説明

ノックアウト非ヒト動物

【課題】造精機能障害の治療法及び治療薬の開発に有用なノックアウト動物の提供。
【解決手段】本発明は、ZFP628遺伝子の全部又は一部が失われたノックアウト非ヒト動物又はその一部を提供し、当該ノックアウト非ヒト動物は、表現型として精子形成能が低下することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ZFP628遺伝子の全部又は一部の機能が失われたノックアウト非ヒト動物に関する。
【背景技術】
【0002】
不妊症は、卵巣性不妊、卵管性不妊、子宮性不妊、腹膜性不妊、男性不妊などに分類される。なかでも、男性不妊は、造精機能障害を主因とすることが多い。造精機能障害は、亡精子症、精子無力症、奇形精子症、無精子症などを総合した疾患であり、精子産生障害、精管通過障害、射精障害、性交障害、精子形成異常などが関与していると考えられている。
【0003】
造精機能障害の原因は多様であるため、その治療法も多岐にわたっている。例えばタモキシフェン(tamoxifen) 、ゴナドトロピン、LH-RH などのホルモン療法、ビタミン剤による療法、各種健康食品を用いた療法などが行われている。
【0004】
しかしながら、これらの治療法は対症療法であり、必ずしも有効であるとは限らないため、より根本的な治療方法が望まれている。
【0005】
一方、造精機能障害の治療法又は治療薬開発には動物実験が不可欠である。現在、男性不妊の研究用モデルとして、精子分化過程の減数分裂時に障害を有するノックアウトマウスおよび突然変異マウスが知られている(特許文献1)。
【0006】
造精機能障害の治療法及び新規な治療薬を開発するには、上記ノックアウトマウスのほかに、特に造精機能障害のモデル動物、例えば新たな造精機能障害原因遺伝子の遺伝子欠損によるモデル動物が要求される。
【特許文献1】特開2001−095578号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、造精機能障害の治療法及び治療薬の開発に有用なノックアウト動物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、ZFP628遺伝子をノックアウトすることにより造精機能障害を有する動物を作出することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)ZFP628遺伝子の全部又は一部が失われたノックアウト非ヒト動物又はその一部。
【0010】
非ヒト動物としては、例えばマウスが挙げられる。本発明のノックアウト非ヒト動物又はその一部は、表現型として精子形成能が低下することを特徴とするものである。
(2)上記ノックアウト非ヒト動物又はその一部からなる、造精機能障害モデル動物又はその一部。
【0011】
ここで、造精機能障害は、限定されるものではないが、例えば亡精子症、精子無力症、奇形精子症及び無精子症からなる群から選択される少なくとも1つを例示することができる。
(3)実験動物のZFP628遺伝子の全部又は一部を失わせることを特徴とする、精機能障害モデル動物又はその一部の製造方法。
(4)造精機能障害改善物質の評価方法であって、
(a) 請求項4記載の造精機能障害モデル動物又はその一部に被験物質を接触させ、
(b) 前記被験物質を接触させた非ヒト動物又はその一部におけるZFP628遺伝子又はZFP628タンパク質の発現量と、対照の発現量とを比較し、
(c) (b)の比較結果に基づき、被験物質の造精機能障害改善能力を評価すること、
を特徴とする前記方法。
(5)造精機能障害改善薬のスクリーニング方法であって、
(a) 請求項4記載の造精機能障害モデル動物又はその一部に被験物質を接触させ、
(b) 前記被験物質を接触させた非ヒト動物又はその一部におけるZFP628遺伝子又はZFP628タンパク質の発現量と、対照の発現量とを比較し、
(c) (b)の比較結果に基づき、被験物質の造精機能障害改善能力を評価し、
(d) 造精機能障害改善能力を有すると評価された物質を選択すること、
を特徴とする前記スクリーニング方法。
(6) ZFP628遺伝子又はZFP628タンパク質を含む、造精機能障害治療薬。本発明においては、ZFP628遺伝子又はZFP628タンパク質を含む、造精機能障害診断薬、および、ZFP628タンパク質に対する抗体を含む、造精機能障害診断薬を提供する。

【発明の効果】
【0012】
本発明により、ZFP628遺伝子の全部又は一部が失われたノックアウト非ヒト動物が提供される。本発明の非ヒト動物は、ZFP628遺伝子の機能が喪失又は低下することにより造精機能障害を有することから、男性不妊治療薬を開発するためのモデル動物として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明は、造精機能障害を有する非ヒトノックアウト動物であり、この動物は、ZFP628遺伝子をノックアウトすることにより、ZFP628遺伝子の全部又は一部が喪失するように作出されたものである。
【0015】
ZFP628遺伝子によりコードされるZ FP628タンパク質は、ジンクフィンガードメインを有するという特徴から、Zinc finger protein 628と命名された。このZFP628タンパク質は、特定の塩基配列を持つDNA分子と結合するという機能を有することが知られている。しかしながら、造精機能障害又は造精機能障害関連因子と、ZFP628タンパク質との関係は知られていなかった。本発明においては、上記ZFP628遺伝子をノックアウトさせた動物では、精巣における精子形成の低下が高頻度で観察されたことから、本発明の動物は造精機能障害に類した病態を表すモデル動物となり得ることを見出した。
【0016】

1.ノックアウト非ヒト動物又はその一部
本発明において、ノックアウト非ヒト動物とは、非ヒト動物の生体内に存在するZFP628遺伝子の全部又は一部がその本来の機能を発揮しないように破壊されているか、又は組み換えがなされている非ヒト動物である。ZFP628遺伝子は、ゲノム上の一方のアリルが機能しないように破壊又は変異されたヘテロノックアウトでもよく(ヘテロ接合体)、両方のアリルが破壊又は変異されたホモノックアウトでもよい(ホモ接合体)。
