説明

デファレンシャルギヤのバックラッシュ調整構造

【課題】デファレンシャルギヤのバックラッシュを運転中の温度変化に適したレベルに保持する。
【解決手段】サイドギヤとデフケースの間に設けるサイドワッシャ26を、2枚の金属板26a、26aと、該金属板の熱膨張率より大きい熱膨張率を有して当該金属板間に挟まれた樹脂板26bとを互いに接着して構成する。温度変化に応じてサイドワッシャ26の厚みが変化して、ピニオンギヤとサイドギヤ間のバックラッシュが変化するので、低温度状態では相対的に大きなバックラッシュを得て、エンジン始動後急発進しても歯元折損のおそれをなくし、高温度状態となる旋回走行による差動状態では小さなバックラッシュとして歯面疲労を防止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の駆動系に用いられるデファレンシャルギヤのバックラッシュ調整構造に関する。
【背景技術】
【0002】
車両用のデファレンシャルギヤは、トランスミッションの出力ギヤと噛み合うリングギヤを備えたデフケース内に、ピニオンギヤとサイドギヤを収納して構成されている。
ピニオンギヤはデフケースに固定されたピニオンシャフトに対して回転自由に支持され、サイドギヤはピニオンギヤと噛み合うとともにデフケースの互いに対向する側壁に支持されて、車輪につながるアクスルシャフトに回転を伝達する。
車両の直進走行時には、ピニオンギヤにより左右両方のサイドギヤが等分に駆動され、その結果サイドギヤはデフケースと一体に回転する。一方、旋回走行時には左右の車輪の転動距離の違いに基づいて差動動作し、サイドギヤはデフケースに対して相対回転して、左右のサイドギヤの回転差はピニオンギヤの回転により吸収される。
【0003】
ピニオンギヤとサイドギヤは共に傘歯車であり、その噛み合いによりそれぞれデフケースの内壁面に押し付けられる方向に付勢されるので、ピニオンギヤとデフケース内壁面の間には金属製のピニオンワッシャが設けられ、サイドギヤとデフケース(側壁)内壁面の間にも金属製のサイドワッシャが設けられている。
このようなデファレンシャルギヤの構造は、例えば、特開2005−282801号公報等に示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−282801号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、ピニオンギヤとサイドギヤの歯面間の遊びとしてのバックラッシュに関連しては、バックラッシュが大きいと力伝達時の負荷方向が歯元側に寄り、バックラッシュが小さくなるとバックラッシュが大きい場合に比べ負荷方向が歯先側に寄るという傾向を有している。そして、このバックラッシュには走行状態に応じた適度な大きさが求められる。
すなわち、発進時のように大きくて衝撃的な駆動力を伝達する際には、過大な歯元応力が生じて歯が折損することのないように、負荷方向を歯元側に寄せるべく大きなバックラッシュが望ましい。一方、曲線路の旋回走行を含み、小さな駆動力による定常走行中には、バックラッシュの値が大き過ぎると噛合い率が低下して歯面が局所的に高負荷で叩かれることになり表層の一部が剥離する歯面疲労のおそれがあるから、小さなバックラッシュとすることが望ましい。
【0006】
しかしながら、デファレンシャルギヤの環境は車両発進時の低温度状態から、走行中の相対的に高温度状態まで変化し、高温度ではデフケースが熱膨張して左右のサイドギヤ間の距離が伸び、低温度時よりもバックラッシュが増大する。そして旋回走行中はサイドギヤがデフケースに対して相対回転するので、摩擦熱によりとくにサイドワッシャまわりはさらに高温となる。
【0007】
これにもかかわらず、従来、バックラッシュは組立時のサイドワッシャの板厚選択により決まり、運転中の状態変化に対応して任意に変化させることはできない。
したがって、低温度環境においてバックラッシュが適正量になるように設定したとすれば、運転中はバックラッシュが過大で歯面疲労を招くことになる。逆に運転中の高温度状態においてバックラッシュが適正量になるように設定した場合には、低温度の発進時にバックラッシュが過少となり、歯元折損を招くこととなる。
【0008】
