バイオナノファイバーの製造方法
【課題】バイオマスを有効活用するうえで、セルロースやキチン・キトサンを均一に微細化したナノファイバーの効率的な製造方法、および、加水分解酵素を用いてナノファイバーを効率的に分解・糖化する方法を提供する。
【解決手段】バイオマス(セルロースおよびキチン・キトサン)をウォータージェットの技術を応用して、レイノズル数を限定したキャビテーション効果および硬質体への衝突効果が最適化されたシングル噴射チャンバーと高濃度・高粘度処理に対応した回路が備わる微細化装置を組み合わせることで噴射時の剪断効果を高め、均一幅で微細化された高結晶性バイオナノファイバーを連続して大量に製造する。
【解決手段】バイオマス(セルロースおよびキチン・キトサン)をウォータージェットの技術を応用して、レイノズル数を限定したキャビテーション効果および硬質体への衝突効果が最適化されたシングル噴射チャンバーと高濃度・高粘度処理に対応した回路が備わる微細化装置を組み合わせることで噴射時の剪断効果を高め、均一幅で微細化された高結晶性バイオナノファイバーを連続して大量に製造する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオナノファイバーの製造方法及びコンポジット材料、医薬、食品化粧品又は酵素基質としてのその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースは地球上のバイオマスの大部分をしめ、キチンはセルロースに次いで豊富に存在するバイオマスであり、その有効利用が期待されている。しかし、これらの生体高分子は強固な結晶構造を形成しているために分解・微細化が困難であり、その利用が滞っている。セルロースを分解してグルコースを得ることができれば、発酵法と組み合わせてエタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類やコハク酸等の有機酸を製造するバイオリファイナリーにおける原料として利用することができる。また、キチンを加水分解して得られるN−アセチルグルコサミンは健康食品添加物だけでなく、最近、潤い成分として話題になっているヒアルロン酸の原料にもなることから化粧品業界も注目している。またN−アセチルグルコサミンは皮膚炎、変形関節症などの治療薬としても期待され、幅広い産業分野でその利用が期待されている。また、バイオマス由来の複合材料(グリーンコンポジット)や医療分野における生体適合材料の開発を目的として、ナノレベルで均一に微細化(ナノファイバー化)されたセルロースやキチン・キトサンを得るための研究が活発に行われている。
【0003】
ウォータージェットを用いてナノファイバー化されたセルロースを得る試みがなされているが(特許文献1、2)、これらの方法では、セルロースの微細化が不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−270891
【特許文献2】特開2007−185117
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
バイオマス、特にセルロースやキチンは、その強固な結晶構造のための有効利用が滞っていた。これらの有効利用には、結晶性生体高分子(セルロースやキチン)の高効率かつ連続的な微細化処理方法の開発が必須である。
【0006】
本発明の目的は、セルロースやキチン・キトサンなどのバイオマスを効率的にナノファイバー化し、バイオマスを有効利用することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ウォータージェットの技術を基にバイオマスに特化した新規微細化技術の開発に成功した。本技術を用いることによって、セルロースやキチン・キトサンのナノファイバー化が可能となる。ナノファイバー化したセルロースからは、その高強度・低熱膨張などの特性を利用した各種樹脂の補強剤としてグリーンコンポジットの開発が可能になる。また、ナノファイバー化したキチン・キトサンからは、その抗菌性・創傷治癒性・生分解性などの特性を利用した医療分野における生体適合材料の開発が可能になる。
【0008】
本発明は、以下のバイオナノファイバーの製造方法を提供するものである。
項1. バイオマスの分散流体を100〜245MPaで高圧噴射して衝突用硬質体に衝突させることを特徴とする、バイオナノファイバーの製造方法。
項2. レイノズル数を2266〜3885に限定したキャビテーション効果および硬質体への衝突効果が最適化されたシングル噴射チャンバーを用いることを特徴とする、項1に記載のバイオナノファイバーの製造方法。
項3. 前記シングル噴射チャンバーと高濃度(10〜20重量%)のバイオマスの分散流体に対応した回路が備わる微細化装置を組み合わせることで噴射時の剪断効果を高め、ナノファイバーの繊維幅(短径)を10〜100nm、好ましくは10〜40nmに微細化することを特徴とする、バイオナノファイバーの製造方法。
項4. 項1〜3に記載の製造方法により得られる、結晶化度が40%以上であることを特徴とするバイオナノファイバー。
項5. 項4に記載のバイオナノファイバーを含む複合材料またはバイオナノファイバーからなるフィルム。
項6. 項4に記載のバイオナノファイバーを酵素を用いて効率的に加水分解するバイオナノファイバーの糖化方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によるセルロースやキチン・キトサンナノファイバーを用いて、グリーンコンポジットや生体適合材料としての有効利用が可能になる。さらに、この技術と酵素の組み合わせによる効果的なバイオマス分解法を提供する。本発明に係る方法を利用することでバイオマスの分解および新機能性複合材料の研究開発に弾みがつくものと期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】シングル噴射チャンバーで処理したキチンの分散状態(15,000rpm遠心後)
【図2】セルロースナノファイバーの透過型電子顕微鏡による溶液分散状態
【図3】キチンナノファイバーの透過型電子顕微鏡による溶液分散状態
【図4】セルロースナノファイバーの電界放射型走査電子顕微鏡写真
【図5】キチンナノファイバーの電界放射型走査電子顕微鏡写真
【図6】シングル噴射チャンバーで処理したセルロースナノファイバーの粉末X線回折パターン
【図7】シングル噴射チャンバーで処理したキチンナノファイバーの粉末X線回折パターン
【図8】ヤタラーゼによる24時間反応後のキチン分解率の比較
【図9】耐熱性キチナーゼ酵素による24時間反応後のキチン分解率の比較
【図10】トリコデルマ・ノボザイムセルラーゼ酵素処理結晶セルロースのグルコース分解率の比較
【図11】耐熱性セルラーゼ酵素処理結晶セルロースのグルコース分解率の比較
【図12】キチンフィルム
【図13】本発明の装置の模式図
【図14】本発明の装置の模式図
【図15】本発明の装置の改良点を示す。
【図16】本発明の装置の改良点を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の方法で製造されたナノファイバーの平均径(短径)は、10〜100nm程度、好ましくは10〜50nm程度、より好ましくは10〜40nm程度、さらに好ましくは15〜25nm程度、最も好ましくは20nm程度である。
【0012】
本発明において、高圧噴射処理の対象となる「バイオマス」とは、生物由来の高分子、特に水に難溶性の高分子を意味し、具体的にはセルロース、キチン、キトサンなどが挙げられる。セルロース、キチン、キトサンは、酵素分解されにくく、加工も難しい材料であった。本発明によれば、セルロース、キチン、キトサンなどの結晶性ないし水難溶性の天然高分子を水の分散流体とし高圧噴射処理によりナノファイバーとすることができ、得られたナノファイバーは酵素分解によりグルコース、N−アセチルグルコサミン、グルコサミンなどの単量体もしくはそれらの二量体、三量体などのオリゴマーに導くことができる。ここで、「分散流体」とは、バイオマスを水に分散したものであり、濃度が薄い場合には、流動性の分散液になるが、特にバイオマスが微細化するにしたがって粘性が高くなり、濃度が高くなるとペーストに近い性状となる。バイオマスナノファイバーの分散流体の濃度は、高濃度ほど処理効率が高まるため好ましいが、特にナノレベルの微細化した繊維の場合、粘度が高くなりすぎペースト状になると高圧噴射が困難になる。本発明では、バイオマスファイバー(好ましくはバイオマスナノファイバー)が高濃度であっても高圧噴射することができる装置を開発したため、分散流体中のバイオマスの濃度は例えば1〜20重量%程度、好ましくは5〜20重量%程度、より好ましくは10〜20重量%程度、さらに好ましくは11〜20重量%程度であってもよい。
【0013】
本発明で使用するバイオマスの原料は、繊維状、粒状などの任意の形態であってもよい。本発明による構成単位糖までのバイオマスの分解(糖化)に関しては、セルロースの場合は幅広い植物原料(稲わら、籾殻、麦わら、コーンコブなどに加えて木材、林地残材、製材工場等残材、建設発生木材、古紙などの廃材を含む)、キチンの場合はエビ、カニなどの甲殻類の殻などバイオマスを直接原料として使用するのが好ましい。一方、ナノファイバー化に関しては、セルロースの場合はリグニンやヘミセルロースを除去した結晶セルロース、キチン・キトサンの場合は一般的に知られている方法で除タンパク質・脱カルシウム処理された精製キチン・キトサンを原料として使用するのが好ましい。またナノファイバー化の場合は、セルロース、キチン・キトサンとも、市販の原料を使用してもよい。本発明に係る装置でバイオマスを高圧噴射処理すると、セルロースおよびキチン・キトサンは繊維の長さを保ったまま繊維同士の絡まりがほどけて細くなるが、噴射圧力や処理回数などの処理条件を変えることで、繊維の切断もしくは分子量を低下させることも可能である。なお、本明細書において「ナノファイバー」とは、繊維の幅がナノサイズになったものを意味する。例えばセルロースは、本発明の方法の実施により繊維同士がほどけて1本の最小単位の繊維になると、その直径は10〜50nm程度となる。バイオマス原料ないしナノファイバーの直径(幅)は、電子顕微鏡写真により測定することができる。このような繊維は、長さはナノサイズではないが、直径(幅)がナノサイズであるので、本明細書においてナノファイバーと記載する。
【0014】
本発明の方法により処理されて得られたナノファイバーの平均径は10〜100nm程度、好ましくは10〜40nm程度、最も好ましくは15〜25nm程度である。本発明のナノファイバーは、繊維長/繊維幅(アスペクト比)が大きいため、強度を保ちつつ、不織布のようにナノファイバーが絡み合ったフィルム・シート状に成型することが容易であり、各種の材料として好適に使用できる。本発明のナノファイバーをフィルム・シート状にした不織布を、以下「ナノファイバーフィルム」と称す。本発明のナノファイバーフィルムは、繊維幅が極めて細く、透明性が高い特徴がある。
【0015】
バイオマスの分散流体は、(株)スギノマシンが開発したウォータージェットを用いた超微細化装置を用いてノズルより高圧噴射することができる。高圧噴射の圧力は、100〜245MPa程度である。噴射速度は、440〜700m/s程度である。
【0016】
