説明

カンチレバー制御装置

【課題】 原子間力顕微鏡において、カンチレバーの自励振動の停止を防止でき、カンチレバーの探針が測定対象物と接触することを防止できるカンチレバー制御装置の提供。
【解決手段】 原子間力顕微鏡において、探針12を有するカンチレバー10と、カンチレバー10を自励振動させるアクチュエータ20と、カンチレバー10の振動速度を検出する振動速度検出器30と、カンチレバー10の振動変位を算出する変位算出器32と、アクチュエータ20を駆動するための信号を生成する制御器40とから、カンチレバー制御装置1を構成し、フィードバック制御信号Sを(K−G・x2)・dx/dtとする。ただし、xはカンチレバー10の振動変位、dx/dtはカンチレバー10の振動速度、K、Gはともに正値のフィードバックゲインである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子間力顕微鏡において、カンチレバーの自励振動を非線形フィードバック制御するカンチレバー制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、サブナノメートルオーダーの精密測定がMEMSをはじめとする様々な分野で求められており、走査型プローブ顕微鏡がかかる精密観測に用いられている。走査型プローブ顕微鏡の典型例として原子間力顕微鏡が知られている。
原子間力顕微鏡は振動するカンチレバーを有し、カンチレバーの先端に探針が形成されている。探針は測定対象物との距離に応じて原子間力の影響を受け、この原子間力の影響によってカンチレバーの等価剛性が変化する。等価剛性の変化はカンチレバーの固有振動数の変化となって現れる。したがって、カンチレバーの固有振動数の変化を検出し、検出した固有振動数の変化から探針に働く原子間力の影響を算出すれば、探針と測定対象物との間の距離を測定できる。探針と測定対象物との間の距離の測定を測定対象物の表面上でスキャニングすることにより、測定対象物の表面形状がサブナノメートルのオーダーで測定される。この表面形状の測定における分解能は、カンチレバーの固有振動数の変化の検出の容易性と正確性に依存している。
【0003】
従来の原子間力顕微鏡では、カンチレバーを強制的に振動させる方法がとられていた。
カンチレバーの固有振動数の変化を検出する方法には次の2つの方法がある。第一の方法は、カンチレバーの共振振動数自体の変化を検出し、検出した共振振動数の変化から固有振動数の変化を算出する方法である。第二番目の方法は、所定の共振振動数に対する応答振幅の減少を検出し、検出した応答振幅の減少から固有振動数の変化を算出する方法である。
【0004】
これらの方法において、カンチレバーが置かれた環境(以下、カンチレバーが置かれた環境のことを「測定環境」という。)のQ値が、固有振動数の変化の検出精度に影響を及ぼしている。Q値は主として測定環境の粘性減衰係数によって定まる。例えば、粘性減衰係数が極めて小さな真空中では、Q値が大きくなり、カンチレバーの共振ピークが尖鋭に現れ、共振振動数の変化を容易かつ正確に検出できる。逆に、粘性減衰係数が大きな液中では、Q値が小さくなり、カンチレバーを強制振動させてもその共振ピークが鮮明に現れず、共振振動数の変化を正確に検出することが困難である。
【0005】
かかる問題に対応するために、カンチレバーを自励振動させ、カンチレバーに装着された振動源であるアクチュエータを速度正帰還のフィードバック制御によって制御する技術が近年提唱されている(特許文献1参照)。この技術におけるフィードバック制御のブロック図を図6に示す。
原子間力顕微鏡がカンチレバー10、変位検出器34、振動速度算出器36、増幅器48、アクチュエータ20を有している。
【0006】
カンチレバー10に振動源であるアクチュエータ20が接続されており、アクチュエータ20によりカンチレバー10を駆動してカンチレバー10が自励振動する構成となっている。カンチレバー10の先端下側には探針12が形成されている。
変位検出器34がカンチレバー10の振動変位xを検出可能に構成されている。
振動速度算出器36は、微分器であり、変位検出器34からxを受信し、受信したxを微分し、dx/dtをカンチレバー10の振動速度として算出可能に構成されている。
【0007】
増幅器48は、振動速度算出器36からdx/dtを受信し、受信したdx/dtに正値である線形フィードバックゲインKを乗じて、K・dx/dtを算出し、算出したK・dx/dtをフィードバック制御信号S1としてドライバ60に送信可能に構成されている。
ドライバ60は、増幅器48から受信するフィードバック制御信号S1を増幅してアクチュエータ20に送信可能に構成されている。
【0008】
