説明

プロラクチンにより制御される乏突起膠細胞前駆体細胞の増殖

本発明は、哺乳動物にプロラクチンを投与し、乏突起膠細胞及び乏突起膠細胞前駆体細胞を増加させることによる脱髄に伴う疾患の治療方法を提供する。この方法において、プロラクチンは単独でも、神経幹細胞または乏突起膠細胞前駆体細胞の投与と併用してでも、使用することができる。また本発明の方法において、乏突起膠細胞の増殖、分化または生存を改善する付加的物質をプロラクチンと同時に投与することを選択することもできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は哺乳動物において乏突起膠細胞の生成を増加させる化合物の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
成体の中枢神経系(CNS)において、乏突起膠細胞と呼ばれる特殊化した細胞は、軸索の亜集団を覆うミエリン鞘(脳で白質を形成する)の産生を行う。ミエリン鞘はニューロンによるシグナル伝達を増大させる機能を持ち、神経系の健全さに必要とされる。髄鞘形成の欠陥やCNSでのミエリンの損傷は、多発性硬化症(非特許文献1;Kieseier,B.C.ら、Curr Opin Neurol 18:211(2005);Lubetzki,C.ら、Curr Opin Neurol 18:237(2005))、脊髄損傷(非特許文献2)、加齢による認知症(非特許文献3;Peters,A.J Neurocytol 31:581(2002));うつ病及び双極性障害(非特許文献4;Bartzokis,G.ら、Neurobiol Aging 25:843(2004);Lyoo,I.K.ら、Compr Psychiatry 43:361(2002);Moore,P.B.ら、Br J Psychiatry 178:172(2001);Silverstone,T.ら、Bipolar Disord 5:53(2003))、ならびに脳卒中や脳梗塞に伴う多くの認知障害(非特許文献5;Jokinen,H.ら、Eur J Neurol 11:825(2004);Wardlaw,J.M.ら、Neurology 59:1381(2002))を含む多くのCNS障害で、脳の正常な機能が障害される中心的原因と考えられる。
【0003】
成熟した哺乳動物のCNSでは、その灰白質と白質の両領域の至る所に乏突起膠細胞前駆体細胞(OPC)が含まれ、成熟期を通して両領域で新しい乏突起膠細胞が産生される(非特許文献6;Levine,J.M.ら、Trends Neurosci 24:39(2001);Levison,S.W.ら、J Neurosci Res 57:435(1999);Lubetzki,C.ら、Curr Opin Neurol 18:237(2005))。成体のげっ歯類や霊長類の脳では、OPC増殖の結果として年齢とともに乏突起膠細胞の数が増加する(非特許文献7;Peters,A.J Neurocytol 31:581(2002);Peters,A.ら、Anat Rec 229:384(1991))。さらに、OPCは損傷に応答して新しい乏突起膠細胞を産生すると考えられ、限られた範囲ではあるが、ミエリンの損傷を受けた領域の髄鞘再形成を行うことができる(非特許文献8;Gensert,J.M.ら、Glia 17:39(1996);Stangel,M.ら、Prog Neurobiol 68:361(2002))。成人のCNSで、内因性のOPCの増殖と乏突起膠細胞の生成を制御する生理学的な機構については、現在のところほとんど知られていない。しかしこれらの機構の発見は、脱髄されたCNS組織を修復する能力のあるOPCの増殖と新しいミエリン化された乏突起膠細胞の生成を促進する方法の開発を通して、脳の損傷と疾患の治療に対して劇的な影響をもたらすと考えられる(非特許文献9;Lubetzki,C.ら、Curr Opin Neurol 18:237(2005);Stangel,M.ら、Prog Neurobiol 68:361(2002))。従って、移植のために生体外で、または内因的な白質修復のために生体内で、のいずれかでOPCを増殖させ得るような、OPC増殖促進能力のあるシグナル伝達分子の発見が望まれる。
【非特許文献1】Bruck,W.ら、Curr Opin Neurol 18:221(2005)
【非特許文献2】Keirstead,H.S.ら、J Neurosci 25:4694(2005)
【非特許文献3】Buckner,R.L.Neuron 44:195(2004)
【非特許文献4】Aston,C.ら、Mol Psychiatry 10:309(2005)
【非特許文献5】Inzitari,D.Stroke 34:2067(2003)
【非特許文献6】Gensert,J.M.ら、Glia 17:39(1996)
【非特許文献7】Ling,E.A.ら、J Comp Neurol 149:73(1973)
【非特許文献8】Armstrong,R.C.ら、J Neurosci 22:8574(2002)
【非特許文献9】Levine,J.M.ら、Trends Neurosci 24:39(2001)
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0004】
発明の要旨
本発明は、生体内または生体外で、神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞をプロラクチンと接触させ、乏突起膠細胞を誘導する方法に関連する。発明者らはここに、プロラクチンが神経幹細胞により産生される乏突起膠細胞の数を有意に増加させることを実証する。本発明の方法は髄鞘形成の増大、特に脱髄疾患を持つ哺乳動物の髄鞘再形成に用いることが可能である。従って本発明はさらに、脱髄疾患もしくは症状、及び/または、脱髄に伴う疾患もしくは症状を、プロラクチンを用いて治療または軽減する方法を提供する。
【0005】
従って、ある観点からは、本発明は、含む哺乳動物に乏突起膠細胞を送達する方法を提供し、この方法は、以下:
(a)少なくとも一個の神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞を前記哺乳動物に導入すること;ならびに
(b)前記神経幹細胞及び/または前記乏突起膠細胞前駆体細胞から乏突起膠細胞が産生される条件下で、プロラクチンまたはプロラクチン誘導物質の効果的な量を前記哺乳動物に投与すること
を含む。
【0006】
さらに本発明は、哺乳動物への乏突起膠細胞の送達方法を提供し、この方法は、
(a)少なくとも一個の神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞;ならびに
(b)その哺乳動物に対する、効果的な量のプロラクチンまたはプロラクチン誘導物質
を含む薬剤組成物の効果的な量を、神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞から乏突起膠細胞が産生される条件下で、上記哺乳動物に投与することを含む。
【0007】
