説明

ブレーキ用シム

【課題】 シム形状に加工した後での潤滑皮膜の形成を必要とせず、優れた鳴き抑制能をもつブレーキ用シムを提供する。
【解決手段】 表層がフッ素樹脂薄膜11で覆われ、粒状フッ素樹脂13が分散した耐熱樹脂塗膜10を設けたプレコートステンレス鋼板を素材とするブレーキ用シムAであり、フッ素ゴム被覆シム板に匹敵する鳴き抑制能を呈し、耐熱性,耐磨耗性にも優れている。耐熱樹脂塗膜10に鱗片状無機骨材12,無機繊維17を分散させると耐磨耗性が一層向上し、耐久性に優れたブレーキ用シムが安価に得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制動時に発生しがちなブレーキの鳴き(高周波ノイズ)を低減できるブレーキ用シムに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の代表的な制動機構として、ディスクブレーキが採用されている。たとえばフローティングキャリパ方式のディスクブレーキは、車輪と一体回転する円盤状ロータ,円盤状ロータを挟んで対向配置された一対の摩擦パッド,摩擦パッドを円盤状ロータに押し付けるシリンダを内蔵したキャリパボディ,車体側に取り付けられ円盤状ロータの軸方向に沿って摺動可能にキャリパボディを支持するサポートで構成される。
制動時に摩擦パッドがロータに押し付けられるが、そのときの摩擦に起因してロータ,摩擦パッドが共振し、"ブレーキの鳴き"と称される不快音が発生することがある。不快音は耐えがたい騒音となるので、ブレーキ開発に際してはブレーキの鳴きがないことを重要な設計指標としている。
【0003】
ブレーキの鳴きを防止するため、従来から種々の改良が提案されている。たとえば、作用面にフッ素ゴムや耐熱ゴムをライニングしたシムをブレーキパッドに掛け止めすることが特許文献1で紹介されている。当該シムは、相対位置の変化によってブレーキパッドに生じた自励振動を減衰・吸収し、ブレーキ機構全体への自励振動の伝達を抑制している。
【特許文献1】特開平7-208516号公報
【0004】
フッ素ゴムや耐熱ゴム層は、優れた振動減衰能を呈するものの、シム形状に裁断された鋼板等の基材にゴムを塗布・焼付けすることにより形成されている。裁断後の切板に積層することから、切板の周縁部ではエッジ効果によってゴム層が厚膜化しやすい。ゴム層の不均一な膜厚は、シムと相手材との接触状態を不安定にして振動発生の原因となり、ゴム層本来の振動減衰能を十分に活かせない場合がある。しかも、ポストコート方式で小面積の切板にゴムを塗布・焼付けしているので作業工数が多くならざるを得ず、生産性向上のネックになっている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
潤滑性に優れた皮膜が形成された鋼板を裁断してブレーキ用シムを作製できると、ポストコート方式の欠点が解消され、品質信頼性が高いブレーキ用シムを安価に提供できる。本発明者等は、かかる観点から、ブレーキ用シムの要求特性を満足するプレーコート鋼板を種々調査・検討した結果、フッ素粒子を耐熱樹脂塗膜に分散させたプレコート鋼板が好適なシム素材であることを見出した。
【0006】
本発明は、ブレーキ用シムの要求特性とプレコート鋼板の性能との対比検討から見出された知見をベースとし、プレコート鋼板からシム形状に切り出した切板を被覆処理等の必要なくシム材として使用することにより、高品質で信頼性の高いブレーキ用シムを安価に提供することを目的とする。
