説明

ベルト滑り予測装置

【課題】 CVTの実際のベルト摩擦特性を考慮して、早期にベルト滑りを予測する。
【解決手段】 μ勾配算出回路32は、エンジントルク、プライマリ回転角速度ω1、セカンダリ回転角速度ω2、ベルト掛かり径R1,R2、プライマリ回転角加速度、セカンダリ回転角加速度、プライマリベルト挟圧力F1、セカンダリベルト挟圧力F2に基づいて、ベルトμ勾配k1、k2を求める。ベルト滑り予測回路33は、ベルトμ勾配k1の絶対値、ベルトμ勾配k2の絶対値のそれぞれと、しきい値生成回路29で生成されたしきい値とを比較して、いずれか一方のベルトμ勾配の絶対値がしきい値以下となったときに、ベルト滑りを予測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベルト滑り予測装置に係り、特に無段変速機(CVT)のベルト滑りを予測するベルト滑り予測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ベルト−プーリ間のベルト滑り速度に対する摩擦特性μが飽和する点に着目し、滑り速度に対するベルトμの接線勾配(ベルトμ勾配)を検出し、そのμ勾配が0近傍となった時にベルト滑りを検出する技術が提案されている(特許文献1を参照。)。
【0003】
特許文献1には、プライマリ、セカンダリにおけるベルト−プーリ間の摩擦トルクの釣り合いに関する運動方程式と、ベルトの摩擦力に関する運動方程式とに基づき、プライマリ、セカンダリの回転速度信号を用いてベルト滑り速度に対するμ勾配を検出し、μ勾配の低下からベルト滑りを検出することが記載されている。
【特許文献1】特開2003−21578号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1では、サンプリング期間中にトルク変化、掛かり径変化、挟圧力変化がないという仮定の下でμ勾配算出式を導出していた。しかし、実際には、これらの変化を無視することができない問題があった。
【0005】
特に、トルクはCVTを駆動する入力値であり、トルク変化時にμ勾配の検出精度が低下してしまう問題があった。また、特許文献1ではベルト運動を接線運動として記述されているが、実際には回転体運動である。したがって、運動方程式に予め誤差が含まれているので、μ勾配の検出精度が高くない問題もあった。
【0006】
本発明は、上述した課題を解決するために提案されたものであり、CVTの実際のベルト摩擦特性を考慮してμ勾配の推定精度を向上させるとともに、早期にベルト滑りを予測するベルト滑り予測装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るベルト滑り予測装置は、入力側プーリ、出力側プーリ、前記入力側プーリ及び前記出力側プーリに掛けられたベルトを有する無段変速機のベルト滑りを予測するベルト滑り予測装置であって、前記入力側プーリの入力回転速度を検出する入力回転速度検出手段と、前記出力側プーリの出力回転速度を検出する出力回転速度検出手段と、前記無段変速機への入力トルクを推定する入力トルク推定手段と、前記入力側プーリ及び前記出力側プーリのいずれかである第1のプーリのベルト挟圧力を検出する第1のベルト挟圧力検出手段と、前記入力回転速度検出手段で検出された入力回転速度と、前記出力回転速度検出手段で検出された前記出力回転速度と、前記入力トルク推定手段で推定された入力トルクと、前記第1のベルト挟圧力検出手段で検出されたベルト挟圧力と、に基づいて、前記第1のプーリにおけるベルトμ勾配を推定するベルトμ勾配推定手段と、前記ベルトμ勾配推定手段で推定されたベルトμ勾配に基づいて、前記ベルト滑りを予測する予測手段と、を備えている。
【0008】
入力回転速度検出手段は、入力側プーリの入力回転速度に限らず、これと等価な物理量、例えばエンジン回転数、入力回転数を検出してもよい。同様に、出力回転速度検出手段は、出力側プーリの出力回転速度に限らず、これと等価な物理量、例えば出力回転数を検出してもよい。
【0009】
