説明

プラスチックレンズの研磨方法、それに用いられる研磨工具、及びプラスチックレンズの製造方法

【課題】プラスチックレンズに対する研磨効率を向上させつつ研磨工具の消耗を抑えるプラスチックレンズの研磨方法、それに用いられる研磨工具、及びプラスチックレンズの製造方法を提供する。
【解決手段】加水分解可能な樹脂を含有するプラスチックレンズに対してアルカリによる加水分解を行うのと同時に、前記プラスチックレンズを研磨することを特徴とするプラスチックレンズの研磨方法。但し、研磨に用いられる研磨工具は耐アルカリ性を有し、且つ、前記研磨工具における、前記プラスチックレンズとの接触部には、加水分解された化合物のうちの少なくとも一部と水素結合可能な化合物が使用されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチックレンズの研磨方法、それに用いられる研磨工具、及びプラスチックレンズの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光学レンズとして、ガラスレンズの代わりに樹脂素材を用いたプラスチックレンズが多用されている。その理由としては、プラスチックレンズがガラスレンズに比べて軽量であり、割れにくく且つ加工成形がし易いことなどの利点があることに起因している。このプラスチックレンズは光学分野で幅広く採用されているが、上記の利点があることから、眼鏡用レンズとして特に使用されている。
【0003】
従来、眼鏡用のプラスチックレンズを構成する樹脂素材に対する加工においては、切削・研削方法として球面加工、トーリック面加工、および自由曲面加工を行うためのカーブジェネレーティング加工(以下、CG加工と言う。)が行われている。この加工が行われる工程は、粗削り工程とも呼ばれる。
【0004】
このCG加工は、被加工物である樹脂素材に対して所望の形状が創成できるような位置にダイヤモンド工具を相対配置し、工具および樹脂素材の両者を相対運動させながら球面、トーリック、および自由曲面形状を創成する方法である。
【0005】
このCG加工された樹脂素材(以降、プラスチックレンズと言う。)に対し、ポリウレタン研磨パッドや不織布研磨パッド、そして遊離砥粒を用いて機械研磨を行い、プラスチックレンズに対して研磨加工(例えば粗研磨や仕上げ研磨)を施し、光学面を整える。そして最終的に、プラスチックレンズに対して所望の光学面を形成し、プラスチックレンズの完成品とする。以降、この研磨加工のことを、単に「研磨」又は「研磨する」とも言う。
【0006】
ここで言う研磨の方法としては、弾性研磨器具を用いる方法が提案されている。弾性研磨器具を用いる方法としては、例えば、特許文献1に示すような、風船型研磨器具を用いる研磨方法が知られている。
【0007】
この方法は、研磨パッドが最表面に設置された風船型研磨器具の内側に圧力気体を送り、内圧で前記風船型研磨器具を膨らませ、その内圧を変更することによって曲率を変更し、被研磨面の曲面形状に合った曲率にして研磨するもので、凹面の曲率に追随できるため、1種類の風船型研磨器具で多数の被研磨面に対応することができる。
【0008】
ところで、上記のような風船型研磨器具を用いて研磨を行う場合、通常、砥粒を用いる。この砥粒としては、先ほど挙げた特許文献1においては、酸化アルミナ、ダイヤモンドパウダー等の砥粒を研磨液に分散させた溶液状の研磨剤を、プラスチックレンズに対して使用している。
【0009】
なお、特許文献2には、同じくプラスチックレンズではあるものの、上記の研磨ではなく、プラスチックレンズに形成された光学面に対してフォトクロミック膜を形成する前に研磨剤によって擦る処理を行う技術が記載されている。具体的に言うと、プラスチックレンズに対してフォトクロミック膜を形成する前に、プラスチックレンズをアルカリ溶液に浸漬することによりその表面に化学エッジング処理を行い、その後、アルミナ粒子を蒸留水に分散させた研磨剤を布につけてプラスチックレンズの凸面全体を擦る処理を行い、フォトクロミック膜とプラスチックレンズとの間の密着性を向上させる技術が記載されている。同様の擦る処理については、特許文献3及び4にも記載されている。
【0010】
一方、本発明のプラスチックレンズの分野ではなく、シリコンウエハに対して表面研磨を行う技術も存在する。この関連技術としては、例えば特許文献5及び6に示すように、シリコンウエハに対して平坦化研磨を行うべく、固定砥粒研磨パッドを用いるものがある。その際、研磨パッドにはポリエーテルポリオールを用いつつ、砥粒にはアルミナ水和物を用い、研磨する際の雰囲気をアルカリとしたものがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第4681024号
【特許文献2】国際公開第04/050775号パンフレット
【特許文献3】国際公開第09/014086号パンフレット
【特許文献4】国際公開第09/116362号パンフレット
【特許文献5】特開2004−042244号公報
【特許文献6】特開2005−129644号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
現在、CG加工後の研磨(例えば粗研磨や仕上げ研磨)の手法としては、上記の特許文献1に記載の方法等が使用されている。その一方、プラスチックレンズに対する研磨の際の研磨効率が検討課題となっている。
【0013】
具体例を挙げて言うと、上記の研磨を行う際に、更に精密な粗研磨を行おうとしたり、更に滑らかな鏡面を形成すべく仕上げ研磨を行おうとしたりして、加工に長時間を要してしまうと、風船型研磨器具と研磨パッドとが外れやすくなってしまい、研磨の際に研磨パッド自体の摩耗が大きくなってしまうおそれもある。
【0014】
なお、特許文献5及び6のようなシリコンウエハに関する技術を参考にして研磨効率を向上させようとしても、それらをプラスチックレンズ製造の参考にするには大きな障害がある。なぜなら、本発明で取り扱うプラスチックレンズには、アルカリ雰囲気中で容易に加水分解する化合物(例えばエステル等)が多く用いられている。そのため、特許文献5(段落0068)及び特許文献6(段落0024)のように研磨最中にアルカリ雰囲気とすることは、プラスチックレンズの研磨という分野においては、当業者の常識に反するところである。
【0015】
確かに、特許文献2〜4のように、プラスチックレンズの表面を粗化(エッジング)するためにアルカリ溶液が用いられることはあれども、それは、後々でプラスチックレンズの表面を擦ってフォトクロミック膜をプラスチックレンズに密着させやすくするための前処理として使用されるものである。そのため、特許文献2〜4の擦る処理は、研磨剤は使用しているものの、プラスチックレンズにおいて光学面を整える研磨とは異なる処理である。
【0016】
仮に、アルカリ雰囲気中で研磨を行ってしまうと、プラスチックレンズが脆くなってしまうことに起因する欠陥の発生などにより、完成品となるプラスチックレンズの品質劣化にも繋がるおそれが発生すると、当業者なら容易に想像できる。
【0017】
現在、プラスチックレンズに対する研磨効率の向上が強く求められている。それにもかかわらず、上述のように、従来の関連技術をプラスチックレンズに活かすことができない状況にある。もし、この研磨効率を向上させれば、プラスチックレンズの製造コストの減少、プラスチックレンズの品質向上ひいては歩留まりの向上にもつながる。
【0018】
本発明の目的は、プラスチックレンズに対する研磨効率を向上させつつ研磨工具の消耗を抑えるプラスチックレンズの研磨方法、それに用いられる研磨工具、及びプラスチックレンズの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者は、プラスチックレンズに対する研磨効率を向上させつつ研磨工具の消耗を抑えるべく、従来のプラスチックレンズに対する研磨方法について再検討した。その際、本発明者は、課題に対するアプローチの方向性として、まず研磨効率を向上させるために研磨対象であるプラスチックレンズを削りやすくするように定め、これを試みた。
【0020】
この試みは、プラスチックレンズの研磨という分野においては常識に反するとも言える内容であった。詳しく言うと、プラスチックレンズに対してアルカリ雰囲気として、プラスチックレンズの高分子化合物を加水分解しながらそれと同時にプラスチックレンズへの研磨を行うという内容であり、被研磨対象自体を構成している高分子を化学的に分解しながらそれと同時に研磨を行うという、従来では想像もつかない内容である。
【0021】
しかしながら、この試みをそのまま実行しようとすると、上述の通り、プラスチックレンズが脆くなってしまうことに伴うひび割れの発生が起こるおそれがある。
【0022】
そこで、構成物質である高分子化合物が現在進行形で加水分解されているプラスチックレンズにおいて、分解された高分子化合物のうちの少なくとも一部の化合物を、研磨工具により選択的に分子レベルで除去していくこと、そしてこれにより、プラスチックレンズ全体を機械的に削っていく場合に比べてマイルドな研磨を行えることを、本発明者は想到した。
