説明

ガスバリア性フィルム及びその製造方法

【課題】大気圧プラズマCVD法でも作成可能な、着色のほとんど無いガスバリア性フィルムを提供すること。
【解決手段】基材と、前記基材の片面又は両面に形成された金属酸化物膜とを有するガスバリア性フィルムであって、当該金属酸化物膜表面が含炭素化合物により表面処理されていることを特徴とするガスバリア性フィルムとする。この表面処理は、特定の炭化水素を用いることにより大気圧プラズマCVD法でも実施することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスバリア性フィルム及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、酸素や水蒸気に対するバリア性に優れたガスバリア性フィルム及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスバリア性フィルムは、主に、内容物の品質を変化させる原因となる酸素や水蒸気等の影響を防ぐために、食品や医薬品等の包装材料として用いられたり、液晶表示パネルやEL表示パネル等に形成されている素子が酸素や水蒸気に触れて性能劣化するのを避けるために、電子デバイス等のパッケージ材料として用いられたりしている。また、近年においては、従来ガラス等を用いていた部分にフレキシブル性や耐衝撃性を持たせる等の理由から、ガスバリア性フィルムが用いられる場合もある。
【0003】
このようなガスバリア性フィルムは、プラスチックフィルムを基材として、その片面又は両面にガスバリア層を形成する構成をとるのが一般的である。そして、当該ガスバリア性フィルムは、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、減圧プラズマCVD法等により、酸化珪素や酸化アルミニウムを積層して得られるのが一般的であるが、いずれの方法を用いた場合であっても、積層した膜の表面に微小な欠損を生じたり、酸化珪素膜や酸化アルミニウム膜の表面が親水性であったりすることから、十分な酸素バリア性能や水蒸気バリア性能が得られないという問題があった。
【0004】
このような問題を解決するため、例えば、特許文献1では、基材に酸化珪素膜を形成した後に、当該酸化珪素皮膜上に炭素化合物を含有する層を形成させたガスバリア性フィルムが提案されている。このようなガスバリア性フィルムは、酸化珪素膜の微小な欠損部が炭素化合物を含有する層で埋められる他、当該炭素化合物を含有する層の存在により膜の表面が疎水性となるので、高い酸素バリア性能や水蒸気バリア性能を発現する。しかし、このようなガスバリア性フィルムは、100Pa以下という高度に減圧された環境を必要とする減圧CVD法によって作成されるため、その製造設備が大規模なものとなるばかりでなく、ランニングコストも大きいという問題があった。
【0005】
また、特許文献2では、基材の表面に酸化珪素などからなるガスバリア層と、ガスバリア層表面に有機膜からなる撥水層を配したガスバリア性フィルムが提案されている。そして、当該フィルムの撥水層は、CVD法により形成されたものであることが特に好ましいとされ(特許文献2;段落0036)、CVD法に使用される炭化水素系材料としては、アセチレンやエチレンが特に好ましいことが述べられている(特許文献2;段落0093)。しかし、このようにエチレン性の不飽和結合を有する材料を使用してCVD法により膜を形成しようとすると、反応性の高いエチレン性の不飽和結合部分が次々に重合してしまい、撥水層の膜厚が大きくなり過ぎて、フィルムが着色してしまうという問題を生じる。このようなガスバリア性フィルムは、食品や医薬品の包装など、内容物の視認性が求められる用途には適さない。また、エチレンやアセチレンなどのようにガス状の材料を使用すると、特に、大気圧CVD法のように開放された環境で皮膜を形成しようとした場合に、安全性や操作性の面で問題があった。
【0006】
【特許文献1】特開平8−142252号公報
