説明

パンタグラフの接触力算出方法

【課題】より高精度にパンタグラフの接触力を算出することが可能なパンタグラフの接触力算出方法を提供する。
【解決手段】走行区間における車両速度v、内力F、舟体慣性力Fineを検出し、車両速度vと予め取得した枠体の速度-揚力特性から枠体の揚力の理論値FL2cを算出し、内力Fから枠体の揚力の実測値FL2rを抽出し、枠体の揚力の実測値FL2r及び理論値FL2cとの比である揚力比Cを算出し、該揚力比Cの平方根を車両速度vに乗算してパンタグラフ周りの流速vを算出し、該流速vと予め取得した舟体の速度‐揚力特性とから枠体の揚力FL1を算出し、該枠体の揚力FL1と舟体の慣性力Fineと内力Fとを加算することにより舟体の接触力Fを算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気鉄道におけるトロリ線とパンタグラフとの間に作用する接触力を算出するパンタグラフの接触力算出方法に関し、特に、明かり区間、トンネル区間の別にかかわらずに精度高く接触力を算出することが可能なパンタグラフの接触力算出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電気鉄道では、車両への電力供給方式として、電車線とパンタグラフとの組み合わせが広く採用されている。電車線の中でも最も重要な部位であるトロリ線は、パンタグラフと直接接触するため、その架設状態は接触性能に大きな影響を与える。
【0003】
パンタグラフがトロリ線に対して摺動する際には、これらパンタグラフとトロリ線との間に作用する接触力は変動する。この接触力が大きく変動してゼロに近い状態になると両者の接触が維持できず、アークの発生を誘引してパンタグラフ及びトロリの摩耗を促進させてしまい、また、接触力が大き過ぎればこれらパンタグラフ及びトロリ線に機械的なダメージを与えてしまい、いずれにしても安定した集電を阻害する。したがって、当該接触力を測定、評価することは集電の品質を把握するために非常に重要な事項である。
また、電車走行時の接触力の波形は電車線の架設状態の影響を大きく受けていると推定されるため、測定した接触力波形から電車線の状態監視が可能であると考えられる。
【0004】
そこで、電車の走行中のトロリ線とパンタグラフとの接触力を測定し、得られた測定結果をトロリ線−パンタグラフの集電性能の評価や、電車線の設備診断方法の1つとして活用したいとの要望がある。
【0005】
上記パンタグラフは、トロリ線に下方から接触する舟体と、該舟体を車体に対して昇降可能に支持する枠体と、該枠体に対して舟体を上方に付勢する復元バネ(第1バネ要素)と車体に対して枠体を上方に付勢する主バネ(第2バネ要素)とから構成されている。
【0006】
このようなパンタグラフは、車両の停止時においては、主バネで静押上力を発生し、これにより舟体がトロリ線に接触する。そして、車両が走行すると、枠体及び舟体周りの流速が変化してそれぞれに揚力が生じ、さらに舟体には走行中の振動等により上下方向に慣性力が働く。したがって、走行中のパンタグラフがトロリ線を押し上げる力、即ち、両者の接触力は、静押上力、枠体の揚力、舟体の揚力、舟体の慣性力の和として求めることができる。
【0007】
ここで、静押上力と枠体の揚力との和(内力)は、復元バネの復元力を測定することで容易に得ることができる。また、舟体慣性力は、例えば加速度計で舟体の上下方向加速度を測定することで容易に得ることができる。しかしながら、舟体の揚力を走行中に測定することは困難であるため、当該舟体の揚力の値を得るには他のパラメータより算出する手法が採用されている。
そこで、従来は、風洞実験や現車試験による揚力測定によって舟体の速度-揚力特性を予め把握しておき、この速度-揚力特性と車両の走行速度とから舟体の揚力を算出する手法が採られていた(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】久須美俊一、「接触力で電車線架設状態を診断する」、Railway Research Review、財団法人鉄道総合技術研究所、平成19年6月1日、第64巻第6号、p.24−27
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、上記従来の手法による舟体の揚力の算出においては、車両の走行速度がパンタグラフ周りの流速と等しいとの仮定の下、該パンタグラフ周りの流速に代えて車両速度を用いることにより該舟体揚力を算出している。明かり区間においては、走行速度とパンタグラフ周りの流速はほぼ等しくなるため、該明かり区間におけるパンタグラフの接触力については上記手法により精度高く算出することができる。