さらに本発明の方法は、前記神経幹細胞及び/または前記乏突起膠細胞前駆体細胞を、前記神経幹細胞及び/または前記乏突起膠細胞前駆体細胞の数を増加させる能力のある、少なくとも一つの生物学的作用物質と接触させることも含むことができる。前記生物学的作用物質は、前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の前記哺乳動物への前記導入の前、後、または前と後との両方に使用され得る。
【0008】
前記生物学的作用物質は、上皮増殖因子(EGF)、下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、トランスホーミング増殖因子α(TGFα)、毛様体神経栄養因子(CNTF)、白血病抑制因子(LIF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、エストロジェン、卵巣ホルモン、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)、成長因子、及びインスリン様増殖因子−1よりなるグループから選ぶことができる。
【0009】
哺乳動物は、例えば、ヒト、イヌ、ネコ、げっ歯類、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、ブタ、または非ヒト霊長類である。哺乳動物は、好ましくはヒトである。
【0010】
神経幹細胞は前記哺乳動物の前脳の脳室下帯から得られ、乏突起膠細胞前駆体細胞は、前記哺乳動物の例えば視神経、脳梁及び/または脊髄などの中枢神経系のどの部分からも得られる。前記哺乳動物は、胎児哺乳動物、新生児哺乳動物、または成体の哺乳動物であり得る。
【0011】
さらに本発明の方法は、効果的な量の乏突起膠細胞の分化、成長、増殖または生存を促進する因子、例えばトリヨードチロニンを適用することを含む。
【0012】
他の観点からは、本発明は、哺乳動物の脱髄に伴う疾患または症状を治療または軽減する方法を提供し、この方法は、以下:
(a)哺乳動物の神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞を培養すること;
(b)哺乳動物に前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞を移植すること;ならびに
(c)前記哺乳動物に、前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞からの乏突起膠細胞の産生を誘導する増殖作用物質を投与すること
を含む。
【0013】
増殖作用物質は、例えば、プロラクチンである。哺乳動物の神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の培養物は、胎児脳組織、新生児脳組織、および成体脳組織よりなるグループから選ばれる哺乳動物の脳組織を用いて調製することができる。好ましくは、神経幹細胞は前記哺乳動物の前脳の脳室下帯から得られ、乏突起膠細胞前駆体細胞は、前記哺乳動物の例えば視神経、脳梁及び/または脊髄などの中枢神経系のどの部分からも得られる。一実施形態では、神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞は、前記哺乳動物から自家移植のために採取される。
【0014】
さらに、本発明の方法は、効果的な量の乏突起膠細胞の分化、成長、増殖、または生存を促進する因子、例えばトリヨードチロニンを適用するステップを含むことができる。
【0015】
プロラクチンは、髄腔内、経脈管的、静脈内、筋肉内、腹腔内、経皮、皮内、皮下、経口的、局所的、直腸内、膣内、経鼻的、または吸入的に投与できる。好ましくはプロラクチンは、注射または点滴により投与される。
【0016】
前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の数を増加させることが知られている生物学的作用物質を前記哺乳動物に投与することにより、神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞を生体内で増殖させることができる。生物学的作用物質は、上皮増殖因子(EGF)、下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、トランスホーミング増殖因子α(TGFα)、毛様体神経栄養因子(CNTF)、白血病抑制因子(LIF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、エストロジェン、卵巣ホルモン、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)、成長因子、及びインスリン様増殖因子−1よりなるグループから選ぶことができる。
【0017】
神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞は、前記哺乳動物の脳、視神経、または脊髄内に導入することができる。一実施形態では、これらは、軸索が脱髄している部位に導入することができる。
【0018】
脱髄に伴う疾患または症状は、例えば、多発性硬化症、急性播種性脳脊髄炎、汎発性脳硬化症、壊死性出血性脳炎、大脳白質萎縮症、脳卒中、脊髄損傷、統合失調症、双極性障害、急性脳障害、及び認知症を含む。一実施形態では、疾患または症状は多発性硬化症である。
【0019】
またさらに他の見地からは、本発明は、効果的な量のプロラクチンを哺乳動物に投与することにより、上記哺乳動物において内因的な乏突起膠細胞生成の増加させる方法を提供する。一実施形態では、前記哺乳動物は脱髄に伴う疾患または症状を持つか、持つことが疑われている。脱髄に伴う疾患または症状は、多発性硬化症、急性播種性脳脊髄炎、汎発性脳硬化症、壊死性出血性脳炎、大脳白質萎縮症、脳卒中、脊髄損傷、統合失調症、双極性障害、急性脳障害、及び認知症よりなるグループから選ぶことができる。一実施形態では、疾患または症状は多発性硬化症である。
【0020】
さらに本発明の方法は、前記哺乳動物において、神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の数を増加させることができる少なくとも一つの生物学的作用物質を投与することを含んでもよい。生物学的作用物質は、上皮増殖因子(EGF)、下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、トランスホーミング増殖因子α(TGFα)、毛様体神経栄養因子(CNTF)、白血病抑制因子(LIF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、エストロジェン、卵巣ホルモン、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)、成長因子、及びインスリン様増殖因子−1などである。
【0021】
プロラクチンは全身、皮下または脳内に投与できる。
【0022】
本発明の1以上の実施形態の詳細は、添付の図面および以下の明細書に示される。その他の本発明の特徴、目的、及び有益な作用は、明細書、図面及び特許請求の範囲により明白である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
