説明

ニバレノールの製造方法

【課題】 ニバレノールを簡便かつ大量に製造する方法を提供することにある。
【解決手段】 フザレノンX産生株を用いてニバレノールを製造する方法において、フザレノンX産生株を液体培地で培養する工程を含む、ニバレノールの製造方法およびフザレノンXを培養するための液体培地であって、硝酸ナトリウム、リン酸水素二カリウム、塩化カリウム、硫酸マグネシウム、酵母エキス、ポリペプトン、スクロースおよび水を含む、前記培地。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フザレノンX産生菌を用いてニバレノールを製造する方法およびニバレノールを培養するための培地に関する。
【背景技術】
【0002】
ニバレノールは、Fusarium属の真菌が産生するトリコテセン系マイコトキシンであり、穀類を中心とした食品汚染が多く報告されている。ニバレノールは、細胞毒性が強く、ヒトに対して皮膚炎症、下痢、嘔吐などの症状を引き起こし、また、慢性毒性や免疫毒性についても懸念されている。このようなニバレノールの危険性から、食品中に含まれるニバレノールを正確に定量する必要があり、ニバレノール標準物質の安定的な供給が求められている。
【0003】
従来のニバレノールの製造方法としては、Fusarium spを米培地で培養し、抽出、精製によりフザレノンXを製造した後、アンモニアのメタノール溶液で反応させることで製造する方法が知られている(たとえば非特許文献1)。また、Fusarium nivale Fn 2Bを特定の液体培地で培養した後、抽出、シリカゲルカラム精製によりフザレノンXを製造する方法が知られている(たとえば非特許文献2)。
【0004】
しかし、いずれの方法においても、フザレノンXまたはニバレノールは極めて少ない量でしか得られていないため、ニバレノールを大量製造する場合には大量培養が必要であり、簡便に大量のニバレノールを製造する方法が強く求められていた。
【0005】
【非特許文献1】Applied and Environmental Microbiology, 52, 1258-1260, 1986
【非特許文献2】The Japanese journal of experimental medicine, 41 ,6 ,507-519 ,1971
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明は、上記問題点を解決し、ニバレノールを簡便迅速かつ大量に製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を進める中で、液体培地を用いればその後の操作性が著しく向上することに着目し、フザレノンX産生株を所定の液体培地で培養した後、産生したフザレノンXを抽出、精製、特に逆相の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による精製、反応を行なうことで大量のニバレノールを簡便に製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、フザレノンX産生株を用いてニバレノールを製造する方法において、フザレノンX産生株を液体培地で培養する工程を含む、ニバレノールの製造方法に関する。
また、本発明は、フザレノンXを培養するための液体培地であって、硝酸ナトリウム、リン酸水素二カリウム、塩化カリウム、硫酸マグネシウム、酵母エキス、ポリペプトン、スクロースおよび水を含む、前記培地に関する。
【0008】
フザレノンX産生株を液体培地で培養すること、フザレノンXからニバレノールを製造することは知られている。しかし、フザレノンX産生株を液体培地で培養して産生したフザレノンXから、ニバレノールを製造する一連の方法は知られていない。本発明は、かかる方法により、ニバレノールを簡便に大量製造できるという、従来にはない優れた効果を奏するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明のニバレノール製造方法は、従来、回収率50%以下、製造期間1ヶ月の時間を要していた方法に比べ、回収率80%以上、製造期間8日間と、簡便かつ大量にニバレノールを製造できるという従来法にない格別な効果を奏するのである。
また、フザレノンXを抽出する工程、精製する工程およびニバレノールに反応する工程をさらに含む方法にあっては、より一層ニバレノールを簡便かつ大量に製造することができる。
【0010】
さらに、硝酸ナトリウム、リン酸水素二カリウム、塩化カリウム、硫酸マグネシウム、酵母エキス、ポリペプトン、スクロースおよび水を含む液体培地を用いた方法にあっては、その後の操作をより簡便にするとともに、大量のフザレノンXを産生できるため、ニバレノールの製造を大量かつ簡便にすることができる。
また、逆相の高速液体クロマトグラフィーを用いて精製する工程を含む方法にあっては、精度の高いフザレノンXの大量分取を可能にした結果、大量かつ簡便に精度の高いニバレノールを製造することができる。
【0011】
さらに、前記精製工程が、順相のクロマトグラフィーおよび逆相の高速液体クロマトグラフィーを用いて精製する工程を含む方法にあっては、より一層純粋なニバレノールを製造することができる。
また、アンモニアのメタノール溶液を用いて反応する工程である方法にあっては、90%以上の効率で簡便にフザレノンXをニバレノールに変換することができる。
【0012】
さらに、本発明の培地は、特定の成分を含有することにより、より大量のフザレノンXを産生させることができる。
