説明

ガラスの製造方法および赤外カットフィルター

【課題】 光学ガラスや赤外カットフィルターガラスなどとして用いられる品質の良好なPを含むガラスを、操作が容易で、かつ安全であって、工業的に有利に製造する方法、およびこの方法で得られたガラスを用いてなる赤外カットフィルターを提供する。
【解決手段】 Pを含むガラスを製造するに際し、結晶水を有するリン酸塩粉末原料を使用するガラスの製造方法、およびこの方法で製造されたガラスを用いてなる赤外カットフィルターである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラスの製造方法および赤外カットフィルターに関する。さらに詳しくは、本発明は、光学ガラスや赤外カットフィルターガラスなどとして用いられるPを含むガラスを、品質よく、かつ工業的に有利に製造する方法、およびこの方法で得られたガラスを用いてなる赤外カットフィルターに関するものである。
【背景技術】
【0002】
リン酸はガラス成分として古くから使用されてきた。特にリン酸塩ガラスは一般的なシリケートガラスやボロシリケートガラスにはない光学的特性、熱的特性、化学的特性を有するため、フィルターガラスや低融点ガラスなどに広く用いられている。
従来、Pを含むガラスを製造する場合、該Pを形成する原料として、一般にHPO(正リン酸)が広く用いられている。これは、無水リン酸(P)は吸水性が強く、大気中の水分とすぐに反応するため、多成分ガラスの原料としては、使用が難しいからである。すなわち、無水リン酸は調合中にも吸水し、正確なリン成分の計量が難しいが、一定量の水と反応した正リン酸は性状が安定しており、正確な調合が可能である。
【0003】
しかしながら、正リン酸は液体であるため、調合や他の原料との混合が難しく、特に大量生産のガラスにおいては調合・混合設備が大がかりになりすぎるという問題がある。また、液体であるため計量器や混合機への原料の付着が大きく、装置洗浄も頻繁に行わなければならない。さらに混合原料を炉に投入し溶解する際も、液体原料を使用するが故に、液状やケーキ状の原料をポンプやスコップなどで投入する必要がある。しかも、炉への投入時に急激に水が蒸発するため、水蒸気爆発などの危険がある上、原料の飛散が多くガラスの品質も安定しにくい。
【0004】
一方、調合、混合、投入を簡単に行うために、メタリン酸塩原料の使用も行われている。すなわち、リン成分及び他の成分に応じて適宜メタリン酸塩原料を選定し使用する。例えば、メタリン酸アルミニウム、メタリン酸バリウム、メタリン酸カルシウム、メタリン酸ナトリウム等が広く用いられている。これらのメタリン酸塩は正リン酸塩と異なり、乾燥した粉末原料であるため、通常の試薬原料と同様に扱える。すなわち、乾燥重量で調合し、乾式混合し、紛状の混合原料を炉に投入できる。したがって、調合・混合装置は簡素なもので良く、投入時の飛散や爆発の危険性も少ない。
【0005】
しかしながら、メタリン酸塩原料は水分を含まないため、得られたガラスは、正リン酸を使用したガラスと性状が異なる。特にガラスの酸化還元状態に大きな差がある。例えば、正リン酸を使用したガラスに比べて、着色が大きい、清澄性が悪い、遷移元素が還元するなどの問題がある。
【0006】
ところで、カラーVTRカメラなどに使用されるCCD(固体撮像素子)の視感度補正フィルターである近赤外吸収フィルターに用いられるガラスは、着色成分としてCuOを添加し、そのCu2+イオンによる吸収を利用して、700nmより長波長側を吸収する性質が付与されているが、この場合、ガラスのネットワークフォーマーの主成分としてPを用いないと、Cu2+イオンによる良好な吸収が発揮されない。したがって、リン酸塩ガラスやフツリン酸塩ガラスにCuOを添加したガラスが用いられている。
しかしながら、このような赤外吸収フィルター用ガラスにおいて、Pを形成する原料として前記のメタリン酸塩を使用すると、Cu2+イオンが還元されて、短波長の透過率が低下しやすくなるといった問題が生じる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような事情のもとで、光学ガラスや赤外カットフィルターガラスなどとして用いられる品質の良好なPを含むガラスを、操作が容易で、かつ安全であって、工業的に有利に製造する方法、およびこの方法で得られたガラスを用いてなる赤外カットフィルターを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、ガラス成分のPを形成する原料として、結晶水を有するリン酸塩粉末原料を用いることにより、ガラス原料の調合が容易である上、粉末原料でありながら、ガラス製造時に水を供給することができ、以下に示す効果が発揮されるという知見を得た。
【0009】
結晶水からの水が供給されることにより、(1)Cu2+イオンやTi4+イオンなどの遷移金属イオンの還元が抑制され、短波長の透過率の低下を抑えることができる、(2)ガラスの品質欠陥である泡や、ガラス製造に用いられる白金製装置からの還元による白金の溶出などを低減することができる、(3)従来使用されていたAs、Sb、硝酸塩などの還元防止剤を使用しなくてもよいため、AsやSbの含有したガラスや粉塵の排出をなくすことができ、また、溶融ガラスから排出される窒素酸化物もなくすことができる、などの効果が発揮される。
