説明

フッ化物単結晶及びその育成方法、並びにレンズ

【課題】結晶育成方向軸に垂直な断面の直径が70mm以上であって、ステッパー用レンズ材料として用いた場合に十分な解像性能が得られるフッ化物単結晶、及び、その育成方法、並びに、かかるフッ化物単結晶からなるレンズを提供する。
【解決手段】結晶育成方向に沿って温度勾配のある結晶成長炉内で育成後、前記結晶成長炉内で単結晶の融点未満の均一な温度に再加熱され、冷却することにより製造されたフッ化物単結晶10であって、断面が直径70mm以上の略円形状を有し、波長248nm、エネルギー密度50mJ/cm、パルス幅10shot、周波数100HzのKrFレーザーを前記断面の中心部に照射した前後の透過率の変化値が、0.00≦(ΔT−ΔT)≦0.20(ΔTは前記断面の中心部におけるKrFレーザー照射前後の透過率の変化値、ΔTは前記断面の外周部におけるKrFレーザー照射前後の透過率の変化値)の条件を満たす。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学機器や光リソグラフィー用の光学系等に使用されるフッ化物単結晶及びその育成方法、並びにフッ化物単結晶からなるレンズに関するものである。
【背景技術】
【0002】
フッ化物単結晶は、光学機器や光リソグラフィー用の光学系に用いられており、更には高度な光学性能が要求される半導体リソグラフィー用ステッパー(露光装置)の光学系に用いられている。特にフッ化カルシウム単結晶は、光の透過率やレーザーに対する耐久性といった光学性能に優れていることから、ステッパー用レンズ材料として広く用いられている。
【0003】
しかしながら、近年、半導体の更なる高細密化、高集積化を図るために、半導体リソグラフィー用ステッパーの性能の向上が要求されており、光源として使用するレーザーの短波長化、及び、レンズ材料として使用されるフッ化物単結晶の光学性能の更なる向上が求められている。そして、かかる要求に対応するため、フッ化カルシウム等の光学材料としての単結晶において、光学性能を向上するための様々な試みがなされている(例えば特許文献1〜3参照)。
【0004】
また、このようなレンズ材料として使用されるフッ化カルシウム単結晶の育成方法としては、フッ化カルシウムを溶融して冷却することにより種結晶の結晶面に沿って単結晶を育成する方法が知られている(例えば特許文献4参照)。
【0005】
【特許文献1】特開平8−107060号公報
【特許文献2】特開2002−37697号公報
【特許文献3】特開2001−335398号公報
【特許文献4】特開平10−265296号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記従来のフッ化物単結晶では、結晶育成方向軸に垂直な断面の直径が大きくなると(例えば、70mm以上)、結晶内に不純物混入や残留応力分布が形成されて透過率の低下が生じ、このフッ化物単結晶をステッパー用レンズ材料として用いた場合、十分な解像性能が得られないという問題があった。
【0007】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、結晶育成方向軸に垂直な断面の直径が70mm以上であって、ステッパー用レンズ材料として用いた場合に十分な解像性能が得られるフッ化物単結晶、及び、かかるフッ化物単結晶を容易且つ確実に育成することが可能なフッ化物単結晶の育成方法、並びに、かかるフッ化物単結晶からなるレンズを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は、結晶育成方向軸に垂直な断面の形状が直径70mm以上の略円形状であり、波長248nm、エネルギー密度50mJ/cm、パルス幅10shot、周波数100HzのKrFレーザーを該断面の中心部に照射した前後の透過率の変化値が下記式(1)で表される条件を満たすことを特徴とするフッ化物単結晶を提供する。
0.00≦(ΔT−ΔT)≦0.20 (1)
[式(1)中、ΔTは前記断面の中心部におけるKrFレーザー照射前後の透過率の変化値(照射前透過率−照射後透過率)を示し、ΔTは前記断面の外周部におけるKrFレーザー照射前後の透過率の変化値(照射前透過率−照射後透過率)を示す。]
【0009】