またさらに、硝酸ナトリウムが0.5〜5g/L、リン酸水素二カリウムが0.1〜4g/L、塩化カリウムが0.05〜3g/L、硫酸マグネシウムが0.05〜3g/L、酵母エキスが0.5〜7g/L、ポリペプトンが1〜10g/L、スクロースが1〜100g/Lで構成される培地にあっては、より一層効率的に大量のフザレノンXを製造させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
(1)フザレノンX産生株を液体培地で培養する工程
本工程で用いる産生株は、当該株をそのまま液体培地に用いても、あらかじめ寒天培地などで前培養を行なったものを用いてもよい。より大量に目的とするニバレノールを得るためには前培養を行なうことが好ましい。かかる前培養は、たとえば25℃、7日間で行なうことができる。寒天培地は、たとえば、硝酸ナトリウム2g、リン酸水素二カリウム1g、塩化カリウム0.5g、硫酸マグネシウム0.5g、酵母エキス2.5g、ポリペプトン5g、スクロース50g、寒天15g、水1Lの組成からなる培地が好適に用いられる。培地の組成や使用量は、フザレノンXの産生に影響を与えない範囲内で変更することができる。
【0014】
本工程のフザレノンX産生株は、フザレノンXを産生すれば特に限定はないが、フザレノンXの高産生菌株であるFusarium nivale Fn 2B、Fusarium tricinctum Fn 2B、Fusarium sporotrichioides Fn 2B、Fusarium kyushuiense Fn 2Bが好適である。
【0015】
本工程の液体培地は、フザレノンX産生株がフザレノンXを産生すれば特に限定はないが、たとえば、硝酸ナトリウム2g、リン酸水素二カリウム1g、塩化カリウム0.5g、硫酸マグネシウム0.5g、酵母エキス2.5g、ポリペプトン5g、スクロース50g、水1Lの組成の培地が好適である。培地の組成や使用量は、フザレノンXの産生に影響を与えない範囲内で変更することができる。
【0016】
培養時間は、3日〜2週間で十分であるが、より迅速にニバレノールを製造するためには、4日〜7日が好ましい。
培養温度は、フザレノンXが産生する温度であれば特に限定されないが、20℃〜27℃が好適であり、さらに好ましくは23℃〜25℃が好適である。
【0017】
(2)フザレノンXを抽出する工程
本工程は、培養液からフザレノンXを取り出す工程であり、有機溶媒で抽出、濃縮する工程も含む。たとえば、培養液をガーゼで濾過した後、アセトニトリルなどの有機溶媒を加え、さらに硫酸アンモニウムなどの塩を加え、アセトニトリル層を採取し、濃縮する工程である。有機溶媒は、アセトニトリルの他、エタノール、2-プロパノール、2-メチル-2-プロパノール等のアルコール系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒も使用することができる。また、塩としては、塩化ナトリウムや硫酸ナトリウムも使用することができる。
【0018】
(3)フザレノンXを精製する工程
本工程は、抽出したフザレノンXを各種精製方法により精製する工程をいう。
精製する方法は、いずれの精製方法であってもよい。順相または逆相のいずれのカラムを用いて精製してもよく、また、HPLCまたはオープンカラムクロマトグラフィーを用いても良い。より迅速かつ大量にニバレノールを得るためには、逆相のカラムを用いてHPLCにより精製することが好ましい。分取カラムを用いれば、より一層大量製造が可能となる。
さらに、HPLC精製の前に順相のクロマトグラフィーを用いて精製することで、より一層純粋なフザレノンXを得ることができる。
【0019】
(4)ニバレノールに反応する工程
本工程は、フザレノンXを反応させてニバレノールを得る工程である。
本反応は、フザレノンXが有するエステル基を加水分解する反応である。フザレノンXをニバレノールに効率よく変換するためには加水分解に寄与する触媒を添加する必要があるが、該触媒は、反応後、反応液から容易に除去できるものが好ましく、たとえば、アンモニア、ジメチルアミン、ジエチルアミンなどが好適に用いられる。大量にニバレノール得るためには反応効率、作業性の点でアンモニアが好適である。アンモニアを用いる場合、0.01mol/L〜5mol/Lで十分であるが、0.5mol/L〜2 mol/Lが好ましい。
【0020】
反応時間は、1時間〜24時間で十分であるが、より好適には10時間〜20時間である。
反応温度は、ニバレノールが製造できれば特に限定されないが、15℃〜30℃が好適である。
【0021】
(5)前記各工程の順番は問わないが、ニバレノールを簡便かつ大量に得るためには、(1)から(4)を順番に行なうことが好ましい。
かくして得られたニバレノールは、食品中のニバレノール分析における標準物質として安定的に供給することができる。
【0022】
本発明の培地は、硝酸ナトリウム、リン酸水素二カリウム、塩化カリウム、硫酸マグネシウム、酵母エキス、ポリペプトン、スクロースおよび水を含む液体培地である。具体的には、硝酸ナトリウムが0.5〜5g/L、リン酸水素二カリウムが0.1〜4g/L、塩化カリウムが0.05〜3g/L、硫酸マグネシウムが0.05〜3g/L、酵母エキスが0.5〜7g/L、ポリペプトンが1〜10g/L、スクロースが1〜100g/Lで構成される培地である。より大量にフザレノンXを産生させるためには、硝酸ナトリウムが1〜3g/L、リン酸水素二カリウムが0.5〜2g/L、塩化カリウムが0.1〜1g/L、硫酸マグネシウムが0.1〜1g/L、酵母エキスが1〜5g/L、ポリペプトンが2〜8g/L、スクロースが25〜75g/Lの組成の培地が好ましい。
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、実施例はこれらに限るものではない。
