説明

ダム堤体の変位計測装置

【課題】ダム堤体の変位を正確に、かつ、低コストに測定することができるダム堤体の変位計測装置を提供する。
【解決手段】ダム堤体の変位計測装置の傾斜計21の測定傾斜角と傾斜計21の周囲の測定温度は記憶部25に記憶される。制御部27は、測定温度から傾斜計21によって測定された傾斜角を補正し、補正された傾斜角から傾斜計21周辺のダム堤体の変位量を産出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダム堤体の変位(ひずみ)を計測するダム堤体の変位計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ダムの堤体は貯水を堰き止めるものであり、ダムの貯水量により変形する。ダム堤体の変形量が急激に増えた場合、或いは、一時的に貯水量が増えたときに変形し、その後貯水量が元に戻っても変形量が減少しない場合などは、ダム堤体が異常な状態にある。このような状態になっていないかについて把握する必要がある。そのため、ダム堤体の変位を計測し、事前にダム堤体の異常を検出する方法がとられている。
従来において、ダムの堤体の変位を計測する手段として、プラムライン装置がある(特許文献1参照)。
図10はプラムライン装置301の概略構成図である。ダム堤体310は貯水320を堰き止める。ダム堤体301の内部には、竪穴330が掘られ、その竪穴330には上方からライン340が垂下される。竪穴330には少なくとも一つ以上の計測室351、352が設けられ、計測器が固定設置される。計測室351、352に設置された計測器は、自身とライン340との距離を測定する。それぞれの計測器とラインとの距離の変化から、ダム堤体310の変位を計測する手段がプラムライン装置301である。
【0003】
【特許文献1】特開平10−102967号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、プラムライン装置では、ダム堤体に測定用の竪穴を掘らなければならず、コストが高くなるという問題がある。例えば、ダム堤体の高さは、何十メートルから大きいもので何百メートルとなり、竪穴も相当の深さを掘る必要があり、システムも非常に大きく、可搬性がない。
また、変位を計測する計測器を設置する計測室も、ダム建設時に建設される必要があり、計測室以外の他の地点では変位を計測することができないという問題がある。
【0005】
本発明は、以上の点に鑑みてなされたものであり、コンパクトで可搬性のある傾斜計を用いて、ダム堤体の変位を正確に、かつ、低コストに測定することができるダム堤体の変位計測装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した目的を達成するために本発明は、ダム堤体の変位を計測するダム堤体の変位計測装置であって、前記ダム堤体の内部の基準位置に設けられ、前記ダム堤体が変形した際、前記基準位置からの傾斜角度を測定する傾斜計と、前記基準位置の位置と、前記傾斜計に測定された傾斜角度とを用いて、前記傾斜計周辺のダム堤体の変位を算出する変位算出手段とを具備する。
これにより、傾斜計にて傾斜量を検出し、この検出結果である傾斜量から変位を算出するようにしたので、傾斜量がわかれば、ダムの変位を算出することができるようになり、これにより、コンパクトで可搬性のある傾斜計を用いて、ダム堤体の変位を低コストに測定することができる。
ここで、変位の計算は、例えば、基準位置からダム堤体の基礎岩盤面までの垂直距離をr、傾斜計が測定した傾斜角度をθとすると、前記変位算出手段は、傾斜計付近のダム堤体の変位量Dを
D=(r・sin θ)・ cos θ
として算出することができる。
【0007】
また、本発明は、水平維持手段を更に具備し、前記基準位置に前記傾斜計を水平に設置することが可能である。
また、本発明は、前記傾斜計付近の温度を測定する温度計と、前記温度計により測定した温度を基に、前記傾斜計が測定した傾斜角を補正する温度補正手段と、を更に具備する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ダム堤体内部に設けられた空間の各所において、正確なダム堤体の変位量を計測することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、添付図面を参照しながら、本発明に係るダム堤体の変位計測装置の実施形態について説明する。なお、実施の形態において同じ符号を付した構成要素は、同様の機能を有し、同様の動作を行うものとして、再度の説明を省略する場合がある。
