説明

フラーレン誘導体及びフラーレン金属錯体、並びにそれらの製造方法

【課題】 新規なフラーレン誘導体を提供する。
【解決手段】 フラーレン骨格に5個の有機基の結合したフラーレン(以下5重付加フラーレンという)誘導体及びその金属錯体をアルカリ金属と反応させて得られる中間体に有機ハロゲン化合物を作用させることにより、フラーレン骨格上に更に2つの有機基が導入されて、7重付加フラーレン誘導体及びその金属錯体が得られる。更に、上記の7重付加フラーレン誘導体及びその金属錯体に有機金属試薬を反応させることにより、8重付加フラーレン誘導体及びその金属錯体が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフラーレン誘導体及びフラーレン金属錯体、並びにそれらの製造方法に関する。詳しくは、フラーレン骨格に7個の有機基が結合した7重付加フラーレン誘導体及びそれに金属原子が結合した7重付加フラーレン金属錯体と、それらの製造方法に関するとともに、フラーレン骨格に8個の有機基が結合した8重付加フラーレン誘導体及びそれに金属原子が結合した8重付加フラーレン金属錯体の製造方法に関する。
【0002】
1990年にフラーレンC60の大量合成法が確立されて以来、フラーレンに関する研究が精力的に展開されている。その結果、数多くのフラーレン誘導体が合成され、その多様な機能が明らかにされてきた。それに伴い、フラーレン誘導体を用いた電子伝導材料、半導体、生理活性物質等の各種用途開発が進められている(非特許文献1〜3)。
【0003】
本発明者らは、フラーレンC60の骨格(以下適宜、「C60骨格」という。)に5個の有機基が結合したフラーレン化合物(以下、「5重付加C60誘導体」という。)を種々合成し、報告してきた(特許文献1〜3及び非特許文献4〜6)。これらの5重付加C60誘導体は無置換のC60とは異なる立体的、電子的性質を有するので、新たな電子伝導材料、半導体、生理活性物質等として期待されている。
【0004】
また、5重付加C60誘導体より付加基の数が多い誘導体としては、5重付加フラーレン誘導体中のフラーレン骨格に直接結合した水素原子のアルキル化によって得られる、フラーレンC60骨格上の特定の相対位置に6個の有機基が結合したフラーレン化合物(非特許文献9)、フラーレンC60の骨格に10個の有機基が結合したフラーレン化合物(以下適宜、「10重付加C60誘導体」という。)及びフラーレンC60の骨格に8個の有機基が結合したフラーレン化合物(以下適宜、「8重付加C60誘導体」という。)が知られている(特許文献3及び非特許文献7、非特許文献10)。一方、フラーレンC70に有機基が結合したフラーレン化合物としては、3個の有機基が結合したC70誘導体(以下「3重付加C70誘導体」という。)が知られている(特許文献4及び非特許文献8)。更に、フラーレン金属錯体としては、5重付加C60誘導体の骨格を配位子とする種々の金属の錯体が知られている(非特許文献11)。
【0005】
しかしながら、フラーレン骨格に7個の有機基が結合した7重付加フラーレン骨格を有するフラーレン誘導体、及びそれに金属原子が結合したフラーレン金属錯体は、これまでのところ報告されていない。
【0006】
【特許文献1】特開平10−167994号公報
【特許文献2】特開平11−255509号公報
【特許文献3】特開2002−241323号公報
【特許文献4】特開平11−255508号公報
【非特許文献1】現代化学,1992年4月号,p.12
【非特許文献2】現代化学,2000年6月号,p.46
【非特許文献3】Chemical Reviews,1998年,98巻,p.2527
【非特許文献4】Journal of the American Chemical Society,1996年,118巻,p.12850
【非特許文献5】Organic & Biomolecular Chemistry,2003年,1巻,p.2604
【非特許文献6】Chemistry Letters,2000年,p.1098
【非特許文献7】Journal of the American Chemical Society,2003年,125巻,p.2834
【非特許文献8】Journal of the American Chemical Society,1998年,120巻,p.8285
【非特許文献9】Chemistry Letters,2004年,33巻,p.328
【非特許文献10】Journal of the American Chemical Society,2004年,126巻,p.8275
【非特許文献11】Organometallics,2005年,24巻,p.89
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、フラーレンに有機基を付加したフラーレン誘導体やそれに金属が結合したフラーレン金属錯体に対する研究はこれまでにもなされてきた。しかし未だ、フラーレンC60やフラーレンC70について、例えば電子材料、半導体、生理活性物質などとして有用な素材とすべく、新たなフラーレンの誘導体や金属錯体の開発が望まれている。
【0008】
本発明は上記の課題に鑑みて創案されたもので、新規なフラーレン誘導体及びフラーレン金属錯体、並びにそれらの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、新規なフラーレンの誘導体及び金属錯体を得るべく鋭意検討したところ、5重付加フラーレン誘導体及びその金属錯体をアルカリ金属と反応させて得られる中間体に有機ハロゲン化合物を作用させることにより、フラーレン骨格上に更に2つの有機基が導入されて、7重付加フラーレン誘導体及びその金属錯体が得られることを見出した。更に、上記の7重付加フラーレン誘導体及びその金属錯体に有機金属試薬を反応させることにより、8重付加フラーレン誘導体及びその金属錯体が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明の要旨は、フラーレン骨格に7個の有機基と1つの水素原子が結合したことを特徴とする、フラーレン誘導体(7重付加フラーレン誘導体)に存する(請求項1)。
【0011】
この際、フラーレン骨格上に、下記式(A)で表わされる部分構造を有することが好ましい(請求項2)。
【化1】

(式(A)において、R1は各々独立に、炭素数1以上、50以下の有機基を表わす。)
【0012】
本発明の別の要旨は、フラーレン骨格に7個の有機基と1つの金属原子が結合したことを特徴とする、フラーレン金属錯体(7重付加フラーレン金属錯体)に存する(請求項3)。
【0013】
この際、フラーレン骨格上に、下記式(B)で表わされる部分構造を有することが好ましい(請求項4)。
【化2】

