説明

フェライト系球状黒鉛鋳鉄およびこれを用いた自動車の排気系部品

【課題】 熱疲労特性に優れたフェライト系球状黒鉛鋳鉄およびこれを用いた自動車の排気系部品を提供することを目的とする。
【解決手段】 質量%で、Cを3.0〜3.6%、Siを4.0〜4.4%、Moを0.3〜0.7%、Vを0.2〜0.5%、Taを0.08〜0.66%を含有し、残部がFeと不可避不純物からなるフェライト系球状黒鉛鋳鉄を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系球状黒鉛鋳鉄、およびこれを用いた自動車の排気系部品に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、自動車用エンジンのダウンサイジングが進み、より小さな排気量でより高いパフォーマンスを引き出すエンジンの開発が主流となっている。例えば、直噴ターボ仕様の小型車用エンジンなどで、1.4リッターの排気量で2リッタークラスの出力を得ているものもある。このような小型化および高出力化が進んだエンジンでは、通常、排気ガス温度は900℃を超える。
【0003】
高温の排気ガスに耐える汎用のエキゾーストマニホールド用の材料としては、オーステナイト系球状黒鉛鋳鉄(例えば、ニレジスト)や耐熱鋳鋼が存在する(例えば、特許文献1および特許文献2)。しかし、これらは高価なニッケルやクロム、ニオブ、コバルト等を多量に含むために極めて高価であり、低価格な車の市場提供を目的とする軽四輪車や小型車などでは適用が難しかった。また、特許文献1のオーステナイト系鋳鉄は、800℃を超える高温域でオーステナイト特有の高い線膨張係数を示すという問題があり、特許文献2の耐熱鋳鋼は、フェライト系鋳鋼特有の低・中温脆性があるため、高温での溶体化処理や焼き戻し処理が必要であるという問題があった。
【0004】
一方、一部のターボ仕様の小型車などでは、耐熱鋼板や耐熱鋼管をプレス加工した後、溶接によって成形する二重管構造の板金エキゾーストマニホールドなどが採用されてきた。しかし、排気ガス浄化性能を高めるため、触媒を内蔵した重量物のキャタリストケースをエキゾーストマニホールドの極力近くに配置させる必要があることや、エキゾーストマニホールドとキャタリストケースとの間に重量物のターボユニットを締結させなければならない等、レイアウト上の制約がある。よって、形状自由度が高く、剛性設計が容易な鋳造製のエキゾーストマニホールドがいまだ多く使用されている。
【0005】
特許文献3に示されるフェライト系球状黒鉛鋳鉄(以下、従来材という)は、価格的に安価であり、排気ガス温度が比較的高いターボ仕様の軽四輪車用のエキゾーストマニホールド(通称:エキマニ)に広く使用されてきた。しかし、従来材を用いた場合でも、900℃を超える過酷な排気ガス温度領域では、エキゾーストマニホールドが熱疲労により破損する可能性があった。
【0006】
従来材を用いた場合、熱疲労によるエキゾーストマニホールドの破損を防止するためには、部品肉厚を厚くする必要があり、部品重量の増加が不可避であった。エキゾーストマニホールドの重量増加は、熱容量の増加を導き、コールドスタート時に触媒活性の発現が遅れることで排気ガス浄化効率の低下を招いていた。また、エキゾーストマニホールドの振動を抑えるためのスティフナーの剛性を高めなければならず、燃費向上を図る上でもマイナス要因となっていた。
【0007】
以上のような背景から、自由膨張・収縮が拘束される条件下で、高い排気ガス温度域でも使用できるエキゾーストマニホールド材料を低コストで得るために、従来材の耐熱性および熱疲労寿命をさらに向上させることが望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−119793号公報
【特許文献2】特開2002−317252号公報
【特許文献3】特許第3936849号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、熱疲労特性に優れたフェライト系球状黒鉛鋳鉄およびこれを用いた自動車の排気系部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものである。すなわち、本発明は、一側面によれば、フェライト系球状黒鉛鋳鉄であって、質量%で、Cを3.0〜3.6%、Siを4.0〜4.4%、Moを0.3〜0.7%、Vを0.2〜0.5%、Taを0.08〜0.66%を含有し、残部がFeと不可避不純物からなる。
