説明

プラズマディスプレイパネル用酸化マグネシウム蒸着材及び保護膜

【課題】発光効率を高める為、放電ガス中のXe濃度を10%以上に高めたPDPの放電電圧を低減し、且つ、取り扱いが容易な保護膜用蒸着材、及び、保護膜を提供する。
【解決手段】Mgに対して希土類元素を0.3〜0.65mol%含有し、MgO純度が99mol%以上である事を特徴とする、放電ガス中のXe濃度が10%以上のプラズマディスプレイパネルの保護膜用蒸着材。希土類元素を0.7〜1.6mol%含有するMgOからなる事を特徴とする、放電ガス中のXe濃度が10%以上のプラズマディスプレイパネル用保護膜。希土類元素としてはCeが好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表示デバイスとして用いられるプラズマディスプレイパネル(以下、PDPと称する)に関し、特に発光効率が高くかつ放電電圧の低いPDPを実現する為の電極保護膜、及び、保護膜用蒸着材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
PDPは2枚のガラス基板の間隙に密閉された微小な放電空間を多数設けた表示デバイスである。たとえば、マトリックス表示方式のPDPでは、多数の電極が格子状に配列され、各電極の交差部の放電セルを選択的に発光させて画像を表示する。代表的な面放電型のAC型PDPでは、前面板の表示電極は誘電体層で被覆され、さらに誘電体層上に保護膜が形成されている。誘電体層は電極への電圧印加により生じた電荷を蓄積するために設けられており、保護膜はガス中のイオン衝突による誘電体層の損傷を防ぐため、及び二次電子の放出により放電開始電圧を低減するために設けられている。このようなPDPについては、例えば非特許文献1に記載されている。
【0003】
従来、保護膜としては、蒸着などの薄膜法を用いて形成された数百nm程度の酸化マグネシウム膜が主に用いられていた。また、PDPパネルに封入する放電ガスは、NeとXeの混合ガスが用いられ、通常Xeガス濃度が4%程度の放電ガスが用いられていた。
【0004】
近年、PDPパネルの消費電力を低減する為、発光効率が高くかつ放電電圧の低いPDPが求められている。PDPの発光効率を増大するには、紫外線発生効率を増大させる事が有効であり、キセノンガス濃度を増大させる事が有効である(非特許文献2を参照)。
【0005】
ところが、キセノンガス濃度を増大させると、放電に必要な印加電圧が増大し、かえって消費電力が増加する問題があった。これは、従来のMgO保護膜のXeイオン衝撃による二次電子放出係数が低い為に、より高い電圧を印加しなければ放電が発生しない為であると考えられている。そこで、Xeイオン衝撃による二次電子放出係数を0.05以上、望ましくは0.2以上の保護膜を用いたプラズマディスプレイパネルが提案されている(特許文献1及び2を参照)。しかし、この提案には具体的な素材が開示されておらず、二次電子放出係数が高い程、放電電圧が低下する事は広く公知の事である。
【0006】
具体的な素材の提案としては、MgOよりも仕事関数の小さいCaOやSrO、BaOからなる保護膜が提案されている(特許文献3及び4を参照)。
【0007】
しかしながら、CaOやSrO、BaO等の低仕事関数素材は吸湿性が高く、取り扱いが困難であるだけでなく、成膜後に吸湿して保護膜が変質し、放電挙動が不安定になる問題がある。これら問題については、成膜から封着までの工程を乾燥空気中で連続して行う提案がされているが、その効果は必ずしも充分とは言えない(特許文献5を参照)。
【0008】
一方、MgOに希土類元素を添加する事で、耐スパッタリング性を改善し、長寿命化する提案(特許文献6及び7を参照)や、放電電圧を下げる提案(特許文献8を参照)、放電の温度特性を改善する提案(特許文献9を参照)等、多くの提案がなされている。しかし、希土類元素、特にCeを添加したこれら先行文献に、高Xe濃度での効果に言及したものはない。
【特許文献1】特開2003−242892号公報
【特許文献2】特開2007−87967号公報
【特許文献3】特開2007−12436号公報
【特許文献4】特開2006−286324号公報
【特許文献5】特開2002−231129号公報
【特許文献6】特開2004−47193号公報
【特許文献7】特許第3470633号公報
【特許文献8】特開2003−173738号公報
【特許文献9】特開2006−207014号公報
