説明

チタンおよびチタン合金の製造方法

【課題】酸化チタン含有金属酸化物を溶融塩中で電解することによりチタン酸化物等を還元してチタンおよびチタン合金を製造する方法を提供する。
【解決手段】酸化チタン含有金属酸化物粉末3を還元領域(例えば、網籠4)に入れて塩化カルシウムを含む溶融塩5中に浸漬し、網籠を陰極とし、網籠内部の酸化チタン含有金属酸化物粉末を攪拌しながら、陽極側領域の溶融塩に浸漬した陽極6との間で通電して前記金属酸化物粉末を還元する。攪拌を不活性ガスの吹き込みにより行えば、網籠内部で酸化チタン粉末を簡便かつ効果的に攪拌することができる。また、前記金属酸化物粉末にあらかじめ金属チタン8を混合しておくと、良好な導電性を確保でき、製造を効率よく行える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化チタンを含有する金属酸化物を、塩化カルシウムを含む溶融塩中での電解により直接還元してチタンおよびチタン合金を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属チタンおよびチタン合金は、耐食性に優れ、軽量でかつ強度が高い(すなわち、比強度が高い)等の優れた特性を備えており、航空機材料、石油精製、石油化学を含む化学プラントの装置材料、伝熱管や熱交換器用材料をはじめ、自動車部品、医療関係の機器類、スポーツ用具などの素材として、多岐にわたる産業分野で広く使用されている。
【0003】
金属チタンの製造に当たっては、通常、ルチル(TiO2)、イルメナイト(FeTiO3)等の鉱石を前処理して得られる酸化チタン(TiO2)を塩素化して四塩化チタン(TiCl4)とし、これをマグネシウムと反応させて還元し、スポンジ状の金属チタンとするクロール法(Mg還元法)が用いられている。
【0004】
しかし、四塩化チタンをスポンジチタンとする工程はバッチ方式で、連続化が困難であり、また、四塩化チタンの還元により生じる塩化マグネシウム(MgCl2)の再利用のために、MgCl2を溶融塩電解法によりMgとCl2に分離する際、多大なエネルギー(電力)が消費される。そのため、連続操業が可能で、電力消費量を低減できる金属チタンの製造方法の開発が求められている。
【0005】
そのような方法の一つとして期待されているのがチタンの酸化物を直接還元して金属チタンを得る方法である。
【0006】
これに関連する技術として、特許文献1には、塩化物溶融塩中で電気分解によりTi、Si、Geなどの金属の酸化物から酸素を除去する直接電解法が開示されている。この方法は、例えば、酸素を含む金属チタンを陰極として溶融塩中で通電すると、溶融塩中の金属イオンがチタンの表面に析出するよりも、チタン中の酸素が電解質中に移動(溶解)する反応の方が優先的に進行するという現象を利用するもので、金属チタン中の酸素だけではなく、チタン酸化物を陰極と接触させておくことによりチタン酸化物から酸素を除去できるとしている。しかし、この方法を直ちに実用化に結びつけることは困難で、様々な問題を解決する必要がある。
【0007】
また、特許文献2には、酸化チタン粉末を、酸化カルシウムを含む塩化カルシウム溶融塩の電気分解により生成させたカルシウムイオンおよび電子により還元・脱酸し、金属チタンを生成させ、還元容器の底部から抜き取る金属チタンの精錬方法および精錬装置が提案されている。ここには、塩化カルシウム浴の内部に酸化チタン粉末を収納したモリブデン製容器を入れて酸化チタンを還元する方法が記載されている。
【0008】
しかしながら、この方法では、酸化チタンの一部は還元されて金属チタンになるが、その後の還元が進まなくなるという問題がある。還元時に生成する酸化カルシウム(CaO)によりその周辺が高粘性になって酸化カルシウムの拡散移動が起こりにくくなり、また、酸化カルシウムが酸化チタンの表面に析出、付着することによるものと考えられる。
【0009】
