説明

サーメット焼結体および切削工具

【課題】 切削性能が高い組織を有するとともに、焼結体の変形を抑制できて複雑な形状でも容易に作製可能なサーメット焼結体および切削工具を提供する。
【解決手段】 第1サーメット2と、外周に配置されて切刃7を構成する第2サーメット3との複合構造からなり、第1サーメット2および第2サーメット3は、周期表第4、5および6族金属のうちの1種以上の炭窒化物等からなる硬質相5と、主として鉄族金属からなる結合相6とから構成され、硬質相5は、TiCNを主成分とする第1硬質相5aと、周期表第4、5および6族金属の少なくとも1種とTiとの複合炭窒化物固溶体の第2硬質相5bとからなり、第2サーメット3は第1サーメット2よりも第2硬質相5bの存在割合が多く、第1サーメット2は第2サーメット3よりも結合相6の存在割合が少ないサーメット焼結体からなる切削工具1である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はサーメット焼結体および切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、切削工具としてTiを主成分とするサーメット焼結体が広く使われている。サーメットの硬質相は芯部と周辺部とからなる有芯構造をとりやすいことが知られているが、例えば、特許文献1では、周辺部の面積割合が多いほど、鋳鉄との耐化学反応性が向上することが開示され、周辺部の平均粒径/芯部の平均粒径の比率を3〜8としたサーメットが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−285421号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1のように周辺部の面積比率を多くするにはサーメットの焼成温度を高くする必要があるが、焼成温度を高くすると、焼成中に生じる金属原子の移動や窒素原子の拡散の影響で、焼結体が元の成形体の形状から大きく変形してしまうという問題があった。焼結体が変形した場合、焼結体の表面を研磨加工して形状を整える方法もあるが、製造コストがかさむとともに複雑な形状の切削工具の場合には研磨加工自体が困難であった。
【0005】
本発明は上記問題を解決するためのものであり、その目的は切削性能が高い組織を有するとともに、焼結体の変形を抑制できて複雑な形状でも容易に作製可能なサーメット焼結体および切削工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のサーメット焼結体は、第1サーメットと、該第1サーメットの外周に配置されて少なくとも切刃を構成する第2サーメットとが積層されてなり、
前記第1サーメットおよび前記第2サーメットは、周期表第4、5および6族金属のうちの1種以上の炭化物、窒化物、炭窒化物およびこれらの固溶体の中から選ばれた1種以上からなる硬質相と、主として鉄族金属からなる結合相とから構成され、前記硬質相は、TiCNを主成分とする第1硬質相と、周期表第4、5および6族金属の少なくとも1種とTiとの複合炭窒化物固溶体の第2硬質相とからなり、
前記第2サーメットは前記第1サーメットよりも前記第2硬質相の存在割合が多く、前記第1サーメットは前記第2サーメットよりも前記結合相の存在割合が少ないものである。
【0007】
ここで、前記第2サーメットの厚みは0.5〜2mmであることが望ましい。
【0008】
また、前記第2サーメットには、表面側に、前記第2硬質相の存在割合が多く、かつ前記結合相の存在割合が少ない表面領域が存在することが望ましい。
【0009】
さらに、前記第1サーメットの硬度が前記第2サーメットの硬度より高く、かつ前記第2サーメットの前記表面領域の硬度が前記第2サーメットの前記第1サーメット側の硬度よりも高いことが望ましい。
【0010】
また、前記第1サーメットにおける前記硬質相の平均粒径が前記第2サーメットにおける前記硬質相の平均粒径より大きく、かつ前記第2サーメットの前記表面領域における前記硬質相の平均粒径が前記第2サーメットの前記第1サーメット側における前記硬質相の平均粒径よりも大きいことが望ましい。
【0011】
さらに、前記第1サーメットと前記第2サーメットとの境界に界面が存在し、かつ前記第2サーメットの前記表面領域と前記第1サーメット側の領域との境界には界面が存在しない構成となっている。
