説明

クラッチ装置

【課題】プレッシャプレートの放熱性を向上させて、クラッチ滑りの発生が防止できる耐久性の優れたクラッチ装置を提供する。
【解決手段】クラッチ装置1のフライホイール2とプレッシャプレート4との間に、フライホイール2に対するプレッシャプレート4の軸方向への移動を許容するとともにプレッシャプレート4の一部をフライホイール2に当接させた状態を維持可能な当接手段11を設ける。これにより、当接手段11の当接部分を介してプレッシャプレート4の熱をフライホイール2に伝達して放熱させ、プレッシャプレート4の温度上昇を抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばエンジンと変速機との間に介在されて、摩擦係合によりフライホイールの回転をクラッチディスクに伝達するクラッチ装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車等に用いられるクラッチ装置は、エンジンと一体に回転するフライホイールと、そのフライホイールに対向して軸方向に移動可能で且つフライホイールと一体に回転するプレッシャプレートと、フライホイールとプレッシャプレートとの間にフェーシング部が配置されたクラッチディスクとを備えている。
【0003】
そして、プレッシャプレートをフライホイールに接近させてクラッチディスクのフェーシング部を挟圧することによって、フライホイール及びプレッシャプレートをクラッチディスクに摩擦係合させ、フライホイール及びプレッシャプレートの回転トルクをクラッチディスクに伝達し、また、その挟圧を解除することにより、回転トルクの伝達を遮断する構造を有している。
【0004】
このようにフライホイール及びプレッシャプレートの回転トルクをクラッチディスクに伝達し、また、その伝達を遮断することにより、フライホイールとフェーシング部との間、及びプレッシャプレートとフェーシング部との間には摩擦熱が発生する。
【0005】
一般的な乗用車において、プレッシャプレートの熱容量は、フライホイールの約3分の1程度であり、フライホイールと比較して大幅に少ない。また、フライホイールは、クランクシャフトを介してエンジンに放熱でき、フェーシング部は、クラッチディスクから入力軸を介して変速機に放熱できるが、プレッシャプレートは、クラッチカバー内で軸方向に往復移動可能に支持される構造上、放熱の経路が確保しにくく、摩擦熱によって過熱されると、放熱しにくいという問題がある。
【0006】
従って、例えば山岳地域等でクラッチ操作を頻繁に行うと、プレッシャプレートの温度が上昇し、クラッチディスクとの間の摩擦係数の低下量が大きくなり、クラッチ滑りが生ずるおそれがある。また、フェーシング部の摩耗量が多くなるとともに、クラッチディスクからの強い臭気の発生が懸念される。
【0007】
このようなプレッシャプレートの温度上昇を抑えるべく、従来より種々の技術が提案されている。例えば特許文献1には、クラッチ装置の冷却構造として、プレッシャプレート側の放熱性を高めるべく、プレッシャプレートに、クラッチディスクと摩擦係合するプレート部と、プレート部の端部で折り返して形成された折り返し部とを設けて、プレート部と折り返し部との間に熱伝導性のシート部材を介在させ、プレート部で吸収した熱を熱伝導性のシート部材を介して折り返し部に伝達し、折り返し部から迅速に放熱させる技術が開示されている。また、特許文献2には、プレッシャプレートに摩擦熱を放熱するスリットまたは穴を設けたクラッチが開示されている。
【0008】
【特許文献1】特開2005−273788号公報
【特許文献2】特開昭60−116426号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上述のような従来のクラッチ装置の冷却構造にあっては、プレッシャプレートがクラッチカバーの中に収容されている構造上、プレッシャプレートの熱容量を大幅に増大させることは困難であり、プレッシャプレートのみで必要な熱容量を確保するには限界がある。
【0010】
本発明は、上記の点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、プレッシャプレートの放熱性を向上させて、クラッチ滑りの発生が防止できる耐久性の優れたクラッチ装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するクラッチ装置の発明は、フライホイールと、フライホイールに対向して配置されフライホイールの軸方向に沿って移動可能でかつフライホイールと一体に回転されるプレッシャプレートと、フライホイールとプレッシャプレートとの間に配置されプレッシャプレートの移動によって挟圧されるクラッチディスクと、を有するクラッチ装置において、プレッシャプレートの移動を許容するとともにプレッシャプレートの一部をフライホイールに当接させた状態を維持可能な当接手段を設けたことを特徴としている。
