説明

タンデムアーク溶接方法

【課題】既に普及しているロボットシステム、及び、既に普及している溶接ワイヤを用いることができ、低コストで、かつ、従来の低速に加え高速でも十分な継手疲労強度が得られるタンデムアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】タンデムアーク溶接方法は、シールドガスを用い、2つの電極(L極EL及びT極ET)で1つの溶融池Pを形成して溶接し、Ni及びMnの含有量が、0.50(質量%)≦{Ni(質量%)+Mn(質量%)}≦6.00(質量%)を満足する鉄系ワイヤである第1溶接ワイヤ(溶接ワイヤW1又はW2)と、Ni及びMnの含有量が、11.00(質量%)≦{Ni(質量%)+Mn(質量%)}≦50.00(質量%)を満足するワイヤである第2溶接ワイヤ(溶接ワイヤW2又はW1)とを用いることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンデムアーク溶接方法に係り、特に、炭素鋼の薄板に適用可能なタンデムアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、燃費向上を目的とした自動車の車重軽減のために高張力鋼板を使用する動きが活発化している。高張力鋼板も軟鋼と同様にアーク溶接がなされるが、溶接継手では疲労強度が軟鋼と同程度にしか確保できず、高張力鋼板本来の性能を発揮できない問題がある。この溶接部の疲労強度が母材より低下する原因として、溶接止端部への応力集中と、熱による膨張、収縮によって生じる引張残留応力とが主因と考えられ、従来、以下のような手段によって改善が試みられてきた。
【0003】
溶接止端部の応力集中を緩和するためには、接触角の減少、止端半径の増大といったビード形状を滑らかにする方法が開示されている(例えば、特許文献1参照)。この方法では母材となる鋼板の成分を限定したり、表面張力を下げる特殊成分を添加したワイヤを用いたりすることによって、応力集中の緩和が達成される。
【0004】
また、引張残留応力を低下させるために、溶接金属を塑性変形させやすくすることが開示されている(例えば、特許文献2参照)。更に、従来から最もよく知られている残留応力の消滅方法として焼鈍炉で高温保持する応力除去焼鈍(PWHT)がある。また、ショットピーニングやハンマーピーニング、超音波ピーニングによって溶接後に圧縮応力を加えることで、引張残留応力を低下させる方法が開示されている(例えば、特許文献3参照)。
【0005】
更に、溶接金属のマルテンサイト変態温度(Ms点)を低下させて室温時に膨張変態の圧縮残留応力を付与する、あるいは引張残留応力を低減させる方法が注目されている。例えば、高Cr+高Ni系の溶接金属によってMs点を低下させる手法が提案されている(特許文献4参照)。また、高Cr、高Ni、あるいは高Mn系の溶接金属もしくは溶接ワイヤを用いることによってMs点を低下させる方法が開示されている(例えば、特許文献5参照)。
【0006】
溶接材料の提案例の1つとして、フラックス入りワイヤを用いる手段が提案されている(例えば、特許文献6参照)。また、ソリッドワイヤのコストを下げる手段として、伸線性を向上するために、異なる成分の2重構造にしたソリッドワイヤが提案されている(非特許文献1参照)。
【0007】
一方で、高速溶接を実現する方法として、最近普及してきているタンデムアーク溶接がある(例えば、特許文献7参照)。一般的な仕組みを図1及び図2に示す。図1は、タンデムアーク溶接の様子を模式的に示した模式図である。図2は、タンデムアーク溶接の通電方式を模式的に示した模式図、(a)は、2電極独立制御型の通電方式を模式的に示した模式図、(b)は、2電極分流型の通電方式を模式的に示した模式図である。
【0008】
図1に示すように、タンデムアーク溶接では、先行極(L極E)と後行極(T極E)のそれぞれの溶接ワイヤW1、W2に通電し、それぞれからアークA、Aを発生させて、1つの溶融池Pを形成する。このように、L極EとT極Eとの2つの電極を用いて1つの溶融池Pを形成するタンデムアーク溶接では、高速な溶接が可能となる。タンデムアーク溶接の通電方式には2種類あり、図2(a)のように通電チップT1、T2と、溶接電源PS1、PS2を独立させるタイプと、図2(b)のように通電チップT3に2つ穴あけがされることによって共通チップとして、1つの溶接電源PS1で賄うタイプがある。後者はL極とT極との電流等の独立制御はできない短所があるが、低コストでタンデム化が可能となる。現在の実績としては前者が多くシステムとして使用されている。タンデムアーク溶接で使用される溶接ワイヤW1、W2としては、一般的な炭素鋼やアルミ合金が挙げられる。
【特許文献1】特開平6−340947号公報(段落番号0006〜0027)
【特許文献2】特開平9−227987号公報(段落番号0007〜0026)
【特許文献3】特開2004−136312号公報(段落番号0014〜0109)
【特許文献4】特開昭54−130451号公報(第1頁右下欄第18行目〜第2頁左下欄第4行目)
【特許文献5】特開2000−288728号公報(段落番号0006〜0053)
【特許文献6】特開2002−307189号公報(段落番号0008〜0053)
【特許文献7】特開2004−1033号公報(段落番号0008〜0053)
【非特許文献1】超鉄鋼ワークショップ Vol.9th p.58−59、2005年7月20日
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1に記載の方法では、ビード形状は、鋼板やワイヤの成分、鋼板の表面性状、電圧や姿勢、速度等の様々な溶接条件の影響を受けることから、適用に際しては制限が多く汎用性に乏しかった。また、ビード形状の劇的な改善は困難で、大幅な疲労強度の向上が達成できない。
【0010】
