説明

パルスレーザー誘起弾性波減衰過程の反射光測定による遠隔非接触音速・熱伝導率測定法

【課題】
現在使用される音速の測定法は、原理的に接触測定が不可避であるから、放射化材料及び高温材料の測定は困難であり、また、金属の材料表面を熱が伝播する効率をあらわす熱伝導率を測定する方法も種々存在するが、これらの方法も精度良く温度を検出するためには接触しての温度計測が不可欠である。
【解決手段】
本発明では、短パルスレーザーを用いた誘導光散乱法の原理にて物質の表面または内部に音波を生成し、その場所にプローブ光を入射した際の反射光または回折光の時間応答から生成した音波の音速と熱伝導率の同時測定を行う方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質表面における、パルスレーザー誘起弾性波減衰過程の反射光測定による遠隔非接触音速(音波の伝播速度)・熱伝導率測定法に関する。さらに詳しくは、本発明は短パルスレーザー光を用いた誘導光散乱法から物質表面における音速及び熱伝導率を非接触測定し、例えば、原子炉材料の応力腐食割れの原因となる加工硬化層の変性部分の存在(位置及び/又は深さ)の検出を行う測定方法および照射劣化する核破砕中性子源のターゲット水銀容器の健全性検証方法に関する。
【0002】
本発明の方法は、被測定物質がラス材料等の透明固体では、レーザー光を集光する部位を制御することで変性部分が存在する特定箇所の位置及び/又は深さを音波の伝播速度及び熱伝導率により測定することができる。
【背景技術】
【0003】
金属組織は機械加工を受けるとその表層に引張応力が残留する。また金属組織はガンマ線や中性子照射などの放射線照射を受けると原子の弾き出しが生じ、硬化及び脆化による破壊を生じる。
【0004】
前記加工硬化層の変性部分は長時間にわたり水環境に曝されることで応力腐食割れを生じることから、これを防ぐべく超短パルスレーザーの集光により原子力用ステンレス鋼材の表層の引張応力が残留した加工硬化層を蒸発除去し、且つ、材料の内部の残留応力を引っ張り側から圧縮側に変化させる手法が提案された。原子炉内部のステンレス機器をはじめとする応力腐食割れの対策技術の開発が進められていて、特許が出願されている(例えば、特許文献1)。この対策技術を効果的に実施するためには、超短パルスレーザーによる蒸発除去を行うべき加工硬化層の位置及び深さを知る必要がある。
【0005】
又、固体の弾性異常を測定する手段として、接触法として超音波振動子からの音波の伝播時間から音速(音波の伝播速度)を測定する超音波法、基準硬度探触子を材料に押し付けて測定するビッカース硬度法がある。非接触法としてはレーザー光を用いるブリルアン散乱法や硬X線を用いるX線応力測定法があるが、どの方法も簡便な方法でなく現場で使用可能な小型装置化や対策技術との組み合わせには適さない。
【0006】
また固体の熱伝導率を測定する手段は接触法としてレーザーフラッシュ法、熱線プローブ法、非接触法としてサーモグラフ法があるが、微小領域の測定は困難であり、かつ前記した弾性異常と同時に測定する手段は皆無である。
【特許文献1】特開2005-131704号(ステンレス鋼表面の超短パルスレーザー光を用いた応力除去法)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
現在最も広く使用される弾性異常診断法である超音波法は、超音波振動子などを測定対象に接触あるいは接着させて音波の伝播時間及び伝搬距離から音速を計測する測定法であるが、原理的に接触測定が不可避であるから、放射化材料及び高温材料の測定は困難である。また、測定振動数が低振動数側に限られること、超音波振動子の小型化には限界があることから微小な領域の材料変性を検知することは不可能である。
【0008】
ビッカース硬度法は基準硬度を持つ探触子を材料に押し当てて材料の弾性率を測定する方法である。このため、材料表面の一部の切り出しによる破壊が必要であり、探触子の接触は不可避である。
【0009】
