説明

テトラヒドロピランを溶媒とするアルキルグリニャール試薬の製造方法

【課題】適度な沸点を持つアルキルヨウ素化合物とマグネシウムを用いてグリニャール試薬を製造する際の問題を解決する。
【解決手段】本発明はテトラヒドロピランを反応溶媒及び抽出溶媒として使用する、グリニャール試薬の製造方法に関する。本発明によれば、適度な沸点を持つアルキルヨウ素化合物とマグネシウムを用いてグリニャール試薬を簡便に製造できるようになるため、機器や設備などのコストを抑えることが出来、さらに、次工程での反応溶媒と抽出溶媒を同一のものとすることにより反応操作を簡素化することができ、また溶媒の再使用が可能となるので、溶媒の使用量を低減することができる。また、高極性反応原料の適用の拡大などが実現できるようになる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルキルヨウ素化合物とマグネシウムを用いてテトラヒドロピラン中でグリニャール試薬を製造する方法及びこれを用いたグリニャール反応生成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
求核付加反応によるアルキル化は有機合成の基本的手法であり、中でもグリニャール反応は最も有用な方法である(Grignard Reactions of Non-Metallic Substances, Prentice Hall, Englewood, Cliffs, New Jersey(1954):非特許文献1)。
グリニャール反応は、高い反応性を有する有機金属反応剤(グリニャール試薬)により炭素−炭素結合を形成する反応であり、グリニャール試薬はハロゲン化アルキルにエーテル等の溶媒中でマグネシウムを反応させることにより合成する。
このグリニャール反応の中でも、炭素数を1つ延ばすメチル化反応は特に重要な工程である(有機合成のコンセプト、丸善-Willy(1997):非特許文献2)。
【0003】
メチルのカルバニオンをカルボニル化合物やエポキシドなどに求核反応させる試薬としては、メチルグリニャール試薬が一般的に用いられる(特開2003−183267:特許文献1)。
メチルグリニャール試薬はエーテル溶媒中でヨウ化メチルとマグネシウムを反応させることにより合成される(J.Chem.Soc., p2649 (1949):非特許文献3)。
しかし、エーテルは低沸点の特殊引火物であり麻酔性が高く、安全管理上、グリニャール試薬の製造プロセスにおいても、また、グリニャール反応の溶媒として用いることにも問題がある。
【0004】
そこで、グリニャール試薬の製造工程においては、工業的にはテトラヒドロフランが溶媒として用いられている。
テトラヒドロフランを用いる場合では、塩化メチル(沸点−24℃)、臭化メチル(沸点4℃)とマグネシウムを反応させることにより合成することができるが、この場合は耐圧容器や低温設備が必要となる。
このため、ハロゲン化アルキルとして適度な沸点を持つヨウ化メチル(沸点42℃)を用いることが望まれている。しかし、テトラヒドロフラン中におけるヨウ化メチルとマグネシウムとの反応では、副反応などのためメチルグリニャール試薬を高収率で調製することができない。
【0005】
また、合成したメチルグリニャール試薬を、テトラヒドロフラン溶媒のまま次工程でカルボニル化合物やエステルなどと反応させた場合は、生成物を抽出分離するために水を加えた際に、溶媒のテトラヒドロフランと水が混和するため、生成物の分離工程が煩雑化したり収率が低下するという問題がある。
【0006】
【非特許文献1】Grignard Reactions of Non-Metallic Substances, Prentice Hall, Englewood, Cliffs, New Jersey(1954)
【非特許文献2】有機合成のコンセプト、丸善-Willy(1997)
【非特許文献3】J.Chem.Soc., p2649 (1949)
【特許文献1】特開2003−183267
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、適度な沸点を持つアルキルヨウ素化合物とマグネシウムを用いてグリニャール試薬を製造する際の上記のような問題を解決する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題に鑑み鋭意努力した結果、ヨウ化メチルとマグネシウムとのグリニャール試薬製造工程において溶媒にテトラヒドロピランを用いることにより、安定して高収率でグリニャール試薬が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は以下のグリニャール試薬の製造方法、及びこれを用いたグリニャール反応生成物の製造方法に関するものである。
[1]下記式(1)
【化1】

(式中、Rはメチル基またはエチル基を表し、Iはヨウ素原子を表す。)で示されるアルキルヨウ素化合物とマグネシウムをテトラヒドロピラン中で反応させて、下記式(2)
【化2】

