サンプリング装置及びサンプリング方法
【課題】生物サンプルに対する切断効率を低減させずに従来に比して小型化し得るサンプリング装置及びサンプリング方法を提案する。
【解決手段】緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を半導体レーザに印加し、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を半導体レーザから出力させ、該パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプリング対象の生物サンプルに集光する。
【解決手段】緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を半導体レーザに印加し、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を半導体レーザから出力させ、該パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプリング対象の生物サンプルに集光する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、染色体や組織切片等のサンプル(以下、これを生物サンプルとも呼ぶ)から所望の部位をサンプリングする技術分野に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生物サンプルから所望の部位をサンプリングする手法として、LMD(Laser Micro Dissection)と呼ばれる手法が知られている。レーザマイクロダイセクション法は、スライドガラスに配される生物サンプルを観察しながら、対象とすべき部位をレーザ光により切断し、その切断された部位を回収するというものである。
【0003】
このレーザマイクロダイセクション法では、一般にUVレーザが用いられ、また対物レンズにより集光されるレーザのエネルギーで生物サンプルを気化する“アブレーション”と呼ばれる切断技術が採用される(例えば特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2007−326132公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このアブレーションでは、例えば、切断速度を上げる場合、あるいは、骨組織等の硬い生物サンプルを切断対象とする場合、レーザパワーが低出力のレーザを用いると非切断もしくは切り残しが生じ易くなる。つまり切断効率が低減することになる。
【0005】
一方、瞬間的に非常に強いレーザ光を出力する光源として、いわゆるピコ秒レーザやフェムト秒レーザなどの短パルスレーザ光源があり、例えばチタンサファイヤレーザやYAGレーザなどが知られている。
【0006】
ところがこの短パルスレーザ光源では、光発生器の外部に設けられた光学部品の作用より短パルス出力が実現される。このため短パルスレーザ光源は、一般的にサイズが大きく、装置全体として大型化する問題があった。
【0007】
本発明は以上の点を考慮してなされたもので、生物サンプルに対する切断効率を低減させずに従来に比して小型化し得るサンプリング装置及びサンプリング方法を提案しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる課題を解決するため本発明は、サンプリング装置であって、半導体レーザと、緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を半導体レーザに印加し、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を半導体レーザから出力させるレーザ制御部と、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプリング対象の生物サンプルに集光する光学レンズとを有する。
【0009】
また本発明は、サンプリング方法であって、緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を半導体レーザに印加し、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を半導体レーザから出力させるレーザ制御ステップと、該パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプリング対象の生物サンプルに集光する集光ステップとを有する。
【発明の効果】
【0010】
本発明では、半導体レーザに対する電圧の印加によって、瞬間的に強いレーザ光を生物サンプルにおけるサンプリング部位に集中させることができる。半導体レーザに対して電圧を印加する構成は現状でも一般的に小型なものとして実現できるので、本発明では、従来短パルス出力を実現させるものとして用いられていた光学機器よりも大幅な小型化が可能となり、また倒立型顕微鏡に搭載することも可能となる。かくして、生物サンプルに対する切断効率を低減させずに従来に比して小型化し得るサンプリング装置及びサンプリング方法を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、発明を実施するための最良の形態について説明する。なお、説明は以下の順序で行う。
[1.プレパラートの構成]
[2.サンプリング装置の構成]
[3.短パルスレーザ光源の構成]
[3−1.緩和振動モードによるレーザ光のパルス出力]
[3−2.特異モードによるレーザ光のパルス出力]
[3−3.駆動電圧の制御]
[4.動作及び効果]
[5.他の実施の形態]
【0012】
[1.プレパラートの構成]
まず、サンプリング装置に用いられるプレパラートの構成について説明する。図1に示すように、プレパラート1は、スライド板2と、レーザ光に対する吸収特性をもつシート(以下、これをフォイルシートとも呼ぶ)3とによって構成される。
【0013】
フォイルシート3は、1.35[nm]の程度のシート厚で均一に形成され、スライド板2の一方の面に対して接着される。具体的には、例えば、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリウレタン(PU)又はポリスチレン(PS)等の熱可逆性のフィルムが適用可能である。
【0014】
このフォイルシート3には、サンプリング対象の生物サンプルSPLがのせられ、固定される。この固定は、生物サンプルSPLに応じて、ブアン、エタノール、アセトンあるいはメタカルン等の薬品を用いた固定手法や、自然乾燥による固定手法または凍結による固定手法等が適宜選択される。
【0015】
[2.サンプリング装置の構成]
次に、本一実施の形態によるサンプリング装置の構成を示す。このサンプリング装置10は、手動又はモータ駆動によりxyz方向へ移動可能な可動ステージ11を有する。この可動ステージ11の一方の面と対向する側には光学系12が配され、該可動ステージ11の他方の面と対向する側には照明灯13が配される。
【0016】
照明灯13の光は、可動ステージ11に対して穿設される開口OPから、該可動ステージ11の一方の面に配される生物サンプルSPLに対する照明光として到達する。この照明光によって生物サンプルSPLの像が得られ、該像は対物レンズ12A及び接眼レンズ12Bそれぞれにより拡大される。
【0017】
したがってこのサンプリング装置10は、可動ステージ11上の生物サンプルSPLを、接眼レンズ12Bを通じて拡大観察することができるようになされている。
【0018】
一方、このサンプリング装置10は、短パルスレーザ光源20と、生物サンプルSPLに対するレーザ光の位置を調整するレーザ光走査部21とを有する。また、対物レンズ12Aと接眼レンズ12Bとの間にはダイクロイックミラー12Cが配される。
【0019】
短パルスレーザ光源20から出射されるレーザ光は、レーザ光走査部21を経てダイクロイックミラー12Cにより対物レンズ12Aへ導かれ、該対物レンズ12Aにより生物サンプルSPLに集光される。この集光部位は、レーザ光のエネルギーで気化されることになる(アブレーション)。
【0020】
したがってこのサンプリング装置10は、接眼レンズ12Bを通じて可動ステージ11上の生物サンプルSPLを観察しながら、該生物サンプルSPLにおける所望の部位を切断することができるようになされている。
【0021】
この実施の形態におけるサンプリング装置10では、図3に示すように、光透過性のチューブTBに連結される光透過性のキャップCPを開口OP下方において支持する支持部22(図2)が、可動ステージ11と照明灯13との間に設けられる。
【0022】
したがってこのサンプリング装置10は、生物サンプルSPLからアブレーションにより切断され、開口OPを介して落下する切片SCを回収することができるようになされている。この結果、このサンプリング装置10は、複数の切片SCを1つのチューブTBにまとめる場合であっても、切片SCの紛失あるいは切片SC同士のコンタミネーションを回避することができる。
【0023】
これに加えてこのサンプリング装置10は、チューブTBのキャップCPを切片に対する受け皿として用いることで、その後の手技に対する移行時間を短縮させる、ユーザフレンドリーを向上することができるようになされている。
【0024】
他方、このサンプリング装置10では、対物レンズ12Aと接眼レンズ12Bとの間にビームスプリッタ12Dが配され、該ビームスプリッタ12Dにより分離される照明光によって得られる生物サンプルSPLの像を撮るカメラ31が設けられている。
