説明

バンコマイシン液状製剤

【課題】水溶液中のバンコマイシンの安定性を高めた、長期保存が可能なバンコマイシン水溶液製剤、および服用性が改善されたバンコマイシン経口液剤の提供。
【解決手段】バンコマイシンと、製剤に含まれる水の量に対して65質量%以上のグリセリンと、D体又はDL体のアラニンおよび/またはD体又はDL体の乳酸とを含み、pHが3.6〜4.6に調整されたバンコマイシン水溶液製剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バンコマイシンの水溶液中での安定性を高めたバンコマイシン水溶液製剤に関する。更に、本発明は経口用バンコマイシン製剤において、安定で、味が改善されたバンコマイシン経口液剤に関する。
【背景技術】
【0002】
バンコマイシンはストレプトマイセス・オリエンタリス(Streptmyces orientalis)由来のグリコペプチド系抗生物質であり、主としてグラム陽性菌に有効である。バンコマイシンは、注射剤としては主にMRSA感染症に使用され、経口剤としてはクロストリディウム・ディフィシル(Clostridium difficile)に起因する偽膜性大腸炎や骨髄移植時の消化管殺菌等に使用される。通常の1回あたり使用量はバンコマイシンとして0.5gであり、経口剤の場合5〜10mL、注射剤の場合100mL以上の水または輸液等に溶解し、経口剤の場合通常1日あたり4回〜6回、注射剤の場合通常1日あたり4回投与される。バンコマイシンはその構造上、水溶液中で脱アミド反応により劣化しやすく、長期の安定性を担保するためには凍結乾燥することが必要と考えられており、実際、現在国内で使用されている製剤は凍結乾燥製剤のみである。一般的に医薬品の保存安定性は、2%以下のような低い水分含量のほうが良好であることが知られており、凍結乾燥製剤とすることにより安定性を向上させている(非特許文献1および2)。
【0003】
また、バンコマイシンと同様に脱アミド反応により分解するモデルペプチドの安定性に関する検討において、白糖を配合したモデルペプチドの凍結乾燥体は高い保存安定性を示すのに対して、水溶液状態では白糖は安定化効果をほとんど発揮しないとの報告があり、凍結乾燥体で効果のある安定化手法が必ずしも溶液で安定化効果を示すとは限らないことを示している(非特許文献3)。
【0004】
従来のバンコマイシン製剤は、安定性を担保するために凍結乾燥製剤として供給されているが、製造時のコストが大きく、使用時においても溶解操作が必要となり煩雑で投与まで時間がかかる等の問題点を抱えている。それら問題点を解消するために水溶液製剤が望まれるが、前述したように化学的に不安定であることから、実用上長期保存に耐えられる水溶液製剤は開発されていないのが現状である。
【0005】
現在医療現場で用いられているバンコマイシン経口剤はバイアル入りの無菌の凍結乾燥製剤であり、外観上注射剤と識別しにくいため誤って注射してしまうという医療過誤が危惧されている。しかし、バンコマイシン経口剤が無菌の凍結乾燥製剤である限り、製造上使用できる容器がガラス製バイアルあるいはアンプルに限定され、注射剤と識別しやすいプラスチック容器を用いることは困難である。この観点からも無菌濾過が可能な安定な水溶液製剤が望まれている。更に、従来のバンコマイシン経口剤は苦味および独特の酸味からくる不快な味を呈するため、服用性が悪いという問題点を有することが知られている。このため、医療現場では患者に服用させる際に、単シロップ(成分:白糖)等で溶解してから服用させることがしばしば行われているが、単シロップだけでは塩酸バンコマイシンの苦味を抑制して服用性を良くすることは困難であり、しばしば、患者のコンプライアンス低下が起こることが報告されている(非特許文献4)。また、凍結乾燥製剤である塩酸バンコマイシン注射剤を水のみで溶解した薬液中では塩酸バンコマイシンの安定性が悪いことが知られており(非特許文献5)、同じ凍結乾燥製剤である経口剤においても医療機関では服用直前に溶解するか、患者が短期間で服用する分のみを溶解して冷蔵庫で保存する必要があり、煩雑である。以上のことから、バンコマイシン製剤において、無菌濾過が可能で長期安定な水溶液製剤が待ち望まれていたと言える。特に、経口剤においては、そ
れらの要求に加えて服用性の良好な水溶液製剤が求められている。
【0006】
バンコマイシンの注射剤について、有機酸を含有させることにより着色を抑制できる旨の開示及び至適なpHは3.00〜3.40であるとの開示があり、実施例としてバンコマイシンに対して約0.4〜2重量%の範囲でクエン酸、乳酸、またはマロン酸を添加した凍結乾燥製剤について、過酷条件下における着色度を試験している(特許文献1)。
また、バンコマイシンの注射剤について、アミノ酸を含有させることにより着色を抑制できる旨の開示があり、実施例としてバンコマイシンに対して約4重量%のグリシンを添加した凍結乾燥製剤について、過酷条件下における着色度を試験している(特許文献2)。
