクラッチと、パイロットクラッチが連結されると伝達トルクを受けて作動し、伝達トルクにより発生した変換力により押圧系を介してメインクラッチを押圧し連結させる連結機構とを備えたカップリングであって、メインクラッチをパイロットクラッチの径方向外側に配置すると共に、前記押圧系を押圧方向に一体となって移動する複数の部材で構成し、メインクラッチを断続操作する際、伝達トルクを受けながら摺動する主摺動部をメインクラッチ側に限定したことを特徴とする。
【0028】
請求項2に記載のカップリングは、請求項1に記載の発明であって、前記メインクラッチとパイロットクラッチとを径方向にラップ配置したことを特徴とする。
【0029】
請求項3に記載のカップリングは、請求項1または請求項2に記載の発明であって、メインクラッチとパイロットクラッチが多板クラッチであり、これらメインクラッチとパイロットクラッチの各アウタプレートが連結された径方向外側部材を一側のトルク伝達部材に軸方向に移動可能に係止すると共に、メインクラッチのインナープレートに係止される径方向内側部材を連結機構の一側部材に固定して、前記押圧系を、前記径方向外側部材と、パイロットクラッチ部と、連結機構の他側部材とで構成し、前記主摺動部を、径方向外側部材と一側のトルク伝達部材との間、径方向外側部材と各アウタプレートの間、及び径方向内側部材と各インナープレートの間に限定したことを特徴とする。
【0030】
請求項4に記載のカップリングは、請求項3に記載の発明であって、連結機構が作動しても押圧系である前記径方向外側部材と、パイロットクラッチ部と、連結機構の他側部材との間の相対位置関係が変化しないことを特徴とする。
【0031】
請求項5に記載のカップリングは、請求項1〜4の何れか一項に記載の発明であって、パイロットクラッチの操作手段が電磁石であることを特徴とする。
【0032】
請求項6に記載のカップリングは、請求項5に記載の発明であって、前記電磁石は、前記径方向外側部材に連結されたロータに軸受けを介して非回転状態で取り付けたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0033】
本発明のカップリングは、断続操作する際の摺動部が大径のメインクラッチ側に限定され、ヒステリシスが軽微であるから、トルク伝達特性を精密に制御可能であり、悪路走破性、発進性、加速性、車体の安定性などを大幅に向上させることができる。
【0034】
また、各部材の経時変化に応じてトルク伝達特性を正確に補正できるから、長期にわたって安定したトルク伝達特性を得ることができる。
【0035】
また、トルクセンサを用いて伝達トルクを検知するシステムを用いる必要がなく、これに伴う構造の複雑化とコストアップなどが避けることができる。
【0036】
また、メインクラッチをパイロットクラッチの径方向外側に配置したことにより、大きなトルク伝達容量を得ることができると共に、それだけ軸方向コンパクトに構成することが可能であり、周辺部材との干渉が防止され、レイアウト上の自由度が大きくなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
図1と図2によって発進クラッチ(カップリング)1(一実施形態)の説明をする。なお、左右の方向は各図での左右の方向であり、符号を与えていない部材等は図示されていない。
【0038】
発進クラッチ1は車両の動力伝達装置3に用いられており、図1はこれらの発進クラッチ1と動力伝達装置3を示している。また、発進クラッチ1の右側にはエンジンが配置され、左側には自動変速機(AT)が配置されている。
【0039】
動力伝達装置3は、エンジンのクランク軸に連結された入力軸5、ダンパ7、発進クラッチ1、自動変速機側に連結された連結軸9(出力側のトルク伝達部材)などから構成されている。
【0040】
発進クラッチ1は、クラッチハウジング11(入力側のトルク伝達部材:押圧部材)、多板式のメインクラッチ13及びパイロットクラッチ15、ボールカム17(変換手段)、電磁石19(操作手段)、メインクラッチ13の押圧系21、フィン23,25(キャンセル機構:凸部)、コントローラなどから構成されている。
【0041】
入力軸5にはフランジ部材27がボルト29で固定されており、フランジ部材27にはスプリング31を介してリング33が連結され、ダンパ7が構成されている。