すなわち、生成されるフィードバック制御信号S1は速度正帰還のフィードバック制御信号であり、次式(1)によって表される。
1=K・dx/dt ・・・(1)
変位検出器34がカンチレバー10の振動変位xを検出し、検出されたxからフィードバック制御信号S1が生成され、このフィードバック制御信号S1をドライバ60によって増幅してアクチュエータ20を駆動し、カンチレバー10が自励振動する。
式(1)に示されるように、フィードバック制御信号S1は、カンチレバー10の振動速度dx/dtの変化に対応して線形フィードバックゲインKをもって線形に変化する。カンチレバー10の応答振幅aは次式(2)の関数gによって表される。
a=g(K) ・・・(2)
【0009】
図7(i)に、式(2)によって表されるカンチレバー10の振幅特性の曲線Cを示す。図7(i)では、横軸に線形フィードバックゲインKをとり、縦軸には応答振幅aをとっている。
図7(i)に示されるように、線形フィードバックゲインKが発振下限値KLL1以下であると、応答振幅aが0となり、カンチレバー10は自励振動しない。線形フィードバックゲインKが発振下限値KLL1よりも大きければ、カンチレバー10が自励振動し、線形フィードバックゲインKが増大するにつれて応答振幅aも増大する。KLL1<Kの条件下、線形フィードバックゲインKを発振下限値KLL1に近づけると、自励振動するカンチレバー10の応答振幅aが小さくなる。
【0010】
線形振動理論上、自励振動するカンチレバー10の発振振動数は固有振動数に等しい。しかし、非線形振動理論の分野においては、カンチレバー10の発振振幅が大きくなると、その発振振動数が固有振動数からずれるという事実が知られている。
また、カンチレバー10の応答振幅aを小さく制限し、カンチレバー10の探針12と測定対象物70との接触を防止することが求められている。測定対象物70が生体関連試料のように損傷しやすいものである場合、測定対象物70に探針12が接触すると、探針12によって測定対象物70が損傷してしまうからである。したがって、応答振幅aを一定の振幅上限値aUL以下に制限しなければならない。ここで、振幅上限値aULとは、測定対象物70と探針12との接触が防止される応答振幅aの最大値である。図7(i)の振幅特性の曲線Cにおいて、振幅上限値aULに対応する線形フィードバックゲインKの値KUL1がゲイン上限値となる。
【0011】
すなわち、KLL1<K≦KUL1の条件を満足するような線形フィードバックゲインKでアクチュエータ20を駆動し、カンチレバー10の自励振動を維持するとともに、応答振幅aを振幅上限値aUL以下に維持し、カンチレバー10の探針12と測定対象物70との接触を防止している。
【特許文献1】特許第3229914号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、カンチレバー10の振幅特性の曲線Cが、測定環境、測定対象物70又はカンチレバー10の特性等の変化によってシフトするという問題がある。振幅特性の曲線Cがシフトすると、発振下限値及びゲイン上限値が変化してしまう。
例えば、図7(ii)に示すように、振幅特性の曲線Cがシフトし、発振下限値がKLL1からKLL2に増大し、ゲイン上限値もKUL1からKUL2に増大してしまう場合、KLL1<K≦KUL1の条件を満足するように線形フィードバックゲインKを設定しておいても、線形フィードバックゲインKがKLL2<K≦KUL2の条件を満足しないおそれがある。線形フィードバックゲインKがKLL2<K≦KUL2の条件を満足しなければ、カンチレバー10の自励振動が停止し、又は、カンチレバー10の探針12が測定対象物70と接触してしまう。特に、測定環境が液中である場合、自励振動の停止が生じやすい。
【0013】
本発明は、上記問題を解決するものであり、その目的とするところは、カンチレバーの自励振動の停止を防止するとともに、カンチレバーの探針が測定対象物と接触することを防止するカンチレバー制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、その課題を解決するために以下のような構成をとる。請求項1の発明に係るカンチレバー制御装置は、測定対象物の表面形状を測定する原子間力顕微鏡において、先端に探針を有して振動するカンチレバーと、前記カンチレバーを自励振動させる振動源と、前記カンチレバーの振動速度及び振動変位を検出する振動速度変位検出手段と、前記カンチレバーの振動速度及び振動変位に基づいて前記振動源をフィードバック制御する制御手段と、を備え、前記制御手段によって生成されるフィードバック制御信号が、
S={K−G・|x|m・(dx/dt)n-1}・dx/dt ・・・(3)
ただし、S:フィードバック制御信号
K:正値であるフィードバックゲイン
