説明

ゲルの製造方法及びそのための装置

【課題】様々な一次元ないし三次元構造を有するゲルを簡便に製造することができる、一次元ないし三次元構造を有するゲルの製造方法及びそのための装置を提供すること。
【解決手段】ゲル形成性A液の液滴を、インクジェット法により、A液と接触するとゲルを生成するゲル形成性B液の外部から、B液に、A液の到達位置を変えながら噴射することにより、すなわち、A液を、B液上に描画することにより、所望の一次元ないし三次元構造を有するゲルを製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一次元ないし三次元構造を有するゲルの製造方法及びそのための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞を位置付けする方法、ハンドリングする方法としては、
1)あらかじめパターンを作った基板上に細胞を撒いて、細胞の接着性によってパターン化する方法、
2)個々の細胞を顕微鏡下で目視しながら、光ピンセットでつかんで操作する方法
がある。
3)ディスペンサーで空気圧もしくは機械的駆動によって、細胞の入ったシリンジ内の液滴を圧力で押し出して細胞を位置づけする。
などの方法がある。
【0003】
上記1)のパターンを作った基板上に細胞を撒く方法では、あらかじめ作った基板上全体に細胞浮遊液を撒くことになるので、個々の細胞の位置を制御することはできない。また、異なる種類の細胞を制御して位置づけするためには、細胞ごとに特異的な表面を作製しなければならず、特殊な作業が必要になる。また、最初に1種類の細胞を撒き、接着したころに洗い流し、別の種類の細胞を撒く、という手順が必要になる。3種類、4種類になると、それだけ手間と時間が必要になる。三次元で細胞の位置を設定する場合、2次元での基板上のパターニングだけではできない。しかも三次元で異なる細胞を位置決めするのは洗い流しができないので、もっと困難である。、
【0004】
上記2)の光ピンセットでは、目視下での作業となるので、扱える細胞は数が知れている。どんなに多くても100個以下となる。生体組織を作ろうとしたとき、億を超える細胞を扱う必要性があり、とても対処できない。
【0005】
上記3)のディスペンサー機構では、連続的にシリンジから押し出すのが前提となる。個々の細胞レベルでの造形は困難である。細胞を扱う場合、シリンジは水溶液中に接触しており、シリンジ内ですでにゲル化した状態の溶液を圧力で押し出す必要があり、細胞にはかなりの圧力がかかる可能性がある。もしくはシリンジ内でのゲル化を防ぐために常に押し出し続けなければならないので、細かな点は描けない。
【0006】
一方、アルギン酸ゲルから成るマイクロビーズ中に細胞を封入して農薬や免疫学の研究に用いることが知られている。これらのマイクロビーズは、アルギン酸ナトリウム水溶液中に封入すべき細胞を浮遊させ、この細胞浮遊液を塩化カルシウムや塩化バリウムの溶液にノズルから噴霧することにより形成される(特許文献2、非特許文献1)。しかし、この方法で製造されるゲルは、点状のマイクロビーズであり、より大きな一次元ないし三次元構造を有するゲルを製造することはできない。
【0007】
【特許文献1】特表2004-528101号公報
【特許文献2】特開2004-99465号公報
【特許文献3】特公平2-51734号公報
【特許文献4】特開昭57-133076号公報
【非特許文献1】上原記念生命科学財団研究報告集、17:43-45(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、様々な一次元ないし三次元構造を有するゲルを簡便に製造することができる、一次元ないし三次元構造を有するゲルの製造方法及びそのための装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、ゲル形成性A液の液滴を、インクジェット法により、前記A液と接触するとゲルを生成するゲル形成性B液の外部から、該B液に、前記A液の到達位置を変えながら噴射することにより、すなわち、前記A液を、前記B液上に描画することにより、所望の一次元ないし三次元構造を有するゲルを簡便に製造することができることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、少なくとも1種類のゲル形成性A液の液滴を、インクジェット法により、前記A液と接触するとゲルを生成するゲル形成性B液の外部から、該B液に、前記A液の到達位置を変えながら噴射することを含む、一次元、二次元又は三次元構造を有するゲルの製造方法を提供する。