説明

パンタグラフのアクティブ制御におけるアクチュエータの摩擦の影響を低減する方法及びパンタグラフ

【課題】 パンタグラフのアクティブ制御において、アクチュエータの摩擦の影響を低減する方法を提供する。
【解決手段】 本発明のパンタグラフ1は、架線Tと摺り板10との間の上下方向接触力を動的に制御するアクチュエータ50を備える。さらに、枠組み20の変位を計測する変位計55を備える。変位計55で計測した枠組み20の変位の変化率を用いてアクチュエータ50の摩擦力を想定し、想定した摩擦力と反対方向の力を付加するように制御することによって、アクチュエータ50の摩擦の影響をキャンセルする。このため、アクティブ制御の精度が向上し、トロリ線とパンタグラフとの間に作用する接触力の変動をより効果的に低減できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気鉄道におけるトロリ線(架線)とパンタグラフとの間に作用する接触力を動的に制御する方法において、アクチュエータの摩擦の影響を低減する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現状の電気鉄道においては、トロリ線(架線)から車体屋根に搭載されたパンタグラフを介して車両に電力を送る方式が一般的である。このようなパンタグラフは、トロリ線に押し当てられる舟体(摺り板を含む)や、舟体を昇降可能に支持するとともに、トロリ線に押し当てる押上力を与える支持機構、支持機構と舟体との間に介装された支持ばね(復元ばね)・ダッシュポット等を備えている。
【0003】
トロリ線とパンタグラフの舟体との接触力は、トロリ線の高さ変動や車両・パンタグラフの振動によって変動する。この接触力の変動が大きすぎると、パンタグラフの舟体がトロリ線から離れる離線現象が生じるおそれがある。離線が頻発すると、舟体とトロリ線との間にスパークが生じて、すり板の摩耗が進み、問題となる。また、離線に至らない場合でも、パンタグラフの接触力は極力変動の小さい方がよい。
【0004】
トロリ線とパンタグラフの舟体との間に作用する接触力の変動を低減する技術として、舟体をトロリ線に押し当てるアクチュエータを動的に制御するアクティブ方式のものが提案されている(特許文献1参照)。このようなアクチュエータとしては、空気式や油圧式、電動式のシリンダを使用するのが一般的である。ところが、このアクチュエータの摩擦が大きい場合、制御効果が十分に発揮できない場合がある。現在のところ、このようなアクチュエータの摩擦を考慮した制御方法については提案されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−287209号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は前記の課題に鑑みてなされたものであって、パンタグラフのアクティブ制御において、アクチュエータの摩擦の影響を低減する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のパンタグラフのアクティブ制御におけるアクチュエータの摩擦の影響を低減する方法は、 電気鉄道の車両に電力供給する架線に押し当てられる摺り板を有する舟体、 前記車両の屋根上に前記舟体を昇降可能に支持する枠組み、 該枠組みに、前記舟体を略一定の力で押し上げる押上力を与える手段、及び、 前記架線と前記摺り板との間の上下方向接触力を動的に制御するアクチュエータ、を備えるパンタグラフにおける、 前記アクチュエータの摩擦の影響を低減する方法であって、 前記アクチュエータ自身の摩擦力を想定し、想定した摩擦力をキャンセルするように前記アクチュエータを制御することを特徴とする。
【0008】
本発明においては、 前記パンタグラフを、前記舟体の質量m1、前記舟体と前記枠組み間のばね要素k1及び減衰要素c1、前記枠組みの質量m2、並びに、前記枠組みと前記車両の屋根との間の減衰要素c2及び静押上力P0を含む力学系としてモデル化し、 前記力学系に、前記アクチュエータの仮想的な摩擦力を付加して前記パンタグラフの動特性を制御する。
【0009】
具体的には、 前記枠組み変位の速度を計測し、 この速度に符号関数を適用したものと摩擦キャンセルゲインとを掛けたものを、前記アクチュエータの摩擦の影響をキャンセルする項として、前記アクチュエータの摩擦力と同じ値を出すように前記摩擦キャンセルゲインを設定する。
【0010】
本発明によれば、力学系モデルにおいて、アクチュエータの摩擦力と反対方向の力を付加するように制御することによって、アクチュエータの摩擦の影響をキャンセルできる。このため、アクティブ制御の精度が向上し、トロリ線とパンタグラフとの間に作用する接触力の変動をより効果的に低減できる。
【0011】
本発明のパンタグラフは、 電気鉄道の車両に電力供給する架線に押し当てられる摺り板を有する舟体と、 前記車両の屋根上に前記舟体を昇降可能に支持する枠組みと、 該枠組みに、前記舟体を略一定の力で押し上げる押上力を与える手段と、 前記架線と前記摺り板との間の上下方向接触力を動的に制御するアクチュエータと、 前記枠組みの変位を計測する手段と、 前記計測手段で計測した変位の変化率を用いて前記アクチュエータの摩擦力を想定し、想定した摩擦力をキャンセルするように前記アクチュエータを制御する手段と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
以上の説明から明らかなように、本発明によれば、力学系モデルにおいて、アクチュエータの摩擦力と反対方向の力を付加するように制御することによって、アクチュエータの摩擦の影響をキャンセルできる。このため、アクティブ制御の精度が向上し、トロリ線とパンタグラフとの間に作用する接触力の変動をより効果的に低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係るパンタグラフの構造を説明する図であり、図1(A)はパンタグラフ全体の機構図、図1(B)は図1(A)をモデル化した図である。
【図2】一般的なパンタグラフの構造を説明する図であり、図2(A)はパンタグラフ全体の機構図、図2(B)は図2(A)をモデル化した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しつつ説明する。
まず、図2を参照して、一般的なパンタグラフの機構について説明する。
図2(A)に示すように、パンタグラフ1は、電気鉄道の車両に電力供給する架線(トロリ線)Tに押し当てられる摺り板10を有する舟体11と、車両の屋根上に舟体11を昇降可能に支持する枠組み20と、枠組み20に舟体11を略一定の力で押し上げる押上力を与える主バネ40とを、主に備える。これらは、車両の屋根3に碍子4を介して固定されたベース5上に取り付けられている。
【0015】
舟体11は、車体の幅方向(左右方向)に沿って延びる箱状体である。この舟体11は、一例でアルミニウム合金等からなる。舟体11の上面には、摺り板10が取り付けられている。摺り板10は、一例で鉄系や銅系の焼結合金製、あるいは、カーボン系材料等からなる。この摺り板10がトロリ線Tに直接接触する。
【0016】
舟体11は、枠組み20によって車両の屋根2上に昇降可能に支持されている。枠組み20は、回動可能に連結された上枠21と下枠22とを有する。上枠21の下端側は、くの字状に屈曲しており、この屈曲部に下枠22の上端が回動可能に連結している。上枠21の上端には、枠状の舟支え24が取り付けられている。舟支え24には、舟体11の下面に取り付けられた復元ばね25が収容されている。摺り板10は、枠組み20が上昇した後復元ばね25の弾性力でトロリ線Tに押し付けられる。舟支え24の下部と下枠22の上端寄りの部分とは、舟支えリンク27で接続されている。これにより、舟支え24及びその上の舟体11が正規の姿勢に保たれている。上枠21の下端には、釣り合い棒28の上端が連結されている。この釣り合い棒28の下端はベース5に連結されている。
【0017】
下枠22の下端は、主軸31に連結されている。主軸31は、ベース5上の取付フランジ32に回動可能に取り付けられているとともに、ベース5上に配置された主バネ40に連結されている。主バネ40は、枠組み20に上昇力を与えるバネである。
【0018】
図2(A)に示したパンタグラフの運動モデルを図2(B)に示す。図2(A)に示した各要素が、以下に示すように図2(B)においてモデル化されている。
1:摺り板10及び舟体11の質量
2:枠組み20(舟支え24、復元ばね25、上枠21、下枠22、舟支えリンク22及び釣り合い棒28)の質量
1:復元ばね25のばね定数、
1:舟体11と枠組み20間の減衰要素の減衰定数、
2:枠組み20とベース2間の減衰要素の減衰定数、
x1:摺り板10及び舟体11の変位、
x2:枠組み20の変位、
0:主ばね40によって加えられる静押上力、
fc:質量m1に作用する架線との接触力。
【0019】
図2(B)の運動モデルで表わされるパンタグラフの運動方程式を数1に示す。
【数1】