また、特許文献2に記載の方法では、過剰に脱酸成分を減らして溶接ワイヤを強度低下させることから、脱酸不足で気孔欠陥が生じやすく、また、高強度鋼板に適用すると静的継手引張強度が不足してしまう。更に、応力除去焼鈍やピーニングについては、自動車等の薄板用の設備を有しているメーカーがほとんどなく、設備導入しても生産効率が著しく低下して、高コスト化を招く。
【0011】
また、溶融金属のMs点を低下させる方法では、溶接ワイヤ自体がマルテンサイトになりやすく、極めて伸線性が悪いため、高コストな溶接材料となる。また、溶接金属の粘性が高いため、薄板溶接で必要とされる高速性や、溶滴移行しにくいことによるスパッタ発生量増大といった実際の溶接ラインでの適用性が考慮されていない。一般的には、このような所定の溶接金属を実現する最も簡便な溶接法としては、溶込が非常に浅くて母材希釈を考慮する必要がなく、かつ酸化消耗が生じないTIG(Tungsten Inert Gas)溶接法を使うのが実用的であり、実施工で所望される高能率なMAG(Metal Active Gas)溶接法あるいはMIG(metal inert gas)溶接法といった消耗電極式のガスシールドアーク溶接方法への適用は困難である。
【0012】
更に、フラックス入りワイヤは、スラグを多量に発生させるため、薄板用としては電着塗装性が劣化し、高速性が不足する。また、異なる成分を2重構造にしたソリッドワイヤは、ワイヤ製造方法が特殊なため、依然高コストである。
【0013】
また、これまでのタンデムアーク溶接方法は高速溶接や高溶着溶接を目的とするものであり、使用される複数のワイヤとして同一のものを用いるのが普通であった。ここで、溶接部の残留応力を低減するためには、Ms点を下げることによってその後のマルテンサイト変態による膨張が室温でも残って、結果として圧縮応力になる必要がある。そして、これまでは1つのワイヤでこの溶接金属の成分系を実現しようとしていたため、ワイヤ自体も非常に硬化性が高く、製造コストが高くなるという問題があった。更に、特殊な成分のワイヤであるため、流通性も悪く、容易に適用することができないという問題があった。
【0014】
本発明は前記問題点を解決するためになされたものであって、その目的は、既に普及しているロボットシステムや、既に普及している溶接ワイヤを用いることができ、低コストで、かつ、従来の低速に加え高速でも十分な継手疲労強度が得られるタンデムアーク溶接方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記問題点を解決するために、本発明者らは、Ms点の低い溶接金属を形成できるワイヤの成分について、流通性の高いワイヤを用いて種々の検討を行った。その結果、流通性に優れ、コスト的にも廉価な別個の2種のワイヤを用いて溶融池でMs点の低い溶接金属を形成できることを確認した。つまり、1つはNi、Mnの含有量が所定の範囲内にある一般的な炭素鋼系ワイヤとし、もう1つはNiとMnの含有量が高く、所定の範囲内にあるワイヤを用いることによって、混合した溶融池は適度な希釈により低Ms点のマルテンサイト変態を発生する溶接金属組成になることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0016】
すなわち、前記目的を達成するための本発明に係るタンデムアーク溶接方法は、シールドガスを用い、2つの電極で1つの溶融池を形成して溶接するタンデムアーク溶接方法において、Ni及びMnの含有量が、0.50(質量%)≦{Ni(質量%)+Mn(質量%)}≦6.00(質量%)を満足する鉄系ワイヤである第1溶接ワイヤと、Ni及びMnの含有量が、11.00(質量%)≦{Ni(質量%)+Mn(質量%)}≦50.00(質量%)を満足するワイヤである第2溶接ワイヤとを用いることとした(請求項1)。
【0017】
この方法によれば、2つの電極によって形成された溶融池において、2つのワイヤの成分が混合され、Ms点の低い溶接金属を形成する。そして、このタンデムアーク溶接方法では、溶着速度が速くても過剰なアーク力が生じないために、ハンピング現象が生じにくく、一般的な1電極の溶接法に比べて、高速溶接が可能となる。
【0018】
また、本発明に係るタンデムアーク溶接方法は、請求項1に記載のタンデムアーク溶接方法において、前記第2溶接ワイヤにおいて、Neq=Ni(質量%)+30×C(質量%)+0.5×Mn(質量%)によって算出されるNi当量Neq、及び、Req=Cr(質量%)+Mo(質量%)+1.5×Si(質量%)+0.5×Nb(質量%)によって算出されるCr当量Reqが、(Neq−25.2+0.8×Req)>0を満足することとした(請求項2)。この方法によれば、第2の溶接ワイヤはオーステナイト系のワイヤとなり、溶融池を形成したときの溶接金属のMs点が顕著に下がり、疲労強度が向上する。
【0019】
更に、本発明に係るタンデムアーク溶接方法は、請求項1又は請求項2に記載のタンデムアーク溶接方法において、前記第2溶接ワイヤの送給速度[WN]と前記第1溶接ワイヤの送給速度[WF]の比[WN]/[WF]が、0.5≦([WN]/[WF])≦1.2を満足し、かつ、先行極のワイヤの送給速度が後行極のワイヤの送給速度以上であることとした(請求項3)。この方法によれば、溶融池における溶接金属が適切な割合で混合され、Ms点の低い溶接金属を形成するとともに、溶融池が安定して形成される。
【0020】
また、本発明に係るタンデムアーク溶接方法は、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のタンデムアーク溶接方法において、前記2つの電極に接続される溶接電源がパルス溶接電源であることとした(請求項4)。この方法によれば、更なるアークの安定化、スパッタ量の減少、及び、ヒューム量の減少を達成できる。また、疲労強度改善に対しても有効である。その理由は、パルス溶接電源を用いると、溶着量が一定でも入熱が減少するので冷却速度が大きくなり、焼入れ性が向上してMs点が低下するためである。