【0010】
図1は、本実施の形熊におけるダム堤体の変位計測装置による変位計測の説明図である。図2は、ダム堤体の変位計測装置の概略ブロック構成図である。
図1に示すように、ダム堤体3は川などの貯水5を堰き止める。通常、ダム堤体3の内部には、ダムの運転を管理する管理制御室、漏水等を監視する監視室、エレベータ用の竪穴及びエレベータ乗降口を含むエレベータ室、それらを結ぶダム内通路等が設けられる。ここでは、図1に示すダム内通路11−1に変位計測装置の傾斜計21−1が設けられた場合を例に説明する。例えば、初期位置(基準位置)21−1aに設置された傾斜計21−1の決められた位置から垂直下方に伸ばした軸l1を考え、軸l1と基礎地盤面7との交点を仮想固定点Pxとする。
【0011】
ここで、ダムの貯水5が増水し、ダム堤体3が変形し、ダム内通路11−1がダム内通路11−2に移動し、傾斜計21−1が、位置21−1aから位置21−1bの位置に移動したとする。このとき、傾斜計21−1が計測した傾斜角度は、仮想固定点Pxを中心に軸l1から軸l2への回転移動角θxと等しい。こうして、傾斜計21−1により計測された傾斜角θxから変位量Dx、即ちダム堤体3のx方向の変位量が求められる。ここで、x方向は、ダム(川)の上下流方向を示し、y方向はダム(川)の幅方向を示す。y方向の変位量に関しても同様に求められ、両者の変位量をダム堤体3の変位とするものである。変位の算出方法については後に詳細に説明する。
【0012】
図2に示すように、ダム堤体3の変位計測装置は、傾斜計21、温度計23、記憶部25、制御部27、報知部29等から構成される。傾斜計21は、前述のように、水平面に対する傾斜角を求める装置である。温度計23は、傾斜計21の周囲の温度を測定する。例えば、傾斜計21は、油中に振り子を配した構成を有し、油の温度(周囲の温度)が出力値に影響を及ぼすため、温度によって出力値を補正する必要がある。この補正処理については後に説明する。傾斜計21、温度計23は、予め決められた時間ごとに傾斜角と温度とを測定する。
記憶部25は、傾斜計21及び温度計23によって計測された傾斜角や温度を記憶する。尚、傾斜計21と記憶部25とが一体となっていてもよい。
【0013】
制御部27は、傾斜計21や温度計23からの出力から正しい傾斜角度を算出し、ダム堤体3の変位を計算する。後述する温度による傾斜計21の補正も制御部27が行う。即ち、制御部27は、変位算出手段であり、温度補正手段である。制御部27は、例えば、ダム堤体3に設けられたダム管理室に設置されたコンピュータであってもよい。報知部29は、音、光等を出力することによって周囲に異常等を報知するものである。制御部27はダム堤体3の変位の計算値が異常である場合は、報知部29に通知し、報知部29はダム堤体3の変位に異常があることを音や光などを出力することにより報知する。
【0014】
次に、ダム堤体の変位計測装置による変位の計測、算出方法について説明する。
図3は、図2に示す測定部20の設置の一例を示す正面図であり、図4は、測定部20の設置の一例を示す上面図である。
固定板31上に設けられた測定用ボックス30内には、傾斜計21−1、21−2が固定板31に固定設置され、温度計23が設置される。固定板31は、高さ調整ねじ33−1、33−2、33−3、33−4によって支持され、例えば、ダム内通路11に設置される。
【0015】
図5は、高さ調整ねじ33の高さ調節機能を説明する図である。図5に示すように、変位計測装置を設置する設置面61が水平でない場合、高さ調整ねじ33−1、33−2、33−3、33−4の長さを調整することによって、固定板31を水平に調整し、測定ボックス30内の傾斜計21−1、21−2は常に水平に設置される。
【0016】
図4に示すように、傾斜計21−1はダム堤体3のダム(川)の上下流方向の変位量Dxを計測するために、傾斜計21−2はダム堤体3のダム(川)幅方向の変位Dyを計測するために設置される。以下、傾斜計21−1による変位量Dxの計測を例に説明する。