【0017】
本発明において、非ヒト動物の一部とは、当該動物由来の組織、細胞、これらの破砕物又は抽出物、及び体液を意味し、特に限定されるものではない。組織としては、例えば、精巣周囲脂肪組織、後腹膜脂肪組織、腸間膜脂肪組織、皮下脂肪組織、褐色脂肪組織等の各種の脂肪組織が挙げられるが、心臓、肺、腎臓、胆嚢、肝臓、膵臓、脾臓、腸、精巣(睾丸)、卵巣、子宮、胎盤、筋肉、血管、脳、髄、甲状腺、胸腺、乳腺等も上記「一部」に含まれる。さらに、当該動物由来の血液、リンパ液、尿等の体液も一部に含まれる。
【0018】
細胞としては、上記組織、臓器又は体液に含まれる細胞を意味し、単離及び培養して得られる培養細胞も含まれる。培養細胞としては、初代培養細胞及びその株化細胞の両者を含む。発生段階(胎生期)における組織、各器官、細胞、破砕物又は抽出物及び体液も非ヒト動物の一部に含まれる。
【0019】

2.ノックアウトの対象となるZFP628遺伝子
本発明においてノックアウトの対象となるZFP628遺伝子は公知であり、その塩基配列情報はGenBank等のアクセッション番号から知ることができる。
【0020】
ヒトZNF628遺伝子: NM 033113(配列番号1)
ヒトZNF628タンパク質:NP 149104(配列番号2)
マウスZFP628遺伝子:NM 170759(配列番号3)
マウスZFP628タンパク質:NP 739565(配列番号4)

ZFP628遺伝子DNAの単離は、例えば、公知のヒト由来のZNF628遺伝子のcDNAの塩基配列に基づいて合成されたオリゴヌクレオチドプローブを用いてマウス等の非ヒト動物ゲノムDNAライブラリーをスクリーニングすることにより単離することができる。あるいは、cDNA一部の配列からオリゴヌクレオチドプライマーを合成し、ゲノムDNAを鋳型としたPCR法によって目的とするZFP628遺伝子を得ることもできる。
【0021】
本発明においてノックアウトの対象となる遺伝子は上記配列番号1及び3に示されるものに限定されるものではなく、ZNF628タンパク質の変異型であって、ZFP628タンパク質と同等の機能を有する変異型タンパク質をコードする遺伝子も含まれる。例えば、下記(a)〜(d)の変異型タンパク質をコードする遺伝子も、本発明においてノックアウトの対象となる遺伝子に含まれる。
【0022】
(a) 配列番号2に示されるアミノ酸配列において1個又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ZNF628の機能を有するタンパク質
(b) 配列番号4に示されるアミノ酸配列において1個又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ZNF628の機能を有するタンパク質
(c) 配列番号2に示されるアミノ酸配列と少なくとも75%の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、ZNF628の機能を有するタンパク質
(d) 配列番号4に示されるアミノ酸配列と少なくとも75%の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、ZNF628の機能を有するタンパク質
したがって、配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列において複数個(例えば1個又は数個、好ましくは1個〜10個、より好ましくは1個〜5個)のアミノ酸が欠失したもの、配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列において複数個(例えば1個又は数個、好ましくは1個〜10個、より好ましくは1個〜5個)のアミノ酸が他のアミノ酸に置換したもの、配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列において複数個(例えば1個又は数個、好ましくは1個〜10個、より好ましくは1個〜5個)のアミノ酸が付加したものも、ZFP628の活性を有する限り、上記変異型タンパク質に含まれる。
【0023】
アミノ酸配列の相同性は、少なくとも75%以上であればよいが、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上である。
【0024】
さらに、本発明においてノックアウトの対象となる遺伝子としては、以下のものが挙げられる。
【0025】
(e) 配列番号1に示される塩基配列に対し相補的な塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、ZNF628の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号3に示される塩基配列に対し相補的な塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、ZNF628の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
ここで、「ストリンジェントな条件」とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄時の条件であって、例えば、6×SSCを含む溶液中45℃でハイブリッドを形成させた後、2×SSC、50℃で洗浄する条件等を挙げることができる。なお、1.5 M NaCl、0.15 M クエン酸三ナトリウムを含む溶液を10×SSCとする。洗浄ステップにおけるバッファーの塩濃度は、例えば、2×SSCで50℃の条件から0.2×SSCで50℃までの条件の中から選択することができる。
【0026】