【0025】
このカメラ31には、コンピュータ32が接続され、該コンピュータ32には少なくともモニタ33及びマウス等の入力部34が接続される。コンピュータ32は、カメラ31から与えられる撮像データに基づいて、生物サンプルSPLの像を所定の表示態様でモニタ33に表示するとともに、入力部34の移動に応動したカーソルを表示する。
【0026】
またコンピュータ32は、入力部34から、生物サンプルSPLに対するレーザ光の照射位置の指定に関するデータが与えられた場合、当該指定位置にレーザ光が照射されるようにレーザ光走査部21を制御する。さらにこのコンピュータ32は、生物サンプルSPLに対するレーザ光の焦点が合うように可動ステージ11又は短パルスレーザ光源20における絞りを制御し得るようになされている。
【0027】
したがってこのサンプリング装置10は、接眼レンズ12Aを通じて可動ステージ11上の生物サンプルSPLを観察しながら、モニタ23を介して実際の生物サンプルSPLに対する所望の切断部位を指定することができるようになされている。
【0028】
この実施の形態の場合、レーザ光走査部21に対する制御手法として、短パルスレーザ光源20におけるレーザ光の出射位置を物理的に動かす手法ではなく、液晶位相変調素子に対する位相を、レーザスポット位置に対応するレーザ光だけが生物サンプルSPLに向かうように変える手法が採用される。
【0029】
したがってこのサンプリング装置10は、レーザ光の出射位置を物理的に動かす場合に比して、短パルスレーザ光源20に対する可動範囲を要することなくレーザ光の照射位置を調整でき、小型化を図ることができるようになされている。
【0030】
[3.短パルスレーザ光源の構成]
次に、短パルスレーザ光源20の構成を具体的に説明する。図4に示すように、この短パルスレーザ光源20は、レーザ制御部40と半導体レーザ50とから構成される。
【0031】
半導体レーザ50は、半導体発光を用いる一般的な半導体レーザ(例えばソニー株式会社製、SLD3233)でなる。この半導体レーザ50は、レーザ制御部40による駆動電圧制御(詳しくは後述する)のもとに、レーザ光をパルス出力するようになされている。
【0032】
レーザ制御部40は、パルス生成器41及びLD(Laser Diode)ドライバ42とから構成される。図5(A)に示すように、パルス生成器41は、離散的にパルス状の生成信号パルスSLwを発生するパルス信号SLを生成し、LDドライバ42に供給する。このときパルス生成器41は、例えば外部機器の制御に応じて、生成信号パルスSLwの信号レベルを制御する。
【0033】
図5(B)に示すように、LDドライバ42は、パルス信号SLを所定の増幅率で増幅することにより、生成信号パルスSLwに対応して駆動電圧パルスDJwを発生するレーザ駆動電圧DJを生成し、半導体レーザ50に供給する。駆動電圧パルスDJwの電圧値は、生成信号パルスSLwの信号レベルに応じて決定される。
【0034】
半導体レーザ50は、このレーザ駆動電圧DJに応じてレーザ光LLをパルス出力する。
【0035】
このように短パルスレーザ光源20は、レーザ制御部40の制御により、半導体レーザ50からレーザ光を直接的にパルス出力するようになされている。
【0036】
[3−1.緩和振動モードによるレーザ光のパルス出力]
レーザの特性を表すいわゆるレート方程式は、次式
【0037】
【数1】
【0038】
とされる。この(1)式における「Γ」は閉込め係数、「τph」は光子寿命、「τs」はキャリア寿命、「Cs」は自然放出結合係数、「d」は活性層厚、「q」は電荷素量、「gmax」は最大利得、「N」はキャリア密度、「S」は光子密度、「J」は注入キャリア密度、「c」は光速、「N0」は透明化キャリア密度、「ng」は群屈折率をそれぞれ表す。
【0039】
一般的な半導体レーザでは、注入キャリア密度J(すなわちレーザ駆動電圧DJ)の増大に応じてキャリア密度Nが飽和状態の少し手前から発光が開始される。そして、注入キャリア密度Jの増大に伴って光子密度S(すなわち出射光強度)が増大することとなる。
【0040】
ここで、(1)式に示したレート方程式から、発光開始時間τdを算出することができる。すなわち発振以前のため光子密度S=0とすると、(1)式は次式
【0041】
【数2】
【0042】
と表すことができる。この(2)式におけるキャリア密度Nをスレショールド値Nthとすると、発光開始時間τdは次式
【0043】
【数3】
【0044】
と表すことができる。この(3)式からも分かるように、発光開始時間τdは注入キャリア密度Jに反比例する。この注入キャリア密度Jの振幅は、レーザ駆動電圧DJが大きいと、発光開始直後に緩和振動によって最も大きい第1波として現れ、第2波、第3波と徐々に減衰し、安定化に至る。
【0045】
一般的なレーザ光源では、半導体レーザに対して緩和振動の殆どみられない条件(電圧値)となる比較的小さいレーザ駆動電圧DJを印加することにより、敢えて出射開始直後の出射光強度の差異を小さくし、レーザ光LLの出力を安定させている。
【0046】
本実施の形態による短パルスレーザ光源20では、緩和振動を生じさせて、レーザ光の瞬間的な出射光強度の最大値が安定値よりも増大(例えば1.5倍以上)される。
【0047】
すなわち図6に示すように、レーザ制御部40は、緩和振動を生じさせるための電圧値(以下、これを振動電圧値αと呼ぶ)の駆動電圧パルスDJwを発生するレーザ駆動電圧DJを生成し、これを半導体レーザ50に印加する(図6(B))。駆動電圧パルスDJwのパルス幅は、発光開始時間τdと振動周期taとを加算(τd+ta)した時間(以下、これを電流波供給時間βと呼ぶ)とされる。
【0048】
これにより短パルスレーザ光源20は、図6(C)に示すように、半導体レーザ50から緩和振動による第1波のみからなるパルス状のレーザ光LL(以下、これを振動出力光LMpと呼ぶ)を出射することができるようになされている。
【0049】
また短パルスレーザ光源20は、大きな電圧値でなるレーザ駆動電圧DJを印加する時間を短縮することができるため、半導体レーザ50の過発熱などにより生じる当該半導体レーザ50の不具合を抑制することができるようになされている。
【0050】
ちなみに、振動電圧値αよりも小さい振動電圧値βでなる駆動電圧パルスDJwを半導体レーザ50に印加した場合(図6(D))、出射光強度の比較的小さい振動出力光LMp(図6(E))が半導体レーザ50から出射される。
【0051】
ここで、一般的な半導体レーザ(ソニー株式会社製、SLD3233VF)に対して、比較的大きなレーザ駆動電圧DJを印加した時に測定された出射光強度を、図7に示す。この図からも分かるように、光子密度Sにみられた緩和振動が出射光強度として実際に生じる。なお図7では、レーザ駆動電圧DJを半導体レーザに対して矩形のパルス状に供給した場合に得られたレーザ光LLの波形を示している。
【0052】
このように短パルスレーザ光源20は、緩和振動モードを実行した場合、緩和振動による第1波のみからなるパルス状のレーザ光LL(振動出力光LMp)を、半導体レーザ50から出射することができるようになされている。
【0053】
[3−2.特異モードによるレーザ光のパルス出力]
ここで、駆動電圧パルスDJwの電圧値を変化させた場合のレーザ光LLの変化を測定した実験の結果について説明する。
【0054】
まず、図8において、この実験で用いた、短パルスレーザ光源20から出射されたレーザ光LLを分析する光測定装置100の構成を示す。
【0055】
この光測定装置100では短パルスレーザ光源20における半導体レーザ50から出射されたレーザ光LLは、コリメータレンズ101に供給される。レーザ光LLは、コリメータレンズ101によって発散光から平行光に変換され、BPF(Band Pass Filter)102を介して集光レンズ103へ入射される。
【0056】
この実験では、この集光レンズ103によって集光された後のレーザ光LLが、光サンプルオシロスコープ104(浜松ホトニクス株式会社製、C8188−01)及び光スペクトルアナザイザ105(株式会社エーディーシー製、Q8341)により測定及び分析された。
【0057】
またこの実験では、コリメータレンズ101及び集光レンズ103間にパワーメータ106(株式会社エーディーシー製、Q8230)が設置され、レーザ光LLの出射光強度が測定された。なおこの実験では、BPF102は必要に応じて設置又は除去された。
【0058】
図9及び図10において、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを変化させたときに得られたレーザ光LLの出射光強度について、光スペクトルアナライザ107によって測定した結果を示す。ちなみに、この測定において、BPF102は設置されていない。
【0059】
図9に示すように、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが6[V]のとき、レーザ光LLの波形にはピークが大きなピークが複数見られることから、当該レーザ光は振動出力光LMpといえる。
【0060】
一方、図10に示すように、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが42[V]のとき、レーザ光LLの波形には先頭部分のピーク及び緩やかに減衰するスロープ部分が見られた。
【0061】
このことから、振動電圧値αよりも大きな特異電圧値β(すなわち最大電圧値Vmax)でなる駆動電圧パルスDJwを半導体レーザ50に供給した場合、振動出力光LMpとはその波形及び波長の異なるレーザ光LLが出力されることが分かる。なお、発光開始時間τdも上述したレート方程式から導かれる(3)式とは一致しなかった。