【0021】
更に、本発明に係るタンデムアーク溶接方法は、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のタンデムアーク溶接方法において、前記シールドガスが、Arを75体積%以上、98体積%以下含有し、残部にCOもしくはOの1種以上を含むこととした(請求項5)。この方法によれば、シールドガスは非酸化性となり、スパッタ量を抑制できるとともに、高速の溶接においても高い残留応力を得ることができる。
【0022】
また、本発明に係るタンデムアーク溶接方法は、請求項5に記載のタンデムアーク溶接方法において、前記シールドガスが、Heを含むこととした(請求項6)。この方法によれば、Heの冷却効果によりスパッタ量を抑制でき、アークの安定化を図ることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係るタンデムアーク溶接方法では、以下のような優れた効果を奏する。請求項1に記載の発明によれば、継手疲労強度の高い溶接部を形成することができる。更に、特殊な溶接ワイヤを用いず、例えば、JIS規格に規定された調達性に優れる既存材料を適用することができ、低コストで容易にライン適用することが可能である。また、例えば、自動車の高張力鋼板に適用することで、鋼板軽量化を図ることができ、自動車の燃費向上によって環境対応を図ることが可能になる。
【0024】
請求項2に記載の発明によれば、溶接ワイヤの送給性に富むとともに、更に継手疲労強度の高い溶接部を形成することができる。請求項3に記載の発明によれば、溶融池の安定性に優れるとともに、更に継手疲労強度の高い溶接部を形成することができる。請求項4及び請求項5に記載の発明によれば、更に継手疲労強度の高い溶接部を形成することができる。請求項6に記載の発明によれば、スパッタを減少させ、溶接時におけるアークの安定性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。本発明者らは、Ms点の低い溶接金属を形成できるワイヤの成分について種々の検討を行った。その結果、Ni、Mnの含有量が所定の範囲内にある一般的な炭素鋼系ワイヤ(第1溶接ワイヤ)と、NiとMnの含有量が高く、所定の範囲内にあるワイヤ(第2溶接ワイヤ)とを用いて溶融池を形成することで、低Ms点のマルテンサイト変態を発生する溶接金属組成になることを見出した。更に、第2溶接ワイヤの組成、2つのワイヤの送給速度の比、電源、シールドガスの組成を適度に調整することで、更に高い疲労強度を得ることができ、また、溶接の安定性を向上させることができることを見出した。以下、本発明に係るタンデムアーク溶接方法において数値限定した理由について説明する。
【0026】
[第1溶接ワイヤ:0.50(質量%)≦{Ni(質量%)+Mn(質量%)}≦6.00(質量%)]
本発明に係るタンデムアーク溶接方法において用いられる2つのワイヤのうちの1つである第1溶接ワイヤは、Ni及びMnの含有量が、0.50(質量%)≦{Ni(質量%)+Mn(質量%)}≦6.00(質量%)を満足する鉄系ワイヤである。このワイヤは、一般的な炭素鋼用ソリッドワイヤもしくはメタル系フラックス入りワイヤである。例えば、ソリッドワイヤではJIS Z3312 YGW11〜YGW22が挙げられる。これらのワイヤは、Mnを1.0〜2.5%程度含有し、Niを含有していないか、1.0質量%以下含有しているものが多い。また、低温用鋼用として比較的多く用いられているJIS Z3325 YGL1−3A(X)、YGL1−3G(X)、YGL1−4A(X)、YGL1−4G(X)、YGL2−4A(X)、YGL2−4G(X)、YGL1−6A(X)、YGL1−6G(X)、YGL2−6A(X)、YGL2−6G(X)、YGL3−6A(X)、YGL3−6G(X)、YGL3−10G(X)(以下、JIS Z3325 YGLワイヤという。なお、Xは溶接後熱処理の有無によって、A、P、APのいずれかである。Aは「溶接のままで性能満足」、Pは「熱処理が必須で性能満足」、APは「溶接のままと熱処理両方で性能満足」を示す)は、Mnを0.6〜2.0質量%、Niを0〜4.0質量%程度含有しているものが多い。従って、多くのJIS Z3312 YGW11〜YGW22のワイヤあるいはJIS Z3325 YGLワイヤは、0.50(質量%)≦{Ni(質量%)+Mn(質量%)}≦6.00(質量%)を満足し、入手もたやすい。
【0027】
ここで、{Ni(質量%)+Mn(質量%)}が0.50(質量%)未満の場合は、脱酸不足でアークが不安定となるばかりでなく、もう一方のワイヤと混合した際に溶融金属のMs点が下がらず圧縮残留応力を残せない。従って疲労強度は改善しない。更に、タンデムアーク溶接では溶融池が長くなるのでシールド不良に対して強くなければならないが、0.50(質量%)未満ではシールド不良によるブローホールが発生しやすい。従って、本発明では、第1溶接ワイヤの{Ni(質量%)+Mn(質量%)}が0.50(質量%)以上とした。
【0028】
一方、{Ni(質量%)+Mn(質量%)}が6.00(質量%)を超えると、もう一方のワイヤと混合した際にマルテンサイト変態を生じず、オーステナイト組織のままになる。この場合も圧縮残留応力を残せない。その上、コスト的にも無意味に高価となる。従って、本発明では、第1溶接ワイヤの{Ni(質量%)+Mn(質量%)}が6.00(質量%)以下とした。更に、より高い圧縮残留応力を残すためには、{Ni(質量%)+Mn(質量%)}は3.00(質量%)以下であることが望ましい。
【0029】