【0011】
本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、その一形態において、Taを0.08〜0.43%含有することが好適である。
【0012】
本発明は、別の側面で、上記フェライト系球状黒鉛鋳鉄を用いて製造される自動車の排気系部品である。前記排気系部品は、エキゾーストマニホールド、タービンハウジング、ターボハウジング、ターボハウジングアウトレットパイプ、又はターボハウジング一体型エキゾーストマニホールドであることが好適である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、熱疲労特性に優れたフェライト系球状黒鉛鋳鉄およびこれを用いた自動車の排気系部品が提供される。本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、耐熱疲労性が大幅に向上しているため、高温の排気ガスに晒され、他の部品との締結により運転時の自由膨張・収縮が拘束される自動車の排気系部品、特にエキゾーストマニホールドの耐久性・信頼性を高めることができる。よって、本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、熱負荷の高いガソリンエンジン用エキゾーストマニホールドはもとより、使用期間が長く長距離走行が用いられるディーゼルエンジン用エキゾーストマニホールドにも有効活用できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】エキゾーストマニホールドの形状の一例と、その周辺部品との連結を説明する図である。
【図2】供試材作製用のYブロックを示す図である。
【図3】熱履歴の条件を示す図である。
【図4】従来材に認められる析出物のTEM明視野像を示す図である。
【図5】実施材2に認められる析出物のTEM明視野像を示す図である。
【図6】析出物の粒子径の分布図を示す図である。
【図7】熱疲労試験に用いた試験片の形状を示す図である。
【図8】熱疲労試験条件を示す図である。
【図9】熱疲労サイクルによる最大応力の変化を示す図である。
【図10】熱疲労試験の1サイクル目と1000サイクル目での機械ひずみと応力の関係を示す図である。
【図11】従来材と実施材2の熱疲労サイクルによる最大応力の変化を示す図である。
【図12】引張特性の試験に用いた試験片の形状を示す図である。
【図13】Ta添加量と室温伸びとの関係を示す図である。
【図14】Ta添加量と800℃での引張特性との関係を示す図である。
【図15】熱疲労試験に用いた試験片の形状を示す図である。
【図16】熱疲労試験の熱サイクル条件を示す図である。
【図17】熱疲労試験における破断位置を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄について、さらに詳細に説明する。図1に、本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄を好適に採用することのできるエキゾーストマニホールドおよびその周辺の機械的構成について、その一実施の形態を示す。図1に示されるように、通常、エキゾーストマニホールド11の一方には、ターボフランジ12が形成されており、ターボガスケット15を介してターボチャージャ締結ボルト13によりターボユニット(図示を省略)へ連結される。また、エキゾーストマニホールド11の他方には、シリンダヘッドフランジ14が形成されており、シリンダヘッドガスケット17を介してシリンダヘッド側に組み込まれているスタットボルト18と締結ナット19の他、締結ボルト22によりシリンダヘッドと連結される。なお、スティフナー20は、エキゾーストマニホールド11の振動を抑えるための部材である。
【0016】