【特許文献2】特開2003−53873号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は以上のような状況に鑑みてなされたものであり、大気圧プラズマCVD法でも作成可能な、着色のほとんど無いガスバリア性フィルムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意研究の結果、基材フィルムの片面又は両面に、常温・常圧で液体である有機珪素化合物を使用したプラズマCVD加工を施すことにより、酸化珪素を主成分とする薄膜を形成させ、その後さらに、常温・常圧で液体である炭化水素を使用したプラズマCVD加工を施すことにより、当該薄膜の表面を炭素化合物で表面処理すると、着色がほとんど無く、透明性の高いガスバリア性フィルムを得ることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち本発明は、(1)基材と、前記基材の片面又は両面に形成された金属酸化物膜とを有するガスバリア性フィルムであって、前記金属酸化物膜表面が含炭素化合物により表面処理されていることを特徴とするガスバリア性フィルムである。
【0010】
また本発明は、(2)前記表面処理が、エチレン性不飽和結合を持たない有機化合物を使用したプラズマCVD法によってなされたものであることを特徴とする前記(1)項記載のガスバリア性フィルムである。
【0011】
また本発明は、(3)前記エチレン性不飽和結合を持たない有機化合物が、分枝を有していてもよく、フッ素原子を含んでいてもよい炭素数5〜8の脂肪族化合物、脂環族化合物、及び芳香族化合物からなる群より選択される少なくとも1つを含むことを特徴とする前記(2)項記載のガスバリア性フィルムである。
【0012】
また本発明は、(4)前記プラズマCVD法による表面処理が、大気圧プラズマCVD法による表面処理であることを特徴とする前記(2)項又は(3)項記載のガスバリア性フィルムである。
【0013】
また本発明は、(5)前記含炭素化合物により表面処理された金属酸化物膜について、ESCA装置で最表面部分の原子組成と、最表面から5nm内部の原子組成とを測定した場合に、最表面部分の炭素原子の組成割合に対して、最表面から5nm内部の炭素原子の組成割合が30%以下となることを特徴とする前記(1)項から(4)項のいずれか1項記載のガスバリア性フィルムである。
【0014】
また本発明は、(6)前記金属酸化物膜が、酸化珪素の膜である前記(1)項から(5)項のいずれか1項記載のガスバリア性フィルムである。
【0015】
また本発明は、(7)前記金属酸化物膜が、大気圧プラズマCVD法により形成されたことを特徴とする前記(1)項から(6)項のいずれか1項記載のガスバリア性フィルムである。
【0016】
また本発明は、(8)有機珪素化合物を使用した大気圧プラズマCVD法により、基材の表面に珪素酸化物を積層させて珪素酸化物層を形成する工程と、エチレン性不飽和結合を持たない化合物を使用した大気圧プラズマCVD法により、前記珪素酸化物層表面を表面改質する工程とを含むガスバリア性フィルムの製造方法である。
【0017】
また本発明は、(9)前記エチレン性不飽和結合を持たない化合物が、炭素数5〜8の分枝を有していてもよい脂肪族化合物、脂環族化合物、及び芳香族化合物からなる群より選択される少なくとも1つを含むことを特徴とする前記(8)項記載のガスバリア性フィルムの製造方法である。
【0018】
また本発明は、(10)前記表面改質された珪素酸化物層について、ESCA装置で最表面部分の原子組成と、最表面から5nm内部の原子組成とを測定した場合に、最表面部分の炭素原子の組成割合に対して、最表面から5nm内部の炭素原子の組成割合が30%以下となることを特徴とする前記(8)項又は(9)項記載のガスバリア性フィルムの製造方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明のガスバリア性フィルムは、着色がほとんど無いため、食品や医薬品の包装など、内容物の視認性が求められる用途に適するものである。また、本発明のガスバリア性フィルムは、大気圧プラズマCVD法により作成することも可能なので、減圧プラズマCVD法により作成されていた従来のガスバリア性フィルムに比べて、設備を簡素化することができ、生産のランニングコストを低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明は、ガスバリア性フィルム及びその製造方法に係るものである。以下、それぞれ説明する。
【0021】
本発明のガスバリア性フィルムは、基材と、当該基材の片面又は両面に形成された金属酸化物膜とを有するフィルムであって、当該金属酸化物膜表面が含炭素化合物により表面処理されていることを特徴とするものである。このようなガスバリア性フィルムは、酸素や水蒸気の透過を最小限に抑えることができるので、酸素や水蒸気によって変質しやすい食品や医薬品の包装材料に適するほか、酸素や水蒸気に触れて性能劣化するような電子デバイス等のパッケージ材料として適するものである。とりわけ本発明のガスバリア性フィルムは、着色のほとんど無い、透明性の高いフィルムであるので、特に、内容物の視認性が求められる用途に好ましく使用される。