【0007】
しかしながら、従来公知の文献等には、バンコマイシン水溶液製剤における、水溶液中のバンコマイシンの安定化に関する開示はなく、とりわけ長期保存が可能な水溶液製剤は知られていない。また、バンコマイシン経口製剤について、味の面での服用性を改善した製剤は知られていない。
【0008】
【非特許文献1】Cameron P., Good Pharmaceutical Freeze-Drying Practice, pp.2-4,1997
【非特許文献2】Bhalla H. L., STATUS OF FREEZE-DRYING IN PHARMACEUTICAL PRODUCTS, Proceeding of Workshop on Freeze Drying, pp.91, 1980
【非特許文献3】Li B et al.,Effect of sucrose and mannitol on asparagines deamidation rates of model peptides in solution and in the solid state., J Pharm Sci, 94(8),1723-1735, 2005
【非特許文献4】橋本肇 他,骨髄移植に対する薬学的考察,JJSHP,23(12),17-20,1987
【非特許文献5】伊藤瑞紀 他,塩酸バンコマイシン点眼液の薬剤学的検討とMRSA眼感染症への適用,YAKUGAKU ZASSHI,121(6),433-439,2001
【特許文献1】特開平11−5743号公報
【特許文献2】特開平11−80021号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、無菌濾過が可能で安定なバンコマイシン水溶液製剤、とりわけ、水溶液中のバンコマイシンの析出やゲル化を防止し無菌濾過と製剤の長期保存を可能とする物理的安定性と、水溶液中のバンコマイシンの化学的分解による活性の低下を抑制し製剤の長期保存を可能とする化学的安定性を両立した医薬品製剤を提供することを課題とする。更に、本発明は、無菌濾過が可能で、安定で、服用性が改善されたバンコマイシン経口液剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、医薬品として必要な長期保存中に、有効成分であるバンコマイシンを医薬品として実質的に安定であり実用化可能な水溶液製剤とするために鋭意検討した結果、水溶液のpHを3.6〜4.6とし、特定量のグリセリンと、D体又はDL体のアラニンおよび/またはD体又はDL体の乳酸と組み合わせることによって初めて、長期間に渡って、バンコマイシンが析出することもなく、且つ有効期間に渡って、医薬品として実質的に安定と考えられるまで化学的にも安定化できることを見出した。また、安定化に寄与しているグリセリンにはバンコマイシン存在下においても矯味剤の味を引きだすことができるという効果を有することも見出し、さらにl−メントールまたはバニリンを添加することで本水溶液の味を改善し、バンコマイシン水溶液製剤を服用しやすくする効果があることを確認し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は、
(1)バンコマイシンと、製剤に含まれる水の量に対して65質量%以上のグリセリンと、D体又はDL体のアラニンおよび/またはD体又はDL体の乳酸とを含み、pHが3.6〜4.6に調整されたバンコマイシン水溶液製剤である。
【0011】
具体的には、
(2)D体又はDL体のアラニンの含量が、D−アラニンとしてバンコマイシンに対して1質量%以上である上記(1)記載のバンコマイシン水溶液製剤、
(3)D体又はDL体の乳酸の含量が、D−乳酸としてバンコマイシンに対して1質量%以上である上記(1)または(2)のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤、
(4)製剤全量に対して1〜15質量%のバンコマイシンを含有してなる上記(1)ないし(3)のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤、
(5)製剤全量に対して1〜15質量%のバンコマイシンと、製剤に含まれる水の量に対して65質量%以上のグリセリンと、D−アラニンとしてバンコマイシンに対して1質量%以上のD体又はDL体のアラニンと、D−乳酸としてバンコマイシンに対して1質量%以上のD体又はDL体の乳酸とを含み、pHが3.6〜4.6に調整されたバンコマイシン水溶液製剤、
(6)製剤全量に対して2〜10質量%のバンコマイシンと、製剤に含まれる水の量に対して70〜100質量%のグリセリンと、D−アラニンとしてバンコマイシンに対して6〜25質量%のD体又はDL体のアラニンと、D−乳酸としてバンコマイシンに対して6〜20質量%のD体又はDL体の乳酸とを含み、pHが3.6〜4.6に調整されたバンコマイシン水溶液製剤、