かかるフッ化物単結晶によれば、ステッパー用レンズ材料として用いた場合に十分な解像性能を得ることができる。ここで、(ΔT−ΔT)の値が0.20を超える場合はレンズ用途において、中心部と外周部とで結像のしかたが異なって像が歪んでしまうため、十分な解像性能が得られない。フッ化物単結晶をステッパー用レンズ材料として用いた場合に、より十分な解像性能を得るためには、中心部と外周部とでレーザー照射前後の透過率変化の差が小さいことが望まれ、(ΔT−ΔT)の値は0に近いほど好ましい。
【0010】
また、本発明のフッ化物単結晶は、結晶育成方向に沿って温度勾配のある結晶成長炉内で単結晶を育成する育成ステップと、育成ステップで得られる単結晶を、結晶成長炉内で、単結晶の融点未満の均一な温度に加熱する再加熱ステップと、冷却ステップで得られる単結晶を冷却する冷却ステップと、を備える育成方法により得られること得られるものであることが好ましい。
【0011】
上述した育成方法によれば、上記再加熱ステップにおいて、結晶内における残留応力や歪みの発生を十分に抑制することができ、結晶育成方向軸に垂直な断面の中心部と外周部とで波長248nmにおけるレーザー照射前後の透過率変化の差を十分に小さくすることができる。そのため、(ΔT−ΔT)の値が上記式(1)の条件を満たし、ステッパー用レンズ材料として用いた場合に十分な解像性能を得ることができるフッ化物単結晶を確実に実現することが可能となる。
【0012】
なお、例えば特許文献4に記載されているような従来の育成方法により得られるフッ化物単結晶は、結晶育成方向軸に垂直な断面の直径が例えば70mm以上に大きくなった場合、当該断面の中心部の透過率に比べて、断面の外周部のレーザー照射前後の透過率変化の差が大きくなる。そのため、上記式(1)で表される条件を満たすことができず、十分な解像性能を得ることができない。
【0013】
また、本発明のフッ化物単結晶は、上記冷却ステップ実施後に得られるアズグローン(As−grown)状態のものであってもよく、上記冷却ステップ実施後の単結晶をアニールするアニールステップを実施して得られるものであってもよい。
【0014】
ここで、「アズグローン(As−grown)状態」とは、育成されたそのままの状態を意味し、切削、研削、研磨等の加工や、上記冷却ステップ実施後のアニール等が行われていない状態を意味する。
【0015】
本発明はまた、結晶育成方向に沿って温度勾配のある結晶成長炉内で単結晶を育成する育成ステップと、育成ステップで得られる単結晶を、結晶成長炉内で、単結晶の融点未満の均一な温度に加熱する再加熱ステップと、冷却ステップで得られる単結晶を冷却する冷却ステップと、を備えることを特徴とするフッ化物単結晶の育成方法を提供する。
【0016】
かかる育成方法によれば、結晶内に残留応力や歪みが発生するのが抑制され、また不純物の混入も低減されるため、(ΔT−ΔT)の値が上記式(1)の条件を満たす本発明のフッ化物単結晶を容易に且つ確実に製造することができる。
【0017】
本発明は更に、上述した本発明のフッ化物単結晶からなるレンズを提供する。
【0018】
かかるレンズは、例えば半導体リソグラフィー用ステッパーに用いたときに十分な解像性能を得ることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、結晶育成方向軸に垂直な断面の直径が70mm以上であって、ステッパー用レンズ材料として用いた場合に十分な解像性能が得られるフッ化物単結晶を提供することができる。また、かかるフッ化物単結晶を容易且つ確実に育成することが可能なフッ化物単結晶の育成方法を提供することができる。更に、かかるフッ化物単結晶からなり、ステッパーに用いた場合に十分な解像性能が得られるレンズを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、図面を参照しながら本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。なお、図面中、同一要素には同一符号を付すこととし、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0021】
図1は、本発明のフッ化物単結晶の一実施形態を模式的に示す斜視図である。図1において、10はフッ化物単結晶を示し、Aはフッ化物単結晶の結晶育成方向軸を示す。図2は、図1のフッ化物単結晶の結晶育成方向軸に垂直な断面の模式図である。図2において、Cは中心部、Oは外周部を示す。なお、図2において点線は中心を表す補助線である。
【0022】
図1に示すように、本発明のフッ化物単結晶10は、例えば円柱形状を有するものであり、結晶育成方向軸Aに垂直な断面が略円形状で、当該断面の直径dが70mm以上のものである。