通常、このようなエキゾーストマニホールド11では、加熱・冷却に伴う自由膨張と収縮が拘束されることによって、複数の起点をもって亀裂が発生・進展する熱疲労が起こりやすい。よって、熱疲労特性を改善するためには、低中温域(室温〜約400℃)での延性を確保しつつ、高温強度、特に高温耐力を改善することが有効である。ここで、従来材は、Mn、Moなどの固溶強化とV添加による硬質VC系炭化物の析出強化を併用することで優れた耐熱性を付与した低合金鋳鉄である。本発明者は、析出強化理論より、第2の元素を添加した新たな組成とすることによってVC系炭化物より高温で安定な析出物を基地内に均一分散・析出させ、材料の高温強度を改善することが、上記課題を解決する上で重要であると考えた。そして、高温で安定な析出物として、MX型析出物(Mは金属元素、XはCおよびN)による析出強化が有効であると考えた。
【0017】
特許文献2では、100〜2000ppmの窒素を固溶させた炭窒化物または窒化物のMX型析出粒子を活用して高温クリープ特性を高めている。しかし、特許文献2に記載される提案は、炭素含有量が0.01質量%以下であり、基地が十分な延性を有する鋳鋼には有効であるものの、炭素を3.0質量%以上含有する鋳鉄には適用することはできない。特許文献2の提案を鋳鉄に適用すれば、著しく炭化物を生成させ、低中温域において顕著な脆化が生じてしまい、エキゾーストマニホールドに要求される特性を満足することができないためである。
【0018】
本発明者は、鋭意検討した結果、第2の元素としてタンタル(Ta)を添加することにより、本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄を開発するに至った。すなわち、本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、質量%で、Cを3.0〜3.6%、Siを4.0〜4.4%、Moを0.3〜0.7%、Vを0.2〜0.5%、Taを0.08〜0.66%を含有し、残部がFeと不可避不純物からなる。不可避不純物は、Mnが0.35%以下、Cuが0.3%以下、Snが0.03%以下、Sが0.02%以下、Crが0.2%以下であることが好ましい。Pは好ましくは0.1%以下であり、より好ましくは0.03〜0.06%である。上記組成とすることにより、VC系炭化物粒子よりも高温で安定なMX型析出物を基地内に析出させることができ、耐熱疲労性を大幅に向上させることができる。なお、Si含有量の高いフェライト系球状黒鉛鋳鉄や耐熱鋳鋼において、Taの添加による熱疲労特性の改善効果を見出したという報告はこれまでになされていない。
【0019】
本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄の上記組成について、構成元素の観点から、さらに詳細に説明する。なお、以下の記載において、%は全て「質量%」を意味するものとする。
【0020】
[ケイ素]本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、Siを4.0〜4.4%含有する。Siは、フェライト系球状黒鉛鋳鉄の共析変態温度を高め、耐酸化性を高める上で重要な元素である。しかし、Siは、延性を低下させる性質も有する。Siの含有量を4.0〜4.4%とすることにより、延性の低下を抑えつつ、共析変態温度を高めることができる。
【0021】
[炭素]Cの含有量は、3.0〜3.6%とする。Siの含有量が4.0〜4.4%の範囲であるため、Cの含有量が3.0%未満であると、炭素当量が共晶組成(4.3)近くまで低下してしまうため、最終凝固部に共晶凝固特有の粗大な空隙(引け巣)を発生させたり、過冷によるチルが生じやすい場合がある。さらに、黒鉛球状化率が低下しやすいため、部品性能が著しく損なわれる場合がある。Cの含有量が3.6%を超えると、炭素当量が5.0を超える場合があり、カーボンドロスやチャンキー黒鉛、爆発状黒鉛などを晶出させて機械的性質を劣化させる場合がある。ここで、炭素当量とは、全C含有量+(Si含有量+P含有量)/3で表わされる。炭素当量を4.3〜5.0の範囲にすることにより、鋳鉄の凝固において安定した形状・サイズの初晶黒鉛を液相から排出できる効果がある。
【0022】
[モリブデン]Moは、高温での機械的性質、特に耐力を向上させる作用がある。本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、Moを0.3〜0.7%含有する。Moはフェライトを固溶強化する元素であるが、その含有量が0.3%未満であると、その添加効果が小さい場合があり、0.7%を超えると、室温時の硬度が上昇し、伸びを低下させる。特に、Moの含有量が1.0%を超えると、球状黒鉛鋳鉄のパーライト率が増大し、硬度の上昇と著しい伸びの低下が引き起こされる場合がある。球状黒鉛鋳鉄における基地パーライトは、高温に加熱されると分解し黒鉛成長の要因となる。よって、パーライト面積率の高い球状黒鉛鋳鉄を、自動車の排気系部品に用いた場合、エンジン稼働時の高温加熱によって排気系部品の永久膨張(成長現象)を招き、変形や破損を起こすおそれがある。