なお、第1溶接ワイヤは、その他の成分としてCを0.01〜0.15質量%、Siを0.05〜1.50質量%、Pを0.030質量%以下(無添加含む)、Sを0.030質量%以下(無添加含む)、Cuを1.00質量%以下(無添加含む)、Crを1.00質量%以下(無添加含む)、Moを0.65質量%以下(無添加含む)、Alを0.50質量%以下(無添加含む)、TiとZrとを合わせて0.30質量%以下(無添加含む)、Nbを0.50質量%以下(無添加含む)、Vを0.50質量%以下(無添加含む)、Bを0.0100質量%以下(無添加含む)含み、残部が鉄と不可避不純物であれば、継手疲労強度、耐欠陥性や高速溶接性等について問題なく適用可能である。
【0030】
[第2溶接ワイヤ:11.00(質量%)≦{Ni(質量%)+Mn(質量%)}≦50.00(質量%)]
本発明に係るタンデムアーク溶接方法において用いられるもう一方の第2溶接ワイヤは、Ni及びMnの含有量が、11.00(質量%)≦{Ni(質量%)+Mn(質量%)}≦50.00(質量%)を満足するワイヤである。このワイヤは、例えば、JIS Z3321のY308、Y308Si、Y308L、Y308LSi、Y308N2、Y309、Y309Mo、Y310、Y310S、Y312、Y16−8−2、Y316、Y316L、Y316Si、Y316LSi、Y316J1L、Y317、Y317L、Y347、Y347Si、Y347Lや、AWS A5.9のER308、ER308L、ER308LSi、ER309、ER309L、ER309LSi、ER309Mo、ER309LMo、ER309LSi、ER310、ER312、ER16−8−2、ER316、ER316L、ER316LSi、ER317L、ER318、ER330、ER347、ER347Siといったオーステナイト系ステンレス鋼用ソリッドワイヤが該当し、流通性が良いものが多い。ちなみに、JIS Z3322のステンレス鋼用フラックス入りワイヤでも、チタニア等のスラグ発生材の少ないメタル系タイプであれば適用可能である。なお、スラグが多く発生するタイプはタンデムアーク溶接に適用するとスラグ巻きなどの欠陥が生じやすい。
【0031】
ここで、{Ni(質量%)+Mn(質量%)}が11.00(質量%)未満ではもう一方のワイヤと混合した際にMs点が下がらず圧縮残留応力を残せない。よって疲労強度は改善しない。従って、本発明では、第2溶接ワイヤの{Ni(質量%)+Mn(質量%)}が11.00(質量%)以上とした。更に、{Ni(質量%)+Mn(質量%)}は13.0%以上であることがより好ましく、このようにすると疲労強度は顕著に改善する。
【0032】
一方、{Ni(質量%)+Mn(質量%)}が50.00(質量%)を超えると、もう一方のワイヤと混合した際にマルテンサイト変態を生じず、オーステナイト組織のままになる。この場合も圧縮残留応力を残せない。コスト的にも無意味に高価となる。従って、本発明では、第2溶接ワイヤの{Ni(質量%)+Mn(質量%)}が50.00(質量%)以下とした。更に、より高い圧縮残留応力を残すためには、{Ni(質量%)+Mn(質量%)}は30.00(質量%)以下であることが望ましい。
【0033】
なお、第2溶接ワイヤは、その他の成分として、Cを0.001〜0.150質量%、Siを0.10〜1.50質量%、Pを0.030質量%以下、Sを0.030質量%以下、Cuを2.50質量%以下、Crを30質量%以下(無添加含む)、Moを5.0質量%以下(無添加含む)、Tiを1.0質量%以下(無添加含む)、Nbを1.0質量%以下(無添加含む)、Vを1.0質量%以下(無添加含む)、Nを0.030質量%以下(無添加含む)含み、残部が鉄と不可避不純物であれば、耐欠陥性や高速溶接性等について問題なく適用可能である。
【0034】
更に、第1溶接ワイヤ及び第2溶接ワイヤはともに、溶滴移行の安定性を改善するために、伸線工程中の焼鈍によるワイヤのO量の増加や、K、Na、Liの表面塗布、あるいは送給性を向上するためにMoSやグラファイトを塗布するといった生産技術を付与することもより好ましいことである。銅めっきも有無を特に問わない。
【0035】
[第2溶接ワイヤ:(Neq−25.2+0.8×Req)>0、Ni当量Neq=Ni(質量%)+30×C(質量%)+0.5×Mn(質量%)、Cr当量Req=Cr(質量%)+Mo(質量%)+1.5×Si(質量%)+0.5×Nb(質量%)]
(Neq−25.2+0.8×Req)=0は、シェフラーの組織図(JIS Z3119)における「オーステナイト相」と「オーステナイト相+マルテンサイト相」の境界を表し、(Neq−25.2+0.8×Req)>0の場合、第2溶接ワイヤは、オーステナイト単相を呈する。そして、第2溶接ワイヤにオーステナイト系のワイヤを用いると、マルテンサイト系よりも流通性だけでなく、加工性に優れるために溶接ワイヤの強度が低く送給性に富む。そのため、溶接安定性が向上する。また、溶融池を形成したときのMs点も顕著に下がり、疲労強度が更に向上する。従って、本発明では、第2溶接ワイヤにおいて、(Neq−25.2+0.8×Req)>0を満たすことが好ましい。
【0036】
[溶接ワイヤの送給速度比:0.5≦([WN]/[WF])≦1.2]
第2溶接ワイヤの送給速度[WN]と第1溶接ワイヤの送給速度[WF]の比([WN]/[WF])が0.5以上であれば、溶融金属のMs点が顕著に下がり、より圧縮残留応力を残すことができるため、疲労強度の改善が大きい。一方、([WN]/[WF])が1.2以下であれば、低Ms点のマルテンサイト変態が生じ、より大きい圧縮残留応力を残すことができるため、疲労強度の改善が大きい。従って、本発明では、送給速度比([WN]/[WF])が、0.5≦([WN]/[WF])≦1.2を満たすことが好ましい。
【0037】
[先行極(L極)の送給速度≧後行極(T極)の送給速度]
タンデムアーク溶接では、先行極が後行極より高電流のほうが、溶融池の安定性が優れる。従って、先行極のワイヤの送給速度が、後行極のワイヤの送給速度よりも同等以上とするのがよい。