【0012】
本発明によれば、当接手段によって、フライホイールに対するプレッシャプレートの軸方向への移動を許容しつつプレッシャプレートの一部をフライホイールに当接させた状態を維持することができるので、その当接部分を介してプレッシャプレートの熱をフライホイールに伝達して放熱させることができる。
【0013】
従って、プレッシャプレートの放熱経路を常に確保することができ、プレッシャプレートの温度上昇を抑制することができる。従って、プレッシャプレートの過熱によってクラッチディスクとプレッシャプレートとの摩擦係数の低下量が大きくなるのを防ぎ、クラッチ滑りの発生を防ぐことができる。
【0014】
本発明において、当接手段は、フライホイールとプレッシャプレートとの間で且つクラッチディスクよりも径方向外側に位置するように配置されている構成とすることが好ましい。これによれば、クラッチディスクとの干渉を防ぐことができ、プレッシャプレートの放熱経路を常に確保することができる。
【0015】
本発明の具体的な実施の形態の一つとして、当接手段は、プレッシャプレートとフライホイールのいずれか一方に形成された凸部と、他方に形成されプレッシャプレートの移動方向に沿って延在する凹溝とを備え、凹溝に凸部が挿入された状態でフライホイールに対してプレッシャプレートを軸方向に移動させた場合に、凸部が凹溝に案内される構成としてもよい。かかる構成によれば、フライホイールに対するプレッシャプレートの軸方向への移動を許容しつつプレッシャプレートの一部をフライホイールに当接させた状態を維持することができる。
【0016】
そして、本発明の好ましい実施の形態として、凸部と案内溝との間に、熱伝導性材料からなる潤滑材を介在させてもよい。これにより、案内溝内における凸部の円滑な移動を確保できるとともに、プレッシャプレートの熱をフライホイールに効果的に伝達することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、プレッシャプレートの熱をフライホイールに伝達して放熱させることができ、プレッシャプレートの温度上昇を抑制することができる。従って、プレッシャプレートの過熱によってクラッチディスクとプレッシャプレートとの摩擦係数の低下量が大きくなるのを防ぎ、クラッチ滑りの発生を防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について図面に基づいて説明する。
【0019】
図1は、本実施の形態におけるクラッチ装置1の断面図、図2は、図1のA方向矢視図、図3は、当接手段の構成を拡大して示す斜視図である。
【0020】
クラッチ装置1は、図示していない自動車のエンジンと変速機との間に配置されており、図1に示すように、フライホイール2と、クラッチカバー3と、プレッシャプレート4と、ダイヤフラムスプリング5と、クラッチディスク6を備えている。
【0021】
フライホイール2は、略円盤形状を有しており、エンジン側の端面2aには、フライホイール2の中心軸線とクランクシャフトCの回転中心軸線とが同一直線上に位置するように、クランクシャフトCの端部がボルト固定されている。
【0022】
そして、フライホイール2の変速機側の端面2bには、クラッチカバー3が一体に回転可能に固定されている。クラッチカバー3は、略椀形状を有しており、フライホイール2との間にプレッシャプレート4とクラッチディスク6を収容する所定の室内空間を形成している。
【0023】
プレッシャプレート4は、環状の部材からなり、クラッチカバー3内でフライホイール2に対向して配置され、軸方向に移動可能にクラッチカバー3に支持されかつクラッチカバー3と一体に回転可能に設けられている。
【0024】
ダイヤフラムスプリング5は、クラッチカバー3とプレッシャプレート4との間に設けられており、プレッシャプレート4を所定の付勢力でフライホイール2側に付勢している。そして、図示していないレリーズベアリングにより、ダイヤフラムスプリング5の内周縁部をフライホイール2側に押し移動させることによって付勢力を減少させ、プレッシャプレート4をフライホイール2から離隔する方向に移動させることができるようになっている。
【0025】
クラッチディスク6は、フライホイール2とプレッシャプレート4との間に配置されてプレッシャプレート4の移動によって挟圧される構成を有する。クラッチディスク6は、ハブ部7と、ディスクプレート8を備えている。ハブ部7は、変速機のドライブシャフトDの先端部にスプライン嵌合されて、ドライブシャフトDと一体に回転するとともに、フライホイール2及びプレッシャプレート4に接近及び離隔するように軸方向に移動可能に支持されている。
【0026】