また、本発明は、上記本発明の方法を行なうために用いられる、一次元、二次元又は三次元構造を有するゲルの製造装置であって、少なくとも2軸方向に移動可能なインクジェットノズルを具備するインクジェット吐出装置を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、様々な一次元、二次元又は三次元構造を有するゲルを簡便に製造することができる、一次元、二次元又は三次元構造を有するゲルの製造方法及びそのための装置が提供された。本発明の方法によれば、所望の様々な一次元、二次元又は三次元構造を有するゲルを容易に製造することができ、しかも、前記A液に細胞、薬剤、微粒子等の任意の物質を含めておくことにより、製造されるゲル内には、細胞、薬剤、微粒子等の任意の物質を封入することができる。従って、本発明の方法によれば、例えば、従来法では困難であった、任意の三次元構造を有する多細胞組織等を容易に調製することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
上記の通り、本発明の方法は、ゲル形成性A液(単に「A液」ということがある)と、該A液と接触するとゲルを生成するゲル形成性B液(単に「B液」ということがある)とを用いる。このようなA液とB液の組合せとして、(1)アルギン酸塩水溶液とアルカリ土類金属塩水溶液、(2)トロンビン水溶液、フィブリノーゲン水溶液とカルシウム塩水溶液及び (3)ホウ酸水溶液とポリビニルアルコール水溶液、(4)ペプチドハイドロゲル形成性ペプチド水溶液と塩化ナトリウム水溶液、及び(5)昇温時ゲル化型熱可逆ハイドロゲル形成性親水性高分子水溶液と温水、の組合せを挙げることができるがこれらに限定されるものではない。A液、B液は、化学的反応、イオン反応、pH変化などによりゲル化するものに限らず、インクジェットから噴射後、物理的反応、たとえば、温度や光の変化などでゲル化するものも含む(例えば上記(5))。
【0013】
ここで、上記(1)の組合せに関し、アルギン酸塩としては、アルギン酸ナトリウム、アルカリ土類金属塩としては塩化カルシウムや塩化バリウムを例示することができる。アルギン酸塩の濃度は、特に限定されないが、0.5重量%〜1.5重量%程度が好ましく、アルカリ土類金属塩の濃度は、特に限定されないが、アルカリ土類金属イオン濃度として0.09mM〜0.18mM程度が好ましい。
【0014】
上記(2)の組合せは、混合すべき成分が3成分あるが、いずれか2成分を含む水溶液と、残りの1成分を含む水溶液を混合する。例えば、フィブリノーゲン水溶液をA液、トロンビンとカルシウム塩を含む水溶液をB液とすることができる。トロンビンの濃度は特に限定されないが、200単位/mL〜800単位/mL程度が好ましく、フィブリノーゲンの濃度は、特に限定されないが、50mg/mL〜150mg/mL程度が好ましく、カルシウムイオン濃度は0.09mM〜0.18mMが好ましい。カルシウム塩としては、塩化カルシウム等を好ましく用いることができる。
【0015】
上記(4)のペプチドハイドロゲル形成性ペプチドとしては、例えば、Ac-Arg-Ala-Asp-Ala-Arg-Ala-Asp-Ala-Arg-Ala-Asp-Ala-Arg-Ala-Asp-Ala-CONH2(配列番号1)や、Ala-Glu-Ala-Glu-Ala-Lys-Ala-Lys-Ala-Glu-Ala-Glu-Ala-Lys-Ala-Lys(配列番号2)で表されるアミノ酸配列を有するもののように、中性アミノ酸、酸性アミノ酸及び/又は塩基性アミノ酸を交互に配置したアミノ酸数12〜20、好ましくは16程度のペプチドであり、上記した配列番号1に記載のものは、スリー・ディ−・マトリックス社からPuraMatrixの商品名で市販されている。これらのペプチドハイドロゲル形成性ペプチドは、塩化ナトリウム水溶液中の塩化ナトリウムと反応してペプチドハイドロゲルと呼ばれるゲルを形成する。塩化ナトリウムの濃度は、通常の細胞培養用培地中に含まれる程度の濃度でよく、従って、通常、0.5〜0.9wt%程度である。
【0016】