(式(B)において、R1は各々独立に、炭素数1以上、50以下の有機基を表わし、Mは、金属原子を表わし、Lは、Mの配位子を表わし、nは、0以上の整数を表わす。)
【0014】
本発明の更なる要旨は、上述の7重付加フラーレン誘導体を製造する方法であって、フラーレン骨格上に上記式(A)の部分構造を有するフラーレン誘導体Cm(R15Hを、アルカリ金属で還元し、次いでR2Xを作用させることにより、2つのR2基をフラーレン骨格上に導入する(但し、前記各式において、Cmは、フラーレン骨格を表わし、R1は各々独立に、式(A)と同様の基を表わし、R2は、炭素数1以上、50以下の、置換基を有していても良い脂肪族炭化水素基を表わし、Xは、アニオン性基を表わす。)ことを特徴とする、フラーレン誘導体の製造方法に存する(請求項5)。
【0015】
本発明の更なる要旨は、上述の7重付加フラーレン金属錯体を製造する方法であって、上述の7重付加フラーレン誘導体に対し、典型金属原子を含む塩基を作用させることにより、金属原子をフラーレン骨格上に導入することを特徴とする、フラーレン金属錯体の製造方法に存する(請求項6)。
【0016】
本発明の更なる要旨は、上述の7重付加フラーレン金属錯体を製造する方法であって、上述の7重付加フラーレン誘導体に対し、塩基を作用させた後、更に金属化合物を作用させることにより、金属原子をフラーレン骨格上に導入することを特徴とする、フラーレン金属錯体の製造方法に存する(請求項7)。
【0017】
本発明の別の要旨は、上述の7重付加フラーレン金属錯体を製造する方法であって、フラーレン骨格上に上記式(B)の部分構造を有するフラーレン金属錯体Cm(R15MLnを、アルカリ金属で還元し、次いでR2Xを作用させることにより、2つのR2基を導入する(但し、前記各式において、Cmは、フラーレン骨格を表わし、R1、M、L、及びnは、各々独立に、式(B)と同様の基を表わし、R2は、炭素数1以上、50以下の、置換基を有していても良い脂肪族炭化水素基を表わし、Xは、アニオン性基を表わす。)ことを特徴とする、フラーレン金属錯体の製造方法に存する(請求項8)。
【0018】
本発明の別の要旨は、上述の7重付加フラーレン誘導体に対し、R3M’X’n'を作用させることにより、R3基と水素原子をフラーレン骨格上に導入する(但し、前記各式において、R3は、炭素数1以上、50以下の有機基を表わし、M’は、アルカリ金属又はアルカリ土類金属から選ばれる元素を表わし、X’は、ハロゲン原子を表わし、n’は、0又は1の数を表わす。)ことを特徴とする、フラーレン誘導体(8重付加フラーレン誘導体)の製造方法に存する(請求項9)。
【0019】
本発明の別の要旨は、上述の7重付加フラーレン誘導体に対し、R3M’X’n'を作用させることにより、R3基をフラーレン骨格上に導入し、次いで金属化合物を作用させることにより、金属原子をフラーレン骨格上に導入する(但し、前記各式において、R3は、炭素数1以上、50以下の有機基を表わし、M’は、アルカリ金属又はアルカリ土類金属から選ばれる元素を表わし、X’は、ハロゲン原子を表わし、n’は、0又は1の数を表わす。)ことを特徴とする、フラーレン金属錯体(8重付加フラーレン金属錯体)の製造方法に存する(請求項10)。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、新規なフラーレン誘導体及びその金属錯体(7重付加フラーレン誘導体及びその金属錯体)が提供される。また、これらのフラーレン誘導体及びその金属錯体を用いて、更に別のフラーレン誘導体及びその金属錯体(8重付加フラーレン誘導体及びその金属錯体)を、選択的且つ効率的に得ることができる。これらの新たなフラーレン誘導体は、電子材料、半導体、生理活性物質など、様々な分野に好適に用いられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内であれば種々に変更して実施することができる。
【0022】
本発明において「フラーレン」とは、炭素原子が球状又はラグビーボール状に配置して形成される閉殻状の炭素クラスターを指す。その炭素数は通常60以上、120以下である。具体例としては、C60(いわゆるバックミンスター・フラーレン)、C70、C76、C78、C82、C84、C90、C94、C96及びより高次の炭素クラスターが挙げられる。なお、本明細書において「Cm」は炭素数mのフラーレン又はフラーレン骨格を表わす。
【0023】
また、本明細書において「フラーレン誘導体」とは、これらのフラーレンに対して特定の基が付加した構造を有する化合物を表わし、「フラーレン金属錯体」とは、フラーレン誘導体を配位子として有する金属錯体を表わすものとする。また、フラーレンの「骨格」とは、フラーレン又はフラーレン誘導体の閉殻構造を構成する炭素骨格をいう。
【0024】
また、本明細書において、複数の有機基がフラーレン骨格に付加したフラーレン誘導体或いはこれを金属原子の配位子として有するフラーレン金属錯体を、有機基の付加数(これをXで表わす。)に応じてそれぞれ「X重付加フラーレン誘導体」及び「X重付加フラーレン金属錯体」と表わすものとする(これらはそれぞれ適宜「X重付加誘導体」及び「X重付加金属錯体」と略する場合がある。)。例えば、「5重付加フラーレン誘導体」「7重付加フラーレン誘導体」「8重付加フラーレン誘導体」はそれぞれフラーレン骨格に5個、7個、8個の有機基が付加したフラーレン誘導体を表わし、「7重付加フラーレン金属錯体」「8重付加フラーレン金属錯体」はそれぞれ7重付加フラーレン誘導体及び8重付加フラーレン誘導体を金属原子の配位子として有するフラーレン金属錯体を指す(なお、有機基の付加数に応じて更に1以上の水素原子がフラーレン骨格に結合する場合もあるが、こうした場合も有機基の付加数に基づいて前述の様に表わすものとする。)。
【0025】
また、本明細書を通じて、「Me」はメチル基を表わし、「Et」はエチル基を表わし、「tBu」は3級ブチル基を表わし、「Ph」はフェニル基を表わし、「biphenyl」はp−ビフェニル基を表わし、「methallyl」はメタリル基を表わし、「THF」はテトラヒドロフランを表わし、「Cp」はη5−シクロペンタジエニル基を表わし、「n−Bu」はn−ブチル基を表わす。その他にも、本明細書を通じて同一の符号は、特に断り書きのない限り、同一の定義を表わすものとする。
【0026】
<1: 7重付加フラーレン誘導体>
まず、本発明のフラーレン誘導体について説明する。本発明のフラーレン誘導体は、フラーレン骨格に7個の有機基と1個の水素原子が結合した、7重付加フラーレン誘導体である。これを以下、適宜「本発明の7重付加誘導体」と略称する。
【0027】
本発明の7重付加誘導体は、フラーレン骨格をCm、有機基をRとすると、一般式Cm7Hで表わされる。
【0028】
フラーレン骨格Cmとしては、上述した通り、C60、C70、C76、C78、C82、C84、C90、C94、C96及びより高次のフラーレン骨格が挙げられるが、原料としてより入手が容易なC60及びC70が特に好ましい。中でも、後出の<3: 7重付加フラーレン誘導体の製造方法>の欄に記載の方法(本発明の7重付加誘導体の製造方法)において原料として用いる5重付加フラーレン誘導体が容易に製造できるという点から、フラーレン骨格としてはC60が最も好ましい。
【0029】
有機基Rは、フラーレン骨格に対して炭素原子で結合するものであれば、その種類は特に制限されないが、通常は、置換されていてもよい炭化水素基又は複素環基である。有機基Rの炭素数は、通常1以上、好ましくは6以上、また、通常50以下、好ましくは20以下の範囲である。なお、同一のフラーレン骨格に結合した有機基Rは、それぞれ同じでも良く、異なっていても良い。
【0030】
有機基Rとして用いられる炭化水素基の具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基等の直鎖又は分岐の鎖状アルキル基;シクロプロピル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等の環状アルキル基;ビニル基、プロペニル基、ヘキセニル基等の直鎖又は分岐の鎖状アルケニル基;シクロペンテニル基、シクロヘキセニル基等の環状アルケニル基;エチニル基、1−プロピオニル基等のアルキニル基;フェニル基、ビフェニル基、トルイル基、ナフチル基等のアリール基等が挙げられる。また、複素環基としては、2−チエニル基、2−ピリジル基、フルフリル基等が挙げられる。
【0031】
なお、有機基Rとして用いられる炭化水素基が置換基を有する場合、この置換基の種類としては、本発明の趣旨に反するものでない限り特に制限は無い。置換基の例としては、メチル基、エチル基、ブチル基などのアルキル基;フェニル基、ナフチル基などのアリール基;メトキシ基、エトキシ基などのアルコキシ基;フェノキシ基などのアリールオキシ基;3級アミノ基;フッ素原子などのハロゲン原子;トリメチルシリル基、トリエトキシシリル基などのシリル基;ヒドロキシ基;チオール基;ブチルチオ基等のアルキルチオ基;フェニルチオ基などのアリールチオ基;アセチル基などのアシル基;アセトキシ基などのカルボキシル基などが挙げられる。これらの置換基の中でも、後出の<3: 7重付加フラーレン誘導体の製造方法>の欄に記載の方法(本発明の7重付加誘導体の製造方法)の反応条件において反応しない安定な置換基である、メチル基、エチル基、ブチル基などのアルキル基;フェニル基、ナフチル基などのアリール基;メトキシ基、エトキシ基などのアルコキシ基;フェノキシ基などのアリールオキシ基;ハロゲン原子のうちフッ素原子及び塩素原子;トリメチルシリル基、トリエトキシシリル基などのシリル基;ブチルチオ基等のアルキルチオ基;フェニルチオ基などのアリールチオ基が好ましく、特に、アルキル基、アリール基、アルコキシ基、塩素原子が更に好ましい。なお、炭化水素基が置換基を有する場合、その置換基の炭素数を含めた有機基Rの全炭素数が前記範囲内に存在する必要がある。
【0032】
これらの有機基Rの具体例の中でも、後出の<3: 7重付加フラーレン誘導体の製造方法>の欄に記載の方法(本発明の7重付加誘導体の製造方法)において原料として用いる5重付加フラーレン誘導体の合成の容易さや安定性の観点、及び、この製造方法における合成反応の反応性の観点から、7個の有機基Rのうち5個(これらを以下「R1」とする。)は、アリール基(芳香族炭化水素基。例えばフェニル基、ビフェニル基など。)、又は、フラーレンに結合している原子の隣り(β位)の原子に水素原子が直接結合していない有機基(例えばメチル基、トリメチルシリルメチル基など。)であることが好ましく、アリール基であることが特に好ましい。
【0033】
一方、有機基Rのうち、上述の5個のR1以外の残りの2個は、炭素数が通常1以上、好ましくは6以上、また、通常50以下、好ましくは20以下の、置換基を有していても良い脂肪族炭化水素基(これらを以下「R2」とする。)であることが好ましい。このようなR2を用いれば、後出の<3: 7重付加フラーレン誘導体の製造方法>の欄に記載のように、アルキル化剤R2X(R2、Xについては後述する。)を中間体と反応させることにより、求核置換反応でR2基をフラーレン骨格上に導入することが可能となる。R2として用いられる脂肪族炭化水素基の具体例としては、上述と同様、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基等の直鎖又は分岐の鎖状アルキル基;シクロプロピル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等の環状アルキル基などが挙げられる。また、この脂肪族炭化水素基が有していても良い置換基の例としては、上述の「有機基Rとして用いられる炭化水素基が置換基を有する場合」の箇所で例示されたものと同じものが挙げられる。なお、R2の脂肪族炭化水素基が置換基を有する場合、その置換基の炭素数を含めたR2の全炭素数が前記範囲内に存在する必要がある。特に、反応性の観点から、2個のR2はベンジル基、ジフェニルメチル基等のアラルキル基であるものが好ましい。
【0034】
なお、本明細書を通じて、符号「R」で表わされる有機基は全て、上に説明したものと同様の定義を表わすものとする。また、説明の便宜上、「R1」「R2」「R3」等の符号を用いて有機基を表わす場合もあるが、「R2」で表わされる有機基は、全て上に説明した「R2」と同様の定義を表わし、その他の「R1」「R3」等の符号で表わされる有機基は、特に断らない限り、全て上に説明した「R」と同様の定義を表わすものとする。なお、同一のフラーレン骨格に複数の有機基R、R1〜R3が結合している場合、これらの有機基R、R1〜R3は、特に断らない限り、それぞれ同じであっても良く、異なっていても良いものとする。
【0035】
フラーレン骨格に対する7個の有機基Rの相対的な結合位置は特に限定されず、任意の位置に結合していればよい。但し、後出の<3: 7重付加フラーレン誘導体の製造方法>の欄に記載の方法(本発明の7重付加誘導体の製造方法)により本発明の7重付加フラーレン誘導体を製造する場合には、以下の式(A)で表わされる部分構造(以下、適宜「部分構造(A)」という。本明細書では、その他の部分構造についても同様に、対応する式の番号を付して特定することにする。)をフラーレン骨格上に有する5重付加フラーレン誘導体を原料として、そのアニオン種をアルキル化することによって容易に製造されるので、以下の部分構造(A)をフラーレン骨格上に1つ有する7重付加フラーレン誘導体が好ましい。なお、R1は上述の様に、Rと同義である。
【0036】
【化3】

【0037】
この際、他の2つの有機基(以下「R2」と記載する。)の結合位置は、フラーレン骨格上におけるこの部分構造(A)以外の位置であれば構わないが、後出の<3: 7重付加フラーレン誘導体の製造方法>の欄に記載の方法(本発明の7重付加誘導体の製造方法)によれば、以下の部分構造(C1)〜(C5)及び(C1’)〜(C5’)をそれぞれ有する7重付加フラーレン誘導体のうち一種或いは複数種が容易に製造されることから、本発明の7重付加誘導体としては、以下の部分構造(C1)〜(C5)及び(C1’)〜(C5’)の何れかを有する7重付加フラーレン誘導体(これを以下適宜「本発明の特定構造7重付加誘導体」という。)が特に好ましい。
【0038】
【化4】