(7)l−メントールまたはバニリンを含むことを特徴とする上記(1)ないし(6)のいずれかに記載の経口剤としてのバンコマイシン水溶液製剤、
(8)製剤全量に対して0.005〜0.1質量%のl−メントールまたは0.05〜1質量%のバニリンを含むことを特徴とする上記(7)記載の経口剤としてのバンコマイシン水溶液製剤、
(9)D体又はDL体のアラニンの含量が、D−アラニンとしてバンコマイシンに対して5質量%以上である上記(1)ないし(8)のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤、
(10)D体又はDL体の乳酸の含量が、D−乳酸としてバンコマイシンに対して4質量%以上である上記(1)ないし(9)のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤、
(11)製剤全量に対して1〜15質量%のバンコマイシンと、製剤に含まれる水の量に対して65質量%以上のグリセリンと、D−アラニンとしてバンコマイシンに対して5質量%以上のD体又はDL体のアラニンと、D−乳酸としてバンコマイシンに対して4質量%以上のD体又はDL体の乳酸とを含み、pHが3.6〜4.6に調整された、上記(1)ないし(10)のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤、
(12)製剤全量に対して2〜10質量%のバンコマイシンと、製剤に含まれる水の量に対して65〜125質量%のグリセリンと、D−アラニンとしてバンコマイシンに対して6〜25質量%のD体又はDL体のアラニンと、D−乳酸としてバンコマイシンに対して4〜24質量%のD体又はDL体の乳酸とを含み、pHが3.6〜4.6に調整された、上記(1)ないし(11)のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤、
(13)pHが3.9〜4.2に調整されたことを特徴とする上記(1)ないし(12)のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤、
(14)10℃2年間保存した場合の保存後/保存開始時の有効成分の残存率が90%以上となる安定性を有することを特徴とする上記(1)ないし(13)のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤、
(15)50℃2週間保存した場合の保存後/保存開始時の有効成分の残存率が60%以上となる安定性を有することを特徴とする上記(1)ないし(14)のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤、
(16)50℃2週間保存した場合の保存後/保存開始時の有効成分の残存率が70%以
上となる安定性を有することを特徴とする上記(1)ないし(15)のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤、
(17)製剤全量が3〜20gであることを特徴とする上記(1)ないし(16)のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤、
(18)プラスチック容器に充填されていることを特徴とする上記(1)ないし(17)のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤、
(19)無菌濾過されていることを特徴とする上記(1)ないし(18)のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、水溶液中のバンコマイシンの析出やゲル化を防止し無菌濾過と製剤の長期保存を可能とする物理的安定性と、水溶液中のバンコマイシンの化学的分解による活性の低下を抑制し製剤の長期保存を可能とする化学的安定性を両立した製剤を得ることができる。物理的安定性と化学的安定性を維持することにより、医薬品として使用されるにあたって必要な生物学的安定性を長期間にわたり維持したバンコマイシン水溶液製剤を提供することが可能となった。バンコマイシンを安定化された水溶液製剤とすることができるため、使用時に調製操作が不要となり迅速かつ簡便に投与することが可能となる。また凍結乾燥が不要となることからプラスチック容器に充填して供給でき、従来の凍結乾燥注射製剤との誤用を防止するとともに、容器の廃棄処理が容易となるという利点を有する。さらに、水溶液製剤とすることで、従来の凍結乾燥製剤では添加が困難であったl−メントールまたはバニリンを添加することが可能となり、バンコマイシンの苦味および不快な味が軽減された、服用感が改善された経口製剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に用いるバンコマイシンは、市販の医薬品グレードの原薬を用いることができる。