【0042】
リング33はスプライン部35によって発進クラッチ1のクラッチハウジング11と軸方向移動自在に連結されており、ダンパ7はスプリング31のダンパ機能によってエンジンの回転数変動と振動を吸収し、これらの回転数変動と振動を発進クラッチ1から遮断する。
【0043】
動力伝達装置3を収容するケーシングには隔壁部材37によって隔室39が形成されている。この隔室39にはオイルが満たされており、発進クラッチ1はこの隔室39に収容され、オイル中に浸されている。また、隔壁部材37とクラッチハウジング11との間にはシール41が配置され、隔室39のオイルとダンパ7側オイルとの混ざり合いを防止している。
【0044】
クラッチハウジング11には支持部材43が溶接されており、この支持部材43は入力軸5に形成された支持孔45に回転自在に係合し、クラッチハウジング11を支持している。
【0045】
メインクラッチ13は、3枚のアウタープレート47と1枚のアウタープレート49及び4枚のインナープレート51からなり、クラッチハウジング11とクラッチハブ53との間に配置されている。各アウタープレート47,49はクラッチハウジング11の内周に形成されたスプライン部55に軸方向移動自在に連結〔係止〕され、インナープレート51はクラッチハブ53の外周に形成されたスプライン部57に軸方向移動自在に連結〔係止〕されている。
【0046】
また、アウタープレート47の右側に配置されたアウタープレート49は、クラッチハウジング11に取り付けられたスナップリング59によって位置決めされており、下記のように、メインクラッチ13の押圧部材を兼ねている。
【0047】
クラッチハブ53の左端側にはメインクラッチ13の受圧部61が形成されている。クラッチハブ53はスプライン部63で連結軸9に連結されており、連結軸9に取り付けられたスナップリング65によって右方への移動を止められている。また、クラッチハブ53はボ−ルベアリング67によって上記の支持部材43に回転自在に支承されている。
【0048】
クラッチハウジング11にはメインクラッチ13とクラッチハブ53を軸方向側面と径方向内側から囲む延長部69が設けられている。
【0049】
パイロットクラッチ15は、複数枚のアウタープレート71とインナープレート73からなり、クラッチハウジング11の延長部69とボールカム17のカムリング75との間に配置されている。アウタープレート71は延長部69の内周に形成されたスプライン部77に軸方向移動自在に連結され、インナープレート73はカムリング75の外周に形成されたスプライン部79に軸方向移動自在に連結されている。
【0050】
パイロットクラッチ15の右側にはアーマチャ81が配置されている。アーマチャ81は延長部69のスプライン部77に軸方向移動自在に連結され、延長部69に取り付けられたスナップリング83によって位置決めされている。
【0051】
パイロットクラッチ15の左側にはロータ85が配置されている。このロータ85は外周部を延長部69のスプライン部87に連結されており、延長部69に取り付けられたスナップリング89によって位置決めされ、クラッチハウジング11と一体に左方向へ移動するようにされている。また、ロータ85の内周部はニードルベアリング91によって中空のハブ93上に支承されている。
【0052】
連結軸9はこのハブ93を貫通しており、すべり軸受95を介してハブ93に支承されている。
【0053】
発進クラッチ1と自動変速機との間にはトロコイド式のオイルポンプが配置されており、ロータ85はその内側歯車と軸方向相対移動自在に噛み合い、エンジンの駆動力によってオイルポンプを回転駆動する。
【0054】
ボールカム17は、クラッチハブ53とカムリング75との間に配置されている。カムリング75とロータ85との間には、ボールカム17のカムスラスト力をロータ85に伝達すると共に、カムリング75とロータ85との相対回転を吸収するスラストベアリング97が配置されている。
【0055】
電磁石19は、ロータ85に設けられた凹部に所定のエアギャップを介して配置されており、連結部材99を上記オイルポンプのポンプケーシングに係合して回り止めされると共に、ボ−ルベアリング101によってロータ85上に支承されている。また、リード線103は車載のバッテリに接続されている。