高圧噴射して衝突用硬質体に衝突させたバイオマスの分散流体は回収し、再度ノズルより衝突用硬質体に向けて高圧噴射され、この操作を必要な回数、例えば1〜50回程度、好ましくは1〜40回程度、より好ましくは1〜30回程度、さらに好ましくは1〜20回程度、特に好ましくは1〜10回程度繰り返す。バイオマスは、衝突用硬質体に衝突することで、繊維の絡まりがほどけ、繊維径が縮小し、ナノサイズに微細化していく。なお、衝突用硬質体としては、ボール状、平板状などの形状が挙げられる。分散流体を高圧噴射するノズルの直径としては、0.1〜0.8mm程度が挙げられる。
【0017】
バイオマスのナノファイバー化による比表面積の増大は、これらを加水分解する酵素のアクセスビリティを高めることができる。本技術で微細化されたセルロースおよびキチンは酵素の基質としても適していることが明らかになった。すなわち、セルロースおよびキチンから可溶化糖であるグルコースおよびN−アセチルグルコサミンを高効率で取り出すことが可能になる。特にセルロースからグルコースを取り出す工程は、バイオリファイナリーにおいてボトルネックとなっているため、本装置の有効活用が期待される。同様に、キチン・キトサンの場合にも、可溶化糖であるN−アセチルグルコサミン、グルコサミンを各々高効率で取り出すことが可能になる。キトサンの場合には、6糖前後のキトサンが抗菌性などの生物活性に優れており、この程度の長さのキトサンの割合を高めることで、機能性材料としての価値を高めることができる。また、N−アセチルグルコサミンはヒアルロン酸の成分であり、甘味を有しているので摂取が容易であるという特徴を有する。さらに、セルロースの場合には、繊維径(繊維幅)を細くすることで、繊維同士が高密度に絡まり、強度を増加する効果が期待できる。また、繊維間の空隙を増加させることで、断熱材やろ過剤としての機能を高めることができる。化粧品素材として、バイオナノファイバーを用いると、非常になめらかな感触であって、保湿作用、スキンケア作用、抗菌作用、新陳代謝の促進作用などが期待できる。
【0018】
セルロースやキチン・キトサンなどのバイオマスを産業資源として利用するためには、強酸・超臨界法・メカノケミカル法およびイオン液体等を用いた前処理が検討されているが、廃液等による環境高負荷・高コスト・生産効率などの問題で実用化が滞っている。
また、バイオマスのナノファイバー化には臼(ディスクミル)やエレクトロスピニング法などが用いられているが、生産効率は低く、微細化の均一性にも問題がある。
本発明は、触媒や有害な薬品を一切使用せず、水のみを用いた環境低負荷なバイオマスの分解およびナノファイバー化技術を提供する。
【0019】
本発明により得られるナノファイバーは、繊維径が100nm以下、より好ましくは80nm以下、さらに好ましくは60nm以下、特に40nm以下である。本発明のナノファイバーは、繊維径が非常に細いため、水に分散させた場合に透明な溶液に近い外観を有し、水の中にナノファイバーが分散していることは肉眼的には認められず、図1右の透明な分散液を得ることもできる。図1は遠心後(15,000rpm)のキチンの各溶液状態の写真である。ウォータージェット処理を施していない結晶キチンは遠心を行う必要もなく沈殿するのに対し(図1左)、ウォータージェットで処理した結晶キチンは遠心後(15,000rpm)も均一に分散(不透明ゲルを形成)している(図1中央)。ウォータージェットの処理回数を変えることで透明なゲル状態にすることもできる(図1右)。ウォータージェットで同様の処置を施すと、セルロースやキトサンでも同じようなペースト(ゲル状)のものが得られる。こうして得られたバイオナノファイバーのゲルをシャーレにキャストし乾燥させると半透明もしくは透明なフィルムが得られる。例えばキチンナノファイバーの場合、図1右の透明ゲルをキャストしたのち乾燥させると透明なフィルムが得られる。セルロースおよびキトサンナノファイバーもキチンナノファイバーと同様にして半透明もしくは透明なフィルムを得ることができる。こうして得られたナノファイバーフィルムは、有機EL、液晶などのディスプレイの透明基板、濾過材、包装材などとして使用することができる。
【0020】
また、本発明のバイオナノファイバーは、可視光は通すが紫外線をカットする性質を有するため、UVケア化粧品として有用である。バイオナノファイバーは、保湿作用も有するので、化粧品に配合することやフィルム、シートとして肌に適用することができる。特に、キチン・キトサンは、傷んだ毛髪や皮膚に潤いと弾力を与えることが知られており、本発明のキチン・キトサンナノファイバーは化粧品として好適である。
カチオン系ポリマーであるキトサンは、正に荷電したアミノ基が細菌の細胞壁の負電荷と引き合い、細菌の自由度を阻害することで抗菌活性を示すと考えられている。そこで本発明のキトサンナノファイバーを繊維に織り込むことで、衣類、日用品、インテリアなどに抗菌活性を付与することができる。
【0021】
伸びきり鎖結晶からなるセルロースナノファイバーの弾性率、強度はそれぞれ140Gpaおよび3Gpaに達し、代表的な高強度繊維、アラミド繊維に等しく、ガラス繊維よりも高弾性であることが知られている。しかも線熱膨張係数は1.0×10−7/℃と石英ガラスに匹敵する低さである。セルロースナノファイバーはそのような性質を有することからコンポジットの補強繊維として利用されている。本発明のセルロースナノファーバーは高結晶性を保てるため、ゴムや樹脂と複合化することで、それらの高機能化(耐熱性、強度特性の改善)を達成することができる。また、可視光においては、その波長400〜800nmの1/10以下の大きさの物体は、材料に混合しても散乱を生じない。このため、高結晶ゆえに優れた耐熱性および強度特性を備えた本発明のセルロースナノファイバーを透明樹脂中に均一分散することで、樹脂の透明性を保ったまま耐熱性や強度特性を改善することが可能である。例えば、本発明のセルロースナノファイバーをゴム、プラスチック、透明樹脂などに混ぜることで、自動車のタイヤ、バンパー、フロントガラスなどの補強と軽量化の両方の効果が得られ得る。
【0022】
本発明のセルロースナノファイバーを用いてできる透明フィルムは、透明な紙と同義である。紙の透明化については、原理として紙層中(繊維間)の光の屈折(散乱)頻度を下げ、不透明性を減ずることにある。紙の繊維を構成するセルロースの屈折率が1.49なのに対して空気の屈折率は1.00と大きく異なる。一般の上質紙は体積中に50%前後の空気を含んでおり、繊維間には微細な空隙が数多く存在する。そのため無数にある両者の界面で光が複雑に屈折することにより紙が白く不透明に見える。可視光の波長は400〜800nmであるから、それより十分小さい物体(1/10以下)は光の散乱を生じないとみなすことができる。従って、紙を透明にするためには繊維を可視光波長より細く(1/10以下)するだけでなく、繊維間の空隙も可視光波長より十分細くしなければならない。既存の紙を透明化する方法は、以下の3種に大別される。
a. 叩解法 セルロースを高度に叩解処理して繊維間の結合面積を増やし、紙中の空隙を減ずる方法。グラシン紙(王子製紙製品名 : グラファン)
b. 硫酸法 セルロースを硫酸等で化学的に変性してゲル化させる方法。パーチメント紙。
c. 複合化 セルロースと等しい屈折率を持った物質で繊維間の空隙を満たす方法。樹脂や油脂による含浸紙。
このように紙の透明化には多大な労力が必要とされるが、本発明のセルロースナノファイバーは、アスペクト比が大きく、繊維同士の絡まりを大きくできるので、透明な紙を容易に作ることができる。従来、封筒の窓材には透明樹脂フィルムが使用されてきたが、樹脂フィルムは禁忌品としてリサイクルを妨げるため、最近ではグラシン紙や水性ワックスを含浸した塗工紙など、リサイクル可能な紙素材に移行しつつある。このような動きは封筒窓材だけでなく、各種包装材料分野においても同様であり、従来の透明フィルムをリサイクル可能な紙素材に置き換えるべく、透明紙に注目が集まっている。本発明のセルロースナノファイバーフィルムは、100%バイオマス由来のものであるので、リサイクル可能な封筒窓材、塗工紙、上質紙、各種包装材料として使用することができる。
【0023】
キチン・キトサンナノファイバーもキャストしてシートを作成することができる。これを応用して人工皮膚や手術時の臓器癒着防止シートを作成することができる。また、キチンコンタクトレンズは、キチンをアミド溶媒に溶かして透明で粘調なドープを得た後、特殊な凝固液にて溶媒を除去し、乾燥させて透明なレンズを得るが、本発明のキチンナノファイバーを用いると特殊な溶媒を必要とせず、乾燥だけでレンズ状の透明な成形体を作製することができる。
【0024】
本発明で高圧噴射する分散流体は、バイオマスを水のみに分散させてもよいが、リン酸、クエン酸、酢酸、リンゴ酸などの酸を少量加えてもよく、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウムなどのアルカリを少量加えてもよい。特にバイオマスの分解に関しては、少量の酸・アルカリの添加によりその効率を高めることができる。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明がこれら実施例に限定されないことは言うまでもない。
【0026】
実施例1
微細化用シングル噴射チャンバーを用いた微細化方法
図13に、本発明で使用する高圧噴射装置の一例を示す。
(1)液体にバイオマス(セルロース、キチン・キトサン)を混合したスラリー状の流体を100〜245 MPaの超高圧に加圧し、微細なオリフィスノズル(φ0.1〜0.8mm)から高圧で噴射し、ナノファイバーを得る。
(2)オリフィスノズルからの吐出流は440〜700m/sの高速噴流となるが、その速度までに加速されるオリフィス内では、高い剪断力が発生する。ここで使用するオリフィスノズルの厚みは0.4mmと極端に薄いため、圧力エネルギーのほぼ100%を噴射の速度エネルギーに変換できる。すなわち、オリフィス内部では、0.1〜0.8mmという狭い隙間と、440〜700m/sの超高速の状態となり、高い剪断力を得るための構成要素が満たされている。
[剪断力]=[スラリーの粘度]×[速度]/[隙間]
スラリーの粘度については、本処理回路の各部を改善したことで、より高濃度すなわち高粘度のスラリーを処理することができるようになり、スラリー自身の剪断力(ずり応力)を高める要因にもなった。
(3)また、440〜700m/sの高速噴流(高圧噴射状態)ではキャビテーション気泡が発生し、この気泡が消滅することによって強い衝撃力が発生する。オリフィスノズル後に「衝撃増強領域」を設けることで、キャビテーションを効率的に発生させることができる。
(4)本実施例の処理条件のレイノルズ数は、オリフィスノズル噴射直後において、2266≦Re≦3885の範囲をとる。
Re=[オリフィスノズル径]×[噴射速度]×[原料密度]/[原料粘度]
Reを決める諸条件は、
オリフィスノズル径:0.5mm
噴射速度:440〜700m/s (噴射圧力100〜245MPa)
原料密度:1030〜1110kg/m3 (濃度10〜20wt%)
原料粘度:1000〜10000mPas (濃度10〜20wt%)
【0027】
【表1】
【0028】
(5)構造上の噴流受けとして、ボール状または平板状のセラミック硬質体を具える。結晶化度をより低下させるためには、噴射圧力を高くし噴流の速度の速い領域を用い、この硬質体への衝突力も粉砕に利用する。
【0029】
実施例2
高濃度(高粘度)対応回路の開発
従来セルロースのナノファイバー化では濃度2 wt %の処理が限界とされてきたが、微細化装置回路内の各ユニットにおいて、以下の改良を施すことで濃度10〜20wt%までの高濃度(高粘度)バイオマスのナノファイバー化処理を可能にした。