バンコマイシンの遊離塩基は水に難溶であるため、遊離塩基を水溶性塩に変換した後に医薬品用原薬として供給される。したがって本発明に用いるバンコマイシンの薬学的に許容される塩としては、塩酸塩、硫酸塩などの水溶性塩が挙げられるが、製造コストおよび安定性が優れる塩酸塩を用いることが好ましい。バンコマイシン塩酸塩の水への溶解度は約200mg/mLであるが、100mg/mLを超えると会合によりゲルを形成する傾向が高い。また、バンコマイシンを静注投与する際は5mg/mL以下となるよう輸液で希釈されてから投与されるが、このような希薄溶液ではバンコマイシンは短期間で分解が進むため、長期保存には適さない。本発明の水溶液製剤は長期保存に適したバンコマイシン濃度とする必要がある。本発明の製剤中の好ましいバンコマイシン含量は、製剤全量に対して1〜15質量%であり、さらに好ましくは2〜10質量%であり、とくに好ましくは3〜8質量%である。
【0014】
本発明に用いるグリセリンは、バンコマイシンの化学的安定性を高める効果と、析出抑制等物理的安定性を高める効果を有する。特に、グリセリンと、アラニンおよび/または乳酸を併用した際に、水溶液製剤の長期保存を可能とする安定化効果を発揮することを発明者らは見出した。さらに、グリセリンはバンコマイシン存在下においても矯味剤の味を引きだすことができるという効果を有することを見出した。水溶液中のバンコマイシンの安定性を高め、長期保存中の分解・沈殿・析出を抑制するためには、一定量以上のグリセリンを含有させることが必要であり、その量は製剤に含まれる水の量に対して65質量%以上である。含量の上限としては水溶液製剤として安定で、無菌濾過等の操作が困難とならない粘度の範囲内で、なおかつ1日投与量として医薬品使用実績を超えない範囲が望ましい。1日投与量として医薬品使用実績を超えない範囲は、例えば医薬品添加物辞典2005(日本医薬品添加剤協会編;薬事日報社、2005年)に記載されている最大使用量を参考に定めることができる。また、グリセリン含量があまりにも高くなりすぎると水溶性成分の析出や、経口剤として使用する場合にグリセリンの持つ口腔粘膜への刺激感が問
題となる。これらを考慮したとき、製剤中のグリセリンの含量は、好ましくは製剤に含まれる水の量に対して65〜150質量%であり、より好ましくは65〜125質量%であ、さらに好ましくは70〜100質量%である。
【0015】
本発明に用いるアラニンは、D体又はDL体のアラニンである。L体のアラニンのみでは安定化効果は得られない。製剤への含有量はD−アラニン(D体のアラニン)の量として規定すればよく、D−アラニンとしての好ましい含量はバンコマイシンに対して1質量%以上であり、より好ましくは5質量%以上である。含量の上限としては水溶液製剤として安定で沈殿等を生じない範囲で、なおかつ1日投与量として医薬品使用実績を超えない範囲が望ましい。好ましくは1〜39質量%であり、より好ましくは5〜30質量%であり、さらに好ましくは6〜25質量%であり、とくに好ましくは、8〜20質量%である。また、DL体(ラセミ体)を使用する場合は、その半量をD−アラニンの含有量と考えればよい。すなわち、DL−アラニンとしての好ましい含量はバンコマイシンに対して2質量%以上であり、より好ましくは10質量%以上である。
【0016】
本発明に用いる乳酸は、D体又はDL体の乳酸である。L体の乳酸のみでは安定化効果は得られない。製剤への含有量はD−乳酸(D体の乳酸)の量として規定すればよく、D−乳酸としての好ましい含量はバンコマイシンに対して1質量%以上であり、より好ましくは4質量%以上である。含量の上限としては水溶液製剤として安定で沈殿等を生じない範囲で、なおかつ1日投与量として医薬品使用実績を超えない範囲が望ましい。好ましくは1〜39質量%であり、より好ましくは4〜24質量%であり、さらに好ましくは6〜20質量%であり、とくに好ましくは、7〜16質量%である。また、DL体(ラセミ体)を使用する場合は、その半量をD−乳酸の含有量と考えればよい。すなわち、DL−乳酸としての好ましい含量はバンコマイシンに対して2質量%以上であり、より好ましくは7質量%以上である。
【0017】
本発明の製剤において、アラニンおよび/または乳酸は、グリセリンと共存することにより、水溶液製剤の長期保存を可能とする安定化効果を発揮する。グリセリンと共存させる際、アラニンと乳酸はそれぞれ単独で使用しても良いが、アラニンと乳酸を併用することで相乗的な安定化効果を示す。したがって、本発明の好ましい形態は、バンコマイシンと、製剤に含まれる水の量に対して65質量%以上のグリセリンと、D体又はDL体のアラニンと、D体又はDL体の乳酸とを含み、pHが3.6〜4.6に調整されたバンコマイシン水溶液製剤である。アラニンと乳酸を併用する場合のそれぞれの含有量は、前述の各成分の好ましい含有量の範囲に従って定めればよく、両成分の含有比率は当業者が通常用いうる技術によって適宜定めることができる。