【0023】
ここで、本発明におけるフッ化物単結晶として具体的には、フッ化カルシウム(CaF)単結晶、フッ化マグネシウム(MgF)単結晶、フッ化バリウム(BaF)単結晶等が挙げられるが、フッ化カルシウム(CaF)単結晶が好ましい。
【0024】
また、上記結晶育成方向軸Aとは、フッ化物単結晶10を育成した際に、当該フッ化物単結晶10を結晶成長させた方向軸を意味している。なお、フッ化物単結晶10が図1に示すように円柱形状である場合、通常、その長手方向軸が結晶育成方向軸Aとなる。
【0025】
上記直径dは、好ましくは100mm以上であり、より好ましくは200mm以上である。フッ化物単結晶は、直径dが大きいほど大口径のステッパー用レンズを得る上で有用であり、ステッパーにおいては大口径のレンズを用いるほど半導体の高細密化及び高集積化を図ることできる。
【0026】
そして、本発明のフッ化物単結晶10は、その結晶育成方向軸Aに垂直な断面(図2参照)において、波長248nm、エネルギー密度50mJ/cm、パルス幅10shot、周波数100HzのKrFレーザーを中心部Cに照射した前後の透過率の変化値が下記式(1)で表される条件を満たす。
0.00≦(ΔT−ΔT)≦0.20 (1)
[式(1)中、ΔTは断面の中心部CにおけるKrFレーザー照射前後の透過率の変化値(照射前透過率−照射後透過率)を示し、ΔTは断面の外周部OにおけるKrFレーザー照射前後の透過率の変化値(照射前透過率−照射後透過率)を示す。]
【0027】
ここで、上記中心部Cとは、上記断面の半径をrとして、r/10の長さを半径とする、上記断面の中心Pの周辺部分を意味し、上記外周部Oとは、円周からr/10の幅を有する内側部分を意味する。また、中心部CにおけるKrFレーザー照射前後の透過率の変化値ΔT[(照射前透過率−照射後透過率)ともに測定波長248nm)]及び外周部OにおけるKrFレーザー照射前後の透過率の変化値ΔT[(照射前透過率−照射後透過率)ともに測定波長248nm)]は、それぞれの領域内で測定される反射含み透過率、または内部透過率から求められる値を意味する。
【0028】
以下本発明における透過率の測定方法について、説明する。まず、フッ化物単結晶が図1に示すような円柱状のものである場合には、円柱状のフッ化物単結晶を厚さ10〜100mmの円板状にスライスし、上面及び下面を鏡面研磨し、これを試料として測定することができる。
【0029】
ここでいう光学研磨とは、UV/VUVの領域の光を透過するのに障害とならないように研磨された状態であり、具体的には、例えば、波長190nmの光に対し90%以上透過する状態にすることが好ましい。光学研磨後の表面の品質としては、MIL規格のS/Dが60/40であることが好ましい。ここでS/Dとは、光学部品のキズ(S:スクラッチ)及びブツ(D:ディグ)に関する外観規格であり、MIL−O−13830Aとして規格が定義されている。上記キズとはひっかきキズのことであり、例えばキズの幅が80μmの時80と表示する。また、ブツとはくぼみで、くぼみの直径がφ0.5mmの時50と表示する。そして、上記のS/Dが60/40であるとは、表面に幅60μm以上のキズがなく、かつ直径0.4mm以上のくぼみもない状態を指す。上記S/Dとしては、可視用の一般兼までは80/60程度であるが、60/40となるまで光学研磨することが好ましく、40/20となるまで光学研磨することがより好ましい。上記のように光学研磨した研磨面は、例えば、カラー3Dレーザー顕微鏡、走査型プローブ顕微鏡などで測定した表面粗さが50nm以下となるようにすることが好ましい。
【0030】
上記のように作成した試料について、中心部C及び外周部Oにおける、波長248nmの光に対する透過率(内部透過率)を測定する。中心部Cの透過率は、図3(a)に示すようにして測定し、外周部Oにおける透過率は、図3(b)に示すようにして測定する。内部透過率は、極紫外分光システム(例えば(分光計器株式会社製 KV−201型)を用いて測定することができる。図3において、11は測定装置の光源を、12は測定装置の検出器をそれぞれ示す。
【0031】
次に、図4に示すように、少なくとも中心部Cの全面が被照射面になり、かつ、外周部Oが被照射面にならないようにしてレーザー照射を行う。図4において、13はレーザー光源、14は衝立(ついたて)、15は試料上面の被照射領域をそれぞれ示す。本発明におけるレーザー照射はKrF光源、波長248nmにおけるエネルギー密度50mJ/cm、パルス数10shot、周波数100Hzで行う。