で示されるグリニャール試薬を製造する方法。
[2]アルキルヨウ素化合物がヨウ化メチルである前記1に記載のグリニャール試薬の製造方法。
[3]式(2)で示されるグリニャール試薬を用いてテトラヒドロピラン中で求核付加反応を行うことを特徴とするグリニャール反応生成物の製造方法。
[4]グリニャール反応の後、水を加え、反応により生成した化合物をテトラヒドロピラン層へ抽出する前記3に記載のグリニャール反応生成物の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
テトラヒドロピランを反応溶媒及び抽出溶媒として使用する本発明のグリニャール試薬の製造方法によれば、適度な沸点を持つアルキルヨウ素化合物とマグネシウムを用いてグリニャール試薬を簡便に製造できるようになるため、機器や設備などのコストを抑えることが出来る。さらに、次工程での反応溶媒と抽出溶媒を同一のものとすることにより反応操作を簡素化することができ、また溶媒の再使用が可能となるので、溶媒の使用量を低減することができる。さらに、高極性反応原料の適用の拡大などが実現できるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に本発明の具体的内容について詳細に説明する。
本発明は、第一にテトラヒドロピランを反応溶媒とし、
下記式(1)
【化3】

(式中、Rはメチル基またはエチル基を表し、Iはヨウ素原子を表す。)で示されるアルキルヨウ素化合物とマグネシウムをテトラヒドロピラン中で反応させて、下記式(2)
【化4】