上記(5)の昇温時ゲル化型熱可逆ハイドロゲル形成性親水性高分子は、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)やポリプロピレンオキサイドのような温度感受性ポリマーセグメントと、ポリエチレンオキサイドのような親水性ポリマーセグメントから成るブロックコポリマーであり、例えば、メビオール株式会社からメビオールジェルという商品名で市販されているものである。メビオールジェル(商品名)は、低温時にはゾルであり、37℃以上でゲル化するので、A液として、36℃以下のメビオールジェル(商品名)水溶液を用い、B液として37℃以上の温水を用いることにより、A液をB液内に噴射すればA液がB液内でゲル化する。なお、メビオールジェル(商品名)水溶液は、比較的粘度が高いので、比較的粘度の高いインクを噴射できるインクジェットプリンターを用いる。
【0017】
なお、上記のような組み合わせにおいて、どちらをA液、どちらをB液にしてもよいが、インクジェットで安定して吐出するために粘度の低い液をA液とする方が好ましい(ただし、上記(5)の場合には、当然、温水をB液とする)。
【0018】
本発明の方法では、A液の液滴を、インクジェット法により、前記ゲル形成性B液の外部から前記ゲル形成性B液に噴射する。「インクジェット法」とは、ノズル(「インクジェットノズル」に連通するインクキャビティ内の圧力を増大させて、インクジェットノズルから液滴を噴射する方法であって、インクキャビティ内の圧力を電気パルス信号により制御するものである。インクジェット法は、いわゆるインクジェットプリンターに採用されている方式であり、それ自体周知である。なお、「インクジェット」という語が、プリンターの分野において確立されているので、本願明細書及び特許請求の範囲においても「インクジェット」という語を用い、噴射される液体を「インク」と記載する場合もあるが、本発明では、噴射するものは上記A液であり、ほとんどの場合インクを噴射するわけではない。インクキャビティ内の圧力を電気パルス信号により増大させる方式としては、インクキャビティの一部を圧電素子で形成し、この圧電素子に電気パルス信号を与えて圧電素子を変形させることによりインクキャビティを変形させ、インクキャビティの容積を減少させてインクキャビティ内の圧力を瞬時に高める方式(特許文献3参照)や、インクキャビティ内のインクを電気パルス信号で加熱してインクの一部を気化させ、インクの蒸気によってインクキャビティ内の圧力を瞬時に高める方式(特許文献4参照)等があるが、本願発明では、これらのいずれの方式をも採用することができる。もっとも、後述のように、マイクロビーズ中に、細胞やタンパク質等の生物材料を封入する場合には、熱が悪影響をもたらす恐れがあるので、生物材料を封入する場合には、インクキャビティの変形によりインクキャビティ内の圧力を高める方式が好ましい。なお、インクキャビティはインクタンクに連通しており、インクの噴射によりインクキャビティ内のインクが減少すると、インクタンクからインクが補充される。インクジェット法によれば、液滴の大きさは電気パルス信号、インクキャビティ容量、ノズル口の設計等により制御されるので、均一な大きさの液滴が噴射される。
【0019】
本発明の方法においては、市販のインクジェットプリンターのインク噴射機構(インクジェットノズル、インクキャビティ、インクタンク、これらを連絡するインク通路、電気制御回路等を含む)をそのまま用いることができる。市販のインクジェットプリンターでは、通常、インクジェットヘッドは複数のインクジェットノズルを具備するが、本発明においても複数のインクジェットノズルから同時にA液を噴射することが生産性向上の観点から好ましい。また、市販のカラーインクジェットプリンターでは、少なくとも黒色、シアン、マゼンダ、イエローの4色のインクがそれぞれ異なるインクタンクに収容され、それぞれ異なるインクジェットノズルから噴射されるが、本発明においても、このようなカラーインクジェットプリンターの噴射機構を好ましく用いることができる。市販のインクジェットプリンターのインク噴射機構を用いる場合、A液は約0.3mL以上であればよく、微量試料を扱う場合に便利である。
【0020】
インクジェットノズルの内径(直径)は、特に限定されず、通常、5μm〜100μm程度であるが、ゲル内に細胞を封入する場合には、細胞を含むA液を吐出可能な20μm〜100μm程度が好ましい。解像度に応じ、種々のインクジェットノズルの内径を有するインクジェットプリンターが市販されているので、所望のインクジェットノズル径を持つ市販品を選択することができる。
【0021】