【0062】
このレーザ光LLの波長は、安定化時におけるレーザ光の波長よりも約6[nm](6±2[nm]以内)短波長側にピークを有することが確認されている。以下、このレーザ光LLを特異出力光LApと呼び、当該特異出力光LApを出力する半導体レーザ50のモードを特異モードと呼ぶ。
【0063】
ちなみに、短波長側にピークをもつのは、最大電圧値Vmaxの上昇に伴いレーザ光LLが振動出力光LMpから特異出力光LApへ変化する過程において、長波長側のピークが徐々に減衰し、代りに短波長側のピークが増大していくものと考えられる。
【0064】
また、パワーメータ106による測定(半導体レーザ50としてソニー株式会社製、SLD3233を使用)の結果、この特異ピークAPKの出射光強度は、約12[W]と緩和振動モードにおけるレーザ光LLの最大の出射光強度(約1〜2[W])と比して、非常に大きいことが確認された。なお光サンプルオシロスコープ104の解像度が低いためこの出射光強度は図面には表われていない。
【0065】
またストリークカメラ(図示せず)による分析の結果、特異ピークAPKは、ピーク幅が10[ps]程度であり、緩和振動モードにおけるピーク幅(約30[ps])と比して、小さくなることが確認された。なお光サンプルオシロスコープ104の解像度が低いためこのピーク幅は図面には表われていない。
【0066】
また特異スロープASPは、その波長が通常モードにおけるレーザ光LLの波長と同一であり、最大の出射光強度は約1〜2[W]程度であった。
【0067】
以上のように、半導体レーザ50に対して、緩和振動を生じさせる電圧値よりもさらに大きい特異電圧値でβなるレーザ駆動電圧DJが印加された場合、図11に示すように、最初に出現する特異ピークAPKと、続いて出現するスロープASPとからなる特異出力光LApが出射される。なおこの実験とは異なる半導体レーザを用いた場合であっても、同様の結果が得られている。
【0068】
本実施の形態による短パルスレーザ光源20では、レーザ制御部21が、半導体レーザ50に対し、振動電圧値αでなるレーザ駆動電圧DJだけでなく、該振動電圧値αよりもさらに大きい特異電圧値βでなるレーザ駆動電圧DJし得るようになされている。
【0069】
これによりレーザ制御部21は、図11に示したように、半導体レーザ50を特異モードに遷移させ、レーザ光LLとして、当該半導体レーザ50から非常に大きい特異ピークAPKを有する特異出力光LApを出射させることができる。
【0070】
[3−3.駆動電圧の制御]
ところで、本実施の形態による短パルスレーザ光源20には、コンピュータ32(図2)から、図12に示すように、パルス生成器41における設定パルスSLsのパルス幅Wsと、当該設定パルスSLsの高さHsとの設定情報が与えられる。
【0071】
短パルスレーザ光源20は、この設定情報に示される設定内容にしたがって生成信号パルスSLwにおける信号パルス幅及び信号レベルを変化させることにより、LDドライバ42によって生成される駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmax及び生成信号パルスSLwの信号パルス幅を切り換える。
【0072】
例えば、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを増大し、生成信号パルスSLwの信号パルス幅を大きくした場合、特異ピークAPKの最大出射光強度が増大され、特異スロープASPが大きくなる。
【0073】
また、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを増大し、生成信号パルスSLwの信号パルス幅を小さくした場合、特異ピークAPKの最大出射光強度が維持され、特異スロープASPが小さくなる。
【0074】
また、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを低減し、生成信号パルスSLwの信号パルス幅を大きくした場合、特異ピークAPKの最大出射光強度が維持され、特異スロープASPが大きくなる。
【0075】
また、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを低減し、生成信号パルスSLwの信号パルス幅を大きした場合、特異ピークAPKの最大出射光強度が小さく、特異スロープASPも小さくなる。
【0076】
このようにこの短パルスレーザ光源20は、コンピュータ32(図2)から送出される設定情報にしたがって生成信号パルスSLwにおける信号パルス幅及び信号レベルを変化させることで、特異出力光LApにおける特異ピークAPKと特異スロープASPの割合を可変することができる。このことは本出願人により確認されている。
【0077】
また短パルスレーザ光源20は、コンピュータ32(図2)から送出される設定情報にしたがって生成信号パルスSLwにおける信号レベルを振動電圧値αとすることで、緩和振動パルスのレーザ光LL(振動出力光LMp)を得ることもできる。
【0078】
以上のようにこの短パルスレーザ光源20は、駆動電圧DJにおける駆動電圧パルスDJwの電圧値を切り換えることにより、緩和振動モード又は特異モードの切り換えに加えて、特異モードでの特異出力光LApにおける特異ピークAPKのレベル(高さ)を調整し得るようになされている。
【0079】
[4.動作及び効果]
以上の構成において、このサンプリング装置10は、緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧DJを半導体レーザ50に印加し、該半導体レーザ50からパルス状の特異ピークAPKをもつレーザ光LLを出力させる(主に図6又は図11参照)。
【0080】
そしてサンプリング装置10は、この特異ピークAPKをもつレーザ光LLを、対物レンズ12Aによって可動ステージ11に配される生物サンプルSPLに集光する(主に図2参照)。
【0081】
したがってこのサンプリング装置10では、半導体レーザ50に対する電圧の印加によって、瞬間的に強いレーザ光を生物サンプルSPLにおけるサンプリング部位に集中させることができる。
【0082】
半導体レーザ50に対して電圧を印加する構成は現状でも一般的に小型なものとして実現できるので、このサンプリング装置10では、従来短パルス出力を実現させるものとして用いられていた光学機器よりも大幅な小型化が可能となり、また倒立型顕微鏡に搭載することも可能となる。これに加えてこのサンプリング装置10では、瞬間的に強いレーザ光をサンプリング部位に集中させることができるため、切断線の線幅を狭くでき、またサンプリング対象のダメージを低減することもできる。
【0083】
また、このサンプリング装置10は、パルス状の駆動電圧DJ(駆動電圧パルスDJw)に対する電圧値を切り換えて、緩和振動を発生させ又は特異ピークAPKの強度を調整する(主に図12参照)。
【0084】
したがってこのサンプリング装置10では、生物サンプルSPLに応じて、該生物サンプルSPLに対する特異ピークAPKのレベル、つまりパルス強度を調整できる。この結果、例えば、骨組織等の硬い生物サンプルを切断対象とする場合であっても、皮膚等の柔らかい切断対象とする場合と同等の切断速度で切断することも可能となる。
【0085】
生物サンプルSPLに応じたパルス強度を選択できるということ、また生物サンプルにかかわらず切断速度を略一定にすることができるということは、装置の消費電力の低減、生物サンプルに対するダメージの緩和の観点で有用となる。
【0086】
また、このサンプリング装置10は、駆動電圧パルスDJwのパルス幅を切り換えることにより、特異出力光LApにおける特異ピークAPKと特異スロープASPの割合を調整する(主に図12参照)。
【0087】
すなわちこのサンプリング装置10では、駆動電圧パルスDJwのパルス幅を切り換えて、特異出力光LApにおける特異スロープASPを抑制することが可能である。この特異スロープASPはアブレーションでは不要であり、生物サンプルに対するダメージの要因になる場合も否定できない。したがって、特異出力光LApにおける特異スロープASPを抑制できるということは、生物サンプルに対するダメージの緩和の観点で有用となる。
【0088】
ところで、従来のレーザマイクロダイセクション法では一般にUVレーザが用いられる。しかし、皮膚のようにUVを反射し易い生物サンプルSPLでは染色の有無で切れ味が劇的に変化し、非切断もしくは切り残しが生じる場合もある。
【0089】
一方、レーザマイクロダイセクションにより得られた切片は、その状態を解析することで医学的に有用な意義をもつ情報を得ることができる。例えば、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)やフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)はがん化の状態を示す指標になることが知られている(Skala, M.C., et al., In vivo multiphoton microscopy of NADH and FAD redox states, fluorescence lifetimes, and cellular morphology in precancerous epithelia. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 2007 Dec 4;104(49):19494-9)。
【0090】
