説明

ガラス基板の製造方法および当該製造方法により得られたガラス基板、ならびに当該ガラス基板を用いた情報記録媒体

【課題】アルカリ金属を含むガラス基板の製造方法であって、アルカリ金属の溶出を抑制し、その結果耐久性等の性能に優れる、ガラス基板の製造方法を提供する。
【解決手段】蟻酸塩を含有する水溶液にガラス材料を浸漬し、上記ガラス材料の構成成分の溶出を抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンピュータまたは民生機器の固定磁気記録装置に搭載される情報記録媒体に組み込まれるガラス基板の製造方法に関する。より詳しくは、本発明のガラス基板の製造方法は、耐久性等の性能に優れ、情報記録媒体の形成に用いることが可能な、ガラス基板の製造方法に関する。本発明は、このような製造方法により得られたガラス基板に関する。本発明は、当該ガラス基板を用いた情報記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、情報記録装置の高記録密度化および低コスト化が急激に進んでおり、高速回転する情報記録媒体上を、ヘッドを僅かに浮上させて走査させる、ランダムアクセスが行なわれている。情報記録装置において、高記録密度化と高速アクセス化とを両立させるには、磁気ディスクと記録ヘッドとの間隔、即ちヘッド浮上量を低減すること、および磁気ディスク回転数を増大することが同時に要求される。
【0003】
従来、情報記録媒体の基板材料としては、主に、AlにNi−Pメッキを施したものが使用されていた。しかしながら、モバイル用情報記録装置等には、上記要求とともに、高い耐衝撃性を満足すべく、高剛性で高速回転させても変形が困難であって、表面が高い平滑性を有するガラス基板の使用が有利であることが知られている。
【0004】
さらに、今後益々需要が見込まれる情報家電製品への磁気ディスク装置の適用により、多量のガラス基板の確保と、ガラス基板のさらなる低コスト化が要請されている。ガラス基板は、その軟化温度以上で加圧成形すれば容易に円板状に形成できるため、当該温度域においてはガラス基板を低コストで大量に生産できる。ガラス基板の製造時には、加圧成形を容易かつ簡易とするため、成形温度をできるだけ低温にすることが好適である。このため、例えば、Li、Na、Kなどのアルカリ金属をガラス材料に添加して、成形温度の低温化を図る試みが行なわれている。
【0005】
しかしながら、情報記録媒体に組み込まれるガラス基板にアルカリ金属を添加した場合には、ガラス基板からアルカリ金属が溶出することでアルカリ腐食が生じ、媒体中の磁性層を腐食させるおそれがある。また、このようなガラス基板からのアルカリ金属の溶出は、ガラス基板の表面上で、空気中の二酸化炭素とアルカリ金属とが結合した炭酸塩等の形態で析出する。このような場合は、媒体の表面に生成したアルカリ炭酸塩等の析出物とヘッドとが接触することでヘッドが破壊されるおそれがある。このため、ガラス基板へのアルカリ金属の溶出を極力抑えることが要請され、そのような手段としては、以下の技術が開示されている。
【0006】
特許文献1には、化学強化処理液からガラス基板を引き上げた後に、熱を付与された状態にあるガラス基板を、温水(溶媒)で洗浄し、溶媒の極性と熱エネルギーを利用して、ガラス基板上の塩の結晶物を除去する技術が開示されている。
【0007】
特許文献2には、情報記録媒体用のガラスを主成分とした基板を、硫酸水素塩および/またはピロ硫酸塩を含有する溶融塩に接触させて、ガラス成分の溶出を抑制する処理を行う際に、溶融塩の結晶化を抑制する処理を施す技術が開示されている。
【0008】
特許文献3には、化学処理液から引き上げられたガラス基板の表面を、加熱された水溶性の有機溶媒(例えば、グリセリン、ポリエチレングリコールなど)で処理する技術が開示されている。
【0009】
特許文献4には、アルカリ金属を含む情報記録媒体用ガラス基板を120℃から350℃の有機酸溶融液に浸漬し、さらに、情報記録媒体用ガラス基板の表面に残った有機酸溶融液またはその固化物を洗浄除去する技術が開示されている。
【0010】
特許文献5には、ガラス基板をリチウム塩含有水溶液に浸漬させ、Li+がガラス表面のNa+、K+とイオン交換し、Na+等に比べてイオン半径の小さいLi+がガラス中の非架橋酸素と強く結びつき、アルカリ金属の溶出を効果的に抑制する技術が開示されている。
【0011】
特許文献6には、化学強化処理工程の後、180℃以上で、化学強化処理温度より30℃高い温度以下で、さらに液体状態を維持するように加圧した水にガラス基板を浸漬するアルカリ金属の溶出を抑制する工程を含むガラス基板の製造方法が開示されている。
【0012】
しかしながら、上記特許文献1〜6の技術には、以下の問題がある。
特許文献1,2の技術では、処理液に含まれる水から生成されるヒドロニウムイオン(H3+)とガラス基板中のアルカリ金属とがイオン交換される。これにより、H2Oが消失し、結果的にはガラス中のアルカリ金属とHが置換して、ガラス基板表面が改質され、高温・高湿状態でもアルカリ金属が表面に析出し難い状態となるとも考えられる。しかしながら、特許文献1の技術では、ガラス表面でアルカリ金属イオンが減少する反面、高濃度の酸によりガラス表面におけるガラス骨格が破壊されるおそれがあるため、かえってアルカリ金属イオンが移動し易くなり、アルカリ金属の溶出が増大してしまうおそれがある。一方、特許文献2の技術では、300℃前後の溶融塩中で処理を行うため、基板表面が荒れるおそれがある。
【0013】
特許文献3,4の技術では、溶媒として水を用いていないことから、ヒドロニウムイオンの生成がなく、ガラス基板表面の改質が行なわれないことから、アルカリ金属の溶出を十分に抑制できないおそれがある。
【0014】