【非特許文献1】電学誌119巻6号、pp346−349、1999
【非特許文献2】J.Appl.Phys.,Vol.88,pp.5605−5611(2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、発光効率を高める為、放電ガス中のXe濃度を10%以上に高めたPDPの放電電圧を低減し、且つ、取り扱いが容易な保護膜用蒸着材、及び、保護膜を提供する事を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明では、上記課題を解決する為に、Mgに対して希土類元素を0.3〜0.65mol%含有し、MgO純度が99mol%以上である事を特徴とする、放電ガス中のXe濃度が10%以上のプラズマディスプレイパネルの保護膜用蒸着材を用いる。
【0011】
希土類元素としては、Ceが好適であり、本保護膜用蒸着材により作製された膜厚200nm以下の保護膜の、Xeガスに対する二次電子放出係数が、0.05以上0.07以下である事がより好ましい。
【0012】
また、希土類元素、好適にはCeを0.7〜1.6mol%含有するMgOからなる事を特徴とする、放電ガス中のXe濃度が10%以上のプラズマディスプレイパネル用保護膜を用いる事もできる。
【0013】
さらには、放電ガス中のXe濃度が15%以上に高められたプラズマディスプレイパネルで、より顕著な効果が得られる。なお、プラズマディスプレイパネルには、He、Ne、Ar、Kr、Xeなどの希ガス成分からなる放電ガスが用いられるが、ここで言及している放電ガスとは、Neを主体としたXeの混合ガスを意味しており、放電ガス中のXe濃度とは、当該混合ガス中のXe濃度を意味している。
【0014】
本発明によれば、Xeイオン照射による二次電子放出係数、γ(Xe)の値は、限られた範囲の希土類元素添加の場合にのみ向上する。
【0015】
希土類元素によるγ(Xe)向上のメカニズムは以下のように考えられる。希土類元素はMgに比べて原子番号が大きく、その電子軌道はs軌道、p軌道、d軌道、f軌道によって構成されている。これらの電子軌道のうち、d軌道はもっとも遠方にまで存在確率を有している。希土類元素のd軌道が隣接する希土類元素のd軌道と混成すると、MgO結晶内に分子軌道と呼ばれる電子状態が形成される。その結果、希土類元素がドープされたMgOでは、Mgイオンの結晶サイトが希土類元素によって置換されている。ドープされた希土類元素はMgO結晶のバンドギャップ内に新たな不純物準位を形成し、イオン照射による二次電子の供給源として機能するようになる。ここで重要なのは、不純物元素の添加によって形成される不純物準位が価電子帯と伝導帯で挟まれたバンドギャップ中に形成されるという点である。その結果、本来のMgO結晶ではXeイオン照射により二次電子が放出されないが、不純物添加による浅い準位の電子供給源によって、Xeイオン照射で二次電子放出が可能になったと考えられる。
【0016】
次に、Xeイオン照射による二次電子放出係数、γ(Xe)の向上に最適な不純物の濃度範囲が存在することについて考察する。
【0017】
添加希土類元素がMgに対して0.3mol%未満の場合、母材料であるMgOに含まれているMg、O以外の不純物元素によって希土類元素の添加効果が相殺されてγ(Xe)が向上しないと考えられる。
【0018】
一方、添加希土類元素がMgに対して0.65mol%を越える場合、MgO母結晶中の結晶粒界における希土類元素の集積、または希土類酸化物結晶相が形成されることにより、二次電子放出が阻害されると考えられる。
【0019】
放電ガス中のXe濃度が10%未満の場合、十分な発光効率の向上効果が得られにくい。一方、15%以上である方が放電電圧を増大させずに、発光効率の飛躍的向上を実現できるので、より好ましい。
【0020】
また、希土類元素の中でも特にCeが好適である。これは、Ceが他の希土類元素に比べて安定性が高く、希土類の中で最も多量に存在する安価な元素の為である。
【0021】
更に、蒸着材を用い作製した膜厚200nm以下の薄膜のXeガスに対する二次電子放出係数が、0.05〜0.07の範囲内である事が特に好ましい。
【0022】