しかし、この還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドやフラビンアデニンジヌクレオチドは360[nm]〜365[nm]の光を吸収することが知られている(Andersson H., et al., Autofluorescence of living cells, J. Microscopy, Vol 191, pp1-7)。したがってUVレーザでは、有用な解析結果を得ることができない場合もある。
【0091】
これに対し、このサンプリング装置10では青紫色レーザ光を出射する半導体レーザ50が採用されるため、上述のような場合を回避することができる。したがって、UVに吸収性をもちながらも医学的に有用な意義をもつ情報の獲得要請がある場合などでは、可視光領域でアブレーション可能なこのサンプリング装置10は特に有用となる。
【0092】
一般に、ガラス材のレンズが用いられるが、該レンズを採用した場合、300[nm]台の波長のレーザ光を用いると透過率が落ちる。これに対しこのサンプリング装置10では、400[nm]台の波長のレーザ光を用いているので、導波路に介在される光学系に対して、透過率を向上させるような特別な対策を施すこともなく、高出力のレーザを生物サンプルに印加できる。また、スライド板2についても、ガラス以外に樹脂性のものを採用することができるので、スライド板2に対する材質の選択性の幅を広げることも可能となる。
【0093】
以上の構成によれば、半導体レーザ50に対する電圧の印加によって、瞬間的に強いレーザ光を生物サンプルSPLにおけるサンプリング部位に集中させることができるようにしたことにより、生物サンプルに対する切断効率を低減させずに従来に比して小型化し得るサンプリング装置10を実現できる。
【0094】
[5.他の実施の形態]
上述の実施の形態では、駆動電圧パルスDJwのパルス幅を切り換えて特異スロープASPが抑制された。しかしながら抑制手段はこの実施の形態のように電気的抑制に代えて、光学的抑制により実現するようにしてもよい。
【0095】
具体的には、半導体レーザ50と、対物レンズ12Aとの間におけるレーザ光の光路上に、使用すべき半導体レーザ50から出射されるレーザ光の波長を中心とする所定波長域の波長をカットするBPFを設ける。例えば図11で上述したように、特異スロープASPは半導体レーザ50から出射されるレーザ光と同等の波長となる一方、特異ピークAPKはレーザ光の波長よりも短波長となる。したがって、当該BPFを設けることで、特異スロープASPを選択的に抑制することができる。
【0096】
また上述の実施の形態では、1つの半導体レーザ50から単一波長のレーザ光が出射された。しかしながら他の実施の形態として、互いに波長の異なるレーザ光を出射する複数の半導体レーザのうち、対象とされる半導体レーザからレーザ光を出射する形態が適用されてもよい。
【0097】
例えば図13に示すように、UVレーザを出射する半導体レーザ50Aと、青紫レーザを出射する半導体レーザ50Bとが、コンピュータ32に接続される切換スイッチ43を介してLDドライバ42に接続される。またUVレーザ又は青紫レーザはダイクロックプリズム50によってレーザ光走査部21に導かれる。この図13に示す例によれば、使用すべき半導体レーザ50A又は20Bの選択に応動して、レーザ制御部40が駆動電圧DJの出力先を切り換えることができる。
【0098】
このように、互いに波長の異なるレーザ光を出射する複数の半導体レーザのうち、対象とされる半導体レーザからレーザ光を出射する形態を適用した場合、切片SCに対して解析すべき生体分子に吸収がある波長を避けて、レーザ光の波長を選択することができる。したがって、解析すべき生体分子に対する精度を向上することができる。
【0099】
また上述の実施の形態では、短パルスレーザ光源がパルス幅による特異スロープと立上スロープによるモードとの双方が制御された。しかしながら他の実施の形態として、いずれか一方の制御を実行する形態が適用されてもよい。
【0100】
また上述の実施の形態では、パルス幅による特異スロープの制御と同時に駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが調整された。しかしながら他の実施の形態として、制御と調整のいずれか一方を実行する形態が適用されてもよい。
【0101】
また上述の実施の形態では、設定パルスSLsの高さHsの設定により駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが調整された。しかしながらこの調整手法はこの実施の形態に限るものではない。例えば、LDドライバ42における増幅率を変化させることにより最大電圧値Vmaxを調整する調整手法が適用できる。
【0102】
また上述の実施の形態では、駆動電圧パルスDJwとして矩形状のパルス電流が供給された。しかしながら供給手法はこの実施の形態に限るものではない。例えば、短時間に亘って大きな振動電圧値αでなるパルス電流が供給されてもよく、また正弦波状でなる駆動電圧パルスDJwが供給されてもよい。
【0103】
また上述の実施の形態では、半導体レーザ50として一般的な半導体レーザ(ソニー株式会社製、SLD3233など)が用いられた。要は、p型とn型の半導体を用いてレーザ発振を行ういわゆる半導体レーザであれば良い。また敢えて緩和振動を大きく生じさせやすくした半導体レーザを用いることがさらに好ましい。
【0104】
また上述の実施の形態では、生物サンプルSPLからアブレーションにより切断され、開口OPを介して落下する切片SCを回収するサンプリング装置10を適用した。しかしながらこの回収以外の回収手法を用いたサンプリング装置を適用するようにしてもよい。
【0105】
具体的には、スライド板と、レーザ光に対する吸収特性をもつ担体との間に介在される生物サンプルSPLに対して、担体を介してレーザ光を照射することで、サンプリング対象と担体との接着性が増大することを利用した回収手法を用いることができる。
【0106】
この回収手法を用いたサンプリング装置では、レーザ光の照射後に担体をはがすことで、該照射により接着性が増す部分が切片として回収される。この回収手法を用いたサンプリング装置を適用した場合であっても上述の実施の形態の場合と同様の効果を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明は、生物実験、医薬の創製又は患者の経過観察などのバイオ産業上において利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0108】
【図1】プレパラートの構成を示す概略図である。
【図2】サンプリング装置の構成を示す略線/ブロック図である。
【図3】受け皿の支持例の説明に供する略線図である。
【図4】短パルスレーザ光源の構成を示す略線/ブロック図である。
【図5】パルス信号とレーザ駆動電圧を示す略線図である。
【図6】駆動電流と出射光強度の説明に供する略線図である。
【図7】実際の発光波形を示す略線図である。
【図8】光測定装置の構成を示す略線図である。
【図9】実験結果(1)を示すグラフである。
【図10】実験結果(2)を示すグラフである。
【図11】特異出力光の波形を示す略線図である。
【図12】パルス幅による特異出力光の制御の説明に供する略線図である。
【図13】他の実施の形態の説明に供する略線図である。
【符号の説明】
【0109】
10……サンプリング装置、11……可動ステージ、12……光学系、13……照明灯、20……短パルスレーザ光源、21……レーザ光走査部、31……カメラ、32……コンピュータ、40……レーザ制御部、41……パルス生成部、42……LDドライバ、50……半導体レーザ、SPL……生物サンプル、τd……発光開始時間、DJ……レーザ駆動電圧、DJw……駆動電圧パルス、LL……レーザ光、SL……パルス信号、SLw……生成信号パルス、LMp……振動出力光、LAp……特異出力光、APK……特異ピーク、ASP……特異スロープ。
【技術分野】
【0001】
本発明は、染色体や組織切片等のサンプル(以下、これを生物サンプルとも呼ぶ)から所望の部位をサンプリングする技術分野に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生物サンプルから所望の部位をサンプリングする手法として、LMD(Laser Micro Dissection)と呼ばれる手法が知られている。レーザマイクロダイセクション法は、スライドガラスに配される生物サンプルを観察しながら、対象とすべき部位をレーザ光により切断し、その切断された部位を回収するというものである。
【0003】
このレーザマイクロダイセクション法では、一般にUVレーザが用いられ、また対物レンズにより集光されるレーザのエネルギーで生物サンプルを気化する“アブレーション”と呼ばれる切断技術が採用される(例えば特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2007−326132公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このアブレーションでは、例えば、切断速度を上げる場合、あるいは、骨組織等の硬い生物サンプルを切断対象とする場合、レーザパワーが低出力のレーザを用いると非切断もしくは切り残しが生じ易くなる。つまり切断効率が低減することになる。
【0005】
一方、瞬間的に非常に強いレーザ光を出力する光源として、いわゆるピコ秒レーザやフェムト秒レーザなどの短パルスレーザ光源があり、例えばチタンサファイヤレーザやYAGレーザなどが知られている。