【0032】
このように中心部Cの領域にレーザー照射を行った後の試料について、再度中心部C及び外周部Oにおける、波長248nmの光に対する透過率を測定する。得られた結果から、中心部CにおけるKrFレーザー照射前後の透過率の変化値[(照射前透過率−照射後透過率)ともに測定波長248nm)]を計算しΔTを求め、及びKrFレーザー照射前後の透過率の変化値[(照射前透過率−照射後透過率)ともに測定波長248nm)]を計算してΔTを求める。
【0033】
このようにして測定されるΔT,ΔTから求められる上記(ΔT−ΔT)の値が、上記上限値を超える場合、中心部Cの透過率に対して外周部Oのレーザー照射後の透過率変化が大きいため、精密な結像ができなくなり、十分な解像性能が得られない。また、通常、レーザー照射前後の透過率変化は単結晶の中心部と外周部において顕著な差はなく、上記(ΔT−ΔT)の値はほとんどの場合0前後であるが、これに反して上記(ΔT−ΔT)の値が上記上限値を超える場合は精密な結像ができなくなり、十分な解像性能が得られない。
【0034】
また、本発明のフッ化物単結晶における上記ΔT−ΔTの値は、フッ化物単結晶をステッパー用レンズ材料として用いた場合に、より優れた解像性能が得られることから、下記式(2):
0.00≦ΔT−ΔT≦0.20 (2)
の条件を満たしていることが好ましい。上記ΔT−ΔTの値は、0.00〜0.10であることがより好ましく、0.00〜0.05であることがさらに好ましく、0.00に近いほど好ましい。
【0035】
ここで、図1ではフッ化物単結晶の形状が円柱状である場合を示したが、本発明のフッ化物単結晶の形状は、結晶育成方向軸に垂直な断面が直径70mm以上の略円形状となる部分を有し、ステッパー用レンズに加工することが可能な形状である限りにおいては特に制限されない。
【0036】
更に、本発明のフッ化物単結晶は、アズグローン状態のものであっても、アニールされたものであってもよい。アズグローン状態のフッ化物単結晶において、上記(ΔT−ΔT)の値が上記式の条件を満たすことにより、ステッパー用レンズ材料として用いた場合に優れた解像性能を得ることができる。また、本発明のフッ化物単結晶は、アニール後の状態で上記(ΔT−ΔT)の値が上記式の条件を満たすものも含み、アズグローン状態で上記(ΔT−ΔT)の値が上記式の条件を満たすフッ化物単結晶が更にアニールされたものであるものも含む。
【0037】
ここで、上記アニールは、例えば、結晶の融点未満の温度(例えば、フッ化カルシウムであれば900〜1300℃)で24〜96時間保持し、30℃/h以下の降温速度で冷却することにより行われる。
【0038】
次に、本発明のフッ化物単結晶の育成方法について説明する。
【0039】
本発明のフッ化物単結晶の育成方法は、結晶育成方向に温度勾配のある結晶成長炉内で単結晶を育成する育成ステップと、上記結晶成長炉内で単結晶をその融点未満の均一な温度に加熱する再加熱ステップと、単結晶を冷却する冷却ステップと、を含むことを特徴とする方法である。
【0040】
ここで、本発明の育成方法においては、上記各ステップを実施する以外は従来公知の育成方法を適用でき、ブリッジマン法やチョクラルスキー法等により育成を行うことができる。なお、直径の大きな単結晶を育成することが比較的容易であることから、本発明の育成方法では、垂直ブリッジマン(以下、VBと略記する)法により育成を行うことが好ましい。
【0041】
以下、本発明のフッ化物単結晶の育成方法を、図5に示すルツボを備えた真空VB炉を用いて、フッ化カルシウム(CaF)単結晶をVB法により育成する場合を例にして具体的に説明する。
【0042】
図5に示すように、ルツボ1は、垂直ブリッジマン法による単結晶育成装置としての真空VB炉2内において、ヒータ2Aの内側に配置され、シャフト2Bを介して極微速度で昇降されることにより、フッ化カルシウム(CaF)の原料Mを溶融して冷却し、これをフッ化カルシウム(CaF)の単結晶からなる種結晶(シード)Sの例えば(1,1,1)方位の結晶面に沿って単結晶に育成するためのものである。
【0043】
真空VB炉2の内部は、真空ポンプ2Cによって減圧され、ヒータ2Aによって加熱される。このヒータ2Aの加熱によって種結晶Sの全体が溶融するのを防止するため、真空VB炉2のシャフト2Bは、冷却水循環路を形成するように構成されている。
【0044】