本発明は、かかる知見に基づいて完成したものである。
【0010】
すなわち、本発明は、
(1) Pを含むガラスを製造するに際し、結晶水を有するリン酸塩粉末原料を使用することを特徴とするガラスの製造方法、
(2) 結晶水を有するリン酸塩粉末原料が、トリポリリン酸塩粉末である上記(1)項に記載の方法、および
(3) 上記(1)または(2)項に記載の方法で製造されたガラスを用いたことを特徴とする赤外カットフィルター、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明のガラスの製造方法は、光学ガラスや赤外カットフィルターガラスなどとして用いられるPを含むガラスを、品質よく、安全にかつ工業的に有利に製造する方法であって、ガラス成分のPを形成する原料として、結晶水を有するリン酸塩粉末を用いることにより、ガラス原料の調合が容易である上、ガラス製造時に結晶水からの水が供給されることにより、以下の効果を奏する。
【0012】
(1)Cu2+イオンやTi4+イオンなどの遷移金属イオンの還元が抑制され、短波長の透過率の低下を抑えることができる。
(2)ガラスの品質欠陥である泡や、ガラス製造に用いられる白金製装置からの還元による白金の溶出などを低減することができる。
(3)従来使用されていたAs、Sb、硝酸塩などの還元防止剤を使用しなくてもよいため、AsやSbの含有したガラスや粉塵の排出をなくすことができ、また、溶融ガラスから排出される窒素酸化物をなくすことができるため、環境に優しくガラスを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明のガラスの製造方法においては、Pを含むガラスを製造するに際し、該Pを形成するガラス原料として、結晶水を有するリン酸塩粉末原料が用いられる。
本発明でいう結晶水とは、結晶中に一定の化合比で含まれている水を指し、結晶内の一定の位置に固定されていて、結晶格子の安定化に必要な水である。一定の温度範囲で一定の水蒸気圧を示し、加熱すれば特定の温度で段階的に脱水が起こり、それに伴って結晶構造が変化し、また結晶格子がこわれる。
【0014】
この結晶水は、結晶内での位置、結合の程度などによって、次のように分けられる。
(a)HO分子として塩類のイオン、すなわちカチオンに配位している配位水、およびアニオンと強い結合状態にあり、上記配位水よりも脱水されにくいアニオン水。(一つの分子中に前記の配位水とアニオン水の両方を有する化合物もある。)
(b)配位しないで、結晶格子の空所を満たすために、一定の割合で存在する格子水。
(c)HO分子よりもオキソニウムイオン(H)として含まれていると考えられる水。
(d)OH基として含まれていて、加熱するとHOとして脱水される構造水。
【0015】
これらの結晶水を有する粉末は、大気中の水分を吸収した吸収水を含む粉末や、混合水を含む粉末(これらは、通常100℃で脱水される。)よりも脱水されにくく、脱水に高温を要す。
【0016】
このような結晶水を有するリン酸塩粉末原料を用いて、Pを含むガラスを製造する場合、ガラス原料の溶融時に該結晶水の水が供給され、正リン酸の使用と同様に正確な調合が可能となり、該正リン酸と同様の効果が発揮され、Cu2+イオンやTi4+イオンなどの遷移金属イオンの還元を抑制する。しかも粉末原料であるため、前記正リン酸の場合と異なり、他の粉末のガラス原料との混合が容易で、ガラス原料の調合を容易に行うことができ、かつ安全にガラスを製造することができる。
【0017】
本発明においては、結晶水を有するリン酸塩粉末原料として、特にトリポリリン酸塩粉末が好適である。トリポリリン酸塩は、三リン酸(H10)の水素が金属で置換されて生じる塩であり、多くの場合、結晶水を有し、一分子中のその結晶水の数は、塩を構成する金属の種類により異なる。例えばトリポリリン酸ナトリウムは六水塩をつくる。
【0018】
本発明で使用するトリポリリン酸塩原料は、ガラス組成に必要な他成分によって適宜選択される。例えば、トリポリリン酸アルミニウム、トリポリリン酸ナトリウムをはじめ、トリポリリン酸カルシウムやトリポリリン酸リチウム、トリポリリン酸バリウムなど、トリポリリン酸塩が形成できる原料であれば使用可能である。
【0019】
ガラス組成としては、実質的にPとトリポリリン酸塩としてPを補える量の他成分(トリポリリン酸塩の塩を構成する金属成分)を含む組成であれば良い。したがって、全てトリポリリン酸塩を使用してもまだPが残る組成では、正リン酸などの液体原料が必要になる。ただしその場合でも正リン酸の使用量は少なくなるので、混合や投入時の付着や水蒸気発生などの問題を抑える効果は見込める。
【0020】
本発明は、ホウ酸や水酸化物が導入しにくい組成のガラスにおいて特に有用であり、またフツリン酸塩ガラスにも適用することができる。
