説明

スチールコード−ゴム複合体

【課題】本発明は、被覆ゴムとスチールコードとの初期接着性、耐熱接着性及びトリート放置後の接着性、並びに被覆ゴムの耐久性に優れたゴム物品、更にはスチールコード−ゴム複合体補強用スチールワイヤの製造方法を提供する。
【解決手段】本発明のスチールコード−ゴム複合体は、スチールコード−ゴム複合体表面におけるZn及びCuを除く遷移金属の濃度が0.01質量%以上、リン濃度が2.5質量%以下、及び亜鉛濃度が15質量%以下であるブラスめっきを周面に施したスチールワイヤを複数本撚り合せてなるスチールコードを、ゴム成分100質量部に対してホウ素含有化合物を0.5〜5質量部配合してなるゴム組成物を用いた被覆ゴムで被覆してなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スチールコード−ゴム複合体、詳しくは被覆ゴムとスチールコードとの初期接着性、耐熱接着性及びトリート放置後の接着性並びに被覆ゴムの耐久性に優れたスチールコード−ゴム複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用タイヤ、コンベアベルト、ホース等、特に強度が要求されるゴム物品には、ゴムを補強して強度及び耐久性を向上させる目的で、スチールコード等の金属補強材を被覆ゴムで被覆したスチールコード−ゴム複合体が用いられている。ここで、かかるスチールコード−ゴム複合体が高い補強効果を発揮し、信頼性を得るためには、該被覆ゴムと金属補強材との間に安定且つ強力な接着が必要である。
【0003】
被覆ゴムと金属補強材との間に安定且つ強力な接着性を有するスチールコード−ゴム複合体を得るため、亜鉛、真鍮等でめっきされたスチールコード等の金属補強材を硫黄を配合した被覆ゴムに埋設し、加熱加硫時にゴムの加硫と同時にこれらを接着させる、いわゆる直接加硫接着が広く用いられている。これまで、該直接加硫接着による前記被覆ゴムと金属補強材との間の接着性向上のため、該直接加硫接着に関する様々な検討が行われている。
【0004】
例えば、使用するスチールワイヤ及びスチールコードの表面を酸性或いはアルカリ性の溶液で洗浄し、接着反応阻害剤であるリン化合物(スチールコード製造時使用の潤滑剤由来)を除去することで被覆ゴムとの接着性を向上させる技術が知られている(特許文献1)。
【0005】
しかしながら、前記溶液は酸性又はアルカリ性の溶液であり環境上好ましくない。更に、製造プロセスを考慮すれば、中性領域の溶液で処理する方法が安全上好ましい。
【0006】
また、ブラスめっきしたスチールワイヤを湿式伸線して製造された複数本のフィラメントを撚り合わせてなるスチールコード−ゴム複合体補強用スチールコードの製造方法において、スチールワイヤ伸線時に使用する湿式潤滑剤中に、スチールコードと被覆ゴムの接着改良剤として考えられているレゾルシンを添加することにより、フィラメント表面にレゾルシンを付着させる方法が開示されている(特許文献2)。しかしながら、該スチールフィラメント伸線時の発熱によりレゾルシンが変質してしまうため、結果としてスチールコードと被覆ゴムとの接着耐久性の向上が十分ではない。
【0007】
一方、一般にタイヤ等に用いられている直接加硫接着における被覆ゴムと金属補強剤との初期接着性を向上させるために、被覆ゴムに接着プロモーターであるコバルト塩を配合したゴム組成物を用いることが公知になっている。しかしながら、コバルト塩を配合したゴム組成物からなる被覆ゴムの場合、コバルト塩を配合していないゴム組成物からなる被覆ゴムに較べて、被覆ゴムの劣化及び亀裂成長性等に対する耐久性に大きなデメリットがある。
【0008】
【特許文献1】特開2001−234371号公報
【特許文献2】特開2004−66298号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
一方、本発明者はスチールワイヤの前処理技術について検討したところ、ブラスめっきを施したスチールワイヤを遷移金属塩を含む水溶液で処理し、その後に該スチールワイヤを複数本撚り合せてなるスチールコードは、被覆ゴムとの初期接着性が改善することを見出したが、スチールコードと被覆ゴムとの更なる接着性の向上が望まれている。
【0010】