【0023】
[バナジウム]Vは、鋳造凝固時の冷却過程で微細なVC系炭化物を基地内に析出させ、機械的強度を向上させるという作用がある。本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄のVの含有量は、0.2〜0.5%である。Vの含有量を0.2〜0.5%の範囲とすることにより、高温強度の確保と低中温域でも延性が確保できるという効果がある。Vの含有量が0.2%未満であると、VC系炭化物による析出強化作用が低下し、0.5%を超えると、延性低下と硬さ上昇により切削性が劣化する場合がある。
【0024】
[タンタル]Taは、黒鉛球状化阻害作用を示す元素であるという理由から、これまで鋳鉄には配合されてこなかった((株)アグネ発行「球状黒鉛鋳鉄」、180頁参照)。本発明者は、敢えてTaをフェライト系球状黒鉛鋳鉄に添加することにより、微細粒子がフェライト粒内や粒界に析出することを見出し、さらに、この基地フェライト内部に析出する微細粒子の形態(サイズ、形状)が、従来材のVC系炭化物粒子と比べて長時間の高温保持後も極めて安定であることを見出した。この基地フェライト内部に析出する微細粒子は、さらなる分析によりMX型析出物(MはTa、V)(XはC、N)であることが判明した。本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、0.08〜0.66%、好ましくは0.08〜0.60、より好ましくは0.08〜0.43%含有する。Taの含有量をこの範囲とすることにより、エキゾーストマニホールドの実用温度上限域(850〜900℃)の高温での機械強度(特に、耐力)が高まり、耐熱変形性が向上する。Taの含有量が0.08%未満であると、その添加効果が小さい場合がある。一方、Taの含有量が0.66%を超えると、室温での延性低下に加え、硬さが上昇して切削性に支障をきたす場合がある。Taの含有量を0.60%以下、好ましくは0.43%以下とすることにより、製造時の欠けや割れを抑制できる延性を確保することができ、実用上、切削性が確保できる。
【0025】
不可避不純物は、Mnが0.35%以下、Cuが0.3%以下、Snが0.03%以下、Crが0.02%以下であることが好ましい。これらの元素は、基地パーライトの面積率を高めて延性を低下させる場合があるためである。黒鉛成長を抑制する上でも上記の範囲内で抑制することが好ましい。また、好ましくは、Sの含有量は0.02%以下である。Sは典型的な黒鉛球状化の阻害化元素であるためである。Pの含有量は、好ましくは0.1%以下である。Pの含有量が0.1%を超えると、低融点(=955℃)で硬質のFePが粒界に多く晶出するようになり、室温での著しい脆化や高温強度の劣化を招く場合がある。また、鋳造性やフェライト特有の中温脆性抑制を考慮すると、Pの含有量は0.03〜0.06%とすることがより好ましい。
【0026】
さらに、本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、窒素を70〜200ppm、好ましくは100〜200ppm含有する。窒素は、MX型析出物(MはTa、V)(XはC、N)の生成に必要な元素である。窒素は、材料溶解時に添加する加炭剤などが供給源であり、鋳鉄では不可避的に混入する。通常、溶湯中に窒素は70〜100ppm固溶しているため、これがMX型析出粒子の生成に寄与し得る。MX型析出粒子の析出数ないし面積率を高めることを目的に、加炭剤を窒素含有量が高いものに代え、最大200ppm程度まで窒素を溶湯中へ固溶させてもよい。200ppmを超えると製品にピンホールなどのガス欠陥が多く発生しやすくなる場合がある。
【0027】
本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、従来の方法に従って鋳造することができる。例えば、置き注ぎ法、インモールド法、コンバータ法等がある。
