説明

カーボンナノチューブ表面付着物の処理方法

【課題】本発明は、CNT表面への付着物の除去方法およびCNT表面に吸着したガス分子を精確に制御する方法、更にはそれを利用した好適な計測装置を提供することを課題とする。
【解決手段】カーボンナノチューブ(CNT)先端部の付着物にパルスレーザーを照射することにより、付着物を脱離させる除去方法を提供する。又、CNTを陰極とし、該先端部と対向する位置に陽極を配置して電子回路を構成し、電界の印加によりCNTの先端部に吸着するガス分子にパルスレーザーを照射することにより吸着ガスを脱離させることにより、課題が達成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノチューブ先端部への付着物を除去する技術、及び、電界印加中のカーボンナノチューブの先端部に吸着するガス分子を脱離する技術に関わり、より詳しくは、吸着ガスに光刺激を与えることにより効率的に付着物を脱離させる方法および該方法を用いた計測装置に関わる。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブ(以下CNTと略称する)は、高いアスペクト比を持ち、また炭素原子間の強固な結合に起因する化学的不活性や耐イオン衝撃性を備えることから、理想的な電界放出用陰極材料の一つである。一般にCNTは、グラファイトシートがロール状に巻いた構造をしており、その先端は五員環が6個導入されて多面体的に閉じている。五員環は多面体の各頂点部に位置するため、電界放射においては電界が五員環部に集中し、該部から電子放出が優勢に生ずる。この時、CNT先端部には高電圧が印加されるため、この電界により分極したガス分子はCNTの五員環上に吸着する。
【0003】
上述の現象を利用して、本発明者の一人はカーボンナノチューブへの分子状ガスの吸着と脱離技術に関して、新しい作動原理に基づく小型で高速に作動するスイッチング素子を発明し、特許出願した(特許文献1)。当該技術は、カーボンナノチューブへのガス分子の吸着・脱離を人為的に制御することにより生ずる電子放出量の変化を、2値化すなわちon・offに対応させて高速にスイッチング動作を行わせるというものである。
【0004】
【特許文献1】特開2004−127702号公報
【0005】
ところで、電界放出用陰極材料としてのCNTはアーク放電法、CVD法等により生産されるが、生産されたままのCNT表面は通常カーボン、金属原子等の固体やガス分子等が付着している。これらの付着物を除去するために、CNTを真空容器に設置して10−8Pa程度の高真空状態に保持しつつ、CNTを1,000℃付近で数分間加熱してCNT表面を清浄化する方法が一般に実施されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述の熱処理による方法はCNT全体を加熱するため、基板に接着されたCNTの接着部をも加熱し、接着剥離の原因となっていた。
又、特許文献1の技術はCNT表面へのガス分子の吸着・脱離を、印加電界の有無により制御しようとするものであり、ガス分子の脱離を精確に制御できない問題点があった。そこで本発明は、CNT表面への付着物の除去方法およびCNT表面に吸着したガス分子を精確に制御する方法更にはそれを利用した好適な計測装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
ここにおいて、本発明者等はレーザーによる光刺激を活用して課題を解決すべく鋭意検討した結果、本発明に到達した。
【0008】
すなわち、本発明は、少なくとも片側の先端部が閉じた単層または多層カーボンナノチューブ先端部の付着物にパルスレーザーを照射することにより、付着物を脱離させることを特徴とするカーボンナノチューブ表面付着物の除去方法にかかわる。ここで付着物とは、炭素、ケイ素、金属原子、及びそれらの化合物、ガス分子を意味する。
【0009】
次に本発明は、真空容器内に設置された、少なくとも片側の先端部が閉じた単層または多層のカーボンナノチューブを陰極とし、該先端部と対向する位置に陽極を配置して電子回路を構成し、電界の印加によりカーボンナノチューブ(CNT)の先端部に吸着するガス分子にパルスレーザーを照射することにより吸着ガスを脱離させることを特徴とするカーボンナノチューブ表面に吸着するガス分子の脱離方法に関わる。
【0010】
