説明

チタン系材料及び燃料電池用セパレータ

【課題】安価に密着強度の高い炭素被膜を形成することができるチタン系材料及びその製造方法を提供する。
【解決手段】チタン製の基材11を炭素を含む圧延油を介して圧延することにより、前記基材11の表面に炭化チタンを含む圧延加工変質層12を形成する工程と、前記圧延加工変質層が形成された表面に、炭素被膜を成膜する工程と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン又はチタン合金からなる基材の表面に導電性の高い被膜が形成されたチタン系材料に係り、特に、該被膜の密着性を確保することができるチタン系材料に関する。
【背景技術】
【0002】
電解質膜を用いた固体高分子型燃料電池は、低温における作動が可能であり、かつ、小型軽量化が可能であるため、自動車などの移動体への適用が検討されている。特に、固体高分子型燃料電池を搭載した燃料電池自動車はエコロジーカーとして社会的な関心が高まっている。
【0003】
このような固体高分子型燃料電池は、図10に示すように、膜電極接合体(MEA)95を主要な構成要素とし、それを燃料(水素)ガス流路および空気ガス流路を備えたセパレータ96,96で挟持して、単セルと呼ばれる1つの燃料電池90を形成している。膜電極接合体95は、イオン交換膜である電解質膜91の一方側にアノード側の電極(アノード触媒層)93aを積層し、他方側にカソード側の電極(カソード触媒層)93bを積層した構造であり、アノード触媒層93aとカソード触媒層93bには、それぞれガス拡散層94a,94bが配置されている。
【0004】
燃料電池のセパレータの素材としては、チタン系材料が用いられることがある。この素材は、表層に不働態酸化膜を有しており、この酸化膜は、一般的な環境下において耐食性を有しているので、セパレータの素材としては好適である。しかし、燃料電池のセパレータは、燃料電池の発電時に通電されるが、この酸化膜の存在により、接触抵抗が高くなり、セパレータへの導電性が阻害されるおそれがある。この結果、燃料電池の発電特性が低下することになる。そこで、チタン基材(チタン製の基材)の表面に炭素被膜を形成(成膜)することによって、セパレータの導電性を確保している。
【0005】
ところで、このようなチタン基材は、圧延することにより素材の厚みが調整され、この圧延時において、圧延油により、チタン基材の表面にTiCx層(圧延加工変質層)が表面に形成される。この圧延加工変質層は、腐食し易いため、チタン基材の耐食性を悪化させることがある。そこで、チタン基材に圧延加工を行った場合には、チタン基材から圧延加工変質層を除去し、この除去された表面に対して、炭素被膜を成膜することが一般的である。
【0006】
しかしながら、チタン基材の表面に炭素被膜を成膜した場合には、炭素被膜の密着性は良いものとはいえず、炭素被膜の剥離等のおそれがあった。このような点を鑑みて、例えば、基材の酸化膜と、炭素被膜との間に、Ti,Zrなどの遷移金属元素又はSi、Bなどの半金属元素を中間層として形成したチタン系材料が提案されている(例えば、特許文献1参照)。このような中間層を形成することにより、チタン基材と炭素被膜との間の密着性を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−185998号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1のようにチタン系材料を製造した場合には、炭素被膜を形成する前に中間層を、チタン基材の表面に成膜する必要があり、製造工程が増えると共に、製造コスト増を招くおそれがあった。また、中間層を構成する材料の選定によっては、充分に密着性が確保されない場合もあり、信頼性が高いものであるとはいえなかった。
【0009】