【0028】
本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、組成の観点で以上のような向上が図られているため、800℃以上の高温強度(引張強さ、0.2%耐力)が向上し、室温から400℃域での延性が確保されている。従って、本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、熱疲労寿命が従来材と比較して著しく向上している。これは、従来材に認められるMnとMoの固溶強化に加えてさらに高温で安定なMX型析出物がフェライト粒内や粒界に析出し、さらなる強化に寄与しているためである。このMX型析出物の平均粒径は、例えば50〜280nmであり、エキゾーストマニホールドの実用温度上限域(850〜900℃)の高温に曝されても粒成長が起こり難い。
【0029】
本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、熱負荷が高く、高い耐熱疲労性が求められる自動車用排気系部品の材料として非常に有用であり、排気ガス温度が極めて高い直噴ターボ仕様の排気系部品にも適用することができる。自動車の排気系部品としては、例えば、エキゾーストマニホールド、タービンハウジング、ターボハウジング、ターボハウジングアウトレットパイプ、又はターボハウジング一体型エキゾーストマニホールドが挙げられる。自動車の排気系部品の他に、触媒を内蔵するキャタリストケース等の高温の排気ガスに曝される部品の材料としても有用である。
【0030】
本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、アルミ低圧鋳造用およびアルミ重力鋳造用の主型材、並びにアルミ低圧鋳造用のストーク、およびサブストークの材料としても有用である。これらの部材は、ある拘束状態で加熱・冷却が繰り返され、熱疲労による亀裂が問題になる箇所である。従来よりSKD61などの高価な熱間ダイス鋼が用いられてきたが、鋳造数が少ない場合は製品1個当りの金型償却費が高いという理由から、該フェライト系球状黒鉛鋳鉄を適用することにより大幅な費用削減が期待できる。これは、該フェライト系球状黒鉛鋳鉄が、フェライト系特有の低い熱膨張係数を有し、かつ適度な硬さおよび切削性を有するためである。
【0031】
さらに、本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄によれば、部品の肉薄化が可能となる。よって、例えば、エキゾーストマニホールドを肉薄化することにより、コールドスタート時の熱損失が少なく短時間で触媒が活性化するため、排ガス浄化性能が向上するという効果がある。また、該フェライト系球状黒鉛鋳鉄を排気系部品に用いた場合、ターボエンジン等の燃焼温度を上げることが可能となり、燃費が改善するという効果も奏する。
【0032】
本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、鋳造性が従来材とほぼ同等であるため、既存の鋳鉄生産ラインで生産対応することができ、設備投資を必要としない。また、従来の鋳造方案、条件等を適用できるため、量産立上げに時間とコストがかからないという効果もある。さらに、本発明に係るフェライト系球状黒鉛鋳鉄は、ニレジストや耐熱鋳鋼のように高価なニッケルやクロム、ニオブ等を多量に含む必要がないため、原材料コストが低く、加工コストも低い。従って、低価格な部品提供が可能となるという効果がある。また、鋳造材であるため、競合するパイプエキマニや板金エキマニに比べて形状の自由度が大きく設計が容易である。
【実施例1】
【0033】
以下、実施例および比較例によって、本発明をさらに具体的に説明する。本実施例では、以下の方針に基づいて各種実験を行った。
[1]高温で安定なMX型析出物形成のための第2添加元素の選定
[2]Taの最適組成範囲の選定
【0034】
[1]高温で安定なMX型析出物形成のための第2添加元素の選定
MX型析出物を形成させるため、従来材へ実用組成比レベルでTa、Re、Nbをそれぞれ単独で添加して供試材を作製し、各種添加合金の有意性について検討を行った。表1に、各供試材の成分組成を示す。
【表1】

【0035】