ここで、パルスレーザーの強度が10〜40mJ/cmであることを特徴としている。パルスレーザー強度が10mJ/cm以下ではガス分子の脱離が十分に行われにくく、一方、パルスレーザー強度が40mJ/cm以上になると、CNT先端部の五員環が損傷を受けやすくなるためである。このような強度のパルスレーザーを発生するレーザーとしては、YAGレーザー、半導体レーザー等が好適に用いられるが、必ずしもこれに限定されるものではない。
【0011】
このように本発明は、電子放出中のCNT先端部の五員環へ付着する、金属原子、無機物、ガス分子等を、五員環が損傷を受けることなく除去させることにより、CNT先端部を清浄化させることができる。さらに、本発明者らは上述のCNT先端部の五員環へのガス吸着・脱離を積極的に活用した計測装置を考案した。
【0012】
すなわち、上述のパルスレーザーによりガス分子が脱離することにより生ずる電流変化から、真空度を計測する方法であり、特に真空度が10−11Pa以下の極高真空度であることを特徴とする真空度計測装置に関わる。公知の超高真空電離真空計は10−2〜10−10Paの真空度を計測することができたが、それ以下の真空度を測定する装置は無かった。
【0013】
又、本発明は、脱離ガスを質量分析計により測定することを特徴とするガスセンサ−装置に関わる。ところで、CNTを用いた気体物質検知方法として、特許文献2(特開2003−227806号公報)及び非特許文献1(Ashish Modi et al, Nature, vol 424, 10
July 2003, pp171-174)が公知であるが、特許文献2はCNT先端部に吸着するガス分子により生ずるCNTの導電性変化から気体物質を検出する方法であり、本発明とは原理が異なっている。又、非特許文献1はCNT先端部に印加される電界によりガス分子がイオン化されることにより生ずる放電電流の変化からガス物質を検出するものであり、本発明のようにパルスレーザーによりガス分子を脱離させる方法とは異なっている。
【0014】
更に本発明は、水素、窒素、ヘリウム、ネオン、アルゴン又はキセノンのいずれかのガス分子にパルスレーザーを照射することにより生ずる電流を2値化してなる超高速スイッチング素子に関わる。
特定のガス分子に限定している理由は、これ以外のガス化合物、例えば酸素、一酸化炭素または二酸化炭素が五員環に吸着・脱離することにより、五員環が損傷を受けやすいためである。ここで超高速スイッチング素子とは、ピコ秒またはフェムト秒単位で作動するスイッチング素子を意味する。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、電界放出用陰極材料としてのCNT電子放出部を、損傷させることなく清浄化できる。又、本発明は、ガス分子の吸着および脱離を精確に行うことができるため、極高真空計測装置、ガスセンサー装置または超高速スイッチング素子として好適に利用される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に本発明の好適な一実施の形態を説明するが、本発明の技術的範囲は下記の実施形態によって限定されるものでなく、その要旨を変更することなく様々に改変して実施することができる。また本発明の技術的範囲は均等の範囲にまで及ぶこともある。
【0017】
本発明に用いる多層カーボンナノチューブは、少なくとも片側の先端部が閉じており、外径は一般的に2〜100ナノメートルである。ところでカーボンナノチューブは6個の炭素原子からなる六員環がネットワークを組んだ筒状をなしているが、閉じた先端部を構成するための幾何学的必然性から5個の炭素原子からなる6個の五員環が存在する。そしてこの6個の五員環は曲率部を形成することから電気的および化学的な活性を有している。なおカーボンナノチューブは必ずしも多層構造である必要はなく、単層でも多層と同様の機能を有している。
【0018】
上述のカーボンナノチューブの閉じた先端部と対向する位置に陽極が配置されているが、電極間距離はガス分子の吸着および脱離が可能な空間があれば良く、一般的には1μm〜50mmが用いられる。そして、電界電子放出は、一般的に1ナノメートルあたり1ないし5ボルトの電界をCNT表面に印加することにより、いわゆるトンネル効果で陰極から陽極に向かって電子が放出される。
【0019】
前述のようにCNTすなわち陰極に電界を印加することにより、雰囲気中に存在するガス分子の分極が生じ五員環部に吸着する。そして、この吸着ガス分子にパルスレーザーを照射することにより、吸着ガス分子はイオン化されて脱離する。この脱離ガスイオンをFaradyカップ(図1参照)又は蛍光スクリーン(図2参照)又は質量分析計(図3参照)を用いて放出電流を測定することにより、脱離時間、ガス圧力、ガスイオンの質量数を測定することができる。