(1)増圧機(高圧ポンプ)にバイオマスを供給する給液配管内径を40〜50mmに大径化し、さらに原料タンクと給液ポンプを一体化させることで、従来、原料吸込みで発生していた配管による圧力損失をなくすことができ、高濃度(高粘度)バイオマスを増圧機へ供給することができた。圧力損失と配管内径、配管長さ、原料の粘性には次の関係がある。
[圧力損失]∝[配管長さ]×[原料の粘性]/([配管内径]の4乗)
通常、100MPa以上の増圧機型高圧ポンプ用の給液ポンプには、締め切り運転が可能なエア式ダイヤフラムポンプを用いるが、エア圧は一般の工場エア0.5MPaを使用するため、押し込み力はその0.5MPaに制限される。締め切り運転ができて、押し込み圧力0.5MPaで高濃度(高粘度)バイオマスを増圧機に供給する場合、上記の圧損低減方法が有効であった。
(2)増圧機へ供給する途中に存在するチェックバルブ(逆止弁)も高圧シール性を得るため圧力損失の大きい構造であったが、内部構造をシンプル化することで圧力損失を低減できた。一般的なチェックバルブではシール性を重視するため、シール機構のボール状の弁をスプリングで押し付けている。そのため、高濃度原料でかつ繊維状物質がスプリング内通路を通過するときに抵抗となり、原料が供給できていなかった。ところで、原料が高粘性になると、むしろ漏れが発生しにくく、シール性が良くなる傾向がある。漏れ量と粘性の関係は次の通りである。
【0030】
【数1】
【0031】
そこで、ボール弁押し付けのスプリングを排除し、押し付け力は流体自身の圧力によるものとした。
また、流体自身の圧力のみでのシール性を向上させるため、スラリー(粒子混入)シールで用いられる樹脂シートに対して、よりシール性を重視して柔軟性を持たせた樹脂とゴムの中間強度の材質に変更した。柔軟性のある方がシール性は向上する。従来の硬度を持った樹脂シートは研磨性の高いスラリーに対して用いられており、今回使用する材料はバイオマスであり、研磨性が高くないため、軟質材シートでも耐磨耗性は十分であった。
(3)10−20wt%の高粘度スラリーは原料タンク内で架橋を起こし、タンク下の吸込み口でラットホールを形成する。その場合、増圧機にエアが混入するため、高圧ポンプに昇圧不良を引き起こす。プロペラ拡販やタンク壁面の衝撃ノッカーでは高濃度(高粘度)バイオマスをタンク下方で平坦化し吸込み口へ送り込むことは不可能である。そこで、タンクを蓋で密閉し、外部に漏れないように蓋をシールし、内部にバイオマスを満たした状態を保ちながら原料をタンク内に送り込む。タンク出口では、給液ポンプでバイオマスが吸引されるため、タンク内は常に一定量が保たれている。この状態を保持することで、高濃度(高粘度)バイオマスの複数回処理が可能となる。原料タンク内部では混合のため撹拌機を回す。
【0032】
実施例3
電子顕微鏡によるバイオナノファイバーの観察
フリーズ・エッチ・レプリカ法電子顕微鏡観察
フリーズ・エッチ・レプリカの作製はHeuser, J.の方法によって行った(Heuser, J. 1981)。まず、液体ヘリウムを用いた金属圧着法によって2%(w/v)の試料分散液(キチン分散液あるいはセルロース分散液)を急速凍結した。次に、凍結試料をフリーズ・フラクチャー装置(model BAF 400D, Balzers Union, Balzers, Liechtenstein)の真空チャンバー内の試料ステージに固定し、マイナス90℃の条件下にて試料を急速凍結表面の直下の部分でナイフによる割断を行った。さらにマイナス90℃にて10分間静置することによって、割断面のエッチング処理を行った。試料を水平面内で回転(約50回転/分)させながら斜め約25°の角度に設置した電子ビーム銃によって白金と炭素の混合物の蒸着を約6ナノメートルの膜厚で行った(ロータリーシャドウ法)。引き続きレプリカ膜の補強のために、上方(角度約90°)に設置した電子ビーム銃から炭素を約25ナノメートルの膜厚で蒸着した。蒸着後の試料をフリーズ・フラクチャー装置から取り出し、試料有機物は洗浄によって取り除いた。試料がキチンの場合は、8%(w/v)の塩化リチウムを含有するジメチルアセトアミドによってレプリカ膜からキチンを除き、試料がセルロースの場合は、リン酸によってレプリカ膜からセルロースを除いた。これらレプリカ膜はさらに水で洗浄した後に、コロジオン膜を被覆した電子顕微鏡用試料グリッド(Veco社、銅、150メッシュ)の上に載せた。電子顕微鏡観察はFEI社(Hillsboro, Oregon)のTecnai G2 F20を用いて、加速電圧200kVの元で高角度環状暗視野走査透過電子顕微鏡法(HAADF−STEM法)による画像を取得した。急速凍結レプリカ法を応用することで水中に分散したバイオナノファイバーの形状を透過型電子顕微鏡ではっきりと確認することができる。これにより、水中に分散したナノファイバー一本一本の繊維幅を正確に知ることができる。ナノファイバーの繊維幅(短径)に関しては、蒸着膜厚(6nm)を考慮に入れ、撮影した写真から無作為に抽出した20本以上の繊維幅を計測した結果、ウォータージェットにより10〜40nm程度にナノファイバー化されていることがわかった。ウォータージェット処理によりナノファイバー化されたセルロースおよびキチンのHAADF−STEM写真を図2, 3にそれぞれ示す。
Heuser, J. 1981. Preparing biological samples for stereo−microscopy by the quick−freeze, deep−etch, rotary−replication technique. Methods Cell Biol. 22:97−122.
電界放出形走査電子顕微鏡(FE−SEM)観察
ウォータージェット処理したセルロースおよびキチン分散液をt−ブタノールで置換し、凍結乾燥させた。乾燥させた試料に白金とパラジウムの混合物の蒸着を約3ナノメートルの膜厚で行った。JEOL社のJSM−6700を用いて加速電圧2.0kVの条件で電子顕微鏡観察を行った。ウォータージェット処理によりナノファイバー化されたセルロースおよびキチンのFE−SEM写真を図4, 5にそれぞれ示す。
【0033】
実施例4
バイオナノファイバーの結晶化度
バイオナノファイバーの結晶化度は、粉末X線回折により求めた。X線回折実験に先立ち、ウォータージェット処理を施した試料を凍結乾燥させることで乾燥粉末試料を得た。X線回折実験は、株式会社リガク製回転対陰極形X線発生装置ロータフレックスRU−200B(Rigaku)により加速電圧40kV, 加速電流150mAでNiフィルターを通したCuKα線(A=1.542)を用いて同社製粉末X線回折用横型ゴニオメーターにて測定した。回折強度は回折角2θの範囲を5°から35°に対して測定した。結晶化度は、各散乱パターンからバックグラウンド散乱を除去したあと、結晶面由来のピークの積分強度を求め、ウォータージェット処理を施していない未処理に対する強度比とした。セルロースの場合、未処理に対する各衝突回数における結晶化度は40〜83%となり、キチンのそれは48〜73%となった。ボールミルやディスクミルなどの他の物理的粉砕法では処理を続けていくと結晶化度が低下していくのに対して、ウォータージェットでは結晶化度が低下したあと再び上昇するのが特徴である。すなわち処理回数により結晶化度の調節が可能であり、本発明のバイオナノファイバーは低結晶性が要求される酵素基質としても、高結晶性が要求されるコンポジット材料としても適している。ウォータージェット処理によりナノファイバー化されたセルロースおよびキチンの粉末X線回折パターンを図6,7に示す。
【0034】
実施例5
キチンナノファイバーの酵素分解
実験方法
・キチナーゼの調製法
1)ヤタラーゼ(タカラ社製、Corynebacterium sp.由来 )
粉末試料を蒸留水に溶解後、透析チューブ(分画サイズ MW3500)に入れ、蒸留水で4℃、24時間、透析を行った。透析後、凍結乾燥を行い最終濃度48mg/mlに蒸留水で調製した。
【0035】
2) 耐熱性キチナーゼ酵素(Pyrococcus furiosus由来)の調製は文献(Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, Vol. 70, No. 7 pp.1696−1701 (2006), Acta Crystallogr., Sect. F 62(8), 791−3 (2006))に従った。蛋白質濃度は150μM になるよう20mMトリス緩衝液を用いて調製した。
【0036】
・酵素反応実験方法
キチンナノファイバーを基質濃度0.25%、酢酸緩衝液20mM(pH5.5)に調製後、ヤタラーゼ、もしくは耐熱性キチナーゼと反応させ、24時間後、ソモジ−ネルソン法により、可溶化した糖の還元糖量を定量し、キチンの分解率を求めた。
調製した0.25%キチン3mlを試験管に入れ、37℃に保った恒温槽内でスターラー攪拌し、ヤタラーゼ(4.8mg/ml)を25μl加え、反応を開始した(耐熱性キチナーゼを使用する場合、反応温度は85℃、0.25%キチン3mlに対して耐熱性酵素20μlを加えて測定した)。
酵素を入れて1、3、4、5、24時間後、反応液200μlを1.5mlチューブに取り出し、15,000rpmで3分間遠心後、上清を採取した。
遊離の分解物はソモジ−ネルソン法を用い定量を行った。採取した反応液上清をソモジ銅液400μlが入った試験管に加え、よく混合し、100℃、20分間煮沸した。5分間氷中で冷却後、ネルソン液400μlを加え、よく攪拌した。15分静置後、500nmにおける吸光度を測定した。
別途にN−アセチルグルコサミン標準溶液を同様に操作し、N−アセチルグルコサミン濃度と吸光度との間で検量線を作成した。この検量線を用いて、検体中の還元糖量を求めた。
【0037】
・結果と考察
キチンナノファイバーに対する酵素の効果
微細化処理と未処理のキチンの酵素反応を行い、酵素反応により遊離した可溶化糖をソモジ−ネルソン法で定量し、キチンの分解率を求めた。(ヤタラーゼでキチンを分解した場合、生成物は100%がN−アセチルグルコサミンであり、耐熱性酵素の場合、90%が2量体まで分解することが、HPLC定量によってわかっている。)
図8に示しているようにヤタラーゼによるキチンナノファイバーの分解率の比較を行い、常温由来のキチナーゼによる効果を調べた。
その結果、キチンナノファイバーは未処理に比べて約3倍の分解率向上が得られ、ナノファイバー化の効果が表れた。パス回数の増加に従って酵素の反応効率は上昇した。
【0038】
図9に示しているように耐熱性酵素で処理した場合のキチンナノファイバーの分解率の比較を行い、耐熱由来のキチナーゼによる効果を調べた。
その結果、キチンナノファイバーは未処理に比べて5倍の分解率向上が得られ、パス回数の増加に従って酵素の反応効率は上昇した。
【0039】
実施例6
セルロースナノファイバーの酵素分解
・酵素調製方法
1)トリコデルマセルラーゼ酵素(Sigma社製、Cellulase mixture;Trichoderma sp.由来)
ノボザイムセルラーゼ酵素(Novozyme 社製、BGL;Aspergirus sp由来)
2)耐熱性セルラーゼ酵素(産総研、EG;Pyrococcus horikoshii由来)(産総研、BGL;Pyrococcus furiosus由来)の調製は文献(9:37−43 Extremophiles (2005))に従った。蛋白質濃度はEGが20μM、BGlは10μMになるよう超純水で調製した。
【0040】
・酵素反応実験方法
結晶セルロースを基質濃度1%、酢酸緩衝液20mM(pH5.5)に調製後、トリコデルマ・ノボザイムセルラーゼ酵素、もしくは耐熱性セルラーゼ酵素と反応させ、1、2、3、4、24時間後、可溶化したグルコースを定量、結晶セルロースの分解率を求めた。