【0012】
また、本発明の切削工具は、周期表第4、5および6族金属のうちの1種以上の炭化物、窒化物、炭窒化物およびこれらの固溶体の中から選ばれた1種以上からなる硬質相と、主として鉄族金属からなる結合相との焼結体から構成され、前記硬質相は、TiCNを主成分とする第1硬質相と、周期表第4、5および6族金属の少なくとも1種とTiとの複合炭窒化物固溶体の第2硬質相とからなり、
切刃を含む逃げ面およびその近傍領域をA領域とし、該A領域以外の領域である前記焼結体の内部およびすくい面の中央部位をB領域としたとき、前記A領域では前記B領域よりも前記第2硬質相の存在割合が多く、前記B領域では前記A領域よりも前記結合相の存在割合が少ないものである。
【0013】
ここで、断面組織観察にて、前記A領域における前記第1硬質相の面積比率をS1A、該第2硬質相の面積比率をS2Aとし、前記B領域における前記第1硬質相の面積比率をS1B、前記第2硬質相の面積比率をS2Bとしたとき、前記S1Aと前記S2Aとの比率(S2A/S1A)が2〜8であり、前記S1Bと前記S2Bとの比率(S2B/S1B)が0.3〜0.95であることが望ましい。
【0014】
また、前記A領域は前記逃げ面から5〜100μmの厚みで存在することが望ましい。
【0015】
さらに、前記A領域と前記B領域との間に、前記B領域よりも前記第2硬質相の存在割合が少なく、かつ前記A領域よりも前記結合相の存在割合が多いC領域が、1000μm以下の厚みで存在することが望ましい。
【0016】
また、前記A領域の硬度が前記C領域の硬度よりも高く、かつ前記B領域の硬度が前記C領域の硬度よりも高いことが望ましい。
【0017】
さらに、前記A領域における前記硬質相の平均粒径が前記C領域における前記硬質相の平均粒径よりも大きく、かつ前記B領域における前記硬質相の平均粒径が前記C領域における硬質相の平均粒径よりも大きいことが望ましい。
【0018】
また、前記A領域と前記C領域との境界に界面が存在せず、かつ前記B領域と前記C領域との境界には界面が存在する構成となっている。
【0019】
ここで、本発明のサーメット焼結体の製造方法における第1の実施態様は、異なる2種類の混合原料粉末を調製する工程と、成形金型の空洞部分の中央部に焼成時の収縮が小さい第1の混合原料粉末を充填して圧縮することにより、該第1の混合原料粉末からなる第1の粉末成形体を作製する工程と、前記成形金型の前記第1の粉末成形体の外周部に空隙を設けて、該空隙に前記第1の混合原料粉末よりも焼成時の収縮が大きい第2の混合原料粉末を充填して再度圧縮することにより、前記第1の混合原料粉末の外周部に前記第2の混合原料粉末が配置された複合成形体を作製する工程と、該複合成形体を焼成する工程とを具備する。
【0020】
また、本発明のサーメット焼結体の製造方法における第2の実施態様は、異なる2種類の混合原料粉末を調製する工程と、成形金型の空洞部分の外周部に焼成時の収縮が大きい第2の混合原料粉末を充填して圧縮することにより、該第2の混合原料粉末からなる第2の粉末成形体を作製する工程と、前記成形金型の前記第2の粉末成形体の内側に空隙を設けて、該空隙に前記第2の混合原料粉末よりも焼成時の収縮が小さい第1の混合原料粉末を充填して再度圧縮することにより、前記第1の混合原料粉末の外周部に前記第2の混合原料粉末が配置された複合成形体を作製する工程と、該複合成形体を焼成する工程とを具備する。
【0021】
なお、前記第2の混合原料粉末の鉄族金属含有量を前記第1の混合原料粉末の鉄族金属含有量よりも多くする、ないしは前記第2の混合原料粉末の平均粒径を前記第1の混合原料粉末の平均粒径よりも小さくすることが望ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明のサーメット焼結体および切削工具によれば、結合相の存在割合が少ない第1サーメットの外周に、第2硬質相の存在割合が多い第2サーメットが配置された構造、すなわち、切刃を含む逃げ面およびその近傍領域をA領域、前記A領域以外の領域である焼結体の内部およびすくい面の中央部位をB領域としたとき、前記A領域では前記B領域よりも前記第2硬質相の存在割合が多く、前記B領域では前記A領域よりも結合相の存在割合が少ない構成からなるので、サーメット焼結体の表面に存在する切刃は切削性能が高い第2サーメットの組織からなるとともに、基体を構成する第1サーメットは焼結による変形が小さいので、焼結体全体の変形を抑制できて複雑な形状でも容易に寸法精度の高い切削工具を作製できる。
