説明

ベシクルの製造方法、この製造方法によって得られるベシクルおよびベシクルを製造するためのW/O/Wエマルション

【課題】有効成分の高い内包率と、粒子径の制御とを同時に達成することができるベシクルの製造方法の提供。
【解決手段】内包させる物質を溶解あるいは懸濁状態で含む水溶液と、ベシクルを構成することができる乳化能を有する脂質を含む有機溶媒相とからW/Oエマルションを製造する工程と、前記W/Oエマルションと、ベシクル脂質膜を破壊しない水溶性乳化剤の外水相液からW/O/Wエマルションを製造する工程と、前記W/O/Wエマルションから有機溶媒相を除去してベシクルを形成させる工程とによってベシクルを製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はベシクルの製造方法等に関し、特にW/Oエマルションを出発物質として製造されたW/O/Wエマルションを用い、ベシクル内部の水相部分(以下、「内水相」という。)に所望の水溶性物質を内包し、粒子径が数十nm〜数十μmのベシクルを製造する方法および、この製造方法によって得られるベシクル、ならびにベシクルを製造するためのW/O/Wエマルションの製造方法および、この製造方法によって得られるW/O/Wエマルションに関する。
【背景技術】
【0002】
ベシクルはリポソームとも言われ、両親媒性の脂質分子により形成される脂質二分子膜と、内水相とからなる閉鎖小胞体であり、研究用のモデル細胞膜やDDS(ドラッグデリバリーシステム)製剤、食品カプセル、マイクロリアクターなどの様々な用途への利用が期待されている。
【0003】
従来のベシクル作製法の一例として固体表面上に形成した脂質薄膜を水和する方法がある。例えば、ガラス基材上に脂質薄膜を形成し、これにベシクルに内包させる物質(以下、「内包物質」という。)を含む水溶液を加えて激しく振盪することでベシクルを調製することができる。しかし、この方法で得られるベシクルの粒径は一般に不均一であり、また所望の内包物質のベシクル内への内包効率(以下、「内包率」という)は極めて低い。ここで、「内包率」とは、最終的に得られたベシクル懸濁液全体に含まれる内包物質のうち、ベシクルに内包されたものの割合を重量パーセントで表したもの」を指す。また、粒径がマイクロメートルスケールの比較的大きなベシクルを大量に得ることも困難であった。
【0004】
ベシクルへの所望の物質の内包率を高めるためにエマルションを利用することができ、例えば、非特許文献1に開示される「逆相蒸発法」と呼ばれる方法が知られている。この方法では、所望の内包物質を含む水相を両親媒性脂質を含むクロロホルムやエーテルなどの揮発性有機溶媒中に分散させてW/Oエマルションを作製し、ここから溶媒のみを蒸発除去した後、水溶液を添加して粒子径200〜1,000nm程度のベシクルを形成させる。
【0005】
また、非特許文献2に開示されるように、所望の内包物質を含む水相を、両親媒性脂質を含むクロロホルムやエーテルなどの揮発性有機溶媒中に分散させてW/Oエマルションを作製し、次に、水や緩衝溶液を外水相溶液として撹拌乳化法によりW/O/Wエマルションを作製し、ここから有機溶媒を除去することで粒子径数百nm程度のベシクルを作製する方法も提案されている。これらの方法によれば、30〜60%という比較的高い内包率を達成できる場合があり、現在、ベシクルに物質を内包するための有効な方法として利用されている。また、非特許文献3には親水性物質の内包率についての報告がなされている。
【0006】
なお、本発明者らによる特許文献1には、内包物質を含む水相と乳化剤を含む油相とによってW/Oエマルションを作製した後に内水相のみを凍結させ、次に上記乳化剤を脂質に置換することでベシクルを製造する、本発明とは異なる有効な方法が開示されている。
【0007】
【非特許文献1】Szoka et al.:Proc.Natl.Acad.Sci.USA、vol.75、No.9、4194−4198、1978.
【非特許文献2】Ishii et al.:J.Dispersion Sci.Technol.、vol.9、No. 1,1−15、1988.