発明の詳細な説明
本発明は、生体外及び生体内で、ホルモンであるプロラクチンを用いOPC増殖を増加させる方法を提供する。プロラクチンは、神経幹細胞及び/またはOPCの生体外での増殖を促進して成熟OPCの増殖を増加させる能力のある、生物学的作用物質(例えば血小板由来増殖因子(PDGF))と組み合わせて適用できる。プロラクチンと組み合わせて使用できる他の生物学的作用物質は、上皮増殖因子(EGF)、下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、トランスホーミング増殖因子α(TGFα)、毛様体神経栄養因子(CNTF)、白血病抑制因子(LIF)、エストロジェン、卵巣ホルモン、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)、成長因子、及びインスリン様増殖因子−1を含むが、これらに限定されるものではない。例えば脱髄による損傷部位への移植治療のために、培養したOPCを使用することができる。または、内因的な髄鞘再形成を潜在的に促進するために、プロラクチンを皮下的に生体内に投与し、成体の前脳や脊髄の脱髄したCNS白質内でのOPCの増殖を促進することができる。
【0024】
妊娠が、母体の前脳脳室下帯での神経幹細胞増殖を促進することが以前報告されている(Shingo,T.ら、Science 299:117(2003))。成体の成熟した神経幹細胞に加えて、OPCは、視神経、脳梁、および脊髄を含むが、これらに限定されず、成体CNSの至る所に存在することが知られている。生体外ではOPCは、それらによるPDGFRαとプロテオグリカンNG2の発現により検知することができる(Stangel,M.ら、Prog Neurobiol 68:361(2002))。細胞増殖は、細胞増殖のS期でのチミジン類似体であるブロモデオキシウリジン(BrdU)の取り込みにより同定でき、これは、OPC特異的染色と組み合わせることによりOPCの増殖を同定できる。
【0025】
定義
「多能性神経幹細胞」または「神経幹細胞」は神経細胞系統の幹細胞である。幹細胞はそれ自身を再生する能力を持つ細胞である。言い換えると、幹細胞が分裂するとき、生じる娘細胞の少なくともいくつかは同じく幹細胞である。神経幹細胞とその子孫細胞は、ニューロン、星状細胞及び乏突起膠細胞(星状細胞及び乏突起膠細は、まとめてグリアまたはグリア細胞と呼ばれる)を含む神経細胞系統の全ての細胞型に分化する能力がある。従って神経幹細胞は多能性神経幹細胞である。多能性神経幹細胞は、例えば米国特許第5,750,376号及び同第5,851,832号に記載されている。
【0026】
好ましくは、成体の神経幹細胞は、成体哺乳動物前脳の脳室下帯(SVZ)に存在するかまたはそれから誘導される神経幹細胞を意味し、これは成体の海馬にある増殖細胞とは異なる。
【0027】
本明細書中で記載される神経幹細胞の「子孫」は、増殖または分化の結果、神経幹細胞から誘導されるあらゆる全ての細胞を意味する。
【0028】
「乏突起膠細胞前駆体細胞」は結果的に乏突起膠細胞を生じる能力のある中枢神経系の前駆体細胞である。
【0029】
「哺乳動物」は、哺乳科の全ての動物を意味する。哺乳動物は好ましくは霊長類、げっ歯類、ネコ、イヌ、家畜類(ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ブタなど)であり、もっとも好ましくはヒトである。
【0030】
「脱髄疾患」は、脱髄を原因とする、または脱髄に伴う疾患または医学的状態である。これらの疾患または医学的状態の例として、多発性硬化症(再発性または慢性の進行性多発性硬化症、急性多発性硬化症、視神経脊髄炎(ドヴィック病)を含む)、汎発生脳硬化症(Shilder広汎性軸周囲脳炎及びバロー同心円性硬化症)などが挙げられる。脱髄疾患はまた、ウイルス感染、ワクチンおよび遺伝的障害などにより脱髄が引き起こされた多種の疾患を含む。これらの脱髄疾患の例としては、急性播種性脳脊髄炎(はしか、水痘、風疹、インフルエンザや耳下腺炎に感染後、または狂犬病や天然痘のワクチン接種後に起きる)、壊死性出血性脳炎(出血性白質脳炎を含む)、および大脳白質萎縮症(クラッベ球様細胞白質萎縮症、異染性白質萎縮症、副腎白質ジストロフィー、キャナヴァン病とアレグザンダー病を含む)が挙げられる。脱髄疾患は好ましくは多発性硬化症または汎発生脳硬化症であり、もっとも好ましくは多発性硬化症である。
【0031】
「治療または軽減」とは、疾患または医学的な状態の症状の軽減または完全な除去を意味する。
【0032】
「効果的な量」は、治療剤が意図された目的を達成するのに十分な量である。所与の治療剤の効果的な量は、その作用物質の性質、投与経路、その治療剤が投与される動物種と大きさ、投与の目的などの要因により変動する。各個々の場合の効果的な量は、当該技術分野で確立された方法に従って、当業者により経験的に決定され得る。
【0033】
「プロラクチン」は、(1)天然の哺乳動物プロラクチン、好ましくは天然のヒトプロラクチンと実質的に類似する配列を有し、(2)天然の哺乳動物プロラクチンの生物学的活性を有するポリペプチドである。天然のヒトプロラクチンは、199個のアミノ酸よりなるポリペプチドであり、主に脳下垂体で合成される。このように「プロラクチン」という用語は、天然のプロラクチンの欠失変異体、付加変異体、または置換変異体である、プロラクチンの類似体をも包含する。さらに「プロラクチン」という用語は、他の種に由来するプロラクチンと、その天然に存在する変異種のプロラクチンも包含する。
【0034】
加えて、「プロラクチン」は天然の哺乳動物プロラクチン受容体の機能的アゴニストであってもよい。例えば、機能的アゴニストとしては、米国特許第6,333,031に開示される、プロラクチン受容体を活性化するアミノ酸配列;プロラクチン受容体に対してアゴニスト活性を持つ金属錯体受容体リガンド(米国特許第6,413,952号);ヒト成長ホルモンの類似体であるが、プロラクチンのアゴニストとして作用するG120RhGH(Mode,ら、Endocrinology 137:447(1996));や、米国特許第5,506,107号及び同第5,837,460号に開示されているプロラクチン受容体リガンドが挙げられる。
【0035】
特にプロラクチン・ファミリーの中に含まれるものは、天然に存在するプロラクチン変異体、プロラクチン関連ペプチド、胎盤性ラクトゲン、S179D−ヒトプロラクチン(Bernichtein,S.ら、Endocrin 142:2950(2001))、ヒト、他の霊長類、ラット、マウス、ヒツジ、ブタ、およびウシを含むが、これらに限定されない各種哺乳動物種に由来するプロラクチン、ならびに米国特許第6,429,186号及び同第5,995,346号に開示されているプロラクチン変異体である。
【0036】
「プロラクチン誘導作用物質」とは、哺乳動物に投与された場合に、この哺乳動物においてプロラクチン量を増加させる能力のある物質である。例えば、プロラクチン放出ペプチドはプロラクチン分泌を刺激する。