【0023】
このマイルドな研磨のメカニズムを、図1を用いて化学的な側面から説明すると、以下の通りである。
まず、プラスチックレンズにおいて加水分解可能な樹脂(例えばエステル結合を有する樹脂)がアルカリにより加水分解されることにより、アルカリ雰囲気下であることから、カルボン酸イオンとアルコールに分解される。
【0024】
一方、研磨工具における、プラスチックレンズとの接触部は、このアルコールと水素結合可能な化合物(例えばポリウレタン樹脂)にて形成しておく。こうすることにより、図1に示すように、分解されたアルコール(−OH)とウレタン(N−HのH及びC=OのO)とが互いのOとH間で水素結合を形成できる。このように、上記の化合物を有するプラスチックレンズと研磨工具を準備した上で、アルカリ雰囲気下で、プラスチックレンズを加水分解させるのと同時に、研磨を行うのが本発明であり、この本発明に関する上記の知見を、本発明者は初めて得た。
【0025】
なお、本発明は、従来の「化学研磨」とは異なり、被研磨対象を構成する高分子を化学的に分解し、さらに分解された化合物の少なくとも一部を、研磨工具の一部と水素結合させることにより、この分解された化合物を選択的に分子レベルで除去していくという、ミクロ的な意味での化学研磨を行っている。
【0026】
上記のように、プラスチックレンズと研磨工具とを選定して、アルカリ雰囲気下で研磨を行うことにより、以下の利点を生みだすことができる。
1.アルカリ雰囲気下としているため、プラスチックレンズを削りやすくでき、研磨効率を向上させることができる。
2.プラスチックレンズを構成する化合物全体を削っていくのではなく、加水分解され且つ水素結合可能な化合物を選択して削っていくため、従来に比べてマイルドな研磨を行うことができ、アルカリ雰囲気下に起因する品質の低下を抑制することができる。
3.プラスチックレンズの加水分解→研磨→プラスチックレンズの新生面が表出→新生面においてプラスチックレンズの加水分解→研磨→プラスチックレンズの新生面が表出→・・・というサイクルを繰り返すことにより、研磨効率を向上させることができる。
4.研磨工具とプラスチックレンズとの間の摩擦という機械的な作用に起因する発熱によって、加水分解という化学反応を促進させながら、研磨パッドにより、プラスチックレンズを構成する化合物を選択的に分子レベルで除去していくことができる。
【0027】
上記の利点により、プラスチックレンズ及びその完成品の品質を従来のものから劣化させることなく、研磨効率を向上させることができる。その結果、研磨に要する時間を短縮することができ、研磨工具の消耗を抑えることも可能となる。
【0028】
以上の知見に基づいて成された本発明の態様は、以下の通りである。
本発明の第1の態様は、
加水分解可能な樹脂を含有するプラスチックレンズに対してアルカリによる加水分解を行うのと同時に、前記プラスチックレンズを研磨することを特徴とするプラスチックレンズの研磨方法である。
但し、前記研磨に用いられる研磨工具は耐アルカリ性を有し、且つ、前記研磨工具における、前記プラスチックレンズとの接触部には、加水分解された化合物のうちの少なくとも一部と水素結合可能な化合物が使用されている。
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の態様であって、
前記プラスチックレンズにおける加水分解可能な樹脂は、エステル結合を有する樹脂であり、
前記研磨工具は、主成分としてポリウレタン樹脂を含有する研磨パッドであって、前記ポリウレタン樹脂の合成にはポリエーテルポリオールが使用される一方、前記研磨パッドは、エステル結合を有する化合物を実質的に含有せず、
前記研磨パッドの耐アルカリ性が、pH12.5且つ40℃の水酸化カリウム溶液に対する浸漬後における引張強度の劣化を10%未満に抑える程度のものであり、
前記研磨パッドの貯蔵弾性率が、20MPa以上200MPa以下であることを特徴とする。
本発明の第3の態様は、第2の態様に記載の態様であって、
前記研磨パッドには固定砥粒が設けられており、前記固定砥粒はアルミナ水和物であり、
前記ポリウレタン樹脂の合成には、更にイソシアネートが使用されることを特徴とする。
本発明の第4の態様は、第1ないし3のいずれかの態様に記載のプラスチックレンズの研磨方法に用いられることを特徴とする研磨工具である。
本発明の第5の態様は、
加水分解可能な樹脂を含有するプラスチックレンズに対してアルカリによる加水分解を行うのと同時に、前記プラスチックレンズを研磨することを特徴とするプラスチックレンズの製造方法である。
但し、前記研磨に用いられる研磨工具は耐アルカリ性を有し、且つ、前記研磨工具における、前記プラスチックレンズとの接触部には、加水分解された化合物のうちの少なくとも一部と水素結合可能な化合物が使用されている。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、プラスチックレンズに対する研磨効率を向上させつつ研磨工具の消耗を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本実施形態に係るプラスチックレンズがアルカリによって加水分解し、それによって生成したアルコールが選択的に分子レベルで除去されるメカニズムを説明した図である。
【図2】本実施形態に係る研磨方法を行うための研磨装置の概略構成図である。
【図3】本実施形態に係る研磨治具の平面図である。
【図4】本実施形態に係る研磨パッドが取付けられた研磨治具の平面図である。
【図5】本実施形態に係る研磨治具の底面図である。
【図6】図4のVII−VII線断面図である。
【図7】本実施形態に係る研磨パッドの平面図である。
【図8】本実施形態に係る研磨パッドの締付部材の斜視図である。
【図9】本実施形態に係る研磨装置の無軌道研磨軌跡を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施の形態について説明する。順序としては、まず、本実施形態におけるプラスチックレンズの研磨方法を適用する研磨装置について説明する。この研磨装置は特許文献1(特許第4681024号)に記載の装置を元にしたものではあるが、本明細書においては研磨パッドの部分を中心として再掲し、それ以外の部分は省略する。その後、本実施形態の特徴部分であるプラスチックレンズの研磨方法に関する内容について詳述する。それらを踏まえた上で、研磨方法を含んだプラスチックレンズの製造方法について説明する。その後、実施の形態による効果を述べ、最後に変形例について説明する。
【0032】
具体的には、以下の順序で説明を行う。
1.プラスチックレンズの研磨装置
A)研磨装置の全体構成
B)研磨パッド
C)研磨治具
D)その他
2.プラスチックレンズの研磨方法
A)プラスチックレンズの選定
B)研磨パッドの選定
a)発泡体(スポンジ部分)
b)固定砥粒
c)発泡体と固定砥粒との最適な組み合わせ
d)その他の化合物及び研磨パッドの製造方法
C)研磨の実行
3.プラスチックレンズの製造方法
A)セミフィニッシュレンズの選定
B)CG加工
C)研磨
a)粗研磨
b)仕上げ研磨
D)その他(カラー染色・検査・超音波洗浄・ハードコート加工・マルチコート加工等)
4.実施の形態による効果
5.変形例
【0033】
<1.プラスチックレンズの研磨装置>
A)研磨装置の全体構成
本実施形態であるプラスチックレンズの研磨方法を行う上で、特許文献1に記載の眼鏡レンズに対する研磨装置を用いた場合を例示する。もちろん、眼鏡レンズ以外の光学レンズであっても、本実施形態で言うところの「プラスチックレンズ」に対してならば、本実施形態を適用することは可能であるが、本実施形態においては眼鏡レンズの研磨方法について例示する。
【0034】
図2において、全体を符号1で示す眼鏡レンズの研磨装置は、床面に設置された装置本体2と、この装置本体2に紙面において左右方向に移動自在でかつ水平な軸3を中心として紙面と直交する方向に回動自在に配設されたアーム4と、このアーム4を左右方向に往復移動させるとともに紙面と直交する方向に回動させる図示しない駆動装置と、前記アーム4に設けられておりプラスチックレンズ5の凸面5aがレンズ保持体7を介して保持されるレンズ取付部6と、このレンズ取付部6の下方に位置するように前記装置本体2に配設され、図示しない駆動装置により垂直な軸線Kを中心として首振り旋回運動(自転はしない)を行う揺動装置8等を備えている。
【0035】
また、本実施形態における研磨装置1は、前記揺動装置8の上面に対して着脱自在に設けられた研磨治具9、この研磨治具9に着脱自在に取付けられた研磨パッド10、前記レンズ取付部6を昇降させる昇降装置11等を、更に備えている。なお、前記揺動装置8は、垂直な回転軸21に揺動角度α(例えば、5°)で首振り旋回運動するように傾斜して取付けられている。
【0036】