なお、インクジェットプリンターは以下の特徴を有する。
1)インクジェット機構により、微小液滴を噴射できる。
2)射出する位置とヘッドの位置により射出信号を制御し、適材適所射出する。(オンデマンド射出)
3)極めて微小な液滴サイズと位置制御により、高解像度の画像を印刷できる
4)1つのノズルから1秒間に数千個以上のインク滴が射出される。
5)印刷対象物に触れることなく、液滴を射出して描画する。
6)インクジェットヘッドを集積させ、多数のノズルで描画ができる。
7)対象物を選ばない。紙であろうが水であろうがインク滴を吐出できる。
8)コンピュータ制御が確立されている。
【0022】
本発明の方法では、A液の到達位置を変えながらA液を噴射する。ここで、「到達位置」は、噴射されたA液の液滴が、B液の液面に到達した際のB液の液面における位置を意味する。従って、A液の到達位置を変えながらA液を噴射するということは、A液をインクと見立ててB液上に描画するということである。これは、ノズルを移動しながらA液の噴射を行なうことにより容易に行なうことができる。この際、A液の噴射頻度とノズルの移動速度を、ノズルから連続的に噴射される2個の連続する液滴が、互いに接触するように調整することが好ましい。インクジェットの1つのノズルからは、1秒間に数千個又はそれ以上の液滴が噴射される。10倍、100倍のノズルを集積することも可能である。下記実施例で用いた装置では、1つのヘッドに12個のノズルが具備されている。市販のプリンターでは数百個のノズルが備わっているものもある。インクジェットノズルを移動しながら噴射を行なうと、各液滴のB液面上の到達位置は少しずつずれる。A液の単一の液滴は、B液内でゲル化してマイクロビーズを形成する。ある液滴と、その1個あとに噴射される液滴とが、B液内で接触する噴射頻度及びノズル移動速度で噴射された場合には、2個のゲルマイクロビーズが癒着した形になる。さらに次に噴射される液滴の到達位置が、2個目に噴射された液滴と接触する位置である場合には、3個目のゲルマイクロビーズも癒着し、3個のマイクロビーズが連なる形状となる。このようにして次々にゲルマイクロビーズが癒着していくと、線状のゲルが形成される。インクジェットノズルを任意に移動させながら上記の条件で噴射を行なうことにより、任意の形状(直線や任意の曲線)の線状ゲルを得ることができる。
【0023】
また、この方法により一本の直線状のゲルを形成した後、この直線状のゲルに接触する位置に2本目の直線状ゲルを形成することにより、2本の直線状ゲルが癒着した、一本の直線状ゲルよりも幅広のゲルを形成することができる。さらに、3本目の直線状ゲルを、2本目の直線状ゲルと接触する位置に形成することにより、3本目の直線状ゲルも2本目の直線状ゲルに癒着させることができる。このようにして、次々と直線状のゲルを、その1本前の直線状ゲルと接触する位置に形成していくことにより、シート状のゲルを形成することができる。この場合、各直線状のゲルの長さを同一とし、形成する直線状のゲルを、1本前の直線状ゲルの真横に並べていく場合には、矩形のシートが形成されるが、各直線状ゲルの長さや位置を任意に設定することにより、任意の形状のシートを形成することができる。
【0024】
さらに、上記のようにして形成したシート状ゲルの上に、さらに、同様にしてシート状ゲルを形成することにより、シート状ゲルを積層することができる。次々にシート状ゲルを積層することにより、立体的なゲルを形成することができる。この際、積層する各シート状ゲルの形状を同一のものとすれば、直方体等の柱状のゲルが形成されるが、各シート状ゲルの形状や、積層する位置を任意に設定することにより、任意の立体形状を有するゲルを形成することができる。
【0025】
また、曲線状のゲルの上に曲線状のゲルを順次積層していくことによっても立体形状を有するゲルを形成することができる。例えば、円形の線状ゲルを形成し、その上に順次、円形の線状ゲルを積層していくことにより、チューブ上のゲルを形成することができる。
【0026】
このように、本発明の方法によれば、任意の一次元、二次元又は三次元構造を有するゲルを形成することができる。なお、ここで、「一次元、二次元又は三次元構造」とは、一滴のA液が噴射されて形成されるゲルマイクロビーズを1つの点と考えた場合の構造を意味する。従って、一次元構造は、直線状、二次元構造は、シート状又は曲線状、三次元構造は立体状の構造を意味する。
【0027】