本発明は、上記する問題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、製造工程を増やさずに、安価に密着強度の高い炭素被膜を形成することができるチタン系材料及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、チタン基材の表面に炭素被膜を形成する場合には、その中間層としてチタンと炭素の双方を含む層が好ましいと考え、このような成分を有する層として、上述したチタンの厚みを調整する際に行なわれる圧延工程において、基材の表面に形成される圧延加工変質層に着目した。この圧延加工変質層は、圧延加工時に、チタン基材が化学的及び機械的に変質した層であり、炭化チタン(TiCx)を含み、表面に凹凸を有した層であるため、この層の上に炭素被膜を成膜した場合には、炭素被膜との密着性を向上させることができるとの新たな知見を得た。
【0011】
本発明は、発明者らの前記新たな知見に基づくものであり、本発明に係るチタン系材料の製造方法は、チタン製の基材を炭素を含む圧延油を介して圧延することにより、前記機材の表面に炭化チタンを含む圧延加工変質層を形成する工程と、前記圧延加工変質層が形成された表面に、炭素被膜を成膜する工程と、を含むことを特徴とする。
【0012】
本発明によれば、炭素を含む圧延油を介して圧延することにより、圧延時におけるエネルギ(基材を加熱したエネルギや加工時に発生する加工熱によるエネルギ等)で、基材の表面に、圧延加工変質層が形成される。圧延加工変質層は、圧延油の炭素と基材のチタンが反応した炭化チタンを含む層であって、その層の表面には凹凸を有した表面が形成される。
【0013】
このような圧延加工変質層の表面に対して炭素被膜を形成することにより、圧延加工変質層は、炭化チタンを含む中間層として作用するため、炭素被膜の炭素に対して親和性に優れ、その層の表面の凹凸により炭素被膜に対するアンカー効果を発現することができる。また、圧延加工変質層は、基材の一部が変質した層であるので、基材に対する圧延加工変質層の密着性も良い。
【0014】
さらに、この圧延加工変質層は、チタン製の基材の厚みを調整する圧延加工時に付随的に形成されるものであるため、密着層としての中間層を形成するための成膜工程は不要となり、新たな製造コストは発生しない。この結果、本発明に係るチタン系材料の製造方法は、他の製造方法に比べて、より安価にチタン系材料の炭素被膜の密着性を向上させることができる。
【0015】
本発明にいう「圧延加工変質層」とは、チタン製の基材を圧延ロール等により圧延した際にチタン基材の表面層の一部が変化した層であり、チタン基材に対して少なくとも化学的に変化した層であり、場合によっては、基材の金属組織に比べて微細に変化した金属組織を含む層となる場合がある。
【0016】
また、本発明に係るチタン系材料の製造方法は、前記炭素被膜を成膜する工程において、前記炭素被膜のかさ密度が、1.6〜2.2g/cmの範囲となり、前記炭素被膜とカーボンペーパとを面圧1MPaの条件で押圧したときに、前記炭素被膜と前記カーボンペーパとの接触抵抗が15mΩ・cm以下となるように、前記炭素被膜を形成することがより好ましい。
【0017】
本発明によれば、このような範囲のかさ密度となるように炭素被膜を形成することにより、燃料電池のセパレータ等に好適な、より接触抵抗の低いチタン系材料を得ることができる。すなわち、炭素被膜のかさ密度が1.6g/cm未満の場合には、炭素被膜そのものが多孔質(ポーラス)構造となるため、腐食環境下では、水等が炭素被膜を浸透し、圧延加工変質層の炭化チタンが酸化チタンに変化する(腐食する)ため、接触抵抗が上昇してしまう場合がある。一方、炭素被膜の導電性を向上させるためには、sp炭素から構成されるグラファイト構造を含むことが必要であり、炭素被膜のかさ密度が2.2g/cmを超えた場合には、sp炭素から構成される炭素被膜のダイヤモンド構造が増大し、炭素被膜の接触抵抗が上昇することになる。また、発明者らの後述する実験結果によれば、前記かさ密度の範囲の炭素被膜の表面にカーボンペーパを載置し、前記炭素被膜とカーボンペーパとを面圧1MPaの条件で押圧したときに、炭素被膜とカーボンペーパとの接触抵抗が15mΩ・cm以下となるので、炭素被膜の電導特性をより、向上させることができる。
【0018】
