説明

グリース組成物及び転がり軸受

【課題】極圧条件下での使用に際しても適用箇所の潤滑寿命の長寿命化をもたらすことが可能なグリース組成物、及びこれを用いた転がり軸受を提供する。
【解決手段】グリース組成物に、イオン性界面活性剤を添加する。これにより、増ちょう剤の分散性が向上し、この結果潤滑部位に優れた耐摩耗性を付与できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は耐摩耗性に優れたグリース組成物及び転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
各種産業機械や鉄鋼設備、車両、電気機器、各種モータや自動車部品等に使用されている転がり軸受には、潤滑性を付与するために潤滑油やグリースなどの潤滑剤が封入されている。使用される潤滑剤は供される軸受の種類によって異なるが、特に、鉄鋼設備、車両、産業機械で使用されているころ軸受は、高荷重で使用されるため、潤滑剤により形成される油膜切れが生じやすく、潤滑不良による摩耗を引き起こし易い。特許文献1では、車両用グリースの摩耗抑制に硫黄系化合物を用い摩耗の改善を行っている。
【特許文献1】特開2004‐332768号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、金属との反応性の高い添加剤を使用すると環境によっては腐食作用を呈することも懸念される。また、上述したような各種の要求(耐高荷重、耐摩耗性等)は今後も引き続き高まることが予想され、特に耐摩耗性の要求は年々厳しくなっており、軸受メーカーにとっても最重要課題の一つとなっている。
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、極圧条件下での使用に際しても適用箇所の潤滑寿命の長寿命化をもたらすことが可能なグリース組成物、及び、これを用いた転がり軸受を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記課題を解決するために、本発明の請求項1によるグリース組成物は、鉱油及び合成油のうちの少なくとも1種からなる基油と、増ちょう剤と、添加剤として陰イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤及び両性界面活性剤のうちの少なくとも1種から選ばれるイオン性界面活性剤と、を含有し、前記イオン性界面活性剤の含有量は、全量の0.1〜5質量%であることを特徴とする。
本発明の請求項2による転がり軸受は、内輪と外輪との間に複数の転動体を転動自在に保持し、転動体が配される軸受空間にグリース組成物を封入してなる転がり軸受において、前記グリース組成物として、請求項1に記載のグリース組成物を用いたことを特徴とする。
【0005】
以下に、本発明に係るグリース組成物の作用について説明する。
[作用]
添加剤として使用するイオン性界面活性剤は、溶液中で陽イオン及び陰イオンに解離し、その陽イオン及び陰イオンに解離したイオンのうち、増ちょう剤と親和性があるイオンが増ちょう剤の粒子表面に優先吸着する。このとき、増ちょう剤に対して高い浸透効果のある界面活性剤を選択して配合することにより、増ちょう剤表面に界面活性剤を吸着させるだけでなく、グリース中に存在する増ちょう剤の凝集物を単分散状態に分散させることができる。これは次の作用によるものと考えられる。つまり、上記のように溶液中で解離したイオンが増ちょう剤表面に吸着することにより、増ちょう剤に高い表面電位を持たせることができ、増ちょう剤同士がお互いに反発し合うようになる。この効果により、増ちょう剤同士の凝集が起こりにくくなり、増ちょう剤は油中に安定に分散して存在することが可能になると考えられる。基油中に良く分散した増ちょう剤は、軸受の内外輪と転動体の間に形成される油膜内にも容易に入り込むことが可能となり、その油膜内に入り込んだ増ちょう剤の摩擦面の保護作用により耐摩耗性を向上させ、良好な潤滑性を長期間維持することが可能となる。
【発明の効果】
【0006】
本発明のグリース組成物によれば、増ちょう剤の分散性を向上することのできる添加剤を配合しているので、極圧条件下においても潤滑部位に優れた耐摩耗性を付与できる。従って、これを転がり軸受に封入することで、優れた耐摩耗性を付与し、耐久性能を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
次に、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
[転がり軸受]