入力トルク推定手段は、無段変速機の入力側プーリに入力される入力トルクを推定する。入力トルク推定手段は、入力トルクとしてエンジントルクを推定してもよい。つまり、入力トルク推定手段の代わりにエンジントルク推定手段を用いてもよい。エンジントルクは例えばエンジンへの流入空気量や車速に基づき推定可能であるが、推定手法は特に限定されない。
【0010】
第1のベルト挟圧力検出手段は、前記入力側プーリ、前記出力側プーリのいずれか一方である第1のプーリのベルト挟圧力を検出する。なお、第1のベルト挟圧力検出手段は、ベルト挟圧力に限らず、これに等価な物理量、例えばプーリを構成する1組のシーブのうち、一方のシーブを他方のシーブに押圧するためのシーブ圧を検出してもよい。
【0011】
ベルトμ勾配推定手段は、入力回転速度、出力回転速度、入力トルク、前記第1のベルト挟圧力検出手段で検出されたベルト挟圧力に基づいて、第1のプーリにおけるベルトμ勾配を推定する。ベルトμ勾配とは、ベルト滑り速度(又はベルト滑り率)に対するベルト摩擦係数を表したベルト摩擦特性上における動作点の接線勾配をいい、ベルトの滑りやすさを表している。例えば、ベルトμ勾配が大きい場合ベルトは滑りにくい状態を表し、ベルトμ勾配が小さい場合ベルトは滑りやすい状態を表す。
【0012】
そこで、予測手段は、ベルトμ勾配推定手段で推定されたベルトμ勾配に基づいて、ベルト滑りを予測する。
【0013】
したがって、本発明に係るベルト滑り予測装置は、入力回転速度、出力回転速度、入力トルク、ベルト挟圧力に基づいて、第1のプーリにおけるベルトμ勾配を推定し、ベルトμ勾配に基づいてベルト滑りを予測することにより、早期にベルト滑りを予測することができる。
【0014】
ベルトμ勾配推定手段は、ベルト摩擦特性における動作点について少なくともベルトμ勾配を用いて表したときのプーリの回転慣性に関する関係式を用いて、前記ベルトμ勾配を推定してもよい。
【0015】
ベルト摩擦特性の動作点は、ベルトμ勾配のほかにベルト摩擦切片を用いることによって、例えば、ベルト滑り速度(又はベルト滑り率)の1次関数で表される。ベルト滑り速度(又はベルト滑り率)が小さいときは、ベルト摩擦特性は線形性を有し、このときベルトμ勾配は大きな値となる。ベルト滑り速度(又はベルト滑り率)が大きくなると、ベルト摩擦特性は非線形性を有し、このときベルトμ勾配は小さな値となる。ベルトμ勾配がほぼ0なると、ベルト滑りの前兆であるマクロスリップの限界となる。
【0016】
前記予測手段は、前記ベルトμ勾配推定手段で推定されたベルトμ勾配の絶対値がしきい値を超えたときに、ベルト滑りを予測してもよい。
【0017】
また、前記ベルト滑り予測装置は、入力側プーリ及び前記出力側プーリのうち、前記第1のプーリと異なる第2のプーリのベルト挟圧力を検出する第2のベルト挟圧力検出手段をさらに備え、前記ベルトμ勾配推定手段は、さらに、前記第2のベルト挟圧力検出手段で検出されたベルト挟圧力に基づいて、前記第2のプーリにおけるベルトμ勾配を推定してもよい。
【0018】
これにより、前記ベルト滑り予測装置は、入力側及び出力側プーリにおける第1及び第2のベルトμ勾配を推定することができるので、より高精度にベルト滑りを予測することができる。
【0019】
このとき、予測手段は、ベルトμ勾配推定手段で推定された第1及び第2のベルトμ勾配の絶対値の少なくとも一方がしきい値を超えたときに、ベルト滑りを予測ればよい。
【0020】
これにより、前記ベルト滑り予測装置は、入力側プーリとベルトの間、出力側プーリとベルトの間のいずれかで発生する可能性のあるベルト滑りを早期に予測することができる。
【0021】
さらに、前記ベルト摩擦特性は、線形領域及び非線形領域の両方を含むものであってもよい。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係るベルト滑り予測装置は、入力回転速度、出力回転速度、入力トルク、ベルト挟圧力に基づいて、第1のプーリにおけるベルトμ勾配をより精度良く推定し、ベルトμ勾配に基づいてベルト滑りを予測することにより、早期にベルト滑りを予測することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、発明を実施するための最良の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0024】