本発明において、上記遺伝子への変異の導入は、部位特異的突然変異誘発法を用いることができる。部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばGeneTailorTM Site-Directed Mutagenesis System(Invitrogen)、TaKaRa Site-Directed Mutagenesis System(Mutan-K、Mutan-Super Express Km等(タカラバイオ社製))を用いて変異を導入することもできる。
【0027】

3.遺伝子のターゲティング
ノックアウト動物を作製するためには、まず、単離されたZFP628遺伝子のDNA断片を遺伝子操作し、ZFP628遺伝子がその機能を喪失させ、あるいは機能が低下するように破壊又は組換えたDNA断片を作製する。ZFP628遺伝子のターゲティングベクターは、ZFP628遺伝子を破壊することにより当該遺伝子の全部又は一部を喪失させ、機能を全く失わせるか、あるいは機能を低下させるものである。「全部」とは、遺伝子が完全に失われることを意味し、「一部」とは、遺伝子の一部が欠如することにより遺伝子の機能が野生型と比較して低下している状態にあることを意味する。従って、機能を「喪失させる」とは、ZFP628タンパク質の発現自体が行なわれないようにするか、あるいは発現してもタンパク質の活性が失われていることを意味する。すなわち、遺伝子の全部又は一部が欠損することにより、遺伝子が発現せず、遺伝子の発現産物が発揮する精子細胞分化後期において精子細胞分化に関与する機能の発現を欠如させることを意味する。
【0028】
精子の細胞分化については、精祖細胞から精子に至までの各種ステージに分類することができる。
【0029】
本発明においては、各ステージのいずれか又は全部のステージが発現せずに成熟した精子に分化しないものをZFP628遺伝子の全部又は一部の機能が喪失されたものと判断することができる。
【0030】
ターゲティングベクターは、相同組換えを起こさせた後の組換え体のスクリーニングが容易となるように構築することが好ましい。例えば、ポジティブ-ネガティブ選択をするために、ベクターに薬剤耐性遺伝子又は毒素遺伝子などの選択マーカーを連結することができる。ポジティブ-ネガティブ選別法は、当分野において周知である。すなわち、ポジティブ選別は、選択マーカー遺伝子が組み込まれなかった細胞は、薬剤を含む培養液で培養すると、耐性遺伝子を含まないために死ぬことを利用するものであり、ネガティブ選別法は、組み込みがランダムに起こった細胞では、ネガティブ選別用遺伝子が発現するために、細胞が死ぬことを利用するものである。その結果、相同組換えを起こした細胞のみが生き残り、選別される。
【0031】
選択マーカー遺伝子は、ポジティブ選択用として例えばネオマイシン耐性遺伝子(neo)、ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子などを使用することができ、ネガティブ選択用として例えばヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子(HSV-tk)、ジフテリア毒素A遺伝子などを使用することができる。
【0032】
上記の方法により作製したターゲティングベクターを用いて、相同組換えを行う。現在確立されている遺伝子ターゲティング法では、ES細胞を使用することが望ましい。ES細胞として、TT2細胞、AB-1細胞、J1細胞、R1細胞などを適宜選択して使用することができる。
【0033】
相同組換えを起こさせるために、ZFP628遺伝子の機能を喪失させたターゲティングベクターをES細胞中に導入する。ターゲティングベクターをES細胞に導入する方法としては、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、DEAE-デキストラン法、リポソーム法などを使用することができる。効率、作業の容易性などを考慮して、エレクトロポレーション法を用いることが好ましい。そしてES細胞中の目的とするゲノムDNA配列を、ターゲティングベクターの相同組換えによって置換する。
【0034】
遺伝子のターゲティングは、本発明においてはCre-loxPシステムを利用したトラップベクター及びこれを用いた遺伝子トラップ法(国際公開WO01/005987号公報)に準じて行うことができ、WO01/005987号公報に記載の以下のトラップベクターを使用することができる。
【0035】
(a) U8: SP-SA-lox71-IRES-M-pA-loxP-PV-SP
(b) U8delta: SP-lox71-IRES-M-pA-loxP-PV-SP
(c) pU-Hachi: SA-lox71-IRES-M-loxP-pA-PV-SP
(d) pU-12: SA-lox71-IRES-M-loxP-puro-pA-PV-SP
(e) pU-15: lox71-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(f) pU-16: lox71-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(g) pU-17: (lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(h) pU-18: (lox71が組み込まれたSA)-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(i) (lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-プロモーター-M-lox511-SD