【0017】
図6は、傾斜計21−1の移動を示す図であり、図7は、傾斜計21−1の回転移動量とダム堤体3の変位量Dxとの関係を示す図である。
図6に示すように、ダム堤体3が変形したことによって、傾斜計21−1が初期位置21−1aから位置21−1bまで回転移動したとする。いま、初期位置21−1aの傾斜計21−1の重心Gaから垂直下方に伸ばした軸l1を考え、軸l1と基礎地盤面7との交点を仮想固定点Pxとする。また、傾斜計21−1が位置21−1aから位置21−1bに移動したときの、傾斜計21−1の重心Gbと仮想固定点Pxとを通る軸をl2とする。傾斜計21−1は、あらかじめ決められた時間ごとに傾斜角を測定する。位置21−1bにある傾斜計21−1が測定した傾斜角θxは、軸l1と軸l2とがなす角、即ち、回転移動角に等しい。
【0018】
従って、図7に示すように、傾斜計21−1の周囲のダム堤体3の変位量Dxは、傾斜計21−1より測定された傾斜角θx、初期位置21−1aの傾斜計21−1から基礎地盤面7までの垂直距離rを用いて次式で表される。
Dx = (r・sin θx)・ cos θx …(1)
この変位量Dxの算出は、傾斜計21−1と温度計23が測定を行うたびに、変位計測装置の制御部27によって行われる。
ここでは、rを傾斜計21−1の重心から仮想固定点までの距離としたが、傾斜計下面から仮想固定点の距離としてもよい。
ダム幅方向の変位量Dyについても同様に求めることができる。
【0019】
次に、傾斜計21−1、21−2の出力に対する補正について説明する。傾斜計21−1、21−2には個体固有の出力値の誤差があるため、本実施の形態ではその出力値の誤差を補正することが可能である。また、傾斜計21−1、21−2の出力は、その周囲温度によって変化するため、本実施の形態では、温度を考慮した出力補正も可能である。
【0020】
ここでは、傾斜計21−1、21−2は傾斜角を電圧として出力する傾斜計であるとする。例えば、温度の影響がない場合は傾斜計の出力電圧V[V]は次式で表される。
V = K × sin θ …(2)
ここで、Kは係数、θは傾斜角であり、例えばθx或いはθyである。
そして、傾斜計21の個体差の補正、温度による補正を行った後の補正出力電圧Vh[V]は次式で表される。
Vh = G(T) × K × sin θ × Z(T) …(3)
ここで、Tは温度計23によって測定された傾斜計21の周囲温度、G(T)は温度補正係数、Z(T)は個体差による補正係数(以下、オフセット補正電圧とする)である。
【0021】
温度補正係数G(T)、オフセット補正電圧Z(T)を求めるために、予め、傾斜計の決められた温度での決められた角度の出力を測定する。
図8は、角度と温度による傾斜計21の出力電圧値の一例を示す表である。ここで、傾斜計21は、傾斜角度「−1(度)」から「1(度)」を出力電圧「−5.0(V)」から「5.0(V)」の範囲に対応させて出力するように規定されているとする。理想的には、傾斜角度が「0(度)」の場合、どの温度でも「0(V)」を出力するのだが、実際の傾斜計21には個体差や周囲温度による誤差がある。
【0022】
図8に示すように、傾斜計21の出力電圧は、温度「0℃」のときに「−0.039(V)」、温度「15℃」のときに「−0.025(V)」、…と変化する。そこで、傾斜角度「0(度)」の場合の測定した温度と傾斜計21の出力電圧とを測定点としてプロットする。図9が、測定点をプロットして得られた近似カーブ61を示す図である。図9に示すカーブ61から近似式を求め、測定点以外の温度Tにおける出力電圧の逆数を、(3)式のオフセット補正電圧Z(T)として加算する。
【0023】
次に、温度補正係数G(T)の算出について説明する。
理想的には、傾斜計21の出力は、どの温度であっても、傾斜角度が「1(度)」のときの出力電圧は「5.0(V)」、傾斜角度が「−1(度)」のときの出力電圧は「−5.0(V)」であるが、実際の傾斜計21の出力電圧は、図8に示すように温度によって変化する。そこで、本実施の形態では、角度が「−1(度)」から「0(度)」までの出力電圧の傾きと、角度が「0(度)」から「1(度)」までの出力電圧の傾きとの平均を求めて、その逆数を温度Tにおける温度補正係数G(T)として、(3)式に示すように実際の傾斜計の出力電圧に乗算する。