【0022】
[基材]
本発明のガスバリア性フィルムに使用される基材は、ガスバリア性フィルムの使用目的、被包装物の物性、特性等から適宜選択することが可能であり、例えば、可撓性の樹脂フィルムを用いることができる。具体的には、ポリエステル、ナイロン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリカーボネート、ポリビニルアルコール、セルロース、ポリアクリレート、ポリウレタン、セロハン、ポリエチレンテレフタレート、アイオノマー等の延伸又は未延伸の樹脂フィルムを例示することができる。これら基材の厚みは、バリア性フィルムの使用目的、製造時の安定性等から適宜設定することができ、例えば、10〜100μmなどとすることができる。
【0023】
[金属酸化物膜]
本発明のガスバリア性フィルムは、金属酸化物膜を有する。金属酸化物膜は、基材にガスバリア性能を付与するものであり、用途に応じて、基材の片面のみに設けることも、基材の両面に設けることもできる。膜を構成する金属酸化物としては、珪素酸化物あるいはアルミニウム酸化物などを使用することができる。このような膜は、珪素又はアルミニウムの蒸気を、酸素の存在下、酸化させながら基材に付着させるPVD法で形成することも可能であるし、基材付近でグロー放電によりプラズマを発生させ、当該プラズマ中に有機珪素化合物の蒸気を導入して、基材表面に珪素酸化物を付着させるプラズマCVD法で形成することも可能である。これらのうち、高温の金属蒸気を使用しないプラズマCVD法は、基材に熱によるダメージを与える可能性が小さい点で好ましい。また、基材に積層する金属酸化物としては、プラズマCVD法で積層するのに適する点で珪素酸化物が好ましい。プラズマCVD法としては、100Pa以下という高度に減圧された環境で行う減圧プラズマCVD法と、常圧で行う大気圧プラズマCVD法とが挙げられ、いずれを使用しても基材表面に金属酸化物膜を形成することが可能であるが、設備の導入コストやランニングコストを考慮すると、大気圧プラズマCVD法を使用することが好ましい。
【0024】
なお、基材表面と金属酸化物膜との密着を高めるために、金属酸化物膜を形成する工程に入る前に、基材表面をコロナ処理等の表面処理を行ってもよい。
また、金属酸化物膜の厚みは、バリア性フィルムの使用目的などに応じて適宜設定することが可能であり、例えば、50〜200nmなどとすることができる。
【0025】
プラズマCVD法により金属酸化物膜を形成する場合には、金属源として有機珪素化合物が使用される。有機珪素化合物には、常温・常圧において気体のものと液体のものとがあるが、大気圧プラズマCVD法のように外部に開放された環境である金属酸化物膜を形成する場合には、安全性や操作性の観点から、常温・常圧において液体のものが好ましい。本発明において使用される有機珪素化合物としては、1,1,3,3−テトラメチルジシロキサン、ヘキサメチルジシラザン、ビニルトリメチルシラン、メチルトリメトキシシラン、ヘキサメチルジシラン、メチルシラン、ジメチルシラン、トリメチルシラン、ジエチルシラン、プロピルシラン、フェニルシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、オクタメチルシクロテトラシロキサン等が例示される。このなかでは、特に1,1,3,3−テトラメチルジシロキサン、ヘキサメチルジシラザンが好ましく用いられる。なお、これらの有機珪素化合物は、常温・常圧で液体である。
【0026】
ところで、上記金属酸化物膜の表面には水酸基が含まれる。このため、基材に積層された金属酸化物膜の表面は、一般に親水性を呈するものであり、空気中の水分を吸着しやすい性質がある。そして、金属酸化物膜表面に水分が吸着されると、その水分は徐々に内部へと浸透していくことになるため、水蒸気に対するバリア性が低下する一因となる。また、ガスバリア性フィルムが包装容器として使用された場合には、折り曲げなどの力がフィルムに加わることによって、金属酸化物膜の表面に微細なクラックが生じる場合があり、このようなクラックもガスバリア性を低下させる一因となる。そこで、本発明のガスバリア性フィルムは、含炭素化合物による表面処理がなされる。このような表面処理が施されることにより、親水性である金属酸化物膜表面が疎水化されて空気中の水分が吸着されるのを防止することができるほか、金属酸化物の表面が保護されて折り曲げなどの力によってクラックが生じるのを防止することができる。