図1は本発明に係る転がり軸受の一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す部分縦断面図である。
図1の転がり軸受は、内輪1と、外輪2と、内輪1と外輪2との間に転動自在に配設された複数の玉(転動体)3と、複数の玉3を保持する保持器4と、外輪2のシール溝2a,2aに取り付けられたシールド5,5と、で構成されている。また、内輪1と外輪2とシールド5,5とで囲まれた空隙部内には本実施形態に係るグリース組成物6が充填され、シールド5により軸受内に密封されている。そして、このようなグリース組成物6により、前記両輪1,2の軌道面と玉3との接触面が潤滑されている。
【0008】
以上の転がり軸受においては、グリース組成物(組成の詳細は後述する)6にイオン性界面活性剤を添加しているので、イオン性界面活性剤の作用によりグリース中に増ちょう剤が均一に分散する。このため、軸受の内外輪と転動体の間に形成される油膜内にも増ちょう剤が容易に入り込むことが可能となり、その油膜内に入り込んだ増ちょう剤の摩擦面の保護作用により摩耗を防止し、良好な潤滑状態を長期間維持することが可能となる。
なお、転がり軸受は、図1に示した深溝玉軸受に限定されず、アンギュラ軸受、ころ軸受であってもよく、ラジアル軸受でなくスラスト軸受であってもよい。また図中には単列しか示していないが複列であってもよい。また、シール形式も限定されずシールド形、非接触シール、接触シール形のいずれであってよく、開放形であってもよい。
【0009】
次に、本発明のグリース組成物に関してより詳細に説明する。
[基油]
使用する基油は特に限定されず、通常潤滑油の基油として使用されている油は全て使用することができる。好ましくは、低温起動時の異音発生や、高温で油膜が形成され難いために起こる焼付きを避けるために40℃における動粘度が、好ましくは10〜400mm/sec、より好ましくは20〜250mm/sec、さらに好ましくは40〜150mm/secである基油が好ましい。具体例としては、鉱油系、合成油系または天然油系の潤滑油などが挙げられる。前記鉱油系潤滑油としては、鉱油を減圧蒸留、油剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水素化精製等を、適宜組み合わせて精製したものを用いることができる。前記合成油系潤滑基油としては、炭化水素系油、芳香族系油、エステル系油、エーテル系油等が挙げられる。前記炭化水素系油としては、ノルマルパラフィン、イソパラフィン、ポリブテン、ポリイソブチレン、1−デセンオリゴマー、1−デセンとエチレンのコオリゴマーなどのポリ−α−オレフィンまたはこれらの水素化物などが挙げられる。前記芳香族系油としては、モノアルキルベンゼン、ジアルキルベンゼンなどのアルキルベンゼン、あるいはモノアルキルナフタレン、ジアルキルナフタレン、ポリアルキルナフタレンなどのアルキルナフタレンなどが挙げられる。前記エステル系油としては、ジブチルセバケート、ジ−2−エチルヘキシルセバケート、ジオクチルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジトリデシルグルタレート、メチルアセチルリシノレートなどのジエステル油、あるいはトリオクチルトリメリテート、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテートなどの芳香族エステル油、さらにはトリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール‐2‐エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールペラルゴネートなどのポリオールエステル油、さらにはまた、多価アルコールと二塩基酸・一塩基酸の混合脂肪酸とのオリゴエステルであるコンプレックスエステル油などが挙げられる。前記エーテル系油としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールモノエーテル、ポリプロピレングリコールモノエーテルなどのポリグリコール、あるいはモノアルキルトリフェニルエーテル、アルキルジフェニルエーテル、ジアルキルジフェニルエーテル、ペンタフェニルエーテル、テトラフェニルエーテル、モノアルキルテトラフェニルエーテル、ジアルキルテトラフェニルエーテルなどのフェニルエーテル油などが挙げられる。その他の合成潤滑基油としてはトリクレジルフォスフェート、シリコーン油、パーフルオロアルキルエーテルなどが挙げられる。前記天然油系潤滑基油としては、牛脂、豚脂、大豆油、菜種油、米ぬか油、ヤシ油、パーム油、パーム核油等の油脂系油またはこれらの水素化物が挙げられる。これらの基油は、単独または混合物として用いることができ、上述した好ましい動粘度に調整される。