G:正値であるフィードバックゲイン
x:カンチレバーの振動変位
dx/dt:カンチレバーの振動速度
m:0以上の整数
n:m+n≧2を満足する正の奇数
によって表される。
【0015】
式(3)を展開すると
S=K・dx/dt−G・|x|m・(dx/dt)n ・・・(4)
となり、式(4)中のK・dx/dtがカンチレバーの先端の振動速度に対する線形成分の項となり、G・|x|m・(dx/dt)nがカンチレバーの先端の振動速度に対する非線形成分の項となる。
【0016】
式(3)中の非線形フィードバックゲインGの値を調節することによって、線形フィードバックゲインKの変化割合に対する応答振幅aの変化割合、すなわち、振幅特性の曲線の勾配を調節できる(図2を参照)。例えば、非線形フィードバックゲインGの値が0に近づくと、振幅特性の曲線の勾配が大きくなり、非線形フィードバックゲインGの値が大きくなると、振幅特性の曲線の勾配が小さくなる。振幅特性の曲線の勾配を変化させると、振幅上限値に対応する線形フィードバックゲインKのゲイン上限値が変化し、線形フィードバックゲインKとして許容される値の範囲も変化する。非線形フィードバックゲインGの値を調節して、振幅特性の曲線の勾配を小さくし、線形フィードバックゲインKのゲイン上限値を大きくしておけば、線形フィードバックゲインKの設定値として許容される範囲が広がる。したがって、非線形フィードバックゲインGの値を適切に設定することで、振幅特性の曲線のシフトにかかわらず、常に線形フィードバックゲインKの値を発振下限値とゲイン上限値との間の範囲に収めておくことができる。常に線形フィードバックゲインKが発振下限値とゲイン上限値との間の範囲内に収めておくことにより、カンチレバーの自励振動の停止を防止でき、カンチレバーの探針が測定対象物と接触することも防止できる。
【0017】
なお、式(3)において、mは0以上の整数であればよく、mを0、正の偶数又は正の奇数とすることができる。また、nはm+n≧2を満足する正の奇数であればよい。mが2となり、かつ、nが1となる場合、自励振動するカンチレバーはいわゆるファンデルポール型の振動子となる。mが2以外の0以上の整数となり、かつ、nが1以上のm+n≧2を満足する正の奇数である場合、自励振動するカンチレバーはファンデルポール型の振動子と同様の効果を奏する。
【0018】
また、振動速度変位検出手段は、カンチレバーと接触して設置される接触型のセンサによって構成でき、カンチレバーと接触せずに設置される非接触型のセンサによって構成しても良い。接触型のセンサとして、例えば、カンチレバーに設置されるピエゾ素子を挙げることができる。非接触型のセンサとして、例えば、レーザー光をカンチレバーに照射するレーザードップラー振動計を挙げることができる。
振動源はフィードバック制御信号に比例する大きさの力又は曲げモーメントをカンチレバーに印加可能に構成されているものであれば良い。振動源は、カンチレバーと接触して設置される接触型の振動源によって構成でき、カンチレバーと接触せずに設置される非接触型の振動源によって構成しても良い。
【0019】
請求項2の発明に係るカンチレバー制御装置は、請求項1に記載のカンチレバー制御装置であって、前記mが0以上の偶数である。
請求項2の発明によると、mが0以上の偶数であるので、|x|mがxmと等しくなり、式(3)は次式(5)によって表される。
S={K−G・xm・(dx/dt)n-1}・dx/dt
=K・dx/dt−G・xm・(dx/dt)n ・・・(5)
ただし、S:フィードバック制御信号
K:正値であるフィードバックゲイン
G:正値であるフィードバックゲイン
x:カンチレバーの振動変位
dx/dt:カンチレバーの振動速度
m:0以上の偶数
n:m+n≧2を満足する正の奇数
【0020】
フィードバック制御信号が式(5)によって表されるので、mが正の奇数をとる場合に比べてカンチレバーの運動方程式の解が簡便な式となる。したがって、適切なK、Gの値の選定が容易化され、カンチレバーの自励振動の停止を防止でき、カンチレバーの探針が測定対象物と接触することも防止できる。
【0021】
請求項3の発明に係るカンチレバー制御装置は、請求項1に記載のカンチレバー制御装置であって、前記mが2であり、前記nが1である。
請求項3の発明によると、mが2であり、nが1であるので、式(3)は次式(6)によって表される。
S=(K−G・x2)・dx/dt ・・・(6)
ただし、S:フィードバック制御信号
K:正値であるフィードバックゲイン
G:正値であるフィードバックゲイン
x:カンチレバーの振動変位
dx/dt:カンチレバーの振動速度
【0022】