【0010】
しかしながら、車両がトンネル区間を走行する際には、屋根上の流速、即ち、パンタグラフ周りの流速が変動して当該流速が走行速度から大きく変動するため、流速変動を無視した上記仮定の下で舟体揚力を算出すると誤差が生じてしまい、結果としてトンネル区間におけるパンタグラフの接触力を正確に得ることができないという問題があった。
【0011】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであって、明かり区間のみならずトンネル区間における舟体揚力を精度高く算出することができ、より高精度にパンタグラフの接触力を算出することが可能なパンタグラフの接触力算出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決するため、本発明は以下の手段を提案している。
即ち、本発明に係るパンタグラフの接触力算出方法は、トロリ線に下方から接触する舟体と、該舟体を車体に対して昇降可能に支持する枠体と、該枠体に対して前記舟体を上方に付勢する第1バネ要素と、前記車体に対して前記枠体を上方に付勢する第2バネ要素とを備えるパンタグラフにおいて、前記トロリ線に対する前記舟体の接触力を算出するパンタグラフの接触力算出方法であって、走行区間における車両速度、前記第1バネ要素の復元力及び前記舟体の慣性力を検出する工程と、前記車両速度と予め取得した前記枠体の速度-揚力特性から前記枠体の揚力の理論値を算出する工程と、前記第1バネ要素の復元力から前記枠体の揚力の実測値を抽出する工程と、前記枠体の揚力の実測値と前記枠体の揚力の理論値との比である揚力比を算出する工程と、該揚力比の平方根を前記車両速度に乗算して前記パンタグラフ周りの流速を算出する工程と、該流速と予め取得した前記舟体の速度‐揚力特性とから前記舟体の揚力を算出する工程と、該舟体の揚力、前記舟体の慣性力及び前記第1バネ要素の復元力を加算することにより前記舟体の接触力を算出することを特徴とする。
【0013】
このような特徴のパンタグラフの接触力算出方法によれば、流速変動を無視して車両速度をパンタグラフ周りの流速として舟体の揚力を算出するのではなく、枠体の揚力の実測値に基づいて流速変動を踏まえたパンタグラフ周りの流速を推測し、当該流速を用いて舟体の揚力を算出することで、該舟体の揚力を精度高く得ることができる。
即ち、本発明においては、枠体及び舟体の揚力がともにパンタグラフ周りの流速に支配されるのに着目して、実測の容易な枠体の揚力から上記流速を算出し、当該流速を舟体の流速-揚力特性に適用して舟体の揚力を算出しているのである。
ここで、揚力比をC、流速変動の影響を含んだ枠体の揚力の実測値をFL2r、流速変動を無視して車両速度を流速とした枠体の揚力の理論値をFL2cとすると、揚力比Cは下記(1)式で定義される。
【数1】

また、揚力が流速の2乗に比例する特性を考慮すると、枠体の揚力の実測値FL2r及び理論値FL2cは、下記(2),(3)式で表される。
【数2】

【数3】

ここで、kは枠体の揚力係数、vはパンタグラフ周りの流速、vは車両速度である。つまり、枠体の揚力の実測値FL2rは実際のパンタグラフ周りの流速vを考慮したものとして表され、枠体の揚力の理論値FL2cは車両速度vをパンタグラフ周りの流速と近似してたものとして表される。そして、上記(2),(3)式をそれぞれ上記(1)式に代入して整理すると、下記(4)式が導かれる。
【数4】

したがって、枠体の揚力の実測値FL2rと枠体の揚力の理論値FL2cとから算出した揚力比Cの平方根に車両速度vを乗算することでパンタグラフ周りの流速vを求めることができる。
なお、パンタグラフ周りの流速を車両速度vと近似可能な明かり区間においては、上記揚力比の値は約1になるため、(4)式から求めたパンタグラフ周りの流速vを用いて舟体の揚力を計算しても車両速度vを用いて舟体の揚力を計算した結果とほぼ等しくなる。したがって、本手法を用いることにより、明かり区間とトンネル区間とが混在する全走行区間においてパンタグラフの接触力を精度高く算出することができる。
【0014】
また、本発明に係るパンタグラフの接触力算出方法においては、前記枠体の揚力の実測値を、前記第1バネ要素の復元力から前記第2バネ要素の復元力を減算した後に高周波ノイズを除去することで抽出することを特徴としている。