また、モリブデン製容器内の酸化チタン粉末の一部が溶融塩の流動(浴内の流れ)に伴い巻き上げられて溶融塩中に拡散、流動するとともにチタンに還元され、電解槽の底部に沈殿するが、その一部は、陽極の炭素により炭化されて炭化チタン(TiC)を形成し、または、炭素濃度が高められたチタンとなる。そのため、底部から抜き取られるチタンにはこのようなC汚染(すなわち、C濃度の上昇、TiCの形成)が生じたチタンが混入し、真空アーク溶解(VAR)でもC汚染を取り除くことはできないので、得られるチタン材の加工性が劣化する。
【0010】
【特許文献1】特表2002−517613号公報
【0011】
【特許文献2】特開2003−129268号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、酸化チタン粉末を塩化カルシウム溶融塩中に浸漬し、電解することによりこれを還元して金属チタンとする方法における前述した問題、すなわち、還元時に生成する酸化カルシウム(CaO)の酸化チタン表面への析出、付着等による還元反応の遅延、抑制、ならびに、酸化チタン粉末の溶融塩中(特に、陽極側)への拡散および還元により生成するチタンのC汚染の問題を解決し、酸化チタンを含有する金属酸化物を電解により還元するチタンおよびチタン合金の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前述の課題を解決するため、酸化チタン粉末を陰極内部(陰極に囲まれた内側)に保持したまま電解して還元反応を進行させる方法について検討した。酸化チタン粉末を陰極内部に留めることができれば、酸化チタン粉末や還元により生成した金属チタンの溶融塩中(特に、陽極側)への拡散および陽極(黒鉛電極)との接触を防止してチタンのC汚染を抑制することができ、さらに、還元容器(電解槽)の底部から金属チタンを回収する方法では混入が避けられない炭化チタン以外の他の不純物の金属チタンへの混入防止も可能となるからである。
【0014】
すなわち、酸化チタン粉末を陰極内部に保持するために、陰極を網籠状にしてその中に酸化チタン粉末を入れ、酸化チタン粉末や還元により生成した金属チタンが網籠内に留まって籠の外へはほとんど出ないようにし、溶融塩だけが網目を通して流通する状態で電解による酸化チタンの還元を試みた。その結果、チタンのC汚染(C濃度の上昇、TiCの形成)は抑制できたが、網籠内部の酸化チタンに酸化カルシウムが付着し、還元反応を継続して進行させることはできなかった。
【0015】
そこで、網籠の底部からアルゴン(Ar)ガスを吹き込んだところ、網籠内部で酸化チタン粉末が溶融塩の流動に伴って攪拌され、還元反応が進行して酸化チタンが効果的に金属チタンに還元されることが判明した。
【0016】
本発明はこのような検討の結果なされたもので、その要旨は、下記のチタンおよびチタン合金の製造方法にある。すなわち、
『還元領域と陽極側領域との境界が陰極を形成する網で構成された電解槽内に塩化カルシウムを含む溶融塩を入れ、酸化チタン含有金属酸化物粉末を前記還元領域内の溶融塩中に投入し、還元領域内の酸化チタン含有金属酸化物粉末を攪拌しながら、陽極側領域の溶融塩に浸漬した陽極との間で通電して酸化チタン含有金属酸化物粉末を還元するチタンおよびチタン合金の製造方法』である。
【0017】
ここで、「酸化チタン含有金属酸化物」とは、酸化チタン単独、または酸化チタンを主体として、例えば、酸化バナジウム、酸化アルミニウム、酸化クロム等、チタンに合金成分として加えようとする元素の酸化物を含む金属酸化物をいう。
【0018】
「塩化カルシウムを含む溶融塩」とは、塩化カルシウム(CaCl2)のみ、または、塩化カルシウムの他に、融点の低下、粘性等の調整のための塩化カリウム(KCl)、弗化カルシウム(CaF2)等を含む溶融塩をいう。溶融塩に混合塩を用いる場合、塩化カルシウムや弗化カルシウムなどのカルシウム化合物の濃度が低過ぎると、溶融塩中のカルシウムイオンが不足して反応率が低下するので、カルシウム化合物の濃度は10質量%以上が望ましい。なお、以下の説明において、「電解液」ともいう。
【0019】