【0006】
ところがこの短パルスレーザ光源では、光発生器の外部に設けられた光学部品の作用より短パルス出力が実現される。このため短パルスレーザ光源は、一般的にサイズが大きく、装置全体として大型化する問題があった。
【0007】
本発明は以上の点を考慮してなされたもので、生物サンプルに対する切断効率を低減させずに従来に比して小型化し得るサンプリング装置及びサンプリング方法を提案しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる課題を解決するため本発明は、サンプリング装置であって、半導体レーザと、緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を半導体レーザに印加し、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を半導体レーザから出力させるレーザ制御部と、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプリング対象の生物サンプルに集光する光学レンズとを有する。
【0009】
また本発明は、サンプリング方法であって、緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を半導体レーザに印加し、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を半導体レーザから出力させるレーザ制御ステップと、該パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプリング対象の生物サンプルに集光する集光ステップとを有する。
【発明の効果】
【0010】
本発明では、半導体レーザに対する電圧の印加によって、瞬間的に強いレーザ光を生物サンプルにおけるサンプリング部位に集中させることができる。半導体レーザに対して電圧を印加する構成は現状でも一般的に小型なものとして実現できるので、本発明では、従来短パルス出力を実現させるものとして用いられていた光学機器よりも大幅な小型化が可能となり、また倒立型顕微鏡に搭載することも可能となる。かくして、生物サンプルに対する切断効率を低減させずに従来に比して小型化し得るサンプリング装置及びサンプリング方法を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、発明を実施するための最良の形態について説明する。なお、説明は以下の順序で行う。
[1.プレパラートの構成]
[2.サンプリング装置の構成]
[3.短パルスレーザ光源の構成]
[3−1.緩和振動モードによるレーザ光のパルス出力]
[3−2.特異モードによるレーザ光のパルス出力]
[3−3.駆動電圧の制御]
[4.動作及び効果]
[5.他の実施の形態]
【0012】
[1.プレパラートの構成]
まず、サンプリング装置に用いられるプレパラートの構成について説明する。図1に示すように、プレパラート1は、スライド板2と、レーザ光に対する吸収特性をもつシート(以下、これをフォイルシートとも呼ぶ)3とによって構成される。
【0013】
フォイルシート3は、1.35[nm]の程度のシート厚で均一に形成され、スライド板2の一方の面に対して接着される。具体的には、例えば、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリウレタン(PU)又はポリスチレン(PS)等の熱可逆性のフィルムが適用可能である。
【0014】
このフォイルシート3には、サンプリング対象の生物サンプルSPLがのせられ、固定される。この固定は、生物サンプルSPLに応じて、ブアン、エタノール、アセトンあるいはメタカルン等の薬品を用いた固定手法や、自然乾燥による固定手法または凍結による固定手法等が適宜選択される。
【0015】
[2.サンプリング装置の構成]
次に、本一実施の形態によるサンプリング装置の構成を示す。このサンプリング装置10は、手動又はモータ駆動によりxyz方向へ移動可能な可動ステージ11を有する。この可動ステージ11の一方の面と対向する側には光学系12が配され、該可動ステージ11の他方の面と対向する側には照明灯13が配される。
【0016】
照明灯13の光は、可動ステージ11に対して穿設される開口OPから、該可動ステージ11の一方の面に配される生物サンプルSPLに対する照明光として到達する。この照明光によって生物サンプルSPLの像が得られ、該像は対物レンズ12A及び接眼レンズ12Bそれぞれにより拡大される。
【0017】
したがってこのサンプリング装置10は、可動ステージ11上の生物サンプルSPLを、接眼レンズ12Bを通じて拡大観察することができるようになされている。
【0018】
一方、このサンプリング装置10は、短パルスレーザ光源20と、生物サンプルSPLに対するレーザ光の位置を調整するレーザ光走査部21とを有する。また、対物レンズ12Aと接眼レンズ12Bとの間にはダイクロイックミラー12Cが配される。
【0019】
短パルスレーザ光源20から出射されるレーザ光は、レーザ光走査部21を経てダイクロイックミラー12Cにより対物レンズ12Aへ導かれ、該対物レンズ12Aにより生物サンプルSPLに集光される。この集光部位は、レーザ光のエネルギーで気化されることになる(アブレーション)。
【0020】
したがってこのサンプリング装置10は、接眼レンズ12Bを通じて可動ステージ11上の生物サンプルSPLを観察しながら、該生物サンプルSPLにおける所望の部位を切断することができるようになされている。
【0021】
この実施の形態におけるサンプリング装置10では、図3に示すように、光透過性のチューブTBに連結される光透過性のキャップCPを開口OP下方において支持する支持部22(図2)が、可動ステージ11と照明灯13との間に設けられる。
【0022】
したがってこのサンプリング装置10は、生物サンプルSPLからアブレーションにより切断され、開口OPを介して落下する切片SCを回収することができるようになされている。この結果、このサンプリング装置10は、複数の切片SCを1つのチューブTBにまとめる場合であっても、切片SCの紛失あるいは切片SC同士のコンタミネーションを回避することができる。
【0023】
これに加えてこのサンプリング装置10は、チューブTBのキャップCPを切片に対する受け皿として用いることで、その後の手技に対する移行時間を短縮させる、ユーザフレンドリーを向上することができるようになされている。
【0024】
他方、このサンプリング装置10では、対物レンズ12Aと接眼レンズ12Bとの間にビームスプリッタ12Dが配され、該ビームスプリッタ12Dにより分離される照明光によって得られる生物サンプルSPLの像を撮るカメラ31が設けられている。
【0025】
このカメラ31には、コンピュータ32が接続され、該コンピュータ32には少なくともモニタ33及びマウス等の入力部34が接続される。コンピュータ32は、カメラ31から与えられる撮像データに基づいて、生物サンプルSPLの像を所定の表示態様でモニタ33に表示するとともに、入力部34の移動に応動したカーソルを表示する。
【0026】
またコンピュータ32は、入力部34から、生物サンプルSPLに対するレーザ光の照射位置の指定に関するデータが与えられた場合、当該指定位置にレーザ光が照射されるようにレーザ光走査部21を制御する。さらにこのコンピュータ32は、生物サンプルSPLに対するレーザ光の焦点が合うように可動ステージ11又は短パルスレーザ光源20における絞りを制御し得るようになされている。
【0027】
したがってこのサンプリング装置10は、接眼レンズ12Aを通じて可動ステージ11上の生物サンプルSPLを観察しながら、モニタ23を介して実際の生物サンプルSPLに対する所望の切断部位を指定することができるようになされている。
【0028】
この実施の形態の場合、レーザ光走査部21に対する制御手法として、短パルスレーザ光源20におけるレーザ光の出射位置を物理的に動かす手法ではなく、液晶位相変調素子に対する位相を、レーザスポット位置に対応するレーザ光だけが生物サンプルSPLに向かうように変える手法が採用される。
【0029】
したがってこのサンプリング装置10は、レーザ光の出射位置を物理的に動かす場合に比して、短パルスレーザ光源20に対する可動範囲を要することなくレーザ光の照射位置を調整でき、小型化を図ることができるようになされている。
【0030】
[3.短パルスレーザ光源の構成]
次に、短パルスレーザ光源20の構成を具体的に説明する。図4に示すように、この短パルスレーザ光源20は、レーザ制御部40と半導体レーザ50とから構成される。
【0031】
半導体レーザ50は、半導体発光を用いる一般的な半導体レーザ(例えばソニー株式会社製、SLD3233)でなる。この半導体レーザ50は、レーザ制御部40による駆動電圧制御(詳しくは後述する)のもとに、レーザ光をパルス出力するようになされている。
【0032】
レーザ制御部40は、パルス生成器41及びLD(Laser Diode)ドライバ42とから構成される。図5(A)に示すように、パルス生成器41は、離散的にパルス状の生成信号パルスSLwを発生するパルス信号SLを生成し、LDドライバ42に供給する。このときパルス生成器41は、例えば外部機器の制御に応じて、生成信号パルスSLwの信号レベルを制御する。
【0033】
図5(B)に示すように、LDドライバ42は、パルス信号SLを所定の増幅率で増幅することにより、生成信号パルスSLwに対応して駆動電圧パルスDJwを発生するレーザ駆動電圧DJを生成し、半導体レーザ50に供給する。駆動電圧パルスDJwの電圧値は、生成信号パルスSLwの信号レベルに応じて決定される。