【0015】
ここで、舟体を上方に押し上げる力である内力をFとすると、舟体についての力の釣り合いから、該内力は車両停止時に枠体から押し上げられる力である静押上力Fと車両走行時の枠体の揚力FL2との和として表すことができ、下記(5)式が成立する。
【数5】

また、内力Fは第1バネ要素の復元力として検出することができ、静押上力Fは第2バネ要素の復元力として検出することができるため、それぞれ検出した第1バネ要素の復元力から第2バネ要素の復元力を減算することにより、枠体の揚力FL2を得ることができる。そして、この枠体の揚力FL2に例えばローパスフィルタ処理をすることにより高周波成分のノイズを除去することで、走行時の枠体の揚力をより正確に得ることができる。
【0016】
さらにまた、本発明に係るパンタグラフの接触力算出方法は、前記走行区間のうち明かり区間においては、前記車両速度と前記舟体の速度‐揚力特性とから前記舟体の揚力を算出し、トンネル区間においては、算出した前記パンタグラフ周りの流速と前記舟体の速度‐揚力特性とから前記舟体の揚力を算出するものであってもよい。
【0017】
上述のように、明かり区間においては車両速度をパンタグラフ周りの流速と近似することができるため、当該車両速度を用いて舟体の揚力の理論値を算出することができる。一方、トンネル区間においては、パンタグラフ周りの流速と車両速度とが異なるため、上記のように算出したパンタグラフ周りの流速を用いて舟体の揚力を算出する必要がある。したがって、明かり区間とトンネル区間とにおいて舟体の揚力の算出手法を切り替えることで、明かり区間とトンネル区間とが混在する全走行区間の接触力を容易に算出することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明のパンタグラフの接触力算出方法によれば、枠体の揚力の実測値からパンタグラフ周りの流速を算出し、当該流速を舟体の流速-揚力特性に適用して舟体の揚力を算出することで、流速の変動を考慮した舟体の揚力を算出することができる。よって、明かり区間のみならずトンネル区間における舟体揚力を精度高く算出することができるため、全走行区間にわたって高精度にパンタグラフの接触力を算出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】接触力の測定対象となるパンタグラフの周辺を車幅方向から見た状態を示す模式図である。
【図2】パンタグラフに作用する力の釣り合いを示す接触力測定モデルを示す図である。
【図3】実施形態のパンタグラフの接触力算出方法の手順を示すフローチャートである。
【図4】速度-揚力特性の一例を表すグラフである。
【図5】走行区間にわたって検出した車両速度、明かり/トンネル区間の別、枠体の揚力の理論値及び実測値、揚力比の波形である。
【図6】比較例のパンタグラフの接触力算出方法の手順を示すフローチャートである。
【図7】比較例及び実施形態により算出した接触力の波形を示すグラフである。
【図8】実施形態の変形例のパンタグラフの接触力算出方法の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明のパンタグラフの接触力算出方法の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の説明では、通常の鉄道車両の技術におけるのと同様に、レールの長手方向(車両の進行方向)を前後方向、軌道面におけるレール長手方向と直角をなす方向を左右方向(車幅方向)、軌道面に垂直な方向を上下方向と称する。
【0021】
図1は接触力の測定対象となるパンタグラフの周辺を車幅方向から見た状態を示す模式図である。
車体1の屋根に搭載されたパンタグラフ10は、図1の上方から下方に向かって、舟体11、枠体12、台枠13、支持碍子14を備え、さらに、舟体11と枠体12との間には復元バネ(第1バネ要素)15が設けられ、枠体12には図示しない主バネ(第2バネ要素)が設けられている。
【0022】
舟体11は、前後方向に沿って延びるトロリ線(図示省略)に接触し、車両の走行時にはトロリ線と摺動して導通を確保する梁状の部材であって、該舟体11におけるトロリ線との摺動部分には、例えば鉄系や銅系の焼結合金製、あるいは、カーボン系材料からなるすり板が取り付けられている。
