説明

セキュア通信システム

【課題】 光の強度が長距離光通信に適用できるほど強く、かつ電子回路や光変調器などのデバイスの周波数帯域によって安全性が制限されることのないセキュアな光通信システムを実現することが課題である。
【解決手段】 正規送信者は、光源としてレーザ光にASE光(Amplified Spontaneous Emission光;増幅された自然放出光)を加えた光を用いる。正規送信者と正規受信者は秘密共通鍵を事前に保持している。正規送信者はこの共通鍵に基づいて送信基底を選択しこの基底を用いて信号を正規受信者に送信する。正規受信者は共通鍵に基づいて受信基底を選択しこの基底を用いて届いた光を受信する。一方、盗聴者はこの共通鍵を持っていないため、受信基底を知りえないため、またASE光のため、ビット誤りが大きく、正確な情報を盗聴できない。したがって、正規送受信者間でセキュアな光通信システムが実現できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
光通信
【背景技術】
【0002】
近年、通信のセキュリティに関する関心が高まっている。この理由は、個人情報や企業情報がインターネットを使って通信する場合に、正規の送信者から正規の受信者までの通信システムのどこかで盗聴者がこれらの情報を盗む可能性があり、それが個人や企業に多大な損害を与えるためである。光通信で絶対に安全な通信手段は、単一光子を使った鍵配布システム(非特許文献1)である。このシステムは単一光子の状態を用いて乱数を正規の送受信者間で共有しこの乱数を用いて情報を暗号化して通信する方式(いわゆる共通鍵暗号方式)で、鍵は使い捨てである。この方式は単一光子の使用とnon-cloning定理(非特許文献1)によってその絶対安全性が保証されているが、単一光子を発生させるための特殊なデバイスが必要である。また単一光子(微弱光)のため送受信者間の通信距離はせいぜい100kmまで、また鍵生成速度はせいぜいkbit/s程度に限られている。
【0003】
レーザから発生するコヒーレント光に付随する量子揺らぎを用いて情報をこの揺らぎで“覆い隠して”通信する方式(非特許文献2)も提案され実験されている。この方式では、量子揺らぎが光の強度(つまり信号強度)に依存せずに一定であるため、盗聴者に対してSN比を悪くするために光の強度はせいぜい数百フォトン(光子数)以下である。つまりメゾスコピックな状態の光を使う必要があり、単一光子を用いた前述のシステムほどではないにしても、やはり長距離光通信には適していない。
【0004】
上記2システムは、光の量子力学的な側面(単一光子や量子揺らぎ)を用いてセキュアな光通信システムを実現しようとする試みであるが、その一方で、古典的な雑音を用いて信号を“覆い隠して”通信する方式(非特許文献3)も提案されて実験されている。この方式は、ショット雑音、熱雑音やレーザ光の持つ位相雑音を用いて信号を盗聴者に対して“覆い隠して”通信する方式である。この方式の利点は光の強度(つまり信号強度)を任意に設定できるため、長距離通信に適用できることである。ただ、このシステムでは、雑音を扱う電子回路や雑音を扱う光変調器の周波数特性によってその安全性が制限されることが懸念される。
【0005】
【非特許文献1】N. Gisin, G. Ribordy, W. Tittel, and H. Zbinden, Reviews of Modern Physics 74, 145 195 (2002).
【非特許文献2】G. A. Barbosa, E. Corndorf, P. Kumar, and H. Yuen, Physical Review Letters 90, No. 22, 227901 (2003).
【非特許文献3】G. A. Barbosa, ArXiv:quant-ph/0510011 v1 3 Oct2005 (2005).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
光の強度が長距離光通信に適用できるほど強く、かつ電子回路や光変調器などのデバイスの周波数帯域によって安全性が制限されることのないセキュアな光通信システムの実現が課題である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
正規送信者は、光源としてレーザ光にASE光(Amplified Spontaneous Emission光;増幅された自然放出光)を加えた光を用いる。正規送信者と正規受信者は共通鍵を事前に保持していると仮定する。正規送信者はこの共通鍵に基づいて送信基底を選択しこの基底を用いて信号を正規受信者に送信する。正規受信者は共通鍵に基づいて受信基底を選択しこの基底を用いて届いた光を受信する。盗聴者はこの共通鍵がないため、またASE光によって信号が覆われているため、盗聴は不可能である。よって正規送受信者間でセキュアな光通信システムが実現できる。
【発明の効果】
【0008】
このシステムでは、レーザ光とASE光を調節することによってレーザ光の強度にかかわらずSN比を任意に調整できるため、長距離通信に適した信号強度を保ったまま盗聴者に対抗して必要なセキュリティを実現するためのSN比を設定でき、セキュアな光通信システムを実現できる。さらに、このASE光は電子回路や光変調器などデバイスを介さずにレーザ光と合波できるため、デバイスの帯域制限によるセキュリティの問題も起こらない。
【実施例1】
【0009】
図1に本発明の第一の実施例を示す。正規の送信器100と正規の受信器300は光ファイバ200を介して通信が行われる。通信に使用する光は、レーザ20の出力光とASE光源10からの光を合波器30で合成した光である。通信しようとする情報信号(ここでは2値デジタル信号を仮定)は、送信器100の内部に設置されている乱数発生器50 で生成される乱数(0,1,2,…M-1)と信号合成回路70で合成され、この合成信号を用いて位相変調器40を駆動し、光の位相に情報を載せる。位相変調された光は光ファイバ200を伝播して受信器300に届く。受信器300では、局発用レーザ320の出力光を、送信器100の内部で使われていた乱数発生器50とまったく同一の乱数を発生する乱数発生器350からの出力される乱数によって位相変調器340で位相変調し、この光と光ファイバ200を伝播してきた光とを合波器330で合成してホモダイン受信する。バランス型ホモダイン受信器の出力が出力信号360となる。ここで合波器30は、(1)分岐比が固定の光カプラや(2)分岐比が可変な光カプラ、あるいは図2に示すような(3)可変光減衰器と光カプラの組み合わせがある。図2では、一方の入力部に可変光減衰器が設置されているが、この設置場所は、他方の入力部でもかまわないし、あるいは両方の入力部にそれぞれ可変光減衰器を設置しても良い。可変光減衰器や分岐比が可変な光カプラを用いるのは、所望のSN比を得るためにレーザ光パワやASE光パワを調整するために使用するのは言うまでもない。ここで注意することは、どのタイプの合波器であろうとも、合波器は周波数特性を実質的に持たない、という点である。
【0010】
さて、この実施例の変調/復調動作をより詳細に記述する。光の電場は、そのcos成分とsin成分(それぞれIとQと呼ぶ)を直交する座標軸とする2次元位相空間の点で表される。この点とこの空間の原点との距離が光の強度の平方根に比例する。本実施例では位相変調を用いているので、光の強度は一定であるため、この実施例で使われる光はこの2次元位相空間のある円周上の点で表せる。さて、送信器に設置された乱数発生器50で生成される乱数kは(0,1,2,…,M-1)のうちのどれかであるとする。この乱数は上記2次元位相空間の位相を2M等分した基準線(これが2次元位相空間の位相の基底となる)の一つを決定する。つまり、上記乱数は次式であらわされる基底を選択することに使う。