【0034】
半導体レーザ50は、このレーザ駆動電圧DJに応じてレーザ光LLをパルス出力する。
【0035】
このように短パルスレーザ光源20は、レーザ制御部40の制御により、半導体レーザ50からレーザ光を直接的にパルス出力するようになされている。
【0036】
[3−1.緩和振動モードによるレーザ光のパルス出力]
レーザの特性を表すいわゆるレート方程式は、次式
【0037】
【数1】
【0038】
とされる。この(1)式における「Γ」は閉込め係数、「τph」は光子寿命、「τs」はキャリア寿命、「Cs」は自然放出結合係数、「d」は活性層厚、「q」は電荷素量、「gmax」は最大利得、「N」はキャリア密度、「S」は光子密度、「J」は注入キャリア密度、「c」は光速、「N0」は透明化キャリア密度、「ng」は群屈折率をそれぞれ表す。
【0039】
一般的な半導体レーザでは、注入キャリア密度J(すなわちレーザ駆動電圧DJ)の増大に応じてキャリア密度Nが飽和状態の少し手前から発光が開始される。そして、注入キャリア密度Jの増大に伴って光子密度S(すなわち出射光強度)が増大することとなる。
【0040】
ここで、(1)式に示したレート方程式から、発光開始時間τdを算出することができる。すなわち発振以前のため光子密度S=0とすると、(1)式は次式
【0041】
【数2】
【0042】
と表すことができる。この(2)式におけるキャリア密度Nをスレショールド値Nthとすると、発光開始時間τdは次式
【0043】
【数3】
【0044】
と表すことができる。この(3)式からも分かるように、発光開始時間τdは注入キャリア密度Jに反比例する。この注入キャリア密度Jの振幅は、レーザ駆動電圧DJが大きいと、発光開始直後に緩和振動によって最も大きい第1波として現れ、第2波、第3波と徐々に減衰し、安定化に至る。
【0045】
一般的なレーザ光源では、半導体レーザに対して緩和振動の殆どみられない条件(電圧値)となる比較的小さいレーザ駆動電圧DJを印加することにより、敢えて出射開始直後の出射光強度の差異を小さくし、レーザ光LLの出力を安定させている。
【0046】
本実施の形態による短パルスレーザ光源20では、緩和振動を生じさせて、レーザ光の瞬間的な出射光強度の最大値が安定値よりも増大(例えば1.5倍以上)される。
【0047】
すなわち図6に示すように、レーザ制御部40は、緩和振動を生じさせるための電圧値(以下、これを振動電圧値αと呼ぶ)の駆動電圧パルスDJwを発生するレーザ駆動電圧DJを生成し、これを半導体レーザ50に印加する(図6(B))。駆動電圧パルスDJwのパルス幅は、発光開始時間τdと振動周期taとを加算(τd+ta)した時間(以下、これを電流波供給時間βと呼ぶ)とされる。
【0048】
これにより短パルスレーザ光源20は、図6(C)に示すように、半導体レーザ50から緩和振動による第1波のみからなるパルス状のレーザ光LL(以下、これを振動出力光LMpと呼ぶ)を出射することができるようになされている。
【0049】
また短パルスレーザ光源20は、大きな電圧値でなるレーザ駆動電圧DJを印加する時間を短縮することができるため、半導体レーザ50の過発熱などにより生じる当該半導体レーザ50の不具合を抑制することができるようになされている。
【0050】
ちなみに、振動電圧値αよりも小さい振動電圧値βでなる駆動電圧パルスDJwを半導体レーザ50に印加した場合(図6(D))、出射光強度の比較的小さい振動出力光LMp(図6(E))が半導体レーザ50から出射される。
【0051】
ここで、一般的な半導体レーザ(ソニー株式会社製、SLD3233VF)に対して、比較的大きなレーザ駆動電圧DJを印加した時に測定された出射光強度を、図7に示す。この図からも分かるように、光子密度Sにみられた緩和振動が出射光強度として実際に生じる。なお図7では、レーザ駆動電圧DJを半導体レーザに対して矩形のパルス状に供給した場合に得られたレーザ光LLの波形を示している。
【0052】
このように短パルスレーザ光源20は、緩和振動モードを実行した場合、緩和振動による第1波のみからなるパルス状のレーザ光LL(振動出力光LMp)を、半導体レーザ50から出射することができるようになされている。
【0053】
[3−2.特異モードによるレーザ光のパルス出力]
ここで、駆動電圧パルスDJwの電圧値を変化させた場合のレーザ光LLの変化を測定した実験の結果について説明する。
【0054】
まず、図8において、この実験で用いた、短パルスレーザ光源20から出射されたレーザ光LLを分析する光測定装置100の構成を示す。
【0055】
この光測定装置100では短パルスレーザ光源20における半導体レーザ50から出射されたレーザ光LLは、コリメータレンズ101に供給される。レーザ光LLは、コリメータレンズ101によって発散光から平行光に変換され、BPF(Band Pass Filter)102を介して集光レンズ103へ入射される。
【0056】
この実験では、この集光レンズ103によって集光された後のレーザ光LLが、光サンプルオシロスコープ104(浜松ホトニクス株式会社製、C8188−01)及び光スペクトルアナザイザ105(株式会社エーディーシー製、Q8341)により測定及び分析された。
【0057】
またこの実験では、コリメータレンズ101及び集光レンズ103間にパワーメータ106(株式会社エーディーシー製、Q8230)が設置され、レーザ光LLの出射光強度が測定された。なおこの実験では、BPF102は必要に応じて設置又は除去された。
【0058】
図9及び図10において、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを変化させたときに得られたレーザ光LLの出射光強度について、光スペクトルアナライザ107によって測定した結果を示す。ちなみに、この測定において、BPF102は設置されていない。
【0059】
図9に示すように、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが6[V]のとき、レーザ光LLの波形にはピークが大きなピークが複数見られることから、当該レーザ光は振動出力光LMpといえる。
【0060】
一方、図10に示すように、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが42[V]のとき、レーザ光LLの波形には先頭部分のピーク及び緩やかに減衰するスロープ部分が見られた。
【0061】
このことから、振動電圧値αよりも大きな特異電圧値β(すなわち最大電圧値Vmax)でなる駆動電圧パルスDJwを半導体レーザ50に供給した場合、振動出力光LMpとはその波形及び波長の異なるレーザ光LLが出力されることが分かる。なお、発光開始時間τdも上述したレート方程式から導かれる(3)式とは一致しなかった。
【0062】
このレーザ光LLの波長は、安定化時におけるレーザ光の波長よりも約6[nm](6±2[nm]以内)短波長側にピークを有することが確認されている。以下、このレーザ光LLを特異出力光LApと呼び、当該特異出力光LApを出力する半導体レーザ50のモードを特異モードと呼ぶ。
【0063】
ちなみに、短波長側にピークをもつのは、最大電圧値Vmaxの上昇に伴いレーザ光LLが振動出力光LMpから特異出力光LApへ変化する過程において、長波長側のピークが徐々に減衰し、代りに短波長側のピークが増大していくものと考えられる。
【0064】
また、パワーメータ106による測定(半導体レーザ50としてソニー株式会社製、SLD3233を使用)の結果、この特異ピークAPKの出射光強度は、約12[W]と緩和振動モードにおけるレーザ光LLの最大の出射光強度(約1〜2[W])と比して、非常に大きいことが確認された。なお光サンプルオシロスコープ104の解像度が低いためこの出射光強度は図面には表われていない。
【0065】
またストリークカメラ(図示せず)による分析の結果、特異ピークAPKは、ピーク幅が10[ps]程度であり、緩和振動モードにおけるピーク幅(約30[ps])と比して、小さくなることが確認された。なお光サンプルオシロスコープ104の解像度が低いためこのピーク幅は図面には表われていない。
【0066】
また特異スロープASPは、その波長が通常モードにおけるレーザ光LLの波長と同一であり、最大の出射光強度は約1〜2[W]程度であった。
【0067】
以上のように、半導体レーザ50に対して、緩和振動を生じさせる電圧値よりもさらに大きい特異電圧値でβなるレーザ駆動電圧DJが印加された場合、図11に示すように、最初に出現する特異ピークAPKと、続いて出現するスロープASPとからなる特異出力光LApが出射される。なおこの実験とは異なる半導体レーザを用いた場合であっても、同様の結果が得られている。
【0068】
本実施の形態による短パルスレーザ光源20では、レーザ制御部21が、半導体レーザ50に対し、振動電圧値αでなるレーザ駆動電圧DJだけでなく、該振動電圧値αよりもさらに大きい特異電圧値βでなるレーザ駆動電圧DJし得るようになされている。
【0069】
これによりレーザ制御部21は、図11に示したように、半導体レーザ50を特異モードに遷移させ、レーザ光LLとして、当該半導体レーザ50から非常に大きい特異ピークAPKを有する特異出力光LApを出射させることができる。
【0070】
[3−3.駆動電圧の制御]
ところで、本実施の形態による短パルスレーザ光源20には、コンピュータ32(図2)から、図12に示すように、パルス生成器41における設定パルスSLsのパルス幅Wsと、当該設定パルスSLsの高さHsとの設定情報が与えられる。