【0020】
簡便化するため、架線系を単純なばね・減衰要素で表わすと、接触力fcは数2で表わされる。
【数2】

ここで、x0は架線変位、k0は架線のばね定数、c0は架線の減衰定数である。
【0021】
図1を参照して、本発明の第1の実施の形態に係るパンタグラフを説明する。この例のパンタグラフ1は、枠組み20に力を与えることによりパンタグラフをアクティブ制御するアクチュエータ50を備えている。
図1(A)に示すように、アクチュエータ50は、ベース5の上方に、主ばね40の並列に配置されている。アクチュエータ50の出力軸51の先端は主軸31に連結されている。出力軸51を進退させると枠組み20がリンク運動し、舟体11及び摺り板10を昇降させる。アクチュエータ50はコントローラに接続されており、このコントローラによって、摺り板10をトロリ線Tに押し当てる押上力を制御することができる。
【0022】
図1(A)に示したパンタグラフの運動モデルを図1(B)に示す。図2(B)に示した各要素と同じ要素は、図2(B)と同じ符号を付す。
アクチュエータ50は摩擦の影響のないアクチュエータと仮定する。アクチュエータ50は主ばね40と並列に取り付けられているので、アクチュエータ50からの発生力は静押上力と並列に作用することとなる。したがって、パンタグラフの運動方程式は、数3で示される。uは、アクチュエータ50の制御力を示す。
【数3】