上記ベクターの構成要素において、「SP」は任意配列を、「SA」はスプライスアクセプターを、「SD」はスプライスドナーを、「IRES」は分子内リボゾームエントリー部位を、「M」はマーカー遺伝子を、「puro」はピューロマイシン(puromycin)耐性遺伝子を、「pA」はポリA配列を、「PV」はプラスミドベクターを表す。「1oxP」は34塩基(5'-ataacttcgtata gcatacat tatacgaagttat-3')からなる配列(配列番号5)であり、「lox71」は、loxPの配列のうち5'側の「ataacttcgtata」(逆反復配列という)(配列番号6)の左から5塩基までを、「taccgttcgtata」(配列番号7)となるように置換変異(下線部が変異させた部分。)を導入したものである。「lox2272」は、loxPの配列「gcatacat」(スペーサー領域という)のうち、第2番目のcをgに、第7番目のaをtに置換した配列(ggatactt)を有するものをいう。また、「lox511」は、loxPのスペーサー領域(gcatacat)のうち、第2番目のcをtに置換した配列(gtatacat)を有するものをいう。
【0036】
本発明においては、上記トラップベクターのうち、(g)のpU-17を使用することが好ましい。
【0037】
その後、PCR法、サザンブロット法等により、目的とするZFP628遺伝子がターゲティングされているか否かを確認する。
【0038】
PCRにおいて、プライマーは、例えばターゲティングベクターの外側のゲノムDNA領域上、及びターゲティングベクターの配列のうち薬剤耐性遺伝子上から設計することができる。
【0039】
サザンブロット解析は、例えば以下の通り行うことができる。ターゲティングベクターに含まれないゲノム領域を認識する1又は2種類のプローブを設計する。ZFP628ゲノムを含むクローンを適当な制限酵素で処理することにより得られるDNA断片と、上記プローブとのハイブリダイゼーションを行なうことにより、ZFP628遺伝子の破壊の有無を確認することができる。

4.ノックアウト動物の作製
ノックアウト動物の作製は標準的な方法で行うことができる。本発明においてZFP628遺伝子をノックアウトするために使用される動物の種類は特に限定されるものではない。例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ウマ、ウシ、サル等の実験動物が用いられる。本発明においては、取り扱いが容易で繁殖もしやすい点でマウス又はラットが好ましい。
【0040】
相同組換えの結果得られた組換えES細胞を、8細胞期又は胚盤胞の胚内に移植する。このES細胞移植胚を偽妊娠仮親の子宮内に移植して出産させることによりキメラ動物を作製する。
【0041】
ES細胞を胚内に移植する方法として、マイクロインジェクション法、凝集法などの公知手法を用いることができる。マウスの場合、まず、ホルモン剤により過排卵処理を施した雌マウスを、雄マウスと交配させる。その後、8細胞期胚を用いる場合には受精から2.5日目に、胚盤胞を用いる場合には受精から3.5日目に、それぞれ卵管または子宮から初期発生胚を回収する。回収した胚に、相同組換えを行ったES細胞を注入し、キメラ胚を作製する。
【0042】
一方、仮親にするための偽妊娠雌マウスは、正常性周期の雌マウスを、精管結紮などにより去勢した雄マウスと交配することにより得ることができる。作出した偽妊娠マウスに対して、上述の方法により作製したキメラ胚を子宮内移植し、その後出産させることによりキメラ動物を作製することができる。
【0043】
このようなキメラマウスの中から、ES細胞移植胚由来の雄マウスを選択する。選択したES細胞移植胚由来の雄のキメラマウスが成熟した後、このマウスを純系マウス系統の雌マウスと交配させる。そして、誕生した子マウスに、ES細胞に由来するマウス(ES細胞に組み込まれたゲノムを有していたマウス)の被毛色が現れることにより、ES細胞がキメラマウスの生殖系列へ導入されたことを確認することができる。胚内に移植された組換えES細胞が生殖系列に導入されたZFP628遺伝子欠損ヘテロ接合体マウスを繁殖し、ZFP628遺伝子欠損ヘテロ接合体マウスどうしを交配させると、遺伝子欠損ホモ接合体マウスとなる。
【0044】
ノックアウトマウスが得られたことの確認については、組織から染色体DNAを抽出しサザンブロット法で行うことができる。また、外見上の異常の有無及び解剖を行った際の諸組織-臓器の異常を観察することもできる。さらに、組織からRNAを抽出し、ノーザンブロット解析により遺伝子の発現パターンを解析することもできる。ZFP628タンパク質に対する抗体を用いてウエスタンブロッティングを行なってもよい。
【0045】
また、樹立した動物系統について、ヘテロ及びホモ動物の表現型を解析することもできる。表現型の解析は、肉眼的観察、解剖による内部の観察、各臓器の組織切片、X線撮影による観察、行動や記憶の観察、血液検査や血清生化学検査行う。解析時期は、胎生期から成体までの任意の時期であってよく、特に限定されるものではない。
【0046】
本発明のノックアウト非ヒト動物(例えば、8週齢)は、野生型非ヒト動物と比べて、精巣における精子形成の低下(例えば8週齢のマウス)を示した。したがって、本発明のノックアウト非ヒト動物は精子形成機能に異常を呈し、造精機能障害を発症するという特徴を有することが判明した。本発明において、造精機能障害としては、亡精子症、精子無力症、奇形精子症、無精子症などが挙げられる。
【0047】
5.造精機能障害改善物質の評価方法、造精機能障害改善薬のスクリーニング方法
本発明は、造精機能障害改善物質の評価方法であって、
(a) 本発明の造精機能障害モデル動物又はその一部に被験物質を接触させ、
(b) 前記被験物質を接触させた非ヒト動物又はその一部におけるZFP628タンパク質の発現量と、対照の発現量とを比較し、
(c) (b)の比較結果に基づき、被験物質の造精機能障害改善能力を評価すること、
を特徴とする前記方法を提供する。
本発明のZFP628遺伝子ノックアウト動物は、以下の態様で造精機能障害改善物質を評価し、造精機能障害改善薬のスクリーニングに使用することができる。
【0048】
例えば、本発明のZFP628遺伝子ノックアウト動物に被験物質を投与し、該ノックアウト動物のZFP628遺伝子の発現量を評価し、この評価値を指標として被験物質の中から造精機能障害改善物質をスクリーニングすることができる。本発明のノックアウト動物は、ZFP628遺伝子の欠失に伴って何らかの造精機能障害が働いていると考えられる。従って、この造精機能障害を阻害又は改善する被験物質は、造精機能障害改善薬の候補とすることができる。