【0038】
[電源:パルス溶接電源]
溶接時の電源は、一般的な消耗電極式アーク溶接に用いられる定電圧特性電源でも残留応力低減には問題ない。しかし、薄板溶接における高速溶接性、アーク安定性、低ヒューム化を図るために、パルス溶接電源と定電圧特性電源との組み合わせが推奨される。また、パルス溶接では定電圧特性波形の溶接に比べて、溶着量が同一の場合に電流値が1〜2割ほど低下し入熱も減少することから、溶接部の冷却速度が増大する。その結果、焼入れ性が高まり、Ms点の低下につながって残留応力の低減に対しても好ましい。なお、タンデムアーク溶接の場合、パルス発生パターンとして大きく区別すると、2電極同期(同時にパルスピークを発生)と、2電極非同期(交互にパルスピークを発生)とがあるが、特に本目的に対しては大差がないため、パルス発生パターンは限定されない。
【0039】
[シールドガス:Arが75体積%以上、98体積%以下で、残部にCOもしくはOの一種以上を含む混合ガス]
シールドガスは溶接金属の酸素量を低下させMs点を下げるため、更にスパッタを抑制するために、できるだけ非酸化性が望ましい。タンデムアーク溶接の場合、シールドガスのArの濃度が75体積%以上であれば、Ms点が十分に低下し、残留応力が低減するとともに、スパッタ量が抑制される。従って、本発明では、Arが75体積%以上であることが好ましい。そして、更に好ましくはArの濃度が95体積%以上であることが推奨され、このとき、溶接金属の残留応力向上が顕著になるとともに、高速性も良好となる。
【0040】
一方、Arが98体積%を超え、100体積%未満であると、Ar巻き込みによる微小ブローホールが発生しやすくなる。従って、本発明では、Arが98体積%以下であることが好ましい。
【0041】
なお、鉄を非消耗式ガスシールドアーク溶接によって溶接する際には、酸化物が電子の放出点(陰極点)となる。そのため、Arが100体積%であると、シールドガスに酸化性ガスが含まれないために溶融池に酸化物が形成されず、アークがふらついて不安定となり、実質的に溶接不可能となる。そのため、シールドガスは、Ar以外に、酸化性ガスを含むことが好ましく、特に、コスト的に安く、扱いやすいCO、Oの一種以上を酸化性ガスとして含むことが好ましい。
【0042】
[シールドガス:残部にHeを含む]
更に、シールドガスは、Heを含むことが好ましい。非常に高い電流密度では溶滴が加
熱されることによって回転し始める、いわゆるローテーティング移行の状態になり、アークが不安定になりスパッタが増加する可能性があるが、分子量の小さい適量のHeを混合することで、冷却効果により溶滴の回転を抑制し、アーク安定化を図ることができる。従って、本発明では、シールドガスが、Heを含むことが好ましい。
【0043】
なお、本発明のタンデムアーク溶接方法において、強度が490MPa以上、1500MPa以下で、板厚が1〜5mmの炭素鋼鋼板を母材とすることが好ましい。以下に、理由を述べる。
【0044】
[母材:強度490MPa以上、1500MPa以下の炭素鋼鋼板]
溶接金属の変態膨張で鋼材熱影響部に発生する残留応力を低減できる理由は、溶接金属が膨張するときに、鋼材(母材)側に発生する応力も溶接金属への反力により圧縮応力になることによる。このため、より高い反力が期待できる高強度鋼板ほど疲労特性の改善も大きい。そして、母材の強度が490MPa以上の場合には、反力が生じ、変態終了後の熱収縮後にも十分に圧縮応力が残留する。
【0045】
一方、現在一般に実用化されている薄鋼板の強度は1500MPa程度が最大であり、この強度までの鋼板であれば、本発明のタンデムアーク溶接方法において疲労強度の改善が図れ、かつ、継手引張強度の面でも溶接金属のオーバーマッチングが達成できる。そのため、本発明のタンデムアーク溶接方法では、母材の強度が、490MPa以上、1500MPa以下であることが好ましい。
【0046】
なお、適用される鋼板(母材)の成分としては、Cを0.001〜0.5質量%、Siを0.001〜2.0質量%、Mnを0.1〜4.0質量%含有し、Pを0.1質量%以下、Sを0.1質量%以下に制限し、その他必要に応じてCuを1質量%以下、Niを1質量%以下、Moを2質量%以下、Crを1質量%以下、Nbを1質量%以下、Vを1質量%以下、Alを1質量%以下、Tiを1質量%以下、Zrを1質量%以下、Bを0.1質量%以下、Caを0.1質量%以下含有し、残部がFe及び不可避不純物から構成される一般的な炭素鋼であればよい。
【0047】
[母材:板厚1〜5mm]
鋼材(母材)の板厚が1mm未満であると、溶接時の入熱によって表裏がほぼ均一に熱せられ、更には溶融金属が裏側に達して裏波と呼ばれる状態になる。このような状態になると、溶接金属がマルテンサイト変態時にほとんど自由に熱膨張してしまう。そのため、鋼材の熱影響部側に反力が十分に発生せず、疲労強度の改善効果は限定的になる。
【0048】
一方、板厚が5mmを超えると鋼材による溶融金属への拘束力が過剰になり、高強度な溶接金属となる性質をもつ。そのため、低温割れが発生する可能性がある。また、すみ肉脚長が大きくなることによって必然的にのど厚も大きくなり、高温割れも発生しやすくなる。従って、本発明のタンデムアーク溶接方法が適用される鋼材の板厚は、1mm以上、5mm以下であることが好ましい。
【0049】
[タンデムアーク溶接方法]
次に、図1及び図2を参照して、本発明に係るタンデムアーク溶接方法について説明する。図1に示すように、シールドノズルNからシールドガスGを鋼材Sに対して吹きつけながら、L極E(先行極)とT極E(後行極)のそれぞれの溶接ワイヤW1、W2に通電する。ここで、L極Eに送給される溶接ワイヤW1、及び、T極Eに送給される溶接ワイヤW2は、前記した第1溶接ワイヤ及び第2溶接ワイヤであり、どちらのワイヤがどちらの極(L極E、T極E)に送給されることとしてもよい。通電されると、それぞれの極E、EからアークA、Aが発生し、溶融池Pが形成される。この溶融池Pは、溶接ワイヤW1、W2と、鋼材Sとが溶融したものである。