特許文献5の技術では、硝酸リチウムの室温での溶解度が水100gに対して84.5g程度であって、この濃度による硝酸リチウム水溶液の沸点が約113℃である。このため、それ以上の処理温度が得られる濃度の水溶液を用いた場合には、室温で硝酸リチウムが固化してしまい、メンテナンス性が劣化するおそれがある。また、113℃以下の処理では、イオン交換の効率が劣化するおそれもある。
【0015】
特許文献6の技術では、高圧容器が必要であり、製造装置の低廉化が図れない。
【0016】
【特許文献1】特開平10−226539号公報
【特許文献2】特開2000−82211号公報
【特許文献3】特開平10−194789号公報
【特許文献4】特開2004−59391号公報
【特許文献5】特開2002−220259号公報
【特許文献6】特開2003−30828号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
上述のように、情報記録媒体用の基板に関する種々の技術が開示されているが、当該基板からのアルカリ金属の溶出を抑制し、その結果、耐久性等の性能に優れる基板を得る技術に対する要求が存在する。
【0018】
従って、本発明の目的は、アルカリ金属を含むガラス基板を製造するにあたり、アルカリ金属の溶出を抑制し、その結果、耐久性等の性能に優れる当該基板の製造方法を提供することにある。また、本発明の目的は、当該製造方法によって得られたガラス基板および当該基板を用いた情報記録媒体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、蟻酸塩を含有する水溶液にガラス材料を浸漬し、上記ガラス材料の構成成分の溶出を抑制する、ガラス基板の製造方法に関する。本発明のガラス基板の製造方法は、コンピュータまたは民生機器の固定磁気記録装置に組み込まれる情報記録媒体の製造に利用できる。
【0020】
本発明のガラス基板の製造方法は、上記蟻酸塩が蟻酸カリウムであること、および/または上記水溶液の温度が200℃以下であり、上記水溶液への上記ガラス材料の浸漬時間が1分以上であることが望ましい。また、上記水溶液中の上記蟻酸カリウム濃度が77.7重量%以下であることがより望ましく、そのような場合には、上記水溶液の温度が140℃以下であり、上記水溶液への上記ガラス材料の浸漬時間が270分以下であることが極めて望ましい。本発明のガラス基板の製造方法においては、上記ガラス成分が、アルカリ金属イオンであることが望ましい。
【0021】
本発明は、上記製造方法により得られたガラス基板を包含する。また、本発明は、上記ガラス基板を用いた情報記録媒体を包含する。
【発明の効果】
【0022】
本発明のガラス基板の製造方法は、アルカリ金属を含むガラス基板からの当該金属の溶出を抑制するため、ガラス材料を浸漬処理するものである。具体的には、この浸漬処理に際し、水に対する溶解量が大きい蟻酸塩を含有する水溶液、特に蟻酸カリウムを含有する水溶液を用いる。このため、水の十分なモル沸点上昇により、高温の水溶液を得ることができ、水から生成されるヒドロニウムイオン(H3+)とガラス基板中のアルカリ金属とのイオン交換率を高め、ガラス材料表面の改質が実現される。このような作用により、イオン交換反応速度が上昇し、アルカリ金属の溶出が有利に抑制され、ひいては耐久性等の性能に優れた情報記録媒体用ガラス基板を得ることができる。
【0023】
なお、特に、77.7重量%以下の濃度の蟻酸カリウム水溶液を用い、浸漬処理温度を142℃以下、特に140℃以下にすることで、室温においても蟻酸カリウムが析出せず液体状態を保持できるため、メンテナンスを極めて容易に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明者は、アルカリ金属の溶出を抑制し、耐久性等の性能に優れる情報記録媒体用基板を得るために鋭意検討を行なった。その結果、ガラス基板表面の改質処理を行うにあたり、処理溶液中の溶媒である水のモル沸点を大きく上昇させる材料を用いた所定の水溶液を作製して、ガラス材料の浸漬を行なうことが有効であるとの知見を得た。
【0025】
即ち、このような水溶液を用いれば、水から生成されるヒドロニウムイオン(H3+)とガラス材料中のアルカリ金属とのイオン交換率、ひいてはイオン交換反応速度を上昇させることができる。このような状況下では、ガラス基板の表面層におけるアルカリ金属イオンが、蟻酸カリウム水溶液に含まれるヒドロニウムイオン(H3+)とイオン交換し、ガラス基板の表面層がその内部層に比してアルカリ金属イオンが少なく、H+を多く含む層となる。これにより、ガラス基板からのアルカリ金属のその後の溶出を抑制することができる。なお、上記イオン交換反応は、低温の水溶液を用いた場合にも起こるが、200℃の水溶液で1分間行なった浸漬処理と同等の効果を100℃の水溶液を用いて得るには、浸漬時間を数日間とする必要がある。このため、イオン交換反応はより高温で行なうことが有利である。
【0026】
また、本発明者は、浸漬用の溶液に含ませる材料として、室温での溶解度が高い蟻酸塩を用いることが、溶液交換などのメンテナンスを極めて容易に行なうことができる点で有効であるとの知見を得た。
【0027】
即ち、蟻酸塩は、上記特許文献5で開示されている硝酸リチウムよりも溶解度が高く、中でも蟻酸カリウムは溶解度が極めて高い。具体的には、蟻酸カリウムは25℃の水100gに対して347.5g溶解し、その濃度は約77.7重量%である。この濃度でのモル沸点上昇は、約42℃であり、換言すれば水溶液の沸点は約142℃となる。このため、蟻酸カリウム水溶液の濃度を、溶解限界濃度を超えない77.7重量%として浸漬処理を行う場合、その水溶液は室温(25℃)で液体である。従って、液交換などのメンテナンスが極めて容易となる。但し、ここで上記の142℃とは、1気圧下での沸点であり、実際の現場では、気圧の影響により若干変化する。