フッ素粒子を耐熱樹脂塗膜に分散させたプレコート鋼板自体は本発明者等が開発した塗装鋼板(特許文献2)であるが、当該プレコート鋼板の特性を調査・検討する過程で、ブレーキ用シムに必要な摺動特性,耐磨耗性,耐熱性を備え、ひいてはブレーキの鳴き防止に有効な素材であることが判った。
【特許文献2】特開2003-33995号公報
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のブレーキ用シムは、熱溶融性粒状フッ素樹脂を配合した耐熱樹脂塗膜から成膜した耐熱樹脂塗膜がステンレス鋼板の表面に設けられたプレコート鋼板を所定形状に裁断・加工したシムである。耐熱樹脂塗料は、熱溶融性粒状フッ素樹脂から溶融した薄層で表層が覆われ、薄層下方の塗膜内部に粒状フッ素樹脂が分散している。
耐熱樹脂塗膜は、ポリエーテルスルホン樹脂,ポリフェニルスルフィド樹脂,ポリアミドイミド樹脂の少なくとも一種を主成分とする。熱溶融性粒状フッ素樹脂には、ポリテトラフルオロエチレン,テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体の一種又は二種が使用される。
【0008】
耐熱樹脂塗膜には、必要に応じて鱗片状無機骨材や無機繊維を分散させても良い。鱗片状無機骨材には、ガラスフレーク,硫酸バリウムフレーク,グラファイトフレーク,合成マイカフレーク,シリカフレーク,合成アルミナフレーク等がある。無機繊維には、チタン酸カリウム繊維,ウォラスナイト繊維,炭化ケイ素繊維,アルミナ繊維,アルミナシリケート繊維,シリカ繊維,ロックウール,スラグウール,ガラス繊維,炭素繊維等がある。鱗片状無機骨材や無機繊維の分散により耐熱樹脂塗膜の耐磨耗性,ひいては耐久性が向上する。
【発明の効果及び実施の形態】
【0009】
本発明に従ったブレーキ用シムは、所定形状に裁断した切板に潤滑皮膜を形成するポストコート方式ではなく、潤滑皮膜が予め設けられているプレコート鋼板をシム形状に裁断し加工することにより作製される。そのため、従来のシム板に比較して製造工程が大幅に簡略化され、しかも潤滑皮膜の膜厚が均一であることからシムの作用面全域に渡って安定した摺動特性が発現され、品質安定性も向上する。
塗装原板には、ブレーキ用シムが過酷な腐食環境に曝されることから耐食性に優れた高強度材料としてステンレス鋼が使用される。なかでも、加工,熱処理等で硬質化したフェライト系やマルテンサイト系のステンレス鋼が好ましい。
【0010】
耐熱樹脂塗膜の形成に先立ち、塗膜密着性,耐食性を改善する塗装前処理が必要に応じて施される。塗装前処理としては、脱脂,酸洗後にリン酸塩処理,クロメート処理,クロムフリー処理等によって化成皮膜を塗装原板表面に形成する方法が採用される。具体的には、アルカリ脱脂,酸洗等でステンレス鋼板表面を清浄化した後、必要に応じてリン酸塩処理で表面の濡れ性を高め、クロメート処理又はクロムフリー処理によって塗膜密着性の改善に有効な化成皮膜を形成する。化成皮膜は、ロールコータ,カーテンフローコータ,浸漬・引上げ法等で化成処理液を金属板表面に塗布し、ローラ等で絞った後、水洗することなく80〜200℃で乾燥することによって形成される。
化成皮膜は、下地鋼の腐食を防止し、塗膜密着性の向上に有効な厚みで形成される。たとえば、クロメート皮膜では全Cr換算付着量として5〜100mg/m2,リン酸塩皮膜では5〜500mg/m2,Ti-Mo複合皮膜では10〜500mg/m2,フルオロアシッド系皮膜ではフッ素換算付着量又は総金属付着量で0.1〜500mg/m2となるように設けられる。
【0011】