そこで本発明は、このような問題点に鑑み、デファレンシャルギヤにおけるバックラッシュが走行状態に応じた適切なレベルに保持されるようにしたバックラッシュ調整構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、デフケース内に、当該デフケースに固定されたピニオンシャフトに回動自在に支持されたピニオンギヤと、該ピニオンギヤに噛合うサイドギヤを収納し、該サイドギヤとデフケースの間にサイドワッシャを設けたデファレンシャルギヤにおいて、サイドワッシャが、2枚の金属板と、該金属板の熱膨張率より大きい熱膨張率を有して当該金属板間に挟まれた樹脂材とからなり、温度変化に応じてサイドワッシャの厚みが変化するように構成したものとした。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、低温度状態では相対的に大きなバックラッシュを得る一方、高温度状態では小さなバックラッシュとすることができる。したがって、低温度のエンジン始動時に急発進しても大きなバックラッシュにより歯元折損のおそれをなくするとともに、旋回時の差動による発熱も加わって高温となる定常走行中はバックラッシュが減少し歯面疲労を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施の形態に係るデファレンシャルギヤの構造を示す断面図である。
【図2】サイドワッシャの構成を示す断面図である。
【図3】バックラッシュと歯元応力および噛合い率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
次に本発明の実施の形態を実施例により説明する。
【実施例】
【0013】
図1は実施例に係るデファレンシャルギヤの構造を示す断面図である。
デファレンシャルギヤ10は、デフケース11内に、ピニオンギヤ22とサイドギヤ25を収納している。
デフケース11は左ケース半部12と右ケース半部13に分割され、リングギヤ8とともにボルト9により結合されて一体化されている。一体化されたデフケース11は、頂壁15が球形のギヤ収容室Rを形成するとともに、ギヤ収容室Rからリングギヤ8の回転軸線C上に左右に張り出す筒軸部18、19を有している。
【0014】
ギヤ収容室Rには、リングギヤ8の回転軸線Cを垂直に横切るピニオンシャフト20が設けられ、その両端がギヤ収容室の頂壁15に固定支持されている。
ギヤ収容室R内では、ピニオンギア22がピニオンシャフト20の両端部に回転自由に支持され、サイドギア25がピニオンギア22とそれぞれ噛合って設けられる。各サイドギア25は筒軸部18、19内に延びる中空軸部27を備えて、それぞれ筒軸部18、19と同軸に回転可能となっている。
【0015】
ピニオンギア22とギヤ収容室Rの頂壁15との間にはピニオンワッシャ23が設けられ、サイドギア25とギヤ収容室Rの側壁16、17との間にはそれぞれサイドワッシャ26が設けられている。
ギヤ収容室Rの側壁16、17はリングギヤ8の回転軸線Cに対して垂直である。また、サイドギア25の歯形成部分と反対側の、側壁16、17に対向する面はサイドギア25の回転軸(中空軸部27)に対して垂直である。サイドワッシャ26は平面ワッシャである。
一方、ピニオンギア22の歯形成部分と反対側の、頂壁15に対向する面は当該頂壁に対応した球形で、ピニオンワッシャ23はこれらに対応したコンケーブ形状である。
【0016】
デファレンシャルギヤ10は、デフケース11の筒軸部18、19においてベアリング34、35を介してデフハウジング4に支持され、リングギア8がトランスミッションの出力ギア6に噛み合う。デフハウジング4は不図示のトランスミッションケースにつながっている。
各サイドギア25の中空軸部27は内径側にスプライン30を備え、不図示のアクスルシャフトとスプライン結合する。これにより、デフケース11の回転がピニオンシャフト20、ピニオンギア22およびサイドギア25を経てアクスルシャフトに伝達され駆動輪を駆動する。
【0017】
本実施の形態では、とくにサイドワッシャ26が図2に示す構成となっている。図2の(a)は斜視図、(b)は断面図である。
すなわち、サイドワッシャ26は多層構造で、2枚の金属板26a、26aの間に金属板よりも熱膨張率の大きい樹脂板26bを挟んで互いに接着し、全体を従来と同様のリング状円盤形としている。
金属板26aの材質を鉄系とするとき、熱膨張率(線膨張係数)が例えば11.7×10−6/℃であるに対して、樹脂板26bを耐熱性の高いものから選択すれば、例えば熱膨張率8×10−5/℃等のナイロン系が好適である。
これにより、サイドワッシャ26は環境温度が上昇すると、単なる金属板からなる従来のサイドワッシャに比較して、厚みの増大量が大きくなる。