また、「還元領域」とは、金属酸化物、例えば、酸化チタン(TiO2)が還元されて金属チタンになる反応が生じる陰極側領域である。この場合は、陽極側領域との境界に設けられた網が陰極として機能する。また、「陽極側領域」とは、陽極が浸漬され、前記還元領域との境界が網で区分けされた、還元領域以外の領域である。
【0020】
前記本発明のチタンおよびチタン合金の製造方法において、『還元領域を網籠で構成する』方法(これを「実施態様1」の方法という)を用いれば、酸化チタン含有金属酸化物粉末の取り扱い、特に、還元終了後の残留物(金属チタン)の回収が容易であり、陰極を構成する網籠を電解槽から取り外せるので、メンテナンス上の利点も大きい。
【0021】
本発明の製造方法(「実施態様1」の方法を含む)において、『陽極を黒鉛電極とする』方法(これを「実施態様2」の方法という)を用いれば、高温の塩化カルシウムを含む溶融塩中でも耐熱衝撃性に優れ、望ましい。
【0022】
本発明の「実施態様1」または「実施態様2」の方法において、『網籠内部と網籠外部間の溶融塩の流通が網籠の網目以外では起こらないように構成された網籠を用いる』方法(これを「実施態様3」の方法という)を採用すれば、酸化チタン含有金属酸化物粉末や生成したチタン等の網籠外への漏出を防止して炭化チタンの生成を抑制することができる。
【0023】
本発明の製造方法(「実施態様1〜3」の方法を含む)において、『網籠内部の酸化チタン含有金属酸化物粉末の攪拌を、不活性ガスの吹き込みにより行う』方法(これを「実施態様4」の方法という)を採用すれば、網籠内部で酸化チタン粉末を簡便かつ効果的に攪拌することができる。
【0024】
本発明の製造方法(「実施態様1〜4」の方法を含む)において、『還元が終了した後、網籠の内部の残留物を回収する』方法(これを「実施態様5」の方法という)を採用すれば、還元して得られるチタンまたはチタン合金を回収できる。特に、還元領域を網籠で構成する「実施態様1」の方法を用いる場合は、網籠を引き上げるだけでよいので、回収は極めて容易である。
【0025】
また、本発明の製造方法(「実施態様1〜5」の方法を含む)において、『網籠に入れる酸化チタン含有金属酸化物粉末にあらかじめ金属チタンを混合しておく』方法(これを「実施態様6」の方法という)を採用すれば、良好な導電性を確保でき、製造を効率よく行える。
【発明の効果】
【0026】
本発明のチタンおよびチタン合金の製造方法によれば、酸化チタン含有金属酸化物粉末を電解により直接還元して、容易にチタンまたはチタン合金を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
前述のとおり、本発明のチタンおよびチタン合金の製造方法は、下記(1)および(2)の工程を備えている。
(1)還元領域と陽極側領域との境界が陰極を形成する網で構成された電解槽内に塩化カルシウムを含む溶融塩を入れ、酸化チタン含有金属酸化物粉末を前記還元領域内の溶融塩中に投入する工程
(2)還元領域内の酸化チタン含有金属酸化物粉末を攪拌しながら、陽極側領域の溶融塩に浸漬した陽極との間で通電して酸化チタン含有金属酸化物粉末を還元する工程
すなわち、(1)の工程では、酸化チタン含有金属酸化物粉末を電解槽内の溶融塩中に投入するのであるが、その電解槽が網(この網が、陰極として機能する)によって還元領域と陽極側領域とに区分されている。
【0028】
このような網による境界を設けるのは、溶融塩の流通を確保しつつ、還元領域で生成した金属チタンの陽極側領域への移動を抑えるとともに、陽極側領域で生成するC(炭素)やCaC2(炭化カルシウム)の還元領域への侵入によるチタンのC汚染を回避するためである。網を設けることにより、還元領域内のみを攪拌して還元反応の促進を図ることも可能となる。
【0029】
網を陰極とするのは、還元領域内の酸化チタン含有金属酸化物粉末を還元して金属チタンとするためである。
【0030】
網の材質は、通電する際の陰極となるので、導体製であることが必要である。さらに、高温の塩化カルシウムを含む溶融塩中での長期間の使用に耐えること、細かい網目の籠を比較的容易に作製できる加工性を備えることも要求される。例えば、鉄(鋼)、チタン、モリブデン等が採用できる。
【0031】