本発明に係るベルト滑り予測装置は、入力軸側のプライマリプーリ(以下「プライマリ」と省略する。)、出力軸側のセカンダリプーリ(以下「セカンダリ」と省略する。)、及びプライマリとセカンダリの間に掛けられたベルトを備えた無段変速機(CVT)において、このベルトの滑りを予測するものである。なお、各プーリは、固定シーブと、この固定シーブに向けてシーブ圧に応じて付勢されている可動シーブで構成されている。
【0025】
最初に発明の原理について説明し、次に第1及び第2の実施形態について説明する。
【0026】
[発明の原理]
1.μ勾配を用いたベルトμ特性の表現
図1は、無段変速機のプライマリ又はセカンダリに掛けられたベルトのベルトμ特性を示す図である。ベルトμ特性は飽和特性をもつ。ベルト滑り速度に対するベルトμの接線勾配(μ勾配)kは、マクロスリップ限界に近づくに従って小さくなる(0近傍の値となる。)。したがって、μ勾配kを検出することができれば、μ勾配kの0接近時にマクロスリップ限界が検出されて、ベルト滑りを予測できる。
【0027】
図1の動作点におけるベルトμを(1)式で表す。
【0028】
【数1】

【0029】
ここで、(1)式のパラメータは、
k :動作点におけるベルト滑り速度に対する
ベルトμの接線勾配(μ勾配)[s/m]
Δv:動作点における滑り速度[m/s]
μ0:動作点におけるμ切片
V :ベルト速度
ω :プーリ回転速度
R :掛かり径
である。
【0030】
2.μ勾配を用いたプーリ運動方程式
μ勾配は、プライマリプーリ、セカンダリプーリの各プーリ回転運動方程式と検出信号とに基づく同定により検出される。
【0031】
プライマリ、セカンダリのプーリ回転運動方程式は、(2)式及び(3)式となる。
【0032】
【数2】

【0033】
ただし、時間微分は“・”で表した。また、添え字の“1”はプライマリ、添え字の“2”はセカンダリであることを表す。(2)式及び(3)式のパラメータは次の通りである。
【0034】
1,J2:回転慣性[kg・m2
ω1,ω2:回転角速度[rad/s]
μ1,μ2:動作点におけるベルトμ
1,F2:ベルト挟圧力[N]
1,R2:ベルト掛かり径[m]
Tin:入力トルク[Nm]
Tout:出力トルク[Nm]
θ:プーリ傾角
(2)、(3)式中、計測可能な信号は回転角速度ω1,ω2、ベルト挟圧力F1,F2である。角加速度dω1/dt、dω2/dtは、回転角速度ω1,ω2の近似微分することで算出される。ベルト掛かり径R1,R2は、 減速比γ(=ω1/ω2)に基づいて算出される。入力トルクTinは、流入空気量及び車速等から算出されるエンジントルクを使用すれば、算出される。出力トルクToutは、入力トルクTin、減速比γ、伝達効率ηを用いて、(4)式で算出される。
【0035】
【数3】

【0036】
伝達効率η=1.0とみなし、(1)及び(4)式を用いて(2)及び(3)式を書き換えると、(5)及び(6)式となる。
【0037】
【数4】

【0038】
(5)及び(6)式中、“~”は未知パラメータであることを示す。未知パラメータである滑り速度ΔV1、ΔV2は、(7)及び(8)式で表される。
【0039】
【数5】

【0040】
(7)、(8)式において、ベルト速度Vを未知パラメータとして取り扱い、同定することにより、直線と回転を含むベルトの運動の記述が不要となる。その結果、モデル精度の低下が抑えられ、μ勾配推定精度向上につながる。(7)及び(8)式を用いて(5)及び(6)式を書き換えると、(9)及び(10)式となる。
【0041】
【数6】

【0042】
3.μ勾配の同定方法
(9)及び(10)式に基づきμ勾配を同定する。(9)及び(10)式において、既知の入力信号、出力信号及び未知パラメータをまとめた式は、(11)式のように表現される。