【0041】
測定には、未処理結晶セルロース、セルロースナノファイバー(衝突回数10回)を用いた。調製した1%結晶セルロース3mlを試験管に入れ、50℃に保った恒温槽内でスターラー攪拌し、トリコデルマ・ノボザイムセルラーゼ酵素(1:1)を7.5μl加え、反応を開始した(耐熱性酵素を使用する場合、反応温度は85℃、1%結晶セルロース3mlに対して耐熱性酵素(EG:BGL=20μM:10μM=2:1)45μlを加えて測定した)。酵素を入れて1、2、3、4、24時間後、反応液200μlを1.5mlチューブに取り出し、15,000rpmで3分間遠心後、上清を採取した。
【0042】
グルコースCII−テストワコーのマニュアルに基づいて測定した。
採取した上清8μlとグルコース発色液1.2mlを1.5mlチューブに入れ、よく混合した。次に37℃、5分間、ブロックヒーターで加温した。 505nmにおける吸光度を測定した。別途にグルコース標準溶液を同様に操作し、グルコース濃度と吸光度との間で検量線を作成した。この検量線を用いて、検体中のグルコース濃度を求めた。
【0043】
・結果と考察
セルロースナノファイバーに対する酵素の効果
未処理、微細化処理、リン酸処理した結晶セルロースの酵素反応を行い、酵素加水分解反応により遊離した可溶化糖をグルコースCII−テストワコーで定量し、結晶セルロースの分解率を求めた。
【0044】
図10に示しているようにトリコデルマ・ノボザイムセルラーゼ酵素による分解率の比較を行った。その結果、24時間反応時においてセルロースナノファイバーは未処理と比べると約2倍の分解率が得られ、ナノファイバー化による酵素分解の効果があることがわかる。
【0045】
図11に示しているように耐熱性酵素で処理した場合、未処理に比べて約5倍の分解率が得られた。
【0046】
これによりシングル噴射チャンバーを用いた10回の衝突回数で十分な結晶セルロース分解の効果が得られることが分かり、常温でも高温でもナノファイバー化の効果を確かめることが出来た。10回の衝突回数でナノファイバー化による酵素分解の効果があることが結論づけられる。
【0047】
ナノファイバー化したキチンおよびセルロースは未処理に対して40%以上の結晶化度を保持しているが、ナノファイバー化による比表面積の増大によって、これらを加水分解する酵素のアクセスビリティが高まり、加水分解反応が促進されると考えられる。
【0048】
実施例7
シングル噴射チャンバーを用いて微細化されたバイオナノファイバーのフィルム化
シングル噴射チャンバーを用いて微細化されたバイオナノファイバーをシャーレに流し入れ(キャスト)、乾燥させるとバイオナノファイバーのフィルムが得られる。フィルム化の方法に特に制限はなく、フィルム作製に一般的に用いられているフィルムアプリケーターや吸引濾過などの操作後に乾燥させることでフィルムを作製することができる。乾燥は、加熱あるいは常温乾燥により行うことができる。フィルムの透明度はシングル噴射チャンバーによるバイオマスの微細(ナノファイバー)化の度合いに応じて調節することができる。可視光波長(400〜800nm)に対して1/10以下の大きさの物体は光の散乱を生じないという物理的原理に従って、20nmの均一幅で微細化されたバイオナノファイバーフィルムは非常に高い透明性を示す。図12は上記方法により作製したキチンフィルムである。シングル噴射チャンバーを用いて微細化されたセルロースおよびキトサンについても同様なフィルムを作製することができる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明によれば、ウォータージェットをコア技術とした微細化用シングル噴射チャンバーにより、セルロースやキチン・キトサンをナノファイバー化することで、これらバイオマスの幅広い有効利用が可能になる。本装置は、酸やアルカリなどの有害な薬品を一切使用しない、水のみを使用する環境に調和した装置である。
【0050】
本発明のセルロースナノファイバーをフィラーとして用いる際の合成高分子樹脂として、ポリオレフィンなどのビニル系樹脂、ポリアミドなどの重縮合系樹脂などが上げられる。また、セルロースと等しい屈折率のエポキシなどの透明基材(樹脂)との複合化により新機能性透明フィルム・樹脂を合成することができる。特に、本発明のセルロースナノファイバーは、水素結合形成可能なフェノール樹脂、ポリエチレングリコール、ポリエチレンテレフタラート、ポリビニルアルコールなどの高分子と複合化することで、強度ないし表面特性を変えることができる。
【0051】
さらに、本発明のセルロースナノファイバーは、ポリ乳酸、ポリブチレンサクシネート、ポリカプロラクトンなどの生分解性樹脂との複合化により、これら樹脂の強度、耐熱性などの特性を向上させることができる。
【0052】
セルロースナノファイバーの表面改質(化学修飾)により、上記以外の性質を持つ樹脂、例えばセルロースナノファイバーをアセチル化し、疎水性の性質を持たせることで、アクリル樹脂などの疎水性樹脂との複合化も可能になる。
【0053】
セルロースのナノファイバー化によって得られる光学特性を生かした化粧品(サンスクリーン剤)や液晶基板、さらにセルロース繊維間に生じたナノオーダーの空隙を生かしたフィルターを製造することができる。特にセルロースの水酸基を様々な官能基に置換することで、異なる特性・機能をもった分離・濾過材を製造することができる。また、ナノファイバーの直径を制御することで、空隙の大きさを変えることができる。
上記の種々の樹脂との複合化はセルロースナノファイバーに限らず、キチン・キトサンナノファイバーに関してもあてはめることができる。
キトサンも分子内に反応性の高いアミノ基と水酸基を有することから、様々な化学修飾が可能な天然高分子材料である。また、キトサンはタンパク質や金属など数多くの物質を吸着する性質が知られている。本発明のキトサンナノファイバーは比表面積が増大していることから吸着体として適しており、これを乾燥させてできるフィルムはナノレベルで制御された空隙を持つ多孔質膜であることから、酵素などの生体触媒の固定化担体、分離精製などのクロマトグラフィー用の担体、あるいは細胞培養基質に用いることができる。
キトサンを粉末粒子として木質材料や紙に埋設あるいは接着剤に混入すると優れた音響特性を生み出すことが知られている。本発明のキトサンナノファイバーをスピーカーなど音響振動板の表面に塗布すると均一で硬質な皮膜が形成され、同様の効果を得ることができる。音響板の振動特性に係る素性として、優れた音響特性を得るために、剛体として全体が統一振動する硬く高強度・高弾性率を有する素材が求められる。本発明のセルロースナノファイバーは高結晶性を保ったまま微細化可能なため、キトサンナノファイバーと同様に高弾性率を発現できる音響振動板の素材として用いることができる。
キトサンは抗菌・防臭性を示すことから、衣類、日用品、インテリアなどの繊維に本発明のキトサンナノファイバーを配合することで、これらの製品に抗菌・防臭効果を付与することができる。
【0054】
また、カチオン性ポリマーであるキトサンとアニオン性ポリマーであるセルロースのナノファイバー同士を組み合わせることで、アニオンとカチオンの電荷による静電引力の補強効果が期待され、より強固なナノファイバーの創製も可能である。紙の強度に関与する最も主要な因子は繊維間の接着強さであり、セルロースの水酸基間の水素結合で決定される。紙の強度を高めるためには、水素結合を増やせばよいことになる。キトサンは、上記の性質に加えてセルロースに類似した化学構造で直鎖状であることからセルロースと親和性が高く、紙力増強剤、また、インクジェットインクの受容体として使用されているが、N−ヒドロキシル化などの化学修飾により可溶化させる必要がある。本発明のキトサンナノファイバーは既に水に均一分散しているため化学修飾する必要がなく、単純に塗布あるいは配合するだけでインクジェット印刷用紙などを高機能化させることができる。
【0055】
さらにキトサンはカチオン性ポリマーであることから、医薬品を保持する力があり、医薬品の担体として徐放性を示すことが知られている。服用した薬は、体内に吸収されると肝臓へ送られて解毒され、残りが血液中に出て全身を回り、患部に到達して効力をあらわす。よって服用する薬は肝臓で解毒される量を見越して投与される。本発明のキトサンナノファイバーを医薬品担体として用いれば、徐々に薬を放出することで医薬品の効力の持続性を高めることができ、少ない量で効果を示すことで副作用の軽減に役立つことができる。
【0056】
キチンを原料としたコンタクトレンズが実際に製品化されているが、この場合、縫合糸の製造と同様にアミド溶媒で溶解させてゲル化したキチンを特殊な凝固液で溶媒を除去し乾燥させることで透明なレンズを得ている。ウォータージェットでナノファイバー化したキチンは、厚みを持たせて乾燥させるだけで簡単にレンズ状に成形可能であることから、コンタクトレンズとしてだけでなくバイオマス由来の光学・透明材料として用いることができる。
【0057】
また本発明のセルロースおよびキチン・キトサンナノファイバーを酸素非存在下(窒素あるいはアルゴンなどの不活性ガス雰囲気下)高温処理することで炭化することができる。すなわち、バイオマス由来のナノ炭素繊維を製造することができる。ナノレベルの小さな孔を大量に含む多孔質炭素は、脱臭剤や脱色剤、あるいは水浄化用のフィルターとして利用されており、本発明のバイオナノファイバーを炭化させてできるバイオナノ炭素繊維もそのような分野へ利用することができる。また多孔質炭素はその小さな孔(細孔)に臭いや汚れの分子を捕らえるだけでなく、電気の力を借りればイオン(電荷を帯びた原子や分子)も捕らえることができる。捉えた電荷は取り出すこともできるので、これを利用して大容量のキャパシタ(コンデンサ)が開発されている。このようなキャパシタは、燃料電池自動車の補助電源や夜間の余った電力を蓄える貯蔵庫としても使えるので、近年、非常に注目されている。電気二重層キャパシタの静電容量は電気二重層に蓄えられる電荷量により決定されることから、電極の表面積が大きいほど大きな静電容量を得ることができるため、高い導電性と比表面積を有する活性炭が電極材料として用いられている。本発明のバイオナノファイバーを炭化させてできるバイオナノ炭素繊維は高比表面積を有し、細孔がナノレベルで制御されたメソポーラス活性炭であることから、電気二重層キャパシタなどの静電容量を飛躍的に高める電極材料として使用することができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオナノファイバーの製造方法及びコンポジット材料、医薬、食品化粧品又は酵素基質としてのその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースは地球上のバイオマスの大部分をしめ、キチンはセルロースに次いで豊富に存在するバイオマスであり、その有効利用が期待されている。しかし、これらの生体高分子は強固な結晶構造を形成しているために分解・微細化が困難であり、その利用が滞っている。セルロースを分解してグルコースを得ることができれば、発酵法と組み合わせてエタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類やコハク酸等の有機酸を製造するバイオリファイナリーにおける原料として利用することができる。また、キチンを加水分解して得られるN−アセチルグルコサミンは健康食品添加物だけでなく、最近、潤い成分として話題になっているヒアルロン酸の原料にもなることから化粧品業界も注目している。またN−アセチルグルコサミンは皮膚炎、変形関節症などの治療薬としても期待され、幅広い産業分野でその利用が期待されている。また、バイオマス由来の複合材料(グリーンコンポジット)や医療分野における生体適合材料の開発を目的として、ナノレベルで均一に微細化(ナノファイバー化)されたセルロースやキチン・キトサンを得るための研究が活発に行われている。