【実施例1】
【0020】
CNTとして、ヘリウム中でアーク放電法により生成した先端部が閉じた外径が約15ナノメートルの多層型カーボンナノチューブを使用した。該カーボンナノチューブを、外径が0.15ミリメートルのタングステンフィラメント上に導電性ペーストを使用して接着した。陽極には、ガス分子の吸着・脱離による放出電流の変化を、Faradyカップを用いて測定した。ここで、ガス分子として水素分子を、印加電圧−800V,パルスレーザーとしてNd-YAGレーザーの2倍波(波長:532nm、エネルギー密度22mJ/cm、パルス幅3〜5ns)を用いた。この時の真空度は1×10−10Torrであった。その結果を図4に示す。図に示すように、パルスレーザー照射時に11nAあった放出電流は、照射後2nAに減少した。これは、水素分子付着時に存在した共鳴トンネル現象が、水素分子がCNT先端部の五員環から脱離することにより消失したためと考えられる。
【実施例2】
【0021】
実施例1の実験条件からエネルギー密度のみを25mJ/cmとし、他は同様の条件でCNT表面部への水素ガスの吸着および脱離を行わせ、この時のCNT表面への水素分子の吸着・脱離現象を電界放射顕微鏡(FEM)にて観察した。この結果を図5に示すが、図に示すようにパルスレーザーの照射により、吸着水素分子は脱離していることがわかる。ここで、CNT表面はパルスレーザー照射後も損傷を受けていないことを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】CNT表面に吸着したガス分子をパルスレーザー照射により脱離させ、放出電流変化をFaradyカップを用いて測定する様子を示した模式図である。
【図2】CNT表面に吸着したガス分子をパルスレーザー照射により脱離させ、放出電流変化を蛍光スクリーンを用いて超高真空度を測定する様子を示した模式図である。
【図3】CNT表面に吸着したガス分子をパルスレーザー照射により脱離させ、脱離ガスイオンを質量分析計を用いてガス種およびガス濃度を測定する様子を示した模式図である。
【図4】CNT表面に吸着したガス分子をパルスレーザー照射により脱離させ、放出電流変化を測定した結果を示す図である。
【図5】CNT表面に吸着したガス分子をパルスレーザー照射により脱離させ、照射前にCNT表面に吸着した水素ガスが照射後に脱離したことを示す電界放射顕微鏡(FEM)写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも片側の先端部が閉じた単層または多層カーボンナノチューブ先端部の付着物にパルスレーザーを照射することにより、付着物を脱離させることを特徴とするカーボンナノチューブ表面付着物の除去方法。
【請求項2】
真空容器内に設置された、少なくとも片側の先端部が閉じた単層または多層のカーボンナノチューブを陰極とし、該先端部と対向する位置に陽極を配置して電子回路を構成し、電界の印加によりカーボンナノチューブの先端部に吸着するガス分子にパルスレーザーを照射することにより、吸着ガスを脱離させることを特徴とするカーボンナノチューブ表面に吸着するガス分子の脱離方法。
【請求項3】
前記におけるパルスレーザーの強度が10〜40mJ/cmであることを特徴とする請求項2に記載のカーボンナノチューブ表面に吸着するガス分子の脱離方法。
【請求項4】
請求項2乃至3に記載のカーボンナノチューブ表面に吸着するガス分子の脱離方法により生ずる電流変化から、真空度を計測する方法。
【請求項5】
請求項4において、真空度が10−11Pa以下の極高真空度であることを特徴とする真空度計測装置。
【請求項6】
請求項2乃至3の何れかに記載の脱離ガスを質量分析計により測定することを特徴とするガスセンサ−装置。
【請求項7】
請求項2乃至3において、ガス分子を水素、窒素、ヘリウム、ネオン、アルゴン又はキセノンのいずれかとし、該ガス分子にパルスレーザーを照射することにより生ずる電流を2値化してなる超高速スイッチング素子。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−186353(P2007−186353A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−3419(P2006−3419)
【出願日】平成18年1月11日(2006.1.11)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】