【0039】
なお、部分構造(C1)と(C1’)の組、部分構造(C2)と(C2’)の組、部分構造(C3)と(C3’)の組、部分構造(C4)と(C4’)の組、部分構造(C5)と(C5’)の組は、それぞれ互いに鏡像異性の関係にある。本明細書では、このように鏡像異性の関係にある部分構造の組を、アルファベット(又はアルファベット及び数字の組み合わせ)が同一でアポストロフィ(’)の有無のみが異なる一組の符号(例えば「(C1)」と「(C1’)」の組)で表わすことにする。
【0040】
これらの具体例の中でも、後出の<3: 7重付加フラーレン誘導体の製造方法>の欄に記載の方法(本発明の7重付加誘導体の製造方法)において原料として用いる5重付加フラーレン誘導体の合成の容易さや安定性、及び、この製造方法における合成反応の反応性の観点から、7個の有機基Rのうち5個(R1)は、アリール基(芳香族炭化水素基。例えばフェニル基、ビフェニル基など。)、又は、フラーレンに結合している原子の隣り(β位)の原子に水素原子が直接結合していない有機基(例えばメチル基、トリメチルシリルメチル基など。)であることが好ましく、アリール基であることが特に好ましい。7個の有機基Rのうち残りの2個は、置換基を有していても良い脂肪族炭化水素基(即ち、上述のR2)であるものが好ましく、当該置換基がアルキル基、アリール基、アルコキシ基、又はハロゲン原子であるものがより好ましいが、特に反応性の観点から、2個のR2はベンジル基、ジフェニルメチル基等のアラルキル基であるものが好ましい。
【0041】
本発明の7重付加誘導体は、特定の構造を有するフラーレンの誘導体であり、公知の5重付加フラーレン誘導体、10重付加フラーレン誘導体、8重付加フラーレン誘導体などとは異なる電子的性質が期待されるため、電子材料、生理活性物質、ナノ構造体形成の構成単位等、又はそれらの原料として有用である。
【0042】
また、特に本発明の特定構造7重付加誘導体の場合は、フラーレン骨格に対する7個の有機基R1、R2の相対的な結合位置が特定されており、その構造に規則性があることから、電子材料、生理活性物質、ナノ構造体形成の構造単位等、又はそれらの原料として有用である。
【0043】
また、後述の<2: 7重付加フラーレン金属錯体>の欄で説明する本発明の7重付加金属錯体の製造原料や、後述の<5: 8重付加フラーレン誘導体の製造方法>及び<6: 8重付加フラーレン金属錯体の製造方法>の欄で説明する本発明の8重付加誘導体及び8重付加金属錯体の製造方法における原料としても有用である。
【0044】
<2: 7重付加フラーレン金属錯体>
続いて、本発明のフラーレン金属錯体について説明する。本発明のフラーレン金属錯体は、フラーレン骨格上に7個の有機基Rと1つの金属原子Mを有する、7重付加フラーレン金属錯体である。これを以下、適宜「本発明の7重付加金属錯体」と略称する。
【0045】
本発明の7重付加金属錯体は、フラーレン骨格をCm、有機基をR、Mの配位子をL、配位子の数をnで表わすと、一般式Cm7MLnで表わされる。
【0046】
フラーレン骨格Cmは、上述の<1: 7重付加フラーレン誘導体>の欄における定義と同一である。中でも、入手の容易さからC60骨格及びC70骨格が好ましく、後述の<4−1: 7重付加フラーレン金属錯体の製造方法(1)>の欄で説明する本発明の7重付加金属錯体の製造方法(1)において用いる本発明の7重付加誘導体の原料となる5重付加フラーレン誘導体や、後述の<4−2: 7重付加フラーレン金属錯体の製造方法(2)>の欄で説明する本発明の7重付加金属錯体の製造方法(2)において原料として用いる5重付加フラーレン金属錯体が入手容易なことから、C60骨格が最も好ましい。
【0047】
有機基Rは、上述の<1: 7重付加フラーレン誘導体>の欄における定義と同一である。
【0048】
Mは、金属原子を表わす。具体的には、長周期型元素周期律表(以下、適宜「周期律表」という。)の第1〜10族に属する典型金属及び遷移金属から選ばれる金属原子が挙げられる。典型金属の錯体は反応性を有するため反応性中間体として有用であり、遷移金属の錯体は安定性を有するためそれ自体を材料として用いることができ、何れも好ましい。
【0049】
Mが典型金属の場合、周期律表の第1族又は第2族に属する元素であることが好ましく、第1族に属する元素(アルカリ金属)であるものが特に好ましい。具体例としては、リチウム、ナトリウム、カリウムが挙げられる。
【0050】
一方、Mが遷移金属の場合、周期律表の第4〜10族に属する元素であることが好ましく、第7〜10族に属する後周期遷移金属であることがより好ましく、第8〜10族に属する元素であることがより好ましい。具体例としては、レニウム、鉄、ルテニウム、ロジウム、イリジウム、パラジウム、白金等が挙げられるが、特に鉄、パラジウムが好ましい。
【0051】
Lは、金属原子Mの配位子を表わす。配位子Lは金属原子Mの種類及び価数に応じたものであれば、その種類に他に制限は無い。その具体例としては、オレフィン、CO、3級ホスフィン、エーテル類、3級アミン類などのπ配位型の配位子や、ハロゲン、アルコキシ、アルキル、水素などのσ結合により結合する配位子などが挙げられる。更に、THFやジエチルエーテルなどの溶媒分子も、Lの具体例として挙げられる。また、金属原子Mの種類によっては、配位子Lは必ずしも必要ではない。金属原子が第8〜10族の遷移金属である場合、配位子としては安定な錯体を形成する多座配位子が好ましく、中でもη3配位型の配位子やη5配位型の配位子がより好ましい。具体的には、置換基を有していてもよいアリル基やシクロペンタジエニル基が挙げられる。
【0052】
また、nは配位子Lの数を表わす。nは0以上の整数であり、通常0〜3である。nが2以上の場合、それぞれの配位子Lは同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0053】
なお、本明細書を通じて、「M」で表わされる金属原子、「L」で表わされる配位子、「n」で表わされる数は全て、上に説明したものと同様の定義を表わすものとする。また、説明の便宜上、それぞれ「M’」で表わされる金属原子、「L’」で表わされる配位子、「n’」を用いて表わす場合もあるが、これらの「M’」、「L’」、「n’」で表わされる数も、特に断りのある場合を除き、全て上に説明した「M」、「L」、「n」と同様の定義を表わすものとする。なお、同一のフラーレンC60骨格又はC70骨格に複数の「MLn」及び/又は「M’L’n'」が結合している場合、これらの「MLn」及び/又は「M’L’n'」は、特に断りのある場合を除き、それぞれ同じであっても良く、異なっていても良いものとする。
【0054】
本発明の7重付加金属錯体において、有機基R及び金属原子Mの結合位置は限定されないが、後述の<4−1: 7重付加フラーレン金属錯体の製造方法(1)>及び<4−2: 7重付加フラーレン金属錯体の製造方法(2)>の欄で説明するように、本発明の7重付加金属錯体の製造方法(1)、(2)では、上述した本発明の7重付加誘導体を原料としてこれを金属原子に配位させるか、或いは5重付加フラーレン金属錯体を原料としてこれをアルキル化することによって、本発明の7重付加金属錯体が容易に合成できることから、以下の部分構造(B)を有する7重付加フラーレン金属錯体がより好ましい。なお、R1は上述の様に、Rと同義である。
【0055】
【化5】

【0056】
この際、他の2つの有機基(以下「R2」と記載する。)の結合位置は、フラーレン骨格上におけるこの部分構造(B)以外の位置であれば構わないが、後述の<4−1: 7重付加フラーレン金属錯体の製造方法(1)>及び<4−2: 7重付加フラーレン金属錯体の製造方法(2)>の欄で説明する本発明の7重付加金属錯体の製造方法(1)、(2)によれば、以下の部分構造(E)、(E’)を有する7重付加フラーレン金属錯体が容易に製造されることから、本発明の7重付加金属錯体としては、以下の部分構造(E)、(E’)を有する7重付加フラーレン金属錯体(これを以下適宜「本発明の特定構造7重付加金属錯体」という。)が特に好ましい。この構造は、金属に対して7重付加フラーレン骨格がη5型で配位しているため、他の配位形態の錯体に比べて安定な錯体である。
【0057】
【化6】

【0058】
本発明の7重付加金属錯体は、特定の構造を有するフラーレン金属錯体であり、公知の5重付加フラーレン金属錯体、10重付加フラーレン金属錯体、8重付加フラーレン金属錯体などと異なる電子的性質が期待されるため、電子材料、生理活性物質、ナノ構造体形成の構成単位等、又はそれらの原料として有用である。
【0059】
また、特に上述の本発明の特定構造7重付加金属錯体の場合は、フラーレン骨格に対する7個の有機基Rの相対的な結合位置が特定されており、その構造に規則性があることから、電子材料、生理活性物質、ナノ構造体形成の構造単位等、又はそれらの原料として有用である。
【0060】
<3: 7重付加フラーレン誘導体の製造方法>
次に、本発明の7重付加フラーレン誘導体の製造方法について説明する。この方法は、特定の構造を有する5重付加フラーレン誘導体を原料として、これをアルカリ金属で還元し、次いでR2Xを作用させることにより、2つのR2基をフラーレン骨格上に導入する方法である。これを以下、適宜「本発明の7重付加誘導体の製造方法」と略する。
【0061】
原料となる5重付加フラーレン誘導体(以下、適宜「原料5重付加誘導体」という。)は、フラーレン骨格上に以下の部分構造(A)を有するものであって、一般式Cm(R15Hで表わされる。
【0062】
【化7】

【0063】
ここで、Cm、R1は、上述の<1: 7重付加フラーレン誘導体>の欄で定義した通りである。中でも、CmがC60である5重付加フラーレン誘導体が文献(例えばJournal of the American Chemical Society,1996年,118巻,p.12850)に公知であることから、CmがC60であるものが好ましく用いられる。
【0064】
この原料5重付加誘導体は、何れか一種を単独で用いても良く、二種以上を任意の組み合わせ及び組成で用いても良い。
【0065】
この原料5重付加誘導体を、まず、アルカリ金属で還元する。アルカリ金属の種類に特に制限はないが、通常は金属リチウム、金属ナトリウム、金属カリウムの中から選択される。反応性の観点から、金属カリウムが最も好ましい。
【0066】
アルカリ金属の使用量は、原料5重付加誘導体に対するモル比の値で、通常3.0当量以上、好ましくは4.0当量以上、また、通常20.0当量以下、好ましくは15.0当量以下の範囲である。この段階で5重付加フラーレン誘導体のトリアニオン3(M’)+[(R15603-(M’はアルカリ金属を表わす。)を中間体として生成するため、アルカリ金属は理論上少なくとも3.0当量必要である。一方、用いるアルカリ金属が多過ぎると、副反応が顕著になることがあり好ましくない。
【0067】
また、アルカリ金属はアマルガム(例えばK/Hgなど)のような合金の形態で用いることもできる。この場合、一般に合金はアルカリ金属単体に比べて活性が低いため、過剰量用いる必要がある。具体的には、合金に含有されるアルカリ金属の量として、原料5重付加誘導体に対するモル比の値で、通常5.0当量以上、50.0当量以下の範囲で用いられる。
【0068】
一方、文献(例えばJournal of the American Chemical Society,1996年,118巻,p.12850)に公知の5重付加フラーレン誘導体のアルカリ金属錯体M”(R1560(ここで、M”はアルカリ金属を表わす。)を原料として、これをアルカリ金属と反応させても、同様のトリアニオン中間体を合成することができる。この場合、アルカリ金属は、原料となる上述のアルカリ金属錯体に対するモル比の値で、理論上2当量必要であり、通常2.0当量以上、3.0当量以下の範囲で用いられる。
【0069】
この還元反応の手順は特に制限されないが、通常は溶媒の存在下、原料5重付加誘導体にアルカリ金属を接触させることにより行なう。溶媒としては、反応原料を好適に溶解又は分散させることができ、且つ、反応に好ましからぬ影響を及ぼさないものであれば、その種類に特に制限はないが、THFやジエチルエーテル等のエーテル系溶媒が好ましい。なお、反応に悪影響を及ぼさない範囲で、有機又は無機の添加剤を反応系中に添加してもよい。
【0070】
反応条件も特に制限されないが、通常は不活性ガス雰囲気下、常圧、室温で反応を行なうことが可能である。反応時間は通常、数十分から1日程度である。
【0071】
還元反応の終了後、生成した中間体である5重付加フラーレン誘導体のトリアニオンを単離することもできるが、単離せずに引き続き次のアルキル化反応を行なってもよい。中間体を単離する場合は、不活性ガス雰囲気下で溶媒を除去した後、ヘキサンなどの炭化水素溶媒で洗浄することによって行なわれ、収率は通常80%以上である。中間体である5重付加フラーレン誘導体のトリアニオンは、通常は空気に不安定であるため、空気に触れないように取り扱う必要がある。
【0072】
次いで、中間体である5重付加フラーレン誘導体のトリアニオンを、R2Xでアルキル化する。R2Xはアルキル化剤であり、アニオンと反応してアニオン部位にR2が結合する性質を有する化合物である。
【0073】
ここで、R2は、上述の様に、炭素数1以上、50以下の、置換基を有していてもよい脂肪族炭化水素基を表わす。脂肪族炭化水素基や置換基の具体例や好ましい例についても、上述の<1: 7重付加フラーレン誘導体>の欄に記載の通りである。
【0074】
Xは、アニオン性の基を表わす。具体的には、塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン原子;アセトキシ基、トリフルオロアセトキシ基などのカルボキシル基;メタンスルホキシ基、p−トルエンスルホキシ基、トリフルオロメタンスルホキシ基などのスルホキシ基などが挙げられる。R2の種類にもよるが、Xとしては通常、入手の容易さ及び取り扱いの容易さから、通常ハロゲン原子が好ましく用いられる。なお、本明細書を通じて、「X」で表わされるアニオン性の基は全て、上に説明したものと同様の定義を表わすものとする。
【0075】
アルキル化剤R2Xの使用量は、アルキル化の対象となる5重付加フラーレン誘導体のトリアニオンに対するモル比の値で、通常2.0当量以上、5.0当量以下の範囲である。反応を完結させるためには理論上少なくとも2.0当量のR2Xが必要であるが、使用量が多過ぎると副反応が進行することがあるので好ましくない。
【0076】
アルキル化反応の手順は特に制限されないが、通常は溶媒の存在下、5重付加フラーレン誘導体のトリアニオンにアルキル化剤R2Xを接触させることにより行なう。溶媒としては、反応原料を好適に溶解又は分散させることができ、且つ、反応に好ましからぬ影響を及ぼさないものであれば、その種類に特に制限はないが、THFやジエチルエーテル等のエーテル系溶媒が好ましい。なお、反応に悪影響を及ぼさない範囲で、有機又は無機の添加剤を反応系中に添加してもよい。なお、還元反応の終了後、生成した5重付加フラーレン誘導体のトリアニオンを単離して改めて反応液を作製しても良いが、還元反応の反応液をそのまま用いてそこにアルキル化剤R2Xを加えてもよい。
【0077】
反応条件も特に制限されないが、通常は不活性ガス雰囲気下、常圧、室温で反応を行なうことが可能である。反応時間は通常数分から数時間である。
【0078】
アルキル化反応の終了後、通常は希塩酸等の酸性水溶液を加えて反応を停止させた後、メタノール、エタノール等のアルコール類を加えて目的物を析出させ、回収する。得られた生成物を、必要に応じてシリカゲルカラムクロマトグラフィーや高速液体クロマトグラフィー(high performance liquid chromatography:以下適宜「HPLC」と略す。)等の手法で精製することにより、目的物である本発明の7重付加誘導体を得ることができる。目的物の収率は、その構造にもよるが、通常50%以上、95%以下の範囲である。
【0079】
本発明の7重付加誘導体の製造方法によって製造される7重付加フラーレン誘導体は、7個の有機基の相対位置が特定される。具体的には、フラーレン骨格に直接結合する水素原子の位置に応じて5組の位置異性体が存在し、更にこれらはそれぞれ鏡像異性体を有するため、結果として5×2=10種類の異性体が存在することになる。具体的には、フラーレン骨格上にそれぞれ以下の部分構造(C1)〜(C5)及び(C1’)〜(C5’)を有する10種類の異性体が現われるが、これらは上述した本発明の特定構造7重付加誘導体に該当する。
【0080】
【化8】