【0043】
【数7】

【0044】
ただし、
y[i]:既知の出力信号
ξ[i]:既知の入力信号
τ[i]:未知パラメータ
である。(11)式のiは更新周期の刻みである。(9)式におけるプライマリ側のy、τ、ξは、各々(12)、(13)及び(14)式となる。
【0045】
【数8】

【0046】
同様にして、セカンダリ側のy、τ、ξは、各々(15)、(16)及び(17)式となる。
【0047】
【数9】

【0048】
そして、(12)から(14)式を(11)式に代入し、例えば重み付け最小自乗法を用いてオンライン同定することでτ、すなわちプライマリ側のベルトμ勾配k1を求めることができる。同様に、(15)から(17)式を(11)式に代入し、例えば重み付け最小自乗法を用いてオンライン同定することでτ、すなわちセカンダリ側のベルトμ勾配k2を同定できる。なお、両方のベルトμ勾配k1、k2を同定してもよいし、いずれか一方を同定してもよい。
【0049】
上記演算は、ベルト滑りにより時々刻々変化するある一点での動作点の各状態量を用い、2つのサンプル点間での状態量を用いないため、従来法のようなトルクと掛かり径一定といった仮定を設ける必要がないため、μ勾配の推定精度を向上できる。
【0050】
(14)及び(17)式のτに含まれる未知パラメータは、各々2個である。すなわち、エンジントルク(入力トルクTin)を使用することで、τに含まれる未知パラメータを2つにすることができ、この結果、同定演算の遅れを大きく低減することができる。その理由は、次の通りである。
【0051】
セカンダリ側のベルトμ勾配k2を求めるための式、つまり(11)式、(15)から(17)式は2行の行列式となる。1サンプリング時間が例えば10[ms]の場合、この行列式に必要なパラメータを取得するための時間は20[ms]だけである。なお、プライマリ側のベルトμ勾配k1を求めるための式、つまり(11)から(14)式も同様に2行の行列式となる。したがって、本発明は、演算時間をかけることなくベルトμ勾配k1,k2を求めることが可能になる。
【0052】
そして、本発明は、同定したμ勾配k1あるいはk2の絶対値が、所定のしきい値以下となったときに、ベルト滑りを予測する。これにより、ベルト滑りを早期に予測することができる。
【0053】
[実施形態]
図2は、本発明の実施の形態に係るベルト滑り予測装置の構成を示すブロック図である。
【0054】
ベルト滑り予測装置は、プライマリの回転速度に応じて回転パルス信号を生成するプライマリ回転速度センサ11と、セカンダリの回転速度に応じて回転パルス信号を生成するセカンダリ回転速度センサ12と、エンジンに流入する流入空気量に応じたセンサ信号を生成する流入空気量センサ13と、車輪の回転角速度に応じたセンサ信号を生成する車輪速センサ14と、プライマリのシーブ圧を検出するプライマリシーブ圧センサ15と、セカンダリのシーブ圧を検出するセカンダリシーブ圧センサ16と、各センサ信号に基づいてCVTのベルト滑りを予測する電子制御ユニット(ECU)20と、を備えている。
【0055】
図3は、ECU20の構成を示すブロック図である。
【0056】
ECU20は、プライマリ回転速度検出回路21と、セカンダリ回転速度検出回路22と、エンジントルク推定回路23と、プライマリ挟圧力検出回路24と、セカンダリ挟圧力検出回路25と、を備えている。
【0057】
さらに、ECU20は、プライマリ回転角加速度算出回路26と、減速比算出回路27と、セカンダリ回転角加速度算出回路28と、しきい値生成回路29と、掛かり径算出回路30と、伝達効率マップ参照回路31と、μ勾配算出回路32と、ベルト滑り予測回路33と、を備えている。
【0058】
プライマリ回転速度検出回路21は、プライマリ回転速度センサ11からの回転パルス信号に基づいてプライマリ回転角速度ω1[rad/s]を検出し、このプライマリ回転角速度ω1をプライマリ回転角加速度算出回路26、減速比算出回路27、μ勾配算出回路32に供給する。
【0059】