この舟体11は、車幅方向に沿って略水平方向に延びる直線部と該直線部の両端側から斜め下方に向かって延びる傾斜部とを備えており、直線部に取り付けられた上記すり板を介してトロリ線に接触するようになっている、なお該トロリ線は上記すり板の局所的な磨耗を防止するため、舟体11の有効幅内において蛇行して配置されている。
【0023】
枠体12は、舟体11を車体1に対して上下方向に変位可能に支持するリンク機構を備えており、舟体11がトロリ線に接した上昇状態と、パンタグラフ10の不使用時に舟体11がトロリ線から離間した下降状態との間で変位可能とされている。
【0024】
また、この枠体12の上端側に復元バネ15を介して上記舟体11が支持されている。この復元バネ15は上下方向に伸縮可能に配置されており、これにより舟体11は該復元バネ15の伸縮に応じて枠体12に対して上下方向に相対変位するようになっている。
【0025】
さらに、枠体12は、上記主バネによって、車体1に対してトロリ線に向かって押し上げる方向に付勢されている。この付勢力によってリンク機構が上方に向かって延びて、舟体11とトロリ線との接触状態が保持されるようになっている。
【0026】
そして、このような枠体12の下端が台枠13上に固定されており、該台枠13が複数の絶縁用の支持碍子14を介して車体1屋根上に設置されている。
【0027】
また、本実施形態においては、図示しないレーザ変位計あるいは荷重計等が設けられており、これによって復元バネ15の上下方向変位あるいは荷重が検出される。さらに、復元バネ15には、舟体11の上下方向加速度を検出する図示しない加速度センサが設けられている。
【0028】
次に、パンタグラフに作用する力の釣り合いを示す接触力測定モデルについて、図2を参照して説明する。
図2に示すように、トロリ線から舟体11に作用する接触力をF、舟体11を上方に向かって押し上げる力である内力をF、舟体11に作用する鉛直方向の慣性力をFine、舟体11に作用する揚力をFL1とすると、舟体11に関する力の釣り合いから、下記(6)式が成立する。
【数6】

したがって、接触力Fを算出するには、内力Fと舟体11の慣性力Fineと舟体11の揚力FL1との和を求めればよい。
【0029】
また、枠体12に関する力の釣り合いから、上記内力Fは、静押上力をF、枠体の揚力FL2とすると、下記(7)式で表すことができる。
【数7】

なお、内力Fは復元バネ(第1バネ要素)15の復元力と等しく、静押上力Fは車両停止時において枠体12が舟体11を押し上げる力、即ち、主バネの復元力と等しい。
【0030】
以上を踏まえ、図3を参照して本実施形態のパンタグラフの接触力算出方法について説明する。図3は実施形態のパンタグラフの接触力算出方法を示すフローチャートである。以下、ステップ毎に順を追って説明する。
【0031】
(ステップS1:舟体の速度-揚力特性取得)
風洞実験又は現車による揚力測定試験により、舟体11の周りの流速(速度)と舟体11に作用する揚力を測定し、これに基づいて舟体11の速度-揚力特性(図4参照)を求める。
【0032】
(ステップS2:枠体の速度-揚力特性取得)
風洞実験又は現車による揚力測定試験により、枠体12の周りの流速(速度)と枠体12に作用する揚力を測定し、これに基づいて枠体12の速度-揚力特性(図4参照)を求める。
【0033】
ここで、図4に速度-揚力特性の一例を示す。ここでは、舟体11は速度が上昇するほどプラスの揚力(上方向への揚力)が大きくなり、枠体12は速度が上昇するほどマイナスの揚力(下方向への揚力)が大きくなるものとする。また、パンタグラフ10に作用する全体揚力は舟体11の揚力と枠体12の揚力との和で決定される。
なお、上記舟体11及び枠体12の速度-揚力特性はあくまで一例であり、場合によっては、枠体12についても、舟体11と同様に、速度が上昇するほどプラスの揚力(上方向への揚力)が大きくなる。
【0034】
(ステップS3:車両速度vの検出)
車両が走行区間を走行する際の車両速度vを全走行区間にわたって検出する。この車両速度v0は、実際に車両が走行した際のランカーブから検出してもよいし、速度信号から検出してもよい。
【0035】
(ステップS4:内力Fの検出)
車両が走行区間を走行する際の内力Fを全走行区間にわたって検出する。この内力Fは、復元バネ(第1バネ要素)15の復元力と等しいため、該復元力を測定することにより内力Fbが検出される。
具体的には、上記レーザ変位計を用いた場合には、復元バネ15の上下方向変位を全走行区間にわって検出し、復元バネ15の収縮量を求める。そして、この収縮量と復元バネ15のバネ定数とに基づいて全走行区間にわたっての内力Fが求められる。また、上記荷重計を用いた場合には、復元バネ15の荷重を走行区間にわたって測定することで、直接的に内力Fbを検出することができる。