【非特許文献3】Nii and Ishii. Int. J. Phermaceutics, vol. 298, 198-195,2005
【特許文献1】特許第4009733号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1および非特許文献2に開示される方法では、揮発性の溶媒として人体に有害なクロロホルム、ベンゼンなどが用いられており、これらの方法で製造されるベシクルの食品などへの利用は制限される。また、これらの方法を用いても、高い内包率を安定的に得ることは困難であり、依然としておよそ40〜70%程度の内包物質はベシクル内に内包されずにベシクルの外部水相に溶解した状態で存在する。さらに、これら両方法では、得られるベシクルのサイズを制御することが難しい。
【0009】
したがって高い内包率と粒子径の制御を同時に達成するベシクル製造方法の開発が望まれている。これに対し、本発明は、前記特許文献1のベシクル製造方法と同様、高い内包率と粒子径の制御を同時に達成することができるベシクル製造方法を提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するため、本発明のベシクルの製造方法は以下の(1)〜(3)の工程を含むことを特徴とする。
(1)内包させる物質を溶解あるいは懸濁状態で含む水溶液と、ベシクルを構成することができる乳化能を有する脂質を含む有機溶媒相とからW/Oエマルションを製造する工程。
(2)前記W/Oエマルションと、ベシクル脂質膜を破壊しない水溶性乳化剤の外水相液からW/O/Wエマルションを製造する工程。
(3)前記W/O/Wエマルションから有機溶媒相を除去してベシクルを形成させる工程。
【0011】
前記内包させる物質が水溶性物質であっても、本発明の方法によれば内包率の高いベシクルを製造することが可能である。内包させる物質としては医薬用、食品用、サプリメント用、または化粧品用物質から選ばれる少なくとも一種類の物質を採用することができる。
【0012】
一方、前記有機溶媒相中には疎水性物質を含有させることができ、この疎水性物質としても医薬用、食品用、サプリメント用、または化粧品用物質から選ばれる少なくとも一種類の物質から選択することができる。
【0013】
前記W/O/Wエマルションはマイクロチャネル乳化法によりエマルション化されることが扱う物質に過剰のシェアを加えない点から望ましい。
【0014】
また、本発明に係るベシクルを製造するためのW/O/Wエマルションの製造方法は、以下の(1)〜(2)の工程からなることを特徴とする。
(1)内包させる物質を溶解あるいは懸濁状態で含む水溶液と、ベシクルを構成することができる乳化能を有する脂質を含む有機溶媒相とからW/Oエマルションを製造する工程。
(2)前記W/Oエマルションと、ベシクル脂質膜を破壊しない水溶性乳化剤の外水相液からW/O/Wエマルションを製造する工程。
【0015】
本発明に係るベシクルの製造方法では、内包させる物質を溶解あるいは懸濁状態で含む水溶液と、乳化剤として機能し、かつベシクルを構成し得る乳化能を有する脂質種(例えばフォスファチジルコリンなどのリン脂質など)を含む有機溶媒相からW/Oエマルションを作製し、次いで前記W/Oエマルションを、ベシクル脂質膜を破壊しない乳化剤を含む水溶液中に分散させてW/O/Wエマルションを作製した後、このW/O/Wエマルションから有機溶媒相を除去する。この方法により、内包させる物質を含むW/O/Wエマルション内部の水滴の周囲に脂質薄膜を形成させ、所望の内包物質を内部に含むベシクルを形成することができる。
【0016】
前記W/OエマルションおよびW/O/Wエマルションの有機溶媒相として用いる溶媒は、ベシクル構成脂質を溶解させることができ、かつ水と混和しない揮発性の有機溶媒であればよい。また、前記W/O/Wエマルションの外水相溶液中に含ませる乳化剤は、有機溶媒除去後の脂質薄膜の形成を妨げないものであれば制限はない。
【0017】
従来提案されているW/O/Wエマルションを利用したベシクル製造法では、W/O/Wエマルションの外水相溶液として水や緩衝溶液が用いられ、撹拌乳化法によりW/O/Wエマルションを作製していたが、本発明では、外水相溶液中にエマルション液滴を安定化させることができる親水性の乳化剤を添加し、さらに乳化操作時の機械的剪断力が極力小さい、マイクロチャネル乳化法のような乳化方法を採用することで、W/O/Wエマルションからの内包物質の漏洩や続く工程を経て得られるベシクルの脂質薄膜の崩壊を防ぐことができ、内包率の向上を達成できる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、ベシクルの粒径など所望の物性を制御しつつ、所望の内包物質に対して高い内包率が達成できるベシクルを製造することができ、また医薬や食品素材として利用可能な安全性の高い化学物質の組み合わせでベシクルを作製することが可能であり、さらに、研究用のモデル細胞膜やDDS製剤およびマイクロリアクターとして要求される強度(形状維持性)をも十分に備えたベシクルを製造することができる。具体的に挙げることができる本発明の効果は、例えば以下の通りである。