通常、PDPは百nm厚みの保護膜が形成されるが、膜厚が200nmを超える場合、照射したイオンにより保護膜表面が帯電し、イオン衝撃に影響する為、正確に計測する事ができない。また、照射イオンの加速電圧により二次電子放出係数の計測値が変化する事(図2 参照)が知られており、計測方法を厳密に規定する事が極めて重要である。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、放電ガス中のXe濃度を10%以上に高めたPDPの放電電圧を低減して発光効率を向上させ、且つ、取り扱いが容易な保護膜用蒸着材、及び、保護膜を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の保護膜用蒸着材の製造方法の一例を説明する。
【0025】
純度が99.9%以上、平均粒径が0.1〜10μmのMgO粉末に、平均粒径が0.1〜10μmの希土類化合物を0.3〜0.65mol%加え混合し、更にバインダーを固形分として1〜5%添加し、造粒する。造粒体を乾燥後、成形し、1400℃以上の温度で焼成する事で製造できる。
【0026】
MgO粉末は、海水や苦汁から製造した軽焼マグネシアやマグネシア単結晶の粉砕物を利用でき、希土類元素化合物は、酸化物、水酸化物、炭酸塩等が利用できる。また、造粒は、転動造粒法やスプレー造粒法等が利用でき、成形は、プレス成形法や押し出し成形法等が利用できる。焼成は、電気炉、ガス炉等が利用できる。
【0027】
次に、二次電子放出係数の計測方法を説明する。
【0028】
膜厚が200nm以下の保護膜は、EB蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタ法により成膜できる。成膜基板は、ガラス基板上にITO等の導電膜を設け、必要に応じ、導電膜の上に誘電体ガラス層を形成した基板や、SUS等の金属基板が利用できる。保護膜はc軸に111配向した膜を用い、厚みが100±20nmの範囲である事がより好ましい。
【0029】
次に、成膜した基板を10−5Pa以上に減圧した真空チャンバ内に設置し、イオン銃で加速したXeイオンを照射する。
【0030】
図1に、二次電子放出係数の計測装置の模式図を示す。イオン銃1を用いて希ガスイオンを加速して保護膜2の表面に照射する。イオン照射により保護膜2の表面から放出される二次電子をコレクター電極4に流れるコレクター電流Icとして計測する。この際、コレクター電極4にバイアス電圧を印加して二次電子を計測する。一方、コレクター電流の計測と同時に、イオン照射によって金属基板3に流れる電流Itを計測する。
【0031】
イオン照射による二次電子放出係数、γは、
γ=(−Ic)/(It−(−Ic))
によって定義される。図2は、Xeイオンによる二次電子放出係数γ(Xe)のXeイオン加速電圧依存性である。本発明による二次電子放出係数、γをイオン加速電圧に依存しないγ値と定義する。このときのγ値は、ポテンシャル放出と呼ばれる値で、イオンと試料の間のオージェ反応過程に起因する二次電子放出によるものである。PDPにおける放電初期過程のイオンの運動エネルギーは数エレクトロンボルト(eV)であると推定されており、図1の装置を用いた二次電子放出係数、γの測定値は、PDP内におけるイオン衝突エネルギーと同等のイオン加速電圧のときのγ値を採用しなければならない。すなわち、本発明におけるγ値は、イオンの運動エネルギーに依存しないポテンシャル放出過程における値に限定している。
【実施例】
【0032】
以下に実施例を掲げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0033】
実施例1
MgO純度99.99%、平均粒径(D50)が0.8μmの高純度軽焼酸化マグネシウム98.31gと、純度99.9%の二酸化セリウム(CeO試薬)1.69gを混合し、その後、バインダー液(アクリル系バインダー、固形分20%)を25g加えた。十分に混合し、得られた造粒体を乾燥した。その後、プレス成形機で直径6.7mm、厚み2mmに成形し、電気炉で1500℃×12時間焼成して蒸着材を作製した。
【0034】
得られた蒸着材は、ICP発光分析法でCe濃度、及びMgO純度を計測した。
【0035】
CeをドープしたMgO薄膜は、電子ビーム蒸着法によって金属製基板上に作製した。基板温度は523K、蒸着速度は0.5nm/s、膜厚は、100nmであった。
【0036】
次に、CeをドープしたMgO薄膜の二次電子放出係数、γ(Xe)を測定した。SUS基板を真空度10−5Paの真空チャンバ内に設置し、150eVに加速したXeイオンビームを照射し、二次電子放出係数、γ(Xe)を測定した。測定装置への基板装着時、一度大気に暴露される為、二次電子放出係数、γ(Xe)の測定前に673Kで真空加熱を行った。