【0023】
なお、断面組織観察にて、A領域における前記第1硬質相の面積比率をS1A、該第2硬質相の面積比率をS2A、B領域における前記第1硬質相の面積比率をS1B、該第2硬質相の面積比率をS2Bとしたとき、前記S1Aと前記S2Aとの比率(S2A/S1A)が2〜8であり、前記S1Bと前記S2Bとの比率(S2B/S1B)が0.3〜0.95であることが、切削性能を高くかつ変形を小さく抑制できる点で望ましい。
【0024】
ここで、前記第2サーメットの厚みは0.5〜2mmであることが望ましい。このとき、前記A領域は前記逃げ面から5〜100μmの厚みで存在することが、切削性能が高くかつ変形が小さい切削工具が製造上容易に作製できる点で望ましい。
【0025】
また、前記第2サーメットには、表面側に、前記第2硬質相の存在割合が多く、かつ結合相の存在割合が少ない表面領域が存在すること、すなわち前記A領域と前記B領域との間に、前記B領域よりも前記第2硬質相の存在割合が少なく、かつ前記A領域よりも結合相の存在割合が多いC領域が存在することによって、切削性能をさらに高めることができる点で望ましい。
【0026】
さらに、前記第1サーメットの硬度が前記第2サーメットの硬度より高く、かつ前記第2サーメットの表面領域の硬度が前記第2サーメットの前記第1サーメット側の硬度よりも高いこと、すなわち、前記A領域の硬度が前記C領域の硬度より高く、かつ前記B領域の硬度が前記C領域の硬度よりも高いことが、変形を防止できるとともに切刃の耐摩耗性を高めることができる点で望ましい。
【0027】
また、前記第1サーメットにおける硬質相の平均粒径が前記第2サーメットにおける硬質相の平均粒径より大きく、かつ前記第2サーメットの表面領域における硬質相の平均粒径が前記第2サーメットの前記第1サーメット側における硬質相の平均粒径よりも大きいこと、すなわち、前記A領域における硬質相の平均粒径が前記C領域における硬質相の平均粒径より大きく、かつ前記B領域における硬質相の平均粒径が前記C領域における硬質相の平均粒径よりも大きいことが、組織の制御が容易な点で望ましい。
【0028】
なお、本発明の製造方法、すなわち異なる2種類の混合原料粉末を調製し、先に第1の混合原料粉末または第2の混合原料粉末のみを充填して圧縮した後、成形金型の所定部分に空隙を設けて第2の混合原料粉末または第1の混合原料粉末を充填して再度圧縮することにより、前記第1の混合原料粉末の外周部に前記第2の混合原料粉末が配置された複合成形体を作製することによって、前記第1サーメットと前記第2サーメットとの境界に界面が存在し、かつ前記第2サーメットの表面領域と基体側の領域との境界には界面が存在しない構成、すなわち前記A領域と前記C領域との境界に界面が存在せず、かつ前記B領域と前記C領域との境界には界面が存在する構成となっている。この製造方法によれば、切削性能が高くかつ焼成による変形が小さい切削工具を容易に製造できる。
【0029】
なお、前記第2の混合原料粉末の鉄族金属含有量を前記第1の混合原料粉末の鉄族金属含有量よりも多くするか、または前記第2の混合原料粉末の平均粒径を前記第1の混合原料粉末の平均粒径よりも小さくすることが、各部位の焼成状態を制御できる点で望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明のサーメット焼結体からなる切削工具の一例を示し、(a)概略斜視図、(b)断面模式図である。
【図2】本発明のサーメット焼結体の製造方法における成形方法を説明するための工程図(前半)である。
【図3】図2の工程図の続き(後半)である。
【図4】本発明のサーメット焼結体の製造方法における他の成形方法を説明するための工程図(前半)である。
【図5】図4の工程図の続き(後半)である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明のサーメット焼結体からなる切削工具の一例について、その(a)概略斜視図、(b)断面模式図である図1を基に説明する。
【0032】