網の形状は、特に限定されない。例えば、電解槽内を適当な位置で還元領域と陽極側領域とに垂直に二分できるような平板状の網でもよいし、還元領域内での反応の効率や、攪拌効果等を考慮した特異な形状のものでもよい。この後に述べるように、還元により生成した金属チタンの回収時における利便性なども考慮して、網籠状に形成されたものであってもよい。
【0032】
網目の大きさも、限定はしないが、酸化チタン含有金属酸化物粉末が高温の溶融塩中で網を通して陽極側領域へ漏出しない程度のかなり細かいものとする必要がある。特に、本発明の方法では、この後の(2)の工程で述べるように、網籠内部の酸化チタン含有金属酸化物粉末を攪拌し、流動させるので、そのような条件下でも漏出しないような配慮を要する。
【0033】
還元領域内の溶融塩中に投入する酸化チタン含有金属酸化物粉末としては、酸化チタン単独でもよいが、例えば、酸化バナジウム、酸化アルミニウム、酸化クロム等を含有する酸化チタンを用いてもよい。これらの酸化物は、酸化チタンと同様に還元されて、バナジウム、アルミニウム、クロム等としてチタンに固溶した状態(チタン合金)となるので、酸化バナジウム、酸化アルミニウム、酸化クロム等の混合量は、その合金組成に見合った量とすればよい。
【0034】
酸化チタン含有金属酸化物粉末の粒径は0.03〜0.2mmの範囲内とするのが望ましい。粒径が0.2mmを超えると粗粒のためにその金属酸化物が偏析して、均一な合金が得られにくく、0.03mm未満では電解時に網目を通り抜けてしまい、合金成分の濃度が実際に酸化物として添加した濃度より低下してしまう。
【0035】
(2)の工程では、還元領域内の酸化チタン含有金属酸化物粉末を攪拌しながら、陽極側領域の溶融塩に浸漬した陽極との間で通電して酸化チタン含有金属酸化物粉末を還元する。
【0036】
還元領域と陽極側領域との境界を構成する網(陰極)と、陽極側領域の溶融塩に浸漬した陽極との間で通電し、電解すると、陰極(網)と酸化チタン含有金属酸化物粉末(例えば、酸化チタン)との接点では下記(1)式の電極反応が生じ、さらに、陰極近傍では(2)式の化学反応が進行して、(1)式の反応で生成したCaにより酸化チタン(TiO2)が還元され、金属チタン(Ti)が生じる。なお、酸化バナジウム等のチタンに合金成分として加えようとする元素の酸化物が含まれていれば、同様に還元され、金属V等が生じてチタン合金となる。
【0037】
陰極: 2Ca2++4e-→2Ca ・・(1)
TiO2+2Ca→Ti+2CaO ・・(2)
図1は、陰極(網)と酸化チタンとの接点およびその近傍における前記(1)、(2)の反応の結果生じる状態を模式的に示す図である。酸化チタン1(TiO2)が、例えばモリブデンなどの金属製容器に収納され、静止した状態で網2(陰極)に接触する場合は、図1に示すように、その接点の電解液(CaCl2)に網2から電子(e-)が与えられ、前記(1)式の反応によりCaが生成する。このCaは、直ちに酸化チタン1(TiO2)と(2)式のように反応して金属チタン(Ti)と酸化カルシウム(CaO)が生じる。
【0038】
しかし、酸化チタン1(TiO2)は静止した状態なので、前述のように、酸化カルシウム(CaO)の拡散、移動が起こりにくく、CaOがTiO2の表面に析出、付着し、TiO2の表面がCaOで覆われる。その結果、(2)式の反応は進まず、酸化チタン1(TiO2)の還元は進行しない。
【0039】
本発明の製造方法で行うように、還元領域内の酸化チタン1を攪拌し、電解液を流動させた状態の中で、酸化チタン1(TiO2)が網2に接触する場合は、酸化カルシウム(CaO)は電解液(CaCl2)中に容易に移行し、網2を通過して陽極側領域へも拡散、移動し、陽極近傍にも達する。
【0040】
攪拌によって網2から離れた酸化チタン1が再び網2(陰極)に接触すると、その接点で前記の反応により更に金属チタンが生成する(なお、図1中に破線で囲み、Tiと表示した部分は、網2との最初の接触により生成したTiである)。このようにTiが生成する場合、TiO2表面から酸素(O2)が抜けることになるので、酸化チタン1は多孔質(ポーラス)になっており、電解液(CaCl2)は酸化チタン1の内部側まで浸透している。したがって、酸化チタン1が網2との接触、離脱を繰り返す間に、前記(1)式、(2)式の反応によるTiO2のTiへの還元は酸化チタン1の内部まで容易に進行すると推察される。