【0056】
また、ロータ85には径方向の外側と内側とを分断して非磁性材料のリング105が配置され、内外周を溶接されており、磁力の短絡を防止している。
【0057】
上記のように、クラッチハブ53はスナップリング65によって右方へ移動できないようにされているから、ボールカム17のカムスラスト力は、カムリング75、スラストベアリング97、ロータ85、スナップリング89を介してクラッチハウジング11を左に移動させる。
【0058】
メインクラッチ13の押圧系21は、これらのカムリング75、スラストベアリング97、ロータ85、スナップリング89、クラッチハウジング11にスナップリング59とアウタープレート49を加えて構成されている。
【0059】
フィン23,25は、クラッチハウジング11の軸方向側壁部107にそれぞれ複数個設けられている。各フィン23は側壁部107の最外側に周方向等間隔に配置され、各フィン25は、フィン23より径方向の内側で、周方向等間隔に配置されている。
【0060】
各フィン23,25は側壁部107を右側から打ち抜いて形成されており、図2のように、発進クラッチ1(クラッチハウジング11)の回転によるオイルの流れ方向に沿った傾斜面109を持っている。
【0061】
コントローラは、電磁石19の励磁、励磁電流の制御、励磁停止などを行う。
【0062】
電磁石19が励磁されると、アーマチャ81が吸引されてパイロットクラッチ15が締結され、パイロットクラッチ15によってエンジン側に連結されたカムリング75と連結軸9側クラッチハブ53の間のボールカム17にエンジンのトルクが掛かり、発生したカムスラスト力によって押圧系21が左に移動する。
【0063】
押圧系21(クラッチハウジング11)が左に移動するとクラッチハウジング11に取り付けられたスナップリング59(アウタープレート49)とクラッチハブ53の受圧部61との間でメインクラッチ13が押圧され締結される。
【0064】
こうして、発進クラッチ1が連結されると、エンジンの駆動力が発進クラッチ1から自動変速機を介して車輪側に伝達され、車両が発進可能になる。
【0065】
なお、メインクラッチ13が締結されるとき、カムリング75とロータ85の相対回転はスラストベアリング97によって吸収され、ロータ85とクラッチハウジング11の摺動はスナップリング89によって防止されるから、伝達トルクを受けながら摺動する部分が大径のメインクラッチ13の内部に限定され、ヒステリシスが極めて微弱になる。
【0066】
電磁石19の励磁電流を制御してアーマチャ81の吸引力を調整すると、パイロットクラッチ15に滑りが生じてボールカム17のカムスラスト力が変わり、メインクラッチ13(発進クラッチ1)の伝達トルクが変化するから、車輪に送られるエンジンの駆動力を調整することができる。
【0067】
また、変速時は電磁石19の励磁を停止する。
【0068】
電磁石19の励磁を停止すると、パイロットクラッチ15が開放されてボールカム17のカムスラスト力が消失し、メインクラッチ13が開放されて発進クラッチ1の連結が解除され、変速が容易になる。
【0069】
このとき、エンジン側に連結されたクラッチハウジング11の回転に伴って、図2のように、各フィン23,25の傾斜面109にオイルが衝突し、クラッチハウジング11(押圧系21)は右方向(メインクラッチ13の押圧力と反対方向)の反力111を受ける。
【0070】
発進クラッチ1を連結解除操作(電磁石19の励磁停止)したときに、湿式の多板クラッチであるパイロットクラッチ15にドラグトルクが生じると、ボールカム17に伝達トルクが入力し続けてカムスラスト力が残留し、残留したカムスラスト力によって押圧系21が左方に押圧されるから、メインクラッチ13の連結を完全には解除することができない。
【0071】
しかし、このような場合でも、押圧系21を右方に押圧する上記の反力111が、ドラグトルクによるメインクラッチ13の押圧力をキャンセルし、メインクラッチ13(発進クラッチ1)の連結を完全に解除させる。
【0072】
また、オイルの粘度は温度が下がる程高くなってドラグトルクが大きくなるが、オイルと衝突して発生するファン23,25のキャンセル力はオイルの温度が下がる程大きくなるから、ドラグトルクによるメインクラッチ13の押圧力はオイルの温度変化に伴ってドラグトルクが変動しても、常に効果的に相殺される。