【0050】
そして、シールドノズルNを鋼材Sに対して進行方向に移動させる。そうすると、シールドノズルNが遠ざかるにつれて溶融池Pの金属は凝固して溶融金属Mとなる。このとき、溶融金属Mは、マルテンサイト変態によって膨張し、溶接部には圧縮残留応力が付与される。これによって、継手疲労強度が向上する。
【0051】
そして、本発明に係るタンデムアーク溶接方法は、図2(a)に示す、溶接電源PS1、PS2を独立させて制御するタイプ(2電極独立制御型)と、図2(b)のように1つの溶接電源PS1によって2つのワイヤW1、W2に通電するタイプ(2電極分流型)とのどちらにも適用することが可能である。
【実施例】
【0052】
以下、図2及び図3を参照して、本発明に係る実施例について具体的に説明する。図3は、本発明に係るタンデムアーク溶接方法の実施例に用いた鋼材と溶接金属とを模式的に示す模式図、(a)は、本発明に係るタンデムアーク溶接方法によって溶接された試験片の平面図、(b)は、(a)におけるA−A断面図において、本発明に係るタンデムアーク溶接方法によって溶接する様子を模式的に示した側面断面図である。
【0053】
表1に示すような成分、板厚及び引張強度の高張力鋼板に、図2(a)に示すような2電極独立制御型のタンデムアーク溶接ロボットシステムを用いて、高速横向重ねすみ肉溶接を行い、図3(a)に示すような試験片Tを作製した。ここで、タンデムアーク溶接ロボットシステムの極間距離を15mm、シールドガス流量を40リットル/分に設定し、ワイヤ径が1.2mmの溶接ワイヤを使用した。そして、図3(b)に示すように、溶接ワイヤW1、W2をシールドノズルNから15mm突出させ、溶接ワイヤW1、W2を鋼材S、Sの表面に対する垂線から60度傾斜させて溶接した。
【0054】
溶接ワイヤの成分及び組織を表2及び表3に、溶接の条件を表4に示す。なお、表2及び表3において、溶接ワイヤの調達性をあわせて示した。この調達性は、ワイヤがJIS規格化されているなどで調達の容易なものを○、一般に販売されておらず調達が難しいものを△とした。また、表2及び表3に示すパラメータXは、以下の式(1)によって算出される値である。
X=(Neq−25.2+0.8×Req) …(1)
ここで、
Ni当量Neq=Ni(質量%)+30×C(質量%)+0.5×Mn(質量%)
Cr当量Req=Cr(質量%)+Mo(質量%)+1.5×Si(質量%)+0.5×Nb(質量%)
【0055】
【表1】

【0056】
【表2】

【0057】
【表3】

【0058】
【表4】

【0059】
実施例1〜35は、いずれも、本発明の溶接ワイヤのNi及びMnの含有量の規定を満足するものである。更に、実施例1〜7、実施例9〜18、実施例27〜35は、本発明で規定したすべての条件を満足するものである。また、実施例8及び実施例19は、第2溶接ワイヤのパラメータX(Neq−25.2+0.8×Req)が下限値未満であり、マルテンサイト相を呈するものであり、実施例20は、溶接電源に定電圧の電源を用いたものであるが、各々それ以外の規定は満足する。また、実施例21は、2つの溶接ワイヤの送給速度比が、本発明で数値限定した範囲の下限値未満であり、実施例22は、L極の送給速度がT極の送給速度より遅く、更に、実施例23は、送給速度比が、本発明で数値限定した範囲の上限値を超えるものであるが、各々それ以外の規定は満足する。そして、実施例24及び実施例25は、シールドガスのAr濃度が、本発明で数値限定した範囲の下限値未満であり、実施例26は、シールドガスのAr濃度が、本発明で数値限定した範囲の上限値を超えるものであるが、各々それ以外の規定は満足する。
【0060】
なお、実施例1〜13、実施例20〜22、実施例24、実施例26〜28、実施例30、実施例32、実施例34は、前記の第1溶接ワイヤをL極(先行極)に、第2溶接ワイヤをT極(後行極)に送給したものである。また、実施例14〜19及び実施例23、実施例25、実施例29、実施例31、実施例33、実施例35は、前記の第1溶接ワイヤをT極(後行極)に、第2溶接ワイヤをL極(先行極)に送給したものである。
【0061】
また、実施例9のL極の溶接ワイヤと、実施例10及び実施例19のT極の溶接ワイヤにはKが10ppm含有されている。このKは、溶滴移行の安定性を改善するために溶接ワイヤに表面塗布されたものであり、溶接金属の機械的性能には影響を与えない。
【0062】
一方、比較例1、比較例2及び比較例14は、L極及びT極の両方に第1溶接ワイヤが送給され、第2溶接ワイヤがどちらにも送給されておらず、つまり、L極及びT極のどちらも第2溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の下限値未満のものである。また、比較例3、比較例4及び比較例15は、L極及びT極の両方に第2溶接ワイヤが送給され、第1溶接ワイヤがどちらにも送給されておらず、つまり、L極及びT極のどちらも第1溶接ワイヤのMnとNiの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の上限値を超えていないものである。
【0063】
更に、比較例5は、T極に送給された第2溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の上限値を超えたものであり、比較例6は、L極に送給された第2溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の上限値を超えたものである。また、比較例7は、T極に送給された第2溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の下限値未満のものであり、比較例8は、L極に送給された第2溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の下限値未満であるとともに、第2溶接ワイヤのパラメータX(Neq−25.2+0.8×Req)が下限値以下であり、マルテンサイト相を呈するものである。