【0018】
バンコマイシン水溶液製剤を長期間安定に保存するために好ましいpHは3.6〜4.6であり、より好ましくは3.9〜4.2である。このpH範囲はバンコマイシンの化学的安定性には適しているが、一方でこのpH範囲ではバンコマイシンは精製水や緩衝液のみでは溶解が困難であるか、一旦溶解したとしても析出する可能性が高い。上記pH範囲での溶解性を維持し、長期間安定に保存できるバンコマイシン水溶液製剤を実現するためには、一定量以上のグリセリンと、アラニンおよび/または乳酸の存在が必要である。アラニンおよび/または乳酸はpH調節作用を有するため、これらの添加により適切なpHに調整することも可能であるが、ほかに薬学的に許容されるpH調整剤を含有させてもよい。かかるpH調整剤としては、例えば乳酸ナトリウム、クエン酸、クエン酸ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、酢酸、酢酸ナトリウム、リン酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、グリコール酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、リンゴ酸、フマル酸、マレイン酸、安息香酸、サリチル酸、フタル酸、酒石酸、塩酸、水酸化ナトリウム等が挙げられる
【0019】
本発明の水溶液製剤は、液剤としての経口剤として用いることができる。好ましい態様は経口剤であり、経口剤の場合は本発明の製剤をそのまま投与することが可能である。本発明の水溶液製剤の1容器あたりの製剤全量(容量または質量)は、医薬品として使用されるにあたっての貯蔵、流通およびそれに続く使用を考慮して適宜選択しうる。医療施設における保管のスペース、使用時の簡便性および投与時の無菌性の維持などを考慮し、1容器あたり1回使用量の製剤を含有させることが好ましく、1回使用量として好適な製剤全量(質量)は3g〜20g/1容器であり、特に好ましくは5g〜15g/1容器である。
【0020】
本発明の水溶液を経口剤として用いる場合には、バンコマイシンに由来する不快な味を改善するために本発明製剤の安定性を阻害しない範囲内で、製薬上使用される矯味剤、香料等を添加することができる。具体的には、バンコマイシンの不快な味を改善するためにとくに好適な矯味剤はl−メントールまたはバニリンである。l−メントールの場合は、その好ましい含量は製剤全量に対して0.005〜0.1質量%であり、より好ましくは0.01〜0.05質量%である。一方、バニリンの場合は好ましい含量は製剤全量に対して0.05〜1質量%であり、より好ましくは0.1〜0.5質量%である。また、これらの成分と他の香料を組み合わせて用いることで味および風味を調節することが可能である。特に、l−メントールとレモン、オレンジ等の柑橘系香料の組み合わせ、或いはバニリンとミルク、ストロベリー等の香料の組み合わせが好ましい。また甘みをつけるために糖類、糖アルコール類、ソーマチン、サッカリン等を添加することができる。これらの矯味剤は、グリセリン非存在下においてはバンコマイシンの苦味と混じりあってしまい、十分な効果を発揮できないが、グリセリンが共存することで、バンコマイシン存在下においても矯味剤の味が感じられるようになる。すなわち、バンコマイシン経口製剤について、味の面での服用性を改善した製剤とするためには、矯味剤等の使用にあたりグリセリンと併用することが必要である。
【0021】
本発明の水溶液では、これら必須成分以外に薬学的に許容できる任意成分を、発明の効果を損なわない範囲において含有することができる。かかる任意成分としては、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、没食子酸プロピル、アスコルビン酸ナトリウム、エリソルビン酸ナトリウム等の抗酸化剤、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピル等の防腐剤等が挙げられる。
【0022】
本発明の水溶液の製造方法は常法に従って行えばよく、例えば製剤成分を全て溶解し、濾過滅菌後、適当な容器に充填し密封する方法が挙げられる。なお、使用する水に窒素を通したり、容器の空隙部を窒素置換することが、酸化による着色を防ぎ、安定性を向上させるために好ましい。
【0023】