【0028】
このような発明者の知見に基づく、本発明の好適な実施形態を、以下に図面を参照して説明する。なお、以下に示す例は、単なる例示であって、当業者の通常の創作能力の範囲で適宜設計変更することができる。
【0029】
<ガラス基板の製造方法>
(ガラス基板の形成)
Li、Na、K等のアルカリ金属を含有するドーナツ形状のガラス基板を製造する。まず、プレス成形法、または板状ガラスからの切り出し法等により、ガラス材料を所定の形状に形成する。
【0030】
ここで、ガラス材料としては、アルミノシリケートガラス、ソーダライムガラス、ソーダアルミノシリケートガラス、アルミノボロシリケートガラス、ボロシリケートガラス、結晶化ガラス等を用いることができる。中でも、アルカリ金属を含有するアモルファス系ガラス材料を用いることが好ましい。
【0031】
プレス成形法としては、如何なる公知の手段を使用してもよい。
【0032】
板状ガラスからの切り出し法としては、如何なる公知の手段を使用してもよい。
【0033】
次に、これらの方法により得られたガラス基板の表面に、ラップ加工、ポリッシュ加工等を施し、中心線平均粗さ(Ra)が0.2nmとなるように調整する。このように、基板表面のRaを低減することで、磁性層の配向分散角(Δθ50)を小さくすることができ、その結果、S/N比(signal to noise ratio)を向上させることができる。
【0034】
ラップ加工としては、例えば、鋳鉄定盤のラップ加工機を用い、加工液はシリコンカーバイド(SiC)砥粒等を用いることができる。
【0035】
ポリッシュ加工としては、例えば、一般的に知られている両面研磨装置を用い、研磨布として発砲ウレタン研磨用パッド等を用い、スラリーとしてセリア、コロイダルシリカ等を用いることができる。また、ポリッシュ加工は数回の加工に分けて行なうこともできる。
【0036】
その後、ガラス基板に対して、スクラブ洗浄、超音波洗浄、のうちの少なくとも1つを施し、さらに、イソプロピルアルコール(IPA)蒸気乾燥等による乾燥を行い、清浄なガラス表面を得る。
【0037】
スクラブ洗浄としては、例えば、ポリビニルアルコール(PVA)スポンジ等を用いて擦り洗いを行うことが好ましい。また、代替的に、中性洗剤またはアルカリ洗剤等を用いてスクラブ洗浄を行なうこともできる。
【0038】
超音波洗浄としては、除去対象とする汚れ、即ち異物のサイズによって、数十kHz〜数MHzの周波数を選択して洗浄を行うことができる。また、その際の浸漬液としては、比抵抗10MΩ・cm以上の純水を用いることができる。さらに、中性洗剤、アルカリ洗剤等を用いて洗浄を行なうこともできる。加えて、条件の異なった超音波洗浄を組み合わせることもできる。
【0039】
イソプロピルアルコール(IPA)蒸気乾燥としては、いかなる公知の方法を用いることもできる。
【0040】
(ガラス基板からのアルカリ金属の溶出を抑制する処理)
続いて、上記洗浄が完了したガラス基板に対し、その表面および端面からのガラス成分、特に、アルカリ金属成分の溶出を抑制する処理を行う。即ち、蟻酸塩水溶液に、ガラス材料を浸漬する。
【0041】
蟻酸塩水溶液としては、蟻酸カリウム(HCOOK)の水溶液が水のモル沸点を大きく上昇させることができる点で好ましい。
【0042】
蟻酸カリウム以外の蟻酸塩について併記すると、蟻酸アンモニウムについては、ある程度の溶解度が得られるが、加熱時にはアンモニアが揮発するため、その揮発分だけ当初見込まれた沸点上昇は期待できない。
【0043】
また、これらの蟻酸塩等の他に、有機塩基含有物として、低分子量の第1〜3級アミンについても併記すると、蟻酸メチル、蟻酸ジメチル、蟻酸トリメチル、蟻酸エチル、および蟻酸ジエチルについては、水に対する溶解度は高いものの、沸点が低いため、沸点上昇は期待できない。また、このような有機塩基は引火性であるため、取り扱いが容易でない。
【0044】
さらに、蟻酸トリエチルについては、水に対する溶解度が低く、好適でない。また、半導体の表面処理等に使用される第4級窒素カチオンのテトラメチルアンモニウム等は、135〜140℃で分解ガス化するため、好ましくない。
【0045】
このように、蟻酸塩の中でも、蟻酸カリウムのみが、極めて特異な物性を示し、この物性が本願における要求を満たす。即ち、蟻酸カリウムは、水のモル沸点を大きく上昇させる物性を有し、しかも、低廉である。このため、蟻酸カリウムは、浸漬処理への適性が極めて高いと考えられる。
なお、蟻酸そのものは、沸点が100.56℃であるため、沸点上昇が期待できないのみならず、引火性であるため、取り扱いが容易でなく、好ましくない。
【0046】
以上に示すように、蟻酸カリウム水溶液の使用による、水のモル沸点上昇を利用して、所望の液温を得る場合、任意の濃度の蟻酸カリウム水溶液を用いることができる。その濃度は、例えば、140℃の液温を得るには、水100gに対して、蟻酸カリウムを330g溶解すれば足り、この濃度は76.7重量%である。また、200℃の液温を得るためには、水100gに対して、蟻酸カリウムを820g溶解すれば足り、その濃度は89.1重量%である。
【0047】
特に、蟻酸塩水溶液の温度が200℃以下であり、当該水溶液へのガラス材料の浸漬時間が1分以上であることが、ガラス基板の表面品質の維持と、アルカリ金属の溶出抑制効果の発揮とを、高いレベルで両立することができる点で好ましい。
【0048】
また、蟻酸塩水溶液中の蟻酸カリウム濃度が77.7重量%以下である場合には、溶解限界濃度を超えていないため、この水溶液は室温(25℃)で液体であり、液交換などのメンテナンスを極めて容易に行なうことができる。
【0049】
加えて、蟻酸塩水溶液の温度が140℃以下であり、この水溶液へのガラス材料の浸漬時間が270分以下であることが、ガラス基板の表面品質の維持と、アルカリ金属の溶出抑制効果の発揮との両立のみならず、メンテナンス性が向上する点で好ましい。