【0010】
[増ちょう剤]
増ちょう剤は、ゲル構造を形成し、基油をゲル構造中に保持する能力があれば、特に制約はない。例えば、金属成分がLi、Na等である金属石けん、金属成分がLi、Na、Ba、Ca等である複合金属石けん等の金属石けん類、ベントン、シリカゲル、ウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ウレタン化合物等の非石けん類を適宜選択して使用できる。増ちょう剤の配合量としては、グリース組成物全量に対して、5〜40質量%であることが好ましい。ここで、増ちょう剤の配合割合が5質量%未満であると、グリ一ス状態を維持することが困難になってしまい、一方、増ちょう剤の配合割合が40質量%を超えるとグリース組成物が硬くなりすぎて、潤滑状態を十分に発揮することができなくなってしまうため、好ましくない。
【0011】
[イオン性界面活性剤]
イオン性界面活性剤としては、陰イオン型界面活性剤、陽イオン型界面活性剤及び両性界面活性剤が使用できる。使用可能なイオン界面活性剤の具体例をあげると、陰イオン型界面活性剤としてはアルキル硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸エステル塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、脂肪酸塩、ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物又はその塩など、陽イオン型界面活性剤としてはアルキルアミン塩、第四級アンモニウム塩など、両性界面活性剤としてはアルキルベタイン、アルキルアミンオキサイドなどである。その中でも、高い浸透力によりグリース中に存在する増ちょう剤の凝集物を単分散状態に分散することができるアルキル硫酸エステル塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩が特に好ましい。界面活性剤の好ましい添加量は、グリース組成物全量に対して、0.1〜5質量%である。添加量がこれより少ないと、増ちょう剤を分散させる能力が不足し、5質量%を超えて添加しても添加効果の向上が望めない上、基油の量が相対的に少なくなるため潤滑性が低下するおそれがあるので好ましくない。より好ましくは、グリース組成物全量に対して0.1〜3質量%である。
【0012】
更に、本発明のグリース組成物においては、その各種性能をさらに向上させるため、所望により種々の添加剤を混合してもよい。添加剤としては、アミン系、フェノール系、硫黄系、ジチオリン酸亜鉛、ジチオカルバミン酸亜鉛などの酸化防止剤、スルホン酸金属塩、エステル系、アミン系、ナフテン酸金属塩、コハク酸誘導体などの防錆剤、リン系、ジチオリン酸亜鉛、モリブデン化合物などの極圧剤、脂肪酸、動植物油などの油性向上剤、ペンゾトリアゾールなどの金属不活性化剤など、潤滑で使用される添加剤を単独又は2種以上混合して用いることができる。なお、これら添加剤の添加量は、本発明の目的を損なわない程度であれば特に限定されるものではない。
【0013】
[製法]
本発明のグリース組成物を調製するには、増ちょう剤にイオン性界面活性剤を充分に吸着させるために、基油中で増ちょう剤を反応させて得られたベースグリースにイオン性界面活性剤を所定量配合した後によく攪拌する必要がある。添加剤を複数種配合する場合は、まずイオン性界面活性剤のみを添加し、よく攪拌した後に、残りの添加剤を配合し、ニーダやロールミル等で十分攪拌し、均一分散させる。イオン性界面活性剤及び添加剤を配合するときは、加熱するのも有効である。
【0014】
[実施例]
以下に、実施例及び比較例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれにより何ら限定されるものではない。
(実施例1〜6、比較例1〜3)
表1に示す配合にて試験グリース組成物を調製した。そして、試験グリース組成物を用いて下記に示す(1)増ちょう剤分散性評価試験、及び、(2)耐摩耗試験を実施した。なお、試験グリース組成物のちょう度は、NLGI No.2に調整した。
【0015】
(1)増ちょう剤分散性評価試験
増ちょう剤の分散性は、増ちょう剤の沈降速度により評価した。沈降速度は、試験グリース50mgをヘキサン10ml中に分散させ、その溶液中を増ちょう剤が沈降する速度を測定することにより評価し、沈降速度が遅いものほど増ちょう剤の分散性が良いと判断した。