また、本発明に係るチタン系材料の製造方法は、前記炭素被膜の成膜を、プラズマCVD法により行うことがより好ましい。本発明によれば、プラズマCVD法は、炭素被膜を反応ガスにより成膜する方法であるため、炭素の付きまわり性がよく、基材の形状に関わらず均一に成膜することができる。さらには、先に示したかさ密度範囲の炭素被膜を好適に成膜することができる。また、ガスを用いて成膜するので、成膜装置の構造も単純で安価である。さらに、グラファイト構造を多く含む非晶質炭素被膜を形成するためには、室温から600℃までの低温度範囲、高圧で成膜することができる。
【0019】
本発明として、前記製造方法を一例として製造されたチタン系材料をも開示する。本発明に係るチタン系材料は、チタン製の基材と、該基材の表面に形成された炭化チタンを含む圧延加工変質層と、該圧延加工変質層の表面に形成された炭素被膜とを、少なくとも含むことを特徴とする。
【0020】
本発明によれば、前述したように、炭化チタンを含む圧延加工変質層が、チタン製の基材と炭素被膜との中間層として作用するので、炭化チタンと炭素被膜の炭素との親和性が良く、炭素被膜の密着性を向上させることができる。また、この圧延加工変質層は、基材の一部が圧延加工により変質した層であるので、圧延加工変質層と基材との密着性も良い。
【0021】
また、本発明に係るチタン系材料は、前記炭素被膜のかさ密度が、1.6〜2.2g/cmの範囲にあり、前記炭素被膜とカーボンペーパとを面圧1MPaの条件で押圧したときに、前記炭素被膜と前記カーボンペーパとの接触抵抗が15mΩ・cm以下にあることがより好ましい。
【0022】
本発明によれば、このようなかさ密度の範囲とすることにより、チタン系材料の接触抵抗を下げることができる。すなわち、前述したと同様に、炭素被膜のかさ密度が1.6g/cm未満の場合には、炭素被膜のポーラス構造により基材が腐食し易く、炭素被膜のかさ密度が2.2g/cm未満の場合には、炭素被膜がダイヤモンド構造に近づき、接触抵抗が上昇することになる。また、このような範囲のかさ密度の炭素被膜により、前記炭素被膜と前記カーボンペーパとの接触抵抗が15mΩ・cm以下となるので、より電導特性を向上させることができる。
【0023】
また、本発明に係るチタン系材料は、前記炭素被膜が、非晶質炭素被膜であることがより好ましい。本発明によれば、非晶質炭素被膜とすることにより、この被膜はアモルファス構造(sp炭素及びsp炭素を含む)であり、膜の強度と膜の導電性の双方を確保することができるので好適である。
【0024】
ここで、本発明でいうかさ密度とは、成膜された炭素被膜の質量を炭素被膜の体積で除算した値であり、炭素被膜の質量は、成膜前後の基材の重量差から被膜の質量を算出でき、炭素被膜の体積は、炭素被膜の厚みと表面積により算出することができる。
【0025】
また、上記した製造方法により製造されたチタン系材料、又は、上述したチタン系材料を燃料電池用セパレータに用いることがより好ましい。燃料電池のセパレータは、通常、固体電解質に積層された電極(触媒層の上に積層された拡散層)に、一部が接触する表面を有し、電極との間にガス流路を区画形成する。そして、本発明に係る燃料電池用セパレータは、チタン系材料の少なくとも電極に対向する表面のうち、少なくとも電極と接触する表面に炭素被膜を形成することが好ましい。
【0026】
このような燃料電池用セパレータは、炭素被膜を安価に成膜することができ、セパレータの導電性を確保することができ、燃料電池使用時の腐食環境下においても、炭素被膜の下地となる基材が腐食することがないので、経時変化における接触抵抗の増加を抑制することができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明のチタン系材料によれば、製造工程を増やさずに、安価に表面に密着強度の高い炭素被膜を成膜することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本実施形態に係るチタン系材料の全体構成図を示しており、(a)は、圧延加工変質層の形成工程を説明するための図であり、(b)は炭素被膜を成膜する工程を説明するための図。