【0027】
[含炭素化合物による表面処理]
金属酸化物膜への含炭素化合物による表面処理は、プラズマCVD法により行われる。上記の通り、金属酸化物膜の形成もプラズマCVD法によって行うことができるので、金属酸化物膜の形成工程と、金属酸化物膜の表面処理工程とを、プラズマCVD法により連続して行うことが、製造工程を簡略にすることができるという点で好ましいが、これらを別個の工程として行っても当然構わない。
【0028】
プラズマCVD法としては、上記のように、減圧プラズマCVD法と、大気圧プラズマCVD法とが挙げられる。これらのうち、減圧プラズマCVD法は、従来、広く用いられてきた手法であり、プラズマCVDを行う際に反応ガス以外の成分(例えば大気中に含まれる酸素など)の存在を最小限にすることができる点で優れた方法である。減圧プラズマCVD法を採用して含炭素化合物による表面処理を行うには、例えば特許文献1に述べられているように、反応ガスとして有機珪素化合物と酸素を導入することにより、基材に近い部分では珪素酸化物を主として堆積させ、その後、有機珪素化合物と酸素の導入割合を制御することにより、膜の外側では炭素成分を多く含んだ膜を堆積させる方法が知られている。このような膜を基材上に形成することにより、酸素と水蒸気に対して高いバリア性を有するガスバリア性フィルムを製造することができる。
【0029】
一方、大気圧プラズマCVD法は、上記減圧プラズマCVD法の場合と異なり、周囲に酸素などの不純物が多量に存在した環境で行われる。このため、上記特許文献1と同様の方法では、含炭素化合物による表面処理が困難である。なぜなら、プラズマ中に導入した有機珪素化合物は、その共有結合が切断されたときに、大気中の酸素や水蒸気とすぐに反応して酸化珪素となるため、有機珪素化合物と酸素の導入比率を制御することによっては、膜の珪素/炭素比率をコントロールすることが困難なためである。しかしながら、大気圧プラズマCVD法は、高度に減圧された環境を必要としないため、設備の導入コストやランニングコストを低減できる点で優れた加工法である。後述するが、本発明のガスバリア性フィルムの製造方法は、このような大気圧プラズマCVD法を使用した場合であっても、膜表面の炭素濃度を高めることができる点で優れた方法である。
【0030】
金属酸化物膜表面に存在する含炭素化合物の炭素源として使用される化合物は、フッ素化されていてもよい炭化水素である。これらの化合物は、プラズマCVD法による表面処理工程の際にプラズマ中に導入されることにより反応活性種となり、あらかじめ形成されている金属酸化物膜表面と反応して、含炭素化合物を金属酸化物膜の表面に形成する。なお、従来この種の工程には、エチレン性の不飽和結合を有する化合物が使用されることが多かったが、本発明のガスバリア性フィルムは、エチレン性の不飽和結合を有しないフッ素化されていてもよい炭化水素を使用する。このような化合物を使用する理由は、その反応性に着目したためである。すなわち、エチレン性の不飽和結合を有する有機化合物は、プラズマ中に導入されて反応活性種となった際に有機化合物同士で次々に重合してしまい、金属酸化物膜の表面に厚い膜を形成するのに対して、エチレン性の不飽和結合を有しない有機化合物は、反応活性種となった際に有機化合物同士で次々と重合するような化学反応がエチレン性の二重結合を有する場合よりも起こりにくいので、金属酸化物膜表面に原子レベルの表面処理を施すことが可能と考えたためである。金属酸化物膜表面の含炭素化合物による膜の厚みが大きくなればなるほど、ガスバリア性フィルムは黄色の着色が強くなるので、本発明のガスバリア性フィルムのように原子レベルの表面処理を施すことができれば、着色を極めて小さくすることができる点で好ましい。
【0031】
このような炭化水素の中でも、大気圧プラズマCVD法により表面処理を行う場合には、常温・常圧で液体のものが好ましく、とりわけ炭素数5〜8の、分枝を有していてもよい脂肪族化合物、脂環族化合物、又は芳香族化合物が好ましく使用される。常温・常圧で液体の炭化水素を使用することにより、大気圧プラズマCVD法のように外部に開放された環境でであっても、安全かつ良好な操作性で表面処理加工を行うことができる。また、炭化水素の炭素数が5〜8の範囲であれば、常温・常圧で液体であるばかりでなく、適切な揮発性を有するのでキャリアガスとともにプラズマ内に導入するのが容易である。