【0081】
本発明の7重付加誘導体の製造方法によれば、目的物である本発明の7重付加誘導体は、通常これら5組の位置異性体の混合物として得られる。このことは、得られた生成物について1H NMR分析を行なった際に、フラーレン骨格に直接結合した水素原子に対応する1重線の共鳴が、それぞれ5本観測されることから確認できる。
【0082】
本発明の7重付加誘導体の製造方法で得られる7重付加フラーレン誘導体は、上述の本発明の特定構造7重付加誘導体であり、公知の5重付加フラーレン誘導体、10重付加フラーレン誘導体、8重付加フラーレン誘導体などと異なる電子的性質が期待されるため、電子材料、生理活性物質、ナノ構造体形成の構成単位等、又はそれらの原料として有用である。
【0083】
また、後出の<4−1: 7重付加フラーレン金属錯体の製造方法(1)>及び<4−2: 7重付加フラーレン金属錯体の製造方法(2)>の欄で説明する本発明の7重付加金属錯体の製造方法(1)(2)や、同じく後出の<5: 8重付加フラーレン誘導体の製造方法>及び<6: 8重付加フラーレン金属錯体の製造方法>の欄で説明する本発明の8重付加誘導体及び8重付加金属錯体の製造方法における原料としても有用である。
【0084】
<4−1: 7重付加フラーレン金属錯体の製造方法(1)>
続いて、本発明の7重付加フラーレン金属錯体の第1の製造方法について説明する。これは、本発明の7重付加誘導体を原料として、(1a)これに塩基を作用させることにより、或いは、(1b)塩基を作用させた後、更にこれを金属化合物と反応させることにより、本発明の7重付加金属錯体を製造するものである。主に、前者の方法は典型金属を含む7重付加フラーレン金属錯体(以下適宜「7重付加典型金属錯体」という。)を製造する際に有効であり、後者の方法は遷移金属を含む7重付加フラーレン金属錯体(以下適宜「7重付加遷移金属錯体」という。)を製造する際に有効である。以下、これらの製造方法をそれぞれ「本発明の7重付加金属錯体の製造方法(1a)」及び「本発明の7重付加金属錯体の製造方法(1b)」と略称する。また、これらの製造方法をまとめて呼ぶ時は「本発明の7重付加金属錯体の製造方法(1)」というものとする。
【0085】
まず、本発明の7重付加金属錯体の製造方法(1a)について説明する。本製造方法における塩基としては、原料となる本発明の7重付加誘導体(以下の記載では便宜上、「原料7重付加誘導体」と呼ぶ場合がある。)のフラーレン骨格に直接結合した水素原子を引き抜くことができ、且つ、目的とする7重付加フラーレン金属錯体に対応する金属原子(本製造方法においては典型金属)を含有する塩基であれば、その種類を問わないが、通常は典型金属の水素化物、典型金属のアルコキシド、又は典型金属のアルキル化化合物が用いられる。典型金属の種類も問わないが、通常は周期律表の第1族又は第2族に属する元素(アルカリ金属、アルカリ土類金属)が好ましく、中でも周期律表の第1族に属する元素(アルカリ金属)が特に好ましい。具体的には、NaH、KH、NaOtBu、KOtBu、CaH2、Ca(OH)2、n−BuLi、MeLiなどが挙げられるが、中でもNaH、KH、NaOtBu、KOtBuが好ましい。
【0086】
反応の手順は特に制限されないが、通常は溶媒の存在下、原料7重付加誘導体に上記の金属原子を含有する塩基を接触させることにより行なう。溶媒としては、反応原料を好適に溶解又は分散させることができ、且つ、反応に好ましからぬ影響を及ぼさないものであれば、その種類に特に制限はないが、THFやジエチルエーテル等のエーテル系溶媒が好ましい。なお、反応に悪影響を及ぼさない範囲で、有機又は無機の添加剤を反応系中に添加してもよい。
【0087】
反応条件も特に制限されないが、通常は不活性ガス雰囲気下、常圧、室温で反応を行なうことが可能である。反応時間は通常、数分から1時間程度である。
【0088】
反応の終了後、生成した7重付加フラーレン典型金属錯体を単離することにより、目的物を得ることができる。単離の手法としては、反応液中に不溶物がある場合は不溶物を濾過や遠心分離等の手法により除去した後、溶媒を留去し、析出した生成物をヘキサン等の溶媒により洗浄すればよい。目的物の収率は、通常80%以上である。
【0089】
続いて、本発明の7重付加金属錯体の製造方法(1b)について説明する。本製造方法における塩基としては、原料となる本発明の7重付加誘導体のフラーレン骨格に直接結合した水素原子を引き抜くことができる塩基であれば、その種類を問わないが、通常は上述の製造方法(1a)と同様、典型金属の水素化物又はアルコキシドが用いられる。その好ましい例も、上述の製造方法(1a)の場合と同様である。
【0090】
原料7重付加誘導体に塩基を作用させる手順は、上述の製造方法(1a)と同様である。この反応により、7重付加フラーレン典型金属錯体が生成することになる。この7重付加フラーレン典型金属錯体は、上述の製造方法(1a)の場合と同様の手法により単離してから後段の金属化合物との反応に供しても良く、単離せずにそのまま金属化合物との反応を行なってもよい。
【0091】
次いで、得られた7重付加フラーレン典型金属錯体を金属化合物と反応させる。この金属化合物は、一般式MLnYで表わされる。
【0092】
ここで、上述の様に、Mは金属原子を表わし、Lは金属原子の配位子を表わし、nはその個数を表わす。これらの詳しい定義は、上述の<2: 7重付加フラーレン金属錯体>の欄に記載したものと同一である。
【0093】
Yは、安定なアニオンを形成する残基(アニオン性基)である。具体的には、塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン原子;アセトキシ基、トリフルオロアセトキシ基などのカルボキシル基;メタンスルホキシ基、p−トルエンスルホキシ基、トリフルオロメタンスルホキシ基などのスルホキシ基;BF4、PF6、SbF6、ClO4のような超強酸の残基などが挙げられる。なお、本明細書を通じて、「Y」で表わされるアニオン性の基は全て、上に説明したものと同様の定義を表わすものとする。
【0094】
この金属化合物MLnYは、製造対象となる本発明の7重付加金属錯体の構造に応じて、適切なものを選択して用いれば良い。特に、本製造方法(1b)は、上述の製造方法(1a)によっては製造が困難な7重付加遷移金属錯体を製造するのに有効であることから、通常は金属原子Mとして遷移金属を含有する遷移金属化合物MLnYが用いられる。
【0095】
MLnYの使用量は、その反応性にもよるが、通常7重付加フラーレンアルカリ金属錯体に対し、金属原子Mの量としてモル比で通常1.0当量以上、1.5当量以下の範囲で用いられる。反応を完結させるためには理論上少なくとも1.0当量必要であるが、多過ぎると生成物と未反応物との分離が困難となるため好ましくない。
【0096】
この金属化合物との反応の手順は特に制限されないが、通常は溶媒の存在下、原料5重付加誘導体にアルカリ金属を接触させることにより行なう。溶媒としては、反応原料を好適に溶解又は分散させることができ、且つ、反応に好ましからぬ影響を及ぼさないものであれば、その種類に特に制限はないが、THFやジエチルエーテル等のエーテル系溶媒が好ましい。なお、反応に悪影響を及ぼさない範囲で、有機又は無機の添加剤を反応系中に添加してもよい。
【0097】
反応条件も特に制限されないが、通常は不活性ガス雰囲気下、常圧、室温付近で反応を行なうことが可能である。反応時間は通常、数分から1時間程度である。
【0098】
反応の停止は、通常は反応系に飽和塩化アンモニウム水溶液等を加えて行なう。不溶物を濾過や遠心分離等の手法により除去した後、溶媒を留去することにより、目的物の粗生成物を得る。目的物が安定であれば、必要に応じてシリカゲルカラムクロマトグラフィーやHPLCによる精製を行なっても良い。目的物の収率は、その構造にもよるが、通常80%以上、95%以下の範囲である。
【0099】
<4−2: 7重付加フラーレン金属錯体の製造方法(2)>
続いて、本発明の7重付加フラーレン金属錯体の第2の製造方法について説明する。これは、フラーレン骨格上に上記の部分構造(B)を有する5重付加フラーレン金属錯体をアルカリ金属で還元し、次いでR2Xを作用させることにより、2つのR2基を導入するものである。この製造方法を以下、適宜「本発明の7重付加金属錯体の製造方法(2)」と略称する。
【0100】
原料となる5重付加フラーレン金属錯体(以下、適宜「原料5重付加金属錯体」という。)は、フラーレン骨格に5個の有機基と1個の金属原子が結合したフラーレン金属錯体であり、好ましくは以下の部分構造(B)をフラーレン骨格上に有するものである。
【0101】
【化9】