【0073】
クラッチハウジング11が車輪側(自動変速機側)のトルク伝達部材(連結軸9)に連結されていると、ドラグトルクによってメインクラッチ13の連結を解除できない状態であっても、メインクラッチ13に生じる滑りによってクラッチハウジング11の回転速度(フィン23,25とオイルとの相対回転速度)が下がり、キャンセル機能が低下するが、発進クラッチ1ではクラッチハウジング11をエンジン側に連結したことにより、フィン23,25が常にエンジン側の回転速度でオイルと接触するから、キャンセル機能が最大に保たれる。
【0074】
また、連結軸9には軸方向の油路113とこれと連通する径方向の油路115が数本設けられており、連結軸9の右端には油路113からのオイル漏れを防止するカバー117が装着されている。
【0075】
また、カムリング75にはパイロットクラッチ15に連通する油路119が設けられ、クラッチハブ53にはメインクラッチ13に連通する油路121,121が設けられ、クラッチハウジング11にはメインクラッチ13からオイルを排出する油路123,123が設けられている。
【0076】
オイルポンプの油圧は自動変速機の変速操作に供される他に、オイルポンプで加圧されたオイルは油路113,115に供給され、その圧力と遠心力とによって油路115から吐き出され、すべり軸受95、ニードルベアリング91、スラストベアリング97、ボールカム17、ボ−ルベアリング67、パイロットクラッチ15、メインクラッチ13などに与えられ、これらを充分に潤滑・冷却し、耐久性を大きく向上させる。
【0077】
このとき、油路119,121はそれぞれパイロットクラッチ15とメインクラッチ13への供給オイル量を増やし、油路123はメインクラッチ13からクラッチハウジング11の外部にオイルを排出させてオイルの循環を促進し、潤滑・冷却効果を高めている。
【0078】
こうして、発進クラッチ1が構成されている。
【0079】
この発進クラッチ1は、上記のように、連結解除操作したとき、パイロットクラッチ15にドラグトルクが生じても、フィン23,25に掛かるオイルの反力によってメインクラッチ13の押圧力がキャンセルされ、連結が完全に解除される。
【0080】
また、このキャンセル力はオイルの温度変化に応じてドラグトルクの変動を相殺するように変化するから、連結解除機能はオイルの状態が変動しても、常に高く保たれる。
【0081】
このように、発進クラッチ1は、ドラグトルクが発生しても、連結解除操作に応じて連結が完全に解除されるから、例えば、信号などで停車したときのクリープ現象が防止される。
【0082】
また、自動変速機は、変速の際に発進クラッチ1によってエンジンから完全に遮断されるから、円滑な変速が可能になる。
【0083】
また、シンクロ機構に必要な容量がそれだけ小さくなるから、自動変速機はそれだけ小型軽量になり、車載性が向上する。
【0084】
また、従来例と異なって、ドラグトルクによるメインクラッチの押圧力に対抗するリターンスプリングを廃止できるから、部品点数がそれだけ少なくなり、コストが低減される。
【0085】
従って、リターンスプリングに対抗してメインクラッチ13の容量を大きくし、電磁石19を大型にする必要がなくなから、発進クラッチ1の大型化、重量化、車載性の低下、コストの上昇などが避けられると共に、電磁石19の大型化に伴うバッテリの負担増加と燃費の低下を避けることができる。
【0086】
また、一方向に回転したときだけオイルから反力を受けるフィン23,25は、エンジンの駆動力によって一方向にだけ回転する発進クラッチ1に有効である。
【0087】
また、クラッチハウジング11をエンジン側に連結したことによって、フィン23,25が常にエンジン側の回転速度でオイルと接触するから、キャンセル機能が最大に保たれる。
【0088】
また、フィン23,25は、所望のキャンセル力が得られるようにそれぞれの径方向位置(オイルとの相対回転速度)、個数、傾斜角、大きさが設定されている。
【0089】