なお、上記の通り、A液の噴射頻度とノズルの移動速度を、ノズルから連続的に噴射される2個の連続する液滴が、互いに接触するように調整することが好ましいが、例えば、シート状のゲルは、所定の面内に、各液滴が最終的に接触するまで、A液をランダムに噴射していくことによっても作製することが可能であるので、必須的ではない。
【0028】
市販のインクジェットプリンターは、ノズルを含むインクジェットヘッドが直線状を移動し、かつ、印刷する紙を移動させながら印刷する。しかしながら、B液を移動させると液面が波立って微細なゲル構造を形成することが困難になるので、B液は移動せず、インクジェットヘッドを移動させながら噴射を行なうことが好ましい。市販のインクジェットプリンターでは、インクジェットヘッドが直線状にしか移動できないので、自由な描画を行なうことができない。従って、本発明の方法では、インクジェットノズルが少なくとも2軸(XY軸)方向、好ましくは3軸方向(XYZ軸)方向に移動するインクジェット噴射装置を用いて行なうことが好ましい。このような装置は、市販のインクジェットプリンターのインクジェットヘッドを、2軸又は3軸のアクチュエーターに搭載することにより容易に作製することができる。2軸又は3軸のアクチュエーターは、広く市販されているので、市販品を用いることができる。従って、噴射装置は、市販の2軸又は3軸のアクチュエーターに、市販のインクジェットプリンターのインクジェットヘッドを搭載する(インクジェット噴射のための、インクジェットプリンターが備える全ての機構もそのまま利用する)ことにより容易に作製することができる。三次元構造を有するゲルを形成する場合には、ノズルと、噴射されたA液滴がゲル化する位置との距離を一定にすること等を可能とするため、3軸のアクチュエーターを用いることが好ましい。
【0029】
インクジェットノズルから噴射されるA液の液滴と、その1個あとに噴射されるA液の液滴とが、B液内で接触する噴射頻度及びノズル移動速度でA液の噴射を行なうことことができる噴射速度及びノズル移動速度は、用いるA液とB液の種類や、ノズル径等に応じて異なるが、下記実施例で具体的に記載するように、噴射頻度とノズル移動速度を変更して行なうルーチンな実験により容易に設定することができる。噴射頻度は、インクジェットキャビティに加える電気パルス信号の周波数(打出し周波数)を変更することにより変更することができる。
【0030】
所定の構造を有するゲルを形成していく際、構築中のB液中のゲルの移動を防止するために、B液に増粘剤を含ませておいてもよい。増粘剤としては、ポリビニルアルコール(PVA)やヒアルロン酸等の水溶性のポリマーを好ましく用いることができる。
【0031】
本発明の方法により製造されるゲルの内部には、所望の物質を封入することができる。ゲルの内部に封入する所望の物質としては、各種細胞及び各種薬剤等を例示することができるがこれらに限定されるものではない。より具体的には、細胞としては、血管内皮細胞、線維芽細胞、平滑筋細胞、赤血球、白血球、血小板、がん細胞、さらには、大腸菌、乳酸菌などの細菌(単細胞)等を例示することができ、これらの細胞を封入したゲルは、乾燥などの細胞の各種障害刺激からの保護、細胞・細菌のキャリアーとして、細胞移植用ゲル等の治療用機材やバイオチップ等の診断用機材等に利用することができる。また、ゲルに封入する薬剤としては、抗生物質、抗真菌剤、血管内皮細胞増殖因子、塩基性線維芽細胞増殖因子、肝細胞増殖因子、各種血管作動性物質、抗アレルギー剤、抗ヒスタミン剤、インスリンなどのホルモン剤、その他、タンパク質、酵素、核酸、糖類、アミノ酸、乳化した脂質、保湿剤、香料、染料等を例示することができ、これらの薬剤を封入したゲルは、これらの薬剤のDDSとして利用することができる。なお、薬剤をゲルに封入することにより、薬剤を直接投与する場合に比べて作用時間を長期に保つ、作用時間を制御する、環境の薬剤に対する影響を緩衝する、多種薬剤を反応させずに混合できるなどという利点が得られる。さらに小さい微粒子としては、金属や無機材料、有機材料によるナノ粒子なども含めることができる。顔料や蛍光性粒子、リポソーム、ナノミセルなど、それら自身特殊な機能を持つので、それらを含めることにより、マイクロゲルビーズはさらに複雑な徐放制御機能を持つDDSとして利用することができる。また、マイクロゲルビーズ中に触媒や酵素を封入すれば、ミクロのサイズの酵素・触媒の反応場となる。微小流路での反応場においてのマイクロカラムに利用できる。さらに、上記した本発明の方法において、A液、B液にゲル化する2液とともに、互いに反応する物質C,DをそれぞれA液、B液に混ぜてインクジェットにより上述の方法でマイクロゲルビーズ化することも可能である。この場合には、マイクロゲルビーズ中が、CとDの反応場となる。