【0037】
哺乳動物に組成物を「移植する」とは、当該技術分野で確立されたあらゆる方法で、組成物を哺乳動物の体内に導入することを意味する。導入される組成物は移植物であり、哺乳動物は「受容者」である。移植物と受容者は互いに同遺伝子型、同種異型または異種であり得る。好ましい移植は自家移植である。
【0038】
方法
多能性神経幹細胞の単離法及び生体外での培養法は、近年開発されている(例えば、米国特許第5,750,376号;同第5,980,885号;同第5,851,832号を参照)。多能性神経幹細胞の単離法及び生体外での培養のために、胎児の脳が使用できることが見出された。これらの幹細胞は胎児のものであれ、成体のものであれ、自己複製を行うことができる。子孫細胞もまた、ニューロン、星状細胞、乏突起膠細胞を含む神経細胞系統のどの細胞にも増殖または分化可能である。
【0039】
神経幹細胞から分化して生成する細胞はほとんど星状細胞である。従って、神経幹細胞は全ての種類の成熟または未熟な神経細胞のよい供給源ではあるが、神経幹細胞を用いて脱髄疾患治療のために乏突起膠細胞を生成させることは、通常非効率的なプロセスとなる。しかしながら、本発明は、神経幹細胞から乏突起膠細胞を生成させる効率を有意に増大させる方法を提供する。プロラクチンの神経幹細胞培養物への添加は、神経幹細胞の乏突起膠細胞への優先的な分化を誘導する。プロラクチンはさらにOPCからの乏突起膠細胞の生成を増加させる。
【0040】
神経幹細胞またはOPCの培養物から生成した乏突起膠細胞は、特に、失われた乏突起膠細胞または、機能不全に陥った乏突起膠細胞を補うために、(例えば「移植」により)哺乳動物に導入され得る。好ましい哺乳動物は、ヒト、イヌ、ネコ、げっ歯類、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、ブタ、または人間以外の霊長類である。もっとも好ましくは、哺乳動物はヒトである。神経幹細胞は成体を含むどの年齢の哺乳動物の脳組織からでも培養可能であるので、哺乳動物自身の組織を用いて神経幹細胞を成長させて自家移植に用いることが好ましい。特に移植部位が脳内である場合、血液脳関門に起因して免疫拒絶反応があまり重篤とならないので、同種異型間または異種間移植も可能である。
【0041】
神経幹細胞は、哺乳動物に移植され、乏突起膠細胞を生体内で生成するように誘導され得ることも企図される。このように神経幹細胞は、確立された方法で培養物中に得ることが期待でき、哺乳動物に移植でき、そして生体内での乏突起膠細胞生成促進作用物質との接触により乏突起膠細胞を生成させることができる。移植された神経幹細胞は、任意的に、その哺乳動物に神経幹細胞の数を増加させることが知られる上述の生物学的作用物質を投与することにより、生体内で再び増殖させることができる。
【0042】
好ましくは細胞は哺乳動物の脳または脊髄、特に乏突起膠細胞が不足している部位、例えば脱髄した軸索周囲に導入される。ヒトでは、一般に脱髄部位は、磁気共鳴映像法(MRI)によって可視化され得るプラーク様構造を伴う。細胞は、中枢神経系の他の場所への移植も可能である。というのも、グリア細胞は、その標的の神経部分に移動できることが知られているからである。特に有益なアプローチは、他の半球での標的病変部位の「鏡像」位置に移植することである。なぜならば、細胞は、脳梁を通じて効果的に反対側の半球の対応位置に移転することが知られているからである(Learish,R.D.ら、Ann Neurol 46:716(1999))。
【0043】
プロラクチンは、例えば、髄腔内、経脈管的、静脈内、筋肉内、腹腔内、経皮的、皮内、皮下、経口的、局所的、直腸内、膣内、経鼻的、または吸入的などの当該技術分野で確立されているあらゆる適切な経路で投与することができる。好ましい投与方法は(例えば、針またはカテーテルによる)注射または点滴である。
【0044】
本発明は、さらに乏突起膠細胞の形成をもたらす条件下で、乏突起膠細胞生産促進物質を哺乳動物に投与することにより、生体内での乏突起膠細胞生産を増大する方法を提供する。結果として生産される乏突起膠細胞は、哺乳動物の脱髄化されたニューロンの髄鞘再形成を行う能力を有し、これにより脱髄に伴う哺乳動物の疾患または症状が治療または軽減され得る。
【0045】
本発明は、脱髄疾患の危険性にさらされている哺乳動物において、脱髄疾患を予防するために使用され得ることが企図される。多発性硬化症の病因全てが明らかにはなっていないが、そのうちのある種のリスク要因が特定されている。例えば、多発性硬化症(MS)は、MS患者の一親等の肉親の1〜2%に発症し、そして、ある種の免疫組織適合性抗原を有する人がMSと相関する、などである。従って、本発明は、高リスク群において、MSを予防するために使用され得る。
【0046】
以下の実施例は、単に本発明を説明するために提供され、いかなる場合も、本発明の範囲を限定するものとみなされるべきでない。
【実施例】
【0047】
実施例1:妊娠によりOPC増殖が促進される
6週齢〜8週齢の処女メスCD−1マウスまたは妊娠7日目(GD7)の妊娠メスCD−1マウスに、2時間ごとにBrdU(120mg/kg、腹腔内、0.007% NaOHリン酸緩衝液に溶解)を、6回注射し、最後の注射後30分後に屠殺した。動物を、4%パラホルムアルデヒドで心臓灌流し、25%ショ糖で凍結保護し、脳、脊髄及び視神経をOCT複合物に包埋した。組織を、スライド1枚あたり12切片標本で7連続を1セットとした14ミクロンの凍結切片とし、免疫組織化学的処理を行った。使用した抗体は、ラット抗BrdU抗体(Seralab製)、モルモット抗NG2抗体(カリフォルニア州La JollaにあるBurnham Instituteの William Stallcup博士より供与)、ヤギ抗PDGFRα抗体(R&D製)を含んだ。一次抗体を、適切なFITC及びCY3を結合した二次抗体(Jackson ImmunoResearch製)により認識した。抗体は、10%正常ロバ血清と0.03%トリトン−Xリン酸緩衝化生理食塩水により希釈された。BrdU染色については、組織を1M塩酸により60℃で30分間処理し、細胞DNAを変性させた。
【0048】
分裂細胞(BrdU+細胞)、OPC(PDGFRα+かつNG2+の細胞)、及び、分裂するOPC(BrdU+PDGFRαまたはBrdU+NG2の二重陽性細胞)の数の定量により、GD7の妊娠メスマウスの脳梁、脊髄、および視神経では、非妊娠参照群と比較してこれら全ての細胞集団が著しく増加していることが明らかとなった(表1)。これらの知見は、妊娠により母体CNSでのOPC増殖の増加が引き起こされるという新しい知見を明らかにする。
【0049】
妊娠と産後期間の経過に伴うOPC増殖とその数の経時変化の分析により、OPC増殖とその数のピークが妊娠第一週(GD7)の間にあり、産後期間に妊娠前のレベルに戻ることが明らかとなった(図4及び5)。
【0050】
実施例2:妊娠が新しい成熟乏突起膠細胞の生成を促進する