このように、発進クラッチ1はパイロットクラッチ15の容量(ドラグトルクの大きさ)、電磁石19とボールカム17の容量(メインクラッチ13の押圧力)などに応じてキャンセル機能をチューニングし、ドラグトルクによる押圧力を効果的にキャンセルできるから、種々のトランスファや、異なった車種に広く適用可能である。
【0090】
また、ドラグトルクによる押圧力をキャンセルすることによって、例えば、粘度の高いオイルを選択することが可能になり、パイロットクラッチ15にドラグトルクの生じ易いプレートを選択することが可能になるから、オイルやプレートの選択範囲が広くなり、設計の自由度が高くなる。
【0091】
また、パイロットクラッチ15を、摩擦面面積が広く大きなトルク容量が得られる多板クラッチ式にしたことにより、発進クラッチ1は、軽量、コンパクトに構成される。
【0092】
特に、メインクラッチ13とパイロットクラッチ15が径方向に配列された発進クラッチ1では、各プレート71,73の枚数を増やせばトルク容量を増やしながら大径化が回避され、周辺部材との干渉が防止されて車載性が向上すると共に、車体のロードクリアランスを大きくすることができる。
【0093】
また、プレート71,73の枚数を変えることによってトルク容量を変えることができるから、トルク伝達特性を適用車種に合わせて調整することにより、異なった車種に対する適応性がさらに向上する。
【0094】
また、プレート71,73の枚数調整によるパイロットクラッチ15の容量変化(ドラグトルクの変化)には、フィン23,25の径方向位置、個数、傾斜角、大きさなどの設定で対処できる。
【0095】
なお、多板クラッチ式のパイロットクラッチ15では摩擦面面積が広いことによってドラグトルクが生じ易いが、上記のように、ドラグトルクの影響はフィン23,25のキャンセル力によって効果的に排除される。
【0096】
このように、発進クラッチ1は、多板クラッチによるドラグトルクの影響をキャンセルすることにより、多板クラッチの持つ利点をパイロットクラッチ15で享受できる。
【0097】
また、クラッチハウジング11にフィン23,25を設けることは容易であると共に、構造が簡単であり、このように簡単な構造で充分なキャンセル機能を得ることができる。
【0098】
なお、上記の実施形態(発進クラッチ1)はメインクラッチ13をパイロットクラッチ15の径方向外側に配置した例であり、メインクラッチ13の周囲に配置された大径のクラッチハウジング11にフィン23,25(キャンセル機構)を設けた例であるが、本発明のカップリング及び発進クラッチはこのような構成に限らず、メインクラッチとパイロットクラッチを互いの軸方向に配置した構成でも実施することができる。
【0099】
例えば、図4の従来例(カップリング301)では、押圧部材319がオイル中で回転するから、この押圧部材319にフィンを設けてメインクラッチ307の押圧力と反対方向のキャンセル力を発生させ、パイロットクラッチ309のドラグトルクによって発生するボールカム317のカムスラスト力(メインクラッチ307の押圧力)をこのキャンセル力で相殺すれば、発進クラッチ1と同様に、連結解除操作に応じてカップリング301の連結を完全に解除することができる。
【0100】
このように、連結を解除したいときにカップリング301の連結を解除できるから、走行中に意図したタイミングで車輪を切り離し、車両を2輪駆動状態にすることが可能になり、旋回性、回頭性などを充分に向上させることができると共に、燃費の低下も防止できる。
【0101】
また、本発明において、メインクラッチやパイロットクラッチには、多板クラッチの他に、単板クラッチ、コーンクラッチなどいずれの形式の摩擦クラッチを用いてもよい。
【0102】
また、メインクラッチやパイロットクラッチのアウタープレートとインナープレートは、適用されるカップリングや発進クラッチに対する所要の強度と耐久性、潤滑オイルとの相性やオイル量などの周辺環境に対する適性に合わせて、例えば、スティール、カーボン、ペーパーのプレート材料から任意に選択できる。
【0103】
さらに、パイロットクラッチでは、上記のように、ドラグトルクに対する感度を考慮せずに、プレート材料を選択できる。
【0104】
また、ドラグトルクの小さいコーンクラッチを用いれば、リターンスプリングを廃止して、部品点数とコストを低減できる。
【0105】