【0018】
上記のサイドワッシャ26をサイドギア25とギヤ収容室Rの側壁16、17との間に備えることにより、低温度状態でバックラッシュが大きくても、走行中に旋回による差動状態が発生して発熱があると、サイドワッシャ26の厚みが増大してサイドギヤ25をピニオンギヤ22に接近する方向に付勢するので、ピニオンギヤ22とサイドギヤ25間のバックラッシュが減少することになる。
【0019】
バックラッシュと歯元応力および噛合い率は、図3に示す関係にあり、歯元応力の観点ではバックラッシュが大きい方が好ましく、噛合い率の観点からはバックラッシュが小さい方が好ましい。
ここで、一般の乗用車用のデファレンシャルギヤの場合、走行前の低温度状態でのバックラッシュをやや大きめの例えば0.15mmに設定することにより、エンジン始動後急発進した場合に問題となる歯元応力が、バックラッシュが比較的大きいAの状態にあることにより低く抑えられ、歯元折損が防止される。
一方、旋回による差動状態に入ると、高温度状態となってサイドワッシャ26の厚みが増大しバックラッシュが小さいBの状態へ移行するので、噛合い率が高くなり歯面圧が低下して歯面疲労が防止される。
【0020】
実施の形態は以上のように構成され、デフケース11内にピニオンギヤ22とこれに噛合うサイドギヤ25を収納したデファレンシャルギヤ10において、サイドギヤ25とデフケース11の間に設けるサイドワッシャ26が、2枚の金属板26a、26aと、該金属板の熱膨張率より大きい熱膨張率を有して当該金属板間に挟まれた樹脂板26bとからなり、温度変化に応じてサイドワッシャ26の厚みが変化して、ピニオンギヤ22とサイドギヤ25間のバックラッシュが変化するようにしたので、エンジン始動時など低温度状態では相対的に大きなバックラッシュを得る一方、高温度状態では小さなバックラッシュとすることができる。これにより、大きな駆動力がかかるエンジン始動時には急発進しても大きなバックラッシュによりピニオンギヤ22あるいはサイドギヤ25の歯元折損のおそれをなくし、高温度であるが小さな駆動力を受ける定常走行状態では小さなバックラッシュにより歯面疲労が防止される。(請求項1に対応する効果)
【0021】
樹脂板26bとしてはナイロンを採用することにより、入手容易で、容易に大きい熱膨張率を得ることができる。(請求項2に対応する効果)
【0022】
なお、乗用車用のデファレンシャルギヤの差動動作時には少なくとも200℃の温度上昇が見られ、サイドワッシャ26としては200℃の変化に対して約0.1mm程度の厚み変化が望ましいので、今後さらに熱膨張率の大きい材料が現れた場合にその採用を排除するものではない。
しかし、上記に相当する熱膨張率を満たせなくても、サイドワッシャ26自体が小部品で熱容量が小さいため、熱容量の大きい周辺に先んじて直ちに温度上昇する点も相俟って、樹脂板26bにナイロン系統を用いた実施の形態でもバックラッシュの効果的な減少に十分有効である。
【符号の説明】
【0023】
4 デフハウジング
6 出力ギア
8 リングギヤ
10 デファレンシャルギヤ
11 デフケース
12 左ケース半部
13 右ケース半部
15 頂壁
16、17 側壁
18、19 筒軸部
20 ピニオンシャフト
22 ピニオンギア
23 ピニオンワッシャ
25 サイドギア
26 サイドワッシャ
26a 金属板
26b 樹脂板(樹脂材)
27 中空軸部
30 スプライン
34、35 ベアリング
R ギヤ収容室

【特許請求の範囲】
【請求項1】
デフケース内に、当該デフケースに固定されたピニオンシャフトに回動自在に支持されたピニオンギヤと、該ピニオンギヤに噛合うサイドギヤを収納し、該サイドギヤとデフケースの間にサイドワッシャを設けたデファレンシャルギヤにおいて、
前記サイドワッシャが、2枚の金属板と、該金属板の熱膨張率より大きい熱膨張率を有して当該金属板間に挟まれた樹脂材とからなり、
温度変化に応じて前記サイドワッシャの厚みが変化するように構成したことを特徴とするデファレンシャルギヤのバックラッシュ調整構造。
【請求項2】
前記樹脂材がナイロンであることを特徴とする請求項1に記載のデファレンシャルギヤのバックラッシュ調整構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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