具体的には、n−ペンタン、n−ヘキサン、n−ヘプタン、2−メチルブタン、2−メチルペンタン、3−メチルペンタン、2,3−ジメチルブタン、2,2−ジメチルブタン、2,3−ジメチルペンタン、2,4−ジメチルペンタン、3,3−ジメチルペンタン、2,2−ジメチルペンタン、3−エチルペンタン、2−メチルペンタン、3−メチルヘキサン等の分枝を有していてもよい脂肪族化合物;シクロペンタン、シクロヘキサン、シクロヘプタン、メチルシクロペンタン、エチルシクロペンタン、シス−1,3−ジメチルシクロペンタン、メチルシクロヘキサン、ノルボルナン等の脂環族化合物;ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン等の芳香族化合物が例示される。なお、これらの化合物の水素原子の全部又は一部がフッ素化されていてもよい。そのような化合物としては、1,1,3−トリフルオロプロパン、1,1,2,3-テトラフルオロプロパン、1,3−ジフルオロ−2−メチルブタン、1,1−ジフルオロブタン、1,2−ジフルオロ−2−メチルプロパン、1,1,3−トリフルオロ−2−メチルプロパン、1,1,1,4−テトラフルオロブタン、1,2,3−トリフルオロ−2−フルオロメチルプロパン等が例示される。
【0032】
上記表面処理により金属酸化物膜表面に含炭素化合物が結合するが、本発明のガスバリアフィルムは、当該金属酸化物膜のごく表面付近に炭素原子が集中して存在し、その内部では炭素原子の存在量が著しく小さくなるという特徴を有する。このような特徴により、金属酸化物膜表面の疎水性を効果的に向上させつつ、含炭素化合物の存在によるガスバリア性フィルムの着色を極力小さくすることが可能になる。上記従来技術には、このように炭素原子を金属酸化物膜のごく表面付近に炭素原子を集中して存在させた例が無く、本発明のガスバリア性フィルムに適用される上記表面処理を採用することによって初めてこのようなガスバリア性フィルムを得ることができる。
【0033】
金属酸化物膜に存在する原子組成は、ESCA(Electron
Spectroscopy for Chemical Analysis)装置によって調べることが可能である。ESCA装置とは、X線を利用した表面元素分析装置であり、内蔵されているArエッチング銃を使用することにより、物体の表面のみならず、その内部の原子組成を調べることが可能な装置である。本発明のガスバリア性フィルムは、ESCA装置で最表面部分の原子組成と、最表面から5nm内部の原子組成とを測定した場合に、最表面部分の炭素原子の組成割合に対して、最表面から5nm内部の炭素原子の組成割合が30%以下であることが好ましく、25%以下がより好ましく、20%以下が最も好ましい。最表面部分の炭素原子の組成割合に対して、最表面から5nm内部の炭素原子の組成割合が30%以下であれば、ガスバリア性フィルムの着色を抑え、内部視認性良好なガスバリア性フィルムを作成することができる。なお、ESCA装置で最表面部分の原子組成を測定した際の炭素原子の組成割合が15%以上であれば、水分の吸着を抑制し、良好なガスバリア性能が得られるので好ましい。
【0034】
[ガスバリア性フィルム]
本発明のガスバリア性フィルムは、基材上に金属酸化物膜が積層されたものであり、金属酸化物膜の表面が含炭素化合物で表面処理されたものである。これまで、基材、金属酸化物膜、及び有機物層の三層構造となっているガスバリア性フィルムは良く知られてきたが、本発明のガスバリア性フィルムは、有機物層を積層させる代わりに、含炭素化合物による表面処理を行う点で新しいものである。含炭素化合物による表面処理とは、珪素酸化物膜表面の珪素原子に対して、プラズマ内で生成した、炭化水素由来の有機反応活性種を直接反応させる処理である。このため、有機化合物を積層させて有機物層を形成するという従来の概念とは異なり、表面改質に近い概念になる。本発明のガスバリア性フィルムは、このように原子レベルの表面処理層を有しているので、有機化合物を積層させた場合にしばしば観察される黄色の着色がほとんど無いにもかかわらず、水蒸気や酸素に対するバリア性に優れた性質を有している。このため、本発明のガスバリア性フィルムは、特に内部の視認性が求められる用途において好ましく使用される。
【0035】
[ガスバリア性フィルムの製造方法]