【0003】
ウォータージェットを用いてナノファイバー化されたセルロースを得る試みがなされているが(特許文献1、2)、これらの方法では、セルロースの微細化が不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−270891
【特許文献2】特開2007−185117
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
バイオマス、特にセルロースやキチンは、その強固な結晶構造のための有効利用が滞っていた。これらの有効利用には、結晶性生体高分子(セルロースやキチン)の高効率かつ連続的な微細化処理方法の開発が必須である。
【0006】
本発明の目的は、セルロースやキチン・キトサンなどのバイオマスを効率的にナノファイバー化し、バイオマスを有効利用することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ウォータージェットの技術を基にバイオマスに特化した新規微細化技術の開発に成功した。本技術を用いることによって、セルロースやキチン・キトサンのナノファイバー化が可能となる。ナノファイバー化したセルロースからは、その高強度・低熱膨張などの特性を利用した各種樹脂の補強剤としてグリーンコンポジットの開発が可能になる。また、ナノファイバー化したキチン・キトサンからは、その抗菌性・創傷治癒性・生分解性などの特性を利用した医療分野における生体適合材料の開発が可能になる。
【0008】
本発明は、以下のバイオナノファイバーの製造方法を提供するものである。
項1. バイオマスの分散流体を100〜245MPaで高圧噴射して衝突用硬質体に衝突させることを特徴とする、バイオナノファイバーの製造方法。
項2. レイノズル数を2266〜3885に限定したキャビテーション効果および硬質体への衝突効果が最適化されたシングル噴射チャンバーを用いることを特徴とする、項1に記載のバイオナノファイバーの製造方法。
項3. 前記シングル噴射チャンバーと高濃度(10〜20重量%)のバイオマスの分散流体に対応した回路が備わる微細化装置を組み合わせることで噴射時の剪断効果を高め、ナノファイバーの繊維幅(短径)を10〜100nm、好ましくは10〜40nmに微細化することを特徴とする、バイオナノファイバーの製造方法。
項4. 項1〜3に記載の製造方法により得られる、結晶化度が40%以上であることを特徴とするバイオナノファイバー。
項5. 項4に記載のバイオナノファイバーを含む複合材料またはバイオナノファイバーからなるフィルム。
項6. 項4に記載のバイオナノファイバーを酵素を用いて効率的に加水分解するバイオナノファイバーの糖化方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によるセルロースやキチン・キトサンナノファイバーを用いて、グリーンコンポジットや生体適合材料としての有効利用が可能になる。さらに、この技術と酵素の組み合わせによる効果的なバイオマス分解法を提供する。本発明に係る方法を利用することでバイオマスの分解および新機能性複合材料の研究開発に弾みがつくものと期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】シングル噴射チャンバーで処理したキチンの分散状態(15,000rpm遠心後)
【図2】セルロースナノファイバーの透過型電子顕微鏡による溶液分散状態
【図3】キチンナノファイバーの透過型電子顕微鏡による溶液分散状態
【図4】セルロースナノファイバーの電界放射型走査電子顕微鏡写真
【図5】キチンナノファイバーの電界放射型走査電子顕微鏡写真
【図6】シングル噴射チャンバーで処理したセルロースナノファイバーの粉末X線回折パターン
【図7】シングル噴射チャンバーで処理したキチンナノファイバーの粉末X線回折パターン
【図8】ヤタラーゼによる24時間反応後のキチン分解率の比較
【図9】耐熱性キチナーゼ酵素による24時間反応後のキチン分解率の比較
【図10】トリコデルマ・ノボザイムセルラーゼ酵素処理結晶セルロースのグルコース分解率の比較
【図11】耐熱性セルラーゼ酵素処理結晶セルロースのグルコース分解率の比較
【図12】キチンフィルム
【図13】本発明の装置の模式図
【図14】本発明の装置の模式図
【図15】本発明の装置の改良点を示す。
【図16】本発明の装置の改良点を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の方法で製造されたナノファイバーの平均径(短径)は、10〜100nm程度、好ましくは10〜50nm程度、より好ましくは10〜40nm程度、さらに好ましくは15〜25nm程度、最も好ましくは20nm程度である。
【0012】
本発明において、高圧噴射処理の対象となる「バイオマス」とは、生物由来の高分子、特に水に難溶性の高分子を意味し、具体的にはセルロース、キチン、キトサンなどが挙げられる。セルロース、キチン、キトサンは、酵素分解されにくく、加工も難しい材料であった。本発明によれば、セルロース、キチン、キトサンなどの結晶性ないし水難溶性の天然高分子を水の分散流体とし高圧噴射処理によりナノファイバーとすることができ、得られたナノファイバーは酵素分解によりグルコース、N−アセチルグルコサミン、グルコサミンなどの単量体もしくはそれらの二量体、三量体などのオリゴマーに導くことができる。ここで、「分散流体」とは、バイオマスを水に分散したものであり、濃度が薄い場合には、流動性の分散液になるが、特にバイオマスが微細化するにしたがって粘性が高くなり、濃度が高くなるとペーストに近い性状となる。バイオマスナノファイバーの分散流体の濃度は、高濃度ほど処理効率が高まるため好ましいが、特にナノレベルの微細化した繊維の場合、粘度が高くなりすぎペースト状になると高圧噴射が困難になる。本発明では、バイオマスファイバー(好ましくはバイオマスナノファイバー)が高濃度であっても高圧噴射することができる装置を開発したため、分散流体中のバイオマスの濃度は例えば1〜20重量%程度、好ましくは5〜20重量%程度、より好ましくは10〜20重量%程度、さらに好ましくは11〜20重量%程度であってもよい。
【0013】
本発明で使用するバイオマスの原料は、繊維状、粒状などの任意の形態であってもよい。本発明による構成単位糖までのバイオマスの分解(糖化)に関しては、セルロースの場合は幅広い植物原料(稲わら、籾殻、麦わら、コーンコブなどに加えて木材、林地残材、製材工場等残材、建設発生木材、古紙などの廃材を含む)、キチンの場合はエビ、カニなどの甲殻類の殻などバイオマスを直接原料として使用するのが好ましい。一方、ナノファイバー化に関しては、セルロースの場合はリグニンやヘミセルロースを除去した結晶セルロース、キチン・キトサンの場合は一般的に知られている方法で除タンパク質・脱カルシウム処理された精製キチン・キトサンを原料として使用するのが好ましい。またナノファイバー化の場合は、セルロース、キチン・キトサンとも、市販の原料を使用してもよい。本発明に係る装置でバイオマスを高圧噴射処理すると、セルロースおよびキチン・キトサンは繊維の長さを保ったまま繊維同士の絡まりがほどけて細くなるが、噴射圧力や処理回数などの処理条件を変えることで、繊維の切断もしくは分子量を低下させることも可能である。なお、本明細書において「ナノファイバー」とは、繊維の幅がナノサイズになったものを意味する。例えばセルロースは、本発明の方法の実施により繊維同士がほどけて1本の最小単位の繊維になると、その直径は10〜50nm程度となる。バイオマス原料ないしナノファイバーの直径(幅)は、電子顕微鏡写真により測定することができる。このような繊維は、長さはナノサイズではないが、直径(幅)がナノサイズであるので、本明細書においてナノファイバーと記載する。
【0014】
本発明の方法により処理されて得られたナノファイバーの平均径は10〜100nm程度、好ましくは10〜40nm程度、最も好ましくは15〜25nm程度である。本発明のナノファイバーは、繊維長/繊維幅(アスペクト比)が大きいため、強度を保ちつつ、不織布のようにナノファイバーが絡み合ったフィルム・シート状に成型することが容易であり、各種の材料として好適に使用できる。本発明のナノファイバーをフィルム・シート状にした不織布を、以下「ナノファイバーフィルム」と称す。本発明のナノファイバーフィルムは、繊維幅が極めて細く、透明性が高い特徴がある。
【0015】
バイオマスの分散流体は、(株)スギノマシンが開発したウォータージェットを用いた超微細化装置を用いてノズルより高圧噴射することができる。高圧噴射の圧力は、100〜245MPa程度である。噴射速度は、440〜700m/s程度である。
【0016】
高圧噴射して衝突用硬質体に衝突させたバイオマスの分散流体は回収し、再度ノズルより衝突用硬質体に向けて高圧噴射され、この操作を必要な回数、例えば1〜50回程度、好ましくは1〜40回程度、より好ましくは1〜30回程度、さらに好ましくは1〜20回程度、特に好ましくは1〜10回程度繰り返す。バイオマスは、衝突用硬質体に衝突することで、繊維の絡まりがほどけ、繊維径が縮小し、ナノサイズに微細化していく。なお、衝突用硬質体としては、ボール状、平板状などの形状が挙げられる。分散流体を高圧噴射するノズルの直径としては、0.1〜0.8mm程度が挙げられる。
【0017】
バイオマスのナノファイバー化による比表面積の増大は、これらを加水分解する酵素のアクセスビリティを高めることができる。本技術で微細化されたセルロースおよびキチンは酵素の基質としても適していることが明らかになった。すなわち、セルロースおよびキチンから可溶化糖であるグルコースおよびN−アセチルグルコサミンを高効率で取り出すことが可能になる。特にセルロースからグルコースを取り出す工程は、バイオリファイナリーにおいてボトルネックとなっているため、本装置の有効活用が期待される。同様に、キチン・キトサンの場合にも、可溶化糖であるN−アセチルグルコサミン、グルコサミンを各々高効率で取り出すことが可能になる。キトサンの場合には、6糖前後のキトサンが抗菌性などの生物活性に優れており、この程度の長さのキトサンの割合を高めることで、機能性材料としての価値を高めることができる。また、N−アセチルグルコサミンはヒアルロン酸の成分であり、甘味を有しているので摂取が容易であるという特徴を有する。さらに、セルロースの場合には、繊維径(繊維幅)を細くすることで、繊維同士が高密度に絡まり、強度を増加する効果が期待できる。また、繊維間の空隙を増加させることで、断熱材やろ過剤としての機能を高めることができる。化粧品素材として、バイオナノファイバーを用いると、非常になめらかな感触であって、保湿作用、スキンケア作用、抗菌作用、新陳代謝の促進作用などが期待できる。
【0018】
セルロースやキチン・キトサンなどのバイオマスを産業資源として利用するためには、強酸・超臨界法・メカノケミカル法およびイオン液体等を用いた前処理が検討されているが、廃液等による環境高負荷・高コスト・生産効率などの問題で実用化が滞っている。
また、バイオマスのナノファイバー化には臼(ディスクミル)やエレクトロスピニング法などが用いられているが、生産効率は低く、微細化の均一性にも問題がある。
本発明は、触媒や有害な薬品を一切使用せず、水のみを用いた環境低負荷なバイオマスの分解およびナノファイバー化技術を提供する。