【0071】
短パルスレーザ光源20は、この設定情報に示される設定内容にしたがって生成信号パルスSLwにおける信号パルス幅及び信号レベルを変化させることにより、LDドライバ42によって生成される駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmax及び生成信号パルスSLwの信号パルス幅を切り換える。
【0072】
例えば、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを増大し、生成信号パルスSLwの信号パルス幅を大きくした場合、特異ピークAPKの最大出射光強度が増大され、特異スロープASPが大きくなる。
【0073】
また、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを増大し、生成信号パルスSLwの信号パルス幅を小さくした場合、特異ピークAPKの最大出射光強度が維持され、特異スロープASPが小さくなる。
【0074】
また、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを低減し、生成信号パルスSLwの信号パルス幅を大きくした場合、特異ピークAPKの最大出射光強度が維持され、特異スロープASPが大きくなる。
【0075】
また、駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxを低減し、生成信号パルスSLwの信号パルス幅を大きした場合、特異ピークAPKの最大出射光強度が小さく、特異スロープASPも小さくなる。
【0076】
このようにこの短パルスレーザ光源20は、コンピュータ32(図2)から送出される設定情報にしたがって生成信号パルスSLwにおける信号パルス幅及び信号レベルを変化させることで、特異出力光LApにおける特異ピークAPKと特異スロープASPの割合を可変することができる。このことは本出願人により確認されている。
【0077】
また短パルスレーザ光源20は、コンピュータ32(図2)から送出される設定情報にしたがって生成信号パルスSLwにおける信号レベルを振動電圧値αとすることで、緩和振動パルスのレーザ光LL(振動出力光LMp)を得ることもできる。
【0078】
以上のようにこの短パルスレーザ光源20は、駆動電圧DJにおける駆動電圧パルスDJwの電圧値を切り換えることにより、緩和振動モード又は特異モードの切り換えに加えて、特異モードでの特異出力光LApにおける特異ピークAPKのレベル(高さ)を調整し得るようになされている。
【0079】
[4.動作及び効果]
以上の構成において、このサンプリング装置10は、緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧DJを半導体レーザ50に印加し、該半導体レーザ50からパルス状の特異ピークAPKをもつレーザ光LLを出力させる(主に図6又は図11参照)。
【0080】
そしてサンプリング装置10は、この特異ピークAPKをもつレーザ光LLを、対物レンズ12Aによって可動ステージ11に配される生物サンプルSPLに集光する(主に図2参照)。
【0081】
したがってこのサンプリング装置10では、半導体レーザ50に対する電圧の印加によって、瞬間的に強いレーザ光を生物サンプルSPLにおけるサンプリング部位に集中させることができる。
【0082】
半導体レーザ50に対して電圧を印加する構成は現状でも一般的に小型なものとして実現できるので、このサンプリング装置10では、従来短パルス出力を実現させるものとして用いられていた光学機器よりも大幅な小型化が可能となり、また倒立型顕微鏡に搭載することも可能となる。これに加えてこのサンプリング装置10では、瞬間的に強いレーザ光をサンプリング部位に集中させることができるため、切断線の線幅を狭くでき、またサンプリング対象のダメージを低減することもできる。
【0083】
また、このサンプリング装置10は、パルス状の駆動電圧DJ(駆動電圧パルスDJw)に対する電圧値を切り換えて、緩和振動を発生させ又は特異ピークAPKの強度を調整する(主に図12参照)。
【0084】
したがってこのサンプリング装置10では、生物サンプルSPLに応じて、該生物サンプルSPLに対する特異ピークAPKのレベル、つまりパルス強度を調整できる。この結果、例えば、骨組織等の硬い生物サンプルを切断対象とする場合であっても、皮膚等の柔らかい切断対象とする場合と同等の切断速度で切断することも可能となる。
【0085】
生物サンプルSPLに応じたパルス強度を選択できるということ、また生物サンプルにかかわらず切断速度を略一定にすることができるということは、装置の消費電力の低減、生物サンプルに対するダメージの緩和の観点で有用となる。
【0086】
また、このサンプリング装置10は、駆動電圧パルスDJwのパルス幅を切り換えることにより、特異出力光LApにおける特異ピークAPKと特異スロープASPの割合を調整する(主に図12参照)。
【0087】
すなわちこのサンプリング装置10では、駆動電圧パルスDJwのパルス幅を切り換えて、特異出力光LApにおける特異スロープASPを抑制することが可能である。この特異スロープASPはアブレーションでは不要であり、生物サンプルに対するダメージの要因になる場合も否定できない。したがって、特異出力光LApにおける特異スロープASPを抑制できるということは、生物サンプルに対するダメージの緩和の観点で有用となる。
【0088】
ところで、従来のレーザマイクロダイセクション法では一般にUVレーザが用いられる。しかし、皮膚のようにUVを反射し易い生物サンプルSPLでは染色の有無で切れ味が劇的に変化し、非切断もしくは切り残しが生じる場合もある。
【0089】
一方、レーザマイクロダイセクションにより得られた切片は、その状態を解析することで医学的に有用な意義をもつ情報を得ることができる。例えば、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)やフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)はがん化の状態を示す指標になることが知られている(Skala, M.C., et al., In vivo multiphoton microscopy of NADH and FAD redox states, fluorescence lifetimes, and cellular morphology in precancerous epithelia. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 2007 Dec 4;104(49):19494-9)。
【0090】
しかし、この還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドやフラビンアデニンジヌクレオチドは360[nm]〜365[nm]の光を吸収することが知られている(Andersson H., et al., Autofluorescence of living cells, J. Microscopy, Vol 191, pp1-7)。したがってUVレーザでは、有用な解析結果を得ることができない場合もある。
【0091】
これに対し、このサンプリング装置10では青紫色レーザ光を出射する半導体レーザ50が採用されるため、上述のような場合を回避することができる。したがって、UVに吸収性をもちながらも医学的に有用な意義をもつ情報の獲得要請がある場合などでは、可視光領域でアブレーション可能なこのサンプリング装置10は特に有用となる。
【0092】
一般に、ガラス材のレンズが用いられるが、該レンズを採用した場合、300[nm]台の波長のレーザ光を用いると透過率が落ちる。これに対しこのサンプリング装置10では、400[nm]台の波長のレーザ光を用いているので、導波路に介在される光学系に対して、透過率を向上させるような特別な対策を施すこともなく、高出力のレーザを生物サンプルに印加できる。また、スライド板2についても、ガラス以外に樹脂性のものを採用することができるので、スライド板2に対する材質の選択性の幅を広げることも可能となる。
【0093】
以上の構成によれば、半導体レーザ50に対する電圧の印加によって、瞬間的に強いレーザ光を生物サンプルSPLにおけるサンプリング部位に集中させることができるようにしたことにより、生物サンプルに対する切断効率を低減させずに従来に比して小型化し得るサンプリング装置10を実現できる。
【0094】
[5.他の実施の形態]
上述の実施の形態では、駆動電圧パルスDJwのパルス幅を切り換えて特異スロープASPが抑制された。しかしながら抑制手段はこの実施の形態のように電気的抑制に代えて、光学的抑制により実現するようにしてもよい。
【0095】
具体的には、半導体レーザ50と、対物レンズ12Aとの間におけるレーザ光の光路上に、使用すべき半導体レーザ50から出射されるレーザ光の波長を中心とする所定波長域の波長をカットするBPFを設ける。例えば図11で上述したように、特異スロープASPは半導体レーザ50から出射されるレーザ光と同等の波長となる一方、特異ピークAPKはレーザ光の波長よりも短波長となる。したがって、当該BPFを設けることで、特異スロープASPを選択的に抑制することができる。
【0096】
また上述の実施の形態では、1つの半導体レーザ50から単一波長のレーザ光が出射された。しかしながら他の実施の形態として、互いに波長の異なるレーザ光を出射する複数の半導体レーザのうち、対象とされる半導体レーザからレーザ光を出射する形態が適用されてもよい。