以降、レンズを研磨するための部分であって、本実施形態においてはプラスチックレンズ5の研磨に直接用いられる部材を「研磨工具」と言い、本実施形態においては研磨パッド10に該当する。
【0037】
B)研磨パッド
前記プラスチックレンズ5の凹面5bの研磨に用いられる前記研磨パッド10は、図7に示すように前記バルーン部材25のドーム部25Aの正面視形状と略同一の大きさの楕円形に形成された研磨部60(本実施形態で言うところの「接触部」)と、この研磨部60の周縁から外側に伸びる複数本の固定片61とで構成されている。
【0038】
研磨部60は、外周より中心に向かって形成された複数の溝62により放射状に形成された8個の花弁片63で構成されている。各花弁片63は、中心側の幅が狭く、外周側の幅が広くなるように平面視台形状に形成されている。前記固定片61は、前記8個の花弁片63のうち、長軸方向と短軸方向に位置する合計4つの花弁片63の外縁に径方向にそれぞれ延設されている。固定片61の幅は、花弁片63の外縁の幅より狭く設定されている。これは、研磨中にバルーン部材25の変形や固定片61が後述する締付部材66から引き出された際、固定片61の撓みを容易にするためである。
【0039】
前記固定片61は、幅が広すぎると柔軟性に欠けて撓み難くなり、狭すぎると強度的に弱くなるため研磨時に破断し易くなる。従って、固定片61の幅は強度と柔軟性を考慮して決められる。例えば、厚さ1mmのフェルトを使用した場合、幅は5〜15mm程度とすることが望ましい。5mm以下では耐久性が低下し、15mm以上であると柔軟性が低下し、バルーン部材25の変形に追随しづらくなる。固定片61の数としては、2つ以上で一定の間隔をおいて配置されることが望ましい。なお、固定片61の数が多すぎると、固定片61と後述する締付部材66との接触面積が大きくなり、固定片61にかかる締付部材66の圧力が分散して小さくなるため外れ易くなる。反対に少なすぎると研磨パッド10の研磨治具9に対する安定した固定が得られなくなる。したがって、固定片61の数としては3〜5つ程度であると、より望ましい。
【0040】
C)研磨治具
このような研磨パッド10は、前記締付部材66によって前記研磨治具9に着脱自在に取付けられる。以下、研磨治具9について説明する。
【0041】
図3〜図6において、前記研磨治具9は、弾性材料である天然ゴム、合成ゴムまたはゴム状樹脂によってカップ状に形成された背面側が開放するバルーン部材25と、このバルーン部材25の背面側開口部を閉塞し内部を気密に保持する固定具26と、前記バルーン部材25の内部に圧縮空気を供給するバルブ27とで構成されている。
【0042】
前記バルーン部材25は、正面視形状が略楕円形で表面が扁平または緩やかな凸曲面からなるドーム部25Aと、このドーム部25Aの外周より下方に向かって一体に延設された略楕円形の筒部25Bと、筒部25Bの後端に一体に延設された環状の内フランジ25Cとで構成されている。また、内フランジ25Cの内端には、上方に突出した環状の係止部28が一体に設けられている。
【0043】
この係止部28は、後述する内側固定具29と係合することでバルーン部材25と内側固定具29を仮固定し、研磨治具9の組み立てを容易にするとともに、外側固定具30を取付けたときにバルーン部材25が固定具26から外れるのを防止し、かつ内部の密閉を確実にする。
【0044】
バルーン部材25の材質としては、例えば硬度が20〜50度の天然ゴムに近い合成ゴム(例えば、IIR)または天然ゴムが用いられる。バルーン部材25の厚さTは全体にわたって均一で、約0.5〜2mm(通常1mm程度の等厚)である。バルーン部材25は、研磨するプラスチックレンズ5の大きさや研磨したい被研磨面の形状に応じて複数種類用意することが好ましい。
【0045】
前記固定具26は、前記内側固定具29と外側固定具30の2部材からなり、これらによってバルーン部材25の内フランジ25Cと係止部28を内側と外側から挟持することにより、バルーン部材25の背面側開口部を気密に封止している。内側固定具29は、バルーン部材25の筒部25Bの内側の形状と略同一の大きさの楕円板からなり、表面側外周縁が面取りされ、裏面外周部に前記内フランジ25Cが嵌合する環状溝31が形成されている。また、環状溝31の内周には、前記係止部28が嵌合する環状の溝31aが全周にわたって形成されている。環状溝31の深さWは、内フランジ25Cの厚さ(T)より若干小さく設定されている。また、内側固定具29は、高さが筒部25Bの高さより低く設定されることにより、バルーン部材25の内部に密閉空間32を形成している。
【0046】
前記バルブ27を介し、前記密閉空間32に対して圧縮空気を供給し、前記ドーム部25Aを上方に膨張させると、ドーム部25Aの中心軸を含む断面の曲率半径が楕円の短軸方向で最小となり、長軸方向で最大となるトーリック面に近い形状が形成される。この場合、ドーム部25Aの曲率半径は、ドーム部25Aの中央高さ(頂点高さ)に応じて変化するため、適宜な装置によってドーム中央の高さを測定し調整することにより、ドーム部25Aの曲率半径を所望の曲率半径とすることができる。なお、ドーム部25Aの形状をプラスチックレンズ5の凹面5bにより近づけるには長軸、短軸の寸法またはその比率を変えたものを複数種用意しておき、プラスチックレンズ5の凹面形状に近いものを選択して使用することが好ましい。ドーム部25Aの曲率半径を、プラスチックレンズ5の凹面5bの曲率半径よりも小さく設定すると、レンズ凹面をドーム部25Aに押し付ける際に凹面5bの中央部とドーム部25Aの中央部との間に隙間が生じ難くなるのでより良い。
【0047】
なお、研磨治具9の選定は、レンズ径と研磨面の曲率によって適宜選定されるが、同一径のレンズの場合、曲率が大きくなる程長軸が短い研磨治具を使用するとよい。
【0048】
D)その他
図6において、前記外側固定具30は、上方に開放するカップ状に形成されることにより、円板状の底板30Aと、この底板30Aの上面外周に一体に突設された円筒部30Bとからなり、円筒部30Bの内側において前記内側固定具29が前記バルーン部材25の筒部25Bとともに嵌挿される凹陥部36を形成している。内側固定具29は、前記バルーン部材25の筒部25Bとともに凹陥部36に嵌挿され、外側固定具30の下面側から複数個の止めねじ37によって凹陥部36内に固定され、バルーン部材25の内フランジ25Cを凹陥部36の底面に押し付けることによりバルーン部材25の背面側開口部を外側固定具30とともに気密に封止する。
【0049】
このような外側固定具30は、図5及び図6に示すように、底面に設けた係合凹部38および係合溝38’と揺動装置8の上面に設けた図示しない係合部との係合によって位置決め固定される。外側固定具30の凹陥部36は、前記バルーン部材25の筒部25Bの外形と略同一の大きさで、深さが10mm程度で筒部25Bの高さより低い楕円形の凹部を呈する。したがって、バルーン部材25を固定具26に取付けた状態において、筒部25Bは外側固定具30より上方に突出している。このように外側固定具30の高さをドーム部25Aよりも低くしておくと、レンズ5の研磨時に研磨治具9を首振り旋回運動させてもレンズ5と外側固定具30が干渉するのを防止することができる。なお、外側固定具30の外形を円形にしているが、これは後述する締付部材66が締付け時に略円形のリング状の場合、均等に力が加わるようにするためである。
【0050】
なお、前記研磨治具9に研磨パッド10を取付ける際に用いられる前記締付部材66は、図8に示すように適宜な太さの線ばね67を円形に折り曲げて端部を互いに交差させたもので、自然状態で前記外側固定具30の外径より小さい直径を有し、両端部67a,67bが外側にそれぞれ略直角に折り曲げられている。締付部材66のリング形状は、締付け時に各固定片61に均等に力が加わるように外側固定具30の外形に合わせて適宜設定する。なお、外側固定具30の外形が円形で、締付部材66の締付け時のリング形状が円形の場合は、向きを合わせる必要がないため望ましい。
【0051】
前記研磨パッド10を研磨治具9に取付けるには、先ず圧縮空気の供給によってバルーン部材25のドーム部25Aを所定のドーム形状に膨張させた後、その上に研磨パッド10の研磨部60を載置する。次に、締付部材66の両端部67a,67bを指先で挟んでその間隔を狭めることにより締付部材66を拡径化し、この状態で締付部材66を研磨パッド10の固定片61に上方から押しつけてこれらの固定片61を下方に折り曲げ外側固定具30の外周に接触させる。そして、両端部67a,67bから指先を離すと、締付部材66は元の形状に復帰して固定片61を外側固定具30の外周に締付け固定し、もって研磨パッド10の取付けが終了する。したがって、接着剤を必要とせず、取付け取外し作業が簡単である。
【0052】
<2.プラスチックレンズの研磨方法>
A)プラスチックレンズの選定
以下、プラスチックレンズ5の研磨方法について説明する。
