説明

スチールワイヤ材

【課題】長期間にわたり伸線加工性の向上効果を維持することができ、かつ、湿式伸線時の消費電力を低減させることができるスチールワイヤ材を提供する。
【解決手段】スチールワイヤ製造工程における湿式伸線に供する、表面に合金めっき層を有するスチールワイヤ材である。合金めっき層上の金属酸化物が20mg/m以下であり、かつ、スチールワイヤ材がトリアゾール化合物を含む水溶液により表面処理されている。スチールワイヤ材は0.2〜1.0mol/Lのリン酸水溶液で表面処理をされた後、トリアゾール化合物を含む水溶液で表面処理されたものであることが好ましい。また、リン酸水溶液による表面処理時間は0.5〜10秒であることが好ましい。さらに、合金めっき層はブラスめっき層であることが好ましい。さらにまた、トリアゾール化合物はベンゾトリアゾールまたはトリルトリアゾールであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スチールワイヤ材に関し、詳しくは、長期間にわたり伸線加工性の向上効果を維持することができ、かつ、湿式伸線時の消費電力を低減させることができるスチールワイヤ材に関する。
【背景技術】
【0002】
ゴム物品、特に、その典型例であるタイヤの補強に用いられるスチールコードは、スチールワイヤの複数本を撚り合わせることにより製造される。また、スチールコードのゴムとの接着性を向上させるために、その材料であるスチールワイヤにはブラスめっきが施される。ブラスめっき方法としては、銅と亜鉛をそれぞれ単独でめっきした後、熱拡散によりブラス合金化する拡散めっき法が広く採用されている。
【0003】
この熱拡散の際に、ブラスめっき表面に酸化亜鉛(ZnO)が生成することが知られている。ZnOがブラスめっき表面に存在すると、スチールコードとゴムとの接着性が十分に得られなかったり、また、ブラスめっき後の湿式伸線工程において、伸線加工性が阻害され、スチールワイヤの特性劣化の原因となったり、問題を有していた。
【0004】
このような問題に対して、例えば、特許文献1には、スチールコードとゴムとの接着性を向上させるために、湿式伸線に供する前に酸処理を施し、スチールワイヤ材表面のZnOを除去する技術が開示されている。また、特許文献2には、湿式伸線における伸線加工性を向上させるために、銅めっきおよび亜鉛めっき後の熱拡散温度を制御して、スチールワイヤ材表面に生成するZnO量を制御する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭53−106853号公報
【特許文献2】特開平5−255833号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1記載の技術は、スチールコードとゴムとの接着性に着目したものであり、伸線加工性については、検討がなされていなかった。また、特許文献2記載の技術では、スチールワイヤ材表面のZnOを十分に除去できない場合があり、やはり、伸線加工性について、検討がなされていなかった。さらに、特許文献1および2のいずれも、スチールワイヤ材の保管時に生じるブラス表面の経時変化に伴う、伸線加工性への影響が考慮されておらず、湿式伸線時の消費電力の低減の観点から、これらにつき、改善の余地が残されていた。
【0007】
そこで、本発明の目的は、長期間にわたり伸線加工性の向上効果を維持することができ、かつ、湿式伸線時の消費電力を低減させることができるスチールワイヤ材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解消するために、スチールワイヤを製造する際の湿式伸線加工に供するスチールワイヤ材につき鋭意検討した結果、下記構成とすることにより、上記課題を解消することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明のスチールワイヤ材は、スチールワイヤ製造工程における湿式伸線に供する、表面に合金めっき層を有するスチールワイヤ材において、
前記合金めっき層上の金属酸化物が20mg/m以下であり、かつ、前記スチールワイヤ材がトリアゾール化合物を含む水溶液により表面処理されたことを特徴とするものである。
【0010】
本発明においては、スチールワイヤ材は、0.2〜1.0mol/Lのリン酸水溶液で表面処理をされた後、トリアゾール化合物を含む水溶液で表面処理されたものであることが好ましく、また、前記リン酸水溶液による表面処理時間は0.5〜10秒であることが好ましく、さらに、前記合金めっきはブラスめっきであることが好ましく、さらにまた、前記トリアゾール化合物は、ベンゾトリアゾールまたはトリルトリアゾールであることが好ましい。
【0011】
また、本発明のスチールワイヤは、本発明のスチールワイヤ材に湿式伸線加工を施して得られたことを特徴とするものである。
【0012】
さらに、本発明のスチールコードは、本発明のスチールワイヤの複数本が撚り合わされてなることを特徴とするものである。
【0013】
さらにまた、本発明の空気入りタイヤは、一対のビード部間でトロイド状に延びるカーカスを骨格とし、該カーカスのクラウン部径方向外側にベルトを備える空気入りタイヤにおいて、
前記カーカスおよびベルトの少なくとも一方に、本発明のスチールワイヤまたは本発明のスチールコードを用いたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、長期間にわたり伸線加工性の向上効果を維持することができ、かつ、湿式伸線時の消費電力を低減させることができるスチールワイヤ材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施の形態について、詳細に説明する。
スチールワイヤは、通常、原材料である金属線材を乾式伸線にて所定の線径まで伸線し、その後、熱処理工程およびめっき工程を経て、最終的に湿式伸線により、所望の線径まで伸線加工を施すことにより製造される。
【0016】
本発明のスチールワイヤ材は、湿式伸線に供する、表面に合金めっき層を有するスチールワイヤ材であって、合金めっき層上の金属酸化物が20mg/m、好適には15mg/m以下であり、かつ、スチールワイヤ材がトリアゾール化合物を含む水溶液により表面処理されていることが重要である。これにより、長期間にわたり優れた伸線加工性を維持することができ、同時に、湿式伸線時の消費電力を低減させることができるスチールワイヤ材を得ることが可能となる。
【0017】