非接触の弾性測定法であるブリルアン散乱法は単一波長化されたレーザー光を材料に照射し、散乱光の波長のドップラーシフトを高精度の分光器である干渉分光計にて測定して弾性率を計測する方法である。この測定に不可欠な高精度な光源および分光器は測定環境に対して極めて繊細かつ高価であり、原子炉や核破砕中性子源の設置される現場での測定や小型装置化は不可能である。
【0010】
同じく非接触の弾性測定法であるX線応力法ではX線管や放射光からの硬X線を材料に照射し、回折線の変化から材料の応力を測定する方法であるが、用いる硬X線は人体に極めて有害であることから放射線管理区域以外の測定は危険であり、また装置も大型になる。
【0011】
同様に金属の材料表面を熱が伝播する効率をあらわす熱伝導率を測定する手段としては、レーザーフラッシュ熱伝導法が用いられる。これはレーザー光によって局所的に材料の温度を上昇させた後、別の場所で温度の時間変化を記録することで熱伝導率を計測する方法であるが、精度良く温度を検出するためには接触しての温度計測が不可欠である。また試料を熱が伝播するための大きさも必要であり、微小領域の測定は困難である。
【0012】
非接触で可能な熱伝導率測定として材料からの放射熱温度を計測するサーモグラフ法があるが、計測温度精度を上げることは難しく、かつ微小領域の測定には不向きである。
【発明を解決するための手段】
【0013】
本発明では短パルスレーザーを用いた誘導光散乱法の原理にて物質の表面または内部に音波を生成し、その場所にプローブ光を入射した際の反射光または回折光(光検出器への信号光として使用される)の時間応答から生成した音波の伝播速度と熱伝導率の同時測定を行う方法である。
【0014】
特に、本発明は、具体的には、応力腐食割れの原因になる加工硬化層の厚みを非接触、迅速、非破壊で検査するレーザーによる新手法に関する。即ち、本発明は、パルスレーザーを光源として使用し、このレーザー光を2分割後に集光して物質表面に照射し、加工硬化層を有する物質表面にレーザー光の干渉による弾性波を誘起し、この弾性波により生じた表面の微小起伏が消失、減衰する過程を別波長のレーザー光による反射光又は回折光の強度変化により観測し、その変化を電気信号に変換し、その信号波形の時間変化により加工硬化層の音速と熱伝導率を同一の光学系で観測するものである。
[発明の効果]
【0015】
本発明によって、パルスレーザに誘起された弾性波により変性した金属材料等の物質の弾性率と熱伝導率の同時測定が可能となり、材料の劣化を予測する多くの情報を提供する。この弾性率は実験結果から得られる音波の伝播速度を下記の数式2にて換算して求められる。さらにこの発明は遠隔から非接触で測定可能であり、且つ、装置の小型化が容易であることから、従来測定が困難であった放射化材料、高温材料の現場観測の方法を提供し、応力腐食割れ対策技術との組み合わせが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、上記の課題を解決するものとして、2分割した超短パルスレーザーを同時刻、同一箇所に照射して生じる干渉縞が物質と結合することで弾性波を生成し、この弾性波の伝播に伴う減衰過程を別のレーザー光の反射強度の時間変化として測定する。一連の測定は物質に対して非接触、遠隔より測定が可能であり、初期の時間領域には物質を伝播する弾性波の音速(音波の伝播速度)の情報、長時間の時間領域には熱伝導率の情報が含まれ、同一の装置にて同時測定が可能である。こうして表面変性部分の存在(位置及び/又は深さ)を検出する方法(請求項1)を提供する。
【0017】
図1は、本発明に係るパルスレーザー誘起弾性波減衰過程の反射光測定を表す図であり、短パルスレーザー1が、偏光ビームスプリッターにより2分割された後、それぞれが長焦点集光レンズ3を通して測定対象試料4の表面に集光照射される。その際、照射表面に2分割された照射レーザーによる干渉縞が生じ、この干渉縞により試料表面に弾性波が誘起され、この誘起された弾性波により試料表面に微小起伏が発生するが、その起伏は減衰、消失する。この照射表面に別波長の連続光レーザー2を検出光として照射し、その反射光又は信号光を光検出器5で検出して電気信号に変換し、この電気信号の時間変化をデジタルオシログラフ6及びパーソナルコンピューター7を用いて表示、記録することにより、その微小起伏の減衰、消失過程をその反射光又は信号光の強度変化として観測することができる。