化成皮膜形成後、透明又は着色耐熱性塗料を塗装原板に塗布し、乾燥・焼付けによって下塗り塗膜を形成する。下塗り塗膜用の耐熱性塗料としては、ポリエーテルスルホン樹脂,ポリフェニルスルフィド樹脂,ポリアミドイミド樹脂の少なくとも一種以上の樹脂を使用できる。透明な下塗り塗膜も形成可能であるが、色調の要求に応じて酸化チタン,カーボンブラック,酸化クロム,酸化鉄等の耐熱性に優れた着色顔料を配合した塗料を用いて下塗り塗膜を形成しても良い。
クロム系のストロンチウムクロメートや非クロム系の変性シリカ,トリポリリン酸二水素アルミニウム等の防錆顔料を下塗り塗料に添加するとき、塗装鋼板の切断端面や加工時又は施工時に発生した塗膜欠陥部を起点とするフクレ,銹等の欠陥発生が防止される。添加される防錆顔料は、平均粒径が0.1〜1μmの範囲にあるものが好ましい。平均粒径が0.1μm未満では塗料に分散させる際に凝集しやすく、防錆顔料を均一分散させがたい。逆に、平均粒径が10μmを超える防錆顔料を添加すると、塗膜本来の性質が損なわれ、塗膜物性に悪影響が現れやすい。しかも、大粒径の防錆顔料は、塗膜の平滑性だけでなく、柚子肌状になって塗膜外観を著しく劣化させる。
【0012】
防錆顔料は、樹脂固形分100質量部に対し5〜150質量部の割合で配合することが好ましい。防錆顔料による塗膜の耐食性改善効果は、5質量部以上の防錆顔料で顕著になるが、150質量部で飽和する。150質量部を超える防錆顔料を配合しても、過剰な防錆顔料に起因して塗膜の加工性,密着性が低下する。
所定組成に調製された下塗り塗料は、プレコート鋼板の製造に通常使用されているロールコート,フローコート,カーテンフロー,スプレー等の方法で塗装原板に塗布され、到達板温300〜400℃×30〜180秒で焼き付けられる。下塗り塗料の塗布量は、焼付け後に乾燥膜厚0.5〜30μmの下塗り塗膜が形成されるように調整される。
【0013】
透明な下塗り塗膜を形成する場合、乾燥膜厚0.5μm以上で下塗り塗膜形成による耐食性,塗膜密着性等の効果が発現する。着色塗膜の場合には、下地鋼を隠蔽するために3μm以上の乾燥膜厚が好ましい。何れの場合も、乾燥膜厚が30μmを超える厚膜の下塗り塗膜では、塗膜表面が柚子肌状になって外観が劣化するだけでなく、焼付け時にワキが発生しやすくなる。このようにして、任意の色調に調整され、防錆効果が付与された下塗り塗膜が形成されるが、場合によっては下塗り塗膜の省略も可能である。
【0014】
下塗り塗膜又は化成処理した塗装原板に耐熱樹脂塗料が塗布され、乾燥・焼付けによって耐熱樹脂塗膜が形成される。耐熱樹脂塗料は、ポリエーテルスルホン樹脂,ポリフェニルスルフィド樹脂,ポリアミドイミド樹脂の少なくとも一種以上の耐熱樹脂に、平均粒径1μm以下の熱溶融性フッ素樹脂及び必要に応じ平均粒径10〜100μmの鱗片状無機骨材を配合することにより調製される。
熱溶融性フッ素樹脂及び鱗片状無機骨材の配合量は、樹脂固形分100質量部に対してそれぞれ10〜200質量部,1〜30質量部の範囲で選定される。樹脂固形分100質量部に対して0.1〜40質量部の割合で直径0.1〜10μm,長さ100μm以下の無機繊維を更に配合しても良い。
【0015】
熱溶融性フッ素樹脂としては、耐熱性,摺動特性の観点から融点270℃以上のものが好ましく、テトラフルオロエチレン,ヘキサフルオロエチレン,パーフルオロアルキルビニルエーテル,クロロトリフルオロエチレン等の単量体の少なくとも一種からなる重合体を使用できる。特に耐熱性,摺動特性に優れていることから、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA),テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)が好ましく、更に耐熱性の観点からPFAが最適である。