【0041】
結局、酸化チタン1(TiO2)の還元が進行するためには、電子(e-)を供給する網2と、それを受け取る電解液(CaCl2)と、還元の対象である酸化チタン1(TiO2)の三者の共存が不可欠であるが、本発明の製造方法では、還元領域内の酸化チタン1を攪拌し、電解液とともに流動させるので、常にTiO2面が電解液(CaCl2)に接しており、製造の過程で、酸化チタン1(TiO2)が網2に接触しさえすれば、この条件が満たされることとなる。なお、還元領域内の酸化チタン1を攪拌し、流動させると、網2と酸化チタン1との接触の機会が少なく、反応が起こりにくいようにも思えるが、実際には還元反応が進行するので、流動している酸化チタン1粉末が網2に接触した瞬間に還元されるものと考えられる。
【0042】
一方、陽極では、一般には下記(3)式の電極反応が生じるが、陽極が黒鉛電極(カーボン)であれば、下記(4)式の電極反応が生じ、陽極表面から二酸化炭素(CO2)が発生する。
【0043】
陽極: 2CaO→O2+2Ca2++4e- ・・(3)
陽極(黒鉛): 2CaO+C→CO2+2Ca2++4e- ・・(4)
陽極の材質は導電体であれば特に限定されないが、黒鉛電極が、電気の良導体で、耐薬品性、耐熱衝撃性に優れており、これを用いるのが望ましい(「実施態様2」の方法)。
【0044】
(2)の工程では、網(陰極)と陽極との間で通電する際に、酸化チタン含有金属酸化物粉末を攪拌する。これによって、前記の図1における説明でも一部触れたように、酸化チタンの還元反応を継続して進行させるとともに、チタンのC汚染を防止するという顕著な効果が得られる。すなわち、本発明の製造方法では、還元領域内の酸化チタンを攪拌することが特徴の一つであるが、ここで、攪拌の作用効果について整理し、概述する。
【0045】
(a)攪拌無しの場合
還元領域と陽極側領域との境界に網を設けた場合、酸化チタンが網に接した部分では、前記(1)式および(2)式の反応が起こり、Tiが生成するが、同時に生成するCaOの拡散、移動が起こりにくく、TiO2の表面がCaOで覆われる。そのため、(2)式の反応は継続せず、Tiの生成が遅延する。
【0046】
一方、(1)式の反応は進行するので、未反応Caが生成し、電解液(CaCl2)に溶解して陽極側領域へも拡散、移動する。この未反応Caは、陽極(黒鉛電極)で前記(4)式の反応で生成したCO2を還元してCを生じさせ(下記の(5)式参照)、さらに、このCと反応してCaC2(炭化カルシウム)を生成する(下記(6)式)。生成したCaC2は、CaCl2に溶解した状態で還元領域へ拡散、移動し、(1)式および(2)式の反応で生成したTiと反応し、TiC(炭化チタン)を形成する(下記(7)式)。すなわち、C汚染が生じる。
【0047】
CO2+2Ca→C+2CaO ・・(5)
2C+Ca→CaC2 ・・(6)
2Ti+CaC2→2TiC+Ca ・・(7)
網を設けない場合も、Ca等の拡散、移動速度に差はあるものの、同様の反応が生じて、Ti生成の遅延、およびC汚染が生じる。
【0048】
(b)網が無く、電解槽内全体を攪拌した場合
この場合は、陰極(網が無いので、別に設けた金属製の陰極を使用)において、(2)式の反応で生成するCaOが拡散、除去されやすいので、Tiの生成は継続して進行するが、(4)式の反応で生じたCO2の還元(前記(5)式)により生成するCが、(2)式の反応で生成するTiと反応してTiCを形成する(下記(8)式)。さらに、このCは、Caと反応してCaC2を生成する(前記(6)式)。生成したCaC2は、前記と同様に、Tiと反応し、TiCを形成する(前記(7)式)。
【0049】
Ti+C→TiC ・・(8)