【0102】
ここで、R1は有機基を表わし、上述の<1: 7重付加フラーレン誘導体>の欄に記載のRと同義である。
【0103】
M、L、nは、上述の様に、それぞれ金属原子、金属原子の配位子、配位子の個数を表わす。その定義及び好ましい例は、それぞれ上述の<2: 7重付加フラーレン金属錯体>の欄に記載されたものと同一である。
【0104】
この原料5重付加金属錯体を、まずアルカリ金属により還元し、中間体である5重付加フラーレン金属錯体のジアニオンを形成させる。アルカリ金属の種類は特に制限されないが、通常は金属リチウム、金属ナトリウム、金属カリウムの中から選択される。中でも、反応性の観点から金属カリウムが最も好ましい。
【0105】
アルカリ金属の使用量は、原料5重付加金属錯体に対するモル比の値で、通常2.0当量以上、また、通常20当量以下、好ましくは15当量以下の範囲で用いられる。中間体である5重付加フラーレン金属錯体のジアニオンを形成するためには理論上少なくとも2.0当量が必要であるが、多過ぎると副反応が進行することがあるため好ましくない。
【0106】
還元反応の手順は特に制限されないが、通常は溶媒の存在下、原料5重付加金属錯体にアルカリ金属を接触させることにより行なう。溶媒としては、反応原料を好適に溶解又は分散させることができ、且つ、反応に好ましからぬ影響を及ぼさないものであれば、その種類に特に制限はないが、THFやジエチルエーテル等のエーテル系溶媒が好ましい。なお、反応に悪影響を及ぼさない範囲で、有機又は無機の添加剤を反応系中に添加してもよい。
【0107】
還元反応時の反応条件は特に制限されないが、通常は不活性ガス雰囲気下、常圧、室温付近で反応を行なうことが可能である。反応時間は通常、数時間から数日程度である。
【0108】
還元反応の終了後、生成した中間体に対してアルキル化剤を作用させる。なお、還元反応により得られた中間体を一旦単離してから、改めてアルキル化反応を行なってもよいが、この中間体(5重付加フラーレン金属錯体のジアニオン)は一般に不安定であるため、通常は単離せずに連続して反応を行なう。なお、中間体を単離しない場合は、通常、未反応のアルカリ金属などの不溶物を、デカンテーション若しくは遠心分離などの操作で除去した後、得られた溶液をそのまま続くアルキル化反応に用いる。
【0109】
アルキル化剤は、一般式R2Xで表わされる化合物である。R2及びXの定義は<3: 7重付加フラーレン誘導体の製造方法>の欄における定義と同一である。アルキル化剤R2Xの使用量はその種類にもよるが、通常2.0当量以上、1000当量以下の範囲である。反応を完結させるためには理論上少なくとも2.0当量必要であるが、多過ぎると副反応が進行することがあり好ましくない。
【0110】
このアルキル化剤R2Xを、通常は上述の還元反応の反応液に直接加えることにより、アルキル化反応を開始する。反応条件は特に制限されないが、通常は不活性ガス雰囲気下、常圧、室温付近で反応を行なうことが可能である。反応時間は通常、数時間から数日程度である。
【0111】
反応の停止は、通常は反応系に飽和塩化アンモニウム水溶液等の水溶液やアルコール類などのプロトン性化合物を加えて行なう。不溶物を除去した後、溶媒を留去し、得られた粗生成物を必要に応じて更にカラムクロマトグラフィーやHPLC等の手段で精製することにより、目的物を得ることができる。目的物の収率はその構造にもよるが、原料5重付加金属錯体を基準とした値で、通常30%以上、90%以下の範囲である。
【0112】
本発明の7重付加金属錯体の製造方法(1)、(2)で製造される7重付加フラーレン金属錯体は、通常、フラーレン骨格に結合する7個の有機基及び1個の金属原子の相対位置が特定される。具体的には、通常、以下の部分構造(E)、(E’)を有する鏡像異性体の組が現われるが、これらは即ち、上述した本発明の特定構造7重付加金属錯体に該当する。
【0113】
【化10】

【0114】
本発明の7重付加金属錯体の製造方法(1)、(2)で製造される7重付加フラーレン金属錯体は、上述した本発明の7重付加金属錯体であり、公知の5重付加フラーレン金属錯体、10重付加フラーレン金属錯体、8重付加フラーレン金属錯体などと異なる電子的性質が期待されるため、電子材料、生理活性物質、ナノ構造体形成の構成単位等、又はそれらの原料として有用である。
【0115】
また、特に上述の本発明の特定構造7重付加金属錯体の場合は、フラーレン骨格に対する7個の有機基Rの相対的な結合位置が特定されており、その構造に規則性があることから、電子材料、生理活性物質、ナノ構造体形成の構造単位等、又はそれらの原料として有用である。
【0116】
<5: 8重付加フラーレン誘導体の製造方法>
続いて、本発明の8重付加フラーレン誘導体の製造方法について説明する。これは、上述した本発明の7重付加誘導体(以下の記載では便宜上、「原料7重付加誘導体」と呼ぶ場合がある。)に有機金属試薬を作用させることにより、1個の有機基と1個の水素原子をフラーレン骨格上に導入するものである。この製造方法を以下、適宜「本発明の8重付加誘導体の製造方法」と略称する。
【0117】
8重付加フラーレン誘導体は公知であり、例えばJournal of the American Chemical Society,2004年,126巻,p.8725には、8重付加フラーレン誘導体であるC60Me5Ph32が記載されている。但し、この文献に記載された製造方法は、5重付加フラーレン誘導体C60Me5Hのフラーレン骨格上の水素原子をCN基に変換した後、これを有機銅試薬と反応させて3個のPh基と水素原子をフラーレン骨格上に導入し、最後にCN基を水素原子に変換するというものであり、原料となるフラーレンC60から4段階の反応工程が必要である。また、その反応も選択的ではなく、有機銅試薬との反応工程における生成物はCN化10重付加C60誘導体とCN化8重付加C60誘導体との混合物となってしまうため、CN化8重付加C60誘導体のみを分離する必要がある上に、その収率も十分満足のいくものではなかった。
【0118】
これに対して、以下に説明する本発明の8重付加誘導体の製造方法は、上述のように本発明の7重付加誘導体(以下の記載では便宜上、「原料7重付加誘導体」と呼ぶ場合がある。)を原料として、これに有機金属試薬を作用させることにより、1個の有機基と水素原子をフラーレン骨格上に導入する方法であり、C60等のフラーレンから考えると3段階の反応工程で製造できる上、各工程の反応が高選択的に進行するため、その収率も良好であり、従来の方法より優れた製造方法である。
【0119】
本製造方法において使用される有機金属試薬は、一般式R3M’X’n'で表わされる。ここで、R3は炭素数1以上、50以下の有機基を表わし、上述した様に、<1: 7重付加フラーレン誘導体>に記載のRと同じ定義である。
【0120】
M’は、金属元素を表わす。通常は周期律表の第1〜4族の元素であるが、第1族(アルカリ金属)又は第2族(アルカリ土類金属)の元素が好ましい。具体的にはMg、Li、Zn、Na、Al、K等が挙げられるが、Mg、Li、Zn、Naが好ましく、Mg(すなわちR3M’Xn'がグリニヤール(Grignard)試薬であるもの)が特に好ましい。
【0121】
X’は、ハロゲン原子を表わす。通常はCl、Br又はIである。
【0122】
n’は、M’の価数によって決まる0又は1の整数であり、例えばM’が第1族(アルカリ金属)の元素であるときはn’は0、M’が第2族(アルカリ土類金属)の元素であるときはn’は1である。
【0123】
有機金属試薬R3M’X’n'の使用量は、原料7重付加誘導体に対するモル比の値で、通常2.0当量以上、3.0当量以下の範囲である。原料7重付加誘導体のフラーレン骨格に直接結合している水素原子の引き抜きに1当量の有機金属試薬が消費されるため、反応を完結させるためには理論上少なくとも2.0当量の有機金属試薬が必要であると考えられるが、用いる有機金属試薬の量が多過ぎると副反応が顕著になることがあり好ましくない。
【0124】
反応の手順は特に制限されないが、通常は溶媒の存在下、原料7重付加誘導体に有機金属試薬R3M’X’n'を接触させることにより行なう。溶媒としては、反応原料を好適に溶解又は分散させることができ、且つ、反応に好ましからぬ影響を及ぼさないものであれば、その種類に特に制限はないが、THFやジエチルエーテル等のエーテル系溶媒が好ましい。なお、反応に悪影響を及ぼさない範囲で、有機又は無機の添加剤を反応系中に添加してもよい。
【0125】
反応条件は特に制限されないが、通常は不活性ガス雰囲気下、常圧、室温付近で反応を行なうことが可能である。反応時間は通常、数分から1時間程度である。
【0126】
反応の停止は、通常は反応系に飽和塩化アンモニウム水溶液等の水溶液を加えて行なう。溶媒を留去した後、得られた粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーやHPLC等の手法で精製することにより、目的物を得ることができる。その単離収率は、通常70%以上、95%以下の範囲である。
【0127】
本発明の8重付加誘導体の製造方法で製造される8重付加フラーレン誘導体は、通常、8個の有機基が特定の相対位置に配置される。特に、原料として上述した本発明の特定構造7重付加誘導体を用いた場合には、フラーレン骨格に直接結合している水素原子の位置に応じて5組の位置異性体が存在し、更にこれらはそれぞれ鏡像異性体を有するため、結果として5×2=10種類の異性体が存在することになる。具体的には、以下の部分構造(F1)〜(F5)及び(F1’)〜(F5’)を有する10種類の異性体が現われる。
【0128】
【化11】