【0016】
熱溶融性フッ素樹脂は、塗料樹脂に対する分散性や塗膜に優れた非粘着性,耐熱性,摺動特性を付与するため、平均粒径1μm以下の粉末が好ましい。平均粒径1μm以下の熱溶融性フッ素樹脂は、塗膜の焼成時に容易に溶融し、上塗り塗膜表面にフッ素樹脂質の薄膜を形成する。なかでも、0.5μm以下の平均粒径が薄膜形成に好適である。
熱溶融性フッ素樹脂は、10〜200質量部の配合割合で耐熱樹脂塗料に配合される。熱溶融性フッ素樹脂配合による非粘着性,耐食性,摺動特性の持続性は10質量部以上の配合割合で顕著になるが、200質量部を超える過剰量の熱溶融性フッ素樹脂を配合すると、下塗り塗膜に対する上塗り塗膜の密着性が低下しやすい。非粘着性,耐食性,摺動特性の持続性と密着性とをバランスさせる上では、50〜150質量部,更には80〜120質量部で熱溶融性フッ素樹脂を配合することが好ましい。
【0017】
耐熱樹脂塗料に配合される鱗片状無機骨材は,材質に制約を受けるものではなく,ガラスフレーク,硫酸バリウムフレーク,グラファイトフレーク,合成マイカフレーク,シリカフレーク,合成アルミナフレーク等が使用される。なかでも、耐磨耗性の観点から素材自体が硬質で、液体からの冷却・凝固で製造されることにより極めて平滑な表面をもつガラスフレークが好適である。ガラスフレークとしては、市販のガラスフレークが使用でき、含アルカリガラス,無アルカリガラス又はその中間組成物等がある。
鱗片状無機骨材は、そのままでも耐熱樹脂塗料に配合できるが、必要に応じてクロム酸系,燐酸系,アルミナ系,ジルコニア系等の無機系表面処理剤や各種シランカップリング剤,チタネートカップリング剤等を用いた表面処理を施したものが好ましい。表面処理によって、耐熱樹脂塗料に対する鱗片状無機骨材の分散性及び隣接する樹脂層との層間密着性が向上する。
【0018】
耐熱樹脂塗料に配合される鱗片状無機骨材は,非粘着性,摺動特性の低下なく塗膜硬度及び耐磨耗性を向上させるため、10〜100μmの範囲に平均粒径が調整されている。なお、鱗片状無機骨材の平均粒径は、最も長い部分の長さで表される。塗膜硬度及び耐磨耗性に及ぼす鱗片状無機骨材の改善効果は平均粒径10μm以上で顕著になる。10μm未満の平均粒径では、平面視で塗膜に占める鱗片状無機骨材の面積割合が小さく、鱗片状無機骨材が点状に分布することになり、塗膜硬度及び耐磨耗性の改善に効果的でない。この状態で無機繊維を配合しても、無機繊維の線状分散によって塗膜硬度は向上するものの、磨耗に対するバリア層となる鱗片状無機骨材の面積割合が小さいため十分な耐磨耗性が得られない。
平均粒径10μm以上の鱗片状無機骨材を分散させることにより、面状で硬質のバリア層が塗膜内部に形成されるため塗膜硬度が向上し、耐磨耗性が飛躍的に改善される。しかし、鱗片状無機骨材の平均粒径が100μmを超えると、塗膜から鱗片状無機骨材の突出に起因して非粘着性,潤滑特性が低下する虞がある。また、鱗片状無機骨材の突出による非粘着性,潤滑特性の低下を防止する上で、厚み5μm以下、更には1μm以下の鱗片状無機骨材が好ましい。
【0019】
鱗片状無機骨材は、1〜30質量部の配合割合で耐熱樹脂塗料に分散配合される。耐熱樹脂塗膜に鱗片状無機骨材を分散させることにより、従来B〜HBであった鉛筆硬度がF〜3Hに上昇し、耐磨耗性が飛躍的に改善される。非粘着性,潤滑特性の低下なく耐磨耗性を向上させる鱗片状無機骨材の添加効果は、平均粒径10〜100μm,分散量1〜30質量部で顕著になる。配合量1質量部未満では鱗片状無機骨材添加による塗膜硬度,耐磨耗性の改善効果が十分でなく、逆に30質量部を超える過剰量の鱗片状無機骨材を配合すると、塗膜からの鱗片状無機骨材の突出に起因して非粘着性,潤滑特性が低下しやすく、塗膜本来の性質が損なわれ、物性等に対する悪影響の原因にもなる。