【0018】
また本発明は、上記の音速(音波の伝播速度)と熱伝導率の同時測定による加工硬化層の存在(位置及び/又は深さ)の検出において、原子炉圧力容器壁或いは原子炉圧力容器内のシュラウド又は再循環系配管のステンレス鋼材料から作製した残留応力を有する板状サンプルに適応される方法(請求項2)を提供する。
【0019】
また本発明は、上記の音速と熱伝導率の同時測定による照射材料の表面劣化層の存在(位置及び/又は深さ)の検出において、高速中性子に長時間曝露される核破砕中性子源のターゲット容器内壁のステンレス鋼材料に適応される方法(請求項3)を提供する。
【実施例】
【0020】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明する。材料の硬化を表す残留応力:Tは、一般化されたフックの法則で表記すると以下の関係で表すことができる。
【0021】
【数1】

ここでcは弾性定数、Sは歪みの大きさを表す。この弾性定数は以下の式によって音速:Vの変化として計測可能である。
【0022】
【数2】

ここでρは媒質の密度である。こうして音速を計測することで残留応力の変化を検出することができる。
【0023】
使用する超短パルスレーザーの時間幅は生成する弾性波の振動周期時間以下とし、弾性波の時間振動が観測できるものとする。弾性波の波長は2分割した光の波長と交差角で決まる。光の波長が1064nm、交差角が3.2°の時には弾性波の波長は19.2μmとなる。
【0024】
2分割した光は交差位置にて集光されているものとし、微小領域のみの測定を可能にするとともに集光による信号光強度の増大を図る。この測定部位の領域の大きさは交差角が6度の時には約20μm四方である。上記測定部位は、2つのレーザーを交差、集光する数10μm程度の領域に限られるので、ガラス材料等の透明固体では、集光する測定部位を制御することで深さ方向の特定箇所の音波の伝播速度及び熱伝導率の測定を行なうことができる。しかし、金属試料等の可視光に対して非透明な物質では試料内部に集光することは不可能であるために表面のみの測定が可能である。
【0025】
生成した弾性波を観察するための検出光は、光の干渉縞が作る弾性波を回折格子とみなした時のブラッグ条件を満たす角度で入射させる。すると信号光又は反射光の強度は増大し、直進性も良くなるため信号に寄与しない散乱光の除去がしやすくなる効果を図る。
【0026】
信号光を検出する光検出器の時間応答は弾性波の振動周期以下の時間分解能を持つ性能のものとし、弾性波の振動が十分観測できるものとする。
【0027】
光検出器で変換された電気信号の時間変化を記録するためのデジタルオシログラフの時間応答は弾性波の振動周期以下の時間分解能を持つ性能のもの、かつ長時間の変化をも記録できる十分な記憶容量を持つ性能のものとする。
【0028】
デジタルオシログラフで記録された回折光又は反射光の時間変化を表す電気信号はパーソナルコンピューターに転送されて記録される。記録された電気信号から非線形最小2乗法を用いて解析を行う。図2及び図3は液体であるエタノール試料で測定された回折光の時間変化の図である。2つの測定は全く同じ機器配置にて行われ、記録する時間領域のみ異なる。
【0029】
記録された回折光の時間変化の信号から非線形最小2乗法を用いて解析を行う。弾性波の減衰振動の振動周期の解析を行う際は10マイクロ秒以下の速い領域の計測データを使用する。弾性波の音速は弾性波の波長と振動周期から算出する。上記の条件では弾性波の波長は19.2μm、また図2の実験結果から算出した振動周期は16ナノ秒であるとき、測定対象の音速は1200m/秒であると算出される。
【0030】
熱伝導率の解析を行う際は100マイクロ秒程度の遅い領域の計測データを使用する。図3の実験結果から回折光強度の減衰の時定数は120マイクロ秒と算出される。