【0036】
(ステップS5:舟体加速度の検出)
車両が走行区間を走行する際の舟体11の上下方向加速度を全走行区間にわたって検出する。具体的には、復元バネ15に設けられた上記加速度センサによって当該舟体11の上下方向加速度を検出する。
【0037】
上記ステップS3〜S5は、車両を実際に全走行区間を走行させて各値を検出することにより同時に行なわれる。なお、この際に、走行区間における明かり区間、トンネル区間の別を検出してもよい。また、この明かり区間、トンネル区間の別は、明かり/トンネル信号から取得してもよい。
【0038】
(ステップS6:枠体揚力の理論値FL2cの算出)
ステップS2で取得した枠体12の速度‐揚力特性と、ステップS3で検出した車両速度vとから全走行区間にわたっての枠体12の揚力の理論値FL2cを算出する。枠体12の正確な揚力を得るにはパンタグラフ10周りの流速vを速度-揚力特性に当てはめて算出する必要があるが、ここでは、車両流速vとパンタグラフ10周りの流速vとが等しいと仮定して、車両流速vを速度-揚力特性に当てはめて枠体12の揚力の理論値FL2cを算出している。したがって、算出された枠体12の揚力の理論値FL2cは、パンタグラフ周りの流速変動を無視した値となる。
【0039】
(ステップS7:枠体揚力の実測値FL2rの抽出)
ステップS4で検出した内力Fから枠体12の揚力の実測値FL2rを抽出する。
ここで上記(7)式に示したように、内力Fは静押上力Fと枠体12の揚力FL2との和として表すことができる。さらに、上述のように静押上力Fは、主バネ(第2バネ要素)の車両停止時における復元力に等しい。
したがって、主バネの復元力を検出し、上記内力Fから減算することで、枠体12の揚力の実測値FL2rを得ることができる。
さらに、この枠体12の揚力の実測値FL2rには、車両走行時の高周波のノイズが含まれているため、0.2Hzローパスフィルタ処理を施すことにより、ノイズを除去する。これにより、枠体12の揚力の実測値FL2rが精度高く抽出される。
【0040】
(ステップS8:揚力比Cの算出)
ステップS6で算出した枠体12の揚力の理論値FL2cとステップS7で算出した枠体12の揚力の実測値FL2rとから揚力比Cを算出する。
この揚力比Cは、下記(8)式で定義される。
【数8】

即ち、揚力比Cは、枠体12の揚力の理論値FL2cを基準とした実測値FL2rの比を表している。
【0041】
ここで、走行区間にわたって検出した車両速度v、明かり/トンネル区間の別、枠体12の揚力の理論値FL2r及び実測値FL2c、揚力比Cの波形を図5に示す。図5における横軸はキロ呈を示している。この図5から、トンネル区間でのみ揚力比Cが増大していることがわかる。この理由を以下説明する。
揚力が速度(流速)の2乗に比例する特性を考慮すると、枠体の揚力の実測値FL2r及び理論値FL2cは、下記(9),(10)式で表される。
【数9】

【数10】

は枠体の揚力係数、vはパンタグラフ周りの流速、vは車両速度である。
上記(9),(10)式から、車両速度vがパンタグラフ周りの流速vと等しいと近似できる明かり区間においては、枠体12の揚力の実測値FL2rと理論値FL2cとが等しくなる。また、トンネル区間においては、一般に車両速度v0よりもパンタグラフ周りの流速vpが大きくなるため、枠体12の揚力の実測値FL2rの方が理論値FL2cよりも大きくなる。
したがって、これら枠体12の揚力の実測値FL2r及び理論値FL2cの比である上記揚力比Cは、図5に示すように、明かり区間では流速変動が起こらないためおよそ1の値を示し、トンネル区間では流速変動の影響を受けて1よりも大きな値を示すことになるのである。
【0042】
(ステップS9:パンタグラフ周りの流速vの算出)
ステップ3で取得した車両速度vと、ステップS8で算出した揚力比Cとからパンタグラフ周りの流速vを算出する。この流速vの算出は、下記(11)式に基づいて行なわれる。
【数11】

この(11)式は、揚力比Cを算出する(8)式に、枠体12の揚力の実測値FL2r及び理論値FL2cを算出する上記(9),(10)式を代入して整理したものである。上記(11)式から、走行区間にわたった車両速度v(流速変動を無視したパンタグラフ周りの流速v)に揚力比Cの平方根を乗算することで、流速変動の影響を含んだ実際のパンタグラフ周りの流速vを求めることができる。