【0049】
本発明のZFP628遺伝子ノックアウト動物に被験物質を接触させてZFP628遺伝子の発現量を測定し、この測定値を対照と比較することにより、造精機能障害改善物質を評価することができる。「接触」とは、本発明のノックアウト動物に被験物質を投与することを意味し、経口投与、非経口投与(注射、点滴、外用等)いずれをも意味するものである。
【0050】
遺伝子の発現量は、RT-PCR法、ノーザンブロッティング、ウエスタンブロッティング法、定量PCR法により測定することができる。
【0051】
比較のための対照は、被験物質を接触させない野生型動物、被験物質を接触させた野生型動物、被験物質を接触させない本発明のノックアウト動物、造精機能障害改善作用を有することが分かっている物質(既知の造精機能障害改善薬等)を接触させた野生型動物、既知の造精機能障害改善薬等を接触させた本発明のノックアウト動物のいずれをも意味し、ZFP628遺伝子の発現量測定の目的に応じて少なくとも1つの対照を適宜選択することができる。
【0052】
例えば、被験物質を接触させない本発明のノックアウト動物を対照とし、被験物質を接触させた本発明のノックアウト動物においてZFP628遺伝子の発現量が増加したときは、当該被験物質は、造精機能障害改善能力を有するものと評価することができる。
【0053】
また、本発明は、このような評価方法により造精機能障害改善能力を有すると評価された物質を選択することを特徴とする、造精機能障害改善薬のスクリーニング方法を提供する。造精機能障害改善能力を有すると評価された物質は、造精機能障害改善薬の候補として選択することができる。
【0054】
本発明のスクリーニング方法の対象となる被験物質の種類は特に限定されるものではない。例えば、天然分子(例えば、アミノ酸、ペプチド、オリゴペプチド、ポリペプチド、核酸など)、脂質、ステロイド、糖タンパク質など、あるいは天然分子の合成物質、及び低分子有機化合物などを挙げることができる。また、被験物質としては単一の被験物質を独立に試験しても、いくつかの候補となる被験物質の混合物(ライブラリーなどを含む)について試験をしてもよい。複数の被験物質を含むライブラリーとしては、合成化合物又はペプチドライブラリー(コンビナトリアルライブラリー)などが挙げられる。
【0055】
6.造精機能障害の治療薬
本発明において、ZFP628タンパク質およびZFP628遺伝子は、造精機能障害の治療又は予防のための医薬組成物として使用することができる。造精機能障害は、前記亡精子症、精子無力症、奇形精子症、無精子症などが挙げられる。
【0056】
(1) 遺伝子治療
遺伝子としては、DNA及びRNAのいずれでも良く、また合成によって得られるものであっても良い。
【0057】
本発明において使用されるZFP628遺伝子は、配列番号1又は3に示されるものに限定されるものではなく、前記の変異体であってもよい。また、配列番号1又は3に示される配列のうち、コード領域の配列(配列番号1については第587〜3733番、配列番号3について27〜3122番の配列)だけであってもよい
本発明においてZFP628遺伝子を遺伝子治療に使用する場合は、ウイルスベクターにZFP628遺伝子を組み込んだ構築物を、治療の対象患者に投与すればよい。投与方法は、経口投与、静脈内注射、皮下注射、器官内注射などによる投与する方法がある。また、本発明の遺伝子のセンス核酸またはアンチセンス核酸を保持する発現プラスミドを含有した組成物を直接筋肉内に投与してもよく、あるいはリポソーム法、リポフェクチン法、マイクロインジェクション法、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法等により投与することもできる。
【0058】
上記ウイルスベクターとしては、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター等が挙げられ、これらのウイルスベクターを用いることにより効率よく投与することができる。
【0059】
また、上記遺伝子をリポソームなどのリン脂質小胞体に導入し、その小胞体を投与することも可能である。例えば、上記遺伝子を保持させた小胞体をリポフェクション法により所定の細胞に導入する。そして、得られる細胞を例えば静脈内、動脈内等に全身投与する。細胞は、脳等に局所投与することもできる。
【0060】
本発明のZFP628遺伝子を含む医薬組成物の投与量は、年齢、性別、症状、投与経路、投与回数、剤型によって異なるが、遺伝子治療の場合、例えばアデノウイルスの場合の投与量は1日1回あたり10〜1011個程度である。
【0061】
遺伝子治療に使用されるZFP628遺伝子を目的の組織又は器官に導入するために、市販の遺伝子導入キット(例えばアデノエクスプレス(クローンテック社))を用いることもできる。
【0062】
(2) タンパク質
本発明において、ZFP628タンパク質を、造精機能障害を呈した動物に投与することにより、当該造精機能障害を治療することができる。上記の疾患は、単独であっても、併発したものであっても、上記以外の他の疾病を併発したものであってもよい。

本発明の医薬組成物は、経口又は非経口的に全身又は局所投与することができる。本発明の医薬組成物を経口投与する場合は、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、丸剤、トローチ剤、内用水剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤等のいずれのものであってもよく、使用する際に再溶解させる乾燥生成物にしてもよい。
【0063】
また、本発明の医薬組成物を非経口投与する場合は、点滴、静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射、坐剤などの製剤形態を選択することができ、点滴又は注射用製剤の場合は単位投与量アンプル又は多投与量容器の状態で提供される。