新しい成熟乏突起膠細胞の生成を追跡するため、GD7の妊娠マウスにBrdUを6回注射し、そして、これらの動物をGD18まで11日間生存させ、新たに生成されたOPCを成熟乏突起膠細胞に分化させた。処女メスマウスを対照として用いた。成熟乏突起膠細胞は、マウス抗GSTπ抗体を用いて、成熟乏突起膠細胞マーカーであるGSTπの発現により同定した。
【0051】
表1
【0052】
【化1】

表1に示されるように、妊娠7日目(GD7)に微量のBrdUを注射した動物は、その11日後に、脳梁、脊髄、および視神経内に、対照の処女マウスと比較して約2倍の数の新生及び成熟乏突起膠細胞(BrdU+GSTπ二重陽性細胞)を有していた。従って、母体のCNS内で、OPC増殖の増大が新生乏突起膠細胞の産生の増加をもたらした。さらに、妊娠期間中及び産後期間の脳梁内の成熟乏突起膠細胞(GSTπ+細胞)の総数を調査した(図6)。結果は、対照の処女マウスと比較して、妊娠により成熟乏突起膠細胞の総数も有意に増大し、その増大は出産後約3週間まで持続することを強調するものであった。
【0053】
独立t検定またはANOVAについで、Tukey HSD(Honest Significant Difference)事後検定を用いた統計的解析を行った。
【0054】
実施例3::妊娠は母体の中枢神経系中の至る所で乏突起膠細胞前駆体細胞の増殖を促進する
BrdU+細胞数の増加が、GD7妊娠マウスの母体CNSの脳梁、脊髄、および視神経で観察された(表1);同様にPDGFRα+細胞(図1、表1)、およびNG2+のOPC(図2、表1)の数の有意な増大も妊娠動物で観察された。BrdU+PDGFRα二重陽性細胞数の増加により示唆されたように、GD7の上記の各組織中で分裂OPC総数の増加が観察された(図1、表1)。
【0055】
BrdUをGD7マウスまたは処女マウスに投与し、11日間追跡した。その結果、妊娠(GD7)マウスでは非妊娠(処女)マウスと比較して、脳梁中、視神経中、および脊髄中のBrdU+GSTπ二重陽性細胞数が増加していることが明らかになった(図3、表1)。従って、妊娠に応答したOPC増殖の誘導が、母体のCNS全体にわたる新しい成熟乏突起膠細胞の増加を導いている。
【0056】
妊娠中及び産後期間の脳梁におけるOPC増殖の経時変化(図4)は、BrdU+PDGFRα発現細胞のピークがGD7であり、GD14では処女マウスのレベル以下に低下するが、出産日までに処女マウスのレベルに戻り、産後期間にはそのレベルが維持されたことを明らかにした。
【0057】
妊娠中の脳梁におけるOPC総数の変化の調査(図5)により、GD7でのPDGFRα発現細胞数の有意な増大と、出産後21日までにベースラインに低下することが明らかとなった。
【0058】
妊娠中の脳梁における成熟乏突起膠細胞の総数の変化の調査(図6)により、妊娠によりGD7までの間、乏突起膠細胞数の有意な増大が引き起こされ、妊娠期間中を通じてこの増加は処女マウスのレベルより有意に高くあり続け、この増大は出産後21日まで継続されることが明らかとなった。図7は、GSTπ染色によって確認される妊娠中の脳梁における成熟乏突起膠細胞の変化を示す。
【0059】
実施例4:プロラクチンは妊娠により誘導されるOPC増殖を制御する
成体のOPCがプロラクチン受容体を発現するかどうかを調べるために、6〜8週齢の成体メス処女CD−1マウスを、4%パラホルムアルデヒドで心臓灌流し、25%ショ糖で凍結保護し、そして、前出のように、14ミクロンの凍結切片とした。前述のように、マウス抗プロラクチン受容体抗体(PRLR,Affinity Bioreagents Inc.)とヤギ抗PDGFRα抗体を用いて免疫組織化学的処理を行った。二重標識された細胞が脳梁に存在するか調べた。二重標識により、PDGFRαを発現し、また、プロラクチン受容体も発現するOPCの存在が明らかとなった。プロラクチン受容体は、PDGFRα陽性OPC亜集団により発現されているので(図8)、これらの結果はプロラクチンがOPC増殖を制御している可能性を示唆した。
【0060】
実施例5::プロラクチンがOPC増殖の誘導に要求される
妊娠中に母体の前脳で、プロラクチンによるシグナル伝達がOPC増殖の誘導に必要とされるかどうかを調べるため、プロラクチン受容体変異へテロ接合マウス(PRLR+/−)と、野生型対照(PRLR+/+)の比較を行った。動物の遺伝子型は、これまでに刊行されている方法に従いPCR法により調べた(Shingo,T.ら、Science 299:117(2003))。非妊娠(処女)マウス対妊娠(GD7)マウスのPRLR+/+型及びPRLR+/−型のメスに、前述のようにBrdUを注射し、最終のBrdU注射の30分後に屠殺した。BrdU及びPDGFRαの免疫組織学的分析を行い、脳梁中の二重陽性細胞数を(前述のように)定量した。
【0061】
PRLR+/−の動物におけるプロラクチン受容体のシグナル伝達の減少は、妊娠により誘導された脳梁でのOPC増殖の有意な減少を引き起こした(図9)。GD7で、野生型対照と比較して、PRLR+/−マウスは、脳梁中のBrdU+PDGFRα発現細胞数が有意に減少している(p<0.05;Bonferroni事後検定;n=4)。これらの結果により、妊娠に応答したOPC増殖の誘導にはプロラクチンのシグナル伝達が要求されることが明らかになった。
【0062】
母体の前脳において、プロラクチンによるシグナル伝達が、十分にOPC増殖を誘導するかどうかを調べるため、6〜8週齢の処女CD−1マウスにプロラクチン(16μg/日;マウス組み換え型、National Hormone & Peptide Program,Torrance,CAより入手)またはビヒクル対照を3日間皮下注入処理した。プロラクチンは1mg/mlのマウス血清アルブミン(Sigma社)を含む0.9%生理食塩水に溶解した。注入3日目にマウスにBrdUを注射し、最後のBrdU注射の30分後に屠殺した。免疫組織学的分析を行い、脳梁および脊髄中のBrdU+PDGFRα二重陽性細胞数を(前述のように)定量した。
【0063】
プロラクチンの皮下注入は、ビヒクル対照を注入した対象の処女メスマウスと比較して、脳梁および脊髄の両方で、十分にOPC増殖を有意に増加させた(図10)。ビヒクル対照注入群と比較して、3日間プロラクチンを皮下注入された処女メスマウスでは、脳梁中のBrdU+PDGFRα細胞数が有意に増加した(p<0.01;独立t−検定;n=4)。ビヒクル対照群と比較して、PRL注入はさらに脊髄中のBrdU+PDGFRα陽性細胞数も増大させた(PRL=11±1;VEH=7±0.9;n=4;P<0.05;独立t−検定)。これらの結果は、CNSの全体にわたり、生体内でのOPC増殖を増大させるのに、プロラクチン単独で十分であることを実証する。
【0064】
新しい成熟乏突起膠細胞の生成を増大するためにプロラクチンが十分であるかを検討するために、(前述のように)6〜8週齢のマウスにプロラクチンまたはビヒクルを3日間皮下注入した。注入3日目に、動物にBrdUを6回注射し(2時間毎)、脳梁での新しい成熟乏突起膠細胞の生成を追跡するため、さらに12日間生存させた。BrdU注射の12日後に動物を屠殺し、脳梁中のBrdU+GSTπ発現細胞数を定量した。ビヒクル注入動物と比較して、プロラクチン注入動物では、脳梁中の新たに生成した乏突起膠細胞数は36%多かった(表2)。この結果により、成体のCNS内での新しい成熟乏突起膠細胞の生成を増大するために、プロラクチンが十分であることが明らかになった。