【0050】
このように、アルカリ金属成分の溶出抑制処理が完了したガラス基板は、高温の蟻酸カリウム水溶液から取り出した後、直ちに温水に浸漬する。これにより、ガラス基板の表面に付着した蟻酸カリウムを、溶解、除去することができ、表面の蟻酸カリウム残渣に起因するガラス基板の品質低下を防止することができる。ここで用いる温水は、ガラス基板の表面の付着した蟻酸カリウムが十分に溶解、除去されれば良く、例えば、70℃の温水に10分間浸漬する。また、温水の具体的な成分は、比抵抗10MΩ・cm以上の純水とすることができる。
【0051】
その後、ガラス基板に対して、(ガラス基板の形成)の欄で述べた方法と同様の方法により、スクラブ洗浄、超音波洗浄、およびイソプロピルアルコール(IPA)蒸気乾燥を施し、ガラス基板の清浄な表面を得る。
【0052】
図1は、以上に示す手順で得られたガラス基板の構造の一例を示す断面模式図である。同図によれば、ガラス基板10は、内部層12と内部層12の上部に位置する表面層14とからなる。
【0053】
ここで、ガラス基板10の表面層14においては、上記のアルカリ金属成分の溶出抑制処理により、アルカリ金属イオンが蟻酸カリウム水溶液に含まれている水から生成されるヒドロニウムイオン(H3+)とイオン交換されている。このため、表面層14は、その下部に延在する内部層12に比してアルカリ金属イオンが少なく、H+を多く含む層となっている。
【0054】
よって、このような構成のガラス基板10の表面では、アルカリ金属の溶出抑制効果が発揮される。以上により、当該ガラス基板は、耐久性等の性能に優れる、情報記録媒体に適したガラス基板である。
【0055】
<情報記録媒体>
次に、上記ガラス基板を用いた情報記録媒体について説明する。なお、以下に示す情報記録媒体は、垂直磁気記録媒体であるが、本発明の媒体はこのような例には限れず、上記ガラス基板を用いることができれば、いかなるタイプの媒体も含む。
図2は、上記ガラス基板を用いた情報記録媒体の構造の一例を示す断面模式図である。同図によれば、情報記録媒体20は、上記のようにして得られたガラス基板22と、ガラス基板22上に形成された軟磁性裏打ち層24と、軟磁性裏打ち層24上に形成された非磁性結晶配向制御層26と、非磁性結晶配向制御層26上に形成された下地層28と、下地層28上に形成された磁性層30と、磁性層30上に形成された保護層32と、保護層32上に形成された潤滑層34とから構成されている。
【0056】
ガラス基板22は、上記のようにして得られたものであれば、いかなるタイプのものも使用できる。
【0057】
軟磁性裏打ち層24は、情報の記録時にヘッドから発生する磁束の広がりを抑制し、垂直方向の磁界を十分に確保する役割を担う、任意選択的に用いる層である。軟磁性裏打ち層24の材料としては、Ni合金、Fe合金、Co合金、Ta合金、およびZr合金を用いることができる。例えば、CoZrNb、CoTaZrおよびCoTaZrNbなどの非晶質Co−Zr系合金、またはCoFeNb、CoFeZrNbおよびCoFeTaZrNbなどの非晶質Fe−Co系合金を用いることにより、良好な電磁変換特性を得ることができる。また、これらの他にも、Fe−B系合金およびフェライト組織のFe系合金などの各種軟磁性材料を用いることができる。
【0058】
軟磁性裏打ち層24の膜厚は、記録の際に使用する磁気ヘッドの構造を考慮するとともに生産性を考慮して、10nm〜100nmの範囲とすることが好ましい。当該膜厚を10nm以上とすることで、磁束の広がりを抑える効果を有することができる。また、当該膜厚を100nm以下とすることで、優れた生産性を実現することができる。
【0059】
非磁性結晶配向制御層26は、この上層として形成する下地層28、ひいては磁性層30の配向性および粒径を制御する役割を担う、任意選択的に用いる層であり、例えばAu、Ag、およびPtなどの貴金属元素を含む材料を用いることが好ましい。また、非磁性結晶配向制御層26に酸化し易い材料を用いる場合には、下地層28の形成前に高真空状態を維持して表面への酸素の付着を防止し、非磁性結晶配向制御層26の酸化されていない表面状態を得ることができる。
【0060】
非磁性結晶配向制御層26の膜厚は、最終的に磁性層20の磁気特性および電磁変換特性が所望の値になるように適宜調製され、2nm〜20nmの範囲とすることが好ましい。当該膜厚を2nm以上とすることで、下地層28ひいては磁性層30の配向性の劣化が抑制される。また、当該膜厚を20nm以下とすることで、非磁性結晶配向制御層26の粒径を過度に大きくせず、これにより下地層28を介して磁性層30の粒径の微細化を実現することができ、電磁変換特性の劣化を抑制することができる。
【0061】
下地層28は、それ自身の配向性の向上および粒径の微細化によって、この上層として形成する磁性層30の配向性の向上および粒径の微細化を実現し、磁気特性という点で不所望な磁性層30の初期層の発生を抑制する非磁性層である。下地層28は、Cr等から形成することができる。
【0062】
さらに、磁性層30の初期層の形成を抑制するためには、下地層28の良好な結晶性を得ることが肝要であり、下地層28の膜厚を1nm以上の範囲とすることが好ましい。これにより、下地層28の良好な結晶性に起因する配向性の劣化を抑制でき、これに伴い磁性層30の優れた配向性および結晶粒の分離性も達成でき、さらに磁性層30の初期成長層形成が抑制される。また、下地層の膜厚を20nm以下とすることにより、下地層18の粒径が肥大化せず、これに伴い磁性層30の粒径の肥大化も抑制することができる。このような、下地層28の膜厚の制御により、さらにノイズの低減を図りつつ、高記録密度を実現することができる。
【0063】