フィードバック制御信号が式(6)によって表されるので、自励振動するカンチレバーはファンデルポール型の振動子となる。mが0以上の整数であり2以外である場合、又は、nがm+n≧2を満足する正の奇数であり1以外である場合に比べて、カンチレバーの運動方程式の解が簡便な式となる。したがって、適切なK、Gの値を一層容易に選定でき、カンチレバーの自励振動の停止を防止でき、カンチレバーの探針が測定対象物と接触することも防止できる。
【0023】
請求項4の発明に係るカンチレバー制御装置は、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のカンチレバー制御装置であって、前記振動速度変位検出手段が、前記カンチレバーの振動速度を検出する振動速度検出手段と、前記振動速度検出手段が検出した前記カンチレバーの振動速度に基づいて前記カンチレバーの振動変位を算出する変位算出手段と、を有する。
請求項4の発明によると、振動速度検出手段がカンチレバーの振動速度を検出し、変位算出手段がこの振動速度を積分等してカンチレバーの振動変位を算出する。そして、制御手段が、振動速度及び振動変位を用いてフィードバック制御信号を生成し、このフィードバック制御信号によって振動源を駆動する。
【0024】
請求項5の発明に係るカンチレバー制御装置は、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のカンチレバー制御装置であって、前記振動速度変位検出手段が、前記カンチレバーの振動変位を検出する変位検出手段と、前記変位検出手段が検出した前記カンチレバーの振動変位に基づいて前記カンチレバーの振動速度を算出する振動速度算出手段と、を有する。
請求項5の発明によると、変位検出手段がカンチレバーの振動変位を検出し、振動速度算出手段がこの振動変位を微分等してカンチレバーの振動速度を算出する。そして、制御手段が、振動速度及び振動変位を用いてフィードバック制御信号を生成し、このフィードバック制御信号によって振動源を駆動する。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係るカンチレバー制御装置によって、カンチレバーの自励振動の停止が防止されるとともに、カンチレバーの探針が測定対象物と接触することが防止される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明を実施するための第1の実施の形態を図1及び図2を参照しつつ説明する。
原子間力顕微鏡にカンチレバー制御装置1が装備されており、カンチレバー制御装置1は、カンチレバー10、アクチュエータ20、振動速度検出器30、変位算出器32、制御器40を有している。
カンチレバー10に振動源であるアクチュエータ20が接続されており、カンチレバー10の先端下側には探針12が形成されている。アクチュエータ20は、例えば、ピエゾ素子であり、アクチュエータ20が駆動してカンチレバー10が自励振動する構成となっている。
【0027】
カンチレバー10の先端上方に振動速度検出器30が配置されている。振動速度検出器30は、例えば、レーザードップラー振動計であり、レーザードップラー振動計からレーザー光をカンチレバー10の先端に照射し、カンチレバー10の先端の振動速度であるdx/dtを検出し、検出したdx/dtを変位算出器32及び制御器40に送信可能に構成されている。
【0028】
また、カンチレバー10は図示しない移動装置を有しており、移動装置によってカンチレバー10が測定対象物70の上方をスキャン可能に構成されている。
変位算出器32は、積分器であり、振動速度検出器30からdx/dtを受信し、受信したdx/dtを積分して、カンチレバー10の振動変位であるxを算出し、算出したxを制御器40に送信可能に構成されている。
制御器40は、乗算器46a、46b、増幅器48a、48bを有する。
乗算器46aは、変位算出器32からxを受信し、受信したxを二乗して、x2を算出可能に構成されている。
乗算器46bは、乗算器46aからx2を受信し、振動速度検出器30からdx/dtを受信し、受信したx2とdx/dtとを乗じて、x2・dx/dtを算出可能に構成されている。
【0029】
増幅器48aは、乗算器46bからx2・dx/dtを受信し、受信したx2・dx/dtに正値である非線形フィードバックゲインGを乗じて、G・x2・dx/dtを算出可能に構成されている。
増幅器48bは、振動速度検出器30からdx/dtを受信し、受信したdx/dtに正値である線形フィードバックゲインKを乗じて、K・dx/dtを算出可能に構成されている。
そして、制御器40が、増幅器48bが算出したK・dx/dtから増幅器48aが算出したG・x2・dx/dtを減じ、その結果得られた(K−G・x2)dx/dtをフィードバック制御信号Sとしてドライバ60に送信する構成となっている。すなわち、制御器40において生成されるフィードバック制御信号Sは前述の式(6)によって表される。