【0037】
次に、放電特性は、封着前の4インチテストプラズマディスプレイパネルを真空チャンバにセットして測定した。前面ガラス基板上にITO透明電極、誘電体層(30μm)、MgO保護膜層(500nm)を順番に形成した。電極幅及びセルピッチは、それぞれ180μm、230μmであった。背面ガラス基板には高さ100μm程度の隔壁リブを設け、放電をセル毎に分離した。PDP放電プラズマは、40〜93kPaのガス圧力のNe−4%Xe、Ne−10%Xe、Ne−15%Xe、又はNe−20%Xeからなる混合ガス雰囲気中で、170〜300Vの矩形電圧をX電極とY電極に交互に印加して生成した。
【0038】
放電評価後に、パネル前面板の一部を切り取り、EPMA分析法で膜中のCe濃度を計測した。
【0039】
実施例2
高純度軽焼酸化マグネシウム97.49gと、純度99.9%の二酸化セリウム(CeO試薬)2.51gを用いた以外は、実施例1と同様に実施した。
【0040】
比較例1
二酸化セリウム(CeO試薬)を用いず、高純度軽焼酸化マグネシウム100.00gだけを用いた以外は、実施例1と同様に実施した。
【0041】
比較例2
高純度軽焼酸化マグネシウム99.15gと、純度99.9%の二酸化セリウム(CeO試薬)0.85gを用いた以外は、実施例1と同様に実施した。
【0042】
比較例3
高純度軽焼酸化マグネシウム95.86gと、純度99.9%の二酸化セリウム(CeO試薬)4.14gを用いた以外は、実施例1と同様に実施した。
【0043】
結果を、表1と図3に示す。
【0044】
【表1】


蒸着材中のCe濃度が0.4mol%と0.6mol%で、且つ、放電ガス中のXe濃度が10%以上である実施例1及び2の場合、Ceを添加していない比較例1やCe濃度が0.2mol%又は1.0mol%である比較例2又は比較例3に比べ、放電開始電圧が低下する顕著な低電圧化効果が確認された。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】二次電子放出係数の計測装置の模式図
【図2】加速電圧と二次電子放出係数の関係を示すグラフ
【図3】蒸着材中のCe濃度と、放電開始電圧の関係を示すグラフ
【符号の説明】
【0046】
1 イオン銃
2 保護膜
3 基板
4 コレクター電極
5 ヒーター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mgに対して希土類元素を0.3〜0.65mol%含有し、MgO純度が99mol%以上である事を特徴とする、放電ガス中のXe濃度が10%以上のプラズマディスプレイパネルの保護膜用蒸着材。
【請求項2】
希土類元素がCeである事を特徴とする、請求項1記載の放電ガス中のXe濃度が10%以上のプラズマディスプレイパネルの保護膜用蒸着材。
【請求項3】
Xeガスに対する二次電子放出係数が、0.05以上0.07以下である膜厚200nm以下の保護膜が得られる事を特徴とする、請求項1又は2記載の放電ガス中のXe濃度が10%以上のプラズマディスプレイパネルの保護膜用蒸着材。
【請求項4】
プラズマディスプレイパネルの放電ガス中のXe濃度が15%以上である事を特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の保護膜用蒸着材。
【請求項5】
希土類元素を0.7〜1.6mol%含有するMgOからなる事を特徴とする、放電ガス中のXe濃度が10%以上のプラズマディスプレイパネル用保護膜。
【請求項6】
希土類元素がCeである事を特徴とする、請求項5記載の放電ガス中のXe濃度が10%以上のプラズマディスプレイパネル用保護膜。
【請求項7】
プラズマディスプレイパネルの放電ガス中のXe濃度が15%以上である事を特徴とする、請求項5又は6記載の保護膜。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2009−140617(P2009−140617A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−312571(P2007−312571)
【出願日】平成19年12月3日(2007.12.3)
【出願人】(000108764)タテホ化学工業株式会社 (50)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】