電解槽内全体が攪拌されているので、前記のTiCの形成反応((8)式)、CaC2が生成する反応(前記(6)式)には、陽極(黒鉛電極)を構成するCの関与も大きい。
【0050】
すなわち、この場合はC汚染が生じ、しかも、生成したTiの電解槽内での流動を妨げる網が設けられていないだけに、汚染の進行は著しい。
【0051】
(c)網が有り、電解槽内全体(網の内外)を攪拌した場合
網の近傍で(2)式によりTiが生成するが、網が設けられているので、生成したTiの還元領域外への拡散、移動は妨げられる。一方、(1)式により網の近傍で生成したCaは(2)式の反応に消費されるが、網の外側(陽極側領域)も攪拌されているので、網の外側のCaCl2の流動に伴われ、一部が未反応Caとして陽極側領域へも移動する。
【0052】
そのため、(4)式の反応で生じたCO2の還元反応(前記(5)式)と、これに続くCaC2の生成反応(前記(6)式)が進行し、生成したCaC2は、攪拌により網の近傍へも移動して、網の近傍でTiと反応し、TiCを形成する(前記(7)式)。このTiCはCaCl2に溶解して還元領域内にも移動するので、やはりC汚染が生じる。
【0053】
(d)網が有り、還元領域内(網内)のみを攪拌した場合(本発明で採用する方式)
網の近傍で(2)式によりTiが生成するが、網が設けられているので、生成したTiの還元領域外への拡散、移動は妨げられる。一方、(1)式により網の近傍で生成したCaは、液の流動のない網の外側(陽極側領域)へは移動せず、(2)式の反応に消費されるので、未反応Caは生成しない。
【0054】
したがって、CO2の還元反応(前記(5)式)と、これに続くCaC2の生成反応(前記(6)式)は進行せず、C汚染は生じない。
【0055】
なお、還元領域内(網内)が攪拌されているので、(2)式で生成するCaOは拡散、除去されやすく、Tiの生成は継続して進行する。
【0056】
このように、(2)の工程では、網と陽極との間で通電する際に攪拌するので、還元反応の進行およびチタンのC汚染の防止に対し、顕著な効果が得られる。
【0057】
還元領域内(網内)の酸化チタンを攪拌するには、以下のような様々な方法が適用できる。すなわち、還元領域内に不活性ガスを吹き込んで攪拌する方法、還元領域の上方から攪拌棒を挿入して攪拌する方法、還元領域の底部に配置した攪拌子により磁気攪拌する方法などである。「実施態様1」の方法のように、還元領域が網籠で構成されている場合は、網籠4自体を上下、左右に揺動させ、または回転させることにより、網籠内の金属酸化物粉末を流動させる方法も適用可能である。
【0058】
その中でも、図2に例示したガス導入管7から不活性ガスを吹き込んで攪拌する方法(「実施態様4」の方法)が、還元領域内で酸化チタン粉末を簡便かつ効果的に攪拌し、流動させることができるので、好適である。
【0059】
還元が終了した後、還元領域内の残留物を回収することによって、チタンまたはチタン合金を得ることができる(「実施態様5」の方法)。
【0060】
さらに、還元領域を網籠で構成する「実施態様1」の方法を例として、図面を参照し、説明する。
【0061】
図2は、本発明の実施例で、「実施態様1」の製造方法を実施することができる装置の概略構成例を示す図である。同図に示すように、酸化チタン含有金属酸化物粉末3を入れる網籠4と陽極6が塩化カルシウムを含む溶融塩5中に浸漬され、網籠4内に不活性ガスを吹き込むためのガス導入管7が取り付けられている。網籠4は陰極を構成している。
【0062】
この製造方法における最初の工程は、『酸化チタン含有金属酸化物粉末3を導体製の網籠4に入れて塩化カルシウムを含む溶融塩5中に浸漬する』工程である。
【0063】
ここで用いる網籠4の材質は、前記のとおりで、例えば、鉄(鋼)、チタン、モリブデン等が採用できる。
【0064】
網籠4の形状は、特に限定されない。円筒形、角筒形、籠の下方部を絞ったもの、その他特殊な形状を有するもの等、いずれも採用できるが、電解槽内への取り付け、金属酸化物粉末3の装入や生成する金属チタン等の取り出しなど、ハンドリング性も考慮して適切な形状のものを選定すればよい。
【0065】