まず、本実施形態が適用され得るプラスチックレンズ5について述べる。本実施形態の研磨方法を適用できるのは、加水分解可能な樹脂を含有するプラスチックレンズ5である。本実施形態においては、上述の通り、プラスチックレンズ5に対してアルカリ雰囲気として、プラスチックレンズ5の高分子化合物を加水分解しながらそれと同時にプラスチックレンズ5への研磨を行う。そしてそれによって、被研磨対象自体を構成している高分子を化学的に分解しながらも、同時に研磨を行う。そのためにも、本実施形態におけるプラスチックレンズ5は、加水分解可能な樹脂を含有する必要がある。
本実施形態においては、この加水分解可能な樹脂の一例として、エステル結合を有する樹脂を選択した場合について述べる。
【0053】
B)研磨パッドの選定
次に、本実施形態を実施するのに用いられる研磨工具(即ち研磨パッド10)について述べる。本実施形態における研磨パッド10は、耐アルカリ性を有し、且つ、前記研磨パッド10における、前記レンズとの接触部には、加水分解された化合物のうちの少なくとも一部と水素結合可能な化合物が使用される必要がある。本実施形態においては、この化合物の一例として、発泡性を有するポリウレタン樹脂を選択した場合について述べる。
【0054】
本実施形態においては、プラスチックレンズ5の素材、研磨パッド10の素材、そしてそれらを適切に組み合わせることにより、プラスチックレンズ5に対してアルカリによる加水分解を行うのと同時の研磨を可能としている。課題を解決するための手段にて、その理由の概要は述べたところであるが、以下、プラスチックレンズ5の選定理由とともに、研磨パッド10の選定理由について更に説明する。
【0055】
まず、上記のように、アルカリによる加水分解可能なプラスチックレンズ5を選定することにより、プラスチックレンズ5を削りやすくすることが可能になる。その一方で、何の手当てもせずに加水分解と研磨とを同時に実行しようとすると、プラスチックレンズ5の加水分解→研磨→プラスチックレンズ5の新生面が表出→新生面においてプラスチックレンズ5の加水分解→研磨→・・・というサイクルに、プラスチックレンズ5が耐えられなくなってしまうおそれがある。
【0056】
そこで本実施形態においては、プラスチックレンズ5において加水分解により生成された化合物の一部であるアルコールを、研磨パッド10を構成する化合物と水素結合させることにより、選択的に分子レベルで除去していく。
【0057】
通常なら、もしプラスチックレンズ5をアルカリにより加水分解しながら研磨すると、加水分解されたアルコールやカルボン酸イオンも、更にはプラスチックレンズ5を構成する化合物は機械的に一律に除去されていく。ところが、本実施形態の研磨パッド10を用いることにより、図1に示すように、プラスチックレンズ5が加水分解されて生成したアルコール(−OH)と、研磨パッド10を構成するポリウレタン樹脂におけるウレタン(N−HのH及びC=OのO)とが、互いのOとH間で水素結合を形成できる。つまり、プラスチックレンズ5全体を一律に研磨するのではなく、アルコールを選択的にプラスチックレンズから除去(即ち、プラスチックレンズ5を構成する化合物のうち一部を選択的に分子レベルで除去)することにより研磨するのが、本実施形態の研磨方法である。
上記の研磨を行うことにより、プラスチックレンズ5全体を機械的に削っていく場合に比べてマイルドな研磨を行うことができる。
【0058】
以下においては、前記研磨工具(研磨パッド10)の材料について更に説明する。具体的には、研磨工具(研磨パッド10)のうち、発泡体を構成する部分(発泡性を有するポリウレタン樹脂)と、それにより固定された砥粒(固定砥粒)について述べる。
【0059】
a)発泡体(スポンジ部分)
本実施形態においては、発泡性を有するポリウレタン樹脂を選択している。また、本実施形態におけるポリウレタン樹脂の合成に用いられる化合物(言い換えると研磨パッド10に含まれる化合物)は、上記のポリエーテルポリオールに加え、イソシアネート及び鎖延長剤や発泡剤等である。以下、ポリエーテルポリオール及びイソシアネートを選定した理由について説明する。
【0060】
まず、ポリウレタン樹脂を選定した理由としては、ポリウレタン樹脂は、必要な硬度に加えて強靭性も有しているためである。ポリウレタン樹脂は、耐摩耗性・耐久性に優れた材料であり、研磨パッド10の素材として非常に適している。また、原料組成を種々変えることにより、所望の物性を有した樹脂が得られることも、ポリウレタン樹脂の大きな特徴であり、研磨パッド10の形成材料に適している点である。
【0061】
また、ポリウレタン樹脂の原料であって後述するポリエーテルポリオールもイソシアネートも、共に比較的低粘度の液体であり各種砥粒と混合が容易である。そのため、様々な形状に成形が可能である。
【0062】
しかも、ポリウレタン樹脂からなる発泡体は、均一な微細気泡を有している。そのため、研磨パッド10として用いる際に供給した研磨液を保持する気泡を確保することができる。この微細発泡構造は、微発泡部分の穴に研磨液を保持することができる。これは、表面に分散固着された砥粒とともに湿式の化学機械研磨作用がおこり研磨速度を安定化するのに非常に有効である。そのため、研磨速度が十分に大きくなり、且つ研磨作業が安定化する。
【0063】
なお、ポリウレタン樹脂からなる発泡体の製造にあたり、ポリウレタン原料に対し、予め発泡剤である水、及び砥粒を混合し、シリコーン系整泡剤を混合しておくことは、微細気泡を安定的に作るのに有利である。ポリウレタンの物性を損なうことなく、気泡が均一なポリウレタン発泡体が安定して得られるためである。
【0064】
以下、本実施形態におけるポリウレタン樹脂の合成に用いられるポリエーテルポリオール及びイソシアネートについて詳述する。
【0065】
本実施形態におけるポリウレタン樹脂の合成には、ポリエーテルポリオールを使用するのが好ましい。本実施形態においては、将来的に、プラスチックレンズ5に対してアルカリによる加水分解を行うことになる。そのため、研磨パッド10を構成する化合物としては、アルカリによる加水分解の影響を受けにくい物質を選定するのが好ましい。そして、ポリエーテルポリオールは、ポリウレタン樹脂の原料の中でも、エステル結合を有さない化合物であることから、比較的、アルカリによる加水分解の影響を受けにくい。
【0066】
そのような事情も鑑みると、本実施形態に用いられる前記研磨パッド10全体として見たとき、エステル結合を有する化合物を実質的に含有していないのが好ましい。そうすることにより、プラスチックに対するアルカリによる加水分解の際に、アルカリの影響を受けにくくなる。言いかえると、耐アルカリ性を向上させることができる。その結果、アルカリ雰囲気下においても、研磨パッド10が耐アルカリ性を有していることから研磨を続行することができ、ひいては、研磨パッド10の消耗を抑えることができる。
なお、ここで言う「実質的に含有していない」とは、エステル結合を全く含有していない場合も含むし、仮に含んでいたとしてもアルカリによる研磨を続ける上で研磨パッド10の消耗が問題とならない程度の量であることを指す。
【0067】
なお、ここで言う耐アルカリ性は、実用に耐えられる程度のものであれば良いが、具体的に言うと、pH12.5且つ40℃の水酸化カリウム溶液に対する浸漬後における引張強度の劣化を10%未満に抑える程度のものであるのが好ましい。この耐アルカリ性を有していれば、アルカリ雰囲気下による連続研磨が実用上、充分可能だからである。
【0068】
また、本実施形態における研磨パッド10は、20MPa以上200MPa以下であることが好ましい。20MPa以上ならば、研磨パッド10内に充分な応力が保持されていることから、実用に堪え得る研磨効率を得ることができる。200MPa以下ならば、研磨パッド10内の応力が適度な値(適度な軟らかさを有するもの)であるため、プラスチックレンズ5におけるCG加工後の面に対し確実に粗研磨を行うことができる。
【0069】
なお、本実施形態における「貯蔵弾性率」とは、動的粘弾性測定装置で引っ張り試験用治具を用い、正弦波振動を加え、周波数1Hzで測定した際の40℃での研磨層の貯蔵弾性率をいう。貯蔵弾性率の測定条件は、研磨時の条件を参考にしている。つまり、貯蔵弾性率の測定条件は、研磨時において研磨パッド10は被研磨対象に押し付けられ、双方が回転運動しているが、この運動がほぼ1Hzに相当すること、またその際の摩擦熱により、研磨パッド10は約40℃になっていると言われていることから、これらの条件に準じている。
【0070】
なお、上記の要件を満たすポリエーテルポリオールとしては、公知のものを用いることができるが、例示するならば、ポリテトラメチレングリコ−ル(PTMG)、ポリプロピレングリコール(PPG)、ポリエチレングリコール(PEG)等が例示される。これら以外にも、プロピレンオキシドやエチレンオキシドを付加して得られるポリオキシプロピレングリコール、ポリオキシプロピレン化グリセリン、テトラヒドロフラン−ネオペンチルグリコール共重合体、ポリテトラメチレンエーテルグリコール等も例示できる。
【0071】