【0023】
アクチュエータ50をPID制御する場合、制御力uは数4で示される。
【数4】

ここで、Kp、KI及びKDはそれぞれ比例ゲイン、積分ゲイン及び微分ゲインを示す。
【0024】
次に、アクチュエータ50の摩擦が無視できない程度である場合を考える。この場合、パンタグラフの運動方程式は数5のように書き換えられる。
【数5】

ここで、fはアクチュエータ50の摩擦力である。この摩擦力fは、事前にアクチュエータ単体試験を実施し、ロードセルで計測しておく。枠組み変位の速度の符号によって力の向きが変わることを表現するために符号関数を用いている。
【0025】
摩擦の影響を軽減するための制御力は、上記と同様のPID制御の場合、数6で示される。
【数6】

ここで、Kfを摩擦キャンセルゲインと呼ぶ。数6の右辺第1項が摩擦の影響をキャンセルする項である。この項には、枠組み変位の速度が含まれる。枠組みの変位は、例えば、図1に示すように、ベース5上にレーザー変位計55を取り付けて、同変位計55によって舟支え24の高さを計測することによって得ることができる。枠組み変位の速度は、この変位を時間で割ることによって得られる。
【0026】
数5の運動方程式からもわかるように、摩擦力fと同じ値となるようにKfを設定することによって、摩擦力と反対方向の力が付加され、摩擦の影響を完全に消去することができる。
【符号の説明】
【0027】
1 パンタグラフ 3 屋根
4 碍子 5 ベース
10 摺り板 11 舟体
20 枠組み 21 上枠
22 下枠 24 舟支え
25 復元ばね 27 舟支えリンク
28 釣り合い棒 31 主軸
32 フランジ 40 主ばね
50 アクチュエータ 51 出力軸
55 変位計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気鉄道の車両に電力供給する架線に押し当てられる摺り板を有する舟体、
前記車両の屋根上に前記舟体を昇降可能に支持する枠組み、
該枠組みに、前記舟体を略一定の力で押し上げる押上力を与える手段、及び、
前記架線と前記摺り板との間の上下方向接触力を動的に制御するアクチュエータ、
を備えるパンタグラフにおける、
前記アクチュエータの摩擦の影響を低減する方法であって、
前記アクチュエータ自身の摩擦力を想定し、想定した摩擦力をキャンセルするように前記アクチュエータを制御することを特徴とするパンタグラフのアクティブ制御におけるアクチュエータの摩擦の影響を低減する方法。
【請求項2】
前記パンタグラフを、前記舟体の質量m1、前記舟体と前記枠組み間のばね要素k1及び減衰要素c1、前記枠組みの質量m2、並びに、前記枠組みと前記車両の屋根との間の減衰要素c2及び静押上力P0を含む力学系としてモデル化し、
前記力学系に、前記アクチュエータの仮想的な摩擦力を付加して前記パンタグラフの動特性を制御することを特徴とする請求項1記載のパンタグラフのアクティブ制御におけるアクチュエータの摩擦の影響を低減する方法。
【請求項3】
前記枠組み変位の速度を計測し、
この速度に符号関数を適用したものと摩擦キャンセルゲインとを掛けたものを、前記アクチュエータの摩擦の影響をキャンセルする項として、前記アクチュエータの摩擦力と同じ値を出すように前記摩擦キャンセルゲインを設定することを特徴とする請求項1又は2に記載のパンタグラフのアクティブ制御におけるアクチュエータの摩擦の影響を低減する方法。
【請求項4】
電気鉄道の車両に電力供給する架線に押し当てられる摺り板を有する舟体と、
前記車両の屋根上に前記舟体を昇降可能に支持する枠組みと、
該枠組みに、前記舟体を略一定の力で押し上げる押上力を与える手段と、
前記架線と前記摺り板との間の上下方向接触力を動的に制御するアクチュエータと、
前記枠組みの変位を計測する手段と、
前記計測手段で計測した変位の変化率を用いて前記アクチュエータの摩擦力を想定し、想定した摩擦力をキャンセルするように前記アクチュエータを制御する手段と、
を備えることを特徴とするパンタグラフ。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−50230(P2012−50230A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−189463(P2010−189463)
【出願日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【Fターム(参考)】