【図2】図1に示す製造方法により製造されたチタン系材料の写真図。
【図3】接触抵抗試験の装置概略図。
【図4】定電位腐食試験装置概略図。
【図5】実施例1及び比較例1に係る定電位腐食試験前後の試験片の接触抵抗の変化を示す図。
【図6】定電位腐食試験後の表面の写真図であり、(a)は、実施例1に係る写真図であり、(b)は、比較例1に係る写真図。
【図7】実施例2及び比較例2に係る定電位腐食試験後の試験片の接触抵抗を示した図。
【図8】(a)は、実施例2に係る非晶質炭素被膜のかさ密度が、1.7g/cmにおける定電位腐食試験前のチタン系材料の断面の写真図を示しており、(b)は、その定電位腐食試験後のチタン系材料の断面の写真図。
【図9】(a)は、比較例2に係る非晶質炭素被膜のかさ密度が、0.8g/cmにおける定電位腐食試験前のチタン系材料の断面の写真図を示しており、(b)は、その定電位腐食試験後のチタン系材料の断面の写真図。
【図10】固体高分子型燃料電池(単セル)の一例を説明する模式図。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に、図面を参照して、本発明に係るチタン系材料の製造方法を実施形態に基づいて説明する。
図1は、本実施形態に係るチタン系材料の全体構成図を示しており、図1(a)は、圧延加工変質層の形成工程を説明するための図であり、図1(b)は、炭素被膜を成膜する工程を説明するための図である。また、図2は、図1に示す製造方法により製造されたチタン系材料の写真図である。
【0030】
図1に示すように、本実施形態のおけるチタン系材料の製造方法は、例えば固体高分子型燃料電池用セパレータに好適なチタン系材料の製造方法であり、まず、図1(a)に示すように、チタン又はチタン合金からなるチタン製の基材を準備し、セパレータとして使用するために、所望の厚さとなるまで基材11を圧延する。具体的には、基材11を、一対の圧延ローラ30間に搬送すると共に、炭素を含む圧延油Lを基材11と圧延ローラ30との間に流し込む。この際、圧延時に発生する加工熱のエネルギ(熱圧延の際には加熱された基材11の熱エネルギ)により、基材11の表面層のチタンと、圧延油L中に含まれる炭素とが反応して炭化チタンが生成され、表面層に炭化チタンを含む圧延加工変質層12が形成される。
【0031】
圧延方法は、熱間圧延、冷間圧延いずれであってもよく、基材11の表面に炭化チタンを含む圧延加工変質層12が形成されるものであれば、圧延方法は限定されるものではない。
【0032】
また、圧延加工変質層12の厚みは、100〜20000nmの範囲がより好ましい。この厚みは、圧延時の基材の加熱温度、圧延油に含まれる添加剤等を適宜選定することにより、調整することができる。そして、厚みが、100nm未満の場合には、中間層として非晶質炭素被膜13を密着させるには充分ではなく、また、圧延加工により、20000nmを超えるような圧延加変質層を形成することは難しい。
【0033】
次に、圧延加工変質層12が形成されたチタン系材料に炭素被膜を成膜する。具体的には、図1(b)に示すように、圧延加工変質層12が形成されたチタン系材料を、プラズマCVD装置50のチャンバ51に投入し、チャンバ51内を真空にする。そして、チャンバ51から炭化水素系の反応ガスと、不活性ガスであるキャリアガスとからなるガスGを導入し、反応ガスの濃度を調整すると共に、チャンバ51内の圧力を調整する。次に、電源55をチタン系材料に接続し、電極53とチタン系材料との間に放電によりプラズマPを生成すると共に、電源55を所定の電圧となるように調整して、プラズマCVD法により、圧延加工変質層12の表面に非晶質炭素被膜13を成膜する。
【0034】
このようなプラズマCVD法としては、たとえば、高周波放電を利用する高周波プラズマCVD法、マイクロ波放電を利用するマイクロ波プラズマCVD法、直流放電を利用する直流プラズマCVD法が挙げられる。なかでも、直流プラズマCVD法が好適である。直流プラズマCVD法によれば、成膜装置を真空チャンバと直流電源とから構成すればよく、様々な形状の基材に対して容易に成膜できる。