【0043】
(ステップS10:舟体の揚力FL1の算出)
ステップ1で取得した舟体11の速度‐揚力特性と、ステップS9で算出したパンタグラフ周りの流速vとから、全走行区間にわたっての舟体11の揚力FL1を算出する。
ステップS9で算出したパンタグラフ周りの流速vはトンネル内における変動分を含んでいるため、当該流速vを舟体11の速度-揚力特性に当てはめて舟体11の揚力の値を算出することで、流速変動の影響を考慮した舟体11の揚力FL1を算出することができる。
【0044】
(ステップS11:舟体の慣性力Fineの算出)
ステップS5で検出した舟体11の上下方向加速度に基づいて舟体11の慣性力Fineを算出する。この慣性力Fineの算出は、舟体11の上下方向加速度と等価質量とから求められる。
【0045】
(ステップS12:内力、舟体の慣性力及び舟体の揚力の加算による接触力の算出)
上記(6)式に基づいて、ステップS4で検出した内力Fと、ステップS11で算出した舟体11の慣性力Fineと、ステップS10で算出した舟体11の揚力FL1を合算することによりパンタグラフ1の接触力Fを算出する。
【0046】
次に、上述した本実施形態のパンタグラフの接触力算出方法の効果を、以下説明する比較例と対比して説明する。
【0047】
図6は比較例のパンタグラフの接触力算出方法を示すフローチャートである。以下、ステップ毎に順を追って説明する。
【0048】
(ステップS101:舟体の速度-揚力特性取得)
風洞実験又は現車による揚力測定試験により、舟体11の周りの流速(速度)vと舟体に作用する揚力を測定し、これに基づいて舟体11の速度-揚力特性(図4参照)を求める。なお、実施形態と違い、枠体12の速度-揚力特性は取得しない。
【0049】
(ステップS102車両速度vの検出)
車両が走行区間を走行する際の車両速度vを全走行区間にわたって検出する。
(ステップS103:内力Fの検出)
車両が走行区間を走行する際の内力Fを全走行区間にわたって検出する。
(ステップS104:舟体加速度の検出)
車両が走行区間を走行する際の舟体11の上下方向加速度を全走行区間にわたって検出する。
【0050】
(ステップS105:舟体の揚力FL1の算出)
ステップ101で取得した舟体11の速度‐揚力特性と、ステップS102で検出した車両速度vとから、舟体11の揚力FL1を算出する。
この比較例では、車両流速vとパンタグラフ10周りの流速vとが等しいと仮定して、車両流速vを速度-揚力特性に当てはめて枠体12の揚力値を算出している。したがって、算出された枠体12の揚力値FL1は、パンタグラフ周りの流速変動を無視した値となる。
【0051】
(ステップS106:舟体の慣性力Fineの算出)
ステップS5で検出した舟体11の上下方向加速度に基づいて舟体11の慣性力Fineを算出する。
(ステップS107:内力と舟体の慣性力及び揚力との加算による接触力の算出)
上記(6)式に基づいて、ステップS4で検出した内力Fbと、ステップS11で算出した舟体11の慣性力Fineと、ステップS10で算出した舟体11の揚力FL1を合算することによりパンタグラフ1の接触力Fを算出する。
【0052】
このような比較例及び上述した実施形態のパンタグラフ10の接触力算出方法により算出したパンタグラフ10の接触力の波形について図7を参照して説明する。
図7は明かり区間及びトンネル区間を含む走行区間における接触力Fの波形を示す図である。この図7において、(A)は比較例の接触力算出方法により得られた接触力の波形であり、上段はフィルタ処理後の波形、下段はフィルタ処理前の生波形である。また、(A)は実施形態の接触力算出方法により得られた接触力Fの波形であり、上段はフィルタ処理後の波形、下段はフィルタ処理前の生波形である。なお、図7の横軸はキロ呈を示している。
【0053】
比較例の波形(A)においては、トンネル区間における接触力Fが低下している。これは、車両速度vをパンタグラフ周りの流速vと等しいと仮定して当該流速vの変動を無視した結果、トンネル区間の舟体11の揚力を一定としたにもかかわらず、パンタグラフ周りの流速vが増加して枠体12の揚力がマイナスに増加したことに基づく。
したがって、比較例では舟体11の揚力を正しく算出することができないため、トンネル区間においてパンタグラフ1に作用する接触力Fに誤差が生じてしまう。
【0054】