【0031】
以上により、同一の光学系による時間領域のみ異なる同一のデータにより音速(音波の伝播速度)測定と熱伝導率測定が可能となる。
【0032】
本手法は、2分割したパルスレーザーの集光を金属表面の照射位置に沿って走査した場合には、加工硬化層の硬化度に応じて金属結晶に誘起される歪により、音速と熱伝導率が変化する。この変化を検出し、加工硬化層の位置、及び/又は厚み若しくは深さを推定することにより応力腐食割れの原因となる加工硬化層を蒸発除去するために必要なパルスレーザー数を求めることができる。これにより、迅速な超短パルスレーザー除去が現場で実施可能となる。即ち、例えば、金属表面に加工硬化層がある場合には、音波の伝播速度が速くなる。これは図2の減衰振動の周期が小さくなることにより判明する。又、同時に減衰振動の減衰時間が小さくなる。これは図2の減衰振動の存在時間に相当する。
【産業上の利用可能性】
【0033】
従来、加工硬化層の検出には、ビッカース硬度計のような破壊検査や熱電対や超音波振動子のような接触式の検査に頼っていた。又、放射光X線回折やサーモグラフは、装置が大型であること或いは時間応答性が遅いことや高温環境では使えないなど、いずれも、小型、迅速、簡便なものではなく、応力腐食割れ対策技術と融合させるには不適であった。本発明は、この点を抜本的に革新できる新たな加工硬化層検出技術である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明に係るパルスレーザー誘起弾性波減衰過程の反射光測定を表す図である。
【図2】エタノール試料での回折光の測定例。減衰振動の周期が音波の振動を表す図である。この例での振動周期は16nsec、音波の波長は19.2μmであるから、音速値1200m/secが得られる。
【図3】エタノール試料での回折光の測定例。非振動成分の時間変化は熱伝導による信号強度の減衰に起因することを示す図である。
【符号の説明】
【0035】
1 短パルスレーザー
2 連続光レーザー
3 長焦点集光レンズ
4 測定対象試料
5 光検出器
6 デジタルオシログラフ
7 パーソナルコンピューター




【特許請求の範囲】
【請求項1】
物質表面の応力腐食割れの原因となる表面変性部分の存在を非接触検出するための計測方法において、物質の表面に2分割した超短パルスレーザーを同時刻同一箇所に照射して生じる干渉縞が作る弾性波の減衰過程を別のレーザー光の反射強度の時間変化として測定することで、弾性波の速度と熱伝導率を同時に測定し、表面変性部分の存在を検出する方法。
【請求項2】
前記物質が、原子炉圧力容器壁或いは原子炉圧力容器内のシュラウド又は再循環系配管のステンレス鋼材料から作製した残留応力を有する板状サンプルである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記物質が、大強度陽子ビームおよび高速中性子ビームに長時間曝露され材料表面が劣化する核破砕中性子源のターゲット水銀容器内壁のステンレス鋼材料である請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記物質表面に2分割した超短パルスレーザーを集光、走査した際に、その物質表面の加工硬化層の硬化度に応じて物質表面に誘起される歪に基づいて誘起される弾性波の速度と熱伝導率が変化することにより、この変化を検出して加工硬化層の存在を非接触的に検出することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の方法。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−20329(P2008−20329A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−192468(P2006−192468)
【出願日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】