ディスクプレート8は、略円形の平板部材からなり、トーションスプリング及びフリクションプレートを介してハブ部7に同軸上に取り付けられている。ディスクプレート8には、フライホイール2の摩擦面部とプレッシャプレート4の摩擦面部にそれぞれ対向する位置に、フェーシング部材9、9が設けられている。
【0027】
フェーシング部材9、9は、プレッシャプレート4によりフライホイール2側に押圧されて移動した場合に、一方のフェーシング部材9の摩擦面がフライホイール2の摩擦面部に接面して摩擦係合し、他方のフェーシング部材9の摩擦面がプレッシャプレート4の摩擦面部に接面して摩擦係合する。
【0028】
そして、プレッシャプレート4による押圧が解除されてフェーシング部材9とプレッシャプレート4とが離隔すると、ディスクプレート8がハブ部7を介してドライブシャフトDの軸方向に移動できるようになり、フェーシング部材9がフライホイール2から離隔するようになっている。
【0029】
そして、クラッチ装置1には、本発明の特徴的な構成である当接手段11が設けられている。当接手段11は、フライホイール2とプレッシャプレート4との間でかつクラッチディスク6のディスクプレート8よりも径方向外側に位置するように設けられており、フライホイール2に対するプレッシャプレート4の軸方向への移動を許容しつつプレッシャプレート4の一部をフライホイール2に当接させた状態を維持し、プレッシャプレート4の熱をフライホイール2に伝達して放熱させる構成を有する。
【0030】
当接手段11は、プレッシャプレート4とフライホイール2のいずれか一方に形成された凸部12と、他方に形成されプレッシャプレートの移動方向に沿って延在する案内溝(凹溝)13とを備えており、案内溝13に凸部12が挿入されて互いに当接された状態とされ、フライホイール2に対するプレッシャプレート4の軸方向の移動に応じて凸部12が案内溝13に案内されるように構成されている。本実施の形態では、図2及び図3に示すように、フライホイール2に案内溝13が形成され、プレッシャプレート4に凸部12が形成されている。
【0031】
案内溝13は、フライホイール2の端面2bから軸方向に対をなして突出する一対のフライホイール突出部21、22の間に形成されており、互いに一定間隔を有して対向し軸方向に延在する一対の対向面部21a、22aを有している。
【0032】
凸部12は、プレッシャプレート4の外周面から径方向外側に向かって突出するプレッシャプレート突出部31によって形成されており、案内溝13に挿入された状態で案内溝13の対向面部21a、22aと対向する一対の当接面部31a、31bを有している。
【0033】
そして、案内溝13の対向面部21a、22aと凸部12の当接面部31a、31bとの間には、その間隙を埋めるようにそれぞれ潤滑材41、42が介在されている。潤滑材41、42は、案内溝13内における凸部12の円滑な移動を確保するためのものであり、例えばグラファイトなどの熱伝導率の高い熱伝導性材料によって構成されている。
【0034】
各潤滑材41、42は、平板形状を有しており、潤滑材41は、一方の面が案内溝13の対向面部21aに接面し、他方の面が凸部12の当接面部31aに接面している。また、潤滑材42は、一方の面が案内溝13の対向面部22aに接面し、他方の面が凸部12の当接面部31bに接面している。各潤滑材41、42は、案内溝13と凸部12のいずれか一方に接着剤により固定されている。従って、案内溝13内における凸部12の円滑な移動を確保できるとともに、凸部12の当接面31a、31bを案内溝13の対向面部21a、22aに常に当接させた状態とし、プレッシャプレート4の熱をフライホイール2に効果的に伝達することができる。
【0035】
当接手段11の凸部12と案内溝13は、フライホイール2及びプレッシャプレート4の周方向に所定間隔を空けて複数箇所に設けられている。従って、凸部12と案内溝13とが当接する面積をより広く確保することができ、プレッシャプレート4からフライホイール2に対してより多くの熱を伝達し、プレッシャプレート4の温度上昇を抑制することができる。
【0036】
上記構成を有するクラッチ装置1によれば、フライホイール2に対するプレッシャプレート4の軸方向の移動を許容しつつ、プレッシャプレート4の一部である凸部12をフライホイール2の案内溝13に常に当接した状態とすることができる。従って、プレッシャプレート4の放熱経路を常に確保することができ、その当接部分を介してプレッシャプレート4の熱をフライホイール2に伝達して放熱させることができる。
【0037】
従って、プレッシャプレート4の放熱性を向上させることができ、プレッシャプレート4の温度上昇を抑制することができ、摩擦熱に起因したプレッシャプレート4とフェーシング部材9との間の摩擦係数の低下を防ぎ、クラッチ滑りの発生を防ぐことができる。そして、プレッシャプレート4の過熱によるフェーシング部材9の摩耗増大を防ぎ、クラッチディスク6からの臭気の発生も防ぐことができる。