【0024】
尚、(3)式を基にした、傾斜計21の出力補正処理は、制御部27によって行われる。
以上説明したように、本実施の形態では、傾斜計21の個体差による補正、温度による補正を出力に施すことが可能であり、正確な傾斜角、即ち、正確なダム堤体の変位量を求めることが可能である。
【0025】
尚、本実施の形態では、傾斜計21を設置した場所は1箇所として説明したが、複数個所に設置可能である。
また、本測定部20(記憶部25を含めた場合でも)はコンパクトに設計可能であり、運搬移動可能であり、従来のプラムライン装置に比べて、低コストである。
また、高さ調節機能(水平維持機能)を有するため、ダム堤体3内に設けられた空間内のどこでも設置可能であり、補正機能を有するため、どの場所でも正確な傾斜角を測定することが可能である。
【0026】
本発明は、以上の実施の形態に限定されることなく、種々の変更が可能であり、それらも本発明の範囲内に包含されるものであることは言うまでもない。
【0027】
以上のように、本発明に係るダム堤体の変位計測装置は、ダム堤体内に設けられた空間の各所に設置可能であり、設置箇所付近のダム堤体の変位量を正確に求める手段として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】ダム堤体の変位計測装置による変位計測の説明図
【図2】ダム堤体の変位計測装置の概略ブロック図
【図3】測定部20の設置の一例を示す正面図
【図4】測定部20の設置の一例を示す上面図
【図5】高さ調節機能を説明するための図
【図6】ダム堤体の変位Dxと傾斜計の回転移動θを示す図
【図7】ダム堤体の変位Dxと傾斜計の回転移動θの関係を示す図
【図8】各角度、各温度における傾斜計の出力電圧の一例を示す図
【図9】傾斜角「0度」における各温度の出力電圧の近似カーブを示す図
【図10】従来のプラムライン装置による変位計測を説明するための図
【符号の説明】
【0029】
3…ダム堤体
5…貯水
11−1、11−2…ダム内通路
21、21−1、21−2…傾斜計
23…温度計
25…記憶部
27…制御部
29…報知部
31…固定板
33、33−1、33−2、33−3、33−4…高さ調節ねじ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダム堤体の変位を計測するダム堤体の変位計測装置であって、
前記ダム堤体の内部の基準位置に設けられ、前記ダム堤体が変形した際、前記基準位置からの傾斜角度を測定する傾斜計と、
前記基準位置の位置と、前記傾斜計に測定された傾斜角度とを用いて、前記傾斜計周辺のダム堤体の変位を算出する変位算出手段と、
を具備することを特徴とするダム堤体の変位計測装置。
【請求項2】
前記基準位置から前記ダム堤体の基礎岩盤面までの垂直距離をr、前記傾斜計が測定した傾斜角度をθとすると、
前記変位算出手段は、変位量Dを
D=(r・sin θ)・ cos θ
として算出することを特徴とする請求項1記載のダム堤体の変位計測装置。
【請求項3】
水平維持手段を更に具備し、
前記水平維持手段は、前記基準位置に前記傾斜計を水平に設置することを特徴とする請求項1記載のダム堤体の変位計測装置。
【請求項4】
前記傾斜計付近の温度を測定する温度計と、
前記温度計により測定した温度を基に、前記傾斜計が測定した傾斜角を補正する温度補正手段と、
を更に具備することを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載されたダム堤体の変位計測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−216637(P2009−216637A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−62594(P2008−62594)
【出願日】平成20年3月12日(2008.3.12)
【出願人】(000002059)シンフォニアテクノロジー株式会社 (1,111)
【Fターム(参考)】