図1の切削工具1は、第1サーメット2と、第1サーメット2の外周に配置されて少なくとも切刃7を構成する第2サーメット3とから構成されている。そして、第1サーメット2および第2サーメット3は、周期表第4、5および6族金属のうちの1種以上の炭化物、窒化物、炭窒化物およびこれらの固溶体の中から選ばれた1種以上からなる硬質相と、主として鉄族金属からなる結合相とから構成され、硬質相は、TiCNを主成分とする第1硬質相と、周期表第4、5および6族金属の少なくとも1種とTiとの複合炭窒化物固溶体の第2硬質相とからなる。
【0033】
そして、第2サーメット3は第1サーメット2よりも第2硬質相の存在割合が多く、第1サーメット2は第2サーメット3よりも結合相の存在割合が少ない構成となっている。
【0034】
また、別の見方をすれば、切削工具1は、切刃7を含む逃げ面9およびその近傍領域をA領域(第2サーメット3に相当)11、A領域11以外の領域である焼結体の内部10およびすくい面8の中央部位をB領域(第1サーメット2に相当)12としたとき、A領域11ではB領域12よりも第2硬質相の存在割合が多く、B領域12ではA領域11よりも結合相の存在割合が少ない構成からなっている。
【0035】
上記構成によって、切刃7は切削性能が高い第2サーメット3の組織からなるとともに、基体を構成する第1サーメット2は焼結による変形が小さいので、焼結体全体の変形を抑制できて複雑な形状でも容易に寸法精度の高い切削工具1を作製できる。なお、図1の切削工具1のすくい面8の中央部にはネジ穴14が形成されている。
【0036】
ここで、走査型電子顕微鏡観察した際には、第1硬質相は黒色の粒子として観察され、第2硬質相は灰白色の粒子、または白色の芯部の周辺に灰白色の周辺部が存在する有芯構造からなる粒子として観察される。なお、上記灰白色とは、写真撮影の条件によって白色に近い色調に見えることもあり、灰色に近い色調に見えることもある。ここで、第1硬質相はTiCNからなる黒色粒子であるがCoやNiを含有していても良い。また、第1硬質相の外周には、灰白色の第2硬質相からなる周辺部が存在した有芯構造をなしていてもよい。
【0037】
なお、断面組織観察にて、A領域11における第1硬質相の面積比率をS1A、第2硬質相の面積比率をS2A、B領域における第1硬質相の面積比率をS1B、第2硬質相の面積比率をS2Bとしたとき、S1AとS2Aとの比率(S2A/S1A)が2〜8であり、S1BとS2Bとの比率(S2B/S1B)が0.3〜0.95であることが、切削性能を高くかつ変形を小さく抑制できる点で望ましい。
【0038】
なお、切削工具1に含有される硬質相をなすTiを主成分とする周期表第4、5および6族金属の窒化物または炭窒化物の合計含有比率は、サーメット全体で見て80〜90質量%であることが望ましく、一方、結合相の含有比率は、サーメット全体で見て10〜20質量%であることによって、サーメットの硬度および靭性のバランスに優れたものとなる。そして、第1サーメット2においては、焼成における寸法変化の抑制の点で、硬質相の含有比率が90〜95質量%、結合相の含有比率が5〜10質量%であることが望ましい。また、第2サーメット3においては、耐摩耗性の維持の点で、硬質相の含有比率が75〜85質量%、結合相の含有比率が15〜25質量%であることが望ましい。さらに、結合相としては、鉄族金属の総量に対してCoを65質量%以上含有することが切削工具1の耐熱衝撃性を高めるために望ましい。なお、サーメットの焼肌面が平滑な面となるようにサーメットの良好な焼結性を維持するためには、鉄族金属としてNiを5〜50質量%、特に10〜35質量%の割合で含有せしめることが望ましい。
【0039】
ここで、図1に記載する第2サーメット3の厚みtは0.5〜2mmであることが望ましい。このとき、A領域11は逃げ面9から5〜100μmの厚みで存在することが、切削性能が高くかつ変形が小さい切削工具1が製造上容易に作製できる点で望ましい。
【0040】