【0030】
ドライバ60は、例えば、ピエゾ素子駆動用ドライバであり、制御器40から受信するフィードバック制御信号Sを増幅してアクチュエータ20に送信し、アクチュエータ20を駆動させる構成となっている。
なお、振動速度検出器30が振動速度検出手段をなし、変位算出器32が変位算出手段をなし、振動速度検出器30と変位算出器32とが振動速度変位検出手段を構成し、制御器40が制御手段を構成している。また、カンチレバー制御装置1内で、送受信される各データはアナログ信号である。
【0031】
本実施の形態は上記のように構成されており、次にその作用について説明する。
カンチレバー10の探針12を測定対象物70の上方に位置させて、測定対象物70の表面形状の測定を開始する。カンチレバー10の振動速度dx/dtを振動速度検出器30が検出する。振動速度検出器30は、検出したdx/dtを変位算出器32、制御器40の乗算器46b、制御器40の増幅器48bに送信する。
変位算出器32が、振動速度検出器30から受信したdx/dtを積分し、カンチレバー10の振動変位であるxを算出し、算出したxを制御器40の乗算器46aに送信する。
【0032】
乗算器46aが、変位算出器32から受信したxを二乗し、算出したx2を乗算器46bに送信する。
乗算器46bが、乗算器46aから受信したx2と、振動速度検出器30から受信したdx/dtとを乗じ、x2・dx/dtを算出し、算出したx2・dx/dtを増幅器48aに送信する。
増幅器48aが、乗算器46bから受信したx2・dx/dtに非線形フィードバックゲインGを乗じてG・x2・dx/dtを算出する。
【0033】
増幅器48bが、振動速度検出器30から受信したdx/dtに線形フィードバックゲインKを乗じてK・dx/dtを算出する。
そして、制御器40が、増幅器48bが算出したK・dx/dtから増幅器48aが算出したG・x2・dx/dtを減じ、(K−G・x2)dx/dtを算出し、算出した(K−G・x2)dx/dtをフィードバック制御信号Sとしてドライバ60に送信する。
ドライバ60が、制御器40から受信したフィードバック制御信号Sを増幅してアクチュエータ20に送信する。
アクチュエータ20が、ドライバ60からの送信によって駆動し、カンチレバー10を振動させる。カンチレバー10は、フィードバック制御されて自励振動することとなる。
【0034】
自励振動するカンチレバー10はファンデルポール型の振動子となっている。この特性を利用して、カンチレバー10をフィードバック制御している。前述の式(6)を展開すると
S=K・dx/dt−G・x2・dx/dt ・・・(7)
となり、式(7)中のK・dx/dtがカンチレバー10の振動速度dx/dtに対する線形成分の項となり、G・x2・dx/dtがカンチレバー10の振動速度dx/dtに対する非線形成分の項となる。非線形成分とカンチレバー10の自励振動力とがバランスすると、測定環境がQ値の小さな液中であっても、カンチレバー10の自励振動の停止が防止され、カンチレバー10の応答振幅aが一定に維持される。
カンチレバー10の応答振幅aは次式(8)の関数gによって表される。
a=g(K、G) ・・・(8)
【0035】
図2(i)及び(ii)にカンチレバー制御装置1によって制御されるカンチレバー10の振幅特性の曲線Dを示す。図2では、横軸に線形フィードバックゲインKをとり、縦軸には応答振幅aをとっている。図2(i)に示すように、非線形フィードバックゲインGの値が変化すると、線形フィードバックゲインKの変化割合に対する応答振幅aの変化割合、すなわち、振幅特性の曲線Dの勾配が変化する。非線形フィードバックゲインGの値が0に近づくと、振幅特性の曲線Dの勾配が大きくなり、振幅特性の曲線Dは前述した振幅特性の曲線Cに接近する。非線形フィードバックゲインGの値が大きくなると、振幅特性の曲線Dの勾配が小さくなる。
【0036】
振幅特性の曲線Dの勾配の変化に伴って、振幅上限値aULに対応する線形フィードバックゲインKのゲイン上限値KUL1も変化する。同じ発振下限値KLL1を有する振幅特性の曲線Dにおいては、勾配が小さくなるとゲイン上限値KUL1が大きくなる。非線形フィードバックゲインGの値を調節し、振幅特性の曲線Dの勾配を小さくし、線形フィードバックゲインKのゲイン上限値KUL1を大きくすれば、発振下限値KLL1とゲイン上限値KUL1との間隔が拡大する。
【0037】