【0020】
耐熱樹脂塗料に、必要に応じて無機繊維が配合される。無機繊維には、チタン酸カリウム繊維,ウォラスナイト繊維,炭化ケイ素繊維,アルミナ繊維,アルミナシリケート繊維,シリカ繊維,ロックウール,スラグウール,ガラス繊維,炭素繊維等がある。
無機繊維を塗膜に分散させることにより非粘着性,潤滑特性,加工性の低下なく塗膜硬度が向上する。鱗片状無機骨材が塗膜の膜面に平行な方向に沿って分散するのに対し、無機繊維は、隣接する鱗片状無機骨材の隙間を縫うように三次元的に塗膜内部に分散する。この分散形態の相違から、非粘着性,潤滑特性,加工性に悪影響を及ぼすことなく塗膜硬度が改善されるものと推察される。
【0021】
塗膜硬度向上に及ぼす効果は、直径0.1μm以上,長さ10μm以上の無機繊維で顕著になる。しかし、直径20μm,長さ100μmを超える無機繊維では、塗膜表面から突出する無機繊維に起因して非粘着性,潤滑特性,加工性が低下する虞がある。このようなことから、直径0.1〜20μm,長さ10〜100μmの無機繊維、なかでも直径0.1〜1μm,長さ0.1〜30μmのチタン酸カリウム繊維が好ましい。
【0022】
無機繊維は、0.1質量部の割合で耐熱樹脂塗料に配合される。鱗片状無機骨材及び無機繊維を複合添加した塗料から形成された耐熱樹脂塗膜では、塗膜硬度の下限が1ランク向上してH〜3Hになる。非粘着性,潤滑特性,加工性の低下なく塗膜硬度を向上させる無機繊維の複合添加効果は、0.1〜40質量部の分散量で顕著になる。0.1質量%に満たない分散量では無機繊維の分散による効果が十分に発現されず,逆に40質量部を超える分散量では塗膜表面から無機繊維が突出しやすくなり、結果として非粘着性,潤滑特性,加工性が低下し、塗膜本来の性質が損なわれる虞がある。密着性,加工性に悪影響を及ぼさない上では、無機繊維の配合量を1〜20質量部の範囲に設定することが好ましい。
【0023】
所定組成に調合した耐熱樹脂塗料は、プレコート鋼板の製造に通常使用されているロールコート,フローコート,カーテンフロー,スプレー等の方法で塗装原板に塗布され、到達板温350〜450℃×60〜180秒で焼き付けられる。耐熱樹脂塗料の塗布量は、焼付け後に乾燥膜厚5〜40μmの耐熱樹脂塗膜が形成されるように調整される。乾燥膜厚5μm未満では非粘着性,潤滑特性の持続性が十分に発現されず、逆に40μmを超える厚膜では塗膜表面が柚子肌状になって外観が劣化するばかりでなく、焼付け時にワキが発生しやすくなる。加工性の観点からすると、耐熱樹脂塗膜の膜厚は5〜20μmが好ましい。
【0024】
形成された耐熱樹脂塗膜の断面を顕微鏡で観察すると、図1で模式的に示すように、耐熱樹脂塗膜10の表層にフッ素樹脂薄膜11が形成され、鱗片状無機骨材12が分散した耐熱樹脂塗膜10が下塗り塗膜15を介して下地・ステンレス鋼板16の表面に形成されていた。鱗片状無機骨材12は、フレーク面が下地鋼板16の表面に直交することなく、下地鋼板16の表面とほぼ平行に又は若干の傾斜をもって塗膜10に分散しており、塗膜10から突出した鱗片状無機骨材12は検出されなかった。また、耐熱樹脂塗膜10には、分散状態の粒状フッ素樹脂13も検出された。
【0025】