本発明の水溶液製剤を充填する容器の素材は薬学的に許容できる任意のものを使用できる。かかる素材はガラスおよびプラスチックに大別されるが、プラスチックとしてはポリエチレン、ポリプロピレンおよびポリエチレンテレフタレート(PET)等が挙げられる。プラスチック容器は、前述したように注射剤との識別性を高めた経口剤容器として好ましく、コストの点からはポリエチレン製のものが好ましい。一方、プラスチック容器は一般的に水分透過性および気体透過性がガラスに比べて高いため、製剤の安定性の観点では素材としてPET等の酸素透過性の低い素材を用いたり、容器をアルミラミネートフィルム等で二次包装することが好ましい。本発明の水溶液製剤は長期保存安定性が高められているため、ガラス容器に比べて安定性に影響が出やすいプラスチック容器においても、医薬品としての供給が可能である。本発明の水溶液製剤を充填する容器の形状としては、医薬品として許容できる任意の形状のものを使用することができる。かかる容器形状としては、リキャップ可能な容器と使用時に先端をねじ切って使用するリキャップができない一体成型タイプの容器に大別される。リキャップ可能な容器は、注射剤との識別性が高く、
且つ投薬時の計量性を高める為に、キャップを計量カップ型やスポイト型とした容器が好ましい。また計量カップやスポイトは、通常のキャップとは別に付属させることもできる。また、分割投与を可能とするために、容器本体及び/またはキャップに計量用の目盛りが付いていることがより好ましい。
【0024】
本発明のバンコマイシン水溶液製剤は、水溶液中のバンコマイシンの析出やゲル化を防止し無菌濾過と製剤の長期保存を可能とする物理的安定性と、水溶液中のバンコマイシンの化学的分解による活性の低下を抑制し製剤の長期保存を可能とする化学的安定性を両立した製剤である。バンコマイシンの析出やゲル化の有無については、目視、遠心分離、あるいは吸光度測定などにより確認することができる。バンコマイシンの分解の程度については、保存後/保存開始時の液体クロマトグラフィー等によるバンコマイシン含有量測定により確認することができる。
【0025】
長期保存とは、医薬品として使用されるにあたっての貯蔵、流通およびそれに続く使用を考慮した保存期間のことであり、例えば、市販後の保管条件(室温、冷所(15℃以下)保存など)下での12ヵ月の保存などが想定される。長期保存における安定性は、加速試験での安定性から推測することが可能である。一般的には、室温保存の製剤においては、25℃(室温)3年の長期保存安定性は、40℃6ヶ月の加速試験で予想することが可能とされている。通常、保管条件の+15℃の条件で加速試験を設定すればよく、10〜15℃保存の場合は25〜30℃で加速試験を設定する。本発明の製剤の好ましい態様のひとつは、10℃2年間保存した場合の保存後/保存開始時の有効成分の含有量(残存率)が90%以上となる安定性を有するバンコマイシン水溶液製剤である。6ヶ月の加速試験よりも短期間で安定性を評価する場合には、より高温の条件下で適切な期間と残存率を設定すればよい。具体的には、50℃2週間の試験で残存率60%以上、より好ましくは残存率70%以上、最も好ましくは残存率90%以上、40℃1ヶ月の試験で残存率80%以上などが例示される。
【実施例】
【0026】
本発明をさらに詳細に説明するための実施例および実験例を挙げるが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
【0027】
実施例1〜16および比較例1〜11の調製
塩酸バンコマイシンおよび添加剤を秤量後、ハンディーホモジナイザー(マイクロタラックス,IKA社製)を用いて溶解後、メンブランフィルター(マイレクスGV,孔径0.22μm,ミリポア製)を用いて濾過し、ガラス容器に充填し、表2および表3に示す組成(実施例1〜16および比較例1〜11)のバンコマイシン水溶液製剤を得た。
【0028】
試験例1
実施例1〜16の本発明の水溶液製剤および比較例1〜11の水溶液製剤について30〜50℃の加速条件下に保存し、下記の条件による高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法により、バンコマイシンおよび類縁物質(分解物)のピーク面積を求めた。バンコマイシン含量はバンコマイシン標準品を用いて定量し、開始時に対する残存率を算出した。更に、バンコマイシンおよび全類縁物質ピーク面積合計に対する全類縁物質ピーク面積の百分比(%)を算出した。
【0029】
HPLCシステム :alliance UV system(日本ウォーターズ株式会社)
検出波長 :UV254nm
使用カラム :Develosil C30-UG-5(4.6mm×250mm)
移動相組成
移動相A アセトニトリル:テトラヒドロフラン:トリエチルアミン緩衝液=7:1:
92
移動相B アセトニトリル:テトラヒドロフラン:トリエチルアミン緩衝液=29:1:70
A液およびB液の送液は、グラジエント法で次の表1のプログラムに従って行った。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
【表3】

【0033】
【表4】

【0034】
試験結果