非線形フィードバックゲインGの値を調節して、発振下限値とゲイン上限値との間の間隔を拡大しておけば、図2(ii)に示すように振幅特性の曲線Dがシフトし、発振下限値がKLL1からKLL2に変化し、ゲイン上限値がKUL1からKUL2に変化しても、常に発振下限値とゲイン上限値との間に収まる値を線形フィードバックゲインKとして設定できる。このように線形フィードバックゲインK及び非線形フィードバックゲインGの各値を設定すれば、カンチレバー10の自励振動が停止することを防止でき、カンチレバー10の探針12が測定対象物70と接触することをも防止できる。したがって、測定対象物70が液中におかれた生体関連試料であっても、測定対象物70を損傷することなくその表面形状を測定できる。
【0038】
本発明を実施するための第2の実施の形態を図3を参照しつつ説明する。なお、第1の実施の形態と同様の構成については同じ符号を付する。
原子間力顕微鏡に装備されているカンチレバー制御装置1は、カンチレバー10、アクチュエータ20、変位検出器34、振動速度算出器36、制御器40を有している。
カンチレバー10にアクチュエータ20が接続されており、カンチレバー10の先端下側には探針12が形成されている。アクチュエータ20は、例えば、ピエゾ素子であり、アクチュエータ20が駆動してカンチレバー10が自励振動する構成となっている。カンチレバー10には例えばピエゾ素子が変位センサ14として装着されており、変位センサ14の出力としてカンチレバー10の撓み量が変位検出器34によって検出される構成となっている。
【0039】
変位検出器34はチャージアンプ等のシグナルコンディショナである。変位検出器34が検出するカンチレバー10の撓み量はカンチレバー10の振動変位xと等価であり、変位検出器34は、検出したカンチレバー10の振動変位xを振動速度算出器36及び制御器40に送信可能に構成されている。
振動速度算出器36は、微分器であり、変位検出器34からxを受信し、受信したxを微分して、カンチレバー10の振動速度であるdx/dtを算出し、算出したdx/dtを制御器40に送信可能に構成されている。
【0040】
制御器40は、乗算器46a、46b、増幅器48a、48bを有する。
乗算器46aは、変位検出器34からxを受信し、受信したxを二乗して、x2を算出可能に構成されている。
乗算器46bは、乗算器46aからx2を受信し、振動速度算出器36からdx/dtを受信し、受信したx2とdx/dtとを乗じて、x2・dx/dtを算出可能に構成されている。
【0041】
増幅器48aは、乗算器46bからx2・dx/dtを受信し、受信したx2・dx/dtに正値である非線形フィードバックゲインGを乗じて、G・x2・dx/dtを算出可能に構成されている。
増幅器48bは、振動速度算出器36からdx/dtを受信し、受信したdx/dtに正値である線形フィードバックゲインKを乗じて、K・dx/dtを算出可能に構成されている。
【0042】
そして、制御器40が、増幅器48bが算出したK・dx/dtから増幅器48aが算出したG・x2・dx/dtを減じ、その結果得られた(K−G・x2)dx/dtをフィードバック制御信号Sとしてドライバ60に送信する構成となっている。
すなわち、制御器40によって生成されるフィードバック制御信号Sは前述の式(6)によって表される。
【0043】
ドライバ60は、例えば、ピエゾ素子駆動用増幅器であり、制御器40から受信するフィードバック制御信号Sを増幅してアクチュエータ20に送信し、アクチュエータ20を駆動させる構成となっている。
なお、変位検出器34が変位検出手段をなし、振動速度算出器36が振動速度算出手段をなし、変位検出器34と振動速度算出器36とが振動速度変位検出手段を構成し、制御器40が制御手段を構成している。また、カンチレバー制御装置1内で、送受信される各データはアナログ信号である。
【0044】
本実施の形態は上記のように構成されており、次にその作用について説明する。
カンチレバー10の探針12を測定対象物70の上方に位置させて、測定対象物70の表面形状の測定を開始する。カンチレバー10の振動変位xを変位センサ14を介して変位検出器34が検出する。変位検出器34は、検出したxを振動速度算出器36、制御器40の乗算器46aに送信する。
振動速度算出器36が、変位検出器34から受信したxを微分し、カンチレバー10の振動速度であるdx/dtを算出し、算出したdx/dtを制御器40の乗算器46b及び増幅器48bに送信する。
【0045】
乗算器46aが、変位検出器34から受信したxを二乗し、算出したx2を乗算器46bに送信する。
乗算器46bが、乗算器46aから受信したx2と、振動速度算出器36から受信したdx/dtとを乗じ、x2・dx/dtを算出し、算出したx2・dx/dtを増幅器48aに送信する。
増幅器48aが、乗算器46bから受信したx2・dx/dtに非線形フィードバックゲインGを乗じてG・x2・dx/dtを算出する。
【0046】