【0129】
本発明の8重付加誘導体の製造方法によれば、目的物である8重付加フラーレン誘導体は、通常これら5組の位置異性体の混合物として得られる。このことは、得られた生成物について1H NMR分析を行なった際に、フラーレン骨格に直接結合した水素原子に対応する1重線の共鳴が、それぞれ5本観測されることから確認できる。
【0130】
本発明の8重付加誘導体の製造方法は、上述の様に従来の方法と比べて少ない工程で、目的物である8重付加フラーレン誘導体が効率的且つ選択的に製造できる。また、特に原料として上述した本発明の特定構造7重付加誘導体を用いた場合には、得られる8重付加フラーレン誘導体は上述の様にフラーレン骨格に対する7個の有機基Rの相対的な結合位置が特定されており、その構造に規則性があることから、電子材料、生理活性物質、ナノ構造体形成の構成単位等、又はそれらの原料として有用であると考えられる。
【0131】
<6: 8重付加フラーレン金属錯体の製造方法>
続いて、本発明の8重付加フラーレン金属錯体の製造方法について説明する。これは、上述した本発明の8重付加誘導体の製造方法と同様に、本発明の7重付加誘導体に対して有機金属試薬を作用させた後、更に反応性の金属化合物を作用させることにより、1個の有機基と1個の金属原子をフラーレン骨格上に導入するものである。この製造方法を以下、適宜「本発明の8重付加金属錯体の製造方法」と略称する。
【0132】
まず、本発明の8重付加誘導体の製造方法と同様に、原料となる本発明の7重付加誘導体(以下の記載では便宜上、「原料7重付加誘導体」と呼ぶ場合がある。)に対して、有機金属試薬R3M’X’n'を作用させる。ここで、R3、M’、X’、n’の定義や好ましい例は、上述の<1: 7重付加フラーレン誘導体>や<5: 8重付加フラーレン誘導体の製造方法>の欄に記載したものと同一である。また、有機金属試薬R3M’X’n'の種類や使用量、反応の手順や条件等も、上述の<5: 8重付加フラーレン誘導体の製造方法>の欄に記載したものと同一である。
【0133】
続いて、原料7重付加誘導体と有機金属試薬R3M’X’n'との反応により得られた中間体(金属部位がM’X’n'である8重付加フラーレン誘導体のモノ金属錯体)に、金属化合物を作用させる。
【0134】
金属化合物としては、上述の<4−1: 7重付加フラーレン金属錯体の製造方法(1)>の欄に記載したものと同様の、一般式MLnYで表わされるものが用いられる。ここで、M、L、n、Y等の定義及び好ましい例については、上述の<4−1: 7重付加フラーレン金属錯体の製造方法(1)>の欄に記載したものと同一である。この金属化合物MLnYとしては、製造対象となる8重付加フラーレン金属錯体の構造に応じて、適切なものを選択して用いればよい。
【0135】
金属化合物の使用量は、原料7重付加誘導体に対するモル比で通常1.0当量以上、3.0当量以下の範囲である。反応を完結させるためには理論上少なくとも1.0当量の金属化合物が必要であるが、多過ぎると副反応が起こるため好ましくない。
【0136】
この金属化合物との反応の手順は特に制限されないが、通常は溶媒の存在下、前段の有機金属試薬との反応により得られた中間体に上述の金属化合物を接触させることにより行なう。溶媒としては、反応原料を好適に溶解又は分散させることができ、且つ、反応に好ましからぬ影響を及ぼさないものであれば、その種類に特に制限はないが、THFやジエチルエーテル等のエーテル系溶媒が好ましい。なお、反応に悪影響を及ぼさない範囲で、有機又は無機の添加剤を反応系中に添加してもよい。なお、前段の有機金属試薬との反応により得られた中間体を一旦単離してから、改めて金属化合物との反応を行なってもよく、前段の反応液に対して直接、金属化合物を加えることにより、連続して反応を行なってもよいが、通常は前段の反応液に対して直接金属化合物を加え、連続して反応を行なう。
【0137】
反応条件も特に制限されないが、通常は不活性ガス雰囲気下、常圧、室温付近で反応を行なうことが可能である。反応時間は通常、数分から1時間程度である。
【0138】
反応の停止は、通常は反応系に飽和塩化アンモニウム水溶液等の水溶液を加えて行なう。不溶物を除去し、溶媒を留去することにより、粗生成物が得られる。Mが遷移金属等の安定な錯体の場合は、更にこれをシリカゲルカラムクロマトグラフィーやHPLC等の手段で精製してもよい。目的物の収率はその構造にもよるが、通常50%以上、95%以下の範囲である。
【0139】
本発明の8重付加金属錯体の製造方法で得られる8重付加フラーレン金属錯体は、通常、8個の有機基と1個の金属原子の相対位置が特定される。特に、原料として上述した本発明の特定構造7重付加誘導体を用いた場合には、フラーレン骨格に直接結合した水素原子の位置に応じて3種類の位置異性体が存在し、更にそのうち2種類はそれぞれ鏡像異性体を有するため、結果として1+2×2=5種類の異性体が存在することになる。具体的には、フラーレン骨格上にそれぞれ以下の部分構造(G1)〜(G3)、(G2’)、(G3’)を有する5種類の異性体が現われる。
【0140】
【化12】