【0019】
(1)高い内包率で物質をベシクル内に内包化できる。しかも、W/Oエマルションの分散水相内に溶解または分散可能な物質であれば、内包物質の種類を問わず、ベシクル内に内包することができる。従って、本発明により製造したベシクルは、親水性および疎水性薬物のキャリアーとしてDDS製剤に用いたり、ベシクル内で有用な遺伝子やタンパク質に係る反応を行うマイクロリアクターとして有用成分のスクリーニングに用いたりすることができる。
(2)本発明の製造方法によれば、従来のベシクル製造法では困難であった、0.05μm〜100μm程度の範囲で所望する平均粒径をもったベシクルを安定的に提供できる。ここで、「平均粒径」とは、ベシクル粒径の数分布において、個数基準の幾何平均として算出される粒径を指す。
(3)W/OおよびW/O/Wエマルションの有機溶媒相に溶解する両親媒性脂質種を選択することで、種々の脂質組成のベシクルを比較的容易に調製できる。
【0020】
上記の通り、製造工程で使用する原材料として、すべて食品用途に利用できる安全性の高いものを用いることが可能であるため、得られたベシクルは高い安全性を有することが期待できる。
【0021】
従って、本発明のベシクルは、従来から企図されてきたDDS薬剤等の薬物のほか、既存の方法では適用できなかった食品関連成分、および化粧品関連成分のキャリアーとしても好適であり、たとえば、各種ビタミン類を含む食品用カプセル素材や、栄養成分の吸収を促進または抑制できるキャリアーとして食品の機能強化に用いたり、保湿成分、美白成分を内包したベシクルを利用した機能性化粧水などに応用したりすることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明のベシクルは、その内水相に水溶性物質、固体粒子、あるいは細胞など種々の物質を内包し、平均粒径が数十nm〜数十μmであることを特徴とする。また、本発明のベシクルには、前記脂質二分子膜により構成されるベシクルのほか、ベシクルを構成しうる脂質分子からなる層(必ずしも分子膜構造をとらなくてもよい)を壁材料とするマイクロカプセル構造をもつ粒子も含まれる。
【0023】
本発明のベシクルを構成する脂質種(以下、「ベシクル構成脂質」という。)は、ベシクルを形成することができる乳化能を有する脂質、すなわち両親媒性の脂質であれば良く、フォスファチジルコリン、フォスファチジルグリセロール、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジン酸、フォスファチジルセリンのようなリン脂質やスフィンゴ脂質類、ソルビタン脂肪酸エステルおよびポリグリセリン脂肪酸エステルなどの食品用乳化剤、オレイン酸などの脂肪酸等を例示することができる。
【0024】
また、本発明の効果を妨げない範囲で、エマルションまたはベシクルを安定化させる安定剤として機能する脂質等の他の成分を含ませても良い。例えば、コレステロールおよびエルゴステロールなどのステロール類、ステアリルアミンのような荷電性脂質、オレイン酸、ステアリン酸およびパルミチン酸などの長鎖脂肪酸類等である。また、脂質二分子膜と相互作用しうるペプチド類や糖質なども併用できる。
【0025】
図1は、本発明のベシクルの製造方法の一例を示す流れ図である。図に示す通り、内包物質を含む水相溶液と、両親媒性脂質を含む有機溶媒相とを混合し、既存の乳化装置を用いて所望の液滴径を持つW/Oエマルションを作製する(以下、本工程を「一次乳化工程」という)。W/Oエマルションの水相としては、純水もしくは塩類や糖類の溶液、またはこれらを含む緩衝液を用いることができ、これに内包物質を溶解または分散させて用いることができる。W/Oエマルションの有機溶媒相には、n−ヘキサン(以下、単にヘキサンと記す。)など、水と混和しない有機溶媒を用いることができる。
【0026】
有機溶媒相中には、既述の乳化性の両親媒性脂質を含ませておく。W/Oエマルションのための乳化装置としては、超音波乳化機、撹拌乳化機、膜乳化機、マイクロチャネル乳化装置、高圧ホモジナイザー等の既存の乳化装置から、作製しようとするエマルションの液滴径にあわせて適宜選択することができる。