増幅器48bが、振動速度算出器36から受信したdx/dtに線形フィードバックゲインKを乗じてK・dx/dtを算出する。
そして、制御器40が、増幅器48bが算出したK・dx/dtから増幅器48aが算出したG・x2・dx/dtを減じ、(K−G・x2)dx/dtを算出し、算出した(K−G・x2)dx/dtをフィードバック制御信号Sとしてドライバ60に送信する。
【0047】
ドライバ60が、制御器40から受信したフィードバック制御信号Sを増幅してアクチュエータ20に送信する。
アクチュエータ20が、ドライバ60からの送信によって駆動し、カンチレバー10を振動させる。カンチレバー10の応答振幅aは前述の式(8)によって表される。カンチレバー10は、フィードバック制御されて自励振動することとなる。
他の作用は、第1の実施の形態と同様である。
【0048】
本発明を実施するための第3の実施の形態を図4を参照しつつ説明する。なお、第1の実施の形態と同様の構成については同じ符号を付する。
第1の実施の形態と同様に、原子間力顕微鏡に装備されているカンチレバー制御装置1は、カンチレバー10、アクチュエータ20、振動速度検出器30、変位算出器32、制御器40を有している。
【0049】
カンチレバー制御装置1の構成は、制御器40の構成を除いて、第1の実施の形態と同様であり、振動速度検出手段をなす振動速度検出器30と変位算出手段をなす変位算出器32とが振動速度変位検出手段を構成し、制御器40が制御手段を構成している。変位算出器32は、振動速度検出器30からdx/dtをアナログデータとして受信し、受信したdx/dtを積分して、カンチレバー10の振動変位であるxを算出可能に構成されている。
制御器40は、A/D変換器50、CPU52、D/A変換器54を有する。
A/D変換器50は、変位算出器32からxをアナログデータとして受信し、振動速度検出器30からdx/dtをアナログデータとして受信し、受信したx及びdx/dtをそれぞれ時系列のデジタルデータに変換可能に構成されている。
【0050】
CPU52は、A/D変換器50からx及びdx/dtをデジタルデータとして受信し、受信したx及びdx/dtから(K−G・x2)dx/dtを算出可能に構成されている。なお、第1の実施の形態と同様に、Kは正値の線形フィードバックゲインであり、Gは正値の非線形フィードバックゲインである。
D/A変換器54は、CPU52から(K−G・x2)dx/dtをデジタルデータとして受信し、受信した(K−G・x2)dx/dtをアナログデータのフィードバック制御信号Sに変換し、変換されたアナログデータのフィードバック制御信号Sをドライバ60に送信する構成となっている。
【0051】
本実施の形態は上記のように構成されており、次にその作用について説明する。
CPU52における演算処理がデジタル化されているので、線形フィードバックゲインK及び非線形フィードバックゲインGの調整を柔軟かつ容易に行うことができる。
他の作用は、第1の実施の形態の作用と同様である。
【0052】
本発明を実施するための第4の実施の形態を図5を参照しつつ説明する。なお、第2の実施の形態と同様の構成については同じ符号を付する。
第2の実施の形態と同様に、原子間力顕微鏡に装備されているカンチレバー制御装置1は、カンチレバー10、アクチュエータ20、変位検出器34、振動速度算出器36、制御器40を有している。
【0053】
カンチレバー制御装置1の構成は、制御器40の構成を除いて、第2の実施の形態と同様であり、変位検出手段をなす変位センサ14及び変位検出器34と振動速度算出手段をなす振動速度算出器36とが振動速度変位検出手段を構成し、制御器40が制御手段を構成している。振動速度算出器36は、変位検出器34からxをアナログデータとして受信し、受信したxを微分して、カンチレバー10の振動速度であるdx/dtを算出可能に構成されている。
【0054】
制御器40は、A/D変換器50、CPU52、D/A変換器54を有する。
A/D変換器50は、変位検出器34からxをアナログデータとして受信し、振動速度算出器36からdx/dtをアナログデータとして受信し、受信したx及びdx/dtをそれぞれ時系列のデジタルデータに変換可能に構成されている。
CPU52は、A/D変換器50からx及びdx/dtをデジタルデータとして受信し、受信したx及びdx/dtから(K−G・x2)dx/dtを算出可能に構成されている。なお、第2の実施の形態と同様に、Kは正値の線形フィードバックゲインであり、Gは正値の非線形フィードバックゲインである。
D/A変換器54は、CPU52から(K−G・x2)dx/dtをデジタルデータとして受信し、受信した(K−G・x2)dx/dtをアナログデータのフィードバック制御信号Sに変換し、変換されたアナログデータのフィードバック制御信号Sをドライバ60に送信する構成となっている。