これに対して、本実施形態の波形(B)においては、トンネル区間における接触力が増加している。これは、トンネル区間においてパンタグラフ周りの流速vpが増加することを考慮して舟体11の揚力FL1を算出したため、流速vの増加分、舟体11の揚力FL1も増加したことに基づく。よって、本実施形態では、流速変動を考慮して舟体11の揚力を算出しているため、トンネル区間における接触力を精度高く算出することができる。
【0055】
以上のように、本実施形態においては、流速変動を無視して車両速度vをパンタグラフ周りの流速vとして舟体11の揚力FL1を算出するのではなく、枠体12の揚力の実測値FL2rに基づいて流速変動を踏まえたパンタグラフ周りの流速vを推測し、当該流速vを用いて舟体11の揚力FL1を算出しているため、該舟体11の揚力FL1を精度高く得ることが可能となるのである。
【0056】
即ち、本実施形態においては、枠体12及び舟体11の揚力がともにパンタグラフ周りの流速vに支配されるのに着目して、実測の容易な枠体12の揚力FL2rから上パンタグラフ周りの流速vを算出し、当該流速vを舟体12の速度-揚力特性に適用することで精度の高い舟体11の揚力を得ることができるのである。
【0057】
なお、パンタグラフ周りの流速vを車両速度vと近似可能な明かり区間においては、上記揚力比Cの値は約1になるため、当該揚力比Cと車両速度vとを用いて(11)式から求めたパンタグラフ周りの流速vにより舟体11の揚力FL1を計算しても、車両速度vを用いて舟体11の揚力FL1を計算した結果とほぼ等しくなる。したがって、本実施形態の接触力算出方法を使用することにより、明かり区間とトンネル区間とが混在する全走行区間においてパンタグラフ10の接触力を精度高く算出することができる。
【0058】
以上、本発明のパンタグラフの接触力算出方法の実施形態について詳細に説明したが、本発明の技術的思想を逸脱しない限り、これらに限定されることはなく、多少の設計変更等も可能である。
【0059】
例えば、本実施形態の変形例として、図8のフローチャートを示すようなパンタグラフの接触力算出方法であってもよい。この変形例においては、明かり区間、トンネル区間の別によって舟体11の揚力FL1の算出方法を変更している。以下、ステップ毎に順を追って説明する。
【0060】
(ステップS21:舟体の速度-揚力特性取得)
風洞実験又は現車による揚力測定試験により、舟体11の周りの流速(速度)と舟体11に作用する揚力を測定し、これに基づいて舟体11の速度-揚力特性(図4参照)を求める。
(ステップS22:枠体の速度-揚力特性取得)
風洞実験又は現車による揚力測定試験により、枠体12の周りの流速(速度)と枠体12に作用する揚力を測定し、これに基づいて枠体12の速度-揚力特性(図4参照)を求める。
【0061】
(ステップS23:車両速度vの検出)
車両が走行区間を走行する際の車両速度vを全走行区間にわたって検出する。
(ステップS24:内力Fの検出)
車両が走行区間を走行する際の内力Fを全走行区間にわたって検出する。
(ステップS25:舟体加速度の検出)
車両が走行区間を走行する際の舟体11の上下方向加速度を全走行区間にわたって検出する 。
【0062】
(ステップS26:枠体揚力の理論値FL2cの算出)
ステップS22で取得した枠体12の速度‐揚力特性と、ステップS23で検出した車両速度vとから全走行区間にわたっての枠体12の揚力の理論値FL2cを算出する。
(ステップS27:枠体揚力の実測値FL2rの抽出)
ステップS24で検出した内力Fbから枠体12の揚力の実測値FL2rを抽出する。
【0063】
(ステップS28:トンネル区間か否かの判別)
トンネル区間か明かり区間かを判別する。この判別は、走行区間を車両が走行した際に検出したトンネル区間、明かり区間の別に基づいて行なってもよいし、明かり/トンネル信号から判別してもよい。
そして、明かり区間である場合にはステップS29に進み、トンネル区間である場合にはステップS30に進む。
【0064】
(ステップS29:パンタグラフ周りの流速v=vと決定)
明かり区間の場合、パンタグラフ周りの流速vとして、車両速度vを採用する。
明かり区間においては、車両速度vをパンタグラフ周りの流速vと近似可能であるため、舟体11の揚力FL1を算出するためのパラメータとして車両速度vを使用しても舟体の揚力FL1を制度高く算出できる。
【0065】
(ステップS30:揚力比算出)
トンネル区間の場合、ステップS6で算出した枠体12の揚力の理論値FL2cとステップS7で算出した枠体12の揚力の実測値FL2rとから揚力比Cを算出する。