上述のとおり、めっき工程には、熱拡散工程が含まれているため、スチールワイヤ材の表面に金属酸化物が生じる。金属酸化物は、めっきよりも硬度が高いため、表面に金属酸化物を有するスチールワイヤ材を湿式伸線に供した場合、大きな力が必要となり、消費電力が大きくなってしまう。また、金属酸化物が湿式伸線機のダイスにダメージを与えることになる。しかしながら、本発明のスチールワイヤ材は、その表面の金属酸化物量が20mg/m以下と微量であるため、伸線加工性を確保しつつ、消費電力を抑えることができる。また、電力使用量を低減させることができるため、CO排出量も減らすことができ、環境負荷低減という効果も有している。さらに、ダイスに与えるダメージを低減することができるため、ダイスの寿命を延ばすという効果も得られる。
【0018】
スチールワイヤ材表面の金属酸化物を20mg/m以下とするには、酸性水溶液を用いてスチールワイヤ材表面を洗浄する方法が、簡便で好ましい。本発明においては、酸性水溶液として、合金と金属酸化物の選択溶解性が高い、リン酸溶液を好適に用いることができる。この際、リン酸水溶液の濃度は、好適には0.2〜1.0mol/Lである。リン酸溶液の濃度が0.2mol/L未満であると、処理時間を長くしなければならなくなり、作業性の観点から好ましくない。一方、リン酸水溶液の濃度が1.0mol/Lを超えると、コストが上昇し、やはり、好ましくない。より好適には0.2〜0.6mol/Lである。また、酸性水溶液による処理時間は0.5〜10秒程度とすることができるが、ZnOを十分に除去することおよび作業性を考慮すると、1〜5秒程度が好ましい。
【0019】
本発明のスチールワイヤ材は、その表面を酸性水溶液で処理しているため、処理直後の表面の金属酸化物の付着量は微量である。しかしながら、時間の経過とともに、スチールワイヤ材の表面が再度酸化され、金属酸化物量が再び増加する。そこで、本発明においては、スチールワイヤ材の表面を、酸性水溶液で処理した後、トリアゾール化合物を含む水溶液で処理している。トリアゾール化合物は防錆作用を有しているため、スチールワイヤ材の表面の再酸化を防止し、スチールワイヤ材の伸線加工性の向上効果を長期維持することができる。
【0020】
トリアゾール化合物としては、ベンゾトリアゾール(BTA)やトリルトリアゾール(TTA)などを好適に使用することができる。トリアゾール化合物を含む水溶液の濃度は使用するトリアゾール化合物種にもよるが、0.1〜5g/Lであることが好ましい。また、処理時間は、トリアゾール化合物を含む水溶液の濃度が0.1g/Lであっても、2秒程度で十分である。
【0021】
また、本発明においては、合金めっきとしてはブラスめっきが好ましいが、これに限定されるものではない。例えば、銅、亜鉛以外に、さらにニッケルやコバルト、スズ等を添加した3元系の合金であってもよい。なお、上記処理をブラスめっきに適用する場合、ブラスめっき組成は、特に限定されないが、銅が55〜65質量%、亜鉛が35〜45質量%であることが好ましい。
【0022】
なお、本発明のスチールワイヤ材に用いる原材料の金属線材の線径や材質等については、特に制限されるものではなく、公知のものであればいずれも使用可能である。
【0023】
次に、本発明のスチールワイヤおよびスチールコードについて説明する。
本発明のスチールワイヤは、本発明のスチールワイヤ材に湿式伸線加工を施して得られたものである。また、本発明のスチールコードは、本発明のスチールワイヤの複数本の撚り合わせからなるものである。本発明のスチールワイヤおよびスチールコードはタイヤや工業用ベルト等のゴム物品の補強材として好適である。なお、本発明のスチールコードを撚りコードとする場合の撚り構造については、用途に応じ適宜決定することができ、特に制限されるものではない。
【0024】
また、本発明の空気入りタイヤは、一対のビード部間でトロイド状に延びるカーカスを骨格とし、該カーカスの半径方向外側にベルトを備える空気入りタイヤにおいて、本発明のスチールワイヤまたはスチールコードを、カーカスおよびベルトのうち少なくとも一方の補強材として用いたものである。本発明のスチールワイヤおよびスチールコードは、ゴムとの接着性に優れているため、これらをカーカスやベルトの補強材として用いることにより、空気入りタイヤの耐久性を向上させることができる。
【0025】
なお、本発明の空気入りタイヤは、カーカスおよびベルトのうち少なくとも一方の補強材として、本発明のスチールワイヤおよびスチールコードを用いたものであり、その他の構造および材料については特に制限されるべきものではなく、既知の構造および材料を適宜採用することができる。
【0026】
例えば、空気入りタイヤの最内層には通常インナーライナーが配置され、トレッド表面には、適宜トレッドパターンが形成される。また、本発明の空気入りタイヤにおいて、タイヤ内に充填する気体としては、通常のあるいは酸素分圧を変えた空気、または、窒素等の不活性ガスを用いることができる。
【実施例】
【0027】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明する。
(実施例1〜6および比較例1〜3)
<スチールワイヤ材の作製>
Cu:63質量%、Zn:37質量%の組成を有するブラスめっきが施された直径1.72mmのスチールワイヤ材に、下記表1および2に示す濃度のリン酸水溶液にて同表に示す時間表面処理を施した。その後、同表に示す濃度のBTAを含む水溶液を用い、同表に示す時間表面処理を施し、評価用スチールワイヤ材を作製した。
【0028】
<初期表面ZnO量、初期伸線消費電力および初期伸線ダイス寿命>
得られた評価用スチールワイヤ材を湿式伸線に供し、0.30mmのスチールワイヤを作製した。その際、消費電力量(初期伸線消費電力)およびダイスが摩耗するまでの時間(初期伸線ダイス寿命)を測定した。また、評価用スチールワイヤ材の一部を取り出し、ブラスめっき表面に付着したZnO量を測定した(初期表面ZnO量)。
【0029】
<放置後表面ZnO量、放置後伸線消費電力量および放置後伸線ダイス寿命>
上記手順で得られた評価用スチールワイヤ材を30日間放置した後、湿式伸線に供し、0.30mmのスチールワイヤを作製した。その際、消費電力量(放置後伸線消費電力)およびダイスが摩耗するまでの時間(放置後伸線ダイス寿命)を測定した。また、放置後のスチールワイヤ材の一部を取り出し、ブラスめっき表面に付着したZnO量を測定した(放置後表面ZnO量)。
【0030】
上記手順にて得られた初期伸線電力量および放置後伸線電力量を、比較例1の放置後伸線電力を100とする指数にて、表1および2に併記する。この値が小さいほど、湿式伸線に必要な電力が小さく製造コストに優れ、かつ、環境負荷低減に寄与していることを意味している。また、初期ダイス寿命および放置後ダイス寿命を、比較例1の放置後ダイス寿命を100とする指数にて、表1および2に併記する。この値が大きいほど、ダイスへのダメージが小さいことを示している。これらの値を表1および2に併記する。
【0031】
【表1】