次に本発明のガスバリア性フィルムの製造方法について説明する。既に述べたように、本発明のガスバリア性フィルムは、基材上に、金属酸化物膜を形成し、さらにその表面を含炭素化合物で表面処理することにより得られる。基材上に金属酸化物膜を形成させるには、PVD法、減圧プラズマCVD法、大気圧プラズマCVD法、熱CVD法等、公知の方法を使用することができる。また、金属酸化物膜表面を含炭素化合物により表面処理するには、減圧プラズマCVD法又は大気圧プラズマCVD法により、炭化水素由来の活性種を金属酸化物膜表面と反応させればよい。ここで、これらのプラズマCVD法に使用される炭化水素としては、常温・常圧で液体のものが好ましく、とりわけ炭素数5〜8の、分枝を有していてもよい脂肪族化合物、脂環族化合物、又は芳香族化合物が好ましい。上記表面処理は、減圧、大気圧を問わずプラズマCVD法により行うことができるが、特に上記例示された炭化水素を炭素源として使用することにより、大気圧プラズマCVD法によって行うことが可能となっている。よって、設備の導入コストやランニングコストを低く抑えることが可能な点からは、大気圧プラズマCVDが好ましいといえる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0037】
[珪素酸化物膜の形成]
ルミラーU34#75(登録商標、東レ株式会社製ポリエステルフィルム、厚み75μm)を基材として、大気圧プラズマCVD装置(積水化学工業株式会社製)を使用して珪素酸化物膜を基材の上に形成した。珪素源としてはヘキサメチルジシラザンを使用し、60℃に加温したヘキサメチルジシラザン中にキャリアガス(窒素)を15mL/minの流速で通過(バブリング)させ、当該キャリアガスと反応ガス(酸素、50mL/min)とをプラズマ中に導入することにより反応させた。プラズマ生成の条件は、パルス電圧95V、パルス周波数20KHzとし、電極、ガス配管、及び基板温度は80℃に加温した。なお、雰囲気ガスとして窒素ガスを流速81mL/minで装置に導入しながら反応を行った。珪素酸化物膜の厚みは、150nmとした。
【0038】
[珪素酸化物膜の表面処理(実施例1〜4、比較例1、及び比較例4)]
<実施例1>
上記方法により基板上に珪素酸化物膜を形成した後、キャリアガスの流路をヘキサメチルジシラザンから、炭素源のn−ヘキサン(60℃に加温)に変更して、珪素酸化物膜の表面処理を行った。キャリアガスの流路を変更した点と、反応ガス(酸素)の導入を行わなかった点以外は、上記珪素酸化物膜形成の場合と同様の条件で7分間反応させ、実施例1のガスバリア性フィルムを作成した。
<実施例2>
炭素源として、n−ヘキサンの代わりにn−ヘプタンを使用した点以外は、実施例1と同様の方法により、実施例2のガスバリア性フィルムを作成した。
<実施例3>
炭素源として、n−ヘキサンの代わりにメチルシクロヘキサンを使用した点以外は、実施例1と同様の方法により、実施例3のガスバリア性フィルムを作成した。
<実施例4>
炭素源として、n−ヘキサンの代わりにキシレンを使用した点以外は、実施例1と同様の方法により、実施例4のガスバリア性フィルムを作成した。
<比較例1>
上記方法により基板上に珪素酸化物膜を形成した後、キャリアガスがヘキサメチルジシラザンを通過しない流路(すなわち、キャリアガスのみがプラズマ中に供給される流路)とし、珪素酸化物膜の表面処理を行った。キャリアガスの流路を変更した点と、反応ガス(酸素)の導入を行わなかった点以外は、上記珪素酸化物膜形成の場合と同様の条件で7分間反応させ、比較例1のガスバリア性フィルムを作成した。
<比較例4>
炭素源として、n−ヘキサンの代わりに2,3−ジメチル−1,3−ブタジエンを使用した点以外は、実施例1と同様の方法により、比較例4のガスバリア性フィルムを作成した。
【0039】
[比較例2、3の作成]
<比較例2>
上記方法により基板上に珪素酸化物膜を形成し、その後の表面処理を行わなかったものを比較例2のガスバリア性フィルムとした。
<比較例3>
生基板(ルミラーU34#75)を比較例3とした。
【0040】
[水蒸気透過度の測定]
温度40℃、湿度90%RHでMOCON社製のPERMATRNにて、水蒸気透過度(g/m・day)を測定した。結果を表1に示す。
[酸素透過度の測定]
温度23℃、湿度90%RHでMOCON社製のOXTRANにて、酸素透過度(cc/m・day)を測定した。結果を表1に示す。
[全光線透過率]
全光線透過率は、株式会社島津製作所製のMPC−2100にて測定した。結果を表1に示す。
[ESCAによる原子組成測定]
サーモサイエンティフィック社製のESCAにて、実施例1〜3、及び比較例4のガスバリア性フィルムについて、最表面及び最表面から5nm内部の元素組成を測定した。結果を表2に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

【0043】