【0038】
[実施例]
図4及び図5は、本発明と従来例の試験結果を示す図である。この試験では、慣性体駆動方式のクラッチダイナモ試験機を使用し、9.5インチサイズのクラッチ装置を試験品として用いた。そして、慣性質量を0.7kg・m、クラッチ継合前の回転数を3000rpm、クラッチ継合回数を300回とする条件で試験を行った。
【0039】
そして、クラッチ装置の継合回数300回目におけるフライホイールとプレッシャプレートの摩擦面の温度を最高摩擦面温度として計測し、継合回数300回目における摩擦係数を最小摩擦係数(Minμ)として算出し、試験後にクラッチディスクのフェーシング部材の摩耗率(C/F摩耗率)を算出した。
【0040】
図4は、フライホイール及びプレッシャプレートの最高摩擦面温度(℃)を示す図である。プレッシャプレートの温度(P/P温度)は、図4に示すように、従来例では約400℃であるのに対して、本発明ではそれよりも低温である約350℃となっている。そして、フライホイールの温度(F/W温度)は、従来例では約200℃であるのに対し、本発明ではそれよりも高温である約220℃になっている。従って、本発明では、プレッシャプレート4の熱がフライホイール2に伝達されており、プレッシャプレート4の温度上昇が抑制されていることがわかる。
【0041】
図5は、クラッチディスクのフェーシング部材の摩耗率(C/F摩耗率)と最低摩擦係数を示す図である。最低摩擦係数(Minμ)は、図5に示すように、従来例では0.2であるのに対して、本発明ではそれよりも高い摩擦係数である0.25となっている。従って、本発明では、摩擦係数が向上しており、プレッシャプレート4の熱による摩擦係数の低下が抑制されていることがわかる。
【0042】
また、フェーシング部材の摩耗率(C/F摩耗率)は、従来例では約30%であるのに対して、本発明では、それよりも少ない値である約23%となっている。従って、本発明では、フェーシング部材9の摩耗率が小さくなっており、プレッシャプレート4の熱による摩耗率の増大が抑制されていることがわかる。
【0043】
尚、本発明は、上述の各実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。例えば、上述の実施の形態では、プレッシャプレート4に凸部12を設け、フライホイール2に案内溝13を設けた場合を例として説明したが、プレッシャプレート4に案内溝13を設け、フライホイール2に凸部12を設けた構成としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本実施の形態におけるクラッチ装置の断面図。
【図2】図1のA方向矢視図。
【図3】当接手段の構成を拡大して示す斜視図。
【図4】フライホイール及びプレッシャプレート摩擦面部の温度を示す図。
【図5】フェーシング部の摩耗率と最低摩擦係数を示す図。
【符号の説明】
【0045】
1 クラッチ装置
2 フライホイール
4 プレッシャプレート
6 クラッチディスク
8 ディスクプレート
9 フェーシング部材
11 当接手段
12 凸部
13 案内溝(凹溝)
41、42 潤滑材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フライホイールと、該フライホイールに対向して配置され前記フライホイールの軸方向に沿って移動可能でかつ前記フライホイールと一体に回転されるプレッシャプレートと、前記フライホイールと前記プレッシャプレートとの間に配置され前記プレッシャプレートの移動によって挟圧されるクラッチディスクと、を有するクラッチ装置において、
前記プレッシャプレートの移動を許容するとともに前記プレッシャプレートの一部を前記フライホイールに当接させた状態を維持可能な当接手段を設けたことを特徴とするクラッチ装置。
【請求項2】
前記当接手段は、前記フライホイールと前記プレッシャプレートとの間で且つ前記クラッチディスクよりも径方向外側に位置するように配置されていることを特徴とする請求項1に記載のクラッチ装置。
【請求項3】
前記当接手段は、前記プレッシャプレートと前記フライホイールのいずれか一方に形成された凸部と、他方に形成され前記プレッシャプレートの移動方向に沿って延在する凹溝とを備え、前記凹溝に前記凸部が挿入された状態で前記フライホイールに対して前記プレッシャプレートを軸方向に移動させた場合に、前記凸部が前記凹溝に案内される構成を有することを特徴とする請求項2に記載のクラッチ装置。
【請求項4】
前記凸部と前記案内溝との間に、熱伝導性材料からなる潤滑材を介在させた構成を有することを特徴とする請求項3に記載のクラッチ装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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