また、第2サーメット3には、表面側に、第2硬質相の存在割合が多く、かつ結合相の存在割合が少ない表面領域3Xが存在する構成、すなわち、A領域11とB領域12との間に、B領域12よりも第2硬質相の存在割合が少なく、かつA領域11よりも結合相の存在割合が多いC領域13が存在することによって、切削性能をさらに高めることができる点で望ましい。なお、断面組織観察にて、C領域13における第1硬質相の面積比率をS1C、第2硬質相の面積比率をS2Cとしたとき、S1CとS2Cとの比率(S2C/S1C)は2〜8であり、S1BとS2Bとの比率(S2B/S1B)が0.3〜0.95であることが、切削性能を高くかつ変形を小さく抑制できる点で望ましい。
【0041】
さらに、第1サーメット2の硬度が第2サーメット3の硬度より高く、かつ第2サーメット3の表面領域3Xの硬度が第2サーメット3の基体側3Yの硬度よりも高い構成、すなわち、A領域11の硬度がC領域13の硬度より高く、かつB領域12の硬度がC領域13の硬度よりも高いことが、変形を防止できるとともに切刃7の耐摩耗性を高めることができる点で望ましい。
【0042】
また、第1サーメット2における硬質相の平均粒径が第2サーメット3における硬質相の平均粒径より大きく、かつ第2サーメット3の表面領域3Xにおける硬質相の平均粒径が第2サーメットの基体側3Yにおける硬質相の平均粒径よりも大きい構成、すなわち、A領域11における硬質相の平均粒径がC領域13における硬質相の平均粒径より大きく、かつB領域12における硬質相の平均粒径がC領域13における硬質相の平均粒径よりも大きいことが、組織の制御が容易な点で望ましい。
【0043】
なお、上記切削工具1は、下記製造方法にて作製することから、第1サーメット2と第2サーメット3との境界に界面が存在し、かつ第2サーメットの表面領域3Xと基体側領域3Yとの境界には界面が存在しない構成、すなわちA領域11とC領域13との境界に界面が存在せず、かつB領域12とC領域13との境界には界面が存在する構成となる。
【0044】
(製造方法)
次に、上述したサーメット焼結体からなる切削工具の製造方法について説明する。
原料として、2種類の混合原料粉末を準備する。
第2の混合原料粉末は低温で焼結する組成からなり、具体的には、平均粒径0.6〜1.0μm、望ましくは0.8〜1.0μmのTiCN粉末と、平均粒径0.1〜2μmの上述した他の周期表第4、5および6族金属の炭化物粉末、窒化物粉末または炭窒化物粉末のいずれか1種と、平均粒径1.0〜3.0μmのCo粉末と平均粒径0.3〜0.8μmのNi粉末との少なくとも1種と、所望により平均粒径0.5〜10μmのMnCO粉末を混合した混合原料粉末とする。
【0045】
一方、第1の原料粉末は第2の混合原料粉末よりも焼成温度の高い組成からなり、平均粒径1.0〜2.0μm、望ましくは1.1〜1.5μmのTiCN粉末と、平均粒径0.1〜2μmの上述した他の周期表第4、5および6族金属の炭化物粉末、窒化物粉末または炭窒化物粉末のいずれか1種と、平均粒径1.0〜3.0μmのCo粉末と平均粒径0.3〜0.8μmのNi粉末との少なくとも1種と、所望により平均粒径0.5〜10μmのMnCO粉末を混合した混合原料粉末とする。
【0046】
ここで、前記第2の混合原料粉末の鉄族金属含有量が前記第1の混合原料粉末の鉄族金属含有量よりも多いか、または前記第2の混合原料粉末の平均粒径が前記第1の混合原料粉末の平均粒径よりも小さいことが望ましい。
【0047】
なお、上記第1および第2の混合原料粉末中にTiC粉末やTiN粉末を添加することもあるが、これらの原料粉末は焼成後のサーメットにおいてTiCNを構成する。
【0048】
次に、上記異なる2種類の混合原料粉末を用いて切削工具形状に成形する。成形方法の詳細について、図2、3の工程図に基づいて説明する。
【0049】
まず、プレス金型21のダイス22の中心にある貫通孔内に下パンチ23を嵌め込んで第1空隙部25を作る。下パンチ23は、中心に存在して切削工具1のネジ穴14を形成するための第1下パンチ23aと、第1下パンチ23aの外周に存在して第1サーメット2を成形するための第2下パンチ23bと、第2下パンチ23bの外周に存在して第2サーメット3を成形するための第3下パンチ23cとから構成される。上記第1空隙部25は第1サーメット2を充填して成形するための空間であり、第1下パンチ23aと第3下パンチ23cの先端はダイス22の上面と同じ高さとし、第2下パンチ23bのみが下に下がった配置として第1空隙部25が形成される。この第1空隙部25中にフィーダ27を用いて焼成時の収縮が小さい第1の混合原料粉末28を充填する(図2(a)(b)参照)。そして、第1空隙部25中に充填された第1の混合原料粉末28の上方から上パンチ24を下降させて加圧圧縮することにより、第1混合原料粉末成形体29を作製する(図2(c)参照)。このとき、上パンチ24の下降と同期させて第1下パンチ23aと第3下パンチ23cは下降させる。その後、上パンチ24を上方に後退させる(図2(d)参照)。