【0065】
【化2】

実施例6:プロラクチンにより生成される乏突起膠細胞は突起を形成する
新たに生成した乏突起膠細胞が髄鞘形成するためには、最初にそれらはグリア突起を形成しなければならない。処女メスマウスの脳梁におけるGSTπ+乏突起膠細胞を、共焦点z−stackでランダムに画像化すると、成熟乏突起膠細胞の細胞体から、平均3〜4本の高度に枝分かれしたGSTπ+突起が伸張していることが明らかになった(図11A及びD;n=3、Ns25細胞/動物)。GD7〜18におけるBrdUによる追跡を用いて、妊娠メスマウスの脳梁中で新たに生成された乏突起膠細胞(BrdU+GSTπ+細胞)を同定した。GD7〜18に新たに生成された乏突起膠細胞からは、処女マウスの成熟乏突起膠細胞と比較して、有意に少ない数のGSTπ+突起しか伸張しておらず、その数は体細胞当たり平均1〜2であり(図11B及びD;p<0.001;片側ANOVA及びTukey HSD事後検定;n=3;N25細胞/動物)、これらの細胞が妊娠末期でも未だに成熟しつつあったことを示唆した。実際、GD7〜P7及びGD7〜P14のより長い期間の追跡では、産後期間で、新たに生成された細胞が、体細胞当たり平均3〜4本のGSTπ突起を伸張させた完全に成熟した細胞へと最終的に発生した(図11C及びD;n=3;N25細胞/動物)。
【0066】
実施例7:プロラクチンにより誘導された乏突起膠細胞は、全体的な髄鞘形成を増加させる
新たに形成された乏突起膠細胞が突起を形成することを確認した後、本発明者らは乏突起膠細胞がミエリンを生成することを確認した。BrdU、GSTπ、及びミエリンの主要タンパク質構成成分である、ミエリン塩基性タンパク質(MBP)を用いて三重標識された細胞の共焦点イメージングにより、GD7〜18の動物(〜98%;n=3;N25細胞/動物)およびGD7〜P7の動物(〜96%;n=3;N25細胞/動物)の脳梁において新しく生成されたBrdU+GSTπ+の乏突起膠細胞の、実質的に全てがMBPを発現していることが明らかになった(図11E〜G)。従って新しい乏突起膠細胞はミエリンを生成するようである。
【0067】
母体CNSでの髄鞘形成乏突起膠細胞数の増加は、脳梁と脊髄の総ミエリン含量を増加させる可能性がある。この可能性を検討するために、発明者らは妊娠と産後期間の過程で、脳梁と脊髄でのMBP発現の分析をウエスタンブロット法により行った。明らかにP7とP14の両方で、対照の処女マウスと比較して、18kDa、17.2kDa、及び14kDaのイソ型MBPの発現レベルが有意に増大した(図11H〜P;片側ANOVA及びDunnett事後検定;n=4)。6週齢と12週齢の成体処女メスマウスの脳梁と脊髄中でのMBP発現の増加が観察されないので、この結果は単純に週齢の差によるものではなかった。従って、母体CNSのミエリン含量は産後期間に増加し、その含量は新しい乏突起膠細胞がGSTπ+突起の成熟相補体を獲得する時点に匹敵する。完全に成熟した乏突起膠細胞はCNSでの髄鞘再形成には寄与できないが、ミエリン修復の過程は、OPC増殖の増加と新しい乏突起膠細胞の生成に依存する。
【0068】
実施例8:プロラクチンにより誘導された乏突起膠細胞は髄鞘再形成を援助する
処女メスマウス及びGD3妊娠メスマウスの脊柱にリゾレシチンによる病変部位を作成し、その7日後及び11日後に屠殺して、脊柱の残存する病変部位の割合を評価する(図12A及びB)。各動物について、脊髄の4mmのセグメント(注射部位より尾側に2mmと頭部側に2mm)から採取した36の連続切片を、ミエリン特異性色素であるLuxol fast blueで染色した。脱髄された領域を定量し、脊柱の面積に対して正規化して、各動物の4mm脊髄セグメント内の病変部位容積の指数とした(「材料と方法」を参照のこと)。GD3〜10の動物では、対応する対照の処女マウスと比較して、病変部位の容量が37%減少した(p<0.05;独立t−検定;n=4)。GD14までには、GD3〜14(n=8)の妊娠動物の病変部位の容積は、対応する対照の処女マウスの容積と比べ52%小さかった(p<0.01;独立t−検定;n=6)。
【0069】
電子顕微鏡を用いて、GD3〜14のメスマウスに対する対照の処女マウスの病変中心内での、脱髄化、髄鞘再形成、または病変から生き延びた軸索の相対数を計測した(図12C及びD)。対照の処女マウスと比較し、GD3〜14の妊娠動物では脱髄化された軸策の数は75%少なく(p<0.01;独立t−検定;n=4)、髄鞘再形成された軸索の割合は35%多かった(p<0.01;独立t−検定;n=4)が、生き延びた軸索数では有意な変化は無かった。これらの結果は相俟って、妊娠により誘導されたOPC増殖の増大と乏突起膠細胞の生成が、母体のCNSの髄鞘再形成能力の増強と関連していることを強く示唆する。
【0070】
実施例9:プロラクチンは非妊娠成体哺乳動物において乏突起膠細胞増殖を促進する
成体のCNSで、PRLがOPCの増殖と新しい乏突起膠細胞の生成を促進するかどうかを検討するために、処女メスマウスにビヒクル対照(VEH)またはPRLを3日間皮下注入し、注入最終日にBrdUを注射により投与した。VEH対照群に比べ、PRL注入により、脳梁及び脊髄内でそれぞれ114%(p<0.01;独立t−検定;n=5)及び57%(p<0.05;独立t−検定;n=5)の分裂OPC(BrdU+PDGFRa+細胞)数の増加が誘導された(図13A)。さらに、PRL注入により、新しい乏突起膠細胞(BrdU+GSTπ+細胞)の生成が、脳梁と上丘の両方でそれぞれ55%(p<0.01;独立t−検定;n=5)及び124%(p<0.01;独立t−検定;n=5)増加された(図13B)。処女メスマウスと同様に、PRL注入はまた、成体オスの脳梁でも、OPC増殖と新しい乏突起膠細胞の生成を増加した(表3)。妊娠マウスの場合と同様に、このPRL注入による増加は、OPC増殖の増加に起因するものであった。なぜならば、PRL注入動物とVEH注入動物のいずれの脳梁中でも、活性化されたカスパーゼ−3+細胞の数は全く変化を受けないことからも分かるように、PRL注入により細胞の生存率は変化しなかったからである。
【0071】
【化3】

本発明の多数の実施形態が記載されてきた。しかしながら、さまざまな変更が、本発明の精神および範囲から逸脱することなくなされ得ることが理解される。従って、他の実施形態は上記の特許請求の範囲に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0072】
各種の図の同じ参照記号は同様の要素を示す。
【図1】図1は、乏突起膠細胞前駆体特異的免疫マーカーであるPDGFRαとBrdUとを用いた、妊娠7日(GD7)のマウス及び非妊娠(処女)マウスの脳梁、視神経及び脊髄の二重染色を示す。
【図2】図2は、乏突起膠細胞前駆体特異的免疫マーカーであるNG2とBrdUとを用いた、妊娠7日(GD7)のマウス及び非妊娠(処女)マウスの脳梁、視神経及び脊髄の二重染色を示す。