フッ素樹脂薄膜11は、耐熱樹脂塗料の焼成時に熱溶融性フッ素樹脂が浮上・溶融して塗膜表層で薄膜化した連続皮膜である。連続したフッ素樹脂薄膜11の形成によって塗膜10に非粘着性,潤滑特性が付与されることは勿論、塗膜10の初期磨耗性も向上する。しかも、塗膜10に分散している鱗片状無機骨材12によって塗膜硬度が高くなり、耐磨耗性が改善される。なお、鱗片状無機骨材12は、粒径規制により塗膜10から突出することが防止される。
【0026】
また、塗膜10に粒状フッ素樹脂13が分散しているため、軟質である表層のフッ素樹脂薄膜11が磨耗しても非粘着性,潤滑特性が持続され、更に耐磨耗性の観点から鱗片状無機骨材12のバリア効果と粒状フッ素樹脂13の滑り性の相乗効果によって耐磨耗性,潤滑特性が飛躍的に向上する。
このような塗膜構造をもつことから、非粘着性,潤滑特性,耐磨耗性の何れにも優れた塗膜になるものと推察される。因みに、粒径の大きな鱗片状無機骨材12を分散させた塗膜では、塗膜10にから鱗片状無機骨材12が突出することが避けられず、鱗片状無機骨材12の突出部分でフッ素樹脂薄膜11の作用(非粘着性,潤滑特性)が損なわれやすい。
【0027】
鱗片状無機骨材12及び無機繊維を複合分散させた耐熱樹脂塗膜10では、図2で模式的に示すように、鱗片状無機骨材12の隙間を縫うように分散した無機繊維17が観察される。無機繊維17の分散状態は耐熱樹脂塗膜10の厚み方向に沿った成分をもつ三次元分布であり、塗膜10の表面から突出した無機繊維17も観察されない。このような塗膜構造のため、非粘着性,潤滑特性の低下なく塗膜硬度が更に向上し、耐磨耗性にも優れた塗膜になるものと推察される。
【0028】
図1,2で模式的に示す耐熱樹脂塗膜10が形成されたプレコートステンレス鋼板は、優れた耐熱性,耐磨耗性,非粘着性,潤滑特性が要求されるブレーキ用シムとして好適な素材である。プレコートステンレス鋼板は、目標とするシム形状に裁断された後、取付け部等が形成される。耐熱樹脂塗膜10は、下地鋼板16に対する密着性に優れているため、裁断や加工によっても下地鋼板16から剥離せず健全な塗膜状態を維持する。
【0029】
たとえば、フローティングキャリパ方式のディスクブレーキ(図3)は、車輪と一体回転する円盤状ロータ1,円盤状ロータ1を挟んで対向配置された一対の摩擦パッド2a,2b,摩擦パッド2a,2bを円盤状ロータ1に押し付けるピストン3(押圧部材)を内蔵したキャリパボディ4で構成され、円盤状ロータ1の軸方向に沿ってキャリパボディ4を摺動可能に支持するサポートを介して車体に取り付けられている。本発明のブレーキ用シムAは、このディスクブレーキにおける摩擦パッド2a,2bのバックプレート6a,6bと押圧部材(ピストン3,キャリパ爪7)との間に組み込まれる。勿論、フローティングキャリパ方式に限らず、他の方式のブレーキに対しても同様にブレーキ用シムAを適用できる。
【0030】
耐熱樹脂塗膜10を備えたブレーキ用シムAは、バックプレート6a,6bに相似した板状であり、耐熱性接着剤,両面テープ等でバックプレート6a,6bに直接接着される。或いは、ゴム被覆したステンレス鋼板製部品を介してバックプレート6a,6bに対向させても良い。場合によっては、ブレーキ用シムAをバックプレート6a,6bに接着することなく、ブレーキ用シムA/バックプレート6a,6bの間又はブレーキ用シムA/ステンレス鋼板整備品の間に振動減衰能を阻害しない適正なグリスを塗布することも可能である。
【0031】