すなわち、シャフト2Bは、内管2B1の上端が外管2B2の上端より後退した2重管で構成されており、その上端部にはキャップ状の伝熱部材2Dが嵌合固定されている。そして、この伝熱部材2Dが後述するルツボ1の底部材1Cの中央部に接続されることにより、種結晶Sの下部を強制冷却するように構成されている。
【0045】
ここで、図6に示すように、本実施形態のルツボ1は、ルツボ本体1Aと、ルツボ本体1Aの開口部を覆う蓋部材1Bと、ルツボ本体1Bの下部に固定される底部材1Cとを備えて構成されている。ルツボ本体1Aは、耐熱性があり、かつ、内面の平滑度を高められる材料として、高純度カーボン材(C)で構成されており、その内面が光沢を有するガラス状カーボン(GC)でコーティングされている。
【0046】
ルツボ本体1Aには、フッ化カルシウム(CaF)の原料M(図5参照)が収容される原料収容部1Dが形成されている。原料収容部1Dは、円柱状の壁面1Hと、壁面1Hの底部材1C側に連続して形成される凹曲面1Jと、凹曲面1Jの底部材1C側に連続して形成されるテーパ状(ロート状)のコーン面1Fとを有している。従って、コーン面1Fは原料収容部1Dの底を構成する。
【0047】
また、ルツボ本体1Aから底部材1Cに亘ってその中心部には、種結晶S(図5参照)を収容する種結晶収容部1Eが形成されている。種結晶収容部1Eは、平坦な底面と、底面に連続し底面に垂直な円柱状の壁面1Kとを有しており、壁面1Kの径は、種結晶Sの直径とほぼ一致している。なお、種結晶収容部の壁面1Kは、原料収容部1Dの壁面1Hよりも小径となっている。
【0048】
また、コーン面1Fと種結晶収容部1Eの壁面1Kとの境界部分には凸曲面1Lが形成され、この凸曲面1Lを介してコーン面1Fと種結晶収容部1Eの壁面1Kとが滑らかに連続している。
【0049】
一方、蓋部材1Bおよび底部材1Cも耐熱性のある高純度カーボン材で構成されている。そして、底部材1Cの下面中央部には、真空VB炉2のシャフト2Bの上端部に固定された伝熱部材2D(図5参照)を嵌合固定するための接続筒部1C1が突設されている。
【0050】
上記ルツボ1において、コーン面1Fのコーン角度θが小さ過ぎると、原料収容部1D内で育成されるフッ化カルシウム(CaF)の結晶内に残留応力や歪みが発生し、これに起因して多結晶やレーザー照射後の透過率低下が発生し易い。一方、コーン面1Fのコーン角度θが大き過ぎると、フッ化カルシウム(CaF)の単結晶の育成が阻害され易い。そこで、コーン面1Fのコーン角度θは、95°〜150°であることが好ましく、これらの範囲のうち120°〜130°であることがより好ましい。
【0051】
また、凹曲面1Jおよび凸曲面1Lは、曲率半径が小さ過ぎて角張っていると、原料収容部1D内で溶融されたフッ化カルシウム(CaF)が冷却により結晶化する際、角張った凹曲面1Jおよび凸曲面1Lの部分が核となって多結晶が発生し易い。加えて、フッ化カルシウム(CaF)が冷却により収縮する際、これらの角張った凹曲面1Jおよび凸曲面1Lにフッ化カルシウム(CaF)が付着して結晶内に残留応力や歪みが発生し、これに起因して多結晶やレーザー照射後の透過率低下が発生し易い。
【0052】
そこで、凹曲面1Jおよび凸曲面1Lの曲率半径は、原料収容部1Dの壁面1H間の内径(例えば250mm)の1/10以上の大きな曲率半径に設定されている。例えば、凹曲面1Jの曲率半径は60mm程度に設定され、凸曲面1Lの曲率半径は50mm程度に設定されている。
【0053】
さらに、原料収容部1Dの壁面1Hやコーン面1Fなどの表面粗さが粗いと、原料収容部1D内で溶融されたフッ化カルシウム(CaF)が冷却により結晶化する際、壁面1Hやコーン面1Fなどの微小な凹凸が核となって多結晶が発生し易い。加えて、フッ化カルシウム(CaF)が冷却により収縮する際、壁面1Hやコーン面1Fにフッ化カルシウム(CaF)が付着して結晶内に残留応力や歪み、不純物混入が発生し、これに起因して多結晶やレーザー照射後の透過率低下が発生し易い。
【0054】
そこで、上記ルツボ1において、ルツボ本体1Aの原料収容部1Dの壁面1Hから凹曲面1J、コーン面1F、凸曲面1Lを経て種結晶収容部1Eの壁面1Kにわたるルツボ内面は、例えば、最大高さ法による表面粗さがRmax3.2s以下に仕上げられている。すなわち、高純度カーボン材(C)からなるルツボ本体1Aの内面が例えばRmax6.4s程度に仕上げられており、その表面がガラス状カーボン(GC)によりコーティングされてRmax3.2s程度に仕上げられている。
【0055】
そして、このようにRmax3.2s以下の表面粗さを有するガラス状カーボン(GC)で構成されたルツボ内面は、水滴との接触角が少なくとも100°以下の例えば90°となっている。