磁性層30は、情報を記録および再生するための層である。磁性層30を垂直磁気記録媒体の一部として用いるためには、磁化容易軸を基板面に対して垂直方向に配向させる必要がある。磁性層30は、Coを含む合金を含む材料から構成する。Coを含む合金としては、Co−Pt系合金およびCo−Cr系合金を用いることができる。
【0064】
磁性層30の膜厚は、8nm〜20nmの範囲とすることが好ましい。8nm以上とすることにより、熱安定性の劣化を抑制できる。また、20nm以下とすることにより、ヘッド磁界を磁性膜全体に届かせ、良好な書込み特性が得られる。
【0065】
保護層32は、磁性層30の腐食防止と、磁気ヘッドの媒体接触時における磁性層30の損傷の防止とを目的として形成される層である。保護層32には、通常使用される材料、例えば、C、SiO2、およびZrO2のいずれかを主体とする層を用いることができる。保護層32の厚さは、通常の磁気記録媒体で用いる膜厚の範囲、例えば、2nm〜5nmの範囲とすることが好ましい。
【0066】
潤滑層34は、磁気ヘッドと媒体との間の潤滑特性を確保する目的で形成される層である。潤滑層34は、通常使用される材料、例えば、パーフルオロポリエーテル、フッ素化アルコール、およびフッ素化カルボン酸の潤滑剤を用いることができる。潤滑層34の厚さは、通常磁気記録媒体で用いられる膜厚の範囲、例えば、0.5nm〜2nmの範囲とすることができる。
【0067】
情報記録媒体20は、アルカリ金属の溶出の抑制効果が発揮されるガラス基板22を使用している。このため、ガラス基板からアルカリ金属が溶出しないため、アルカリ腐食を抑制することにより、媒体中の磁性層の腐食を抑制することができる。また、情報記録媒体20は、ガラス基板からのアルカリ金属の溶出がなく、ガラス基板の表面上で、例えば、空気中の二酸化炭素とアルカリ金属とが結合した炭酸塩が析出することがない。このため、媒体20の表面にアルカリ炭酸塩等の析出物の生成を回避でき、ヘッドを破壊するおそれもない。このため、情報記録媒体20は、優れた耐久性等の性能と、優れた品質とを実現することができる。
【0068】
<情報記録媒体の製造方法>
次に、上述した図2に示す本発明の情報記録媒体の製造方法の一例について説明する。なお、以下に示す例は、本発明における任意選択的要素である軟磁性裏打ち層および非磁性結晶配向制御層を含む例である。
(ガラス基板22の洗浄)
ガラス基板22を洗浄する。当該洗浄としては、自然酸化膜を取り除く方法として効果の高い所定の薬品、例えば、酸、もしくはアルカリによる溶液洗浄の他、各種プラズマまたはイオンを用いたドライ洗浄を使用することができる。特に、設計寸法の高精度化、使用薬品から生じる廃液処理、洗浄の自動化等の観点からは、上記ドライ洗浄を用いることが好ましい。
【0069】
(軟磁性裏打ち層24の形成)
洗浄したガラス基板22をスパッタ装置に導入する。軟磁性裏打ち層24を所定のターゲットを用いて、各種スパッタ法により形成する。例えば、DCマグネトロンスパッタ法を用いることができる。ここで、スパッタ装置内の雰囲気はアルゴン雰囲気とし、装置内圧力は0.7〜1.5Paとし、装置内温度は加熱なしとし、成膜レートは2〜10nm/秒とし、ターゲットと基板との距離は5〜15nmとすることが好ましい。
【0070】
(非磁性結晶配向制御層26の形成)
軟磁性裏打ち層24上に、非磁性結晶配向制御層26を所定のターゲットを用いて、各種スパッタ法により形成する。例えば、DCマグネトロンスパッタ法を用いることができる。ここで、スパッタ装置内の雰囲気はアルゴン雰囲気とし、装置内圧力は0.7〜2Paとし、装置内温度は加熱なしとし、成膜レートは2〜10nm/秒とし、ターゲットと基板との距離は5〜15nmとすることが好ましい。
【0071】
(下地層28の形成)
非磁性結晶配向制御層26上に下地層28を形成する。この際、下地層28の形成方法としては、下地層28に芳香族化合物を用いる場合には、その分子構造を破壊しない、蒸着法を用いることが好ましい。
【0072】
蒸着法としては、非磁性結晶配向制御層26上に、下地層28を所定のターゲットを用いて、各種スパッタ法により形成する。例えば、DCマグネトロンスパッタ法を用いることができる。ここで、スパッタ法を用いる場合には、スパッタ装置内の雰囲気はアルゴン雰囲気とし、装置内圧力は2.5〜12Paとし、装置内温度は加熱なしとし、成膜レートは2〜10nm/秒とし、ターゲットと基板との距離は5〜15nmとすることが好ましい。
【0073】
(磁性層30の形成)
下地層28上に、磁性層30を所定のターゲットを用いて、各種スパッタ法により形成する。例えば、DCマグネトロンスパッタ法を用いることができる。ここで、スパッタ装置内の雰囲気はアルゴン雰囲気とし、装置内圧力は0.7〜4Paとし、装置内温度は加熱なしとし、成膜レートは2〜10nm/秒とし、ターゲットと基板との距離は5〜15nmとすることが好ましい。
【0074】
(保護層32の形成)
ガラス基板22上に、軟磁性裏打ち層24、非磁性結晶配向制御層26、下地層28および磁性層30が順に形成された積層体をスパッタ装置から真空装置に移し、磁性層30上に、保護層32を、CVD法により形成することができる。
なお、保護層32の他の形成方法としては、カーボンターゲットを用いたスパッタ法、およびイオンビーム法等が挙げられ、これらの方法は公知の態様を採用することができる。
特に、CVD法またはイオンビーム法を用いた場合には、保護層32を薄くすることができ、高記録密度をより高いレベルで実現できる。
【0075】
(潤滑層34の形成)
最後に、保護層32が形成された積層体を、真空装置から取り出し、保護層32上に、潤滑層34を、ディップ法により形成し、本発明の垂直磁気記録媒体を得る。
【実施例】
【0076】
<ガラス基板の形成>
(実施例1)
以下に、本発明を実施例により詳細に説明し、本発明の効果を実証する。