【0050】
次に、第1混合原料粉末成形体29の上面と第1下パンチ23aの先端面とをダイス22の上面位置に合わせるとともに第3下パンチ23cを下降させて、第2空隙部30を形成する(図3(e)参照)。それから、フィーダ27を用いて第2空隙部30に第2の混合原料粉末32を充填する(図3(f)(g)参照)。そして、第2空隙部30に充填した第2の混合原料粉末32を上方から上パンチ24を下降させるとともに下方から第3下パンチ23cを上昇させて加圧圧縮することにより、薄板状の第1混合原料粉末成形体29の外周に枠状の第2の混合原料粉末32からなる第2混合原料粉末成形体33が配置された複合成形体35を形成することができる。
【0051】
なお、本発明は上記方法に限定されるものではなく、図4,5の他の成形方法を示す工程図のように、先に枠状の第2混合原料粉末成形体33を形成した後、その内側に第1混合原料粉末成形体29を形成して複合成形体35を形成することができる。ここで、第1サーメット2の成形体(第1混合原料粉末成形体29)の充填密度を高めて、第1サーメット2および切削工具1全体の変形を防止する点では、第1サーメット2を先に成形する方法が望ましい。
【0052】
その他の成形方法としては、第1の原料粉末のみを用いてプレス成形した成形体の表面に第1の原料粉末を含むスラリーを塗布する方法も挙げられるが、切削工具の切刃における寸法精度を高めるとともに切刃における焼結体の密度を高めるためには、両粉末を積層した状態でプレス成形する方法が好適である。
【0053】
その後、上記成形体を焼成することにより、上述した所定組織のサーメットを作製することができる。具体的な焼成条件の一例としては、
(a)1050〜1250℃まで昇温し、
(b)窒素(N)等の不活性ガスを30〜2000Pa充填した雰囲気で0.1〜2℃/分の昇温速度で1300〜1450℃まで昇温し、
(c)真空雰囲気で3〜15℃/分の昇温速度で1520〜1600℃まで昇温するとともに、真空雰囲気のまま、または不活性ガスを充填した雰囲気で0.5〜2時間維持し、
(d)6〜15℃/分の冷却速度で冷却する工程にて焼成する。なお、焼成温度が1520℃より低いと、サーメット焼結体の全体として変形はしないがサーメットの表面に焼結が進行してできる複合炭窒化物固溶体である第2硬質相の存在比率が高いA領域が形成されずに、サーメット焼結体の表面における耐摩耗性が低下する。
【0054】
そして、所望により、サーメットの表面に被覆層を成膜する。被覆層の成膜方法として、イオンプレーティング法やスパッタリング法等の物理蒸着(PVD)法が好適に適応可能である。
【実施例】
【0055】
マイクロトラック法による測定で平均粒径(d50値)が2.0μmのTiCN粉末、平均粒径1.1μmで表1のC量のWC粉末、平均粒径1.5μmのTiN粉末、平均粒径2μmのTaC粉末、平均粒径1.5μmのNbC粉末、平均粒径1.8μmのZrC粉末、平均粒径1.0μmのVC粉末、平均粒径2.4μmのNi粉末、および平均粒径1.9μmのCo粉末を用いて、表1に示す割合で調製した第1の混合原料粉末をステンレス製ボールミルと超硬ボールを用いて、イソプロピルアルコール(IPA)を添加して湿式混合し、パラフィンを3質量%添加、混合した後、スプレードライヤにて顆粒とした。
【0056】
同様に、上記原料粉末を用いて表1に示す第2の混合原料粉末を調製し、バインダを混合して、スプレードライヤにて第2の混合原料粉末の顆粒を作製した。
【0057】
そして、この成形用の混合原料粉末を用いて、図2、3の方法で、最後に上パンチを降下させて200MPaの圧力で加圧してSEKR1203AFEN(チップ厚み3.18mm)の工具形状にプレス成形した。
【0058】
さらに、この成形体を焼成炉に投入して、(a)10℃/分の昇温速度で1200℃まで昇温し、(b)窒素(N)を1000Pa充填した雰囲気で0.5℃/分の昇温速度で1400℃まで昇温し、(c)真空雰囲気で7℃/分の昇温速度で表2に示す温度まで昇温するとともに、その状態で1時間維持し、(d)10℃/分の冷却速度で冷却する工程にて焼成する焼成条件で焼成した。