【0056】
本発明の育成方法においては、上記ルツボ1を用いて、先ずルツボ1の蓋部材1Bを取り外して、種結晶収容部1Eにフッ化カルシウムからなる種結晶Sを収容する。ここで、種結晶Sとしては、その形状が円柱状であって端面が平坦であるものであり、その直径が種結晶収容部1Eの壁面1Kの径とほぼ一致したものを用いる。
【0057】
種結晶Sを種結晶収容部1Eに収容した後は、フッ化カルシウムの原料Mを原料収容部1Dに収容し、続いて、蓋部材1Bでルツボ本体1Aの原料収容部1Dを閉じる。
【0058】
次に、真空VB炉2内を真空ポンプ2Cによって10−4Pa以下に減圧し、ヒータ2Aを1400〜1500℃前後に加熱する。このとき、図2に示すように、真空VB炉2内の下部にはヒータが設けられておらず、加熱されていないため、真空VB炉内はその上部から下部にかけて(すなわち、結晶育成方向に)温度勾配を有している。そして、シャフト2Bにより10mm/h程度の微速度でルツボ1を上昇させ、10時間ほど上昇位置に保持する。その際、種結晶Sの全体が溶融すると、目的の結晶方位の単結晶を得ることが困難になるため、シャフト2B内を内管2B1から外管2B2へ循環する冷却水により伝熱部材2Dを介して種結晶Sの下部を強制冷却する。
【0059】
フッ化カルシウムの原料Mを溶融した後は、ルツボ1を、シャフト2Bにより1.5mm/h以下の例えば1.0mm/h程度の極微速度で下降させ、5時間ほど真空VB炉2内の下降位置に保持する。これにより、溶融したフッ化カルシウム(CaF)の原料Mを冷却して種結晶Sの例えば(1,1,1)方位の結晶面に沿って単結晶に育成する(育成ステップ)。
【0060】
その後、ルツボ1は真空VB炉内の下降位置に保持した状態で、ヒータ2Aを、育成した単結晶の融点未満の温度に加熱する。ここで、ヒータ2Aの温度は、単結晶の種類によって適宜調節されるが、単結晶がフッ化カルシウム単結晶である場合には、900〜1300℃の温度とすることが好ましい。
【0061】
次に、ヒータ2Aを上述のように加熱した状態で、ルツボ1をシャフト2Bにより5〜15mm/h程度の速度で上昇させ、24〜96時間ほど上昇位置に保持する。これにより、育成直後の単結晶において、上部から下部にかけて、更には中心部から外周部にかけて生じていた温度勾配をなくし、単結晶全体をその融点未満の均一な温度に再加熱する(再加熱ステップ)。
【0062】
その後、ルツボ1内の単結晶は、クエンチ(熱衝撃による割れ)を防止するため、ルツボ1を上昇位置に保持したまま、真空VB炉2のヒータ2Aをオン・オフ制御することにより、70℃/h以下の例えば30℃/h程度の冷却速度で冷却される(冷却ステップ)。
【0063】
このような育成方法によって得られたフッ化カルシウム単結晶は、結晶育成直後に上述の再加熱ステップが実施されているため、結晶内に残留応力や歪みが発生するのが十分に抑制される。その結果、上記(ΔT−ΔT)の値が上記式(1)で表される条件を満たす本発明のフッ化カルシウム単結晶を容易且つ確実に得ることができる。
【0064】
以上、本発明の単結晶の育成方法の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。例えば、上記実施形態では、ルツボ1の種結晶収容部1Eの壁面1Kが円柱状となっているが、壁面1Kの形状は、角柱状の種結晶を収容する場合には角柱状であってもよい。
【0065】
また、種結晶収容部1Eの底面は平坦面となっているが、本発明の種結晶収容部の底面は平坦面に限られるものではなく、円錐状であってもよい。但し、種結晶収容部の底面に接する種結晶Sの底部を十分に冷却して、種結晶Sの全てが溶融することを防止するために、種結晶収容部の底面は、種結晶Sの底部と合致した形状とし、種結晶Sの底部と種結晶収容部1Eの底面との間の空隙を十分に小さくすることが好ましい。
【0066】
更に、上記実施形態では、種結晶がフッ化カルシウムである場合について説明しているが、本発明のフッ化物単結晶の育成方法は、種結晶がフッ化カルシウム以外の他の材料(例えば、フッ化バリウムやフッ化マグネシウム等)である場合にも、適用可能である。
【0067】
また、本発明のフッ化物単結晶は、このような育成方法により得られたもの、すなわち、結晶育成方向に温度勾配のある結晶成長炉内で単結晶を育成する育成ステップと、上記結晶成長炉内で単結晶をその融点未満の均一な温度に加熱する再加熱ステップと、単結晶を冷却する冷却ステップと、を含む育成方法により経て得られたものであることが好ましい。このようにして得られたフッ化物単結晶は、ステッパー用レンズ材料として用いた場合に十分な解像性能を得ることができる。