【0064】
これらの各種製剤は、製剤上通常用いられる賦形剤、増量剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、潤滑剤、界面活性剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、矯味矯臭剤、無痛化剤、安定化剤、等張化剤等などを適宜選択し、常法により製造することができる。
【0065】
上記各種製剤は、医薬的に許容される担体又は添加物を共に含むものであってもよい。このような担体及び添加物の例として、水、医薬的に許容される有機溶剤、コラーゲン、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、ゼラチン、寒天、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール、ラクトースなどが挙げられる。使用される添加物は、本発明の剤型に応じて上記の中から適宜又は組み合わせて選択される。
【0066】
本発明の医薬組成物の投与量は、投与対象の年齢、投与経路、投与回数により異なり、広範囲に変えることができる。本発明のZFP628タンパク質の有効量と適切な希釈剤及び薬理学的に使用し得る担体との組合せとして投与される有効量は、一回につき体重1kgあたり0.01〜10mg/body、好ましくは0.1〜5 mg/bodyの範囲の投与量を選ぶことができ、1日1回から数回に分けて1日以上投与される。
【0067】

7.造精機能障害の診断薬
本発明において、ZFP628タンパク質、ZFP628遺伝子、及びZFP628タンパク質に対する抗体は、造精機能障害の診断薬として使用することができる。
【0068】
(1) ZFP628遺伝子又はZFP628タンパク質
造精機能障害を有する患者は、ZFP628遺伝子及びZFP628タンパク質の発現が無いか、あるいは発現が低下している。従って、ZFP628遺伝子又はZFP628タンパク質又はこれらの断片をプローブとして被験試料と反応させ、プローブによって検出されるシグナルの有無によって、造精機能障害を有するか否かを診断することができる。遺伝子をプローブとして検出する場合は、ZFP628遺伝子の塩基配列の全部又は一部を用いてハイブリダイゼーションを行う。プローブに標識を施しておくことにより、ハイブリダイゼーション後のシグナル(例えば電気泳動後のバンド)を検出することができる。
【0069】


(2) 抗体
本発明においては、ZFP628タンパク質に対する抗体も、造精機能障害の診断のために使用することができる。抗体はモノクローナル抗体でもポリクローナル抗体でもよく、限定されるものではない。抗体は、当分野において周知の方法により製造することができる。
【0070】
抗体の製造法は、例えば、ポリクローナル抗体を作製する場合は、抗原をアジュバントとともにウサギ等の哺乳動物に投与して所定期間免疫を行い、抗血清を得る。抗体価の測定は、通常の、酵素免疫測定法(ELISA法、又は EIA法)等を採用することができる。
【0071】
また、モノクローナル抗体を作製する場合は、抗原で免疫した動物から採取された免疫担当細胞(脾細胞など)とミエローマ細胞とを融合させ、HAT培地などの選択培地によりスクリーニングして目的とする抗体を産生するハイブリドーマを取得する。このハイブリドーマを培養することにより目的のモノクローナル抗体を得ることができる。
【0072】
本発明は、上記ZFP628タンパク質に対する抗体を含む、造精機能障害の診断薬を提供する。造精機能障害を有する個体(動物やヒト患者)は、ZFP628タンパク質の発現が弱いと考えられるため、ZFP628タンパク質に対する抗体を用いて検出すると、例えばウエスタンブロッティングを行った場合、正常ではZFP628タンパク質のバンドが現われるのに対し、造精機能障害を有する個体ではZFP628タンパク質のバンドが現われないか、正常よりも弱いバンドしか得られない。これにより、造精機能障害か否かを診断することができる。
【0073】
以下に本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0074】
ZFP628遺伝子ノックアウトES細胞の作製
トラップベクターpU-17及びこれを用いた遺伝子トラップ法(国際公開WO01/005987号公報)により、ZFP628遺伝子ノックアウトES細胞を作製した。
【0075】
すなわち、pU-17トラップベクターの構築はまず、pSP73(Promega)に、lox511、loxP、PGK poly(A)シグナル、lox2272をこの順で挿入し、プラスミドpSP5PP2を構築した。次に、SA内に2箇所あるBamHIのうち上流のBamHI部位で切断し、pBluescriptII KS+ プラスミドに、SA前半のBamHIまでのDNA断片、lox71配列、SA後半BamHIからKpnIまでのDNA断片、β-geoのNcoIからSalI部位までをこの順に挿入し、プラスミドpKS+S71Aβgeoを構築した。このpKS+S71Aβgeoからlox71を含むSA-βgeoのXbaI断片を切り出し、これをpSP5PP2のSpeI部位に挿入することによりpU-17を得た。 つぎにES細胞クローンの選別についてはまず、ネオマイシン耐性初代マウス線維芽細胞をPEF培地でコンフルエントに培養した後、100μg/mlマイトマイシンCで3時間処理し、0.25%トリプシンで処理した。トリプシン処理した細胞を、0.01%ゼラチンコート培養ディッシュに播種し、ES細胞用フィーダー細胞とした。pU-17トラップベクターを用いたエレクトロポレーションにおいては、100μgのNotIで消化したDNA及び3×107個のES細胞を用いた。
【0076】
ES細胞を0.8mlのPBSに懸濁し、Bio-Rad Gene Pulserを用いて、電極間距離: 0.4 cm、電圧: 0.8 kV、キャパシタンス: 3μF、抵抗:無し、の条件にてエレクトロポレーションをおこなった。48時間後、200μg/mlのG418の存在下で培養した。選別を7日間維持し、コロニーを24ウェルプレートにまいて増殖させ、凍結保存した。トラップクローンをサザンブロッティングにより解析し、単一コピーの組み込みパターンを示す細胞株を選別した。