【0016】
(2)耐摩耗試験
耐摩耗試験は、図2に示すような往復動摩擦摩耗試験装置を用いて行った。具体的には、試験台31上に設置された試験平板32に、ホルダー33に取り付けられた試験球34を載置し、試験平板32と試験球34との間に試験対象のグリース組成物を介在させた。そして、ホルダー33に垂直荷重を負荷することにより、試験球34で試験平板32を押圧しながら、カム35によりホルダー33を揺動させた。試験台31に備えるヒータ36と熱電対37により、試験平板32の温度を一定に保った。また、試験台31にはロードセル38が備えられており、前述の揺動を観測できるようになっている。
【0017】
なお、揺動の周波数は10Hz、振幅は20mm、垂直荷重は2GPa、試験平板32上のグリース組成物の膜厚は1mm、試験温度は60℃、試験時間は10minとした。
試験後に試験平板32にできる揺動方向に対する直角方向の径(摩耗痕径)の大きさによって、使用したグリース組成物の耐摩耗性を評価した。試験結果は、3回試験後の平均摩耗径を算出し、比較例1の値を1として、その比で示した。
実施例及び比較例のグリース組成物の組成、及び、上記(1)及び(2)の試験結果を表1及び表2に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
【表2】

【0020】
なお、表1及び表2中の注釈は下記の通りである。
1)基油:エステル油(40℃における動粘度33mm/s)
2)4,4′−ジフェニルメタンジイソシアネートとp−トルイジンとの反応物
3)4,4′−ジフェニルメタンジイソシアネートとオクチルアミンとの反応物
4)アルキルベンゼンスルホン酸塩
5)アルキル硫酸エステル塩
6)第四級アンモニウム塩
7)アルキルアミン塩
8)アルキルベタイン
【0021】
表1及び表2に示すように、陰イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤及び両性界面活性剤を0.1質量%以上配合したものは、沈降速度が遅いことが確認された。このことから、グリース中に増ちょう剤が良く分散していると考えられ、この効果により耐摩耗性にも優れると考えられる。それに対して、陰イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤及び両性界面活性剤を配合しないものでは、沈降速度も非常に速く、耐摩耗性も低いことがわかる。また、陰イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤及び両性界面活性剤の配合量が0.1質量%未満では増ちょう剤を充分に分散させることができず、充分な耐摩耗性が得られないことがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】転がり軸受の一例を示す図である。
【図2】往復動摩擦摩耗試験装置を示す図である。
【符号の説明】
【0023】
1 内輪
2 外輪
2a,2a シール溝
3 玉
4 保持器
5,5 シールド
6 グリース組成物
31 試験台
32 試験平板
33 ホルダー
34 試験球
35 カム
36 ヒータ
37 熱電対
38 ロードセル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉱油及び合成油のうちの少なくとも1種からなる基油と、増ちょう剤と、添加剤として陰イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤及び両性界面活性剤のうちの少なくとも1種から選ばれるイオン性界面活性剤と、を含有し、
前記イオン性界面活性剤の含有量は、全量の0.1〜5質量%であることを特徴とするグリース組成物。
【請求項2】
内輪と外輪との間に複数の転動体を転動自在に保持し、転動体が配される軸受空間にグリース組成物を封入してなる転がり軸受において、
前記グリース組成物として、請求項1に記載のグリース組成物を用いたことを特徴とする転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−29876(P2009−29876A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−193425(P2007−193425)
【出願日】平成19年7月25日(2007.7.25)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】