で示されるグリニャール試薬を製造する方法に関する。
【0012】
[アルキルヨウ化物]
本発明で使用されるアルキルヨウ化物は下記式(1)
【化5】

(式中、Rはメチル基またはエチル基を表し、Iはヨウ素原子を表す。)で示されるアルキルヨウ素化合物であり、具体的にはヨウ化メチルおよびヨウ化エタンである。
【0013】
[マグネシウム]
本発明で用いられるマグネシウムは顆粒のマグネシウム、具体的にはマグネシウム削片、マグネシウムダスト、マグネシウム粉末などの形態のものが好ましい。
マグネシウムはアルキルヨウ化物に対して少なくとも1mol当量使用される。好適には、アルキルヨウ化物に対して1.2〜1.3mol当量用いる。マグネシウムがアルキルヨウ化物に対して2倍mol量を超える場合は、反応を促進させるなどの利点がなくなってしまい、更に反応終了時に未反応のマグネシウムを除去しなければならないという問題がある。
【0014】
[溶媒]
反応にはテトラヒドロピランを用いる。テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジグライム(ジエチレングリコールジメチルエーテル)などのエーテル系溶媒、トルエン、キシレンなどの炭化水素系溶媒との混合溶媒も使用することができるが、回収、再利用をする観点からテトラヒドロピラン単独で用いることが望ましい。
テトラヒドロピランは通常、蒸留、脱水剤処理をして使用される。テトラヒドロピランの使用量は、マグネシウムの重量に対して2〜50倍量、特に5〜30倍量用いるのが好ましい。
【0015】
本反応は、通常窒素、アルゴンなどの不活性雰囲気下でおこなわれる。
また、本反応は通常、テトラヒドロピランとマグネシウムからなる溶液中に、アルキルヨウ化物単独、あるいはアルキルヨウ化物のテトラヒドロピラン溶液を添加することによりおこなわれる。
反応温度は通常0℃〜添加する反応液の還流温度以下で行われ、特に25℃〜反応液の還流温度の間が好ましい。
【0016】
反応時間については、反応の還流温度以下になるようにアルキルヨウ化物を添加するので、反応装置の大きさ、反応する原料の量により変化するが、アルキルヨウ化物を添加した後、反応を完結するために、例えば、1〜10時間緩やかに還流温度に保つことが好ましい。
【0017】
本発明は、第二に、このようにして得られたグリニャール試薬を、次工程で増炭素反応するために用いたグリニャール反応生成物の製造方法に関する。
【0018】
[反応原料]
本発明にて得られるグリニャール試薬は、以下の被求核付加剤と反応させて増炭生成物であるグリニャール生成物を与える。被求核付加剤としては、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、ブチルアルデヒド、クロトンアルデヒド、3−フェニルプロピオンアルデヒド、ベンズアルデヒド、アニスアルデヒド、p−クロロベンズアルデヒド、p−メチルベンズアルデヒド、テレフタルアルデヒドなどのアルデヒド化合物、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、シクロヘキサノン、アセトフェノン、ベンゾフェノンなどのケトン化合物、蟻酸メチル、酢酸メチル、安息香酸エチル、アニス酸メチルなどのエステル化合物、蟻酸、酢酸、安息香酸、アニス酸、などのカルボン酸化合物、蟻酸クロライド、酢酸クロライド、安息香酸クロライド、アニス酸クロライドなどの酸クロライド化合物、N,N‘−ジメチル酢酸アミド、N,N‘−ジエチルベンズアミドなどのアミド化合物、アセトニトリル、アクリロニトリル、ベンゾニトリル、テレフタロニトリルなどのニトリル化合物、γ−ブチロラクトン、γ−バレロラクトン、ε−カプロラクトンなどのラクトン化合物、プロピレンオキシド、ブチレンオキシド、イソブチレンオキシドスチレンオキシド、ビスフェノールAなどのエポキシ化合物、オキセタンなどの4員環状化合物などを用いることができる。また、二酸化炭素、二硫化炭素などのC1化合物、酸素、硫黄などの分子状化合物、含硫黄有機化合物として、ジメチルスルホン、ジエチルスルホン、ジフェニルスルホンなどのスルホン化合物、含窒素有機化合物として、メチルイソシアネート、フェニルエソシアネートなどのイソシアネート化合物、ニトロソベンゼン、p−ジニトロベンゼン、p−ニトロソトルエンなどのニトロソ化合物などを用いることができる。
上記の中でも、アルデヒド化合物、ケトン化合物、エステル化合物、カルボン酸化合物、クロライド化合物、アミド化合物、ニトリル化合物、ラクトン化合物およびエポキシ化合物は工業的に特に有用であり本発明の好適な例である。
【0019】
通常、アルデヒド、ケトンなどのカルボニル化合物、またはエステル化合物などの反応原料のテトラヒドロピラン溶液に、前工程で製造したグリニャール試薬を添加し、求核付加反応によりアルキル基を導入させる。逆に、グリニャール試薬の中に反応原料を添加してもよい。
本工程においても、溶媒としてテトラヒドロピランと、テトラヒドロフラン、ジオキサンまたはジグライムなどのエーテル系溶媒、トルエン、キシレンなどの炭化水素系溶媒との混合溶媒を使用することもできるが、回収、再利用をする観点からテトラヒドロピラン単独で用いることが望ましい。
【0020】
反応終了後に反応液に水を加え、生成物を抽出分離する。テトラヒドロピランは水と分離するので、容易に生成物を取得することができる。
また、テトラヒドロピランは蒸留回収後、脱水処理をして再使用することができ、これにより溶媒の使用量を低減することができる。
【0021】
上述したことをまとめると、本発明で適用できる反応例として、式(1)で表される化合物がヨウ化メチルの場合、以下を示すことができる。
【化6】