【0141】
本発明の8重付加金属錯体の製造方法によれば、上述の様に従来の方法と比べて少ない工程で、目的物である8重付加フラーレン金属錯体が選択的且つ効率的に製造できる。また、特に原料として上述の本発明の特定構造7重付加誘導体を用いた場合には、得られる上述の様にフラーレン骨格に対する7個の有機基Rの相対的な結合位置が特定されており、その構造に規則性があることから、電子材料、生理活性物質、ナノ構造体形成の構成単位等、又はそれらの原料として有用であると考えられる。
【実施例】
【0142】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。なお、以下の全ての操作はアルゴン雰囲気下で、通常のシュレンク(Schlenk)管を用いる方法で行なった。
【0143】
<実施例1: C60(biphenyl)5(CH2Ph)2Hの合成>
60(biphenyl)5Hの微結晶(500mg、0.336mmol)と金属カリウム(112mg、2.87mmol)をTHF(40mL)中で反応させたところ、濃緑色の溶液が得られた。この溶液を遠沈管に移し、遠心分離により不溶物を除去した。THFを減圧留去し、ヘキサンで洗浄後、乾燥することにより、中間生成物である[K(THF)n3[C60(biphenyl)5]を、濃緑色の粉体として得た(725mg、0.322mmol、96%)。得られた粉体は、空気及び湿気に敏感であった。この粉体について、1H NMR及び13C NMRの測定を行なった。その結果を以下に示す。
【0144】
1H NMR (THF-d8, 500 MHz): δ 7.15 (t, Ph, 5H), 7.27 (t, Ph, 10H), 7.36 (d, C6H4, 10H), 7.51 (d, Ph, 10H), 8.04 (d, C6H4, 10H)
13C NMR (125 MHz, THF-d8): δ 62.18 (C60(sp3), 5C), 126.90 (biphenyl, 10C), 127.27 (biphenyl, 5C), 127.71 (biphenyl, 10C), 128.84 (biphenyl, 5C), 129.24 (biphenyl, 10C), 129.84 (biphenyl, 10C), 139.32 (biphenyl, 5C), 142.50 (biphenyl, 5C), 143.32 (C60, 10C), 145.62 (C60, 5C), 146.65 (C60, 5C), 147.41 (C60, 10C), 149.38 (C60, 5C), 149.41 (C60, 10C), 159.88 (C60, 10C)
【0145】
上に得られた[K(THF)n3[C60(biphenyl)5](300mg、0.133mmol)をTHF(10mL)溶液とし、臭化ベンジル(79.7mg、0.466mmol)を25℃で加えたところ、黒緑色の溶液が即座に濃赤色に変化した。2分間攪拌した後、希塩酸(1N、0.2mL)を加えた。この溶液にメタノール(60mL)を加えると、赤色の微結晶が析出した。これを濾過によって回収し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶離液:二硫化炭素/トルエン=10/0〜8/2)によって精製した。黄色のフラクションに続いて溶出してきた強い赤色のフラクションを回収し、溶媒を減圧留去した。得られた濃縮液にメタノールを加えたところ、赤色の結晶が析出した。これを回収し、メタノールで洗浄後、乾燥することによって、表題化合物を、水素原子の結合位置に基づく分離不能な5つの位置異性体の混合物として得た(167mg、0.100mmol、75%)。得られた生成物について、混合物の状態で1H NMR、13C NMR、及びAPCI−TOF−MSの測定並びに元素分析を行なった。結果を以下に示す。
【0146】
1H NMR (CDCl3, 500 MHz): δ 3.35-4.09 (m, 4H, CH2Ph), 5.33, 5.36, 5.37, 5.42, and 5.46 (s × 5, 1H, C60-H), 7.27-8.05 (m, 55H, aromatic protons)
13C[1H] NMR (CDCl3, 125 MHz): δ 47.0-47.8 (CH2Ph), 58.54-61.25 (C(sp3)-H, C(sp3)-Ph, and C(sp3)-CH2), 127.01-154.89 (aromatic carbons)
HRMS (APCI-TOF, negative) m/z calcd for C134H59 [M-H]- 1668.4650, found: 1668.4645
Anal. Calcd for C134H60: C, 96.38; H, 3.62. Found: C, 96.21; H, 3.59
以上の結果から、この生成物は、上述の部分構造(C1)〜(C5)及び(C1’)〜(C5’)をそれぞれ有する、表題化合物の5種類の位置異性体の混合物であると同定された。
【0147】
<実施例2: C60(biphenyl)5(CH2Ph)2Hの合成>
60(biphenyl)5H(1.00mmol、0.672mmol)と金属カリウム(263mg、6.72mmol)をシュレンク管に入れ、THFを加えた。ガスの発生が観測され、25℃で4時間攪拌したところ、溶液の色が濃赤色に変化した。更に18時間攪拌を継続したところ、濃緑色に変化した。この溶液部分を別のシュレンク管に移し、臭化ベンジル(402mg、2.35mmol)を25℃で加えたところ、液色が濃緑色から濃赤色に変化した。2分間攪拌した後、希塩酸(1N、1.0mL)とメタノール(200mL)を順に加え、粗生成物の微結晶を得た。実施例1と同様に分離精製を行ない、表題化合物を赤色結晶として得た(751mg、0.450mmol、67%)。得られた生成物について1H NMR、13C NMR、及びAPCI−TOF−MSの測定並びに元素分析を行なったところ、実施例1の生成物と同様であると確認された。
【0148】
<実施例3: C60Ph5(CH2Ph)2Hの合成>
60(biphenyl)5Hの代わりにC60Ph5H(1.11g、1.00mmol)を用い、用いる臭化ベンジルの量を599mg(3.50mmol)、金属カリウムの量を391mg(10.0mmol)とした以外は、実施例2と同様の手順で合成を行ない、表題化合物を得た(890mg、0.69mmol、69%)。得られた生成物について、1H NMR、13C NMR、及びAPCI−TOF−MSの測定並びに元素分析を行なった。結果を以下に示す。
【0149】
1H NMR (CDCl3, 400 MHz): δ 3.3-3.6 (m, 2H, CHHPh), 3.8-4.1 (m, 2H, CHHPh), 5.20, 5.22, 5.24, 5.29, and 5.33 (s × 5, 1H, C60-H), 7.0-8.0 (m, 35H, Ph)
13C[1H] NMR (CDCl3, 100 MHz): δ 47.3-47.8 (CH2Ph), 58.4-60.0 (C(sp3)-Ph and C(sp3)-CH2), 61.82, 62.35, 62.82, 63.43, and 63.72 (C(sp3)-H), 126.7-129.0 (Ph), 131.0-131.4 (Ph), 136.8-136.9 (ipso-Ph (CH2Ph)), 137.5-137.6 (ipso-Ph (CH2Ph)), 139.7-164.1 (C60(sp2) and ipso-Ph (C60-Ph))
HRMS (APCI-TOF, negative) m/z calcd for C103H40 [M-H]- 1288.3085, found: 1288.3087
Anal. Calcd for C104H40: C, 96.87; H, 3.13. Found: C, 96.70; H, 3.03
以上の結果から、この生成物は、上述の部分構造(C1)〜(C5)及び(C1’)〜(C5’)をそれぞれ有する、表題化合物の5種類の位置異性体の混合物であると同定された。
【0150】
<実施例4: C60(biphenyl)5(CHPh22Hの合成>
臭化ベンジルの代わりにα−ブロモジフェニルメタン(116mg、0.47mmol)を用い、C60(biphenyl)5Hの量を200mg(0.134mmol)、金属カリウムの量を52mg(1.34mmol)とした以外は、実施例2と同様の手順で合成を行ない、表題化合物を得た(174mg、0.096mmol、71%)。得られた生成物について、1H NMR、13C NMR、及びAPCI−TOF−MSの測定並びに元素分析を行なった。結果を以下に示す。
【0151】
1H NMR (CDCl3, 400 MHz): δ 5.38-5.83 (m, 3H, C60-H and CHPh2), 6.80-8.33 (m, 65H, Ph)
13C[1H] NMR (CDCl3, 100 MHz): δ 57.3-66.4 (sp3 C(C60)-Ph, C(C60)-CH, C(C60)-H, and CHPh2), 126.1-164.3 (aromatic carbons)
HRMS (APCI-TOF, negative) m/z calcd for C145H68 [M-H]- 1820.5276, found: 1820.5267
Anal. Calcd for C146H68: C, 96.24; H, 3.76. Found: C, 96.02; H, 3.64
以上の結果から、この生成物は、上述の部分構造(C1)〜(C5)及び(C1’)〜(C5’)をそれぞれ有する、表題化合物の5種類の位置異性体の混合物であると同定された。
【0152】
<実施例5: C60Ph5(CHPh22Hの合成>
臭化ベンジルの代わりにα−ブロモジフェニルメタン(157mg、0.634mmol)を用い、C60Ph5Hの量を200mg(0.181mmol)、金属カリウムの量を71.0mg(1.81mmol)とした以外は、実施例3と同様の手順で合成を行ない、表題化合物を得た(187mg、0.130mmol、72%)。得られた生成物について、1H NMR、13C NMR、及びAPCI−TOF−MSの測定並びに元素分析を行なった。結果を以下に示す。
【0153】
1H NMR (CDCl3, 400 MHz): δ 5.21-5.32 (s × 10, 2H, CHPh2), 5.67, 5.67, 5.69, 5.70, and 5.71 (s × 5, 1H, C60-H), 6.82-8.45 (m, 45H, Ph)
13C[1H] NMR (CDCl3, 100 MHz): δ 57.5-66.1 (sp3 C(C60)-Ph, C(C60)-CH, C(C60)-H, and CHPh2), 126.5-158.0 (Ph)
HRMS (APCI-TOF, negative) m/z calcd for C115H48 [M-H]- 1440.3711, found: 1440.3713
Anal. Calcd for C116H48: C, 96.64; H, 3.36. Found: C, 96.51; H, 3.32
以上の結果から、この生成物は、上述の部分構造(C1)〜(C5)及び(C1’)〜(C5’)をそれぞれ有する、表題化合物の5種類の位置異性体の混合物であると同定された。
【0154】
<実施例6: [K(THF)n][C60(biphenyl)5(CH2Ph)2]の合成>
実施例1で合成したC60(biphenyl)5(CH2Ph)2H(100mg、0.060mmol)と、乾燥ヘキサンで洗浄した水素化カリウム(3.0mg、0.072mmol)をシュレンク管に入れ、次いでTHF(10mL)を25℃で加えた。ガスの発生が観測され、溶液の色は暗茶橙色から暗赤色に変化した。25℃で30分間攪拌した後、不溶物を遠心分離で除去した。溶媒を留去し、ヘキサン洗浄を行なうことで、暗赤色の空気に不安定な粉体を得た(110mg、0.057mmol、95%)。得られた生成物について、1H NMR及び13C NMRの測定を行なった。結果を以下に示す。
【0155】
1H NMR (THF-d8, 400 MHz): δ 3.49 (d, 2JH-H = 12.8 Hz, 1H, PhCHH), 3.56 (d, 2JH-H = 12.8 Hz, 1H, PhCHH), 3.98 (d, 2JH-H = 12.8 Hz, 1H, PhCHH), 4.03 (d, 2J H-H = 12.8 Hz, 1H, PhCHH), 7.1-7.6 (m, 45H, Ph and C6H4), 7.82 (d, 3JH-H = 7.6 Hz, 2H, o-C6H4), 7.90 (d, 3JH-H = 7.6 Hz, 2H, o-C6H4), 7.97 (d, 3JH-H = 7.6 Hz, 2H, o-C6H4), 8.20 (d, 3JH-H = 7.6 Hz, 2H, o-C6H4), 8.25 (d, 3JH-H = 7.6 Hz, 2H, o-C6H4)
13C[1H] NMR (THF-d8, 100 MHz): δ 47.01 (PhCH2), 48.86 (PhCH2), 59.43 (C(sp3)-CH2), 60.72 (C(sp3)-CH2), 61.84 (C(sp3)-C6H4), 61.85 (C(sp3)-C6H4), 62.22 (C(sp3)-C6H4), 62.23 (C(sp3)-C6H4), 62.64 (C(sp3)-C6H4), 126.01, 126.65, 126.70, 126.83, 127.15, 127.37, 127.64, 127.66, 127.71, 128.58, 128.72, 128.84, 129.18, 129.23, 129.65, 129.76, 129.82, 130.02, 130.17, 132.14, 132.37, 138.06, 138.88, 138.93, 139.03, 139.08, 139.48, 139.69, 140.00, 141.55, 142.39, 142.57, 142.61, 142.76, 143.25, 143.49, 143.75, 143.87, 144.36, 144.98, 145.75, 145.98, 146.25, 146.35, 146.46, 147.21, 147.45, 147.81, 148.26, 148.52, 148.99, 149.48, 149.72, 150.39, 151.34, 151.67, 152.25, 152.41, 153.01, 153.31, 154.21, 155.70, 156.78, 158.33, 159.22, 160.31, 161.53, 162.27, 162.83, 163.29
以上の結果から、この生成物は、上述の部分構造(E)及び(E’)を有する表題化合物であると同定され、Kはフラーレン骨格にη5型の配位をしていることが分かった。
【0156】
<実施例7: Pd[C60(biphenyl)5(CH2Ph)2](π−methallyl)の合成>
実施例1で合成したC60(biphenyl)5(CH2Ph)2H(50mg、0.030mmol)のTHF(5.0mL)溶液に、tBuOKのTHF溶液(1.0M、0.033mL、0.033mmol)を加えた。溶液の色は赤色から暗赤色に変化し、実施例6と同様の[K(THF)n][C60(biphenyl)5(CH2Ph)2]が生成していることが示唆された。25℃で10分間攪拌した後、[Pd(π−methallyl)Cl]2(3.6mg、0.018mmol)を加えた。この赤色溶液を25℃で5分間攪拌した後、塩化アンモニウムの飽和水溶液(0.10mL)を加えて反応を停止させた。シリカゲルパッド(溶離液トルエン)を通して不溶物を除去した後、HPLC(カラム:Nacalai Tesque社製Buckyprep、20mm×250mm、溶離液:トルエン/ヘキサン=4/6)で精製を行なった。表題化合物のフラクションを集めて濃縮した後、メタノールを加えて目的物を析出させ、濾過、乾燥により表題化合物を得た(49mg、0.027mmol、90%)。得られた生成物について、1H NMR、13C NMR、及びAPCI−TOF−MSの測定並びに元素分析を行なった。結果を以下に示す。
【0157】
1H NMR (CDCl3, 500 MHz): δ 1.68 (s, Me, 3H), 2.04 (s, CH2(anti), 2H), 3.08 (s, CH2(syn), 2H), 3.37 (d, 2JH-H = 13.0 Hz, 1H, PhCHH), 3.45 (d, 2JH-H = 13.0 Hz, 1H, PhCHH), 3.91 (d, 2J H-H = 12.7 Hz, 1H, PhCHH), 3.99 (d, 2JH-H = 12.7 Hz, 1H, PhCHH), 7.1-8.1 (m, 55H, Ph and C6H4)
13C[1H] NMR (CDCl3, 125 MHz): δ 21.60 (methallyl Me), 47.38 (CH2Ph), 47.85 (CH2Ph), 57.65 (methallyl CH2), 58.51 (C(sp3)-C6H4), 58.71 (C(sp3)-C6H4), 58.81 (C(sp3)-CH2), 59.00 (C(sp3)-C6H4), 59.13 (C(sp3)-C6H4), 59.25 (C(sp3)-C6H4), 59.92 (C(sp3)-CH2), 115.93 (methallyl CMe), 119.45 (fullerene cyclopentadienyl moiety), 120.05 (FCp), 120.38 (FCp), 120.52 (FCp), 120.77 (FCp), 126.35, 126.38, 126.42, 126.51, 126.53, 126.98, 127.01, 127.06, 127.40, 127.44, 128.10, 128.21, 128.38, 128.51, 128.65, 128.73, 128.76, 128.78, 128.82, 128.86, 129.01, 131.15, 131.44, 132.23, 135.72, 136.34, 136.86, 137.63, 137.84, 139.82, 139.92, 139.99, 140.01, 140.09, 140.32, 140.34, 140.37, 140.41, 141.64, 141.89, 142.86, 143.25, 143.59, 143.68, 143.70, 143.81, 143.87, 144.01, 144.16, 144.45, 144.58, 144.62, 144.72, 145.59, 145.67, 145.84, 146.22, 146.43, 146.96, 147.66, 147.69, 147.74, 147.86, 148.28, 148.82, 149.11, 149.32, 149.41, 149.63, 149.69,150.55, 150.93, 151.08, 151.68, 152.15, 152.21, 152.72, 152.81, 153.01, 153.75, 153.78, 154.71, 154.85, 155.05, 155.83, 158.85, 159.77, 160.68, and 164.37 (aromatic Ph and C6H4 carbons and fullerene sp2 carbons)
HRMS (APCI-TOF, positive) m/z calcd for C137H66Pd [M]+ 1816.4235, found: 1816.4239
Anal. Calcd for C137H66Pd: C, 90.49; H, 3.66. Found: C, 90.40; H, 3.49.
以上の結果から、この生成物は、上述の部分構造(E)及び(E’)を有する表題化合物であると同定され、Pdはフラーレン骨格にη5型の配位をしていることが分かった。
【0158】
<実施例8: Fe[(η5−C60Me5)(CHPh22](η5−C55)の合成>
Fe(η5−C60Me5)(η5−C55)(49.3mg、0.0538mmol)と、あらかじめTHFで洗浄した金属カリウム(14.7mg、0.376mmol)をシュレンク管に入れ、室温でTHF(7.2mL)を加えることで反応を開始した。室温で16時間攪拌したところ、緑黒色の溶液が生成した。液相部分を別のシュレンク管に移し、そこに室温でα−ブロモジフェニルメタン(1.33g、5.38mmol)を加えた。溶液の色は即座に暗赤色に変化した。室温で10分間攪拌した後、エタノール(0.02mL)を加えて反応を停止した。溶媒を減圧留去した後メタノールを加えると、暗赤色の固体が得られた。これをトルエンに溶かし、シリカゲルパッドを通した(溶離液トルエン)。溶媒を減圧留去し、得られた粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶離液:二硫化炭素/トルエン=10/0〜8/2)によって精製した。黄色のフラクションのあとに出てくる暗赤色のフラクションを集め、溶媒を留去した。得られた固体を再度ごく少量の塩化メチレンに溶解し、エタノールを加えることで表題化合物が赤色の微結晶として析出した(23.5mg、0.0188mmol、35%)。得られた生成物について、1H NMR及び13C NMRの測定を行なった。結果を以下に示す。
【0159】
1H NMR (CDCl3, 500 MHz): δ 2.16 (s, 3H, CH3), 2.29 (s, 3H, CH3), 2.36 (s, 3H, CH3), 2.52 (s, 3H, CH3), 2.59 (s, 3H, CH3), 4.77 (s, 5H, Cp), 5.16 (s, 1H, CH), 5.54 (s, 1H, CH), 7.21-7.24 (m, 2H, p-Ph), 7.30-7.34 (m, 4H, m-Ph), 7.36-7.41 (m, 2H, p-Ph), 7.51-7.56 (m, 4H, m-Ph), 7.66 (d, J = 7.5 Hz, 2H, o-Ph), 7.82 (d, J = 7.5 Hz, 2H, o-Ph), 8.13 (d, J = 8.0 Hz, 2H, o-Ph), 8.32 (d, J = 8.0 Hz, 2H, o-Ph)
13C[1H] NMR (CDCl3, 125 MHz): δ 29.18 (CH3), 29.54 (CH3), 29.58 (CH3), 29.58 (CH3), 29.89 (CH3), 49.81 (C(sp3)-CH3), 49.92 (C(sp3)-CH3), 50.38 (C(sp3)-CH3), 50.46 (C(sp3)-CH3), 50.57 (C(sp3)-CH3), 61.77 (C(sp3)-CH), 63.07 (C(sp3)-CH), 64.99 (CH), 65.50 (CH), 68.47 (Cp), 90.19 (FCp), 91.32 (FCp), 91.32 (FCp), 91.32 (FCp), 92.57 (FCp), 127.17 (p-Ph), 127.20 (p-Ph), 127.42 (p-Ph), 127.42 (p-Ph), 128.23 (m-Ph), 128.40 (m-Ph), 128.56 (m-Ph), 128.75 (m-Ph), 129.61 (o-Ph), 130.27 (o-Ph), 130.31 (o-Ph), 130.80 (o-Ph), 138.00, 139.09, 139.91 (ipso-Ph), 140.31, 140.74 (ipso-Ph), 140.74 (ipso-Ph), 141.10, 141.33 (ipso-Ph), 142.23, 142.61, 143.25, 143.47, 143.82, 143.94, 144.17, 144.27, 144.57, 144.64, 144.76, 144.89, 145.42 (β-carbon atom to CH), 145.45, 145.53, 146.73, 146.95, 147.01, 147.05, 147.19, 147.62, 148.13, 148.62, 148.70, 148.72, 149.39, 149.39, 149.90 (β-carbon atom to CH), 150.60, 151.60 (β-carbon atom to CH), 152.10 (β-carbon atom to CH3), 152.36 (β-carbon atom to CH), 152.72 (β-carbon atom to CH3), 153.42, 153.69 (β-carbon atom to CH3), 154.37 (β-carbon atom to CH3), 154.78 (β-carbon atom to CH), 155.00 (β-carbon atom to CH3), 155.43 (β-carbon atom to CH3), 155.52 (β-carbon atom to CH3), 157.11 (β-carbon atom to CH3), 157.64 (β-carbon atom to CH3), 158.41 (β-carbon atom to CH3), 160.98 (β-carbon atom to CH)
以上の結果から、この生成物は、上述の部分構造(E)及び(E’)を有する表題化合物であると同定され、Feはフラーレン骨格にη5型の配位をしていることが分かった。
【0160】
<実施例9: C60(biphenyl)5(CH2Ph)32の合成>
実施例2で合成したC60(biphenyl)5(CH2Ph)2H(200mg、0.120mmol)のTHF(20mL)溶液に、PhCH2MgBrのTHF溶液(0.70M、0.34mL、0.24mmol)を25℃で加えた。25℃で10分間攪拌した後、塩化アンモニウム飽和水溶液(0.05mL)を加えて反応を停止させた。溶媒を減圧留去して、得られた粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶離液:CS2/トルエン=10/0〜7/3)によって精製した。オレンジ色のフラクションを集め、溶媒を減圧除去して、濃縮液とした。これにメタノールを加えることで、表題化合物を橙黄色の微結晶として得た(173mg、0.098mmol、82%)。これは、水素原子の位置に基づく5つの分離不能な異性体の混合物であった。得られた生成物について、混合物の状態で1H NMR、13C NMR、及びAPCI−TOF−MSの測定並びに元素分析を行なった。結果を以下に示す。
【0161】
1H NMR (CDCl3, 500 MHz): δ 2.90-3.50 (m, 6H, CH2Ph), 4.83, 4.84, 4.87, 4.88, and 4.91 (s × 5, 1H, C60-H bottom indene moiety), 5.35, 5.35, 5.47, 5.51, and 5.57 (s × 5, 1H, C60-H top cyclopentadiene moiety), 7.15-8.17 (m, 60H, aryl groups)
13C NMR (CDCl3, 125 MHz): δ 44.45-49.90 (CH2Ph), 56.05-62.84 (sp3 carbon atoms of C60), 127.01-157.39 (aryl groups)
HRMS (APCI-TOF, negative) m/z calcd for C140H68 [M-H]- 1760.5276, found: 1760.5279
Anal. Calcd for C141H68: C, 96.11; H, 3.89. Found: C, 95.98; H, 3.83
以上の結果から、この生成物は、上述の部分構造(F1)〜(F5)及び(F1’)〜(F5’)をそれぞれ有する、表題化合物の5種類の位置異性体の混合物であると同定された。
【0162】
<実施例10: Ru[C60(biphenyl)5(CH2Ph)3H]Cpの合成>
実施例2で合成したC60(biphenyl)5(CH2Ph)2H(50mg、0.030mmol)のTHF(5.0mL)溶液に、PhCH2MgBrのTHF溶液(0.70M、0.085mL、0.060mmol)を25℃で加えた。25℃で10分間攪拌した後、[RuCp(MeCN)3]PF6(30mg、0.07mmol)を加えた。この赤色溶液を25℃で5分間攪拌した後、塩化アンモニウム飽和溶液(0.1mL)を加えて反応を停止させた。シリカゲルパッド(溶離液トルエン)で不溶物を除去した後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶離液:CS2/トルエン=10/0〜7/3)によって精製した。茶緑色のフラクションを集め、減圧下で濃縮した。メタノールを加えることにより、表題化合物を橙黄色の微結晶として得た(42.6mg、0.0221mmol、74%)。これは水素原子の位置に基づく3つの分離不能な異性体の混合物であった。得られた生成物について、混合物の状態で1H NMR、13C NMR、及びAPCI−TOF−MSの測定並びに元素分析を行なった。結果を以下に示す。
【0163】
1H NMR (CDCl3, 500 MHz): δ 3.93-4.25 (m, 6H, CH2Ph), 5.16, 5.18, and 5.20 (s × 3, 5H, Cp), 5.46, 5.55, and 5.63 (s × 3, 1H, C60-H top cyclopentadiene moiety), 7.27-8.14 (m, 60H, aryl groups)
13C NMR (CDCl3, 125 MHz): δ 52.98-56.02 (CH2Ph), 58.75-61.69 (sp3 carbon atoms of C60), 71.75, 71.66, and 71.67 (Cp), 98.65-98.72 (fullerene indenyl moiety), 126.98-157.20 (aryl groups)
HRMS (APCI-TOF, negative) m/z calcd for C145H72Ru [M-H]- 1925.4640, found: 1925.4638
Anal. Calcd for C146H72Ru: C, 90.99; H, 3.77. Found: C, 90.88; H, 3.72
以上の結果から、この生成物は、上述の部分構造(G1)〜(G3)及び(G2’)、(G3’)をそれぞれ有する、表題化合物の3種類の位置異性体の混合物であると同定された。
【産業上の利用可能性】
【0164】
本発明のフラーレン誘導体及びフラーレン金属錯体の用途は特に限定されず、公知の各種の用途に用いることが可能である。中でも、電子材料、半導体、生理活性物質などの分野に好適に用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラーレン骨格に7個の有機基と1つの水素原子が結合した
ことを特徴とする、フラーレン誘導体。
【請求項2】
フラーレン骨格上に、下記式(A)で表わされる部分構造を有する
ことを特徴とする、請求項1記載のフラーレン誘導体。
【化1】