なお、上記の発泡体を作製する上で、ポリエーテルポリオール以外にも、更にイソシアネートを用いることが好ましい。イソシアネートがポリエーテルポリオールに対してウレタン結合を形成するのに役立つのみならず、後述の固定砥粒としてアルミナ水和物を用いた場合、砥粒表面に存在するアルミノール(Al−OH)とこのイソシアネートとの間で共有結合を形成することになり、その結果、発泡体に対して固定砥粒が更に強固に固定されることになる。その結果、研磨パッド10から固定砥粒が離脱するのを抑制することができ、最終的には研磨効率の向上及び研磨パッド10の消耗抑制にも繋がる。
【0072】
上記の要件を満たすイソシアネートとしては、公知のものを用いることができるが、例示するならば、例えば、トリレンジイソシアネート(TDI)、4,4−ジフェニルメタンジイソソアネート(MDI)、ポリメリックMDI、キシリレンジイソシアネート(XDI)、ナフチレンジイソシアネート(NDI)、パラフェニレンジイソシアネート(PPDI)、ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート(HMDI)、インホロンジイソシアネート(IPDI)、リジンジイソシアネート(LDI)、トリジンジイソシアネート(TODI)等が例示できる。
【0073】
また、ポリエーテルポリオールとイソシアネートとの配合比は、官能基比率にて、ポリエーテルポリオール(即ち活性水素含有化合物):イソシアネート=1:1から1:1.2の範囲で配合されるのが好ましい。なお、ポリエーテルポリオールにおける活性水素とイソシアネートを反応させる際、例えば、有機錫化合物などの金属化合物系触媒や、トリエチレンジアミンなどのアミン触媒を使用することができる。
【0074】
また、発泡剤としては、公知のものを使用することができ、例えば水またはカルボン酸を使用することができる。
【0075】
b)固定砥粒
本実施形態においては、ポリエーテルポリオールや、以下に述べるイソシアネート等と結合する形で、ポリウレタン樹脂の発泡体に固定砥粒が埋め込まれ、その結果、固定砥粒が研磨パッド10に設けられることになる。この前記固定砥粒としては、プラスチックレンズ5に対する研磨(特に粗研磨や仕上げ研磨)に適するものであれば公知のものを使用することができる。
【0076】
この固定砥粒について具体例を挙げるとすれば、研磨効率を鑑みると、アルミナ、アルミナ水和物、炭化珪素、ジルコニア、酸化チタン、シリカ、酸化セリウムのいずれか一つ、あるいは複数を含有してなるのが好ましい。
【0077】
また、詳しくは後述するが、発泡体を構成する化合物に対して共有結合可能なことに加え、水素結合可能なものだと好ましい。そのため、本実施形態においては、使用が特に適しているアルミナ水和物を用いた場合について述べる。
【0078】
c)発泡体と固定砥粒との最適な組み合わせ
上述の通り、本実施形態においては、発泡体に固定砥粒を備えた研磨パッド10を用意する。この発泡体は、発泡性のポリウレタン樹脂により形成されており、少なくともポリエーテルポリオール及びイソシアネートにより合成されている。そして、この固定砥粒は、アルミナ水和物により形成されている。そして、この研磨パッド10によって、エステル結合を有するプラスチックレンズ5に対し、アルカリによる加水分解を行うのと同時に、研磨を行う。以上の「ポリエーテルポリオール」「イソシアネート」「アルミナ水和物」「エステル結合を有するプラスチックレンズ」という組み合わせにより、プラスチックレンズ5に対する研磨効率を向上させつつ研磨工具の消耗を抑えるという効果を、顕著に発揮することが可能となる。
【0079】
まず、「ポリエーテルポリオール」と「イソシアネート」とによりウレタン結合が形成される。このウレタン結合が、「加水分解されたプラスチックレンズ5」の一部であるアルコールと水素結合し、プラスチックレンズ5全体ではなく、構成化合物の一部を選択的に分子レベルで除去し、マイルドな研磨を効率よく行えることは上述の通りである。
【0080】
それに加え、固定砥粒として「アルミナ水和物」を用いた場合、砥粒表面に存在するアルミノール(Al−OH)とこの「イソシアネート」そして発泡体におけるウレタン結合との間で共有結合を形成することになり、その結果、発泡体に対して固定砥粒が更に強固に固定されることになる。その結果、研磨パッド10から固定砥粒が離脱するのを抑制することができ、最終的には研磨効率の向上及び研磨パッド10の消耗抑制にも繋がる。
【0081】
更に、固定砥粒として「アルミナ水和物」を用いた場合、発泡体におけるウレタン結合に加え、砥粒表面に存在するアルミノールも、「加水分解されたプラスチックレンズ」の一部であるアルコールに対して水素結合を形成する。つまり、現在進行形で加水分解されているプラスチックレンズ5に対する研磨において、ポリウレタン樹脂自体が上記の選択的な研磨(いわゆる従来の「化学研磨」ではなく、加水分解により生成した化合物を選択的に分子レベルで除去すると言うミクロ的な意味での化学研磨)に役立ったり、固定砥粒自体が機械研磨機能を発揮したりするばかりではなく、固定砥粒においても上記の選択的な研磨に寄与することができる。
【0082】
上記のアルミノールを有するアルミナ水和物としては、ベーマイト、バイアライト、ギブサイト及びその混合物、不定形アルミナ水和物等が挙げられる。
【0083】
d)その他の化合物及び研磨パッドの製造方法
なお、本実施形態におけるポリウレタン樹脂からなる発泡体の製造にあたっては、ポリエーテルポリオール、イソシアネート、整泡剤及び発泡剤の他に、架橋剤、鎖延長剤、樹脂化触媒、泡化触媒、酸化防止剤、老化防止剤、充填剤、可塑剤、着色剤、防黴剤、抗菌剤、難燃剤、紫外線吸収剤を含有し、成形を行ってもよい。
【0084】
また、発泡体の製造方法は特に限定されないが、射出成形、反応成形などの方法で製造できる。特に好ましいのは、ミキシングヘッド内で原料同士を衝突させて瞬時に混合する高圧注入機、ミキシングヘッドに供給された各原料を攪拌翼などによって機械的に混合する低圧注入機を使用して、モールド成形やスラブ成形を行うことである。
こうして本実施形態においては、前記固定砥粒が、液状のポリエーテルポリオール及び同じく液状のイソシアネートと攪拌混合され、スラブ又はモールド工法によって、ポリウレタン樹脂の発泡体に固定砥粒として設けられる。
【0085】
C)研磨の実行
以上のように、被研磨対象であるプラスチックレンズ5、そして研磨パッド10を先制した後、上記のプラスチックレンズ5の研磨装置にて研磨を行う。なお、本実施形態においては、粗研磨及び仕上げ研磨のうちの少なくともいずれかにおける研磨に対して上記の手法を適用した場合について述べる。
【0086】
本実施形態における研磨は、以下の手順によって行われる。
先ず、アーム4のレンズ取付部6に対し、レンズ保持体7を介してプラスチックレンズ5を装着する。このプラスチックレンズ5は、カーブジェネレータによって切削された(即ち、既にCG加工された)レンズである。
【0087】
次に、揺動装置8の上面に研磨パッド10が取付けられた研磨治具9を設置し、昇降装置11によってレンズ5を下降させて凹面5bを研磨パッド10の表面に押し付ける。この状態で研磨液を研磨パッド10の表面に供給するとともに、アーム4を左右および前後方向に往復運動させながら揺動装置8を首振り旋回運動させる。これらの運動により、研磨の軌跡が図9(a)または(b)に示すように1周毎に少しずつずれる無軌道研磨軌跡でレンズ5の凹面5bを前記研磨パッド10によって研磨し、所望のトーリック面に仕上げる。なお、研磨代は5〜9μm程度とする。
【0088】
なお、本実施形態においては、アルカリ性溶液(例えば水酸化カリウム(KOH)水溶液等)を研磨液として用いる。こうすることにより、プラスチックレンズ5の研磨を、アルカリ雰囲気中で行うことができる。
【0089】
もちろん、これ以外のアルカリ性溶液を用いても良く、例えばpH9〜12.5としても良い。具体例を挙げると、水酸化ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素ナトリウム、アンモニア水溶液、エチレンジアミン等のアミン類など所定割合で混合して生成されても良い。
【0090】
かかる研磨液は、研磨液供給ノズルから研磨パッド10上に供給された後、研磨パッド10の運動に伴って眼鏡レンズ樹脂素材の被研磨面と研磨パッド10表面との間に入り込む。そうして、プラスチックレンズ5においてCG加工された光学面を、研磨していくことになる。
【0091】
繰り返し前記で述べているように、本実施形態においては、アルカリによる加水分解可能なプラスチックレンズ5に対し、アルカリ雰囲気中であるにもかかわらず、研磨を行うことに特徴がある。
【0092】
つまり、構成物質である高分子化合物が現在進行形で加水分解されているプラスチックレンズ5において、分解された高分子化合物のうちの少なくとも一部の化合物を、研磨パッド10により選択的に除去していく。
【0093】