【0027】
次の工程では、上記W/Oエマルションを分散相とし、ベシクル脂質膜を破壊しない水溶性乳化剤を含む外水相溶液を連続相としてW/O/Wエマルションを作製する(以下、本工程を「二次乳化工程」という)。W/O/Wエマルションの作製には既存の種々の乳化方法を用いることができるが、乳化操作時の液滴の崩壊および液滴からの内包物質の漏出を抑えるため、乳化処理に大きな機械的剪断力を必要としないマイクロチャネル乳化法を用いるのが最も効果的である。
【0028】
上記外水相の組成は、前記内包物質を含む内水相の組成と同一であっても異なっていても良く、続く工程でのベシクル形成を妨げないものであればその組成は制限されない。ただし、内包率向上のためには、内包物質を含む水相溶液と同じまたは近い浸透圧を持つ外水相溶液を用いることが望ましい。外水相溶液中に含ませる親水性乳化剤としては、続く工程でベシクルの脂質膜の形成を妨げないものが使用でき、例えばカゼインナトリウムのようなタンパク質乳化剤の利用が効果的である。
【0029】
前記マイクロチャネル乳化法によりW/O/Wエマルションを作製する場合には、例えば(a)シリコン製マイクロチャネル基板、この基板上部を覆う(b)ガラス板から構成されるマイクロチャネル乳化装置モジュールを使用する。そして、(a)および(b)により形成される溝型マイクロチャネルの出口側、あるいは(a)上に加工された貫通孔型マイクロチャネルの出口側には上記外水相溶液を満たしておき、マイクロチャネルの入口側からは内包物質を含む上記W/Oエマルションを圧入することで、W/O/Wエマルションを作製できる。マイクロチャネル基板としては、デッドエンド型、クロスフロー型、貫通孔型など、種々の形態のものを用いることができる。
【0030】
続いて、作製した前記W/O/Wエマルションを回収し、開放容器中に移し静置することで、W/O/Wエマルション中の有機溶媒相を蒸発除去する。これにより、有機溶媒相中に溶解していた両親媒性脂質により内包物質を含む内部水相滴の周囲に脂質薄膜が形成されベシクルを得ることができる。
【0031】
上記工程を統合することで、各種成分を装置内に導入するだけで半自動的にベシクルを作製できる装置を作製することができる。図2は、(a)ベシクル製造装置の一例を示す概念図、および(b)そのフローの構成例である。
【0032】
従来の技術では、数十nmから数十μm程度の任意の粒径のベシクルに物質を効率よく内包させ、かつ同時に多数の同様なベシクルを製造することは困難であった。本発明の製造方法および装置によれば、加熱、冷却、減圧などの煩雑な条件を設定することなく、数十%程度の高い内包率で所望の物質を内包したベシクルを一度に大量に得ることができる。
【0033】
以下に具体的な実施例を説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されない。実施例中の「%」は「重量パーセント濃度」を示す。
【0034】
実施例1
(ベシクルを構成する両親媒性脂質)
中性リン脂質である卵黄由来のフォスファチジルコリン(以下、「PC」と記す。)、代表的なステロール類であるコレステロール(以下、「Chol」と記す。)および長鎖脂肪酸であるオレイン酸(以下、「OA」と記す。)からなる混合物を、ベシクルを構成する両親媒性脂質として用いた。
【0035】
(一次乳化工程によるW/Oエマルションの製造)
3%のPCおよびこれと等モル量に相当するCholおよびOAを含むヘキサンを有機溶媒相として、また、pH9のトリス−塩酸緩衝液(50mmol/L)を内水相用の水分散相として超音波処理による乳化を行った。詳細には、分散相体積分率が25%となるように連続相となる有機溶媒相と分散相を混合し、超音波水槽(出力300W)中で5分間緩やかに振盪することによりW/Oエマルションを作製した。なお、水分散相中には、内包物質としてカルセインを0.4mmol/Lの濃度になるように溶解させておいた。
製造されたW/Oエマルションに含まれている水滴の平均粒径はおよそ2μm(レーザー回折粒度分布計により測定)であり、水滴中には内包物質であるカルセインが含まれていることが顕微鏡画像により確認された。図3(a)に、この顕微鏡画像を示す。
【0036】
(二次乳化工程によるW/O/Wエマルションの製造)
続いて、上記W/Oエマルションを分散相として、マイクロチャネル乳化法によるW/O/Wエマルションの製造を行った。W/O/Wエマルションの製造には、実験用デッドエンド型マイクロチャネル乳化装置モジュールを使用した。このモジュールのマイクロチャネル基板はシリコン製であり、マイクロチャネル基板のテラス長、チャネル深さおよびチャネル幅はそれぞれ約60μm、約11μmおよび約16μmであった。