セカンダリ回転速度検出回路22は、セカンダリ回転速度センサ12からの回転パルス信号に基づいてセカンダリ回転角速度ω2[rad/s]を検出し、このセカンダリ回転角速度ω2を減速比算出回路27、セカンダリ回転角加速度算出回路28、μ勾配算出回路32に供給する。
【0060】
エンジントルク推定回路23は、エンジンへの流入空気量及び車速に基づいてエンジントルクを推定し、エンジントルクの推定値をμ勾配算出回路32に供給する。このエンジントルクの推定値は、CVTへの入力トルクの値となる。
【0061】
プライマリ挟圧力検出回路24は、プライマリシーブ圧センサ15のセンサ信号に基づいてプライマリのシーブ圧を検出し、これを用いてプライマリのベルト挟圧力F1を検出する。そして、検出したベルト挟圧力F1をμ勾配算出回路32に供給する。
【0062】
セカンダリ挟圧力検出回路25は、セカンダリシーブ圧センサ16のセンサ信号に基づいてセカンダリのシーブ圧を検出し、これを用いてセカンダリのベルト挟圧力F2を検出する。そして、検出したベルト挟圧力F2をμ勾配算出回路32に供給する。
【0063】
プライマリ回転角加速度算出回路26は、プライマリ回転角速度ω1を時間微分することでプライマリ回転角加速度を算出し、このプライマリ回転角加速度をμ勾配算出回路32に供給する。
【0064】
減速比算出回路27は、プライマリ回転角速度ω1及びセカンダリ回転角速度ω2に基づいて減速比γ(=ω1/ω2)を演算し、減速比γをしきい値生成回路29、掛かり径算出回路30及び伝達効率マップ参照回路31に供給する。
【0065】
セカンダリ回転角加速度算出回路28は、セカンダリ回転角速度ω2を時間微分することでセカンダリ回転角加速度を算出し、このセカンダリ回転角加速度をμ勾配算出回路32に供給する。
【0066】
しきい値生成回路29は、減速比γの様々な値に対応するしきい値を表したマップを記憶している。しきい値は、例えば、マクロスリップ発生直前におけるベルトμ勾配の値を示している。しきい値生成回路29は、このマップを参照して、減速比算出回路27で算出された減速比γに対応するしきい値を求め、求めたしきい値をベルト滑り予測回路33に供給する。なお、しきい値生成回路29は、ベルト滑り予測回路33がベルト滑りを予測したときは、チャタリングを防止するために、しきい値を上げるようになっている。
【0067】
掛かり径算出回路30は、減速比算出回路27で算出された減速比γを用いて、(18)式に従ってプライマリのベルト掛かり径R1、(19)式に従ってセカンダリのベルト掛かり径R2を算出し、ベルト掛かり径R1,R2をμ勾配算出回路32に供給する。
【0068】
【数10】

【0069】
ただし、a,b,cはそれぞれ定数である。
【0070】
伝達効率マップ参照回路31は、減速比γの様々な値に対応する伝達効率を表した伝達効率マップを記憶している。伝達効率とは、プライマリからセカンダリへのトルクの伝達効率を表す係数である。伝達効率マップ参照回路31は、この伝達効率マップを参照して、減速比算出回路27で算出された減速比γに対応する伝達効率ηを求め、求めた伝達効率ηをベルト滑り予測回路33に供給する。なお、本実施形態では、伝達効率マップ参照回路31で求められる伝達効率ηは1とするが、伝達効率ηはこれに限定されるものではない。
【0071】
μ勾配算出回路32は、プライマリ回転角速度ω1、セカンダリ回転角速度ω2、ベルト掛かり径R1,R2、プライマリ回転角加速度、セカンダリ回転角加速度、伝達効率η、エンジントルク(入力トルク)Tin、プライマリベルト挟圧力F1、セカンダリベルト挟圧力F2に基づいて、ベルトμ勾配を算出する。
【0072】
具体的には、μ勾配算出回路32は、各回路から供給されたパラメータを(12)式のy、(13)式のξにそれぞれ代入する。そして、(11)式に対して最小自乗法用いて、時々刻々(14)式のτを同定する。また、μ勾配算出回路32は、各回路から供給されたパラメータを(15)式のy、(16)式のξにそれぞれ代入する。そして、(11)式に対して最小自乗法用いて、時々刻々(17)式のτを同定する。