ここで、「現在進行形で加水分解されている中での研磨」が、従来にはない手法である。この手法を採用することにより、プラスチックレンズ5の加水分解→研磨→プラスチックレンズ5の新生面が表出→新生面においてプラスチックレンズ5の加水分解→研磨→プラスチックレンズ5の新生面が表出→・・・というサイクルを繰り返すことができる。つまり、研磨を実行している間は、研磨によりアルカリ雰囲気中に露出するプラスチックレンズ5の新生面が絶えず露出し、ひいては絶えず加水分解されていくことになる。こうすることにより、常に軟らかくなったプラスチックレンズ5を研磨していくことができ、研磨効率を飛躍的に向上させることができ、ひいては研磨パッド10の消耗を抑制することができる。
【0094】
更に、「現在進行形で加水分解されている中での研磨」であることから、加水分解中に、プラスチックレンズ5と研磨パッド10との接触部に対して研磨による発熱を発生させることができる。この発熱により、プラスチックレンズ5に対する加水分解を促進させることができる。つまり、加水分解という化学反応を、研磨パッド10の摩擦という機械的な作用に起因する発熱で促進させながらも、プラスチックレンズ5を構成する化合物を研磨パッド10により選択的に分子レベルで除去していく。その結果、上記のような分子レベルでの選択的な研磨を、更に効率的に行うことができる。
【0095】
なお、実際の研磨に当たっては、CG加工されたプラスチックレンズ5の凹面5bには、NC制御によるバックラッシュのための加工段差が切削痕に含まれているので、この段差をその後の研磨(即ち粗研磨や仕上げ研磨)において除去していく。
【0096】
ところで、この段差を研磨によって取り除く場合、硬質のパッドとある程度の大きさの粒径の研磨材を使用することで好適な研磨力が得られるが、これのみでは研磨時の粒径が影響して研磨の表面粗さに限界がある。したがって、より精緻に鏡面仕上げして切削痕を取り除くには、研磨条件(研磨材の粒径、研磨時間)を変えて2回研磨しても良い。
【0097】
<3.プラスチックレンズの製造方法>
以下、本実施形態におけるプラスチックレンズ5の製造方法について説明する。
A)セミフィニッシュレンズの選定
上記のプラスチックレンズ5の条件を満たすものならば、どのような被研磨対象を選択しても構わない。本実施形態においては、被研磨対象として、上記の条件を満たしつつ、凸面だけが仕上げられた樹脂素材であって、乱視矯正用の樹脂素材のトーリック面からなる凹面を研磨する研磨装置に適用した例を示す。
【0098】
B)CG加工
セミフィニッシュレンズである樹脂素材を選定した後、最初に樹脂素材の凸面5aにレンズ保持体7を取付け、このレンズ保持体7を介して樹脂素材をカーブジェネレータに取付け、樹脂素材の凹面5bを所定の形状に切削する切削工程を行う。
【0099】
なお、樹脂素材をレンズ保持体7に取付けるには、予め樹脂素材の凸面5aに傷防止用の保護フィルム12を密着させておき、その上に例えばLOH社製のレイアウトブロッカーと呼ばれる装置によって前記レンズ保持体7を取付ける。
【0100】
このようにしてレンズ保持体7が取付けられた樹脂素材は、3次元NC制御を行うカーブジェネレータに前記レンズ保持体7を介して取付けられ、凹面5bを所定の面形状に切削加工される(加工精度3μm以内:50φ、表面粗さRy0.3〜0.5μm)。こうして、樹脂素材に対してCG加工を施し、研磨前のプラスチックレンズ5を得る。
【0101】
なお、最近のCG加工においては、高速で高精度のNC(数値)制御のCG加工が可能になっていることから、所定の面形状に切削する切削工程の後の、ラッピング加工に似た砂掛け工程を省略しても良い。もちろん、この砂掛け工程を行った後、以下の研磨を行っても良い。
【0102】
C)研磨
a)粗研磨
本実施形態においては、本工程(即ち粗研磨)において、上述のアルカリによる加水分解と同時の研磨を行う。
CG加工後、レンズ保持体7を介してプラスチックレンズ5を、本実施形態の研磨装置に取付け、切削された面を研磨することにより行う。本工程により、CG加工によりプラスチックレンズ5の光学面に形成された加工痕の段差等を無くす。なお、本工程を、後述の仕上げ研磨とともに、同一の研磨装置にてまとめて行っても良い。また、上記のCG加工を、CG加工機能を備えた研磨装置にて行っても良い。
【0103】
b)仕上げ研磨
上記の粗研磨を行った後、プラスチックレンズ5が鏡面状態になるまで研磨(即ち仕上げ研磨)を行う。なお、粗研磨と仕上げ研磨とを1工程でまとめて行っても良い。また、本実施形態においては、粗研磨と仕上げ研磨とを1工程にまとめたうえ、上述のアルカリによる加水分解と同時の研磨を行っているが、いずれか一方の加工のみに本実施形態の研磨を適用しても良いし、粗研磨及び仕上げ研磨を別工程としつつ、いずれか一方の加工のみに本実施形態の研磨を適用しても良い。
【0104】
D)その他(カラー染色・検査・超音波洗浄・ハードコート加工・マルチコート加工等)
仕上げ研磨終了後、必要に応じて、カラー染色・検査・超音波洗浄・ハードコート加工・マルチコート加工等を、プラスチックレンズ5に施す。こうして、最終的な、眼鏡用のプラスチックレンズの完成品を製造する。
【0105】
<4.実施の形態による効果>
本実施形態においては、以下の効果を奏する。
1.アルカリ雰囲気下としているため、プラスチックレンズを削りやすくでき、研磨効率を向上させることができる。
2.プラスチックレンズを構成する化合物全体を削っていくのではなく、加水分解され且つ水素結合可能な化合物を選択して削っていくため、従来に比べてマイルドな研磨を行うことができ、アルカリ雰囲気下に起因する品質の低下を抑制することができる。
3.プラスチックレンズの加水分解→研磨→プラスチックレンズの新生面が表出→新生面においてプラスチックレンズの加水分解→研磨→プラスチックレンズの新生面が表出→・・・というサイクルを繰り返すことにより、研磨効率を向上させることができる。
4.研磨工具とプラスチックレンズとの間の摩擦という機械的な作用に起因する発熱によって、加水分解という化学反応を促進させながら、研磨パッドにより、プラスチックレンズ5を構成する化合物を選択的に分子レベルで除去していくことができる。
【0106】
上記の利点により、プラスチックレンズ及びその完成品の品質を従来のものから劣化させることなく、研磨効率を向上させることができる。その結果、研磨に要する時間を短縮することができ、研磨工具の消耗を抑えることも可能となる。
【0107】
<5.変形例>
以下、上記の本実施形態以外の変形例について述べる。
【0108】
(研磨パッド以外の研磨工具)
本実施形態においては研磨工具が研磨パッド10の場合について述べたが、もちろんこれ以外を研磨工具に設定しても良い。例えば、所定の光学面の形状を有し、プラスチックとの接触部が所定の化合物で形成されている砥石等の工具を用いても構わない。
【0109】
(研磨パッドにおける接触部)
本実施形態においては、研磨パッド10全体が発泡性ポリウレタン樹脂からなるものについて述べたが、研磨パッド10のうち、少なくともプラスチックレンズ5と接触する部分(接触部)にのみ、ポリウレタン樹脂を用いても良いし、更に言えば、加水分解された化合物のうちの少なくとも一部と水素結合可能な化合物が使用されていても良い。また、上記の研磨工具についても同様のことが言える。但し、アルカリによる研磨が行われることによりアルカリ雰囲気が形成されることから、研磨工具自体は耐アルカリ性を有するのが極めて好ましい。
【0110】
(加水分解可能な樹脂を含有するプラスチックレンズ)
本実施形態においては、エステル結合を含有するプラスチックレンズ5について述べたが、エステル系樹脂により構成されるプラスチックレンズ5を用いても良いし、エステル結合以外でもアルカリによる加水分解可能な結合を含有するプラスチックレンズ5を用いても良い。エステル結合以外について具体的に言うと、アミド、チオエステル、アセタール、ヘミアセタール、ケタール、ヘミケタール等、加水分解可能な公知の結合が挙げられる。
但し、研磨パッド10は、アルカリによって加水分解されないようにされなければならず、そのような材料を選定する必要がある。
【0111】
(プラスチックレンズにおいて、加水分解後に生成され、水素結合可能な化合物)
本実施形態においては、エステル結合を加水分解する例を挙げ、加水分解により生成されるアルコールとポリウレタン樹脂のウレタン結合とが水素結合を行う場合について述べた。その一方、アルコール以外であっても、例えばカルボン酸に由来する基と水素結合する化合物を、研磨工具の接触部の材料として用いても良い。その際に、アルコールとカルボン酸の両方と水素結合可能な化合物でも良いし、どちらか一方のみと水素結合可能な化合物でも良い。仮に両方と水素結合可能であったとしても、プラスチックレンズがエステル結合からなる樹脂(つまりプラスチックレンズを加水分解したときカルボン酸とアルコールとに完全に二分する樹脂)のみから形成されていない限り、分子レベルでのマイルドな研磨は充分可能である。