そこで、本発明は被覆ゴムとスチールコードとの初期接着性、耐熱接着性及びトリート放置後の接着性、並びに被覆ゴムの耐久性に優れたスチールコード−ゴム複合体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、特定のブラスめっきを施したスチールワイヤを複数本撚り合せてなるスチールコードを、ホウ素含有化合物を配合した被覆ゴム用ゴム組成物で被覆することによって、被覆ゴムとスチールコードとの初期接着性、耐熱接着性及びトリート放置後の接着性を向上させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明のスチールコード−ゴム複合体は、表面におけるZn及びCuを除く遷移金属の濃度が0.01質量%以上、リン濃度が2.5質量%以下、及び亜鉛濃度が15質量%以下であるブラスめっきを周面に施したスチールワイヤを複数本撚り合せてなるスチールコードを、ゴム成分100質量部に対してホウ素含有化合物を0.5〜5質量部配合してなるゴム組成物を用いた被覆ゴムで被覆してなる。
【0013】
また、本発明のスチールコード−ゴム複合体においては、前記被覆ゴムに用いるゴム組成物が、更に硫黄をゴム成分100質量部に対し1〜10質量部含むことが好ましい。
【0014】
本発明のスチールコード−ゴム複合体の好適例おいては、前記被覆ゴムに用いるゴム組成物がコバルトを含まない。
【0015】
本発明のタイヤは、前記スチールコード−ゴム複合体を補強材に適用することが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、被覆ゴムとスチールコードとの初期接着性、耐熱接着性及びトリート放置後の接着性、並びに被覆ゴムの耐久性に優れたスチールコード−ゴム複合体を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明のスチールコード−ゴム複合体は、表面におけるZn及びCuを除く遷移金属の濃度が0.01質量%以上、リン濃度が2.5質量%以下、及び亜鉛濃度が15質量%以下であるブラスめっきを周面に施したスチールワイヤを複数本撚り合せてなるスチールコードを、ゴム成分100質量部に対してホウ素含有化合物を0.5〜5質量部配合してなるゴム組成物を用いた被覆ゴムで被覆してなる。スチールコードと被覆ゴムとの初期接着性を向上させる目的でスチールワイヤ又はスチールコードの表面を遷移金属塩を含む水溶液にて洗浄すると、スチールワイヤ又はスチールコードの表面のブラスめっき層が薄くなり、その結果、スチールコード表面が錆びやすくなるが、該スチールコードを防錆効果を有するホウ素含有化合物を配合した被覆ゴム用ゴム組成物でスチールコードを被覆することにより、スチールコード表面に発生する錆を抑制できる。従って、かかる被覆ゴムを用いてなるスチールコード−ゴム複合体は、スチールコード表面に発生する錆によるスチールコードと被覆ゴムとの接着耐久性、耐熱接着性及びトリート放置後の接着性の低下を抑制できる。ここで、前記ゴム組成物に対するホウ素含有化合物の配合量はゴム成分100質量部に対して0.5質量部未満であるとスチールコードの防錆に対して十分な効果を発揮できず、5質量部を超えると効果が飽和するため経済的ではない。また、前記ゴム組成物に対するホウ素含有化合物の配合量はゴム成分100質量部に対して1〜4質量部が好ましく、2〜3質量部が更に好ましい。
【0018】
本発明のスチールコード−ゴム複合体の被覆ゴムに用いるゴム組成物に配合するホウ素含有化合物としては、ホウ素を含有するかぎり特に限定されるものではないが、ホウ酸、ホウ酸アンモニウム、ホウ酸亜鉛及びテトラフルオロホウ酸が挙げられ、ホウ酸が好ましい。これらは一種単独で用いても、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0019】
また、本発明のスチールコード−ゴム複合体においては、前記被覆ゴムに用いるゴム組成物が、更に硫黄をゴム成分100質量部に対し1〜10質量部含むことが好ましく、2〜8質量部含むことが更に好ましく、4〜6質量部含むことがより一層好ましい。ここで、被覆ゴムの硫黄含有量がゴム成分100質量部に対して1質量部未満であると初期接着性等に対する十分な効果が期待できない場合があり、また、10質量部を超えるとゴム物性が低下する場合がある。
【0020】
また、本発明のスチールコード−ゴム複合体においては、前記被覆ゴムに用いるゴム組成物がコバルトを含まないことが好適である。コバルトを含まないゴム組成物を用いた被覆ゴムは、コバルトを含むゴム組成物を用いた被覆ゴムに較べて、熱、湿度及び酸素による劣化や亀裂成長性が抑制されるため、耐久性向上を図ることができる。
【0021】