各供試材は、量産用の500kgの高周波誘導溶解炉を使用して製造した。元湯におけるSiの含有量は、目標値より低く設定し、接種、球状化剤の添加によって所定のSi組成になるよう調整した。球状化処理は置き注ぎ法を用い、球状化剤としてLCS(東洋電化)、カバー剤としてシリベスト(ニューアロイ)を使用した。注湯温度は、全て1400℃±20℃の範囲で統一し、Mo、Vの他、候補合金元素の添加および濃度調整は、炉中にて行った。また、使用した鋳型は生型であり、各供試材共、サンドメタル比を同一とした。注湯後、開枠までの時間は、全て3時間とした。評価用の供試材はJIS G5502に準拠したYブロックB号片の指定部位1より採取したものである(図2)。
【0036】
まず、透過電子顕微鏡(以下、TEM)(日立製作所製HF−2000、電解放射型透過電子顕微鏡(FE−TEM))によって従来材と実施材2の基地フェライト内部を観察した。分析には、鋳放し材の他に、図3に示す条件で800℃で50時間保持の熱履歴を与えた熱履歴材を用い、析出物の安定性を調べた。熱履歴は、Yブロックの指定部位1より採取した角棒に対し、電気式マッフル炉(アドバンテック社製)を用いて付与した。
【0037】
Yブロックの指定部位1より採取した角棒の中央から直径3mm、厚さ500μmの円柱を旋盤またはマイクロソーによって採取し、次いでこれを厚さ30〜50μmとなるように#1500のエメリー研磨紙を用いて両面を湿式研磨し、電解研磨により観察用の薄膜を作製した。電解薄膜化には、ツインジェット式の研磨機(ストラース社製、テヌポール5)を用いた。電解液としては、60%過塩素酸:酢酸:メタノール=1:2:8の割合で混合した溶液を用いた。電解条件は、243K、電圧15Vとした。作製した薄膜を、TEMにより観察し、明視野像を得た(図4、5)。図4は従来材の明視野像であり、(a)は鋳放し材、(b)は熱履歴材を表す。図5は実施材2の明視野像であり、(a)は鋳放し材、(b)は熱履歴材を表す。
【0038】
TEM明視野像より、画像解析ソフトウェア(Planetron(株)社製、Image−Pro Plus)を用いて、平均析出物径(=析出物の平均粒径)、数密度、析出物面積率を求め、比較を行った(表2)。なお、画像端部で視野外となった析出物は全て1/2個としてカウントし、単位面積当たりの析出物数の分布を求めた。さらに、TEM明視野像の解析により、析出物粒径の分布図を求めた(図6)。ここで、図6において、ひし形は鋳放し材(F)、白四角は熱履歴材(HT)を表す。図6において、(a)は従来材、(b)は実施材2を表す。
【表2】

【0039】
表2に示されるように、実施材2の鋳放し材および熱履歴材の平均析出物径は、55〜95nmの範囲に分散・析出していた。標準生成自由エネルギーから判断して、実施材2は炭素および窒素との親和力がVより更に強いTaを含有する成分組成であることから、実施材2で観察された析出物は典型的なMX型炭窒化物(MはTa、V)(XはC、N)である。これに対し、従来材に分散・析出していた析出物は、炭素と親和力の強いVを含むことから、VC系炭化物である。
【0040】
次に、従来材に対する各供試材の熱疲労寿命の優位性を探るため、以下の方法で試験を行った。熱疲労試験には、油圧サーボ型疲労試験機(島津製作所(株)社製EHF-EB5−10L型、容量49kN)、加熱冷却装置および高温変位計(共に(株)東京試験機社製)を用いた。熱疲労試験では、高周波コイルとエアーコンプレッサーを有する加熱冷却装置で試料に熱ひずみを発生させ、アクチュエーターで与えた機械ひずみを熱ひずみ波形に重畳させている。試験片に取り付けた高温変位計およびR熱電対式の温度計から、それぞれの測定値を取り込み、その値をフィードバックすることでひずみサイクルと温度サイクルを得た。熱疲労試験に用いた試験片の形状は、図7に示すように、標点間距離15mm、標点間部の直径10mmの丸棒型とした。この熱疲労試験で用いた熱疲労試験条件を、図8に示す。試験波形は、機械ひずみ範囲Δεm=0.19%、熱履歴を473−1073K、加熱・冷却時間をそれぞれ360秒、上下限での保持時間をそれぞれ180秒として、1080秒/サイクルの台形波とした。加熱時に圧縮、冷却時に引張方向の繰り返し負荷をひずみ制御により与えるout−of−phase型を用いた。サイクル数は1000回とした。熱疲労サイクルによる最大応力の変化を図9に示し、熱疲労試験1サイクル目と1000サイクル目の機械ひずみと応力との関係を図10に示す。図11には、熱疲労サイクルによる最大応力の変化を、従来材と実施材2について示す。