【0019】
本発明により得られるナノファイバーは、繊維径が100nm以下、より好ましくは80nm以下、さらに好ましくは60nm以下、特に40nm以下である。本発明のナノファイバーは、繊維径が非常に細いため、水に分散させた場合に透明な溶液に近い外観を有し、水の中にナノファイバーが分散していることは肉眼的には認められず、図1右の透明な分散液を得ることもできる。図1は遠心後(15,000rpm)のキチンの各溶液状態の写真である。ウォータージェット処理を施していない結晶キチンは遠心を行う必要もなく沈殿するのに対し(図1左)、ウォータージェットで処理した結晶キチンは遠心後(15,000rpm)も均一に分散(不透明ゲルを形成)している(図1中央)。ウォータージェットの処理回数を変えることで透明なゲル状態にすることもできる(図1右)。ウォータージェットで同様の処置を施すと、セルロースやキトサンでも同じようなペースト(ゲル状)のものが得られる。こうして得られたバイオナノファイバーのゲルをシャーレにキャストし乾燥させると半透明もしくは透明なフィルムが得られる。例えばキチンナノファイバーの場合、図1右の透明ゲルをキャストしたのち乾燥させると透明なフィルムが得られる。セルロースおよびキトサンナノファイバーもキチンナノファイバーと同様にして半透明もしくは透明なフィルムを得ることができる。こうして得られたナノファイバーフィルムは、有機EL、液晶などのディスプレイの透明基板、濾過材、包装材などとして使用することができる。
【0020】
また、本発明のバイオナノファイバーは、可視光は通すが紫外線をカットする性質を有するため、UVケア化粧品として有用である。バイオナノファイバーは、保湿作用も有するので、化粧品に配合することやフィルム、シートとして肌に適用することができる。特に、キチン・キトサンは、傷んだ毛髪や皮膚に潤いと弾力を与えることが知られており、本発明のキチン・キトサンナノファイバーは化粧品として好適である。
カチオン系ポリマーであるキトサンは、正に荷電したアミノ基が細菌の細胞壁の負電荷と引き合い、細菌の自由度を阻害することで抗菌活性を示すと考えられている。そこで本発明のキトサンナノファイバーを繊維に織り込むことで、衣類、日用品、インテリアなどに抗菌活性を付与することができる。
【0021】
伸びきり鎖結晶からなるセルロースナノファイバーの弾性率、強度はそれぞれ140Gpaおよび3Gpaに達し、代表的な高強度繊維、アラミド繊維に等しく、ガラス繊維よりも高弾性であることが知られている。しかも線熱膨張係数は1.0×10−7/℃と石英ガラスに匹敵する低さである。セルロースナノファイバーはそのような性質を有することからコンポジットの補強繊維として利用されている。本発明のセルロースナノファーバーは高結晶性を保てるため、ゴムや樹脂と複合化することで、それらの高機能化(耐熱性、強度特性の改善)を達成することができる。また、可視光においては、その波長400〜800nmの1/10以下の大きさの物体は、材料に混合しても散乱を生じない。このため、高結晶ゆえに優れた耐熱性および強度特性を備えた本発明のセルロースナノファイバーを透明樹脂中に均一分散することで、樹脂の透明性を保ったまま耐熱性や強度特性を改善することが可能である。例えば、本発明のセルロースナノファイバーをゴム、プラスチック、透明樹脂などに混ぜることで、自動車のタイヤ、バンパー、フロントガラスなどの補強と軽量化の両方の効果が得られ得る。
【0022】
本発明のセルロースナノファイバーを用いてできる透明フィルムは、透明な紙と同義である。紙の透明化については、原理として紙層中(繊維間)の光の屈折(散乱)頻度を下げ、不透明性を減ずることにある。紙の繊維を構成するセルロースの屈折率が1.49なのに対して空気の屈折率は1.00と大きく異なる。一般の上質紙は体積中に50%前後の空気を含んでおり、繊維間には微細な空隙が数多く存在する。そのため無数にある両者の界面で光が複雑に屈折することにより紙が白く不透明に見える。可視光の波長は400〜800nmであるから、それより十分小さい物体(1/10以下)は光の散乱を生じないとみなすことができる。従って、紙を透明にするためには繊維を可視光波長より細く(1/10以下)するだけでなく、繊維間の空隙も可視光波長より十分細くしなければならない。既存の紙を透明化する方法は、以下の3種に大別される。
a. 叩解法 セルロースを高度に叩解処理して繊維間の結合面積を増やし、紙中の空隙を減ずる方法。グラシン紙(王子製紙製品名 : グラファン)
b. 硫酸法 セルロースを硫酸等で化学的に変性してゲル化させる方法。パーチメント紙。
c. 複合化 セルロースと等しい屈折率を持った物質で繊維間の空隙を満たす方法。樹脂や油脂による含浸紙。
このように紙の透明化には多大な労力が必要とされるが、本発明のセルロースナノファイバーは、アスペクト比が大きく、繊維同士の絡まりを大きくできるので、透明な紙を容易に作ることができる。従来、封筒の窓材には透明樹脂フィルムが使用されてきたが、樹脂フィルムは禁忌品としてリサイクルを妨げるため、最近ではグラシン紙や水性ワックスを含浸した塗工紙など、リサイクル可能な紙素材に移行しつつある。このような動きは封筒窓材だけでなく、各種包装材料分野においても同様であり、従来の透明フィルムをリサイクル可能な紙素材に置き換えるべく、透明紙に注目が集まっている。本発明のセルロースナノファイバーフィルムは、100%バイオマス由来のものであるので、リサイクル可能な封筒窓材、塗工紙、上質紙、各種包装材料として使用することができる。
【0023】
キチン・キトサンナノファイバーもキャストしてシートを作成することができる。これを応用して人工皮膚や手術時の臓器癒着防止シートを作成することができる。また、キチンコンタクトレンズは、キチンをアミド溶媒に溶かして透明で粘調なドープを得た後、特殊な凝固液にて溶媒を除去し、乾燥させて透明なレンズを得るが、本発明のキチンナノファイバーを用いると特殊な溶媒を必要とせず、乾燥だけでレンズ状の透明な成形体を作製することができる。
【0024】
本発明で高圧噴射する分散流体は、バイオマスを水のみに分散させてもよいが、リン酸、クエン酸、酢酸、リンゴ酸などの酸を少量加えてもよく、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウムなどのアルカリを少量加えてもよい。特にバイオマスの分解に関しては、少量の酸・アルカリの添加によりその効率を高めることができる。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明がこれら実施例に限定されないことは言うまでもない。
【0026】
実施例1
微細化用シングル噴射チャンバーを用いた微細化方法
図13に、本発明で使用する高圧噴射装置の一例を示す。
(1)液体にバイオマス(セルロース、キチン・キトサン)を混合したスラリー状の流体を100〜245 MPaの超高圧に加圧し、微細なオリフィスノズル(φ0.1〜0.8mm)から高圧で噴射し、ナノファイバーを得る。
(2)オリフィスノズルからの吐出流は440〜700m/sの高速噴流となるが、その速度までに加速されるオリフィス内では、高い剪断力が発生する。ここで使用するオリフィスノズルの厚みは0.4mmと極端に薄いため、圧力エネルギーのほぼ100%を噴射の速度エネルギーに変換できる。すなわち、オリフィス内部では、0.1〜0.8mmという狭い隙間と、440〜700m/sの超高速の状態となり、高い剪断力を得るための構成要素が満たされている。
[剪断力]=[スラリーの粘度]×[速度]/[隙間]
スラリーの粘度については、本処理回路の各部を改善したことで、より高濃度すなわち高粘度のスラリーを処理することができるようになり、スラリー自身の剪断力(ずり応力)を高める要因にもなった。
(3)また、440〜700m/sの高速噴流(高圧噴射状態)ではキャビテーション気泡が発生し、この気泡が消滅することによって強い衝撃力が発生する。オリフィスノズル後に「衝撃増強領域」を設けることで、キャビテーションを効率的に発生させることができる。
(4)本実施例の処理条件のレイノルズ数は、オリフィスノズル噴射直後において、2266≦Re≦3885の範囲をとる。
Re=[オリフィスノズル径]×[噴射速度]×[原料密度]/[原料粘度]
Reを決める諸条件は、
オリフィスノズル径:0.5mm
噴射速度:440〜700m/s (噴射圧力100〜245MPa)
原料密度:1030〜1110kg/m3 (濃度10〜20wt%)
原料粘度:1000〜10000mPas (濃度10〜20wt%)
【0027】
【表1】
【0028】
(5)構造上の噴流受けとして、ボール状または平板状のセラミック硬質体を具える。結晶化度をより低下させるためには、噴射圧力を高くし噴流の速度の速い領域を用い、この硬質体への衝突力も粉砕に利用する。
【0029】
実施例2
高濃度(高粘度)対応回路の開発
従来セルロースのナノファイバー化では濃度2 wt %の処理が限界とされてきたが、微細化装置回路内の各ユニットにおいて、以下の改良を施すことで濃度10〜20wt%までの高濃度(高粘度)バイオマスのナノファイバー化処理を可能にした。
(1)増圧機(高圧ポンプ)にバイオマスを供給する給液配管内径を40〜50mmに大径化し、さらに原料タンクと給液ポンプを一体化させることで、従来、原料吸込みで発生していた配管による圧力損失をなくすことができ、高濃度(高粘度)バイオマスを増圧機へ供給することができた。圧力損失と配管内径、配管長さ、原料の粘性には次の関係がある。
[圧力損失]∝[配管長さ]×[原料の粘性]/([配管内径]の4乗)
通常、100MPa以上の増圧機型高圧ポンプ用の給液ポンプには、締め切り運転が可能なエア式ダイヤフラムポンプを用いるが、エア圧は一般の工場エア0.5MPaを使用するため、押し込み力はその0.5MPaに制限される。締め切り運転ができて、押し込み圧力0.5MPaで高濃度(高粘度)バイオマスを増圧機に供給する場合、上記の圧損低減方法が有効であった。
(2)増圧機へ供給する途中に存在するチェックバルブ(逆止弁)も高圧シール性を得るため圧力損失の大きい構造であったが、内部構造をシンプル化することで圧力損失を低減できた。一般的なチェックバルブではシール性を重視するため、シール機構のボール状の弁をスプリングで押し付けている。そのため、高濃度原料でかつ繊維状物質がスプリング内通路を通過するときに抵抗となり、原料が供給できていなかった。ところで、原料が高粘性になると、むしろ漏れが発生しにくく、シール性が良くなる傾向がある。漏れ量と粘性の関係は次の通りである。
【0030】
【数1】
【0031】
そこで、ボール弁押し付けのスプリングを排除し、押し付け力は流体自身の圧力によるものとした。
また、流体自身の圧力のみでのシール性を向上させるため、スラリー(粒子混入)シールで用いられる樹脂シートに対して、よりシール性を重視して柔軟性を持たせた樹脂とゴムの中間強度の材質に変更した。柔軟性のある方がシール性は向上する。従来の硬度を持った樹脂シートは研磨性の高いスラリーに対して用いられており、今回使用する材料はバイオマスであり、研磨性が高くないため、軟質材シートでも耐磨耗性は十分であった。
(3)10−20wt%の高粘度スラリーは原料タンク内で架橋を起こし、タンク下の吸込み口でラットホールを形成する。その場合、増圧機にエアが混入するため、高圧ポンプに昇圧不良を引き起こす。プロペラ拡販やタンク壁面の衝撃ノッカーでは高濃度(高粘度)バイオマスをタンク下方で平坦化し吸込み口へ送り込むことは不可能である。そこで、タンクを蓋で密閉し、外部に漏れないように蓋をシールし、内部にバイオマスを満たした状態を保ちながら原料をタンク内に送り込む。タンク出口では、給液ポンプでバイオマスが吸引されるため、タンク内は常に一定量が保たれている。この状態を保持することで、高濃度(高粘度)バイオマスの複数回処理が可能となる。原料タンク内部では混合のため撹拌機を回す。