【0112】
(研磨パッドにおいて、加水分解された化合物のうちの少なくとも一部と水素結合可能な化合物)
本実施形態においては、研磨パッド10を構成する化合物として、ポリウレタン樹脂を用いたが、プラスチックレンズ5において加水分解された化合物(即ち加水分解により発生した化合物)のうちの少なくとも一部と水素結合可能な化合物であるならば、これら以外であっても良い。更に言えば、ポリウレタン樹脂の原料となるポリエーテルポリオールやイソシアネート以外の化合物(例えばポリエステルポリオール等)を用いても構わない。但し、耐アルカリ性や、加工容易性を考えると、これらの化合物が好ましい。
【0113】
(砥粒)
本実施形態においては固定砥粒を用いたが、遊離砥粒を用いても良い。つまり、固定砥粒とは別に、酸化アルミナ、ダイヤモンドパウダー等の研磨材(砥粒)を研磨液に分散させた溶液状のものを、研磨剤として用いても良い。
但し、固定砥粒を用いた場合、砥粒により研磨パッド10が消耗する機会を減らすことができるので好ましい。また、固定砥粒にアルミナ水和物を用いた場合、発泡体との間で共有結合が形成されるため、より強固に研磨パッド10内に固定されるという効果を奏することができるので、固定砥粒の方が好ましい。
【0114】
(アルカリ雰囲気)
本実施形態においては研磨液(アルカリ性水溶液)を用いたが、アルカリ性水溶液を噴霧状にして、プラスチックレンズ5と研磨パッド10との間に供給しても良い。また、研磨するスペースを閉鎖系にし、閉鎖系内の部材に耐アルカリ性を具備させつつ、アルカリ性ガスを用いて研磨を行っても良い。逆に、固状ないし液状のアルカリ性物質を予め研磨パッド10又はプラスチックレンズ5に塗布しておき、研磨で生じる摩擦熱にてアルカリ性物質を液状へと変化させることにより、アルカリによる研磨を行っても良い。
【0115】
(研磨液の供給箇所)
本実施形態においては、アルカリ水溶液である研磨液を研磨パッド10の表面に供給したが、プラスチックレンズ5の表面に吐出するように供給しても良いし、プラスチックレンズ5と研磨パッド10との間に吐出するように供給しても良い。
【0116】
(適用可能な研磨の種類)
本実施形態においては、本発明の技術思想を粗研磨や仕上げ研磨に適用する例について述べたが、それら以外の研磨であってプラスチックレンズ5の光学面を整える研磨においても、本実施形態は適用可能である。
【0117】
(仕上げ研磨を省略する場合)
また、本実施形態においては、粗研磨の後に仕上げ研磨を行い、仕上げ研磨の後にその他(ハードコート加工等)の工程を行う場合について述べた。ただ、例えばハードコート加工においてハードコート被膜をプラスチックレンズ5の光学面に形成する際、光学面に対して要求される鏡面度合いは低くて済む可能性がある。更には、本実施形態におけるプラスチックレンズ5の製造方法を用いることにより、例えば微細なうねりを有する加工痕が光学面に発生するのを最小限に留める(又は発生させない)ことが可能となる。そうなると、粗研磨の段階においても充分に滑らかな光学面が得られ、粗研磨の段階でも品質基準を充分に満たすプラスチックレンズ5を製造できる可能性がある。
以上のことから、仕上げ研磨を省略し、粗研磨の後のプラスチックレンズ5の光学面に対し、直接、ハードコート加工等のその他の工程を行うことも好適である。
【実施例】
【0118】
次に実施例を示し、本発明について具体的に説明する。もちろん本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0119】
<実施例1>
本実施例においては、ポリエーテルポリオール(三洋化成社製 商品名:サンニックス)を重量部100、イソシアネート(ダウ・ポリウレタン社製 商品名:PAPI 135)を重量部80、水を重量部1、アミン系触媒(東ソー社製 商品名:TOYOCAT−ET)を重量部0.5、シリコーン整泡剤(日本ユニカー社製 商品名:L−5309)を重量部0.5、固定砥粒(アルミナ水和物 砥粒のサイズは♯8000相当)を重量部180、配合して液状混合物を調整した。この液状混合物を金型に注入して、20〜30℃の室温で24時間放置し、発泡硬化させ、本実施例における研磨パッド10を製造した。
【0120】
<実施例2〜8>
実施例1では固定砥粒としてアルミナ水和物を用いたが、実施例2〜8においては固定砥粒の種類を変更した。具体的に言うと、実施例2ではアルミナとし、実施例3では実施例4では炭化ケイ素とし、実施例5ではジルコニアとし、実施例6ではジルコニアとし、実施例7ではシリカとし、実施例8では酸化セリウムとした。
なお、固定砥粒の種類を変更した以外は、実施例1と同様とした。
【0121】
<実施例9〜10>
実施例9においては、実施例1でポリエーテルポリオールを用いた代わりに、ポリエステルポリオール(旭電化工業社製 商品名:アデカニューエース)を用いた。
実施例10においては、固定砥粒を設けない研磨パッド10を製造した。
なお、前記以外の内容は、実施例1と同様とした。
【0122】
こうして得られた実施例1〜10の研磨パッド10に対し、研磨レートがどの程度維持できているのかどうか、及び、耐アルカリ性について、以下のように評価した。
【0123】
(研磨レート)
このような実施例1〜10における研磨パッド10に対し、ダイヤモンドを電着した修正リングを用いて研磨パッド10の表面を修正し、発泡構造が表面に露出した厚み5mmの研磨パッド10を得た。
【0124】
次いで、この研磨パッド10を本実施形態で述べた研磨装置(図2)に装着した。その後、被研磨対象であるCG加工後のプラスチックレンズ5(三井化学製 製品名:MR−6)を研磨パッド10に押圧し、研磨パッド10とプラスチックレンズ5との間にアルカリ研磨液(水酸化カリウム水溶液 pH=10)を供給しながら、研磨パッド10とプラスチックレンズ5との相対運動によってプラスチックレンズ5を研磨加工した。この研磨加工における条件は、以下のように設定した。
研磨圧力:400gf/cm
研磨機構回転・揺動用モータ回転数:400rpm
【0125】
なお、被研磨対象であるプラスチックレンズ5(MR−6)の構造式(モノマー)は以下のとおりであり、エステル結合を多く含んでいる。
【化1】

【0126】
前記研磨加工を行った後、プラスチックレンズ5の重量変化に基づいて、プラスチックレンズ5の厚みの変化を測定し、実施例1〜10で製造した研磨パッド10による研磨レート(μm/min)を算出した。なお、研磨加工開始初期の研磨レートと、1時間にわたり研磨加工を行った後の研磨レートと、24時間にわたり研磨加工を行った後の研磨レートとを、それぞれ算出した。
【0127】
(耐アルカリ性)
また、実施例1(ポリエーテルポリオール)及び実施例9(ポリエステルポリオール)の研磨パッド10に対して、耐アルカリ性を調べるための試験を行った。具体的には、実施例1及び実施例9にて製造した研磨パッド10を各々試験片にして、各々に対し引張試験を実施した。なお、引張試験の前に、pH12.5に調整した水酸化カリウム溶液を40℃に温調し、これに各試験片を24時間浸漬しておき、その後、引張試験を実施した。
【0128】
<比較例1>
実施例に対する比較例1として、研磨液をアルカリ水溶液ではなく、市販の研磨液(フジミインコーポレーテッド社製 アルミナスラリー pH=2〜7)を用い、遊離砥粒による研磨を行った場合について挙げる。なお、この研磨に用いた研磨パッドは、市販のウレタン研磨パッド(ニッタ・ハース社製、製品名:研磨クロスMH)である。
この比較例1に対しても、上記の研磨レートを調べる試験を行った。
以上の実施例1〜10及び比較例1における研磨レートの結果を表1に示し、実施例1及び9における耐アルカリ性の結果を表2に示す。
【0129】
【表1】

【表2】

【0130】
表1に示すように、実施例1〜10における研磨パッド10では、少なくとも研磨加工開始初期から1時間後まででは、研磨レートの大幅な低下は見られず、長時間研磨を行っても安定した研磨レートを示した。その中でもポリエーテルポリオールを用いた実施例1〜9の研磨パッド10では特に、研磨レートの維持に成功していた。
【0131】
また、固定砥粒を設けた実施例1〜8では更に研磨レートが良く、研磨パッド10の発泡体が加水分解によるプラスチックレンズ5の研磨に寄与するのみならず、固定砥粒も研磨に寄与しており、研磨レートの向上及び維持に対し、ミクロ的な化学研磨に加え、機械研磨も貢献していることがわかった。
【0132】
その中でも特に実施例1(アルミナ水和物)だと、研磨加工開始初期から高い研磨レートを有し且つそれを24時間後でも維持できるという顕著な効果が発揮されていた。
【0133】
一方、比較例1の場合、研磨加工開始から1時間後には研磨レートが半減し、24時間後では更にその半分の研磨レートとなっていた。
【0134】
また、表2に示すように、ポリエーテルポリオールを用いることにより、ポリエステルポリオールを用いた場合よりも優れた耐アルカリ性を獲得することができ、引張強度の劣化を10%未満に抑えることができた。