上記マイクロチャネル基板にガラス板を圧着させてチャネルを形成し、このチャネルの出口側に外水相溶液である3%のカゼインナトリウムを含むトリス−塩酸緩衝液(pH9、50mmol/L)を満たしておき、チャネルの入り口側から前記W/Oエマルションを供給してW/O/Wエマルションを製造した。
製造されたW/O/Wエマルションの平均液滴径は、図3(b)に示す顕微鏡画像による観測により、およそ30μmであり、その液滴の内部には、前記W/Oエマルションの水滴と同程度の大きさで、かつ内包物質であるカルセインを含む水滴が含まれていることが確認された。なお、W/O/Wエマルションの内部に含まれる水滴を以後、「内部水相滴」という。
【0037】
(有機溶媒相の除去によるベシクルの製造)
次に、前記W/O/Wエマルションを蓋のない開放ガラス製容器に移し替え、室温下で約20時間静置した。この操作により、図3(c)に示す蛍光顕微鏡画像から、W/O/Wエマルション中のヘキサンが消失して微細なベシクル粒子の懸濁液が得られ、この粒子内にはカルセインが含まれていることが確認された。
【0038】
また、図4に示したレーザー回折粒度分布計によるグラフの曲線(a)から、このベシクルの平均粒径が約1μmであることが判明した。また、Okuらの方法(Oku et al.: Biochim. Biophys. Acta, vol. 691, 332−340, 1982)に基づき測定したカルセインの内包率は、図7のグラフに示すように約76%であった。
【0039】
実施例2
一次乳化工程において、実施例1の超音波水槽に代えてローター・ステーター型ホモジナイザーを使用することで、平均水滴径の異なるW/Oエマルションを作製し、これを用いて最終的に得られるベシクルの粒子サイズを変えることを試みた。
【0040】
(一次乳化工程によるW/Oエマルションの製造)
実施例1と同様の連続相および分散相を用いて、分散相体積分率が25%になるように連続相と分散相を混合し、ローター・ステーター型ホモジナイザーの回転速度18,000rpmで5分間乳化を行いW/Oエマルションを作製した。図5に、得られたW/Oエマルションの顕微鏡画像を示す。レーザー回折粒度分布計による測定から、このW/Oエマルションに含まれる水滴の平均粒径はおよそ5μmであることが判明した。
【0041】
(二次乳化工程によるW/O/Wエマルションの製造)
前記W/Oエマルションを用い、実施例1と同様の装置および手順により、W/O/Wエマルションを製造した。図6に示す顕微鏡画像から、このW/O/Wエマルションの平均液滴径はおよそ22μmであり、前記W/Oエマルションの水滴と同程度の大きさの内部水相滴を含んでいることが判った。
【0042】
(有機溶媒相の除去によるベシクルの製造)
実施例1と同様の手順で、前記W/O/Wエマルションからベシクルを作製した。図4の曲線(b)に示すように、レーザー回折粒度分布計により測定したこのベシクルの平均粒子径は約2μmであった。すなわち、上記一次乳化工程で平均水滴径の大きなW/Oエマルションを製造し、これをつづく二次乳化工程およびさらにつづく有機溶媒相の除去によるベシクルの製造に用いることで、より大きなベシクルを得ることができた。
【0043】
実施例3
実施例1における一次乳化工程の分散相および二次乳化工程の外水相溶液に代えて、500mmol/Lのスクロース、または塩化ナトリウムを含むトリス−塩酸緩衝液(50mmol/L、pH9)を用いて実施例1と同様の手順でベシクルを製造した。
【0044】
得られたベシクルの平均粒子径はいずれも約1μmであった。実施例1と同様にして測定したカルセインの内包率は、図7のグラフに示すように、スクロースを添加した場合および塩化ナトリウムを添加した場合においてそれぞれ約64%および46%であった。
【0045】
すなわち、図8のグラフ(非特許文献3を元に作図)に示すように、糖や塩のような高親水性内包物質を含む水溶液を使用した困難な条件であっても、非特許文献1および2に示すような既存の方法に比べて高いもしくは同程度の内包率でベシクルが製造されることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の製造方法によれば、既存のベシクル製造法では困難であった水溶性物質を効率的に内包化したベシクルを製造できる。ベシクルは既に、疎水性薬物のキャリアーとして産業で利用されているが、本発明により製造されるベシクルは、水溶性薬物のキャリアーとしてドラッグデリバリーシステムに適用することができ、医薬品産業での効果的な利用が期待される。
【0047】