【0032】
ゲル内に所望の物質を封入しようとする場合、該所望の物質をA液及びB液の少なくともいずれか一方に溶解又は懸濁しておく。各ゲル内にできるだけ均一な量の物質が封入されるように、物質はA液、もしくはB液中に均一に溶解又は均一に懸濁しておくことが好ましい。A液中に溶解又は懸濁する場合、その物質の濃度は、ゲル内に封入しようとする量や、ゲルを構成する材料の濃度や粘度、使用するインクジェットノズルの能力によって規定されるが、使用するインクジェットノズルで吐出できる粘度でさえあればよい。通常のインクジェットノズルでは、10センチポアズ以下の粘度であれば安定に吐出可能である。1種類のマイクロゲルビーズであれば、B液中に所望の物質を溶解又は懸濁すれば、さらに高い粘度になっても作製可能である。
【0033】
先に述べた通り、カラーインクジェットプリンターのインク噴射機構は、複数のインクタンクを具備し、異なる色のインクを異なるインクジェットノズルから噴射する。本発明の方法において、各インクタンクに、異なる種類の所望の封入物質を溶解又は懸濁したA液を入れ、異なるノズルから同時に噴射することにより、異なる物質が封入された複数種類のゲルを構成要素として所定の位置に含むゲルを形成することができる。例えば、臓器細胞を懸濁したA液と、血管細胞を懸濁したB液を異なるノズルから噴射し、それぞれ上記の方法で、所望の形状のゲルを形成させる(血管細胞含有ゲルは、例えば上記の方法によりチューブ状に形成する)ことにより、臓器内に血管を有する三次元構造を持つ組織を形成することが可能である。このように、本発明によれば、複数種類の細胞からなる、任意の構造の組織を形成することができる。
【0034】
なお、細胞を本発明の方法によりゲル内に包埋することにより次の効果が得られる。
1)ゲルに包埋することによって、細胞の乾燥によるダメージを防げる。
2)ゲルに包埋することによって三次元構造の積層造形を可能にする。
3)ゲルにより、水溶液中でもにじまない。混ざらない。
4)ゲル化を用いるこの方法はインクジェットによる三次元造形を、培養液などの水溶液中での造形を可能にする。これにより、作製した三次元構造物は、作製後も乾燥から保護される。また、そのまま培養・育成も可能になる。
5)水溶液中に作製することにより、水による浮力のため、柔らかいゲルによる構造体であっても、重力でつぶれにくい。
6)細胞が受ける物理的衝撃の緩和にも働く。
【0035】
上記本発明の方法によりゲルを形成した後、溶かすことができる。例えば、アルギン酸ゲルの場合、クエン酸やEDTAなどのカルシウムキレート剤を加えると、カルシウムイオンが奪われて、アルギン酸ゲルはまた溶けてしまうことが知られている(下記参考例2参照)。温度により溶けるゲル(上記した(5) 昇温時ゲル化型熱可逆ハイドロゲル)の場合、温度を変化させて溶かすことができることも知られている。したがって、本発明の方法により一次元、二次元又は三次元構造を有するゲルを形成した後にゲルを溶かせば、打ち出した細胞もしくは内容物のみをその空間に残すことも可能になる。
【0036】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0037】
1. 装置の開発
装置試作にあたり、ノズルを移動させるための駆動装置としてステッピングモーターを動力とするボールネジ式の直動アクチュエーターを用いた。なお、比較的低コストでパソコンを用いた制御が容易なアクチュエーターを用いて装置を試作したが、クリーンベンチ内で無菌的に作業がおこなえるよう、低発塵のクリーンルーム仕様アクチュエーターを用いることが好ましい。以下に留意して設計した。
1)細胞を扱うため、クリーンベンチ内で作業ができるサイズに設計。
2) ヘッド自体が三軸に動く機構を採用。
【0038】
2. ゲル化の方法
ノズルから噴射するA液には0.8%アルギン酸ナトリウム水溶液を用いた。これを2%塩化カルシウム水溶液(B液)中に打出すことでアルギン酸ゲルを得ることができる。この条件は、使用したインクジェットヘッドにとって最も良い条件で得た値だが、使用するヘッドや駆動条件により、適した濃度調整を行なうことが好ましい。傾向として、アルギン酸濃度を高めると、ゲル化は促進され、ゲルも強固なものになる。塩化カルシウム濃度についても、高くなるほどゲル化は促進され、ゲルも強固なものになる。なお、サンプルを試作する際には、観察しやすいように染色液やインクで着色して用いた。