乱数kによって決定される角度θの基底と上記円周とが交わる2点のどちらが送信器で生成される光を表す信号点になるかは、情報信号60と乱数kで決める。たとえば乱数kが偶数の時、情報信号が”1”の場合は2次元位相空間の第一象限と第二象限にある点、”0”の場合は第三象限と第四象限にある点、と決める。また乱数kが奇数の時は、それが偶数のときと逆に決める。以上の光変調方式を図3に示す。図3では、レーザ光(これが信号点の●、あるいは○)にASE光が合成された光を表している。本実施例では、システムのクロック毎に異なる乱数を用いて基底を変えて信号を送信する。
【0011】
受信側の復調動作を次に詳説する。受信器300には送信器100と同じ乱数発生器350が搭載されており、この乱数発生器から出力される乱数は、送信器に搭載された乱数発生器50からの出力される乱数と全く一致している。受信器300に搭載されている局発用レーザ320からの光の位相は、光PLLなどにより、送信器100に搭載されているレーザ20からの光の位相と一致している。この光を乱数発生器350 からの乱数mによって位相変調器340によって位相変調される。上述のように乱数mは送信器内部の乱数発生器からの乱数kと完全に一致しているので、局発用レーザ320の光は位相変調器によって図3の基底kで決まる位相状態になる。この光と伝送されて来た信号光を光カプラなどの合波器で合成して2つの光検出器391と392で電気信号に変換する。これは、図3の位相空間で信号光を基底kに射影することに相当する。その出力を差動増幅器で増幅すると、信号が”1”の場合は正の電圧パルスが、また信号が”0”の場合には負の電圧パルスが出力信号として取り出される。ASE光が印加されSN比が悪い光でも、正規受信者が受信できるのは図4を見ても明らかである。
【0012】
本実施例のセキュリティに関して次に述べる。前述のように乱数発生器50と350は完全に同じものである。これは、正規送受信者間で乱数の種となる短い長さの乱数を秘密鍵として共有する。この秘密共有鍵を種として、同じアルゴリズムで乱数を生成する乱数生成回路を50と350に用いる。これで正規送信者と正規受信者は同一の乱数列を生成できる。乱数を完全に共有することによって、たとえASE光が印加された光を用いても情報信号を誤りなく共有できる。これは図4に出力信号の確率分布から明らかである。もしASE光がない場合は、出力信号の電圧は確率1で”0”または”1”となる(実際は、ショット雑音やレーザ光が持つ位相雑音のため、図4のように広がった確率分布を示す)。ASE光が印加された本発明の場合は、図4の雑音がASE光の強度に応じて大きくなる(上記のショット雑音や位相雑音より十分大きくなる)。しかし適切に設計すると、”0”を”1”と、あるいは”1”を”0”と誤る確率、いわゆるビット誤り率は十分小さく(たとえば10^-15以下に)できる。一方盗聴者の場合を考えてみると、盗聴者は乱数kを知るすべがなく、適当に基底を選択する必要がある。たとえば図3のI軸(つまりθ=0)の基底を選択したとする。このときの出力信号の確率分布は図5となる。この図で確率分布が重なっている部分はビット誤りを起こす確率密度を表しており、この部分の積分がビット誤り率となる。したがって、盗聴者は正規受信者と比較してビット誤りを起こす確率が高い。この重なり部分はASE光の強度に依存しているのでASE光の強度を強くすることによって盗聴者のビット誤り率を高くすることができる。
【実施例2】
【0013】
図6を用いて第2の実施例について述べる。第2の実施例では差動符号化を用いて情報信号を送る。情報信号mkは次式によって差動符号化されて出力akを得る(図7参照)。