【実施例1】
【0023】
フザレノンXの産生菌としてFusarium kyushuiense Fn-2Bを用いた。これを平板寒天培地(水1Lあたり、硝酸ナトリウム2g、リン酸水素二カリウム1g、塩化カリウム0.5g、硫酸マグネシウム0.5g、酵母エキス2.5g、ポリペプトン5g、スクロース50g、寒天15g含有)に接種し、25℃で7日間前培養した。
液体培地(水1Lあたり、硝酸ナトリウム2g、リン酸水素二カリウム1g、塩化カリウム0.5g、硫酸マグネシウム0.5g、酵母エキス2.5g、ポリペプトン5g、スクロース50g含有)1Lを500mLフェルンバッハフラスコ4個に250mLずつ分注し、綿栓をして高圧滅菌(121℃、20分)後、各フラスコに前培養した菌体を加え、時折振盪させながら25℃で5日間培養した。
培養後、各フラスコの内容物を合一し、菌体をガーゼでろ別した。ろ液に同量のアセトニトリルを加えてよく混和した後、硫酸アンモニウムを適量加え、分液させた。上層のアセトニリル層を採取し、濃縮後、濃縮残渣にメタノール−クロロホルム(1:9)混液約20mLを加えて溶解させた。この溶液をヘキサンで平衡化したフロリジルカラム(カラムサイズ:2cm×30cm、フロリジル:20g)にかけ、メタノール−クロロホルム(1:9)混液約400mLで溶出し、溶出液を濃縮乾固した。乾固物を少量のアセトニトリル−メタノール−水(15:5:80)混液で溶解後、ODS 分取用カラム(昭和電工社製)を用いたHPLCにかけ、フザレノンX溶出画分を集め、これを濃縮乾固してフザレノンXを0.9g得た。次に、得られたフザレノンXを1.5mol/Lアンモニア含有メタノールに溶かし、18時間室温で放置し、反応させた。この反応液を濃縮乾固後、温メタノールで完全に溶解させた。4℃で約5時間放置後、析出した結晶をろ過により採取し、ニバレノール0.8gを得た。得られたニバレノールをHPLCで分析した結果、単一のピーク(HPLC純度:99.5%)であった。
【0024】
各工程における所要時間と回収率を表1に示す。全工程8日間で終了し、また、いずれの工程においても高い回収率であった。また、培養スケール1L(または1Kg)あたりの収量は、従来の方法(非特許文献2)に比べ、約20倍高かった。
【表1】

【0025】
フザレノンXの分取、精製におけるHPLC条件は次のとおりである。
カラム:Shodex C18M 20E(20mm×250mm、昭和電工社製)
カラム温度:40℃
溶離液:アセトニトリル−メタノール−水混液(15:5:80)
流速:10mL/min
検出:230nm
【0026】
ニバレノールの分析におけるHPLC条件は次のとおりである。
カラム:Inertsil ODS-3(4.6mm×250mm、GLサイエンス社製)
カラム温度:40℃
溶離液:アセトニトリル−メタノール−水混液(5:5:90)
流速:1mL/min
検出:220nm
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】ニバレノールのクロマトグラム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フザレノンX産生株を用いてニバレノールを製造する方法において、フザレノンX産生株を液体培地で培養する工程を含む、ニバレノールの製造方法。
【請求項2】
フザレノンXを抽出する工程、精製する工程およびニバレノールに反応する工程をさらに含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記液体培地が、硝酸ナトリウム、リン酸水素二カリウム、塩化カリウム、硫酸マグネシウム、酵母エキス、ポリペプトン、スクロースおよび水を含む培地である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記精製する工程が、逆相の高速液体クロマトグラフィーを用いて精製する工程を含む、請求項2または3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記精製する工程が、順相のクロマトグラフィーおよび逆相の高速液体クロマトグラフィーを用いて精製する工程を含む、請求項2から4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
前記反応する工程が、アンモニアのメタノール溶液を用いて反応する工程である、請求項2から5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
フザレノンXを培養するための液体培地であって、硝酸ナトリウム、リン酸水素二カリウム、塩化カリウム、硫酸マグネシウム、酵母エキス、ポリペプトン、スクロースおよび水を含む、前記培地。
【請求項8】
硝酸ナトリウムが0.5〜5g/L、リン酸水素二カリウムが0.1〜4g/L、塩化カリウムが0.05〜3g/L、硫酸マグネシウムが0.05〜3g/L、酵母エキスが0.5〜7g/L、ポリペプトンが1〜10g/L、スクロースが1〜100g/Lで構成される培地である、請求項7に記載の培地。

【図1】
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【公開番号】特開2007−6735(P2007−6735A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−189351(P2005−189351)
【出願日】平成17年6月29日(2005.6.29)
【出願人】(591045677)関東化学株式会社 (99)
【出願人】(597128004)国立医薬品食品衛生研究所長 (22)
【Fターム(参考)】