【0035】
またチャンバ51内の雰囲気の圧力は、5Pa以上1000Pa以下さらには300Pa以上800Pa以下とするとことが好適である。成膜圧力を高くすると、反応ガスの濃度が高くなる。これにより、成膜速度が大きく、実用的な速さで厚膜を形成することができる。
【0036】
また、反応ガスとしては、環式化合物が好ましい。sp炭素を含む炭素環式化合物、言い換えれば、炭素−炭素二重結合をもつ炭素環式化合物としては、ベンゼン、トルエン、キシレンおよびナフタレン等の芳香族炭化水素化合物の他、シクロヘキセン等が挙げられる。このような反応ガスを用いることにより、sp炭素を含む導電性に優れた炭素被膜を成膜することができる。
【0037】
キャリアガスとしては、上述したように、水素ガス、アルゴンガス等の不活性ガスを挙げることができる。反応ガスおよびキャリアガスは、得られる非晶質炭素被膜が所望の組成及びかさ密度となるよう、その種類、流量比を適宜選択すればよい。
【0038】
また、印加電圧およびチャンバ51内の圧力等を調整することにより、成膜される非晶質炭素被膜13のかさ密度を調整することもできる。本実施形態では、非晶質炭素被膜13のかさ密度は、発明者らの後述する実験結果(実施例)にからも明らかなように、1.6〜2.2g/cmの範囲が好ましく、このかさ密度の範囲の炭素被膜とカーボンペーパとを面圧1MPaの条件で押圧したときに、前記炭素被膜と前記カーボンペーパとの接触抵抗が15mΩ・cm以下にとなる。
【0039】
なお、非晶質炭素被膜13のかさ密度は、以下のようにして求める。具体的には、予め成膜前の基材11の質量を測定し、基材11の表面に非晶質炭素被膜13を被覆(成膜)した後の基材11の質量を測定し、成膜前後の質量差から、非晶質炭素被膜13の質量を算出する。次に、SEM(走査電子顕微鏡)などを用いて、非晶質炭素被膜13の膜厚を測定し、非晶質炭素被膜13の表面積と膜厚から非晶質炭素被膜13の体積を算出する。そして、非晶質炭素被膜13の質量と非晶質炭素被膜13の体積とから、非晶質炭素被膜13の密度(かさ密度)を算出する。また、かさ密度は、膜を物理的に剥離させ、これを乾式自動密度調整計(島津製作所製 アキュピックII1340)を用いて測定してもよい。
【0040】
非晶質炭素被膜13の成膜中の基材の表面温度(成膜温度)に特に限定はないが、室温以上、600℃以下が望ましい。成膜温度が高いほど、非晶質炭素被膜13に含まれる水素の含有量が低減され、導電性が向上する。しかしながら、成膜温度が高すぎると、基材の残留応力により基材11が変形するおそれがあり、さらには膜の緻密さが低下して基材11が腐食しやすくなる。
【0041】
非晶質炭素被膜13の膜厚は、10〜1000nmの範囲がより好ましい。すなわち、膜厚が、10nm未満の場合には、緻密な膜を形成し難く、膜内に水が浸透しやすい。また、膜厚が、1000nmを超えた場合には、非晶質炭素被膜13に内部応力が発生し、膜に亀裂が生じやすくなるおそれがある。
【0042】
本実施形態では、プラズマCVD法で、炭化水素ガスを用いて非晶質炭素被膜13を成膜することにより、安価に成膜することができるばかりでなく、炭素の付きまわり性がよいため、複雑な表面形状であっても、その基材(圧延加工変質層12)の表面に、好適に成膜することができる。
【0043】
なお、本実施形態では、非晶質炭素被膜13を成膜する方法としては、プラズマを利用した化学気相成長法(プラズマCVD法)を例示したが、前記非晶質炭素被膜のかさ密度を確保することができるのであれば、例えば、真空蒸着、スパッタリング、イオンプレーティングなどを利用した物理的蒸着法(PVD)により成膜してもよい。そして、バイアス電圧をかけてPVDにより成膜をする場合には、バイアス電圧の大きさを所定電圧に設定することにより、非晶質炭素被膜のかさ密度を調整することができる。
【0044】