【0041】
以上の実験結果から、以下のことが明らかとなった。
(1)実施材2および従来材の鋳放し材(F)および熱履歴材(HT)をTEM観察した結果(図4〜6)、実施材2は、従来材と比べて析出物の粒成長が起こり難く、高温でも安定であることが見出された。また、平均析出物径の変化を比較すると、従来材では、熱履歴を付与後は析出物が約4.0倍も粗大化するのに対し、実施材2では、僅か1.7倍程度粗大化しただけであった(表2)。よって、実施材2の析出物が800℃の高温で安定であり、粗大化しにくいことが判明した。
(2)表1の各供試材の熱疲労試験によると、1000サイクルまでの試験サイクル経過に伴う最大応力の低下の度合いは、実施材2が最も緩やかであり、かつ小さかった(図9)。さらに、1サイクル目から1000サイクル目の応力の低下を比較すると、従来材では大幅に低下していたのに対し(図10の矢印Q)、実施材2では低下の度合いが小さかった(図10の矢印P)。これは、実施材2のTa添加により生じたMX型析出物が高温でも極めて安定であることを裏付けるものである。
(3)熱疲労試験サイクルの経過に伴う最大応力の変化を見ると、比較材2は400サイクル以降、急激に最大応力が低下し750サイクル付近でほぼ破断が確認された (図9の白三角) 。比較材2の結果から、特許文献2のようにMX型析出物の形成のためにNbをフェライト系球状黒鉛鋳鉄に添加しても、熱疲労特性の改善には効果がないことが判明した。同じく、比較材1も400サイクル以降は最大応力の急激な低下が認められ、1000サイクル時には1サイクル目の最大応力に対し33%以上も低下した(図9の黒三角)。よって、Taの添加によって形成されるMX型析出物は、NbやReの添加によって形成されるMX型析出物と比較して、高温時の粒子安定性が高いという性質をもつことが示唆された。
(4)熱疲労試験1サイクル目に生じる初期最大応力に対し、25%の低下が観察された時を破断時とみなし、従来材と実施材2との破断までの熱疲労寿命を比較すると、従来材は約260サイクルで破断したのに対し、実施材2は約700サイクルで破断したことになる(図11)。すなわち、実施材2は、従来材に対し、2.7倍の熱疲労寿命を有しており、従来材と比較して熱疲労寿命が著しく増加したと言える。こうして、Taの添加は熱疲労特性の向上に極めて有効であることを見出した。
【0042】
[2]Taの最適組成範囲の選定
Taの添加が熱疲労寿命の向上に有効であることが判明したため、その最適な添加範囲について検討した。Taの含有量が異なる供試材を作製した。各供試材の組成を表3に示す。
【表3】

【0043】
これらの供試材について、硬さ試験と引張試験を実施して、実用上、切削性が確保でき、かつ製造時に割れや欠けを抑制できる延性(室温伸び3%以上)を確保できる組成範囲を調べた。引張試験には、引張試験機(AG−E型 250KNオートグラフ、(株)島津製作所製)、および変位計(DT−10S型、(株)島津製作所製)を用いた。引張速度は、室温では1mm/分、400℃以上では5mm/分に設定した。なお、高温引張試験は、供試材の優劣判断をしやすくするため、共析変態温度以下である800℃にて行った。昇温条件は、30分で試験温度(800℃)まで昇温し、試験温度に30分保持した後、引張を開始した。ここで、800℃であっても長時間加熱すると、パーライト分解が起こるため、試験温度への保持時間を30分間に厳守した。試験片としては、図12に示す形状の鋳放し材を採用した。
【0044】
各供試材の硬さを測定した結果を表4に示す。また、各供試材の室温および800℃における引張特性の測定値を、表5および表6に示す。図13には、表5の結果を元に、Ta添加量と室温における破断伸びとの関係を示す。図14には、表6の結果をもとに、Ta添加量と、800℃での引張特性(0.2%耐力、引張強さ)との関係を示す。
【表4】

【表5】

【表6】

【0045】
これらの結果より、以下のことが明らかになった。
(1)Taの添加量が0.43質量%までは、切削性が確保できる硬さ、すなわちHRB100以下であった(表4)。一方、Taの添加量が0.66%の実施材4では、102HRBとなり、実用上、切削性に支障がある場合があることが判明した。