また、酸化チタン含有金属酸化物粉末3や生成したチタン等の網籠4外への漏出を防止してチタンのC汚染を抑制できるように、網籠内部と網籠外部間の溶融塩の流通が網籠の網目以外では起こらないような形状の網籠を使用する(すなわち、「実施態様3」の方法を採用する)ことが望ましい。例えば、図2において、網籠4の網目の上端が溶融塩5の表面よりも上方に位置するような網籠を使用すればよい。
【0066】
網籠4の網目の大きさも、前記のとおりで限定はしないが、酸化チタン含有金属酸化物粉末3が高温の溶融塩5中で網籠4の外へ漏出しない程度のかなり細かいものとする必要がある。
【0067】
次の工程は、図2に示すように、『網籠内部の酸化チタン含有金属酸化物粉末3を攪拌しながら、溶融塩5に浸漬した陽極6との間で通電して酸化チタン含有金属酸化物粉末3を還元する』工程である。
【0068】
陰極である網籠4と陽極6との間で通電し、電解すると、陰極(網籠4)と酸化チタン含有金属酸化物粉末3(例えば、酸化チタン)との接点では、前述したように、(1)式および(2)式の反応が進行して、酸化チタン(TiO2)が還元され、金属Tiが生じる。
【0069】
一方、陽極では、前述したように、(3)式、または(4)式の反応が進行する。
【0070】
この例では、網籠4内部の酸化チタン含有金属酸化物粉末3の攪拌を、ガス導入管7から不活性ガスを吹き込んで攪拌する方法(「実施態様4」の方法)により行っているが、網籠内部で酸化チタン粉末を簡便かつ効果的に流動させることができるので、好適である。
【0071】
還元が終了した後、網籠の内部の残留物を回収することによって、チタンまたはチタン合金を得ることができる(「実施態様5」の方法)。この場合、網籠を溶融塩中から引き上げるだけでよいので、例えば、還元容器(電解槽)の底部から金属チタンを回収する方法等に比べて格段に容易である。
【0072】
図3は、本発明の他の実施例で、本発明の製造方法を実施することができる装置の概略構成例を示す図である。網籠にあらかじめ金属チタンを混合した酸化チタン含有金属酸化物粉末8を入れた場合である(「実施態様6」の方法)。すなわち、図2に示した装置と構成は変わらないが、網籠に入れる原料が相違している。
【0073】
酸化チタン含有金属酸化物粉末に金属チタンを混合するのは、図2に示したように網籠に酸化チタン含有金属酸化物粉末のみを入れて、網籠内を攪拌すると、電解に必要な電気が流れる接点が不足するので、それを補うためである。
【0074】
混合した金属チタンは、そのまま回収されるので、混合量に何ら制限はないが、網籠内に装入する金属酸化物粉末と金属チタンの合計量に対して0.5質量%以上となるように混合すれば、導電性の顕著な向上と、それによる製造効率の上昇効果が得られる。一方、20質量%を超えて混合しても、導電性の向上による製造効率の上昇が飽和傾向を示す。したがって、金属チタンの混合率は、0.5〜20質量%とするのが望ましい。
【0075】
混合する金属チタンの粒径も特に限定されない。一般的には、粒径が小さい方が電気が流れる接点が増えるが、金属酸化物粉末に対して小さすぎると接点としての機能が発揮されにくいので、酸化チタン含有金属酸化物粉末の粒径を考慮して、適宜定めればよい。
【0076】
このように、網籠に入れる原料としてあらかじめ金属チタンを混合した酸化チタン含有金属酸化物粉末を用いる「実施態様6」の方法によれば、良好な導電性を確保でき、チタンまたはチタン合金の製造を効率よく行うことができる。
【0077】
以上述べた本発明のチタンおよびチタン合金の製造方法によれば、還元時に生成する酸化カルシウム(CaO)が酸化チタン粉末の表面に析出、付着して、酸化チタン(TiO2)の還元を妨げたりすることはない。
【0078】
網が設けられていないために溶融塩の流動に伴い巻き上げられ、溶融塩中を拡散、流動する酸化チタン粉末(TiO2)の一部が溶融塩中のCaによりTiに還元され(TiO2+2Ca→Ti+2CaO)、このTiの一部が溶融塩中または黒鉛電極のCと反応して(前記(8)式)、炭化チタン(TiC)を生成することもない。また、還元により生成した金属チタン(Ti)の一部が同じく溶融塩中を拡散、流動する間にCと反応して炭化チタン(TiC)を生成することもない。