【0032】
【表2】

【0033】
表1および2より、本発明のスチールワイヤ材は、長期間にわたり伸線加工性の向上効果を維持することができ、かつ、湿式伸線時の消費電力を低減させることができることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スチールワイヤ製造工程における湿式伸線に供する、表面に合金めっき層を有するスチールワイヤ材において、
前記合金めっき層上の金属酸化物が20mg/m以下であり、かつ、前記スチールワイヤ材がトリアゾール化合物を含む水溶液により表面処理されたことを特徴とするスチールワイヤ材。
【請求項2】
前記スチールワイヤ材が0.2〜1.0mol/Lのリン酸水溶液で表面処理をされた後、トリアゾール化合物を含む水溶液で表面処理された請求項1記載のスチールワイヤ材。
【請求項3】
前記リン酸水溶液による表面処理時間が0.5〜10秒である請求項2記載のスチールワイヤ材。
【請求項4】
前記合金めっきがブラスめっきである請求項1〜3記載のスチールワイヤ材。
【請求項5】
前記トリアゾール化合物がベンゾトリアゾールまたはトリルトリアゾールである請求項1〜4のうちいずれか一項記載のスチールワイヤ材。
【請求項6】
請求項1〜5のうちいずれか一項記載のスチールワイヤ材に湿式伸線加工を施して得られたことを特徴とするスチールワイヤ。
【請求項7】
請求項6記載のスチールワイヤの複数本が撚り合わされてなることを特徴とするスチールコード。
【請求項8】
一対のビード部間でトロイド状に延びるカーカスを骨格とし、該カーカスのクラウン部径方向外側にベルトを備える空気入りタイヤにおいて、
前記カーカスおよびベルトの少なくとも一方に、請求項6記載のスチールワイヤを用いたことを特徴とする空気入りタイヤ。
【請求項9】
一対のビード部間でトロイド状に延びるカーカスを骨格とし、該カーカスのクラウン部径方向外側にベルトを備える空気入りタイヤにおいて、
前記カーカスおよびベルトの少なくとも一方に、請求項7記載のスチールコードを用いたことを特徴とする空気入りタイヤ。

【公開番号】特開2012−12625(P2012−12625A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−147434(P2010−147434)
【出願日】平成22年6月29日(2010.6.29)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】