【0135】
<実施例11〜15>
実施例11〜15においては、実施例1で製造した研磨パッド10をベースにしつつ、貯蔵弾性率を変更した研磨パッド10を複数作製し、各々に対して研磨レートを調べる試験を行った。具体的には、実施例11(貯蔵弾性率10MPa)、実施例12(20MPa)、実施例13(100MPa)、実施例14(200MPa)、実施例15(300MPa)とした。
【0136】
なお、研磨装置については、Schneider社製のCCP研磨機を用いた。そして、実施例11〜15の研磨加工における条件は、以下のように設定した。
研磨圧力:1bar
プラスチックレンズ回転数:200rpm
研磨パッド回転数:800rpm
研磨時間:4分
なお、前記以外の内容については、実施例1と同様とした。また、貯蔵弾性率の変更は、研磨パッド10に対して加える発泡剤の量を変更することにより行った。
上記の実施例11における研磨レートの結果を表3に示す。
【0137】
【表3】

【0138】
表3に示すように、貯蔵弾性率が20MPa以上の場合、特に研磨レートが良くなり、200MPa以下の場合、CG加工後の加工残りを残さず研磨でき、プラスチックレンズ5の光学面を整えることができた。
【0139】
以下、その他の好ましい形態を付記する。
[付記1]
前記研磨は、粗研磨及び仕上げ研磨のうちの少なくともいずれかであることを特徴とするプラスチックレンズの研磨方法。
[付記2]
前記研磨パッドには固定砥粒が設けられており、前記固定砥粒はアルミナ、アルミナ水和物、炭化珪素、ジルコニア、酸化チタン、シリカ、酸化セリウムのいずれか一つ、あるいは複数を含有してなることを特徴とするプラスチックレンズの研磨方法。
[付記3]
前記固定砥粒は、液状のポリエーテルポリオール及び同じく液状のイソシアネートと攪拌混合され、スラブ又はモールド工法によって、ポリウレタン樹脂の発泡体に固定砥粒として設けられたものであることを特徴とするプラスチックレンズの研磨方法。
[付記4]
前記研磨は、アルカリ雰囲気中における、前記プラスチックレンズに対する湿式化学機械研磨であることを特徴とするプラスチックレンズの研磨方法。
[付記5](機能的説明)
前記プラスチックレンズにおける加水分解可能な樹脂は、エステル結合を有する樹脂であり、
前記研磨工具は、主成分としてポリウレタン樹脂を含有する研磨パッドであって、前記ポリウレタン樹脂の合成にはポリエーテルポリオールが使用される一方、前記研磨パッドは、エステル結合を有する化合物を実質的に含有せず、
前記エステル結合を有する樹脂が加水分解した際に生じるアルコールと前記ポリウレタン樹脂のウレタンとが水素結合して、前記アルコールが選択的に前記プラスチックレンズから除去されることにより、アルカリ雰囲気中において前記研磨が行われることを特徴とするプラスチックレンズの研磨方法。
[付記6](接触部)
前記プラスチックレンズにおける加水分解可能な樹脂は、エステル結合を有する樹脂であり、
前記研磨工具における前記接触部は、主成分としてポリウレタン樹脂を含有し、前記ポリウレタン樹脂の合成にはポリエーテルポリオールが使用される一方、前記接触部は、エステル結合を有する化合物を実質的に含有せず、
前記接触部の耐アルカリ性が、pH12.5且つ40℃の水酸化カリウム溶液に対する浸漬後における引張強度の劣化を10%未満に抑える程度のものであり、
前記接触部の貯蔵弾性率が、20MPa以上200MPa以下であることを特徴とするプラスチックレンズの研磨方法。
[付記7]
前記プラスチックレンズは眼鏡用であって、曲面を有することを特徴とするプラスチックレンズの研磨方法。
[付記8](研磨パッド)
プラスチックレンズに対する研磨を行う研磨パッドであって、
前記研磨パッドはポリウレタン樹脂を含有し、且つ耐アルカリ性を有するものであり、
前記ポリウレタン樹脂の合成にはポリエーテルポリオール及びイソシアネートが使用されており、
前記研磨パッドには固定砥粒が設けられており、
前記研磨パッドの耐アルカリ性が、pH12.5且つ40℃の水酸化カリウム溶液に対する浸漬後における引張強度の劣化を10%未満に抑える程度のものであり、
前記研磨パッドの貯蔵弾性率が、20MPa以上200MPa以下であることを特徴とする研磨パッド。
但し、前記研磨パッド内において、加水分解可能な樹脂を含有するプラスチックレンズをアルカリによって加水分解しながら前記研磨パッドによって研磨する際、前記プラスチックレンズが加水分解されて発生する化合物のうちの少なくとも一部は、前記ポリウレタン樹脂及び前記アルミナ水和物に対して水素結合を形成する。
[付記9](研磨パッド(固定砥粒))
プラスチックレンズに対する研磨を行う研磨パッドであって、
前記研磨パッドはポリウレタン樹脂を含有し、且つ耐アルカリ性を有するものであり、
前記ポリウレタン樹脂の合成にはポリエーテルポリオール及びイソシアネートが使用されており、
前記研磨パッドには固定砥粒が設けられており、前記固定砥粒はアルミナ水和物であり、
前記研磨パッドの耐アルカリ性が、pH12.5且つ40℃の水酸化カリウム溶液に対する浸漬後における引張強度の劣化を10%未満に抑える程度のものであり、
前記研磨パッドの貯蔵弾性率が、20MPa以上200MPa以下であることを特徴とする研磨パッド。
但し、前記研磨パッド内において、前記アルミナ水和物は前記イソシアネートに対してウレタン結合を形成しており、且つ、加水分解可能な樹脂を含有するプラスチックレンズをアルカリによって加水分解しながら前記研磨パッドによって研磨する際、前記プラスチックレンズが加水分解されて発生する化合物のうちの少なくとも一部は、前記ポリウレタン樹脂及び前記アルミナ水和物に対して水素結合を形成する。
[付記10]
前記研磨は、プラスチックレンズの光学面を整える研磨であることを特徴とするプラスチックレンズの研磨方法。
【符号の説明】
【0140】
1…研磨装置、2…装置本体、4…アーム、5…プラスチックレンズ、5a…凸面、5b…凹面、6…レンズ取付部、7…レンズ保持体、8…揺動装置、9…研磨治具、10…研磨パッド、25…バルーン部材、25A…ドーム部、25B…筒部、25C…内フランジ、26…固定具、27…バルブ、28…係止部、29…内側固定具、30…外側固定具、31…環状溝、31a…溝、32…密閉空間、60…研磨部、61…固定片、62…溝、63…花弁片、66…締付部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加水分解可能な樹脂を含有するプラスチックレンズに対してアルカリによる加水分解を行うのと同時に、前記プラスチックレンズを研磨することを特徴とするプラスチックレンズの研磨方法。
但し、前記研磨に用いられる研磨工具は耐アルカリ性を有し、且つ、前記研磨工具における、前記プラスチックレンズとの接触部には、加水分解された化合物のうちの少なくとも一部と水素結合可能な化合物が使用されている。
【請求項2】
前記プラスチックレンズにおける加水分解可能な樹脂は、エステル結合を有する樹脂であり、
前記研磨工具は、主成分としてポリウレタン樹脂を含有する研磨パッドであって、前記ポリウレタン樹脂の合成にはポリエーテルポリオールが使用される一方、前記研磨パッドは、エステル結合を有する化合物を実質的に含有せず、
前記研磨パッドの耐アルカリ性が、pH12.5且つ40℃の水酸化カリウム溶液に対する浸漬後における引張強度の劣化を10%未満に抑える程度のものであり、
前記研磨パッドの貯蔵弾性率が、20MPa以上200MPa以下であることを特徴とする請求項1に記載のプラスチックレンズの研磨方法。
【請求項3】
前記研磨パッドには固定砥粒が設けられており、前記固定砥粒はアルミナ水和物であり、
前記ポリウレタン樹脂の合成には、更にイソシアネートが使用されることを特徴とする請求項2に記載のプラスチックレンズの研磨方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかに記載のプラスチックレンズの研磨方法に用いられることを特徴とする研磨工具。
【請求項5】
加水分解可能な樹脂を含有するプラスチックレンズに対してアルカリによる加水分解を行うのと同時に、前記プラスチックレンズを研磨することを特徴とするプラスチックレンズの製造方法。
但し、前記研磨に用いられる研磨工具は耐アルカリ性を有し、且つ、前記研磨工具における、前記プラスチックレンズとの接触部には、加水分解された化合物のうちの少なくとも一部と水素結合可能な化合物が使用されている。


【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【公開番号】特開2013−35110(P2013−35110A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−175487(P2011−175487)
【出願日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】