【0079】
本発明の製造方法により得られるチタンおよびチタン合金は、通常は、粒状ないしはそれらが部分的に連結した状態の小塊状を呈しており、そのまま溶解すれば小型のチタンまたはチタン合金のインゴットが得られる。また、前記粒状物を冷圧プレスにより圧縮し、それを溶解することもでき、この場合は、所望の形に成形して、溶解することも可能である。さらに、粉末冶金用の原料チタンまたはチタン合金として利用することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明のチタンおよびチタン合金の製造方法によれば、酸化チタン含有金属酸化物粉末を電解により直接還元して、容易にチタンまたはチタン合金を得ることができる。したがって、本発明の製造方法は、産業の各分野で、特に、チタンまたはチタン合金が有する耐食性が必要とされる装置や部品に使用する材料を提供するための簡易な手段として、有効に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】陰極(網)と酸化チタンとの接点およびその近傍における反応の結果生じる状態を模式的に示す図である。
【図2】本発明の製造方法を実施することができる装置の概略構成例を示す図である。網籠に酸化チタン含有金属酸化物粉末を入れた場合である。
【図3】本発明の製造方法を実施することができる装置の概略構成例を示す図で、網籠にあらかじめ金属チタンを混合した酸化チタン含有金属酸化物粉末を入れた場合である。
【符号の説明】
【0082】
1:酸化チタン
2:網
3:酸化チタン含有金属酸化物粉末
4:網籠
5:溶融塩
6:陽極
7:ガス導入管
8:金属チタン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
還元領域と陽極側領域との境界が陰極を形成する網で構成された電解槽内に塩化カルシウムを含む溶融塩を入れ、酸化チタン含有金属酸化物粉末を前記還元領域内の溶融塩中に投入し、還元領域内の酸化チタン含有金属酸化物粉末を攪拌しながら、陽極側領域の溶融塩に浸漬した陽極との間で通電して酸化チタン含有金属酸化物粉末を還元することを特徴とするチタンおよびチタン合金の製造方法。
【請求項2】
前記還元領域が網籠で構成されていることを特徴とする請求項1に記載のチタンおよびチタン合金の製造方法。
【請求項3】
陽極が黒鉛電極であることを特徴とする請求項1または2に記載のチタンおよびチタン合金の製造方法。
【請求項4】
網籠が、網籠内部と網籠外部間の溶融塩の流通が網籠の網目以外では起こらないように構成されていることを特徴とする請求項2または3に記載のチタンおよびチタン合金の製造方法。
【請求項5】
還元領域内の酸化チタン含有金属酸化物粉末の攪拌が、不活性ガスの吹き込みにより行われることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のチタンおよびチタン合金の製造方法。
【請求項6】
還元が終了した後、還元領域内の残留物を回収することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のチタンおよびチタン合金の製造方法。
【請求項7】
還元領域内に投入する酸化チタン含有金属酸化物粉末にあらかじめ金属チタンを混合しておくことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のチタンおよびチタン合金の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−9054(P2006−9054A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−183840(P2004−183840)
【出願日】平成16年6月22日(2004.6.22)
【出願人】(397064944)住友チタニウム株式会社 (133)
【Fターム(参考)】