本発明のスチールコード−ゴム複合体の被覆ゴム用ゴム組成物には、ゴム成分として、特に限定されないが、例えば、天然ゴム、ポリブタジエンゴム、ポリイソプレンゴム、エチレン−プロピレン共重合体、イソブチレン−イソプレン共重合体、ポリクロロプレン等のジエン系ゴムを配合してもよい。これらは単独で配合してもよく、二種以上を組み合わせて配合してもよい。
【0022】
本発明のスチールコード−ゴム複合体の被覆ゴムに用いるゴム組成物には、ゴム成分及びホウ素含有化合物の他、樹脂、カーボンブラック、プロセスオイル等の油分、加硫剤、加硫促進剤、老化防止剤、軟化剤、酸化亜鉛、及びステアリン酸等のゴム業界で通常使用される添加剤を、本発明の目的を害しない範囲内で適宜選択して配合できる。
【0023】
本発明のスチールコード−ゴム複合体に使用するゴム組成物は、ゴム成分にホウ素含有化合物を配合し、必要に応じて上記成分を加えて、常法により混練り、熱入れ及び押し出しすることにより製造することができる。
【0024】
本発明のスチールコード−ゴム複合体に使用するスチールコードの製造においては、スチールワイヤの周面に、表面におけるZn及びCuを除く遷移金属の濃度が0.01質量%以上、リン濃度が2.5質量%以下、及び亜鉛濃度が15質量%以下であるブラスめっきを施し、次いで伸線加工を施し、該スチールワイヤの表面を遷移金属塩を含む水溶液で洗浄した後に複数本撚り合せるか、又は該スチールワイヤを複数本撚り合せてスチールコードとした後に該スチールコードの表面を遷移金属塩を含む水溶液で洗浄する。このように、ブラスめっきを施したスチールワイヤ、又はブラスめっきを施したスチールワイヤを撚り合わせてなるスチールコードの表面を、遷移金属塩、特にコバルト塩を含む水溶液で洗浄すると、スチールワイヤ又はスチールコードの表面が経時的に酸化されて生成し、被覆ゴムとの接着を阻害するZnO層が溶解してCu/Zn層が露出する。そのため、スチールコード−ゴム複合体の加硫時に該Cu/Zn層からCuが引き出されて被覆ゴム中に形成される硫化銅(CuS、xは1又は2)によって、前記スチールコードと被覆ゴムとの初期接着性を向上させることができる。それ故、スチールコードを被覆する被覆ゴム中に、上記のように被覆ゴムの耐久性を低下させる原因になるコバルト等の遷移金属塩を被覆ゴムに添加しなくても、被覆ゴムとスチールコードとの初期接着性を改善することが可能になる。
【0025】
本発明において、表面とは、スチールワイヤ半径方向内側に10(nm)の深さまでの表層領域である。
【0026】
本発明において、遷移金属とは周期律表の第4周期のスカンジウム(Sc)から亜鉛まで、第5周期のイットリウム(Y)からカドミウム(Cd)まで、及び第6周期のルテチウム(Lu)から水銀(Hg)までの金属元素を指す。
【0027】
また、本発明のスチールコード−ゴム複合体補強用スチールコードの製造において、前記遷移金属塩としては、被覆ゴムとめっきしたスチールコードとの接着プロモーターとして働くコバルト塩が好ましい。また、該コバルト塩としては、塩化コバルト、硝酸コバルト、硫酸コバルト、酢酸コバルト、クエン酸コバルト、グルコン酸コバルト又はコバルトアセチルアセトナートが好適である。
【0028】
前記洗浄に用いる水溶液のpHは5〜8が好ましい。該水溶液のpHは、これ以上でも以下でもめっきに悪影響を及ぼすため、スチールコードと被覆ゴムとの接着性が低下する。更に、環境負荷の観点からも、前記洗浄に用いる水溶液のpHは5〜8の中性領域の範囲が好ましい。洗浄条件は、例えば、酢酸コバルト含有水溶液の場合、10g/Lの濃度で洗浄時間は30〜60秒が好ましく、該洗浄時間は水溶液の濃度に応じて適宜決定できる。
【0029】
本発明のスチールコード−ゴム複合体は、特に限定されるものではないが、タイヤ、動伝達ベルト、コンベアベルト及びホース等の各種ゴム製品や部品類の製造に広く使用することができる。
【0030】
本発明のタイヤは、補強材として本発明のスチールコード−ゴム複合体を適用したことを特徴とする。また、本発明のタイヤは、前記本発明のスチールコード−ゴム複合体を用いること以外は、特に限定はなく、公知のタイヤの構成をそのまま採用することができる。
【実施例】
【0031】
以下に、実施例、比較例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【0032】
(実施例1、比較例1)