【0055】
本実施の形態は上記のように構成されており、次にその作用について説明する。
CPU52における演算処理がデジタル化されているので、線形フィードバックゲインK及び非線形フィードバックゲインGの調整を柔軟かつ容易に行うことができる。
他の作用は、第2の実施の形態の作用と同様である。
なお、第3の実施の形態及び第4の実施の形態において、制御器40内で演算をデジタル化して行っているが、カンチレバー制御装置1全体における信号の送受信及び演算をデジタル化することも可能である。この場合、サンプリング定理からサンプリング周波数をカンチレバー10の固有振動数の2倍以上とする必要があり、工学上からはサンプリング周波数を5〜10倍とすることが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】第1の実施の形態に係るカンチレバー制御装置のブロック図である。
【図2】第1の実施の形態に係るカンチレバー制御装置によって制御されるカンチレバーの振幅特性の説明図である。
【図3】第2の実施の形態に係るカンチレバー制御装置のブロック図である。
【図4】第3の実施の形態に係るカンチレバー制御装置のブロック図である。
【図5】第4の実施の形態に係るカンチレバー制御装置のブロック図である。
【図6】従来あるカンチレバーのフィードバック制御のブロック図である。
【図7】従来あるカンチレバーのフィードバック制御におけるカンチレバーの振幅特性の説明図である。
【符号の説明】
【0057】
1 カンチレバー制御装置
10 カンチレバー
12 探針
14 変位センサ
20 アクチュエータ
30 振動速度検出器
32 変位算出器
34 変位検出器
36 振動速度算出器
40 制御器
46a、46b 乗算器
48、48a、48b 増幅器
50 A/D変換器
52 CPU
54 D/A変換器
60 ドライバ
70 測定対象物
S、S1 フィードバック制御信号
K、G フィードバックゲイン
x カンチレバーの振動変位
dx/dt カンチレバーの振動速度
C、D 振幅特性の曲線
a 応答振幅
UL 振幅上限値
LL1、KLL2 発振限界値
UL1、KUL2 ゲイン上限値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物の表面形状を測定する原子間力顕微鏡において、
先端に探針を有して振動するカンチレバーと、
前記カンチレバーを自励振動させる振動源と、
前記カンチレバーの振動速度及び振動変位を検出する振動速度変位検出手段と、
前記カンチレバーの振動速度及び振動変位に基づいて前記振動源をフィードバック制御する制御手段と、を備え、
前記制御手段によって生成されるフィードバック制御信号が、
S={K−G・|x|m・(dx/dt)n-1}・dx/dt
ただし、S:フィードバック制御信号
K:正値であるフィードバックゲイン
G:正値であるフィードバックゲイン
x:カンチレバーの振動変位
dx/dt:カンチレバーの振動速度
m:0以上の整数
n:m+n≧2を満足する正の奇数
によって表されることを特徴とするカンチレバー制御装置。
【請求項2】
前記mが0以上の偶数であることを特徴とする請求項1に記載のカンチレバー制御装置。
【請求項3】
前記mが2であり、前記nが1であることを特徴とする請求項1に記載のカンチレバー制御装置。
【請求項4】
前記振動速度変位検出手段が、前記カンチレバーの振動速度を検出する振動速度検出手段と、前記振動速度検出手段が検出した前記カンチレバーの振動速度に基づいて前記カンチレバーの振動変位を算出する変位算出手段と、を有することを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のカンチレバー制御装置。
【請求項5】
前記振動速度変位検出手段が、前記カンチレバーの振動変位を検出する変位検出手段と、前記変位検出手段が検出した前記カンチレバーの振動変位に基づいて前記カンチレバーの振動速度を算出する振動速度算出手段と、を有することを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のカンチレバー制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−208089(P2006−208089A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−18476(P2005−18476)
【出願日】平成17年1月26日(2005.1.26)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】