表2に示すように、DL−アラニンは、他のアミノ酸に比べて高い安定化効果を示し、DL−乳酸との併用で更に安定性は向上した。また、適するpHは3.6〜4.6の範囲にあることが確認され、グリセリン含量が製剤中の水の量に対して59質量%となる比較例1では保存中に沈殿が観察された。一方、特許文献1および2でそれぞれ着色抑制効果があるとされたクエン酸、グリシンを含む比較例4の水溶液製剤は、保存中の安定化効果は確認されず、凍結乾燥製剤における着色抑制効果と水溶液中の安定化効果は異なる機序である可能性が示唆された。表3に示すように、実施例11は、グリセリンのみを含む比較例7及びDL−アラニン、DL−乳酸のみを含む比較例8に比べて高い主薬残存率及び低い分解物生成率を示し、グリセリンとDL−アラニンおよび/またはDL−乳酸を組み合わせることにより初めて高い安定化効果が得られることが明らかとなった。また、DL−アラニン、DL−乳酸及びグリセリンを含まない比較例6はバンコマイシンが溶解しな
かった。長期保存に適するpHである3.6〜4.6の範囲では、一定量以上のグリセリンが存在しないとバンコマイシンの溶解性を保つことができないことが示唆された。表4には、アラニンおよび乳酸の光学異性体の安定化効果を示した。グリセリンのみを含む比較例9、グリセリンとL体のアラニンまたは乳酸を含む比較例10、11に比べて、グリセリンとD体のアラニンおよび/または乳酸を含む実施例では顕著な安定化効果が見られた。アラニン、乳酸共に同じ添加量の場合、D体の方がDL体よりも安定化効果が高いことからD体の含量が高くなるに従い安定化効果も増加することが確認された。L体のアラニンまたはL体の乳酸のみでは安定化効果が得られなかったことから、水溶液中におけるバンコマイシンの化学的安定性に効果を示すのはD体であり、配合量の増量に従って安定化効果が増大することが示唆された。また、アラニンまたは乳酸を単独で使用する場合は配合量依存的な安定化効果となるが、両者を組み合わせて使用することにより、量依存的な効果を上回る安定化効果が得られた。
【0035】
実施例17〜24および比較例12〜14の調製
塩酸バンコマイシンおよび添加剤を秤量後、塩酸バンコマイシンを含む水溶性成分は水にそのまま添加してハンディーホモジナイザー(マイクロタラックス,IKA社製)を用いて溶解した。次いでパラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピルおよびメントールをエタノールに溶解したものを加え、ハンディーホモジナイザーを用いて混和後、メンブランフィルター(マイレクスGV,ミリポア製)を用いて濾過し、ポリエチレン製プラスチック容器に充填し、表5に示す組成(実施例17〜24および比較例12〜14)のバンコマイシン水溶液製剤を得た。
【0036】
【表5】

【0037】
試験例2
バンコマイシンの不快な味のひとつである苦味について、味認識装置(SA402B,Insent社製)を用いて評価を行った。キニーネ等の塩基性薬物の苦味を検出することができる2種類のセンサー(ACO,ANO)を用い、実施例17〜24の本発明の水溶液製剤および比較例12〜14の水溶液製剤について、持続する苦味(後味)の強度をそれぞれ測定し、比較例12(塩酸バンコマイシンのみの水溶液)からの相対的な苦味の程度の減少を数値化した。この数値が小さくなるほど即ち数値がマイナス側に大きくなるほど苦味が低減することを意味する。結果を図1に示す。
【0038】
試験結果
図1は、各試料について、2種類の苦味センサーで測定して得られた苦味尺度を2次元プロットしたものである。現在臨床現場ではバンコマイシン凍結乾燥製剤を水または単シロップで溶解して服用しているが、それらの用法に倣って調製した比較例13〜14では苦味の低減効果はほとんど認められなかった。また、グリセリンを含み白糖を含まない処方(実施例18)では苦味の低減が認められなかったが、グリセリンを含む処方に白糖を添加した処方(実施例17)では苦味の低減効果が認められた。さらに、l−メントールまたはバニリンを他の香料と組み合わせて添加したバンコマイシン水溶液製剤は、苦味が低減し、服用性が改善されていることが示唆された。また、白糖を、甘みの少ないトレハロースに置き換えた処方(実施例21、22)においても苦味の低減効果が維持されていた。これらのことから、矯味剤のみではバンコマイシンの苦味に味が消されてしまうところを、グリセリンと矯味剤を併用することでバンコマイシン存在下においても矯味剤の味を引きだすことができ、苦味を低減し服用性を改善できる。
【0039】
実施例25〜31および比較例15の調製
塩酸バンコマイシンおよび添加剤を秤量後、処方量より少ない水を加え、ハンディーホモジナイザー(マイクロタラックス,IKA社製)を用いて溶解した。塩酸溶液又は水酸化ナトリウム溶液を用いてpHを約4.1に調整後、水を加えて規定量とした。メンブランフィルター(マイレクスGV,孔径0.22μm,ミリポア製)を用いて濾過し、ガラス容器に充填し、表6に示す組成(実施例25〜31および比較例15)のバンコマイシン水溶液製剤を得た。