【0059】
【表1】

【0060】
得られたサーメットについて、走査型電子顕微鏡(SEM)観察を行い、10000倍の写真にて、表面および内部のそれぞれ任意5箇所について市販の画像解析ソフトを用いて8μm×8μmの領域で画像解析を行い、硬質相の存在状態、表面領域の存在を確認するとともにこれらの面積比率を算出した。結果は表2に示した。
【0061】
【表2】

【0062】
次に、得られたサーメット製の切削工具を用いて以下の切削条件にて切削試験を行った。また、金属顕微鏡を用いてサーメットの側面(逃げ面)形状をトレースし、側面の中央部における膨らみ量を算出した。結果は表3に併記した。
被削材:S45C
切削速度:180m/分
送り:0.15 mm/刃
切込み:1.5mm
切削状態:湿式(水溶性切削液使用)
評価方法:摩耗量が0.2mmに達するまでの時間
【0063】
【表3】

【0064】
表1〜3より、第1サーメットの結合相量が第2サーメットの結合相量が多い試料No.5では、焼結体の変形量が大きくて工具本体への装着にがたつきが発生した。また、第2サーメットの結合相量が第1サーメットの結合相量よりも少ない試料No.6では、切削加工中にチッピングが発生した。さらに、焼成温度が1520℃よりも低く表面の固溶体の存在割合が内部と同じ試料No.7では、切削評価において摩耗量が大きいものであった。さらには、第1サーメットが過焼結した試料No.8では変形量が大きくなった。
【0065】
これに対し、本発明の範囲内の組織となったサーメットからなる試料No.1〜4では、優れた耐摩耗性を発揮するとともに耐欠損性も良好であり、工具寿命が長いものであった。
【符号の説明】
【0066】
1 切削工具
2 第1サーメット
3 第2サーメット
3X 第2サーメットの表面領域
3Y 第2サーメットの基体側領域
7 切刃
8 すくい面
9 逃げ面
10 内部
11 A領域
12 B領域
13 C領域
14 ネジ穴
21 プレス金型
22 ダイス
23下パンチ
23a 第1下パンチ
23b 第2下パンチ
23c 第3下パンチ
24 上パンチ
25 第1空隙部
27 フィーダ
28 第1の混合原料粉末
29 第1混合原料粉末成形体
30 第2空隙部
32 第2の混合原料粉末
33 第2混合原料粉末成形体
35 複合成形体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1サーメットと、該第1サーメットの外周に配置される第2サーメットとの複合構造からなり、
前記第1サーメットおよび前記第2サーメットは、周期表第4、5および6族金属のうちの1種以上の炭化物、窒化物、炭窒化物およびこれらの固溶体の中から選ばれた1種以上からなる硬質相と、主として鉄族金属からなる結合相とから構成され、前記硬質相は、TiCNを主成分とする第1硬質相と、周期表第4、5および6族金属の少なくとも1種とTiとの複合炭窒化物固溶体の第2硬質相とからなり、
前記第2サーメットは前記第1サーメットよりも前記第2硬質相の存在割合が多く、前記第1サーメットは前記第2サーメットよりも前記結合相の存在割合が少ないサーメット焼結体。
【請求項2】
前記第2サーメットの厚みは0.5〜2mmである請求項1記載のサーメット焼結体。
【請求項3】
前記第2サーメットには、表面側に、前記第2硬質相の存在割合が多く、かつ前記結合相の存在割合が少ない表面領域が存在する請求項1または2記載のサーメット焼結体。
【請求項4】
前記第1サーメットの硬度が前記第2サーメットの硬度より高く、かつ前記第2サーメットの前記表面領域の硬度が前記第2サーメットの前記第1サーメット側の硬度よりも高い請求項3記載のサーメット焼結体。
【請求項5】
前記第1サーメットにおける前記硬質相の平均粒径が前記第2サーメットにおける前記硬質相の平均粒径より大きく、かつ前記第2サーメットの前記表面領域における前記硬質相の平均粒径が前記第2サーメットの前記第1サーメット側における前記硬質相の平均粒径よりも大きい請求項3または4記載のサーメット焼結体。
【請求項6】