【0039】
3. 駆動条件
インクジェットの吐出周波数とヘッドの移動速度の関係を調べ(表1)、ゲル化に適した条件下で駆動を行うこととした。なお、この条件は、実験に使用したヘッドのものである。ヘッドの種類や機構が異なれば、それぞれにあった条件があると考えられる。
【0040】
【表1】

【0041】
4. ゲル三次元構造物の作製
試作した装置を用いてゲル三次元構造物の作製をおこなった。
【0042】
4−1) 2次元ゲルシートとその積層
面をドットで順に塗りつぶす方法で打ち出した(図1)。このようにしてゲルのドットでシートを作製した。また、作製したゲルのシートの上に重ね塗りを行うと、積層していくことができた。
【0043】
4−2) 三次元チューブの作製
図2のように、塩化カルシウム水溶液中にヘッドを円を描かせつつ連続的にアルギン酸ナトリウム液(A液)を噴射することで、三次元チューブを作製した。直径1mmのチューブ及び直径500μmのチューブを作製した。アルギン酸ナトリウム液と細胞浮遊液で細胞を含むゲルのチューブが作製できた。
【0044】
4−3) 細胞のパターニング
アルギン酸ナトリウム0.9%(A液)に細胞浮遊液を混和し、塩化カルシウムの液の揺れ動きを抑制するため、塩化カルシウム溶液(B液)に増粘剤としてPVA(ポリビニルアルコール)10重量%、もしくはヒアルロン酸(0. 5重量%)を添加し、そこへ打ち出し複数の直線を描いた。なお、A液には、蛍光染色(PKH-26)で染色したHeLa細胞を含めておいた。その結果、水溶液中にも関わらず、ゲルで包埋しているので、にじむことなく、HeLa細胞を含む直線状のゲルを作ることができた。
【0045】
4−4)2層ゲルチューブの作製
2つのヘッドと、赤色の色素を含むA液と、緑色の色素を含むA液を使って、それぞれのノズルから噴射されるA液を上記4−2)と同様に描画することにより、赤色のゲルから成るチューブの中に緑色のゲルから成るチューブが挿入された、2重管状のチューブを作製した。この方法によれば、異なる細胞を含めた同様のチューブの作製が可能である。
【0046】
4−5)ゲルへのナノ粒子添加(参考例1)
射出するゲル前駆体(アルギン酸ナトリウム水溶液、A液)に様々な材料を混和することで、ゲル中に添加することができる。アルギン酸ナトリウム水溶液0.9%(A液)に、緑色蛍光粒子 (micromer-green, micromod社)ポリマーラテックス粒子、FITC粒子径250 nmを添加して噴射し、ゲルマイクロビーズを作製した。蛍光粒子はしっかりとゲル中にトラップされて蛍光を発していた。これにより、ゲル微粒子中に様々な因子、たとえば徐放性薬剤や薬剤の担体などを含めることができること、それによって、その材料の機能(蛍光発光)や薬効などの作用を発現させうることが示された。
【0047】
参考例2 ゲルの溶解実験
0.8%アルギン酸ナトリウム水溶液に1.0μg/mL、2.0μg/mL又は3.0μg/mLの血管内皮細胞増殖因子(VEGF)を含む溶液をA液とし、2.0%塩化カルシウム水溶液をB液として、A液をB液中にインクジェット噴射してマイクロゲルビーズを形成した。
【0048】
単位容積当りのビーズ数をカウントし、終濃度1mMのEDTAを添加した。EDTAは、カルシウムのキレート剤であるので、ゲル化に関与していたアルギン酸ゲル中のカルシウムイオンが奪われいき、やがてアルギン酸マイクロゲルビーズは溶けたことが観察された。マイクロビーズが溶けた後の溶液中のVEGFの濃度を、市販のVEGF測定用ELISAキットにより測定した。測定結果に基づき、マイクロビーズ5 x 105個当りに含まれていたVEGFの量を算出した。結果を下記表2に示す。
【0049】
【表2】

【0050】
表2から明らかなように、ELISAにより測定されたVEGF量は、A液中のVEGF濃度にほぼ正比例しており、EDTAの添加によりマイクロビーズが完全に溶解したことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の実施例で行った、シート状のゲルを作製した際のインクジェットノズルの移動を示す図である。