【0064】
更に、比較例9は、L極に送給された第1溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の上限値を超えたものであり、比較例10は、T極に送給された第1溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の上限値を超えたものである。また、比較例11は、L極に送給された第1溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の下限値未満のものであり、比較例12は、T極に送給された第1溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の下限値未満のものである。更に、比較例13は、1つの電極のみで溶接を行ったものである。
【0065】
なお、比較例5、比較例7、比較例9、比較例11は、前記の第1溶接ワイヤをL極(先行極)に、第2溶接ワイヤをT極(後行極)に送給したものである。また、比較例6、比較例8、比較例10、比較例12は、前記の第1溶接ワイヤをT極(後行極)に、第2溶接ワイヤをL極(先行極)に送給したものである。
【0066】
このようにして作製された本発明に係る実施例1〜35及び本発明で規制した条件を満足しない比較例1〜15の試験片について評価を行った。以下、試験片の評価方法について説明する。
【0067】
[疲労試験]
試験片について、両振平面曲げ疲労試験を行った。周波数25Hzの正弦波応力を試験片に200万回負荷し、時間強度を疲労強度として測定した。そして、鋼板No.Aの場合、200MPa以上を顕著に向上したとして○、180MPa以上200MPa未満を△、180MPa未満を疲労改善効果無しとして×とした。そして、○、△を合格とし、×を実用に耐えないとして不合格とした。また、鋼板No.2の場合、150MPa以上を合格(○)、150MPa未満を疲労改善効果無しとして不合格(×)と判定した。なお、ハンピングビードが発生した場合も、安定個所を探し、その場所から試験片を採取した。
【0068】
[溶接安定性]
溶接時のアーク安定性を3段階で官能評価し、良好な場合を○、多少スパッタが発生する場合を△、アークがふらついたり、大粒のスパッタが発生した場合、あるいは送給性が著しく悪い場合を×とした。○、△を合格とし、×を実用に耐えないとして不合格とした。
【0069】
[X線性能]
X線透過試験によって、溶接部に割れの発生や、ブローホール、ピットといった気孔欠陥が確認された場合は、JIS Z3104付属書4の分類方法に従って欠陥レベルを判定し、2類以下を不合格とした。
【0070】
[高速性]
高速溶接に対してビード形成が追いつかず、数珠状に切れてしまうハンピング現象が発生した場合を不合格とし、それ以外を合格(○)とした。以上の評価結果を表5に示す。
【0071】
【表5】

【0072】
表5に示すように、本発明での溶接ワイヤのNi及びMnの含有量の規定を満足しない比較例(比較例1〜15)では、前記評価項目のすべてを良好に満足するものは得られなかった。
【0073】
比較例1及び比較例14はJIS Z3312規格のYGW11ワイヤを、比較例2はYGW21ワイヤをL極及びT極に用いた最も一般的なタンデムアーク溶接法の組み合わせである。しかし、比較例1、比較例2及び比較例14は、L極及びT極の両方で第2溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の下限値未満であるので、形成された溶融池はMs点が高く、十分な継手疲労強度を得られなかった。
【0074】
また、比較例3、比較例4及び比較例15は、L極及びT極の両方で第1溶接ワイヤのMnとNiの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の上限値を超えているので、オーステナイト系の溶融池が形成され、Ms点が生じず、ゆえに膨張変態せず十分な疲労強度を得られなかった。
【0075】
更に、比較例5は、T極に送給された第2溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の上限値を超え、また、比較例6は、L極に送給された第2溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の上限値を超えているので、Ni及びMnの含有量が過剰になり、オーステナイト系の溶融池が形成され、Ms点が生じず、ゆえに膨張変態せず十分な疲労強度を得られなかった。
【0076】
比較例7は、T極に送給された第2溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の下限値未満であるので、Ni及びMnの含有量が少なく、Ms点が高く、十分な疲労強度を得られなかった。また、比較例8は、L極に送給された第2溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の下限値未満であるとともに、第2溶接ワイヤのパラメータX(Neq−25.2+0.8×Req)が下限値以下であるので、Ms点が高く、十分な疲労強度を得られなかった。
【0077】
比較例9は、L極に送給された第1溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の上限値を超え、また、比較例10は、T極に送給された第1溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の上限値を超えているので、Ni及びMnの含有量が過剰になり、オーステナイト系の溶融池が形成され、Ms点が生じず、ゆえに膨張変態せず十分な疲労強度を得られなかった。