【図3】図3は、乏突起膠細胞前駆体特異的免疫マーカーであるGSTπとBrdUとを用いた、妊娠7日(GD7)のマウス及び非妊娠(処女)マウスの脳梁、視神経及び脊髄の二重染色を示す。
【図4】図4は、妊娠経過(GD7、GD14)と産後の期間(P0、P7、P14、P21)での、脳梁内のPDGFRα発現細胞によるBrdU免疫反応性の定量により決定された、乏突起膠細胞前駆体細胞増殖の経時的変化を示す。
【図5】図5は、妊娠の経過(GD7、GD14)と産後の期間(P0、P7、P14、P21)での、脳梁内のPDGFRα発現細胞の総数により決定された、乏突起膠細胞前駆体細胞の総数の経時的変化を示す。
【図6】図6は、妊娠の経過(GD7、GD14)と産後の期間(P0、P7、P14、P21)での、脳梁内のGSTπ発現細胞の総数により決定された、成熟乏突起膠細胞の総数の経時的変化を示す。
【図7】図7は、GSTπの免疫染色による脳梁内の成熟乏突起膠細胞の増加の、妊娠7日(GD7)のマウス及び非妊娠(処女)マウスでの比較を示す。
【図8】図8は、脳梁内のプロラクチン受容体(PRLR)と乏突起膠細胞前駆体細胞特異的マーカーのPDGFRαの共局在化を示す。
【図9】図9は、プロラクチン曝露後の、プロラクチン受容体(+/−)へテロ接合変異マウス脳梁での乏突起膠細胞前駆体細胞増殖の低下を、プロラクチン(+/+)の正常マウスのそれと比較して示す。
【図10】図10は、プロラクチン(PRL)投与3日後のマウス脳梁での乏突起膠細胞前駆体細胞増殖の増加の、対照(ビヒクル投与)マウスとの比較を示す。
【図11】図11は、妊娠後期と産後期間での新しく増殖した乏突起膠細胞の成熟と形成過程を示しており、新しく形成された乏突起膠細胞が妊娠期間中にミエリンを生成し、脳梁での髄鞘形成の総合的レベルを増加させていることが示される。
【図12】図12は、妊娠により誘導されるOPC増殖の増大を示しており、乏突起膠細胞生成は母体CNSの髄鞘再形成の能力の増加と関連していることが示される。
【図13】図13は、プロラクチン単独投与で、非妊娠成体哺乳動物の乏突起膠細胞増殖が十分に促進されることを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物に乏突起膠細胞を送達する方法であって、
(a)少なくとも一個の神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞を該哺乳動物に導入すること;および
(b)該神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞から乏突起膠細胞が産生される条件下で、プロラクチンまたはプロラクチン誘導物質の効果的な量を該哺乳動物に投与すること
を含む、方法。
【請求項2】
哺乳動物に乏突起膠細胞を送達する方法であって、該方法は:
(a)少なくとも一個の神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞;ならびに
(b)効果的な量のプロラクチンまたはプロラクチン誘導物質
を含む薬剤組成物の効果的な量を、該神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞から乏突起膠細胞が産生される条件下で、該哺乳動物に投与すること
を含む、方法。
【請求項3】
前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞を、該神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の数を増加させる能力のある、少なくとも一つの生物学的作用物質と接触させることをさらに含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の数を増加させる能力のある前記生物学的作用物質は、該神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の前記哺乳動物への前記導入の前に使用される、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の数を増加させる能力のある前記生物学的作用物質は、該神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の前記哺乳動物への前記導入の後に使用される、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の数を増加させる能力のある前記生物学的作用物質は、該神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の前記哺乳動物への前記導入の前と後との両方に使用される、請求項3に記載の方法。
【請求項7】
前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の数を増加させる能力のある前記生物学的作用物質は、上皮増殖因子(EGF)、下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、トランスホーミング増殖因子α(TGFα)、毛様体神経栄養因子(CNTF)、白血病抑制因子(LIF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、エストロジェン、卵巣ホルモン、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)、成長因子、及びインスリン様増殖因子−1よりなるグループから選択される、請求項3に記載の方法。
【請求項8】
前記哺乳動物は、ヒト、イヌ、ネコ、げっ歯類、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、ブタ、または非ヒト霊長類である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項9】
前記神経幹細胞は前記哺乳動物の前脳の脳室下帯から得られ、前記乏突起膠細胞前駆体細胞は、該哺乳動物の例えば視神経、脳梁及び/または脊髄などの中枢神経系のあらゆる部分から得られる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項10】
前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞は、胎児哺乳動物、新生哺乳動物、または成体哺乳動物からなるグループから選択される哺乳動物から得られる、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
効果的な量の、乏突起膠細胞の分化、成長、増殖または生存を促進する因子を適用することをさらに含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項12】
乏突起膠細胞の分化、成長、増殖または生存を促進する前記因子が、トリヨードチロニンである、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
哺乳動物の脱髄に伴う疾患または症状を治療または軽減する方法であって:
(a)哺乳動物の神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞を培養すること;
(b)哺乳動物に該神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞を移植すること;ならびに
(c)該哺乳動物に、該神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞からの乏突起膠細胞の生成を誘導する増殖作用物質を投与すること
を含む、方法。
【請求項14】
前記増殖作用物質は、プロラクチンである、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記哺乳動物の神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の培養物は、胎児の脳組織、新生児の脳組織、および成体の脳組織からなるグループより選択される哺乳動物脳組織を用いて調製される、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記神経幹細胞は前記哺乳動物の前脳の脳室下帯から得られ、前記乏突起膠細胞前駆体細胞は、該哺乳動物の例えば視神経、脳梁、及び/または脊髄などの中枢神経系のあらゆる部分から得られる、請求項14に記載の方法。
【請求項17】
効果的な量の、乏突起膠細胞の分化、成長、増殖、または生存を促進する因子を適用することをさらに含む、請求項14に記載の方法。
【請求項18】
乏突起膠細胞の分化、成長、増殖、または生存を促進する前記因子が、トリヨードチロニンである、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記プロラクチンは、髄腔内、経脈管的、静脈内、筋肉内、腹腔内、経皮、皮内、皮下、経口的、局所的、直腸内、膣内、経鼻的、または吸入的に投与される、請求項14に記載の方法。
【請求項20】
前記プロラクチンが注射または点滴により投与される、請求項14に記載の方法。
【請求項21】
前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞は前記哺乳動物から自家移植のために採取される、請求項14に記載の方法。
【請求項22】
前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の数を増加させることが知られている生物学的作用物質を前記哺乳動物に投与することにより、該神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞を生体内で増殖させることをさらに含む、請求項14に記載の方法。
【請求項23】
前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の数を増加させることが知られている前記生物学的作用物質は、上皮増殖因子(EGF)、下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、トランスホーミング増殖因子α(TGFα)、毛様体神経栄養因子(CNTF)、白血病抑制因子(LIF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、エストロジェン、卵巣ホルモン、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)、成長因子、及びインスリン様増殖因子−1よりなるグループから選択される、請求項14に記載の方法。
【請求項24】
前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞は、前記哺乳動物の脳、視神経、または脊髄内に導入される、請求項14に記載の方法。
【請求項25】
前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞は、軸索が脱髄している部位に導入される、請求項24に記載の方法。
【請求項26】
前記脱髄に伴う疾患または症状は、多発性硬化症、急性播種性脳脊髄炎、汎発性脳硬化症、壊死性出血性脳炎、大脳白質萎縮症、脳卒中、脊髄損傷、統合失調症、双極性障害、急性脳障害、及び認知症からなるグループより選択される、請求項14に記載の方法。
【請求項27】
前記疾患または症状は多発性硬化症である、請求項26に記載の方法。
【請求項28】
哺乳動物において内因的な乏突起膠細胞の生成を増加させる方法であって、効果的な量のプロラクチンを該哺乳動物に投与することを含む、方法。
【請求項29】
前記哺乳動物は脱髄に伴う疾患または症状に罹患しているか、または持つことが疑われている、請求項28に記載の方法。
【請求項30】
前記脱髄に伴う疾患または症状は、多発性硬化症、急性播種性脳脊髄炎、汎発性脳硬化症、壊死性出血性脳炎、大脳白質萎縮症、脳卒中、脊髄損傷、統合失調症、双極性障害、急性脳障害、及び認知症からなるグループより選択される、請求項29に記載の方法。
【請求項31】
前記疾患または症状は多発性硬化症である、請求項30に記載の方法。
【請求項32】
前記哺乳動物において、前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の数を増加させる能力のある少なくとも一つの生物学的作用物質を投与することをさらに含む、請求項28に記載の方法。
【請求項33】
前記神経幹細胞及び/または乏突起膠細胞前駆体細胞の数を増加させる能力のある前記生物学的作用物質は、上皮増殖因子(EGF)、下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、トランスホーミング増殖因子α(TGFα)、毛様体神経栄養因子(CNTF)、白血病抑制因子(LIF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、エストロジェン、卵巣ホルモン、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)、成長因子、及びインスリン様増殖因子−1からなるグループより選択される、請求項32に記載の方法。
【請求項34】
前記プロラクチンは、全身、皮下または脳内に投与される、請求項28に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公表番号】特表2009−509943(P2009−509943A)
【公表日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−531497(P2008−531497)
【出願日】平成18年9月27日(2006.9.27)
【国際出願番号】PCT/CA2006/001589
【国際公開番号】WO2007/036033
【国際公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【出願人】(508090859)ステム セル セラピューティクス コーポレイション (2)
【Fターム(参考)】