【0097】
例えば図13に示すように、UVレーザを出射する半導体レーザ50Aと、青紫レーザを出射する半導体レーザ50Bとが、コンピュータ32に接続される切換スイッチ43を介してLDドライバ42に接続される。またUVレーザ又は青紫レーザはダイクロックプリズム50によってレーザ光走査部21に導かれる。この図13に示す例によれば、使用すべき半導体レーザ50A又は20Bの選択に応動して、レーザ制御部40が駆動電圧DJの出力先を切り換えることができる。
【0098】
このように、互いに波長の異なるレーザ光を出射する複数の半導体レーザのうち、対象とされる半導体レーザからレーザ光を出射する形態を適用した場合、切片SCに対して解析すべき生体分子に吸収がある波長を避けて、レーザ光の波長を選択することができる。したがって、解析すべき生体分子に対する精度を向上することができる。
【0099】
また上述の実施の形態では、短パルスレーザ光源がパルス幅による特異スロープと立上スロープによるモードとの双方が制御された。しかしながら他の実施の形態として、いずれか一方の制御を実行する形態が適用されてもよい。
【0100】
また上述の実施の形態では、パルス幅による特異スロープの制御と同時に駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが調整された。しかしながら他の実施の形態として、制御と調整のいずれか一方を実行する形態が適用されてもよい。
【0101】
また上述の実施の形態では、設定パルスSLsの高さHsの設定により駆動電圧パルスDJwの最大電圧値Vmaxが調整された。しかしながらこの調整手法はこの実施の形態に限るものではない。例えば、LDドライバ42における増幅率を変化させることにより最大電圧値Vmaxを調整する調整手法が適用できる。
【0102】
また上述の実施の形態では、駆動電圧パルスDJwとして矩形状のパルス電流が供給された。しかしながら供給手法はこの実施の形態に限るものではない。例えば、短時間に亘って大きな振動電圧値αでなるパルス電流が供給されてもよく、また正弦波状でなる駆動電圧パルスDJwが供給されてもよい。
【0103】
また上述の実施の形態では、半導体レーザ50として一般的な半導体レーザ(ソニー株式会社製、SLD3233など)が用いられた。要は、p型とn型の半導体を用いてレーザ発振を行ういわゆる半導体レーザであれば良い。また敢えて緩和振動を大きく生じさせやすくした半導体レーザを用いることがさらに好ましい。
【0104】
また上述の実施の形態では、生物サンプルSPLからアブレーションにより切断され、開口OPを介して落下する切片SCを回収するサンプリング装置10を適用した。しかしながらこの回収以外の回収手法を用いたサンプリング装置を適用するようにしてもよい。
【0105】
具体的には、スライド板と、レーザ光に対する吸収特性をもつ担体との間に介在される生物サンプルSPLに対して、担体を介してレーザ光を照射することで、サンプリング対象と担体との接着性が増大することを利用した回収手法を用いることができる。
【0106】
この回収手法を用いたサンプリング装置では、レーザ光の照射後に担体をはがすことで、該照射により接着性が増す部分が切片として回収される。この回収手法を用いたサンプリング装置を適用した場合であっても上述の実施の形態の場合と同様の効果を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明は、生物実験、医薬の創製又は患者の経過観察などのバイオ産業上において利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0108】
【図1】プレパラートの構成を示す概略図である。
【図2】サンプリング装置の構成を示す略線/ブロック図である。
【図3】受け皿の支持例の説明に供する略線図である。
【図4】短パルスレーザ光源の構成を示す略線/ブロック図である。
【図5】パルス信号とレーザ駆動電圧を示す略線図である。
【図6】駆動電流と出射光強度の説明に供する略線図である。
【図7】実際の発光波形を示す略線図である。
【図8】光測定装置の構成を示す略線図である。
【図9】実験結果(1)を示すグラフである。
【図10】実験結果(2)を示すグラフである。
【図11】特異出力光の波形を示す略線図である。
【図12】パルス幅による特異出力光の制御の説明に供する略線図である。
【図13】他の実施の形態の説明に供する略線図である。
【符号の説明】
【0109】
10……サンプリング装置、11……可動ステージ、12……光学系、13……照明灯、20……短パルスレーザ光源、21……レーザ光走査部、31……カメラ、32……コンピュータ、40……レーザ制御部、41……パルス生成部、42……LDドライバ、50……半導体レーザ、SPL……生物サンプル、τd……発光開始時間、DJ……レーザ駆動電圧、DJw……駆動電圧パルス、LL……レーザ光、SL……パルス信号、SLw……生成信号パルス、LMp……振動出力光、LAp……特異出力光、APK……特異ピーク、ASP……特異スロープ。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体レーザと、
緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を上記半導体レーザに印加し、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を上記半導体レーザから出力させるレーザ制御部と、
上記パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプリング対象の生物サンプルに集光する光学レンズと
を有するサンプリング装置。
【請求項2】
上記レーザ制御部は、
上記パルス状の駆動電圧に対する電圧値を切り換えて上記特異ピークの強度を調整する、請求項1に記載のサンプリング装置。
【請求項3】
上記特異ピークに続いて該特異ピークの強度よりも小さく現れる特異スロープを抑制する抑制手段
をさらに有する請求項1に記載のサンプリング装置。
【請求項4】
上記半導体レーザは、400[nm]〜410[nm]に含まれる波長のレーザ光を出射するものである、請求項2又は請求項3に記載のサンプリング装置。
【請求項5】
上記半導体レーザは、
互いに波長の異なるレーザ光を出射する複数の半導体レーザでなり、
上記レーザ制御部は、
上記複数の半導体レーザのうち、対象とされる半導体レーザに上記駆動電圧パルスの出力先を切り換える、請求項2又は請求項3に記載のサンプリング装置。
【請求項6】
緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を半導体レーザに印加し、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を上記半導体レーザから出力させるレーザ制御ステップと、
上記パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプリング対象の生物サンプルに集光する集光ステップと
を有するサンプリング方法。
【請求項1】
半導体レーザと、
緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を上記半導体レーザに印加し、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を上記半導体レーザから出力させるレーザ制御部と、
上記パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプリング対象の生物サンプルに集光する光学レンズと
を有するサンプリング装置。
【請求項2】
上記レーザ制御部は、
上記パルス状の駆動電圧に対する電圧値を切り換えて上記特異ピークの強度を調整する、請求項1に記載のサンプリング装置。
【請求項3】
上記特異ピークに続いて該特異ピークの強度よりも小さく現れる特異スロープを抑制する抑制手段
をさらに有する請求項1に記載のサンプリング装置。
【請求項4】
上記半導体レーザは、400[nm]〜410[nm]に含まれる波長のレーザ光を出射するものである、請求項2又は請求項3に記載のサンプリング装置。
【請求項5】
上記半導体レーザは、
互いに波長の異なるレーザ光を出射する複数の半導体レーザでなり、
上記レーザ制御部は、
上記複数の半導体レーザのうち、対象とされる半導体レーザに上記駆動電圧パルスの出力先を切り換える、請求項2又は請求項3に記載のサンプリング装置。
【請求項6】
緩和振動が生じる電圧値以上となるパルス状の駆動電圧を半導体レーザに印加し、パルス状の特異ピークをもつレーザ光を上記半導体レーザから出力させるレーザ制御ステップと、
上記パルス状の特異ピークをもつレーザ光を、サンプリング対象の生物サンプルに集光する集光ステップと
を有するサンプリング方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2010−81884(P2010−81884A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−255025(P2008−255025)
【出願日】平成20年9月30日(2008.9.30)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年9月30日(2008.9.30)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]