黄銅めっき(Cu:63質量%、Zn:37質量%)スチールワイヤを撚り合わせて、1×5構造のスチールコードを作製し、次いで、このスチールコードを10g/L酢酸コバルト水溶液(pH 6.0)で30秒間洗浄し、50℃で1分間乾燥させた。該スチールコードを平行に並べ、上下両方向から各ゴム組成物でコーティングし、表1記載の条件で加硫してサンプルを作製した。該サンプルについて、以下の方法で初期接着性、劣化物性及び亀裂成長性を評価した。なお、この洗浄処理を終了したスチールワイヤのめっき表面の組成をX線光電子分光(X−ray photoelectron Spectroscopy:XPS)にて調査したところ、コバルト濃度は0.5質量%、リン濃度は1.0質量%、亜鉛濃度は5.0質量%であった。
【0033】
(比較例2、3)
黄銅めっき(Cu:63質量%、Zn:37質量%)スチールワイヤを撚り合わせて、1×5構造のスチールコードを作製し、該コードを平行に並べ、上下両方向から表1記載のゴム組成物を用いた被覆ゴムで被覆し、表1記載の条件で加硫してサンプルを作製した。該サンプルについて、以下の方法で初期接着性、劣化物性及び亀裂成長性を評価した。なお、このスチールワイヤのめっき表面の組成をX線光電子分光にて調査したところ、コバルト濃度は0質量%、リン濃度は3.0質量%、亜鉛濃度は20.0質量%であった。
【0034】
(初期接着性の評価方法)
耐熱接着性(ゴム被覆率)は各サンプルを160℃で30分加硫し、100℃で15日間放置した後に、ASTM−D−2229に準拠して、各サンプルからスチールコードを引き抜き、ゴムの被覆状態を目視で観察し、0〜100%で表示し、各接着性の指標とした。
【0035】
(ゴムの劣化物性の評価方法)
ゴムの劣化物性の評価については、未加硫ゴムを160℃で20分加硫後、100℃で2日間(熱劣化条件)、又は70℃、湿度100%で4日間(湿熱劣化条件)で劣化させた後に、JIS K6251に準拠して引張試験を行うことによってEb(切断時伸び(%))及びTb(引張強さ(MPa))を測定し、TF(タフネス:Eb×Tb)を求めた。
【0036】
(ゴムの亀裂成長性の評価方法)
亀裂成長性の評価は、各サンプルについて上島製疲労試験機を用いて定応力疲労試験を行い、破断するまでの回数を測定した。該回数が多いほど耐亀裂成長性に優れることを示す。
【0037】
【表1】

【0038】
*1 大内新興化学工業(株)製、ノクラック6C、N−フェニル−N’−(1,3−ジメチルブチル)−p−フェニレンジアミン
*2 大内新興化学工業(株)製、ノクセラーDZ、N,N’−ジシクロヘキシル−2−ベンゾチアゾリルスルフェンアミド
*3 OMG製、マノボンドC22.5、コバルト含有量22.5質量%
*4 東京化成工業(株)製
【0039】
表1の結果から分かるように、ホウ素含有化合物を配合したゴム組成物を用いた被覆ゴムでスチールコードを被覆した実施例1は、ホウ素含有化合物を配合していないゴム組成物を用いた被覆ゴムでスチールコードを被覆した比較例1〜3に較べて、初期接着性、耐熱接着性、熱劣化後のTF、湿熱劣化後のTF及び耐亀裂成長性とも著しく向上していることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面におけるZn及びCuを除く遷移金属の濃度が0.01質量%以上、リン濃度が2.5質量%以下、及び亜鉛濃度が15質量%以下であるブラスめっきを周面に施したスチールワイヤを複数本撚り合せてなるスチールコードを、ゴム成分100質量部に対してホウ素含有化合物を0.5〜5質量部配合してなるゴム組成物を用いた被覆ゴムで被覆してなるスチールコード−ゴム複合体。
【請求項2】
前記被覆ゴムに用いるゴム組成物が、更に硫黄をゴム成分100質量部に対し1〜10質量部含むことを特徴とする請求項1に記載のスチールコード−ゴム複合体。
【請求項3】
前記被覆ゴムに用いるゴム組成物がコバルトを含まないことを特徴とする請求項1に記載のスチールコード−ゴム複合体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のスチールコード−ゴム複合体を補強材に適用したタイヤ。

【公開番号】特開2009−215673(P2009−215673A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−59956(P2008−59956)
【出願日】平成20年3月10日(2008.3.10)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】