このようにして、非晶質炭素被膜13を成膜することにより、図2に示す如きチタン系材料が製造される。具体的には、製造されたチタン系材料10は、チタン製の基材11と、この基材11の表面に形成された炭化チタンを含む圧延加工変質層12と、この圧延加工変質層12の表面に形成された非晶質炭素被膜13とを含むことになる。
【0045】
このような圧延加工変質層12は、基材11と非晶質炭素被膜13との間において、炭化チタンを含む中間層として作用するため、非晶質炭素被膜13の炭素との親和性に優れ、さらには図2に示すように圧延加工変質層12の表面(圧延加工変質層12と非晶質炭素被膜13との界面)の凹凸により非晶質炭素被膜13に対するアンカー効果を発現することができる。また、圧延加工変質層12は、基材11の一部が変質した層であるので、基材11に対する圧延加工変質層12の密着性も良い。
【0046】
さらに、この圧延加工変質層12は、基材11の厚みを調整する圧延加工時に付随的に形成されるものであるため、密着層としての中間層を形成するための新たな製造コストは発生しない。
【実施例】
【0047】
以下に、本発明を実施例により説明する。
(実施例1)
まず、厚さ300mmのチタンからなる基材を準備し、炭素を含む圧延油(炭素を含む添加剤を添加した圧延油)として、ダイロール(大同化学工業(株))を用いて、800℃まで加熱したチタンの基材を圧延ローラにより、圧延荷重8×10Pa(応力)で、厚さ0.2mmまで熱間圧延により圧延加工し、基材の表面に圧延加工変質層を形成した。
【0048】
次に、この圧延加工変質層をXRD(X線回折)により測定し、圧延加工変質層に炭化チタンが含まれていることを確認後、この圧延加工変質層の表面に、プラズマCVD法により非晶質炭素被膜を形成した。
【0049】
具体的には、まず、基材をプラズマCVD装置に投入し、チャンバ内のガスをポンプを排気して、真空にする。次に、チャンバ内にガス導入管から水素ガスとアルゴンとを導入する。具体的には、水素ガスを30sccm、アルゴンガスを30sccm導入し、ガス圧を約450Paとした。その後、チャンバ90の内側に設けたステンレス鋼製陽極板と基台との間に直流電圧を印加すると、放電が開始する。以下の実施例等では、400Vの直流電圧を印加し、イオン衝撃により基材の温度を所定の成膜温度まで昇温させた。次に、ガス導入管から、水素ガスおよびアルゴンガスに加え、さらに、反応ガスとしてベンゼンガス30ccmを導入した。その後、チャンバの内側に設けたステンレス鋼製陽極板と基台との間に所定の電力を印加すると放電が開始し、圧延加工変質層の表面に非晶質炭素被膜を1μmの厚さに成膜し、チタン系材料の試験片を製造した。
【0050】
[評価方法]
<接触抵抗試験>
チタン系材料の試験片に対して接触抵抗試験を行った。図3に示すように、試験片の非晶質炭素被膜の表面に燃料電池の拡散層に相当するカーボンペーパ(厚さ0.5mm)を非晶質炭素被膜の表面に載せ、カーボンペーパとチタン系材料(炭素被膜)との間に挟んだ後、一定荷重(1MPa)を付与しながら測定した。この状態で、電流計によりチタン系材料に流れる電流が1Aとなるように、電源からの電流を調整して流し、試験片に印加される電圧を電圧計で測定し、非晶質炭素被膜と前記カーボンペーパとの接触抵抗を算出した。図3の接触抵抗試験は、後述する図4の定電位腐食試験の前後において1回ずつ行った。接触抵抗試験における試験片の評価面積は4cm(2cm×2cm)である。
【0051】
なお、非晶質炭素被膜とカーボンペーパとの接触抵抗のみを測定するために、チタン系材料の他方の面(成膜していない面)は、SUSにAuめっきを厚膜化(1μm)したものを接触させ、これら部材間の接触抵抗が発生しないようにした。
【0052】
<定電位腐食試験>
チタン系材料の試験片に対して、日本工業規格の金属材料の電気化学的高温腐食試験法(JIS Z2294)に準じた定電位腐食試験を行った。図4に示すように、大気解放系の装置において、温調水により50℃に温度調整された試験片を硫酸溶液(300ml,pH4)に浸した。この状態で、白金板からなる対極と試験片(試料極)とを電気的に接続することにより、対極と試料極との間に1.0Vの電位差を生じさせ、試験片を腐食させた。なお、参照電極によって試験片の電位を一定に保持した。また、試験時間は50時間程度とした。定電位腐食試験前後の試験片の接触抵抗の変化を図5に示す。なお、図5は、腐食試験後の接触抵抗値を1.0として正規化したグラフである。また、定電位腐食試験後の非晶質炭素被膜の表面を顕微鏡で観察した。図6(a)に、定電位腐食試験後の表面の写真図を示す。