【0073】
このように、μ勾配算出回路32は、τ(i)を同定することによって、プライマリのベルトμ勾配k1、セカンダリのベルトμ勾配k2を求め、そしてベルトμ勾配k1,k2をベルト滑り予測回路33に供給する。
【0074】
ベルト滑り予測回路33は、ベルトμ勾配k1の絶対値、ベルトμ勾配k2の絶対値のそれぞれと、しきい値生成回路29で生成されたしきい値とを比較して、いずれか一方のベルトμ勾配の絶対値がしきい値以下となったときに、ベルト滑りを予測する。これにより、ベルト滑り予測回路33は、プライマリ側、セカンダリ側のいずれであっても、ベルト滑りを予測できる。
【0075】
ベルト滑り時はk1,k2ともに低下するため、μ勾配算出回路32はベルトμ勾配k1,k2のいずれか一方だけを算出してもよい。そして、ベルト滑り予測回路33は、μ勾配算出回路32で算出された1つのベルトμ勾配kとしきい値とを比較して、ベルト滑りを予測すればよい。
【0076】
図4(A)はプライマリへの入力トルクTin[Nm]、(B)はプライマリ及びセカンダリの回転数[rpm]、(C)は減速比γ、(D)はセカンダリのベルトμ勾配k2の経時変化を示す図である。また、ベルト滑りの予兆となるマクロスリップ発生点も示した。
【0077】
図4では、定常運転中、挟圧力一定の状態で入力トルクをあげていき、マクロスリップさせたときのベルトμ勾配k2の同定結果を表している。本法では、マクロスリップ付近でのベルトμ勾配k2の立ち下がりが早く、ベルト滑りを精度良く早期に検出する性能が向上している。
【0078】
以上のように、本発明の実施の形態に係るベルト滑り予測装置は、ベルトμ勾配を用いたプーリ回転運動方程式、プライマリ回転速度、セカンダリ回転速度、エンジントルク、プライマリ又はセカンダリのベルト挟圧力に基づいて、ある動作点上でのベルトμ勾配k1又はk2を推定する。そして、ベルトμ勾配k1,k2としきい値と比較することで、ベルト滑りを精度良く早期に予測することができる。
【0079】
特に、ベルト滑り時にはかかり径変化、ベルトμ勾配特性変化による入力トルク変化を生じるが、従来法は掛かり径と入力トルクが一定の条件を設けるため、ベルトμ勾配推定精度の低下が避けられなかった。これに対して本方法は上記の変化を盛り込んだ形でモデル表現するため、従来法と比べてベルトμ勾配推定精度が向上する利点がある。
【0080】
ベルト滑り(マクロスリップ発生)直前は、CVT伝達効率の最大点となる。よって、ベルト滑り予測装置は、ベルト滑りを予測すると同時に、CVT伝達効率の最大点も検出することができる。
【0081】
また、上記ベルト滑り予測装置は、エンジントルクを用いることで、プーリ回転運動方程式における未知パラメータの数を少なくできる。このため、ベルトμ勾配を非常に短時間で算出して、ベルト滑りを早期に予測することができる。
【0082】
なお、本発明は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された範囲内で設計上の変更をされたものにも適用可能であるのは勿論である。
【0083】
例えば、上記実施形態に係るベルト滑り予測装置は、ベルトμ勾配k1,k2の両方を算出したが、いずれか一方のみを算出してもよい。ベルト滑り予測装置は、ベルトμ勾配k1のみを算出する場合は、セカンダリシーブ圧センサ16及びセカンダリ挟圧力検出回路25を設けてなくてもよい。一方、ベルト滑り予測装置は、ベルトμ勾配k2のみを算出する場合は、プライマリシーブ圧センサ15及びプライマリ挟圧力検出回路24を設けてなくてもよい。
【0084】
また例えば、上記実施の形態では、「ベルト滑り速度」に対するベルトμの接線勾配(ベルトμ勾配k)を求めたが、「ベルト滑り率」に対するベルトμの接線勾配を求めてもよい。
【0085】