前記第1サーメットと前記第2サーメットとの境界に界面が存在し、かつ前記第2サーメットの前記表面領域と前記第1サーメット側の領域との境界には界面が存在しない請求項3乃至5のいずれか記載のサーメット焼結体。
【請求項7】
周期表第4、5および6族金属のうちの1種以上の炭化物、窒化物、炭窒化物およびこれらの固溶体の中から選ばれた1種以上からなる硬質相と、主として鉄族金属からなる結合相との焼結体から構成され、前記硬質相は、TiCNを主成分とする第1硬質相と、周期表第4、5および6族金属の少なくとも1種とTiとの複合炭窒化物固溶体の第2硬質相とからなり、
切刃を含む逃げ面およびその近傍領域をA領域とし、該A領域以外の領域である前記焼結体の内部およびすくい面の中央部位をB領域としたとき、前記A領域では前記B領域よりも前記第2硬質相の存在割合が多く、前記B領域では前記A領域よりも前記結合相の存在割合が少ない切削工具。
【請求項8】
断面組織観察にて、前記A領域における前記第1硬質相の面積比率をS1A、前記第2硬質相の面積比率をS2Aとし、前記B領域における前記第1硬質相の面積比率をS1B、前記第2硬質相の面積比率をS2Bとしたとき、前記S1Aと前記S2Aとの比率(S2A/S1A)が2〜8であり、前記S1Bと前記S2Bとの比率(S2B/S1B)が0.5〜1.5である請求項7記載の切削工具。
【請求項9】
前記A領域は前記逃げ面から5〜100μmの厚みで存在する請求項7または8記載の切削工具。
【請求項10】
前記A領域と前記B領域との間に、前記B領域よりも前記第2硬質相の存在割合が少なく、かつ前記A領域よりも前記結合相の存在割合が多いC領域が存在する請求項7または8記載の切削工具。
【請求項11】
前記A領域の硬度が前記C領域の硬度よりも高く、かつ前記B領域の硬度が前記C領域の硬度よりも高い請求項10記載の切削工具。
【請求項12】
前記A領域における前記硬質相の平均粒径が前記C領域における前記硬質相の平均粒径よりも大きく、かつ前記B領域における前記硬質相の平均粒径が前記C領域における前記硬質相の平均粒径よりも大きい請求項10または11記載の切削工具。
【請求項13】
前記A領域と前記C領域との境界に界面が存在せず、かつ前記B領域と前記C領域との境界には界面が存在する請求項10乃至12のいずれか記載の切削工具。
【請求項14】
異なる2種類の混合原料粉末を調製する工程と、
成形金型の空洞部分の中央部に焼成時の収縮が小さい第1の混合原料粉末を充填して圧縮することにより、該第1の混合原料粉末からなる第1の粉末成形体を作製する工程と、前記成形金型の前記第1の粉末成形体の外周部に空隙を設けて、該空隙に前記第1の混合原料粉末よりも焼成時の収縮が大きい第2の混合原料粉末を充填して再度圧縮することにより、前記第1の混合原料粉末の外周部に前記第2の混合原料粉末が配置された複合成形体を作製する工程と、
該複合成形体を焼成する工程とを具備するサーメット焼結体の製造方法。
【請求項15】
異なる2種類の混合原料粉末を調製する工程と、
成形金型の空洞部分の外周部に焼成時の収縮が大きい第2の混合原料粉末を充填して圧縮することにより、該第2の混合原料粉末からなる第2の粉末成形体を作製する工程と、前記成形金型の前記第2の粉末成形体の内側に空隙を設けて、該空隙に前記第2の混合原料粉末よりも焼成時の収縮が小さい第1の混合原料粉末を充填して再度圧縮することにより、前記第1の混合原料粉末の外周部に前記第2の混合原料粉末が配置された複合成形体を作製する工程と、
該複合成形体を焼成する工程とを具備するサーメット焼結体の製造方法。
【請求項16】
前記第1の混合原料粉末の鉄族金属含有量を前記第2の混合原料粉末の鉄族金属含有量よりも多くする請求項14または15記載のサーメット焼結体の製造方法。
【請求項17】
前記第1の混合原料粉末の平均粒径を前記第2の混合原料粉末の平均粒径よりも小さくする請求項14乃至16のいずれか記載のサーメット焼結体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−45954(P2011−45954A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−196352(P2009−196352)
【出願日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】