図3の構造をもつディスクブレーキでは、ブレーキ用シムAの表面にある耐熱樹脂塗膜10がキャリパ爪7に対向し、フッ素樹脂薄膜11を介してキャリパ爪7に接触する。そのため、ブレーキ用シムAは、外気温の変化や急ブレーキ時のブレーキ構成部材の温度上昇の影響を受け難く、優れた摺動特性を安定的に呈する。優れた摺動特性により、製造時の振動がシムAの相対位置変化として吸収されるのでブレーキの鳴きも抑制される。耐熱性にも優れているので、常用:260℃,最大:300℃の高温雰囲気でも優れた摺動特性が維持され、品質信頼性の高いブレーキ機構が構築される。
【実施例】
【0032】
板厚:0.4mmのSUS301 3/4Hステンレス鋼板を塗装原板に用い、付着量:50mg/m2のリン酸塩皮膜を形成した後、カチオン変性シリカ(防錆顔料)を配合したポリエーテルスルホン酸樹脂塗料を塗布・焼付けし、乾燥膜厚:5μmの下塗り塗膜を設けた。
表1に示す各種添加材をポリエーテルスルホン樹脂に配合した上塗り塗料を塗布し、400℃×120秒の焼付け乾燥により乾燥膜厚:10μmの上塗り塗膜を形成した。表中、PFAはテトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体,PTFEはテトラフルオロエチレン,FEPはテトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル−ヘキサフルオロプロピレン共重合体を示す。鱗片状無機骨材には、平均粒径:40μmのガラスフレークを、無機繊維には直径0.1〜1μm,長さ0.1〜30μmのチタン酸カリウム繊維を使用した。
【0033】

【0034】
得られた塗装鋼板の表面を観察したところ、熱溶融性粒状フッ素樹脂を配合した耐熱樹脂塗料No.1〜9から作製された耐熱樹脂塗膜は数μmのフッ素樹脂薄膜で覆われていた。表層にフッ素樹脂薄膜があるため、塗膜表面から突出した鱗片状無機骨材や無機繊維も観察されなかった。他方、耐熱樹脂塗料No.10〜15の耐熱樹脂塗料には同様な薄膜が観察されず、鱗片状無機骨材,無機繊維の突出が散見された。
【0035】
鱗片状無機骨材,無機繊維の突出は、耐熱樹脂塗料の潤滑性,摺動特性に悪影響を及ぼす。実際、光輝焼鈍仕上げしたステンレス鋼板の表面に耐熱樹脂皮膜が対抗する状態で塗装鋼板を重ね合わせ、荷重:100g/cm2,移動速度:100mm/分の条件下で動摩擦係数を測定したところ、塗料No.1〜9の耐熱樹脂塗膜を設けた塗装鋼板が0.07〜0.10,塗料No.10〜15の耐熱樹脂塗膜を設けた塗装鋼板が0.16〜0.20であった。測定結果の相違は、フッ素樹脂薄膜により潤滑性,摺動特性が大幅に改善されることを示す。
【0036】
優れた潤滑性を呈した塗装ステンレス鋼板のうち、塗料No.1,4,7の耐熱樹脂塗膜を設けた塗装ステンレス鋼板をバックプレート6b(図3)に類似した形状に裁断しシム板に加工した。シム板の表面にグリスを塗布し、ゴム被覆ステンレス鋼製部材を接着したバックプレート6bとキャリパ爪7との間に配置したディスクブレーキを組み立てた。
ディスクブレーキユニットと駆動ユニットを一体化した装置を防音室内にセットし、円盤状ロータ1を通常走行:40km/時(扁平率:70,15インチタイヤ装着車想定)に当る350rpmで回転させながら、ピストン3で摩擦パッド2a,2bを円盤状ロータ1に押し付けた。
【0037】
押圧力は、制動開始から1秒後に円盤状ロータ1の回転が止まる制動力に設定した。4000〜8000Hzの周波数域で制動開始前の暗騒音は42dBであり、該周波数域の暗騒音に対し+10dB以上の変化があると、聴覚に不快感を与える。そこで、制動を1000回繰り返し、52dB以上の音量をノイズの発生頻度としてカウントすると共に、200サイクルごとにノイズの最大音量を測定した。比較のため、厚み:100μmのフッ素ゴムをライニングしたシム板(従来品)を同様に組み込んだディスクブレーキについても調査した。