【0077】



破壊・組換遺伝子がこのZFP628遺伝子のみであることを以下の方法に従い確認した。即ち、使用されたES細胞についてPCR解析でベクターが1コピーのみ導入されていること、並びに、サザンブロット解析でベクターの全長が導入されていることを確認した。更に5’RACE法により被トラップ遺伝子の部分配列を決定したところ、ZFP628遺伝子(GenBank Acc. No. NM_170759)のコード領域上流のゲノム配列と一致した(図1参照)。これにより該ES細胞が、染色体上のZFP628遺伝子改変により遺伝子発現が欠損した細胞であることが判明した。
【0078】
図1は、ZFP628遺伝子ノックアウトマウスを作製するために使用されるES細胞を用いて、5'RACE法によりトラップされている遺伝子の塩基配列を解読した結果を示したものである。解読された塩基配列は、ZFP628遺伝子のコード領域上流のゲノム配列に相当した。マウスZFP628遺伝子は2個のエキソンで構成され、1031アミノ酸からなるタンパク質をコードしている。タンパク質の開始コドンは第1エキソンに存在するので、トラップベクターpU-17がコード領域上流ゲノムへ挿入された細胞では、ZFP628遺伝子は翻訳開始直後にβgeoとの融合タンパク質となって翻訳され、本来のZFP628タンパク質は作られない。
【実施例2】
【0079】
ZFP628遺伝子ノックアウトマウスの作製
ZFP628遺伝子がノックアウトされた細胞を持つキメラマウスを以下の方法に従い作製した。即ち、実施例1で作製されたZFP628遺伝子が破壊・組換されたES細胞を用い、アグリゲーション法(Nagy A., 1993, Oxford University Press, Oxford, pp147-179)にてES細胞とICR系8細胞期胚とを凝集させた後、翌日桑実胚〜胚盤胞に発生したキメラ胚を偽妊娠誘起したICR系雌マウス(偽妊娠誘起day3)の子宮へ移植した(相沢慎一:ジーンターゲティング・ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社,1995)。移植17.5日後に該雌マウスを帝王切開して取り出すことにより、キメラマウスを得た。
【0080】
上記キメラマウスは4週まで、里親に保育させた(相沢慎一:ジーンターゲティング・ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社,1995)。該キメラマウスは4週で離乳し、6週で生殖系列伝達(Germline Transmission;GT)確認のため、ICR系雌マウス2匹と交配を行った。キメラマウスとICRとの産子の組織を採取し、そのゲノムDNAを用いてPCR解析により導入遺伝子の有無を、サザン解析によりES細胞とマウスの遺伝子とが一致するか否かを確認した。GT判定が終了したキメラマウスにC57BL/6J雌マウス2匹を自然交配させることにより、ZFP628遺伝子ノックアウトマウスのF1へテロを作製した。
【0081】
作製されたF1へテロである雄ノックアウトマウスと過排卵処置が施されたC57BL/6J雌マウスとの体外受精(IVF)により得られた受精卵を、偽妊娠誘起処置が施されたICR系雌マウス(レシピエント)に移植することにより、F2へテロであるノックアウトマウスを大量に作出した。作出されたF2ヘテロであるノックアウトマウスを用いてIVFを行い、受精卵を作製した後、それら胚をレシピエントに移植することによりF3ホモであるノックアウトマウスを作製した。
【実施例3】
【0082】
ZFP628遺伝子ホモノックアウトマウスの病理検査
実施例2で作製されたZFP628遺伝子ホモノックアウトマウスの各種臓器(脳、下垂体、脊髄、眼球、視神経、ハーダー腺、下顎部リンパ節、唾液腺、耳下腺、甲状腺、上皮小体、心臓、肺、気管、舌、胸腺、肝臓、膵臓、脾臓、腎臓、副腎、食道、胃、十二指腸、空腸、回腸、盲腸、結腸、直腸、腸管膜リンパ節、膀胱、精嚢、前立腺、精巣上体、精巣、卵巣、子宮、膣、大腿骨、胸骨、乳腺、皮膚、大動脈、坐骨神経、大腿ニ頭筋、など)について、以下の方法に従い病理組織学的に検査した。
【0083】
8週齢ZFP628遺伝子ホモノックアウトマウスをエーテル麻酔下で放血致死させた後、各種臓器の一部を採取し、これを10%中性緩衝ホルマリン液にて室温、1週間固定した。固定された皮膚組織をアルコール脱水した後、パラフィンに包埋し、ミクロスライサーを用いて2〜10μmの厚さで薄くスライスした。得られた薄切片をスライドグラスに載せた。更に、該薄切片をキシレンを用いて脱パラフィン(7分×3回)し、100%エタノール(30秒×1回、2分×2回)、蒸留水で洗浄した後、ヘマトキシリン・エオジン染色(以下、HE染色と記す。)を実施した。HE染色は、ヘマトキシリン溶液(ヘマトキシリン2g、硫酸カリウムアルミニウム75g、ヨウ素酸ナトリウム0.4g、クエン酸1g、抱水クロラール50gを1Lの蒸留水に溶解したもの)に10分間浸漬した後、蒸留水を用いて15分間水洗し、次いでエオジン溶液(1%エオジン水溶液200mL、1%フロキシンB水溶液5mL、80%エタノール615mLを混じた後、酢酸を用いてpH5.5に調整したもの)に2分浸漬し、次いで蒸留水で再度15秒すすいだ後、80%エタノール(15秒)、90%エタノール(15秒)、100%エタノール(2分×2回)、キシレン(5分×3回)で順次脱水処理を行うことにより実施した。その後、HE染色を行った各種臓器について光学顕微鏡を用いた病理組織学的検査を実施した。
【0084】
その結果、図2に示すように、ZFP628遺伝子ホモノックアウトマウスでは精巣において精子形成の低下が全例に認められた。
【0085】
図2A〜Eは、ZFP628遺伝子破壊マウスの精巣組織がHE染色された染色像である。
【0086】