例えば、一次乳化工程において、分散相に親水性薬物を、有機溶媒相に疎水性薬物をそれぞれ溶解して、上記実施例に示すような手順によりベシクルを作製すれば、親水性の薬物はベシクルの内部水相に、疎水性の薬物はベシクルの脂質膜に同時に保持させることができる。これにより、従来は同時に患部に送達することが困難であった親水性・疎水性の両薬物を同時に患部に作用させる新規な医薬品の開発への応用が期待される。
【0048】
さらに、本発明では、既存の製造法とは異なり、食品産業でも利用可能な成分のみを使用してベシクルを製造できるため、本発明により製造されるベシクルは、食品、サプリメント、化粧品、および経口投与用医薬品などにも利用可能である。例えば、食品の消化を助ける酵素をベシクルに内包させ、このベシクルを当該酵素が分解する成分を多く含む食品中に添加すれば、食品を摂取した後に体内でベシクルが壊れて酵素が放出され、食品成分の消化を促進するなどの効果が期待できる。
また、化粧品分野においても、疎水性の美白成分と親水性の保湿成分を同時にベシクルに保持させることができるため、新たな機能を有する化粧水などへの利用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明のベシクルの製造方法の一例を示す流れ図
【図2】(a)はベシクル製造装置の一例を示す概念図、(b)はフローの構成例を示す図
【図3】(a)は実施例1のW/Oエマルションの顕微鏡写真、(b)は実施例1のW/O/Wエマルションの顕微鏡写真、(c)は実施例1のベシクルの顕微鏡写真
【図4】(a)は実施例1のベシクルの粒子径分布を示す図、(b)は実施例2のベシクルの粒子径分布を示す図
【図5】実施例2のW/Oエマルションの顕微鏡写真
【図6】実施例2のW/O/Wエマルションの顕微鏡写真
【図7】緩衝液のみ、ショ糖添加及び塩添加の場合のベシクルへの親水性物質の内包率を示すグラフ
【図8】親水性物質の内包率について既存の方法と本発明とを比較したグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)〜(3)の工程を含むことを特徴とするベシクルの製造方法。
(1)内包させる物質を溶解あるいは懸濁状態で含む水溶液と、ベシクルを構成することができる乳化能を有する脂質を含む有機溶媒相とからW/Oエマルションを製造する工程。
(2)前記W/Oエマルションと、ベシクル脂質膜を破壊しない水溶性乳化剤の外水相液からW/O/Wエマルションを製造する工程。
(3)前記W/O/Wエマルションから有機溶媒相を除去してベシクルを形成させる工程。
【請求項2】
前記内包させる物質が水溶性物質である請求項1に記載のベシクルの製造方法。
【請求項3】
前記内包させる物質が医薬用、食品用、サプリメント用、または化粧品用物質から選ばれる少なくとも一種類の物質である請求項1または請求項2に記載のベシクルの製造方法。
【請求項4】
前記有機溶媒相中に疎水性物質を含有させることを特徴とする請求項1に記載のベシクルの製造方法。
【請求項5】
前記疎水性物質が医薬用、食品用、サプリメント用、または化粧品用物質から選ばれる少なくとも一種類の物質である請求項4に記載のベシクルの製造方法。
【請求項6】
前記W/O/Wエマルションがマイクロチャネル乳化法によりエマルション化されることを特徴とする請求項1に記載のベシクルの製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6に記載のベシクルの製造方法によって製造されたことを特徴とするベシクル。
【請求項8】
以下の(1)〜(2)の工程からなることを特徴とする、ベシクルを製造するためのW/O/Wエマルションの製造方法。
(1)内包させる物質を溶解あるいは懸濁状態で含む水溶液と、ベシクルを構成することができる乳化能を有する脂質を含む有機溶媒相とからW/Oエマルションを製造する工程。
(2)前記W/Oエマルションと、ベシクル脂質膜を破壊しない水溶性乳化剤の外水相液からW/O/Wエマルションを製造する工程。
【請求項9】
請求項8に記載のW/O/Wエマルションの製造方法によって製造されたことを特徴とするW/O/Wエマルション。





【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−280525(P2009−280525A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−135009(P2008−135009)
【出願日】平成20年5月23日(2008.5.23)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】