【実施例】
【0022】
以下、本発明について代表的な例を示し具体的に説明するが、本発明はこれらに何ら制限されるものではない。
なお、実施例における各成分の分析にはガスクロマトグラフ装置 6890N(アジレント・テクノロジー(株)製)を用い、分析カラムとしてDB−1カラム(J&W Scientific社製,長さ30m、直径0.32mm、膜厚1μm)を用いた。
【0023】
[実施例1:MeMgIの調製]
アルゴン雰囲気下、容量100mlのナスフラスコに撹拌子、マグネシウム0.87g(36mmol)、テトラヒドロピラン6mlを加え室温で緩やかに撹拌した。内温を40℃に調製した後、1,2−ジブロモエタン50mgを加え同温で5分撹拌した。ヨウ化メチル4.26g(30mmol)のテトラヒドロピラン溶液24mlを反応液が還流を保つように添加した。滴下終了後、還流下1時間撹拌し、メチルマグネシウムヨージド(MeMgI)のテトラヒドロピラン溶液を得た。
【0024】
[実施例2:MeMgIのベンズアルデヒドへの付加反応]
アルゴン雰囲気下、容量100mlのナスフラスコに撹拌子、ベンズアルデヒド2.87g(27mmol)のテトラヒドロピラン溶液に、実施例1で調製したMeMgIのテトロヒドロピラン溶液を室温で滴下した。室温で1時間反応後、水、次いで希塩酸水溶液を加えpH=4にし、テトラヒドロピラン層と水層との分液操作を行い、前者に抽出された1−フェニルエタノールをガスクロマトグラフィーで定量した。収率は92%であった。
【0025】
[比較例1]
溶媒として、テトラヒドピランの代わりにテトラヒドロフランを用いた他は、実施例1と同様の操作を行ったところ、溶液が白濁し、マグネシウムが黒くなった。続いて実施例2で溶媒としてテトラヒドロピランの代わりにテトラヒドロフランを用いた。ここでは、実施例2とは逆にグリニャール調製液にベンズアルデヒドを添加した。この結果、1−フェニルエタノールの生成は認められなかった。
【0026】
[比較例2]
溶媒として、テトラヒドピランの代わりにエーテルを用いた他は、実施例1と同様の操作を行った。続いて、溶媒としてテトラヒドロピランの代わりにエーテルを用いた他は、実施例2と同様の操作を行った。生成した1−フェニルエタノールをガスクロマトグラフィーで定量した。収率は91%であった。
【0027】
[実施例3]
実施例1で調製したMeMgI溶液(30mmol換算)をアルデヒド、ケトン、エステルに添加し、1時間室温で反応させた後、ガスクロマトグラフィーで定量した。結果を表1に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
[実施例4]
アルゴン雰囲気下、100mlナスフラスコに撹拌子、マグネシウム3.50g(144mmol)、テトラヒドロピラン20mlを加え室温で緩やかに撹拌した。内温を40℃に調製した後、1,2−ジブロモエタン0.1gを加え同温で5分撹拌した。ヨウ化メチル17.0g(120mmol)のテトラヒドロピラン溶液80mlを反応液が還流を保つように添加した。滴下終了後、還流下1時間撹拌し、メチルマグネシウムヨージド(MeMgI)のテトラヒドロピラン溶液を得た。
【0030】
アルゴン雰囲気下、200mlのナスフラスコに撹拌子、ベンズアルデヒド10.6g(100mmol)、テトラヒドロピラン20mlを加え室温で緩やかに撹拌した。別途調製したMeMgIのテトラヒドロフラン溶液を30分かけて添加し、室温でさらに1時間30分撹拌した。水を100ml添加後、希硫酸でpH=4〜5に調製した。反応液を分液し、さらに水100mlで1回、飽和食塩水で1回テトラヒドロピラン層を洗った。テトラヒドロピラン層を硫酸ナトリウムで一晩乾燥させ、テトラヒドロピランを留去、乾固し、1−フェニルエタノールのクルードを10.7g(ガスクロマトグラフィー純度)収率86%で得た。また、テトラヒドロピランは105ml回収した(回収率80%)。
【産業上の利用可能性】
【0031】
テトラヒドロピランを反応溶媒及び抽出溶媒として使用する本発明のグリニャール試薬の製造方法によれば、適度な沸点を持つアルキルヨウ素化合物とマグネシウムを用いてグリニャール試薬を簡便に製造できるようになるため、機器や設備などのコストを抑えることが出来る。さらに、次工程での反応溶媒と抽出溶媒を同一のものとすることにより反応操作を簡素化することができ、また溶媒の再使用が可能となるので、溶媒の使用量を低減することができる。さらに、高極性反応原料の適用の拡大などが実現できるようになる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)
【化1】

(式中、Rはメチル基またはエチル基を表し、Iはヨウ素原子を表す。)で示されるアルキルヨウ素化合物とマグネシウムをテトラヒドロピラン中で反応させて、下記式(2)
【化2】

で示されるグリニャール試薬を製造する方法。
【請求項2】
アルキルヨウ素化合物がヨウ化メチルである請求項1に記載のグリニャール試薬の製造方法。
【請求項3】
式(2)で示されるグリニャール試薬を用いてテトラヒドロピラン中で求核付加反応を行うことを特徴とするグリニャール反応生成物の製造方法。
【請求項4】
グリニャール反応の後、水を加え、反応により生成した化合物をテトラヒドロピラン層へ抽出する請求項3に記載のグリニャール反応生成物の製造方法。

【公開番号】特開2008−1647(P2008−1647A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−173585(P2006−173585)
【出願日】平成18年6月23日(2006.6.23)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】