(2)Taの添加量の増加に伴って室温延性は低下する傾向を示した(図13)。製造時の割れや欠けを抑制できる延性、すなわち室温での伸び3%以上を確保できるTa含有量の上限は、0.06〜0.65%程度であった(図13)。
(3)Taの添加は、高温強度を向上させた。800℃での引張強さ、および0.2%耐力は、Ta添加量が増加するにつれて増加する傾向を示した(図14)。
これらの結果から、Taの組成範囲を、好ましくは0.08〜0.60%、より好ましくは0.08〜0.43%で管理することにより、室温から高温における機械的強度を向上することができ、かつ生産性も確保できることが分かった。
【0046】
さらに、Taの組成範囲が0.08〜0.66%である場合の熱疲労特性の優位性を確認するため、上記の熱疲労試験よりもさらに過酷な条件で熱疲労試験を再度行った。熱疲労試験には、油圧サーボ型疲労試験機(MTS810型、容量±100kN)、高温変位計(MTS社製、標点間距離(G.L.)は12.7mm、ひずみゲージ式)を用いた。試験片の形状は、図15に示すように、平行部長さ25mm、平行部の直径10mmの丸棒型とした。この試験で用いた熱疲労試験波形を図16に示す。昇温による自然膨張の伸びを50%拘束(=拘束率50%)とし、熱履歴を、200⇔800℃、加熱時間が240秒、冷却時間が480秒のサイクルの三角形波とし、200℃から開始した。加熱時に圧縮、冷却時に引張方向の繰り返し負荷をひずみ制御により与えるout−of−phase型を用い、1サイクル目の最大応力から応力が25%低下したサイクル数を破損繰返し数(=熱疲労寿命)とした。ただし、応力が25%低下する前に破断した場合は、破断時のサイクル数を破損繰返し数とした。表7に、熱疲労試験結果を示す。
【表7】

【0047】
この熱疲労試験の結果から、0.08〜0.66質量%のTaを添加した実施材1〜4は、従来材と比較して明確に熱疲労寿命が向上しており、熱疲労寿命はTaの添加量が増すほど向上することが確かめられた。ここで、試験片の破断位置は、図17に示す通りである。
【0048】
以上より、C:3.0〜3.6質量%、Si:4.0〜4.4質量%をベースとする高Siのフェライト系球状黒鉛鋳鉄において、Mo:0.3〜0.7質量%、V:0.2〜0.5質量%を含有させ、新たにTaを0.08〜0.66質量%添加することで、極めて耐熱疲労性に優れた安価なエキゾーストマニホールド用鋳鉄が得られることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明は、熱疲労特性に優れたフェライト系球状黒鉛鋳鉄およびこれを用いた自動車の排気系部品を提供することができる。
【符号の説明】
【0050】
1 指定部位
11 エキゾーストマニホールド
12 ターボフランジ
13 ターボチャージャ締結ボルト
14 シリンダヘッドフランジ
15 ターボガスケット
17 シリンダヘッドガスケット
18 スタッドボルト
19 締結ナット
20 スティフナー
21 ボルト
22 締結ボルト



【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cを3.0〜3.6%、Siを4.0〜4.4%、Moを0.3〜0.7%、Vを0.2〜0.5%、Taを0.08〜0.66%を含有し、残部がFeと不可避不純物からなるフェライト系球状黒鉛鋳鉄。
【請求項2】
Taを0.08〜0.43%含有する、請求項1に記載のフェライト系球状黒鉛鋳鉄。
【請求項3】
請求項1および2のいずれかに記載のフェライト系球状黒鉛鋳鉄を用いて製造される自動車の排気系部品。
【請求項4】
前記排気系部品が、エキゾーストマニホールド、タービンハウジング、ターボハウジング、ターボハウジングアウトレットパイプ、又はターボハウジング一体型エキゾーストマニホールドである請求項3に記載の排気系部品。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−122085(P2012−122085A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−271420(P2010−271420)
【出願日】平成22年12月6日(2010.12.6)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】