【0053】
[比較例1]
実施例1と同じようにして、チタン系材料の試験片を製作した。実施例1と相違する点は、圧延加工後の圧延加工変質層を除去し、除去したチタン基材の表面に非晶質炭素被膜を形成した点である。そして、実施例1と同じように、接触抵抗試験、定電位腐食試験及び顕微鏡観察を行った。定電位腐食試験前後の試験片の接触抵抗の変化を図5に示す。また、定電位腐食試験後の表面の写真図を図6(b)に示す。
【0054】
[結果1]
図5に示すように、比較例1に比べて実施例1の方が、腐食試験後の接触抵抗が小さく、実施例は腐食試験後の接触抵抗はほとんど変化していなかった。また、図6(a),(b)に示すように実施例1は定電位腐食試験後、非晶質炭素被膜の剥離はなかったが、比較例1は、定電位腐食試験後、非晶質炭素被膜の剥離が確認された。このことから、実施例1は、チタン基材と非晶質炭素被膜との間に、圧延加工変質層を設けたことにより、非晶質炭素被膜の密着性が向上したと考えられ、実施例1のチタン系材料は、比較例1のものよりも耐腐食性よいと考えられる。
【0055】
[実施例2]
実施例1と同じようにして、チタン系材料の試験片を製作した。実施例1と相違する点は、成膜中の温度を変化させて、非晶質炭素被膜のかさ密度を、1.6g/cmから2.2g/cm(かさ密度)の範囲にした点である。なお、非晶質炭素被膜のかさ密度を1.6g/cmとした場合は、成膜条件として、成膜温度を600℃として成膜し、非晶質炭素被膜のかさ密度を2.2g/cmとした場合は、成膜温度を400℃とした。
【0056】
そして、これらの試験片に対して、実施例1と同じように、接触抵抗試験及び定電位腐食試験を行った。定電位腐食試験後の接触抵抗の変化を示す。なお、定電位腐食試験前後の試験断面を電子顕微鏡で観察した。図8(a)は、非晶質炭素被膜のかさ密度が、1.7g/cmにおける定電位腐食試験前のチタン系材料の断面の写真図を示しており、図8(b)は、非晶質炭素被膜のかさ密度が、1.7g/cmにおける定電位腐食試験後のチタン系材料の断面の写真図を示しており、このときのそれぞれの接触抵抗も合わせて示した。なお、成膜前後の基材の質量を測定して、非晶質炭素被膜の質量を算出し、非晶質炭素被膜の表面積とSEMにより測定した膜厚とから、非晶質炭素被膜の膜厚を測定し、これらに基づいて、非晶質炭素被膜のかさ密度を測定した。
【0057】
[比較例2]
実施例2と同じようにして、600℃を超える温度でプラズマCVDを用い、また、アークイオンプレーティング(API)において、カーボンターゲットを用いてアーク電流50A、バイアス電圧−120Vで成膜を行った。前者の非晶質炭素被膜のかさ密度を、1.6g/cm未満の範囲、後者を2.2g/cmを超えた範囲とした点である。実施例2と同様に、このかさ密度は、を確認した。なお、電圧腐食試験前後の試験断面を電子顕微鏡で観察した。図9(a)は、非晶質炭素被膜のかさ密度が、0.8g/cmにおける定電位腐食試験前のチタン系材料の断面の写真図を示しており、図9(b)は、非晶質炭素被膜のかさ密度が、0.8g/cmにおける定電位腐食試験後のチタン系材料の断面の写真図を示しており、このときのそれぞれの接触抵抗も合わせて示した。
【0058】
[結果2]
図7に示すように、比較例2の非晶質炭素被膜のかさ密度が、1.6g/cm未満で、かさ密度が低くなるに従って接触抵抗は増加した。また、比較例2の非晶質炭素被膜のかさ密度が、2.2g/cm超えからは、かさ密度が高くなるに従って、接触抵抗は増加した。また、実施例2の1.6g/cmから2.2g/cm(かさ密度)の炭素被膜の接触抵抗は、15mΩ・cm以下であった。
【0059】