外径Φ65mm、内径Φ20mm、厚さ0.635mmの円板状のアモルファスガラス基板を例に説明する。初めに、外径Φ65mm、内径Φ20mm、厚さ1.250mmの円板状ガラス材料を用意した。このガラス材料は、SiO2:66mol%、Li2O:10mol%、Na2O:10mol%、Al23:10mol%、B2O:2mol%、ZrO2:2mol%を含有したものであった。
【0077】
このガラス基板の表面にラップ加工を行ない、板厚0.67mmまで研磨した。ラップ加工には、鋳鉄定盤のラップ加工機を用い、加工液としては#1500シリコンカーバイド(SiC)砥粒の10wt%溶液を用い、加工圧力は100gf/cm2とした。
【0078】
次に、一次ポリッシュ加工を行ない、板厚0.64mmまで研磨した。一次ポリッシュ加工には、一般的に知られている両面研磨装置を用い、研磨布としては発砲ウレタン研磨用パッドを用い、スラリーとしては粒径1.5μmの10wt%セリアを用い、加工圧力は100gf/cm2とした。
【0079】
続いて、二次ポリッシュ加工を行ない、板厚0.635mm、中心線平均粗さ(Ra)を0.2nmとした。二次ポリッシュ加工には、一般的に知られている両面研磨装置を用い、研磨布としては発砲ウレタン研磨用パッドを用い、スラリーとしては粒径80nmの10wt%コロイダルシリカを用い、加工圧力は100gf/cm2とした。
【0080】
次いで、スクラブ洗浄、超音波洗浄、およびイソプロピルアルコール(IPA)蒸気乾燥を行ない、清浄な表面を得た。
【0081】
さらに、このようにして表面を清浄化したガラス材料を、蟻酸カリウム水溶液中に浸漬し、アルカリ金属の溶出抑制処理を行った。ここでは、水のモル沸点上昇が55℃、即ち沸点が155℃となるように蟻酸カリウムの濃度を調整し、81.9重量%の蟻酸カリウム水溶液を得た。
【0082】
この蟻酸カリウム水溶液を140℃に加熱し、その中に上記ガラス材料を15分間浸漬した。ここで、処理温度を140℃としたのは、この温度の蟻酸カリウム水溶液を得るには、蟻酸カリウム濃度が77.7重量%であればよく、この濃度が室温において固化しない最大濃度だからである。
【0083】
その後、蟻酸カリウム水溶液からガラス材料を取り出して、直ちに、70℃の温水に10分間浸漬させ、ガラス材料の表面に付着した蟻酸カリウムを除去した。
【0084】
最後に、スクラブ洗浄、超音波洗浄、およびイソプロピルアルコール(IPA)蒸気乾燥を行い、清浄な表面を得、実施例1のガラス基板を得た。
【0085】
(実施例2)
蟻酸カリウム水溶液へのガラス材料の浸漬時間を30分とした以外は、実施例1と同じ方法で実施例2のガラス基板を得た
【0086】
(実施例3)
蟻酸カリウム水溶液へのガラス材料の浸漬時間を60分とした以外は、実施例1と同じ方法で実施例3のガラス基板を得た。
【0087】
(実施例4)
蟻酸カリウム水溶液へのガラス材料の浸漬時間を120分とした以外は、実施例1と同じ方法で実施例4のガラス基板を得た。
【0088】
(実施例5)
蟻酸カリウム水溶液へのガラス材料の浸漬時間を180分とした以外は、実施例1と同じ方法で実施例5のガラス基板を得た。
【0089】
(実施例6)
蟻酸カリウム水溶液へのガラス材料の浸漬時間を270分とした以外は、実施例1と同じ方法で実施例6のガラス基板を得た。
【0090】
(実施例7)
蟻酸カリウム水溶液へのガラス材料の浸漬時間を300分とした以外は、実施例1と同じ方法で実施例7のガラス基板を得た。
【0091】
(実施例8)
蟻酸カリウム水溶液の温度を120℃とし、蟻酸カリウム水溶液へのガラス材料の浸漬時間を270分とした以外は、実施例1と同じ方法で実施例8のガラス基板を得た。
【0092】
(実施例9)
蟻酸カリウム水溶液の温度を130℃とした以外は、実施例8と同じ方法で実施例9のガラス基板を得た。
【0093】
(実施例10)
蟻酸カリウム水溶液の温度を150℃とした以外は、実施例8と同じ方法で実施例10のガラス基板を得た。
【0094】
(比較例1)
蟻酸カリウム水溶液へのガラス材料の浸漬処理を行わないこと以外は、実施例1と同じ方法で比較例1のガラス基板を得た。
【0095】
(比較例2)
蟻酸カリウム水溶液の代わりに、図1に示す蟻酸リチウム−水和物を溶解した硝酸リチウム水溶液を用いて浸漬処理を行った。硝酸リチウムの濃度は、水のモル沸点上昇が55℃、即ち、沸点が155℃となる濃度に調整した。具体的には、78.7重量%の硝酸リチウム水溶液を用いた。処理温度と浸漬時間は、実施例3と同じとし、それぞれ140℃、60分とした。
【0096】
<アルカリ金属の溶出抑制処理の効果に関する評価項目>
(アルカリ金属イオン量の測定)
(1)まず、上記実施例1〜10の各ガラス基板、ならびに比較例1および2の各ガラス基板を、温度80℃、相対湿度85%の恒温槽内で96時間放置した。
(2)次いで、各ガラス基板を、容積0.5Lのテフロン(登録商標)容器に入れ、さらに、電気抵抗18MΩ以上の超純水を10mL加えた。
(3)さらに、上記テフロン(登録商標)容器を、3分間揺動させ、アルカリ金属イオンの抽出を行なった。
(4)得られた抽出液を、誘導結合プラズマ発光分析(ICP)によりアルカリ金属イオン量の測定を行なった。ここで、アルカリ金属イオンは、Li、Na、およびKの3元素とし、それらの元素量の合計値を評価した。
【0097】
(ガラス基板の表面状態)
また、上記実施例1〜10の各ガラス基板、ならびに比較例1および2の各ガラス基板の表面状態を評価した。具体的には、原子間力顕微鏡(AFM)を用い、中心線平均粗さ(Ra)の評価を行なった。中心線平均粗さとは、基準長さにおける高さの絶対値の平均であり、二次元(x−z)空間とした時、基準長さをL、高さをz(x)とすると、以下の式で表される値である。
【0098】
【数1】

【0099】