【0078】
比較例11は、L極に送給された第1溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の下限値未満で、また、比較例12は、T極に送給された第1溶接ワイヤのMnとNiとの含有量の和が、本発明で数値限定した範囲の下限値未満であるので、Ni及びMnの含有量が少なく、アークが非常に不安定でシールド不良に対して弱く、ブローホール欠陥が生じた。そのため十分な疲労強度を得られなかった。
【0079】
更に、比較例13は、1つの電極のみの、通常の単電極溶接法であり、溶接ワイヤは特殊なマルテンサイト系を用いているが、単電極であるのでハンピングが発生して、高速溶接は不可能であった。なお、比較例13ではハンピングが発生したため、X線性能の評価は行っていない。
【0080】
一方、本発明に係る実施例(実施例1〜35)は、疲労強度、溶接安定性、X線性能、高速性のいずれの評価項目においてなんら問題のないものであった。なお、溶接ワイヤの送給速度比([WN]/[WF])が本発明で数値限定した範囲内であり、第2溶接ワイヤのパラメータXが下限値以上で、かつ、シールドガスのAr濃度が本発明で数値限定した下限値以上であった実施例1〜7、実施例9〜18、実施例20、実施例22、実施例26〜35では、特に顕著に疲労強度が向上した。また、第2溶接ワイヤのパラメータXが下限値未満の実施例8及び実施例19と、電源に定電圧特性電源を用いた実施例20と、L極の溶接ワイヤの送給速度がT極の溶接ワイヤの送給速度より遅い実施例22と、シールドガスのAr濃度が本発明で数値限定した範囲外の実施例24〜26以外の実施例では、特に溶接安定性が向上した。更に、シールドガスのAr濃度が本発明で数値限定した上限値を超えた実施例26では、実用上問題ない程度の微小ブローホールが発生したが、それ以外の実施例1〜25及び実施例27では、気孔欠陥のない溶接金属が形成された。また、シールドガスにHeを含む実施例27では、溶接速度が4000mm/分という高速の溶接においても、すべての評価項目で優れた結果が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】タンデムアーク溶接の様子を模式的に示した模式図である。
【図2】タンデムアーク溶接の通電方式を模式的に示した模式図、(a)は、2電極独立制御型の通電方式を模式的に示した模式図、(b)は、2電極分流型の通電方式を模式的に示した模式図である。
【図3】本発明に係るタンデムアーク溶接方法の実施例に用いた鋼材と溶接金属とを模式的に示す模式図、(a)は、本発明に係るタンデムアーク溶接方法によって溶接された試験片の平面図、(b)は、(a)におけるA−A断面図において、本発明に係るタンデムアーク溶接方法によって溶接する様子を模式的に示した側面断面図である。
【符号の説明】
【0082】
L極(電極、先行極)
T極(電極、後行極)
W1、W2 溶接ワイヤ(第1溶接ワイヤ、第2溶接ワイヤ)
G シールドガス
S 鋼材(母材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シールドガスを用い、2つの電極で1つの溶融池を形成して溶接するタンデムアーク溶接方法において、
Ni及びMnの含有量が、0.50(質量%)≦{Ni(質量%)+Mn(質量%)}≦6.00(質量%)を満足する鉄系ワイヤである第1溶接ワイヤと、
Ni及びMnの含有量が、11.00(質量%)≦{Ni(質量%)+Mn(質量%)}≦50.00(質量%)を満足するワイヤである第2溶接ワイヤとを用いることを特徴とするタンデムアーク溶接方法。
【請求項2】
前記第2溶接ワイヤにおいて、Neq=Ni(質量%)+30×C(質量%)+0.5×Mn(質量%)によって算出されるNi当量Neq、及び、Req=Cr(質量%)+Mo(質量%)+1.5×Si(質量%)+0.5×Nb(質量%)によって算出されるCr当量Reqが、(Neq−25.2+0.8×Req)>0を満足することを特徴とする請求項1に記載のタンデムアーク溶接方法。
【請求項3】
前記第2溶接ワイヤの送給速度[WN]と前記第1溶接ワイヤの送給速度[WF]の比[WN]/[WF]が、0.5≦([WN]/[WF])≦1.2を満足し、かつ、先行極のワイヤの送給速度が後行極のワイヤの送給速度以上であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のタンデムアーク溶接方法。
【請求項4】
前記2つの電極に接続される溶接電源がパルス溶接電源であることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のタンデムアーク溶接方法。
【請求項5】
前記シールドガスが、Arを75体積%以上、98体積%以下含有し、残部にCOもしくはOの1種以上を含むことを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のタンデムアーク溶接方法。
【請求項6】
前記シールドガスが、Heを含むことを特徴とする請求項5に記載のタンデムアーク溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−268577(P2007−268577A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−98892(P2006−98892)
【出願日】平成18年3月31日(2006.3.31)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】