図8(a)及び(b)に示すように、実施例2の試験片の断面は、定電位腐食試験前後ほとんど変化なく、腐食が見られず、接触抵抗も変化なかった。一方、図9(a)及び(b)に示すように、比較例2の0.8g/cmの炭素被膜は、ポーラス構造の炭素被膜となり、実施例2に比べて炭化チタン被膜との間に酸化チタン被膜が形成され、さらに炭素被膜の表面にも酸化チタン被膜が形成され、接触抵抗は、約50倍の上昇していた。
【0060】
これらの結果から、非晶質炭素被膜のかさ密度が1.6g/cm未満の場合には、炭素被膜のポーラス構造により基材が腐食し易くなり、炭素被膜のかさ密度が2.2g/cmを超えた場合には、炭素被膜がダイヤモンド構造に近づき、接触抵抗が上昇したと考えられる。このことから、腐食環境下において、このようなチタン系材料を使用する場合には、非晶質炭素被膜のかさ密度が、1.6g/cmから2.2g/cmの範囲であることがより好ましい。
【0061】
以上、本発明の実施の形態及び実施例を用いて詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更があっても、それらは本発明に含まれるものである。
【0062】
例えば、本実施形態では、非晶質炭素被膜を成膜したが、電気伝導特性が必要な場合は、sp炭素を有する炭素被膜であればよく、密着性のみが必要な場合には、sp炭素のみからなる炭素被膜であってもよく、炭素被膜の種類は、非晶質炭素被膜に限定されるものではない。さらに、実施例においては、非晶質炭素被膜のかさ密度を、プラズマCVD法の成膜条件を変更することにより調整したが、例えば、プラズマPVD法、イオンプレーティング法等のPVD法により、成膜時の炭素被膜のかさ密度を調整することもできることは、勿論のことである。
【符号の説明】
【0063】
10:チタン系材料、11:基材、12:圧延加工変質層、13:非晶質炭素被膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン製の基材を炭素を含む圧延油を介して圧延することにより、前記基材の表面に炭化チタンを含む圧延加工変質層を形成する工程と、
前記圧延加工変質層が形成された表面に、炭素被膜を成膜する工程と、を含むことを特徴とするチタン系材料の製造方法。
【請求項2】
前記炭素被膜を成膜する工程において、前記炭素被膜のかさ密度が、1.6〜2.2g/cmの範囲となり、前記炭素被膜とカーボンペーパとを面圧1MPaの条件で押圧したときに、前記炭素被膜と前記カーボンペーパとの接触抵抗が15mΩ・cm以下となるように、前記炭素被膜を成膜することを特徴とする請求項1に記載のチタン系材料の製造方法。
【請求項3】
前記炭素被膜の成膜を、プラズマCVD法により行うことを特徴とする請求項1又は2に記載のチタン系材料の製造方法。
【請求項4】
チタン製の基材と、該基材の表面に形成された炭化チタンを含む圧延加工変質層と、該圧延加工変質層の表面に形成された炭素被膜とを、少なくとも含むチタン系材料。
【請求項5】
前記炭素被膜のかさ密度が、1.6〜2.2g/cmの範囲にあり、前記炭素被膜とカーボンペーパとを面圧1MPaの条件で押圧したときに、前記炭素被膜と前記カーボンペーパとの接触抵抗が15mΩ・cm以下にあることを特徴とする請求項4に記載のチタン系材料。
【請求項6】
前記炭素被膜は、非晶質炭素被膜であることを特徴とする請求項4又は5に記載のチタン系材料。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法により製造されたチタン系材料、又は、請求項4〜6のいずれかに記載のチタン系材料からなる燃料電池用セパレータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−248570(P2010−248570A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−99094(P2009−99094)
【出願日】平成21年4月15日(2009.4.15)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】