【0068】
次に、本発明のレンズについて説明する。
【0069】
本発明のレンズは、例えば半導体リソグラフィー用ステッパーに用いられるものであり、上述した本発明のフッ化物単結晶からなるものである。かかるレンズの形状は、従来ステッパーに用いられているレンズの形状を特に制限なく適用でき、例えば、一方の面が平面で他方の面が凸曲面又は凹曲面であるものや、両方の面が凸曲面又は凹曲面であるものが挙げられる。また、曲面は球面であっても非球面であってもよい。
【0070】
これらのレンズは、本発明のフッ化物単結晶を従来公知の方法で所定の形状に加工し、研削、研磨等を行って得ることができる。そして、かかるレンズは、ステッパーに用いた場合に十分な解像性能を得ることができる。
【実施例】
【0071】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0072】
(実施例1)
まず図2に示すルツボ1を用意した。ルツボ本体1A、蓋部材1B及び底部材1Cは全て高純度カーボン(SGLカーボン製高純度カーボン)で構成した。種結晶収容部1Eの壁面1Kは円柱状とし、その内径は10mmとした。また種結晶収容部1Eの底面は壁面1Kに垂直な平坦面とした。また原料収容部の壁面も円柱状とし、その内径は150mmとした。凹曲面1Jの曲率半径は60mmとし、凸曲面の曲率半径は50mmとした。更に原料収容部1Dの内面、種結晶収容部の内面(壁面)には、含浸層厚さ1.0mmのガラス状カーボン(日清紡製ガラス状カーボンコート)をコーティングし、水滴との接触角が90°となるようにした。
【0073】
このルツボ1において、蓋部材1Bを取り外し、ルツボ1の種結晶収容部1Eに、直径10mm、長さ10cmの円柱状の種結晶Sを収容した。ここで、用いる種結晶Sの材質はフッ化カルシウムとし、種結晶Sの形状は、その端面が平坦なものとした。
【0074】
次いで、フッ化カルシウムの原料Mを原料収容部1Dに収容した。続いて、蓋部材1Bでルツボ本体1Aの原料収容部1Dを閉じた。
【0075】
次に、真空VB炉2内を10−4Pa以下に減圧し、ヒータ2Aを1500℃前後に加熱し、シャフト2Bにより10mm/h程度の微速度でルツボ1を上昇させ、10時間ほど上昇位置に保持した。その際、シャフト2B内を内管2B1から外管2B2へ循環する冷却水により伝熱部材2Dを介して種結晶Sの下部を強制冷却した。
【0076】
フッ化カルシウムの原料Mを溶融した後は、ルツボ1を、シャフト2Bにより1.0mm/h程度の極微速度で下降させ、5時間ほど真空VB炉2内の下降位置に保持した。こうして、溶融したフッ化カルシウム(CaF)の原料Mを冷却して種結晶Sの(1,1,1)方位の結晶面に沿って単結晶に育成した。
【0077】
その後、ヒータ2Aを1000℃前後に加熱し、シャフト2Bにより10mm/h程度の微速度でルツボ1を再び上昇させて50時間ほど上昇位置に保持することで、育成した単結晶をその融点未満の温度で再加熱した。
【0078】
その後、ルツボ1内の単結晶を、真空VB炉2のヒータ2Aをオン・オフ制御することにより30℃/h程度の冷却速度で冷却し、直径150mm、長さ4cmの円柱状のフッ化カルシウム単結晶を得た。
【0079】
(比較例1)
再加熱を行わなかった以外は実施例1と同様にして、直径150mm、長さ4cmの円柱状のフッ化カルシウム単結晶を得た。
【0080】
(実施例2、比較例2)
実施例1及び比較例2と同様にしてフッ化カルシウム単結晶を育成した後、それぞれに対して1000℃前後に加熱し、50時間保持の条件でアニールし、実施例2及び比較例2のフッ化カルシウム単結晶を得た。
【0081】
[透過率の測定]
実施例1〜2及び比較例1〜2で得られたフッ化カルシウム単結晶を、それぞれ厚さ20mmの円板状にスライス、鏡面研磨した。この円板状の単結晶に対して、レーザー照射はKrF光源、波長248nmにおけるエネルギー密度50mJ/cm、パルス数10shot、周波数100Hzで行い、及び内部透過率は、極紫外分光システム(例えば(分光計器株式会社製 KV−201型)を用いて測定した。その測定データから単結晶の結晶育成方向軸に垂直な断面における中心部の前記断面における中心部のKrFレーザー照射前後の透過率の変化値[(照射前透過率−照射後透過率)ともに測定波長248nm)]をΔT、外周部のKrFレーザー照射前後の透過率の変化値[(照射前透過率−照射後透過率)ともに測定波長248nm)]ΔTを求め、さらに(ΔT−ΔT)を算出した。その結果を表1に示す。