(ステップS31:パンタグラフ周りの流速vの算出)
ステップ23で取得した車両速度vと、ステップS30で算出した揚力比Cとからパンタグラフ周りの流速vを算出する。具体的には、実施形態で説明したように、上記(11)式を用いて算出する。
トンネル区間においては、車両速度vとパンタグラフ周りの流速vが異なるため、車両速度vを直接的に用いて舟体11の揚力FL1を算出することはできない。よって、実施形態と同様に、舟体11の揚力FL1を算出するためのパラメータとして、トンネル内での変動を踏まえた流速vを用いる。
【0066】
(ステップS32:舟体の揚力FL1の算出)
明かり区間の場合、ステップ21で取得した舟体11の速度‐揚力特性と、ステップS29で決定したパンタグラフ周りの流速v(=v)から、全走行区間にわたっての舟体11の揚力FL1を算出する。
トンネル区間の場合、ステップ21で取得した舟体11の速度‐揚力特性と、ステップS31で算出した変動を踏まえたパンタグラフ周りの流速vから、全走行区間にわたっての舟体11の揚力FL1を算出する。
【0067】
(ステップS33:舟体の慣性力Fineの算出)
ステップS25で検出した舟体11の上下方向加速度に基づいて、舟体11の慣性力Fineを算出する。
【0068】
(ステップS34:内力と舟体の慣性力及び揚力との加算による接触力の算出)
上記(6)式に基づいて、ステップS24で検出した内力Fと、ステップS33で算出した舟体1の慣性力Fineと、ステップS32で算出した舟体11の揚力FL1を合算することによりパンタグラフ1の接触力Fを算出する。
【0069】
以上のように、変形例のパンタグラフの接触力算出方法においても、明かり区間とトンネル区間とにおいて舟体11の揚力FL1の算出手法を切り変えることで、明かり区間とトンネル区間とが混在する全走行区間の接触力Fを算出することができる。
【符号の説明】
【0070】
1 車体
10 パンタグラフ
11 舟体
12 枠体
13 台枠
14 支持碍子
15 復元バネ(第1バネ要素)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トロリ線に下方から接触する舟体と、該舟体を車体に対して昇降可能に支持する枠体と、該枠体に対して前記舟体を上方に付勢する第1バネ要素と、前記車体に対して前記枠体を上方に付勢する第2バネ要素とを備えるパンタグラフにおいて、前記トロリ線に対する前記舟体の接触力を算出するパンタグラフの接触力算出方法であって、
走行区間における車両速度、前記第1バネ要素の復元力及び前記舟体の慣性力を検出する工程と、
前記車両速度と予め取得した前記枠体の速度-揚力特性から前記枠体の揚力の理論値を算出する工程と、
前記第1バネ要素の復元力から前記枠体の揚力の実測値を抽出する工程と、
前記枠体の揚力の実測値と前記枠体の揚力の理論値との比である揚力比を算出する工程と、
該揚力比の平方根を前記車両速度に乗算して前記パンタグラフ周りの流速を算出する工程と、
該流速と予め取得した前記舟体の速度‐揚力特性とから前記舟体の揚力を算出する工程と、
該舟体の揚力、前記舟体の慣性力及び前記第1バネ要素の復元力を加算することにより前記舟体の接触力を算出することを特徴とするパンタグラフの接触力算出方法。
【請求項2】
前記枠体の揚力の実測値を、前記第1バネ要素の復元力から前記第2バネ要素の復元力を減算した後に高周波ノイズを除去することで抽出することを特徴とする請求項1に記載のパンタグラフの接触力算出方法。
【請求項3】
前記走行区間のうち明かり区間においては、前記車両速度と前記舟体の速度‐揚力特性とから前記舟体の揚力を算出し、
トンネル区間においては、算出した前記パンタグラフ周りの流速と前記舟体の速度‐揚力特性とから前記舟体の揚力を算出することを特徴とする請求項1又は2に記載のパンタグラフの接触力算出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−288353(P2010−288353A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−139505(P2009−139505)
【出願日】平成21年6月10日(2009.6.10)
【出願人】(000173784)財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【Fターム(参考)】