【0040】
試験例3
これら水溶液製剤について50℃の加速条件下に2週間保存し、試験例1の条件でバンコマイシン含量を定量し、保存製剤の開始時に対する残存率を算出した。更に、保存製剤のバンコマイシン及び全類縁物質ピーク面積合計に対する全類縁物質ピーク面積の百分比(%)を算出した。結果を表6に示した。
【0041】
【表6】

【0042】
試験結果
表6に示すように、実施例25〜31において、優れた安定化効果が示された。いっぽう、DアラニンもD乳酸も含まない比較例15は、他の実施例組成物に比べて残存率が低く、類縁物質ピーク面積が高いという結果となった。
【0043】
製剤例1
以下の組成からなる経口用液剤を常法により調製した。本剤はバンコマイシンによる苦
味をほとんど感じさせず、優れた服用性が確認された。
バンコマイシン塩酸塩 510mg力価
濃グリセリン 2500mg
DL−アラニン 100mg
D−乳酸 120mg
精製白糖 550mg
クエン酸ナトリウム 120mg
パラオキシ安息香酸メチル 5mg
パラオキシ安息香酸プロピル 1mg
亜硫酸水素ナトリウム 7mg
L−メントール 1mg
レモンエッセンス 6mg
精製水 適量
合計 6500mg
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】各試料についての苦味センサーによる測定結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バンコマイシンと、製剤に含まれる水の量に対して65質量%以上のグリセリンと、D体又はDL体のアラニンおよび/またはD体又はDL体の乳酸とを含み、pHが3.6〜4.6に調整されたバンコマイシン水溶液製剤。
【請求項2】
D体又はDL体のアラニンの含量が、D−アラニンとしてバンコマイシンに対して1質量%以上である請求項1記載のバンコマイシン水溶液製剤。
【請求項3】
D体又はDL体の乳酸の含量が、D−乳酸としてバンコマイシンに対して1質量%以上である請求項1または2のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤。
【請求項4】
製剤全量に対して1〜15質量%のバンコマイシンを含有してなる請求項1ないし3のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤。
【請求項5】
製剤全量に対して1〜15質量%のバンコマイシンと、製剤に含まれる水の量に対して65質量%以上のグリセリンと、D−アラニンとしてバンコマイシンに対して1質量%以上のD体又はDL体のアラニンと、D−乳酸としてバンコマイシンに対して1質量%以上のD体又はDL体の乳酸とを含み、pHが3.6〜4.6に調整されたバンコマイシン水溶液製剤。
【請求項6】
l−メントールまたはバニリンを含むことを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の経口剤としてのバンコマイシン水溶液製剤。
【請求項7】
製剤全量に対して0.005〜0.1質量%のl−メントールまたは0.05〜1質量%のバニリンを含むことを特徴とする請求項6記載の経口剤としてのバンコマイシン水溶液製剤。
【請求項8】
D体又はDL体のアラニンの含量が、D−アラニンとしてバンコマイシンに対して5質量%以上である請求項1ないし7のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤。
【請求項9】
D体又はDL体の乳酸の含量が、D−乳酸としてバンコマイシンに対して4質量%以上である請求項1ないし8のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤。
【請求項10】
製剤全量に対して1〜15質量%のバンコマイシンと、製剤に含まれる水の量に対して65質量%以上のグリセリンと、D−アラニンとしてバンコマイシンに対して5質量%以上のD体又はDL体のアラニンと、D−乳酸としてバンコマイシンに対して4質量%以上のD体又はDL体の乳酸とを含み、pHが3.6〜4.6に調整された、請求項1ないし9のいずれかに記載のバンコマイシン水溶液製剤。

【図1】
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【公開番号】特開2008−201778(P2008−201778A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−15217(P2008−15217)
【出願日】平成20年1月25日(2008.1.25)
【出願人】(000181147)持田製薬株式会社 (62)
【Fターム(参考)】