図2Aは、Stage VIIのパネルである。精祖細胞から円形精子細胞(step 7, 矢頭)まではほぼ正常に見える。しかし、この時期に通常見られるstep 16の精子細胞や遺残体はほとんど認められない。矢印はStep 15の細胞、No.6, ×400、HE染色
図2Bは、Stage IXのパネルである。精祖細胞から伸張した精子細胞(step 9, 矢印)まではほぼ正常に見える。しかし、一部の精子細胞には空砲(矢頭)の形成が認められる。No.6, ×400、HE染色
図2Cは、Stage XIIのパネルである。減数分裂像(矢印)が認められるが、step 12の精子細胞は認められない。ここに見られる精子細胞(矢頭)は、step 8からstep 9に相当し、本来stage VIIIからstage IXで認められるものである。No.6, ×400、HE染色
図2Dは、Stage VIIのパネルである。いずれの精細管にも成熟した精子は認められない。また、中央には多核化した精子細胞が認められる。No.6, ×200、HE染色
図2Eは、Stage VIIのパネルである。中央の精細管には精上皮細胞は認められず、空胞化したセルトリ細胞のみが残存している。
【0087】
以上の通り、精巣の組織像では、精祖細胞か精子細胞はみられるものの、精子細胞が成熟するにつれてその出現頻度が低下しており、ほぼ成熟した精子であるStep16の精子細胞はほとんどみられなかった。全ての動物において精巣上体には成熟した精子は認められなかった。これにより、ZFP628遺伝子ホモノックアウトマウスでは、造精機能障害を呈することが確認された。
【実施例4】
【0088】
ZFP628遺伝子発現(正常マウス臓器)
ZFP628mRNAのマウス正常臓器組織中における発現量を、定量PCR法により確認した。
【0089】
その結果を図3に示した。図3は、正常マウス各種臓器組織におけるZFP628 mRNAの発現量を調べた図である。図3に示されるように、ZFP628mRNAは小腸をはじめ視床下部、胸腺、肺、精巣などに発現していることが明らかになった。
【図面の簡単な説明】
【0090】
【図1】確立したZFP628遺伝子破壊マウスの遺伝子コンストラクトを示す図である。
【図2A】ZFP628遺伝子破壊マウスが「造精機能障害」を示している病理組織像の写真である(Stage VII)。
【図2B】ZFP628遺伝子破壊マウスが「造精機能障害」を示している病理組織像の写真である(Stage IX)。
【図2C】ZFP628遺伝子破壊マウスが「造精機能障害」を示している病理組織像の写真である(Stage XII)。
【図2D】ZFP628遺伝子破壊マウスが「造精機能障害」を示している病理組織像の写真である(Stage VII)。
【図2E】ZFP628遺伝子破壊マウスが「造精機能障害」を示している病理組織像の写真である(Stage VII)。
【図3】ZFP628遺伝子の正常マウス臓器における発現部位(発現量)を示す図である。
【配列表フリーテキスト】
【0091】
配列番号5:合成DNA
配列番号6:合成DNA
配列番号7:合成DNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ZFP628遺伝子の全部又は一部が失われたノックアウト非ヒト動物又はその一部。
【請求項2】
非ヒト動物がマウスである請求項1記載の非ヒトノックアウト動物又はその一部。
【請求項3】
精子形成能が低下することを特徴とする請求項1又は2記載の非ヒトノックアウト動物又はその一部。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のノックアウト非ヒト動物又はその一部からなる、造精機能障害モデル動物又はその一部。
【請求項5】
造精機能障害が、亡精子症、精子無力症、奇形精子症及び無精子症からなる群から選択される少なくとも1つである請求項4記載のモデル動物又はその一部。
【請求項6】
実験動物のZFP628遺伝子の全部又は一部を失わせることを特徴とする、精機能障害モデル動物又はその一部の製造方法。
【請求項7】
造精機能障害改善物質の評価方法であって、
(a) 請求項4記載の造精機能障害モデル動物又はその一部に被験物質を接触させ、
(b) 前記被験物質を接触させた非ヒト動物又はその一部におけるZFP628遺伝子又はZFP628タンパク質の発現量と、対照の発現量とを比較し、
(c) (b)の比較結果に基づき、被験物質の造精機能障害改善能力を評価すること、
を特徴とする前記方法。
【請求項8】
造精機能障害改善薬のスクリーニング方法であって、
(a) 請求項4記載の造精機能障害モデル動物又はその一部に被験物質を接触させ、
(b) 前記被験物質を接触させた非ヒト動物又はその一部におけるZFP628遺伝子又はZFP628タンパク質の発現量と、対照の発現量とを比較し、
(c) (b)の比較結果に基づき、被験物質の造精機能障害改善能力を評価し、
(d) 造精機能障害改善能力を有すると評価された物質を選択すること、
を特徴とする前記スクリーニング方法。
【請求項9】
ZFP628遺伝子又はZFP628タンパク質を含む、造精機能障害治療薬。
【請求項10】
ZFP628遺伝子又はZFP628タンパク質を含む、造精機能障害診断薬。
【請求項11】
ZFP628タンパク質に対する抗体を含む、造精機能障害診断薬。


【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図2D】
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【図2E】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−100(P2007−100A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−185868(P2005−185868)
【出願日】平成17年6月27日(2005.6.27)
【出願人】(598081621)株式会社トランスジェニック (15)
【Fターム(参考)】