akは情報信号に応じて1クロック前のak-1と関連付けられている。差動符号化された信号を用いて位相変調器40を駆動し、送信する。光ファイバ200を伝播した光は受信器300に到達する。受信器300では受信した光を合波器331で2分割し、片側の光を他方の光に対して1クロック分だけ光遅延器310 で遅延させ、1クロック前のビットと遅延していないビットとの位相比較を行い、位相が一致した場合正の電圧を、不一致の場合負の電圧を発生するいわゆる遅延検波動作を行ってその結果を出力する。この動作の例を送信側の差動符号化も含めて図8に示す。光遅延器としては光ファイバなどが使える。この遅延検波受信は、第一の実施の局発用レーザの代わりに自分自身の光を使っていると解釈できる。乱数発生器50による位相変調θと受信器300内の乱数発生器350による位相変調θの動作原理とその効果は第一の実施例と同じである。
【産業上の利用可能性】
【0014】
本発明は、セキュアな光通信システムを実現する上で必要な光パワとセキュリティ強度を保っており、産業的観点から見て利用可能性は高い。また、本明細書は光ファイバ通信システムを想定して記述しているが、本特許をまったくそのままの形で空間光通信に利用もできることは明確である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】第一の実施例の構成を示すブロック図。
【図2】合波器の一例。
【図3】変調された光の状態をI-Q平面で表示した模式図。
【図4】正規受信者が変調された光を受信した場合の出力信号の確率分布を表す模式図。
【図5】盗聴者が変調された光を受信した場合の出力信号の確率分布を表す模式図。
【図6】第二の実施例の構成を示すブロック図。
【図7】差動符号化回路の論理回路構成を表す図。
【図8】第二の実施例を用いた場合の各部でのビット例を表す図。
【符号の説明】
【0016】
10:ASE光源、20:レーザ、30:合波器、31:分岐比が固定の光カプラ、32:可変光減衰器、40:位相変調器、50:乱数発生器、60:情報信号、70:信号合成回路、80:差動符号化回路、100:送信器、200:光ファイバ、300:受信器、310:光遅延器、320:局発用レーザ、330:合波器、331:合波器、340:位相変調器、350:乱数発生器、360:出力信号、380:差動増幅器、391:光検出器、392:光検出器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ光とASE(Amplified Spontaneous Emission:増幅された自然放出)光を合成した光に情報信号と乱数によって位相変調を行った光を送信する送信機と、前記送信された光を受信し、前記送信側で用いた前記乱数でホモダイン検波する受信機を有することを特徴としたセキュア通信システム
【請求項2】
レーザ光とASE光を合成した光に、情報信号を差動符号化した信号と乱数によって位相変調を行って送信する送信機と、前記送信された光を受信し、前記受信した光を前記送信機で用いた乱数で位相変調を行いながら遅延検波することを特徴としたセキュア通信システム

【図1】
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【図2】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−336409(P2007−336409A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−168260(P2006−168260)
【出願日】平成18年6月19日(2006.6.19)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】