また、パイロットクラッチの操作手段は、電磁石に限らず、例えば、電動モータや、流体圧のアクチュエータなどでもよい。
【0106】
また、両トルク伝達部材はいずれを入力側にしても、また、出力側にしてもよい。
【0107】
また、本発明のカップリングは、発進クラッチ、駆動系入出力軸の断続装置に限らず、ハイブリッド自動車の駆動源の切替え装置等の他用途にも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0108】
【図1】一実施形態の断面図である。
【図2】図1のA−A断面図である。
【図3】ドラグトルクによって電磁石の電流値が増加することを示すグラフである。
【図4】従来例の断面図である。
【符号の説明】
【0109】
1 発進クラッチ(カップリング)
9 連結軸(出力側のトルク伝達部材)
11 クラッチハウジング(エンジン入力側のトルク伝達部材:押圧部材)
13 メインクラッチ
15 多板式のパイロットクラッチ
17 ボールカム(変換手段:カム機構)
19 電磁石(パイロットクラッチ15の操作手段)
21 メインクラッチ13の押圧系
23,25 フィン(凸部:キャンセル機構)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力側と出力側の各トルク伝達部材と、これら両トルク伝達部材の間でトルクを伝達するメインクラッチと、操作手段によって断続操作されるパイロットクラッチと、パイロットクラッチが連結されると伝達トルクを受けて作動し、伝達トルクにより発生した変換力により押圧系を介してメインクラッチを押圧し連結させる連結機構とを備えたカップリングであって、
メインクラッチをパイロットクラッチの径方向外側に配置すると共に、前記押圧系を、押圧方向に一体となって移動する複数の部材で構成し、メインクラッチを断続操作する際、伝達トルクを受けながら摺動する主摺動部をメインクラッチ側に限定したことを特徴とするカップリング。
【請求項2】
請求項1に記載の発明であって、前記メインクラッチとパイロットクラッチとを径方向にラップ配置したことを特徴とするカップリング。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の発明であって、メインクラッチとパイロットクラッチが多板クラッチであり、これらメインクラッチとパイロットクラッチの各アウタプレートが連結された径方向外側部材を一側のトルク伝達部材に軸方向に移動可能に係止すると共に、メインクラッチのインナープレートに係止される径方向内側部材を連結機構の一側部材に固定して、
前記押圧系を、前記径方向外側部材と、パイロットクラッチ部と、連結機構の他側部材とで構成し、
前記主摺動部を、径方向外側部材と一側のトルク伝達部材との間、径方向外側部材と各アウタプレートの間、及び径方向内側部材と各インナープレートの間に限定したことを特徴とするカップリング。
【請求項4】
請求項3に記載の発明であって、連結機構が作動しても押圧系である前記径方向外側部材と、パイロットクラッチ部と、連結機構の他側部材との間の相対位置関係が変化しないことを特徴とするカップリング。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか一項に記載の発明であって、パイロットクラッチの操作手段が電磁石であることを特徴とするカップリング。
【請求項6】
請求項5に記載の発明であって、前記電磁石は、前記径方向外側部材に連結されたロータに軸受けを介して非回転状態で取り付けたことを特徴とするカップリング。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−240006(P2007−240006A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−132667(P2007−132667)
【出願日】平成19年5月18日(2007.5.18)
【分割の表示】特願2000−196839(P2000−196839)の分割
【原出願日】平成12年6月29日(2000.6.29)
【出願人】(000225050)GKN ドライブライン トルクテクノロジー株式会社 (409)
【出願人】(000231350)ジヤトコ株式会社 (899)
【Fターム(参考)】