ここでの基準長さLをAFMの測定領域である10μmとし、三次元空間に拡張してRa値を得た。この数値Raは、表面粗さ、即ち表面の凹凸度合いを評価するための指標である。このため、当該数値が大きければ、表面粗さ、即ち表面の凹凸度合いが大きいこととなる。例えば、表面荒れまたは異物析出等が発生した場合には、Raが大きい。
【0100】
(磁気記録媒体のエラー数)
さらに、上記実施例1〜10の各ガラス基板、ならびに比較例1および2の各ガラス基板に、スパッタ法によって、軟磁性裏打ち層(Ni−Al)、下地層(Cr)、磁性層(Co−Cr−Pt系合金)、および保護層(C)を順次形成し、さらに、ディップコート法によって、潤滑層(パーフルオロポリエーテル)を塗布し、情報記録媒体を得た。なお、これらの情報記録媒体においては、非磁性結晶配向制御層は設けていない。
これらの各情報記録媒体を、温度80℃、相対湿度80%の環境下に1000時間放置し、放置前後の面当たりのエラー数を信頼性の指標として評価した。
【0101】
ここで、上記エラー数とは、実際に情報の記録を行い、その情報を読み出した際の、エラー個数である。本実施例においては垂直磁気記録媒体用の単磁極型磁気ヘッドにより記録密度300kFCI(Flux Change per Inch)にて行った。この数値(エラー数)は、記録ビットサイズ相当の層構成異常または異常成長等によるエラーを評価するための指標である。このため、当該数値が大きければ、層構成異常または異常成長の個数が多いこととなる。例えば、高温高湿放置環境下において、エラー数が増大した場合には、磁性層の腐食または析出物による影響が考えられる。
【0102】
上記の実施例1〜10および各比較例1,2についての、アルカリ金属イオン量の測定、ガラス基板の表面状態、磁気記録媒体のエラー数についての評価結果を、表1に示す。
【0103】
【表1】

【0104】
*表1中アルカリ溶出量とは、アルカリ金属の溶出量を意味し、具体的には、Li、Na、Kの溶出量の合計量をいう。また、表面粗さとは、中心線平均粗さをいう。
【0105】
表1によれば、実施例1〜10は、アルカリ金属の溶出抑制処理を施していない比較例1と比較して、極めて高いアルカリ金属の溶出抑制効果を示すことが判る。また、実施例1〜10は、比較1と比較して、放置前後のエラー個数の変化についても、優れた結果を示すことが判る。なお、中心線平均粗さについては、実施例1〜10は、いずれも、大差なく、優れた結果を示す。
【0106】
さらに、同一処理条件の実施例3と比較例2を比較すると、蟻酸カリウム水溶液を使用した場合(実施例3)は、特許文献5に記載されているような硝酸リチウム水溶液を使用した場合(比較例2)に比して、アルカリ金属の溶出およびエラー個数について、優れた結果を示すことが判る。
【0107】
しかしながら、中心線平均粗さ(Ra)については、実施例7,10は比較例1に比して明らかに悪化しており、このことから、実施例7,10の処理条件は温度または時間のいずれかが過剰に設定されたものであることが判る。即ち、蟻酸カリウム水溶液の温度は140℃以下が好ましく、処理時間は270分以内とすることが好ましいことが判る。
【0108】
ここで、蟻酸カリウム水溶液の温度を安定して140℃にするには、前述の通り、蟻酸カリウム濃度を77.7重量%とすれば足り、処理温度を140℃以下にするには、蟻酸カリウム濃度が77.7重量%以下の水溶液を用いればよい。この濃度の蟻酸カリウム水溶液は、室温においても固化しないため、液交換などのメンテナンスを極めて容易に行うことができる。
【0109】
図3は、実施例1〜7の結果から得られた、処理温度が140℃である場合の、アルカリ金属の溶出量と、浸漬時間との関係を示すグラフである。また、図4は、実施例6および実施例8〜10の結果から得られた、処理時間が270分である場合の、アルカリ金属の溶出量と処理温度との関係を示すグラフである。ここで、図4の縦軸は、アルカリ金属の溶出量の自然対数値であり、その横軸は、絶対温度の逆数(1/K)である。図3および図4は極めて高い相関関係を示しており、これらの結果から、処理温度、および処理時間に対するアルカリ金属の溶出量の関係は、次式のように表すことができると考えられる。
【0110】
【数2】

【0111】
ここで、TCはアルカリ金属の溶出量であり、kはボルツマン定数、Tは処理温度(絶対温度)、tは処理時間(分)である。また、図3および図4より、定数Aは、約1.0×10-12、定数Bは、約1.8×10-19、定数Cは、約−0.7と推定される。
【0112】
上式を用いることで、同一のアルカリ金属の溶出抑制効果を得るための、処理温度と処理時間との関係を予測することが可能となる。そこで、前述の、蟻酸カリウム水溶液の温度は140℃以下で、かつ、処理時間は270分以内にするという条件の下に、本発明における最高処理温度条件を以下に予想する。
【0113】
まず、安定した処理を行える最短時間を設定する必要があり、その最短時間は1分とした。これは、処理時間のバラツキ等を考慮した場合、1分未満の処理時間では、厳密な時間管理が難しくなり、多量に処理を行った場合にバラツキが大きくなり、現実的ではないからである。そこで、処理時間を1分とした場合の、蟻酸カリウム水溶液の温度が140℃以下で、かつ、処理時間が270分以内と同等の温度条件を見積もると、最高処理温度は約200℃となった。
【0114】
<最高処理温度が約200℃であることの確認>
次に、上記最高処理温度が約200℃であることの確認を行なったため、これを併記する。
【0115】
(実施例11)
水のモル沸点上昇が115℃、即ち、沸点が215℃となるように蟻酸カリウムの濃度を調整した。具体的には、90.4重量%の蟻酸カリウム水溶液を用いた。蟻酸カリウム水溶液の温度を200℃とし、浸漬時間を1分とした。それ以外は、実施例1と同じ方法で実施例11のガラス基板を得、また実施例11の情報記録媒体を得た。