このように、ガラス成分のPを形成する原料として、結晶水を有するリン酸塩粉末原料を用いることにより、ガラス原料の調合が容易となる上、ガラス製造時に水を供給することができる。その結果、Cu2+イオンやTi4+イオンなどの遷移金属イオンの還元が抑制され、短波長の透過率の低下を抑えることができる。したがって、例えばカラーVTRカメラなどに使用されるCCDの視感度補正フィルターである近赤外吸収フィルターなどの赤外カットフィルターに用いられる、着色成分としてCuOを含むガラスの製造に、前記の結晶水を有するリン酸塩粉末原料を用いると、効果的である。
【0021】
また、ガラス製造時に結晶水からの水が供給されることにより、ガラスの品質欠陥である泡の発生や、ガラス製造に用いられる白金製装置からの還元による白金の溶出などを低減する効果もある。さらに、従来使用されていたAs、Sb、硝酸塩などの還元防止剤を使用しなくてもよいため、AsやSbの含有したガラスや粉塵の排出をなくすことができ、また溶融ガラスから排出される窒素酸化物もなくすことができるので、環境衛生上有利である。
【0022】
本発明のガラスの製造方法においては、前記の結晶水を有するリン酸塩粉末原料を使用すること以外は、従来と同様の方法でガラスを製造する。すなわち、例えばトリポリリン酸塩、メタリン酸塩、炭酸塩、硝酸塩、酸化物、フッ化物などの原料を適宜用いて、所望の組成になるように原料を秤量し、混合したのち、白金などの耐熱坩堝中にて溶解する。溶融状態のガラスを攪拌、清澄を行った後、ガラスを流し出して成形する。成形されたガラスは予めガラスの転移点付近に加熱されたアニール炉に移し、室温まで徐冷する。
【0023】
本発明はまた、前述の本発明の方法で製造されたガラスを用いてなる赤外カットフィルターをも提供する。
前記赤外カットフィルターとしては、例えばCCDの視感度補正フィルターである近赤外吸収フィルターなどを挙げることができる。該赤外カットフィルターには、通常リン酸塩ガラスやフツリン酸塩ガラスに、CuOを添加したガラスが用いられる。
【実施例】
【0024】
次に、本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
実施例1
78.0質量%、Al 11.0質量%、LiO 7.0質量%およびCuO 4.0質量%のガラス組成になるように、トリポリリン酸アルミニウム(AlH10)2含水塩、炭酸リチウム(LiCO)、メタリン酸リチウム(LiPO)、酸化銅(CuO)を使用して調合した。調合した原料をよく混合し、1100℃で1時間溶解し、清澄、均質化した後、鉄板上にガラスを流し出した。流し出したガラス塊をガラス転移点付近に加熱した電気炉に移し、室温まで徐令した。得られたガラスを厚さ1mmに研磨した後、日本工業規格JIS Z8722に準ずる分光光度計を使用して波長200〜1200nmの範囲で測定した。
透過率測定結果を図1に示す。
【0025】
比較例1
実施例1において、メタリン酸アルミニウム(Al(PO)、炭酸リチウム(LiCO)、メタリン酸リチウム(LiPO)、酸化銅(CuO)を使用して調合した以外は、実施例1と同様に実施した。透過率測定結果を図1に示す。
図1から分かるように、実施例1のガラスは比較例1のガラスに対して400nm付近の透過率が高い。これはCu2+が還元しCu1+となりにくくCu2+が多く存在するためである。例えばこの実施例1のガラスは近赤外吸収フィルターとして有用な特性である。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明のガラスの製造方法は、光学ガラスや赤外カットフィルターガラスなどとして用いられるPを含むガラスを、品質よく、安全にかつ工業的に有利に製造する方法であって、この方法で得られたガラスは、赤外カットフィルター用などとして好適である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】実施例1および比較例1で得られたガラスの波長200〜1200nmにおける透過率のチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
を含むガラスを製造するに際し、結晶水を有するリン酸塩粉末原料を使用することを特徴とするガラスの製造方法。
【請求項2】
結晶水を有するリン酸塩粉末原料が、トリポリリン酸塩粉末である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法で製造されたガラスを用いたことを特徴とする赤外カットフィルター。

【図1】
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【公開番号】特開2006−213546(P2006−213546A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−26166(P2005−26166)
【出願日】平成17年2月2日(2005.2.2)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】