【0032】
実施例3
電子顕微鏡によるバイオナノファイバーの観察
フリーズ・エッチ・レプリカ法電子顕微鏡観察
フリーズ・エッチ・レプリカの作製はHeuser, J.の方法によって行った(Heuser, J. 1981)。まず、液体ヘリウムを用いた金属圧着法によって2%(w/v)の試料分散液(キチン分散液あるいはセルロース分散液)を急速凍結した。次に、凍結試料をフリーズ・フラクチャー装置(model BAF 400D, Balzers Union, Balzers, Liechtenstein)の真空チャンバー内の試料ステージに固定し、マイナス90℃の条件下にて試料を急速凍結表面の直下の部分でナイフによる割断を行った。さらにマイナス90℃にて10分間静置することによって、割断面のエッチング処理を行った。試料を水平面内で回転(約50回転/分)させながら斜め約25°の角度に設置した電子ビーム銃によって白金と炭素の混合物の蒸着を約6ナノメートルの膜厚で行った(ロータリーシャドウ法)。引き続きレプリカ膜の補強のために、上方(角度約90°)に設置した電子ビーム銃から炭素を約25ナノメートルの膜厚で蒸着した。蒸着後の試料をフリーズ・フラクチャー装置から取り出し、試料有機物は洗浄によって取り除いた。試料がキチンの場合は、8%(w/v)の塩化リチウムを含有するジメチルアセトアミドによってレプリカ膜からキチンを除き、試料がセルロースの場合は、リン酸によってレプリカ膜からセルロースを除いた。これらレプリカ膜はさらに水で洗浄した後に、コロジオン膜を被覆した電子顕微鏡用試料グリッド(Veco社、銅、150メッシュ)の上に載せた。電子顕微鏡観察はFEI社(Hillsboro, Oregon)のTecnai G2 F20を用いて、加速電圧200kVの元で高角度環状暗視野走査透過電子顕微鏡法(HAADF−STEM法)による画像を取得した。急速凍結レプリカ法を応用することで水中に分散したバイオナノファイバーの形状を透過型電子顕微鏡ではっきりと確認することができる。これにより、水中に分散したナノファイバー一本一本の繊維幅を正確に知ることができる。ナノファイバーの繊維幅(短径)に関しては、蒸着膜厚(6nm)を考慮に入れ、撮影した写真から無作為に抽出した20本以上の繊維幅を計測した結果、ウォータージェットにより10〜40nm程度にナノファイバー化されていることがわかった。ウォータージェット処理によりナノファイバー化されたセルロースおよびキチンのHAADF−STEM写真を図2, 3にそれぞれ示す。
Heuser, J. 1981. Preparing biological samples for stereo−microscopy by the quick−freeze, deep−etch, rotary−replication technique. Methods Cell Biol. 22:97−122.
電界放出形走査電子顕微鏡(FE−SEM)観察
ウォータージェット処理したセルロースおよびキチン分散液をt−ブタノールで置換し、凍結乾燥させた。乾燥させた試料に白金とパラジウムの混合物の蒸着を約3ナノメートルの膜厚で行った。JEOL社のJSM−6700を用いて加速電圧2.0kVの条件で電子顕微鏡観察を行った。ウォータージェット処理によりナノファイバー化されたセルロースおよびキチンのFE−SEM写真を図4, 5にそれぞれ示す。
【0033】
実施例4
バイオナノファイバーの結晶化度
バイオナノファイバーの結晶化度は、粉末X線回折により求めた。X線回折実験に先立ち、ウォータージェット処理を施した試料を凍結乾燥させることで乾燥粉末試料を得た。X線回折実験は、株式会社リガク製回転対陰極形X線発生装置ロータフレックスRU−200B(Rigaku)により加速電圧40kV, 加速電流150mAでNiフィルターを通したCuKα線(A=1.542)を用いて同社製粉末X線回折用横型ゴニオメーターにて測定した。回折強度は回折角2θの範囲を5°から35°に対して測定した。結晶化度は、各散乱パターンからバックグラウンド散乱を除去したあと、結晶面由来のピークの積分強度を求め、ウォータージェット処理を施していない未処理に対する強度比とした。セルロースの場合、未処理に対する各衝突回数における結晶化度は40〜83%となり、キチンのそれは48〜73%となった。ボールミルやディスクミルなどの他の物理的粉砕法では処理を続けていくと結晶化度が低下していくのに対して、ウォータージェットでは結晶化度が低下したあと再び上昇するのが特徴である。すなわち処理回数により結晶化度の調節が可能であり、本発明のバイオナノファイバーは低結晶性が要求される酵素基質としても、高結晶性が要求されるコンポジット材料としても適している。ウォータージェット処理によりナノファイバー化されたセルロースおよびキチンの粉末X線回折パターンを図6,7に示す。
【0034】
実施例5
キチンナノファイバーの酵素分解
実験方法
・キチナーゼの調製法
1)ヤタラーゼ(タカラ社製、Corynebacterium sp.由来 )
粉末試料を蒸留水に溶解後、透析チューブ(分画サイズ MW3500)に入れ、蒸留水で4℃、24時間、透析を行った。透析後、凍結乾燥を行い最終濃度48mg/mlに蒸留水で調製した。
【0035】
2) 耐熱性キチナーゼ酵素(Pyrococcus furiosus由来)の調製は文献(Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, Vol. 70, No. 7 pp.1696−1701 (2006), Acta Crystallogr., Sect. F 62(8), 791−3 (2006))に従った。蛋白質濃度は150μM になるよう20mMトリス緩衝液を用いて調製した。
【0036】
・酵素反応実験方法
キチンナノファイバーを基質濃度0.25%、酢酸緩衝液20mM(pH5.5)に調製後、ヤタラーゼ、もしくは耐熱性キチナーゼと反応させ、24時間後、ソモジ−ネルソン法により、可溶化した糖の還元糖量を定量し、キチンの分解率を求めた。
調製した0.25%キチン3mlを試験管に入れ、37℃に保った恒温槽内でスターラー攪拌し、ヤタラーゼ(4.8mg/ml)を25μl加え、反応を開始した(耐熱性キチナーゼを使用する場合、反応温度は85℃、0.25%キチン3mlに対して耐熱性酵素20μlを加えて測定した)。
酵素を入れて1、3、4、5、24時間後、反応液200μlを1.5mlチューブに取り出し、15,000rpmで3分間遠心後、上清を採取した。
遊離の分解物はソモジ−ネルソン法を用い定量を行った。採取した反応液上清をソモジ銅液400μlが入った試験管に加え、よく混合し、100℃、20分間煮沸した。5分間氷中で冷却後、ネルソン液400μlを加え、よく攪拌した。15分静置後、500nmにおける吸光度を測定した。
別途にN−アセチルグルコサミン標準溶液を同様に操作し、N−アセチルグルコサミン濃度と吸光度との間で検量線を作成した。この検量線を用いて、検体中の還元糖量を求めた。
【0037】
・結果と考察
キチンナノファイバーに対する酵素の効果
微細化処理と未処理のキチンの酵素反応を行い、酵素反応により遊離した可溶化糖をソモジ−ネルソン法で定量し、キチンの分解率を求めた。(ヤタラーゼでキチンを分解した場合、生成物は100%がN−アセチルグルコサミンであり、耐熱性酵素の場合、90%が2量体まで分解することが、HPLC定量によってわかっている。)
図8に示しているようにヤタラーゼによるキチンナノファイバーの分解率の比較を行い、常温由来のキチナーゼによる効果を調べた。
その結果、キチンナノファイバーは未処理に比べて約3倍の分解率向上が得られ、ナノファイバー化の効果が表れた。パス回数の増加に従って酵素の反応効率は上昇した。
【0038】
図9に示しているように耐熱性酵素で処理した場合のキチンナノファイバーの分解率の比較を行い、耐熱由来のキチナーゼによる効果を調べた。
その結果、キチンナノファイバーは未処理に比べて5倍の分解率向上が得られ、パス回数の増加に従って酵素の反応効率は上昇した。
【0039】
実施例6
セルロースナノファイバーの酵素分解
・酵素調製方法
1)トリコデルマセルラーゼ酵素(Sigma社製、Cellulase mixture;Trichoderma sp.由来)
ノボザイムセルラーゼ酵素(Novozyme 社製、BGL;Aspergirus sp由来)
2)耐熱性セルラーゼ酵素(産総研、EG;Pyrococcus horikoshii由来)(産総研、BGL;Pyrococcus furiosus由来)の調製は文献(9:37−43 Extremophiles (2005))に従った。蛋白質濃度はEGが20μM、BGlは10μMになるよう超純水で調製した。
【0040】
・酵素反応実験方法
結晶セルロースを基質濃度1%、酢酸緩衝液20mM(pH5.5)に調製後、トリコデルマ・ノボザイムセルラーゼ酵素、もしくは耐熱性セルラーゼ酵素と反応させ、1、2、3、4、24時間後、可溶化したグルコースを定量、結晶セルロースの分解率を求めた。
【0041】
測定には、未処理結晶セルロース、セルロースナノファイバー(衝突回数10回)を用いた。調製した1%結晶セルロース3mlを試験管に入れ、50℃に保った恒温槽内でスターラー攪拌し、トリコデルマ・ノボザイムセルラーゼ酵素(1:1)を7.5μl加え、反応を開始した(耐熱性酵素を使用する場合、反応温度は85℃、1%結晶セルロース3mlに対して耐熱性酵素(EG:BGL=20μM:10μM=2:1)45μlを加えて測定した)。酵素を入れて1、2、3、4、24時間後、反応液200μlを1.5mlチューブに取り出し、15,000rpmで3分間遠心後、上清を採取した。
【0042】
グルコースCII−テストワコーのマニュアルに基づいて測定した。
採取した上清8μlとグルコース発色液1.2mlを1.5mlチューブに入れ、よく混合した。次に37℃、5分間、ブロックヒーターで加温した。 505nmにおける吸光度を測定した。別途にグルコース標準溶液を同様に操作し、グルコース濃度と吸光度との間で検量線を作成した。この検量線を用いて、検体中のグルコース濃度を求めた。
【0043】
・結果と考察
セルロースナノファイバーに対する酵素の効果
未処理、微細化処理、リン酸処理した結晶セルロースの酵素反応を行い、酵素加水分解反応により遊離した可溶化糖をグルコースCII−テストワコーで定量し、結晶セルロースの分解率を求めた。
【0044】
図10に示しているようにトリコデルマ・ノボザイムセルラーゼ酵素による分解率の比較を行った。その結果、24時間反応時においてセルロースナノファイバーは未処理と比べると約2倍の分解率が得られ、ナノファイバー化による酵素分解の効果があることがわかる。
【0045】
図11に示しているように耐熱性酵素で処理した場合、未処理に比べて約5倍の分解率が得られた。
【0046】
これによりシングル噴射チャンバーを用いた10回の衝突回数で十分な結晶セルロース分解の効果が得られることが分かり、常温でも高温でもナノファイバー化の効果を確かめることが出来た。10回の衝突回数でナノファイバー化による酵素分解の効果があることが結論づけられる。
【0047】
ナノファイバー化したキチンおよびセルロースは未処理に対して40%以上の結晶化度を保持しているが、ナノファイバー化による比表面積の増大によって、これらを加水分解する酵素のアクセスビリティが高まり、加水分解反応が促進されると考えられる。