【0116】
(実施例12)
蟻酸カリウム水溶液の沸点が210℃となるようにしたこと以外は、実施例11と同じ方法で実施例12のガラス基板を得、また実施例12の情報記録媒体を得た。
上記の実施例11,12ついて、アルカリ金属の溶出量、表面粗さ、およびエラー個数に関する評価結果を表2に示す。
【0117】
【表2】

【0118】
*表2中アルカリ溶出量とは、アルカリ金属の溶出量を意味し、具体的には、Li、Na、Kの溶出量の合計量をいう。また、表面粗さとは、中心線平均粗さをいう。
【0119】
表2によれば、実施例12には、実施例11と比較して、中心線平均粗さ(Ra)の劣化が見られる。これにより、本発明における最高処理温度は200℃が妥当であり、200℃以下の処理温度で、少なくとも1分間以上浸漬することにより、安定した処理を行うことが可能となる。ここで、200℃の温度を得る場合の蟻酸カリウム濃度は、約89.1重量%となる。この濃度では、水に対する溶解度が極めて高い蟻酸カリウムであっても、室温において固化してしまう。このため、この濃度では蟻酸カリウムでなくとも、例えば、ギ酸リチウム、ギ酸アンモニウム等の蟻酸塩を代替的に用いることができる。
【0120】
なお、最低処理温度については特に規定はしないが、生産性を考慮すると24時間以上の処理は現実的ではない。そこで、少なくとも100℃以上の処理温度が好ましい。これは、実施例の中で最もアルカリ金属の溶出量の多かった実施例1と同等の効果を24時間の浸漬処理で行うには、上記数2を用いて計算等により、約102℃の処理温度が必要であると予想されるためである。
【0121】
以上、実施例1〜12および比較例1,2の種々の結果から判るように、アルカリ金属を含むガラス基板からLi、Na、Kなどのアルカリ金属の溶出を抑制する方法として、蟻酸カリウム水溶液を用いることが肝要であることが実証された。これは、蟻酸カリウムが、水に対する溶解量が大きく、十分なモル沸点上昇により高温の水溶液を得ることができ、水から生成されるヒドロニウムイオン(H3+)とガラス基板中のアルカリ金属とのイオン交換率を高めることができるからである。その結果、イオン交換反応速度が上昇し、ガラス基板の表面層ではその内部層に比してアルカリ金属の含有量が低減する。このため、当該基板を情報記録媒体に適用した場合には、基板からのアルカリ金属の溶出の抑制効果が発揮され、耐久性等の性能に優れる、情報記録媒体を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0122】
本発明によれば、蟻酸塩を含有する水溶液にガラス材料を浸漬し、ガラス材料の構成成分、特にアルカリ金属の溶出を抑制する処理を施すことで、ガラス基板、およびこの基板を組み込んだ情報記録媒体の耐久性等の性能を向上させることができる。よって、本発明は、コンピュータまたは民生機器の固定磁気記録装置に、今後益々多量に組み込まれることが見込まれる情報記録媒体を、安定して使用できる点で有望である。
【図面の簡単な説明】
【0123】
【図1】本発明のガラス基板の一例を示す断面模式図である。
【図2】本発明の情報記録媒体の一例を示す断面模式図である。
【図3】実施例1〜7の結果から得られた、処理温度が140℃である場合の、アルカリ金属の溶出量と浸漬時間との関係を示すグラフである。
【図4】実施例6および実施例8〜10の結果から得られた、処理時間が270分である場合の、アルカリ金属の溶出量と処理温度との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0124】
10 ガラス基板
12 内部層
14 表面層
20 情報記録媒体
22 ガラス基板
24 軟磁性裏打ち層
26 非磁性結晶配向制御層
28 下地層
30 磁性層
32 保護層
34 潤滑層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蟻酸塩を含有する水溶液にガラス材料を浸漬し、前記ガラス材料の構成成分の溶出を抑制することを特徴とする、ガラス基板の製造方法。
【請求項2】
前記蟻酸塩が蟻酸カリウムであることを特徴とする、請求項1に記載のガラス基板の製造方法。
【請求項3】
前記水溶液の温度が200℃以下であり、前記水溶液への前記ガラス材料の浸漬時間が1分以上であることを特徴とする、請求項1または2に記載のガラス基板の製造方法。
【請求項4】
前記水溶液中の前記蟻酸カリウム濃度が77.7重量%以下であることを特徴とする、請求項2または3に記載のガラス基板の製造方法。
【請求項5】
前記水溶液の温度が140℃以下であり、前記水溶液への前記ガラス材料の浸漬時間が270分以下であることを特徴とする、請求項4に記載のガラス基板の製造方法。
【請求項6】
前記ガラス材料の構成成分が、アルカリ金属であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載のガラス基板の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法により得られたことを特徴とするガラス基板。
【請求項8】
請求項7に記載のガラス基板を用いたことを特徴とする情報記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−62228(P2009−62228A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−231505(P2007−231505)
【出願日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【出願人】(503361248)富士電機デバイステクノロジー株式会社 (1,023)
【Fターム(参考)】