さらに、ベルト滑り予測装置は、例えばCVT油圧制御バルブのようなベルト挟圧力を制御するベルト挟圧力制御手段を設けてもよい。そして、ECU20がベルトμ勾配をしきい値付近に維持するようにCVT油圧制御バルブを制御すればよい。これにより、CVT伝達効率をほぼ最大に維持できるので、燃費を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】無段変速機のベルトμ特性を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るベルト滑り予測装置の構成を示すブロック図である。
【図3】ECUの構成を示すブロック図である。
【図4】(A)はプライマリへの入力トルクTin[Nm]、(B)はプライマリ及びセカンダリの回転数[rpm]、(C)は減速比γ、(D)はセカンダリのベルトμ勾配k2の経時変化を示す図である。
【符号の説明】
【0087】
20 ECU
21 プライマリ回転速度検出回路
22 セカンダリ回転速度検出回路
23 エンジントルク推定回路
24 プライマリ挟圧力検出回路
25 セカンダリ挟圧力検出回路
26 プライマリ回転角加速度算出回路
27 減速比算出回路
28 セカンダリ回転角加速度算出回路
29 しきい値生成回路
30 掛かり径算出回路
31 伝達効率マップ参照回路
32 μ勾配算出回路
33 ベルト滑り予測回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力側プーリ、出力側プーリ、前記入力側プーリ及び前記出力側プーリに掛けられたベルトを有する無段変速機のベルト滑りを予測するベルト滑り予測装置であって、
前記入力側プーリの入力回転速度を検出する入力回転速度検出手段と、
前記出力側プーリの出力回転速度を検出する出力回転速度検出手段と、
前記無段変速機への入力トルクを推定する入力トルク推定手段と、
前記入力側プーリ及び前記出力側プーリのいずれかである第1のプーリのベルト挟圧力を検出する第1のベルト挟圧力検出手段と、
前記入力回転速度検出手段で検出された入力回転速度と、前記出力回転速度検出手段で検出された前記出力回転速度と、前記入力トルク推定手段で推定された入力トルクと、前記第1のベルト挟圧力検出手段で検出されたベルト挟圧力と、に基づいて、前記第1のプーリにおけるベルトμ勾配を推定するベルトμ勾配推定手段と、
前記ベルトμ勾配推定手段で推定されたベルトμ勾配に基づいて、前記ベルト滑りを予測する予測手段と、
を備えたベルト滑り予測装置。
【請求項2】
ベルトμ勾配推定手段は、ベルト摩擦特性における動作点について少なくともベルトμ勾配を用いて表したときのプーリの回転慣性に関する関係式を用いて、前記ベルトμ勾配を推定する
請求項1に記載のベルト滑り予測装置。
【請求項3】
前記予測手段は、前記ベルトμ勾配推定手段で推定されたベルトμ勾配の絶対値がしきい値を超えたときに、ベルト滑りを予測する
請求項1または請求項2に記載のベルト滑り予測装置。
【請求項4】
入力側プーリ及び前記出力側プーリのうち、前記第1のプーリと異なる第2のプーリのベルト挟圧力を検出する第2のベルト挟圧力検出手段をさらに備え、
前記ベルトμ勾配推定手段は、さらに、前記第2のベルト挟圧力検出手段で検出されたベルト挟圧力に基づいて、前記第2のプーリにおけるベルトμ勾配を推定する
請求項1または請求項2に記載のベルト滑り予測装置。
【請求項5】
前記予測手段は、ベルトμ勾配推定手段で推定された第1及び第2のベルトμ勾配の絶対値の少なくとも一方がしきい値を超えたときに、ベルト滑りを予測する
請求項4に記載のベルト滑り予測装置。
【請求項6】
前記ベルト摩擦特性は、線形領域及び非線形領域の両方を含むことを特徴とする
請求項2から請求項5のいずれか1項に記載のベルト滑り予測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−2795(P2006−2795A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−176757(P2004−176757)
【出願日】平成16年6月15日(2004.6.15)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】