【0048】
実施例7
シングル噴射チャンバーを用いて微細化されたバイオナノファイバーのフィルム化
シングル噴射チャンバーを用いて微細化されたバイオナノファイバーをシャーレに流し入れ(キャスト)、乾燥させるとバイオナノファイバーのフィルムが得られる。フィルム化の方法に特に制限はなく、フィルム作製に一般的に用いられているフィルムアプリケーターや吸引濾過などの操作後に乾燥させることでフィルムを作製することができる。乾燥は、加熱あるいは常温乾燥により行うことができる。フィルムの透明度はシングル噴射チャンバーによるバイオマスの微細(ナノファイバー)化の度合いに応じて調節することができる。可視光波長(400〜800nm)に対して1/10以下の大きさの物体は光の散乱を生じないという物理的原理に従って、20nmの均一幅で微細化されたバイオナノファイバーフィルムは非常に高い透明性を示す。図12は上記方法により作製したキチンフィルムである。シングル噴射チャンバーを用いて微細化されたセルロースおよびキトサンについても同様なフィルムを作製することができる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明によれば、ウォータージェットをコア技術とした微細化用シングル噴射チャンバーにより、セルロースやキチン・キトサンをナノファイバー化することで、これらバイオマスの幅広い有効利用が可能になる。本装置は、酸やアルカリなどの有害な薬品を一切使用しない、水のみを使用する環境に調和した装置である。
【0050】
本発明のセルロースナノファイバーをフィラーとして用いる際の合成高分子樹脂として、ポリオレフィンなどのビニル系樹脂、ポリアミドなどの重縮合系樹脂などが上げられる。また、セルロースと等しい屈折率のエポキシなどの透明基材(樹脂)との複合化により新機能性透明フィルム・樹脂を合成することができる。特に、本発明のセルロースナノファイバーは、水素結合形成可能なフェノール樹脂、ポリエチレングリコール、ポリエチレンテレフタラート、ポリビニルアルコールなどの高分子と複合化することで、強度ないし表面特性を変えることができる。
【0051】
さらに、本発明のセルロースナノファイバーは、ポリ乳酸、ポリブチレンサクシネート、ポリカプロラクトンなどの生分解性樹脂との複合化により、これら樹脂の強度、耐熱性などの特性を向上させることができる。
【0052】
セルロースナノファイバーの表面改質(化学修飾)により、上記以外の性質を持つ樹脂、例えばセルロースナノファイバーをアセチル化し、疎水性の性質を持たせることで、アクリル樹脂などの疎水性樹脂との複合化も可能になる。
【0053】
セルロースのナノファイバー化によって得られる光学特性を生かした化粧品(サンスクリーン剤)や液晶基板、さらにセルロース繊維間に生じたナノオーダーの空隙を生かしたフィルターを製造することができる。特にセルロースの水酸基を様々な官能基に置換することで、異なる特性・機能をもった分離・濾過材を製造することができる。また、ナノファイバーの直径を制御することで、空隙の大きさを変えることができる。
上記の種々の樹脂との複合化はセルロースナノファイバーに限らず、キチン・キトサンナノファイバーに関してもあてはめることができる。
キトサンも分子内に反応性の高いアミノ基と水酸基を有することから、様々な化学修飾が可能な天然高分子材料である。また、キトサンはタンパク質や金属など数多くの物質を吸着する性質が知られている。本発明のキトサンナノファイバーは比表面積が増大していることから吸着体として適しており、これを乾燥させてできるフィルムはナノレベルで制御された空隙を持つ多孔質膜であることから、酵素などの生体触媒の固定化担体、分離精製などのクロマトグラフィー用の担体、あるいは細胞培養基質に用いることができる。
キトサンを粉末粒子として木質材料や紙に埋設あるいは接着剤に混入すると優れた音響特性を生み出すことが知られている。本発明のキトサンナノファイバーをスピーカーなど音響振動板の表面に塗布すると均一で硬質な皮膜が形成され、同様の効果を得ることができる。音響板の振動特性に係る素性として、優れた音響特性を得るために、剛体として全体が統一振動する硬く高強度・高弾性率を有する素材が求められる。本発明のセルロースナノファイバーは高結晶性を保ったまま微細化可能なため、キトサンナノファイバーと同様に高弾性率を発現できる音響振動板の素材として用いることができる。
キトサンは抗菌・防臭性を示すことから、衣類、日用品、インテリアなどの繊維に本発明のキトサンナノファイバーを配合することで、これらの製品に抗菌・防臭効果を付与することができる。
【0054】
また、カチオン性ポリマーであるキトサンとアニオン性ポリマーであるセルロースのナノファイバー同士を組み合わせることで、アニオンとカチオンの電荷による静電引力の補強効果が期待され、より強固なナノファイバーの創製も可能である。紙の強度に関与する最も主要な因子は繊維間の接着強さであり、セルロースの水酸基間の水素結合で決定される。紙の強度を高めるためには、水素結合を増やせばよいことになる。キトサンは、上記の性質に加えてセルロースに類似した化学構造で直鎖状であることからセルロースと親和性が高く、紙力増強剤、また、インクジェットインクの受容体として使用されているが、N−ヒドロキシル化などの化学修飾により可溶化させる必要がある。本発明のキトサンナノファイバーは既に水に均一分散しているため化学修飾する必要がなく、単純に塗布あるいは配合するだけでインクジェット印刷用紙などを高機能化させることができる。
【0055】
さらにキトサンはカチオン性ポリマーであることから、医薬品を保持する力があり、医薬品の担体として徐放性を示すことが知られている。服用した薬は、体内に吸収されると肝臓へ送られて解毒され、残りが血液中に出て全身を回り、患部に到達して効力をあらわす。よって服用する薬は肝臓で解毒される量を見越して投与される。本発明のキトサンナノファイバーを医薬品担体として用いれば、徐々に薬を放出することで医薬品の効力の持続性を高めることができ、少ない量で効果を示すことで副作用の軽減に役立つことができる。
【0056】
キチンを原料としたコンタクトレンズが実際に製品化されているが、この場合、縫合糸の製造と同様にアミド溶媒で溶解させてゲル化したキチンを特殊な凝固液で溶媒を除去し乾燥させることで透明なレンズを得ている。ウォータージェットでナノファイバー化したキチンは、厚みを持たせて乾燥させるだけで簡単にレンズ状に成形可能であることから、コンタクトレンズとしてだけでなくバイオマス由来の光学・透明材料として用いることができる。
【0057】
また本発明のセルロースおよびキチン・キトサンナノファイバーを酸素非存在下(窒素あるいはアルゴンなどの不活性ガス雰囲気下)高温処理することで炭化することができる。すなわち、バイオマス由来のナノ炭素繊維を製造することができる。ナノレベルの小さな孔を大量に含む多孔質炭素は、脱臭剤や脱色剤、あるいは水浄化用のフィルターとして利用されており、本発明のバイオナノファイバーを炭化させてできるバイオナノ炭素繊維もそのような分野へ利用することができる。また多孔質炭素はその小さな孔(細孔)に臭いや汚れの分子を捕らえるだけでなく、電気の力を借りればイオン(電荷を帯びた原子や分子)も捕らえることができる。捉えた電荷は取り出すこともできるので、これを利用して大容量のキャパシタ(コンデンサ)が開発されている。このようなキャパシタは、燃料電池自動車の補助電源や夜間の余った電力を蓄える貯蔵庫としても使えるので、近年、非常に注目されている。電気二重層キャパシタの静電容量は電気二重層に蓄えられる電荷量により決定されることから、電極の表面積が大きいほど大きな静電容量を得ることができるため、高い導電性と比表面積を有する活性炭が電極材料として用いられている。本発明のバイオナノファイバーを炭化させてできるバイオナノ炭素繊維は高比表面積を有し、細孔がナノレベルで制御されたメソポーラス活性炭であることから、電気二重層キャパシタなどの静電容量を飛躍的に高める電極材料として使用することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオマスの分散流体を100〜245MPaで高圧噴射して衝突用硬質体に衝突させることを特徴とする、バイオナノファイバーの製造方法。
【請求項2】
レイノズル数を2266〜3885に限定したキャビテーション効果および硬質体への衝突効果が最適化されたシングル噴射チャンバーを用いることを特徴とする、請求項1に記載のバイオナノファイバーの製造方法。
【請求項3】
前記シングル噴射チャンバーと高濃度(10〜20重量%)のバイオマスの分散流体に対応した回路が備わる微細化装置を組み合わせることで噴射時の剪断効果を高め、ナノファイバーの繊維幅(短径)を10〜100nm、好ましくは10〜40nmに微細化することを特徴とする、バイオナノファイバーの製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3に記載の製造方法により得られる、結晶化度が40%以上であることを特徴とするバイオナノファイバー。
【請求項5】
請求項4に記載のバイオナノファイバーを含む複合材料またはバイオナノファイバーからなるフィルム。
【請求項6】
請求項4に記載のバイオナノファイバーを酵素を用いて効率的に加水分解するバイオナノファイバーの糖化方法。
【請求項1】
バイオマスの分散流体を100〜245MPaで高圧噴射して衝突用硬質体に衝突させることを特徴とする、バイオナノファイバーの製造方法。
【請求項2】
レイノズル数を2266〜3885に限定したキャビテーション効果および硬質体への衝突効果が最適化されたシングル噴射チャンバーを用いることを特徴とする、請求項1に記載のバイオナノファイバーの製造方法。
【請求項3】
前記シングル噴射チャンバーと高濃度(10〜20重量%)のバイオマスの分散流体に対応した回路が備わる微細化装置を組み合わせることで噴射時の剪断効果を高め、ナノファイバーの繊維幅(短径)を10〜100nm、好ましくは10〜40nmに微細化することを特徴とする、バイオナノファイバーの製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3に記載の製造方法により得られる、結晶化度が40%以上であることを特徴とするバイオナノファイバー。
【請求項5】
請求項4に記載のバイオナノファイバーを含む複合材料またはバイオナノファイバーからなるフィルム。
【請求項6】
請求項4に記載のバイオナノファイバーを酵素を用いて効率的に加水分解するバイオナノファイバーの糖化方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2011−56456(P2011−56456A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−211320(P2009−211320)
【出願日】平成21年9月14日(2009.9.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000132161)株式会社スギノマシン (144)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年9月14日(2009.9.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000132161)株式会社スギノマシン (144)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]