【0038】
表2の調査結果にみられるように、塗料No.1,4,7の耐熱樹脂塗膜を設けた塗装ステンレス鋼板から作製されたシム板は、フッ素ゴムをライニングしたシム板に匹敵する鳴き抑制能をもっていた。しかも、制動を1000回繰り返した後でも健全な塗膜面を呈し、耐磨耗性,耐熱性に優れていることが確認できた。また、耐熱樹脂塗膜が均一な膜厚であるため、バックプレート6b,キャリパ爪7との接触・摺動がシム板の表面全域にわたって均一化され、不規則振動も検出されなかった。
表2では塗料No.1,4,7から成膜された耐熱樹脂塗膜を性能評価したが、表1に掲げた他の耐熱樹脂塗料から成膜された耐熱樹脂塗膜も同様に優れた鳴き抑制能を示した。なお、フッ素ゴム被覆ではノズル発生頻度(1000回当り)が2回であったのに対し、塗料No.1,4,7から成膜された耐熱樹脂塗膜ではノズル発生頻度がそれぞれ1回,0回,0回であった。
【0039】

【産業上の利用可能性】
【0040】
以上に説明したように、表層がフッ素樹脂薄膜で覆われ粒状フッ素樹脂を分散させた耐熱樹脂塗膜を設けたプレコートステンレス鋼板から作製されたシム板は、従来のゴム被覆シム板に匹敵する鳴き抑制能をもち、耐熱性,耐磨耗性にも優れている。また、プレコート鋼板を素材としているので、シム形状に加工した後で塗装又はライニングする必要がなく製造工程が大幅に簡略化される。しかも、耐熱樹脂塗膜が均一な膜厚であるため、相手材に対する良好な滑り作用がシム板の全表面で発現され、品質,性能が安定化する。その結果、品質,性能に優れたブレーキ用シムが安価に提供される。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】ステンレス鋼板表面に形成され、表層がフッ素樹脂薄膜で覆われた粒状フッ素樹脂,鱗片状無機骨材を分散させた耐熱樹脂塗膜の模式図
【図2】更に無機繊維を分散させた耐熱樹脂塗膜の模式図
【図3】シム板を組み込んだディスクブレーキの概略図
【符号の説明】
【0042】
A:ブレーキ用シム 1:円盤状ロータ 2a,2b:摩擦パッド 3:ピストン(押圧部材) 4:キャリパボディ 6a,6b:バックプレート 7:キャリパ爪(押圧部材)
10:耐熱樹脂塗膜 11:フッ素樹脂薄膜 12:鱗片状無機骨材 13:粒状フッ素樹脂 15:下塗り塗膜 16:ステンレス鋼板(下地) 17:無機繊維

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロータに押し付けられる摩擦パッドのバックプレートと押圧部材との間に配置されるブレーキ用シムであり、プレコートステンレス鋼板から作製され、表層がフッ素樹脂薄膜で覆われ、粒状フッ素樹脂が分散した耐熱樹脂塗膜がバックプレート及び押圧部材に対向していることを特徴とするブレーキ用シム。
【請求項2】
更に鱗片状無機骨材が耐熱樹脂塗膜に分散している請求項1記載のブレーキ用シム。
【請求項3】
更に無機繊維が耐熱樹脂塗膜に分散している請求項1又は2記載のブレーキ用シム。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2006−125418(P2006−125418A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−310343(P2004−310343)
【出願日】平成16年10月26日(2004.10.26)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】