表1から、本発明にかかる実施例1〜4は、含炭素化合物による表面処理がなされていない比較例1及び2よりも良好な水蒸気バリア性及び酸素バリア性を示すことがわかる。また、「エチレン性不飽和結合を有する化合物」で表面処理を行った比較例4が黄色に着色していたのに対して、本発明にかかる実施例1〜4が無色だった点から、本発明のガスバリア性フィルムが、従来のガスバリア性フィルムよりも良好な視認性を有することが示された。さらに、ESCAの測定結果によれば、本発明のガスバリア性フィルム(実施例1)は、その最表面に炭素原子が集中して存在しており、最表面から5nm内部に入ると炭素原子の存在量が著しく減少することがわかる。これに対して、従来のガスバリア性フィルム(比較例4)では、最表面から5nm内部に入っても、依然として炭素原子が相当量存在していることがわかる。このことから、本発明にかかるガスバリア性フィルムは、従来のガスバリア性フィルムとは異なる組成を持ち、それにより高い透明性を有していることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明のガスバリア性フィルムは、良好な水蒸気バリア性及び酸素バリア性を有し、かつ着色がほとんど無いという特性を有する。このことから、ガスバリア性とともに内部の視認性が求められる用途に好ましく利用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の片面又は両面に形成された金属酸化物膜とを有するガスバリア性フィルムであって、前記金属酸化物膜表面が含炭素化合物により表面処理されていることを特徴とするガスバリア性フィルム。
【請求項2】
前記表面処理が、エチレン性不飽和結合を持たない有機化合物を使用したプラズマCVD法によってなされたものであることを特徴とする請求項1記載のガスバリア性フィルム。
【請求項3】
前記エチレン性不飽和結合を持たない有機化合物が、分枝を有していてもよく、フッ素原子を含んでいてもよい炭素数5〜8の脂肪族化合物、脂環族化合物、及び芳香族化合物をからなる群より選択される少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項2記載のガスバリア性フィルム。
【請求項4】
前記プラズマCVD法による表面処理が、大気圧プラズマCVD法による表面処理であることを特徴とする請求項2又は請求項3記載のガスバリア性フィルム。
【請求項5】
前記含炭素化合物により表面処理された金属酸化物膜について、ESCA装置で最表面部分の原子組成と、最表面から5nm内部の原子組成とを測定した場合に、最表面部分の炭素原子の組成割合に対して、最表面から5nm内部の炭素原子の組成割合が30%以下となることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項記載のガスバリア性フィルム。
【請求項6】
前記金属酸化物膜が、酸化珪素膜である請求項1から請求項5のいずれか1項記載のガスバリア性フィルム。
【請求項7】
前記金属酸化物膜が、大気圧プラズマCVD法により形成されたことを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか1項記載のガスバリア性フィルム。
【請求項8】
有機珪素化合物を使用した大気圧プラズマCVD法により、基材の表面に珪素酸化物を積層させて珪素酸化物層を形成する工程と、エチレン性不飽和結合を持たない化合物を使用した大気圧プラズマCVD法により、前記珪素酸化物層表面を表面改質する工程とを含むガスバリア性フィルムの製造方法。
【請求項9】
前記エチレン性不飽和結合を持たない化合物が、炭素数5〜8の分枝を有していてもよい脂肪族化合物、脂環族化合物、及び芳香族化合物からなる群より選択される少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項8記載のガスバリア性フィルムの製造方法。
【請求項10】
前記表面改質された珪素酸化物層について、ESCA装置で最表面部分の原子組成と、最表面から5nm内部の原子組成とを測定した場合に、最表面部分の炭素原子の組成割合に対して、最表面から5nm内部の炭素原子の組成割合が30%以下となることを特徴とする請求項8又は請求項9記載のガスバリア性フィルムの製造方法。

【公開番号】特開2009−286041(P2009−286041A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−142312(P2008−142312)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】