(式(A)において、R1は各々独立に、炭素数1以上、50以下の有機基を表わす。)
【請求項3】
フラーレン骨格に7個の有機基と1つの金属原子が結合した
ことを特徴とする、フラーレン金属錯体。
【請求項4】
フラーレン骨格上に、下記式(B)で表わされる部分構造を有する
ことを特徴とする、請求項3記載のフラーレン金属錯体。
【化2】

(式(B)において、
1は各々独立に、炭素数1以上、50以下の有機基を表わし、
Mは、金属原子を表わし、
Lは、Mの配位子を表わし、
nは、0以上の整数を表わす。)
【請求項5】
請求項1又は請求項2に記載のフラーレン誘導体を製造する方法であって、
フラーレン骨格上に上記式(A)の部分構造を有するフラーレン誘導体Cm(R15Hを、アルカリ金属で還元し、次いでR2Xを作用させることにより、2つのR2基をフラーレン骨格上に導入する
(但し、前記各式において、
mは、フラーレン骨格を表わし、
1は各々独立に、式(A)と同様の基を表わし、
2は、炭素数1以上、50以下の、置換基を有していても良い脂肪族炭化水素基を表わし、
Xは、アニオン性基を表わす。)
ことを特徴とする、フラーレン誘導体の製造方法。
【請求項6】
請求項3又は請求項4に記載のフラーレン金属錯体を製造する方法であって、
請求項1又は請求項2に記載のフラーレン誘導体に対し、典型金属原子を含む塩基を作用させることにより、金属原子をフラーレン骨格上に導入する
ことを特徴とする、フラーレン金属錯体の製造方法。
【請求項7】
請求項3又は請求項4に記載のフラーレン金属錯体を製造する方法であって、
請求項1又は請求項2に記載のフラーレン誘導体に対し、塩基を作用させた後、更に金属化合物を作用させることにより、金属原子をフラーレン骨格上に導入する
ことを特徴とする、フラーレン金属錯体の製造方法。
【請求項8】
請求項3又は請求項4に記載のフラーレン金属錯体を製造する方法であって、
フラーレン骨格上に上記式(B)の部分構造を有するフラーレン金属錯体Cm(R15MLnを、アルカリ金属で還元し、次いでR2Xを作用させることにより、2つのR2基を導入する
(但し、前記各式において、
mは、フラーレン骨格を表わし、
1、M、L、及びnは、各々独立に、式(B)と同様の基を表わし、
2は、炭素数1以上、50以下の、置換基を有していても良い脂肪族炭化水素基を表わし、
Xは、アニオン性基を表わす。)
ことを特徴とする、フラーレン金属錯体の製造方法。
【請求項9】
請求項1又は請求項2に記載のフラーレン誘導体に対し、R3M’X’n'を作用させることにより、R3基と水素原子をフラーレン骨格上に導入する
(但し、前記各式において、
3は、炭素数1以上、50以下の有機基を表わし、
M’は、アルカリ金属又はアルカリ土類金属から選ばれる元素を表わし、
X’は、ハロゲン原子を表わし、
n’は、0又は1の数を表わす。)
ことを特徴とする、フラーレン誘導体の製造方法。
【請求項10】
請求項1又は請求項2に記載のフラーレン誘導体に対し、R3M’X’n'を作用させることにより、R3基をフラーレン骨格上に導入し、次いで金属化合物を作用させることにより、金属原子をフラーレン骨格上に導入する
(但し、前記各式において、
3は、炭素数1以上、50以下の有機基を表わし、
M’は、アルカリ金属又はアルカリ土類金属から選ばれる元素を表わし、
X’は、ハロゲン原子を表わし、
n’は、0又は1の数を表わす。)
ことを特徴とする、フラーレン金属錯体の製造方法。

【公開番号】特開2006−206522(P2006−206522A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−21961(P2005−21961)
【出願日】平成17年1月28日(2005.1.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年7月28日 フラーレン・ナノチューブ研究会発行の「第27回 フラーレン・ナノチューブ総合シンポジウム 講演要旨集」に発表
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】