【0082】
【表1】

【0083】
(実施例3、比較例3)
実施例2及び比較例2で得られたフッ化カルシウム単結晶を、曲面を適宜調整して両凸レンズ状に加工し、実施例3及び比較例3のレンズを得た。
【0084】
[解像性能の評価]
実施例3及び比較例3で得られたレンズを半導体リソグラフィー用ステッパーに用いたときの解像性能を評価したところ、実施例3のレンズでは、精密な結像が形成でき良好な解像性能が得られたのに対して、比較例3のレンズでは、精密な結像が形成できず解像性能が不十分であった。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】本発明の結晶の一態様を示す斜視図である。
【図2】図1に示した結晶の結晶育成軸に垂直な面の断面模式図である。
【図3】結晶の透過率の測定方法を示す斜視図である。
【図4】レーザー照射の様子を示す斜視図である。
【図5】本発明のフッ化物単結晶の育成方法において用いられるルツボを備えた真空VB炉の概略構造を示す模式図である。
【図6】図5に示したルツボの構造を示す断面図である。
【符号の説明】
【0086】
1…ルツボ、1A…ルツボ本体、1B…蓋部材、1C…底部材、1D…原料収容部、1E…種結晶収容部、1F…コーン面、1H…原料収容部の壁面、1J…凹曲面、1K…種結晶収容部の壁面、1L…凸曲面、1N…底面、2…真空VB炉、2A…ヒータ、2B…シャフト、2C…真空ポンプ、2D…伝熱部材、10…フッ化物単結晶、A…結晶育成方向軸、C…中心部、M…フッ化カルシウム(CaF)の原料、O…外周部、P…中心、S…フッ化カルシウム(CaF)の種結晶、S1…種結晶の端面。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶育成方向軸に垂直な断面の形状が直径70mm以上の略円形状であり、波長248nm、エネルギー密度50mJ/cm、パルス幅10shot、周波数100HzのKrFレーザーを前記断面の中心部に照射した前後の透過率の変化値が下記式(1)で表される条件を満たすことを特徴とするフッ化物単結晶。
0.00≦(ΔT−ΔT)≦0.20 (1)
[式(1)中、ΔTは前記断面の中心部におけるKrFレーザー照射前後の透過率の変化値(照射前透過率−照射後透過率)を示し、ΔTは前記断面の外周部におけるKrFレーザー照射前後の透過率の変化値(照射前透過率−照射後透過率)を示す。]
【請求項2】
前記フッ化物単結晶は、
結晶育成方向に沿って温度勾配のある結晶成長炉内で単結晶を育成する育成ステップと、
前記育成ステップで得られる前記単結晶を、前記結晶成長炉内で、前記単結晶の融点未満の均一な温度に加熱する再加熱ステップと、
前記冷却ステップで得られる前記単結晶を冷却する冷却ステップと、
を備える育成方法により得られることを特徴とする請求項1記載のフッ化物単結晶。
【請求項3】
前記フッ化物単結晶は、前記冷却ステップで得られる、アズグローン状態の単結晶であることを特徴とする請求項2記載のフッ化物単結晶。
【請求項4】
前記フッ化物単結晶は、前記冷却ステップで得られる前記単結晶について更にアニールを施すことによって得られる単結晶であることを特徴とする請求項2記載のフッ化物単結晶。
【請求項5】
結晶育成方向に沿って温度勾配のある結晶成長炉内で単結晶を育成する育成ステップと、
前記育成ステップで得られる前記単結晶を、前記結晶成長炉内で、前記単結晶の融点未満の均一な温度に加熱する再加熱ステップと、
前記冷却ステップで得られる前記単結晶を冷却する冷却ステップと、
を備えることを特徴とするフッ化物単結晶の育成方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか一項に記載のフッ化物単結晶からなることを特徴とするレンズ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−137829(P2009−137829A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−231427(P2008−231427)
【出願日】平成20年9月9日(2008.9.9)
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【Fターム(参考)】