【図2】本発明の実施例で行った、チューブ状のゲルを作成した際のゲルの形成方法を模式的に示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種類のゲル形成性A液の液滴を、インクジェット法により、前記A液と接触するとゲルを生成するゲル形成性B液の外部から、該B液に、前記A液の到達位置を変えながら噴射することを含む、一次元、二次元又は三次元構造を有するゲルの製造方法。
【請求項2】
インクジェットノズルが少なくとも2軸方向に移動可能なインクジェット噴射装置を用い、該インクジェットノズルから前記A液を吐出して行なう請求項1記載の方法。
【請求項3】
インクジェットノズルが3軸方向に移動可能なインクジェット噴射装置を用いる請求項2記載の方法。
【請求項4】
インクジェットノズルから噴射される前記A液の液滴と、その1個あとに噴射される前記A液の液滴とが、前記B液内で接触する噴射頻度及びノズル移動速度で前記A液の噴射を行なう請求項1ないし3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記インクジェットプリンターが複数のインクジェットノズルを具備し、異なるインクジェットノズルから異なる種類の前記A液が吐出される請求項1ないし4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記A液が、ゲル内に封入すべき所望の物質を含む請求項1ないし5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記異なる種類の前記A液が、ゲル内に封入すべき所望の物質であって、互いに異なる物質をそれぞれ含む請求項5記載の方法。
【請求項8】
前記所望の物質が、細胞、微粒子及び薬剤から成る群より選ばれる少なくとも1種である請求項6又は7記載の方法。
【請求項9】
前記所望の物質が、細胞である請求項8記載の方法。
【請求項10】
三次元構造を有するゲルを製造する請求項1ないし9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記A液とB液の組合せが、(1)アルギン酸塩水溶液とアルカリ土類金属塩水溶液、(2)トロンビン水溶液、フィブリノーゲン水溶液とカルシウム塩水溶液及び (3)ホウ酸水溶液とポリビニルアルコール水溶液、(4)ペプチドハイドロゲル形成性ペプチド水溶液と塩化ナトリウム水溶液、及び(5)昇温時ゲル化型熱可逆ハイドロゲル形成性親水性高分子水溶液と温水の組合せから成る群より選ばれる請求項1ないし10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記B液が、増粘剤を含む請求項1ないし11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
請求項6記載の方法によりゲルを形成後、ゲルを溶解して前記所望の物質から成る構造を残すことを含む、前記所望の物質から成る構造の形成方法。
【請求項14】
前記所望の物質が細胞である請求項13記載の方法。
【請求項15】
三次元構造を有するゲルを形成後、ゲルを溶解して所望の物質から成る三次元構造を残すことを含む請求項13又は14記載の方法。
【請求項16】
請求項1ないし12のいずれか1項に記載の方法を行なうために用いられる、一次元、二次元又は三次元構造を有するゲルの製造装置であって、少なくとも2軸方向に移動可能なインクジェットノズルを具備するインクジェット噴出装置。
【請求項17】
3軸方向に移動可能なインクジェットノズルを具備する請求項16記載の装置。
【請求項18】
複数のインクジェットノズルを具備する請求項17記載の装置。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−126459(P2008−126459A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−312422(P2006−312422)
【出願日】平成18年11月20日(2006.11.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年10月1日 日本人工臓器学会発行の「第44回日本人工臓器学会大会予稿集 Vol.35 No.2 2006」に発表
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【Fターム(参考)】